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ゆうしゃのがっこ~!とは

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第3回全校集会「彷徨う黄昏に宵夢を」 エピローグ!


(ご制作 : やぎさん IL

エピローグ「宵夢の残滓(ざんし)」


●彷徨う孤独の宵夢

 ぜぇぜぇと息を切らしながら、駆ける。
 顔を掠めていく風は、冬の訪れを感じさせるような冷たさを遺し、遙か後方へと流れ去る。
 だが、四足歩行で走り続ける狼のルネサンス【ルガル・ラッセル】が感じていたのは、そんな季節の移ろいとは違う、苦虫を噛み潰したような悔しさだった。
「……ちっ!」
 飛び出た木の枝が、彼の身体に小さな傷を刻む。
 銀の体毛の中から赤い雫が僅かに零れ出す。
 しかしその痛みは、浅い刃の切り傷と深い拳の衝撃には到底及ばない。
「ったく、情けねぇな……」
 彼は仲間から人々に恐怖を与えるという役目を任されていた。
 けれどその企みは、ゆうしゃの卵たるフトゥールム・スクエアの学園生達によって阻止される。
 腹立ち紛れに払いのけたゴブリンの血にまみれ、鬱蒼と木々が茂る夜陰を逃走するこの姿には、まさにこの言葉が適切であろう。
 惨めな負け犬。
 彼の現状はまさに敗北者のそれであった。
 だが、実はこうした敗北は、彼にとってそう珍しい事でもない。
 かつては傭兵として、各地で魔物退治をしながら渡り歩いていたルガルには、勝ち目のない戦いを押しつけられることもままあった。
 だから、自分が生きて帰れればそれでいい。
 そう思っていた。

 では何故……今はこんなにも悔しく感じるのであろうか?

「はぁはぁ……まぁ、いい。後はジョンとジャックの方が上手くやってくれりゃそれで充分だ」
 追手がいないことを確信したルガル。
 祖流還りによる疲労だけでなく、戦闘での消耗も感じていた彼は、一旦近場の木にもたれかかり休息を得る事とした。
「そういや、狼の姿から戻れなくなっちまった俺があいつらと出会ったのも、こんな状況だったっけな」
 瞳を閉じれば、これまでの出来事がまるで動く絵画のように瞼の裏を流れていく……。

 あの時、俺は呪いを受けたこの身体を制御できず、いつ動けなくなってもおかしくないような状態で森に倒れていた。
『こんな所で何をしている?』
『……放っとけこのカボチャ頭野郎。ハロウィンはまだまだ先だぞ? 浮かれ気分で人様に絡んでんじゃねぇよ』
『ミスターワンダー。彼はどうやら疲弊している様子です。魔力にも乱れを感じます』
『そうか。では同じくハロウィン気分の狼男に問いたい。お前、こんな所で何故苦しんでいる?』
『人の話を聞いてんのかよ、ああ? しかも俺は狼男じゃねぇ! ルガルって名前……ぐっ!』
『ルガル? そうかお前が……。なら話は早い。これを飲め、ルガル』
『あ? 魔法薬か? んな同情いるもんかよ!』
『同情ではない、理解だ。種類は異なるかもしれないが、同じ呪いを背負う者としての』
 カボチャ野郎のランタンから、光が消える。
『てめぇ、リバイバルか?』
『ああ。ルガル、お前の事は聞いている。俺の名はジャック。早速だが俺と一緒に来てほしい』
『ははっ、これまで色々な奴から依頼を受けてきたが、幽霊から依頼されるのは初めてだな。で、依頼料はこのちっぽけな薬だけってか?』
『今すぐどうにかは出来ない。だがお前の呪いを解いてみせる』
『んな確証もねぇ話に俺が乗るとでも?』
『お前が乗り気かどうかは問わない。だが俺は獣になる呪いを受けたというルネサンスの話を聞いてここに来た。そして俺は呪いを解く手段を持っている。だから助ける』
『てめぇの偽善に俺の身体を使おうってか。気にくわねぇ』
『これを報酬と見るか俺の偽善と見るかはお前の自由だ。だが、俺にはお前が必要だ。だから俺は俺の目的を果たすために、お前を助ける。そして助けると決めたならば、一切手を抜くつもりはない。それだけだ』
『じゃあ俺を助けるために人を殺せと言われたらやるのかよ?』
『それが。……俺達のために必要なのであれば、やる』
 顔も見えねぇ状態だが、俺には不覚にも何かが見えちまったような気がしてよ。
『……くせぇ野郎だな』
『ん? 匂うだろうか? リバイバルはそうした生理的現象とは無縁であると教わっていたのだが……』
『そんなんじゃねぇよ、バーカ!』
『ああそうか、すまない。まだ俺もこの身体に慣れていなくてな』
 後から聞いた話だが、魔法学園の魔王専攻を卒業したやつは、こんな風に自分の信念のためなら何でもできるとか言い出す、くせぇ奴が多いらしい。
 自分の定めた何かを貫き通そうとする考え方が、そのために犠牲を払う事も受け入れようとするこの覚悟が、全部が青い。
 青臭ぇ。
 心がむず痒くなるくらいに。

 休息を取っていたルガルであったが、突如聞こえてきた大きな音に目を向ける。
 彼が見つめる先。
 多い茂る木の葉から垣間見える、月照らす天空のキャンバスは、高く燃え上がる火柱と空に突如出現した巨大な飛竜……そしてその周囲を舞い上がる紫色の光に彩られていた。


●missing principle

 白き勇者の剣が、邪な闇を捉える。
 闇を内包していた薄いガラスの壁は、輝く一閃を浴びてあっけない程簡単に割れた。
 それは謎多きランタンの断末魔だ。カボチャの被り物をしていたリバイバル、【ジャック・ワンダー】の鎌に取り付けられていたものである。
 ランタンから漏れ出た紫の炎はまるで何かに吸い寄せられるかのように、遠くで燃え上がる炎の柱へと近づいていくと、気流にのって空高く舞い上がっていく。
 高く高く。どんどん薄く。
 魔力の残渣をまき散らしながら、漆黒の天へと溶けていく。
 多くの者は、1人の魂霊の最期を見つめていたが故に、それの行く先から目を逸らしていた。
 だがその光景を見ていたならば。
 彼、彼女らは一体どんな思いを抱いたのであろうか。

 ある者は、これをかがり火だと例える。
 それはただ闇を照らす光源などではない。
 それは死者と生者の世界を繋ぐ架け橋。
 それは彷徨いし蝶を導く、抗い難い誘蛾灯。
 闇は炎が生み出す光の輝きに誘われ、光は寄り添う闇の存在に強く惹かれゆく。
 2つは相反する鏡合わせ。まるで結ばれぬ運命を背負わされた、お伽話の恋人のように。

 けれどもし、その運命が覆るとしたら?

 決して触れられないはずのものは。
 決して交わらないはずのものが。

 ヒトはそれはこう呼んだ。
 『奇跡』であると。


●彷徨う人形の宵夢

「嘘……だろ?」
 青々しい草花も、月照らすこの場では眠っているかのように静かに揺らめくのみだ。
 あるのは、先程までここで行われていた事が嘘であると言いたげなまでの平穏。
 静寂であった。だからこそ、彼は声を張り上げる。
「おい、ジョン! どこだジョン!」
 暗くじっとりとした森を抜けたルガルが辿り着いたのは、仲間である【ジョン・ドゥ】が待っているはずの草原。
 そう、数十分前には煌々と魔法陣から発せられた炎が輝き、ジワジワと追い詰めるように迫る灼熱の壁が、リーバメントの住人達を恐怖で包み込んでいくはずだった場所だ。
「あの化け物みてぇな竜……聞いてねぇぞクソが……!」
 狼男が見たのは、圧倒的な火力で魔法陣を消し飛ばす、おぞましい竜の息吹であった。
 立ち止まってなどいられない。
 まだ癒えきらぬ身体に鞭を打ち数十分。
 森を抜け息も絶え絶えに辿り着いた頃には、既に全てが終わり、学園生達は勝利を背負って凱旋の途についた後であった。
 そうして幕が下ろされた舞台で、彼は1人叫び、声を枯らしていく。
 もう『4つの足』を用いる必要はない。
 無意識に立ち上がっていたのは、きっと少しでも早く見つけようと視線を高く巡らせるためなのだろう。
 けれど探せば探すほどに、己の望みがいかに無駄であるかを突きつけられるような錯覚に陥る。
「っ、あれは?!」
 ……幾ばくかの時を経て。
 ルガルは遂に見つけた。
 思わず駆け寄り、地面に座りこむと『それ』を拾い上げた。
 どんな物かは分からない。だが見間違えるはずなどない。
 それはジョンの頭部に埋め込まれていた杭の一部だったのだから。
「……ハッ。…………随分小さくなったもんだなぁ。ええ?」
 実際には、ネジのような構造をした先端部分と根元部分のパーツが2つ。
 それらはどう組み合わせても、どんなに皮肉をぶつけようとも。
 ルガルの両の手にあっけなく収まってしまう大きさで。
 根元部分のパーツには魔法陣が刻まれていたが、今にも壊れてしまいそうな程にひび割れてしまっており、彼にはそこから魔力を感じ取る事はできなかった。
 これが何を意味するのか。その答えは、既に薄々感じていた事だ。
「激しい戦いの末、敗れし者と栄光を手にする者が生まれる。世は無常ですねぇ~」
「……誰だてめぇ」
「おやおや、これはこれは! 失礼を致しました。
 私は【ナソーグ・ペルジ】と申します。どうぞ……お見知りおきを?」
 ルガルの背後から声をかけてきた謎の人物は、漆黒のローブを翻すとそこから1枚の仮面を手渡してきた。
 それはナソーグなる人物が付けているものとは対象的な印象で、聖女の微笑みを象ったかのような表情を浮かべている。
「何のマネだ? わりぃが俺は今、無性に誰かを殴り飛ばしてぇ気分でよ。
 そっちがこれ以上絡んでくるってんなら……」
「まぁそう仰らずに。私はただのしがない仮面職人。そしてこれはあなたが持つべき贈り物。ああ、ご安心下さいませ! これはジャック・ワンダーさんから頼まれた物ですから」
「!? ……ジャックに? けっ」
 胡散臭い事この上ないが、ジャックの名前を出してきたという事実が、少なくとも彼にとって無関係の存在ではないことを感じさせていた。
 彼はナソーグの指示に従ってその面を顔につける。
「んんっ?!」
 熱い。
 心臓が早鐘を打つ。
 熱い。
 身体中から溢れ出る汗が、じっとりと濡らしていく。
 熱い。
 先程まで痛みと悔やみを刻んでいた傷口に、焼けるように染みる。

 それはたった数秒の出来事。
 しかしまるで数刻にも及ぶ程に感じられる一瞬の苦痛が過ぎ去って。
「て、めぇ……! つっ、な、何……しやがった?!」
 怒りに任せ、目の前の存在に指を突きつける。
「なっ……?」
 しかしその怒りは他ならぬ彼自身の驚きに打ち消される。
「も、戻った……?」
「いやですねぇ~。言ったでしょう? ジャックさんからの頼まれ物であると?」
 これまで自分を苦しめていた呪いが、消え去る時はこうもあっさりとしたものなのか。
 全身を触って確かめるルガルであったが、生まれた時から変わらない尻尾と耳を除けば、触れた肉体はまさしく人間のそれであった。
 見る者が見れば残った特徴すらも、この宵闇の宴に合わせて自身を着飾った仮初めと見紛うかもしれない。
「そうか。……あいつ、やってくれたのか」
「お話は聞いておりましたよ。良かったですねぇ姿が戻って。ああでも、その仮面を長い間外してしまえば、また狼の姿に戻ってしまうだろうとの事でした。ですので、定期的に身につけて下さいね?」
 勇者の卵達との戦いを経てからこれまで、険しい表情を浮かべていた一匹の狼。
 人となった彼の表情を伺い知ることはできないが、きっと身につけた仮面同様に違いない。
「どうやら作戦は失敗しちまったが、俺達は失っただけじゃねぇみてぇだな。元々あいつも好き好んで人を傷つけてるわけじゃねぇし、これで終わったと思えば多少は意味があったってことかも知れねぇ」
「……」
「それで、ジャックはどこだ? ジョンの件も報告してやらねぇと」
「……彼はこう言っておりましたよ。『ありがとう、後は頼む』、とね?」
 ナソーグは、続けて幾つかの言葉をルガルに投げかけている。
 その言葉が何であるか、それが果たして真実なのか、それはナソーグ自身にしか分からない。
「では最後にこれを……ふぅ。確かに彼からの依頼は全て果たしましたからね。私は失礼させて頂きますよ?」
 全てを話し終え何かを渡した仮面は、まるで糸の切れた人形のように、動かなくなったルガルをおいて、その場を去って行った。
「……やる事やって『はいサヨナラ』かよ。しかも幽霊が死ぬなんざくだらなさすぎて笑えねぇ。……本当自分勝手な野郎だぜ。なぁ、ジョン?」
 まぁ、お前も同じだけどな。
 人間の手に抱かれたネジはそれに答えることはない。
 だが心なしか、握りしめる遺物は暖かさを増したような気がした。


●邪な純黒

 ルガルとの会話を終え、ナソーグはリーバメントから伸びる道を進む。
 周りを飾る植物や山々は、ただただこの道を渡る者を見送るのみ。
 だが、それすらも気に食わぬと言わんがごとく、彼は嫌悪感を露わにしている。
「全く、この世の中は穢らわしい失敗作ばかり……嘆かわしい」
「その割にはノリノリに演じていたようだけれどね? 道化であることを」
 突如、ナソーグの目の前に人間大の火柱が上がる。
 ナソーグはそれを仮面の中から冷ややかな視線で見つめていたが、払われた火の中から人影が現れると、途端にうやうやしくお辞儀をした。
「これはこれは……! 【ディストル・ムー】様。この度は大変お世話になりまして、ええ」
「やぁ人間。ボクがわざわざ貸してやった魔法陣と石柱を破壊されるとは、実に素晴しい結果だね。それとも、これも作戦の内だと、その小うるさい口は鳴いてくれるのかな?」
 現れた人物のシルエットは人間の成人男性とそう変わらない。
 だが、赤黒い瞳と石膏像かと間違えるほどの白い肌は、それが一般的なヒューマンとは異なる存在であることを示していた。
 礼服と赤いマントに身を包み、尊大な態度で語りかけるその様は仰々しいほど。
 それなりの地位であることをうかがい知るには充分過ぎた。
「その点に関しましては、ご不快な思いをさせましたこと、お詫び致します。しかしながらディストル様。誇り高き魔族『ムー一族』の中でも、特に聡明な貴方様であれば、きっとご満足頂けますことでしょう!」
 ナソーグが指を鳴らす。
 すると空から紫の魔力をまとった光がひとしずく、彼らの目の前に降り立った。
 そして光は空中で人型に収束し、まるでエリアル族のフェアリーと似た形をとる。
「ふーん。紫の光、闇を司る精霊かな?」
「はい。ささ、精霊様。私めが集めたものをこちらへ」
 精霊は無言で両手を前に差し出す。
 それに呼応するかがごとく、手の中へ湧き出る水のようにして球体が顕現した。
 球体の中を渦巻く魔力は、近くの物に重圧を感じさせるほどに強い力を放っている。
「こちらが、これまでの作戦にて収集した魔力となります。人々の中に流れる魔力の中でも、記憶に結び付け対象を生きたままに抽出することで、新鮮かつ魔力量の高い状態で収集することができました」
 流石のディストルも多少驚いたような表情を浮かべた。
 それもそのはず。これはジャックが何年という時間をかけて集め続けた、人々の記憶の結晶なのだから。
「へー。まぁそこそこの純度だとは思うけど。それで?」
「ディストル様もご存じのように、魔王様はかつての魔王事変の折、魔法の宝玉に封じられてしまいました」
「私の調べた情報によれば、宝玉の数は8つ。そしてそれを守護するのは各種族の代表。この世界において強い力を持つ七選の中でも、卓越した力を持っていた者の血族であることはほぼ間違いありません」
「今更ここで歴史の講義かい? 矮小な君達の何倍も生きているこのボクに?」
 彼のいうように、魔王がかつて宝玉に封じられたという逸話は、この世界に生きる者であれば、子供でも知ってるような話だ。
「商品説明は懇切丁寧に、が商売人の心情なものでして、はい」
「さて、この中でも守護者の行方を辿りづらいのが、カルマ、リバイバル、アークライトの血族です。ですが、その内リバイバルの守護者一族は既に消滅している事が分かっておりました」
「そうだよねぇ。だからいつぞやこのボクがわざわざキミの作戦に従ってやったはずだけど?」
 口調の端々に、人間を含めた全てを見下したような語気を隠す事無く、ディストルは口早に告げる。
 彼にとって、魔王と魔族以外は些末な存在であり、塵芥と大差ない認識でしかなかった。
 だがそのイライラを感じながらもなお、仮面はただ己のリズムで言葉を紡ぐ。
「そうですとも。リバイバルの守護者が既に消滅し、宝玉の行方が分からないのであれば、その守護者を呼び戻せばよい!」
「それができれば、魔王様の復活が近づくだけでなく、魔王様すら及ばなかった禁断の力を得ることができる!」
「私めはこの汚らしい世界を清めて頂けるのがムー一族の皆様しかいないと確信しております故、この情報をディストル様に……!」
「はぁ……うるさいうるさい! 忠誠を誓うのは人間の分際にしてはまだ賢いと思うけど、あんまり面倒だと殺すから? ……分かってるのかなぁ?」
「これはこれはご無礼を! 何卒お許し下さいませ……!」
 まっすぐに向けられる殺気は、常人ならば萎縮してしまうほどの鋭さだ。
 これはマズいことをした。ナソーグは深々と下げる頭に、謝辞と敬意を込める。
 彼に、そう見えるように。
「……まぁ、もういいや。で? 魔力集めのためにこのボクがわざわざ幽霊にしてやった人形は、ぶっ壊されたんでしょ? もう魔力は充分なわけ?」
「残念ながら魔力はまだ足りません。人形も壊されましたが、新しい人形は既に用意ができました。
 残りの魔力集めも、あっという間に達成されることでしょう!!」
「……あっそ。結果は気にくわないけどやることはやってる、ってわけだね。なら、もー少しだけ待っててあげるよ」
 ディストルが手を開くと、地面からまた彼の姿に合わせた火柱が立ちのぼる。
「でも待ちっぱなしも飽きてきたから。そろそろこのボクを楽しませてくれないと……ね? 宜しく、人間?」
「ええ! 全て、この私めにお任せを……」
 ナソーグは深々と頭を下げた。
 そして火柱は消え去り、再び周囲に静寂が訪れる。
 虫の声もしない静けさの中でただ1つ。僅かな嘲笑のみが木霊していた。


●hallo saint

「失礼致します」
 相変わらず重々しいノッカー音の後に、【テス・ルベラミエ】が学園長室へ足を踏み入れる。
 中に部屋の主はいなかったが、扉の鍵が開いているという事は、いつでも戻れるような距離にいるという事を示しているらしい。
 このやり方は不用心過ぎやしないかと注意した事もあったが、本人曰く『たまにしかかけ忘れないから大丈夫だ!』とのこと。
 相変わらず反省の色がないことに小さくため息をつくと、テスは来客用のソファーに腰掛け、主を待つ。
 部屋の中心部たるその場所からは、ぐるりと部屋を見渡す事ができた。
 壁に掛けられた絵画達は、視線の置き場に困るほどの広さの中では、丁度よい止まり木の役割を果たす。
 見た者を惹きつける名画ばかりであったが、刻まれているサインのほとんどが学園卒業生のもの。
 こういうところはテスも尊敬しているが、本人を目の前にすると中々そうした事を言う気になれないのが玉に瑕(きず)である。
 目線を移せば、棚には彼女にも解読できないような言語で書かれている物も含め、書物がびっしりと収められている。
 書の題名に目を通す中で『コルネたん餌付け日記』なる文字列があったようにも思うが、これは気のせいという事にしておこう。
 そうこうしている内に、部屋の奥からティーセットが飛んで来た。
 魔法によって制御されているであろうそれらは、テスの目の前でテキパキと2人分の用意を整えると、一部は鎮座し、一部はそそくさと部屋の奥へ帰っていく。
 食器具達が帰っていた先に何があるのか、その真実は魔法のカーテンで隠されていて分からない。
 そんな場所だ。奥には専用のバスルームがあるだの、夜な夜な怪しげな魔法薬を煮込む音がするだの、秘密を弄ぶ噂話には事欠かない。
 だが少なくとも、おもてなし道具達の待機場所になっていることは、間違いないようである。
 そんな事を考えながらベールの向こうへ気を取られている彼女であったが、主張するようにカタカタと揺れるティーカップで視線を引き戻される。
「あらあら。申し訳ございません。先に飲んでおけ、ということなのですね」
 小さく頂きますと呟きカップを持ち上げると、芳醇なレーズンの香りが、彼女の鼻孔を優しくなでた。
「……おいしい。レーズンティーですね、コルネ先生が喜びそうですわ」
『だろぉ~? コルネたんにバレずに作るのが大変なんだなぁ~これが!』
 テスの一人言に応えるようにして、カーテンの奥から【メメ・メメル】が現れた。
「あら、いらしたのですね学園長」
「いんや。今帰ってきたところだぞ! テスたんもお疲れ様なのだ~」
 そういって彼女は防寒用の上着を投げ捨てると、飛び込むようにしてテスに思いっきり抱きついた。
「にゅふふ~。やっぱり人肌は最高だのう。えぇ? スリスリ~」
「……学園長、胸元で喋るのは止めて下さい。その、くすぐったい……ですわ」
 問題はそこではない気がするのだが、メメルは名残惜しそうに離れると、テスの向かい側に座り、紅茶を一気飲みする。
「ぷはぁー! う~ん、仕事終わりの酒は美味いなぁ!」
「学園長、お疲れのところ申し訳ないのですが……」
「ん、報告だな。それで、どうだった?」

 テスは今回のリバーメントで起きた事件の顛末を伝える。
 ルガルが逃走したが、リーバメントの町を守り切ったこと。
 ジョンを倒し魔法陣の発動をくいとめたこと。
 ジャックが消滅し、ランタンが破壊されたこと。

「うむ。お疲れ様だったな、テスたん」
「はい。未だ記憶が戻らない人々もいるため、完全解決とは言えませんが、これまでの事例から記憶を取り戻す事も可能だと思われます。ハロウィンのお祭りも無事に終了し、自体は一旦の解決を見たと判断できるでしょう」
 こうした結末を迎えられたのは、ひとえに学園生達の活躍のおかげであろう。
 1つ1つの成果は小さいかも知れないが、彼らに助けられた人々にとっては、学園生達こそが『ゆうしゃ』であったに違いない。
「そしてこれは、ある学園生が持ち帰ったジャックの鎌です。調べてみれば何か分かるかもしれないと思い、借りてきました」
 そして、テスは持ち込んでいた大鎌をメメルに差し出す。
「それでは、本日は失礼致します。学園長もお疲れかと思います。ご自愛くださいね」
 その後若干の歓談を挟み、テスは学園長室を後にした。
 彼女の去って行く姿を見ながら、メメルは思案にふける事となる。
(テスたんの竜の力を解放しなきゃならん相手……そろそろ魔族の動きも活発化してきたということだよなぁ)
 楽しく元気に伸びやかに!
 明るい学園生活を送る生徒1人1人を思い起こしながら、メメルは願っていた。
 皆が楽しく暮らせる世界であってほしいと。
「……そのためには、やることをやらないとな!」
 メメルは、遺された鎌を握りしめると、部屋の奥へと消えていくのであった。


●彷徨う黄昏の宵夢

 その夜、リーバメントの事件に関わった生徒達は夢を見た。
 それは目が覚めてしまえば忘れてしまうほどに儚い、淡く色づいた宵の夢。
 ジャックの遺物を持ちかえった生徒が、鎌を返された際に言われたらしいが、それは鎌を調べていたメメルの実験によるものであったとのことである。

 その夢がどんな物であったかは、誰も思い出すことはできない。
 だがその夢を見たという確信めいたものだけは、何故か誰もが実感していた。
 心に訴えかけられたような、何かの存在だけは。


『ただいま、皆』
 簡素な木の柵に囲まれた、こぢんまりとした村の入口。
 大鎌を持ち、少し険しい表情を浮かべた青年がそう声を発した。
『おおジャックや。おかえり』
『ジャック兄ちゃんだぁ~!』
『今回は結構早かったな、お疲れ! ほれ、お前の好きなパンプキンビールだ!』
『ありがとう。おっと、ビールは今は遠慮させてもらう』
 老若男女、様々な人々が彼に声をかける。
 彼の身の安全を喜ぶしわがれた手のひら、彼の冒険譚を心待ちにする無垢な瞳、労いにと渡される酒や食べ物に込められた感謝。
 それらに迎え入れられながら、彼は村長の家へと急ぐ。
 道中の豊かな緑と作物達も、そんな光景に華を添えるように、美しい生命を謳歌していた。
『村長、戻りました』
『む? ジャックか! 今回もご苦労であったな。ほれ、ジャックに茶を入れてやるのじゃ』
 老人に促された若い村娘は、奥の自室を飛び出すとパタパタと台所へと走っていく。
 それを微笑ましく見つけながら、ジャックは老人へ大きなゴールド袋を手渡した。
『これ、今日の依頼解決報酬です』
『いつもすまんのぅ。今日は確かケンタウロスの討伐依頼じゃったか』
『ええ。少し手こずりましたが、無事に成し遂げました』
 そこに、お茶を入れた娘が戻ってきた。
『今回も無事に帰ってきてくれて良かった~。ジャック君、いっつも1人で戦うから心配なんだもん』
『1人が好きなわけじゃないが、村の事を考えると受ける依頼のレベルは高くなる。そうなると、やっぱり迷惑はかけられないからな』
『さすが、学園卒業の魔王様は違うのね』
『茶化すな』
『ふふっ、ごめんなさい』
 ジャックと年端が近いのためなのか、村娘と話す時は彼も普段より穏やかな表情を浮かべていた。
『お楽しみのところ悪いがのう、ワシはジャックと話したい事がある。悪いが席を外してくれるか?』
『はーい。それじゃ、話が終わったら呼んでね。片付けに来るから』
 村娘が部屋を出ると、老人は真剣な表情で彼に向き合った。
『さてジャックや。お主もうちの娘も良い年頃、そろそろワシも孫の顔を見たいところなんじゃが……』
『村長。わざわざそんな話をするために彼女を?』
『ふうむ。やはりお主は何でもお見通しじゃな』
 まんざら冗談でもないんじゃが。
 その言葉は胸にしまい込み、村長は本題へと話を移していった。
『今もそうじゃが、学園より遠方の地域は、中々警護が及ばないところがあるな』
『ええ。だから俺は学園に残らず、ここに戻る事に決めたんです。きっとここが俺の守るべき場所ですから』
『うむ。その言葉、村長としても礼を述べたい。
 だが、じゃからこそお主のような腕の立つ者には、他の地域から魔物の討伐依頼が来ることも多いのう』
『そうですね』
 何か言い辛そうにしている様子に気付いたのか、ジャックは彼に声をかけた。
『言ってください。俺は、俺自身が決めた使命のために、己の全てを捧げてみせます』
 彼の決意を帯びた目に、老人は決意をしたのか、一通の手紙を差し出した。
『これは……』
『この周辺地域の住民達が出してきた嘆願書じゃ。
 どうやら近頃、魔物ではない生物による襲撃を受け、いくつかの村や町が壊滅されているらしいのじゃ』
『俺じゃなくても、多かれ少なかれその地域を守る傭兵や自警団がいるはず。
 経験もあるであろう彼らが対応できない原生生物や魔物ではない何か。だとすれば可能性は1つ』
『そうじゃ。なにぶん情報が少なくてな。ハッキリとした事は分からんが恐らく……』
 魔族。
 かつて世界を混沌へ陥れた魔王の眷属。
『分かりました。俺がいきます』
『すまんな、ジャックよ』

 それからしばらくして、村長室の扉が開く。
『あっ、お話終わったの? それだったら、久しぶりに一緒にカボチャの収穫やらない? そろそろハロウィンも近いし!』
『すまない。別な依頼があってすぐに出発しないと」
『ええ、そうなの? もうお父さん、ジャック君に無理させすぎ』
『ワシも本当は休んでほしいところなんじゃがな。その分帰ってきたら沢山もてなしてやるとしよう』
『そういうことだ』
『はいはい、分かりましたよ。じゃあ、早く終わらせて帰ってきてよね。待ってるから』
『ああ、約束だ』

 ねぇ、もう終わり?

 村での優しい時間の記憶に沈みかけていたその時。
 耳を蹂躙する卑しい声で、意識が現実へと引き戻された。
「はぁ、はぁ、はぁ……俺はまだ、戦える……」
「へぇ~? 随分なめた口を聞いてくれるんだね? 本当なら君はこのボクと話す権利すらないんだよ? それに付き合ってあげてるわけ。だから、正直いうほどの実力を見せてくれないとイライラするんだよね」
 ほら、やってみなよ?
 そう言わんがばかりに目の前の男は両手を広げて見せた。
「村や町を滅ぼし、そこへ助けにやってきた者を更になぶり殺す……正に魔の所業だな」
 魔王。それは強大な力で世界を滅ぼそうとした悪しき者が冠する、罪の称号。
 だが、力が悪なのではないと。
 想いの向かう先が正しければ。そう学んできた。
 魔王とは、力を持つ者が背負うべき、弱き者を守るための十字架であるのだと。
 そう信じた俺の信念が正しいのであれば。
「俺は……負けない。負けられないっ……!」
 戦いにルールなどはない。
 だが、目の前の敵が油断している今こそ、学園で学んだ全てを発揮する好機だ。
 例えこの身が滅びようとも。
 守るべき者への想いが、彼の力を高めていく……。
「『葬炎:斬痕の繭』(フューネラル・へルコフィン)!」
 燃え上がる炎の魔力が、彼の大鎌に纏わるようにして浮かび上がる。
「はああああ!」
 勢いよく振り払うことで、鎌の斬撃が炎の斬撃波となって目の前の邪悪へと迫った。
「ふん」
 それを受け止めようとした手を伸ばした男であったが、彼の目の前で炎は4つに分裂し、前後左右の地面へと突き刺さる。
「おや?」
 次の瞬間、地面に突き刺さった炎のそれぞれから、無数の斬撃が放たれ、男の身体を切り裂き、燃え上がらせていく!
「ぐっ……!」
 確かに敵は怯んだ。それと同時に、ジャックは再び鎌に炎を宿すと、勢いよく走り込んでいた。
「……喰らえ!」
 全力を込めた一閃。
 炎に包まれた男の影を、焔の刃が2つに裂いた。
 そして想いの込められた鎌の先端は、行き場を失い地面に突き刺さると、その場に爆発を引き起こす。
「がはっ!」
 限界を超えている状態だったこともあり、ジャックは自身の力に吹き飛ばされてしまう。
 長い間共に戦ってきた鎌は彼の手から離れ、無様に地面に這いつくばった姿となる。
 だが、それで大切な物を守れるのであれば、ジャックに後悔はない。
 なおも燃えさかる炎の柱に、ジャックは僅かに口を震わせた。
「……やったか」

 彼は目を閉じる。
 僅かな休息を得るために。

「……で。もう終わり?」

 彼は目を開ける。
 一抹の希望が崩れ去る声に。

「今までで一番マシだったけど、やっぱりぬるいよね」
 あれだけ切り裂いたはずの肌は、傷を塞ぎ、人ならざるを示す真っ白へと染め上げられていく。
 その細腕で首根っこを掴むと、軽々とジャックの身体を持ち上げた。
「……くっ。確かに傷を負わせたはず……!」
「そうだねぇ。人間の分際にしては、結構痛かったよ。でも、生憎『キズ』ってやつが嫌いでねぇ?」
「このボクを傷つけた馬鹿な存在は、その報いを受けなきゃいけないんだよ。絶対ね」
 そして、まるでジャックの与えた傷の分だけ、彼の魔力が高まったような気がした。
「炎を使うならこれくらいやらないとさぁ?」
 男はもう一方の手に魔力を込め何やら呪文のような物を詠唱すると、巨大な火炎弾が表出する。
「ほら見える? あれ、君の村ね」
 目を向ける。
 その視線の行方を示すかのように、解き放たれた炎の光が滅びのアーチを結んでいく。
「や、やめろ……やめろおおお!!!!」
「はい、おしまい」

 遠くからもはっきりと見える程巨大な火柱が立ちのぼる。
 聞こえないはずの声が、ジャックの頭の中に響き渡る。

 やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ!

 だが、彼の願いを打ち消すように。
 夕焼けよりも紅く黄昏よりも暗い炎は、村を包み込んでいった。

「へぇ。いい顔するんだねぇ? 今までで一番君にぴったりの顔だ」
 男の声はジャックには届かない。
 守りたかった者を守れなかった後悔が。
 目の前の絶望を見てもなお、何としてでも守りたいと思い続ける心だけが。
 彼の中に渦巻いていた。
「後は消し炭にしない程度に殺してやれば人形になるんだっけ? 手を抜くのは正直面倒くさいけど、ま、このボクに殺して貰える事を誇りに思えば良いよ。じゃあね? 人間」

 彼の中に積もりゆく想いは、溢れるほどに大きくなっている。
 こいつを倒さなければならない。
 1秒でも早く助けにいかなければならない。
 他の誰でもない、この俺が!
 なんとしてでも!

 胸を突き刺す手刀の痛みはもう感じない。
 途切れそうになる意識の中で、彼は最後まで、この想いを感じ続けていた。



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