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わたしのおもいで


ストーリー Story

●感応
 それは何気ない日常の中にいた。
 学園の廊下を歩いていて。
 教室の片隅で。
 校庭の木の下で。
 学食の長い列の最後尾にいたこともある。
 とにかく、気づいてしまったその日から意識してみれば。
 学園中の至る所で『それ』に出会うのである。
 君はこれまでそれに気づかなかったのかも知れない。
 いや。気づいていたが本能が認識を避けたのかも知れない。
 それとも。
 様々な幸運や不運が結果を形成しただけで、気づくかどうかの選択肢すらなかったのであろうか。
 その答えはここにはない。
 だが君は、いつかのタイミングで。
 確かにそれに気づいたのだ。
 ソワソワしながら常にこちらの様子を伺う存在に。

●邂逅
 数日後。
 ストーカーがごとくつきまとうそれに嫌気がさして来た頃。
「うううおおおおお!? ……ごほん。そっちから声をかけてくれるなんて珍しいじゃーん。それで、俺に何か用ー?」
 我慢の限界をむかえた君は、遂にそれへ声をかける。
 するとそれは、まるで普段同じ授業を受けていると分かっていながら特に機会も無かったので話した事のないだけで、話してみれば意外と気があって気づけば友情が芽生えてそうな男子的返答を投げかけてきた。
 端的に換言すれば、些かチャラい男子生徒のノリである。
 実際には話かけられると思っていなかったのか、目をまたたかせ一瞬戸惑うような素振りを見せていたのは気にかかるが。
「なになに? その『学園教師に理不尽な課題を命じられてマジでダルい。萎え萎え魔法マジダール!』 みたいな表情? 折角のファーストコンタクトだもん。楽しくいこうよ~」
 しかし次の瞬間にはこれである。
 精神を逆なでる言い回しとコロコロ変わる表情筋。
 これが彼の編み出した(?)魔法、マジダールに必要な呪文と魔法陣なのだろう。
 少なくとも、大切な第一印象に『けだるさ』という状態異常を付与する点では、この魔法は名に恥じぬ性能を持ちそうだ。
「あ、怒った? 悪い悪い!」
 人によっては反射的に拳を握りしめたかもしれない。だが落ち着こう。
 ここで安易に繋がりを絶ってしまえば、恐らくこれからも視界の端にちらつくこれに悩まされる。
 取りあえず、自身の生活リズムを乱す元凶が意思疎通が出来る存在であることは確認できた。
 自分の心にゴメンねを言いながら、もう少し分析を進めてみる。
 蒼白とすら言えそうな白い肌と、前髪の隙間から覗く茶色の瞳。
 ニヤリとした薄ら笑いが似合う人型のシルエット。
 体躯や口調、声色からも推測するに男性だろう。
 そして、最も特徴的なのは――。
「どったの? だんまり? ……まさかあんさん。『リバイバル』は生命体ではなくオカルティックな怪奇現象説を唱える過激派の方だった?! こわー。音楽性の相違やわー」
 彼の身体が透けているように見えること。それだけだ。
「ちょ、そんな目で見られるとなんかバツが悪いじゃん? そこはさ、『まだ何にも言っとらんやろ! こっちに喋る隙も与えんマドガトルトークされたらシルトもできんわ!』とかさ。あとは……」
 これ以上漫才の練習相手を務める必要はない。
 君は、彼がいつも視界に入って気になっていること。
 どうして自分の周りに出没するようになったかを問いかける。
「え、ちょ、は? 気になるって、それってまさか、こここ、こくは……?!」
 違います。
「あっ、はい。分かったから武器に手をかけるのはやめよ? ね?」
 こうして茶番劇に打ち勝った君は、ようやくリバイバルの青年【オッドリーク・ブロームス】と建設的な会話をすることに成功した。
 といっても結論からいえば、彼もまた一般的なリバイバル同様記憶が抜け落ちているらしく、肝心なことはほとんど分からなかった。

 自分のことは、気楽に『オッド』と呼んでほしいこと。
 彼が目覚めた時には既に学園にいたこと。
 色々と校舎を回ってみたり先生達に尋ねたりしたが、知り合いに出会えなかったこと。
 学園長から『期待の学園生』達がいるから相談してみると良い、という助言を受けたこと。
 人見知りだから自分からは中々声がかけられなかったこと。

 要点をまとめれば、大体こんなところだろうか。
 一応彼が必要以上に強調するため組み込んだが、特に最後のひとつについては正直納得がいかない。
 けれど思い返せば、確かに壁や柱など、いつも何かしら障害物に隠れるようにしてこちらの様子を窺っていたのは確かだ。
「というわけで。俺の記憶を取り戻すのに協力してほしいんだよね」
 様々な紆余曲折があったものの、こうしてみればシンプルな依頼に思えた。
 リバイバルが自身の記憶を探す。
 そのための手助けというのは、魔法学園と呼ばれるここ『フトゥールム・スクエア』では日常茶飯事だ。
 これを解決すれば、授業の合間にこちらを覗き込む物欲しそうな視線から逃れる事ができる。
 もしくは、単純に人助けに熱意を燃やす者もいれば、ただただこの男の過去に興味を持っただけの者もいるだろう。
 理由はともあれ、彼からの依頼を受けることにした君達は、後日呼び出しを受ける事となったのである。

●回想
 『皆はなんで学園に辿り着いたのかを教えてほしい』。
 それはあまり大きな音ではなかった。
 だが、放課後の教室で理由も分からず待機する面々の注目を集めるには十分すぎるもの。
 リバイバルの青年が発した開口一番。
 突然投げかけられたそれに、集まった面々は困惑の視線を交わしあう。
「って、こんな風に言ったらそりゃ困るよな。えっと、助けてほしいってお願いした身分でこんなこと言うなんて、申し訳なさで胸がはち切れそうなんだけどさ。なんてーか……俺自身、何を忘れてるのか。何をしたいのか。正直曖昧で……」
 へへへと頭をかく仕草は、情けなさを感じさせた。
 だが、普段のおちゃらけた雰囲気とは少し違う。
 記憶がないことへの負い目だろうか。
 ばつが悪そうに目を逸らす姿は、彼なりの精一杯の姿にも見受けられた。
「取りあえず、まずは俺に気づいてくれた皆の役に立つ事がしたいと思ったわけ。皆も、顔見知り同士なら互いにやりたいことを手伝いやすいだろうし、初対面なら初対面で、互いの目標とかを知れるのはいいきっかけになるっしょ? てか俺天才じゃね!?」
 なるほど。
 彼に対して各々の自己紹介は済んでいるであろうが、それぞれの関係性や、これまで繰り広げてきた冒険の思い出などは、当然伝わってはいないだろう。
 彼のいう通り、紹介ついでにここで振り返るのは悪くはないかもしれない。
 間違いなく調子に乗るので、絶対に言ってやらないが。
「勿論、学園に入る前と今で変わってるならそれも面白いだろうし、俺みたく見失っちまってんなら、ここで新しい目標を決めてもいいかもな」
 こうして放課後の教室では、ささやかな懇談会の会場へと変化する。
 オッドが用意した軽食や飲料を片手に、君達は何を語らうのであろうか。

●感情
 時は常に流れる水のようなもの。
 岩をも砕く激流のような一瞬もあれば、穏やかで優しいせせらぎだったこともある。
 それらは思い出という名の生きた証となって心に降り積もる。
 思い出に善悪はない。
 得たことも失ったことでさえも平等に記憶される。
 ならば。
 重ねた記憶はどうして価値が異なるのであろうか?
 ……過ぎ去れば早かった、と感じたその先に。
 どうせなら。
 いつかの未来で楽しく笑い合えるように。

 彩りを与えられますように。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 3日 出発日 2021-02-08

難易度 とても簡単 報酬 ほんの少し 完成予定 2021-02-18

登場人物 4/4 Characters
《勇者のライセンサー》フィリン・スタンテッド
 ヒューマン Lv33 / 勇者・英雄 Rank 1
「フィリン・スタンテッド、よ……よろしく」 「こういう時、どうすれば……どうすれば、勇者らしい?」 (※追い詰められた時、焦った時) 「黙って言うこと聞け! 殴られたいの!?」 「ぶっ殺してやる! この(お見せできない下劣下品な罵詈雑言)が!!」   ###    代々勇者を輩出してきた貴族スタンテッド家(辺境伯)の令嬢。  一族の歴史と誇りを胸に、自らもまた英雄を目指してフトゥールム・スクエアへと入学する。  愛と平和のために戦う事を支えとする正義感に溢れた性格で、『勇者らしく人々のために行動する』ことを大事にする。  一方で追い詰められると衝動的に罵声や暴力に訴えてしまう未熟な面もあり、自己嫌悪に捕らわれる事も多い。 『彷徨う黄昏に宵夢を』事件で対峙したルガルとの対話から思うところあったのか、頑なな勇者への拘りは少し角がとれたようだ。 ※2022年8月追記 全校集会『魔王の復活』後、昨年クリスマスに結ばれたルガルとの子供を身籠っていた事が判明 (参考シナリオ) 恋はみずいろ L’amour est bleu https://frontierf.com/5th/episode/episode_top.cgi?act=details&epi_seq=649 ◆口調補足 三人称:〇〇さん(敬語では〇〇様) 口調:~かな、~ね? その他:キレた時は『私、アンタ、(名前で呼び捨て)、(言い捨て)』 ◆Twitter Sirius_B_souku
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  
《グラヌーゼの羽翼》エリカ・エルオンタリエ
 エリアル Lv33 / 賢者・導師 Rank 1
エルフのエリアル。 向学心・好奇心はとても旺盛。 争い事は好まない平和主義者。(無抵抗主義者ではないのでやられたら反撃はします) 耳が尖っていたり、整ってスレンダーな見るからにエルフっぽい容姿をしているが、エルフ社会での生活の記憶はない。 それでも自然や動物を好み、大切にすることを重んじている。 また、便利さを認めつつも、圧倒的な破壊力を持つ火に対しては慎重な立場を取る事が多い。 真面目だが若干浮世離れしている所があり、自然現象や動植物を相手に話しかけていたり、奇妙な言動をとることも。 学園へ来る前の記憶がないので、知識は図書館での読書などで補っている。
《1期生》アケルナー・エリダヌス
 ローレライ Lv20 / 勇者・英雄 Rank 1
目元を仮面で隠したローレライの旅人。 自分のことはあまり喋りたがらない。適当にはぐらかす。 ふとした仕草や立ち居振舞いをみる限りでは、貴族の礼儀作法を叩き込まれてるようにもみえる。 ショートヘアーで普段は男物の服を纏い、戦いでは槍や剣を用いることが多い。 他人の前では、基本的に仮面を外すことはなかったが、魔王との戦いのあとは、仮面が壊れてしまったせいか、仮面を被ることはほとんどなくなったとか。 身長は160cm後半で、細身ながらも驚異のF。 さすがに男装はきつくなってきたと、思ったり思わなかったり。 まれに女装して、別人になりすましているかも? ◆口調補足 先輩、教職員には○○先輩、○○先生と敬称付け。 同級生には○○君。 女装時は「~です。~ですね。」と女性的な口調に戻る。

解説 Explan

 『PCが勇者の学校に訪れた理由』という観点から、PCのこれまでを振り返りつつ集まったメンバーと語り合うエピソードです。

 まずはこちらをご覧下さい。
 【・時
  ・場
  ・誰
  ・何
  ・想
  ・味     】

 今回参加される皆様には、このテンプレに沿ってプランを作成して頂きます。

〇項目解説
  テンプレは、詳細な程皆様のご想像に近いリザルトに出来ると思います。
  埋められない項目は空白で構いませんし、テンプレが難しい場合は自分の得意なプランの書き方でOKです。

  ・時 現在は勇者暦2021年の2月です。
     それより前の時間軸を指定して下さい。
     (但し、勇者暦以前といったあまりに極端な過去の指定等は、そのまま採用できない可能性があります)

 ※例:PCが6歳の頃、第2回全校集会中、自分の参加したエピソード「○○」の後、等。
 (以前参加されたエピソードにこのエピソードを関連させる場合、プラン指定できるエピソードは1本までとさせて頂きます。
  他GM様の使用するNPCとの新たな交流や、公開済みリザルトの結果を覆すような内容はプラン不採用になります)

  ・場 PCが語る思い出の舞台です。
     具体的な土地名でも良いですし、水の流れる場所など抽象的でも構いません。

  ・誰 思い出に登場する人物名です。
     基本的にはPC本人になりますが、このエピソードに一緒に参加しているPCであれば、共通の思い出として指定出来ます(双方プランで明記下さい)。
     また、PCの両親など、PLが想定するNPCも可。
     公式NPCも一部を除いて基本可。
     
  ・何 思い出の中であった出来事です。
     戦闘、捜索、ただの世間話、誕生日パーティー等々、出来事の種類や内容をご記載下さい。

  ・想 思い出に対してPCが抱いている感情です。
     巻き込まれた、放っておけないなど、心情や行動の目的に近い内容をご記載下さい。

 ※ゲーム上採用できないプランを除きまして、プラン採用の上全編ほぼアドリブの形になりますので予めご了承ください。


作者コメント Comment
※解説追記

  ・味 PLが望む、リザルト描写に対する味付け希望です。
     喜怒哀楽や甘い、酸っぱい等、リザルトの雰囲気で希望される方向性があればご記載下さい。

 追記ここまで※

 かなりお久しぶりになってしまいましたが、色々落ち着き始めましたので、久しぶりのエピソードになります。
 少々分かりづらい内容となってしまい申し訳ございません!
 このエピはオリジナルノベルを発注するようなものですので、プランは皆様の「ゆうがくの中でやりたいこと」が伝わればOKです! 
 できることに限りはございますが、pnkの出来る限りをもってお応えできればと思います。
 (リザルト文字数は、1本のリザルト形式にするために多少前後に文章が入りますが、残りは参加人数で最大文字数を均等割します)

 こちらの都合上相談期間が短いですので、その点はお気をつけを!
 (白紙の場合かなり切ない描写になります涙)
 
 それでは、リザルトにてお会い出来る事を楽しみにしております。


個人成績表 Report
フィリン・スタンテッド 個人成績:

獲得経験:21 = 18全体 + 3個別
獲得報酬:504 = 420全体 + 84個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
●作戦と分担
少々誤魔化しつつ、自分を見つめ直すため過去語り
(アクション側の過去話は外向きの嘘が混ざってます)


●行動
「私、どうしようもないマゾヒストなのかも」

子供の頃、ワケあってよろしくない職の人に師事した話。

「尾行とか罠とか、ああいう技を習った時ね…今でも最低に近い人だと思う」
「厳しいじゃなくて、理不尽。暴力的で、機嫌悪いと何言っても聞かなくて、怒鳴ってばっかで、軽蔑しかないの」
「けど今思うとね…それが嫌いじゃなかったって」

(『拝啓、見知らぬ貴方様へ』の時の話をして)
「ベカジボ村でルガルってルネサンスとやりあったでしょ…滅茶苦茶にやられて、罵られて…悔しくて、興奮してたの」

「おかしいよね、私」


クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:21 = 18全体 + 3個別
獲得報酬:504 = 420全体 + 84個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
・時
学園に来る前の、ずいぶん、昔の話だ
百か、二百か、いや、それ以上かもね


・場
故郷でのことだ。緑と、鉄の匂いがするいいところだった
今も昔と変わらないのだろうか?もう長らく帰っていない


・誰
生前の俺だ
時折、あの温度ある肉体が恋しくもなる
今の身体は色々便利だけれど、ね


・何
何のことはない、日常のことだ
街の人々は皆優しかった。古書店のジョシュじいさん、花屋の看板娘カーラ、占星術師メリア……
とても親しくしてくれた


・想
あの日々は本当に平和だった
……みんな、もう、存命しているかも怪しいだろう
ヒューマンやルネサンスならまず生きていない。長寿の種族でも……どうかな
知ることもなく街を離れてしまった

エリカ・エルオンタリエ 個人成績:

獲得経験:21 = 18全体 + 3個別
獲得報酬:504 = 420全体 + 84個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
時:2018年11月より少し前

場:学園からそう遠くはないが、周辺に街や村のない暗い森の中
  学園内

誰:学園の職員か先輩NPC、夢の中で自分を呼ぶ『誰か』

何:行き倒れていたところを学園の人に救助され
治療されるも記憶は戻らず、行くあてがなかったので学園生となる

周辺の町や村、エルフの居住地を調べてもらったが
家族や知り合いだという人は見つからなかった

発見時は酷く衰弱していて治療を受けてもなかなか意識を取り戻せず
悪夢にうなされるような状態が続いていた

目を覚ましても、しばらく状況が飲み込めず茫然自失としていたが
周囲の助けで明るくなった

想:自分が何者か分からない不安があったが、学園の暖かさで安心感を得るように

アケルナー・エリダヌス 個人成績:

獲得経験:21 = 18全体 + 3個別
獲得報酬:504 = 420全体 + 84個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
何で学園に辿り着いた……か
面白い話ができると……いいけどね

・時
この学園に来る二年程前

・場
それなりに人の多い、異国の街の小さな家

・誰
私の魔法と勉学の師

・何
年老いた師が、病の床に臥せって、光に還る間際に
「私から教えたいことはまだまだ山ほどあるのに、情けないかな。最早……身体が言うことを聞かない」
「力を得たいのならば……フトゥールム・スクエアに行かれよ」
「私としては……あなたには、ただただ平穏に……生きて、欲しかった」

と、言い残して、世を去った
その後、剣の師とともに勉学の師を弔い
剣の師と別れて、ひとり学園を目指した

・想
返しきれぬ恩に対する感謝と、同じくらいの悲しみ
決別できない過去への想い

・味
ほろ苦

リザルト Result

●郷里に残したもの
「何故学園に辿り着いたのか、か」
 集まった面々の中で、最初に声を発したのは【クロス・アガツマ】であった。
「中々に考えさせられる質問だ。学園を目指して辿りついたなら、学園での目標も語れるだろう。しかし学園には流れ着いただけで、理由を持ち得ない者もいるかもしれないぞ?」
 彼の問いかけに、今回の依頼人【オッドリーク・ブロームス】はどんな話でも構わないと言った。
「俺には記憶がない。けどその分、どこに取り戻すヒントがあるか分からないし。質問の答えになってなくたって気にしないさ。皆の役に立ちたい身としては、皆の事を少しでも知れればオールオッケー。敵を騙すならまず味方から的な?」
 その言葉にクロスは微笑む。
「それを言うなら相手を知り、自分を知れば。だろう?」
「え、そうだっけ?」
「まぁいいさ。こちらの質問に答えてもらったことだし、そうだな。最初は俺の話を聞いてもらうとしようか」

◆◇◆

 俺の故郷は少し他の村や街とは変わっていてね。
 少なくとも名のある大都市ではない、知る人は知る所。
 一言で表わすのなら自然と技術が調和する街、といったところか。
 この大陸にある以上、当然どこにでも四季はある。
 だが地形的に大陸の気流や地熱などが影響したんだろう。
 雪なんて滅多に降らないくらい年中暖かな気候に育まれた地域だ。
 だがそこで暮らす人々は、豊かな緑に身を委ねるだけでなく、魔法の研究に力を注いでいた。
 その理由は街に代々受け継がれている言葉にある。
『魔法は精霊が誰かに与える特別な奇跡。けれどその奇跡は誰しもを幸福にし得る』。
 聞いたところによれば、この言葉はかの魔王事変の際、魔王軍と戦う勇者の仲間の誰かが残したものらしい。
 ともかく、その言葉に感銘を受けた先人は勇者とその仲間達を助けつつ、精霊からの啓示を得ていない自分達のような存在も、魔に立ち向かう力を誰もが得られるようにと研究を始めたのが起源だと聞いている。ある種学園と似ているかもしれないな。
「俺は『魔科学』という学問を探求する研究者であり、魔術師だった。この言葉に聞き覚えは?」
「魔科学? 魔術師?」
 どれもオッドには馴染みがないらしく首をかしげている。
「そうか。言葉の認識は地域によって様々だろうが、俺の地域における魔術とは、魔法そのものは扱えなくとも、自然界に起こり得る科学現象と己の魔力を扱う術を磨くことで魔法と同等の結果を導く手法を指している。それを行うのが魔術師だ」
「学園でいう魔法使いとは違うってこと?」
「同一と認識するならそれで構わない。だが魔法は呪文によって導く結果を定めるが、魔術は呪文の代わりに、結果を確実にするための道しるべを要する。魔法が呪文を唱え魔力を放出するだけで無から炎を作り出すものなら、放出した魔力を炎に変換させるためには何をすれば良いのか? 魔法陣の描き方から用いる魔法道具の種類、その時の気候条件に至るまで……あらゆる可能性から道しるべを探し出し、求める答えに辿り着くものなんだ。とはいえ、大衆が日常生活において扱えるまで確立している魔術となると、せいぜい牛型の魔法具に魔力で増幅した静電気を流すことで動かし、荷物の運搬を楽にする。といった程度のものだが」
 オッドの悩ましげな話を見て、これ以上の詳細な説明は記憶に繋がらないと判断したのであろう。
 クロスは咳払いをひとつ置くと続けた。
「すまない、些か専門的になりすぎたようだ。少々乱暴に要約すると、魔術と魔法とは結果までに辿る過程が異なるに過ぎない。魔科学それ自体も俺のような研究者でなければ、学問としてより、魔術によって道具を半自動で動かす便利な技術、くらいの認識だろう」
 彼は目の前のコーヒーへ手を伸ばすと一口だけ含み、体内で魔力へと変換して吸収していく。
「アプローチを変えてみようか。前提知識から模索する地域文化の共通性ではなく、ごくありきたりな会話に潜む共感性あたりをね。これはまだこの豆の香りを、嗅覚で感じられていた頃の話になる――」
 それから俺は故郷での暮らしを思いつくままに話した。
 例えばある一日の話を。
 寝覚めの身体に染みるコーヒーの上質な苦み。
 古書店で魔術の本を探す俺に、色々と魔術以外の話題、別な地域の年相応の男子なら当然知っていそうな雑学を教えてくれた【ジョシュ】じいさん。
 じいさんに言われるまま買わされた花の本を片手に尋ねた花屋で、ガーデニングについてあれやこれやと教えてくれた看板娘の【カーラ】。
 草木が放つ爽やかな香りの合間に漂う、魔法薬の臭い。
 職人達が汗を垂らしながら、いずれ魔法具となるであろう鉄を打ち付ける音も心地良い。
 それから。
「……」
「ん、どうかした? 突然黙ったりして」
「あ、ああ」
 言葉に詰まるクロス。
 彼はふと思い起こす。
 『待ってなさい! アンタなんて一瞬で追い抜いちゃうから!』
 この話は彼が本当の意味で生きていた頃の物語。
 つまりは学園に来る前であり、普通のヒューマンなら死んでしまっているくらい昔の話だ。
 学園からの距離も考えると頻繁に顔を出せる距離ではないとはいえ、もう随分と長いこと帰っていない。
(俺はあの平和だった日々を、優しかった人達を守りたかった。だから魔物達の脅威を見過ごすわけにはいかない。街を出たとき、俺は世界をより良くすることを望んでいたはずだ)
 では今は。
 守るべき存在は。
 なぜこの姿となって生き返ったのか。
 精神の深層にかけられた錠は、未だ彼の記憶の扉を守護し続けている。
(俺自身もオッド君と同じリバイバル。どこかに記憶の欠落があるはずだ。それを見つけた時俺は……)
「クロス?」
「何でもないさ。次に何があったか思い出していた。その後俺は歩き回った身体の火照りを冷まそうと入った喫茶店で、友人の占星術師【メリア】と談笑して……後は自室に戻り研究の続きを、といったところか」
 クロスはそこで話を終わらせたが、頭の中ではその時の会話を反芻していた。
『聞いたわよ。アンタまたその綺麗な赤髪と甘いマスクで余計なことを。花なんか愛でてこれ以上モテたいってわけ?』
『よしてくれ。俺が色恋苦手なの知ってるだろう? このアカシアもただ貰っただけだ』
『カーラも可哀想……』
『すまない、声が小さくて聞こえなかった。何だって?』
『何でも。アンタ宿育ちだからかえって耐性ないってね、知ってるわよ。それより準備出来たの? もうすぐでしょ、出発』
『いいや。どの本を持っていくか悩んでいてね』
『ならこんな所で油売らない!』
『ははっ、分かったよ』
『……ねぇ。【――】』
 思い返せばメリアとはあれから会っていない。
 あの腐れ縁に、もっとしてやれることがあったかもしれない。
 だが今俺を突き動かす研究への想いに間違いはないはずだ。
 俺は俺を否定しない。嘘になんてしないと決めたのだから。


●大切なのは、今を受け入れること
「魔術の街かー。学園の中もまだまだ未探索だけど、いつか行ってみたいもんだ」
「そうね、わたしも行ってみたくなったわ。クロスさんの故郷」
 頷くオッドに【エリカ・エルオンタリエ】も同意する。
「エリカの故郷はどんな所だったんだ?」
「期待してもらったのに悪いんだけど、実はわたしも記憶がないのよ」
「え? エリアルなのにリバイバルって事か!?」
「ふふっ。違うわ、わたしの場合は単純な記憶喪失。大体2年と少しくらい前かしら。学園の敷地からそう遠くない森の中で倒れていたのを保護されたの」
 その時のことでわたしが覚えているのは……。
 口元に手を当てて、記憶の糸をたぐり寄せながら、エリカはぽつりぽつりと語り始める。

◆◇◆

 保護してくれた学園の先輩が言うには、あと少しでも発見が遅れていたならば、わたしを見つける事はできなかったらしいわ。
 細かな説明は覚えていないけれど、それだけは妙に頭にこびりついてた。
 だってそうでしょう? 『見つからない』から『発見できない』んだもの。
 そのことに時間なんて関係ないはずなのに、どうしてそんな言い方をするのかしら?
 重傷者用のベットの上で、見知らぬ天井を眺めながらそう思ったわ。
 多分この気持ちが、私が覚えている中で最も古い記憶。
 でもここでおかしいのはわたしの方。
 きっと先輩は『わたしが消滅寸前だった』って伝えたかったんだと思う。
 ただ正直なところ、あの時のわたしはそれ以上何も考えられなかったの。
 考えようとも思わなかった。
 それは、学園のベットに運び込まれて丸3日寝ていたからかも知れない。
 何かに例えるなら、まるで生きる屍。
 何も覚えてなくて。何も分からなくて。
 ただそこに命があるだけの存在だった。
 目を覚ましてからは、出された食事や水くらいは頂いたわ。
 ちゃんと栄養とかも考えて味付けされていたと思う。でも。
 ……でも何だかそれが、まるで自分の中が知らない毒素で汚されていくみたいだった。
 腐った汚物でも啜っているみたいに、苦行に感じられた。
 その辛さに目を背けようと眠れば、いつも同じ悪夢を見たの。
 夢の中で気づけば、わたしは火柱が立ち上り、雷が降り注ぐような良く分からない空間に立っていて。
 心をかきむしるような苛立ち、不快感に振り向くと、目の前には不思議な陰。
 人のようなシルエットはしているけれど、それ以外には何も認識できない陰。
 そんな陰がずっと呼びかけてくる。エリカという言葉。
 多分それはわたしの名前だと思った。何度も何度も繰り返されるから。
 あの頃は寝ても覚めても。ずっと地に足付かないような、それでいて重苦しい陰鬱な空気に包まれたみたいで。
 身体は全く動いていないのに、頭の中でうるさく言葉が駆け巡って、どんどんどんどん疲れていく。
 治療によって身体は回復しているはずなのに、わたしの心は日に日に淀んでいったわ。
 でも目を覚ましてから4日後。私を助けた先輩がお見舞いに来てくれたの。
「おーっす。調子はどう? エルフちゃん」
「……どうも」
「かぁー! なにそれ? 本気で言ってる!?」
 ベットに横たわる少女は、その虚ろになった赤い瞳を部屋の入口へ向けた。
 すると1人の女が、身の丈にも至ろうかという大剣を背負いながら、軽快な動作でこちらに近づいてくるではないか。
 歩く度に音立てるプレートアーマーも、彼女の豊かな胸をしっかりと保護していたが、何故か下腹部には保護が足りていなかった。有り体に言えばヘソ丸出しだ。
 痴女なのだろうか。一瞬そんな感想が頭を過ぎった。
 まるで非常識だと思った。何故かは分からないけど。
 しかしそんな気持ちはすぐに消えた。
「だーかーらー。腹から声が出てないっていってんの!」
「……はぁ」
「あーもうダメね。私に例えるなら、まるで前日夜更かししすぎて朝一の授業を寝過ごした二日酔いの朝の顔だわ。心はゲンナリ、顔はゲッソリ。一緒にいたはずの彼氏はヒッソリ消えてたってくらい酷い」
 散々な言い分だが、茫然自失とするエリカには彼女の言葉は頭に入ってきていなかった。
 だが、どうやら彼女もエリカが話を聞いているかどうかは興味ないらしい。
 一人淡々と話し続ける。
「取りあえず食事ね。お風呂は……保健室だから身体くらいは拭かれてるか。まぁ良いわ、エルフなら毎日お風呂代わりに滝に打たれたりしてたでしょ、きっと。行くわよ」
 それだけ言うと彼女はエリカの返事も待たず身体を持ち上げると、食糧の入った麻袋でも担ぐように肩にかけ部屋を後にした。
「それから暫くは、まるで先輩のおもちゃ。人形みたいにされるがまま」
 はいこれ。私の手料理よ、ありがたく頂きなさい。まずい? 美味しくないのはその食材や料理の手法を知らないからよ。見た目は悪くても、理屈で納得して気持ちで受け入れさえすれば案外いけるわ!
 うわ。キレーな肌……スライムみたいにプルプルしちゃって! これがエルフのやり方ってわけ!?
 ほら行くわよ。どこに? あなたを見つけた森の近くにあるエルフの集落群に決まってるでしょ。誰かあなたを知らないか、片っ端から聞き込みよ! 情報を制する者が勝負を制するんだから!
 あなた、読み書きは? そう。ならそこから勉強ね。こういう時は本を読むに限るわ。はい、『厨二病羅患のススメ』。難しい文字も多いし最初は辛いかもしれないけど、この本を読み終える気力があれば、今後どんな本に出会っても怯まないわ!
 本が気に入った? ならどんどん読めば良いわ! 大丈夫、私の名前で本が借りられるようにしとくから。
「先輩を通じて、わたしはここでの生活を徐々に受け入れていったわ。正直最初は振り回されているだけに思えたけど、あの時のわたしには、それくらいが丁度良かったのかも知れないわね」
 思い出を話すエリカの顔は、キラキラとした表情を浮かべていた。
「そして、わたしが本当に安心してここでの暮らしを受け入れられたのは、きっとあの時から……」
 ある時、先輩の部屋を訪ねていたエリカは、毎晩見る悪夢について話した。
「……そっか。エリカか。エルフちゃんの名前は」
「え? あ、はい。……多分」
「ならエリカって名前は忘れちゃだめ。どれだけ辛くても、きっとあなたの記憶に関係する大切なものだから。その代わり……!」
 机の上に一冊の本が置かれる。
「これは?」
「私の友達帳エルフ編! 学園の課題とかで知り合った人の名前を書いて忘れないようにしてるの。だから、この中から好きな名前を貰っちゃいなさい」
「どうして?」
「その方が都合が良いからよ。実在する名前なら色々誤魔化しもききやすいし。名前を決めたら、こっちの紙に書きなさい」
 彼女が置いたのは、入学願書と書かれた羊皮紙。
「今ここにいるあなたは、私の大切な後輩のエリカよ。ここで生きるにはそれで十分。過去に苦しめられるくらいなら、今を楽しみなさい」





●この想いが気づかれないように。この想いが消え去ってしまわぬように。
「それでエルオンタリエを選んで、晴れて学園生になったわけか! いや~素晴しい! ねぇ、君もそう思ったでしょ!?」
「ああ、そうだね。取りあえず、もう少し離れて貰っていていいかな?」
 まるで近所の娘の成長を勝手に喜ぶ知り合いのおじちゃんといったところか。
 オッドの度しがたい絡みを【アケルナー・エリダヌス】は華麗に捌ききる。
「ちょちょちょ、アケルナー君! なんか冷たくないですかー? ローレライさんだからって『ブリジラ対応』ってやつですかぁー?」
「……やれやれ。その、なんだ。君の情熱に当てられてしまってね。そのくらい元気なら、きっとエリカ君のようにこれからの楽しい事を探すだけでもやっていけるんじゃないかな」
「そんな事言わないで下さいよ兄さん~。よっ! 兄さんの、仮面の下の、ちょっといいとこ見てみたーい!」
(本来ならちょっと別室でお話を。といきたいところだが、クロスさんやエリカ君が過去を語ってくれたこの状況で、私だけ何も語らないというのもそれはそれでマズいか……)
 剣に向かいかけた腕を止めると、仕方なくアケルナーも自分の過去について話す事にした。

◆◇◆

 何故私が学園に辿り着いたか。
 面白い話にできれば良かったんだが……生憎、私はこういった自分の事を話すというのに慣れていなくてね。
 ありのままを話すよ。
 結論から話せば、亡き師匠に言われたんだ。
 当時、私は二人の師匠と共に、ある街の小さな家に暮らしていた。
 一人は私に魔法の扱い方を教えてくれた師匠。
 もう一人は私に武器の扱い方を教えてくれた師匠。
 師匠達とは結構な付き合いでね。
 付き合いの中で見れば、本格的な修行を付けてもらうようになったのは最近だが、互いに勝手知ったる仲ではあったかな。
 そうだな……。確か、学園に来る二年くらい前だよ。それを言われたのは。
 魔法の師匠が、病に侵された。
 それが毒や氷結といった、魔法で直せる類いなら良かったが、そうじゃなかった。
 昔負った古傷から感染した菌が繁殖して起きた病だったんだ。
 ジワジワと。私達が気づかないうちに蝕まれていたその身体には、もう手の打ちようがなかった。
 苦しむ師匠の姿に、皮肉にも教わった言葉を思い出したよ。
『魔法そのものは万能じゃない。万象における扱いを心得、万事における正しき決断ができる者が用いてこそ、魔法は万能の奇跡となる』って。
 そう。私は彼をこの苦しみから救う術を知らなかった。
 彼に何をしてあげるのが正しかったのか、決められなかった。
 だからせめてと、側に居たんだ。
 いよいよその時が来て、師匠の身体が光へと還っていく。
 もうこれが最後と、擦れた声で師匠は言ったよ。
 私が教えられなかったことを学びたいならば、フトゥールム・スクエアへ行け、とね。
「だから私はここに来た。勿論、ただ師匠から学べなかった魔法を学ぶだけのつもりはないさ。こうして困っている人がいれば協力しようと思うし、魔物のような脅威が迫れば、私もできる限り戦おう。……こんな感じで良いだろうか?」
「うぅ……ううぁああ~~」
 アケルナーの告白に、オッドは本当に泣き始めた。
 リバイバルなので涙が零れるといったことはないが、泣きじゃくる声の大きさは、恐らく生前と差し支えないだろう。
「師匠の遺言背負って入学とか! 先輩マジで良い人じゃないっすか~!」
「わ、分かった。分かったから止めてくれ」
 どうやらオッドのおかしなスイッチが入ってしまったようで、彼が泣き止むまで暫し会話が中断される。
 その間他のメンバー達はオッドをなだめたり、アケルナーの過去に対して各々の思いを語ると言ったことで時間を過ごす事となる。
 相づち程度に返答するアケルナーだったが、内心では、当時の言葉がありありと蘇っていた。
『私から教えたいことはまだまだ山ほどあると言いますのに、情けないかな……。身体が言うことをきかんとは。……申し訳ございませぬ、姫様』
 なぜ爺やが謝るの?
 私をあの闇色の騎士から庇った時の傷が原因で、こんなにも苦しんでいるというのに!
『そうではありませぬ。大人の事情にあなたを巻き込んでしまった。……不甲斐ない我らの責任ですわい。……悔やまれるは、姫様を守り育て導くことが、亡きご両親との約束。……願わくば、姫様がただただ平穏に……幸せを掴んで生きて下さるまで……見守り……』
 爺や!
『姫様……あなたに残るのはカストルのみ……力が必要となるならば……フトゥールム・スクエアへ行かれよ。あそこならきっと……』
 フトゥールム・スクエア? あの魔法学園の……。
『最後まで……お側におられぬ不義理を……どうか……許、し……て』
 手を伸ばした。
 無駄だと頭では分かっていた。爺やから習っていたから。
 けれど、伸ばさずにはいられなかった。
 どのくらい後か、仕事から帰ってきたカストルは、ベッドで泣きはらす私を見て察したらしい。
 その夜、私は彼と一緒に爺やを弔った。
 土の中に彼の遺品を入れ、十字架を立てて生死の精霊に祈りを捧げる。
 その時滞在していた街の流儀に則り、二人だけで見送った。
(ここに来てから、確かに私は力を手に入れた。色々な困難に立ち向かい、沢山の事を学んだ。けれど……)
 学んだからこそ、その力をどう扱うべきなのかアケルナーの心は迷っていた。
(爺やの命を奪い、カストルが腕を失う原因となったあの騎士……。そして私を育ててくれた両親を殺した黒幕。もしこのまま力を付けていったら、私が皆の仇討ちをできる日が来るかもしれない)
 しかし、いつも爺やの最後の言葉が思い返される。
(ただただ平穏に、幸せに……。私が仇討ちを選んだなら。【マルグダ・ミルダール】としてもう一度生きていくのなら。……きっとまた、政治抗争が勃発する。罪のない人々が、私のような想いをすることになる……)
 これまで何度も問い、そのたびに迷宮入りしてきたこの難問に悶々としていたアケルナーだったが、部屋の中で起こった変化に現実へと引き戻された。
 ようやく、オッドが泣き止んだようだ。
「あれ、そういえばその仮面はどうして付けているの? 師匠からの贈り物とか?」
「えっ。これ? これは……」
 アケルナーは暫し押し黙った。
 その場にいた誰もが気づかなかったが、沈黙があける時……彼の声は僅かに震えていた。
「そんなんじゃないさ。えっと……そうそう。生まれつき目が弱くてね。これを求めたのはずっと前の事だよ」
 そう、それはもっともっと昔の話。
 家を焼かれ、家族を失い、身分を奪われたあの日から。
(迷っちゃいけない。何故髪を切り、女であることを隠した? 私はこの仮面に誓ったじゃないか。大事なものを守れる力を得ることを。決別しきれない過去を封印するのだと。この仮面は、誓いの証。この仮面が、背負うべき過去の代わり)

●初めての告白
「えっと……順番的に、次は私の番よね?」
 そういって目線で問いかける【フィリン・スタンテッド】に、オッドはぶんぶんと頷いて見せる。
「そりゃあね! 風の噂で、スタンテッド家のご令嬢は代々学園に勇者としての心得の学びに来てるすっごい家系って聞いたし、どんな風に考えているのか気になってて!」
「そう……えっと」
「知りたい! ぜーんぶ知りたい!」
 その言葉に、彼女の表情はまた少し陰りを深めた。
 本来はこれが自然の反応なのだ。
 某学園長のように、うるさいくらいに知れ渡っているわけではないが、学園生の中には、フィリンのように特定地域において名を知られている家柄から、家庭の都合で学園にやって来るものも決して少なくはない。
 時代が時代ならば、アケルナーもまたマルグダとしてここへ通っていたかもしれないだろう。
 そうしたある種の宿命を負った人間は、他者からの興味の対象となりやすい。
 当然フィリンもまたその好奇の視線の餌食になってきた側の人間だ。
 恐らく、食堂かどこかで誰かが彼女の話をしていたのを、オッドが盗み聞きしたのであろう。
 だが、学園に来たばかりのオッドは当然知らないこと。
 ひいては、その噂する生徒の大半も知らないような、彼女の秘密。
 彼女はこの学園に入学する直前まで、【ライア】という少女であり、本物のフィリンでもなければ、スタンテッド家の人間でもないこと。
 これはこの学園に入って二年余り、彼女がずっと隠し続けてきた、重荷であった。
(私はフィリン。そう偽ってこの学園に入学した。一生懸命課題をこなして、みんなに望まれた、清廉で高潔な勇者になりきる。それが私の生きる意味で、私の生きる価値だと思っていた。でも……)
 学園での歳月は、確実に彼女を変えていった。
 自身が思い描くフィリンという存在の姿と、自分が実際に経験し、学園の歴史にフィリンとして刻まれた姿。
 その狭間で、彼女はかつての自分が犯した罪を受け入れながら、身代わりではなく、ライアとしてフィリンの意志を継いでいこうと考えていたのだ。
 だが、やはりこうした世間が求めるフィリンというものを見せつけられると、その決意も鈍るというもの。
(やっぱり、私は……)
「違うわ。オッドさん」
 そんな時、フィリンとオッドの間に割って入ったのはエリカであった。
「確かに、フィリンさんは学園生の勇者候補として、色々な事を頑張ってると思う。でも、彼女だって普通の女の子よ。上手くいかなければ怒ったりもするし、疲れた姿を見せる時だってあるわ」
「エリカ……」
「確かに。腕が立つから頼りにさせて貰っているが、それをそのまま理想の具現化として見るのは、彼女に失礼だ」
「誰にでも言いづらい事の一つや二つはあるものさ。フィリン君。無理する必要はないよ」
「クロスさん、アケルナーさん……」
 思ってもみなかった。
 確かにこれまで、ここにいる全員とは、様々な課題で苦楽を共にした。
 その中で、清純なイメージのフィリンには似つかわしくない言葉をつい吐いてしまった事も、思い起こせばそれなりに心当たりがある。
 だが……。
「皆、そんな風に私のこと……?」
 その言葉に、他の三人は口を揃えていう。
 世間のイメージに縛られる必要はない、自分らしくいれば良い。と。
「じゃあその……えっと。折角の機会だし、正直に言うんだけど……」
 仲間達の言葉が、彼女の背中を押した。
「私、どうしようもないマゾヒストなのかも」
 彼女のこの言葉が、世界を氷漬けにした。
 流石のオッドも唖然としたが、うつむき加減に喋って気づかない彼女に配慮して、今はこの事実を伝えることを待とうと決めた。

◆◇◆

 実は昔ね、その、ちっちゃな子供の頃。
 色々あって、なんていうか……あんまりよろしくない人達と一緒に過ごさなきゃいけなくなったの。
 理由? えっと、その時私、馬で遊んでて崖下に落ちちゃってさ。
 そこが立地が悪くて、中々救助に来られないような所だったんだけど、ケガして動けなくなってた時に、たまたま通りすがった人達に助けて貰って……。
 で、その人達は……そう、魔物! 魔物の巣を襲撃して、魔物が人々から奪った食糧を食べたり、武器や道具を返した報奨金で生きている人達だったから、尾行の仕方とか、罠にかける方法とか。なし崩し的に色々教わることになっちゃって……。
(あれ、なんでこんな話してるんだろ? でもダメ。止められない……!)
 フィリンが語る言葉は、宣言通り、正直なものであった。
 彼女が昔所属していた盗賊団では、実際に落馬してケガをした時に助けて貰った事もある。
 彼らの言い分曰く、『醜い人間なんて魔物より質が悪い』とのこと。
 そういった視点から考えれば、民家を襲って金品を強奪したことは、魔物の巣を襲った事と変わらない。
 些か無理のある理論であったが、長年隠し続けていた秘密の一端が漏れ出ようとする、フィリンの心には、それだけの方便があれば十分だったのだ。
「魔物からとは言え、略奪だなんて、それ自体は悪いことだと思ったわ。でも、生きるためにその時は仕方なかったと割り切ったわ。でもやっぱり最初は上手くできなかった。だから、結構怒られたり、叩かれたりしたわ」
 脳裏を過ぎる、盗賊団のボス。
 フィリンと相打ちになり死んだ悪党。
 ライアを救い、生きる術を与えた男。
『馬鹿が! お前のミスで俺達全員が死ぬかもしれねぇんだぞ!?』
『なんだよ? ほう、それが今日の成果か。ま、マシになったな』
『うるせえ。話しかけんな。今の俺は機嫌が悪りぃ』
『お前、いい女になったよなぁ。頭も回るし仕事振りが良い。俺の女にしてやろうか?』
「その……まぁ、色々されたわけ。それって今思えば理不尽で、暴力的。人として軽蔑するわ。ただ……今思えば、それが嫌いじゃなかったのかなって」
 続いて、彼女の話は【ルガル・ラッセル】という狼のルネサンスとの出会いへ移っていく。
「ベカジボ村からの依頼でルガルと戦った時、あの時も私はメチャクチャにやられて、罵られて、悔しくて……でも、なんだかこう、すごく身体が熱くなったの! 強い言葉を浴びせられる度に、心が沸き立ったの!!!」
 教室中に響き渡る想いの叫び。
 フィリンは後からこれを振り返り、『誰もいない放課後で良かった』と言ったのは別の話。
「……おかしいよね、私」
 全てを打ち明けた訳ではない。
 それをしてしまえば、彼女はフィリンとして本当に終わってしまう。
 けれど、今まで誰にも見せた事の無い、心の発露があった。
 いわばこれは、この暴露自体が、彼女が仲間達の想いに応えた結果生じた甘えであった。
 はぁはぁと肩で息をし、上気する頬にうっすら涙を垂らす姿はある側面から見れば最も少女的であったといっても過言ではない。
 盗賊団のボスに感じていたあの想い。
 ルガルに会う度に蘇る、胸の高鳴り。
 それが今、解き放たれた。

●皆のおもいで
「まぁ、その~さ。皆ありがとう! 本当に色々な話が聞けて良かったよ!」
 フィリンの叫びが木霊した教室に、最初に声を取り戻したのはオッドであった。
「確かに。今まで皆とは一定程度同じ時間を過ごしてきたつもりだったが、新しい一面を知れて、よりわかり合えた気がしたよ。だがすまない。話した通り、俺は女性に関しては門外漢だ。その気持ちがどういったものなのか。正直よく分からないが……つまりは負けたくない、という反骨精神が強いんじゃないだろうか。だから褒められると一層喜びを感じるんだろう」
「反骨精神……?」
 クロスの分析に、アケルナーも同意を示す。
「私も女性の気持ちはなんとも言えないが……少なくとも、フィリン君が成長し続ける秘訣を感じた気がするよ」
 まさか貴族時代に家で読んだ恋愛物語の登場人物と同じ、恋する雰囲気をフィリンに感じたとは言えず、アケルナーが仮面の下に隠す秘密が、また一つ増えてしまった。
「確かにね。わたしもそういう努力し続ける精神は見習いたいわ。それと……今の話を聞いて、これまで随分無理してたように思うわ。だからわたし達と話している時くらいは、肩の力を抜いて貰えると嬉しいわね」
「エリカ……皆もありがとう」
 彼女の真実が、皆に伝わったわけではない。
 だが彼女の本心は、様々な紆余曲折を経たとは言え、僅かに皆に伝わったとはいえよう。
 フィリンの中のわだかまり。
 本物のフィリンになろうとする意志。
 本物のフィリンからは想像もつかないような、汚れた過去と禁断の心。
 この狭間で揺れ動く心は対する葛藤は、未だ解決を見る事はない。
 だが、敢えてこれを乙女心の揺らめきと呼ぶのなら。
 歪んでいたとしても、誰かに相談できる場が出来たという意味で、彼女の心はほんの少し軽くなったに違いない。
「みんなの話を聞けて本当に良かった! 色々な過去を背負ってきた人もいるよな。辛いかもしれないけど、それを知れたから、背負うものを無くすために協力したいと思えた。逆に、今をどう生きているかを聞くこともできた。こういっちゃ変だけど、俺も記憶なんてなくたって、こうしてみんなと今居る時間を楽しく一生懸命に過ごしていけばいいんだって思ったよ!」
 翌日から。
 何かと理由をつけては人助けの名目で絡んでくるウザい幽霊が出るようになったんだとか。
 あぁ怖い怖い。
 そんな恐怖の噂にも、たった四人だけ。
 動じもせずに苦笑を浮かべる猛者がいたのだという。



課題評価
課題経験:18
課題報酬:420
わたしのおもいで
執筆:pnkjynp GM


《わたしのおもいで》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 1) 2021-02-05 00:04:58
賢者・導師コースのエリカ・エルオンタリエよ。
よろしくね。

わたしは学園に来る前の記憶がほとんどないので、
語れることは少なくなるかもしれないけれど、
できる範囲で頑張ってみるわね。

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 2) 2021-02-06 07:11:55
勇者・英雄コースのフィリンよ。よろしく。

学園以前の話でもいいってことだから、今のきっかけになった話を振り返ってみようかと思うわ。
(※学園どころか『フィリン』じゃない頃の話になる予定です)

《1期生》 アケルナー・エリダヌス (No 3) 2021-02-07 21:44:40
やあ。私は勇者・英雄コースのアケルナー。よろしく頼むよ。
何で学園に辿り着いた……か。

何か面白い話ができると……いいけどね。