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ゴールド袋:五千
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ゴールドが「5000」入っている袋。購買部で売却することで、5000ゴールドがフトゥールム銀行の個人口座に蓄えられる。嬉しい重さ。
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お食事会 テーブル1
●リザルトノベル
熱々とろりのチーズが垂れて、ひとすじの滝のごとく皿へとしたたり落ちる。
よく吹いてさまして食べないと、舌をやけどしそうな一切れだ。丸くて薄くて平たくて、ふちはサックリ中身はトロトロ、手にすれば軽くほおばればますます軽やか、モッツァレラチーズの香ばしさ、バジルの渋みと鮮やかさ、トマトの甘さとみずみずしさが、まじりあい心に翼を与えてくれる。
ピザだ。数ミリの薄い生地なのであえて『ピッツァ』と呼びたいところ。
お味は定番『マルゲリータ』、続けて呼べば『ピッツァ・マルゲリータ』となる。白・緑・赤の情熱的なコラボレーション、とっておきの一枚が運ばれてきたのだ。色と香りと湯気だけで、もう空腹直撃ピンポイント攻撃。
窯から出したて当然焼きたて、ピッツァ・マルゲリータが鎮座するのはテーブルの中心だ。
「うん、これとってもおいしいんだよ」
一切れをたちまちたいらげて、【ナナル・エルリシャッセ】は目を輝かせた。ピザなら作ったことがあるがこれは別格だ。どんな味かしっかり覚えて帰りたい。
「今度、自分のお部屋のキッチンでためしてみたいな」
「ナナル様はお料理が趣味ですの?」
と【朱璃・拝】(しゅり おがみ)が問いかけた。四角いテーブル四人がけ、ナナルは朱璃のすぐ隣だ。行き帰りに見かけたことはあるけれど、こうしてちゃんと話すのは今日がはじめて、いくらか緊張してはいる。
ナナルもあがりはしているが、それよりも質問されたことが嬉しくて元気に答えた。
「うん、あたし料理が大好きなんだ」
「奇遇ですわね」
朱璃は相好を崩す。共通点が見つかったからだ。
「私もお菓子作りを好んでおりますの。もっとも、食べるほうも好きですけれど」
ナナルはエルフ型のエリアルで朱璃は狼のルネサンス、生まれも育ちも入学動機もきっと、天地ほど遠く隔たっていることだろう。しかし一見共通点はないけれど、話してみたら案外、重なっているところがあるではないか。
だってそうだろう。
同じ学校の生徒なのだから。
ともに魔法学園【フトゥールム・スクエア】の新入生なのだから!!
来て良かった、と朱璃は思った。
魔法の泉、そのほとり。
上空から見おろそうともはっきりと視認できるだろう。大きな、サーカスでも開催できそうな円形のテントが設営されていた。しかも柱があるほかは、視界を遮るものなきオープンな空間として。
テントの下にはたくさんのテーブルがありテーブルを埋め尽くすのはたっぷり、目にも楽しい料理の数々だ。しかもテーブルごとに料理の種類は異なるという!
銀の雪積もる外は極寒の光景だが、なにやら魔法がほどこしてあるらしく、テントの内側にいるかぎり風は届かず寒さも感じない。むしろ熱気で汗ばむほどだ。
「さあさ遠慮なくやるがよい☆ って、言う前からもう食べ始めておるな~。結構結構!」
わははと【メメ・メメル】校長が笑っている。ぶっとい骨付きチキンを片手に握ったまま。
公平中立なるくじ引きの導きにより参加者がランダムで案内されたテーブルは、ほとんどが初顔合わせの組み合わせとなっている。
そのひとつひとつの様子をこれから見ていこう。
ここ一番テーブルに乗る料理はピッツァ・マルゲリータだけではない。
「生ハムぞえグリーンサラダに、シーフードリゾットに、パスタだけで三つのおさら、それにあれは……プリンでしょうか。その横はチョコレートケーキ?」
あごに指をあてて【アルマ・アルダマン】は小首をかしげる。錦紗のようなつやをもつ金色の髪、ルビーより紅く澄んだ瞳、そして両サイドに湾曲する白い角。そう、彼女はドラゴニアなのだ。
「ああ、それなら」
翠の瞳を細め、整った顔立ちの少年が告げた。彼は【シキア・エラルド】、薄茶色の髪がよく似合う。アルマの隣の席だった。
「ティラミスだね。うん、ケーキの一種ではあるよ。マスカルポーネというチーズと、エスプレッソコーヒーを使っているんだ」
「くわしいのね」
アルマは声を弾ませた。
「たまたま知ってただけだよ」
と謙遜するシキアの笑みには、五月の風のような爽やかさがある。
「ペペロンチーノというのでしたっけ? そちらのスパゲッティ、少し取ってもらってよろしいでしょうか」
向かいに座る朱璃が声をかけると、
「喜んで」
シキアは手早く応じた。何年も給仕をしているかのような、流麗な動きでよそって手渡す。
「あたしももらっていい?」
「どうぞ」
ナナルの皿にも、たちまちシキアは一盛りをすくうのだ。やはり音楽的ななめらかさで。
「アルマにもくれるの? ありがとう」
間もなく自分も受け取って、ペペロンチーノなる白いスパゲティをアルマは一口した。
とたん、ひゃ、と声が出そうになる。にんにくが効いていてオリーブオイルとよく絡みあっていて、隠し味のようにピリリと辛い。唐辛子なのだろう。脳裏に一瞬、赤いものが浮かぶくらい刺激的な味だ。コシのあるパスタの茹で具合も絶妙だった。
辛口だったかな、とシキアは言って、口直しに、と優しい味わいのリゾットをアルマによそう。イカの白さと海老の赤さがなんだか嬉しい。
「アルマ様は学園に入る前は何をしてらしたの?」
初めて目にする黒いスパゲティを、おっかなびっくりよそいつつ朱璃が問いかけた。
「ええと」
アルマは少し逡巡した。
うまく言葉でまとめられないものの、生まれた集落が滅びたといういきさつを、この場で語るのはあまりふさわしくないような気がしたからだ。だからさしあたって当たり障りのない事実を告げるにとどめる。
「ふるさとをでてからは、いくつかの村や、たびげいにんの一座などにくわわってきたんだよ」
「旅げいにん?」
ナナルの長い耳が揺れた。彼女は背が低いので、椅子の上に置いた補助シートに座っている。
「ということは、歌や楽器のけいけんもあるのかな?」
「うん、まあ、すこしは」
「あたし、歌うことや楽器演奏が得意なんだ。だからこの学校でも芸能課を選択して……」
好きな話になったせいだろうか、『子どもっぽい』口調からいくらか外れてきたような気がして、
「ま、そ、そんなかんじ」
と、ナナルは微妙にお茶を濁すごとくしめくくった。
けれどもシキアは、ナナルの言葉使いの変遷に気付くことなく身を乗り出していた。
「音楽か、いいね!」
俺も音楽が大好きなんだ、と嬉しそうに告げるとシキアは朱璃に水を向ける。
「ダンスもね。キミもダンスは興味ある? 得意そうに見えるけど」
「社交ダンスなら多少は……といっても、たしなむ程度ですけれども」
女性はエレガントでなければいけない――そんな信条にもとづき、軽く手習いした経験はある。
「どちらかといえば私は、こちらのほうに興味がありますわね」
と言って朱璃が鉄のごとく拳を固めると、アルマが小首をかしげた。
「もしかして、じゃんけん?」
「い、いえ、じゃんけんよりはずっと、荒っぽい手段ですかしら」
「拝さんのグーはきっと、なみたいていのパーならつきやぶっちゃうとおもうよ」
ナナルが告げると朱璃は思わず笑ってしまう。
「ふふっ、ありがとうございます」
じゃんけんでパーが相手でも貫いてしまうような拳、すべてを打ち砕く拳とはそういうものではないだろうか。
「おっと、このメンバーで何かを決めるときはじゃんけん以外の方法にしたほうがよさそうだな」
シキアが冗談めかしてそう告げると、一同はどっと笑った。
やがてデザートもあらかた終わるころアルマがぽつりと言った。
「アルマはいちじくのタルトがすきよ。あるかしら」
「うーん、残念だけど」
ないみたい、とナナルが言うよりも早く、
「隣のテーブルで余っていたのでね。頼んでもらってきたよ」
さっとシキアがタルトの皿をテーブルに置いた。もちろん、いちじくのタルトだ。
わあ、とアルマは声を上げる。
きれいに焼き上がってるわあ、とナナルはフォークを入れながら観察する。
「なるほど、これは二回くらい火をいれてるね」
「ナナル様は観察眼が優れておりますのね」
朱璃はあらためて感心しつつ、あとで互いのレシピを交換しませんこと? と彼女に提案するのだった。
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お食事会 テーブル2
●リザルトノベル
目がくらみそう、というのは決して誇張した表現ではない。
ほくほくサラダのメインはレンズ豆、粒立っていてたっぷりで、色鮮やかなことモザイク画のよう。
これと並ぶのはキャロット・ラペ、刻んだニンジンを砂糖で煮詰めし朱の鮮やかさ。
ホイルを解いたところから、鱈の包み焼きが顔を出す。ベーコンとタマネギを加えたところに、タイム(香草)で色と薫りをつけた絶妙のアンサンブルだ。
手作りというバゲットは、カリカリに焼いた上にこってりバターが乗せてある。すでにバターは溶けかけており、透明な軌跡を描きながらつうっと斜面を滑り落ちつつあった。
冷製スープことビシソワーズの誘惑からも目をそらせない。じゃがいもと牛乳の幸福な結婚がここにある。
卵料理もお任せあれ。贅沢に仕立てたオムレツの、ラタトゥイユ添えはいかがだろうか。
ご心配召されるなとばかりに肉料理の登場だ。牛肉を赤ワインで煮込んだ逸品は、昨晩から用意したものらしい。
そしてもちろんステーキ! ビーフを一口サイズに切ったものが鉄板で待ち構えているうえに、さっぱりソースとこってりソースの選択まで可能というのだから贅沢だ。お好みに応じて、さっぱり風味のチキンステーキもある。
デザートはコーヒーゼリーとクリームブリュレ、そしていちじくのタルト、いずれもクリームがけも可能である。
すべてできたて、熱いうちにと案内されて、相席お食事会二番テーブルに着席した面々は目を見張った。
メメル校長がなにか挨拶しているようだが、座った瞬間から【タツキ・エイプリル】はもう料理にしか意識が向いていない。
「うわあ! なんともぐるめな料理ばかりなのだー!」
校長の挨拶など上の空、かたっぱしから皿によそって、ひたすらもっきゅもきゅと食欲を満たす。こんなことなら朝食、いや、前夜の夕食すら抜いておいても良かったかもしれない。
いつもは料理する側なのだが、とつぶやいて【レダ・ハイエルラーク】はフォークを手にする。
「供応される側というのも、たまにはいいものだろう」
言いながらもレダはわずかずつ取って食べている。遠慮なくと言われても、どうしても遠慮してしまうのは致し方ないところ。
一方で【スラフィル・ケーニヒヴルト】は、迷うことなく好きなものから選び取っていた。
「さっそく食べちゃうもんね」
と言いながら、メインやパンはほどほどにして、もうクリームブリュレにスプーンを入れていた。いわゆるプリンなのだが表層のカラメルがカリッと堅く、しかも炎魔法で軽く焼いてあるためサクサクのさじ加減とトロトロの内側、その両方を楽しめるという思考のデザートなのだ。
「おねぇちゃんプリンすきなんだ?」
牛肉の赤ワイン煮を食しつつ【やまた ひかる】は目を丸くしている。これが牛肉なのかというほどやわらかく煮込まれており、舌の上でとろけそうなほどの食感、そして味わいの深さがあった。
「うん、ボクは甘いものが大好きだから♪」
プリンよりも甘いテイストの笑みをスラフィルは浮かべた。
うわあー――許されるのであれば、いますぐスラフィルの膝に飛び乗って食事をつづけたいとひかるは思う。それほどに魅力的な笑みなのだった。
「ひかる、と言ったか。君は……」
と呼びかけて、ガラス細工を扱うように言葉を選びながらレダは告げる。
「なんとも嬉しそうに食べるのだな。気持ちがいいくらいに」
実際その通りだった。ひかるはテーブルマナーを守り背をしゃんと伸ばしながら食事をしていたが、その速度の速さたるやレダの数倍になろうかという勢いだったのだ。
「そうだよ、おにいちゃん」
喜色満面のおももちでひかるは言う。
「ぼくこれまであまり、あたたかい食事をしたことがなかったから」
「それって、満足に食べさせてもらってなかった、ってこと?」
スラフィルが恐る恐る問う。彼は不幸な生い立ちだったのか――、とレダも表情を曇らせた。悪い話題をふったのかもしれない、と反省しながら。
しかし逆だ。
「量はいいんだけどね」
ひかるはためらわず告げたのである。
「おやしきのごはんは、いつも毒見後のものだったから冷たくて……。だからあたたかい食事をたくさんで食べられることがうれしいんだー。あたたかーい、おいしー!」
そうしてひかるは、まだジュウジュウ言っているステーキを口に入れた。
「そうか、それはよかった」
レダは胸をなで下ろし、
「へー、キミっておぼっちゃんなんだー!?」
と言ってスラフィルは笑った。といっても彼の出身も、二百年つづく魔道士貴族という堂々たる家柄なのだが。
このとき、
「シェフを! シェフを呼んでほしいのですー!」
唐突にタツキが声を上げたものだから、眼前で銅鑼でも鳴らされかたように三人の視線は一斉に彼女に集まった。
「生焼けの肉でもあったか?」
「毒?」
レダとひかるは同時に、されど内容の異なる反応を見せた。しかしスラフィルは一拍遅れて、
「そっかー、おいしさのお礼を言いたいんだよねっ♪」
と、鯉でも呼ぶようにパンと両手を合わせたのである。
「そう! その通りなのですー!」
我が意を得たりとばかりにタツキは、くりっとした紅玉色の瞳をスラフィルに向ける。
「ぐるめうぉっちゃーのわたしの眼鏡にかなう素晴らしい料理の数々! いわゆる高級料理コース向けのようでありながらもパーティを意識したチョイス! そこを褒め称えたいところなのですよー」
さっきまでタツキは料理に一生懸命すぎて、他の三人は彼女に話しかけるべきかためらっていたのだった。ここでようやく彼女も正気に戻った(?)ようだ。実はこれが、このテーブルについてはじめてタツキが口にした人語だったりする。
「キミはさっきまでずっと料理に夢中だったから、自己紹介が遅れちゃったね。はじめまして! ボクはスラフィル・ケーニヒヴルト。エリアルのエルフタイプだよ。甘いものが大好き!」
白い軍服でありながらワンピースという、マッチングのいい折衷衣装でスラフィルは頭を下げた。
「私はレダ・ハイエルラーク、料理が趣味のドラゴニアだ。もちろん菓子作りも好んで行っている」
引き締まった骨格と厳しそうな顔立ちのレダだが、目元を緩めており決して人当たりは悪くない。
「スラフィルおねぇちゃんよろしくね! ぼく、やまた ひかる。えーと、仲良くしてほしいな」
ひかるは黒髪をポニーテールにしており、五、六歳とおぼしきあどけない顔立ちもあいまって、少女のようにも見えてしまう。背に生やした翼と頭の光輪はアークライトの証だ。
「よろしく、わたしはタツキ・エイプリルなのですー」
タツキはひかるに目を向けた。
「ひかるくんはスイーツは好きですかー?」
「ぼく?」
一瞬、キョトンとしたもののひかるはすぐに破顔した。
「もちろん大好きだよー!」
おおー! とタツキは、数年ご無沙汰していた友達に会ったような顔をした。
「だったらみんな、もう友達なのですー!」
甘いもの好きに悪い人はいない、これがタツキにおける黄金の信条なのだった。
「それは結構なことだ」
レダの口元にも微笑が浮かんだ。最初タツキがまるで口を利かなかったものだから、彼女は付き合いづらい性格なのかと誤解していたのだ。
「タツキもスイーツ好き? やったぁ! 仲良くしてね!」
スラフィルは両手を万歳するみたいに挙げて手のひらを見せる。タツキもすぐにピンと来て、パンと音を立て彼女とハイタッチした。
「クリームたっぷり、コーヒーゼリーをどうぞ-」
ひかるはすかさず皿を二つ用意して、席を立つとぺたぺたとタツキに歩み寄った。
「ね? タツキおねぇちゃんの膝の上で食べていい?」
「わたしの膝? OKなのですー」
「やったぁ!」
ちょこんとひかるはタツキの膝に乗る。
やわらかくてあたたかくて……幸せだ。
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お食事会 テーブル3
●リザルトノベル
和食、である。
竹林とか鹿威(ししおど)しとか、お座敷床の間掛け軸とかとか、そういったお膳立てのうえで落ち着いていただくイメージの料理が、ここでは四脚椅子&角テーブルの上に展開されているのだから折衷の極みといえよう。
小皿がならぶ。そのひとつはずわい蟹の和えもの、別の皿にはたらの芽と枸杞(くこ)の実、生け花のように見える小皿は、甘く煮たインゲン豆と切りそろえた人参で作ったものだ。さらにはそっと隠れるように、だし巻きの黄色が顔を出す。練り物に巻かれた燻製はサーモンで、重箱には目に鮮やかな押し寿司が三種並ぶ。メインは伊勢エビを中心とした魚介類のお造りで、これと三つ葉、椎茸、芋などの天麩羅が競い合うというかたちだった。
いくら豪勢でも場違い感は否定できない。なぜってここは魔法学園フトゥールム・スクエア、その泉のほとりに設営された広大な円形テントの下なのだから。開催されているのは大規模お食事会、三番テーブルはもうこの料理だけで、違和感たるや飛び抜けている。
しかしこのテーブルに集まった顔ぶれには、料理を上回るインパクトがあった。
先に申し上げておくのだが、誓って作者は、意図的にこの四人を選んだのではない。
厳正なる抽選の結果に従ったまでである。
もちろん、驚くと同時に楽しみにしてはいる。
……前置きが長くなったようだ。では、三番テーブルの様子を描こう。
「私はゼクト、神である」
このコメントをためらいなくてらいもなく、傲然というよりは今朝の天気の話でもしているかのように、ごく当然と彼は口にした。名は【ゼクト・ゴッドマイヤー】。狂気の相はなくむしろ落ち着きすぎるほど落ち着いており、目元は涼やかで泣きぼくろがチャームポイント、女性もうらやむような美しい肌、輝くような美貌の持ち主だ。
あまりに平然と神を名乗るものだから、圧倒されるあまりうっかり「まさか!?」と思ってしまう者がいても致し方ないだろう。
しかし、彼は違った。
「……ふ、ふふ。神さまと同席できて光栄ですよ」
艶然とほほえんで【明智・珠稀】(あけち たまき)は一礼した。
「はじめまして、明智珠稀と申します。気軽にたまちゃんとお呼びください……!」
星あかりなき夜の色をした前髪が、右目を覆い隠している。そのため珠稀の左目の、愁いを帯びたアメシスト色はより冴えるのだ。肌は幽鬼のように白く、口元には湿りけのある妖しい笑みが秘されていた。首輪のようなチョーカーが示すのは、自由への渇望かそれとも束縛への憧れか。
ふたりの美獣を前にしても、【チョウザ・コナミ】はまったくもってマイペースだ。
「いやー、このシート、ってーか席さぁ」
自分の椅子の背をちょんちょんと叩いて言う。
「かしこまって『チョウザ・コナミ様』なんて書いてあったからぁ、最初自分の場所いわばマイポジションがどこなのかぁ、見つけられなくて困ったよぉー」
彼女はマゼンタの髪に、蛍光グリーンやショッキングピンク、黄色などのメッシュをランダムに入れている。服に大量のアクセをあしらっているあたりもパンキッシュだ。頭や腕に絞り染めのスカーフを大量に巻いているところには、なんらかのポリシーがあるのかもしれない。
つねにチョウザは半笑いだが、翡翠色の瞳には理知的な光がこもっていた。
「あーしはチョウザ・コナミ。お気軽気楽に『ザコちゃん』って呼んでくれていーよぉ? 面倒だったらザコちゃんの記憶はまとめてポイして経験値にしてくれても、全然オール了承了解?」
と言って彼女は、右手指を二本揃えて略式敬礼みたいな挨拶をした。
ここまで三者三様、すごい個性が集まったものだが、最後の一人も決して劣らない。
「『叡智の欠片を小さき者に授けよ』……わたしはそんな天啓を受けているのです」
彼女【ルクラ・プレオ】の目が見ているものは現実世界にはない。水晶球のように透き通った双眸は天井にこそ向けられているものの、理想(イデア)の世界をただよっている。
「うふふ」
浮遊するような含み笑いとともに、すうっとルクラの瞳に灯がやどった。
そして彼女は、はじめて自分以外のメンバーに気がついたようにテーブルを見回し、ふかぶかと頭を下げたのである。
「ルクラ・プレオと申します。お目にかかれて光栄です」
見た目は七歳くらいなのだが、どうにも大人びた言葉使いに物腰だった。
白い髪に白い服、アークライトの白い翼、頭上の光の輪までも白い。
そんなルクラにあって一点、目を惹くポイントは、アンダーフレームのみの眼鏡であろう。まさかこの眼鏡こそが、ルクラにとっての命、むしろこっちが本体かもと考えるほどの存在であると知れば、驚かぬ者はないであろう。
……いや、このテーブルの他三人なら、驚かないかもしれないが。
ここでゼクトが「うむ」と咳払いして告げた。
「私は神である。神であるが為に、私は人の願いを叶える存在なのだよ! というわけで料理の取り分けをしてあげよう」
「『ロリ分け』? ……いえ、聞き間違いでしたね」
この瞬間、ルクラが短く呟いたが、幸か不幸か誰の耳にも届かなかった。
「ゆーしゃ様、いえ、かみ様? に料理取り分けてもらえるなんて光栄って感じぃ?」
あ、でも、とチョウザは言う。
「このテーブルの料理って、一人ずつ配膳されてるから取り分けできないんじゃん?」
それなら大丈夫、とゼクトは不敵な笑みを見せた。
「飲み物はまだじゃないか。神がお神酒を注いであげようじゃないか。おっと、未成年にはジュースにさせてもらうとしよう」
「……ふ、ふふ。では私はモルトウイスキーをいただくとしましょう」
「わたしはそこにある、ワインかぶどうジュースかはっきりしない物を」
「じゃあザコちゃんもそれー」
乾杯がすむと、ところで、とルクラが言った。
「わたし、和食って詳しくなくて……これって何ですか?」
生の魚、すなわち刺身を示している。
ふふ、と珠稀が応じた。
「これは刺身と申しましてね。本来はこうして食べるものではなく、裸にした麗人のうえに盛って、人肌で温めながら皆でつつくものなのですよ……」
このときちらりと、珠稀の視線がチョウザに向かった。
「えっ、ザコちゃんにやってほしいって言うのー? 女体盛りー? ああ、雑魚なモブのうえに冷たいお魚がぁ……魚は見るのも食べるのも好きだけど、まさか盛られる側になるなんてー」
「いえいえ、今から私、脱ぎますのでどうかザコちゃんさんに持っていただきたくて。できれば皆のお箸で、うっかり別のところをつまんでいただいたり……ふ、ふふ」
「いやオマエがかいっ……って、ザコちゃんってばツッコミ向きのキャラしてないのにノリでやっちゃってるー」
「仕方がない、そういうことなら神が一肌脱ぐしかないというわけか……」
と言うゼクトはすでに、自身の胸元に手をやっている。
「なんでこのテーブルみんな脱ぎたがるんですか?」
ルクラも勢い、つっこまざるを得ないのだった。
それにしても女体(男体)盛りとは――ルクラは禁断の知識をまたひとつ手にした気持ちになっている。
残念ながらこのテーブルには、ルクラの求めるいたいけな幼女、しかも眼鏡の似合う幼女はいないようなのである。
もしここにロリメガネ幼女がいて、そんな彼女が『盛られ』たとしたら……世界はいきなり救われてしまうのではないだろうか!? 想像するだけで頭に血が上りそうだ。そして、血が上りすぎて吐血しそうだ!
こんな感じで微妙に噛み合わない、だが各人各様に楽しそうな会話が進んだのち、
「さて、諸君。本題に入ろう」
デザートの芋きんとんを前にしてゼクトが告げた。
「宗教に興味はないかね?」
ここでたいていの場合、「ないよ」と返ってくるのがパターンだというのになんと、
「あります」
ボレーシュートさながらに、ルクラが打ち返してきた。
おお、とゼクトは目を輝かせる。
「ゼクト教というのだが」
「ロリメガネきょ……え?」
「え?」
ゼクトとルクラの声は完全に被ってしまって、お互い見合うだけの結果となった。
「うーん、宗教論争って感じぃ?」
チョウザは肩をすくめ、へらりとわらって珠稀を見た。するとなぜか珠稀は恍惚とした表情で、
「私は、私を言葉やピンヒールでいたぶってくださる神さまであればすべて歓迎です……ふ、ふふ……!」
と語って好物のあんみつを美味しそうに口に運ぶのである。
まとまりがないようなあるような、そんな三番テーブルであった。
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お食事会 テーブル4
●リザルトノベル
九つ用意されたお食事会のテーブルには、それぞれ別種の料理がならんでおり、独特の味わいと風味を競いあっていた。いずれも豪勢にして魅力的、目にも舌にも嬉しい事態になっている。
だが、この四番テーブルは、一風変わったことになっている。
ハズレとは言うまい。
けれどもしかし、間違いない。
このテーブルの料理はおそらく、飛び抜けてユニークだと……!
ユニーク! そう言うほかなかった。
「異次元交流って聞いて来たんだけど……」
重い鉄アレイでも左右の手に握っているかのように、がっくしと深く肩を落としているのは【七枷・陣】(ななかせ じん)だ。
今日は『異次元交流』だと聞いた。異次元すなわち異世界、つまり元の世界に早くも帰還となるのかドキドキ――と胸を高鳴らせていたゆえに、ただの食事会と知って肩すかしを食らった気分なのだ。しかし陣がここまで落胆している理由はそれではない。
「……この世界の料理って、こういうのなの?」
おじさんビックリだよ、と絶句する。
青い。
とても青い。
青いスープの、ラーメンだという。
細麺は普通の色だ。添え物の煮卵にネギ、薄切りチャーシューも一般的なカラリングだ。しかしスープがあまりに青い。透き通った美しい青色!
葉物野菜がたっぷりで青みがかっているとか、ネギが鮮やかすぎて青々としているとか、そういう婉曲表現では決してなかった。直球で青いのである。マリンブルーなのである。南国の海のような気持ちの良い青。なんというTRUE BLUE。
「……文明の利器が恋しい。おじさん的にあの青一色のスープ、人が食べる料理に見えないよ?」
どすこいサイズで構える青い青いラーメンを見て、豪華料理がならぶ他のテーブルに目を移し、また自テーブルに視線を戻して、目の錯覚や見間違いではないことを確認する。
けれども【メルヴィナ・セネット】は、凪いだ外洋をゆく小舟のように穏やかに言った。
「なかなか、色の主張が激しいようだな」
メルヴィナは好奇心旺盛、戸惑いよりも興味が勝って、しげしげとマリンブルーラーメンを見つめている。
少なくとも香りはいい。鶏ガラ出汁(だし)と思われるほのかな塩味が想像できる。
どんな味がするのだろうか正直楽しみだ――という内面をメルヴィナはあまり表にしない。それゆえ第三者からすれば、あっけにとられているように見えるかもしれない。
「せっかくだから食べてみましょうよ?」
と【レグルス・ロサリアム】は箸を取り、青いスープを自分の器によそった。レンゲを使ってスープもすくい取る。こうして見ると人工っぽくない綺麗な水色だ。空腹を刺激する湯気がもわっとあがった。
「ささ、みなさんもどうぞ。僕がよそってさしあげます」
かいがいしくレグルスは四人分の器を盛る。住み込みメイドがいるような裕福な家に育ったレグルスである。こうやって皆に奉仕すること自体、彼にとってはちょっとした刺激だったりもする。
「珍しい料理を初対面の顔ぶれで囲む、これが異次元交流なんですねえ。僕、初体験です」
アナタも? とレグルスに問いかけられて、それまでぽかんとしていた【ナツメ・律華】(りっか)は慌ててメガネの位置を直した。
「お、お食事会ぐらい参加した事ありますわ!」
といっても、せいぜい村の寄合いレベルだったということは伏せておく。
ナツメが胸を反らせると三つ編みが揺れた。できるだけエレガントに見えるよう気を配りながら器を手にし、やはりエレガントに見えるように箸を手にする。そうして、エレガントにスープを見てエレガントに驚きを表明する……のはちょっと無理か。
「これは何かしら?」
素に近い口調でナツメは言った。ここまで彼女は、お嬢様キャラで学校デビューを飾ろうと意識するあまり料理に注意がいっていなかったのである。
そのときにはすでに、
「いただきます」
とメルヴィナはラーメンを口にしていた。
「……」
一秒、彼女が口を閉ざしていた時間だ。
陣は固唾を呑んで彼女の反応を見守った。
まずいのか、ヤバイのか、それともまさか……?
「味は美味しかったし。おすすめ」
そのまさかだった。
メルヴィナは告げて、微笑みを浮かべたのだ。
鳥ベースの塩味がさらりと舌をなでる。濃厚ではないというのに味はしっかりついており、馥郁たる香りとあいまって、嬉しくなるような満足感があった。このスープだけでもじゅうぶんに楽しめるだろう。
けれども主役はあくまで麺だ。細身でするするとした舌ざわり、しっかりコシがあって歯ごたえもいい。薄味の煮卵は、白身しっかり黄身はトロリ、しゃきしゃきネギと食べでのあるチャーシューのコンビネーションも最高だ。
「じゃあおじさんも」
食べてみるよと陣は箸を取った。
「うそ! 意外といける……いや」
あっという間に半分近く平らげてしまい、しみじみ述べるのである。
「むしろ次これラーメン屋で見かけたら、自分から注文してしまうかも」
「青いスープなんて生まれて初めて! それがこの麺……ラーメンっていうの? とこんなに合うなんて!?」
意外ですわ、とナツメは言って少し考える。
もしかしてラーメンというのは、社交界でしばしば登場する料理かも――不安になった。
お嬢様なのにラーメン知らないの? と言われたりしないだろうか。
しかし同席の三人から驚きの反応はなかったので、どうやらラーメンは庶民食と見てよさそうだ。セーフ。
ナツメはラーメン自体はじめて食べるのである。以後ナツメのなかに『ラーメンとは青いスープの麺類』という固定観念ができてしまうかもしれない。
「何事も経験ですねえ」
レグルスが感慨を洩らす。こんな意外な食に出会えたのだから、まさに『異次元』交流会の面目躍如と言っていいだろう。見た目のインパクトも今では、この麺にはこのスープこそ、という気がしてくるのだから不思議だ。
そうだ、とレグルスは思う。
ラーメンとばかりかかわっているのは勿体ない。積極的に交流しようじゃないか。
「僕は、鍛錬がしたくてこの学校に入ったんです。みなさんは?」
ナツメが答えた。
「私も近いものがありますわ。まだまだ世間知らずゆえ、たくさんの知識を学ぼうと思って。メルヴィナ様は?」
「私は……そうだな。やはり知識と経験を求めて、だろうか。まだ行ったことはないが、この学校の図書館は膨大な蔵書を有しているらしい。一度行ってみたいものだ」
「大図書館!」
ナツメは目を輝かせる。
「大図書館はたしか『ワイズ・クレバー』という名前でしたわね。私も読書が趣味ですので、大いに興味がありますのよ」
「それはいい。機会があれば一度ご同行願いたいものだ」
共通の趣味は人と人を近づける。ナツメはメルヴィナに親近感を抱いた。それで、と彼女は陣に話を向ける。
「陣様は?」
「えっ?」
急に呼びかけられ陣は驚いたように顔を上げた。
「ええ」
と言葉を継いだのはレグルスだ。
「入学動機……とりあえずこの学校で目指すものとか」
「あー……おじさんにはそういう……立派な大志はないなあ」
陣の奇妙な一人称には皆気がついていた。どう見てもローティーン、高く見積もってもせいぜい十四歳くらいのヒューマンだというのに、彼は『おじさん』と名乗るのである。
「立派でなくてもいいと思いますが、志(こころざし)はあっていいと思いますよ」
レグルスに決して悪意はないのだが、育ちが良すぎるせいかときおり、その口調は少し上から目線のようになってしまう。
「いやあ、こう見えておじさん、なにかの間違いでこんな肉体年齢になっちゃったんだが、ホントはお前さんたちのお父さんくらいの年齢だったんだよ……だから元に戻る方法を探すのが、目標っていやあ目標かな。あと、おじさんが『おじさん』だった頃を知っている人たちを探すことか」
まさかと疑われるか、ご冗談をと一笑に付されるか、最悪ドン引きされたりするだろうかと陣は予想したのだが違った。
「だとすれば、貴方は私たちの人生の先輩にあたるわけだな」
と言ったのはメルヴィナだ。
「おっと、敬語を使えず失礼……どうしても見た目にひきずられて」
「いや、いいんだ。っていうか、こんな突拍子もない話信じてくれるのかい?」
ナツメがうなずいた。
「もちろんです。ありえると思っておりますわ。私、学園に来て、色々と信じがたいものを見聞きしましたから」
「信じがたいもの、まったくですね。青いスープのラーメンとか!」
とレグルスがつないだので一同はどっと笑った。
もちろんこのテーブルの食事はマリンブルーなラーメンだけではない。
ブルーラーメンは先触れであったのだろう。このタイミングで運ばれてきたのだ。ラーメン屋的なメニューが次々と!
醤油ラーメン味噌ラーメン、白いスープの豚骨ラーメン、激辛ラーメンは赤い色。さらにはカリカリの餃子に、テカテカに輝く山盛りチャーハン、所狭しと並べられてゆく。
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お食事会 テーブル5
●リザルトノベル
ひとつひとつ順番に出てくれば、高級ホテルのコース料理になるのではないか。それが五番テーブルだ。
ローストビーフが大輪のごとく皿に飾り付けられ、とろり濃厚なソースが一回しされる。周囲を飾るはチシャの葉と、透けるくらい薄くスライスされた赤カブだ。見ているだけで空腹の虫が悲鳴を上げそう。
水タコのカルパッチョは上品で色白で、三つ指ついて待ち構えているイメージ。
各人に一皿ずつ、透明なポタージュはコンソメのセピア色。
冷えた皿にキングサーモン、しぼったレモンとクリームチーズで召し上がれ。
メインはどれだ。一口サイズ、子羊背肉のステーキか。こってり肉厚、フォアグラのプランシャ(鉄板)焼きか。それともふわりと熱あげる、桜鯛の白ワイン蒸しだというのか。
パンも選べる三種類。きつね色に焼けたバゲットと固形のバター。これに明太子パテを乗せたもの。あるいは円形のクルミパン。
背の高いワイングラスに真っ赤な液体が注がれる。成人ならばワイン、未成年ならワイン葡萄をつかった甘いジュース。
デザートは赤と白、さくらんぼゼリーとフランボワーズのムースだという。
「なんて豪華なんでしょう!」
ここまでとは想像だにしていなかったので、【ビアンデ・ムート】は驚きの声を上げていた。こんな贅沢メニュー、絵本の世界ですら見たことがなかった。
「すごすぎます!」
と続けて、このテーブルに一人でないことをビアンデは思いだし、視線が集まっていることに気付いて縮こまる。
「恥ずかしがることはないのだよ」
穏やかにして深みのある、それでいて爽やかな声。
「我輩も驚いたね。さすがメメル校長のセッティングだけはある」
余裕すら感じる声の主は、【マルティング・マルティーナ】であった。貴公子、あるいは淑女であろうか。たおやかに笑みかける。
「ど、どうもです……」
おずおずとビアンデが返すと、なぜかマルティーナは視線を逸らす。しかもうってかわってトーンの高い早口になって、
「わ、我輩としたことがつい差し出がましい口をっ、気にせんでくれ、うん、気にせんでくれるとありがたいっ!」
と首を九十度左に向けたではないか。
ところが横を向いたマルティーナはそこで、「う」と小さな声を上げて身を強張らせてしまった。
そうだった。
この方向には、彼(もしくは彼女?)がいるのだった。
「○!※□◇#△、%$#&@*+◇?」
我々の世界の言語体系を超越した口調で、その人物は言った。
いや待て、本当に人物だろうか。
そもそも生命体だろうか。それすら怪しい。
便宜上『言った』と書いたが、それは火炎のゆらぐ音かもしれないのだ!
「☆↓\→!」
マルティーナの視線の先には、炎をまとい浮遊する頭蓋骨がいるのだった。名は【熱界よりのもの(人類向けの仮名)】、テーブルに存在するのは頭部だけである。物理法則を無視して、皆の目線の高さにふわふわと浮いている。
炎上しているこのしゃれこうべは、眼窩から鼻孔からひっきりなしに赤い焔を吹いていた。しかし意思はあるのだろう。視線を感じたようで、燃える頭の角度を下げて会釈した。
にわかには信じたい状況ではあるが、【ビャッカ・リョウラン】はむしろこれを楽しんでいる様子だ。
「面白い生徒もいるもんだね。さすが『フトゥールム・スクエア』だね。じゃあ自己紹介しない? 私はビャッカ・リョウラン、ドラゴニアだよ。この学校でうんと訓練して勇者を目指したいな!」
続いてもじもじとビアンデが名乗り、ますます早口になってマルティーナも名乗り終えると、炎上するホネホネヘッドは炎を吐きながら口を開いた。
「※?☆△! 卍、ΩQδΞ‡‡†、○×△☆♯♭●□▲★※、卍、%$#&@*+◇」
なるほど、とビャッカは笑った。
「ごめんね、言ってる意味はわからないけど、親しみは伝わってくるよ。紳士的な雰囲気もね。よろしく!」
「紳士的、ですか……?」
ビアンデは恐る恐る『熱界よりのもの』を見た。そう言われてみればジェントルなようにも見える。
マルティーナはコホンと咳払いすると、
「よ、よろしく」
そう続けてまた咳払いした。人と会話するのが苦手なのだ。それは頭蓋骨が相手でも同じなので、その点平等ではある。
意思が通じたのだろうか。頭蓋骨を覆う炎が、わずかながら桃色になった。
「照れてらっしゃる……のでしょうか?」
ビアンデは微笑した。
「申し遅れましたが、私からもよろしくお願いします」
良かった、とビアンデは思う。
みんな良さそうな人で。
もちろん、頭蓋骨さんも含めて。
王侯貴族が食べるような、高級食に舌鼓を打つ。
マルティーナは目を閉じ、恍惚のひとときを味わっていた。
肉はとろけるようにやわらかく、スープは体を芯から温める。魚だって歯触りと、旨味と熱のアンサンブルだ。どの皿にも、無駄なものはひとつとてなかった。自分一人で味わうのは惜しいと思った。
このとき、
「おー、やっとるなあ~」
ふらりと五番テーブルを、メメ・メメル校長が訪れた。
「※?☆△!、◎→〆‡☆、%$#&@*+」
燃える頭蓋骨が話しかけると、
「おう、そうかそうか。楽しんでくれているようでメメたんも嬉しいぞ☆」
ごく平然とメメルは返す。どうやら意思疎通ができているらしい。
「それで、料理のほうはどうかな~?」
すると『熱界よりのもの』は、名状しがたき力でステーキの一切れを口にし、それと同時にぱらららっと、扇子でも開くようにして炎の色を虹色に変えたのである。どうやら賞賛の意を表明しているらしい。
「それは結構☆」
上機嫌のメメルは、ビャッカたちのほうを向いて告げた。
「実はな、星の巡り合わせのせいか、今回に限ってこのメメたんと魔法の泉が相乗効果を起こし、特殊な異世界召喚が発生してしまったようなのだよ。かくして、この宇宙とはまったく概念の異なる頭蓋骨たんを招き入れてしまった☆」
校長はなんでもないことのように告げているが、割とレア中のレアと言うべき事態である。
「……といっても、せっかくの客人なので参加者としてもてなすことにしたってわけだ♪ まあ、今日限定だけどな」
「ということは、君は学園の生徒じゃないってこと?」
ビャッカが『熱界よりのもの』に問いかけるが、骨は例によって聞き取り不能な音を発するだけだった。
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える~。……わかるかなこの意味♪」
メメルは謎めいた言葉を残すと、風に吹かれる落ち葉のようにその場からひらりと立ち去ってしまった。
ビャッカは首をかしげる。
「どういう意味だろう?」
「わかりません。けれど」
ビアンデが言った。
「貴重な体験をさせてもらってる……そんな気がします」
「そうだね! おかげで楽しいよ」
よかった、とビアンデは頬を緩める。同席している皆が楽しんでくれることこそ彼女にとっての喜びなのだ。
「君はどう?」
ビャッカが水を向けると、はぅ! と小さな叫び声が聞こえた。
見ればマルティーナはいつの間にかタッパーを用意し、テーブルの上の料理をいそいそと詰めている最中だった。
まさか注目を浴びるとは! マルティーナは文字通り狼狽していた。食事会の和やかな風景に溶け込むようにしながら、気配を殺し隠密ミッションに挑んでいたところだったのだ。
「こここれは、愛する猫ちゃんに食事を分けようと……」
「……○!※□◇#、±〒*%$#&@*+◇??」
非難している調子ではなかったが、『熱界よりのもの』がなにか言った。
PANIC! 相手の視線がないときには落ち着いた口調で話せるマルティーナであるのだが、注目されていると意識するや嵐に揉まれる小舟のようになる。
「かかか関係ないだろ!」
完全に裏返った声で悲痛に叫ぶと、ビャッカはグラスを干して快活に笑った。
「大丈夫、そろそろ私もお腹がいっぱいになってきたから、料理が余ったらもったいないなと思い始めてたんだよ。だからほら?」
そうしてビャッカはテーブルの下から、自分の分のタッパーを取り出したのである。
このとき突然、何かが手に触れたのでビアンデは声を上げそうになった。見れば、ビャッカが持っているのと同じタッパーがするりと膝の上に乗った。
「え、これ……?」
つぶやいて顔を上げると、炎に包まれた骸骨が意味深に片目をつぶった。
骸骨がウインクした? 無理だろというなかれ、『熱界よりのもの』は確かにそれをやってのけたのだ。
(……わかりました。ビャッカさんのタッパーもきっと、頭蓋骨さんが)
まったく概念の異なる世界から来た骸骨ならば、こんな芸当もお手の物だろう。
やっぱりあの骸骨さんは紳士です。まちがいないとビアンデは思った。
そして彼女はさっと、テーブルの下からタッパーを取り出したのである。
「実は私も持ってきてたんです……タッパー……」
せっかく同席したのだから、マルティーナにも気まずい思いはしてほしくない――その思いは、ビャッカにもビアンデにも共通していた。
マルティーナは安堵のため息をついた。みんなでやれば恥ずかしくない。
「あ、うん、じゃあ、片付けよう」
マルティーナの手は止まらない。
カルパッチョもサーモンもステーキも、きっちり詰めていく。
満足そうにうなずくとやがて、『熱界よりのもの』はすうっとその姿を消したのである。
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お食事会 テーブル6
●リザルトノベル
六番テーブル――と聞いていたのだが。
案内されたその場所は、テーブルというよりはカウンターだった。
もっといえばバーカウンターというものではないか。
ウォールナット材質、色味の濃い琥珀色、長く使い込まれたものらしく程よく丸みを帯び、つや消しの光沢感と重みがある。
スツールも木製だ。シートには革が張ってある。
酒瓶の並ぶ棚すらあるではないか。棚を背にしてバーテンダーがひとり、黙々とグラスを磨いている。
雪景色が一望できるテントの一角に、忽然とバーが出現しているのである。一件奇妙な光景ではあったが、スツールに腰を下ろしてみるとそう違和感はなかった。カウンターまわりは自然光が遮られ、間接照明が設けられている。
「いらっしゃいませ」
バーテンが告げた。
あれ? あのバーテン、どこかで見た顔じゃないか。
とりすました表情を保とうとするも、こらえきれずクスッと笑ったバーテンは、ご存じコルネ先生こと【コルネ・ワルフルド】だった。糊のきいたワイシャツと蝶ネクタイ姿で決めている。長い髪は頭の後ろで束ねていた。
「ただ飯ただ酒にありつけるって聞いた。それも高級な」
これ以上ないほどの真顔で【浦木・比嘉】(うらき ひよし)は告げた。
「その点大丈夫だと思うよ。まあ、料理のほうはお酒のアテが中心になるけどね。ええと」
ここで軽く咳払いしてコルネは言葉使いを変える」
「ご注文は?」
「じゃあマティーニを、ステアなしで」
「かしこまりました♪」
言いながら彼女は振り返り、なにやら分厚い書物を開いている。……表紙を盗み見れば『カクテルレシピ集』なる言葉が見えた。大丈夫だろうか。
グラスが来た。溶けた雪を思わせる澄んだ色、ほのかな甘味とジンの刺激。悪くない、と比嘉が熱い息をついたとき、隣の席に誰かが座った。
「ここだけバーという趣向なんですね。しかもコルネ先生がバーテンダーなんて」
慣れた手つきでスツールを回し、綺麗な肌をした青年がカウンターに肘を乗せた。
「初めまして、よろしくね。賢者・導師コースの新入生、【オズワルド・アンダーソン】です」
「俺は浦木比嘉、普段は美術室内に籠もっているから会う機会は少ないと思うが、よろしく頼む」
お近づきのしるしです、とオズワルドは比嘉に香水の小瓶を手渡す。
「自分で使うもよし、友達に贈るもよし、好きに使ってください」
礼を言って比嘉はこれを内ポケットに入れた。集中したいときにアロマ代わりに使うのもようさそうだ。
「拙者は」
と言う声がだしぬけにしたので、オズワルドと比嘉はぎょっとして首を巡らせた。比嘉の隣、いつの間に現れたのか、ルネサンスの青年が座り、悠然とマフラーを外している。
「失敬失敬、驚かせたとしたら申し訳のうござるよ」
まずは自己紹介でござるね、と前置きして彼は言った。
「【御影・シュン】と申す者でござる。『ミカゲ』が苗字でござるよ。専攻は黒幕・暗躍、仲良くしてくだされ」
「やあ、さすがはシノビといったところですね」
オズワルドはシュンと面識があるので、にこりと笑みを浮かべた。
ここでコルネが、カウンターの上に皿を置く。
「バーといえばこれよねっ。フィッシュ・アンド・チップス! 召し上がれ♪」
カラッと揚がった白身魚に、皮つきジャガイモのフライが山盛り。つけあわせには白いタルタルソース、あざやかな緑の茹で豆に、赤いチリソースの小皿もついている。もちろん揚げたて、ピチピチという音すら聞こえそうだ。
「さあさ、お二人さんもドリンクの注文をどうぞー。大抵のお酒ならあるし、古今東西のカクテルだって腕を振るっちゃうよ」
「僕は白ワインを」
「拙者は熱燗がいいでござるなあ」
まずワイングラスと小さなボトルが来た。
「しからば拙者が酌を」
「あ、どうも。ありがとうございます」
オズワルドはグラスを指で押し出すにとどめる。ワインを注いでもらうときは手で持ち上げないのがマナーだ。
シュンがオズワルドのグラスを満たしたころ、銚子とお猪口がテーブルに乗る。シュンがいるのを見越して、あらかじめ用意してあったものらしい。ご返杯、とオズワルドが銚子を手にした。
「しからば我々の出会いを祝して」
「乾杯といきましょう」
「ああ、悪いな。先に始めてしまって」
すでに比嘉はマティーニを開けていたのだった。自分もグラスを求め、小瓶のワインを分けてもらうことにする。
「なあに、ここからでござるよ」
シュンはすばやく瓶を取って注いだ。
「ささ、どうぞどうぞ。拙者、なにかと便利な忍びの者ゆえ、失せ物や尋ね人、ちょっとした困りごとなど、もしものことあらばいつでも声をかけてくだされ」
「では改めて乾杯しましょう」
オズワルドが呼びかける。
グラスとグラス、それに猪口が軽くぶつかりあい、冴えた音を奏でた。
テント内にはたくさんのテーブルがありたくさんの生徒で賑わっているというのに、このときこの瞬間この音だけは、夜明けに鳴る鈴のごとく涼やかに、会場に響き渡ったのだった。
一瞬の静寂はしかし、豪華な料理に塗り替えられる。
湯気を立てながらソーセージの盛り合わせが来る。あぶり焼きのポークウィンナー、チョリソーウィンナーがつやつやと自己主張するその隣で、編み目のついたバジルウィンナーが胸を張る。茹で仕上げの黒胡椒ウィンナーはほっこりと、黒いブラッドソーセージはどっしりとしていて目移りしそう。添え物のザワークラウトすらも、刻んだ唐辛子が混じっていて刺激的だ。
人参、セロリきゅうりにそして大根! スティックサラダはグラスに立てられ、ビネガーソースが添えられている。クリームチーズで食べるのもオツだろう。
野菜分がまだほしい向きには、生春巻はどうだろう。包まれているのは刻みキャベツにオクラ、二種のレタス、茹でてすぐ冷やしたぷりぷりの海老が顔を出している。スパイシーホットソースでいただきたい。
そしてパスタ、アルコールの友となればやはり辛口だ。ペンネアラビアータの赤色はあまりに赤く、見ているだけで汗をかきそうだ。
なんとおでんまである。といってもバー向けにアレンジされたポルチーニソースのおでんだ。日本酒にはもちろんのこと、ブランデーにも合いそうな香りである。
「いやあ、これはたまらんでござるなあ」
さっそくソーセージをほおばってシュンは目を閉じる。パキっとした皮の歯ごたえ、じゅっとしみ出てくる肉汁の味わい、体の芯まで赤くなりそうな熱さもたまらない。
オズワルドはおやと目を留めた。比嘉はそうそうにワイングラスを空にし、さらにモスコミュールのトールグラスを注文してコースターに乗せていたが、取り分けられた料理にはまだ手を付けていないのだった。
比嘉はノートを開き、サラサラと何かを書いている。
「ああ、スケッチブックですね」
どうやら料理を素描しているらしい。なめらかな羽ペンの動きだ。
「せっかくだから記録に残しておきたくてな」
言いながら彼はグラスを傾けた。あっという間に半分ほど飲んでしまう。それでもまったく顔色が変わらないところからして、相当酒は強いようである。
酒に強いという意味ならオズワルドも負けてはいない。すでにワインは片付いて、ラスティネイルを傾けていた。甘さに負けぬ強烈なパンチ力をもつウイスキーベースカクテルだ。
「うーん、上手だねえ♪」
いつの間にかコルネもスケッチをのぞき込んでいる。バーテンぽくするのに飽きたのだろうか、自分もスツールを引いて座って両肘をついたところに頭を乗せていた。
「いかがでござるか? 先生も一献」
すっとシュンは銚子を持ち上げた。
むむ習慣は怖い、とシュンは思った。酒席で手持ちぶさたな人を見ると、つい酌をしてしまう。
「え? そう? 悪いね~」
私仕事中なんだけどね~と言いながら、全然そんな意識なさそうにコルネはお猪口を出してくるのである。いただきまーす、と両手で取って飲むなり、コルネの頬はぽっと桜色に染まるのだった。
「良い飲みっぷりでござるなあ」
シュンは呵々大笑する。なんとも愉快な酒席ではないか!
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お食事会 テーブル7
●リザルトノベル
ガスパチョ、それは冷製スープ。使用材料はトマトにきゅうり、玉ねぎそしてパンである。たっぷり加えたニンニクの風味が食欲を刺激する。いずれも原型はとどめていない。混ぜて細かくすりつぶし、水を加え味を整えたものなのだ。濾しているから案外ドロドロ感はなかった。口にするだけで血液が浄化されるような味わい。
もちろんガスパチョは先触れでしかなかった。
第七テーブルを彩るは、たっぷりの海産物と肉! 野菜だって盛りだくさんだ。ニンニクとペッパーがふんだんに使われており、スパイシーこの上ない。色と味と香りの饗宴なのである。
いわしの酢漬けにイカフライ、分厚いオムレツはトマト入り、仔豚のローストはなんと丸焼き。オリーブ油の煮物アヒージョの具材は、イワシ、タラ、そして牡蠣という力強いラインナップ。名物パエリアは三種、海老とパプリカたっぷりのもの、イカスミとムール貝のもの、カレー風味のパエリアもあってよりどりみどり。アーモンドパンに生ハムとチョリソーが盛られ、チュロスもしっかり存在をアピールしている。
「こういう経験あんまないから……聞くんだけどさ」
おずおずと、【キールアイン・ギルフォード】は問いかけた。
「このくらい豪華さが、フトゥールム・スクエアではフツーなの?」
キールアインはまだ学園に来て日が浅い。制服もまだ合っておらず、袖を軽く折り返していた。どことなく幼さを残した顔立ちだが、すっきりした瞳には好奇心と知性の力強い光が宿っている。
はははと笑って【モリオン=ブランシェ】は、慣れた手つきで前髪をかきあげた。
「今日は特別だな。普段はもっと地味な食事をしてるよ」
モリオンは上級生、制服姿も様になっている。しかしその制服は、ところどころ改造してあるのだ。ゴールドのラインはシルバーで、しかも二重線になっているし、丈はぐっと切り詰めてある。カフスボタンもオリジナルに取り替え、ブーツもウェスタン調のものを合わせていた。ちぐはぐな感じはなく、むしろこれが本来の制服とでもいうかのようにモリオンは着こなしている。
その隣で、
「遅参したな」
と椅子を引いた偉丈夫が、一同を見回してから腰を下ろした。
「どれ、吾輩もご相伴にあずからせていただこう。下々の民と戯れるのも一興というものよ。吾輩は【ニール・ヘルメス】という」
ニールが腰を下ろすと、ただの椅子がたちまち玉座のように映える。
彼の赤茶けた髪の間から、ドラゴニア特有の角が生え天を指している。彼の鷹のごとき双眸は、たとえ目を閉じていたとしても眼光を放つのではないかと思わせた。
ニールに会釈して、
「おや」
と【プラム・アーヴィング】は、深みのある桃色の目でテーブルを眺めた。人差し指を顎にあて、艶めいた微笑を浮かべる。
「このテーブルに、女性の同席者はいないんだね。身嗜みやファッションについて、意見交換するのを楽しみにしていたんだけども」
残念、と言っているようにも、それはそれで面白い、と言っているようにも聞こえる謎めいた口調だ。
「まあ、いいんじゃないか。野郎ばっかのテーブルってのも、ひとつはあっていいと思うな」
キールアインはそこまで言って、プラムに目を向けしげしげと見つめる。
「……って、あんたも男、だよな?」
気を悪くするかと思いきや、プラムはくっくと喉の奥で笑っただけだった。
「さあ、どっちだろうねえ?」
流し目して問いかける。キールアインはどう答えたらいいのかわからず、思わず目をそらした。
まずはと軽く自己紹介しあって、四つの杯に飲料を満たす。
「じゃあ乾杯といこうかな」
モリオンが立ち、音頭を取った。
「悪くない。美味い飯と酒があればなおさらというものだ」
ニールも立つ。彼が手にしているのは真っ赤なサングリアだ。
「出会いを祝して!」
キールアインが立って腕を上げる。プラムもならう。
四つのグラスがテーブルの中央で、がちんと威勢良く祝福の音を立てた。
少々飲み物がこぼれるが気にしない。ニールは一気に干して杯を置く。
「これ、そのままで食べていいんでしょ?」
キールアインはおっかなびっくり、見慣れぬフライを口にする。カリッとした歯触りの後から、熱くてしなやかなイカの身が出てきた。おいしい、と思った。熱くて不思議で、それでも、噛むほどに味が湧き出てくる。
香ばしいパンを、アヒージョの油に浸しながらプラムは尋ねた。
「貴方は『魔王・覇王』専攻だよね? やはり世界を制する目的で学園に入ったのかな」
「吾輩か?」
と言いながらニールはもう、三杯目のサングリアを傾けている。サングリアとは若い赤ワインに、果物とスパイス、甘味料で味を足したものだ。隠し味のブランデーも効いていて、口当たりはいいのにどっしりとした強さもある。
「そうした遠大な目標がないではないが、さしあたって吾輩が求めるのは刺激的な生活だな。闘い、探索、策略……この学園にはそのすべてがあると聞いた。プラム氏は?」
「俺は……そうだなあ」
プラムの口元には笑みが絶えないが、それゆえに逆にその内心は測りかねるものがある。
「立派な聖職者になろうと思ってね。そういうことにしておくよ」
「聖職者なるものはもっと辛気くさい連中と思っていたが」
「享楽的な聖職者というのもいていいと思うな。享楽的で『立派な』、ね」
ニールはニヤリと笑った。この者の底知れなさ、嫌いではない。
帽子掛けに見えるモリオンの制帽に、キールアインは何気なく目を留めた。
おなじみ三角帽だが、巻かれたスカーフの柄が違う。しかも二種ある。
「気になるかい?」
「……あ、うん」
モリオンから帽子を手渡された。近くで見ると三角帽の先も折ってあり、独自の縁取りが加えられていて伊達な雰囲気だ。花が一輪差されているあたりも洒落ている。
「フトゥールム・スクエアは制服に関する規制が緩くてね、むしろ自分らしさを表現することは推奨されているくらいだ。そもそも、私服で登校しても問題ないし」
「この帽子はどこかで買ったとか?」
「まさか。全部手製の改造だよ。自分でやるからこそ意味があるんだ。興味ある?」
「実は少し」
控えめにそう言っては見たものの、モリオンの言う『自分らしさ』という言葉にキールアインは強く惹かれていた。
自分らしさ……俺らしさか――。
これまであまり考えてこなかった概念だ。
俺が俺らしくあるとはどういうことだろう。
この学園で、その答を見つけることができるだろうか。
「良かったら今度、服飾小物の店を案内するよ。自分でパーツを選んで表現するといい、キールアイン君、きみらしさをね」
テーブルの料理があらかた片付く頃には、ニールはいささか酔いが回っていた。心許ない手つきで駒を手にする。
「どれ、ここでナイトを、こう……これでチェック(王手)だな」
「待って待って、それ届いてないよ」
キールアインが慌てて否定すると、ニールは「むぅ」と唸って手を戻した。
「吾輩としたことが。普段はこうではないのだが」
「ははは、まあ、おかげで俺は楽な勝負ができるんだけどねー」
キールアインとニールはチェスを指しているのだった。自信満々のニールなのだが、酔っているせいかどうにもおぼつかない様子だ。
「此方が負けたら何か一つ言うことを聞く、と言ったからな。何を希望するか決めておけ」
「そうだなー、何にしようかなー」
一緒に制服改造しよう、とでも言ってみようか。
プラムとモリオンは濃く淹れた珈琲をともにして、趣味であるファッション談義の花を咲かせていた。
「そういえば貴方、スカーフが好きなんだね」
「ああ。フォーマル向きにもカジュアル向きにも合わせやすいし、その日の気分で選べるからな」
「もしかして絞められるのが好きだとか? すごく、きつく」
と言って意識的にか無意識か、プラムはちろりと唇を舐めた。
「きついのはちょっとな」
「でも緩いのはいやだろう?」
「そうだな。緩すぎるのはな……って、何の話だったっけ」
「何の話だったろう?」
プラムの謎めいた微笑は、それ以上なにも教えてくれない。
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お食事会 テーブル8
●リザルトノベル
第八テーブルの様相は、他のテーブルとは大きく違っている。
その中央に、がっしりした鉄製のコンロが設置されているのだ。
あかあかと炭火がおこされており、炎の先が触れる位置には、ぴかぴかした網がさしかけられている。トングにハサミも添えられていた。
そう! 焼き肉である! カモンBBQ(バーベキュー)とか言いたくもなるが、正確には焼きながら食べるのが『焼き肉』で、一通り焼いてしまってから取り分けるのが『バーベキュー』らしい。とはいえ明確に区別されることは少ないので、あまり気にしなくてもいいだろう!
大皿もすでにセッティング済みだ。生の肉が山盛り、カルビもハラミもロースもタンも。もちろん野菜だってどっさり、キャベツもカボチャもコーンもピーマンも。串焼きの準備まであってぬかりない。
まぶしいというように【シオン・エルケンス】は目をしばたたかせた。
「思ったより華やかな場所だね……」
会場入りしてテーブルの間を歩きながら、各テーブルの豪華さに気後れしていたのだ。自分は少し場違いかも、とうつむき加減に思っていた。
だからこの第八テーブルを案内されて、シオンは少しほっとしたのだった。焼き肉であればなんとなく庶民感があるし、テーブルマナーに気を配る必要もなさそうだ。
車輪が回る音を耳にして、シオンはおやと顔を上げた。
育ちの良さそうな男子生徒が車椅子に収まっている。彼は【マリウス・ブレンハート】、微笑を浮かべ【リア・カレット】を振り返った。
「ごめんね、押してくれてありがとう」
「困っているときはお互い様ですから。お役に立てて嬉しいです」
リアは笑みを返す。雲間からのぞく春の陽射しのように。
この日、車輪が溝にはまり難渋していたマリウスをリアは偶然見かけた。すぐ手伝いを申し出て、ここまで椅子を押してきたのである。くじの結果、二人ともこの八番テーブルの札を引き当てていた。
「突如招かれたこの食事会だが……」
と姿を見せたのは、紳士然とした【アルフレード・フォーリナイト】だ。整った目鼻立ち、すらりとした立ち姿が似合う。しかしアルフレードの最大の特徴は、神々しい翼と頭上の光輪だろう。アークライトなのだ。
「ふふ、初めまして。今日は楽しみたいと思っている。よしなに頼む」
アルフレードは自己紹介した。小説家を生業としているという。彼ならばこの状況を、ペンでどう表現するだろうか。
アルフレードに続いて、三人がそれぞれ名乗りあった。
「リア・カレットです。こういった催しに参加するのは初めてなので、少し緊張しています」
「僕はマリウス・ブレンハート。見ての通り、僕は足が悪いけど……フトゥールム・スクエアで色々なことを学びたいと思ってるんだよ。よろしくね」
「えーと、タダ飯が食べれると聞いて参加したんだけど、華やかな場は苦手なんで大人しくしてるよ」
シオンがそう言って自己紹介をしめくくると、いよいよ網に肉が乗ったのである。
炭火だけに勢いは強くないものの、その分じっくりゆっくり炙り焼きにする。やがてじゅうじゅうという音、食欲を刺激する香り、そして煙が上がりだす。
「こういうものがあるんですね」
どういう原理なんでしょう、とリアは頭上に目をやった。このテーブルのみ、逆さにした漏斗(ろうと)のようなものが天井から下げられているのだ。もうもうと煙はあがるものの、すべてその装置に吸い込まれていく。
「魔法で動かしているのだろう。なかなか便利なものだ」
アルフレードは小食なので、肉を取るにしても控えめだ。
「帽子を被っていたら、吸われてしまうかな」
マリウスがなんとなく言った。すると、
「カツラの人だったら飛んじゃうかも……」
ぽつりとシオンがこれを継ぐ。途端、アルフレードが穏やかな声で笑った。
このやりとりでいくらか緊張がほぐれたようだ。会話が流れ出す。
リアはタマネギをほぐしながら言う。
「趣味ですか? 家事全般です。私、特に掃除と洗濯が大得意なんですよ。ブレンハートさんは?」
マリウスはうなずいて、
「僕? んー、こうやって色んな人と話すことが好きかな。あとは魔法いじりとか読書とかかなぁ」
「読書とは結構だね。私は書き手だがもちろん読むほうも好む」
そこからアルフレードはマリウスと、最近読んだ本や愛読書などの話をやりとりした。
「最近読んだ本だと……」
とマリウスが具体的な書名を挙げれば、
「あれは良かったね。前日譚が最近出版されたばかりだ。読むとしたら今こそが好機じゃないかな」
とアルフレードは応じ質問するのだ。興(きょう)が尽きることはない。
本棚を見ればその人がわかる、という言葉もある。誰かと知り合う最良の方法は、読む本の情報をやりとりすることだとアルフレードは考えている。実際、本について話せば話すほどマリウスのことが理解できるようにアルフレードは思った。マリウスもきっと同じ気持ちだろう。
甘いタレに肉をひたしながら、シオンは隠れるようにコンロの脇に身をかがめている。
リアはそんなシオンの様子に気がついたが、声をかけるべきか少し迷った。
(こういう場が苦手とおっしゃっていましたし……放っておいてほしいのかも……)
でも、とも思う。
放っておいてほしいのが本心だとしたら、異次元交流と銘打ったこの食事会に彼女は来ただろうか。
もし間違っていたとしても、何も試さず後悔することだけはしたくない。
リアは心を決めた。
「エルケンスさん? どうかしました?」
そっと問いかける。
えっ、とシオンは身を強張らせた。しかし彼女が口にした言葉は、リアの予想からは外れていた。
「申し訳ないな、と思って……私ばかり食べているから」
実際、マリウスもリアも決して大食ではなく、肉を一通り取ってしまうと、あとはさして焼くこともなく話すほうに集中していた。アルフレードにいたっては、ほんのささやかな量で箸を置いている。だから大皿の肉には随分と余裕があった。
それをひたすら、焼いて食べてしているのはシオンだけだったのである。ほとんど作業みたいなペースだ。といっても、美味しい作業ではあるのだけれど。
「いえ、私はそれほど食べないだけですので」
と言ってリアはにこりと笑った。
「ですからエルケンスさんがたくさん召し上がって下さって感謝しているくらいなんです。余らせたら勿体ないですし」
「そう……なら良かった」
シオンはほっと息をつく。救われたような気がした。リアの笑みに。
「おいしいですよね」
リアはカルビを取ってタレにつける。タレは三種類、甘口辛口そして塩ダレ、リアは甘口が好みだった。口に入れるとトロリとやわらかく、じゅわっと味がしみだしてくる。しっかり濃い口なのに後に引くことがないのも驚きだった。孤児院では味わったことがない極上の味わいだ。きっとかなり高級なのだと思う。
「……うん。これ、美味しい」
シオンはうなずいてレバーを口にした。コクがあるというのか、どっしり深い味だ。滋養がたっぷり感じられる。安いレバーは火を存分に通すとパサパサになりがちだがこの肉は違う。豊かな感触を失うことがない。
苦手なのか手が回らないのか他の誰も手を付けないから、許されるのかな、と不安に思いつつシオンは、レバーを半分くらい一人で平らげてしまったのだった。けれど実際、気にする必要はないのだろう。
(まぁ、好きなだけ食べちゃお)
余らせたら勿体ない、というリアの言葉にシオンは安堵し、つづいていい焼き色になったロースにトングを向けた。
「エルケンスさんのご趣味をうかがっていませんでした。好きなことって何ですか?」
「私……? 面倒くさがりってところがあって、あまり長続きする趣味ってないんだけどね」
シオンはしばし、ゆらゆらたちのぼる白い煙を眺め考える。
「好きなことは……あれかな、もふもふ……」
「もふもふ?」
「うん。もふもふ」
寝ている猫や小さなウサギ、そんな『もふもふ』のかたまりを想像してリアは目を細めた。
「いいですよね、もふもふ」
「もふもふ?」
マリウスはこれを聞くと、すっと車輪を押してシオンの前に進み出た。
「見て」
手のひらを見せてすぐ握り拳を作る。
「え?」
シオンはもちろん、リアもアルフレードもマリウスの手に視線を向けた。
「注目したかな? じゃあ、はい」
マリウスはくすっと微笑むと、くるり手首を回してから開く。
「あっ」
シオンは声を上げた。
マリウスの手のひらに、もふもふとした毛玉のような小銭入れが乗っていたのだ。
「小粋じゃないか」
とアルフレードは軽く拍手した。
「もしかして魔法?」
と訊くシオンに、マリウスは笑って手を振る。
「軽い手品だよ。ときどき、手すさびにやってるんだ」
おっと、とアルフレードが声を上げる。
「ところで諸君、コンロが火事のようだが」
見とれていたため網のうえで肉が盛大に炎を上げていたのだった。
「緊急待避です!」
リアのかけ声と同時に、全員一斉に肉の救助活動を開始した。
もう満腹なのだがアルフレードもこれに参加している。
このときなぜか、彼は自分の頭上の光輪を意識していた。
(あとどれだけ生きられるかわからない人生……か)
それがアークライト覚醒者の宿命、だというのなら、
(せいぜい楽しく過ごさせてもらおう)
アルフレードは静かに唇を歪めた。
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お食事会 テーブル9
●リザルトノベル
もともと【フィリン・スタンテッド】には、この食事会に参加する意思はなかった。
そういうイベントがあると聞いてはいたものの、自分には無縁のものだと決めてかかっていたのだった。
なぜって自分は『フィリン』ではないから。そんな華やかな場には似つかわしくない、いる権利がない――。
けれどもこの日の校内、たまたま会場の近くを歩いていた彼女は、アークライトの少年に話しかけられていた。少年の頭上には光の輪があったが、それよりも人なつっこい笑顔のほうが印象的だった。
「お食事会の会場……魔法の泉ってこの方角ですよね!?」
「すぐ近くのはずだけど」
「良ければ一緒に行きませんか?」
「いや、私は……」
雪の野に一本だけ立つ白樺のように素っ気ない口調で返しかけたが、このとき彼女の中で声がした。
(こんなとき、『フィリン』だったらどうすると思う?)
フィリンは首を振る。そうだ。『彼女』ならこう言うはずだ。
「そうね、そうしよう」
ああいった場に加わることは得意ではない。もっとはっきり言えば苦手だ。
でもフィリンなら、声をかけられて拒否することはないだろう。
彼女のなかの葛藤を知るよしもなく、少年は嬉しそうにこう返した。
「助かります! あ、僕【ルッシュ・アウラ】っていいます」
九番テーブルはスパイスの香りに満ちている。
もちろん、どのテーブルにだってそれぞれのスパイスがあり、それぞれにスパイシーではあったのだがこのテーブルは別格だ。
近づくだけで香りに包まれ、たちまちのうちに空腹を感じる。
この香りで最初にイメージされるのはやはりカレーだろう。クミン、コリアンダー、シナモンにカルダモン、辛みと甘みそれに苦み、刺激と熱さと爽やかさ、それぞれが混じり合ったガラムマサラと呼ばれるスパイスが、食欲中枢をつんつんとつつく。
もちろんカレーは多種多様、なんと八種類も用意されていた。赤に近い濃いチキンカレーはきっと激辛、マトンの肉をごろごろと煮込んだカレー、カボチャなど野菜をふんだんに使ったカレーもある。ココナッツカレーは色まろやかで、そのものずばりのグリーンカレーも美味しそうだ。レンズ豆を煮込んだダルカレー、挽肉が魅力的なキーマカレー、カッテージチーズ入りチーズカレーはこのなかで一番白っぽい。
カレーのみのはずはない。ヨーグルトと香辛料に漬け込んだ鶏肉を、窯焼きした赤いご馳走、これはチキンティッカという名前で、似た調理法ながら骨付きチキンで仕上げたタンドリーチキンというのもある。
ご存じナンは大窯で焼いたもの。プレーンとチーズ風味の二種類、熱々を召し上がれ。
炊いただけの白米もあるが、プラーオという炊き込みご飯は一種のピラフだ。汁物と混ぜて食べるのがお薦めだという。いっぽうビリヤニもやはり炊き込みご飯だが、肉に野菜、魚などが加えられており、長時間かけて弱火で炊きあげたうえにしっかり味もついているので、これは単体で楽しむべきだろう。
アチャールと呼ばれる酢漬けの野菜は一種の箸休め、チャイと呼ばれるうんと甘くしたシナモンミルクティー、爽やかな乳飲料ラッシーも用意されていた。
「これが異次元交流……料理からして、まさしく未体験ゾーンね」
思わず【エリカ・エルオンタリエ】はそんな感慨を洩らしていた。見たことのない料理がほとんどだ。しかし知識の探求という意味では興味深いし、それよりもなによりも、お腹が空いて仕方がない。
「エリカもこのテーブルか」
と現れたのは【コウ・エイトクラウド】だ。エリカとコウは、すでにいくつかの授業で知り合っている。コウは切れ長の美しい目をしているのだが、どこか冷めたような、対象を客観視するような瞳孔に特徴があった。しかしそれは彼がカルマであることのしるしに過ぎない。実際はコウも、テーブルの上の料理に興味津々なのだった。
「こういう料理は辛そうなイメージがあるな」
「そうね、見ているだけで汗をかきそう」
「とはいえ、寒い時期にはありがたい」
「同感ね。あっ、残りの同席者が来たようよ」
エリカは手をあげ、フィリンとルッシュを呼ぶ。
ルッシュはテーブルを見るやさっそく、ごくりと唾を飲み込んだ。
「わー! こんなご馳走久しぶりです」
目を宝石みたいに輝かせたのだが、すぐにエリカたちに気がついて、
「ごっ、ごめんなさい。一人ではしゃいで……では、メンバーも揃ったことですし、ご一緒しましょう」
気恥ずかしそうにルッシュは頬を赤らめたのだった。
そんなルッシュの陰に隠れるようにして、
「よ、よろしく……」
おずおずとフィリンは告げて席に着いた。自分は『勇者フィリン』だ。勇者らしくふるまわねば――。
簡単に自己紹介しあうと四人は、辛くて熱くて深みがあって、それでもやみつきになりそうな、そんなスパイシータイムを満喫する。
「ナイフとフォークを使ってもいいけれど、ナンは手づかみで食べるのがいいんだっけ……?」
エリカがつぶやくとコウはうなずき、
「やってみよう」
と熱い一枚を手に取った。その際左手が出そうになったのを見てエリカは告げる。
「あ、たしか手づかみするときは、左手は使ってはいけないというマナーだったと思うよ」
「そうか、なかなか難しいな」
コウはそう言うものの、器用に右手だけでナンをちぎりとってカレーにひたした。
(いけないなあ……わたし、さしでがましい口をきいちゃって)
エリカは申し訳なく思っていた。つい優等生的にふるまってしまうのは自分の欠点だと感じている。
エリカはエルフ、しかしエルフ社会で生活していた記憶はない。記憶喪失の状態で学園に保護され、現在に至っているのだ。かつて暮らしていた場所でも自分はこんな風だったのだろうか。幸い相手は友人のコウだった。気を悪くはしていないようだ。でも気をつけよう、と心に誓う。
「うわっ、辛っ!」
ルッシュは目を白黒させ、急いでラッシーをごくごくと飲んだ。よく冷えていておいしい。舌をひりひりさせる辛さはたちまち消えていく。白米に、一番赤いカレーをかけて食べたのだ。予想を遙かに超える力強い辛さだった。
「大丈夫……?」
フィリンがおずおずと話しかけるとルッシュは首を縦に振った。
「うん、ちょっとびっくりしただけだから。でも、すっごくおいしいです!」
慣れてきたせいか、ルッシュの口調はいくらかくだけている。
「じゃあ私も……」
フィリンはさじをとってライスをすくう。どうやらこのなかではエリカのマナーが一番正しいようだ。盗み見ておいた彼女の仕草を真似てみるのだ。
(こういうとき、こうすれば勇者らしいのかな……あ……その、作法って難しい……)
慎重に動作する。自分は勇者、『勇者フィリン』だと己に言い聞かせながら。
「なるほど、肉に見た目ほどの辛みはないのだな」
コウはうなずきながらチキンティッカを味わっていた。ほくほくと香ばしく、中までしっかり火が通っていて、控えめな味付けがカレーによく合う。赤い色は表面だけだった。食紅だろうか。
骨付きチキンにも手を伸ばしかけてコウは動きを止めた。
エリカも目を丸くする。ルッシュも例外ではなかった。
「ちょっ、なにこれっ! 辛すぎっ!」
別のテーブルからの声かと思ったくらいだ。
これまでずっと控えめな口調だったフィリンが突然、鋭い声を上げたのだ。
すぐにフィリンは我に返った。これは違う。『フィリン』のしゃべり方ではない! 不意打ちをくらい、意識が思わず月まで吹き飛んだとでもいうのか!
「……ご、ごめんなさい、ちょっと驚いてしまって。辛すぎて声まで裏返って……」
大急ぎで弁明すると彼女は、冷えたラッシーで落ち着きを取り戻した。
(やってしまった……)
大いに落ち込む。うっかり激辛のカレーを食べてしまい、隠しておきたかった自分が出てしまったのだ。
エリカは取り繕うように笑った。
「だったら、その赤いカレーには注意しなくちゃ」
「そうか? 逆に俺は興味が湧いたな」
コウはあえて挑戦することにした。
そして……しばらく無言になった。
いつのまにか、エリカとルッシュは話し込んでいる。
「そう、ずっと世界中を旅していたのね」
「はい。でも旅の途中でこの学校の話を聞いて、より強くなりたいと思って入学したんです」
ルッシュは簡単ながら、自分が経てきた道中について語って聞かせた。
そこにコウが加わる。
「そうか、するとかなり見聞を広めてきたのだな。俺はご覧の通りカルマで、ここに来るまでは故郷から出たことはなかった。フトゥールム・スクエアに入ったきっかけもよく覚えていないくらいだ。だからうらやましく思う」
「そんな、僕なんてまだまだですよ」
とはにかんで、ルッシュはフィリンに声をかけた。
「あなたはこのなかで唯一の『勇者・英雄』専攻ですよね? やはりいくつもの冒険を経てきたんですか?」
ルッシュに話しかけられるまで、フィリンはさきほどの失態を悔い自分を責め続けていたので、急に我に返り、えっ、と訊き返すのが精一杯だった。
「これまでの経歴の話だ。俺は語れるような経歴がない」
「それを言うならわたしもよ」
とエリンは肩をすくめた。だから、と言う。
「フィリンさんのことが知りたいな」
「私……のこと?」
つまり『フィリン』のこと。
「私の実家、スタンテッド家は勇者を輩出してきた家系なの。だけど家から押しつけられたんじゃない、私は自分から志願して、立派な勇者になるべくこの学校に来た。まだまだかけだしだけど、頑張っていきたい……」
すらすらと言葉が出てくる。いつも用意している言葉だから。
けれどもどこか空虚だ。自分でもわかっている。
(私は? 『フィリンは』じゃないの……?)
それが露呈していなければいいが。
「立派ですね」
ルッシュは素直に手を叩いた。
けれどもコウはエリカに意味ありげな視線を送っている。彼女にはなにかあるようにコウは感じた。その理由は、今は知りうるすべもなく、そもそも知ろうとするべきでもないだろうが。
そうね、とエリカは目だけでコウにうなずいてみせる。そして言った。
「だけどそれなら、未来はこれからってことよね?」
コウも応じる。
「ああ、過去らしい過去がない俺やエリカにとってはなおさらだ」
「僕だって!」
ルッシュも元気に唱和した。
「そう……ね」
来て良かった、とフィリンは考えをあらためた。
ひとつ、教えられた気がするから。
過去は過去、『勇者フィリン』になるのは未来。
そうだ、未来はこれからなのだ。
第九テーブルだけの話ではない。
未来はこれから!
すべての参加者、すべての新入生にこの言葉を贈ることで締めくくりとしたい。
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