雨の夜の歌い手
(ショート)
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しばてん子 GM
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ーー人はいくつもの仮面でいくつもの舞台を演じ。
ーー無数の音色で無数の旋律を奏で。
ーーひとつだけの糸を紡いでいく。
ーーけれど、この手にあるのは。
ーーはじめから割れた仮面。声に出せない音色。怯えるこころ。
ーーわたしを紡いでゆけるところは、どこ。誰か、教えて。
梅雨時、雨模様。
真夜中。
まばらに木々が並ぶ林の、少し開けた小川のほとり。
流行歌とは趣の違う詞の、ゆったりとしたテンポで……しかし強い感情が込められた歌。
どこかコロリとして可愛らしい印象を覚える、けれども伸びやかにどこまでも通っていくような芯の通った女声。それがカエルと虫とのコーラスと川のせせらぎ、そしてぽつぽつと落ちる雨音を背景にして、力強く響いていた。
暗闇の中、歌に魅了されているかのように群れ飛ぶホタルの光だけが、声の持ち主を淡く照らし姿を映し出している。
顔と表情とは、黒い傘に遮られうかがい知ることは出来ない。声とは雰囲気をいささか異にする長身を足下まで覆う、やはり黒いまといはローブだろうか雨具だろうか。
歌声の感情がますます強くなり、高く高く突き抜けていこうとしていた最中……ガサリと鳴った草の音にそれは中断された。
歌声の主は、はっとして音が鳴ったほうへ目をやったように見えた。だがそれは一瞬のこと、身をひるがえし反対側へ脱兎のごとく駆け出した。
「……気付かれた?!」
草木に紛れ様子をじっと隠れ見ていた青年は、こちらもあわてて飛び出し黒い人影を追う。
しかし声の主はその長身から想像し難い、ちょこちょことしたすばしっこい動きで真っ暗闇の木々の中をくぐり抜けていく。反対に青年は木の幹にぶつかり根に足を取られ、どんどんと距離を離されていく。
やがて完全に見えなくなってしまった人影を、それでも追いすがろうと青年は何度も転がりかけながら走る。
唐突にその眼前が開けた。林を抜けたのだ。
追いかけていた影は……どこにも見当たらない。
「はぁ、はぁ、どこへ……消えた?」
辺りに物陰は無い、近くの建物まで逃げられた? 森に戻った? それとも、走る以外の手段……箒?
考えを巡らせるが、見失ってしまった事実に変わりはない。
青年は肩を落とすと、先に見える建物……彼の職場、民宿のほうへと歩き始めた。
シュターニャの町外れ、ノルド川に注ぐ小さな支流の岸辺に散在する林。その近くに数件の民宿が立ち並ぶささやかな宿泊街は、中心街とは趣の異なる静かな環境を求める宿泊客に好まれてきた。
近頃そこにささいな、しかし深刻な事件が起きていた。
『毎夜毎夜、どこか遠くから女の歌が聞こえてくる』
ある客は薄気味悪がり、ある客は不快な音と感じ。何にせよ心地よい眠りを妨げるそれをよく思う宿泊客は、いるはずもなかった。
賑わう商業都市にゴシップが広まるのは早い。
実際、客足には悪い影響が出始めている。更には興味本位で林に入り込む者も出始めているらしい。
このままでは、客も静けさもますます遠のいてしまう。
危機感を覚えたそれぞれの宿の主人たちは話し合い、まずは声の正体を突き止めようと数人の従業員を使い、深夜に辺り一面を捜索させていた。そのうちのひとりの青年が、数日かけてようやく現場を突き止めたのだが。
「しかしなあ……顔はちゃんと見えなかったけど、ここらで見かける感じの女性じゃなかったよな……」
長身。可愛らしさのある声。兼ね備えた人物は思い当たらなかった。
どこから来たのか、ましてや何の目的で夜中に歌っているのか。皆目見当がつかない。
それに今しがた見たあの身のこなし。仮に彼女をまた見つけることができたとしても、そこから先の対処は素人の自分たちの手に負えるものとは思えなかった。
「こうなるって半分わかってたから、最初から学園へ話を持っていこうって言ったのに。旦那さんたちは体面ばかり気にして、まったく」
とはいえ、今日自分が体験した話を持ち帰れば上の方針も変わるだろう。
冷える腕をさすりつつ、青年は帰路を急ぎ、裏口から民宿へ戻った。
青年がそれに気付かなかったのは、仕方のないことかもしれない。
自分自身が雨と汗とで、ぐっしょりと濡れていたからだ。
しかし彼が入る前に裏口の床には……いくら雨天とはいえ……深夜の出入りの頻度ではあり得ないほど大量のしずくが、確かにこぼれ落ちていた。
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参加人数
4 / 4 名
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公開 2021-05-28
完成 2021-06-14
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ストーン・ゴーレム・シャーク!
(ショート)
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しばてん子 GM
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まもなく海開きのシーズン。
フトゥールム・スクエア南西の都市、アルチェのサビア・ビーチは一番のかき入れ時とあって、立ち並ぶ海の家や監視設備がその準備に追われていた。
そんな中、不穏な知らせが伝わる。
沖合で巨大なサメの影を見たと、複数の漁船から報告があったのだ。
海辺の安全が確保できなければ海水浴場の一般開放などできるはずもない。漁師たちにとっても、ほかの魚を遠ざけ漁場を荒らすサメの存在は邪魔以外の何物でも無い。
何にせよ、サメの放置はアルチェの経済への打撃を意味するにほかならなかった。
直ちに漁船団によるサメ撃退作戦が開始された。目的はシンプル。件のサメを仕留めることだ。
「今度のは相当な大きさって話だったな」
「船よりデカいなんて話もあったが確かかねぇ。新米がビビって見間違えたんじゃねぇか?」
「ま、本当だとしてもデカすぎるやつは大味で身も美味くないし、背ビレだけ切り取って持ち帰りゃいい。仕留めたって証拠があれば済むことだしな」
漁師たちにとってサメの対応は珍しいというほどのことではない。笑みを浮かべながら獲物を探す彼らに油断が無かったとは言えまい。だが、この先に遭遇する脅威はそんな落ち度など些細に思えるほどに、想像を絶するものだったのだ……。
一行がサメらしき影を見つけるのに、さほど時間はかからなかった。
「あれか。……妙に色が明るく見えるな」
言葉通りその影はやや白っぽい。ほとんどの魚は海の色に紛れるように背が青く、それゆえに影は黒く見えるはずなのだが。そしてそれは相当に浅い深度を悠々と泳いでいた。ある種、異様な影と警戒心のかけらも見えない不自然な行動に、漁師たちは逆に一抹の不安を覚えた。
とはいえ、やることは決まっている。
大型の漁船5隻が備える、発射式の大型の銛。それを撃ち込み、弱ったところを近づいてとどめを刺す。彼らが長年とってきた手法を実行するだけだ。タイミングを合わせるために、手旗信号で各船が急ぎ連絡を取り合う。照準合わせ。準備に抜かりなし。
3、2、1……。
「行けっ!」
一斉に発射される銛!
……だが、次に漁師たちの目に映ったのは信じがたい光景だった。
銛はことごとく、サメの表皮に『弾かれた』のだ。
呆然とする彼らはしかし、すぐに次の行動に移らなければならなかった。漁船にまるで無関心に見えたサメが、一転猛烈なスピードで向かってきたのだ。慌てて帆の向きを変えようとするが間に合うのか。その間にもサメは深度を上げながらぐんぐんと迫り来る、そしてその背ビレが海面に姿を現す。
「なんだぁ、ありゃ?!」
それは自分たちが知るサメのものとは全く異なる、茶色くごつごつとした突起に覆われた物体。
近づくほどに、どの船よりも大きいと思える影。果たしてこれは生き物なのかという疑問が漁師たちに浮かんだ直後、サメは船の横で飛び上がり宙を舞った。サメがジャンプするなんぞ見たことも聞いたこともない。
「飛ぶ?! サメ?!」
混乱する彼らの目に入ったそれの全貌は、茶色い岩石で全身が覆われたサメのような何かだった。歯、それどころかアゴすら無いひとかたまりの頭。そこに添えられた点のような黒い石の目が、ぎょろりとこちらをにらんだような気がした。
刹那、サメの鼻が船腹に深々と突き刺さる。鼻先はサメの急所のはず、それを無造作に攻撃に使うなどあり得ない。
もはやサメではない、サメであるはずがないと思えた岩の塊は、今度はキリをもむように体をすさまじい勢いで回転させた。木造の漁船は横腹を木っ端微塵に打ち砕かれ、漁師たちは勢いで海へ投げ出された。残された船首と船尾が浸水し沈んでいく。
サメは目標を次々と別の船へ定め襲いかかっていく。ある船はやはり船体を砕かれ、ある船は尾の一撃で横倒しになり、漁船団はただただ蹂躙されるのみだった。漁師たちは置かれた状況に慄然とする。
(喰われる……?)
だが全ての船を沈めたサメが次に定めた目標は意外なものだった。
サメは海岸、サビア・ビーチに向かって猛然と泳ぎ始めたのだ。
あっという間にビーチに迫ったサメはまたもや空中に体を躍らせ、着地。上陸すると、トカゲかヘビかのように岩の体をくねらせゴリゴリと擦れるような音を立てながら、陸の獣のような速さで海の家の一つに突進して行くではないか。
あまりにも想像の範疇を超えたサメの脅威と行動とに、ビーチの人々は蜘蛛の子を散らすように逃げることしかできない。サメは無人の海の家に突っ込み、跳ね回り、回転し、みるみるうちに一軒の小屋をがれきの山へと変えてしまった。
漁船団をそうしたように、このままサビア・ビーチ全ても破壊し尽くしていくのか。
その場に居合わせた誰もが絶望する中……しかしサメは突然、海へときびすを返した。
サメはあっけにとられる人々を尻目に、上陸したときと同じく猛スピードで海へ戻ると、背ビレが見えるほどの浅い深度を何事もなかったかのように……ゆっくりと沖合へ進む。
やがてその姿、その影は海岸から見えなくなった。
不幸中の幸いか、漁師を中心に多数のけが人が出たものの、犠牲者はいなかった。しかし人的な被害のみならず、大型漁船5隻と小屋1軒という物的な被害も深刻だった。
そしてサメの脅威は依然海に潜む。ビーチの監視施設から遠方の大きな影が度々確認されているのだ。
いや。もう誰も、それをサメとは思っていなかった。
——岩の塊が動くなんて。何であんなものが水に浮かんでいられるんだ?
——そんなことはどうでもいい。あんなのが居座ってたら商売どころか魚も食えなくなるぞ。
——人は襲わなかったけど、たまたま襲われなかっただけかもしれない。
——そうだ、次に現れたときにどうなるかなんてわかりゃしねぇ。
——一体何なんだよ、あのサメは! いや、岩か? 岩の魔物か?
——ゴーレムなんじゃないか? 営業妨害でデカいものだけ壊しにきたとか……。
——いや、サメ型のゴーレムなんて聞いたことないぞ?!
……いつしかそのサメはこう呼ばれた。
『ストーン・ゴーレム・シャーク』と。
それは大自然が産んだ神秘なのか。(大自然なのにゴーレム?)
岩のサメが船を砕き、ビーチを蹂躙し、人を襲う!(まだ襲われていません)
立ち向かうのは、知恵と勇気か、無知と無謀か。
頭脳か! 筋肉か!
生徒たちはコイツに勝てるのか!
ストーン・ゴーレム・シャーク……シャクに触るヤツだぜ……。
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参加人数
6 / 6 名
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公開 2021-06-26
完成 2021-07-14
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