作品一覧
寒がり少女の落とし物
(ショート)
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井吹雫 GM
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「うわ~、今日も寒いわ~」
朝日が昇る前の音のない時間。
一人の女が扉を開けて外に出る。
寒さで凍える身体をさすりながら、女は村の中心にある屋根付き井戸へと駆けていく。
「とっくに、雪が溶けてもいい頃なんだけどな~」
なんて白い息を出しながら呟き、足早に屋根の中へと入って井戸までやってきた女。
途端に寒さが増したので、思わず自身の身体を抱きしめるように思いきり摩った。
「う~、やっぱり寒い!」
声を上げながらも、女は確認をするようにその場から辺りを見回してみる。
左を見ても右を見ても、辺りはやはり銀色の世界。
「この時期でこんなに雪が溶けないなんて、今までにあったかしら?」
なんて、思わず首を傾げてしまった。
するとその問いへ答えるかのように吹雪いた北風。
雪こそ止んではいるものの、陽もまだ出ていない薄暗い時間帯での北風は身にしみる。
あまりの冷たさで大げさに身震いをかました女は、『ひゃ~』と声を上げて、暫しその場で固まった。
「……よし、やりますか!」
そう言って女は自分に気合いを入れると、作業へと取りかかる。
「よいっしょ、と」
井戸で括り付けられている釣瓶のロープを緩めると、流れるようにするする桶を下ろしていく。
「……あら、おはよう。今日も雪は溶けないかしらね?」
そこへ、同じように朝の水汲みへとやってきた村のおばさんが話し掛けてきた。
「あっ、おはようございます~」
なんて返事をしながら、女は水面まで下ろした釣瓶を器用に操る。
慣れた手つきで今度はロープを引っ張り、体重を掛けつつテンポ良く水入り釣瓶を上まで運んでいく。
「いつもだったら、とっくに雪も溶けている筈なのに。一体今年はどうしたのかしらね」
そんな女の側で話し掛けながら『手伝うわよ』と、おばさんは引っ張り上げた釣瓶をキャッチして平たい樽の中へ水を注いでくれた。
「雪が溶けてくれないと、水道が凍ったままだから不便だわ」
空になった桶を再び井戸の中へ下ろしていくと、隣のおばさんがそんなことを言う。
「はやく雪が溶けて、春になってくれないかしら」
困ったように片手を頬に添え、ため息をついたおばさん。
「……本当ですね~。一体今年は、どうしたんでしょう?」
なんて返事をしながら、女は再び気合いを入れて、井戸の中の水を汲み出した。
・・・・・・
「……ない、見つからないよー!」
未だに春が訪れない村の近くにある小さな森の中。
陽が昇り雪景色で包まれている木々の間を、真っ白い肌の少女が捜し物をしている。
「あれがないと、寒くて身体が温まらないよー!」
なんて言った少女は、その場に座り込んでしまった。
「はやく見つけないと、村の人たちが困っちゃうよ……」
まるで、今にも泣き出してしまいそうな少女の表情。
「もう、誰でもいいから、誰か助けてよー!」
そう叫んだ少女の声は、静かな森の中で、何度も何度もこだました。
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参加人数
8 / 8 名
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公開 2020-04-07
完成 2020-04-25
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