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きみの灯火を消さないで


ストーリー Story


 忘れたいなら青いひかりを。
 取り戻したいなら赤いひかりを追いなさい。
 でも、彼女に魅入られないように気を付けて。
 大切な記憶を、ぜえんぶ持っていかれちゃうよ。
 ――――これは、学園の生徒たちの間で囁かれている噂話のひとつ。

「おっすおーっす! じめじめ鬱陶しい季節だけど元気にしてるかー!」
 じめじめ気候もなんのその。我らが学園長【メメ・メメル】は相も変わらず元気である。
 そんな彼女に頼みたいことがある、と集められた訳だが。
 生徒たちは知っている。彼女が持ってくる話は、大抵ロクなことにならないのだと!!
「おっと、学園長の話は最後まで聞くものだぞ☆」
 そぅっと出ていこうとしている生徒たちの雰囲気に気付いたのか、メメルがぱちんと指を鳴らせば背後の扉がばたんと音を立てて閉まった。
 かちり。おっと、ご丁寧に鍵まで閉めたぞ。今日はどんなロクでもない話をされるのかな?

 思わずそう身構えてしまったが、彼女の口から語られた言葉は、意外にもまともなもので。
「いやー、実はなー。最近ちょっとおかしな生徒が増えていてなー。なぁ、メッチェたん?」
 名前を呼ばれた【メッチェ・スピッティ】は、ふわぁ、とあくびをひとつしてから。
「んー……、最近、記憶をなくす生徒が増えているんだめぇ~……」
 メッチェはとろんと眠そうな双眸を軽く擦りながら、ぽつりぽつりと話始めた。
「ぽっかり一部の記憶だけが綺麗になくなっている生徒が、ここ数日で何人かいるんだめぇ~……。外傷もないし、乱暴されたショックで、なんてこともなさそうなんだめぇ~」
「変な噂話もあるようだしな。いろいろ調べてみたんだが、オレサマではダメそうでお手上げ! だからチミたちに頼みたい!」
 学園長の手をも煩わせるようなことを? それやっぱりロクでもない話?
 思わず首を捻るが、チミたちなら出来るって信じてるからなんだぞ! とメメルはにっこり笑顔。
 あっ、さっきの言葉は面倒ごとを押し付けようとしている方便だ。そうに違いない。
 そんな、何かを訴えようとしている生徒たちの視線をさらっと流してメメルは続ける。
「まあまあ、これもチミたちの成長を思ってのこと! それにな、記憶を奪う何者かに出会うためには、大事な条件があるようなんだ」
 それは? 言葉の続きを待つ。メメルはどこか寂しそうに、けれどいつものような笑顔で言った。
「何と変えても、忘れたい記憶があること」
 他にも月の出る夜でなければいけない、記憶を奪うそれのためにクッキーを持っていかなければならない、なんて細かい条件はあるようだが、それはあくまでも噂話。一番大事な条件はそれだけだとメメルは言う。
「……まあ忘れたい記憶がなくなるわけだから、ある意味幸せなのかもしれないけどー……」
 うむむと首を捻るメメルを見て、とろんと眠そうに話を聞いていたメッチェが、ふるりと首を振った。
「……忘れたい記憶があるのは、あっちも分かる。忘れることで救われることがあることも」
 でも、それでも。
「………そう簡単に、誰かに預けていいものではないと思うんだめぇ~」
「それはもちろん、オレサマもそう思ってるぞ!」
 だから、奪われた記憶を取り戻しにいってほしい、と。メメルとメッチェは頭を下げた。


 ぽつ、ぽつ、ぽつと。スペル湖の周りでは、いくつものひかりが舞っていた。
 それらの多くは、ホタルのひかりだった。けれど、それに紛れて妖しくひかる、青と赤のひかり。
 明らかにホタルのひかりではない、なにか。
 その妖しいひかりに包まれた誰かは、その灯りをうっとりと見詰めながら呟いた。
「ああ、きれい。とてもきれい」
 身を裂くような悲しみも、身を燃やすような苛烈な怒りも。大好きだったあのひとに、別れを告げられた切ない記憶だって。
「こんなに、こんなにきれいなのに」
 いらないっていうんだもの。忘れたいっていうんだもの。ひとって、ほんとうにおかしいわ。
 いらないのなら、代わりにわたしが大切にしてあげる。返してほしくなる、その日まで。
 ………けれど不思議ね、誰も返して、って言いにこないのよ。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 5日 出発日 2020-07-15

難易度 簡単 報酬 通常 完成予定 2020-07-25

登場人物 3/8 Characters
《自称「モブ」》チョウザ・コナミ
 ヒューマン Lv34 / 村人・従者 Rank 1
「よーこそお出ましゆーしゃ様。 ザコちゃんの名前?…あー、チョウザ・コナミ。 お気軽気楽に『ザコちゃん』って呼んでくれていーよぉ? 面倒だったらこの記憶はまとめてポイして経験値にしたって、 全然丸っと了承了解?」 「ゆーしゃ様の近くでただ在るだけがザコちゃん。 モブへの用件ならいつでも呼びつけ招いちゃってよ。 何かの名前を呼び続け連呼とか?森の浮浪者とか? はたまた魔物に狙われ襲われな第14人目位の村人とかぁ?」 ■■ 名前:蝶座 小波(自称 身長:176cm 実年齢:20歳(自称 瞳の色:エメラルドグリーン 髪色:カラフルなメッシュ入りのマゼンタ 肌色:魚の文様が頬にある日本人肌 髪の長さ:編まれ端を結んだロング その他外見特徴:古びた布の服に大量の装飾品。 常に腰か手元に携帯する水煙草の瓶は『預かり物』だとか。 頭や腕に謎の斑模様で派手なスカーフを巻く。 一人称:ザコちゃん・(ごく稀に)あーし 二人称:『ゆーしゃ様』等の平仮名表記の立場+様 特徴+様、(稀に)名前+様 他 呼称:「ザコちゃん」呼びを望む。 「モブ」も反応するが、それ以外だと気づかない事が多い。 口調:投げやりで適当な話し方。敬語は一切使わない。 似た言葉や語感を繰り返し、まるで言葉遊びのように話す。 口先は冗談とでまかせ、ノリとハッタリで構成される。 貴族や東の国関係に妙な嫌悪を持つ。 魔法を扱う気は微塵も無いとか。 他者からの詮索、視線、物理接触、色恋話を避ける節がある。
《新入生》ウィトル・ラーウェ
 エリアル Lv9 / 黒幕・暗躍 Rank 1
不思議な雰囲気を漂わせるエリアル どちらつかずの見た目は わざとそうしているとか 容姿 ・中性的な顔立ち、どちらとも解釈できる低くも高くもない声 ・服装はわざと体のラインが出にくいものを着用 ・いつも壊れた懐中時計を持ち歩いている 性格 ・のらりくらりと過ごしている、マイペースな性格 ・一人で過ごすことが多く、主に図書館で本を読みふけっている ・実は季節ごとの行事やイベントには敏感。積極的に人の輪には入らないが、イベント時にはそれにちなんだコスチュームを纏う彼(彼女)の姿が見れるとかなんとか ・課題にはあまり積極的ではなく、戦闘にも消極的 ・でも戦闘の方針は主に「物理で殴れ」もしかしなくとも脳筋かもしれない 「期待しすぎるなよ、ぼくはただの余所者だ」 二人称:きみ、あんた 相手を呼ぶとき:呼び捨て 「ぼくのことは、ラーウェと呼んでくれ。ウィラでもいいぞ。前にちょっと世話してやった家出少年はそう呼んだよ」
《ゆうがく2年生》ヒューズ・トゥエルプ
 ヒューマン Lv21 / 黒幕・暗躍 Rank 1
(未設定)

解説 Explan

●目的
 奪われた記憶を取り戻す。

●記憶を奪うもの
 噂話では女性の幽霊と語られていますが、どうやらイタズラ好きなピクシーのようです。
 スペル湖に現れる妖しい光を追っていけば出会えますが、『何か忘れたい記憶』を持っているひとにしか姿が見えません。
 攻撃をしてくることはありませんが、集めた記憶をとても大切にしています。
 無理矢理に彼女から記憶を奪おうとすると逃げてしまうかもしれません。

●記憶の灯り
 誰かの記憶が閉じ込められた光の塊です。
 灯りに触れると、閉じ込められた記憶を覗き見ることができます。
 ですが、その時その記憶の持ち主が感じた感情や身体の痛みなども再現されます。
 触れる際は、どうぞお気を付けて。

●場所
 夜のスペル湖です。ホタルが見ごろ。
 辺りはホタルをはじめ記憶の灯りが漂っていますので、灯りなどを持ち込む必要はありません。

●補足
 プランではピクシーを探す行動は必要ありません。
 出会ってからどのような行動をするかお書きください。

 ・『誰か』の記憶をピクシーから取り戻す行動
 ・自身の記憶をピクシーから奪われる行動
 ・自身の奪われた記憶をピクシーから取り戻す行動
 ・自身が記憶を奪われることなく、ピクシーを説得する行動
 どのような行動をメインに行っても構いません。
 ですが、あまりにも詰め込みすぎるよりは、より見せたい部分をがっつり書いたほうが描写がよくなると思われます。
 
 また、誰も『誰か』の記憶を取り戻そうとしなかったからといって、失敗するということもありませんのでご安心ください。

 プランは作戦や行動のみでなく、心情や台詞などもあるとたいへん助かります。
 特に今回はがっつり心情も台詞も欲しいです。よろしくお願いします。


作者コメント Comment
 閲覧頂きありがとうございます。あまのいろはです。
 今回は梅雨らしく、しっとり心情系のエピソードとなります。

 どのような結末になるかは、皆様のプラン次第。
 皆様の素敵なプランをお待ちしております。


個人成績表 Report
チョウザ・コナミ 個人成績:

獲得経験:99 = 82全体 + 17個別
獲得報酬:3600 = 3000全体 + 600個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
…うん、返して。すぐに、秒に。

あのさー。あのさぁ。
ザコちゃん確かに忘れたい記憶あるよ?むしろ忘れたい記憶しかないよ?
忘れて知らずで過ごせるってなら、今までの10年…20?30?知らないけど。全部投げ捨てたいっての。

でもそれはそれ。
ザコちゃんの手で、ザコちゃんができる事なり能力なりでそれができるってならともかく、なーんで顔見知り面識ですらない初見のピクシーに盗られなきゃいけないわけ?
しかも覗き見てんでしょ?むかつきしかないんだけど。
ザコちゃん詮索するのもされんのも嫌いだし。そもそも、自分の持ってるもんの処遇対応を、第三者に介入される時点で無理。むかつく。
焼いて食べよっかな。被害もなくなんでしょ?

ウィトル・ラーウェ 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:247 = 82全体 + 165個別
獲得報酬:9000 = 3000全体 + 6000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
忘れたい記憶ね……あーくそ、課題とか出るつもりなかったのに

・準備
ピクシーへの手土産用のクッキー
椅子とか向こうにあるといいけどね

・ピクシーに会いに
やぁ、こんばんわ
きみが噂の?……いや、ぼくはきみとおしゃべりがしたくて
クッキー食べる?

光を眺めて これは何?
そう きみにとっては「綺麗」なんだね
…価値観の相違だなこりゃ
何でもないよ、よくあることさ
きみに記憶を預けにきた人にとっては、苦痛そのものだったってだけ
手放したいもの?あぁ、あるよ
でも、だからって手放していいもんでもないんだな、ぼくのこれは
これは「ぼくら」が一生背負っていくものだから

(思い出す 思い出す
忘れるものか ぼくのせいで一度「消えていった」世界を)

ヒューズ・トゥエルプ 個人成績:

獲得経験:99 = 82全体 + 17個別
獲得報酬:3600 = 3000全体 + 600個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
さて…どんな、記憶だったか。
忘れたい記憶だったと思うし
忘れちゃいけない記憶だったかもしれない。

どっちにしろ、俺のもんだ。
本職が妖精さんに盗まれたら笑い物だ。

他にも盗まれた奴が居るかも知れんな。
ここは、汚名返上といきますか。
【行動】
何故、記憶を集めるのかを調べる。
親切心かも知れないが…どうだろう。
何か目的があるのだろうか?
手当り次第に記憶らしき物に触ってみる。
アドリブ度A

リザルト Result


 ぽつ、ぽつ、ぽつと。スペル湖の周りを漂ういくつものひかり。
 それらの多くはホタルのひかりだったけれど。けれど、それに紛れて妖しくひかる赤と青。
 ふわりふわりと舞う赤と青のひかりの中心に、ぽつりと佇む影。
 影の主はイタズラ好きなピクシーで。あの妖しいひかりは、彼女が作り出したものだった。
 ――――あのひかりのなかには、誰かの記憶が詰まっている。忘れてしまいたかった、誰かの記憶が。

 光と戯れていた彼女はちらりと闇夜に目を向ける。それから、とても優しいこえで。
「こんばんは。忘れたいことがあるの? それとも、取りにきたの?」
 闇夜に向かって、そう穏やかに聞くのだった。
 そのこえに応えるように、闇夜のなかから現れたのは【ヒューズ・トゥエルプ】。彼女に声を掛ける前に気付かれたからだろうか。ほんの少しバツが悪そうな顔をしている。
「どうも。……あんたが噂の妖精さん?」
「噂はちゃんと知らないけれど。そうかもしれない」
 穏やかに微笑む姿からは、彼女が悪意で動く存在のようには見えない。けれど、善悪だなんて見かけで判断は出来ないもの。だから、ヒューズは調べてみたいと思うのだ。
「いくつか聞きたいことがあるんだが、いいか?」
 ぱちぱちと瞬きをしてから、彼女はどうぞと微笑んだ。やっぱり、とてもとても穏やかに。
「どうして記憶を集めてるんだ?」
 単刀直入にそう聞けば、彼女はすこし困ったように考え込んでから口を開いた。
「……ううん、と。集めているわけではないのよ。ただ、預かっているの」
「…………預かる?」
「ええ。あのね、すこし前、ここに泣いている子がきたの。だから、聞いてみたの。そしたら、その子、とっても辛い思いをしたらしくて。忘れられないのなら死んでしまいたいって。そう言うから」
 だから、死ぬくらいなら、それを預かってあげる。そう言ったのよ。ピクシーの彼女はそう告げると、ひとつの赤いひかりを指差した。
「その子の記憶は、あれだわ。あなたのものじゃないから返してはあげられないけれど……。すこし見てみる?」
 彼女がつい、と指先をヒューズに向ければ、ひかりの塊が目の前にふわりと漂ってきて、ヒューズの目の前で動きを止めた。
 誰かの記憶を勝手に覗き見る。それは、なんだかそのひとに悪いような気もする。けれど、どうして彼女がこんなことをしているのか、その理由が分かるかもしれない。
 躊躇う彼にどうするの? とピクシーが首を傾げる。彼女の言葉に背中を押されるようにして、ヒューズはそのひかりに手を伸ばした。ひかりが指先でばちりとで弾けると――。
 ――――暴れる魔物。燃える炎の熱。崩れる家屋に、返事のない母を何度も呼ぶ叫びごえ。
 それらの光景が熱が、音が、まるで今、目の前で起こっているかのように流れ込んでくる。
「――……ッはぁ!!」
 映像が途切れて、荒い呼吸とともに辺りを見回せば、そこは変わらず静かなスペル湖だった。悲鳴も嗚咽も、なにも聞こえてこない。
「どう、だった?」
 まだ荒い息をしているヒューズを見て、悪びれもせず彼女はそう聞く。
 ――なるほど、タチが悪い。ヒューズはそう思いながらも、ゆっくりと息を整える。ふぅっと大きく息を吐くと、彼女に向き直った。
「……これ、もうすこし見ても問題ないかい?」
「どうぞ。けれど、さっきみたいな思いをするとは思うから。気を付けてね」
 それだけ答えると、彼女はくつろぐようにゆったりと座り直す。そんな彼女をちらりと一瞥してから、ヒューズは赤いひかりに手を伸ばした。
 悲しい、苦しい、切ない、悔しい、妬ましい。忘れないで、忘れて。貴方だけでも逃げて。殺さないで。ああ、どうか――……。
 ヒューズが触れた記憶のなかには穏やかな記憶もいくつかあったけれど、やはり悲しい記憶のほうが多い。それらに触れるたびに、ヒューズにもそれらの痛みが流れ込む。
「なあ、あんたは親切心でこんなことしてるのか?」
「しんせつしん?」
 きょとり、彼女が首を傾げた。けれど、暫くすると彼女はふるるとちいさく首を振って。
「たぶん、そういうのじゃないわ。記憶というものを預かることがわたしにできた。それだけ。それだけよ」
「そりゃあ――……」
 ヒューズは思う。この生き物は、善でも悪でもないのだと。ただ、それを出来る力があったから、手慰みに手を差し伸べてみただけなのだと。
 それで救われているひとがいるのは事実だ。自分ではどうしようもできない嫌な記憶を忘れることができるなんて言われたら、誰だって縋りつきたい気持ちがすこしはあるだろう。けれど、彼女のしていることは、あんまりにも無責任じゃないか。
「…………ねえ、おこっているの?」
 黙り込んだ彼を見て、ピクシーが首を傾げた。
 ひとですら、ひとの気持ちを正しく推し量ることなんて不可能なのだから、彼女がひとの感情の機微を理解出来なかったとしても仕方ない。
「あー……、そういう訳じゃないけど……」
 彼女はひととは違う生き物で、ひととは違う理のなかで生きている。だから。きっと、彼女がヒューズに『した』ことも、悪気はなかったのだろう。
「本職が妖精さんに盗まれたら笑い物だ」
 持っているんだろう、俺の記憶も。そう問えば、ピクシーはこくんと頷いた。
「あなたが、心のなかで忘れたがっていたから。……ごめんなさい。こういうとき、ひとはそう言うのだったかしら」
 こころが伴っているのか分からない謝罪をしながら指先を動かせば、一際眩く輝く赤いひかりがヒューズの前に現れる。目の前で輝くそれを見て、ヒューズは軽く頬を掻く。
 ――それは、ヒューズの奪われた記憶のひかり。奪われてしまったから、どんな記憶かすら思い出せないけれど。
 それは確かにヒューズの記憶で。心のどこかで忘れたいと願っていたとしても、忘れようとしていたことだったとしても。――――どっちにしろ、俺のもんだ。
「さて……。どんな、記憶だったか。忘れたい記憶だったと思うし、忘れちゃいけない記憶だったかもしれない」
 ここは、汚名返上といきますか。そう呟いたヒューズは、ひかりの塊に手を伸ばす。触れた瞬間、ちかちか目の前が激しく光って――。ヒューズの視界が、ぐらりと歪んだ。


 スペル湖のほとりに倒れ込んだヒューズの側に佇むと、ピクシーは彼の頭に触れてそっと撫でる。
「ひとは、ふしぎね」
 ヒューズを見守るピクシーへ向かって、がさがさと乱暴に茂みを掻き分けて誰かが近づいてくるのが分かった。
 音のするほうへピクシーが目を向ければ、ばちり、茂みを掻き分けてきた人物、【チョウザ・コナミ】と目が合う。
 ピクシーの姿を認めた彼女は、傍らに倒れ込んでいるヒューズを見つけると嫌悪感を顕わにする。
「あのさー。あのさぁ」
 がりがりがりと頭を掻いて。ピクシーの反応を待たずに吐き出す言葉は、彼女に向けられているようで向けられていない、独り言のようだった。
「ザコちゃん確かに忘れたい記憶あるよ? むしろ忘れたい記憶しかないよ?」
「……それじゃあ、あなたの……」
「忘れて知らずで過ごせるってなら、今までの10年……20? 30? 知らないけど。全部投げ捨てたいっての」
 あなたの記憶を預かりましょうかと、口を挟む隙すら与えない。深く吐き出された溜め息を、続く言葉を、ピクシーは黙って聞いていた。
 ――……全部投げ捨てたくても、でもそれはそれ。
 ザコちゃんの手で、ザコちゃんができる事なり能力なりでそれができるってならともかく、なーんで顔見知り面識ですらない初見のピクシーに盗られなきゃいけないわけ?
 しかも覗き見てんでしょ? むかつきしかないんだけど。
 ザコちゃん詮索するのもされんのも嫌いだし。そもそも、自分の持ってるもんの処遇対応を、第三者に介入される時点で無理。むかつく。
 チョウザの言葉を黙って聞いていたピクシーは、そう、とだけ返して。チョウザの次の言葉を待っている。
 自由を愛し、行動基準は自身の好奇心。気怠そうだがいつだって楽しそうに喋る彼女が、こんな風に分かりやすく誰かに敵意を向ける姿は、なかなかに珍しいかもしれない。
「焼いて食べよっかな。被害もなくなんでしょ?」
「……あなたは、おこっているのね?」
「はあ? むかつくって言葉知ってる? 知らない? まあ知らなかったところでザコちゃんがむかついてるのは変わんないけど。っていうかむしろ余計むかつく」
「ええと、ごめんなさい」
「心ない謝罪とかいらないんですけどぉ。なに? 怒らせたいの?」
 取り付く島もないチョウザの様子に、ピクシーはふるふると首を振る。何も言わないのは、彼女なりに困惑しているようだった。
 ピクシーが光りの塊のひとつを見て、チョウザの前に差し出す。ふわりと光るそれを見るチョウザの目は先ほどより険しい。
「返してもらいに、きたのよね」
「…………うん、返して。すぐに、秒に」
 こくんとピクシーが頷けば、彼女の手元を離れたひかりの塊は、チョウザの目の前までふわりふわりと漂っていった。
 チョウザはひかりの塊に手を伸ばすと、――握り潰すように、それを強く握りしめた。ひかりが弾けて、彼女の記憶が流れ込んでくる、戻ってくる――……。

 ――――……黙って過ごしていた。抵抗のひとつもしなかった。死んだように生きていた。
 父は、権力のみしかみていなかった。母は、外見の良さを磨くことばかり考えていた。
 使用人たちはそんな両親の命令にどこまでも忠実で。そんな彼らの顔はすべて同じに見えた。
 婚約の話を持っていたぞ、とてもいいお家柄の青年だ。女の子だもの、身なりはいつだってうつくしくなくちゃ。女の喜びは格の高い家に嫁ぐことだ、そうだろう。そんな髪型は貴女に似合わないわ、こちらになさい。――――お前の、貴方の、大切な■■■のために言っているんだから。
 嘘だ。ああ、そんなのは。ぜんぶぜんぶ嘘だ。
 いい家に嫁げと、美しくあれとそればかりで。家のためにどれだけ役にたてるか、大切な資産としてしか見ていないじゃないか。
 けれど、誰も彼もがそれを幸せだと言うから。それが正しいと疑わずに従うから。気付けば、いつしか口を噤んでいた。――そんな自分の姿すら、今思えば腹立たしい。
「…………――――ねえ、ねえ。それ、いたくないの?」
 近くで声がしてはっと我に返れば、握った拳にはぎりりと爪が食い込んでいた。ぽたりと、赤い液体が手のひらから零れていく。
「……うるさいっての」
 握っていた手をゆっくりと開いて、ピクシーを睨みつける。そんなに怒らないで、というその言葉が、よりチョウザを苛つかせていることに彼女は気付けないのだろう。
「ねえ、聞きたいのだけれど」
「なに? 内容によってはまじで焼いて食べるよ」
「それは、いや」
 一瞬本当に焼いてやろうかと思ったものの、他にも記憶を探していたひとがいたことを思い出して、チョウザはすんでのところで思いとどまる。
「そんな想いをしても、あなたはそれを取り戻しにきたでしょう。やっぱり、それは大切なもの?」
 泣いていたあの子も、噂を聞いて忘れさせてと縋ったあの子も、その記憶を忘れて喜んでいたから。そうしてそのまま、だれひとりとして取りにこようとはしないから。
 だから、忘れたい記憶は誰にとっても不必要なもので、それを貰うことはひとのためになると思ったと。
「それザコちゃんが答えてあげる必要ある? 聞けばなーんでも答えてくれると思ってるんならおめでたすぎない?」
 まだ留飲が下がりきらないチョウザの言葉が、ついトゲトゲしてしまうのも無理はない。けれど、ピクシーはそれを気にする様子もなくチョウザの言葉を待っていた。
 大切かと聞かれたら、そんな訳がない。あんな生活のすべてを忘れたところで、なんの後悔もなければ未練もない。
 けれど、そんな過去もぜんぶ含めて、今の『チョウザ・コナミ』を形作っている。それは確かだった。
「大切なわけないじゃん」
「大切じゃないのに、大切にしているの? ……ほんとう、わからないわ」
「いいよ分かんなくって。ザコちゃんぜんぶ答えてあげるほどお人好しじゃありませーん」
 吐き捨てるようにそれだけ言うと、チョウザはくるりとピクシーに背を向ける。ピクシーは去り行くチョウザの背中に向かって一言、ありがとう、とだけ告げた。
 チョウザはそれに応えることなく、スペル湖を後にする。だいぶ離れたころ、チョウザは振り返ることなく呟いた。
「…………次やったらまじで焼いて食べるから。覚えといてよ」
 背後でピクシーが笑った気配がしたものだから。ああ、やっぱり、腹立たしい。そう思ったけれど、チョウザはもう何も言わなかった。


「忘れたい記憶ね……。あーくそ、課題とか出るつもりなかったのに」
 ふわふわ光るそれらに導かれて、【ウィトル・ラーウェ】がスペル湖へ向かう。
「あ」
 向かっている途中に、ウィトルがチョウザとすれ違った。ウィトルにへらっと笑顔を向ける姿は、先ほどまでの苛立ちなんてまるでなかったかのように、いつものチョウザだった。
「あ。エリアル様も探してんの? あっちにフード様もいたから、その辺にまだいるんじゃない?」
 そうか、と考え込んだウィトルを見て、チョウザは何かを思いついたように言葉を続ける。
「だいじょーぶ、ザコちゃんなんも見てないよ。てかよそ様のそーんな深入りの深堀りまで頭も何も突っ込みたくないし」
「つまりきみは、もう返してもらったってわけだ」
 ウィトルの言葉にチョウザはさてね、と舌を出して笑う。そんな彼女の姿に、ウィトルはそれ以上の詮索をしようとはしなかった。
 チョウザが来た方向を見ればたくさんのひかりがきらきらちかちか光っていて、ピクシーがそこにいることは一目瞭然。
 ひかりに導かれながら、一歩、また一歩とウィトルが茂みを掻き分けて顔を出せば、お目当てのピクシーがそこにいた。
「やぁ、こんばんわ。きみが噂の?」
「ええ、そうみたいね。あなたは、どんなごよう?」
「……ぼくはきみとおしゃべりがしたくて。クッキー食べる?」
 きょとんと不思議そうな顔をするピクシーに、ウィトルがクッキーの袋が掲げて見せる。彼女はやぱり不思議そうに瞬いてから、くすりと笑った。
「いいわよ、なにをお話したいの?」

 ウィトルとピクシーは横に並んで座って、ふわりふわりと漂う記憶のひかりを眺める。そのうちのひとつを指差して、ウィトルが尋ねた。
「これは何?」
「だれかの記憶。…………きれいでしょう」
 そう言って漂うひかりをうっとりと眺める彼女の姿は、まるで恋する乙女のようだった。そんな彼女を横目に、ウィトルがぽつりと呟く。
「そう。きみにとっては『綺麗』なんだね。…………価値観の相違だなこりゃ」
 首を傾げてウィトルの顔を覗き込む彼女に、ウィトルは何でもないよ、よくあることさ、と告げて。漂うひかりからふと視線を逸らして、ピクシーを見た。
「きみにとって『綺麗』だったとしても、きみに記憶を預けにきた人にとっては、苦痛そのものだったってだけ」
 ぱちぱちとピクシーは瞬いてから一言、知ってる、とだけ呟いた。
 この言葉に驚いたのはウィトルの方で。苦痛であるそれを綺麗だと称する彼女がよく分からないと首を傾げた。
「…………触れてみる? ああ、そうね。あれとか」
 遠くで光るひとつを、彼女が指差す。招かれるようにこちらへ漂ってきたひかりは、ウィトルの前でぴたりと止まった。
 誰かの記憶を勝手に覗き見ることは気が進まなかったけれど、もしかしたら彼女の言葉の意味が分かるかもしれない。そう思ってウィトルはおずおずとそのひかりに手を伸ばした。
 流れ込んできた記憶は、やさしい日差しに、クッキーの焼けるかおり。それから家族のぬくもり。そんな、どこまでもあたたかなものだった。ウィトルはぱちぱち瞬く。――――今の記憶は?
 そんなウィトルの姿を見て、ピクシーはころころ笑う。
「ひとって、不思議でしょう。……楽しかった頃の記憶すら、辛いんですって」
 きっと、あの記憶を預けた誰かは、とてもとても幸福だった。何かによって家族を失って、行く場所をなくして、この学園に流れ着いた。
 そんな誰かが、例え家族を失ったときの記憶を忘れたとしても、家族がいないという現実が目の前に横たわっている。辛い記憶を忘れたとしても、そんな現実を突き付けられる。
 幸福だったときの記憶が、足を引っ張って動けない。だから、幸福だったときの記憶を忘れてしまおう。少ないけれど、そんな生徒もいるらしい。
「ねえ。あなたには、ある? 手放したいもの、忘れたいもの」
 ピクシーがウィトルの顔を覗き込んで言う。適当なことを言って取り繕うとしても、こころの内を覗かれるようで、すこし居心地が悪かった。だから、素直に答えてやることにした。
「手放したいもの? あぁ、あるよ」
「……でも、わたしに預けにきたわけじゃないのね?」
「……うん。だからって手放していいもんでもないんだな、ぼくのこれは」
 ――――思い出す。思い出す。忘れるものか。ぼくのせいで一度『消えていった』世界を。
 そう言って黙り込んでしまったウィトルの様子を、ピクシーが窺っている。
 暫くして、ウィトルの色違いの瞳がピクシーを捉えた。ウィトルは静かに、けれど、強い意志を込めて彼女に告げる。
「これは『ぼくら』が一生背負っていくものだから」
 怒りで我を忘れそうになっても。悲しみで胸が張り裂けそうになっても。痛みが身体を苛んでも、それでも。
 忘却だけが救いなんてことは、きっとない。そうウィトルは思うのだ。
「……忘れたい記憶は誰にでもあるだろうよ。でも、だから失くしてそんなものありませんでしたなんて、そんなの、現実の否定でしかない。……だから」
 だから一度返してやってくれ。ウィトルの言葉を受け止めたピクシーは、あなたたちは強いのね、そう呟いてから、ふるりとちいさく首を振る。
「でもね。みんながみんな、あなたたちのように、強くはないの」
「全員がそれが出来るなんて思いあがってもない」
「あら、そうなの」
「分かってはいるけれど、ぼくとしては、それを一度返してやってほしい」
「壊れそうになってしまっても?」
 ――それはとても残酷じゃないかしら、それともあなたがみんなみーんな救ってくれるの?
 救えるか、と問われたのなら。ウィトルはそれを肯定できるほど、思い上がってはいなかった。この答えはすこしズルいかもしれない、そうは思ったけれど。
「わすれたいって思ったなら、もう一度きみに会いに来るだろうよ。その時こそ、ソレはきみがずっと持っていればいいさ」
「…………ひとらしい答えね」
 ウィトルから視線を逸らしたピクシーは、さくりとクッキーをひとつ頬張る。
 クッキーを頬張りながら暫くぷらぷらと足を泳がせていた彼女は、こくんとクッキーの欠片を飲み込むと。
「お話は楽しかったし、怒られもしちゃったし、……あとは、そうね。クッキーのお礼として」
 返してあげる。言うが早いか、ピクシーがくるりと指先を回す。彼女がついと指先を空へ向ければ、いくつものひかりの塊がふわりふわりと空へ昇っていった。
「ちゃんと道を示してあげてね、強いひとたち。フードの彼と、怒りん坊さんな彼女にもよろしくね」
 それだけ言い残すと、彼女はふわりと空へ昇るひかりの塊にとけるように姿を消した。
 言葉の意味を正しく理解したのは、彼女の姿が見えなくなってからで。面倒ごとを押し付けられたと思ったが、もはや姿なき今、文句のひとつも言えやしない。
「はぁー……。ったく、面倒ごとだけは本当ごめんだってのに。ただでさえ、首突っ込んじゃったし……、あぁもうぼくの馬鹿……」
 がりりとウィトルが頭を掻いた。ピクシーと彼女が持つひかりが消えた今、スペル湖ではホタルがちらちら、舞うだけだった。

 ――――これは、誰の記憶だろう。
 袈裟斬りにされた背中がずくずくと痛む。傷口は熱を持って、流れる血は止まらない。
 自身を斬り付けたのは信頼していた仲間のひとりで。血塗れの武器を手に女は笑っていた。
「あー、痛てて……。何しやがるんで……」
 傷口の熱に比例するように、頭は冴えていた。肩口を抑えて血を絞り出す。勝ち誇った顔の女へ向けて飛ばした。見事顔に命中した隙に、森に飛び込む。
「一生、恨むからな。覚悟しとけよ」
 背後で何やらこえがする。女と、誰かが話しているこえ。ちらりと視線だけ向ければ、――満面の笑みをしていた女の首が撥ねて飛んでいった。
 なんだろう。なんだったろう。あの女は誰だった。あれは自分だったのだろうか。痛みのせいか視界が歪んで――……。
「…フ…ド様あ? おーい、フード様ー? 大丈夫う?」
「うわっとぉ!?」
 ヒューズが、がばっと飛び起きる。きょろりと辺りを見回せば、そこはスペル湖ではなかった。どうやら気を失っている間にスペル湖から運ばれていたようだ。
「あれ。俺、なんか夢を見ていたような気がするんだが……」
 倒れている間に何かの記憶を見ていたような気もするが、どんな内容だったかはすっかり思い出せない。
「…………例の妖精さん、どうなったんでしょうね?」
「ザコちゃんが焼いて食べたよ」
「えっ」
「あはは、ウソウソー。フード様引っ掛かってるーう」
 そんなヒューズの様子を見てけらけら笑っていたチョウザだが、親指でくいと空を示した。
 そこには、いくつものひかりがふわふわと空を舞っては、ゆるやかに降りていく光景が広がっている。
 記憶のひかりが、誰かのもとへ戻っているのだと理解するのに、時間は掛からなかった。
 その光景はとてもとても幻想的で美しかったけれど。それを『綺麗』と言うのは、なんだか癪に障るので、チョウザはそのまま口を噤んでいた。


 学園長【メメ・メメル】から聞いた噂を確かめるため、生徒たちがスペル湖へ向かったその日の夜。不思議なひかりが学園中を包んだ。
 そのひかりは決して、綺麗なだけではなかったけれど。不思議で、幻想的なその光景は、生徒たちの間で語り継がれることになったそうな。



課題評価
課題経験:82
課題報酬:3000
きみの灯火を消さないで
執筆:あまのいろは GM


《きみの灯火を消さないで》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
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課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!