;
美味しいご飯は、魔物退治の後で。



ストーリー Story

 穏やかな陽気も薄れ、湿り気を帯びた暑さが風に入り混じる、夏の最中。
 こんなときこそ、乾いた喉を潤してくれるみずみずしい夏野菜……キュウリやトマト、トウモロコシなどの恩恵に預かりたいものだと思いながら、青年は足を進める。
(といっても、大半は『レゼント』に出荷するから、手元に残るのは少しだけどさ)
 大陸全土から『ゆうしゃの卵』が集結する特別な場所、『フトゥールム・スクエア』。
 その学び舎の中に広がっている居住区域『レゼント』は、集まる人の数だけ消費が激しく、いわば大陸有数の商いの場でもある。
 ゆえに、彼のように農業に携わる者にとっては、大きすぎるほどの商売相手であり、
(俺達みたいな小さな村にとっちゃ、収穫できればできるほど利益になる場所ってのはありがたいもんだよな)
 そんなことを思いながら、青年は村から少し離れた自分の畑へと向かう。
 春夏秋冬、狭いながらも各季節に対応したものを植えている彼の野菜畑は、全ての季節が書き入れ時であり、彼の家族だけでなく村にとっても重要な収入源だ。
 だからこそ、目的の場所にたどり着いた青年は、目の前の光景に声を張り上げた。
「な……っ! おい、何してやがる……っ!?」
「ブルル……ッ!!」
 胸の奥からこみ上げる、びりびりとした怒号に応えたのは、イノシシ型モンスター達の鳴き声だった。
 足元には食い荒らされてしまった、収穫予定だったものの残骸が転がっている。どうやら美味しい部分だけを齧っては、別のものに手を出しているらしい。
 穴だらけの葉っぱが無残に散らばり、踏みつけられている様子に青年が肩を震わせた。
(種の時から、毎日様子を見に来ていたのに……)
 昨日までは青々とした葉を広げていて、立派に育った姿に少し誇らしくも思っていたのに。
 この野菜たちが、未来の『ゆうしゃ』の口に運ばれるかもなんて。そんな夢だって。
「許さねえ! あっちいけっ! この……っ!」
 感情の高ぶるままに、青年は声を荒げ、肩にかけていた手ぬぐいを振り回す。
 それを敵からの攻撃だとみなした魔物たち……ワイルドボアの群れは、まるまると太った体を大きく揺らしてから、青年へ飛び掛かった。



「こんにちは。これで全員揃いましたね」
 あなたが最後の一人です。そんな言葉を聞きながら扉を閉めた『きみ』は、室内に集まる者たちの顔をぐるりと見回した。
 時刻は昼食を済ませたばかりの、学園の時間割でいうならお昼休みの時。
 とある課題に参加表明を示していた『きみ』は、指定された部屋へと足を運んだ。
 待っていたのは同じく課題に参加するメンバーと、課題の担当をしている男性教諭だ。
 長い金色の髪を肩のあたりで軽く結わえ、ハーフリムタイプ眼鏡の向こう側で赤の瞳を緩めた男性教諭は、穏やかな笑みのまま、
「では説明します。まずは自己紹介を、私の名前は【シトリ・イエライ】。見て分かり辛いかもしれませんが、泡麗族です。担当は賢者・導師コース、普段は上級魔法に関する授業を受け持っております」
 告げながら、シトリと名乗った男がテーブルの上に地図を広げる。
 ゆうしゃ達の視線が集まる中、白い指先が指示した場所は、
「私たちの住まう『レゼント』から少しばかり離れた場所……この辺りに、地図には載っていないのですが、小さな村があるのです」
 皆さん、野菜はお好きですか? と続いた男性教諭の質問に、集まった面々は思い思いの返答を述べる。
 その言葉を聞いたシトリはゆっくりと頷いてから、それでは、と言葉を繋いだ。
「地図にすら載らないこの村から、たくさんの農作物がこの『レゼント』に出荷されているのはご存知ですか? 私たちが使う食堂も、その恩恵に預かっています」
 彼が言うに、小さい村ながらも住民全員が農業に特化した結果、一人ひとりの収穫量は些細なものでも、毎年安定した量の野菜を届けられるようになったらしい。
 しかも、春夏秋冬、様々な種類の野菜にも対応しているのだから、その恩恵は計り知れない。
 ……だというのに。
「実は、最近この村の近くにワイルドボアの群れが巣を作ってしまったようで。どうやらこの村の農作物を食べ荒らしているようなのです」
 ワイルドボアはあまり森からでてこないはずなのですが、不思議なことですよね。
 静かに続くシトリの言葉を聞いた面々は、思わず地図から顔を上げる。
 ならばここは自分たちが、そんな意志を秘めた瞳もあったのかもしれない。
 集う視線に微笑み返したシトリは、ですので、と前置いてから。
「今回の皆さんの課題は、集まったワイルドボア達を撃退し、この村の窮地を救うことです。といっても、彼らは自身に不利な状況と分かれば逃げ始める習性がありますから、群れを半数ほど減らせば問題ないでしょう」
 告げながら、シトリは新たにもう一枚の紙を机上に乗せた。
 視線を寄せれば、ふくふくと丸いイノシシの絵の下に、数行ほどの文字が記されている。
 どうやらあらかじめ、シトリがまとめておいたモンスターの情報のようだ。
「ワイルドボアは土属性。この学園で学ぶ皆さんならば、そこまで強い相手ではありません。通常のイノシシよりも小さく食用にも使われており、素早さに欠けています」
 主な攻撃方法は体当たりでしょうか。読み上げる形で情報の共有を終えたシトリは、熱心に耳を傾けていた『きみ』に笑いかける。
「ですが、皆さんはまだ『ゆうしゃ』の卵ですから、今回は私も同行致します。手伝ってほしいことがあったら言ってくださいね」
 課題という形をした実践授業ともなれば、机の上で学んだ知識だけでは対応しきれないこともあるのだろう。
 だからこそ、自分たちには入念な準備とイメージトレーニングが必要になり、事前にこうして集まる時間を設けられたのだ。

 ならば、さあ、ここからは知恵を集める時間だ。
 どうしたら自分たちは、見えない場所から食料供給という形でずっと助けてくれている村人たちに恩を返すことができるのか。
「しばらくはここで作戦を練り、動きが決まり次第、出発しましょうか。あぁ、退治したワイルドボアを持ち帰ることは衛生上できませんが、村の皆さまに食料として差し上げたり、彼らにバーベキューを振る舞うことなどはできるかもしれません」
 私も同行しますから、門限の件はあまり気にされなくても大丈夫ですよ。
 そう告げた男性教諭は、胸ポケットから古びた懐中時計を取り出した。

 カチ、カチ、カチリ。誰もが思考を巡らし無言になる間も、時計の針は進んでいく。
 だから『きみ』は口を開いた。自分の中にあるイメージを他のメンバーと擦り合わせ、自分に何ができるのかを模索するために。


エピソード情報 Infomation
タイプ ショート 相談期間 5日 出発日 2019-08-10

難易度 簡単 報酬 少し 完成予定 2019-08-20

登場人物 4/8 Characters
《勇者のライセンサー》フィリン・スタンテッド
 ヒューマン Lv33 / 勇者・英雄 Rank 1
「フィリン・スタンテッド、よ……よろしく」 「こういう時、どうすれば……どうすれば、勇者らしい?」 (※追い詰められた時、焦った時) 「黙って言うこと聞け! 殴られたいの!?」 「ぶっ殺してやる! この(お見せできない下劣下品な罵詈雑言)が!!」   ###    代々勇者を輩出してきた貴族スタンテッド家(辺境伯)の令嬢。  一族の歴史と誇りを胸に、自らもまた英雄を目指してフトゥールム・スクエアへと入学する。  愛と平和のために戦う事を支えとする正義感に溢れた性格で、『勇者らしく人々のために行動する』ことを大事にする。  一方で追い詰められると衝動的に罵声や暴力に訴えてしまう未熟な面もあり、自己嫌悪に捕らわれる事も多い。 『彷徨う黄昏に宵夢を』事件で対峙したルガルとの対話から思うところあったのか、頑なな勇者への拘りは少し角がとれたようだ。 ※2022年8月追記 全校集会『魔王の復活』後、昨年クリスマスに結ばれたルガルとの子供を身籠っていた事が判明 (参考シナリオ) 恋はみずいろ L’amour est bleu https://frontierf.com/5th/episode/episode_top.cgi?act=details&epi_seq=649 ◆口調補足 三人称:〇〇さん(敬語では〇〇様) 口調:~かな、~ね? その他:キレた時は『私、アンタ、(名前で呼び捨て)、(言い捨て)』 ◆Twitter Sirius_B_souku
《新入生》バルド・ダールベルク
 カルマ Lv7 / 黒幕・暗躍 Rank 1
とある研究所の実験体として作られたカルマ。 様々な実験と教育を受けていたが、ある日突然研究所が壊滅し、身寄りがなくなり困っていたところを別の研究所の所長に保護され、助手として働いていた事がある。 学園に入学したのは、学園での生活に興味があったのと、もっと色々な知識と技能を身につけて、恩を返したいと思ったから。 保護者のことは「ばあちゃん」と呼び、慕っている。 ・性格 陽気で少々荒っぽい。 元は淡々とした性格だったが、保護してくれた人物が豪快で荒っぽかった為、その影響を受けて現在の性格になった。 ・日課 本を読む事。 ジャンルは、小説、詩、魔導書、漫画、絵本など、日によって様々。 時間があれば黙々と読んでいる。 ・身体構造 かなりヒューマン寄りに作られており、味覚なども感じるように調整されている。 ・魔法陣 左手の甲と腰にある。 ・服装・装具類 ジャケットと長ズボンを着用していることが多い。 両手は黒革の指抜きグローブで手の甲の魔法陣を隠している。 縁にアンティークゴールドのレリーフが施されたゴーグルを常に身につけて、大事にしている。
《甲冑マラソン覇者》ビアンデ・ムート
 ヒューマン Lv20 / 勇者・英雄 Rank 1
●身長 148センチ ●体重 50キロ ●頭 髪型はボブカット。瞳は垂れ目で気弱な印象 顔立ちは少し丸みを帯びている ●体型 胸はCカップ 腰も程よくくびれており女性的なラインが出ている ●口調 です、ます調。基本的に他人であれば年齢関係なく敬語 ●性格 印象に違わず大人しく、前に出る事が苦手 臆病でもあるため、大概の事には真っ先に驚く 誰かと争う事を嫌い、大抵の場合は自分から引き下がったり譲歩したり、とにかく波風を立てないように立ち振舞う 誰にでも優しく接したり気を遣ったり、自分より他者を立てる事になんの躊躇いも見せない 反面、自分の夢や目標のために必要な事など絶対に譲れない事があれば一歩も引かずに立ち向かう 特に自分の後ろに守るべき人がいる場合は自分を犠牲にしてでも守る事になんの躊躇いも見せない その自己犠牲の精神は人助けを生業とする者にとっては尊いものではあるが、一瞬で自分を破滅させる程の狂気も孕んでいる ●服装 肌を多く晒す服はあまり着たがらないため、普段着は長袖やロングスカートである事が多い しかし戦闘などがある依頼をする際は動きやすさを考えて布面積が少ない服を選ぶ傾向にある それでも下着を見せない事にはかなり気を使っており、外で活動する際は確実にスパッツは着用している ●セリフ 「私の力が皆のために……そう思ってるけどやっぱり怖いですよぉ~!」 「ここからは、一歩も、下がりませんから!」
《ゆうがく2年生》リベール・ド・ヴァンセ
 ヒューマン Lv11 / 勇者・英雄 Rank 1
リベール・ド・ヴァンセ。 聞き取り辛いなら名札か手帳を読みなさい。 ……わざわざ言うべきことはないの。

解説 Explan

・成功条件
 ワイルドボアの群れ(6匹)の撃退。
 半分(3匹)を倒せば 彼らは散り散りになって逃げていくので
 必ずしも全てを倒す必要はありません。

・場所/時刻
 昼~夕。村から少し離れた場所にある共同農園。
 農園を取り囲むように草原が広がっています。

・「ワイルドボア」の初期位置
 皆さんが駆け付けた時、ワイルドボア達は共同農園の農作物を食べています。

・「ワイルドボア」の生態
 土属性のイノシシ型モンスター。格1。
 サイズは通常の大型犬程度。

・「ワイルドボア」の攻撃方法
『体あたり』:近接射程
 基本攻撃。対象に【吹き飛ばし】の効果が発生する可能性も。

『大暴れ』:全体射程
 特殊攻撃。数が半数よりも下回った場合、発動する可能性がある。
 攻撃を受けた場合、【気絶】の可能性があります。

・同行NPC:ローレライ(泡麗族)の導師(教員)/男【シトリ・イエライ】
 皆さんに危険がないよう同行しますが、
 ①皆さんに危険が及びそうな場合
 ②このままでは失敗しそうな場合
  以外の条件では、自発的に動くことはありません。
  手伝いをお願いされた場合、可能な範囲でしたらお願いに沿うよう行動致しますが、
  彼が先導して問題を解決することはまずありません。 

・戦闘後
 プランにて希望が多いようでしたら、農園の片隅や村の広場をお借りして、バーベキューをすることも可能です。
 ですが、猪肉を持ち帰ることはできませんし、冒険後にアイテムとして得ることもありません。
 お土産は仲間との思い出です。

 世界設定無視や物理法則的に不可能など、様々な理由でどうしても無理な場合を除き、
 成否判定はダイスで行います。


作者コメント Comment
 エピソードの閲覧をありがとうございます、GMの白兎(シロ・ウサギ)と申します。
 初めてのエピソードとなりますが、以降宜しくお願いいたします。

 今回は授業ではなく、課題という形のエピソードとなっております。
 どうやら収穫間近の夏野菜をモンスターがもぐもぐ食べ荒らしているようですね。
 美味しい野菜はこの村の貴重な収入源、是非ゆうしゃの皆さんで退治して頂ければと思います。

 こちらの文章としましてはプロローグやGMページのサンプルを参考にして頂けると幸いです。
 それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。


個人成績表 Report
フィリン・スタンテッド 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:132 = 44全体 + 88個別
獲得報酬:3600 = 1200全体 + 2400個別
獲得友情:5
獲得努力:5
獲得希望:5

獲得単位:0
獲得称号:---
●作戦と分担
ワイルドボアの撃退と原因究明、再発防止まで

●推測・事前準備
ワイルドボアが巣を作り出した頃合いに何か変化はなかったか…特に森を重点的に確認し原因を『推測』
問題が解決できそうなら撃退後に対策を。

●行動
接近時は奇襲を受けないよう、ワイルドボアの数に注意し『忍び歩き』で接近。
ビアンデと2枚壁で、予想より少ない場合は側面や広報を警戒し、奇襲には声を上げて注意喚起。

戦闘時はまず『勇者原則』で先手を試みつつ、『クリスタルブレイブ』で受け流しながら『通常反撃』を基本に。
ワイルドボアは逃げるなら深追いせず、万が一『大暴れ』が来る場合、必ず『衝撃享受』でガードを。

●撃破後
解体のお手伝い。料理はお任せで

バルド・ダールベルク 個人成績:

獲得経験:52 = 44全体 + 8個別
獲得報酬:1440 = 1200全体 + 240個別
獲得友情:3
獲得努力:3
獲得希望:3

獲得単位:0
獲得称号:---
●目的
ワイルドボアの群れを撃退できるよう頑張る!

●行動
ワイルド・ボア達に気付かれないよう隠れ身で潜んで様子を確認
農作物を食べるのに夢中でこちらに気付いてないなら
隠密でこっそり近づいて奇襲攻撃を仕掛ける

更に戦いながら、ワイルド・ボアの動き方を視覚強化でよく観察し
何か構えるような仕草などに気付き次第、仲間とシトリ先生に危険を伝える

ワイルド・ボアの体当たりは全力防御で衝撃を軽減して
吹っ飛ばされないようにできないかやってみる

ワイルド・ボアが半数になって逃げた場合
深追いせず、刺激しないようにする

万が一大暴れをされたら、緊急回避で避けるのを試みる

>戦闘後
倒したボアを大切に運んで、バーベキューを希望


ビアンデ・ムート 個人成績:

獲得経験:66 = 44全体 + 22個別
獲得報酬:1800 = 1200全体 + 600個別
獲得友情:5
獲得努力:5
獲得希望:5

獲得単位:0
獲得称号:---
*目的
ワイルドボアを撃退するために、盾役として皆さんを守ります

*行動
半数を倒せば逃げ出すとの事ですから、それまで攻撃担当の方々を守りきるのが私の役目です

畑をこれ以上荒らされないためにも、ワイルドボアを【挑発】します
そうして私を敵と思わせたら【防護魔力】を発動させた『リター』を構えて【全力防御】と【衝撃享受】で攻撃に備えます

防御中は横や後ろからの攻撃を【危険察知Ⅰ】で警戒。近づかれる前に移動します
吹き飛ばしを受けてしまってもなるべく早く体勢を立て直して、ボアが他の方々を標的にする前に再び【挑発】します
それでも他の方々を攻撃するのなら盾をぶつけたり石を投げたりしてなんとか私を攻撃するよう仕向けます

リベール・ド・ヴァンセ 個人成績:

獲得経験:52 = 44全体 + 8個別
獲得報酬:1440 = 1200全体 + 240個別
獲得友情:3
獲得努力:3
獲得希望:3

獲得単位:0
獲得称号:---
食堂の卸元の救援?至極真っ当ね。
まず距離があるうちにプチラドで先制攻撃。敵が反撃の段に入ったら立体機動で回避運動。
避けるのが厳しそうなら、盾役になってくれるムートの世話になる(後ろに隠れる)必要もあるかしら。凌いだ後はお礼のリーラブをかけてあげましょう。
敵の攻撃を凌いだら、近づいてきたのをいいことに勇者斬りで狩りにかかる。クリスタルブレイブの効果を使用。反撃と逃走をさせにくくするために、可能暗限り横から攻める。
敵が逃げに入ったら近接でない間合いを保ってプチラドで追撃。害獣を仕留める数は多いに越したことはないもの。

リザルト Result

●発端は、森に
「これは……、確かに様子が変ね」
 アメジスト色の両目を細めて、【リベール・ド・ヴァンセ】が呟く。
 パキンと。彼女の足元で、枯れ枝の折れる音がした。
「静かすぎるわ。これほど豊かな緑があれば、小鳥の歌声の1つや2つ、聞こえそうなものなのに」
 ゆっくりと見上げる動作に、鈍い光を秘めた黄色の髪が揺れる。視線の先では、繁茂する木々が空へと枝葉を広げていた。
 鬱蒼(うっそう)という表現が似合う、暗き森。
 彼女たちがまず足を運んだのは、目的地である共同農園から少し離れた、その場所であった。

 きっかけは少し前。道中を歩いている間の、【フィリン・スタンテッド】による問いかけだ。
「シトリ先生。そもそも、ワイルドボアが農園の近くに巣を作ったこと事態、おかしなことなんですよね」
 同行者である【シトリ・イエライ】に問いかけたフィリンは、こう思っていた。
 もしかしたらこの事件には裏があり、そちらを解決しなければ、また同じことが繰り返されるのではないかと。
「えぇ、彼等はあまり森からでてこないはずの魔物、このようなことは珍しいのです」
「でしたら、農園の近くにある森……元の住処と考えられる場所で、何かが起きているのかもしれません。そちらに寄ってから農園に向かっても良いでしょうか」
「構いませんが、村の人々から依頼された内容はワイルドボアの撃退です。富んでいるとは言えない彼らに、それ以上の謝礼は望めませんよ?」
 彼女の思惑にシトリは気付いていたのだろう。言外に、依頼要求以上の立ち回りであり、悪い言葉で言えば『骨折り損』であると意見を添える。
 しかしフィリンは頷いた。迷わずに。
「わかっています。ですが、私……フィリンは、報酬のために此処にいるのではありません。一つでも多くの苦難を退け、弱き人を助けるためです」

(――うん。『フィリン』ならきっと、そう言った)
 だからこれで良かったんだ。そう判じた青い瞳の少女が、リベールの言葉を繋ぐ。
「私もそう思う。みんなが良ければもう少し調べたいんだけど、いいかな」
「賛成です。今回の事件、私も他人事のようには思えなくて……」
 実は私が住んでいたところでも、獣の被害があったんです。
 静かな声で続けた【ビアンデ・ム―ト】が、辺りを探る。
 闇雲に探してはあまり成果もないだろうと、自分の中にある生物学の知識を用い、アタリをつけながら歩いた彼女が。
(あっ、あそこに……)
 見つけた。きらりと光る何かを黒の瞳に収めたビアンデは、けれどそれがある場所の高さに眉尻を下げる。
 これでは届かない。肩を落とした彼女の上に、影が差した。
「これであってる? お手柄だね、ビアンデ」
 軽い口調と共に、【バルド・ダールベルク】が手を伸ばす。その指が捕えたのは、銀色の毛束だった。
 指先から感じられる柔らかな手触りに記憶はなかったが、思い当たるものもある。
「もしかして、クマ? 前に何かで読んだんだけど、クマって自分の縄張りを主張する時、背中とかを木に擦りつけるんだって」
「『背擦り』ですね。二本足で立ち上がるようにして行うため、体の大きいものほど高い場所に痕跡を残すという」
 言葉を引き継ぐように、シトリが補足する。思わずバルドが差し出した手がかりを、摘まみ上げた。
「ですが、ただの熊では、魔物であるワイルドボアの上に立つことは難しい。これは熊の特徴を有した魔物の類なのかもしれません」
 手にしたものから正確な情報を直ちに割り出すのは困難だ。ゆえに曖昧な表現を使ったシトリではあるが、彼は穏やかに微笑んで、
「ありがとうございます、皆さん。これだけ広い森です、私一人ではこれほど早く見つけられなかったでしょう。こちらは私が責任をもって調査致します」
 この銀色の痕跡こそが。いずれ相見える脅威への、きざはしとなる。

●勝利よ、我に
(……ってことは。ワイルドボア達も生きるのに必死で、ここに辿り着いたんだろうなぁ)
 ゴーグルの黒硝子の向こう側で、金の両目が憂いに伏せる。
 森から農園に移ったバルド達は、夏野菜を夢中で食べている標的をすぐに発見できた。
 数にして6、聞いていた通りだと息をついたフィリンが、腰に下げていた剣を抜く。
「これなら奇襲される可能性もなさそうね」
「むしろこっちから行く? こっそり近づいてさ。それなら俺、得意だよ」
 提案をしつつ、バルドも双剣を構える。その瞳に先程までの翳(かげ)りはない。
 この状況をそのままにしておいたら、村の人たちが辛い思いを募らせるばかりになると、わかっているからだ。
(だったら、放っておけないもんな)
 納得を得れば、あとは動くだけ。いつでも飛び出せるよう姿勢を低くしかけたバルドに、リベールが声を添える。
「奇襲なら、遠くから魔法を使うのもアリかもしれないわ。距離がある分、こちらが有利でしょう?」
「お、それもいいかも」
「あの……もし宜しければ、先陣は私にやらせて頂けませんか……?」
 控えめな声が追加され、皆の視線が彼女へと向かう。
 声色通りにおずおずとした様子のビアンデだったが、それでも彼女は言葉を続けた。
「皆さんを護る盾で在りたいんです。そのためには、魔物の意識を引き付けておくのが良いと思うから」
 夢がある。譲れないものも。ゆえに今度ははっきりと言ったビアンデに、だったら、とフィリンが言葉を繋いだ。
「私もビアンデに加勢するわ。それなら2枚壁だし、運良く半分ずつに分かれてくれたら、吹き飛ばされる可能性も減るでしょ?」
「良いわね、それ。なら忍び足で近づいて、ビアンデとフィリンがまずボアの注意を引き……」
「俺とリベールで応戦だな。おっし、気合入ってきた!」
 言葉通りの活発さで、バルドが片足を下げる。踏みしめた土が、体を安定させた。
 決戦の時が来たのだ。



 結論から言えば、彼等はとても優位な状況で、戦闘を開始できた。
 まずはワイルドボア達に気付かれぬよう近寄り、多少の距離を残したところでビアンデが挑発。
 わざとらしく土を踏み、張り上げた声――その声は少し震えていたが――に反応を示したワイルドボア達を、さらにフィリンが威嚇した。
「スタンテッド家の名にかけて、使命を遂行する!」
 彼女にとっては言い慣れた口上でも、その堂々さは真なる勇者もかくや。
 であれば、魔物たちが敵意を向けぬはずもない。
「ブルル……ッ!!」
 ドン、と衝撃が来る。ビアンデの持つ大盾に、フィリンの持つ宝飾武具『クリスタルブレイブ』に、それぞれが体当たりを仕掛けた。
 狙い通りに3頭ずつ分かれたのは、運の良さによるものだろう。
 勢いに飛ばされないよう、ビアンデが両脚に力を籠める。ほんの数歩前には、鋭い目つきで自分を見るワイルドボア達がいた。
 赤い両目に、尖った牙。半開きの口からは涎が垂れ、荒い息遣いもすぐそこにある。
(怖い……)
 魔物なのだ、怖くないわけがない。甲冑に身を包み、大盾を構えようと、彼女はありふれた少女なのだ。
(でもこれが、私の選んだ道)
 どんな困難も、痛みも。護りたい仲間がこの背にあるのなら。
「耐えてみせます……!」
 それはある日に、彼女が『答えた』言葉だった。
 叫びと共に恐れを払い、気合を入れ直す。魔力による薄壁を作り出し、防護を厚くした。
 いっぽうフィリンは、少し違う。
「くっ……」
 体当たりは防ぐ。しかし受け止めるわけではない。
(僅かに角度をつけることで、方向を反らし……)
 滑らせていく。まっすぐ前へと走るワイルドボアをそのまま受け止めた場合、衝撃の全てが自分にかかってしまう。
 ゆえにフィリンは受け流す形を取った。野生の猪のように、もっと体格のある獣が相手であれば難しい戦法だろうが。
(大型犬程度のサイズなら、できないことじゃない)
 向かってきた3頭をうまく流したフィリンは、軌道を反らされて急ブレーキをかけたワイルドボア達の背に、反撃を仕掛ける。
「やぁぁぁ……っ!」
 光輝の剣による薙ぎ払い。煌めく一閃に、ぱっと鮮やかな赤が散る。
 追撃はアタッカー組だ。集中攻撃をしたほうが早いと判断した二人は、無言の目配せをした後、
「俺達のこと、忘れてない?」
 身を低めた足払いによる奇襲を仕掛けたのはバルドだ。
 意識を集中させ、視覚を強化していた彼が、最も消耗していた個体のバランスを崩させる。
 その隙をリベールは見逃さない。クリスタルブレイブから剣を引き抜いた彼女は、身を屈め、地を踏み、その両脚をバネにして、
「加減しないわ、害獣だもの」
 跳躍する。
 剣を振り上げながら跳んだ紫目の女は、自重すらをも斬撃に変え、振り下ろした。
 『勇者斬り』だ。伝説の勇者をも思わせる一撃に、1頭が倒れ伏す。
「よっしゃ、あと2頭! まだまだいくよっ!」
 いい風が吹いている。そう思いつつ双剣と舞うバルドの口角は、緩んでいた。
 笑っている。カルマにしては珍しいその光景は、彼が抱える思い出の賜物だ。
「ええ、でも。油断は禁物よ」
 対するリベールは冷めていた。何も感じないわけじゃない、感じるからこそだ。
 誉れ高い過去などない。夢も希望も、目標だって。
(だから、今は)
 淡々とやるべきことを為すだけ。
 視界の端に再びの体当たりを受け止めたビアンデが映り、リベールは剣を鞘――クリスタルブレイブの場合は盾本体だろう――へと戻す。
 それから腰に下げていた片手杖を構えると、呪文を紡ぎ始めた。
 『リーラブ』だ。無属性特有の水色の魔法陣が宙に浮かび上がり、壁役の少女の傷を癒していく。
 明らかに感じる痛みが減ったビアンデは、ならばと盾を持つ手に力を籠めた。
「みなさんの相手は、私です!」
 挑発と共に、大盾を前へと押し出す。全力で顔面をぶつけられた3頭が、ますますビアンデへと敵意を高めた。
 思惑通りだ。ゆえに自由となるアタッカーの二人は、フィリンへと対峙する2頭に攻撃を搾(しぼ)る。
 バルドが双剣で、リベールは再び抜いたクリスタルブレイブの剣で手傷を負わせ、
「これで終わりよ……っ!」
 隙を見て反撃に出たフィリンが、また1頭を仕留める。
 終わりの時が、そこまで来ていた。

●覚悟は、胸に
『皆も先生も、腹減ってないか? 俺、皆と一緒にごはん食いたいなぁ!』
 戦闘直後、そう言って笑ったのはバルドだった。
 ゆえに、村の広場で始められた『美味しいご飯』に、青年は齧り付く。
「あ~……っ、ウマい!」
 バルドが持っていたのは、いわゆる串焼きだった。
 村民が報酬と共に提供してくれた夏野菜と、獲ったばかりの猪肉が交互に連なるそれは、齧りつくたびにそれぞれの美味しさを届けてくれる。
 採れたてのパプリカは火に炙られて増した甘みを、素早く処理がなされた猪肉は、噛むたびにとろけるような肉汁を舌に乗せた。
「リベールも食べていけばよかったのになぁ、もったいない」
「彼女には彼女なりの、『勇者の形』があったのかもしれません」
 しきりにウマい、ウマいと食すバルドの呟きに答えたのは、シトリだった。
 教員の肩書きを持ちこそすれ、彼自身は案外緩いらしい。
 バルドの誘いに快く応じた男性教諭は、せっせと串に下処理を終えた食材を刺していく。
「語り過ぎず、近づきすぎず。やるべきことさえ為せば、賛辞も報酬もいらない。そんな勇者も中にはおりますしね」
「勇者っていうより正義のヒーローっぽいっすね、それ。クールな感じがリベールにピッタリだ」
 告げながら、バルドは去り際の彼女を思い出す。
『食べるんでしょう? なら血抜きが必要ね』
『あっ、それなら……』
 俺がやろうか。と言い終わる前に、リベールはポケットからサバイバルナイフを取り出し、的確な処理を始めたのだ。
 血が袖を汚しても、肉の切る感触が指に触れても、顔色1つ変えなかった。
 続くように『手伝うわ』と解体に参加したフィリンも、それは同じなのだが、
(生温かい状態の死体をどうこうするのって、そんなに当たり前なことじゃないのにな)
 強いのだろう、彼女たちは。そう結論付けたバルドは、こちらに向かってくる影にパッと笑みを浮かべる。
「お帰り、ビアンデ。どうだった?」
「みなさん真摯に聞いてくださいました。私の知識が、少しでもお役に立てると良いんですが……」
「ビアンデの住んでた所でやってた対策なんだろ? だったらきっと大丈夫だって」
「あっ、ありがとうございます」
 明るい笑みで持っていた串焼き――もちろん、まだ口をつけていないほうだ――を差し出されたビアンデが、とっさに受け取る。
「美味しそうな匂いですね」
「だろだろ? 匂いだけじゃなくて、実際美味しいから。ビアンデも食べよ?」
「はいっ」
 ぱくりと一口食べた彼女の顔が、みるみるうちに綻んでいく。それを見たバルドは、人知れずほっと息をついた。
 彼女がずっと、誰かの為に動き回っていたことを気付いていたからだ。
 戦闘時は自分たちを守るため、戦闘が終われば畑主のために食い荒らされた作物を片付けて。
(そして今は、村民のため。害獣対策を広めつつ、バーベキューのお裾分け……)
 これも勇者の形の違いって奴なのかな。そんなことを思いつつ、バルドはもう一人へと声を掛ける。
「ちょっと食べてからずっと黙ってるけど、嫌いな野菜でもあった? フィリン」
「違うわ。そもそも好き嫌いなんて、ただの贅沢よ」
「あっ、そう……?」
 不意に話しかけたからだろうか、思ったよりも棘のある返事を貰い、バルドがまばたく。
 対するフィリンは、ハッと何かに気付いたような顔をしてから、首を振り、
「ごめんなさい、考え事をしていたの。嫌味のつもりはないわ」
「気にしてないからいいよ、俺も突然話しかけてゴメンな」
 なに考えてたの? と軽い調子で問いながら、バルドは新しく焼けた串焼きをフィリンへ差し出す。
「……ありがとう。『勇者の形』についてよ」
 簡単な謝辞に、簡素な返答。それらと共に串焼きを受け取ったフィリンは、それ以上の追及を避けるよう、先についていた肉を齧った。
 焼けた肉の香ばしい香りが肺を見たし、咀嚼(そしゃく)するたびに肉の味が口の中に広がる。
(美味しい……)
 腐ってもいない、捨てられたものでもない。
 いつかの記憶の中にあるものと比較をした彼女は、再び物思いへと意識を潜らせる。
 それを味わって食べていると認識したバルドは、勇者の形なあ、とフィリンの言葉を繰り返した。
「俺にもできるのかなぁ、いつか」
「どうでしょう? 私にはわかりませんが……」
 話を聞いていたビアンデが言葉を繋ぐ。
 ほわりとした笑みで、ゆっくりと食べているのか、まだ食べ途中の串を両手で持った彼女は、
「たとえそれぞれの形を得ても。こんなふうに、また皆さんで。過ごせたら素敵ですね」
 そう微笑む少女を、月明かりが照らしていた。



課題評価
課題経験:44
課題報酬:1200
美味しいご飯は、魔物退治の後で。
執筆:白兎 GM


《美味しいご飯は、魔物退治の後で。》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《新入生》 バルド・ダールベルク (No 1) 2019-08-07 19:11:41
黒幕・暗躍コースのバルド・ダールベルクです。
よろしくお願いします!

ワイルド・ボアを撃退か。
体当たりとかきつそうだが、踏ん張れるように頑張ってみる…!

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 2) 2019-08-07 19:37:04
遅くなってごめんなさい。勇者・英雄コースのフィリンよ、よろしくお願いします。

いわゆるボアハントね。
わかっている情報だと『大暴れ』がちょっと怖いけど、半数まで狩れば逃げるようだし、深追いしないなら気にしなくても大丈夫かな?

《新入生》 バルド・ダールベルク (No 3) 2019-08-07 20:00:50
うん、ボアハントだな♪
大暴れもこわいよなぁ…。
そうだな、半数になったら深追いしないでおくのに賛成だ。

撃退が済んだら、一緒にごはん食えたら嬉しいな!

《新入生》 バルド・ダールベルク (No 4) 2019-08-07 20:06:24
>大暴れ
何となく、深追いしたら発動しそうな気がするし気を付けておく!


《甲冑マラソン覇者》 ビアンデ・ムート (No 5) 2019-08-08 15:49:47
参加が遅くなりましたが、勇者・英雄コースのビアンデ・ムートです。皆さんよろしくお願いします
今回の件は、私も他人事とは思えないので精一杯頑張らないと……!

半数を倒せば撃退できるとのことなので、私はそれまで盾役としてボア達の攻撃を受け止めようと思ってます

《新入生》 バルド・ダールベルク (No 6) 2019-08-08 18:18:13
一緒に戦ってもらえるの、すっごく心強いよ。
ビアンデ、よろしくな!
俺も解決できるように頑張るよ。


《ゆうがく2年生》 リベール・ド・ヴァンセ (No 7) 2019-08-09 21:14:06
出発前の飛び込み参加よ。
接近戦よりは魔法攻撃を重視して杖を装備していくわ。あとリーラブを使うためにもね。