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ゴブリンを捕まえて――


ストーリー Story

●赤猫は城にいる。
 サーブル城にある客間の一つ。薪がないのに暖炉ではずっと火が燃えている。暖かい。
 だから【赤猫】と猫たちは、そこをたまり場にしている。

 空ビンが幾つも転がり絨毯は擦り切れ毛だらけシミだらけ。カーテンは千切れてぼろぼろ。壁紙はあちこち剥がれ、腰板も床板もあますことなく引っ掻き傷がついている。部屋に置かれているグランドピアノは、蓋が壊れ鍵盤が陥没し全ての弦が千切れている。表面に施されていた重厚な螺鈿細工もはげちょろになり、見るに堪えぬ有り様。
 暖炉の前の長椅子で丸くなっていた赤猫が、体を伸ばし起きてきた。
 癖の強い赤毛をかき、緑の目をしばしば瞬き、うああ、とあくびをする。それから周囲を見回し、中身の詰まったビンがないことを確認する。
 不満そうにうう、と声を上げ彼女は、客間を出て行く。
 それに気づいた何匹かの猫がついていく。ほかの猫たちは暖かさの中にまどろみ続けている。

●人間たちの話。
 シュターニャ。
 ビジネスタウンの一角にある高層建築――各地で観光業を展開している『ホテル・ボルジア』の本社だ。
 社長室には社長の【セム】がいる。これは珍しいことだ。不在社長と呼ばれるほど、現地視察を好む人だから。
 椅子に腰掛け書類を見る彼女の肩越しに【ラインフラウ】が顔を出している。
 ローレライの露を含んだ青い髪が、ヒューマンの乾いた灰色の髪へ、絡み付くように覆いかぶさる。
「学園から、例の遺品の鑑定結果の連絡が来たのね」
「ええ、やはりノア一族のものらしいとのことです。鎧も、宝飾品も、たやすく壊せる代物ではないそうですよ。魔法の強化処理が施してあるそうでね。こういうことは、あなたの方が詳しいと思いますが」
「そうね。あれを壊せるとしたら、それは普通の人間じゃない。そして、普通の魔物でもない」
「じゃあ、シャパリュがしたということですね?」
「証拠はないけどその可能性は高いわ。気になる? セム」
「なりますとも。あの城に眠っている貴重品は、他にもまだたくさんあるはずです。それが軒並みあんなざまにされでもしたら、目も当てられない――ラインフラウ、聞きたいことがあるんですけどね」
「何かしら」
「魔物というのは、生物というカテゴリーに入るということで間違いないですか?」
「そうねえ……少なくとも血肉のあるものについては、そういう理解でいいと思うけど」
 そこへノックの音が響いた。
「社長、お話が――」

●猫、お出かけしない。
 赤猫は地下の奥深い場所にいた。
 数限りない瓶が奥の奥まで並んでいる――ワインセラーだ。
「うふ」
 満足げに喉を鳴らした赤猫はそこから、手当たり次第に瓶を引っ張り出し、抱え、客間に戻っていく。台所に入り込んで勝手に持ち出したクリスタルのゴブレットに中身を注ぎ、ぐい飲みする。それから、長椅子の上に放置していた書き付けを眺める。それは、つい最近この城に入り込んできた人間が残していったものだ。
 そこには【黒犬】が現在、魔法学園フトゥールム・スクエアの近郊に潜んでいるようだと記してある。
「ふうん、ゆーしゃの学校……ゆーしゃ……」
 赤猫は切れ込みのようになるまで両目をすがめた。
 彼女は黒犬のことが大嫌いだ。さりとてその動向に対し無関心ではいられない。なぜならその死が自分の死に直結するからだ。
(そもそもあのポンコツが、肝心なところで臆病風をふかすなんてポンコツなことさえしてなきゃあ、あいつらが呪いをかけ終える前にバラバラに出来てたのに)
 苛立ち紛れに赤猫は、しゅうっと息を吐いた。怒った猫がそうするように。細かな電流が絨毯を焦がす。長椅子の表面も同じく。
 しかし彼女は、すぐさま書き付けが指定する場所に行ってみようとは考えない。感じるのだ、どうやらもう少ししたら、雨が降りそうだということを。
 赤猫は猫をベースに作られた魔物なので、濡れるのがすこぶる嫌いなのである。こんな日に遠出する気には、さっぱりなれない。

●社長、出掛ける。
 セムは入ってきた重役から、つい最近底値で買い叩いた土地の整備が中断したとの報告を受けた。
 原因はその周辺界隈に、ゴブリンの群れが出没したからだという。
 幸いにもその土地はシュターニャに近い。なので、すぐ救援の傭兵が駆けつけてきた。だから深刻な人的被害はなかった。
 だが困ったことに追われたゴブリンどもは、『ホテル・ボルジア』の所有地に逃げ込んだ。
「私有地に他人が勝手に踏み込むことは出来ません。なので、立ち入り許可を願いたいと、傭兵側から連絡が来ています。ゴブリンにつきましては、現在周囲を包囲し逃がさないようにしているので――」
 そこまで聞いたところで、セムが話を遮った。
「ゴブリンは何匹ぐらい残っています?」
「ええー、と、10~15匹くらいだそうです」
 セムは素早く目を動かした。何事か考えているようだった。ほんの少しの間を置いてから重役に、こう言う。
「先方には私が現場に行って許可するまで、そのまま動かないように伝えてください」
 その命を受け重役は、退室して行った。
 ラインフラウがセムに流し目を送る。
「セム、何かいいこと思いついた?」
「いや、思いついたというか――確認をしたいと思いましてね」

●三兄弟、初めての実戦。
 狼ルネサンス三兄弟、【ガブ】【ガル】【ガオ】は大きな廃屋……廃業して久しい古式旅館の前で、ドラゴニア老教師【ドリャエモン】に文句を垂れていた。
「なあ、なんでさっさと踏み込まねえんだよ」
「ゴブリンどもが逃げちまうぜ」
「ここまで来たなら、一気に片付けねえと」
 兄弟たちの鼻息は荒い。それもそのはず、先程まで20人の傭兵たちに交じって首尾よくゴブリンを追い散らしたものだから、気が大きくなっているのだ。
 ドリャエモンは彼らをたしなめた。鍛えるのに格好な課題が見つかったので参加させてみたのだが、難易度がいまいち低かったかなと思いつつ。
「ここは私有地だ。許可もなく勝手に入ってはいかん。所有者が来るまで待てい。そして目標から目を離すな。敵はもう後がない。死に物狂いになっておるはず。何をどう仕掛けて来るやもしれんのだぞ」
 廃屋の周囲はぐるりと囲まれている。ほとんどがシュターニャの傭兵だが、三兄弟同様課題として討伐に参加してきた学園生徒の姿もある。彼女は何故か、分厚い手袋をはめている。そしてその手の中には、褐色の小瓶がある。
 馬車がやってきた。廃屋の前で止まった。セムが中から降りて来る。ラインフラウと、それから数人の傭兵を伴って。
 彼女は居並ぶ討伐隊に、こう言った。
「立ち入りを許可します。ただし、ひとつ条件があります。全部とは言いませんので、ゴブリンを2匹か3匹、生かして連れてきてくれませんか? なるべく傷をつけないようにして」
 彼女は何故か、分厚い手袋をはめている。そしてその手の中には、褐色の小瓶がある。


エピソード情報 Infomation
タイプ ショート 相談期間 6日 出発日 2020-10-26

難易度 普通 報酬 通常 完成予定 2020-11-05

登場人物 3/8 Characters
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。
《人間万事塞翁が馬》ラピャタミャク・タラタタララタ
 カルマ Lv22 / 魔王・覇王 Rank 1
不気味で人外的な容姿をしたカルマの少女。 愛称は「ラピャ子」や「ラピ子」など。 名前が読み難かったらお好きな愛称でどうぞ。 性格は、明るく無邪気でお茶目。 楽しいと面白いと美味しいが大好き。 感情豊かで隠さない。隠せない。ポーカーフェース出来ない。 そしてちょっと短気なところが玉に瑕。 ギャンブルに手を出すと確実に負けるタイプ。 羞恥心を感じない性質で、露出度の高い衣装にも全然動じない。 むしろ前衛的なファッション格好いいと思ってる節がある。 戦闘スタイルは我流の喧嘩殺法。 昔は力に任せて単純に暴れるだけだったが、 最近は学園で習う体術を取り入れるようになったらしい。 しかしながら、ゴリ押しスタイルは相変わらず。 食巡りを趣味としているグルメ。 世界の半分よりも、世界中の美味しいモノの方が欲しい。 大体のものを美味しいと感じる味覚を持っており、 見た目にも全く拘りがなくゲテモノだろうと 毒など食べ物でないもの以外ならば何でも食べる悪食。 なお、美味しいものはより美味しく感じる。Not味音痴。 しかし、酒だけは飲もうとしない。アルコールはダメらしい。 最近、食材や料理に関する事を学び始めた模様。 入学までの旅で得た知識や経験を形に変えて、 段々と身に付いてきた…と思う。たぶん、きっと、おそらく。
《新入生》ルーシィ・ラスニール
 エリアル Lv14 / 賢者・導師 Rank 1
一見、8歳児位に見えるエルフタイプのエリアル。 いつも眠たそうな半眼。 身長は115cm位で細身。 父譲りの金髪と母譲りの深緑の瞳。 混血のせいか、純血のエルフに比べると短めの耳なので、癖っ毛で隠れることも(それでも人間よりは長い)。 好物はマロングラッセ。 一粒で3分は黙らせることができる。 ◆普段の服装 自身の身体に見合わない位だぼだぼの服を着て、袖や裾を余らせて引き摺ったり、袖を振り回したりしている。 これは、「急に呪いが解けて、服が成長に追い付かず破れたりしないように」とのことらしい。 とらぬ狸のなんとやらである。 ◆行動 おとなしいように見えるが、単に平常時は省エネモードなだけで、思い立ったときの行動力はとんでもない。 世間一般の倫理観よりも、自分がやりたいこと・やるべきと判断したことを優先する傾向がある危険物。 占いや魔法の薬の知識はあるが、それを人の役に立つ方向に使うとは限らない。 占いで、かあちゃんがこの学園に居ると出たので、ついでに探そうと思ってるとか。 ◆口調 ~だべ。 ~でよ。 ~んだ。 等と訛る。 これは、隠れ里の由緒ある古き雅な言葉らしい。

解説 Explan

こんにちは、Kです。
今回の課題はゴブリンの討伐&捕獲です。
数は2、3匹でかまいません。後は普通に退治してください。

セムがゴブリン捕獲を要請する理由は、「魔物が毒で死ぬか確かめる」です。「なるべく損傷が少ないように」というのは、あまり傷をつけると、毒で死んだのか傷で死んだのか分かりにくくなるから。
「もし魔物が毒で死ぬのなら、サーブル城に居座っているシャパリュについても、あるいは同じ手が使えるんじゃないか?」と考えています。
以上の思惑についてセム当人は、別に隠そうとしません。聞けばそのまま答えてくれます。
そういう人はあまりいないと思いますが、仮に制止を求めたとしても、彼女はこの実験を中断したりはしません。

ひとまず、ゴブリンの情報を以下に。

数:15匹
強さ:【格】1
装備:サビが入ったなまくら槍となまくら剣(盗品らしい)

戦いのステージは、一階建の長屋形式旅館。
部屋数は14。
扉も窓も全部壊れていて、カギがかからない状態。床が所々腐っている。部屋の中は家具等すべて出され空っぽ状態で、隠れるところはほとんどない、という状態です。
以下、ざっとした見取り図です。

 ■→通路
 □→部屋
 ◆→出入口
 ◇→裏口

 旅館裏
 ◇□□□□□□□
 ■■■■■■■■
 □□□□□□□◆
 旅館表

 
 後、念のため。
 サーブル城付近は雨模様ですが、討伐現場の天気は晴です。天候について心配する必要はありません。


作者コメント Comment
Kです。
……なんだろう、気のせいか話が毒々しくなってきたような。
ま、まあそれはそれとしまして、何か背後で進行していそうではありますが、ガブ、ガル、ガオの三人兄弟、いよいよ初陣です。
彼らが油断することのなきよう、クギを刺しておいでください。





個人成績表 Report
朱璃・拝 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
私は裏口から入りますわ。一先ず聴覚強化を用いて床を歩く際の音を確かめ、推測を用いて何処が腐っているかを推測。その間現れるゴブリンは魔牙で攻撃して討伐

床が腐っている箇所を判別出来たら、次に目にしたゴブリンを挑発を用いて襲い掛からせ、私自身は精密行動や緊急回避を用い床を踏み抜かないよう気をつけつつ、相手に腐った床を踏み抜かせるよう誘導しますわ。上手く嵌ったら動けない内にロープで手足を縛りあげ、厚手の布で猿轡をかませ先に外に待つセム様に引き渡しますわ

その後はまた建物に戻り残りのゴブリンを魔牙や双撃蹴を用いて討伐いたしますわね

事が済んだらセム様達に捕獲したゴブリンをどうするのか一応確認しておきますわね

ラピャタミャク・タラタタララタ 個人成績:

獲得経験:90 = 60全体 + 30個別
獲得報酬:2250 = 1500全体 + 750個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
■目的
狼ズとゴブリン討伐

■行動
捕獲は他の者に任せ、あちきは狼ズと表の出入口から突入じゃ。
慢心しておるが口で言っても聞かんじゃろし、最初は自由に動いてもらうのじゃ。
順調なままならよいが…

いざという時のために注意と警戒をしておくのじゃ。
多少の不利くらいは見守るが、致命的にヤバいのを感じたら、割り込むぞ。
襲い掛かるゴブリンの攻撃を体で受けて、通常反撃と反逆精神で強引に斧を振って反撃。
肉を切らせて骨を断つ…ゴブリン、汝はここで死ねぃっ!!

その後も狼ズが呆けるようであれば、自身の治療もそこそこに喝を入れるのじゃ。
戦場でボサッとするな馬鹿共!まだ終わっとらんのじゃぞ!

ルーシィ・ラスニール 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
廃業した旅館跡に潜むゴブリン退治と、ゴブリン2~3体の生け捕り

ゴブリンは全部で10~15体とのこと

◆分担
おらは朱漓と一緒に、裏から旅館跡に侵入

◆侵入
部屋の入口の陰や、抜けた床の穴の中
天井の梁の上とかにゴブリンが隠れてるかもしれね

朱漓と一緒に手分けして警戒しつつ、ゴブリンの不意討ちに備えるでよ

風雨に当たって色が変わった床や、他の部屋でよく床が抜けてる場所は脆いかも
極力避けるように

◆有事
敵が複数居たらプチフドで援護したり、負傷者をリーラブで回復し援護
周辺の様子にも注意し、新手や伏兵に警戒

うまく傷が少なく気絶したゴブリンが居たら、ロープで縛り確保
数が足りなければ、最後に残った個体の確保を提案

リザルト Result

●掃討の前の幕間劇
 廃旅館の周囲は完全包囲されている。ゴブリンたちが逃走する恐れはない。
 だからこそ【ラピャタミャク・タラタタララタ】は用心する。
(背水の陣、窮鼠猫噛、後のない死兵ほど怖いものはない。ここからが本番じゃ。しかし……)
 真紅の瞳が【ガブ】【ガル】【ガオ】に向けられた。
 三兄弟――狼ズは『ゴブリンを2、3匹、なるべく傷つけず生け捕りに』という【セム】の要望について、軽口を叩いているところだった。手にした戦鎚を振り回しながら。
「生け捕りー? 面倒くせえなあ」
「俺たちにゃ出来そうもないぜ。なにしろあいつら、ちょっと殴ったらくたばっちまうんだから」
「まあ、努力はするけどさ」
 ここまでたいした損害もなく一方的な勝利を収めてきた(味方が多いせいであるが)からだろう、明らかに調子に乗っている。
 ちとまずいなと思ったラピャタミャクは、苦言を口にした。
「汝ら、前にあちきが言ったことを覚えておるか? 『舐めておると死ぬ』ぞ? 比喩ではなく文字通りにのぉ」
 だが彼ら、それをまともに聞き入れようとしない。
「ゴブリン相手に? ねーわ」
「ねえねえ」
「ぜってーねーわ」
 予想ずみな反応だったので、ラピャタミャクはそれ以上意見しなかった。
(ま、口で言っても聞かん連中じゃで。痛い目を見るのを見守るとするかの)
 以上のやり取りを聞き付けた【ドリャエモン】は、狼ズを注意する。
「お前たち、いい気になりすぎだ。そんな体たらくでは相手がゴブリンと言えども、足元を救われるぞ」
 しかし、やはりと言うべきか、狼ズは馬の耳に念仏な風情。
 そこで【朱璃・拝】が、ぴしゃりと彼らに言った。銀の髪をかき上げながら、皮肉げな口調で。
「同じ狼として、女性の私に後れを取らないようにして下さいませ」
 狼ズは、この言葉にむっときた。しかし真っ向から言い返しも出来ない。兄弟揃って遠泳競争で彼女に完敗したのは、記憶に新しいところだったもので。
 【ルーシィ・ラスニール】は、なんとなく【ラインフラウ】に興味を抱き、話しかける。
「おb」
 とやりかけたところ相手の目がきらりと光ったように思えたので、即座に言い直し。
「じゃなくってお姉さん、ローレライだなあ」
「ええそうよ。あなたも、その血が入っていそうね?」
「おお、分かるべか。そうだべ。おらの母ちゃんもローレライだったそうだべ。おらの母ちゃんも、ラインフラウさみてえに別嬪じゃったら、おらも将来は明るいんじゃがなあ」
 ラインフラウは華やいだ微笑を浮かべた。白い指がふわふわの金髪に覆われた頭をなでる。
「心配要らないわ。見たところ、あなたも十分きれいになれる素質があるわよ♪ ところであなたのお母さんの名前はなんて言うの? もしかしたら私、知ってるかもしれない。その瞳の色、どこかで見た記憶があるのよねえ……」
 なめらかな語りかけに、ルーシィはつい釣り込まれる。
「おらの母ちゃんの名前? ベ――」
 しかしそこでタイミングよく、ドリャエモンが彼女を呼んだ。
「ルーシィよ、そろそろ行かねばならんぞ」
「あ、先生が仕事の話で呼んでるから行くでよ!」

●掃討作戦
 廃旅館潜入に際し皆は、二手に分かれることにした。
 表口から攻めるのは狼ズとラピャタミャク。
 裏口から攻めるのは朱璃とルーシィ。
 双方しめし合わせ、同時に建物の屋内へ入っていく。
 薄く扉を開き覗いてみれば、廊下は薄暗かった。左右に部屋が配されるという作りなので、どうしてもそうなるのだ。
 床板は相当痛んでいる。一歩足を置くごとに、盛大な軋みを上げる。腐って穴が空いている箇所も、いくつかある。
(これでは、あちきらの動きは丸聞こえじゃの……)
 ラピャタミャクは不意の襲撃に備えあらゆる方向を警戒する。
 しかし狼ズは相手を見くびっている。あまりそういうことを考えていない。朱璃に遅れを取るまいという意識もあり、とりあえず行動あるのみというスタンスだ。
「しらみつぶしに行くしかねーな」
「おう」
 と言いながら、こぞって戦鎚で扉を破る。身を乗り出し、中を見回す。
 次の瞬間ラピャタミャクは彼らに体当たりをかけ、部屋の中へ突き飛ばした。
 直後彼女の肩に真上から、錆びた槍が突き刺さる。死角となる扉上部にゴブリンが張り付き、隠れていたのだ。
 ゴブリンは突き刺さった槍を手放すと同時にラピャタミャクの背へ跳び乗り、剣で喉をかき切ろうとした。
 ラピャタミャクは体を反転させ、斧を相手の首に叩きつける。
「肉を切らせて骨を断つ……ゴブリン、汝はここで死ねぃっ!!」
 握りこぶしのような形をした頭部がすっ飛ぶ。バウンドして床に転がる。
 すべて一瞬の出来事だ。
 ガブもガルもガオも度肝を抜かされ、思わず立ちすくむ。
 ラピャタミャクは自分で刺さった槍を引っこ抜き、彼らに喝を入れた。
「戦場でボサッとするな馬鹿共! まだ終わっとらんのじゃぞ!」
 ガルがぎゃっと声を上げ場から飛びのいた。床から槍が突き出してきて、膝裏を刺したのだ。
「ほれ、そこ!」
 ラピャタミャクは斧を打ち付け床に大きな穴を空けた。
 姿をあらわにされたゴブリンの脳天を、3つの戦鎚が砕く。

「表口のほう、始まったようですわね」
「んだな」
 朱璃とルーシィはまず、床の腐っていそうな箇所を見極める。それから、行動に移る。
 朱璃が先にたち、わざと足音を響かせ進む。喧騒に隠れている小さな息遣いを聞き逃さないよう、耳をすまして。
 真横にあった扉が勢いつけて開いた。ゴブリンが2匹、槍を構え飛び出してきた。
 朱璃は身をよじってその穂先をかわし、相手の横っ面へ拳をたたき込む。
 ゴブリンたちはひしゃげた鼻から血を吹き出し、派手に床へ転がった。頭を振って起き上がるが、足元がふらついている。
 そこで朱璃は、思い切り馬鹿にしたようなせせら笑いを浮かべた。普段はけしてしない少々下品なジェスチャー『中指を立てる』を交えて。
「そんなお馬鹿な脳みその詰まった頭としまらない体では私をどうこうする事はとてもできそうにありませんわね♪」
 それから、あたかも逃げるかのように身をひるがえす。
 言葉の意味は解せずとも、馬鹿にしていることは解したのだろう。ゴブリンは顔を歪め彼女を追いかけた。そしてうまうま、廊下の腐った箇所に足を突っ込んだ。
 急いで足を抜こうとするが、その前に朱璃が、今度は蹴りを叩き込む。力いっぱい顎へ。それによりノックアウトされた2匹を、ルーシィと、手早くロープで縛り上げる。
 そこで別の部屋に潜伏していたゴブリンが飛び出してきた。
 ルーシィがプチフドを連発する。
 直撃を食らったゴブリンが弾かれるように吹き飛び壁に叩きつけられる。
 攻撃を免れたものは柱を伝い、天井に空いた穴の中に潜り込んだ。
 どうやら他にも上に潜伏しているのがいそうだ。そう睨んだルーシィは、朱璃に言う。
「朱璃、おらちょっと天井探って、ゴブリン追い出してみるだよ。おらは、ゴブリンとそんな変わらん体格じゃ。ゴブリンが進んだあとさ進んでも踏み抜けないと思うだよ」
 朱璃はその申し出を快く受けた。
「分かりましたわ。お願いいたしますわ」
 ルーシィが一人で敵中へ飛び込んで行くについて、心配などはしていない。体こそ小さいが勇者候補生なのだ。実力は信頼に値する。
「あいよう。朱璃もなあ」
 言うが早いかルーシィは、するする天井へ上って行く。
 朱璃は捕らえたゴブリンらに手早く猿轡をかけ、窓から外へほうり出した。傭兵たちに声をかけながら。
「2匹捕獲致しました、輸送お願いいたしますわ!」

 天井から、どたばたけたたましい音が響いてきた。
「おーい、そっちに行ったで、始末頼むべ」
 ルーシィの声に続いて、ゴブリンが天井から次々飛び降りて来る。
 ラピャタミャクはおう、と威勢よく答え、降りてきたゴブリンたちに向かい斧を振り回す。
 ゴブリンたちは後退しようとしたが、きびすを返したところでガブたちが進路を阻んでいるのに気づく。
 逃げ場がないことを悟った彼らは死に物狂いになった。めちゃくちゃに槍を振り回す。姿勢を低くし、全身の体重を乗せ、剣で突きかかる。
 ガブたちは懐に飛び込んできた相手目がけ、鎚を真上から振り下ろす。
 ゴブリンたちの頭蓋が砕けた。
 攻撃を避け得たゴブリンたちは、仲間の死を間近にしてますます狂乱状態に陥った。
 目を血走らせ、口に泡を噴き咆哮する。その形相があんまりすさまじかったのでガブたちは、一瞬尻ごみした。はばかりなく言えば、怖かったのだ。死を前に怒り狂う者の顔を見るのは、これが初めてだった。
 その隙にゴブリンたちはガブたちの間を駆け抜けた。
「ええい、気圧されてどうするのじゃ!」
 ラピャタミャクがそれを追う。追いついたものから兜割りで真二つに切り裂く。
 廊下の反対側には、朱璃が待ち構えていた。
「逃がしませんわよ」
 要求されたのは2、3匹。今捕まえているのは2匹。
 もう1匹捕まえるだろうかという考えがちらを脳裏をかすめなくもなかったが、最終的にそれはしない、ということにした。
 ゴブリンたちはすでにどれもこれも『なるべく無傷』とは程遠い状態であったからだ。
「私が、今すぐ楽にしてさしあげますわ」
 言うが早いか彼女は、向かってくるゴブリンに双撃蹴を食らわせた。衝撃で天井にぶつかり落ちてくる体を、魔爪の一撃が引き裂いた。

●掃討の後の幕間劇
 ゴブリンは捕獲したものを除き全て退治された。
「ほい、終わったべ。皆、ご苦労さまだべさ」
 最後にルーシィが仲間の傷を癒し、これでひと段落。
 朱璃は、セムに依頼内容についての確認を取る。
「ところで、捕獲したゴブリンをどうするおつもりですか?」
 そのあたりラピャタミャクも知りたかったので、追いかぶせるように尋ねる。
「あー、それわしも聞きたかったのじゃ。あいつらをどうするのじゃ?」
 セムはさらっと答えた。
「実験に使うんです。魔物が毒で死ぬものかどうか。もし死ぬのだとしたら、シャパリュにも同じ手が使えるんじゃないだろうかと思いましてね」
 朱璃は表情を曇らせた。魔物を倒すに毒を用いるというやり方が、拳士の矜持に反するように感じられたのだ。
「シャパリュが毒で死ぬかどうかは解りませんが、私は拳士ですからやはりこの手で打ち倒したいですわね」
 と呟く。
 ルーシィの眉を八の字だ。実験内容に抵抗を覚えた……のではない。実験の有効性に疑問を感じたのである。属性も強さも違う魔物に同じ手を使って、果たして通用するものだろうか?
「ゴブリンに毒なあ……ゴブリンには効くかもしんねえけど、そん赤猫にも効くかはわかんねえと思うでよ。まあ、試すんはおらは止めねえけんど」
 ラピャタミャクはセムの思惑に対し、懸念を示した。
「実験を止める気はないぞ。他の魔物にも応用出来るかもじゃしな。ただ、赤猫に手を出すのはしばし待ってくれんかの? 楽観的には勝手に赤猫が城を出ていくかもしれぬが、下手に手を出せば、それがご破談になってしまうかしれん」
「どういうことです?」
「それはの」
 から始めてバスカビルとシャパリュの因縁について簡単な説明を行う。そしてこう締めくくる。
「バスカビルとシャパリュから命を狙われる事態、面倒では済まぬのでな」
 セムは胸元から煙草を出し、火をつけた。煙を吸い込んで灰色の目を細めた。
「魔物が勝手に出て行くというのなら望むところです――ただそれにしたって、その後二度と城に戻ってこなくなるというわけじゃないですよね」
「ん? いや、まあ、そうかもしれんが……しかし呪いのことさえなかったら、あやつが城に執着する理由もなくなるのではと思うのじゃ、あちきは」
「……まあ、ご安心ください。私も闇雲にシャパリュに手を出そうと思ってるわけじゃありませんから。一筋縄ではいかない相手ですからね」
 そこでラインフラウがくすくす笑った。
「それにしても、ロマンチックな呪い。死を共にするなんて、ある意味究極の恋愛関係じゃない?」
 セムは肩をすくめ、彼女に懐中時計を渡す。
「ゴブリンが致死するまでの時間を計ってください、ラインフラウ」
 ゴブリン2匹はすでに傭兵達から押さえつけられ、無理やり口を開かされていた。
 セムはそこに歩み寄る。
 ここからどうするんだろうと眺めいるルーシィの前で、茶褐色の小瓶を開ける。蓋の内側についたスポイトで毒を吸い出し、ゴブリンの口奥まで手を突っ込み、流し込んだ。
 防護用の手袋をはめているとはいえ、たいした度胸だとラピャタミャクは思う。
 ゴブリンの顔色が変わり始めた。最初は赤、続いて赤と青のまだら、それから青。
 全身を細かく震わせ、ゼイゼイ喉を鳴らし始める。
 どうやら呼吸困難に陥っているようだ。
 そのままの状態が3分ほど続いた。
 セムはまた薬を飲ませた。
 ゴブリンがけくっと変な声を上げ、血を吐き始めた。顔が青を通り越し白くなって行く。
 セムは真正面からそれらの変化を見つめている。冷静かつ熱心に。
 そこからまた3分過ぎたところで、再度薬を。
 ゴブリンの目がどろんとよどんできた。ぜいぜい声も、もうかすかにしか聞こえない。
 朱璃は、あまりいい気持ちがしなかった。いたずらに苦しみを長引かせているような気がして。ドリャエモンと狼ズも多分そう思ったのだろう。場から離れて見守っている。
 3分が過ぎ、もう1度薬が投与された。
 ゴブリンはやっと死んだ。
 セムは満足げに頷く。
「うん、魔物にも効きますね。人や動物に比べて、致死までの時間は長いですが」



課題評価
課題経験:60
課題報酬:1500
ゴブリンを捕まえて――
執筆:K GM


《ゴブリンを捕まえて――》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 1) 2020-10-20 20:41:28
武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 2) 2020-10-22 19:28:40
とりあえず表と裏、両側から仕掛ける方がよいのでしょうか。ただ討伐するだけならそれほど大変ではなさそうですが、2,3匹はなるべく無傷で捕獲となると結構大変ですわね。

あと床が腐っているという事ですので、足元には注意しないといけないようですわ。踏み抜いてしまっても怪我しないよう膝くらいまであるブーツなど履いていた方がよいでしょうか?

《人間万事塞翁が馬》 ラピャタミャク・タラタタララタ (No 3) 2020-10-22 23:25:23
魔王・覇王コースのラピャタミャク・タラタタララタじゃ。
今回もよろしく頼むのじゃ。

あちきは狼ズと一緒に行動しようと思うのじゃ。
どうにも前哨戦が上手く行きすぎて慢心してるようじゃから、気に掛けておくのじゃ。

《人間万事塞翁が馬》 ラピャタミャク・タラタタララタ (No 4) 2020-10-22 23:50:49
うむ、表と裏の両側から行った方がよさそうじゃの。
ちなみに、あちきは表から行くつもりじゃ。
狼ズと一緒にとなると、たぶんこっちじゃろうし。

怪我を用心して具足やブーツは安全かもじゃが…
う~む、むしろ踏み抜いたことで隙を晒すことの方が怖いやもしれぬ。
どちらにせよ、足元には注意じゃな。

《人間万事塞翁が馬》 ラピャタミャク・タラタタララタ (No 5) 2020-10-22 23:50:57
うむ、表と裏の両側から行った方がよさそうじゃの。
ちなみに、あちきは表から行くつもりじゃ。
狼ズと一緒にとなると、たぶんこっちじゃろうし。

怪我を用心して具足やブーツは安全かもじゃが…
う~む、むしろ踏み抜いたことで隙を晒すことの方が怖いやもしれぬ。
どちらにせよ、足元には注意じゃな。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 6) 2020-10-23 18:49:35
では私は裏から入りますわ。

隙をみせないようにはしないとですが、どの辺りが床が抜けそうか推測できれば逆にゴブリンを嵌めて捕獲しやすいように出来るかもしれませんわね。

《新入生》 ルーシィ・ラスニール (No 7) 2020-10-25 22:03:10
おらぁ、賢者・導師コースのルーシィいうだ。よろしく頼むだよ。
裏からは朱漓だけみてえだし、おらも裏口から入るべよ。

そういや、ゴブリン2~3匹生け捕りにするっちゅう話だったなあ……誰かロープとか持ってるだか?
ねえなら、おらぁ用意しておくでよ。

ちゅうても、他のゴブリンは普通に討伐対象なら、最後に残った奴を捕獲すんのが確実かもしんね。

>抜けそうな床
おらなら、ゴブリンとそんな変わらん体格じゃろうし、ゴブリンが進んだあとさ進めば、床抜けることはねえかもしれねえなあ。