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恋はみずいろ L’amour est bleu



ストーリー Story

 学園つづきの商業施設、クイドクアムにて彼を待つ。
 具体的にはその中央、噴水の公園にたたずんで待つ。
 彼とまたこうして逢えるのは、決戦が終わり魔王との、解決をみることができたから。
 転がる石の戦いは、どうにか穏当に落ち着いた。
 けれども恋の駆け引きは、まだこれからといったところか。
 彼を待つ。精一杯のおしゃれ着で、背伸び気味にして待つ。 
 待つ。
 ていうか遅いんですけど……!
 ごめんごめんと言いながら、すっ転びそうな足取りで彼が来た。
「今度遅れたらブッ殺す」
 彼女は言う。にっこり笑顔で。

 ===

 雨降って地固まるのたとえのように、フトゥールム・スクエアとリーベラント国の同盟関係は強固にしてゆるぎないものとなった。かつてリーベラントが学園に公然と敵対宣言を出し、自分たちが対魔王戦の主導権を握ると主張していた日々が嘘のようである。
 互いをよく知らなかったこと、これが原因だったのではないかと現国王【ミゲル・シーネフォス】は語った。
「もちろん対立は良くなかった。我々がフトゥールム・スクエアに妨害工作をしたことも恥ずべき過ちだった。しかしそれがあったからこそ、我々は学園にじかに接し、彼らと個人的に知り合って真の友人同士になることができたのだ。終わり良ければ、とはよく言うが、まさしくそうした結果になったな」
 御意と回答したのは美青年【パオロ・パスクヮーレ】である。濃いブルーの頭をうやうやしく下げて言う。
「僕、いえ、私にもそうした出逢いがありました。学園との交流で生まれた大切な出逢いが」
 心なしかパオロの頬は染まっているように見えた。
 さもあろう、とミゲルはからかうように言う。
「ゆえにこそ学園への留学生を募る話が出るや、貴公は真っ先に志願したのだろう?」
「陛下、それは……」
 たちまちパオロは言い淀む。ますます血色がよくなった様子だ。
「お兄はん、あんまりパオロはんをいじめたらあかんで」
 助け船を出したのは国王の妹【マルティナ・シーネフォス】だった。つやつやした小麦色の肌、ちらりとのぞく八重歯と大きな瞳が特徴的で、頭には黒い猫の耳があった。マルティナはルネサンスでありミゲル国王との血のつながりはないが、孤児として先王に引き取られ、現在は法的にも妹、身分的には公女の立場にある。
「そういう兄はんかて似た者同士やん? 今日かてこれから……」
「うむ……ま、それはそれ、だな」
 しらじらしくミゲルは空咳する。なんやそれー、とマルティナは笑った。この兄妹もかつては不仲だった。正確にいえば、ミゲルが彼女から遠ざかっておりよそよそしい関係であった。だがフトゥールム・スクエアとかかわるうちそうした雰囲気は雪解けし、本当の意味で兄妹らしくなったのである。
「ともかく、パオロを無事に送り出してやってくれ。丁重にな。余の代理として特使の任をマルティナに任せる」
 本来は私も行きたいくらいだが――と惜しげなミゲルとは対称的なくらいに、
「任しとき!」
 元気に胸を叩いてマルティナは請け負うのである。
「そういえば」
 何か思い出したらしくミゲルは玉座から身を乗り出した。
「聞いたぞマルティナ、貴公も余のことが言えた立場か? 貴公にも誰やら懸想している学園生がいるそうではないか」
 たちまち恥じ入るマルティナをミゲルは期待した。さりげなくパオロも期待していた。
 ところがマルティナは、いささか寂しげな表情で笑ったのである。
「ああ……うん、その話は……な……」
 苦い水でも飲みこんだような笑みだった。
 先頭はマルティナ、その隣には数年間フトゥールム・スクエア学園生となるパオロ、つづく供の数名という一行がリーベラント王宮を辞した。水の大門を抜けて学園へむかう。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 4日 出発日 2022-07-21

難易度 簡単 報酬 なし 完成予定 2022-07-31

登場人物 4/4 Characters
《終わりなき守歌を》ベイキ・ミューズフェス
 ローレライ Lv27 / 教祖・聖職 Rank 1
深い海の色を思わすような、深緑の髪と瞳の彷徨者。 何か深く考えてるようにみえて、さして何も考えてなかったり、案外気楽にやってるのかもしれない。 高価そうな装飾品や華美な服装は好まず、質素で地味なものを好む。 本人曰く、「目立つということは、善きものだけでなく悪しきものの関心も引き付けること」らしい。 地味でありふれたものを好むのは、特異な存在として扱われた頃の反動かもしれない。 神には祈るが、「神がすべてをお救いになる」と盲信はしていない。 すべてが救われるなら、この世界に戦いも悪意もないはずだから。 さすがに口に出すほど罰当たりではないが。 ◆外見 背中位まで髪を伸ばし、スレンダーな体型。 身長は160センチ前半程度。 胸囲はやや控えめBクラスで、あまり脅威的ではない。 が、見かけ通りの歳ではない。 時折、無自覚にやたら古くさいことを言ったりする。 ◆嗜好 甘いものも辛いものもおいしくいただく。 肉よりも魚派。タコやイカにも抵抗はない。むしろウェルカム。 タバコやお酒は匂いが苦手。 魚好きが高じて、最近は空いた時間に魚釣りをして、晩ごはんのおかずを増やそうと画策中。 魚だって捌いちゃう。
《メメルの婚約者☆》仁和・貴人
 ヒューマン Lv33 / 魔王・覇王 Rank 1
「面倒にならないくらいにヨロシクたのむ」                                                                                                                                                 名前の読みは ニワ・タカト 身長:160㎝(本当は158cm位) 体重:45kg前後 好きなもの:自分の言う事を聞いてくれるもの、自分の所有物、メメたん 苦手もの:必要以上にうるさい奴 嫌いなもの:必要以上の労働、必要以上の説教 趣味:料理・・・だが後かたづけは嫌い    魔王っぽく振る舞っている    此方の世界の常識に疎い所がある キャラとしてはすぐぶれる 物理と科学の世界からやってきた異邦人だが、かの世界でも世界間を移動する技術はなくなぜここに来れたのかは不明。 この世界で生きていこうと覚悟を決めた。 普通を装っているが実際はゲスで腹黒で悪い意味でテキトー。 だが、大きな悪事には手を染める気はない。 保護されてる身分なので。 楽に生きていくために配下を持つため魔王・覇王科を専攻することにした。 物欲の塊でもある。なお、彼の思想的には配下も所有物である。 服装は魔王っぽいといえば黒。との事で主に黒いもので固めていて仮面は自分が童顔なのを気にして魔王ぽくないとの事でつけている。 なお、プライベート時は付けない時もある 色々と決め台詞があるらしい 「さぁ、おやすみなさいの時間だ」 「お前が・・・欲しい」 アドリブについて A  大・大・大歓迎でございます 背後的に誤字脱字多めなので気にしないでください 友人設定もどうぞお気軽に
《勇者のライセンサー》フィリン・スタンテッド
 ヒューマン Lv33 / 勇者・英雄 Rank 1
「フィリン・スタンテッド、よ……よろしく」 「こういう時、どうすれば……どうすれば、勇者らしい?」 (※追い詰められた時、焦った時) 「黙って言うこと聞け! 殴られたいの!?」 「ぶっ殺してやる! この(お見せできない下劣下品な罵詈雑言)が!!」   ###    代々勇者を輩出してきた貴族スタンテッド家(辺境伯)の令嬢。  一族の歴史と誇りを胸に、自らもまた英雄を目指してフトゥールム・スクエアへと入学する。  愛と平和のために戦う事を支えとする正義感に溢れた性格で、『勇者らしく人々のために行動する』ことを大事にする。  一方で追い詰められると衝動的に罵声や暴力に訴えてしまう未熟な面もあり、自己嫌悪に捕らわれる事も多い。 『彷徨う黄昏に宵夢を』事件で対峙したルガルとの対話から思うところあったのか、頑なな勇者への拘りは少し角がとれたようだ。 ※2022年8月追記 全校集会『魔王の復活』後、昨年クリスマスに結ばれたルガルとの子供を身籠っていた事が判明 (参考シナリオ) 恋はみずいろ L’amour est bleu https://frontierf.com/5th/episode/episode_top.cgi?act=details&epi_seq=649 ◆口調補足 三人称:〇〇さん(敬語では〇〇様) 口調:~かな、~ね? その他:キレた時は『私、アンタ、(名前で呼び捨て)、(言い捨て)』 ◆Twitter Sirius_B_souku
《マルティナの恋人》タスク・ジム
 ヒューマン Lv36 / 勇者・英雄 Rank 1
村で普通に暮らしていましたが、勇者に憧れていました。 ここで学んで一人前の勇者になって、村に恩返しをするのが夢です。 面白いもので、役所勤めの父の仕事を横で見聞きしたことが、学園の勉強とつながり、日々発見があります。 (技能はそういう方針で取得していきます) また「勇者は全ての命を守るもの、その中には自分の命も含まれる」と仲間に教えられ、モットーとしています。 ※アドリブ大歓迎です! ※家族について デスク・ジム 村役場職員。縁の下の力持ち。【事務机】 (※PL情報 リスクの子) ツィマー・ジム おおらかな肝っ玉母さん。 【事務室・妻】 シオリ・ジム まじめできっちりな妹 【事務処理】 チェン・ジム のんびりマイペースな弟 【事務遅延】 ヒナ・ジム 可愛い末っ子 【事務雛型】 リョウ・ジム 頑固な祖父 【事務量】 マーニー・ジム 優しい祖母。故人 【事務マニュアル】 タックス・ジム 太った叔父。【税務事務】 (※PL情報 リョウの子) リスク・ジム マーニーの元婚約者でリョウの兄。故人【事務リスク】 ルピア・ジム 決まった動作を繰り返すのが大好きなグリフォン。【RPA事務】 ※ご先祖について アスク・ジム 始祖。呼吸するように質問し、膨大なメモを残す。【事務質問】 「あなたのお困りごと、お聞かせいただけませんか?」 セシオ・ジム 中興の祖。学園設立に向けて、土地や制度等に絡む諸手続きに貢献。【事務折衝】 「先祖の約束を今こそ果たす時。例え何徹してもやり遂げる!」

解説 Explan

 本作では自由に、あなたにとっての『魔王の復活』エピローグを描きたいと思います。
 ただし本作のテーマはロマンス! 気になるあの人との恋愛、あらたな恋の芽生え、破れた恋の行く末……そんな物語を描くものとします。
 もちろん恋愛抜きのロマンスもOKです。本来ロマンスとは物語全般のことなのですから。友情をたしかめあうブラザーフッドやシスターフッド、師弟関係の確立なんてのもあっていいと思うのです。

 シナリオガイドはあくまで導入部、しかも一例です。かかわる必要はありません。ご参考程度にとどめておいていただいて充分ですので。

 世界を揺るがすような展開にはならないでしょう。でも、ときには個人的なことが、何よりも優先される場合もあるはずです。本作はそんなお話です。あなたのキャラクターらしいアクションプランをお待ちしております。


作者コメント Comment
 お世話になっております。桂木京介です!
 『魔王の復活』エピローグという体裁をとっていますが、もちろん『魔王の復活』に参加していないキャラクターのご参加も歓迎です。
 死亡ないし消滅していないNPCであれば、登場に制限はありません。ただし相手あってのことなので、NPC登場の場合は予想外の展開になる場合があることをご了承ください。

 それではリザルトノベルでまた会いましょう! 桂木京介でした。



個人成績表 Report
ベイキ・ミューズフェス 個人成績:

獲得経験:0 = 0全体 + 0個別
獲得報酬:0 = 0全体 + 0個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
今後に向けての花嫁修行

◆行動
ジルヴェストロ男爵家の学園近くの別邸辺りで、奥様と本物のジルダさん達から、みっちり花嫁修行のいろはを叩き込まれてる最中だと思います

◆実情?
というのは建前で、アントニオ様やジルダさん達から、
・リーベラントの実情と課題
・国内貴族勢力、豪商等と王家の関係
・他国、地域とリーベラントとの関係

等々を、しっかり叩き込まれてるかも
その荒波の舵取りを、ミゲルさんが誤らないように……

なーんて言われても、そういった事は茶飲み友達の方が得意ですしごにょごにょ

と思ってたら、ミゲルさんがお忍びで様子を見に来てたり?

さすが当事者
国内の事や外交に関しては立派な先生です
思わず見直してしまいます

仁和・貴人 個人成績:

獲得経験:0 = 0全体 + 0個別
獲得報酬:0 = 0全体 + 0個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:メメルの婚約者☆
王との大戦での後処理が少しは落ち着いたこのタイミングで息抜きもかねてメメたんにデート申し込もう

断られそうになっても説得して連れ出そうと思う
いや、なんだかんだ二人ともいろいろ動いてたからな…オレが寂しかったがけともいうが

デート当日は街に繰り出して買い物や食べ歩き、公園など行ってまったり過ごそうと思う
…最後に行きたいとこがあるんだがまぁ今の季節なら大丈夫だろ

かなり前にブラインドデートで最後に行った自然公園のあの丘
あそこに行きたいなって
うんまぁ…伝えたいこともあるし

タスク君の恋愛援護
背中を押すしたりメメたんと一緒になってからかい励まし
双方の地持ちを聞いてキューピットになろう


アドリブA、絡み大歓迎

フィリン・スタンテッド 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:0 = 0全体 + 0個別
獲得報酬:0 = 0全体 + 0個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:そして母となる
●行き先
ルガル・ラッセルのところに。
改めて告白…と、求婚
(一部デリケートな内容あり、ウィッシュプランご確認ください)

●行動
場所は学園内かルガルにあわせて、時系列はお任せします

ルガルにあったら慣れない調子で

・もうすぐ勇者・英雄コースを修了して、(名目上)実家のスタンテッド領に戻ること
・スタンテッド領も魔王復活の被害が酷く、勇者が必要とされている事

等話しつつ、改めて告白

「一緒にきて、ルガル…私(たち)を助けて」
「あなたにしか言えない、こんな事…あなたじゃなきゃダメなの!」
「私の心は、あなたに食べられちゃったから…」

※台詞の括弧部分はウィッシュ案件OKな時用です

※拒否されたらされたで、寂しそうだけど前を向いてしっかり一人で帰ります
それくらいは強くなりました

パオロには悪いけど…学園を出る前、最後に挨拶くらいできたら
「ごめんね…でもパオロ、貴女にも素敵な出会いがあるはずよ。私だって、この学園に来て出会えたんだから」
(内心で「こういうの『NTR(寝取られ)』っていうのかなぁ…」とか酷いこと思いつつ)

タスク・ジム 個人成績:

獲得経験:0 = 0全体 + 0個別
獲得報酬:0 = 0全体 + 0個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:マルティナの恋人
ある人物から相談があり
どちらにも「後悔しないよう、自分の気持ちを伝えること」を助言
それを契機に自分の思いを自覚し始める

はじまりの唄のラストで
マルティナ様に
エリカ部長さんへの気持ちを丸ごと聞いてもらったことで
その喪失の痛みについては
だいぶ整理がついた。

その過程で
自分を丸ごと受け入れてくれて
一緒に人生を歩んで行けるのは
マルティナ様しかいないのではないか
という思いが募る

大図書館で読む恋愛小説なら最低の部類に入る展開とは思うが
とにかくこの気持ちをマルティナ様にお伝えしたい
もちろん断る自由はあることを強調し
押し付けにならないよう配慮する

リザルト Result

 鐙(あぶみ)を踏みしめ手綱を引く。馬はぶるっと身を震わせて熱い鼻息を吹き、一気に減速しやがて停止した。【ジルダ・ジルヴェストロ】は馬から滑り降りると、相棒の鼻面を愛おしげに撫でた。
 帰城するなりジルダは、意外な報(しら)せを受けて眉をひそめた。
「来客?」
 しかも国賓級の重要者であるという。
 客人の名はジルダも知っている。足早に別邸へと向かった。
 平時ゆえ鎧は着ていない。竜翼のチュニックにボリン革のブーツという軽装だ。貴人に謁見する装束ではないだろう。もちろんジルダも更衣は考えたが、服装でこちらを判断するような人物であれば、そも関心はないと考えてあえてそのままで通すことにした。
 膝を地に着く最敬礼で、訪れた客に名乗りを上げる。
「城司が娘ジルダに候(そうろう)。【ベイキ・ミューズフェス】殿に拝謁をたまわるとは望外の喜び」
「おやめくださいジルダさん。私は王侯ではなくただのフトゥールム・スクエア学園生、そうへりくだられると恐縮します」
 さしのべられた手を取りジルダは立った。
 間近でベイキを見てはっとなる。
 傾国の美とは、ベイキのような姿を言うのではないか。
 澄んだエメラルドグリーンの髪、同じ色の瞳、直視すれば目がくらみそうな美貌だ。白いドレスもよく似合う。悠然とほほえむ姿は上品だが、けっして優麗なばかりではなく強靱(つよ)さも感じられた。事実、華奢な体ながらベイキは、魔王決戦においては最前線に立ち、命がけの戦いを繰り広げたという。
 我が身をかえりみてジルダは、かあっと頬を熱くした。ブーツは泥だらけだし、汗まみれのシャツも替えていない。金というよりは黄色に近い、透明度の低い髪もべとべとだ。ベイキと同じ卓には、父にして男爵の【ジャン・ジルヴェストロ二世】、その妻にしてジルダの母【ジーナ】もいる。ふたりが困ったような顔をしている気配も察した。
「こ、このような粗衣で御前に出てしまって……」
 試すようなことをした自分を恥じる。けれどもベイキは優しく告げた。
「いいえ。素の姿を見せて下さったことに感謝していますよ」
 むしろ好感を抱きましたとベイキは言うのである。
「ですが不調法では……」
「不調法というのなら私もです。礼儀など、てんどわからぬ田舎者、ですので私も、宮廷作法を学ばせていただくべく、こうして奥方様に教えを請いにきのたですから」
「……とにかく、更衣して参りますっ!」
 ますます顔を赤く染め、ジルダは着替えるため自室へ走った。
(田舎者なんてとんでもない。なんと優雅な人だろう。陛下の心を射止めるのも当然だ。憧れる……!)
 彼氏はおろか恋愛経験のないジルダは、ベイキを目標にしたいと思うのである。

「野育ちの娘で」
 恐縮至極の男爵に、いえいえ素敵なお方ですねとベイキは述べて、
「レッスンをつづけてください」
 ふふと笑って卓に戻った。
 前(さき)のリーベラント代王【アントニオ・シーネフォス】が魔王軍の術中に落ちて乱心、タラント城塞にたてこもって反旗をひるがえしたとき、ベイキはジルヴェストロ家の名と軍装を借りてタラントに潜入した。このときベイキは、男爵令嬢ジルダの名も借りている。(『【泡麗】rivalizar - 完結篇』参照)
 男爵と令室ジーナとはそのとき面識ができたが、『本物』のジルダとはこれが初対面だ。
 花嫁修業の名目でベイキはジルヴェストロ男爵家を訪れた。国王【ミゲル・シーネフォス】の未来の王妃として。今日から数日ここに滞在し、主に礼儀作法をみっちりと叩きこまれるという話になっている。
 だがそれは建前、世間に向けての名目にすぎない。
 お忍びの来訪という体をとったが、人の口に戸は立てられぬもの、いずれ自分の男爵家来訪は世間に伝わるだろう――そう考えてベイキは、花嫁修業という言葉をでっちあげた。そもそもベイキはまだ、ミゲルの求婚に回答すらしていないのだ。
 卓上にあるのは家事洗濯の道具でも、お茶やお花の用具でもなかった。リーベラント全体の地図である。
「……このように、国境付近ではまだ火種があることも事実です」 
「加えて有力貴族の台頭、それらと手を結んだ豪商による内政干渉……問題は山積みですね」
 ベイキはため息をついた。魔王の危機が去ったからといって、世に戦乱が絶えることはないのだろう。リーベラント一国にしても、隙あらば政権を転覆させようと狙う勢力には事欠かない。隣国との関係はおおむね良好だが、ふとしたきっかけで紛争が勃発する可能性はいくらでもあった。
 ジルヴェストロ家は近々、リーベラントの騒乱や魔王決戦の功により伯爵位を受けることになっていた。男爵ひとりの功ではない。魔王決戦の日、娘ジルダは兵站の指揮を取り、事後処理にも見事な采配をふるったと聞いている。奥方ジーナの働きにも特筆すべきものがあった。ジーナは平民出身のヒューマンである。聡明な女性で、夫のジャン以上に情勢を把握しているところもあった。
(奥様は他の貴族から軽んじられ苦労されたとか……それゆえに、庶民からの目線を忘れていない)
 尊敬すべき女性だとベイキは思った。彼女を選んだ男爵も。
 先祖の土地を受け継ぐだけの貴族ではなく、情報収拾や実務にもすぐれた人たちなのだ。ゆえにベイキは国内情勢について学ぶべく、ジルヴェストロ家を訪れたのだった。 
 リーベラントはいわば荒波に漕ぎ出す船である。
(荒波の舵取りを、ミゲルさんが誤らないように……)
 ベイキは学ぶ必要があるのだ。リーベラントという国について。
(なーんて言っても)
 内心苦笑する。それは王妃の仕事なのだろうか。
(王様の茶飲み友達として、助言役を務めるほうが私には合っているような気がしますし……)
 まさかそのベイキの心の声を聞いたわけでもなかろうが、
「私も参加させてほしい」
 と姿を見せた人物がある。
「ってミゲルさん!?」
 サプライズにもほどがある。国王の来賓だ。
「公式の来訪ではない。そのまま、そのまま」
 一同を制してミゲルは卓についた。
「私の考えも明かして構わないか?」
 ミゲルの見識も広くて深い。決してお飾りの王ではないだろう。苛烈すぎず楽観に流れず、国の内外について自説と戦略を堂々と述べた。
「さすが当事者、国内のことや外交に関しては立派な先生ですね」
「ベイキ殿、そう正面切って褒めないでほしい。面映ゆい」
「見直しましたよ。あなたは玉座にふさわしい人物のようで」
「それより私は、ベイキ殿の夫にふさわしいと言ってもらえるほうが嬉しいが」
「イエスと断言はしませんが、良いほうに評価はします」
「本当か! 猛勉強してきた甲斐があったな」
 このときのために勉強してきたのだと、図らずも白状するミゲルだったが、ベイキは呆れたりはしなかった。
(そうドヤ顔されると、見かけ通りの年にも見えて可愛らしいですね……)
 むしろ好意的にとらえた。
 正装に着替えたジルダが飛びこんでくる。
「ベイキ殿……っ、あっ、陛下までっ!」
 目を白黒させるジルダは、馬を乗り回し軍を指揮する文武両道の女性とはまた異なる、少女らしい表情を見せるのである。
(芯は強い人ですがそれを誇るでもなく、あどけないところもあって……)
 案外、とベイキは思った。
(アントン様には、ジルダさんのような方がお似合いなのでは……?)
 心に傷を負い王座を退き、政権のフォロー役にまわったアントニオはまだ独身だ。
 自分とミゲルのことはさておき、一度、それとなく打診をしてみたいと思うベイキである。


 もうじき三年になるんだな――【仁和・貴人】は回想する。
 あっというまの三年だった。誰が相手かわからないブラインドデートと言われ、薬草を束にしてブーケ状にしたものをかかえて自然公園の入り口に立っていたあの日から。
 そして、
『オレサマがデートの相手だと言ったら……ビビる?』
 やってきたのが誰あろう、めかしこんだ【メメ・メメル】だったあの日から。
 あの日をきっかけとして貴人とメメルの距離は縮まっていき、ついには互いの想いを明かし合う間柄へといたった。
 たとえ夢の中だと思っての発言だったとしても、メメルのこの言葉を貴人は忘れない。
『オレサマも、貴人たんのことが好きだぞ』
 直後、与えられた唇のやわらかさも含めて。
 今朝の空は淡いブルーで、蝉の声こそうるさいが、暑すぎず風も涼しくて気持ちがよかった。どうやら夜あたり一雨くる気配だが、少なくとも夕方まで傘はいらないだろう。
(ちょうどよかったよ)
 貴人は前から決めていたのだ。
 今日、メメルにデートを申し込もうと。
 仮面は部屋に置いておこう。
 きっと大切な一日になる――そう考えてまず貴人は、友人の部屋をノックした。

 学園長室まで歩む途上で、当のメメルとばったり出会った。
「おうおはよう。今朝は涼しくていいな☆」
 まさかここで出会うとは思わなかったが、ためらってはいられない。
「……うん。それでな、メメたん」
 貴人は前置きせずストレートに用件を伝えた。 
「いや、しかし……オレサマは公人として責任ある立場でな。今日だって……」
 メメルが難色を示すことは予想がついていた。魔王決戦後、どことなく彼女の態度によそよそしいものを貴人は感じていたからだ。目に見えぬ防護膜でも張ったかのように、メメルは貴人と距離を置き、ふたりきりになる機会を避けていたように思えた。
 仕方のないところもある。決戦は望ましい結果に終わったとはいえ、後処理には膨大な時間と手間を要した。貴人自身も多忙だった。各所におもむき、再開された学校生活にも欠かさず参加した。学園の総責任者たるメメルには、何倍もの負担がかかったことだろう。
 けれど忙しさに身を置いていたからこそ貴人にもわかっていた。そろそろ慌ただしさにも一段落ついた頃だと。  
「そんなわけで、また今度な」
 立ち去ろうとするメメルに追いすがる。
「どうしても今日中に終わらすべき仕事はないんだろう? だったら」
 相手はメメルだ。とりつくろってはいられない。
「正直に言うとオレ、寂しかった……」
 メメルは足を止めた。両手を腰にあて、まったく、と言う。
「そうまで言われちゃ断れんわい。というか」
 ぽす、とメメルは拳を貴人の胸に当てた。いくらかうつむき気味につづける。
「……オレサマが寂しくなかったとでも思っとるのか、チミは?」
 かくしてメメルは、魔王決戦以来初の休日を取ることにしたのである。

 待っておれと告げてメメルは学園長室に消え、まもなく目の覚めるようなノースリーブのブラウスに着替えて戻ってきた。フリル飾りのついた白、あらわになった両肩と、V字カットの胸元に貴人はドキドキする。
「メメたん、よく似合うよ」
「そーか♪」
 まんざらでもなさげにうなずくと、街に行くぞとメメルは宣言したのだ。
 計画なんて何もない。予定もだ。肩をならべてレゼントの街をゆく。気の向くままに散歩し、ウインドウショッピングや食べ歩きを楽しみ、公園の噴水に硬貨を投げたりペットショップを冷やかしたりと、貴人とメメルは同じ時間をわかちあった。ともすれば日常の一ページとして忘れられそうな過ごしかただが、魔王決戦以来の空白を埋め、他に頭を悩ませることもないのだから貴人にはこのうえなく豊かな時間だった。メメルも同じだと思う。
「魔法が使えんよーになって、まあ不便ではあるが良かったとも思う。こうして自分の足で探す楽しみを知ることができたわけだからな」
 笑いながらメメルはさりげなく手を伸ばし、貴人の手を握った。
(あっ……)
 貴人は顔が熱くなるのを覚える。でも臆病になることはない。結んだ手を動かして、指が絡みあう恋人つなぎのかたちにする。メメルはこの変化に触れないが、
「あー、なんだか暑くなってきたぞ。なぜかなあー」
 などとしらじらしく言いながら、すでに耳まで紅潮していた。
 さらに小一時間ほどして、
「……最後に行きたいとこがあるんだが」
 遠くに目を向け貴人は切り出した。
「どこかな?」
「自然公園……ほら、かなり前のブラインドデートで訪れた」
「えー? そんなとこ行ったっけか?」
「ええっ!」
 魂が口から出かけるほど驚く貴人に、冗談だ冗談っ! とメメルは慌てて言うのである。
「忘れるわけなかろうが。薬草の花束をもらってボートに乗って……茂みにエッチ本が落ちてないか探そう、と貴人たんが言ったことまで覚えとるわい☆」
 よかった。心から安堵しつつも、指摘を忘れない貴人である。
「おおむねその通り。一部記憶に捏造があるがあるような気がするけど」
「ボートの話か?」
「茂みの話!」
 沈みはじめた陽を追うように、急傾斜の丘を登っていく。手を結んだままで。
(大事な話は……やっぱここで伝えたいな)
 まもなく頂上に着いた。見晴らしがよく、自然公園が一望できる。遠くにともりはじめた街の灯はおぼろで、動きを止めた蛍のようにも思えた。
 夕方になったとはいえさすがに暑いが、それは運動したせいだけではないだろう。
「わかるかな、この場所?」
 貴人の問いかけに、メメルは直接こたえなかった。
「……言いたいことがあるんだろ?」
 メメルは貴人に向き直り、もう片方の手も彼と結んだのである。
「わ、わかる?」
 黙ってメメルはうなずいた。
 そよ風が吹いてきた。体の熱は消えていくも、結びあった手と手、顔と心臓が冷めることはない。
「ここってさ……たぶん、オレがメメたんのこと意識しはじめることになった場所だと思う」 
 メメルは口を挟まず、ただ貴人を見上げている。
 舌がもつれそうだが貴人は懸命につづけた。
「それからなんだかんだ色々あってさ……忙しさの合間にふと思ったんだ。オレ、メメたんとこれからも歩んでいきたいって」
 緊張していた。ある意味、西方浄土に乗りこんだときよりも。
 険しい断崖の淵に立ったような気分だ。断崖は目まいがするほど高く、眼下は暗闇で見通せない。
 でも、後悔はしたくない。
 貴人には飛びこむ勇気がそなわっていた。
「だからさ……オレと、結婚を前提に付き合ってくれないか? 魔王戦では勢いでいろいろ叫んじゃったけど、ちゃんと告白したかったんだ」
 メメルが息を呑むのがわかった。さすがに予想外だったらしい。しばしパクパクとやった末、ようやくメメルは声を絞りだした。
「結婚……オレサマとか……」
「うん」
「お……オレサマってけっこうヒドいやつだぞ。雑だし自分勝手だし悪ふざけするし」
「知ってる。そこが好きだ」
 貴人と両手をつないだままメメルは顔を伏せた。下を向いて言う。
「ほら、物語とか芝居とかでこういう場面ってあるとさ、ヒロインが泣いたりするじゃん? オレサマ、ああいうの見るたびにアホかーとか思ってたわけ……でも、でもな」
 メメルは顔を上げた。
「その気持ち、ようやっと今、わかった気がする……」
 メメルの両眼には、真珠のようなしずくが宿っていた。
 返事は短い一言だった。
「いいぞ」
 だがそれで充分だ。
 両手が解けた。でもふたりは離れてはいない。
 どちらからともなく抱き合って、まもなく、唇同士でもつながったから。 


 その朝、貴人を部屋に迎えたのは【タスク・ジム】だった。
「学園長に想いを打ち明けるんですね」
「オレ、勇気がなくってさ……やっぱり今日はデートだけにとどめたほうがいいかな」
 それもいいですが、とタスクは友人にアドバイスした。
「勇気ならもう、貴人さんの胸の中にはあると思います。あとは後悔しないよう自分の気持ちを伝えるだけではないでしょうか」
「もうオレの中には勇気が……か、ありがとな」
 うなずいて貴人はメメルの元へ向かった。
 がんばってと彼の背に声をかけ、タスクは椅子に背を沈める。
 きっと彼は想いを伝えられるだろう。
(……なら僕は、どうなんだろう)
 勇気はおろか、気持ちの整理すらできていないのではないか。
 ひと月ほど前のことを思い返す。
 タスクは【マルティナ・シーネフォス】と学園で会った。リーベラント王ミゲルの妹として、彼女は学園長との会談を済ませたところだったという。その後タスクに会いに来たというのだ。
 マルティナにうながされ、タスクは自分の心に空いた穴について話した。
 つまりエリカ部長のことだ。知的で優しくて、おだやかなのに毅然としたところもあって――タスクは彼女と過ごした思い出の日々を語った。どれだけ彼女に焦がれていたかも打ち明けた。おそらく彼女を永遠に喪ったという心の痛みも、包み隠さず。最後には涙すら浮かべて。
(僕はひどい人間なのだろうか……)
 タスクだって木石ではない。マルティナが自分に、単なる友人以上の好意をよせていることには気がついている。
『どないしてるかなー、って思って』
 あのときマルティナはいささか気まずそうに笑った。
『用事があったんで、ついでや』
 とも言った。でも一国の公女たるものが供すら連れず、単なる『ついで』で部室棟まで訪れるだろうか。
(なのにマルティナ様は僕の一人語りを受け止めてくれた。一緒に泣いてくれさえした)
 聞き手がマルティナだったこともよかったのかもしれない。外が暗くなり灯火が必要になっても、マルティナは嫌な顔ひとつせずつきあってくれたのだから。まるでタスクの悲しみを、すべて吸い取とろうとするかのように。
 実際タスクは、洗いざらい告白したあの日を境に、これまで心の亀裂に忍びこんでいた喪失感が薄らいだように感じている。もちろん消えることはなかろう。けれど墓石のように冷えた心が、やわらかな綿にくるまれた気がするのだ。
 今日は丸一日休みだ。何の予定もないが、体が空くことへの恐怖はもうなかった。

 タスクはフトゥールム秘密情報部の部室に足を踏み入れた。
 考えてみれば一ヶ月ぶりだ。鍵を開け、埃をはらって窓際に座る。
 今日は読書にいそしむつもりだ。手には大図書館で借りた本があった。開架室で読んでもいいけれど、なんだか気恥ずかしくて場所を移ったのだ。
 古典的な恋愛小説だ。二年ほど前に一度読んだ。話は面白かったが、当時は『そんなものか』と思っただけで共感はできなかった。
(なのに不思議だ)
 書棚でたまたま見つけ、何の気なしに軽く読み返したとたん、雷光に匹敵する衝撃をタスクは受けた。自分のことを書いているのかと疑うほどに、心情描写の一文一文、セリフ、さらには情景表現までもが身に染みこんできたのである。
 書を開き最初から、むさぼるようにしてタスクは物語を味わう。
 夢中でページを繰って作品世界に入りこんでいく。
 入りこめるようになったのは、自分が恋を知り、そして失ったからだろうか。
 いや、ちがう。
 認めざるを得ない。
(……僕がいま、やっと本当の恋を知ったからだ)
 本を初読したときもタスクは学園生だった。部長とも知り合っており、淡い気持ちを彼女にいだいていた。素敵な人だと思ったし、いつも一緒にいたいと願った。
 でもあの頃、この小説はタスクの心にはさざ波しか起こさなかった。
(僕が恋だと思っていた部長への想いは、もしかしたら憧れだったのかもしれない)
 もちろん憧れも尊い感情だ。嘘ではないし今も変わらない。
(だけど僕がすべてをさらけ出しても丸ごと受け入れてくれるひと、僕もそうしたいと思うひと……一緒に人生を歩んでいきたいと願う女性は……!)
 いつの間にかタスクの心は、物語世界から羽ばたき大空へと飛翔している。
「ああ……!」
 タスクは机に肘をつき両手で顔をおおった。開けた窓から風が吹きこみ、ぱらぱらとページをめくった。
(なんて馬鹿だったんだ、僕は)
 マルティナの気持ちを知っておきながら、そのマルティナに部長のことを話しつづけるなんて。
 彼女の好意に甘えて、自分だけ救われようとするなんて。
(きっとマルティナ様は、自己中心的な僕にあきれるか、そうでなくても気持ちが冷めたはずなんだ……)
 いますぐ謝りに行くべきだろうか。でもどう言う? 対魔王陣営の軍師と呼ばれたこともあるが、こういうことになると、タスクはてんで頭が回らない。
 ストレートに明かすしかないのではないか。たとえば、
(手遅れかもしれないけど、僕やっと気がついたんです……僕が本当に好きなのは……!)
 と。
「え、何て?」
 タスクはわっと声を上げた。反射的に飛び退くも床に尻もちをついてしまう。
 戸口にそのマルティナ本人が現れたからだ。薄い褐色の肌と黒髪、くりっとした猫目、頭には猫ルネサンスの黒い耳、あまりにも綺麗なので、タスクは幻想を見ているのではないかと疑った。尻に感じる痛みからして、どうやら夢ではなさそうだが。
「ほんまは今日、遠慮しとこかと思ってたんや。仕事だけして会わんで帰ろうと……。でもほんのちょっと足を伸ばすだけでタスクに会えると思ったら、うち、たまらなくなってつい……」
 マルティナが『タスクはん』ではなく『タスク』と呼び捨てにするようになったのはあの日からだ。
「堪忍な」
 マルティナは表情を曇らせた。
「独り言、聞いてもた。『僕が本当に好きなのは』って。知ってるで、タスクがあの人のこと忘れられへんってこと。……う、うち、後釜に座れたらなんて厚かましいこと考えてた。最低や……ほんま堪忍やで!」
 タスクは気がついた。いつの間にか心の声が、口をついて出ていたのだと。しかも後半部分だけ。
「待って!」
 手の甲で目を隠し背を向け、走りだそうとするマルティナの手首をタスクはつかんだ。
「待って……ください。聞いてください」
「優しくせんといて! 余計みじめになるやんか!」
 もうなりふり構ってはいられない。タスクは敬称も丁寧語も忘れ声を限りに叫んだ。
「だから聞いて! 僕が本当に好きなのは、マルティナ、あなたなんだ!」
 マルティナが振り向いた。
 ふたりにはともに、息を吸って吐くだけの時間が必要だった。
 やや落ち着いてタスクは言う。
「やっと気づいたんです。マルティナ様、僕は自分の、あなたへの気持ちに気がついていなかったと。バーベキュー会場でも、魔王決戦のときも、先月のこの部室での出会いでも……。僕こそ厚かましいヤツです。今さら気づいて、どうか許してほしいと言ってる……なんて。お願いです。僕と交際してください!」
 マルティナは呆然とタスクを見つめている。
 タスクも、マルティナを見つめている。
「……へへ」
 マルティナが八重歯を見せた。
「なんや、照れくさいね」
「はは……そうですね」
「じゃ、仲直りと、これからよろしくのキスでもする?」
 タスクの頭から蒸気のごとく湯気が上がった。
「ぼ、僕やりかた知らないんですがっ!」
 も~、とマルティナは笑った。
「うちが知ってると思てんのん?」


 水色の日が暮れると、天気が荒れはじめた。
 薄煙(うすけぶ)る雲から、ぽつり、ぽつり、大きな粒が落ちてきたかと思えば、たちまち空は滝のような驟雨へと転じたのである。
 傘の用意はなかった。【フィリン・スタンテッド】は両手を頭ではなく腹部にあてている。じゃぶじゃぶと水を跳ね、目ざす丸太小屋に向かって走る。
 体当たりするようにして肩から戸にぶつかると、フィリンの体は小屋の内側、寝床がわりに敷かれた藁山に抱きとめられた。
「……っ」
 濡れそぼった身にくっつく藁を、はがしながらフィリンは立った。
「何やってんだ、お前」
 片方の眉だけ上げ、【ルガル・ラッセル】は顔をしかめる。
 部屋の隅には木製の低い椅子と机があり、ルガルは座って瓶詰めから、匙で豆を食べている最中だった。机上にあるのは他にワインのボトルひとつきりだ。これが彼の、わびしい晩餐のすべてらしい。
 小屋には灯がある。けれど快適な空間とは言いがたいだろう。雨風を避けるため窓を締めきっており、蒸し風呂のような状態だったから。
 ルガルは汗まみれだ。引き締まった上半身は諸肌ぬぎだった。
「何やってんだ、って……」
 むっとしてフィリンは言う。
「探しに来たのよ、あなたを」
「言わなかったか? 最近ここに移ったって」
「聞いてない」
「言ったと思ったが……」
「聞いてない!」
 腕組みしてフィリンは寝わらの上に、どすんとあぐらをかいて座った。 
「今日一日、どれだけ探したと思ってるのよ!」
「すまねぇ」
 ルガルはぼりぼりと頭をかいて机脇の行李(こうり)を開け、白いタオルを取りだした。新品らしく清潔だ。フィリンに投げてよこす。
「……ありがと」
 ズェスカを舞台とした霊玉争奪戦の後、ルガルは学園に保護され、仮住まいとして学生寮の一室を与えられた。やがて魔王決戦に参加できるまでに回復したが、なおも体力に不安があったため以後も寮住まいを続行した。
 しかし数日前、ルガルはふらりと寮から姿を消したのである。
 今朝ルガルの出奔を知り、フィリンは半狂乱になって彼の姿を求めた。
 また放浪に出たとでも――せめて別れの一言くらいあったって、と。
 だがなんのことはない、ルガルはフトゥールム・スクエアの広大な敷地の片隅にとどまっていたのだ。ウバメガシやアラカシの植わる山林の管理人をすることになったそうだ。メメルに尋ねたらあっさりと教えてくれた。現在はこの炭焼小屋に寝起きしているらしい。
 タオルで濡れ髪を覆うと、フィリンは深くため息をついた。
 ともかくも最悪の展開だけはまぬがれた。
「つづけるの? 管理人の仕事」
「そうもいかねぇ。寒くなるあたりで本格的な炭焼きがはじまるんで、それまでの一時しのぎの仕事って話だ」
 しばらくはリハビリがてら山の木の世話でもするさ、と言ってルガルは葡萄酒をあおる。
「よかった」
「そうか?」
「私にとって都合がいい、って話」
 フィリンはルガルの真正面に移動する。膝を折って座った。
「今日は、あなたにお願いがあってきたの」
「内容によるな」
「私は近々、勇者・英雄コースを修了して実家のスタンテッド領に戻る予定よ……まあ、名目上の実家だけど」
 すでに『フィリン』と自分の事情は明かしているので、ルガルは口を挟まずうなずいた。
「このたびの魔王復活でスタンテッド領も大きな被害を受けたわ。領民は勇者を必要としている。エキスパートという意味でも、象徴という意味でも」
「俺が言えた義理じゃねえが、いいことだと思うぜ」
 だから、とフィリンはルガルににじり寄った。
「あなたにしか言えない。こんなこと……あなたじゃなきゃダメなの!」
「何がだ」
「一緒にきて、ルガル……私たちを助けて」
 俺が? とルガルは当惑気味に言った。
「勇者の手伝い? そんなガラじゃねーぜ」
「家族の手伝いとしてならどうかしら」
 いるのよここに、と言ってフィリンは立った。拍子にタオルが落ちた。
 ここにいたってようやくルガルは、彼女の身に起こった変化を知ったのである。
 フィリンの腹部は、こんもりとした丘だった。美しいカーブがあった。
「私の……私たちの子が、ここに」
 先月までならまだ服の着方でごまかせもしたが、すでにそれも限界である。
 ルガルは口をなかばまで開けていた。目の開き方は口よりも大きなくらいだ。
「それ……いつ……?」
 寝ぼけた質問をする男に、とうとうフィリンの堪忍袋の緒がはじけ飛んだ。
「クリスマスのときに決まってるだろうが!」
 フィリンがルガルと結ばれたのはただの一度、その一度が正確無比だったということである。
「てめーだよ、てめーのせい! 何が魔王の呪いだよ! バカじゃねぇの、てめーこそ絶倫大魔王じゃねぇかよ!!」
 フィリンはぐいと迫って『成果』を男の鼻先に突きつけた。
「俺が……父親……」
 ルガルが動揺し文字通り尻尾を巻いて逃げ出す姿を、ほんの一瞬フィリンは想像した。
 だがむしろ動揺したのはフィリンのほうだった。
「お……お……」 
 あのルガルが泣いているのである。嗚咽をあげてボロ泣き、さっきの雨に負けぬ滂沱の涙だ。
「マジかよ……! こんな嬉しいことがあってたまるか……!」
 不遜にして不敵、黙っていれば二枚目ともいえるが、どこか目が死んでいるというか真正面から物事に相対できぬはずのこの男が、膝歩きでにじり寄り、ひしとフィリンの腹部を両腕で抱いていた。
「この俺にまだ、未来が許されてるなんざ思いもしなかった!」
 あとは言葉にならない。新たな生命やどる場所に、ルガルは顔を押しつけていたから。
「返事は『OK』ってことでいい?」
 ルガルは体ごとうなずく。狼というより忠実な犬のように。
「……すまん、気づいてやれなくて……! そして悪かった。あんときは、半ば意識はなかったとはいえ乱暴にして」
 何言ってるの、とフィリンはルガルの頬に手を当てた。
「あたしはムチャクチャ良かったよ……以後思い出してひとりで……なんてこともあったくらい」
 我知らず口走った言葉に、フィリンは昼間の太陽よりも赤面している。  
 名前決めなきゃね、とフィリンはささやいた。
「……『ライア』か『シュバルツ』か、どうしよっか?」

 雨上がりの夜空は好天となった。
 満天の星を味わうように、フィリンとルガルは連れだって歩く。大雨と大風が駆け抜けたおかげか、腕のうぶ毛が浮きあがりそうなくらい涼しい。
 霊樹にたどりついたとき、反対側の木陰から飛び出した人影に出くわした。
 夜の散歩を楽しんでいたのは自分たちだけではなかったらしい。
「や、やあ、奇遇だね……」
 しかも、こともあろうに【パオロ・パスクヮーレ】ではないか。彼が学園の制服を着ていることにフィリンは驚いたが、彼の連れを目にしてもっと驚いた。
 赤い髪をした少女、【ヒノエ・ゲム】だった。
 パオロとヒノエは手を握り合っている。
 パオロはフィリンの腹部を見て、すぐに事情を察したようだ。
「おめでとうと言わせてもらうよ、フィリン。僕のこともよければ祝ってほしい。君にふられたおかげで僕は……大切な出逢いの機会に恵まれた。心から愛する伴侶との、ね」
「大げさだっつーの!」
 ヒノエは肘でパオロをつつくが、まんざらでもなさげな顔をしている。
 魔王決戦でともに死線を繰り広げたことで、彼らは急速に親しくなったという。
「なんというか」
 フィリンは吹きだしてしまった。
「世の中どうなるか、わからないものね」
「そうらしい」
 ルガルが同意した。
 フィリンのなかで育っている『もうひとり』もきっと、同意するにちがいなかった。



課題評価
課題経験:0
課題報酬:0
恋はみずいろ L’amour est bleu
執筆:桂木京介 GM


《恋はみずいろ L’amour est bleu》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 1) 2022-07-17 00:07:28
勇者・英雄コースのタスク・ジムです。
よろしくお願いいたします!

恋は水色…懐かしいですね(←世代がバレる)

それはともかく!
皆さんの恋に協力しますので、出来ることがあれば何でもご相談くださいね!

…とは言ってみたものの、皆さん、僕と違って、リアルが充実してるんでしたね…
釈迦に説法とは正にこの事。お恥ずかしいことです(凹み)

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 2) 2022-07-18 08:43:48
勇者・英雄コースのフィリンよ。
タスクも、みんなも久しぶりね。

まぁうん。ルガルと話しつけてくるわ
パオロには悪いけど…入れ違いになりそう、ていうか…
あれ? これってもしかして『NTR』っていうの?

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 3) 2022-07-19 21:30:54
ごめんなさい、NTRという用語について、恥ずかしながら知識がなく、今度調べておきます!(めもめも)

フィリンさんはカッコいいのでモテモテなのは当然なわけですし、
ご自分が納得いく、幸せになれる選択肢を掴み取れるだろうと信じています。


さて、恥ずかしながら僕の方針を表明しておきます。

「はじまりの唄のラストで、マルティナ様に、エリカ部長さんへの気持ちを丸ごと聞いてもらったことで、その喪失の痛みについては、だいぶ整理がついた。

その過程で、自分を丸ごと受け入れてくれて、一緒に人生を歩んで行けるのはマルティナ様しかいないのではないか、という思いが募る。

大図書館で読む恋愛小説なら最低の部類に入る展開とは思うが、とにかくこの気持ちをマルティナ様にお伝えしたい。押し付けにならないよう配慮して。」

…という感じです!

もしプランに余裕があり、お気が向かれたら、その、助けてくださるかた熱血大募集中です!(ひどい救援要請)

《終わりなき守歌を》 ベイキ・ミューズフェス (No 4) 2022-07-20 05:44:51
ご挨拶が遅れ申し訳ありません。教祖・聖職コースのベイキ・ミューズフェスです。よろしくお願いします。

ジルヴェストロ男爵家の学園近くの別邸辺りで、奥様と本物のジルダさん達から、みっちり花嫁修行のいろはを叩き込まれてる最中だと思いますです。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 5) 2022-07-20 08:06:24
ベイキさん、あのとき騙った男爵家、その本物の元へ花嫁修行というのは、すごく素敵だと思います!
そのままでも十分花嫁さんが務まりそうなのに、さらに完璧を期すところもベイキさんらしいです。

そこで、勝手ながら、お二人のプランを見て、やってみたいことを思い付きました。

OKか、NGかだけお返事いただけると助かります。
OKいただいた時のみ、プランに追加します!
(NG、またはご回答が確認できない場合は、実施しません)

フィリンさん
男子二人から相談があり(ウィッシュ)、どちらにも「後悔しないよう、自分の気持ちを伝えること」をアドバイスする。
(そして自分にブーメランで帰ってくるまでがワンセット)

ベイキさん
修行に行き詰まったタイミングで、タスクからヒントになる本がグリフォン便で届く(貸出本ではないので返却の心配不要、とするつもりです)

《メメルの婚約者☆》 仁和・貴人 (No 6) 2022-07-20 18:27:43
魔王・覇王コースの仁和だ。
挨拶が遅くなってしまったな。
それはともあれ今日出発だな・・・皆充実してて何よりだ。

オレは魔王との大戦での後処理が少しは落ち着いたこのタイミングでデートをしてきたいと思っている
受けてもらえるかはわからないが・・・息抜きになってくれるといいんだが。

《終わりなき守歌を》 ベイキ・ミューズフェス (No 7) 2022-07-20 23:16:04
うおっと。タスクさん反応が遅くなってごめんなさい。
ちょっとごたついてたもので……(後ろのがちょっと体調崩して休んでたもので申し訳ないです)。

面白そうなご提案ありがとうございます。
ただ、ちょっと今回は、こちらがネタに盛り込む余力があるか微妙なので……お気持ちだけ、いただきますね。