ごうごうと赤く、夜空に瞬く星々を焦がさんとばかりに立ち上る、業火。
　巻き込まれた村は、ぱちぱちと爆ぜ、焦げ臭さとともに煙を吐き出す。
　煙は白く、灰色に。
　舞い上がる塵は、家屋の残骸か、はたまた……。
　村の入口、下ろされ、架かったままの橋を前に彼らは現れた。
「……助けられる人間が……少しでも居る可能性があるんだろ？　なら、やはり助けるべきだ」
　歩きだし、橋に向かう【空蝉・一季（うつせみ・ひとつき）】は、はっきりとそう零す。
　彼は、その表情一杯に緊張という言葉を張り付けている。
　しかし、それは彼だけではない。
　種類はそれぞれ違えど、大なり小なり、緊張は一行に張り巡らされる。
　その中で、【ウェルカ・ラティエンヌ】は村の見張り台を見つける。
　その上にひとり、山賊らしき男が突っ立っているのを確認した。
　幸いにも、まだこちらに気が付いていないようで、ウェルカはほっと胸を撫で下ろす。
　【チョウザ・コナミ】は一季たちに何かを求めるように手の平を差し出す。
「とりま、ゆーしゃ様たちの服を貸してちょーだい？」
　何をするのかと思えば、チョウザは自前のソーイングセットから針と糸を取り出し、縫い付けていく。
　……あの映像で見た、元傭兵団のシンボルマークを。

　時間にして数十分ほど前。
　窓口前は殺伐としていた。
　これから、死地ともいえる場所に送り込まれる学生の緊張は、きっと当事者でなければ想像もつかない。
「急いだ方が良い状態とはいえ、もう少し状況を把握しておきたいですわね」
　窓口前、ウェルカが受付に手短に状況を聞く。
「援軍の到着時刻とルートが解らないと稼ぐ必要のある時間が不明ですから」
　その少し離れた場所で、魔法石の映像を睨みつけるように眺める【タスク・ジム】と【エリカ・エルオンタリエ】、それからチョウザ。
「……なーんか、金目の物を盗るとかの、目的がないかんじー？　……楽しんでるのかもねー？」
　チョウザは山賊の心理を推測する。
　彼女はちらりと受付を見る。
（教官様のざらつく罪悪感拭う手拭い扱いな生徒たち。……そんな投げ方ならこっちだって好きにやる）
　エリカは映像から見ることのできる村の地形を、紙に書き留めていく。
　ものの数分で、不完全ながらも、大雑把には村の内部が分かる地図が出来上がる。
「大雑把にだけど、地図ができたわ。みんな、行く前に覚えて！」
　もちろん、反対する受付に気が付かれないよう、こっそりと。
（事前調査は机でするだけじゃない！）
　タスクは僅かな情報でさえも逃さないよう、目を皿のようにして映像にくぎ付けになる。
　何か、もう少しで法則が掴めそうで、何か……。
「村の西側の端、少し小さめの建物付近に人が集まっています！　もしかしたら、そこに避難しているかもしれません！」
　タスクの共有が終わった直後、受付の声が響く。
「転送魔法石の用意ができました。集まってください！」

　かくして、転送魔法石により、対の魔法石が置かれた近隣の町に転送された面々は、数十分ほどかけて移動。
　業火に燃える村と対面することになった。
　ウェルカはロープにロープを括り付け、一本の長いロープを作る。
　村人の救助用に、やれるだけのことをやる姿勢のようだ。
　チョウザは村の内部に侵入する面々の服に、シンボルマークを付け終わる。
「これで若干の誤魔化しは効くっしょ。保証？　ないけど」
「なら、お前はどうするんだ」
　【グレイ・ルシウス】がチョウザに問う。
　彼女は意味ありげに口角を上げ、着ていた黒いローブを、長いロープに括りつけた。
　ロープには村人を支えるための、簡易椅子が出来上がる。
　中から出てきた服には、傭兵団のシンボルマークが付いていた。
「ザコちゃん？　傭兵団に変装する」

「身の丈を超えた依頼だな。……だからって目的だけで終わるつもりじゃないけど」
　【ケイ・アカツキ】は機を窺っていた。
　橋から村内部に侵入した仲間の背を見送り、じっと見張りの方を睨みつけ。
　これが初陣である彼は、激しく跳ねる鼓動をじっと抑え込んでいた。
　手に握る赤色の発煙筒は、見張りの排除失敗――。
　手に汗が浮かぶ。
　放り投げてしまいたかった。
　この合図は、出したくないと、心から思った。
　穴が空くほど見ていれば、ふ、と。
　何気なく見張りの男と目が合った。
（マズイ……っ！）
　しかし見張りが何か言う前に、見張りの体は傾く。
　傾き、見張り台から落ちていく。
　その体の向こうには、輝かんばかりに白い、一対の羽。
　ウェルカが緊張による荒い息を吐きながら、戻ってくる。
「や、やりましたわ……っ！」
　ウェルカ曰く、突き落とした山賊は落ち方が悪く、頭をぶつけ気絶したように見えた、とのこと。
　ケイは赤い発煙筒を放り投げた。
　もう、使う必要もない。
　そう、喜んで。
「私、討伐隊の皆様を迎えに行ってまいりますわ！」
　地面に降り立ったウェルカは暗闇を走る。
　次に戻ってくるときは、頼もしい味方を連れてくるだろう。
　笑みを浮かべたケイは、村人を脱出させるためのロープの設置に取り掛かる。
　グレイは彼らを見て、問題ないことを確認し、次の指示を出す。
「仕事はまだ残っているぞ」
　青い発煙筒、魔法石を放り投げた合図を、点火。
　続け様に火炎魔法石を発動、橋に向かって放り投げた。
　こつん、からん。
　軽い音が響いた直後、爆発。
　顔を焦がしそうな熱風だ。
　確かにこの威力は今の自分たちには出せない。
　グレイは燃え盛る橋の向こう、幾人かの山賊が駆け寄ってくるのを見た。
「『フトゥールム・スクエア』だ」
　グレイは声を張り上げる。
「お前達の討伐の為、今卒業生３０名が向かっている。意味は分かるな」
　この交渉で、ケリが付けられるのなら、それに越したことはない。
「逃げ場はない。お前達はここで全滅する」
　山賊たちから怒号が飛ぶ。
　グレイは構わず続ける。
「村人をその手で斬った者は居るか。居るなら、戦って死ね。以上だ」
　グレイは腕を組み、沈黙を貫く。
　彼の予想が確かであれば、何か動きがあるはずだ。
　実際、山賊の中でも二分している動きがある。
（黒幕・暗躍コースを、舐めるな）
　鎧の下で、睨みつけた。

　息を潜め、何度か山賊とすれ違いそうになりながらも、隠れて難を逃れていたエリカ。
　事前に、タスクが人々が集まっているだろうと予測した建物へ足を運ぶ。
「ここね……」
　す、と息を吸い込み、ノブを力強く握る。
　そぅっと開けた扉は、軋んだ音を立てる。
　素早く滑り込んで、扉を閉める。
（……ここにはいないのかしら）
　耳を澄ませて、音を探る。
　これ以上ないのではないかと思うほど、限界まで強化された聴覚で、エリカは小さな呼吸音を拾う。
（……下！）
　埃被ったカーペットを捲り上げれば、床に蓋。
　重さを持ったそれを持ちあげると、現れたのは地下への階段。
　周囲をよく確認し、カーペットを頭の上に通し、被せる。
　そのまま蓋を閉めれば、部屋は元通りになった。
　かつん、石の階段に足音はよく響く。
　意外と長い階段を降りきると、開けた石造りの部屋に出る。
　ひんやりと涼しい。
　まるで冷蔵室のようだ。
　エリカは大きな岩の前、震えて身を寄せ合う村人を発見した。
「『フトゥールム・スクエア』の生徒よ。安心して、山賊ではないわ」
　身分証を懐から取り出し見せたエリカに、村人は安心したように息を吐く。
　老婆がひとり、子供がひとり。
　病弱なのか、痩せて顔の青白い女性がひとりの計三人。
　エリカは彼女らにそっと歩み寄る。
「ほかの人は？」
「みぃんな、死んじゃったよ。まだ生きていれば、ここに来るだろうさ」
　首を傾げるエリカ。
　老婆の言葉を引き継ぎ、女性が口を開く。
「この、岩の後ろに、いざという時の隠し通路があるんです。これを使えば、村の外に出ることができます。ただ……」
「おもいの！　とってもおもくって、うごかせなかったの！」
　岩が重いと言った子供は無邪気に、エリカへ問う。
「おねーちゃん、ゆーしゃさま？」
「あ、わたしはまだ……」
　まだ勇者ではない。
　エリカはぐっと、言葉を飲み込む。
「……ええ、勇者よ。じゃあ、勇者の言うことを聞いてくれる？」
「うん！」
　嬉しそうに肯定する子供に、エリカは目を細める。
　彼女は腕まくりをした。
「岩を動かすわ。手伝って」

　同時刻、一季は村の中で生存者を探していた。
　息を詰め、気配をなるべく殺し。
　詰めた息が、熱風に焦がされるようだ。
　息がし辛い。
　額に浮かぶ汗を、袖でぐっと拭う。
　足元に転がる体に躓く。
　生存者かと喜んだのも束の間。
　一季の見ている目の前で、その体は光の粒子となり、空へと立ち昇る。
（……くそっ）
　胸の内で悪態をつく。
　しかし一季は諦めなかった。
　まだ、生存者はいるかもしれない。
　その想いを胸に抱き、一歩踏み出す。
「あっ」
　思わず漏れた言葉。
　想いが通じたのか、一季の前には、放心したように佇む子供がいた。
　子供は一季を見ると、怯えたように逃げ出そうとする。
「うぇ、うえええぇぇぇんっ！」
　しかし慌てすぎたためか、石に躓き転んでしまう。
「あ、ばかっ！」
　一季は駆け寄り、子供をそっと抱き起こし、抱える。
「ふっ！」
　そのまま一季は、背後から襲い来る矢を、体を捻って避ける。
　子供を庇った腕に僅かに掠り、浮き出、流れる血は直線を描く。
　ぽたん。
　炎に赤く照らされ落ちる血が地面に吸い込まれた時、一季は山賊と目が合った。
　迫りくる二撃目に、一季は後方へ跳び退る。
「逃げるぞ」
　子供を抱えたまま、一季は時折後方を確認し、塀の傍まで走る。
　塀にぶつかる。
　山賊は、追い詰めたと言いたげに舌なめずりをする。
　一季はふっと笑った。
「じゃあな、山賊」
　ぶわっと空に広がる龍の翼。
　粉塵も、僅かにぬるい風もすべて巻き込み、滑空する。
　着地点は水の張らない深い堀の中。
　一季を見失った山賊は舌打ちをしながら、また獲物探しに奔走する。
　一季は腕の中の子供を宥めながら、さて、どうやって登ろうかと思案するのだった。

　村の中心、やや橋寄りの側。
　山賊たちの屯する、壊れた家屋の前、山賊たちにとっては、多分休憩所。
　そこで【プラム・アーヴィング】は手を後ろ手に縛られ、捕まっていた。
「よう、神父サマ？　ご機嫌はどうだ？」
　下卑た笑みで山賊のひとりがプラムの頭を鷲掴む。
　上を向かされたプラムは、髪が数本引き千切られた痛みからか、涙目になる。
　それがまた、山賊たちの加虐心を煽る。
「……あ、争いは、何者も生みません。人は皆平等であり、手を取り合うべきなのです」
「うるっせぇな！」
「ぅぐっ！」
　蹴り飛ばされ、地面を転がるプラム。
　地に頬が擦れ、僅かに傷が付く。
　服装と、のたまう言葉から、山賊の誰ひとりとして、プラムが宣教師ではないと疑う者はいなかった。
（……ま、全部演技なんだけどね）
　プラムは心の中で舌を出す。
「おーい、顔に傷は付けんなよ」
　あくまでも表面上は怯える宣教師、プラム。
　彼に傷を付けないよう野次を飛ばしたのは、異様なほどこの場に溶け込んでいるチョウザだった。
　彼女はさり気なくこの場に山賊を引き留め、且つ村人から目を逸らすために捕まってきたプラムを傷付けないよう、声を掛ける。
　プラムとチョウザはちらりと目配せをする。
「あなたたちはなぜ、このような無益なことを行うのですか？」
　プラムが震える唇で言葉を紡げば、瓦礫に腰を掛ける親玉が視線を向ける。
　親玉の男は酒を一本一気に飲み干すと、その瓶をプラムの足元に向けて投げつけた。
「お前が知ってどうすんだ？　えぇ？　神父サマよォ！」
「あー、でもあーしも気になるー。どうなんですか？　親分」
　チョウザのフォローに、親分は眉を上げる。
「ああ、新入りにゃ言ってなかったか？」
　どうやらチョウザは、新入りという設定で紛れ込んでいたようだ。
　酒を飲み、気分良くほろ酔いの親分は空を指さす。
「見ろ。人が死ぬと、光になるだろう？」
　チョウザが頷くと、親分はまるで、歌うようにだみ声でがなる。
「不思議だなぁ、不思議だよなぁ。どうして人が死ぬと光になるんだろうなぁ」
「それは、自然の摂理では……？」
　プラムが口を挟むが、構いなしに親分は両腕を広げる。
「見ろよ、この村中に広がる光の粒子！　綺麗だろう？　綺麗だよなぁ！」
　恍惚とした笑みを顔いっぱいに広げる親分。
　彼は静かに、言葉を落とした。
「俺は、これを見るために俺は山賊になったんだ。傭兵の義務で手に掛けられる人数より、ずっと多くの光を見ることができる」
「いずれ、あなた方には罰が下る」
　プラムは、え、と舌を出し、挑発的な表情をする。
　親分は豪快に笑い飛ばした。
　ただし、額に青筋を浮かべたまま。
「殺されるってか？　いいなぁ、それも。おい、新入り。お前、殺されるんだってよ、どうする？」
　チョウザに問いかける親分。
　チョウザは、いつも通りの掴めない笑みを浮かべ、そっすねー、と唇に指を当てる。
「殺されたら？　笑っていーよ。あーしも笑う」
　チョウザはふっと、この場に似つかわしくない静かな笑みを浮かべる。
「……暴虐の自由も、死を待つまでの自由でも。正直羨ましいよ」
「あん？　なんだって？」
　親分が聞き返したその時、近くの瓦礫が音を立て崩れた。

　タスクは必死に、ひとりの女性を揺り起こそうとしていた。
「起きてください！　そろそろおはようの時間ですよ！」
　タスクの腕の中にいる女性、歳は２０代前半にも見える。
　彼女は薄く唇を開け、途切れ途切れに、掠れた息を吐き出す。
　腹から背中にかけて剣が貫かれ、もう長くはないことくらい、彼は分かっている。
　しかし彼は、それでも必死に、女性を生かそうとしている。
　脳裏には、【メメ・メメル】校長から言われた言葉がぐるぐると回っていた。
「思い切り欲張りなさい」
　すべての命を欲張りたい。
　だから彼は、女性の命を繋ぎとめようと必死になる。
　揺り起こしていると、うすらと開く、女性の瞼。
「天使……様……？」
　呟かれた言葉に首を振る前に、女性はタスクの腕に縋りつく。
「ごめんなさい。いらいらしてたの。もやもやしてたの。……不安だったの」
　細々と呟かれる懺悔の言葉。
　女性の目尻からは、力なく細い涙が地面へ吸い込まれる。
「ごめんなさい、私、こんな村、消えてしまえばいいなんて思っちゃった……！」
　しゃくりあげながら、女性は謝罪を繰り返す。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ！」
「あなたが謝るべきは僕じゃない！　あなたは生きて、償わなければならないんです！」
　タスクの叱責に、女性は口元に笑みを浮かべる。
「生きたい……。でも、無理なんです……。ごめんなさい、それさえ、私には償うことができないんです……」
　女性の声が途切れ途切れになっていく。
　か細く、瞼が閉じられていく。
「私、この村が大好き……」
　タスクは震える言葉を絞り出す。
「あなたの、名前を誰も覚えていないのは、悲しすぎます。……あなたの名前を教えてください」
「私の……名前は……」
　口元に笑みを浮かべ、女性は光の粒子となる。
　粒子は天に昇り、業火の星空を彩った。
　女性の傍には、魔法石が転がる。
　ずっと、村からのＳＯＳを出し続けていた通信魔法石を。
　重みの無くなった両腕に、虚しさと共に影が差す。
「しま……っ！」
　振り下ろされる大剣。
　タスクは目を閉じることもできず、大剣の軌道をずっと見ていた。
　目を見開いたまま。

　キィン！
　金属と金属がぶつかる高い音が響き渡り、タスクは見開いた眼をさらに見開く。
　タスクの視界いっぱいに広がる背中は広く、大きく。
　ぱっと空に広がる青色、ブルーモーメント。
　夜明け前の祝福が、彼の背中を照らした。
「討伐隊の皆様をお連れしました！」
　ウェルカの声が響く。
　あちこちで、山賊たちが武器を取る。
　空からは討伐隊の箒が幾本も村へ降り立つ。
「よう、坊主。褒められたことじゃあないが、まあ、よく頑張ったな」
　放心するタスクは、背後から持ち上げられる。
「生徒を回収しろって追加で注文されたからな。そこのお嬢さんに」
　もうひとりの討伐隊の男は、ウェルカに向かってウインクを飛ばす。
　持ち上げられたタスクは、回収されたチョウザとプラムと共に箒に相乗りする。
「さーて、ちゃぁんと掴まっておけよ？」
　眼科に広がる景色には、元は村であった残骸と、無事に保護された少数の村人と、仲間が見えた。
「手当はこっちだ」
　鎧の下でグレイが声を張り上げ、誘導する。
「よろいもゆーしゃになれるのー？」
「鎧……」
　子供に無邪気に聞かれ、グレイは返答に詰まっている。
　誘導した先には、ウェルカがケガ人の手当てをしていた。
「はい、軽い捻挫でしたわ。お大事に」
「ありがとうね。生きている間に、天使様に会えるとは……」
　長生きはするもんだねぇ……。
　ありがたや、と拝む老人に、ウェルカは慌てて手を振って否定していた。
「おかーさーん！　おかーさんはー？！」
「お母さんは……大丈夫だ、大丈夫だから」
　もう会うことの無い母を探し、パニックになりかけている子供をケイが宥める。
　困り果てた彼は、頭上を見上げる。
「みんな来たぞ！　無事だ！」
「よかった。擦り傷でもありましたら、手当をしますのでこちらに！」
　ケイが安堵したように声を上げ、降りてきた仲間に駆け寄る。
　ウェルカは擦り傷でも目敏く見つけ、腕を引っ張る。
　束の間の平和、一瞬だけの、穏やかな空気が流れる。
　生徒たちは安堵の息を漏らした。

「……あの」
　自分たちではけして成し得なかった、夜明けの前の山賊討伐。
　それを、もちろん数の利もあったのだろうが、長年の経験と確かな実力からあっという間に成し遂げてしまった、討伐隊。
　タスクは、自身に迫る大剣を受け止めた、ひとりの男に声を掛ける。
「あんだぁ？」
　男はタスクを横目で見遣る。
「僕は……」
　タスクは言葉に詰まりながら、なんとか絞り出す。
　ぱたり、ぱたり。
　ひとつ、ふたつ、零れる涙をそのままに。
「僕は……僕は！　勇者に、なれますか……！」
　タスクはこの手で救うことのできなかった彼女の重みを思い出し、叫ぶ。
　両目からあふれる涙は、果たして怒りか、後悔か。
　男は大剣を背中に担ぎ直す。
「さぁな。俺の知ったことじゃぁ、ないさ」
　彼の横顔を、橙色の光が覆う。
「それを決めるのは、自分自身だ」
　朝日が昇る。
　焼け落ちた村に、待ち望んでいた朝が来た。