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嘘か真か


ストーリー Story

「おはようございます、皆様。さっそくですが、ウソドリをご存知ですか?」
 廊下にいた生徒たちに声をかけ、ひとつの教室に集めた【テス・ルベラミエ】は教壇に立って、笑顔で一同を見回す。
 ひとりがすっと手を挙げた。
「えっと、確かとても珍しい魔物、だったような……?」
「はい。個体数は少なく、目撃例もそれに比例して多くはありません。翡翠色の体に深紅の瞳、大きさはスズメほどで尾が長い、というのが特徴ですわ」
 それが、とテスは続ける。
「学園内で発見されました」
「えっ」
「今朝、メメル学園長がお散歩をしていらっしゃった際に見かけたそうですわ。場所は『リリー・ミーツ・ローズ』。低木で身を休めていた、とのことです」
「もうどこかに行っているのでは?」
「その可能性も考慮し、監視用の結界もメメル学園長が用意してくださいましたわ。現在、その領域から逃亡したとの報せはありません」
 つまり、ウソドリはまだそこにいる。
 魔物が驚いて飛び去ってしまわないよう、捕獲のときまでほとんどの学生は立ち入りを禁止されている状態だ。
「あの、私たちも鳥を捕まえるプロとかじゃないんですけど……」
 おずおずと女子生徒が先輩であるテスに意見を述べる。
 委細承知というように、テスは頷いた。
「繰り返しますが、ウソドリは珍しい魔物ですわ。つまり、学園としてはなんとしても捕獲し、研究したいと思っております」
 そこは理解できると、学生たちは戸惑いを顔に浮かべながらも頷く。
「では誰でも捕らえられるかといえば、そうではありません。ウソドリは、皆様がウソにしたいと思うことを、幻覚として見せるのです」
「ウソに、したいこと……?」
「つらい過去、悲しい出来事、現在、未来。起こるかもしれない最悪の事態、信じたくないこと――すなわち、ウソにしたいこと。ウソドリはそれを見せ、ウソにしたいと願ったなら、本当に『ウソ』にしてしまう、と言われていますわ」
 幻覚を見せる際、ウソドリは対象の魔力を特殊な方法で吸収し、使用するらしい。
 それだけでもいい気分ではないのだが、挙句『ウソにしたいことをわざわざ見せられる』のだ。
 それを知った学生たちは、揃って捕獲役に就くことを嫌がった。
 かくいうテスも例外ではない。見たくないものを見せられることは、明らかなのだから。
「勇気ある皆様にお願いいたします。どうか、ウソドリを捕まえてくださいませ」
 深々とテスは頭を下げた。


エピソード情報 Infomation
タイプ ショート 相談期間 5日 出発日 2020-01-18

難易度 とても簡単 報酬 ほんの少し 完成予定 2020-01-28

登場人物 4/8 Characters
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。
《終わりなき守歌を》ベイキ・ミューズフェス
 ローレライ Lv27 / 教祖・聖職 Rank 1
深い海の色を思わすような、深緑の髪と瞳の彷徨者。 何か深く考えてるようにみえて、さして何も考えてなかったり、案外気楽にやってるのかもしれない。 高価そうな装飾品や華美な服装は好まず、質素で地味なものを好む。 本人曰く、「目立つということは、善きものだけでなく悪しきものの関心も引き付けること」らしい。 地味でありふれたものを好むのは、特異な存在として扱われた頃の反動かもしれない。 神には祈るが、「神がすべてをお救いになる」と盲信はしていない。 すべてが救われるなら、この世界に戦いも悪意もないはずだから。 さすがに口に出すほど罰当たりではないが。 ◆外見 背中位まで髪を伸ばし、スレンダーな体型。 身長は160センチ前半程度。 胸囲はやや控えめBクラスで、あまり脅威的ではない。 が、見かけ通りの歳ではない。 時折、無自覚にやたら古くさいことを言ったりする。 ◆嗜好 甘いものも辛いものもおいしくいただく。 肉よりも魚派。タコやイカにも抵抗はない。むしろウェルカム。 タバコやお酒は匂いが苦手。 魚好きが高じて、最近は空いた時間に魚釣りをして、晩ごはんのおかずを増やそうと画策中。 魚だって捌いちゃう。
《自称「モブ」》チョウザ・コナミ
 ヒューマン Lv34 / 村人・従者 Rank 1
「よーこそお出ましゆーしゃ様。 ザコちゃんの名前?…あー、チョウザ・コナミ。 お気軽気楽に『ザコちゃん』って呼んでくれていーよぉ? 面倒だったらこの記憶はまとめてポイして経験値にしたって、 全然丸っと了承了解?」 「ゆーしゃ様の近くでただ在るだけがザコちゃん。 モブへの用件ならいつでも呼びつけ招いちゃってよ。 何かの名前を呼び続け連呼とか?森の浮浪者とか? はたまた魔物に狙われ襲われな第14人目位の村人とかぁ?」 ■■ 名前:蝶座 小波(自称 身長:176cm 実年齢:20歳(自称 瞳の色:エメラルドグリーン 髪色:カラフルなメッシュ入りのマゼンタ 肌色:魚の文様が頬にある日本人肌 髪の長さ:編まれ端を結んだロング その他外見特徴:古びた布の服に大量の装飾品。 常に腰か手元に携帯する水煙草の瓶は『預かり物』だとか。 頭や腕に謎の斑模様で派手なスカーフを巻く。 一人称:ザコちゃん・(ごく稀に)あーし 二人称:『ゆーしゃ様』等の平仮名表記の立場+様 特徴+様、(稀に)名前+様 他 呼称:「ザコちゃん」呼びを望む。 「モブ」も反応するが、それ以外だと気づかない事が多い。 口調:投げやりで適当な話し方。敬語は一切使わない。 似た言葉や語感を繰り返し、まるで言葉遊びのように話す。 口先は冗談とでまかせ、ノリとハッタリで構成される。 貴族や東の国関係に妙な嫌悪を持つ。 魔法を扱う気は微塵も無いとか。 他者からの詮索、視線、物理接触、色恋話を避ける節がある。
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  

解説 Explan

 嘘にしたいことはありますか? 嘘にしてしまいますか?

●成功条件
 ウソドリの捕獲。

●ウソドリ
 対象のウソにしたい幻覚を見せる鳥。希少な魔物。
 翡翠の体、深紅の瞳、大きさはスズメほどで、尾が長い。
 リリー・ミーツ・ローズにいる。
 見つけるのも捕まえるのも恐らくそれほど難しくはない。
 ただ捕まる前に、全員に『ウソにしたい幻覚』を見せてくる。

 願えばそれを『ウソ』にする、といわれている。
 本当のままでいい、それすら背負うというのなら、それは現実として貴方の心に残る。

●注意事項
 幻覚を見せられた際に魔力を吸われるため、意識をとり戻すと少しだるいかもしれません。
 ウソドリは大きな音に驚いて飛び去る可能性があります。
 学園長の結界はウソドリを捕らえる機能を備えていません。
(「いい経験になるっしょー」とは学園長の言)

 幻覚を見ている間に上げる悲鳴などは現実世界に影響しないため、ウソドリの逃走条件に入りません。

 以上、ご参加お待ちしています!


作者コメント Comment
 はじめまして、あるいはお久しぶりです。新人GMのあいきとうかと申します。
 料理技能の低さを嘘にしたい、という気持ちで書かせていただきました。
 たいていの食材は火を通せば食べられるのです。

 『ウソにしたいこと』とは、そういった軽いものでも全く問題ありません。
 今日寝坊したこととか。昨日ケンカしたことだとか。

 お気軽にご参加ください。
 よろしくお願いします!


個人成績表 Report
朱璃・拝 個人成績:

獲得経験:20 = 13全体 + 7個別
獲得報酬:540 = 360全体 + 180個別
獲得友情:5
獲得努力:5
獲得希望:5

獲得単位:0
獲得称号:---
ウソドリのいる場所へ、慎重に近づきますわ。私の作戦としては星屑の砂時計の光を蓄えた砂をウソドリの目の前にばらまき、それに気を取られた隙に捕縛する、ですわ。鳥は光る物に目が無いと聞いた事がありますし

いざ作戦を実行しようとして、ウソドリに幻覚を見せられますわ。それは兄様と山で修行をしていた日の出来事。岸壁に向かって二人で正拳突きの練習をしていた際、そのせいか、はたまた偶々なのか。落石が起こり兄様は私を庇って大怪我を負って、そのまま亡くなってしまった、あの出来事を


私はそれを現実として受け入れ、意識を取り戻した際ウソドリが逃げそうなら素早く作戦を実行、捕縛。唯一つ、兄様に合わせてくれた事は感謝しますわ

ベイキ・ミューズフェス 個人成績:

獲得経験:16 = 13全体 + 3個別
獲得報酬:432 = 360全体 + 72個別
獲得友情:3
獲得努力:3
獲得希望:3

獲得単位:0
獲得称号:---
嘘にしてほしいことを、嘘にしてくれる魔法の鳥ですか
その対価も、嘘のように意地悪みたいですが

◆方針
テス先輩に同行し、リリー・ミーツ・ローズへ向かいウソドリ捕獲に協力して

◆嘘と言って
変えたい過去もたくさんあるけど……私は未来を守りたい

過去の賢人、英雄達が来るべき絶望に備えて、未来の者達に遺した竜をも斬り伏せ山をも砕く剣
世界に絶望をもたらす、闇の魔王達を討つための剣

その剣が、目の前で魔王に奪われる未来
光輝く剣が、勇者達の血を飲み干し暗黒に染まる未来

狂気の宴が……今、始まった

語られる限りの背徳が地に満ち、弱き者はすべてを奪われ蹂躙される
救いを求めすがる小さな手

でも、囚われの身で見届ける事しか赦されない

チョウザ・コナミ 個人成績:

獲得経験:16 = 13全体 + 3個別
獲得報酬:432 = 360全体 + 72個別
獲得友情:3
獲得努力:3
獲得希望:3

獲得単位:0
獲得称号:---
嘘にしたいことを事実にする鳥。
…こんな存在いて、良く今までこの世界もってたよね。
仮に『魔物以外の種族がこの世にのさばっている現実』を嘘にしたいって内容の回答する知的存在と邂逅しちゃったら。
虚無虚無になるでしょ、ぜんぶ。魔物的には大いに祭りの超宴会かもだけど。
もしくは、この世に魔物ばっか跳梁跋扈してんの不満に思うゆーしゃ様いたら、学園に届く問題の9割7分解決だし。
ザコちゃん的にはつまんないからやだけど。

とりま捕まえにはいく。…この鳥って生け捕り?死に捕りでいーなら分解するしお肉も羽も貰う。
逃げ道とか【推測】して、予測した逃走方向に【風鈴】ぶん投げ【投擲】で割って、音含めてびびらせて誘導してこ。


クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:16 = 13全体 + 3個別
獲得報酬:432 = 360全体 + 72個別
獲得友情:3
獲得努力:3
獲得希望:3

獲得単位:0
獲得称号:---
ウソにしたいものを見せる、しかも願えばウソにしてしまう鳥?
他の学生諸君もテス君ももったいないね、そんな貴重な経験ができるというのに逃げ腰になってしまうとは
構わないさ、案内してくれ

ではウソドリの捕獲に向かうとしよう
一応、皆に気をしっかり保つよう伝えておこう、少しでも心的な負担は軽くしておきたいからね
さてどうなる?俺に幻覚を見せてくれ

おや、これは
フフ、ハハハ……成る程なるほど、これはもう一人の俺じゃないか
いや満足したよ、ならそろそろお開きとしようか

幻覚から覚めたら静かにゆっくり近づいて優しく虫取り網で捕ろう
スズメ程度の大きさならこれで十分だろう
ただし貴重な研究対象だ、羽根や尾を傷つけないようにね

リザルト Result

 緊張がこもった息を浅く吐く【朱璃・拝】の手には、ここにくるまでに陽光を十分に吸わせた星屑の砂時計があった。
 彼女を横目に、【クロス・アガツマ】が肩をすくめる。
「他の学生諸君ももったいないね、そんな貴重な経験ができるというのに、逃げ腰になってしまうとは」
 余裕が窺える口振りには、張りつめた空気を緩和しようという気遣いが見受けられた。朱璃もそれを感じとり、軽く咳払いをする。
「嘘にしたいことを幻覚で見せる鳥、でしたわね。お正月、調子に乗って食べすぎて体重が増えたことも、嘘にできるのでしょうか?」
 深刻そうな口振りで放たれた朱璃の冗談に、【テス・ルベラミエ】が小さく笑った。
 先輩の隣を歩む【ベイキ・ミューズフェス】も口端を上げはしたが、その瞳には微かな陰りがある。
「望めば嘘にできる……逆に言えば、嘘にしたいことをわざわざ見せられる。忌避したくなる気持ちは分かります」
 なにせ、テスさえそうだった。ベイキが願い出なければこの課題を辞退していただろう。
 そしてベイキにも、変えたい過去、人に言えないことはある。
「ザコちゃん思うんだけど」
 最後尾をのんびり歩く【チョウザ・コナミ】は、気負わない口調で問うた。
「仮に、魔物以外の種族がこの世にのさばっている現実、とか、魔王がいたこと、とかを嘘虚構にしちゃったら、どーなんの?」
 はっとした学生たちがチョウザを振り返る。
 魔物しかいない世界。
 魔王が存在しなかった世界。
 ウソドリの性質を考えれば、それは『実現される』ということに、なるのか。
「興味深い。そうだ、その手があった。そしてその結論に至ったものは、先達の中に必ずいた」
「ですが、現実はそうならなかった……?」
 研究者としての好奇心をクロスはあらわにする。ベイキの言葉に朱璃は仮説を立てた。
「ウソドリの力にも限界がある、ということでしょうか?」
「まー、そうなってたらザコちゃん的につまんなかったよねって話なんだけど。それよか、ほら」
 前方をチョウザが顎で指す。
 声を潜めて話しながらも、慎重に歩を進めていた一行の眼前に、一羽の美しい小鳥が現れた。
 スズメほどの大きさの鳥は巨大な花の縁にとまり、ときおり跳ねるように動いている。
「皆、気を確かにもつように」
「了承了解ー」
「はい」
「行きますわ」
 幻覚による精神的な傷を少しでも軽減するため、クロスが注意を投げる。各々が頷き、朱璃が先陣を切って飛び出した。

 幕が一枚剥がれたように、景色が移り変わった。
「これは、あの日の……」
 砂時計がなくなっていることよりも先に、朱璃は自分が見ているものを理解する。
 そこは山だった。朱璃は岩壁を見上げている。隣には一心不乱に正拳突きを繰り返す人物がいた。
「……兄様」
 囁くような声で呼んだ瞬間、心の奥底から熱い感情がこみあげる。鼻の奥がツンと痛んで、岩壁と兄の姿が滲んだ。
 あの日、朱璃と兄はこうして、二人並んで修練に励んでいた。拝一族の族長の子として、ともに格闘術を究めんとしていたのだ。
 ふと兄が手をとめる。額から滴る汗を腕で拭い、朱璃の方を見た。あの日にはなかったはずの行動だった。今の朱璃の願望が反映されているのかもしれない。
「朱璃。どうした?」
 例えば今、逃げてくれと言ったとして。
 過去は変わるのか。それも『過去を嘘にする』ということなのか。
(だって、兄様はあのころと同じ声で、私のことを)
 ――この、兄は。
 生きているのではないか?
「体調が悪いのか? 戻るか?」
 一歩、兄が朱璃に歩み寄る。
 胸中で感情が荒れ狂い、喉が詰まってしまった朱璃はただ、首を左右に激しく振った。
 ころ、と岩壁を小石が転げ落ちる。
「朱璃!」
 続けざまに落ちてきた巨石を兄の拳が砕く。朱璃が声にならない悲鳴を上げた。
 ひとつふたつならどうにかなる。しかし数が多すぎた。兄はすぐに迎撃をやめて、朱璃を抱きすくめるようにして庇う。
 衝撃は間もなくとまった。朱璃はうわごとのように兄を呼びながら、彼の下から這い出す。
「無事か……」
「はい、はい……っ」
 兄が小さく笑んだ。体中に大怪我を負っている。まだ兄の体に乗ったままの岩を、朱璃は泣きながら退かした。
「お前には才能がある」
「兄様、嫌です。こんなの、こんなの」
「自分ができなかった分まで、武の道を究めて欲しい」
「あぁぁぁ!」
 最後の力を振り絞り、兄が朱璃に手を伸ばす。その指先に触れ、朱璃は慟哭した。
「チュン」
 小鳥の鳴き声に肩を震わせ、顔を上げる。兄の肩に翡翠色の小鳥が乗っていた。
「ウソドリ……」
 真実を捻じ曲げる、小鳥。
「願えば、兄様の死を、嘘にできる?」
 血のにおいがする。兄の手は、冷たい。
 大きく息を吸い、朱璃は涙を拭った。
「いいえ、いいえ! 兄様は私が未熟だったから亡くなられた。私に願いを託して!」
 もっと早く気付けていたら。逃げられていたら。岩を全て砕けるほどの力があれば。
 悔いは尽きない。罪はあまりに重い。
 それでも。
「背負いますわ。なかったことにはしません。死者は、蘇らないのです!」
 叫んだ朱璃の視界が、白く染まる。

 景色は刹那で、植物園から豪邸の庭に切り替わった。
 傘で日差しを遮られた丸くて小さなテーブルに、ひとりの女性が向かっている。繊細な装飾が施された、背の高い椅子に腰かけて、ティータイムを満喫しているようだった。
 満喫――そう、見えるだろう。内側はともかくとして。
 傍らにいるメイドがカップにお茶を注ぐ。その華やかな香りを払うように、チョウザは気だるく手を振った。
「ザコちゃんの嘘にしたいことって、見てのとーりこれなんだけど」
 言ってから気づく。周りに誰もいなかった。
「……あー。なるほど理解。それぞれ違うもん見てんのかな。それはそれでよかった」
 我ながら地獄の光景だ。誰にも見られたくないし、それは他の四人も同じだろう。
「動きづらそーな服」
 薄青のドレスのような華美な衣装。もしくは素早く動けないようにするための、枷のような服装。
「暇退屈って感じ?」
 は、とチョウザは鼻で笑う。声も姿も認識されていないらしく、彼女は優雅にティーカップをとり、縁に口をつけた。
 横側からそれを眺めていたチョウザは移動し、彼女とテーブルを挟み向かいあう。数人のメイドと護衛を、順に見た。
 知っている顔ぶれだ。常にチョウザにつき従っていたものたち。守られていたのか、監視されていたのか。後者だろうなと、今なら思う。
「不愉快不快な図体じゃん」
 外見に仕草、知識に思考。すべて親の都合のいいように育てられてきた。その場においてそういった言動を正確に行うようにと教育され、それを実行する人と、からくり人形の違いはなんだろう。
 繰り返し、繰り返し。
「つまんない」
「チュン」
 吐き捨てると、応じるように鳴き声が聞こえた。
 いつの間にか尾の長い翡翠色の小鳥が、テーブルに立っている。優雅な光景に――チョウザにとっては悪夢に等しいが――その姿はよくなじんで、さながら貴族の飼い鳥だった。
「嘘にはしたいよ。なんならなかったことにしたいし、ほんとにモブな存在であの人と関わってもみたかったし」
 ウソドリの赤い目に不思議な光が満ちる。
「とはいえ」
 過去の自分を一瞥して、チョウザは皮肉気に口許をゆがめた。力の行使をとりやめたウソドリが、チョウザを見上げる。
 ティータイムは滞りなく進んでいた。
「嘘にすんのだけはほんとにやめて。……自分の成り立ちへ、これ以上、他者に介入されんのは、ごめんだから」
「……チュン」
「身勝手余計なお世話はいらないってこと」
 名残惜しむこともなくチョウザはテーブルから離れる。ウソドリが羽ばたいた。
 四歩目で視界が白く染まる。水煙草の瓶が目の奥でちらついた。

 尖塔のてっぺんにある部屋から、ベイキは世界を見ていた。ここからでは見えないはずの光景さえ、はっきりと目に映る。
 今、勇者たちが蘇った魔王と対峙していた。
 ひとりの手が握るのは、清麗に光り輝く一振りの剣だ。過去の勇者が未来のものたちのために封印していた遺物。賢人たちの加護が幾重にもかけられた、退魔の剣。
 あらゆる絶望に打ち勝つための、希望。
 ――それが、魔王の手に渡った。
 決して勇者たちが弱かったわけではない。ただ、魔王軍が上手だった。
 最初に、魔法使いが死んだ。
 最後に、剣を持っていたものが死んだ。
 勇者の遺物は血を吸って、闇そのもののような暗黒に染まった。魔王が嗤う。
「さぁ、宴の始まりぞ!」
 この世界にはもう、朝日さえ昇らない。
 魔物たちは戯れに人を殺した。引き裂き、喰らい、打ち捨てた。
「助けて」
「お願い、この子だけでも」
 涙ながらの命乞いは、願いは、ことごとく一笑に付される。なぶり殺され、目の前で子の命を奪われた。
 荒れ地に追いやられた人々は飢餓に耐えかね、同族の間で殺戮と略奪を行う。あらゆる宝は魔の手に落ち、美徳は泥にまみれた。美しいものも愛すべきものも、もはや御伽噺ですらない。
 賢者は嘆くことしか許されなかった。
 聖者は崇高だった魂を背徳に捧げた。
 王者は魔王の気まぐれで吊るし上げられた。
「私は……」
 石造りの冷たい個室で、ベイキはこぶしを握る。自分になにができるのだろう。
 干からびたようにやせ細った母の手に抱かれ、まどろんでいた赤子と目があった。正確にはただベイキが『視た』だけなのだが、子の手は確かにこちらに伸ばされている。
 とっさに握り返そうとして、ベイキの指は鉄の格子にぶつかった。
「これは未来。あり得るかもしれない、未来」
 無数に枝分かれする可能性のうち、きっと最低に属する結末。ベイキが嘘にしたいと願ったのは、過去ではなく未来だった。
「ええ。なにせこの身は他の方が思うほど、綺麗ではありません。ですが過去が変わっても、私が変わるわけじゃない」
 強く目を閉じ、そうですよね、と虚空に語りかける。
 次に目を開いたとき、伝承以上の惨劇は見えなくなっていた。
 代わりに、いつの間にか鉄格子の手前に翡翠色の小鳥が現れている。
「あなたが……ウソドリですか?」
「チュン」
 混沌の末路に残るひとかけらの希望のように、美しい小鳥は首を傾けた。どうする、と問うように。
「これは嘘。こんな未来はあり得ません。私たちが、この学園に集った勇者たちが、許しません」
 まだタマゴですが、とベイキは胸の内でつけ足す。
 もう一度、小鳥が鳴いた。

 幻覚を見せられることに期待を寄せていたクロスは、目に映ったものにゆるりと目蓋を上下させた。
「おや、これは」
 場所は寮の自室。最近きたばかりだというのにもう机に積み上がっている本の種類や角度、運びこんだ研究道具の種類まで完璧だった。
 椅子に座る彼の姿も、そのままだ。
「フフ、ハハハ……! なるほどなるほど、これはもうひとりの俺じゃないか!」
 一部が不思議に色づいた髪、眼鏡の奥の理知的な赤い双眸。体格も穏やかな表情もまさに生き写しだ。
「とすると、俺が嘘にしたいのは俺自身ということになるのか?」
「ウソドリがそういうものであるのなら」
「声も同じか。その様子だと思考も等しいと見える」
 自分と会話している。鏡に向かってではなく、肉感のある自分自身と。
 入学して初めて受ける課題がこれだ。クロスは笑声を漏らさずにはいられなかった。
「ここは退屈しなさそうだ。入学して本当によかった」
 この先も珍獣と珍事が山ほど持ちこまれるのだろう。未だ見ぬ息をつく間もない騒動の数々に、クロスはしばし思いを馳せる。
「さて。ウソドリの能力には限界があると俺は仮定する」
「たとえば、歴史は変えられない」
「ウソドリそのものは嘘にしようとするが、実現は不可能ではないのか」
「先達が告げたと推測できる嘘からも、明らかだ。では、具体的にはどの程度なら嘘にできる? 未来を嘘にすることはできるのか?」
「対象の嘘はどのように識別している? 幻覚の仕組みは?」
「順当に考えれば魔法の一種だ。だが、ウソドリに魔法を行使するほどの力があるのか?」
 問いと仮説を交互に告げていく。
 判断材料があまりにも不足していた。ウソドリを捕獲し、研究し尽くす必要がある。
 嘘のクロスが、足を組んだ。
「俺はどうして俺の幻覚を見ている?」
「さてね。それは大人の秘密ってことにしていくよ」
「俺は俺を嘘にするのか?」
「チュン」
 いつの間にか椅子に座るクロスの膝に、一羽の鳥がとまっていた。長い尾が座面に垂れている。
「まさか」
 期待するように見上げてくるウソドリをちらりと見て、クロスは唇で弧を描いた。
「自己否定は趣味ではない。さて、頃合いだろう」
 興味深い経験をして、クロスはひとまず満足だ。この空間に留まり続けるよりも、早く戻ってウソドリを捕らえ、研究班に加わりたい。
「そろそろお開きにしようか」
「有意義な時間だったか?」
「興味深い時間ではあったが、質疑応答としては不出来だ」
「そうだろうな」
 幻覚が肩をすくめる。
 別れを惜しむこともなく、クロスは目を閉じた。上下が反転するような感覚に身を委ねる。

 どれほどの間のことだったのか。
 幻覚から目を覚ましたのは、全員ほとんど同時だった。
「チュン」
 憂えたようにひとつ鳴き、ウソドリは羽を広げる。
 朱璃は即座に自分がするべきことを思い出した。兄様、と出かけた声をのみこんで、星屑の砂時計に入っていた砂をばらまく。
「光物はお好きでしょう!」
 読み通り、羽ばたいたウソドリの視線がきらめく砂に引き寄せられた。
「よっと」
 その隙を突いたチョウザが虫取り網を振る。間一髪のところでウソドリが上空に逃げたが、
「だろーね」
 その軌道は推測ずみだ。即座に風鈴をとり出して投げ、虫取り網を落として隠し持っていた小石を投擲する。
 チョウザが奏でた薄い硝子が割れる音を間近で聴き、ウソドリは気絶したのか、動きをとめた。落ちてきた小鳥をクロスが虫取り網で受けとめ、捕獲する。
「傷はついていないな。よし」
「死に捕りでもよくない? だめ?」
 羽と肉が欲しかったチョウザは肩を竦めた。
「テス先輩、先輩……!」
 手並み鮮やかな捕物が繰り広げられる一方、ベイキは焦りを浮かべながらテスの体を揺すっていた。
 あの光景と先輩の姿が重なる。早く目覚めてくれと切に願う。
 しばらくして、ようやくテスが目蓋を震わせた。
「う……」
「よかった……、お加減は?」
「問題ありません……」
 上体を起こしたテスが幻覚の残滓を払うように頭を振る。ベイキは安堵の息を深く吐いた。
「皆様、ご無事ですわね。よかったですわ」
 これで一件落着、と朱璃の頬にも笑みが浮かぶ。背負っていくと決めた罪と願いを、胸に抱えて。
 観念したようにおとなしくしているウソドリをクロスはまじまじと見た。ウソドリは学園に保護されるのだろう。研究にはぜひ、一枚かませてほしい。
 まだふらついているテスを、ベイキはそっと支える。せめてあの、あるかもしれなかった未来が、嘘になったことを願った。
 学友たちが戻っていく中、チョウザは巨大な花の根元に落ちていたものに気づき、瞬く。
 拾い上げたそれは、翡翠色の小さな羽だった。



課題評価
課題経験:13
課題報酬:360
嘘か真か
執筆:あいきとうか GM


《嘘か真か》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 1) 2020-01-13 00:20:03
武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

《終わりなき守歌を》 ベイキ・ミューズフェス (No 2) 2020-01-14 00:20:54
教祖・聖職コースのベイキ・ミューズフェスです。よろしくお願いします。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 3) 2020-01-16 11:56:26
賢者・導師コースのリバイバル、クロス・アガツマだ。よろしく頼む。
静かに近づいて、落ち着いて捕らえれば良いのだろう?やってみるよ。