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水際に佇む古強者の意地


ストーリー Story

「フン、今度はお主か」
 かつての古強者が海を見ていた。それは怨敵を見つめる鋭い目であり、その貌は鬼のように歪みきっていた。
 その先に見えているもの。今は日が沈む大海原でしかないが、彼には怨敵が見えているようだった。
「恩師に大した言い草だな。昔はからかい甲斐があって可愛かったのになァ?」
「……フン」
 古強者は振り返らない。振り返ってはならなかった。
 私はきっと暖かかった過去だ。故に、過去にすがりそうになってしまうのだろう。
「耳を貸す気は、無さそうだなァ?」
「無論じゃ。まだ去るつもりはない。邪魔立てするなら、お主とて従では済まさぬ」
「荒んだなァ。お前は鬼になれる男ではなかったと思っていたが?」
 彼から全てを奪ったもの。それがこの時期に、あの海の向こうからやってくる。
 けれど、彼の命の火はもう消えかかっている。だからこそ、ここで皆の後を追うつもりなのだろう。
「今のお前でどうにかなるなら何も言わんよ。そうならないから、少々お節介を用意させてもらうが」
「要らぬ! 心に生きる皆が儂に頼んでいるのだ、奴らを討てと哭き叫んでな……!」
 全く、あの頃から頑固さだけは変わっていないようだ。
 故に私は彼を止めない。止める権利も理由もない。それは間違いなく復讐だが、それを果たすことだけが、今の彼の全てなのだから。
「そうか……お前は優等生ではなかったが、確かに模範的な勇者だった。またな」
 それだけに、そんな悲劇的な最期が似合う男ではない。らしくないことが似合うわけがない。
 踵を返すも、古強者はやはり振り向かなかった。

「……守れなかった勇者など、何の意味があろうか」
 古強者の頬をつたう涙に、夕日が溶けるように煌めいた。

●彼が生きる理由
 あなたは赤い手紙を持って学校の校門前に向かっていた。道中で同じ手紙を持った生徒を見つけ、言葉を交わすことなく互いに頷いた。
 自室の机の上に、いつの間にかこの赤い手紙が置かれていたのだ。
 内容はこうだ。

『特別な課題を受けたい者は、明々後日の下校時刻に学園正門右側へ行け。断ったら後の授業がもっと楽しくなると思えよ。 В.С.』

 白いインクでそのように書かれていた。どうやら課題の案内らしいが、断った後が理不尽だった。
 『В.С.』とやらが何者か分からないが、とりあえず不気味な赤い手紙に従って指定された場所まで行くことにした。
 目的地である学園正門の右側には、大太刀を携えたローレライの学生が立っていた。顔立ちや服装が中性的で、百合の花のように華やかながら落ち着いた雰囲気を放っていた。
「おやあなた達が……自分は【クスギリ・カテツ】と申します。以後、お見知りおきを」
 カテツは赤い手紙を持った一同に気が付くと、自己紹介しながら恭しく一礼した。その動作は流麗ながらも無駄がなく、これだけで彼が只者ではないと何人かの生徒が見抜いた。
「恐らく、赤い手紙の特別な課題について聞きに来たのでしょう。これから説明を始めますので、聞いてください」

 カテツは集まった生徒の顔を一目見てから話し始めた。
「まず課題を行う場所は、エイーア大陸の西の果てにある、小さな漁村だった場所です」
 だった、とということは今は違うのだろうか。カテツは集まる視線で疑問を察知し、説明を続けた。
「一年前にその漁村は、ある魔物によって滅ぼされてしまいました。交通の便が悪かったため復興されることもなく、廃墟として打ち捨てられましたが、今は唯一の生き残りが住んでいます」
 学園のすぐ近くは平和でも、少し離れれば幾らでも魔物の脅威がやってくる。その漁村はそんな犠牲者ということだろう。
 だが、生き残りとは? そんな場所に一人で住んでいるとは一体何者なのだろうか。
「彼の名は【サロス・ペトラケファリ】。六十年程前にこの学園を卒業した人です。卒業した後は、ずっと故郷の漁村を一人で守ってきました」
 フトゥールム・スクエアを卒業したからと言って、理想を実現したり、大願成就出来るとは限らない。だが彼の様な生き方もまた、この学園の卒業者ならではのものである。少なくとも、故郷の人々には慕われていたに違いない。
 彼の故郷の漁村が廃墟になった原因は、やはり魔物の仕業なのだろうか?
「はい。彼が用事で村を出ていた間に、ある魔物達が村を襲いました。村は魔物達によって大火に覆われ、誰一人生き残ることができませんでした。その中に、サロスさんの息子さんとお孫さんも含まれていたそうです。それからサロスさんは、廃墟となった漁村に一人で住み続けているのです……魔物達への復讐の為に、です」
 珍しいことではないとはいえ、それはあまりにも痛ましい話だった。自らの境遇と重ね、彼に共感する生徒もいた。
 だが同時に疑問も湧いてくる。今は彼が一人で住んでいるとは言え、廃墟になってしまった場所に再び魔物達が襲いに来るという確信があるのだろうか?
「サロスさんはその魔物達とずっと戦い続けてきたため、習性を熟知しています。魔物の名は『火鷸(カシギ)』。別の大陸から海を渡ってやってくる、渡り鳥の姿をした魔物です。サロスさんは毎年、一人で火鷸の群れと戦って村を守っていたそうですが、去年は例年より早く――まるでサロスさんがいないのを見計らっていたかのように襲ってきたそうです」
 運が悪かったというべきなのだろうか。だがそれだけに、彼が抱いた無念と後悔は計り知れない。
 村を襲った火鷸という魔物の特徴は何か、訊ねてみることにした。
「火鷸は、翼を広げた時の大きさが四メートル程の巨鳥で、翼の両端の風切羽と嘴が常に炎に覆われています。局所が炎に覆われていますが、魚を捕食するために短時間海に飛び込むこともあるそうです。主な攻撃方法は、嘴で突いてきたり、炎の息を吐きかけてきたり、足の鉤爪で掴みかかってきたりします」
 空を飛ぶだけでも十分に厄介なのに攻撃手段が多彩ときた。炎の攻撃による灼熱状態も懸念すべきだろう。
 カテツは更に説明を続けた。
「一番厄介なのは、常に群れで行動することと、それで巧みに連携を取って行動することです。集中狙いをしようにも横槍を入れてきたり、別の火鷸を囮にしてフェイントを挟んできたりします。この連携と知能の高さこそが火鷸の最大の武器と言っても過言ではありません」
 狡猾に動く敵に真っすぐ向かえば苦戦は必至だろう。こちら側も何か工夫する必要がありそうだ。
「火鷸の討伐が今回の課題の目標となります。でもできる事なら……サロスさんを助けて頂けないでしょうか? 彼は重度の病を患っており、このままでは火鷸に勝てたとしても先は長くないでしょう。病は学園くらいの設備がなければ治すことができません。ですが、彼は意地でも村に居残ろうとするでしょう。どうか皆さんも説得していただけないでしょうか?」
 待て。彼はそんな状態でそんな厄介な魔物と戦おうとしていたのか。
 それでは幾ら大先輩であるとは言え、火鷸相手に勝てる見込みなど無いのでは?
「そうですよね。これは自分の勝手な思い込みですが、サロスさんはもしかしたら……死の先に魅入られているのかもしれません。復讐の成否にかかわらず、亡くなった村人達の後を追いたいのだと――そのように思えるのです」
 カテツは青ざめた顔を小さく俯きながらそう答えた。
 火鷸を倒すだけならそれ程大変ではないが、彼を死なせないとなると難題になる。
 それ故に、後悔のない最善の選択を望むべきだろう。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 6日 出発日 2019-09-27

難易度 難しい 報酬 通常 完成予定 2019-10-07

登場人物 2/8 Characters
《自称「モブ」》チョウザ・コナミ
 ヒューマン Lv34 / 村人・従者 Rank 1
「よーこそお出ましゆーしゃ様。 ザコちゃんの名前?…あー、チョウザ・コナミ。 お気軽気楽に『ザコちゃん』って呼んでくれていーよぉ? 面倒だったらこの記憶はまとめてポイして経験値にしたって、 全然丸っと了承了解?」 「ゆーしゃ様の近くでただ在るだけがザコちゃん。 モブへの用件ならいつでも呼びつけ招いちゃってよ。 何かの名前を呼び続け連呼とか?森の浮浪者とか? はたまた魔物に狙われ襲われな第14人目位の村人とかぁ?」 ■■ 名前:蝶座 小波(自称 身長:176cm 実年齢:20歳(自称 瞳の色:エメラルドグリーン 髪色:カラフルなメッシュ入りのマゼンタ 肌色:魚の文様が頬にある日本人肌 髪の長さ:編まれ端を結んだロング その他外見特徴:古びた布の服に大量の装飾品。 常に腰か手元に携帯する水煙草の瓶は『預かり物』だとか。 頭や腕に謎の斑模様で派手なスカーフを巻く。 一人称:ザコちゃん・(ごく稀に)あーし 二人称:『ゆーしゃ様』等の平仮名表記の立場+様 特徴+様、(稀に)名前+様 他 呼称:「ザコちゃん」呼びを望む。 「モブ」も反応するが、それ以外だと気づかない事が多い。 口調:投げやりで適当な話し方。敬語は一切使わない。 似た言葉や語感を繰り返し、まるで言葉遊びのように話す。 口先は冗談とでまかせ、ノリとハッタリで構成される。 貴族や東の国関係に妙な嫌悪を持つ。 魔法を扱う気は微塵も無いとか。 他者からの詮索、視線、物理接触、色恋話を避ける節がある。
《ゆうがく2年生》ヒューズ・トゥエルプ
 ヒューマン Lv21 / 黒幕・暗躍 Rank 1
(未設定)

解説 Explan

 廃墟となった漁村に向かった後、魔物『火鷸(カシギ)』を全て討伐してください。
 皆さまが廃墟に着いてから何日か後に火鷸が現れます。それまでは自由行動です。
 火鷸さえ倒せば課題は成功となります。

 以下、幾つか不明な点についてカテツが答えられる範囲で明記します。

●サロスという人は?
 勇者・英雄コースを卒業しました。
 頑固で自分の意見をなかなか変えませんが、人の話をまるで聞かないわけでもありません。
 戦闘になれば積極的に前に出て戦います。

●サロスはどうやって戦ってきた?
 漁師をしており、銛や釣り針などの漁具を武具に転用していました。また、強力なバリスタを村の各所に設置して対処していました。

●火鷸について
 全部で三体現れます。
 嘴による攻撃は頭を集中的に狙い、髪に引火させようとしてきます。炎の息は隠れた獲物をおびき出す為に使うことが多く、それ以外では多用しないようです。鉤爪による掴みは、対象を高く持ち上げて海や尖った岩などに落としてきます。
 生態に謎が多い魔物のため、私的な理由で死体を扱ってはいけません。

●廃墟の地形は?
 サロスが建て直した家が一軒だけあります。他は燃えた家の石壁が三つ残っており、その内、サロスの家に近い石壁にバリスタを一基隠しています。
 他は小規模な船の停留所と砂浜がある程度です。

●バリスタとは?
 サロスが火鷸との戦いに使っていた固定式の弩です。火鷸を一撃で仕留めるほどの威力がありますが、火事で傷んだ為、一度しか使えません。また、移動させるには最低でも三人分の力が必要です。

●クスギリ・カテツとは?
 勇者・英雄コースのローレライの剣士で、皆さんの先輩です。山刀のような大太刀が得物です。
 攻撃より防御に秀でた剣術と、回復系技能を多く持ち、盾役や支援に適しています。
 自ずと状況に適した行動を取りますが、特別何かしてほしいことがあったら気軽に頼んでもいいでしょう。

 それでは、後悔なき最善の選択を


作者コメント Comment
 長らく書こう書こうと言い続けてきた、シリアスもののエピソードがやっと書けました。一人の男の人生をかけたやや戦闘寄りのシリアスなお話です。
 『黒雨』では選ばれなかったカテツ君ですが、折角なのでここでサポートに就かせることにしました。ルクスと違って結構話せますので、良ければ絡んでくださいませ。
 最善の結末を迎えるのであれば、プロローグと解説をよく読まれ、参加された皆様とよく話された上で、プランをしっかり定めるようにしましょう。

 それでは、後悔なき最善の選択を。


個人成績表 Report
チョウザ・コナミ 個人成績:

獲得経験:202 = 135全体 + 67個別
獲得報酬:6000 = 4000全体 + 2000個別
獲得友情:5
獲得努力:5
獲得希望:5

獲得単位:0
獲得称号:---
鳥の様子見に来た。
しょーもないケチなあれのせいで味見は出来ないけど?死体以外は弄っていーんだよね?
『偶然』抜けた羽とか、吐いてきた炎とか。接ぎ木して持って帰ってお魚焼けないかな。そこまでの余裕ないかな。

とりまばりすた?は、水面付近に向けて予め移動設置固定しとくね。
謎めきフードの黒幕コース様が引きずり込む算段あるっぽいし、ザコちゃんはそれの補助でいーかな。
【特急薬草】あるから、怪我したら食べるし、【危険察知】と【気配察知】で攻撃の予測、狙われたら【忍耐】で凌ぐし、【基本回避】で避けるし。

そんな感じで、狙いのとこに誘導かなーって。出来ればだけど。

ヒューズ・トゥエルプ 個人成績:

獲得経験:202 = 135全体 + 67個別
獲得報酬:6000 = 4000全体 + 2000個別
獲得友情:5
獲得努力:5
獲得希望:5

獲得単位:0
獲得称号:---
【事前行動】
到着後は罠作りのために漁網や魚を探す。
大きさが足りなかったり、朽ちているものであった場合も他の網と重ねて縫い付けるなどして補修する。
壊れた家屋から釘や針金などを拝借し、網に括り付け有刺鉄線状にする。
【戦略】
張った網の上に魚を置いて誘き寄せる。
船の停留所に一番近い家の陰に潜伏。
罠付近に着水した段階で的にプチラドを放つ。
漁網の罠を鍵爪付きのロープを投げ入れて網を縺れさせ
閉じ込めて溺死させようとする。
電気を放っている自分に攻撃を加えて行動阻害をしてくると予測し、そこをバリスタで串刺しにして欲しいと、頼んでおく。罠から助け出そうとする場合は投擲技術で剣を投げつけて、こちらも行動阻害。

リザルト Result

●一日目
「皆さん、後もう少しですよ」
 山刀の様な大太刀を腰に佩くローレライの剣士【クスギリ・カテツ】は振り返りながら言った。
「確かに交通の便が悪いって聞いてたけどぉ」
「僻地過ぎるっしょ」
 この課題に同行した【チョウザ・コナミ】と【ヒューズ・トゥエルプ】は額に汗を浮かべ、声を絞り上げるように答えた。
 学園からアルチェの町までは馬車に揺られる快適な旅だったが、アルチェの町からはずっと歩きだった。五日近く歩き通し、やっと廃墟となった漁村に到着したのだ。
 燃え尽きた家の三つの崩れた石壁は、まるで揺らめく飢鬼のように立っていた。地面には短い雑草が無造作に生え、簡素な船の停留所には木造の小舟が一隻だけ停められており、荒いさざ波に揺らめいていた。
 そして、雑な造りの一軒の掘っ建て小屋が存在を主張するかのごとく建っていた。

 それから、チョウザとヒューズは罠として使えるものを探しに廃墟を探索し始めた。然し、一度は大火で焼かれた場所なだけあって、使えそうなものを探すのに苦労しそうだった。
 とは言え、罠が前提の作戦を立案した以上、いざとなったらここの唯一の生き残りから借りるのも手かもしれない。
 そう思った瞬間、

「どうして来おったか貴様らがぁ!!」

 つい目が瞬くような怒号が廃墟に響いた。太陽が見えているにもかかわらず、雷が降ったのだと錯覚してしまった。
「あれが例の漁師様?」
「の、ようすね。おーおっかねえ」
 チョウザとヒューズは互いに顔を見合わせた後、怒号の主を見つけた。
 腰が引けているカテツに食って掛かる老人こそ、この廃墟の唯一の生き残りたる【サロス・ペトラケファリ】だとすぐに分かった。
 サロスの顔は茹で蛸のように赤いものの、表情はまさに鬼の貌としか形容できなかった。カテツが何と言ったのかは分からないが、この現状が殆ど答えを表していた。
 鬼のようなサロスに圧されて、そのまま潰されてしまいそうなカテツは何とか言葉を紡いだ。
「いえ、その……ですから、ここで果てないためにもここはどうか任せていただきたいと」
「余計なお世話と、お主も逐一聞かねば分からんのか!! 奴らを倒すのは儂じゃ! 奴らを倒さなければ、浮かばれぬ奴らが多すぎる! 刺し違えてでも、奴らを……」
「はぁー……死んで花実は成るものか。なんて言葉があるがよー」
 見かねたヒューズが呆れ気味にため息を吐きながら言った。サロスは一瞬目を丸くしたが、すぐにヒューズに食って掛かった。
「貴様、何が言いたい?」
「先に言っとくと、サロス……アンタが望むなら、俺が死に水を取ってやるよ。アンタの貴重な経験や知識を失うことになっても、アンタの息子や孫と同じ様な境遇を辿るものが出てきても、だ」
 ヒューズの挑発的な言葉にサロスは逆上しかけたが、『息子と孫』の言葉が出てきた瞬間、はっとして言葉が出せなかった。
「なんせ死のうが生きようが、俺達の花実はもう枯れてるときたもんだ。生き甲斐だとか宝物だとかを失ったら、八方塞がりというか虚無感だとか、そういうのでいっぱいいっぱいになっちまう。そういう痛みは……分かってるつもりだよ」
 サロスは自分よりも遥かに若いヒューズの言葉を聞く事しかできなかった。先程の憤りを思わず忘れかけてしまうくらいに。ヒューズの言葉と瞳に重みを感じたのだ。
 ヒューズもまた多くのものを失った。過ぎた後にはどうやっても取り返しのつかないものばかりだった。だがそれでも、死に急ぐ者にかける言葉ならあった。
「だがよ、サロス……まさか仇を討ったくれェで、その辛気臭い面で死んだ奴等に会いに行くつもりか?」
「何じゃと?」
 今の貌を村の皆に見せられるのかと、ヒューズは問うた。サロスは反論しかけたが、出来なかった。自分はこれまでに一度も、このような貌をしたことはなかった。こんな貌を息子と孫に見せに行くつもりなのか?
「どうせならよ、その老い先短ェ命で節操なく種を撒き散らして、生きて武勇伝の一つ二つを冥土の土産にしてよォ。てめーの上に咲いた花共を眺めて、ガキや仲間と酒を酌み交わしたいとは思わねーか?」
「……!?」
 確かに、仇を取ったくらいで本当に満足なのか。先の長い命ではないが、どうせなら胸を張って自慢できる話を言い聞かせてやりたいに決まっている。
 けれど……。
「若造が、なかなか言いよる。然し、儂の心に生きる皆が、奴らを討てと哭き叫んで聞かぬ。それこそが、あ奴らの望みなのじゃと」
「それってば、本当に村人の声なわけ?」
 ふり絞るように出した反論に、チョウザが横やりを入れた。更なる展開にカテツは恐々としながら事の成り行きを見つめるしかなかった。
「何ぃ?」
「ま、ザコちゃんにはどうでもいーんだけど。止めるつもりないし。でも、消滅した人が喋るわけないんだから、それは漁師様の声でしかないじゃない? まあそんな事、漁師様が一番知っているんだろうけど?」
 サロスは言い返せなかった。
 分かっているつもりだった。自分の復讐心を都合よく村人達の無念に挿げ替えているだけに過ぎないのだと。そうしなければ、復讐の動機づけにならなかった。もし村人達が生きていたら、必ずサロスの復讐を止めていた筈だから。
 ああ、自分はなんてこうも頑固でいたいのか。自分の意思を曲げないために、去った者達すらダシにするとは。
「……若いの。腹立たしいぐらいにお主達の言う通りじゃ。じゃが、儂は奴らを倒さねばならぬ。これだけは譲れん」
 サロスの顔は鬼のままだったが、最初の時に比べれば態度が少しだけ軟化しているとチョウザとヒューズは思った。
「全く、あ奴が連れてくる生徒はこんな奴らばかりか……」
 そうしてサロスは自分の家に戻っていった。
 とりあえずは帰れと怒鳴られることはなくなったが、まだ彼の心は塞がったままだった。頑固者と言われた男が考えを改めるには、もう少し時間が必要なのかもしれない。

 それから日が暮れ、カテツが準備してきたキャンプセットを敷設して、三人はその日の晩を過ごした。

●二日目
 太陽がまぶしく照らす朝方のこと。
 チョウザとヒューズは気を取り直して、再び廃墟の村の中を探索し始めた。カテツは、もう少しだけサロスを説得しようと彼の家に向かっていった。すぐに雷のような怒声が聞こえてこない辺り、昨日よりはうまくいっているようだ。
「さて、どのくらい集まるかな」
 火鷸を確実に一体葬る術として、ヒューズは網の罠を張ることを考えた。その為にも、出来る限り現地にあるものをかき集めるしかなかった。学園の購買にあれば最初からそこで調達していたのだが、網らしい網が『虫取り網』しかないのでは話にもならなかった。
「これなんてどーお?」
「良さそうっすね。後は……」
 チョウザと共に見つけたそれらは、錆びた古釘、針金、おそらく漁具だったと思われる金属片など。これらを大きくした網に縫い付け、火鷸の翼や羽根に引っ掛けるつもりだ。
 網も燃え残ったものを幾つか見つけたが、縫い付けても少し足りそうになかった。火鷸は翼を広げた際の大きさが四メートルになる怪鳥で、それを捕らえる網となると、もっと大きなものを用意しなければならなかった。
「やれる限り、やってみますかねっと」
 とりあえずは、今かき集めたもので網を作ってみるしかない。ヒューズは石壁の陰で日光を避け、作業に取り掛かった。チョウザは、引き続き村中を探してみることにした。

「ダメだ……もうちょっとなのに」
 太陽が真上より斜めに差し掛かったころ、ヒューズは拵えてみた網を見つめてぼやいた。火鷸のサイズを考えれば、目の前に作った網ではあともう少しが足りない。
「こっちもちょっと限界。海の中も探ってみたけど、肝心の網が見つからないね」
 チョウザが、唸るヒューズに声をかけた。それを聞いてヒューズはうなだれた。
 よくよく考えてみればそれは当然かもしれない。何しろ一年前、村は火鷸によって大火に覆われたのだ。家が石壁を残して燃え尽きた程の火事となると、漁具の殆ども灰になってしまっただろう。
 今目の前にある網でもなんとかなるかもしれないが、もっと確実性が欲しい。だが、それを持っていそうなサロスはあの通りで……。
 ヒューズが天を仰いだ時、背後からサロスの声が飛んできた。
「若いの、そんな粗末な網で奴を捕らえるつもりか?」
 寧ろ、現地調達でよく作れた方だった。それを『粗末』と言われてヒューズは少し眉をひそめるが、否定はできなかった。
「なっとらん! 少し待っとれ!!」
 するとサロスは踵を返し、自分の家に走っていった。暫くすると、カテツと共に状態のいい網や大きな釣り針を持ってきたのだ。
「おい、それはまさか?」
「フン、暫く食うに困らぬなら、こんなものさっさと使い切ってやらんとな。赤い髪の女、貴様も手伝え!」
 そう言うとサロスは、ヒューズが仕立てた網に自分の網を縫い合わせ始めた。チョウザとヒューズは思わず唖然としたが、すぐに網の仕上げに力を注いだ。
「サロス……」
「ええい! こんな出鱈目にくっつけた釘は『返し』のつもりか!! 若いの、とりあえずくっつければいいのではない、少し見とれ!」
 サロスが何を考えているのか分からないが、ヒューズの考えを汲み取ってくれたには違いない。唯、いささか乱暴ではあったが。
 半ば強引に手伝わされながらも、チョウザは誰に聞かせるわけでもなく、呟くように言った。
「ザコちゃんの知り合いに、自分のやりたいことをただやるのに、自分の命を感情にも勘定にもいれないお人。ただやりたいようにやった結果が、命に関わってたー、みたいな。命大事にーってある程度は思ってんだろーけど、それよか自由と欲と意思優先みたいな」
「そういう人、自分も知ってますよ」
「……?」
 飽くまでもチョウザは勝手に呟いているだけだ。然し、独り言にしては妙な含みを感じる言葉だった。カテツは納得したように頷き、サロスはそれを不思議に思いながら、手を動かしつつ耳を傾けた。
「そういうの勿論、自己責任で誰かに迷惑をかけない範囲ならまぁ、あり。ま、そういう人が絶対に誰にも迷惑が掛けてないなんて、そんな都合のいい話なんて無いわけだけど」
 チョウザは飽くまでも呟く。
「でさぁ、その逆ってどう? やりたいこと試みてなんであれ命捨てるー、って人。自由の選択肢自分で消すぅ? そういう選択肢もあるかもだけど、ザコちゃんは止めないけどね」
「……」
 サロスは手を止めない。だが、チョウザが言っているような人物は間違いなく自分の事だろうと思った。
 そして畳みかけるように、チョウザは言った。
「ただ、本当にやりたいことがただの死……消滅? なのは面白くないなーってだけ。そういう人もいるってだけの、ちょっとした無駄話」
「……お主は嫌な女じゃな」
 サロスは小さくぼやいたが、チョウザにはしっかりと聞こえていた。
 チョウザは飽くまでも自分の考えを勝手に呟いたに過ぎないが、サロスには耳の痛い話だった。
「んー何か言った?」
「……何でもないわい。それよりも手を動かさぬか」
 サロスがどう思ったのかはチョウザにも分からない。チョウザにもどうでもいい話である。
 だが、サロスの口の端がほんの少しだけ吊り上がっているのには、誰も気づけなかった。
「フン……」

 その後、ヒューズが計画していた網は無事に完成した。サロスが使ってきた漁具も入れているため、よりいい仕上がりになった。
 唯、餌を囮にする程度では火鷸に見破られるとサロスが指摘した為、砂浜に網を浅く埋めた上に餌を置き、予め鉤爪付ロープをかけて、引っ張ればすぐに縺れるような形に改良された。これを所定の位置に仕掛け、ヒューズが隠れる石壁まで鉤爪付ロープを伸ばす。
 餌は、サロスの家で塩漬けにしていた魚を使うことにした。少しばかり臭いが気になるが、雑食性である火鷸はこれも食べたことがあったらしい。
「隠れながら使えればいいんだけど、それを許してくれる魔物じゃないしぃ」
「チャンスは一度きり、一瞬で決めよう」
「一撃で仕留めるだけあって……くぅ、重たいですね……!!」
 また、チョウザの提案でバリスタはすぐにでも撃てる位置にあらかじめ移動させておくことにした。持ち主であるサロスが特に何も言わなかったのだからいいのだろう。その重量はかなりのもので、チョウザとヒューズとカテツの三人が力を振り絞って、やっと動かせた。

 その日も、サロスは何も言わずに自分の家に戻った。
 だが三人にはどことなく、サロスの貌が昨日に比べて少し穏やかなように見えた。

●三日目
 三日目になった。もうそろそろ、火鷸があの海の向こうからやってくる頃だ。
「奴らが来るのは夕暮れ時じゃ。罠を使うなら、奴らが来る一時間前から身を伏せておれ」

 簡単な昼食を取った後は、ひたすらに火鷸を待ち続ける。罠には餌の塩漬けの魚を置いて準備は整えている。
 そして徐々に日は西に沈んでいき、空は橙色に染まっていく。
 その時、チョウザは石壁に開いた小さな穴から、海の遥か向こうから飛んでくる三つの鳥の影を見つけた。
 少しずつ火鷸が近づいてくる。四人は息を潜めて身構えた。
 そして、先頭の火鷸が餌の塩漬けの魚に気づいた。そのまま降り立つかと思えば、ばっさばっさと火の粉をまき散らしながら辺りを羽ばたいて、餌の近くになかなか降り立たない。網を砂浜の中に隠匿したとはいえ、露骨な魚に火鷸も警戒していた。
(さっさと食え、早く……!)
 焦れるヒューズが握るロープに手汗が染みこんだ。この初手で躓いたら後が全て台無しになる。こっちの流れにさえ引き込めば、一気に二体倒せる算段だ。
 やがて、羽ばたいていた火鷸は塩漬けの魚の側に降りると、それをついばみ始めた。
(この瞬間だ!!)
 石壁の陰からヒューズはロープを思い切り引っ張り、塩漬けの魚ごと火鷸を網で縺れさせた。突然姿を現した網に火鷸は驚き、網に括り付けられた釘や針金に身を食い込ませながら啼き喚いた。
 すると、火鷸の内の一体は捕らえられた火鷸を助けようとしたが、別のもう一体が網に引っ掛けたロープの先にある石壁を捉えていた。そしてその火鷸はヒューズが潜む石壁の頭上から火の息を吐きかけてきたのだ。
「やべっ、熱っ!!」
「いかん、張り切り過ぎだ!」
 バリスタの元へ走ろうとしたサロスだったが、ヒューズに息を吐きかけた火鷸に銛を投げつけた。火鷸は銛を容易く避けるが、ヒューズから離すことはできた。
 だが、ヒューズの火傷の具合が思いの外酷く、重度の『やけど』を負っていた。するとサロスは、ヒューズの焼けた手からロープを奪うように取り上げ、網にかかった火鷸を力強く拘束した。
「サロスさん!」
「ローレライの若造! そいつは貴様に任せる!」
 そう言うとサロスはロープを片手に、捕らえられた火鷸とそれを助けようとする火鷸の前に立ちはだかり、手のひらからマドを連発した。

「まさか言い出しっぺがやるなんてね」
 チョウザは戸惑いつつも、まず先にバリスタに近づき、網から助けようとする火鷸に狙いを定める。堂々と現れたサロスに向けて、その火鷸は炎を纏った嘴で突き刺してきた。サロスは身を捻るも、右肩を深く貫かれた。
 サロスが危ういが、然し最大のチャンスでもあった。サロスの肩に突き刺さった火鷸に、バリスタの特大の矢を放った。その矢は力強く空気を切り裂き、火鷸の胴体に深々と突き刺さると、その衝撃だけで体が破裂するように弾け飛んだ。
「うーわ、えぐみ」
 絶叫すら上げる間もなく、一体目の火鷸は絶命した。それと同時にバリスタから軋むような音が響くと、弓の部分が根元から真っ二つに折れた。
 チョウザはバリスタの最期を後目に、すぐにヒューズの元へ駆けた。
「くっ、サロス……何のつもりで!」
 やけどの具合はひどいが、辛うじて重傷に至らなかったのは不幸中の幸いだった。チョウザは特急薬草をヒューズの口に押し込むと、カテツが相手をする火鷸に対峙した。

 その一方で、サロスは網で捕らえた火鷸を海の方へ引きずりながらマドを連射していた。
「このまま、苦しみながら、沈んでゆけ!」
 だが網に縺れた火鷸は海水に濡れながら、海面に首を出すと反撃とばかりに火の息をサロスに吐きかけてきた。サロスはそれを諸に受けてしまい、全身が焼け爛れてしまった。
「サロス!」
 ヒューズはやけどで痛む体を引きずって近づくと、網に捕らえられた火鷸に『フギン・ムニン』を投げつけた。サロスのマドで消耗していた火鷸には、それがとどめとなった。
 それを見たサロスは片膝をついて蹲った。
「なんでこんな無茶を!」
「……貴様のような若造と共に戦えたなら、土産話によかろうと、な……」
 そう言うとサロスの貌から鬼が消えた。
 それは憑き物が取れたような穏やかな『顔』だった。
「おい、サロス!?」
 倒れこむサロスの身体をヒューズは抱えた。その身体から、うっすらと光の粒が出てきていた。

 その一方で、チョウザとカテツの方も終わりかかっていた。
 チョウザが攻撃を予測した上で、カテツが上手く火鷸を受け流したところで、チョウザが六角棒を確実に当てていた。このコンビネーションが功を奏し、やがて最後の火鷸も地に伏し、嘴と翼の炎は命と共に消えた。
「え、焼かせてもくれない?」

 こうして、復讐の鬼とその宿敵はエイーア大陸の西の果てで逝った。
「……勝手に納得しやがって」
 西の海に沈む太陽は、全てが終わった廃墟を昏い橙色に照らしていた。



課題評価
課題経験:135
課題報酬:4000
水際に佇む古強者の意地
執筆:機百 GM


《水際に佇む古強者の意地》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《自称「モブ」》 チョウザ・コナミ (No 1) 2019-09-23 00:14:59
とりあえず今のとこ1人だけど、思ったことだけ書いとく系のザコちゃん。
死体…ってお肉持って帰れないのびっくりするほどけちだよね。
ただ死体がダメなだけで、他がダメとは聞いてないし。羽とかあるなら貰お。あとあの火でお魚焼きたい。

で、廃墟についてからすぐにあの魔物来るわけじゃない(数日の猶予がある)っぽいじゃん?
だからこう、あの魔物を上手く不利な場所地形に誘導できるよーななんかを作れっといいのかなーって。
金属糸とか濡らしてたりとかで燃えにくい網の壁とか。そもそも現地にないかもだけど。
水大量にばしゃれる仕組みとか。焼石にそよ風かもだけど。

あとはこう…ばりすた?って弓矢。
あれに関しては、戦闘中に動かすってよか、あれの射程圏内に魔物寄せた方が効率的かな、とは思った。

《ゆうがく2年生》 ヒューズ・トゥエルプ (No 2) 2019-09-24 21:39:45
毎度〜。戦ある所にヒューズあり。参上仕り候、ってね。

誘導っつーと、やっぱお魚ですかね。
トレンドはバードウオッチングじゃなくて
バードフィッシングすか?
海中に引っ張り込んで、そこに閉じ込めちまえば。炎のブレスは吐けまい。
多少、朽ちてても良いから漁網なんか有ればいいんだけど。

1回限りのバリスタも撃ち損じは避けたいところだよね〜。
相手の動きの軌道予測が出来るタイミングで放ちたいもんさね。

《自称「モブ」》 チョウザ・コナミ (No 3) 2019-09-25 23:06:36
海の中に引きずり引き込み、ってなら【鍵つきロープ】なんかが使えんのかな。…燃えちゃう?
とはいえ、燃える前に一体でもズブズブ出来んならよきよきなんだろーけどね。

あとなんだっけ、獲物が見つからない時のおびき出しの時にばっかり火ぃ吹くらしーじゃん?
隠れなかったらそもそも燃えなくない?ちがう?

《ゆうがく2年生》 ヒューズ・トゥエルプ (No 4) 2019-09-26 02:59:35
そうそう、僕も使えるかなって思って衝動買いしましたよ〜。
ただ。奴らが思いの外デカいんだよね。
如何せん俺じゃあ、馬力が足らなそうだしね。人数リソース使うのもアレだし。

漁村で調達する予定の網を張りーの…魚入れーの、奴が掛かった所を
網に鍵爪ロープを引っ掛けて〜縺れさせて〜閉じ込めて〜
溺死させようかなって。
相当な羽毛だ、じっくり浸かったら。きっと沈下しやすぜ。へへ。
水中じゃあ、火の息も吐けまい。
もがけばもがくほど…網は絡まり自由を奪う。
後は家屋の廃材を漁って針金や釘を回収!
漁網に編み込んで体内にぶっ刺して電気を流す。プチラドで。
心臓に響けば万々歳。ショックによる硬直、マックスで失神が狙えるぜ。ヒヒヒ。
なんせ海水も金属とバリバリ電気通しますからね〜アヒャヒャヒャ!

そして、コイツらの行動は絞れる。
他の二鳥は電気攻撃を止めに俺に仕掛けるか。
火の息で網を燃やすか。
こいつらの最大の武器である連携の裏をかいて軌道予測。
仲間意識の高さが最大の泣き所になるって寸法よ。
そこを、バリスタでズドンよ!勿論、網に火を吐いてる方をね!
これで二匹撃破さ…!

…あんま、はしゃぐと変なフラグが立ちそうだから。やめとこう。

故に、開幕潜伏は大賛成。
彼奴等が港町を襲うのは、別にサロスに会いたいっつーわけじゃなくて
魚が好きだから。つまり餌場が欲しかったからだと考えられる。
こちらが気配を出さなければ、罠の魚に食いつく可能性大すぜ。

《自称「モブ」》 チョウザ・コナミ (No 5) 2019-09-26 22:55:24
ふーん、そったらばりすた、水辺な水面に向けて運び設置って感じでいーのかな。おけまるちゃん。

ってかあれだね、2人だからどーにもなんないけど、あの居座りのお方への諸々はなんも出来なげなのかな。
ま、実際現実ザコちゃんも、そこまで手出しする気もないんだけどさ。

なんせよ、出し忘れはないよーにね。ザコちゃんも後で確認いじりしとこ。