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ドリンクミー!


ストーリー Story

●エプロンドレスの少女の好奇心
「はいはーい。みんなー集まったんだねー今日の課題なんだよー」
 魔法薬学の教室に入ってきた【パールラミタ・クルパー】は、教卓の前に自前の大きな薬箱を下ろすと、よいしょとその上に登った。
 パールラミタはエリアルのエルフだが、その背丈は一般的なフェアリー種より気持ち高い程度だ。だからこれは、大人と同程度の視界を確保するという、いつもの恒例行事なのだ。
 それはとにかく、パールラミタは懐から何かの液体が入ったガラス瓶を取り出して生徒たちに見せつけた。
「これはー体がーちっちゃくなっちゃう薬なんだー。と言ってもー若返るとかじゃーなくてー、全体的にちっちゃくなっちゃってー小人になるというものなんだよー」
 これはまた妙な代物を出したものだ。その薬はパールラミタが作ったものなのだろうか。
「ボクがー基本的なものにー色々と改良を加えてーほぼ確実な安全性を添加したものだよー。使用すれば服ごと小さくなるしー効果は1時間で切れるようになっているしー何か危害が及ぶようになったらーすぐに効果が切れて元に戻るしー、とても狭いところで効果が切れてもー近くの開けた場所に転送される優れものなんだねー」
 えっへんと意外とある胸を張るパールラミタ。とりあえずは技術的に凄いらしいことは分かった。
 つまるところ、その薬を自分たちに使ってくれという事なのだろうか?
「うんーそうー。みんなにはーこの薬を使ってー、体を小さくしてー色々なことをーやってもらいたいんだねー。体がーちっちゃくなるっていうのはー基本的にはー有利な事じゃないんだねー? ゴブリンやー餓鬼とだってーまともに戦えなくなっちゃうからねー」
 そう言われると、何だかとても恐ろしいことのように思えてくる。不思議な体験を行うには違いないが、普通に戦えば雑魚になる敵とすらまともに渡り合えなくなるのは確かに尋常ではない。
 だが、小人が主人公のおとぎ話や英雄譚だって幾らかある。その小さな体躯を逆に活かし、何もかもが大きな世界で様々な冒険をしたり、自分より大きな怪物を倒すといった物語は語り継がれてきたものだ。
 つまり、この課題の目的とは即ち?
「そうだねー。小人になってーこんなことをやってみたんだよーって、来週までにーレポートを作ってきてほしいんだー。例えばークローゼットの裏に落ちてたー小銭を取ってきたーとかーそんな感じでいいんだよー」
 大冒険などをしなくても、その程度の内容でもいいらしい。それならあまり難しく考えなくても何とかできそうだ。
「でもー出来る事ならーアイデアを振り絞ってー思いがけない使い方を考えてみてほしいなー?」
 パールラミタとしてはいいアイデアを募るようだが、どうしたものだろうか。
 ところで、この薬を使うとどの程度の大きさまで小さくなってしまうのだろうか?
「大体ーその人の親指くらいかなー? それだけにー使いどころにはー十分注意してほしいんだねー」

●悪魔の囁き
 学生寮の自室にて、パールラミタに手渡された小人の薬をぼんやり見つめる。
 無難に『こうしてみた』というレポートを書くのも悪くはないが、どうせなら変わった使い方をしてみたい。
「ほぅ、面白い薬を持っているなァ?」
 褐色肌の女性教師がノックもなしに扉を開け、堂々と部屋に上がり込んできた。いやちょっと待て、鍵はしっかり閉めたはずなのにどうやって入ってきたのだ。
 然し女性教師はずかずかと上がり込んで近づくと、例の薬をスッと取り上げ、手のひらで放ってはキャッチして弄び始めた。
「悩んでいるようだから、簡単な助言でもと思ってなァ。簡潔に言おう。悪いことに使おうと考えた方が、いいアイデアが出てくるかもしれんぞ?」
 いや、流石にそれはどうなんだろうか。
 それにもし悪用してしまったら叱られたり減点されるかもしれないし……。
「その点は安心していい。他の先生なら怒ることでも、彼女は純粋な発想力で公正に評価するからなァ。去年も同じ課題を出していたが、ちょっと悪いことに使っていた生徒を高く評価していたぞ。ついでに言えば彼女が怒るという事は、コルネ先生に干しぶどうを渡して拒否されるくらいあり得ない話だぞ」
 ある意味では安心できたが、後半の例え話は何なんだ。凄いのか凄くないのか少し判断しかねる。
 それでも悪い方向に使うのはちょっと憚られてしまう。然し、そう言われるとやっちゃってもいいような気もしてくる。
 すると女性教師はニタァと笑うと、薬を返して腕を組み、説き伏せるように語り始めた。
「道具や技術に魔法。そういったもの全てが、純粋な善意で生み出され、使われてきたものだと思うか? 私はそうは思わんなァ。例えばそういった体を小さくする薬や魔法は、遥か昔のある国では王侯貴族への恥辱刑に使われたそうだ」
 こんな薬で刑罰? 恥辱刑などとは、そんな発想には至らなかった。
 その国では一体、どういう使い方をしてきたのだろうか?
「そういった薬で罪人の体を小さくして籠に閉じ込めて、広場など目立つ場所に無造作に置いて衆目の晒し者にしたのだなァ。自分より立場の低い者に虫けらのように見られるというのは、さぞかしプライドをずたずたにされたに違いない。更に死刑が確定した場合には……それはもう、無残な有様だったそうだ」
 急に話が血なまぐさくなってきた。その罪人がどんな最期を迎えたか、想像しかけて気分が悪くなった。
 然し、そんな気が滅入る話を何故教えたのだろうか?
「悪い方向でのアイデアの一例だ。人の悪意がそんな使い方を生み出したという事を理解してほしくてなァ。後、私は悪い事に使おうとする生徒への見張りを任されている。自由を優先して大目に見たいところだが、あまりにやり過ぎるなら、ちょっとお仕置きしなければならんのでなァ」
 そう言うと、左手で何かをキュッと握り潰すような仕草を見せ、くすくすと咽ぶように笑いながら女性教師は扉から部屋を出ていった。鍵をかけていたかなど、とても気にしていられなかった。
 何だかとんでもない課題を受けてしまったような気がする。パールラミタに薬を返して課題をやめてもいいが、少し変わった経験を得るのも悪くないような気もする。
 さて、どうしよう?


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 7日 出発日 2020-06-06

難易度 簡単 報酬 通常 完成予定 2020-06-16

登場人物 4/8 Characters
《今を駆ける者》ダケン・ヴァルガー
 ルネサンス Lv15 / 魔王・覇王 Rank 1
「姓はヴァルガー、名はダケン。故郷は知れず、世間が呼ぶには流しの無頼。ま、よろしく頼むぜ」 「……って、駄犬じゃねぇ!?」 #####  狼系ルネサンス。  若い頃から正々堂々、スジを通して道理を通さぬ荒くれ者として世間様に迷惑をかけてきた年季の入った無頼。  本人は割とイケていたつもりだったが、ある時襲った貴族の娘から 『獣臭い』『薄汚い』『さっさと死んでくれないかな?』  と容赦ない口撃を浴びて脱落(リタイア)  一念発起して系統立った悪の道を修めるべく、学園の門を叩く。 ◆性格・趣味嗜好  一言で言って『アホの二枚目半』  前提知識が足りない系アホの子で脳筋単細胞。悪人ではないが、パワーオブジャスティス。  ひらめきや発想は普通にあり社交性も悪くないため、決められる場面では最高に二枚目。  いざという時以外は基本三枚目。足して二で割って二枚目半。  脱ダサ悪党を目指して清潔感は増したが、服装センスが致命的でやっぱりダサ悪党。   ◆外見補足  顔立ちは濃いが造りは悪くなく、黙って無難な服を着ればワイルド系イケメンおっちゃん。  服装センスの悪さは『イモっぽい』『田舎もの』といった類。  気合が入ると脱いじゃう系の人。
《グラヌーゼの羽翼》エリカ・エルオンタリエ
 エリアル Lv33 / 賢者・導師 Rank 1
エルフのエリアル。 向学心・好奇心はとても旺盛。 争い事は好まない平和主義者。(無抵抗主義者ではないのでやられたら反撃はします) 耳が尖っていたり、整ってスレンダーな見るからにエルフっぽい容姿をしているが、エルフ社会での生活の記憶はない。 それでも自然や動物を好み、大切にすることを重んじている。 また、便利さを認めつつも、圧倒的な破壊力を持つ火に対しては慎重な立場を取る事が多い。 真面目だが若干浮世離れしている所があり、自然現象や動植物を相手に話しかけていたり、奇妙な言動をとることも。 学園へ来る前の記憶がないので、知識は図書館での読書などで補っている。
《奏天の護り姫》レーネ・ブリーズ
 エリアル Lv29 / 芸能・芸術 Rank 1
いろいろなところをあるいてきたエルフタイプのエリアルです。 きれいな虹がよりそっている滝、 松明の炎にきらめく鍾乳石、 海の中でおどる魚たち、 世界にはふしぎなものがいっぱいだから、 わたくしはそれを大切にしたいとおもいます。
《新入生》一雫・悲哀
 ヒューマン Lv6 / 村人・従者 Rank 1
名前:一雫 悲哀(ひとしずく ひあい) 種族:ヒューマン 年齢:17歳 外見 ・青い長い髪を緩く三つ編みにしている ・青い目 ・黄色人種 ・モデル体型 性格 育った環境が環境な為に、自分を蔑ろにする癖がついている。 自分は[醜女]だと思っており、顔を誰かに見せるのを嫌う。 村では男性から暴力を受けていた為に苦手意識が物凄く強い。 また、発育が他の人より良すぎた為に異端とされていた事もあり、自分の体型を凄い気にしている。

解説 Explan

体が小さくなる薬を、何かしらの形で活用してみてください。広大な学園でできることも多いだけに、あなたの想像力が試されることでしょう。
プランには最低限、『どこで』『どのようにして』『どんな結果を目指したか』を書いて下さると分かりやすいです。
薬は1人につき1回分の薬が渡されています。使用すれば、サイズはおよそその人の親指ほどになります。パールラミタ先生があらゆる安全を配慮して制作しているため、外的要因による事故や消滅どころか、怪我をする心配もありません。
それでも、安全のために学園の敷地内で使用してください。
いいことに使っても、ワルいことに使っても、自分の為に使っても、誰かのために使っても大丈夫です。
但し、自分で使った上での体験談を書くという趣旨の課題ですので、誰かに飲ませることはできません。
また、あまりにも公序良俗から外れたことをしようとすると、褐色肌の女性教師に軽いお仕置きをされてしまいます。

このエピソードにて特定の行動を取った場合、称号を得られる可能性があります。

【称号】
・鴻鵠の心根
小さくなった体で特に凄いことをやってのけた方に与えられるかもしれません。

それでは、後悔なき選択を。


作者コメント Comment
色々とシナリオの案はあれど、実際に書いてみて『これ、お前はやりたいのか?』と思うような状況ばかりにぶつかります。ちょっとスランプですね。
それはさておき、こういう体験ならどうだろうという事でエピソードにしてみました。『ドリンクミー』と言えば、世界的に有名な童話のあれです。
こういうのって、昔の漫画やゲームではよく使われてきたアイデアだったと思います。有名どころは青い狸のロボットが出てくる漫画とか、四角っぽい名前のゲーム会社とか。現在ではまるで見ないですが、何故なのでしょう……?
尚、褐色肌の女性教師ですが、ちゃんと名前や設定は一応あります。唯、出す機会を逃してずるずると。聞かれたら、素直に教えてくれるはずです。


個人成績表 Report
ダケン・ヴァルガー 個人成績:

獲得経験:123 = 82全体 + 41個別
獲得報酬:4500 = 3000全体 + 1500個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:鴻鵠の心根
●方針
小さくなれば体重も減る。これのフル活用を考えるぜ

●事前調査
薬を飲む前に学園のレンタル箒を手の届く距離に確保。
小さくなってから取りにいくと時間かかるしな

●行動
準備ができたらパールラミタ師匠の薬を飲む。
校庭、目立たない場所でレンタル箒を準備、薬を飲んで箒で飛べるかGO!

さて何処までが効果範囲か(装備でもソリは縮まない?ブースターは?)
動かない…はないと思うけど、小さくなったら『まりょく』『きりょく』はどうなる?
サイズに合わせて減らないなら、体重が減る分で魔法の箒の速度や移動距離を大きく伸ばせないかな…と。
もし一人でダメそうなら、他の人の箒に相乗りも。

順調に動かせそうなら空の旅を楽しんでみよう

エリカ・エルオンタリエ 個人成績:

獲得経験:99 = 82全体 + 17個別
獲得報酬:3600 = 3000全体 + 600個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
・心情
パールラミタ先生もああ言ってるし、少しは危ない事も挑戦しなくちゃね

・目的
課題をしっかりやり遂げるため、小さくなってスリリングな体験をして
それを血沸き肉躍るレポートとしてまとめて提出する
具体的には、コルネ先生の部屋に侵入して秘蔵の干しブドウを一粒ゲットしてくる

・作戦
小さな隙間や家具等の物陰を利用して極力姿を晒さず探索
暗がりでは【暗視順応】
【視覚強化】で干しブドウがしまわれてそうな棚や入れ物を探す
基本的には他の飲食物と一緒に置いてありそうだけど
大事な物は厳重にしまい込まれてる可能性も考慮
目星がつかないときは【嗅覚強化】併用
【自然友愛】の精霊と手分けして捜索
場合によっては精霊に囮になってもらう

レーネ・ブリーズ 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:247 = 82全体 + 165個別
獲得報酬:9000 = 3000全体 + 6000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:鴻鵠の心根
日当たりがすごくつよい、石畳の場所をさがします。
けっこう暑くなっちゃうような場所ですね。

そこにちいさなついたてや木箱、水の入ったカップや
通気性をとてもよくしてあるクッションとかを配置して、
「人形がゆったりねてられるような場所」を工夫してつくります。
日差しをさえぎり、石畳からの熱気からもはなして
風通しをよくして、ゆっくりやすめるように。

スロープの板も用意して人形でも上り下りができるようにもします。
それからひもをひっぱれば音が鳴るようにした鈴も用意します。

水はレモン味にすこしお塩をまぜますね。

いろいろ準備がだいじょうぶそうになったら
ちいさくなれる魔法のお薬をのんで、ほんとにのんびりねてみますね。

一雫・悲哀 個人成績:

獲得経験:99 = 82全体 + 17個別
獲得報酬:3600 = 3000全体 + 600個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
▽PL意図
人形の着るような洋服を着せたい

▼PC目的
自分でもできる簡単な依頼に入りたい

▼PC動機
図体ばかりがでかいと言われてきたから小さい自分に興味がある

▼PC手段
・『どこで』
自分の部屋で

・『どのようにして』
ミニチュアの家と指人形用の服を用意し

・『どんな結果を目指したか』
自分を着飾り小さく可愛らしい見た目になりたい


私は…ずっと「図体ばかりがでかい」と言われて来たので…
背が小さい女性というのに憧れます

ここに来て、スカートやレースといった物を初めて目にしました

…私が着るには、とても似合わないかとは思いますが…
でも、1度でいいから着てみたかった…

ミニチュアの家の中であれば、見つかっても変では無い、はず

リザルト Result

●例えばお人形みたいになってみた場合
「これで……用意は万端です」
 学生寮の自分の部屋にて、【一雫・悲哀】(ひとしずく ひあい)は机の上に置いたものを見て一息ついた。
 それは、小さな人形が住むようなミニチュアハウスと、そんな人形に着せるドレスが各種。然し、肝心のミニチュアハウスの住人は机に無かった。
 すると悲哀は、椅子から机に膝をかけて登ると、ミニチュアハウスやドレスを避けるようにして机の上に膝立ちになった。無論、マナーや常識の上では、机は上がるものではない。然し、そんなモノを覆す理由を悲哀は握りしめていた。
「これで本当に、小さくなれますか……?」
 悲哀はガラス瓶に入った液体をじっと見つめる。
 それは体が小さくなる薬。身長を縮めるといったものではなく、小人にしてしまうという代物。
 躊躇などはない。悲哀は意を決し、ガラス瓶の蓋を開けると、ぐっと中の液体を呷った。
「う、あぁっ……!」
 まるで風邪を引いたように体が熱を帯び、眩暈をしたように頭がくらくらとする。思わずガラス瓶を手放すが、部屋のカーペットが柔らかく受け止めた。
 目の前の壁に飾ってある風景画が段々と高く昇っていくような錯覚。だがそれは、自分が段々と小さくなっていき、視界が低くなっているからだった。
 やがて、体から少しずつ熱っぽさと眩暈が抜けていく。
 悲哀は体の怠さを振り払うように立ち上がると、目の前には木製の床が大きく広がる世界が広がっていた。少し遠くには、自分に丁度ピッタリなスケールのミニチュアハウスが見えた。
「わあ……!」
 背が小さくなるのとは全く違う。けれども、普段は目線と同じか下にあるものが、しっかり見上げないと見られないという感覚は、悲哀には一瞬一瞬が新鮮だった。先の風景画が高く遠くに、まるで霞んで見えるようだった。
 けれどもこれで満足してはいけない。すぐ近くにあった人形用のドレスを拾い上げると、悲哀はミニチュアハウスに入った。

 小作りながらも丁寧な内装のミニチュアハウスの衣裳部屋で、悲哀はドレスの1つを広げた。部屋の姿見に映るそれは、まるで花のようだと悲哀は思った。
 色は鮮やかなヴァイオレット。レースとあしらわれたフリルがいいアクセントとなり、本当に菫の花弁のようだった。
「綺麗……私に似合う、でしょうか」
 悲哀はドレスをぎゅっと抱きしめる。人間大のサイズで買うとしたらいいお値段でも、人形サイズのそれなら容易に手が届く。
 それに、自分が本当に、『他の人と変わらない普通の女の子』であるなら、こういった格好が似合う筈だから。
 でも、それを誰かに見られたくはなかった。
「いやぁ……!!」
 自分に躊躇なく振り下ろされるあの拳が脳裏に蘇り、悲哀は思わず身をすくませた。この学園の、寮の自分の部屋の、更にその中のミニチュアハウスの中に、そんなことをするあの村の人はいないのに。
 深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。そして意を決して、今着ている服をするすると脱いだ。大丈夫。ここでならあんな酷い目に遭わない筈だから。
 そして、菫色のドレスのボタンを外し、最初にスカートを穿いてボタンを留める。次いで上着に袖に腕を通して着込んだ。少しサイズが小さかっただろうか。人形の服として仕立てられたドレスだが、悲哀にはやや小さかったようだった。それでも違和感はない、と思う。
「どう、でしょう?」
 悲哀は、姿見の向こうに映る自分に問いかけ、改めて自分自身を見つめた。
 緩やかな三つ編みに編んだ髪と穏やかながら品のある顔。悲哀はそんな自分の顔を醜いと思っていた。けれども姿見に映る自分は、確かに『女の子』だった。
 試しに背中を向けてみたり、少し気取ったようなポーズをとってみる。このような格好をしている人は見たことがある。そんな人達は、確かに綺麗だと思った。
「はは……」
 思わず笑いが出てしまう。だがそれは自信から来る笑いなどではなく、自嘲でしかなかった。
 このミニチュアハウスには、貶す人も褒める人もいない。少なくとも今までに、自分の容姿を褒めてくれる人はいなかった。寧ろ、醜いからと服を取り上げられるかもしれなかったから、これまでにお洒落な服を買ったことがなかった。
 だから、今のこの格好が似合っているかどうか、悲哀には分からなかった。
 思わず姿見から目を背けた。視線の先にあったのは、別の人形用のドレスだった。
 いざ、自分で着てみても感想は浮かばなかった。けれども、お店で人形のドレスを選んだ時はどうだっただろうか。ドレスにも色々な種類があったが、無造作に選んだわけではなかった。少なくとも、何となく自分に似合いそうだと思ったものを手に取って選んでいた筈だ。
「これなら……?」
 そう言うと悲哀は、徐に今の菫色のドレスを脱ぐと、鮮やかな紅色のドレスを手に取った。もしかしたら選んだドレスの中に、自分が納得するような服が見つかるかもしれない。
 そんな淡い期待を抱き、悲哀は紅色のドレスを羽織ってみた。

 気が付けば、色々な服に着替える行為に夢中になってしまっていた。見たことのない自分の姿にすっかり夢中になっていた。
 だが、不意に再び発熱と眩暈のような感覚に襲われると、気が付けば自分の部屋にいた。薬の効果が切れてしまい、安全対策の効果としてミニチュアハウスから転送されてしまったのだ。
 一糸まとわぬ姿のまま、悲哀は呆然と立ち尽くす。夢の時間は、もう終わってしまったのだと。
 けれどももう少しだけ、夢を見続けたい。
「お薬……分けて下さるでしょうか?」
 悲哀は、側に転送されていた自分の衣服をさっと身にまとうと、机に向かってレポート用紙を広げた。
 すぐ側にある、ミニチュアハウスをちらりと見やり、夢の続きを望みながら。

 ――担当教師より連絡
 お人形さんの服には素敵な意匠の服が多いから、憧れちゃうの分かるなあ。
 ボクもキミのおめかしした姿を見てみたかったな。絶対に可愛くて綺麗で素敵なんだって容易に想像できちゃうから。
 でも、出来る事なら等身大のキミで見てみたいかな。小さくなったキミだと、『可愛い』以外の感想が出てこないと思うんだね。
 ボクはね、キミはもっと胸を張ってもいいんじゃないかって思うんだよ。ここでは、誰もがキミを羨んで見ているんだからね。
 少なくとも、背が高いのってボクはすっごく羨ましいなあ。薬箱によじ登らないと教室が見渡せないのって、結構不便なんだよ。

●例えば空を飛んでみた場合
 ある日、【ダケン・ヴァルガー】は手ごろな箒立てから空飛ぶ箒を借りた。
 とは言っても、彼の目的はこの箒でどこかへ行くことではない。
「さて適当に……おっ、あの辺りでいいか」
 ダケンは箒を片手に、校庭の隅にある雑木林に入っていった。木々の葉が青々と茂っていて、なかなか涼しい。こんなところを箒で飛ぶのもなかなか気持ちいいだろうが、ダケンの目的はやはり違った。
 木々がより密集して人目につきにくい場所を見つけ、そこに箒を横倒しにして置く。周りに誰もいないことをしっかりと確認すると、荷物からガラス瓶を取り出し、その中身を呷った。
「おぉぉ……クラクラしやがる!」
 副作用で体が熱を帯び、眩暈に似た感覚に襲われる。同時に周りの木々が急激に伸びているように見えたが、すぐにそれは違うとダケンは思った。
 やがて、視界は大樹の如き太さの木の根を捉え、少し生臭さを感じる湿った土の臭いが鼻腔をくすぐった。
 薬の効果を疑っていたわけではないが、体が小さくなるという体験はダケンも初めてだった。想像以上の効果に思わず、にやりと少し悪い笑みを浮かべてしまう。
「ほー、こいつはなかなか悪だくみが働く……いやいやいや! 俺はもっとビッグなことをやるの!!」
 首を横に大きく振って思わず自分自身にツッコミを入れてしまった。確かに当初は潜入や盗み聞きといった悪事を考えていたがそれでは満足できず、体内侵入などとなかなかニッチな事も考えてみたが、サイズ的に厳しいのではないかと考え、却下した。
 果てさて、誰のどこに入って何をしようと考えていたのでしょうかね?
「っせえっ、ほっとけ!」
 閑話休題ったら閑話休題。
 ダケンは、目の前にある空飛ぶ箒を見上げた。レンタルした時には特に何の変哲もない箒だと思っていたが、やや大げさな言い回しだが、箒の柄がまるで大地に這いつくばる伝説の大蛇のような迫力を醸し出していた。
「これなら簡単に上れそうだな」
 今からダケンはこの箒に乗る。そう、彼の目的は体を小さくした状態で箒で空を飛んだらどうなるか検証してみるという事だった。
 飛べないという事はないと思うが、もしかしたら速く飛ぶことが出来るかもしれないし、飛行距離が伸びるかもしれない。
 一抹の不安は拭いきれないが、ダケンはとりあえず箒に跨ってみた。いや、箒の柄が太すぎて跨るというより乗っかるといった方がしっくりくるかもしれない。古の勇者に巨獣に乗って戦った者もいたそうだが、まさにそんな気分だ。
 期待で胸を膨らませ、ダケンは手に魔力を込め始めた。
「さて、このままテイクオっ、おぉぉぉぉ!!!?」
 空を飛び始めたものと思っていたら、天地がひっくり返った。いや、後ろ向けにごろごろと転がっていく。
「おぉぉっ、そ、祖流還り!!」
 何が起きたのか分からず、思わずルネサンスならではの力を発揮した。そして、最初に何か固いものが背中を打ったと思ったら、程もなくして柔らかくもチクチクした感触に埋もれ、次いで地面に落下した。
 やがて、遠くで何か固い質感の音が聞こえた。
 咄嗟に人狼の姿に変化したからか、派手に後ろに転がった割には脇腹と肩を軽く打った程度で済んだ。
「痛てて……ちょっと待て、何がどうなった?」
 起き上がったダケンは、すっ飛んでいった箒を見つけると、歩きながら何が起きたのかを考えた。
 まず、箒に乗っていたら唐突に後ろに転がっていった件だが、これは普段の感覚で箒に乗って発進させたため、極端に小さくなった体には大きな反動となり、勢いが余って後ろに転がってしまったのだろう。
 そしてそのまま箒の柄を真っすぐ転がり、最初に枝を束ねた部分で背中を打ったのだ。次の柔らかくもチクチクした感触は、掃く部分に包まれたから。そして地面に落下したというわけだ。
(ある程度ダメージが緩和されるなら大丈夫ってことか?)
 例の薬は安全に配慮した効果が多々含まれていると聞いていたが、今のダケンが小さいままという事は即ち『危害』という程の事ではなかったのだろう。薬への理解を深めてダケンはほくそ笑むと、箒のもとへ駆け寄った。

 結構な距離を走り、改めてダケンは箒によじ登って跨った。
 今度は同じ轍を踏まないよう、鉤爪付ロープを箒の柄と自身にしっかり巻き付けて固定して、柄にしがみつくような姿勢を取っている。また、柄の半ばに乗っていては前が見えにくいため、先端部分に乗ることにした。
 尚、『赤鼻号』は出すタイミングか何かが悪かったために縮んでしまったためどうしようもないが、グロリアスブースターなら万が一の滑落時には使えそうだ。
 ともあれ気を取り直して、ダケンは再度箒に魔力を込め始めた。
(今度は、慌てず少しずつ、ゆっくり、ゆっくり……)
 小さくなったダケンを載せた箒は少しずつ浮き上がり、そして少しずつ荒くなっていく向かい風を切って加速していく。
 気が付けば、人の背丈を超える程度の高さになっていた。そして徐々にいつも通りの感覚で加速していくと、いつもよりすさまじい勢いの風がダケンの体を叩きつけた。
「うぉっ、こいつは結構……!」
 普段、箒に乗っていては味わうことのできないスピード感に、ダケンは思わず身震いしていた。原始的な恐怖よりも刺激的な快感が勝り、体の芯を突き抜けていった。
 だからこそ、つい気も大きくなってしまっていた。
「このまま校舎の屋上まで飛んでみっか。外みてる奴らを驚かしてやるぜ」
 調子に乗ってそんなことを口走ってみたが、間もなくして違和感に気が付いた。一定の高度から更に上がることができない。その事実に、校舎にぶつかる寸前になって気付いたダケンは、ぶつかる寸前に咄嗟に体を右に大きく傾け、グロリアスブースターを用いて『跳躍』した。
 すると、箒の先端から軌道がカクンと右に曲がり、辛うじて箒は後者の壁の側を飛んだ。
「や、やべぇ……本気で死ぬところだった」
 パールラミタの薬が安全に配慮しているとは言え、こういった事故を想定しているかどうかは不明だ。
 初めてやることで調子に乗るべきではない。ダケンは肝に銘じたのだった。

 ――担当教師より連絡
 独りでに空を飛ぶ箒の噂を聞いたけど、ダケンちゃんだったんだね。メメちゃん先生がまた何かやったのかなあと思ったんだよ。
 小さくなって箒に乗るという発想は無かったなあ。それだけに、検証してみようと考えたのは偉い事だと思うんだよ。
 けれど聞いた話をまとめると、速度と飛行距離、それと高度は大して伸びてないんじゃないかな。残念だけどね?
 箒による飛行は魔力が大半だからね。それでも体重や空気抵抗などで若干は誤差が生じるから、その分は幾らか影響していそうかな?
 ところで過去に、ある生徒がキキちゃんの口からお腹に入ってそのまま消えちゃったという痛ましい事件が……冗談だよ。

●例えば診療所を作ってみた場合
「学園といってもいろいろな場所がありますね」
 炎天下の青空の下、【レーネ・ブリーズ】は学園内を歩き回り、自分が目的を為すのに都合がいい場所を探していた。
 適当に外を歩いてみると、案外新たな発見があるものだ。思わぬところに教室への近道の通路があったり、誰が世話をしているか分からないひっそりとした花壇など、色々な発見と出くわして何だか気分が浮ついてくる。

 だがレーネが目的とする場所は『日差しが強い石畳の場所』。暑くなってくるこれからの時期には特に行きたくない場所である。が、課題のためにはその方が逆に好都合なのだ。
 そうこうしている内に、レーネは人通りが殆どない石畳の通り道を見つけた。太陽に徹底的に照らされた石畳は、触れば簡単に火傷しそうだ。
「ここにしましょう」
 道具袋から取り出したのは、ミニチュアハウスで使うような小道具に、木の端材や釘、更には金槌やノコギリといった代物だった。人形の家を作るとするなら、何もこんな暑い場所でなくてもいい筈である。だが、レーネはあることを検証するために、このような暑い場所を見つけ、必要な道具を揃えたのだ。
 まず、レーネは土台となるもの木箱を石畳の上に置いた。木箱の中にはこれといったものは入っていないが、少し重たくした方がいいかもしれない。適当な重しとなるもの、例えば一通り終えた後で金槌などの工具を木箱に入れてみようとレーネは思った。
 無論このままでは完成ではないため、次に木箱に平らな板を載せ、板に釘を打ち付けていく。可能な限り反りのない平たい板を選んだつもりだが、うまく出来てくれるだろうか。
「さて、次は……」
 次に作るのは、ついたてと壁。ここでは速乾性の接着剤を用いることにした。家屋を作るのであれば壁に窓を付けるのがいいのだが、そんな凝ったものを作っては意味がない。何故なら、このミニチュアハウスのような何かは、出来る限り早く組み立てられるようにしなければならないからだ。それも、ありふれた材料で簡単に作れるようにしたい。ここでは確実なものを組み立てるために接着剤を使ったが、いざとなったらそういったものに頼らないで組み立てられるようにしたいところだ。
 ここまで組み立てたところで、レーネは端材で組み立てたミニチュアの小屋に人形用の小道具を置いていった。簡素な机、クッション、そして小さな水差しとコップ。水差しには、レモン汁と食塩を少し混ぜた飲料水を入れてある。無論、人形用の小道具の水差しでは喉を潤すには足りない。無論普通の人間なら、である。
 次にレーネは小屋に屋根を取り付けた。への字のような板を載せる程度だが、これが一番大事なポイントである。ここで密閉しては風の通りが悪くなるため、壁と屋根の間は塞がずにわざと空けておいた。この壁と屋根の隙間は、通り道に沿って向けることで風が入りやすくしてある。そして、念のためにこの屋根に『検証中です。手を触れないでください』と張り紙を付けた。
 そして、木箱の上にある小屋目掛けて板を置き、緩やかなスロープを設け、木箱の中に重しとなる工具を入れてやっと完成した。それは、人形遊びに使うには微妙な小屋だが、レーネとしては満足のいくものができた。
「さすがに、あつくなってきました」
 敢えて熱い場所を選んで小一時間工作を続けてきたレーネは、容赦ない太陽に汗をかいて参りそうになっていた。すぐさまレーネはスロープの板の近くに立って、ガラス瓶の中の液体を呷った。
 その瞬間、体が火照り、眩暈がした。そして徐々に視界が低くなって、自作した小屋が遠くなっていくように錯覚した。レーネは一瞬熱中症を疑ったが、すぐに例の薬の副作用であると得心した。
 それはさておき、地面に一気に近づいたことで殺人的な熱気がレーネを襲った。すぐにスロープを上ると、木箱の上の小屋へと向かっていった。

 自ら手掛けた小屋の中は、やや暗かった。通気用の壁の隙間などから入る光とその反射光で、うっすらと中を確認できる程度だった。
(これは、つぎがあれば直したいですね)
 だが、適度に設けた隙間から小屋の中に上手く風が入り込んで涼しくなっているのは、想定通りにやれたと思った。木箱で地面から離しているから石畳の熱気もない。
 まず、レーネは机の上に置いた水差しとコップを手に取り、中のレモンと食塩の混合水を飲んだ。時間が経って少しぬるくなっているが、本来想定している熱中症の患者に飲ませるならこの方がいい筈だ。
(さて)
 レーネは、中に敷いたクッションに横になってみた。それから、小屋の中を通る風を全身で静かに受ける。
 静かだ。
 思った以上に居心地がいい。これなら患者をゆっくり休ませることができるだろう。
 次にクッションの側にある、天井から垂れた紐を引っ張ってみた。すると、小屋の外から『ガランガラン』と、鈴にしてはやや荒っぽい音が聞こえてきた。最初は鈴が壊れたものと思ったが、どうやら体が小さくなって、音が異様に大きく聞こえてしまったようだ。ともあれこれなら異常をすぐに外に知らせることができる。
 レーネは再びクッションに寝そべり、物思いに耽った。
 これからの季節、熱中症で運ばれる人は増える筈。特にその他の傷病者なら季節を問わず幾らでもやってくる。
 無論、あの小さくなる薬を使うことが前提となるが、これならすぐに患者を休ませることが出来るだろう。しかも場所を取らない。用途は限定的なものになるだろうが、理想的な診療所となる筈だとレーネは確信していた。

 それからレーネは薬の効果が切れる前に小屋を出て、後片付けをしたのだった。

 ――担当教師より連絡
 怪我人や病人を素早く収容できる場所を作るのが目的だったんだね。その為に患者を小さくするという発想には驚いたんだよ。
 多くの傷病者の治療には広い場所が必要だけど、これなら小さくまとめることができるし、患者の様子をすぐに見ることができるという利点もあるんだね。
 唯、小屋の組み立て方をより洗練させる、小道具を常備するなど幾らか課題はあるけど、それらを解決すれば将来性のある発想になると思うんだよ。
 体を小さくするという事を、人の健康のために活かそうとするという発想は、人を治すことを仕事としている身としては凄く感心したんだね。
 それだけに、こういった薬を取り扱うという事の恐ろしさも理解してほしいなあ。

●例えばあの先生からアレをくすねてみた場合
 ここは、とある人物の寮の自室。
 見た目は特に変哲もない部屋である。今日は窓を開けて換気しているらしい。
(窓……ちゃんと開いてる。先生はいない……周囲よし。行くわ)
 すると、窓の外から糸が垂らされた。そして、するすると糸を伝って何かが降りてきた。
 それはまるで、才長ける職人によって手がけられた小さな人形のようだった。特に陽光に照らされて煌めく黄金の髪は、如何なる技術を用いても作ることはできないだろう。
 それもその筈。彼女は人形ではなく、薬を使って小さくなった【エリカ・エルオンタリエ】である。若草色のライダースーツを着たエリカは、そこそこの高さになったところでロープから手を離して窓の縁に着地すると、降りてきたロープを僅かに緩ませ、鉤爪を回収した。
 部屋の中には誰もいないが、それを事前に調べた上でエリカはこの部屋への侵入を計画したのだ。
(どうせなら、やり過ぎるくらいの体験をしないとね)
 尤もそれは、下手を打つとトラウマになりかねない危険性も孕んでいる行為だ。
 無論、エリカも策を講じてこなかった訳ではない。調べた情報が正確なら、部屋の主は日が沈むまで帰ってくることは無い。今頃は教職に励んでいる筈だ。
 それなら時間にだいぶ余裕がある。ほんの少しだけ、あるものを頂いていくには十分だった。
 エリカが求めるもの。それは、たった1粒の干し葡萄だ。

 エリカはまず部屋の中を見回した。等身大ならまあまあの広さの部屋だが、今の状態だと部屋の奥が霞んで見える。
 小さな姿になって家探しをするとなると相当に骨が折れそうだが、探し物は干し葡萄と決めている。ここから、引き出しや棚など干し葡萄を仕舞える場所と限定すれば、幾つか目星を付けることができた。
(いつも『大袋』単位で買っているそうだけど……)
 飽くまで推測だがエリカは、干し葡萄は他の何かの容器などに移していると読んだ。そうなると、今の姿では容器を空ける手段に乏しいことが最大の難点となる。だから、そういったものに移す前の大袋を探すことが目標となる。
 一先ず、最初に目星をつけた棚に乗り移るため、窓の縁から降りることにした。
 縁にロープの鉤爪をかけ、するするとベッドに降り立つ。涼しげな青い毛布に乱れはなく、問題なく歩いて行けそうだ。何となく鼻につく臭いは、部屋の主の体臭だろうか? 意識して嗅いだことはないが、今このベッドでは少し息が苦しく感じる。体が小さい為、毛布に密着して臭いを嗅いでいるようなものだ。
 長居は無用。エリカは毛布の上をせっせと走り抜け、最初の棚の上に鉤爪を放り投げた。
 そのまま、蜘蛛もかくやというしなやかな動きでロープを上る。棚はそれほど高くないとはいえ、20秒程でエリカはその上に登ってしまった。
 その棚の上から息を澄ませ、エリアルという種族として何かを感じとった。それは干し葡萄の匂いがついたほんの微かな風。机の上は勿論だが、ベッドやチェストの取っ手や羽ペンからも匂いの風が吹いているのは何故だろうか?
 エリカは少し考えて答えを導き出した。
(干し葡萄を触った手で色々なものに触っているから、匂いが付いたのね)
 部屋でならスプーンなり食器を使って干し葡萄を食していてもおかしくはないが、普段は手で摘まんで食べている姿を見る方が多い。体が小さくなると、これ程小さな気配にも気付けるようになるのかと、エリカは思わず感心した。
 それはさておき、1番大きな干し葡萄の匂いの風は、キッチンからそよそよと吹いてきていた。食べ物を扱う場所に置かれていてもおかしくはないだろうし、大袋があるとしたらそこだろう。
(さて、ここからが本番ね)
 エリカは棚に残った埃の跡を隠滅し、一度床の上に降りることにした。

 それから、ある程度走ったところでエリカはキッチンに着いた。
 強い干し葡萄の匂いの風は、隅に置かれた鍵付きの収納ボックスからしてくるようだ。エリカは収納ボックスに近づいて周囲から見渡した。
(持ち手部分が穴になっているから、そこから入り込めば行けそうね)
 エリカは鈎爪を投げると収納ボックスの持ち手部分から中を覗いた。当然暗いがすぐに目が順応した。
 収納ボックスにはやはり、干し葡萄が詰まった袋が入っていた。エリカは収納ボックスの中に降り、干し葡萄の袋の中に潜り込んで探ってみた。
(まさに宝の山ね)
 袋の中は全て新鮮な干し葡萄だった。えり好みさえ出来そうだが、エリカは適当な干し葡萄を抱えてみた。そこまで重たいわけではないが、今のエリカでは、蹴るタイプの球技に使うボールくらいの大きさはある。小脇に抱えるぐらいなら何ともないだろう。
 ともあれこれで目的は達した。エリカは再び持ち手部分に鉤爪をかけ、収納ボックスから脱出した。
 キッチンを出て、机の下まで来たその時だった。
 唐突に部屋の扉が開いたのである。この気配は恐らく、部屋の主だろう。
 エリカの顔から血の気が引いた。何故、こんな昼間に部屋に戻ってきてしまったのだろうか。完全に想定外の事態だった。
 だが、このまま見つかるわけにもいかない。エリカは石柱の如く太い机の脚に身を寄せて隠れた。
 『ずしんずしん』と足音が近づいて来る。唯の歩みが、これほどまでに恐ろしく聞こえた事はなかった。
「いっけない、忘れ物忘れ物……ん?」
 そこで、部屋の主は何かに気付いてふと立ち止まった。すんすんと鼻を利かせて、何か匂いを探っているようだ。
 今ここで見つかるわけにはいかない。エリカは机で死角になっていることを利用し、部屋の主から距離を取ってから机の脚に身を潜めた。
 だが、部屋の主の方が早かった。エリカが身を隠す机の脚をそっと覗き込んだ。
「えっ……何、妖精?」
「そ、そう。わたしはレーズンの妖精よ」
 奪ったレーズンを背中に隠しつつ、エリカは苦笑いを浮かべて言いくるめてみた。
 が、
「そんなわけあるかぁぁぁ!! アタシの干しぶどおォォォォォォ!!!」
 レーズン狂食獣【コルネ・ワルフルド】が現れた!!
 エリカはその巨大でえげつない相貌を前に、恐怖のあまり腰を抜かしてしまう。
「食ァべちゃァうぞォ、がおォォォ!!!」
 そしてコルネ先生の腕がエリカを掴もうとする、その時だった。
 突如、部屋中に濃密なレーズンの匂いがする煙幕が焚かれたのだ。そしてエリカやコルネ先生の姿が煙で見えなくなると、すっと誰かが自分の体を掴んだのを感じた。
(ここまでかな……)
 緊張と恐怖の連続のあまり、エリカは誰かの手の中で気を失った。

 エリカが気が付くと、誰かの手の平に乗っていることに気付いた。最初はコルネ先生かと思ったが、その手の色は濃かった。
「くくく、目が覚めたようだなァ?」
 声の主は、あの時『悪いことに使おう』とそそのかしてきたあの褐色肌の女性教師だった。にやにやと笑いながら、手の平を挙げてエリカと視線を合わせた。エリカはすぐに、自分の無事を悟った。
「あのままでは本当にコルネ先生に食べられそうだったのでなァ、野暮だったかもしれないが、私が手を出した」
 食べられそうと聞いて、エリカは思わず身を震わせた。
「あの……コルネ先生は?」
「さァ? まあ、一晩中換気しなければならなくなったようだ。最近蚊が増えてきたがなァ」
「はあ……あ、ありがとうございます」
 色々と無茶苦茶なことになったようだが、とりあえず助かったことにエリカは礼をした。
「さて、お前の部屋まで送ってやろう。その干し葡萄、いい宝だぞ」

 ――担当教師より連絡
 エリカちゃん、すごくすっごく勇気があるんだね。ボクは状況を想像しただけで身震いしちゃうなあ。
 だって、コルネ先生だよ? この学園には他にも恐い先生は沢山いるけど、レーズンを取られたコルネ先生に及ぶ先生はいないと思うんだよ。
 体を小さくして冒険をするという生徒はこれまでにもたくさん見てきたけど、多分、キミが最も勇気があると思うなあ。
 最後は危ないところだったけど、【ソロヴィ】ちゃんが助けてくれたんだね。もう、また生徒を変にそそのかすんだから。
 ところで最近のコルネ先生は少し機嫌が悪いみたいだから、暫くは近づかない方がいいかもしれないんだよ。

●夢は土手の上で覚めた
 後日。
 【パールラミタ・クルパー】の研究室が少し賑わっていた。
「決してこれ以外の用途では使用致しません。後生ですから」
「あのお薬、もう幾つか頂くってのは……いやほら、実験の次は実践って奴をですね?」
 悲哀とダケンは例の薬を更に欲し、パールラミタに頼み込んでいたのだ。
 するとパールラミタはニコッと笑って2人に答えた。
「それじゃあー2人ともー? 偶にボクの手伝いを頼むからーそのお駄賃代わりに薬を渡すという事でーどうかなあー? 手伝いは主にー授業や治療で使う薬のー原料の買い出しをお願いしたいんだけどー……いいかなー?」
「おぅ、それくらいならお茶の子さいさいだぜ」
「ありがとうございます、クルパー先生……!」
「後ー何かおかしな事態になった時の為にーボクに何かしらすぐに連絡が取れるようにしてほしいなー? それをちゃんと守ってくれればーいいんだよー」
 出し渋ると思っていたが、思いの外簡単に了承してくれた。課した条件もそれほど厳しくない。それだけに悲哀はパールラミタの快諾がつい気になって訊ねた。
「あ、あの、自分達から言い出したことですが……本当に、良かったのでしょうか?」
「そうだよー。だってキミたち2人ならーきっと悪いことには使わないってー信じてるからねー」
 パールラミタはそう答えると、お日さまのような温かな笑顔を浮かべて悲哀とダケンを見つめた。
 そう言ってくれたことに悲哀は感激したが、ダケンはバツが悪くなり、少し表情が引きつっていた。

 その後、今度はレーネがパールラミタを訪れた。
 自らの体験とその発想について、もっと話し合いたかったからだという。
「今はまだー問題は山積みでー形にするのも困難だけどー、君のアイデアや体験談をより詳しく聞きたいんだけどーいいかなー?」
「はい」
 それからレーネとパールラミタは、様々なアイデアを出し合いながらお茶を飲み交わしたそうだ。



課題評価
課題経験:82
課題報酬:3000
ドリンクミー!
執筆:機百 GM


《ドリンクミー!》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《今を駆ける者》 ダケン・ヴァルガー (No 1) 2020-05-30 09:38:31
魔王・覇王コースのダケンだ。よろしくな。
小さくなる薬かー…色々と悪事は思いつくが、どれもちっせぇのばかりだな。

小さくなる、だけに!

ハッハッハッ…いやマジでどうすっかな。
潜入とか盗み聞きとか、それだけじゃレポートにもならねーし。

1回だけってなると、一度縮小したら大した距離は移動できないし
親指サイズだと体内に入ってどうこうもってのも難しいか。
なかなか難しいな、こりゃ

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 2) 2020-05-30 22:01:03
賢者・導師コースのエリカ・エルオンタリエよ。
よろしくね。

以前、変身する授業を受けた時はジャッカロープになったけれど、今回は小さくなっちゃうのね。
そうね……せっかくだし、ちょっとは危険を冒してみるのも楽しそうね。
それなら……

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 3) 2020-06-02 00:02:03
芸能・芸術コースのエルフ、レーネです。

わたくしは怪我や急病の方をたすけてあげるのにつかえないか
かんがえてみますね。

《新入生》 一雫・悲哀 (No 4) 2020-06-02 23:16:52
…村人・従者コース所属、一雫 悲哀(ひとしずく ひあい)と申します。

私は…昔から図体ばかりがでかいと言われて来ましたので…。
小さくなれる薬があるなら…小さくなりたい…。

…おそらくは『自分の為に』この薬を使わせて頂きます。

皆様、どうぞよしなによろしくお願いいたします(深々頭を下げ)