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ゆうしゃのがっこ~!とは

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Dear my...


●勇者とは何か


 ここ、魔法学園『フトゥールム・スクエア』は『勇者の学校』と称される場所である。
 この世界の住人であれば、誰しも名前くらいは聞いた事があるだろう。
 大陸の中心部にそびえ立つ巨大な建造物。
 世界各地から集められた技術と叡智。
 それは、見る者に様々な印象を与える。
 感動、驚愕、圧倒、歓喜、興奮。
 だが、印象は決して与えられるだけのものではない。
 その人がどう過ごしてきたのか。
 その人は己の未来をどう感じているのか。
 その人の心情や経験に応じ、勇者の学校は多彩な色合いを放つ。
 妬み、憎しみ、悲しみ、苦しみ、痛み。
 誰がなんと言おうとも、感じることは自由であり。
 生まれた感情は、抱く想いは等しい価値を持つ。
 この千差万別かつ比較困難な事柄を見つめるのに、ある者はひとつの問いを設けた。
 勇者とは何か。
 ある者は考えた。
 どうして、今ここには私しかいないのであろうと。
 どうして、私は勇者と呼ばれているのであろうと。

◆◆◆

「あ~! こんなところにいたんですね。探したんですよ、も~」
 少し息を切らした【コルネ・ワルフルド】が、離れた場所にいる探し人にそう声をかける。
「ん? おぉ-コルネたん! 何か用か、そんなに焦って? あ、あ~あれだな!」
 コルネの声に気づいた【メメ・メメル】は、肩を預けていた壁から飛び跳ねるようにして駆け寄っていく。
「ほい! いつでもいいぞ!」
「はい? いったいなにを?」
「そりゃあこの時期にわざわざ声をかけてくるんだ。勿論オレサマへのバレンタインプレゼントだろう~? ほれほれ、遠慮するでない♪」
 目を丸くして、上目遣いにこちらを見つめるこの城の長。
 潤んだ瞳は純粋で、混じりけのない期待がにじみ出ている。
「にゅふふ。チョコも良いが、他ならぬコルネたんだ。リップをチョコっとデコレートしたチッスなんかでも大歓迎だぞぉ~?」
 前言撤回。
 期待という感情に間違いはなさそうだが、この期待は淀んでいる。
「取りあえず一撃決めさせてもらっても良いです? 祖流還りして?」
「なんだよー。メメルちゃんの小粋でユーモア溢れる冗談だろー? まったく、今日のコルネたんは余裕が無いなー」
 いつもながらこの人との会話には相当な気力が必要だ。
 だが、ある事を知った今。
 彼女のこの態度についていくには、より気力が必要となった。
 コルネは酒をあおるように……ではなく、気合いを入れ直すべく、携帯していた干しブドウを飲み干すと、努めて冷静に話し出す。
「もういいです。それより、窓から景色なんか眺めてどうしちゃったんですか?」
「ああ。ほら、今日は久しぶりに結構な雪が降ってるだろ? これを見てると、こないだの聖夜を思い出してな!」
「ああ、あれですか」
 それは過ぎ去りし聖夜の催し。
 勇者暦2020年の12月に行われた『ドキッ!? 美食だらけの大晩餐会!』のことであった。
「……なぁ、コルネたん」
「なんです?」
「チミにとっての『ゆうしゃ』って、なんだ?」
「……アタシに聞くなんて、今更ですよ」


●光輝く宴


 学園といえば、様々な箇所で行われる授業に向かうため、学生達が何かの大移動が如く移動したり。
 色々な教室から先生の講義や爆発音が飛び交うなどして、しんと静まり返ることはほとんどない。
 だが、今日は少々趣きが異なっていた。
 静まり返るとはまた違う、だが何か緊張の糸が張ったような状態。
 誰が喋るというわけではないが、人混み特有のどこかざわざわとした感覚が広場に満ちていた。
「今日はとおくのあっちこっちからおきゃくさまがいらっしゃる……でしたよね」
 広場に集まった沢山の生徒達の中にいた【レーネ・ブリーズ】は、近くに居た【ヤエガシ・メグリ】にそう尋ねた。
「学園長が本当に色々な所に声をかけたみたいだから……これまでも学園で色々なイベントがありましたけど、それを超えるような人が集まるんじゃないかな、って思います」
「そうですか」
 レーネはこれまでのことを、これから起こるであろうことを空想する。
 昨年のクリスマスにはいきなり精霊や異世界の人にまつわる事件が勃発して。
 春には新入生を歓迎する祭りがあった。
 夏や冬には様々な服飾で盛り上がり。
 その都度見てきた世界の『ふしぎなもの』は、彼女の好奇心を刺激し続けてきた。
 きっと今回も。
「どうかされました?」
 笑顔を浮かべるレーネに、メグリが問いかける。
「きっと、ワクワクしてるんだと思います。学園の外というせかいが運んでくれる、わたくしたちのしらないことに」
 いよいよ、第一校舎の門が開く。
 広場には老若男女、様々な種族の人々が足を踏み入れてくる。
 レーネは他の生徒達と共に、出迎えるために駆けだしていった。
 手には今日のスケジュールや学園の見取り図がびっしりと書き込まれたメモ。
 顔にはこれからへの期待と訪れる者への思いやりを、笑顔として浮かべて。
 未知に触れ、未知を知り、未知を伝える。
 それが彼女にとっての『ゆうしゃ活動』なのだ。

◆◆◆

「魔法学園フトゥールム・スクエアへようこそ。今こちらは混み合っていますから、そちらの第二校舎側の催しから見学されるのがオススメですよ」
 美しい黒髪を靡かせながら、無駄のない所作で学園案内のパンフレットを手渡す女性。
 【パーシア・セントレジャー】が訪れた客にそう微笑みかける。
(てっきりサンタのコスプレでもさせられるかと思ったけれど……そんなことはなくて良かったわ) 
 今の彼女が身に纏うのは、この学園の制服である。
 纏うといっても、『リバイバル』である彼女の場合、自身の肉体を構成する魔力がそれを再現しているに過ぎない。
 従って彼女は、女性のふとももや赤面に強い興奮覚えるような存在が、その名の通り自分に魔法をかけて、装いを変えられてしまう可能性を懸念していたのだ。
 だが、そんな不安を来客には微塵も感じさせることはなく、受付業務は完璧にこなしていた。
「おや、ご丁寧にありがとうねぇ。さっきのお兄さんはそっちに行っていたようだけど、アタシはこっちで良いのかぇ?」
「あちらは今うちの芸術コースの人達がパフォーマンスを披露していて、少し鼻息の荒いお客様が多いですから。それに少し段差がキツいんです」
 パーシアが対応していた老人は、杖を突き直し、体勢を整えるとしっかりと彼女を見つめる。
「うふふ。こんな老いぼれババアのことをそこまで気にしてくれてありがとうねぇ。今日は来て良かったよ」
「いいえ。おばさま。これも当然の務め。だって私は……」
 民を守る王女だから。
 一瞬そう出かけた言葉は飲み込んで。
「この学園で学ぶ、『ゆうしゃ』ですから」
 そう答えた。

◆◆◆

「何だか慌ただしいの。何かが始まったようじゃが、どうしたものかのぅ……」
 扉を開けば、そこは豪華絢爛の宴の会場であった。
 もし今の状況を文字に起こすならば、こうなるであろうか。
 この学園に来てまだ日が浅い【神鵺舟・乕徹(カヤフネ・コテツ)】は、ただただ目の前の光景に圧倒されていた。
 第一校舎区画内、『ファンタ・ブルーム大講堂』には、驚くほどの人が集まっていた。
 収容人数5万人以上を誇るこの場所であったが、学園生か客人かの区別を無くせば、この会場ですら狭く感じてしまうだけの人混みだ。
 何故彼女がそんな場所にいるのか。
 答えは単純。体よく労働力として駆り出されているというわけだ。
「乕徹さん! 今度は臨時食料庫からグラヌーゼ麦を取ってきて貰えるかしら? ベルさんとかに聞けば分かると思うから!」
 ホール横に臨時で設立された厨房から【エリカ・エルオンタリエ】の声が投げかけられる。
 ちなみに『ベルさん』というのは学園の食堂で働く職員【ベル・プリズン】のことであり、今日の晩餐会における切り盛りを担当しており、客人の迷惑にならないようにしつつも、会場のあちらこちらを動き回っていた。
 簡単にいえば、どこにいるか分からない状態である。
「……あい分かった」
 とはいうものの、別に彼女自身手伝うことを悪しく思う訳でもなく、他にすることもないので手伝うこと自体に躊躇いはない。だが……。
(あっちにはまだかの先達ほど知見が備わっておらぬ。こうなれば……)
 丁度その時だ。
 自分の横をすり抜けるように、料理の載った皿を持って厨房を飛び出していった【アルフィオーネ・ブランエトワル】の姿が目にとまる。
 その差、約35cm。乕徹の手の高さに丁度よく、彼女が小さな角を活かして器用に頭に載せたカゴが。
 どうやらその中にも複数の料理皿が入っているようだ。
「先達殿、助力を願いたいのだが。実は……」
「そういうことね。良いわよ。あ、でも先にこっちを手伝ってくれる? すぐ終わるから」
 カゴの他にアルフィオーネの持つ大皿の2つを持ち上げると、彼女の後に続く。
 改めて考えれば一体最初にどうやってこれを持ったのか。
 最早曲芸の類いだと取りあえず納得し、2人は沢山の皿を運んでいく。
「ふぅ。頭が軽くなって助かったわ。学園にはもう慣れた?」
「真を申せば、否……となるじゃろうか。未だに信じられぬ。あっちの聞いていた話からは、ここは魔境のようなものとさえ思っていたのじゃが」
「それがこんな食事会だものね。わたしも最初は驚いたけれど、きっとすぐ慣れるわ」
 人混みをすいすいと抜けていくと、料理が尽きたテーブルが見えてきた。
 しかし、テーブルの周囲には人混みが特にひどく、中々テーブルに近づけない。
「乕徹さん。ちょっと離れて」
 彼女の言葉に従うと、アルフィオーネは突然宙を見上げた。
「みんな~! ごはんよ~!」
 優しげな声とは相反する、中々の火力を持った『火炎の息吹』を人がいない所へと吐き出す。
 その熱と光で来客達もようやくアルフィオーネの存在に気づいたようで、テーブルへの道を空けた。
 2人は手早く空き皿と料理の載った皿を取り替えると、突然乕徹の手が握り締められる。
「どうせ厨房に行くんだし、先に食料庫に案内するわ。少し複雑だから、迷わないように手を繋ぎましょう」
「う、うむ……」
 端から見ればまるで妹が姉を引っ張ってどこかに向かっているようだ。
 そんな光景を【ベイキ・ミューズフェス】は微笑ましく見つめていた。
(皆さん、この宴を楽しまれているようですね)
 料理担当として厨房の手伝いをしながら、彼女は今ほんの僅かの休憩時間。
 だが彼女自身、多少の疲れはあれどすぐに戻るつもりだったので、厨房の扉の影から会場の様子をコッソリと眺めていたのだ。
(あら、あれは……)
 そんなベイキが観察を続けていると。
「姫、足元にお気を付けくだされ」
【蓮花寺・六道丸(れんげじ・りくどうまる)】が見慣れない少女をエスコートしているではないか。
(まさか六道丸さん。あんな幼子に手を……)
 なんて妄想をしてみる。
 だが、筋肉や褌に現を抜かす者は多くとも、幼女に手を出すような不届き者は、学園男子には存在しない。
 ましてや六道丸は常に大らかで、広場で自身が生前行っていた琵琶法師としての弾き語りをするなど場を和ませてくれる存在だ。
 きっとあの少女は知人で、学園の案内役でも任されたのであろう。
(他に何か面白そうな事は……)
「どこにいるのかなぁ!?」
「少しは落ち着けっての。多分、あいつの事だから、どっかのステージで踊ってるだろうさ」
 今度は【ウィトル・ラーウェ】が、またまた見知らぬ少女と共に会場を歩いていた。
 料理には目もくれず、催し物が行われているステージを点々と移動している。
(珍しいですね。ラーウェさんは一人で過ごすことも多いのに)
 だが、ベイキは過去にウィトルとある課題に臨んだ時、ウィトルがただ人を避けたがっているのではないであろうと感じていた。
(また困った方の手助けをしているのでしょうか。それとも……)
 この場所からはウィトルの表情は見えない。
 だが、きっと普段とは違う表情を浮かべているであろうことは予想できた。
「ふふっ」
「なーに笑ってるの、ベイキさん?」
「ん? ああツヴァイさん。そうですねー。普段とは違う一面を見つける遊び。かせい……いえ、聖職者は見た。ですかね?」
「初めて聞いたけど、それ面白いかもね」
 彼女の背後では【ツヴァイ・リデル】がテキパキとコックコートに袖を通していた。
「ツヴァイさんも手伝いに?」
「そ。飾り付けの補修とかも終わったし、フィーカくんも寝かしつけてきたからね。そしたらベイキさんを見かけたから挨拶しておこうと思って」
「そうでしたか。なら一緒に行きましょう。私もそろそろ休憩を終えて戻ろうと思っていましたから」
 こうして、激戦が繰り広げられる厨房に、また2人の助けが加わる事となった。


●光の裏側~1~


「それで? 我らが学園長様はいずこにいるのかしら」
 学園教師である【ユリ・ネオネ】の言葉に、コルネは苦笑を返すしかなかった。
「晩餐会の方にどこかの御姫様が来てるらしくて、軽く挨拶したらすぐ来る~って言ってたんですけど~……来ませんね。アハハ……」
 2人がメメルを待つこの部屋は、第一学園長室。
 広い学園故、移動で時間を浪費することが無いよう、メメルのような特別な教職員には複数の個室が与えられている。
 その中でも、この第一学園長室はメメルが主たる業務において利用している部屋であり、特殊な防犯魔法や魔法具によって守られている。
 そのため、ごく一部の教員、生徒しか立ち入る事が許されておらず、この部屋の存在すら知らずに去る者もほとんどだ。
 部屋はその時々の用途によって、魔法で家具が並べられるようになっている。
 今は豪華な装飾が施されたシャンデリアの下に、巨大な長テーブル。
 光沢を放つ魔法石でコーティングされた椅子が八脚。
 テーブルに合わせて左右に分かれ等間隔に並べられており、椅子の目の前には食事も用意されていた。
 食事に関してはユリ達が運んだものであり、コルネに至っては何故かメイド服を着せられている。
『おっすおっす! 待たせて悪かったな!』
 部屋に響くかん高い声。
 次の瞬間、メメルが転送魔法で椅子の上に現れた。
「遅いじゃないですか、学園長っ!」
「や~すまんすまん。ちっとサンタクロース稼業に精を出し過ぎてしまったな!」
「そんなのよりも学園長業に精を出して下さい!」
 メイド姿で長らく待たされたこともあってか、コルネの小言が止まらない。
 だが、それをユリがなだめようと試みる。
「気持ちは分かるけれど、そこまでよ。お客様だわ」
 ユリが魔力を感知した瞬間。
 学園長室の壁にかけられた、楕円形の姿見が光を放ちだした。
 鏡上にある木の装飾には、それぞれこの大陸の主だった集落の名称が刻まれている。
「ふむ。何とか間に合ったな! やっぱり集合時間は10分前に限る♪」
「いつも予定から8分遅れてくる想定でいたら10分前の意味無いんですってば!」
「相変わらず、賑やかですね。メメル様とコルネ様のやりとりは」
 『エルメラルダ』の鏡から現れたのは、純白の翼と天使の輪を持った男性。
 その後ろからは、かつて学園生達に異世界からの危機を告げてくれた、ルネサンスの守人【ガルツァ・ライドット】の姿もある。
「下らん。余計な話は不要だ」
 『アルチェ』の鏡から聞こえる厳しい声は【ジェラルド・ミルトニア】のものであった。
 余程メメルが気にくわないのであろう。
 かつて学園を訪れた時と同じ厳しい視線を送っていた。
「おっと、喧嘩はよしてくれ。そういうのは部下達のでお腹一杯だからね」
 隣の『シュターニャ』の鏡から【ニキータ・キャンベル】の手が伸びる。
 それはジェラルドを制するように伸ばされていたが、当の本人はあまり気にしていない様子で、自分の席へと着席する。
「取りあえず座りましょう。ニキータ。積もる話なんて幾らでもあるでしょう?」
「そうだね」
 ニキータと同じ鏡から現れた【マチルダ・アベーユ】に促され、彼女達もまた椅子に腰を降ろす。
「や~。こっちも寒いもんだねぇ~。参った参った」
 周囲の喧噪には目もくれず、【馬場・カチョリーヌ】は『トルミン』の鏡から真っ直ぐに席へとついた。
 輝く鏡の内、最後に人が出てきたのは『リゼマイヤ』のものであった。
 中から現れた男性は、言葉を発することなく椅子に向かうと、椅子と自身の間に水のクッションを創り出すと、その上に座り込む。
「うむ。これで全員揃ったな」
 ほんの少し。
 いつもより低い声でメメルが声を出す。
「今日はお集まり頂き感謝する、皆々様。まずは食事を楽しんでもらいたい。そして……」
 それは、コルネですら滅多に聞かないもの。
「各地域の代表者を集めた緊急会議を行わせて頂く。議題は……この世界の危機に関して、だ」
 彼女の真剣味が滲んでいた。


●これまで


 招かれた面々が食事をする間、メメルはこれまで学園で起きた事柄に合わせて、様々な説明を行っていた。
 わざわざ招いた客を急かすかのような、無礼な行為。
 だが、あのメメルに反発しがちなジェラルドすらも、この状況を了承していた。
 それだけこの会議が重要なのであろう。
 初めてこの場に参加したコルネは、給仕をしながらその空気を感じ取っていた。
「以上が、ここ最近で目立つ異常事態だ。改めて要点をまとめるぞ」
 メメルが杖を振るうと、彼女の背に魔力で作られた巨大な黒板が現れ、チョークによって文字が描かれる。
(すごい。写法術をアレンジして文字による板書と一緒に当時の状況が分かる絵を生成してる……!)
 コルネの視線を余所に、メメルの説明は極めて淡々と進められた。
「およそ2年前。この学園に今までにないような数の入学者が来るようになった。そして、その学園生達はこれまでの生徒達と比べても、入学当初から驚くような魔法や戦闘のセンスがあった」
 描かれるのは、『ツリーフォレストマン』と学園生達が戦う姿。
 左上には、ご丁寧に『勇者暦2019年1月』と書かれている。
「オレサマは感じた。この学園生達は特別な存在であると。だから試した。兼ねてから研究をしていた、『異世界』というものとの繋がりを」
 次に描き出されたのは、勇者暦2019年2月。
 この頃に入学した学園生達が、様々な存在と食事を楽しむ光景であった。
「それまではどうしても安定して繋げる事ができなかった、『異世界との縁(エニシ)』が繋がったのだ」
 カツカツカツ。
 まるで実際に扱われているような音を立てながら、チョークは勇者暦2019年4月、5月を書き記す。
「だが、その日を境に魔物の活動が活発になり始めた。恐らく、この世界の魔力に乱れが生じたからだと思われる。そしてそれを利用しようと図ったのだろう。この学園に、奇妙な鬼の面とそれを操ったと思われる者の侵入があった」
 勇者暦2019年10月。
 狼男とカボチャの面を被ったリバイバル、そして一際大きいカルマの姿が描かれる。
「オレサマ達が先日の侵入事件の調査進める傍ら、件の学園生達は夏の間に実力を磨いていた。だが、明確な成果を上げる前に次の事件が起こる。諸君らの地域でも頻発したであろう、記憶喪失事件だ」
 既にこの事件に関しては学園生達の活躍により一定の解決が見られたことは周知の事実だ。
 だがまだこの事件の首謀者の1人、狼男の【ルガル・ラッセル】は逃走を続けている。
 話は勇者暦2019年12月の出来事へと進んでいく。
「クリスマスを祝う中、我が学園の客員教授が『時の精霊』に遭遇した。知らない者はいないと思うが、時の精霊は三位一体。過去、現在、未来を司る精霊達が一組となり、時の運行を見守っている。この事に関して、まだ研究の段階を脱してはいないが、恐らくそれぞれが世界に流れる魔力の『記録・変換・滞留』を観測し、中和しているのだと考えられている」
(それってつまり……?)
(あの時弱まったのは未来の精霊。つまり彼が観測する滞留に異常が起きたという意味になるわ。この事から推測されるのは、この世界に溢れる魔力の状態が不安定になっている。もしくは基本的な安定状態を逸脱しつつある。というのが、学園長の見解よ)
 ユリの解説に、コルネはなるほどーとひとり頷いた。
「この時も件の学園生達の活躍によって、精霊は力を取り戻した。だが、それと時を同じくして、今度はオレサマも想定外となる『異世界との縁』が結ばれる事となる」
 異世界から出現した刺客。
 そしてそれらと戦うあちらの『勇者』たる存在。
 彼らとの邂逅はあまり多くの人間には知られていないものの、まさに異世界という仮定の確固たる証明となった。
 ここでチョークの動きが止まる。
「オレサマを始め、一部の者はあちらの世界へと意識が飛んでいたから、こちらでどんな事が起きたのかは伝聞しか情報がない。だからその状況説明をユリ教諭から報告してもらう事とする」


●遙かな過去、9人の勇者と8つの霊玉


 メメルの言葉に促され、ユリは彼女の隣に立つ。
 メメルがユリの方へ杖を向けると、チョークは再び動きはじめた。
 どうやら、ユリの中の知識を描き出しているらしい。
「学園で黒幕・暗躍コースを受け持つユリ・ネオネです。挨拶はほどほどに本題へ」
 黒板上には『仮面をつけた人』と『茶色、紫色に彩られた大きな玉2つ』が描き出されている。
「私は【ナソーグ・ペルジ】と名乗るある仮面の男に遭遇しました。その男は膨大な魔力を放つ魔法石を所持し、近くにいた学園生達と戦闘になった際、土の魔術を駆使したといいます」
 ユリは、ガルツァの方を視線を向ける。
 彼もまた目線で了承を返すと、ユリは話を続けた。
「そしてこの時、ここにいるガルツァさん達が守護していた『土の霊玉』……つまり、霊玉を体内に持つルネサンス『アース・トロング』が暴走。異世界より出現した怪物達も交え、学園にて大規模な戦闘が発生しました。これに対し学園は総力をもって対応。怪物を撃退し、アース・トロングを弱らせる結果となりました」
 ユリの言葉に合わせるように、黒板上から絵が消され、文字や図解となって当時の状況が説明される。
「皆さんもご存じの通り、およそ2000年前。魔王は『9人の勇者』と『七選』と呼ばれる各種族の代表者によって、8つの特別な魔法石の結晶、霊玉に封じられました。そしてそれは、各種族の代表者が『守人』として守り継いできた。ですがこの仮面の男は、異世界の化物達を利用して『霊玉のレプリカ』を創り上げてしまったと考えられます」
 ユリの言葉に会場内でざわめきが起きるが、メメルが手で制すると、皆一斉に黙り込む。
「ユリ教諭」
「仮面の男は、紫色をした精霊を従えていました。その精霊からも彼が持っていた魔法石と似た強い魔力を感じました。この事から我々フトゥールム・スクエアは、土の霊玉と同等の力を持つ宝玉。そして闇の霊玉そのもの、またはそれにほど近い能力の何かを男は有していると判断し、新たな脅威に備え学園生達を鍛え上げる一方、調査を進めてきました。ですが……」
 今度は背景が具体的な数字の羅列に置き換わる。
「これは過去数十年における本学の入退学者の数位です。退学者に関しては、通常の卒業者や消滅者、行方不明者も含んだ上で、内訳を併記しています」
 見れば、この2年間が特に入退学の推移が大きく、中でも今年の退学者の数はかなりのものとなっていた。
「結論からいえば。学園生達が次々と行方不明、もしくは消滅しています。これについて……学園長?」
 また描き直される背景。
 今度はメメルの脳内が記したようだ。
「明らかな異常事態。だからオレサマはまず霊玉の現状を調べることにした。霊玉にはかつて魔王を封じた8人の勇者の魂が眠っている。そして、オレサマはその魂の痕跡を探る事ができる。ちゃんとした結果を知るには相当に時間はかかるけどな」
「ふん。未熟者達の事など知った事ではない。だが霊玉は別だ。2つも失うなど、これだけの失態を侵しておきながらその口か。大層立派なもんだ学園長様は。そのご自慢の痕跡辿りは被害が出る前に成果を出せないのかね? お前にどれほどの力があるかは知らないが、この2000年守り続けたものを絶やし、世界を危険にさらす責任はどうとる?」
 アルチェの代表、ジェラルドが鼻で笑う。
 だが次の瞬間、彼の口元は突如出現した魔力の水によって覆われる。
「んんっ!?」
「あまりヒューマンの争いに口を出しとうなどない。だが、そちの態度は些か目に余る」
 それは物言わずに席へついたローレライの男からの言葉であった。
「クラルテ殿!」
 メメルの強い語気を含んだ声に。
 彼が指を鳴らすと水は弾け、ジェラルドは息が出来るようになった。
 椅子から転げ落ち、必死に呼吸を整える。
「げっほげほ……くっ。守護者だからといい気になって、人間を見下して! これだから他種族は……!」
「ふん」
 【クラルテ・シーネフォス】は立ち上がると、今度は彼の全身を水で包みこみ、再び椅子へと座らせると、拘束を解く。
「そちは『人間を見下した』と申したな? かつて我ら純血を持つ種族と人間族は融和を果たしたというに。お主こそ種族の異なりを貴賤の判断に用いておるのではないか? ……さてメメルよ。これが今の世の真実。我らが結びし絆もまた、2000年の時に絶えてしもうたということじゃろうか?」
「この女に聞いたところで意味はない! それは当時の七選の生き残りである貴様が、かつての勇者達と結んだ契約なのだからな! それに人種や純種の違いはあろうと、種族が違うことに変わりはないのだ。礼を失した言い回しであったことは認めよう。だが……!」
「もうやめるのだジェラルド殿! ……やめてくれ!」
 再びメメルの口をついたものは、悲哀に満ちた嘆きの言葉。
 その先が、続かない。
 続けたくとも、続けられない。
 だから、唯一続けられる者が言葉を紡ぐ。
「そちが詫びるべきは余ではない。物知らぬ葦に教えてやろう。霊玉は9人の伝説の勇者と呼ばれた人間族の内8人の魂と、八種族の代表たる者が持つ魔力の大半を媒介として生成された魔法生成物。特異なるそれらを真に扱える者は限られる。魂を捧げた勇者そのものか。余のように魔力を捧げた守人かだけじゃ」
 その場にいた全員の視線が、集中する。
 注目の的たる彼女は言葉を発しない。
 だが、背後には淡々と事実が記されていく。


  無の霊玉:勇敢たる魂 →現存
  火の霊玉:覇者たる魂 →消失
  水の霊玉:救導たる魂 →現存
  風の霊玉:創造たる魂 →消失
  土の霊玉:極致たる魂 →破損
  雷の霊玉:信王たる魂 →消失
  闇の霊玉:俯瞰たる魂 →消失
  光の霊玉:潜在たる魂 →現存
                 』

「……これまでずっと考えてきた。どうにかして皆の魂を救えないかって。だがこれだけを生きてなお、答えにたどり着けなくて。だからせめてと、ここで学ぶ若者達は守っていこうと思っていたのに。それなのに……」
 震える声が零れ落ちる。
「守れなかったんだ、わたしは。何も……!!」
 堪えきれない涙が頬を伝う。
「恐らく、この中で最も貴女の歴史に寄り添う事ができないのは僕でしょう。ですけれど……」
 ここまでの経緯を静かに見守っていたアークライトの男性【テオス・アンテリオ】は、メメルに寄り添うように手を添えた。
「かつてヒューマンだったものとして。種を代表して感謝します。メメル様達の過去の決断に。そして誇りに思います。クラルテ様達と並び立つ守護者として、こうしてここに集えたことを」
 


●これから


 暫しの静寂を経て。
 メメルも幾分か落ち着きを取り戻し、会議は続けられた。
「オレサマが進めてきた研究が正しければ、魔力は全ての物に宿るだけじゃない。知性体の魔力はその者の記憶や感情を経て強さを増していく。霊玉はいわば高純度の魔力の塊だから、恐らく仮面の男は霊玉そのもの、もしくはそれに相当するだけの魔力を集めているのだと考えられる」
 黒板には、双方の陣営が持つ霊玉の数が記されていた。
「こちらにはオレサマ、クラルテ殿、テオス殿が守護する霊玉がある。土の霊玉は特殊でアース・トロングの心臓と結び着いて力を与えるものとして機能していた。その大半の魔力は奪われてしまったが、アース・トロングの子供は無事に生まれ保護することができた。それにより霊玉の力の一部は子供に残されている」
 それ以外の消失した霊玉は、少なくとも本来の封印の力が失われてしまい、追うことができないのだという。
 これまでの情報と組み合わせれば、敵の手に落ち利用されていると考えるのが自然であろう。
「第一の問題。霊玉の対応だが、数で言えばこちらが若干不利となる。残された霊玉の死守。並びに敵が霊玉に代わる何かを用意することを阻止しなくてはならない」
 一同は静かに頷いた。
「第二の問題。魔王がもし復活してしまった場合に備える必要がある。だが、もう霊玉なんて方法を採るのはこりごりだ。だから打開策を考えた」
 黒板には、巨大な木が描かれる。
「これまでずっと研究してきた、人の魔力を害することなく、かつ自然に蓄える方法。そして実用化したのがこれだ。約2年前より、学園で育てていて、学園生達の温かい心で高まった魔力を蓄えている。霊玉の代わりとなるにはまだ足りないが、このまま順調に育ってくれれば、ひとつの力になるだろう」
(そっか、だから学園長……いつもあの木を気にしてたんだ)
 お気に入りの学園生達によって生まれたから愛でていただけではない。
 コルネはメメルが何かとあの木を気にしていた意味を理解した。
「そして第三の問題。こちらの意図を知ってか知らずか、この所学園生達に大きく危害が加えられている。それに関して……」
 描かれた木はあっという間に、ある男の肖像画へと変化した。
「【ディンス・レイカー】。通称『ブリードスミス』と言われるこの学園の卒業生。昨今再び活動を開始した、秘密結社の代表者。恐らくあやつが犯人だ。仮面の男との関連は分からないが、その場限りの変装や何かの意図があるならともかく、あやつなら自身の顔を隠したりはせぬ。だから別人だろう」
(つまり。捜索、注意対象となるのは2人という訳ね)
 ユリは自身の捜索網から、どうあぶり出していくかを考え始めていた。
「勿論。生徒達は守る。だが、危害は学園だけに及ぶものではない。各地域でも捜索を強化し、何かあればすぐに知らせてほしい」
 全体の同意を確認し、メメルは更に続ける。
「次に話す事は直接の問題とは異なるが……オレサマは、異世界の住人との邂逅を通して、他の世界にも魔力に通じる特殊な力があることを確信した。もしかしたら、我々人からの魔力ではなく、鉱石のような無機物を通して魔力に代わるエネルギーを得る手段があるかも知れない。人からエネルギーを抽出するとしても、もっと犠牲のない手段があるかもしれない。そこでだ……」
 メメルが杖をかざすと、出席者達が通ってきた鏡の横にまた1つ、鏡が追加される。
 そこには、『セントリア』と刻まれていた。
「かねてより秘密裏に、魔法に関する知見が深い協力者達を集めて、異世界に関する研究都市を作っていた。それがこのセントリアだ。特に、昨今の学園生の中には、実際に異世界からやってきたであろう者達もいる。彼らを元の場所に帰すためにも、一部の学園生達をここから異世界の調査に向かわせようと思う」
 まだ鏡には転移の為の魔法石が備わっていないらしく、暫くは現地へは歩いて向かうしかないだろうが、学園生達がここを調査する日が来るかもしれない。
「最後に。これからも学園生達には様々な勇者活動に取り組んでもらうつもりだ。けれど、勇者はかつての勇者ではない。それはオレサマがもてはやされた時のような、命を投げ打って誰かと戦う者を讃えるような言葉にするつもりはない」

『自由に伸び伸び、日々の生活の中で、自分が楽しいと思えることを見つけ出す。』

 それは彼女自身が、案内パンフレットにも記載するほど、大切に思っていること。
「それぞれが『ゆうしゃ』を目指せる場所にしていきたいと思う。きっとそれぞれの土地で各々方に迷惑をかけることもあると思う。けれど、どうか、協力をお願い申し上げる」
 これまでのように着飾ることはない。
 メメルの本当の願いを聞き届けた一同。
 それから、各都市の代表者による地域の情勢報告の後、この場はお開きとなった。

●光の裏側~2~


 学園に幾つかある裏門のひとつ。
 盛大なる宴が終わり。
 見上げれば学園からは沢山のグリフォン便が飛び立っていく。
 昼間に比べ夜は危険も多くなる。
 来客達の安全を守るため学園側が手配をしていたのだろう。
「なるほど。今日はやけにトナカイの衣装を着せられたグリフォンを見かけたと思ったが、このためか」
 夜空に羽ばたく純白の羽根が、雪に交じって降り注ぐ。
 宵闇がもたらす不安も、宴の思い出話とランプの明かりが打ち消してくれる。
 そんな光景に【アケルナー・エリダヌス】は小さく息をはく。
「暗黒を駆ける希望の煌めき、とでもいったところか。晴れやかな場所は苦手だが……こんな景色を見るのは悪くない」
「そうね。素敵な景色だと思うわ」
「なっ!?」
 自身の独り言に答えが返ってきたことに驚き、アケルナーは思わず身構える。
「ああ、驚かせたならごめんなさい。あなたがずっとここで警備してくれてるって聞いたから。はい、これ」
 彼に声をかけたのは、宴の会場にて厨房で手伝いをしていたエリカだった。
 彼女が手渡す木のコップには、野菜のたっぷり入ったスープが温かな湯気を立ちのぼらせている。
「す、すまない。不審な者が近づかないか見張っていたというのに、これでは意味がないな」
「背後は学園でしょ? そこまでは気にしすぎよ。ほら、飲みましょう」
 2人は肩を並べ、飛び立っていくグリフォン便を見送っていく。
 勇者暦2020年12月。
 勇者の卵達は各々の時間を過ごす。
 宴の傍らで。
 旅立ちを決めた者。
 決意を新たにした者。
 迷いの答えを迷い人に求める者。
 自室でゆったりと過ごす者。
 大切な誰かと絆を深める者。
 そして……。
「見て。ナツメさんだわ」
「確か彼女は、地元に今日振る舞われる料理の一部を届けて、家族水入らずの時間を過ごす予定だったはず。察するに、素晴しい思い出になったようだ」
「あら。しっかり調べてるのね」
「ここの見張りを手伝うにあたって色々と教えてもらってね。どこにでも縁の下の存在は居るということかな」
 旅立つグリフォンに混じり、学園へと戻るグリフォン便達もあった。
 それは【シトリ・イエライ】ら学園教師の一部が、学園生からの要望を受けて実施した『晩餐会をデリバリーする』という課題であった。
 中でも発案者であった【ナツメ・律華(りっか)】は、特に一生懸命に準備などに参加していたが、その結果がどうであったか、彼女の満面の笑みを見れば一目瞭然。
 場所だけでもない。
 催しだけでもない。
 その人がそこいるからこそ、その時間が特別なものとなる。
 今。この剣と魔法が織りなす世界において。
 この世界にいる誰もが、ここにしかない大切な時間を過ごしていた。
「あ、エリカさん! っと……!?」
 今度はエリカが背後から呼びかけられる。
 声の主は、2人の子供に手を引かれ合いふらつく【アンリ・ミラーヴ】。
「お馬の兄ちゃん! もっと勇者のお話聞かせてよ!」
「ずるーい! わたしも聞くのー!」
「これこれ。アンリさんがお困りだよ」
「いえ。これくらい平気です」
 アンリを気遣うお婆さんは、この兄弟達と3人暮らし。
 この家族とアンリとは、以前『奉仕科』の課題で知り合って以来だ。
 様子を見るに、先日久しぶりに再開したというのもあって、積もる話はまだまだ無くならないといったところだろう。
「アンリさん、大人気じゃない」
 エリカにそう言われると、アンリは照れを隠すように顔を背けたが、馬の尻尾がぶんぶんと振れてしまっているのには気づいていないようだ。
「この子達と色々お話してたんだけど、盛り上がっちゃって。もう夜も遅いし、話ついでに送ることにしたんだ。それでその、道中冷えたら困るから、厨房からスープ貰って。それでエリカさんを見つけたから伝えようと思った」
「わざわざありがとう。役に立ったなら嬉しいわ」
「一人で大丈夫かい? ついて行こうか」
「ありがとうアケルナーさん。でも大丈夫。お家は学園の、『レゼント』の区画内だし、俺が送りたいだけだから」
「アンリお兄ちゃん! 約束のあれやって!」
「あっ。わ、分かったから。えっと、それじゃあまた」
 アンリはアケルナー達に会釈を済ますと、兄弟達に引っ張られていく。
 どうやら、学園から借りた荷車に3人を乗せ、祖流還りをして引いていくつもりのようだ。
 その睦まじい姿は、暗い夜道にあっても輝いて見えた。
「少し大きなお兄ちゃん、といったところかな」
「本当の兄弟みたいね。……さて。わたしは戻るわ。そろそろ厨房の片付けも進めないと」
「私はもう少しここに残るとするよ。差し入れをありがとう。エリカ君もあまり無理せずに」
「お互いね」
 エリカを見送ると、アケルナーは肩に積もった雪を払う。
「……こんな時間が、ずっと続いていくのであろうか。いや……」
 彼が発した言葉は、しんしんと振る雪の空へと解けていく。
 笑顔も悲しみも分からない仮面の中で、彼は……彼女はふと思案する。
「無粋だったかな」
 だが、それもつかの間。
 各々抱える事情は異なれど、今は為すべきことを為すだけだ。
 そう納得して、彼女は再び前を見る。
 家に帰るまでがお祭り。
 ならば今暫く、この祭りの余韻を眺めながら、そっと見守っているとしよう。
 
 
 
 執筆:pnkjynpSD
 確認:フロンティアファクトリー運営チーム