;



GM 

GMに『K』と申します。
目標は、今、どこで、何が起きているのか、分かりやすい文章を書くこと。参加者様に楽しいひと時を提供することであります。
お知らせ、NPC一覧、随時ちょいちょい更新しておりますので、よろしければご覧くださいませ。


注意点:私は台詞等でアドリブを多く効かせるほうです。
それはNGですという方は、どうぞその旨をプランに明記してくださいませ。


NPC一覧
――――――――
(人)

アマル・カネグラ――豚のルネサンス少年。資産家の息子。村人・従者コース。小柄で太った眼鏡くんだがやたら強い。悪意はないが、ナチュラルに金持ち風を吹かす癖がある。
外見年齢12、3
髪/栗色 目/黒 肌/白
初出エピソード『【新歓】春、新入生、そして大掃除』

ルサールカ――ローレライの青年。カネグラ家専属の美術商であり詐欺師。服役していたことがある。美術品を強烈に愛す。目的のためなら平気で嘘をつく。一児の父。ラインフラウの息子。
外見年齢20代前半
髪/青 目/青 肌/白
初出エピソード『芸術クラブ放置施設――集え善意と金と物』

ガブ――三つ子その1:狼のルネサンス不良少年。魔王・覇王コース。見た目は体格のいい不良。威勢はいいが中身は単純、結構ヘタレ。サボり癖(最近は改善された)。子供に好かれる面もあり。以前アマルをパシリにしようともくろみ逆にパシらされていた黒歴史あり。セムに、使い勝手がよさそうな人間と見られ目をつけられている。
外見年齢15、6
髪/黒 目/黒 肌/褐色
初出エピソード『【新歓】春、新入生、そして大掃除』

ガル――三つ子その2:狼のルネサンス不良少年(以下同文)。魔王・覇王コース。
外見年齢15、6
髪/灰 目/灰 肌/褐色
初出エピソード『【新歓】春、新入生、そして大掃除』

ガオ――三つ子その3:狼のルネサンス不良少年(以下同文)。魔王・覇王コース。
外見年齢15、6
髪/茶 目/茶 肌/褐色
初出エピソード『【新歓】春、新入生、そして大掃除』

ドリャエモン――ドラゴニア老教師。相撲レスラー体形。お髭ふさふさ。常日頃から狼三兄弟の動向に頭を悩ませ、その指導を行っている。マン兄妹を養子に迎えた。魔王・覇王コース担当。
外見年齢70代前半
夫婦とも保護施設に、常駐職員として住んでいる。

髪/白 目/緑 肌/白
初出エピソード『芸術クラブ放置施設――リフォーム進行中』

セム・ボルジア――ヒューマンの若い女。観光業でその名を知られる。『ホテル・ボルジア』社長。買収や買いたたきが得意。サーブル城を観光施設にする野望を抱く。合理的で現実的。三度の飯より商売が好き。毒に詳しい。
親兄弟を毒殺した等、何かと悪評のある人物。味覚障害があるらしい。タバコをよく吸っている。
ボルジア一族は富の集積と一族争いを同時に引き起こす呪いがかかった、ノアの指輪を持っている。
そのために彼女の一家は彼女を除き全滅した。
トリス・オークとは、そりが合わない。とはいえ提携するべきときはする。
ラインフラウに無理心中させられかけ瀕死に陥ったが、生還。


外見年齢20代前半
髪/灰 目/灰 肌/白
(名前を出さない)初出エピソード『芸術クラブ放置施設――集え善意と金と物』
(名前を出しての)初出エピソード『サーブル城周辺調査隊、募集』

ラインフラウ――ローレライの(見た目)若い女。魔法使い。セムを骨の髄まで愛している。そのために黒犬たちの呪いを利用しようとしている。恋愛至上主義者。ルサールカの母(他にも3人子がいる)。セムと結婚したがっている(セムは拒否)。そのため赤猫と黒犬の呪いを利用しようとしたが、呪いが解けたため、果たせずに終わる。
セムを無理心中を強要し瀕死に陥ったが、生還。

外見年齢20代前半
髪/青 目/青 肌/白
初出エピソード『サーブル城周辺調査隊、募集』

トーマス・マン――村でリンチを受けているところ黒犬に助けられた少年。身柄学園預かり。黒犬を尊敬し、慕っている。最近ドリャエモンの養子になった。
芸能・芸術コースに入学。入寮している。

外見年齢10
髪/茶 目/茶 肌/白
初出エピソード 『ミラちゃん家――保護案件発生』

トマシーナ・マン――トーマスの妹。身柄学園預かり。ミラちゃんのお友達。最近ドリャエモンの養子になった。施設に来てからお料理が得意になった。
養父母のドリャエモン夫妻と施設に住んでいる。

外見年齢4
髪/茶 目/茶 肌/白
初出エピソード 『ミラちゃん家――保護案件発生』

カサンドラ――リバイバル。12年前に死んだ学園出身の高名な画家。グラヌーゼ出身。とても痩せている。存命の折は、自分の体が虚弱なことについて悩んでいた。
生前黒犬と繋がりがあった。彼と赤猫にかけられた呪いの解除法についても知りえていた。
しかしリバイバルになると同時にその記憶をなくしていた。
それを信じようとしない黒犬から、12年間追い回されていた。
学園に保護されて以来、徐々に記憶が取り戻されつつある。
ノアの呪いによって思考、言動を操られている疑い濃密。黒犬から騙されていた記憶を取り戻したことで、憤懣やるかたなく情緒不安定。
呪いの指輪を巡り、黒犬と衝突。いろいろ大変な目に遭ったが、最後は心穏やかに昇天した。
そして元気な赤ん坊として生まれ変わった。

外見年齢20代前半。
髪/金 目/青 肌/白
初出エピソード 『犬は荒れ野で狩りをする』

ウルド――家が焼き討ちされたところセムに助けられた、エリアル(フェアリータイプ)の少年。身柄学園預かり。
不思議な絵を描くのだが……

外見年齢10
髪/銀 目/青 肌/白
初出エピソード
『王冠――新たな保護要請』


ロンダル・オーク――芸能・芸術コース所属。トーマスの嫌味な先輩でありライバル。実家はシュターニャにある。父親は不動産会社『オーク』の役員。

外見年齢12
髪/金 目/緑 肌/白
初出エピソード 『ある日ある時、食堂前でのひと騒ぎ。』

トリス・オーク――シュターニャにある不動産会社『オーク不動産』社長。ロンダルのおじさん。
外面と評判はいいが中身はかなり腹黒い。市の再開発に絡む問題で関係者1人、口封じのため殺したようだ。
セムとそりが合わない。とはいえ提携するべきときはする。

市会議員選に打って出るつもりらしい。






――――――――
(魔物)
黒犬――犬をベースにノア一族が作った魔物。火を吐くでかい黒マスチフ。赤猫と仲が悪い。人(ヒューマン)に化けることが可能。ノア一族から赤猫ともども、命に関わる呪いをかけられており、それを解く手段を日々探している。
赤猫が嫌い。
去年の年末赤猫にボコられた。でも回復した。
外見年齢20後半(人に化けたとき)
もしかすると、あまり頭はよくないかもしれない。
『ミラちゃん家――選択 』にて呪いが解け力と知力を失いただの犬になった。
トーマスのたっての願いにより、現在保護施設の番犬その2となっている。

髪/黒 目/黄色 肌/褐色
初出エピソード 『犬は荒れ野で狩りをする』

赤猫――猫をベースにノア一族が作った魔物。雷を起こすでかい赤猫。黒犬と仲が悪い。人(ヒューマン)に化けることが可能。ノア一族から黒犬ともども、命に関わる呪いをかけられている。常に泥酔している。呪いについてはうかつに触ると危険だと知っている。
黒犬が嫌い。
『ミラちゃん家――選択 』にて呪いが解け力と知力を失いただの猫になった。
現在セムの家に住み着いている。

外見年齢13、4(人に化けたとき)
髪/赤 目/緑 肌/白
初出エピソード『猫は夜中に踊りだす』

ピク太郎――ミミックのミミ子に貢ぐため小銭を集めるピクシー。
外見年齢7、8。
髪/金 目/青 肌/白
初出エピソード『ピクシー×ミミック』

ミミ子――ピク太郎に貢がせるゆるふわ系ミミック。
かわいい家の形をした貯金箱。1000000000Gためられる。
初出エピソード『ピクシー×ミミック』

――――――――
(精霊)
スイカマン――頭がスイカの競泳パンツをはいたイケメン。夏の浜辺に出没し勝手にライフセーバーをしている。
外見年齢 二十代前半。
初出エピソード『夏の浜辺のスイカマン』

ミラ様=ミラちゃん(正式名:ミラージュ)――学園保護施設の守護精霊。光の形で出現し、姿はない。時と場合によって、ミラ様と呼ばれたりミラちゃんと呼ばれたり。よく光の粉を噴く。
生き物を癒し、育てる力を持つ。ちょっと恥ずかしがりやさん。
施設関係者に貰った単語カードによって、意思を伝えてくる。
(名づけ前)の初出エピソード『春、新入生、そして大掃除』
(名づけ後)の初出エピソード『芸術クラブ放置施設――絶賛リフォーム進行中』

――――――

担当NPC


《学園職員》ラビーリャ・シェムエリヤ
  Lv65 / Rank 1
ある雨の日に学園の前に倒れていたところを、 通りすがったコルネに保護された。 自身に関しては何も覚えていなかったが、 学園長にラビーリャという名前を与えられ、 拾ってもらった恩を返すため、学園に所属することになる。 保護される前の段階で生業としていたのか、 道具や武具類を修理することが得意で、 学園内ではいわゆる用務員のような仕事を担い、 日夜授業や課外活動で壊れた道具類を修理して回っている。 基本的に動きはゆったり、話はまったり。若干天然。 だが、決して行動自体が遅いわけではなく、 特に話に関しては、考えすぎて言葉を選んでいる内に 話が進んでしまっていたり、先回りした回答で場の空気が おかしくなってしまう現象に陥りがち。 そのためコミュニケーションには若干の悩みを抱えている。 (ある学生に「(私に合うような)おすすめの武器は何ですか?」と聞かれた際) 「………………………左アッパー、かな?」 と答えたことがある。

メッセージ


2022・5・23

最後のリザルトが承認されました。
これにて私の「ゆうしゃのがっこ~」での活動は終了いたします。
これまで当エピソードにご参加くださった方、まことにありがとうございました。

またどこかでお会いできましたら、そのときは改めてよろしくお願いいたします。

追伸:最後のプランにてねぎらいのメッセージを下さった方、ありがとうございました。


――――

2022・4・28

次回、エピソード公開は5・7。
このエピソードが、『ゆうしゃのがっこ~』GMとしての最後の仕事になります。

――――

2022・4・15

次回エピソード公開は4・20。
王冠シリーズ、ラストとなります。


――――

2022・3・29

次回エピソード公開は4・4。
王冠シリーズの続きです。

※色々ありまして、当シリーズは4月内に終了する予定です。
急転直下に駆け足な展開となりますことお許しください(´ `:)

――――

2022・3・11

次回エピソード公開は3・18.
王冠シリーズの続きです。

――――

2022・2・23

次回エピソード公開は3・3。
日常。学園の思い出を文字として残そう――的なお話。

――――

2022・2・21

ファンレター一通、お受け取りしました。
お送りくださった方、ありがとうございます。m(_  _)m 

―――――


2022・1・9
次回エピソード公開は2・16。
王冠シリーズの続きです。

――――

2022・1・22
次回エピソード公開は1・31。
廃業した喫茶店を再生(?)させようプロジェクトです。

――――

2022・1・6
次回エピソード公開は1・15。
王冠シリーズの続きです。


――――

2022・1・3

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。
『ゆうしゃのがっこ~』もフィナーレが見えてきましたが、それまでにシリーズを完遂……出来なかったらすいません(TωT;)

――――

2021・12・24

次回エピソード公開は公開は12・31。
あけましておめでとうな、日常話の予定です。

――――

2021・12・10

次回エピソード公開は公開は12・16。
『王冠』シリーズの続きです。クリスマス前夜あたりのお話。

――――

2021・11・21
次回エピソード公開は公開は12・1。
トーマスの学園生活におけるもめごとに、関与する話になる予定です。

――――

2021・11・9

次回エピソード公開は11・16。
単発魔物退治以来となります。
ガブ、ガオ、ガルが出ます。

――――

2021・10・28

次回エピソード公開は11・1。
もう一つの呪いの指輪(セムが持っているもの)についての話が始まります。

――――――

2021・10・19

ファンレター一通、お受け取りしました。
お送りくださった方、ありがとうございます。m(^ ^)m 

―――――

2021・10・13

次回エピソード公開は10・17。
トーマスのこれからに関わるお話になる予定です。

――――

2021・9・25

次回エピソード公開は10・1。
芸術の秋。
PCさんから提案がありました、アマチュア限定参加の展覧会を開催いたします。

――――

2021・9・12

次回エピソード公開は9・17になる予定。
黒犬が再び出てきます。
ただの犬としてですが。

――――

2021・8・25

次回エピソード公開は、9・1を予定。
休憩の日常回になります。
スイカマンが出る手筈です。

――――――

2021・8・7

次回エピソード公開は、8・16を予定。
ミラちゃん家シリーズ、事実上のクライマックス回になりそうです。


――――

2021・7・25

次回エピソード公開は、7・31を予定。
ミラちゃん家、続きとなります。
指輪問題に、セム方面の問題が食い込んでくる予定。

――――
2021・7・7

次回エピソード公開は、7・15を予定。
ミラちゃん家、続きとなります。
呪いの解除方が明らかになる予定です。

――――――

2021・6・25
ファンレター一通、お受け取りしました。
お送りくださった方、ありがとうございます。m(_ _)m 

――――――
2021・6・22

次回エピソード公開は、6・29を予定。
ミラちゃん家エピソード、続行となります。
赤猫再度が動くかもです。

――――
2021・6・4

次回エピソード公開は6・13となります。
ミラちゃん家の続きです。
緊迫したエピソードになります予定。

――――
2021・5・21
次回エピソード公開は5・28となります。
ミラちゃん家、続きです。
呪いの指輪は無事手に入れましたので、今後は呪いの謎解きに挑むこととなります。

――――

2021・5・4
次回エピソード公開は5・12となります。
ミラちゃん家はちょっと休憩。
とある村を困らせている魔物を追い払うという、簡単な課題です。

――――

2021・4・19
次回エピソード公開は、4・27となります。
指輪を探しにグラヌーゼ遠征。
保護施設居残りルートもあります。

――――――

2021・4・5
次回エピソード公開は、4・12となります。
ミラちゃん家の続き。
指輪についての情報集め、追加の分です。

――――――

2021・4・1
ファンレター一通、お受け取りしました。
お送りくださった方、m(_ _)m ありがとうございます。

――――――

2021・3・19
次回エピソード公開は、3・28となります。
ミラちゃん家休憩の意味で、お花見日常エピソード。
NPC、大体揃って出ています。

――――

2021・3・5
次回エピソード公開は、3・13となります。
ミラちゃん家、プチリフォームいたします。

ファンレター、一通お受け取りいたしました。
お送りくださった方、ありがとうございます(^ ^)。

――――――

2021・2・26

ファンレター一通、お受け取りしました。
お送りくださった方、ありがとうございますm(_ _)m。

――――

2021・2・17

次回エピソード公開は、2・26となります。
ミラちゃん家、黒犬との第二回会談が始まる予定です。

――――

2021・2・4

次回エピソード公開は、2・11となります。
久しぶりにミラちゃん家、日常です。
少しはまったり出来るといいのですが。

――――

2021・1・28

2020・1・13より、この場でのファンレター受け取り報告が途絶えていたことに今気づきました。
今日までの間にファンレターをお送りくださった方、ありがとうございます。そして大変申し訳ございません……どうかご容赦を。(T T)。
お受け取りしましたものは、欠かさず読ませていただき、今後のエピソードを作る上での参考にしております。
最後に受け取り報告が遅れましたこと、重ねてお詫び申し上げます。まことにすみませんでした。

――――

2021・1・19
次回エピソード公開は、1・26となります。
引き続き、ミラちゃん家。
赤猫サイドのお話です。

――――――

2021・1・11
次回エピソード公開は1・12となります。
ミラちゃん家の続きです。
例の本のありかを突き止める回です。

――――――

2021・1・2
またしても出遅れましたが、皆様、新年あけましておめでとうございます。
願わくば本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
――――――

2020・12・21
次回エピソード公開は12・27となります。
皆でクリスマスを豪華に、あるいは質素に楽しもう……という内容です。
公開日がイベント出遅れ感ありありですが、そのあたりはどうかご容赦下さいませ(´ `;)。

――――――

2020・12・8
次回エピソード公開は、12・12となります。
ミラちゃんシナリオです。
黒犬が赤猫と接触事故を起こす模様。

――――――

2020・11・25
次回エピソード公開は11・28となります。
少し休憩、の意味で日常シナリオです。現在進行形の犬猫案件とリンクしてはいますが。
ガブガルガオ三兄弟が出てきます。

――――――
2020・11・17
下記に掲載しました現在公開中のエピソード「ミラちゃん家――新たな始まり」の抜けた第一章について。
今確認いたしましたところ、抜けが解消しておりました(^ ω^)!
参加者の皆様、まことにお騒がせいたしました。m(_ _)m

――――――
2020・11・14
現在公開中のエピソード「ミラちゃん家――新たな始まり」について。
すみません、今確認いたしましたら、第一章が抜けたまま公開されておりました…orz。
私のミスか、それとも不具合が原因なのか、今のところどうもはっきりしませんが、ひとまずのところ以下に、抜けた部分を掲載しておきます。

・・・・・・・・・・・・・
●グラヌーゼは今日も雨だった
 複数ある『果て無き井戸』のひとつ。
 堅牢な丸い石組みを囲っていた青草は忍び寄る冬の圧力によって茶色く枯れ萎び、くたりと地面に伏していた。そのせいで夏より視界がぐんと開け、寂寞感がいや増している。
 そこに後から後から降り注ぐ、冷たい雨。
 【ラインフラウ】はレースの傘をクルリと回し『いいお天気ね』とうそぶいた。皮肉ではない。本日は井戸へ近づくに当たって、格好のお天気なのだ。雨が降る日、猫は外に遠出しないものだから。
 レインコートに身を包んだ【セム】は、手にした大きなカゴを降ろした。カゴの中には猫が数匹、落ちつか無げに動き回っていた。どれも平凡な容姿をしている。そのへんの町角から適当に集めてきたのだから、当然だ。全部が全部、首輪を着けられている。小さな涙の形をした石……通信魔法石『テール』の欠片だ。
 セムはカゴのカギを外し、蓋を開ける。
「さあ、好きなところに行きなさい」
 猫たちは降ってくる雨に不快さを示しつつカゴから飛び出し、次々井戸の中へ入って行く。その様にセムは、感心したような息を漏らした。
「皆、よくためらわずあの中へ入って行きますね。初めて見る場所のはずなのに」
 ラインフラウが笑って言った。
「本能的に分かるのよ、シャパリュが近くにいるということが。それにしても猫にテールをつけて送り込む。それで盗聴を行うなんてね。あなたらしい思いつきよ。そういうの好きだわー」
 熱っぽい眼差しを注いで、セムにしなだれかかる。濡れるのも構わずに。セムはそれにあまり構わずタバコに火をつけ一服し、井戸を見つめた。
「様子を観察して話せそうな相手だと判断出来たなら、こちらからも呼びかけますよ。まあ、どこまでうまくいくか分かりませんけどね。あの程度の大きさの石では1回こっきり、数時間しか使えないし――それ以前にシャパリュが、あの猫たちを仲間と認めず殺してしまうかもしれないし」
・・・・・・・・・

不手際、真に申し訳ありません…(T T;)。


――――――

2020・11・13

ファンレター一通、確かにお受け取りしました。
お送りくださった方、ありがとうございますm(^ ^)m。

――――――

2020・11・8
次回エピソード公開は11・12となります。
ミラちゃん家、新しい段階に入ります。
黒犬との直接会談が行われます。

――――――
2020・10・27
次回エピソード公開は10・30となります。
ミラちゃん家の続き。
トーマスたちの今後を決める回となりそうです。

――――――

2020・10・14
次回エピソードは10・17公開となります。
メインはゴブリン退治ですが、裏には赤猫がちらついております。
狼三兄弟が出ます。

――――

2020・10・2

次回エピソードは、9・3公開となりました。
先に申しましたとおり、黒犬案件と相成りましてございます。

――――

2020・9・28
システム的問題が解決いたしました。
リザルトが遅れないように頑張ります。

――――

2020・9・27

ファンレターが一通届きました。
お送りくださった方、ありがとうございますm(_ _)m。

――――

2020・9・26
現在システム的な問題が発生しまして、出発済みエピソード「サーブル城周辺調査隊、募集」のプランが確認できない状態になっております。
数日中に問題は解消されるとは思いますが、リザルトは遅れるかも知れません…参加者者の皆様申し訳ないです(T T;)。
次回エピソードは、黒犬がまた出る予定です。公開日が決まりましたら、またここでご連絡いたします。

――――

2020・9・13
次回エピソードは、9・17に公開となります。
サーブル城付近への遠征課外授業となります。

――――

2020・9・1
ファンレターが一通届きました。ありがとうございます(^ω^)。

――――

2020・8・28
ファンレターが一通届きました。ありがとうございます(^ω^)。
次回エピソードは9・3頃に公開となります予定です。
保護施設のお話、続きです。

――――

2020・8・20エピソード公開予定。
タイトルは「夏の浜辺のスイカマン」
ほぼほぼ何も考えなくていいコメディです。

――――

ファンレター、いつもありがたく受け取っております。
暖かいご声援、感謝です。

作品一覧


【新歓】春、新入生、そして大掃除 (ショート)
K GM
 春。  魔法学園フトゥールム・スクエアに新入生がやってくる季節。  そこにはさまざまな新しい出会いがある。良きにつけ、悪しきにつけ。 ●春の出会い、その1  桜並木の続く道。  春のそよ風に花びらが一枚、また一枚とはらはら落ちて行く。なんとも絵になる光景だ。  一人の新入生がそこを歩いている。どちらかと言えば小柄な方。丸く膨れた頬に、丸い眼鏡。眼鏡の奥には円らな瞳。すこぶるぽっちゃりした体型。  柔らかな髪に覆われた頭の上にピンク色の垂れ耳。  ズボンの尻部分から突き出ているのは、これまたピンク色のくるりと巻いた細い尻尾。  身体的特徴から考えて、どうやら豚のルネサンス。新品の通学カバン。新品の靴。全体的に、お坊ちゃんといった印象を受ける。  そんな彼の前に突如、不良少年たちが立ちはだかった。 「おい、待てよ」  全員大柄で引き締まった体格。鋭い、吊り気味の目。逆立つような堅い髪の間から、灰色の尖った三角耳が突き出ている。ズボンの尻部分からふさふさした灰色の尻尾が突き出ている。  こちらはどうも狼のルネサンスらしい。にやにやしながら豚少年に、こう言ってくる。 「お前さー、ちょっと金貸してくんねえ?」  豚少年は首を振り短く答えた。 「貸すお金は持ってないよ」  そのまま行き過ぎようとする丸い肩を、狼少年の一人が捕まえる。 「おいおい待てよデブ。何逃げようとしてんだよ。感じ悪いな」  別の一人がカバンに手をかけ、もぎ取ろうとする。 「もしかして、俺らのことナメちゃってる? 俺らさっき見たんだけどな、お前が校門脇の鯛焼き屋で買い食いしてるの。そんとき、財布から札出してたよな?」 「財布に50000G札、ゴッソリ入れてたよな?」  豚少年は取られかけたカバンを引き戻し、両手で抱き抱えた。  これに彼らはカチンときた。このブタ野郎、とっとと金を差し出せばいいものを反抗的な態度を示しやがった。ここはひとつシメておかねばなるまい。この先長々カモるためにも。 「何だてめー、その目は!」 「ふざけんじゃねえぞこのブタが!」  ところでこの事件が起きている現場には、彼ら以外の生徒もいた。  しかしほとんどが新入生。上級者である狼少年の迫力にびびってしまい、足早に通り過ぎてみたり、遠巻きに見守ってみたり。それでも何人かは教師を呼びに走って行く。中でも勇気のある数人が、なんとか介入を試みようとする。 「おい、止め――」  そのとき、ボスッ、ドカッ、バキッ、と鈍い殴打の音がした。  見守っていた生徒達は思わず目をつむる。ついで、恐る恐る目を開ける。  そのとき彼らが見たのは、予想と真逆の光景だった。  ボコボコにされているのが狼少年たち、ボコボコにしているのが豚少年なのである。 ●春の出会い、その2  学園はこの時期新入生たちに向け、オリエンテーリングも兼ねた課題をさまざま打ち出している。  以下のも、その一つ。  場所は学園内の某所。山の中。 「こんなものがここにあるなんて知らなかったなあ」 「学園にはまだまだ知らないことがいっぱいですね」  新入生の監督指導役を仰せつかった上級生たちは、彼らよりも早く現場に到着し、問題の建物を眺めた。  全体の印象は小さな山の分校と言ったところ。木造一階平屋建て。真ん中に入り口。入り口の上には止まった大時計――文字盤にしゃれた装飾が施してある。  埃塗れの窓は一つ一つ形が違っている。丸かったり、四角かったり、三角だったり。ステンドグラスになっているところも多くある。  だがそうやって色々な形や色が混ざっているにもかかわらず、不思議にも全体では、きちんと調和が取れていた。 「そもそもなんだったんだ、これ」 「芸術クラブの施設のひとつだったとか。新しい施設が出来てから、放棄されてしまったらしいですけど――整理したら資材室のひとつとして再利用出来るんじゃないかって案が、どこかの委員会から上がったそうで」  建物周辺は一面の草むぐら。転々と置いてある正体不明のオブジェも風化し錆び剥がれ色が落ち、単なる灰色の物体と成り果てている。 「とりあえず今回は、建物内の片付けと校庭の除草だけだな」 「ええ、オブジェのあれこれはまた次の機会にということで」 「よかった。ペンキとか用意してなかったし」 「あれ、直すの?」 「どうなのかな、ああいうものは撤去してもいいんじゃないかって思うんだけど……」  そんなことを言い合っているところへ、新入生たちがやってきた。 「先輩、ご指導よろしくお願いしまーす」 「しまあす」 「おー。皆よく来た。じゃあ出欠をとるぞー」  と名簿片手に名前を読み上げていったところ、無関係な生徒が場に交じっているのが分かった。全部で3人。不良がかった狼のルネサンス。 「? お前らなんでここにいるんだ?」  という質問に対し答えたのは彼らではない。新入生の一人である豚のルネサンスだ。 「ああ、僕が呼んだんです」  友達に手伝いを頼んだってことだろうか。  そう解釈した上級生の一人は、狼少年たちに視線を向けた。そして違和感を覚えた。彼ら、豚少年の方を努めて見ないようにしているのだ。恐れているかのように。 「僕、彼らに代行を頼んだんです」 「だ、代行? 何の?」 「建物清掃の代行です。手間賃は払うからということで。彼らはそれを快く引き受けてくれました」 「……いや……課題っていうのはそういう性質のものじゃないのよ? えーと……」  上級生の一人が名簿をもう一度のぞき込み、豚少年の名を確認する。 「アマル・カネグラくん」 ●春の出会い、3  春の日差しの中、埃の積もった床でゆらゆら踊っているのは、陽炎のような光。  彼(彼女?)は、精霊だ。姿かたちはない。名前もまだない。ふらりと何年も前に立ち寄って以来、ずっとこの建物に居ついている。なんだか非常に気に入ってしまって。  しかし精霊は、今、建物に何者かが入ってきた気配を感じ取った。 (あれ、誰か来た……)  彼はとても恥ずかしがりやなので、窓から入ってくる光にさっと紛れ込み、隠れてしまう。  そしてそのまま様子を見ることにする。  彼は人前に姿を現すことを好まないが、人が嫌いなわけではない。
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-04-15
完成 2020-05-01
ピクシー×ミミック (ショート)
K GM
●イッツフォーリンラブ  魔法学園内植物園『リリー・ミーツ・ローズ』。  緑豊かなこの空間には、虫、小鳥、小動物といった小さな命がたくさん息づいている。  人や植物に害を与えそうなものに限っては、管理側がそれとなく追い出すようにしているが、そうでないものはまあ、そこそこ大目に見る感じ。  蜜蜂が忙しく花を巡る昼下がり。赤いチューリップの中で、小さな一匹のピクシーがアーアと欠伸し起き上がった――外見が男の子っぽいので、以降このピクシーは、ピク太郎と呼ぶことにしたい。  さてそのピク太郎は目をゴシゴシこすり、チューリップの茎を伝い降りた。  今日は何か面白いことはないかなあと思いながら、園をぶらぶら巡る。  彼はよく人間にいたずらを仕掛ける。  この間は木陰で今しもチューしそうな雰囲気だった男女の頭の上に、そのあたりで集めてきた両腕一杯のシャクトリムシを落とした。そしたら男がものすごい声を上げ女を突き飛ばし逃走――どうやら虫嫌いな人間だったらしい。それに激怒した女は男を追いかけ捕まえ、平手打ちを連発していた。  あれは実に面白かったので、出来たらもう一回やってみたい。  そんなことを考えながらぶらぶら歩きを続けるピク太郎。しかし残念ながら今日は、いいカモをなかなか見つけられない。  とりあえず腹が減ってきた。  その辺に生えていたキノコを食べる。  お腹一杯になったところでまた、歩き始める。  そのうちに竹林に出た。  季節柄、竹になりかけたタケノコがにょきにょき顔を出している。  その一本のタケノコの側でピク太郎は、足を止めた。  タケノコの根元に、家の形をした泥だらけの箱が落ちていたのだ。どうやら地面に埋まっていたものが、タケノコの圧力に押され出てきたらしい。  種族的能力によってピク太郎は、それがただの箱ではなくミミックだということにすぐ気づいた。  興味を覚えたので近づき、泥を落としてやる。すると、箱の造作がより分かるようになった。  色はパステルカラー。至るところに花模様。なんともメルヘンチックでかわいらしい。屋根に硬貨投入のための切れ込みがある。どうやら、貯金箱であるらしい。  このミミック――全体的な印象から、以降ミミ子と呼ぶことにする――にピク太郎は一目ぼれした。ピクシーとミミックの間には特殊な関係性があるとはいえ、一目ぼれは言い過ぎでないかという人もいるだろうが、ピクシーの感性は人間とは違うからそういったこともあり得るのだ。  ピク太郎はピクシーにしか出来ない特殊なやり方でミミ子とコミュニケーションを図る。仲良くしましょうと。  ミミ子はこの申し出を快く受けた。  かくして二人は相思相愛となった。そう、さながらクマノミとイソギンチャクのように。 ●レゼントの一角で。  食べ盛りの生徒たちが何かとお世話になる、お手頃価格なカレー食堂。今はまさにお昼時。どこもたくさんの客で賑わっている。  そこに店員の怒鳴り声が響いた。 「こら待て、こらーっ!」  カレーをぱくついていた生徒達は、何事かとレジの方を見る。  直後床の上を小さなピクシーがさあっと駆け抜け、外に逃げて行った。 「ええい、くそっ。すばしこい野郎だ!」  悔しそうに言う店員に、生徒たちは聞いた。今逃げて行ったピクシーは何をしたんですかと。  店員は苦虫噛み潰した顔でこう答えた。 「小銭をくすねていきやがったんですよ」 「えっ、小銭を? ピクシーが?」 「ええ。うちだけじゃねえんです。この界隈の店、軒並みあいつにやられてましてね。まあ、盗まれるのは硬貨に限られているし、あの体格だとせいぜい数枚しか運べないから、被害額は少ないんですが、それでも売上を盗まれるっていうのは気持ちいもんじゃねえですよ。気をつけるようにはしているんですが……」  なんとも面妖な話だ。ピクシーがいたずら好きだというのはよく知られている。しかし、金を盗むなどとは……。 「そういうことするのって、普通ゴブリンじゃないのか?」 「だよね。ピクシーは金銭的なものに価値を見いださないはずなんだけど……」 「もしや、いたずらの一環としてやっている、ということでしょうか」 「それにしても、どうもしっくり来ないよ。もしかして裏にピクシーを操る別の存在がいるんじゃ」 「黒幕ってやつか。ありそうな話だな」 「だとしたら、看過出来ないなあ」 「一度この件、ちゃんと調べてみた方がいいかも。今は小銭だけかもしれないけど、いずれもっと大きなものを盗もうとするようになるかも知れないし」 ●マイスイートホーム  1G青銅貨と100G銀貨を一枚ずつ持って帰ったピク太郎は、それをミミ子に入れてやった。  貯金箱の本能を持つミミ子はお金を自分の内部でちゃりちゃり言わせ、喜びを表現する。  ピク太郎はミミ子の扉を開け、中に入った。  真っ暗で、暖かくかつ、柔らかい。ミミックの中はピクシーにとっては実に心地いい空間だ。日の光や物音に遮られることなく、安心して惰眠を貪れる。  そんなわけでピク太郎、早速いびきをかき始めた。
参加人数
3 / 8 名
公開 2020-05-01
完成 2020-05-15
芸術クラブ放置施設――リフォーム進行中 (ショート)
K GM
 学園某所。なにがし山。  そこには、かつて芸術クラブの関連施設として使われていた建物がある。  新施設建造に伴い長年放置されていたこの建物、つい最近その存在が見直され、大々的な清掃が行われた。  その見直しのきっかけを作ったとある委員会は当初、この物件を資材室の一つとして使う方針だった。  だが清掃を請け負った生徒達から『何らかの事件に巻き込まれた人間を保護する施設として活用出来ないだろうか』という提案が行われたのを受け、改めて審議。その結果方針を転換。建物は資材室ではなく、人身保護施設として生まれ変わることになった。  とはいえ現段階で完了しているのは、敷地の除草と建物の清掃。加えて建物内部に残されていた学園OB製作の美術作品整理だけ。  やらなければならないことは、まだまだたくさんある。  保護施設としての本格的な運用を始めるまでには、今しばらく時間がかかりそうだ。 ●施設に住まう光の精霊  真夜中。  保護施設(予定)の中を、ゆらめく光が行き来している。  光は精霊だ。【蜃気楼(ミラージュ)】という名の精霊だ。  といっても、本人はその名にまだ馴染んでいない。何故ならそれがつい最近、つけられたものだから。とある学園女子生徒によって。  これまでずっと『精霊』と言う大ざっぱな属性で自己を認識していたものが、急に固有名詞を得たので、かなり戸惑っている次第。 (……私は、ミラージュ? ……ミラージュ……ミラージュ……)  呟きながら磨かれた床の上を跳ねていく。美術作品が一括収容されている大部屋に舞い込む。立体、平面、多種多様な作品を眺め、きれいに拭きあげられたステンドグラスの窓を通り抜け、庭に出る。  庭は前回の清掃作業によって、雑草が取り除かれていた。ミラージュはそれを、非常にさっぱりし過ぎてしまって寂しいと感じる。  しかしよくあたりを巡ってみれば、草が残っている場所もぽつぽつあった。  ミラージュはそこへ重点的に力を注ぐ。早く大きくなるように。それから、露になったオブジェ――高く低く右に左に傾いて並ぶ、柱の列――を眺める。 (これ、何かな?)  彼はオブジェが本来どんな形をしていたか知らない。施設が放棄されてからずっと後にここへ来て、住み着き始めたのだから。 ●リフォーム参加する子豚ちゃん。  朝。丸々肥えた小柄な豚のルネサンス【アマル・カネグラ】は顔を洗う。眼鏡を拭いてかけ、寮の個室を、つぶらな黒い目で見回す。 「うん、今朝もいい感じ」  部屋は、床も壁も窓もぴかぴかだった。学園に入って最初に覚えたスキル『掃除』は、彼自身の役にとても立っているらしい。 「いただきまあす」  他人の三倍ほどある朝食をとった後、栗色の髪とピンク色の豚耳にブラシをかけ、自前の制服から屋外作業着に着替える。靴も屋外作業用ブーツに履き替える。  なんとなれば本日は、屋外作業の課題があるからだ。  前回同じものに参加して服をさんざん汚す羽目になった経験から彼は、事後似たような課題がある場合、ちゃんと汚れてもいい格好に着替えて行くと決めたのである。  世間的に誤解されやすいが、豚は実はきれい好きだ。 ●リフォーム参加する狼ズ。  黒目黒髪の【ガブ】、灰目灰髪の【ガル】、茶目茶髪の【ガオ】。魔王(志願)の狼ルネサンス三兄弟。三つ子だから年の差はない。皆大柄な体格で、きつそうな顔をしている。耳と尻尾はおそろいの灰色。  彼らは前回に引き続き今回も、施設のリフォーム作業に参加していた。今度はアマルの招集を受けたからではない。魔王・覇王コースの担当教諭であるドラゴニアの【ドリャエモン】(御年77・♂)から、強制参加させられたのである。  彼らについてドリャエモンは、常から頭を痛めていた。揃いもそろって座学がからっきし駄目な上に、素行が悪い。このまま行くとプリズン・スクエアどころか退学になるやも知れぬ、と。  なのでことあるごとに熱血指導をしていたのだが、世代間ギャップのせいなのかどうも空回りしがちで、成果が芳しくなし。  そんな最中、三兄弟が村人・従者コースの新入生アマルをカモろうとし、猛反撃を食らい、ついでパシらされるという事件を起こした。  ありとあらゆる情けなさに角も翼も折れそうな思いをしたドリャエモンであったが、その後清掃依頼におけるガブたちの言動を聞き及ぶに至り、これはむしろ連中にとっていい機会かも知れぬと考え直した。たとえ強制的でも他生徒と共同作業をすることが、意識の変化に繋がるのではないか、と……。  そんな親心が教諭にあるとも知らず三兄弟は、猛火を吐かれ追い回され課題現場に来させられたことを不服に思い、ぶつぶつ言っていた。 「ちっ、クソジジイのせいでだりーぜ」 「こんなの魔王がすることじゃねえよな」 「なあ」  本日彼らに与えられた仕事は、建物敷地に設置されているオブジェのリフォームを手伝うこと。  灰色の棒と成り果てているものたちの表面を削ってサビを落とし、傾きを正し、ついでペンキを塗って生まれ変わらせるのだ。 「おい、なんかあそこ、やけに花が咲いてねえか?」 「何? あ、本当だ。目茶苦茶伸びてんな」 「一月もたたないのに、あんなに茂るもんか?」 ●子豚ちゃんからの提案  アマルは前回さる先輩と一緒に整理した美術作品群を前にし、言った。 「僕はやっぱり、売った方がいいと思うんですけど。ここを利用していた美術クラブの関係者から、残して行った作品の処理については一任するという了承を、すでに得ているわけですし。こっちに集めているのは、現在市場で人気がある人の作品です。特にこの絵は」  と言って彼は、一枚の油絵を指す。  描かれているのは明かりの絶えた夜の町。  屋根の上でヒューマンの少女が、たくさんの猫に囲まれ、浮かれ調子に踊っている。  身につけているのはビーズを縫い込んだ絢爛なガウン。背中まで伸びた真っ赤なくせっ毛を振り乱し、頬を上気させ、緑色の目をきらきら光らせ、笑っている。いかにも楽しそう。  だけど注意深い人がよく観察してみれば気づくだろう。少女の表情に酩酊が見え隠れしていることに。足元に空の酒瓶が多数転がっていることに。  少女から少し離れた煙突の上には、彼女と同じ衣装を着たヒューマンの若い男が座っていた。真っ黒な髪に黄色い目。少女に向ける視線には、苛立ちと疎ましさが混在している……。 「すごく高く売れると思いますよ。これを描いた方はもう亡くなられていて、新しい作品が出ませんから。きっと、欲しいって言う人たくさんいます」  保護施設として整備されることになった以上、改良すべき点はいくらもある。  まずセキュリティの問題。  八つの隠し部屋と九つの隠し階段には前回の清掃以降、不審者が立ち入り出来ないよう防犯錠が取り付けられた。だが、本当に保護施設とするならばそれではまるで不十分。腕力、あるいは魔法の心得が一定水準以上あるものなら、錠を破壊することも可能だからだ。 「結界とか、そういう仕掛けが入り用では? それに保護施設というのなら、誰かが常駐していなければならないと思います。いつ助けを求める人が現れるか分かりませんから。後は、宿泊機能も必要ですよね。ここには机や椅子はたくさんあるけど、ベッドとか、置いてませんよね? 新しく調達しないといけないんじゃないでしょうか」  そういったもろもろをこれから整備していこうとするなら、何よりお金がいる。美術品の売買はその助けになるのでは、とアマルは言うのである。
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-05-14
完成 2020-05-30
犬は荒れ野で狩りをする (ショート)
K GM
●兆候。  五月のある朝。学園にグラヌーゼに異変が起きたという一報が入ってきた。 「一晩のうちにグラヌーゼの居住地帯から、野良犬と一部の飼い犬が忽然と消えてしまったとか。加えて残りの飼い犬も様子がおかしくなっているそうで」 「どのようにじゃな」 「飼い主にも手がつけられないほど凶暴化しているんです。人が噛まれる事故が続出しているらしくて」 「ふむう、面妖な話じゃの。何か心当たりになるようなことは?」 「住民にも分からないそうです。ただ、先程言った野良犬と一部の飼い犬が、大群を作って北部方面に走って行くのを見たという情報が入ってきております」 「分かった。早急に勇者候補生を向かわせよう。グラヌーゼといえば、もとより魔の気配の濃い土地柄であるからの。あやしげなものが蠢き出しておらんとも限らんて」  かくして学園の生徒達は、グラヌーゼ南部の村々へ向かった。  実地に調査してみて分かったのだが、犬たちは聞きしに勝る荒れようであった。唇をめくれ上がらせ歯を剥き出し、敵意しかないような形相。人が近づこうとすると吠えまくり、食いついてくる。  仕方がないので飼い主は、犬を繋いだまま、もしくは檻に閉じ込めたままにしている。散歩はもちろん無理。エサや水も離れたところから棒で押しやってやらねばならない。  皆いきなり飼い犬が攻撃してきたことに戸惑い、やるせない気持ちでいる模様。犬をかわいがっていた者ほどその傾向が強い。特に子供は随分傷ついている。檻に閉じ込められている飼い犬を前に、泣いている幼い女の子を見た。 「スポット、あたちよ、どちておこってるの、きのうまで、いっちょにあそんでたでちょう」  このままでは人のためにも犬のためにもならない。そう思った生徒達は、いち早い解決を心に誓った。  ひとまずは――グラヌーゼ北部に向かう。犬の群れが移動した先に、原因を解明するカギがあると思ったから。 ●逃げる者、追う者。  グラヌーゼ北部。  乾風吹き荒れる不毛の地。生えているのは悪環境に耐え得るしぶとさを持った雑草だけ。その雑草さえも地をすべて多い尽くすとはいかず、至るところで荒れた地表が剥き出しになっている。  まさに地の果てといった情景。当然だが、こんな場所に住む人間はほとんどいない。  荒れ野。丘と丘に挟まれたとある窪みに、丸太小屋が建っている。短い夏の時期、羊へ草を食ませにこの地を訪れる羊飼いが使う、夜番のための小屋だ。  まだ羊を連れてくる季節ではないため、窓も扉も閉じられている。外から明かりは入ってこない。  木目の浮き出した床を野ネズミたちが動き回っている。床下に巣があるのだ。人間がいない時期、小屋は彼らのものである。  その野ネズミたちの動きが急に止まった。あやしむように耳を立て髭を震わせ、目にも留まらぬ早さで床穴へ飛び込んで行く。  数秒遅れて一人の人間が、閉じた扉を擦り抜け入ってきた。体が若干透けている――リバイバルの女だ。  至る所焼け焦げ擦り切れたローブに身を包んでいる。体の線を見る限り、随分痩せている。  ローブについた帽子を頭からすっぽり被っているので、顔がよく分からない。あせた金色の髪が肩口にこぼれている。  彼女は小屋に入るや力を使い果たしたように膝をついた。喉を吐き出しそうなほど激しい咳を繰り返した。  数分ほどして咳が落ち着いた後、両手を落ちつかなげに握り合わせ、周辺の気配をうかがう。何かに脅えている様子だ。  無数の犬の遠吠えが切れ切れに聞こえ始める。  遠吠えはどんどん近づいてきた。そして、殺気走った唸り声に変わった。  小屋の外から次々に、体当たりがかけられる。壁板が所かまわず引っ掻かれる。しかし小屋はそれなりに頑丈に作られている。その程度の攻撃で、破壊出来るものではない。  そこに一匹の筋骨隆々としたマスチフが現れた。破格に大きい。体高が2メートルはあるのではないだろうか。体色はつややかな黒。瞳は黄色。  他の犬たちがすみやかに、マスチフのため道を開ける。  マスチフは小屋に歩み寄る。口から猛烈な炎を吐く。  丸太小屋が一瞬で炎に包まれた。女が悲鳴を上げて飛び出してきた。  その姿を見たマスチフは口元に嘲りを浮かべる。女の前に立ちはだかり、人間のように喋る。 「さあ、教えろ。俺の呪いを解く鍵を。早く。お前は知っているだろう」  女は上ずった声をあげ、首を振った。 「知らない、分からない――覚えてないのよ、本当に! 本当なのよ!」  マスチフの目がぐわっと見開かれた。その口から炎と共に怒声が飛び出す。 「ならここでもう一度死ね、消え損ないのカス女!」  犬の群れがいっせいに女目がけて殺到する。  無数の牙がリバイバルの、魔力で再構築された体を噛む。歯形を付け、血を流させる。 ●救出。  グラヌーゼにしては、珍しく晴れ渡った月夜。  灰色の丘の彼方から風に乗って、たくさんの犬の鳴き声が聞こえてくる。切れ切れに。 「聞こえたか」 「ああ、聞こえた。向こうだ」  生徒達は音がする方へと足を進めた。紙みたいに乾いた草を踏み締め、針金のように痩せた木立を迂回して。  そして、とうとう犬の群れを見つける。  全部でざっと……100匹程度いるだろうか。燃え盛る小屋の傍らで、一人の女に襲いかかっている。
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-05-28
完成 2020-06-12
芸術クラブ放置施設――集え善意と金と物 (ショート)
K GM
●許可いただきました  見た目は少女、心は少女、しかして年齢不詳な学園長【メメ・メメル】は、スモウレスラー的外観のドラゴニア老教師【ドリャエモン】に聞き返した。 「ちゃりてぃーおーくしょん?」 「うむ。放置されていた美術クラブ施設を保護施設にリフォームする、というプロジェクトが現在進行形だったろう」 「……そーいや、そーいう話もどっかであったよーに聞くな♪」 「そこに置かれたままになっていた美術クラブOBの作品を売却し、収益を保護施設運営資金として活用したい。そのためのチャリティーオークションを開催したいと、生徒らが申し立てたのだ」 「おー、それはなかなか面白そうだな♪ メメタンもちっくら参加したーい☆ あのほら、なんてーの、壇上でハンマーをカンカンする進行役……オークショニアっていうの? 『三百万から始めます』とか『一億に決まりました』とかやるアレ! アレやりたいアレー! ねーねーやらせてやらせておじいちゃーん☆」  目をきらつかせのたまう学園長。  しかしドリャエモンはスルーする。 「そのために、第一校舎の講堂を使わせて欲しいということで」 「ガン無視かーい! あーそーですかいそーですかい! どーせオレサマは愛されない人間だよコンチクショー!」  あからさまにすねくる学園長。  しかしドリャエモンはスルーする。 「許可をいただきたいのだが、かまわぬかな?」 「そりゃもち、かまわんぞ☆ んで、ドリャちゃんも参加しちゃう感じか?」 「いや、わしはオークションには参加せん。同日、保護施設でバザーのイベントもやるそうだから、そっちに出ようかと思うてな」 ●何かと募集しております  フトゥールム・スクエア魔法学園。グリフォン便乗り場。  グリフォン待ちの生徒達が時刻表横に貼り出されている告知を、興味深げに眺めている。  それによれば近日、学園内のなにがし山に、保護施設――何らかの形で事件に巻き込まれ保護を必要とする者をかくまう場所――が開設されるらしい。そのためのチャリティーイベントとして、バザー、そしてオークションが開催されるのだそうな。  バザーの開催場所は、なにがし山の保護施設敷地。希望者は誰でも手作りのお菓子や雑貨等を会場に持ってきて、売ることが出来る。  売上の半分は保護施設への寄付として天引き。残り半分は自分の手取り。 「あ、売上げ手元に残るんだ。じゃあ出てみようかな、バイト代わりに。クッキーとかマドレーヌとか、簡単なお菓子なら作れるし」 「なら、僕はレースでコースター編もうかな」 「じゃあおいら、雑巾縫う。消耗品だから需要あると思うし」 「わたしは、どうしよう……授業で作った茶碗とか持ってこようかな」  オークションの開催場所は、第一校舎の某講堂。  売りに出されるのは芸術クラブOBたちの作品。どれも現在芸術家として名を馳せている人の物だとか。 「故人の作品も出されるらしいよ。これまでにまだ確認されていなかった、新発見のものなんだって。正式な鑑定人のお墨付きだってさ」 「資産家とかコレクターとか来るみたいなの。すごい値がつくんじゃない?」 「わ、面白そー。ちょっと見に行ってみようかな」 「入れるの?」 「見るだけは出来るみたいだよ。正式参加はお金がいるみたいだけど」  なお直接イベントには関係ないが、保護施設は物品の寄付も受け付けている。  求められるのは生活物資。施設では対象者の短期、または長期滞在が想定されているので。  あまり痛みがひどい物は別だが、そうでない限りは、中古品でも大歓迎。 「そういえば、買ったけど結局あんまり着なかった服ある」 「兄さんの結婚式のときもらった、引き出物のでっかいお皿があるんだけど……そういうのも大丈夫かな」 「子供用の鉛筆とかノートとかどうなんだろ。未使用のが結構余ってるのよね」 ●盛り上がっていきましょう 「本物ということで間違いない?」  豚耳のぽちゃぽちゃルネサンス男子【アマル・カネグラ】の質問に、オーダーメイドのスーツを着込んだ青年【ルサールカ】が、にやっと口元を緩ませた――青い目に青い髪。整った上品な顔立ちの、いかにもローレライらしいローレライだ。 「ええ、アマル坊ちゃん。間違いなく本物です。大発見ですよ。一体どこで見つけてきました?」 「学園の美術クラブ関連施設だよ。リフォーム中に見つけたんだ」 「それはそれは、なかなか興味深い話ですね。私も一度、そこに足を運んでみたいものです」  ルサールカは美術品への熱い情熱と一級の鑑定眼を持つ美術商。  兼詐欺師。  手元に本物を温存しておきたいがために贋作を売り付けたり、逆に本物を贋作と言いくるめ二束三文で入手したり、旧家、貴族の娘たちをたぶらかし、代々伝わる骨董品を持ち出させたり。  そんなこんなが積み重なってとうとう逮捕。裁判。服役。  普通ならとうの昔に社会的生命が終了していそうなものだが、出所後カネグラ家に専属の美術商として雇い入れてもらったおかげで、快適なる生活環境を得ている次第。  とはいえ手取りの給料はほとんど、ない。  実はたぶらかした娘たちの1人に子供が出来てしまっているのだ。その養育費としてほぼ全額を送金しているのだ。  ちなみに送金は自発的なものではない。強制的なものである。その娘自身はエリアルなのだが、父親はめたくそにおっかないドラゴニアなのだ。仕送りが滞ろうものなら速やかに火山帯から飛んできて、彼を物理的に蒸発させてしまうことだろう。 「これは高く売れますよ。まさに、今回のオークションの目玉となりましょう。最低価格は坊ちゃんのお決めなさった、百万Gからいきますか」 「どのくらい値を上げられるかなあ」 「さあ、そこはオークショニアの腕の見せ所ですね。後はサクラの皆様の。それはそれとしまして、バザーの売り上げの寄付率を半分にするというのは、坊ちゃまの案ですね?」 「うん。そうしたほうが参加しようかなっていう人、増えると思うから。違うかな?」 「いいえ、違いませんとも。欲と二人連れでなければ、人間なかなか動かないものですからね」
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-06-11
完成 2020-06-28
猫は夜中に踊りだす (ショート)
K GM
●海辺の町アルチェ。漁港地区(北側)。  坂通りの突き当たりにある居酒屋『黒牛亭(くろうしてい)』。  客層は地元の労働者。  夜もとっぷり更けていることとあって、柄の悪そうな人間が目立つ。男も、女も。  時々扉が開閉し、客が出入りする。そのたびに喧噪が、どっと路上まであふれ出る。 「いよう、お前も一杯やりに来たのか……いいぜ、奢ってやるよ……なあに、気にすることはねえさ」 「そうとも、自分の稼ぎで飲んでるんだ、自分の稼ぎで……文句は言わせねえぞ……もし何か言ってきたら、一発食らわせてやるとも……!」  煙草の煙に霞む店内の一角で、客同士の喧嘩が起きた。  原因は酒を賭けてのサイコロ博打だ。 「てめえ、このインチキ野郎、サイコロに細工してやがるだろ! こんなに俺ばかりが負けるのはおかしい!」 「なにい、俺がインチキだと……馬鹿も休み休み言え! 単にてめえの運が悪いだけじゃあねえか!」  そうかと思えば店の亭主に食ってかかる客もいる。  こちらの原因はお勘定だ。 「冗談じゃない、こんな料金になるわけがない――酔ってるからってぼったくれると思ったら大間違いだ!」 「困りますねお客さん、飲んだものは飲んだんですから、きちんとお支払いいただかないと……出るところに出るはめになりますよ」 「ほおお、脅しやがるのか、上等じゃねえかこの悪党!」  客同士の喧嘩と違ってこちらの喧嘩は、勝敗が知れている。黒牛亭の亭主はこの飲み屋界隈で、一ニを争う腕っ節の持ち主なのだ。  チンピラまがいの客をひとひねり。金をポケットから抜き出し襟首を掴んで、勢いよく店外へほうり出す。  それを見た女客が仲のよい男客にもたれ掛かり、けらけら笑った。  亭主はこれ見よがしに両手をはたき扉を閉め、カウンターへ戻る。  そこでまた扉が開く。外から。  何人かの客がそちらへ目を向け、妙な表情になった。  年の頃13、4位かと思われる少女。  背中まで伸びた赤いくせっ毛。きらきらよく光る緑色の目。幾分小生意気そうな、愛嬌のある顔立ち。  ビーズを縫い込んだ絢爛なガウン。  明らかにこの界隈の人間ではない。身なりがよすぎる。  観光客が物見遊山に、ここまで足を運んできたんだろうか?  少女はしなやかな足取りでカウンターへ近づき、亭主に言った。笑顔で。 「酒。ちょうだい」  亭主は多少いぶかしみながら、彼女に聞き返した。 「そりゃ、くれというならあげるが。金はあんだろうねお嬢ちゃん?」 「金? ない」  そこに至って亭主は、少女から猛烈なアルコール臭が漂ってくるのに気づいた。どうやら、もうすでにどこかで飲んできているらしい。 「じゃあ酒はやれないね」 「酒、くれないの?」 「やらん。よそへ行きな」  そのやり取りに客たちが大笑いした。  ふざけた一人がこんなことを言い出す。 「よう、よう、お嬢ちゃん。金が無いなら踊りでもして見せてくれよ。裾をめくって脚跳ね上げてよ。そしたら一杯奢ってやるよ」  少女は陽気な調子で軽くステップを踏む。 「そうね、踊るの私好き」  直後彼女の口から猫の鳴き声が飛び出した。  鳴き真似とかいうものではない、本物の猫の声だ。 「いよーお、やああ、ううう」  それに応じて外から大合唱が返ってきた。 『いよーお、やああ、ううう』  続けて窓から覗きこんでくる、たくさんの猫の顔、顔、顔。  少女の周囲に電流が走る。  それに打たれた亭主がゴム毬みたいに跳ね飛び、ぶっ倒れた。  続けて彼女は、つま先だって独楽のように一回転し、楽しげに言った。 「あんたたちも踊って」 ●海辺の町アルチェ。観光地区(南側)。  イルフィナ海の波間で月明かりが、銀の粉のように、ちらちらと踊る。  夏を迎える今この界隈では、長期滞在を目的とした観光客の数が増してきていた。  豪奢なホテルや別荘の庭園には花のような形をした提灯が張り巡らされ、ビュッフェ用のテーブルが並ぶ。  カクテルグラスが盆に乗って、メインホールにしつらえられたバーから、夜の庭園にあふれ出て行く。  そこでは、眠気などちっとも感じない紳士淑女たちがさざめきあっていた。  オーケストラが奏でるワルツ。  黒い礼服の間に咲き乱れる、花のような色とりどりのドレス。  意味深な囁きや目配せ。  胸躍らせるような甘い香りは、飾られている花々から漂ってきているのか、それとも女の肌から立ち上ってきているのか。  一群れの若い男女が、ホテル入り口の石段に腰掛け話をしている。 「あなた、あの紫色のドレスはどうしたの? この前見せてくれた」 「今夜の夜会には来てこようと思ったんだけど、うっかり破いちゃって。ついてないわー」 「そういえばカサンドラの遺作が新しく見つかったらしいね。高値がついたとか」 「ああ、学園でオークションがあったって」 「そんなつまんない話よしてちょうだい。もっと楽しい話をしてよ」 「じゃあ、あそこにいる伯爵の話でもいたしましょうか? あの人ね、近々破産するみたいですよ。僕の友人のところにね、手形が回ってきたんです」 「あらやだ、本当?」 「ええ。屋敷も土地も売り払って、今じゃただひとつ残った別荘に愛人と住んでるとか。ほらあの、二流歌姫のアンナ」 「へー、あのオペラハウス座長に枕営業かけたって評判の」 「あれ本当と思う?」 「本当だろ。じゃなきゃあんな音痴の大根役者、舞台で使ってもらえるもんか」 「確かにね。で、奥方は?」 「奥方とは、離婚が成立したみたいで……破格の賠償金を払ってね」  忍び笑いしながら盛り上がっていた一同は、ふとそれを中断した。 「猫の声が聞こえないかい?」 「あら本当。どこかに隠れてるのかしら」 「この町、猫が多いものね」 「港町だから」  彼らから少し離れた所にいた同じような一団が、顔を一斉に上へ向け、どよめく。  何事かと思った次の瞬間、男女のちょうど目の前に男が落ちてきた。  張り出したテラスや木の枝に衝突した挙句だったから、即死はしないですんでいるようだが、起き上がることも出来ず呻いている。  若い男女たちは息を呑んだ。  いくらかしっかりした数名が、何事が起きたのかと場から離れ、ホテルの建物を見上げた。  そして息を飲んだ。  ホテルの屋根の上にびっしり猫が群れていたのだ。200、300くらいの数は余裕でいそうだった。  その中で数人の人間が踊っている。  赤い髪の少女はご機嫌で踊っている。ブランデーのボトルを手にして。  その前で、居酒屋の客たちも踊っている――ように見える。だが実のところそうではない。電撃によって、飛んだり跳ねたりせざるを得ないだけだ。鞭で芸を仕込まれる動物のように。  少女はまず居酒屋の屋根へ彼らを追い上げた後、ずっと踊らせ続けている。自身も踊りながら。屋根伝いの移動を続けている。まるで疲れを見せないで。  このホテルにたどり着く前に何人もの客たちが、足を滑らせ高所から落ちていった。  そしてたった今、亭主が落ちた。  残った数名もほどなく同じ運命を辿ることだろう。皆、限界を超える疲労に押しつぶされているのだから。口に薄い泡を吹き、目が飛び出しそうになっている。  だが少女はそのことに気づいていないのか、それとも気にかけていないのか、ひたすらご機嫌で踊り続けている。  取り巻きの猫たちがごろごろ喉を鳴らす。何匹かの猫は彼女の動きに合わせ、くねくね体を揺すっている。それはもう、とても楽しそうに。
参加人数
6 / 8 名
公開 2020-06-25
完成 2020-07-11
芸術クラブ放置施設――リフォーム完成 (ショート)
K GM
 春から始まった芸術クラブ放置施設のリフォーム作業は、生徒達の尽力によってすこぶる順調に進んだ。  本日はいよいよ、総仕上げの段階。これをもって施設は正式に、保護施設としての運用を始めることとなる。 ●施設の外では  早朝。  学園の魔法道具技師として名高いカルマの教員、【ラビーリャ・シェムエリヤ】は、なにがし山の入り口にあるグリフォン便乗り場で荷車から降りる。大きめの道具箱を手にして。  乗り場のベンチに腰掛けていたドラゴニア老教師【ドリャエモン】が、ごっつあんな腹を揺らして立ち上がり、彼女に挨拶した。 「ラビーリャ先生、お忙しい中よう来てくださった。感謝いたしますぞ」  ラビーリャは紫の瞳を細め、たどたどしく、ゆっくり言葉を返す。 「……今はそんなに忙しくありませんので、お気になさらず……」  二人はそのまま、なにがし山を登り始める。外見年齢に相当な開きがあるので、祖父と孫娘が連れ立って歩いているように見えなくもない。 「……放置施設は、生徒達が、随分きれいにしてくれたそうですね」 「おお、まこと見違えるようになりました。新品同様に生まれ変わりましてな。見たら恐らく驚かれるだろうと思いますぞ。庭に花壇なども作られまして」  あまり話し上手ではないラビーリャは他人と会話する際、受け身になることが多い。現在行われているドリャエモンとの会話においてもそうである。 「……花壇ですか。何が植えられたんですか?」 「わしはあまり詳しくないのですが、カモミールとか、ラベンダーとかヨモギとか……いわゆる、薬草というものですかな。そうそう、林檎の木も植えられておりますな。まだ小さいものですが」 「……カモミール、ラベンダー、林檎……」  耳にした単語を反芻しながら彼女は、手付かずだったころの放置施設を思い浮かべる――リフォーム計画にはこれまで一切タッチしていないので、そのときの姿しか知らないのだ。  屋根も壁もすっかり退色し、窓は埃でくすみ切り、敷地一面雑草だらけ。その中に崩れかけたオブジェが頭をもたげているという、まさに『廃墟』と呼ぶしかない有り様だった。 「――ほら、見えてきましたぞ」  だが今日目にするものは、それとまるで違っていた。  茂っていた雑草が除去されたおかげで、敷地はぐんと日当たりがよくなった。風通しも。点在する花壇と色とりどりのオブジェ、ひょろりと生えた林檎の若木が、単調になりがちな風景へいい意味での変化を与えてる。  個性豊かな窓々も輝きを取り戻し、日の光を反射している。  ラビーリャはふわりと微笑んだ。 「……本当だ。見違えるようになりました、ね」  それから、手近なオブジェに歩み寄った。今回ここを訪れた理由である『施設の防御結界作成』に耐え得るものであるかどうか調べるために。  右手の平で礎石を撫でる。ぐるりを一巡する。確信を持って頷く。 「……うん、いけそう。土台もちゃんとしているし……」  呟いて彼女は、建物入り口にある大時計を見上げた。窓同様きれいに磨かれているが、まだ針が動いていない。 (……あれもついでに直しておこうかな……)  と彼思案しているところに、小丸い豚ルネサンス男子【アマル・カネグラ】がふろしき包みを手にし、ぽてぽて走ってきた。  教師の存在に気づき足を止め、挨拶をする。 「ドリャエモン先生、ラビーリャ先生、おはようございます」 「おお、おはようアマル」 「……おはようアマル。何を持ってきたの?」 「あ、これは本です。『ワイズ・クレバー』で借りてきまして。今施設に住んでらっしゃる方からの、頼まれです」  ラビーリャの視界が不意に、鮮やかな色で一杯になる。アマルが花束を渡したのだ。 「よろしかったら、どうぞ先生。直にお会いするのは今日が初めてですので、お近づきのしるしに」 「……ありがと……」  この後ラビーリャは手早く結界作成作業に取り掛かり、一時間もかからず終了させた。 「魔法陣生成完了……これで終わりだよ」  その後数分で時計を修復し、帰っていった。別の場所の補修作業があるから、ということで。 ●施設の中では  リバイバルの【カサンドラ】は、グラヌーゼで保護されてこの方ずっと、八つある隠し部屋のうちの一つで、隠れるようにして生活している。  日中は外に出ない。12年間魔物に追い回され消耗しているというのもあるが、第一には、自分が復活しているということを世間へ知られないためだ。  なにしろ学園は彼女の出身校なのだ。無防備に昼日中あちこち出歩くわけにはいかない。生前を知っている相手に出くわす可能性は十分ある。 「カサンドラさん、おはようございます。アマルです。頼まれていたもの、持ってきましたよ。カサンドラさんが亡くなる3年前から発行された、カサンドラさんの画集」 「……ありがとう、アマルさん――この花束は?」 「お近づきのしるしです。この間はばたばたしていて、渡せませんでしたので」 「まあ……高かったでしょう?」 「いえ、安いもので」  アマルはにこにこしながら花束を、静物デッサン用の花瓶に生けてあげた。  短い期間の間にカサンドラは、使用している部屋を、アトリエ化してしまっている。画家の習性というものなのか、時間が余るとどうしても絵を描かずにいられなくなるものらしい。  部屋の隅には油絵が二枚立て掛けてあった。  一枚はこの間チャリティーオークションで売り出した、生前の彼女の絵『踊る少女』の模写。  もう一つは――その模写の別バージョン。  踊る少女と猫と男。そこまでの要素は一緒だが、雰囲気がまるで違う。  背景は屋根ではなく岩山。少女は無邪気に楽しそうに踊っている。足元に酒ビンなどひとつも転がっていない。それを眺めている男の視線も穏やかだ。  顔も服装も一緒なのに、表情と仕草を変えて描くだけで、こうも別人のように見えるのか。  感心しつつアマルは、カサンドラに尋ねた。 「カサンドラさん、こちらの絵は新作ですか?」 「……いいえ。それは、模写した絵の最初の姿を思い出しながら描いたものです」 「え? 最初はこんなふうに描いていたんですか?」 「ええ。それを書き変えたみたいで……」 「それはまたどうして? この絵もとてもいいと思いますけど。むしろこっちのほうが、本来のカサンドラさんの絵っぽいですよね。色とか雰囲気とか」 「……色々考えてみたんですけど、私、描いた後に改めて、魔物の実物を見たんじゃないかなあと思うんです。それで、書き直したんじゃないかなあと」 「……そういえばあの少女と男については『魔物をイメージした人物画』だと、画集に説明書きがされてましたね」 「……その通りです。伝承を元にした空想画なんです、もともとは。私が覚えている範囲内では、本物を見たことはありませんでした――思い出せていない期間に、多分、何かあったんです。私と彼らの間に……その期間に描いた絵を見れば、思い出せることもあるんじゃないかと……」  眉を八の字にしてカサンドラは、考え込んだ。それから、いったん問題を棚上げするかのように、話題を変える。 「……私もだいぶ元気になりましたし、そろそろ何かお勤めをしないといけませんね……お世話になるばかりでは申し訳ないですし……」 ●いつものごとき面子 「くそー、だりーぜ」 「何で毎回俺達ゃ呼ばれるんだ。便利屋と思ってねえか、あのジジイ」 「まあ、今回でリフォームも終わりらしいからな。後もう少しの我慢だ」  【ガブ】【ガオ】【ガル】の狼ルネサンス三兄弟は、わいわい言いながら山道を登る。それぞれ大量のペンキが積まれた荷車を引きながら。 「後残ってる仕事は、壁の塗りかえだったな」 「おお。あー、そーいや庭に結界張るんだとよ。不審者対策に」 「オブジェ使うとか言ってたな」 「マジか。金かけてんな」 「こないいだのオークション、いい値で中古品が売れたんだとよ。なんかあの、屋根で踊るガキの絵、一千万だと」 「あんなのに一千万……どうかしてんな」 「あれがいけるならよ、俺らの塗ったオブジェも相当高値で売れるんじゃねえか?」 「おー、いけるいける、絶対いける」  口々に勝手なことを言いながら施設にやってきた彼らを、先に来ていた課題参加者たちが出迎える。 「おー、やっと来たな。お前達」 「早速始めよう。足場はもう組んであるから」  施設に住まう光の精霊【ミラ様】は林檎の木の小さな木漏れ日に隠れ、彼らの様子を興味しんしんに眺めていた。  今日は人間達は、一体何をするつもりなのだろう、と。
参加人数
7 / 8 名
公開 2020-07-10
完成 2020-07-25
【想刻】悲哀の鏡銀 (EX)
K GM
●君の手助けがしたいんだ  この春突如学園に現れた、記憶喪失のドラゴニア【カズラ・ナカノト】。  他生徒たちと様々な交流をしたことによって、彼も、すっかり学園生活に馴染んできた。最初に比べて『うれしい』、『楽しい』という感情を多く示すようになった。呼びかけに対する短い応答、仕草、表情などを通じて。  ……とはいえ、そうではあっても、大体の時間ぼーっとしている。話しかければ応えてくれるが、そうじゃないときはずっと、ぼーっとしている。時折蝶にたかられながら。  それについて皆は、記憶喪失のせいで、周囲との関わりがうまく出来ないからではないかと考えていた。彼が記憶を取り戻せる可能性があるなら、その手伝いをしたいとも。  カズラは話下手かもしれないが、とてもいい奴なのだ。だからどうしても、力になってやりたいのだ。  食堂。しゃけおにぎりを黙々食べるカズラに、集まった生徒の1人がこう切り出した。 「あのさ、カズラ、自分がどこからどうやってここまで来たか、知りたいと思わないか?」  カズラはおにぎりをゆっくり咀嚼した。じいっと考えて考えて考えて、それから困ったように首を傾ける。 「……どうやって……」 「そう、どうやって来たのか、どうして来たのか」 「どうして……」 「なあカズラ。カズラの家族が、今この瞬間にもカズラのこと探してるかも知んないんだぜ?」 「……かぞ、く?」 「そう、家族。きっとさ、心配してるよ。カズラがどこに行ったかわかんなくて……もしかして死んじゃったりしてたらどうしようって」  カズラは数秒間を置いて、再度呟いた。独り言のように。 「……かぞくって……どんなだろう」  皆はその声の響きの中に、好奇心というか、興味というか、そういうものが芽生えたのを感じとった。  なので更に熱をいれ、こう畳み掛ける。 「なあ、カズラ。探してみようよ、自分自身のこと」 「僕たち、手伝うからさ」  カズラは忙しげにこくこく頷いた。   彼は、周囲の盛り上がりに流されやすい性分なのだ。まして今は、自分自身でも大分その気になっている。 「ようっし、じゃあ、まずは家族探し一緒に頑張ろうな!」 「あのさ、思うんだ、カズラって、なんかこう、特別なんじゃないかって。もしかして、ドラゴニアの王子さまかもしんねーって」 「おーじ……? なんで……?」 「だってさ、他のドラゴニアにもないようなもの、すげーもの持ってるじゃん!」  カズラはゆるゆる自分の体を見回した。半袖にしたコート、その辺の村などで一般に見かけるような色と形のシャツ、黒いスキニーパンツ、2本のベルト、ぶかぶかボロボロな茶色のブーツ、使い古した感のあるマフラー。  王子的要素はどこにもない。 「……なにも、もってないけど……」 「何言ってんだよ、持ってるじゃん。左の目、銀色でピカピカして、すごいじゃん!」  それを聞くなりカズラは、深緑の前髪に見え隠れしている左目を、両手で覆った。他人に見られたくない恥部を隠そうとするかのように。 「……この目、すきじゃ、ない……」 「え? な、なんで? そんなにきれいなのに」 「……光りすぎるから……」 ●ひとかけらの光明?  皆は、カズラが学園に来た経緯と身体的特徴を書いた張り紙を作成した。そしてそれを、学園のいたるところに貼り付けた。『もし彼についてお心当たりのある方は、どうぞご連絡ください』との一文を添えて。  学園には数限りない人間がいる。そのうちの誰か一人くらい、彼と彼の家族の手がかりになるようなことを知っているのではないかと期待したのだ。  だがアテは完全に外れた。どんなに待ってみても連絡は来ない。  困った一同は、学園長にこの結果を報告すると共に、今後についての相談をしてみることにした。  性格に難点があったとしても彼女は、学園随一の知恵者なのだ。頼りにならないということは無いだろう。 「んー、一件も連絡なしかー。カズラたんかなり目立つ外見してるから、誰でも一度会ったら忘れないと思うんだけど、こんだけ誰もが心当たり皆無ってことは……よっっっぽど草深い田舎から出てきたとしか思えんなー」  【メメ・メメル】は腕組みをした状態で、鎮座する宙にふわふわ浮いた椅子と共にくるくる回転する。そして、後ろにいたどすこいドラゴニア教師(御年70)【ドリャエモン】に話しかける。 「なー、ドリャたん、この子に思い当たるふしないかー? 同種族だろー」  ドリャエモンは髭に劣らずふさふさした眉毛を八の字にし、考え込んだ。表情には幾らか当惑が浮かんでいる。 「思い当たるふし、のう……カズラ、もそっとこっちに来てくれんか」  言われたとおりカズラは、ドリャエモンに歩み寄った。  ドリャエモンは彼の銀色に光る左目をつくづくと眺め、言う。 「この子個人について思い当たるふしは残念ながら無いのだが……この子の目と同じ目を見たことはある。若い頃、一度だけな。かれこれ50年前のことになるか……」 「おお、賞味期限が切れてそうだけどグッドニュースじゃん☆ で、どこで見たんだドリャたん」 「オミノ・ヴルカ付近だ。そこでわしは、純種ドラゴニアの方々が飛んでいくのを目にしたことがある。その方々の瞳は確か、このような色であった……ような気がする」  ドラゴニアの純種とくれば、とてつもなくレアと言われる存在。カズラがそれに関係しているかも知れないとなれば、生徒たちもテンションが上がってくる。 「やっぱり! カズラは断然特別なんだよ!」 「そのドラゴニアたち絶対カズラの関係者だよ!」  しかしカズラ本人は、いっこうにそうなる様子がない。ぼんやり戸惑っているだけだ。  まあ、ともあれこれで、手がかりになりそうな情報が得られた。  皆は早速これからの計画を立てる。  まず『オミノ・ヴルカ』に最も近い町『トルミン』に宿を取り、そこで更にドラゴニア純種の情報を収集。それから本格的な火山探索に向かうのだ――。 ●価値のあるもの  子豚ルネサンス少年【アマル・カネグラ】はカズラについての張り紙を、カネグラ家専属の美術商(兼詐欺師)であるローレライの【ルサールカ】に見せた。 「こういうことがあるんだけど、ルサールカは何か知らない?」 「……何故私に聞くのですか、アマル坊ちゃん」 「だってルサールカ、ドラゴニアのお舅さんがいるじゃない。そこ関連で情報ないかなあと思って」  ルサールカの端正な顔が多少引きつった。  彼はこれまで、美術品への情熱を原動力とした精力的な詐欺活動を行ってきた。  その一環として、代々伝わる骨董品を持ち出させるため、旧家、貴族の娘たちを数多くたぶらかしてきた。  結果そのうちの1人(種族・エリアル)に子供が出来てしまった。  かくして現在、給金のほぼ全額を養育費として彼女に送金させられているのだ。舅(種族・ドラゴニア)の地獄のように燃え盛る強制力によって。 「止めてください。生めとも言っていないのに子を生んだ女に送金するとき以外、あの火吹獣のことは頭から追い出すように努めてるんですから」  忌々しそうに吐き捨てた後ルサールカは、常のキザな表情に戻る。 「まあ、それはそれとして、私このカズラ様については、何事も全く存じあげません」 「あ、そう」  それから狡そうにほくそ笑む。 「しかし、興味深い話ですね。もしこのカズラ様の左目が、本当にここに書かれている通りのものだとすれば、それはもう、とんでもなく――」
参加人数
3 / 8 名
公開 2020-07-22
完成 2020-08-12
ミラちゃん家――保護案件発生 (ショート)
K GM
●グラヌーゼの片隅で  夏。冷涼なグラヌーゼではこの季節も、空の色は軽く浅い。  不吉な場所とされるサーブル城。  長い渡り廊下を魔物が、千鳥足で歩いてくる。慕うようについてくる猫たちに話しかけながら。 「【黒犬】、いないんだ。グラヌーゼにいるっていう話だったけど、違ったみたい」  ビーズで彩られたガウンを身につけた、赤毛の少女――【赤猫】である。  打ち捨てられた古城の中に満ちるのは沈黙だ。  しかしそれは、何もいないということを意味しない。昼なお消されることのない暗がりから気配がしている。  それはどこからかやってきて住み着いた、あやしげなものたちの気配だ。  閉め切られたままの窓に映る顔。  鏡の中を不意に横切る人影。  誰もいない部屋に突然響く笑い声。  うっすら開きかけた扉からはみ出している何か。その他、もろもろ、もろもろ。  彼らは赤猫が近くを通りがかった途端、急いで身を引く。恐れているのだ。自分たちより力が強い上に、酔っていて何をするか分からないから。  赤猫は鼻歌を歌いながら進んで行く。やがて、大きなホールに入って行く。  そこにはたくさんの絵が飾ってあった。  一番大きな絵は、豪華な部屋に集う老若男女の肖像画。皆王侯貴族のような身なりで、満ち足りた表情をしていた。  赤猫はそれの前で足を止め、喉を鳴らす。 「……えーと、これ、誰だっけ?」  しばらくそのままでいた後、不意に猛悪な表情になる。  ついてきていた猫たちが毛を逆立て、ぱっと柱の陰に隠れた。 「そうだ、こいつらが、呪いをかけたんだ。わたしにあのポンコツ野郎の――」  赤猫が絵の額縁を掴んだ。  額縁ごと絵が引きずり下ろされる。紙のように引き裂かれる。尋常でない膂力によって。 ●黒犬、はかりごとを企てる  【カサンドラ】は必ず勇者の元にいる、と【黒犬】は踏んでいた。  とすると、行く先はフトゥールム・スクエア以外にないとも。 (あの女……絶対捕まえてやる……)  その一念に燃えて黒犬は、グラヌーゼからはるばるフトゥールム・スクエア近くまでやってきていた。  だが、うかうかと敷地内には入らない。勇者とその候補がわんさかいる地帯に足を踏み入れるのは、今の自分の力から考えて、さすがに危険だからだ。  というわけで、目下、周辺の村付近に潜んでいる。本来は体高が2メートルほどある体を、普通の大型犬くらいに縮めて――そうすると見た目は、ただの黒いマスチフ犬となる。 (とにかく、敷地に入っても怪しがられない奴に、カサンドラがどこにいるのか調べさせなければ)  黒犬は、バスカビルという犬の魔物だ。バスカビルは犬を支配出来るという特殊能力を持っている。  だが彼は今回、その能力を駆使するだけではいかにも心もとない、と思っていた。犬は所詮犬なので、人間の喋る言葉の細かいニュアンスが分からない。というかそもそも、人間にものを尋ねることが出来ない。 (もう少し知恵の回る奴が必要だな)  本来こういった仕事は、赤猫のほうが向いているのだ。シャパリュは猫を支配出来る。猫なら足音をさせず歩き回れる。人の家にも上がりこみやすいし、何より身を潜めることに長けている。  だが黒犬は、赤猫に助力など一切求めないことにしていた。  あのいけすかない女に頼みごとなど、死んでもやりたくない。 (大体あんな飲んだくれに何が期待出来るものか。全てを台無しにすることが目に見えている。そのへんで小魔物あたりでも捕まえて脅し上げてやろうか)  そんな思案をしながら、月夜に畑のへりをぶらぶら歩く。  そこで、叫び声を聞いた。  足を運んでみれば粗末な服を着た十くらいの少年が、よってたかって男たちから袋叩きにされていた。殴り殺すぐらいの勢いで。多分、本当に死んでもいいと思っているのだろう。  まだ熟れ切っていないカボチャが2、3個場に散らばっている。 「このくそがき! またお前の仕業か! なめやがって!」 「今日という今日はもう勘弁ならねえ!」 「みなし子だと思って甘く見てやりゃあ、つけあがりやがって!」  黒犬は、その少年が使えると思った。のそりと場に近づく。  大人たちがそれに気づいた。 「おい、でかい犬が来たぞ」 「誰のだ」 「村で飼われてる奴じゃないぞ」  寄ってこられまいと彼らは、しっ、しっと手にした棒を振り回した。  黒犬が黄色い目でじろりと睨む。  男たちは棒を取り落とし後退りした。  かくして黒犬はなんなく、倒れている少年に近づく。  両目がふさがりそうなほど顔を腫れ上がらせた相手に、人間の言葉で尋ねる。 「おい、お前。助けて欲しいか? もしそうなら、そう言え。俺がこの場の始末をつけてやる」  少年は朦朧とした意識の中でそれを聞く。  ひとまず彼は自分自身が死にたいとは思っていなかった。今この瞬間も自分の帰りを待っている、幼い妹のことが心配だった。両親を亡くして以来つらく当たってくる周囲の大人へ、猛烈な反感を抱いていた。  血のこびりついた唇から『助けて』という言葉が絞り出される。 ●勇者、迎えに行く  【アマル・カネグラ】以下学園生徒達は、とある山間の村を訪れていた。  そこではつい先日、血なまぐさい事件が起きたばかりだ。  複数の村人が殺されたのだ。明らかに普通ではない殺され方だった。ものすごい悲鳴を聞きつけ村人が駆けつけてみれば、全員体のほとんどを食いちぎられていた。獣に襲われたとしてもありえないくらいに。  その現場を見たのではないかと思われる少年――名前は【トーマス】――がいるのだが、一体何が起きたのかどんなに問い詰めても、一切説明しないのだという。  村人たちはそのことを薄気味悪く感じた。もしかしたらこの不吉な出来事が、少年に起因するのではと思い始めた。  それで厄介払いがしたくなったらしい。学園へ少年を預かってくれないかと申し出てきた。まだ幼い妹と一緒に。 「その子の家は、両親が亡くなってしまったらしいですよ。その後は親戚の手伝いなんかして食べさせてもらっていたようで」 「親戚は、学園へ預けるのをよしとしたのか?」 「ええ。もともと豊かな村じゃないみたいで……このまま養っていくのも難しいとのことでした。向こうからの説明では」  馬車が止まる。村の入り口に入ったのだ。  窓から顔を出してみれば、例の少年だろう子が妹の手を引き待っていた。  着ているものがひどく貧弱だ。顔中にあざが出来ている。
参加人数
6 / 8 名
公開 2020-08-06
完成 2020-08-23
夏の浜辺のスイカマン (ショート)
K GM
●真昼の怪談?  とある海岸。水着姿の若者達が束になって青春を謳歌している。  その一角に、うら若き女性たちの一団。 「喉渇いたわねー」 「何か飲み物買ってくる?」 「なんだか頭がボーッとしてこない?」 「そりゃ、これだけ暑いもの」 「雲が一つもないもんね」  そんな彼女たちの頭の上にぽんぽんと、麦藁帽子が被せられる。  続けて爽やかなイケメンボイス。 「お嬢さんたち、この炎天下に無防備な姿でいてはいけない。日射病にかかってしまうよ?」  女性たちは声がした方角に顔を向けた。  見えたのは、たくましく引き締まった青年の体。  顔はその瞬間には分からなかった。帽子のつばに視界が遮られていたもので。 「あ、ありがとうございます」 「すいませーん」  女性たちは先を争い、帽子を押し上げた。可能なら首から上もイケメンであれと願いつつ。  そして凍りつく。  青年の首から上はスイカだった。かぶりものとかそういうのではない。純度100%のスイカ。  それを青年は自らの手で一口サイズに割り、彼女らに差し出す。 「日射病対策には水分補給が大事だ。さあ、私の顔をお食べ」 ●怪しいもの発見  スモウレスラーのごとき体型をした御年70のドラゴニア、【ドリャエモン】は、海風にふんどしをはためかせ悩んでいた。自分が担当している『魔王・覇王コース』に在籍する【ガブ】【ガル】【ガオ】の狼ルネサンス三兄弟について。  さる放置施設のリフォーム作業をきっかけに、素行の面が前よりちょっとはましになってきているが、基本的な所はあまり変わっていない。  魔王を目指す熱意はふんだんに持っているようなのだが、事あるごとに課題をサボリたがる。  本日も強化水練合宿に来ているのに、ちょっと目を離したが最後、波打ち際で遊びほうけ始める始末。 (そこをどうにかさせないとなあ……)  何よりいけないのは、彼らの魔王に対する認識だ。彼らは魔王を、『すんげー強くて、すんげー偉くて、回りに命令だけしていればいい存在』と思っている。  もちろんそんなことはない。『魔王』はある意味『王』より難易度が高いのだ。王であるなら基本人間を統治することを考えるだけでいいが、 魔王はその上に、魔物・魔族を心服させることを考えなくてはならないのだ。魔物も魔族も人間よりはるかに強い。そして、凶暴性の高いものが多い。  それを心服させることがどれほど困難か、入学してから結構たつのに、よく理解していないのではないだろうか。 「やはり、一度きちんと魔物と対峙させなくてはいかんのう……しかし、いきなりあまり強いものをあてがってもいかんしな」  ドリャエモンは、ため息。  それに合わせるように、プピーという気が抜けた音。  振り向いてみればチャルメラを持ったピクシー【ピク太郎】。 「おお、お前は確か、『おいらのカレー』で客寄せのバイトをしておる者だったな?」  そうだ、というようにピク太郎は頷く。そして、手招きをする。  ドリャエモンが近づいて行くと、ぴょんぴょんと後ろに下がって、また手招き。その繰り返し。  どうやら、どこかへ自分をいざなおうとしているようだ。  思いながらドリャエモンは、そのままついていってみる。  すると『おいらのカレー・夏季出張店』と銘打たれた屋台にたどり着く――何故かピク太郎の相棒であるミミックの【ミミ子】が、素知らぬ体でレジスター横に並んでいた。  そこで突如、キャーという叫び声が。  何事かと浜辺へ目をやれば、スイカ頭をした競泳パンツの男が、女性らを追いかけている。一口サイズに割られたスイカを手にして。 「遠慮しなくていい、私の顔は食べられても元に戻るんだ! さあ、お食べ!」 「イヤー!」 「来ないでー!」  よくは分からないが、どうやら緊急事態であるようだ。  ドリャエモンは早速ガブ、ガオ、ガルを呼びに行く。  この際だから彼らに、実戦経験を積ませてやろうと。
参加人数
4 / 8 名
公開 2020-08-20
完成 2020-09-03
ミラちゃん家――あちらもこちらも探り合い (ショート)
K GM
●フトゥールム・スクエアの外  黒いマスチフの姿をした魔物【黒犬】は現在、とある山間の村から山を四つ超えた先にある、坑道の奥に潜んでいる。  坑道は数年前大規模な落盤事故が起き、放棄されたものだ。多数の死者が出た場所として忌避され荒れ果てたその場所は、ここ一年ほどゴブリンの群れの住処となっていた。黒犬はそのゴブリンたちを軒並み丸焼けにして、所有権を奪った次第。  坑道に散らばっている岩また岩。黒犬はそれをガリガリやっている。歯ごたえのいいものを噛んでいると気分が落ち着くのだ。なにしろ根は犬なもので――骨があれば一番よかったけど。  闇の中黄色い目をらんらんと光らせ、炎交じりの鼻息を吹く。  そこに十数匹の犬たちが入ってきた。謁見でも受けるような調子で、黒犬の前で伏せをし、尻尾を振る。  黒犬は彼らに犬語で尋ねた。 「俺が言い付けたとおり、フトゥールム・スクエアに行ってきたか?」  犬たちもまた犬語で答える。 「イッテキタ」 「キタ」 「俺が教えた小僧の匂いを、追いかけたか?」 「オイカケタ」 「オイカケタ」 「それはフトゥールム・スクエアのどこに行った?」 「ヤマノナカ」 「ヤーマ」  この犬たちは全て普通の犬だ。知力は乏しい。だから、問いに対して断片的な言葉しか返せない。  黒犬はそれがまどろっこしくてならなかった。もっと細かい情報が知りたいのに、と不満げな唸りを上げる。  犬たちは脅え、尻尾を股の間に挟んだ。 「もういい、行け」  と言われたのを幸い、逃げるように来た道を戻って行く。  黒犬は一人、フンと鼻息を吹き出した。そしてまた岩を噛み砕き気を落ち着け、現状を整理する。 『呪いを解くカギを知っている【カサンドラ】は、間違いなくフトゥールム・スクエアにいる』 『新しく手下にした【トーマス・マン】は、問題なくフトゥールム・スクエアに潜入している』 (あの小僧、うまくカサンドラの居場所を突き止めてくるといいんだが……)  黒犬がトーマスに期待しているのは、今のところそれだけだ。どう考えてみても、彼が戦力になるわけはないから。なればなお便利だったのにとは思うが。 (全くもって、忌ま忌ましい。なぜ俺がちまちまこんなことをしなきゃならんのだ。本当ならもっと、やりたい用に出来ているはずなのに。そもそもは【赤猫】が。あの飲んだくれのろくでなしが――)  思い出し怒りで、黒犬がうおおと吠えた。その振動で天井がちょっと崩れ落ちてきた。  だが、黒犬はびくともしない。首をうるさそうに振って、脳天に落ちてきた岩を落としただけである。 ●フトゥールム・スクエアの中  保護施設。  隠し部屋に潜んでいるカサンドラは、訪ねてきた面々を前に、思いつめた顔で言った。 「……私、トーマスくんに会って、ちゃんと話をするべきなのじゃないかなと思うんです」  【アマル・カネグラ】は、慌ててそれを止める。 「駄目ですよそんなことしたら。トーマスくんはあなたを狙っている黒犬と繋がりがあるかもしれないんですから」 「……だからこそ、話をした方がいいように思うんです……もしかしたら、私、自分では忘れているけれど、あの魔物との間に、何か約束みたいなことしたんじゃないかって……『呪いを解くカギ』についての。そもそも、黒犬の言う呪いというのが何なのかさえ、まだ分かっていない状態で」  この際だから、一度その内容を把握したい、とカサンドラは言う。 「そうすれば、この状況を打開するためのヒントが得られるかも……黒犬があの子を送り込んできたとするならば、私の居場所は大体分かっているということになります。もし黒犬が学園に乗り込んできたら、被害が出るかも知れませんし……黒犬の目的が呪いを解くカギにあるとするなら、それさえ見つけ与えてやれば、以降こちらにつきまとわなくなるのではないか……と」 「どうでしょうねえ。一度言うことを聞いてやったらあの魔物、また何か別の要求をしてきそうじゃないですか? 執念深いとか言われているみたいですし」  保護施設運営顧問教諭【ドリャエモン】は頭を悩ませる。 「まあ、トーマスが黒犬から一体何を聞かされたのか。そこのあたりは是非とも確かにゃなるまいな。そもそも、呪いの内容を知らぬ限り、それが解いていいものなのかどうかも見当がつかんで」  場に集まっている者は三者のやり取りを聞きながら、それぞれ考えを巡らせた。  トーマスから黒犬についての話を引き出す、というところまでは賛成だ。  問題はそのために、どうするかというあたりなのである。  彼はまず間違いなく、カサンドラについて知っている。  彼女がこの施設にいるのではないかと疑っている――だが、確証は掴んでいない。  保護施設内図書室。  トーマスは図書室で妹の【トマシーナ・マン】に、本を読んでやっていた。  お話はグラヌーゼを舞台にした創作童話だ。  ノア一族を倒した若き勇者の一人が、その手柄を認められ王女と結婚し、幸せに暮らしましたという、まあ、どこにでもよくある筋書き。 「――こうして白馬に乗った勇敢な若者は、王様にほめられ、きれいなお姫様と結婚し、立派な王様となり、国を末長く栄えさせました。めでたし、めでたし」 「わあ、すてき」  無邪気に目をキラキラさせているが、トーマスは浮かない顔だ。 「どちたの、にいたん。このおはなしおもちろくなかった?」 「いや、おもしろいよ。でも、作り話だから。グラヌーゼには王様もお姫様も、最初からいやしないし」 「ゆめのないこと、いうのね」  そこで、ワン、と声がした。  外に出てみれば施設の入り口に、貧相な野良犬がおすわりしている。  トーマスが投げてやったパンに食いつき、千切れんばかりに尻尾振り振り。 「にいたん、あのわんたん、ときどきくるのね。どこのわんたんかしら」 「さあ。野良犬じゃないかな。トマシーナ、あの犬のこと、ここの人に言っちゃ駄目だよ。追い払われたら可哀想だろう?」 「うん、わかった」
参加人数
5 / 8 名
公開 2020-09-03
完成 2020-09-19
サーブル城周辺調査隊、募集 (ショート)
K GM
●古城と荒れ野と二人の女  グラヌーゼでは、夏はいかにも早く過ぎ去る。  茫漠たる荒れ地には色を失った夏草と、今の盛りの秋草が生い茂るばかり。  その中を、二人の女が歩いている。一人はローレライ、もう一人はヒューマン。  ヒューマンの女は灰色の髪に灰色の瞳。鋭い目つきで煙草を咥え、ふかしている。ローレライは青い髪に青い瞳。口笛を吹き、銀の杖をくるくる手の中で回している。  双方、同い年程度に若く見える――しかしローレライはその形をいかようにでも変えられるから、本当のところは分からない。  この地方特有の薄曇りな空と、吹き渡って来るひんやりした風。草が波のようにざわめく。  ローレライの女が楽しげに言った。 「いいねえ、ここは。いつ来ても寂寥感が漂ってて。憂鬱な詩を書くにはぴったりな場所だよ――しかし、ねえ、これは相当にハイリスクな試みだよ?」 「知ってます。でも、やるだけの価値はある。私はそう思っています。あなたもそう思っているから乗ってきたんでしょう?」 「まあね。正直かなり、興味はある。何しろあの城は、長々魔物の巣窟になっている。だけに、盗掘の脅威にさらされていない。あなたが言うようにかなりの確立で、価値あるものが残っているはずだよ。で、それを発見したとしてどうするの? 売るの?」 「いいえ。展示して客を呼びます。入場料を取ってね。あの城は、とてもいい観光資源になるはずなんですよ。あそこから魔物がいなくなって、人が自由に出入り出来るようにさえなるならば」 「今でもほんの時たま、自由に出入りする人間、いるじゃない。大体そのまま戻ってこなくなるけど」 「金をろくに落とさずリピーターにもならない観光客なんて、何の意味もありませんが?」 「【セム】、あなたのそういうビジネスライクなところ、私すごく好きなのよー。結婚しちゃいたいなー」 「ご冗談を【ラインフラウ】」  女たちは足を止めた。  視線のはるか先には悪名高きサーブル城だ。捨て置かれた墓石みたいに、灰色の空の下、ぽつんと佇んでいる。  城の背面には、茶と、黄と、赤がまだらになった固まり――入れば出られぬという、幻惑の森だ。もう少し季節が進めば、紅葉した葉もすっかり落ち、黒い固まりに見えることだろう。 「秋草や、つわものどもが夢の後……ってね」  ローレライの女がそう呟いたとき、アア、と大きな声が聞こえた。振り仰げばカラスの群れが森に飛んで行くところだった――人間にとって有害な場所であっても、動物にとってはそうでもないのだろう。  ヒューマンの女は双眼鏡を取り出し、城に焦点を合わせる。  幾重にも巡らされた城壁と、天を刺すような高い塔の連なり。そして、それらを繋ぎ支える無数の橋脚。がらんとした正門――正門の両脇には以前ガーゴイルがいたらしいが、勇者達により討伐されてしまったそうだ。  城の周りには水を湛えた堀。水面に映るのは曇り空と、朽ちかけてきている跳ね橋。  とにかく何もかもが歳月の流れによって剥落しつつある。廃墟と呼ぶに相応しい有様……。  突然ローレライの女がヒューマンの女の腕をつかみ、自分に引き寄せた。  遅れてヒューマンの女は、草影に猫が数匹立ち止まって、こちらを見ているのに気づいた。  ローレライの女は唇を動かさずに言う。 「急に動かないように。目を合わせないように。向こうの興味をかきたてちゃうからね」  ヒューマンの女は言われたように、ゆっくり体を回転させ、猫たちと視線が合うのを避けた。  すると猫たちはふいと顔を背け、そのままどこかへ去って行ってしまった。 「……今のは魔物ですか?」 「違うよ。でも、普通だったら猫は、こんな何もない所うろうろしない……どうも今、城に親玉がいる臭いね」 「親玉というと?」 「あなたがチャリティオークションで購入した絵に描かれてた、アレだよ」 「と言うと、シャパリュ?」 「そう。であれば、私たちだけでは手に負えない」 「なら、出直しますか」 「それがいいね。どの道本格的に攻略するためには、もっと準備をしなきゃいけないし。あの絵が描かれたのがいつぐらいなのか、調べはついたの?」 「ええ。あの後、遺族に会いに行きましてね。そこで直接聞きました……なんでも、亡くなる2、3年前から製作に取り掛かっていたらしいです。グラヌーゼの歴史をテーマにして、連作を描きたいと言っていたそうで。サーブル城周辺もスケッチに行ったりしていたとか」 「そのスケッチ、残ってないの?」 「こちらには置いてなかったようです。恐らくどこか、本人しか知らない場所にあるのではと」 「それじゃ、探し当てるのは難しいか。なにしろ肝心の当人が、もうこの世にいないからねえ」 ●勇者募集  その日フトゥールム・スクエアにおいて、生徒達に、以下の告知が出された。  『サーブル城周辺の調査課題について参加者募集。今回調べたいのは、城の南側にある『果て無き井戸』のエリアである。魔物が出現した際は、短時間で始末がつけられない場合、無理をせず退くこと。なお、この調査には、依頼人であるセム、及びラインフラウが同行する。』  豚のルネサンスである【アマル・カネグラ】はその話を聞いて、首を傾げた。セムという名前に何か覚えがあるような気がしたからだ。  しばし丸い顔を傾け思案していた彼は、ぽん、と拳で手を叩く。 「あ、そうだ。思い出した。この人、チャリティーオークションで『踊る少女』を競り落としていった人だ。ねえ、【ルサールカ】そうだったよね」  水を向けられたカネグラ家専属の美術商は、ローレライ特有の端正な顔をしかめる。 「……どうしたの?」 「いえ、こういうところで身内の名は目にしたくないものだなと」 「へえ、このラインフラウっていう人、ルサールカのお姉さんか何かなの?」 「……いいえ。母です」 「へえ! どんなお母さん? きれい?」 「そりゃあ、当たり前です。ローレライなんですから。でも、信用ならない人ですよ。欲しいものを手に入れるためなら、平気で幾らでも嘘をつく」 「……ふーん。じゃあルサールカはお母さんに似たんだね」
参加人数
5 / 8 名
公開 2020-09-17
完成 2020-10-05
ミラちゃん家――黒犬さんからお手紙 (ショート)
K GM
●現在の村  学園領域にほど近い、山中のとある村。  ここではつい最近、【黒犬】という魔物に村人数人が殺されるという事件が起きた。  それを受け学園は、週一の頻度でこの村に、巡回員を派遣している。また村に魔物が舞い戻ってきていないかどうか確認するために。  しかし事件が発生してから今日に至るまで、その兆候は全くない。  だが、これは別に不自然なことではない。事件の目撃者であり当事者の【トーマス】から聞いたところによれば、黒犬の興味は一にも二にも、自分にかけられた呪いをとくことだ。  村人を襲って食ったのは、呪い解除のカギを知っている(と彼は思っている)のは【カサンドラ】の居場所を突き止めるための手駒――つまりトーマスを手なづける行為の一環だったのだろう。現に彼は黒犬を慕っている。自分を村人の暴力から救ってくれた相手として。  ……とにもかくにもこの季節、村人たちは実りの収穫に精を出す。キビ、粟、ソバ、栗、そして芋――米や小麦といった一般的な穀物はほとんど栽培されていない。うまく育たないので。  腰の曲がった年寄りたちが、地面いっぱいに敷き詰められた枯葉を踏み締め、熟れ落ちた栗を探す。足で実を取り出し、火挟みで背負いカゴに入れて行く。 「マンさんとこのトーマスは、学園へ行ったきりだてなあ」 「ああ。トマシーナもなあ」 「向こうから何か連絡はあっかい?」 「どうやら、ねえみてえだよ」 「そっかい。あれだろうか、もう村にゃ戻ってこねえだろうか」 「多分、そうなんでねえか――そのほうがいいだよ。あの子たちも、おれたちもよ。死人も出てるでよう。戻ってこられても、おっかなくてさ」 「あの子が、なんかにとっつかれたのは間違いねえて……」 「不憫と言えば、不憫じゃが」 「まあ、のう――」  煮え切らない話を煮え切らないままで終わらせた彼らは、背伸びして空を仰ぎ見、腰を叩く。 ●現在の黒犬  村から山4つ分離れた、山奥の坑道跡。黒犬の現アジト。  入り口には、手下となった犬たちが張り切って番をしている。どれも体が大きく、強そうだ。  そこへ、首に布を巻いた貧相な犬がひょいひょいやってきた。番をする犬たちへ尻尾を振り挨拶、坑道へ入って行く。  しばらくして中から轟くような咆哮が聞こえてきた。  番犬たちはその場で飛び上がり、尻尾を巻く。  さっき入って行った犬が弾丸のように飛び出してきたので、聞く。 「ナンダ」 「ナンダ」  貧相な犬はおろおろと答える。 「ワカラナイ」  黒犬は手の中にある手紙――今彼は人間に姿を変えている。そうでないと、手下が首にくくりつけてきた布を取りづらかったので――を破り捨てた。  その手紙は、トーマスが連絡役の犬に託して彼に送ってきたものだ。  手紙の冒頭には、こう書いてあった。 『カサンドラを見つけた』  そこまでは黒犬にとって朗報なので、怒るべき要素はない。  続けてこう書いてあった。 『カサンドラがいる場所は山の中の施設だけど、そこは結界で厳重に守られている。もし魔物が近づいたら、すぐさま分かるようになっている。もし魔物が出てきたら、腕に覚えのある先輩たちにすぐ集まってきてもらうよう手配しているって、僕らの面倒を見ている人達は言ってた』  そういうこともまあ、予想出来なくはなかったから、やはり怒るべき要素はない。  問題はここから後なのだ。 『カサンドラが記憶を無くしているというのは、ウソではないみたい。本人は、自分でも忘れていることを思い出したいと言っていた。だから、黒犬がもっとよく説明してあげたら、多分そう出来るんじゃないかなって思う』  このままトーマスを放置しておいたら連中に取り込まれるのではなかろうか、という懸念を黒犬は抱く。  自分がいる場所などは教えていないから、そうなったとして即危険があるわけではないにしろ、呪いの解除達成という目的が果たしづらくなるのは確実だ。 (あのガキ、早速丸めこまれやがって……)  トーマスが住んでいた村に火をつけてやろうかと一瞬黒犬は思ったが、すぐ考え直した。  村が焼けても本人は痛痒を感じまい。村で迫害を受けていたのだからして、そこが被害を受けるならば、むしろ喜ぶはずだ。  黒犬は何度も舌打ちし、岩をガリガリ噛み砕きながら考える。どうしたらいいものかと。  しばらくしてから、伝令犬が首につけていた布を広げた。  洞窟の中を見回し、黒い石の欠片を拾う。そして不慣れな手つきで紙の裏に、ガリガリ何か書き始めた。 ●現在の学園 「あ、きたの」  トーマスはここ一週間ほど見かけなかった野良犬に、餌をやった。水も。とてもくたびれているみたいだったので。  犬は大いに尻尾を振って飲み食いした後、鼻を鳴らす。  トーマスは頭を撫でてやりながら、犬の首についていた布を取って、広げた。  そこには黒炭のようなもので、以下の文が記されていた。 『カサンドラに伝えろ。忘れていることを思い出したいならその隠れ家から出てこいと。そして学園の外に来いと。それなら忘れていることを初めからしまいまで全部教えてやると。それからお前、こんな手紙では詳しいことがよく分からん。お前も外に出られるんだったら出てこい。直に話が聞きたい。道案内はそこの犬がする。それが出来ないならもっと詳しく書いたものをよこせ』  トーマスは考え込んだ。  黒犬のいうことはもっともだ。こんな短い手紙では、詳細を伝え切れない。直に会って話すのが最も確かだろう。  だが、自分は勝手に学園の外に出ていいものなのだろうか。 (多分、それは駄目だ。僕は子供だし、保護されているっていうことでここにいるんだから)  カサンドラは大人だが、彼女だって同様だろう。保護されてここにいるのだ。許可もなく勝手にどこかへ行くことは許されないに違いないし、そもそも許可を取りたがらないだろう。黒犬の事を怖がっているようだし。 (じゃあ、やっぱり手紙かなあ……)  結論的にはそうなるものの、トーマスは、出来れば黒犬の意志を汲んでやりたかった。  同時に、この施設で世話をしてくれている人達に、このことを全部黙ったままでいるのも悪いように感じた。  手紙を手でくしゃくしゃに、黒犬が書いた返信の『それからお前』から『書いたものをよこせ』までをもみ消す。そして、大人たちへ見せに行く。
参加人数
6 / 8 名
公開 2020-10-03
完成 2020-10-19
ゴブリンを捕まえて―― (ショート)
K GM
●赤猫は城にいる。  サーブル城にある客間の一つ。薪がないのに暖炉ではずっと火が燃えている。暖かい。  だから【赤猫】と猫たちは、そこをたまり場にしている。  空ビンが幾つも転がり絨毯は擦り切れ毛だらけシミだらけ。カーテンは千切れてぼろぼろ。壁紙はあちこち剥がれ、腰板も床板もあますことなく引っ掻き傷がついている。部屋に置かれているグランドピアノは、蓋が壊れ鍵盤が陥没し全ての弦が千切れている。表面に施されていた重厚な螺鈿細工もはげちょろになり、見るに堪えぬ有り様。  暖炉の前の長椅子で丸くなっていた赤猫が、体を伸ばし起きてきた。  癖の強い赤毛をかき、緑の目をしばしば瞬き、うああ、とあくびをする。それから周囲を見回し、中身の詰まったビンがないことを確認する。  不満そうにうう、と声を上げ彼女は、客間を出て行く。  それに気づいた何匹かの猫がついていく。ほかの猫たちは暖かさの中にまどろみ続けている。 ●人間たちの話。  シュターニャ。  ビジネスタウンの一角にある高層建築――各地で観光業を展開している『ホテル・ボルジア』の本社だ。  社長室には社長の【セム】がいる。これは珍しいことだ。不在社長と呼ばれるほど、現地視察を好む人だから。  椅子に腰掛け書類を見る彼女の肩越しに【ラインフラウ】が顔を出している。  ローレライの露を含んだ青い髪が、ヒューマンの乾いた灰色の髪へ、絡み付くように覆いかぶさる。 「学園から、例の遺品の鑑定結果の連絡が来たのね」 「ええ、やはりノア一族のものらしいとのことです。鎧も、宝飾品も、たやすく壊せる代物ではないそうですよ。魔法の強化処理が施してあるそうでね。こういうことは、あなたの方が詳しいと思いますが」 「そうね。あれを壊せるとしたら、それは普通の人間じゃない。そして、普通の魔物でもない」 「じゃあ、シャパリュがしたということですね?」 「証拠はないけどその可能性は高いわ。気になる? セム」 「なりますとも。あの城に眠っている貴重品は、他にもまだたくさんあるはずです。それが軒並みあんなざまにされでもしたら、目も当てられない――ラインフラウ、聞きたいことがあるんですけどね」 「何かしら」 「魔物というのは、生物というカテゴリーに入るということで間違いないですか?」 「そうねえ……少なくとも血肉のあるものについては、そういう理解でいいと思うけど」  そこへノックの音が響いた。 「社長、お話が――」 ●猫、お出かけしない。  赤猫は地下の奥深い場所にいた。  数限りない瓶が奥の奥まで並んでいる――ワインセラーだ。 「うふ」  満足げに喉を鳴らした赤猫はそこから、手当たり次第に瓶を引っ張り出し、抱え、客間に戻っていく。台所に入り込んで勝手に持ち出したクリスタルのゴブレットに中身を注ぎ、ぐい飲みする。それから、長椅子の上に放置していた書き付けを眺める。それは、つい最近この城に入り込んできた人間が残していったものだ。  そこには【黒犬】が現在、魔法学園フトゥールム・スクエアの近郊に潜んでいるようだと記してある。 「ふうん、ゆーしゃの学校……ゆーしゃ……」  赤猫は切れ込みのようになるまで両目をすがめた。  彼女は黒犬のことが大嫌いだ。さりとてその動向に対し無関心ではいられない。なぜならその死が自分の死に直結するからだ。 (そもそもあのポンコツが、肝心なところで臆病風をふかすなんてポンコツなことさえしてなきゃあ、あいつらが呪いをかけ終える前にバラバラに出来てたのに)  苛立ち紛れに赤猫は、しゅうっと息を吐いた。怒った猫がそうするように。細かな電流が絨毯を焦がす。長椅子の表面も同じく。  しかし彼女は、すぐさま書き付けが指定する場所に行ってみようとは考えない。感じるのだ、どうやらもう少ししたら、雨が降りそうだということを。  赤猫は猫をベースに作られた魔物なので、濡れるのがすこぶる嫌いなのである。こんな日に遠出する気には、さっぱりなれない。 ●社長、出掛ける。  セムは入ってきた重役から、つい最近底値で買い叩いた土地の整備が中断したとの報告を受けた。  原因はその周辺界隈に、ゴブリンの群れが出没したからだという。  幸いにもその土地はシュターニャに近い。なので、すぐ救援の傭兵が駆けつけてきた。だから深刻な人的被害はなかった。  だが困ったことに追われたゴブリンどもは、『ホテル・ボルジア』の所有地に逃げ込んだ。 「私有地に他人が勝手に踏み込むことは出来ません。なので、立ち入り許可を願いたいと、傭兵側から連絡が来ています。ゴブリンにつきましては、現在周囲を包囲し逃がさないようにしているので――」  そこまで聞いたところで、セムが話を遮った。 「ゴブリンは何匹ぐらい残っています?」 「ええー、と、10~15匹くらいだそうです」  セムは素早く目を動かした。何事か考えているようだった。ほんの少しの間を置いてから重役に、こう言う。 「先方には私が現場に行って許可するまで、そのまま動かないように伝えてください」  その命を受け重役は、退室して行った。  ラインフラウがセムに流し目を送る。 「セム、何かいいこと思いついた?」 「いや、思いついたというか――確認をしたいと思いましてね」 ●三兄弟、初めての実戦。  狼ルネサンス三兄弟、【ガブ】【ガル】【ガオ】は大きな廃屋……廃業して久しい古式旅館の前で、ドラゴニア老教師【ドリャエモン】に文句を垂れていた。 「なあ、なんでさっさと踏み込まねえんだよ」 「ゴブリンどもが逃げちまうぜ」 「ここまで来たなら、一気に片付けねえと」  兄弟たちの鼻息は荒い。それもそのはず、先程まで20人の傭兵たちに交じって首尾よくゴブリンを追い散らしたものだから、気が大きくなっているのだ。  ドリャエモンは彼らをたしなめた。鍛えるのに格好な課題が見つかったので参加させてみたのだが、難易度がいまいち低かったかなと思いつつ。 「ここは私有地だ。許可もなく勝手に入ってはいかん。所有者が来るまで待てい。そして目標から目を離すな。敵はもう後がない。死に物狂いになっておるはず。何をどう仕掛けて来るやもしれんのだぞ」  廃屋の周囲はぐるりと囲まれている。ほとんどがシュターニャの傭兵だが、三兄弟同様課題として討伐に参加してきた学園生徒の姿もある。彼女は何故か、分厚い手袋をはめている。そしてその手の中には、褐色の小瓶がある。  馬車がやってきた。廃屋の前で止まった。セムが中から降りて来る。ラインフラウと、それから数人の傭兵を伴って。  彼女は居並ぶ討伐隊に、こう言った。 「立ち入りを許可します。ただし、ひとつ条件があります。全部とは言いませんので、ゴブリンを2匹か3匹、生かして連れてきてくれませんか? なるべく傷をつけないようにして」  彼女は何故か、分厚い手袋をはめている。そしてその手の中には、褐色の小瓶がある。
参加人数
3 / 8 名
公開 2020-10-17
完成 2020-11-01
ミラちゃん家――それぞれの準備 (ショート)
K GM
●保護施設――転用建屋第17倉庫――ミラちゃん家  カサンドラはもう小一時間ほど自室で、『果て無き井戸』の調査報告書を眺めていた。そしてぶつぶつ呟き続けていた。 「……『地下道で見つかったのは、ノア一族のものとおぼしき鎧、剣――首飾り、腕輪、イヤリング、杖……』」  彼女はこの記述に違和感を感じている。  見つかったのはこれだけだったんだろうか。他に何かなかったのだろうか。他に何か――あったはずなのだが。  本人はまだ気づいていないが、それは、失った記憶が少しづつ蘇ろうとしている兆しだった。  精霊【ミラちゃん】はリンゴの若木に止まっていた。  赤茶色に紅葉した若葉が晩秋の風に吹かれている。  葉陰に隠れるようにして、小さな赤い果実がひとつ。ミラちゃんは形のない手で愛しげに、その実を撫でる。  幼い声が聞こえてきた。 「ミラちゃん、どこー」  【トマシーナ・マン】だ。  二カ月ほど前から施設の住人となったこの幼子についてミラちゃんは、遊び友達のような意識を抱いている。向こうもどうやら、そのように思っているらしいが。 「ミーラちゃーんみっけ! そしたら、つぎはわたしがかくれるね! 十かぞえるまでうごいちゃだめよ!」  トマシーナが精霊とかくれんぼをする声が聞こえたので【トーマス・マン】は、自然その頬をほころばせた。妹が楽しそうにしていることは、彼にとっての喜びだ。  ここはいいところだ。村なんかよりずっと。出来ればこのままここにいたい、とも。しかしその一方で、そうするのが難しいだろうとも理解している。  保護施設はあくまでも、事件に巻き込まれたものを一時的に保護する場所だ。永住するわけにはいかない。  いずれまたどこかへ移らなければならなくなるだろう。正規の孤児院か、あるいは、里親のところか。幸い大人たちの様子を見るに、『村へ帰す』と言う選択肢は想定していないようだが――次に行くところが今と同等にいいところであるか、はなはだ心もとない。そもそも兄妹一緒にいられるかどうかも分からない。 (ああ、僕がもっと大きかったらなあ。それで、強かったらなあ。お金があったらなあ。そしたら、誰に頼らなくてもトマシーナの面倒を見てやれるのになあ)  そんなことばかり考えているから、自然眉間にしわがよる。  その背中へ暖かいものが触れた。振り向いてみれば例の貧相な犬である。  この犬は、黒犬からの二度目の手紙を届けてきた後、ずっと施設に(時々ちょこちょこ姿が見えなくなるが)いる。どうやら黒犬からそうしろと命じられているらしい。 「黒犬、元気かなあ」  トーマスは犬の頭を撫でてやる。  犬は尻尾を振り、トーマスの顔をなめた。トーマスは子供らしい笑い声を上げた。 「やめろよ、くすぐったいよ」 ●学園学生寮『レイアーニ・ノホナ』前  カルマ職員【ラビーリャ・シャムエリヤ】と、ドラゴニア教師【ドリャエモン】が話し込んでいる。  話題は保護施設にいる兄妹たちのこと。 「……そうですか。トーマスは、まだ黒犬に信頼を寄せていますか」 「うむ。あまり好ましいことではないが、こういうものは頭ごなしに否定しても仕方ないからの。かえって気持ちをこじらせ、さらに相手に傾倒してしまいかねん。今しばらく静観して……今のところ黒犬も、こちらと交渉しようという気はあるようだからの。手紙なんぞよこしてくるからには」 「……そうですか。ならいいのですけど」  ラビーリャは顎を引き、唇に指を当てる。考え込むように。 「……保護施設はあくまでも、一時預かり所という位置付けです。もちろん黒犬の件が解決する事が前提でしょうが……この先どこへ行く予定になっているのか、はっきり教えてあげなくてはいけないのではないでしょうか。でないと、不安が募ると思うんですよ。孤児院と里親について、当ては見つかりましたか?」  その言葉にドリャエモンは、沈んだ調子で述べる。 「……いや、どちらもまだ、なかなかの。脈がありそうなところは片端から当たっておるのだがの。二人一緒にというのがどうも難しくてな」  太いため息をついて、それから――意を決した表情になる。 「だから、わしが引き取ってもいいかとも思うておるのよ。わしも連れ合いもドラゴニアじゃ。人間より年を取るのが遅い。あの子たちが成人するまで、十分現役でいられるからの」  そこへ突如、馬鹿陽気な声が割り込んできた。 「おっすおーっす! 何話してんだー?」  声の主は、やはりというか学園長【メメ・メメル】。  いつものざっかけない調子でラビーリャたちからあれこれ聞き出した彼女は、こんな提案をしてきた。帽子の庇をちょいと持ち上げて。 「そんならもうその二人、学園に入学させたらどーだ? 寮に入れば衣食住完備されとるし、兄妹一緒にいられるじゃろ。学園は広いからなー、生徒の一人二人三人四人以下無限に増えても全然問題ナッシングだぞ☆」 ●山の中 「よし、これでいい」  【黒犬】は一息入れた。流れ落ちる水の壁を目の前にして。  赤猫に自分の所在情報が伝わったと知った彼は、急いで坑道の入り口を埋め塞いだ。そして別の入り口を作った。  その入り口は滝の裏側に作られている。前の入り口と違い、パッと見ただけでは全く所在が分からない。  ここと元の坑道を繋げるために、山2つぶんほど掘り抜かねばならなかった。予定外のことにえらく時間を食ってしまった、と黒犬は苦々しく思う。  ここならば濡れるのを嫌う赤猫が、おいそれと近寄ってこないだろう――とは思うが念のため、手下共に厳命を。 「おい、周りをよく見張っておけ。猫を見かけたらとにかく追い払え。そして俺に連絡しろ。いいな。それから、学園にいる伝令を呼び戻しに行ってこい」  これから手紙を書かねば。学園からカサンドラを引っ張り出すために。
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-10-30
完成 2020-11-16
ミラちゃん家――新たな始まり (ショート)
K GM
●グラヌーゼは今日も雨だった  複数ある『果て無き井戸』のひとつ。  堅牢な丸い石組みを囲っていた青草は忍び寄る冬の圧力によって茶色く枯れ萎び、くたりと地面に伏していた。そのせいで夏より視界がぐんと開け、寂寞感がいや増している。  そこに後から後から降り注ぐ、冷たい雨。  【ラインフラウ】はレースの傘をクルリと回し『いいお天気ね』とうそぶいた。皮肉ではない。本日は井戸へ近づくに当たって、格好のお天気なのだ。雨が降る日、猫は外に遠出しないものだから。  レインコートに身を包んだ【セム】は、手にした大きなカゴを降ろした。カゴの中には猫が数匹、落ちつか無げに動き回っていた。どれも平凡な容姿をしている。そのへんの町角から適当に集めてきたのだから、当然だ。全部が全部、首輪を着けられている。小さな涙の形をした石……通信魔法石『テール』の欠片だ。  セムはカゴのカギを外し、蓋を開ける。 「さあ、好きなところに行きなさい」  猫たちは降ってくる雨に不快さを示しつつカゴから飛び出し、次々井戸の中へ入って行く。その様にセムは、感心したような息を漏らした。 「皆、よくためらわずあの中へ入って行きますね。初めて見る場所のはずなのに」  ラインフラウが笑って言った。 「本能的に分かるのよ、シャパリュが近くにいるということが。それにしても猫にテールをつけて送り込む。それで盗聴を行うなんてね。あなたらしい思いつきよ。そういうの好きだわー」  熱っぽい眼差しを注いで、セムにしなだれかかる。濡れるのも構わずに。セムはそれにあまり構わずタバコに火をつけ一服し、井戸を見つめた。 「様子を観察して話せそうな相手だと判断出来たなら、こちらからも呼びかけますよ。まあ、どこまでうまくいくか分かりませんけどね。あの程度の大きさの石では1回こっきり、数時間しか使えないし――それ以前にシャパリュが、あの猫たちを仲間と認めず殺してしまうかもしれないし」 ●グラヌーゼ近辺も今日は雨だった。  【黒犬】は再度、保護施設に手紙をよこしてきた。内容はもちろん、【カサンドラ】の呼び出しだ。  なるべくならカサンドラは一人で来い。それが嫌なら【トーマス・マン】も連れて来い。それでも嫌なら他に誰か追加してもよい。とのこと。  当初に比べて要求にかなりの譲歩が見られることに、関係者一同ひとまず胸を撫で下ろす。  さて、黒犬が会談の場として指定してきた場所は、サーブル城の近く……では全然なかった。彼には本当に似つかわしくないと思えるが、グラヌーゼ西部にある『いのちの花園』だ――もっと詳しく言えば花園の西方、どこに所属しているとも言い難い空白地帯に隣接する場所。  恐らくは赤猫の存在を警戒しているのだろう。なるべく城からは離れたい、さりとて自己のホームグラウンドからはあまり離れたくないというところか。  一同は天を仰いでため息をつく。この天気の悪さはどうにかならないだろうかと。  空は一面べた塗りしたような灰色。絶え間無く雨が降ってくる。  厚着をしてきているのだが、何もしないで立ち尽くしていると冷える。だから皆、意味もなくあたりをうろうろする。花園には花しかない。空白地帯にはごつごつした大きな岩が突き出ているばかり。雨宿り出来そうな場所は皆無だ。  トーマスは時折両手をこすり合わせ、暖を取る。  【アマル・カネグラ】は丸い鼻をひくつかせ、ぼやく。 「いやなお天気だなあ。雨をしのぐ場所もないし……黒犬、本当に来るのかな。もう結構待ってる感じがするんだけど」 「来ます。そういうところは守るんです、あの人。いえ、人ではありませんけど」  そう言いながらカサンドラは、ぶるっと身震いした。痩せているせいか、寒さを人一倍強く感じるようだ。いつものローブの上にフードつきレインコートを着込んでいるせいで、顔がすっかり見えない。  蓑笠に身を包んだ【ドリャエモン】は落ちつきはらって言った。 「まあ、自分でここを指定してきたのだから、すっぽかすことはないじゃろう。どこかから、わしらの様子を確認しているのかも知れん。あるいは、待たせることで動揺を誘おうとしているのかもしれん。じゃからして、何事もないようにどっしり構えておれ。見くびられんようにの」  彼も他の同行者たちも、既に気づいている。岩々の陰に複数の犬の気配が息づいていることを。  十中八九黒犬が手下を引き連れてきているのだ。全くのところそんなもの脅威でもなんでもないが、注意だけは払っておいた方がよい。  そのまま待つこと数分、雨に煙る中、ついに黒犬が現れた。カサンドラの絵に描かれていたままの姿で。  黒い髪、黄色い目。浅黒い肌。着ているのは赤猫同様、ビーズで飾られた絢爛なガウン。  怒ったようにズカズカ歩いて来る彼にトーマスは、戸惑い気味の目を向ける。人間の姿をした黒犬が、あの大きくて強い黒犬と同じものだという実感が、今一つ持てなかったのだ。 「……黒犬なの?」  呼びかけたトーマスを一瞥した黒犬は、『そうだ』と唸りを交えた声で言った。カサンドラに憎体な視線を向けた。みるみる内に人間としての輪郭を崩し、巨大な獣の姿になった。 「で、知りたいんだそうだな、忘れたとかいうこれまでのことを」  カサンドラは身をすくませた。長年自分を追いかけていた相手を、いざまた目の前にしてみると、やはり怖いと思ってしまうのだ。 「はい。教えていただけたらと。そうすれば私も、何か思い出せることがあるかも知れませんから……あなたと【赤猫】を縛っている呪いについて。それから、その解きかたについても」  そこで黒犬が、かっとなったように大声を上げた。 「都合のいい話だな、ええ!」  牙が並んだ口の奥から、炎を含んだ熱い空気がぶわっと吹き出し、一同の顔にかかる。 「あっつ!」  アマルは顔をゴシゴシこする。  炎に近しい種族であるドラゴニアのドリャエモンは動じることなく、黒犬の前に踏み出した。 「むやみに大声を出すでない。のっけから相手を脅しかけるようなことでは、話し合いとは言えぬぞ」 「黙れ老いぼれ。俺はお前になぞ用はない。用があるのはこの女だけだ」  黒犬は上唇をめくり上げ恐ろしい形相を見せた。だが、とりあえずそれ以上のことはしない。  トーマスがとりなすように言った。 「黒犬、大丈夫だよ。先生たちも施設の人たちも、黒犬の呪いをといてあげたいって思ってるんだ」  『……いや、僕は別にそこまでは思っていないんだけど』とアマルは心の中で呟いた。
参加人数
5 / 8 名
公開 2020-11-12
完成 2020-11-27
小春日和の幕間劇 (ショート)
K GM
●以下、猫の首輪に仕込んだテール(通信用魔法石)によって聞き取れた音声の一部抜粋。 (厚手の布が引き裂かれる音) 「あ。破れた。まあいいや。これ、いい。すごくいい。ねえ?」 (複数の猫の鳴き声) 「部屋に敷いたら絶対あったかーい。こっちのタペストリーも、降ろしちゃおー」 (厚手の布が引き裂かれる音) 「ぶらんこゆれろ、ゆれ、ゆれ、ゆれろう♪」 (風を切る音。) 「もっともっとゆーれろう♪」 (ガラスが激しくぶつかり合う音。金属がきしむ音。) 「わあ」 (ガキンと鎖が切れる音) (たくさんのガラスが一斉に割れ砕け散る音。付随して金属製の何かがひしゃげる音。) 「なーんだ。もう落ちちゃった。だめねえ。このシャンデリア」 「(コルクを開ける音)そーねー。お天気よくなったら、外へ遊びに行こうか。ポンコツの様子、見に行こうか。あいつゆーしゃの学校の近くにいるんだって」 (猫の鳴き声) 「(液体を飲む音)そーよー、あいつが死んだら私も死ぬの。呪いでそうなってるの。ああ嫌だ、むかつく、本当にむかつく(声のトーンがどんどん険悪なものになっていく)なんで私が飼い主に媚びるしか能のない犬っころに付き合って、死(以下言葉が猫のわめき声に変じ聞き取れなくなる)」 (バリバリ電流が走る音。鈍く重い打撃音。厚手の壁が抉れる音) ●スカウト  フトゥールム・スクエア。  居住区域『レゼント』にある学生に人気のカレー食堂『おいらのカレー』。 「あなたたちにお目にかかるのは、これで二度目ですね」  と言って【セム】は、メニューを狼ズ三兄弟【ガブ】【ガル】【ガオ】に差し出した。 「どうぞ、何でも好きなだけ注文してください。勘定は全部私が持ちますから」  狼ズは食べ盛り。最近は鍛練に身を入れているので、その分腹が減るのが早い。ということで、この提案を喜んで全身全霊受け入れた。 「ビーフメガ盛り!」 「飯大盛り!」 「丸ごとチキンカリー揚げ5つつけてくれ!」 「スパイシーラムも!」 「ミートサモサも!」  セムはがつがつ食いまくる彼らを前に、失礼、と席を立つ。タバコを吸うために――店内は禁煙だったのだ。表に出てゆっくり一本吸い切ってから再び店内に戻る。  狼ズはちょうど腹を六分程度まで満たしたところ。食べるペースを落とし、口の中にあるものの味を心ゆくまで味わっている。  そこでセムが話を切り出した。 「あなたがたを呼んだのは外でもない、仕事を頼みたいからです」  それを聞いた途端狼ズは、なんとなく顔を見合わせた。  彼らは実のところ、このセムというヒューマンの女に、ちょっとした苦手意識を持っている。  それというのも以前彼女が自分たちを含めた学園生徒に『致死毒実験をするため、ゴブリンを捕獲してくれ』という依頼を出したことがあるからだ。たとえ魔物と言っても毒でじわじわ殺されて行く様を見るのは、彼らにとって、けして気持ちがいいものではなかった――魔物を駆逐すること自体に抵抗感はないのだが、その手段として毒を使うというのは――どうも、今一つためらいがある。 「そんなこといきなり言われてもよお」 「なあ」 「うん。俺たちもやることあるし。先公が毎日欠かさず習練出てこいってうるせーし」  セムは彼らの及び腰な反応を見越していたか、落ち着き払っていた。  テーブルに肘をついて両手を組み、にこやかに――社交辞令の範疇にあるにこやかさだ――言う。 「私はね、あなたたちを買ってるんですよ。この間の、ゴブリンを前にしてのあなたたちの戦いぶりには感嘆しました。それは確かに多少は稚拙だったかもしれない。でも初陣においては、皆そんなものでしょう。あなたたちはとても勇敢に戦っておられました。他の誰よりも。犠牲を厭わず前に出て」  ガブもガルもガオも虚を突かれた。セムがこんなにはっきりした褒め言葉を口にしてくるとは思っていなかったので。  人間誰しもそうだが、褒められて悪い気はしない。特に彼らは根が単純である。 「うん、まあな」 「俺たち伸びしろありまくりだからな」 「つか、最強だからな」  この通り、すぐいい気になる。  セムはすかさず『仕事』の内容について説明し始める。 「グラヌ-ゼのサーブル城はご存じですね? そこに【赤猫】という魔物が住み着いておりましてね。その魔物、ベラボウに力が強くて、並の人間どころか、並の勇者候補でも手に負いかねる相手だそうで。私は赤猫を城から退散させたいと思っているのですが、力ずくでそうするのは難しい。なにかしら策を講じなければ。そのために可能な限り多くの情報を集めたいと思っています。それにご協力いただけませんか?」  続けて彼女は言う。以前同じ依頼を【アマル・カネグラ】含む別の生徒達に依頼し、『果て無き井戸』の一つに入ったのだが、途中で危険と判断し戻ってしまい、姿を見ることも出来なかったのだと。  『並の勇者候補でも手に負いかねる相手』と聞いた狼ズは、内心躊躇しなくもなかった。  しかし虚勢がそれに勝つ。 「おう、べ、別にいいぞ」 「アマルが途中まで行けたんだろう。俺たちなら、最後まで朝飯前ってもんよ」 「井戸に入るくらい楽勝だぜ」  セムは称賛の拍手を彼らに贈る。 「さすがです、皆さん」  店の入り口で呼び鈴が鳴った。  見目麗しいローレライの女――【ラインフラウ】が入ってきた。セムたちのいるテーブルに向け手を振り、微笑む。 「話はまとまった?」 ●内幕  ――気象予報担当者によれば、ここ一週間ほどのぐずつきが過ぎた後、グラヌーゼはしばらく穏やかな日和が続くだろうとのこと。  大陸南部の気温は、平均より高めの傾向が、後数日ほど続く見込み。――    天気予報欄を確認したセムは新聞を畳み、カフェテーブルの上に置く。向かいの席にいるラインフラウはパフェを食べながら、彼女に話しかけている。 「セム、何であの子たちに仕事を頼んだの? 言っちゃ何だけど『勇者』としてのレベルは低いでしょう」 「だからですよ。ある程度以上のレベルに達した『勇者』では向こうが警戒して、素直に釣り出されてこない危険性があるでしょう? そもそもそういう人は危険についての察知能力がすこぶる優れているから、最初から不必要な遭遇を回避しようとしますし。この前みたいに」 「それはつまり、あの子たちが無鉄砲無思慮に危険地帯へ足を踏み入れてくれそうだから、声をかけたってことね?」 「まあ、そうとってくれても構いません」 「わーるいんだー、セム」  ラインフラウは明るく笑い、空を仰ぐ。 「言っておくけど危ないと見たら私、あなたを連れて即逃げるからね?」  セムは物憂げに返す。 「あの子達は?」 「残念だけど、そこまで面倒見られないわ。勇者候補なら、自分でなんとかするでしょう」
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-11-28
完成 2020-12-13
ミラちゃん家――ノア一族の絵 (ショート)
K GM
●接触すれば火花散る  施設関係者の監督下【カサンドラ】との会談を終えた【黒犬】は山奥のアジトに戻り、これからどうすべきかを考えた。  そして『やはり、どうにかしてノア一族の肖像画を、カサンドラに見せなければならない』という結論を得た。呪いについての記憶をいち早く取り戻させるためには、確実にあの絵が必要なのだ。  だがしかし、絵がある場所はサーブル城。そのサーブル城には現在【赤猫】が居座っている。 (くそ、面倒な……)  極力近寄りたくないというのが本音だが、そう言ってばかりもいられない。多少は無理を通さねばならぬ。他ならぬ自分自身の身に関わることなのだから。  ということで彼は、城の偵察に赴くとした。天気がよく、気温が高めな日を選んで。そういう日であれば、赤猫が城の外へ浮かれ出ている可能性が大なので。  人目につかぬよう通常マスチフの大きさにまで身を縮め、群れを引き連れ城を目指す。うんと大回りに、『幻惑の森』を経由して。 (果て無き井戸は避けるべきだな……奴はあそこから出入りするから)  枯れた木立や茂みに身を潜めつつ、城方面の気配を探る。  ……赤猫の魔力は感じない。 (うまいぞ、どこかに出ているな)  黒犬は男の姿に変じ、城に入る。  彼自身は意識していないが、それは、かつての習慣の名残だった。ノア一族はバスカビルを、城に入るときは基本人化するように躾けていたのだ。城内を土足で汚さないように。  手下の犬たちはそのまま黒犬について行く。どうもいい気持ちがしない場所であるが、ボスがいるなら大丈夫だろうと心得て。  ちなみに彼らのあずかり知らぬことであるが、城の中に住みついている有象無象な魔物たちは、黒犬の訪問に迷惑顔をしていた。赤猫が留守にしている間息抜きしていたのに、と。  とにもかくにも城の中は荒れていた。  廊下の壁や柱はあちこち爪とぎの傷だらけ、カーテンも同様、シャンデリアは落ちて粉々、という有様。明らかに赤猫とその一味の仕業だ。  黒犬は苦々しい顔をする。 (あのどら猫……こんなにあちこち汚しやがって)  彼は自分を今の状態に陥れたノア一族を恨んでいるし憎んでいる。だが城には古巣としての愛着を持つ。だから、荒らされると腹が立つ。  その腹立ちが頂点に達したのは、ホールに入ったときだった。  本来そこにはノア一族の肖像画が、壁一面を占領する形で掲げられていた。  しかし今その絵は、床に落ちている。粉々と称して差し支えない状態で。  黒犬は怒りの咆哮が吐き出し、絵の残骸を探り回る。カサンドラが言っていた箇所――男女のノアを描いた部分が残っていないかと。  そのとき、強烈なアルコール臭が彼の鼻の中に入ってきた。  振り向けば少女の姿をした【赤猫】が、柱にもたれ掛かっている……どうやら黒犬が来た気配を察知して、出先から戻ってきたらしい。 「なんだ、ポンコツ元気そうじゃない。ぞろぞろ汚い野良犬引き連れてさ」  そう言って彼女は凶暴な笑いを浮かべ、雷を放った。  手下の犬が数匹、一瞬で感電死する。残りは悲鳴を上げる。 「あんた、なんだか最近また人間とつるんでるんだって? 本当に犬っころなんて、徒党組まなきゃ何も出来ない連中よね。今更そんなものに鼻突っ込んでかき回してさ、飼い主が恋しい?」  あからさまな侮辱に黒犬はいきり立ち、赤猫を殴りつける。  赤猫は即座に殴り返す。  ――結論から言えばこの場における戦いは、黒犬側が圧倒的に不利だった。  何故なら彼は古巣を荒らすことに抵抗感を持っている。そのため屋内で万全に力を振るうことが出来ない。  だが赤猫は違う。彼女にとって城は愛着の対象ではない。建物内の何をどう傷つけても平気だ。だから力を万全に振るえる。  両者の強さはほぼ拮抗し、甲乙付けがたい。  であればこの場合、無分別な方が勝つに決まっている。 ●野を超え山超え届け物  ここのところ【ドリャエモン】は本業の合間を縫って、【トーマス・マン】に勉強を教えている。職員見習いとしての肩書きを得たからには、読み書き計算の能力をしっかり身に着けなくてはならない。と考えて。  トーマスは利口な子だが、教育の面では幾分立ち遅れている。親が存命のうちは学校へ通ったこともあったそうだが、孤児となって妹ともども親戚の家に引き取られて後は、そういったこととは一切縁が切れていたのだ。農作業の手伝いばかりに追われて。 「あ、おじいちゃん、いらっしゃーい」  施設門のところまで来た途端ドリャエモンは、【トマシーナ・マン】に飛びつかれた。 「おお、トマシーナ。今日も元気で何よりじゃの」  ひょいと抱き上げられ肩に乗せてもらったトマシーナは、うれしくてきゃっきゃと笑う。その声を聞きつけたのか、【ミラちゃん】がどこからともなく飛んできて、トマシーナの肩に乗った。 「トーマスはおるかの?」 「うん、いる。カサンドラせんせいと、えをかいてるの」 「おお、そうか。ではそれが終わるまで、少し待とうか」 「おじいちゃん、おじいちゃん、おそらとんでー」 「おお、よいぞ。少しだけな」  ドリャエモンは翼に力をいれ、ばさばさ動かした。大きな体がふわっと浮き上がる。そんなに高くは飛ばない。せいぜい施設の屋根あたりまで。でもトマシーナにとっては、まるで大空の中を飛んでいるように感じられる。両手を広げ、胸いっぱいに風を吸い込み、目を輝かせる。 「わー、たかいたかーい」  そこでミラちゃんが、トマシーナの肩から離れた。あやしむようにその場で一回転し、地上へ降りていく。  一体どうしたのだろうと、ドリャエモン、そしてトマシーナは、そちらへ顔を向けた。  そして見つける。山道を登ってくる犬の群れを。  トマシーナは大声で、建物内にいる兄を呼んだ。 「にいたん、にいたん、わんちゃんがいっぱいおともだちつれてきたー!」  ほどなくしてトーマスとカサンドラが、外へ出てきた。  伝令犬はあちこちミミズ腫れ状の火傷を負っていた。  トーマスの姿を見るや情けなそうに鼻を鳴らし、尻尾を振る。 「どうしたんだ? 何があった?」  そう言いながら伝令犬を引き寄せたトーマスは、急いでベストを探った。  そこには、黒犬からの短い手紙が入っていた。 『例の絵だ。カサンドラに必ず見せろ。何か思い出したらようなら、すぐ手紙で伝えろ。俺はしばらく動きが取れない』  トーマスは心配した。手紙に茶色い染みがいくつもついていたから――もしかしてこれは、血ではないだろうか。  伝令犬の後ろからぞろぞろと、似たような状態の犬が15匹ばかり現れる。  皆、大きなボロ布を咥えていた。  カサンドラには一目で分かった。それが油絵のキャンバス地であると――散々引きずってきたせいで泥だらけになり、何が描いてあるのかも判別しづらくなっているが。
参加人数
5 / 8 名
公開 2020-12-12
完成 2020-12-28
あなたと私のクリスマス (ショート)
K GM
●【セム・ボルジア】という人について  学園のどこか。生徒の目につきにくい場所。  とんがり帽子にミニスカ姿の少女と、スーツにコートを羽織った女――学園長【メメ・メメル】とセム――フルネームはセム・ボルジア――が相対している。 「――ほう、生徒さんが私のことを疑っていらっしゃると? 心外ですねそれは」  と口にするものの、セムはさして不快そうにしていなかった。むしろ楽しんでいるようでさえある。表情においても言葉においても。 「そーうなのだよセムたん。まあ、オレサマもまだ多少は疑っているがなー。なにしろ評判が評判だしな」  メメもメメでまた、不謹慎なほど愉快そうだ。もっとも彼女はいつ誰に対してもそんな感じだ。 「例えばどういう評判ですかね?」 「策を弄して商売敵を倒産寸前に追い込むとか、困窮してる相手の足元見て、ビタ銭で根こそぎ剥ぎ取っていくとか、有力者に賄賂掴ませて有利に商談を進めるとか、あんまりやり口がきついから、一部で『毒マムシ』と言われているとか」  かわいらしく小首を傾げる相手に、セムは、笑いながら応じる。 「よくお調べになってらっしゃる」  それにおっかぶせる形でメメの口調が、一段とざっくばらんなものになった。 「まあな。なにしろうちの若いモンを妙な仕事に使われたら困るからな」 「なるほどなるほど。で、その評判についてのご感想は?」 「そーだなー、ま、オレサマ的にはその程度のことならそこまで問題視しねーかな。どれもこれも商売人あるあるだからな。つーか、実の話問題にしようがないんだわ。どの例を取ってもセムたん、法の範囲内でやってるから。すげえ黒いんけど黒じゃなくてグレーみたいな?」 「ええ。私、法は順守する立場ですから。後々損になるようなことはしたくありませんのでね」 「おー、それを聞いて安心したぞオレサマ。けど、もひとつ、なんか気になる噂を聞いたんだわ。そこんとこ確認取らせてもらっていいか?」 「ええ、どうぞ。どういう噂ですか?」 「うむ、『セムは全財産を我がものとするために、親兄弟を毒殺した』とゆー物騒な噂だ」  セムは、今度は笑わなかった。だるそうな顔付きで一言、こう返しただけだ。 「それは事実と異なりますね」  それから服の胸元をまさぐり、タバコを一本取り出す。 「吸っても構いませんか?」 「いいぞ。ここは禁煙スペースじゃねーしな」 「そうですか。では遠慮なく」  タバコに火がついた。  セムは吐き出した煙に目を据える。自分の外側でなく内側に向いている眼差しだ。 「親兄弟が全員死んだところと、それによって私が全財産を継いだところだけは本当ですけどね。しかし生徒さんたちを不安がらせるのは、私の本意ではありません。この際ですから学園長、あなたに許可を願いたいのですが――」 ●学園に最も近い場所にある、『ホテル・ボルジア』系列ホテル。  イルミネーションに輝く正面玄関をくぐれば、真っ赤な絨毯が敷かれたロビー。そびえたつツリー。  氷の瀑布と見まごうシャンデリア。着飾った男女が笑いさざめきながらその下を通り、それぞれお目当てのパーティー会場に向かう。  その一角に、フトゥールム・スクエアの制服を着た一団がたむろしていた。彼らはホテル経営者であるセムの招待を受け、ここに来ている。クリスマスパーティーを楽しむために。  タキシードに身を固めた【アマル・カネグラ】は、ロビーの天井近くまで届きそうなツリーを見上げている【ガブ】【ガル】【ガオ】の狼ズに声をかける。 「駄目だよ、そんなところでぼーっとしてちゃあ。歩く人の邪魔になってるよ」  狼ズは『お、おう』と生返事を返し、隅っこに寄った。普段の彼らであれば注意してきたアマルへ悪たれの一つも言ったはずなのだが、絢爛な場の空気に呑まれてしまい、それどころではなかったようだ。  生徒監督として同行している【ドリャエモン】は、困惑したような顔である。光の塔と化したツリーを見上げ、ため息をつく。 「なんともはや、派手なことだのう……」  そこに【ラインフラウ】が声をかけてきた。 「あらー、いらっしゃい皆さん。お待ちしていましたのよ♪」  アマルは即座に鼻の下を延ばした。なにしろ彼女、肌も露なカクテルドレスに身を包んでいる。アクセサリーやメイクと相まって、いつもの数倍色っぽく見える。抜かりなく花束を差し出し、豚しっぽを振ってお辞儀。 「これはラインフラウさん、この度はクリスマスパーティーにご招待ありがとうございます。ところでセムさんは?」 「ああ、セムなら仕事が終わってから来るって。こっちよ」  招かれるまま生徒達は、彼女について言った。そして、会場に足を踏み入れる。  パーティーの用意は、すっかり出来あがっていた。  ビュッフェにはホテルの一流シェフが作った本格的な料理が並ぶ。肉もあれば魚もあり、野菜もあれば果物もある。  対象が学生だからか、酒類はほとんど置いていないが、飲み物もたくさんある。そして目にも美しく食べておいしい宝石のようなスイーツ群……。  ホールの一角には楽隊の席がしつらえてあって、絶え間無く楽しげなメロディーを奏でている。  この豪勢なおもてなしに、生徒達は歓声をあげた。  ラインフラウはワインをグラスに注ぎ、高く持ち上げる。 「まあ、肩肘張らず皆、気楽に楽しんで。そのうちアルチェの有名歌手も来るから」 ●保護施設。  【トマシーナ・マン】は大部屋の中央に飾った小さなツリーの飾り付けを終え、満足そうだ。小ぶりなぬいぐるみ、人形、靴下、色とりどりの真鍮玉、棒キャンディー、金銀モール、綿、それからねえたんたちと一緒に作ったジンジャークッキー。 「さいこうのできばえね、みらたん」  【ミラちゃん】は頷くような動きをし、ツリーの天辺に乗った。どうやら、星の役目をするつもりらしい。  施設の庭先では【ラビーリャ・シェムエリヤ】が、結界の柱に針金を巻きつけ、小さな発光石を取り付けていた。  ここはあくまで保護施設であるから、あまり目立つような物は作るべきではないだろうが、まあ、季節が季節だしちょっとくらいはイルミネーションを……と考えて。  雪の結晶を模した白と青の光が庭のあちこちを彩り照らしていく。 「ラビーリャ先生、ご苦労様です」  【トーマス・マン】が暖かいココアを持ってきた。  ラビーリャはにっこりし、そのココアを受け取る。 「……ありがと」  一口すすって晴れた夜空を見る。ホテルのパーティーに行った生徒達は、今頃何をしているのだろうと思いながら。
参加人数
6 / 8 名
公開 2020-12-27
完成 2021-01-13
ミラちゃん家――幻惑の森探検隊 (ショート)
K GM
●虫食いだらけの初夢  私はランプを手にして暗い廊下を歩いていた。  柱にも壁にも華麗な装飾が施されている廊下には、窓が一つもない。外からの明かりは入ってこない。  足を進めるたび起こる細かな波音。  廊下は一面水で覆われているのだ。深さは膝下くらいまで。だが、もともとはもっと深くまで水没していたはずだ。天井近くまで浸っていた形跡がそこかしこに残っているのだから。  どうして急に水がここまで引いてしまったかについては、思い当たるふしがある。グラヌーゼ南部における新規貯水池の掘削だ。あれでここに注がれていた地下水の流れが変わったのだ。  ランプに閉じ込められた魔法石の輝きが床に反射し、細切れとなってたゆたう。  進んで行った先は行き止まりだ。ドーム型の天井がある小空間。礼拝室のような趣がある。正面にある壁の窪みに、魔王を象徴する像が安置されている。  そこに『あの』本が置いてあった。  私はランプを像の脇に置き、その本を手に取った。開こうとした。  その瞬間本が燃え上がった。後から思えば、第三者が触れた時点で消滅するような仕掛けが施されていたのだろう。  私は思わず本を水の中にほうり込んだ。激しい蒸気が上がる。  はたと我に返り、震える手で本を取り上げた。分厚い表紙がぼろっと崩れ落ちた。  でも、大丈夫、中身が全て焼けているわけではない。読めるところもある。  ランプの光でバラバラになった頁を読みふける。呪い、呪い、呪いに関係する記述はどこだろう。  ああ、あった。ここに。  ――ああ、そうなのか。呪いにはそういう作用も含まれていたのか。  やっぱり彼は私に嘘をついていたのだ。そうなんじゃないかとは薄々感じていたけれど。  もし呪いを解いたら、彼は、そして赤猫は××××××××。  それは人間全体にとって危険なことではないだろうか。  だけど私は彼に約束した。呪いを解くと。その約束を反故にしていいものだろうか。私の身に危険が及ぶことについては、もちろん覚悟している。最初から想定してもいる。  だけどもし家族に、あるいはこの地に住む人々に、彼が怒りの矛先を向けるようなことでもあれば。  ……決められない。私だけでは手に余る問題だ。  とにかく、少なくとも、これは彼には見せられない。  ××××に×××××て××××隠す×××幻惑の森××××××××××××。 「!?」  【カサンドラ】は跳ね起きた。  数秒間はあはあ息を荒げ両手を握り締め、自分がどこにいるのか思い出す。  窺うように窓へ視線を向ける。夜明け前だというのに、やけに明るい。雪が積もっているのだ。 「夢……」  呟いて自分で否定する。いいや今のは夢ではない。夢にしては生々しすぎる。あれは実際に起きたことなのだ。でなければこんなに冷や汗が出るものか、胸が苦しくなるものか。 ●夢の続きの現実  新年早々カサンドラは言った。ひどく張り詰めた顔で。 「あの本をどこで見たのか、思い出しました。地下通路の中です」  その言葉を聞いた【アマル・カネグラ】が思い浮かべたのは、『果て無き井戸』の一つ――【赤猫】とその仲間が通用口として使っているもの――だった。  そこからはすでにノアの遺物が複数発見されている。カサンドラが探している『本』もまた、そのノアたちが所有していたもの。だからてっきり同じ場所のことを言っているのに違いないと考えたのである。  だがカサンドラは彼の見立てに対し、『いいえ』と首を振った。 「その井戸ではありません――別の井戸です。一応思い出せる限り絵に起こしてみたのですが……こんな感じなんです」  アマルは、カサンドラが広げたスケッチブックをのぞき込む。  それは『地下通路』という単語からイメージされるものとは掛け離れていた。予備知識がないままだったら、宮殿の一角を描いたのかなとしか思えない。浸水してはいるが。 「これが通路の終着点です」  ドーム型の天井がある小部屋についても同様だ。不必要なほどの装飾に満ち満ちている。 「身分の高い者専用の通路、とかだったんですかねえ……これで行き止まりだったんですか?」 「はい。この地下道は、多分、転移魔法によって城への出入りを行うタイプのものなのではないかと。私はここで本を見つけたんです。それから、隠した。幻惑の森のどこかに」  こうまで断定的な言い方をするからには、相当量の記憶が蘇ってきているらしい。  アマルはふと、カサンドラが生前最期にいた場所が、他ならぬ幻惑の森近辺であったことを思い起こした。 (あの森にもそういえば、ノアが呪いをかけていたんだっけ……今も生き続けているほど強力な)  すうっとアトリエが薄暗くなった。厚い冬雲が太陽を遮ったのだ。ここのところ雪模様が続いている。 「……私は、今から幻惑の森に行って、その本を探そうと思います」 「えっ、い、今からですか?」 「はい。今でなければ出来ないと思います。これだけ天気が悪いなら、赤猫も容易に城から出てこない。だから、グラヌーゼでもある程度安全に探索が出来るのではないかと……」  それは確かにそうだ、とアマルは納得した。真ん丸い顔をほころばせ、どん、と自分の胸を叩く。 「じゃあ、善は急げだ。僕も一緒に行きますよ。他の皆にも声をかけます。ところでカサンドラさん、【黒犬】にはこのことを知らせますか? 話を聞いたらついてきたがるんじゃないかって思えるんですが」 「……いいえ。探索が終わってから経過を知らせることにします。どの道彼は、まだ満足に動けないでしょうから」  カサンドラがそのように言ったことに、アマルはほっとした。この調査に黒犬が参加してきたら、マイナス要素にしかならない。本には、呪いの解き方が載っているかも知れないのである。黒犬たちの呪いを解くべきか解かざるべきか一致した方針が出ていない段階で、それを相手に見せる形になるのは、さすがに避けた方がいい――そう思ったから。   ●現実の続きの現実  【トーマス・マン】はカサンドラから『幻惑の森』探索に行くこと、並びに自分達が帰ってくるまでそのことを黒犬に知らせないよう言い聞かせられた際、直ちに反論した。 「どうして?」  彼は敏感に察したのだ。カサンドラの黒犬に対する物言いに、これまでになかった微妙な陰りが生じていることに。  だからしつこく食い下がる。 「本が見つかりそうなことは教えてあげてもいいじゃない。森へ一緒に来て欲しくないなら、そのことを手紙で言えばいいじゃない。そしたら黒犬も無理して先生達について来たりしないよ」  カサンドラは笑うとも泣くともつかない微妙な表情を浮かべ、言った。 「……それだと、彼をぬか喜びさせることになるかもしれないから。本がちゃんと見つかるかどうか、分からないのよ」
参加人数
6 / 8 名
公開 2021-01-12
完成 2021-01-27
ミラちゃん家――嘘かまことか (ショート)
K GM
●ウソも方便  シュターニャ。  ビジネスタウンの一角にある高層建築――各地で観光業を展開している『ホテル・ボルジア』の本社。その社長室。 「新年の浮かれた気分も一段落ね。で、【赤猫】をサーブル城から排除する算段は出来た?」  身をぴったり寄せて聞く【ラインフラウ】に【セム・ボルジア】が答える。 「一応。これまでに得た情報からするに赤猫は、【黒犬】同様自分にかけられた呪いに反発を抱いてます。まずはその感情を利用して、こちらに対する警戒心を低下させようかと」 「ということは、呪いの解除を手伝ってあげるわけね。学園の子たちが今、黒犬に対してやってるみたいに。もっともあなたのは、手伝ってあげる『ふり』でしかないんだろうけど」 「ええ。いずれ始末するにしても、最初から敵対的な姿勢で臨むのは下手なやり方です――ことに桁違いな力をもつ相手には。ある程度信頼関係を築かない限り、策を弄することも出来ませんしね」 「わー、悪人。そういうとこ本当に好きよセム。やっぱり結婚しない? 私はいつでもそうしていいわよ?」 「ご冗談を」 「冗談じゃないんだけどなー。あなたったらいつもそういう反応。つれないわー……まあでもそういうことなら私、交渉役を務めてあげていいわよ?」 ●赤猫だけが知っている  グラヌーゼ、サーブル城。  少女の姿をした赤猫は、『わーお』と鳴き声を上げた。  緑の目を底光りさせ、眼前に広がる豪奢な地下通路――彼女にとって、不愉快千万な思い出と強く結び付いた場所――を見やる。 「いつの間に、ここ、水がなくなった?」  道そのものに問いかけるように一人ごち、足音も立てず進む。鼻をひくつかせながら。 「人間の匂い、残ってる。古臭くなってるけど」  赤猫は知っている。この通路がとある部屋に通じていることを。その部屋に、ノアの呪いについて記された本が保管されていることを。  しかし今に至るまでの長い年月、彼女は、その本を捜し出そうとしなかった。  第一には、『グラヌーゼの悲劇』が起きた頃、ノアが通路を水没させてしまったから(水の中をくぐって行くなんて、赤猫にとっては全く、身震いするほどいやなことなのだ)。  第二には、ノアが本に『持ち主以外の者が触れたら発動する呪い』をかけているだろうと確信していたから。  赤猫は黒犬と異なりノアと居住空間を同じくしていた。それゆえ、黒犬よりもなお彼らのやり方を熟知している。  呪いをかけるときは簡単に効果が破られないよう、何重にも鍵をかける。あるいは破るという行為自体が落命のトリガーになるよう仕組む。そういう事例が実に多くあったのを、彼女はよく覚えている。 (だから呪いを完成させる前にあいつらを殺さなきゃならなかったというのに、黒犬のバカがしくじったせいで……いつまでも荒れ地をうろついていればいいものを、城に入り込んでくる。本当に余計なこと)  酔いで濁った目を据え彼女は、電流を走らせた。そして、ドーム型の天井がある小空間に入った。  じめついた床の上に魔王像が倒れ、焦げた革表紙と羊革紙の切れ端が散乱している。  赤猫はすぐさま悟る。ここに匂いを残している人間の手ですでに、本が開かれたということを。その人間が、以前黒犬とつるんでいたカサンドラなる者であるということを。 「ということは、呪いは発動済みということね。なるほど。それで黒犬とつるんでた人間、消え損ないになったんだ」  少し前人間から聞いた話によれば、黒犬は解除方法をまだ聞き出せていないらしい。  赤猫としては、そのままであり続けるほうがいいと考える。先にも言ったように、ノア一族の呪いは多重構造なのだ。下手に解除を試みた結果状況を悪化させるという可能性も、十分考えられる。  赤猫は魔王の像の台座に座り込み、もしゃくれた赤毛を神経質に撫でる。 「ポンコツの様子、探った方が、いいかな」  と、彼女は、唐突に顔を持ち上げた。城に住まう取り巻き猫たちの鳴き声が聞こえてきたのだ。 「誰か、来た?」 ●酒の肴はなんじゃいな  夜のサーブル城。  城壁の上に立っているのはラインフラウ。  周囲には大勢の猫が集まり、うさん臭そうに彼女を見ている。  そこへ相変わらず泥酔している赤猫がやってくる。 「こんばんは、初めまして赤猫さん。私はラインフラウという者なんだけど」  挨拶するラインフラウに赤猫は、鼻をひこつかせた。やや前のめりな姿勢を取っているのは、攻撃するかしないかの線上に気持ちがあることを指す。 「お前、前に見たことがある。ほかの人間と一緒に、ここへ入ってきたことあるわよね?」  ここで背を向けたら、間違いなく襲ってくる。そう心得てラインフラウは、なるべく相手と目線を交錯させないようにしつつ答える。 「あらあ、覚えてもらっていたのね。うれしいわ。そうよ、私、ここに来たことがあるの――あ、よかったらこれをどうぞ」  彼女は高級酒がぎっしり詰まった紙袋を、相手に渡す。 「おー、酒」  赤猫は愉快そうに手を打った。遠慮会釈なく酒瓶を手に取り、がぶ飲みし始める。ではあっても、ラインフラウから気をそらしたわけではない。一挙手一投足の動きを探っている。  そのことを意識しながらラインフラウは、話し始める。 「赤猫さん、黒犬さんとの呪いについてなんだけど、もしかしたら私、それを解消出来るかも知れないわよ」  赤猫は『へー』と白けた声を出した。 「お前、ノアの呪いを解けると思ってるの?」  ラインフラウはふふっと笑う。 「いいえ、そんなこと全然。でも、呪いをよそに移し替えることなら確実に出来ると思うわ」  赤猫は瞳孔を丸くし聞き返す。 「移し替える?」 「ええ。黒犬とあなたにかかっている『命を繋ぐ』と言う呪いを、誰かに肩代わりしてもらうの」 ●情報の限られた共有  フトゥールム・スクエア。  居住区域『レゼント』にある学生に人気のカレー食堂『おいらのカレー』。 「――ということで、ラインフラウが赤猫から色々話を聞き出してきてくれました」  生徒達を前にして、セムはそう言った。タバコを携帯灰皿でもみ消しながら。 「それについて知りたいことがあれば、なんなりと聞いてください。その代わりあなたがたからは、呪いについて今知っているところを私に教えてほしい。情報共有しましょう。お互いの今後のために」
参加人数
5 / 8 名
公開 2021-01-26
完成 2021-02-10
ミラちゃん家――探し物は何ですか (ショート)
K GM
●これで全部ではない  【カサンドラ】は幻惑の森から持ち帰った『本』の一部を読んでいた。  微熱が続いているせいか頭が重い。それでも考える。  どうも引っかかるのだ。持ち帰った文書に呪いの『解除方法』が、何も書かれていないことが。  そんなことないはずなのに。絶対。 (……それを見たはず……私は……)  確信はある。けど、思い出せない。その内容について。   ●ニアミス  カネグラ家専属の美術商【ルサールカ】は街角のカフェにいた。  足元には梱包されたキャンバスがある――カサンドラから預けられた絵を持ち帰る途中なのだ。  彼は、思い出している。この絵を受け取りに保護施設へ行った際、【アマル・カネグラ】と交わした会話について。 『――ということでさ、黒犬の呪いを解くには指輪がいるらしいんだ。ルサールカ、これまで色んな美術品見てきてるでしょ? その中にさ、そんないわくがついたもの、なかった? じゃなかったら、そういうものが出品されたとかいう噂、ちらっとでもどこかで聞いたことない?』 『そうですねえ……今のところ心当たりがありません。でも、新しく何か情報が入ってきたなら、すぐお知らせしますよ、アマル坊ちゃん』  指輪が美術品として大いに価値があるものなら、黙って自分の懐に入れよう。  そのように目論んでいる彼の前に、コーヒーが運ばれてきた。  優雅な身ごなしで飲む。  直後、顔を引き締める。  前触れもなく相席に座ってきたのだ。自分と同じ髪と目の色をしたローレライの女が。  女は蜜のような微笑を浮かべ、皮肉を言ってきた。 「ルサールカ、相変わらず美術品にしか興味がないみたいね。それで人生楽しい?」  ルサールカも同じく皮肉で返す。 「ええ。僭越ながら大変楽しゅうございますよラインフラウ。あなたも相変わらず恋だの愛だのにうつつを抜かしてるんですかね。飽きませんかそろそろ」 「いいえ、飽きないわ。今、すごーく好きな人がいるのよ。これまでで一番じゃないかしらっていうくらい好きな人。でもその人、どうにもつれないのよー」 「ああそうですか。それはようございました。では私は忙しいのでこれで」  ルサールカはそそくさ席を立った。  だが【ラインフラウ】の次の台詞に引き止められる。 「あなたある程度聞いているんでしょ、サーブル城の案件について。私を手伝う気はない? うまくいけば、ノアが城に残している美術品、内緒で幾つかあげるわよ」  ルサールカは迷った。しかし結局こう言った。 「辞退しますよ、ラインフラウ」  彼女が欲しい対象を手に入れるためならどんな嘘でもつくしなんでもする人間だということを、知りすぎていたから。似たもの同士な肉親として。 ●復活である  【赤猫】に負わされた傷がようやくちゃんと癒えた【黒犬】は、本格的に活動を再開した。  気になるのはカサンドラの動向だ。あの絵を届けてから一カ月以上たつというのに、一つも連絡がない。  何か分かったのか何も分かっていないのか、それだけでも知らせてくるべきだろう。時間はたっぷりあったのだから。 (まさか、またしらばっくれる気じゃないだろうな)  疑いを膨らませた黒犬は唸り声を上げた。  手下たちはそれを聞いて身を縮める。しかし彼から離れようとはしない。しょっちゅう炎を噴いているボスの傍にいると暖かいから――機嫌が悪いときあんまり近づき過ぎると、焦がされてしまう危険性があるが。  それはともかく黒犬は手下数匹を呼び付け、以下の命令を下した。 「おい、施設の様子を見てこい。伝令をいったんここに戻らせろ」  部下たちは威勢よく吠え、意気揚々駆けて行った。  それを見届けた黒犬は人間の姿に化け『あの絵はどうなった。何か思い出したならさっさと知らせろ』と催促の手紙を書いた。  その後アジトの周辺をぐるぐる巡り、匂いを嗅ぎ回る。音を聞きまわる。赤猫が来てないかどうか確認するために。  奴だけは絶対この件に関わらせるまいと、黒犬は強く思っていた。酔っ払いの気まぐれで面白半分に、全てが水の泡になるようなことをされかねないからと。  ……ここだけの話、彼はシャパリュという種族がそもそも気に食わない。ノアに飼われていた時からずっと(この点赤猫も全く一緒だが)。 (やあ雨が降ったの風が吹いたの寒いだのごたくをこねては、指示された作戦を無視し得手勝手にふるまう。連携行動をしなくてはいけない時に独断撤退やすっぽかしをやらかす。そのせいで勇者どもの攻撃を全部俺たちが引き受けるはめになる――何度そういうやらかしがあったことか)  しかも黒犬が記憶する限り、彼らはその責任を取った試しがなかった。ごろごろ喉を鳴らし主人の足元に体をこすりつけ、あれやこれや言い抜けをし、なんだかんだうやむやにしてしまうのだ。いつもいつもいつも……。 「うおおおお!」  思い出し怒りで黒犬が吠えた。  振動で遠い山の頂にある雪が、雪崩となって崩れ落ちた。 ●催促 (どうしたもんかのお……)  【ドリャエモン】は太い溜息をついた。  黒犬から施設に、また手紙が送られてきたのだ。内容は『この間の絵の件について、さっさと連絡をよこせ』というもの。 (カサンドラは、第二回の会談を行うという返事を出すようじゃが)  呪いの内容についてドリャエモンは、大体周知している。生徒達が話してくれたので。 (悩ましいのは黒犬が、呪いによって自分の力が抑制されていることを知っているのかいないのかという点じゃのお)  この際そこをはっきりさせておきたい、と彼は考える。黒犬が信用できる相手かどうか、呪いを解いていいのかどうか、明確な判断が下せるだろうから。 (だが……もし本当に黒犬が呪いのからくりを知らなかった場合……余計な知識を与えることになりはせぬかのう)  幸い黒犬は単純なたちらしいが、それでもかなりうまく話をもって行かなければ、こちらの意図に気づかれる可能性がある。 (そこは避けねばのう……)  加えて気掛かりなのは当のカサンドラが、幻惑の森へ行って以来体調が思わしくないということだ。  ノアの呪いにあてられたのかどうか、微熱がよく出ている。施設に住まう精霊【ミラ様】がそのつど治癒してくれているので、回復はしているのだが、あまり食も進まない様子。 (なんぞ体によいものを食べさせてやった方がいいかのう……故郷で食べていたようなものがよかろうか)  今日は気分がよいのか、カサンドラは起きていた。  【トーマス・マン】に絵の指導をしている。  課題は模写。例のノアの絵を真似して描くのだ。  黒犬が持ってきたものだからということで、トーマスは大いに熱を入れ、筆を走らせている。 「トーマス、全体を見て。一箇所ばかり続けて描いているとバランスが崩れるわ」 「はい」  彼は黒犬との二回目の会談が行われるということに、安堵感を覚えていた。カサンドラはいつ黒犬に『呪い』について分かったことを教えるのだろうと、やきもきしていただけに。
参加人数
6 / 8 名
公開 2021-02-11
完成 2021-02-26
ミラちゃん家――共同戦線張りますか? (ショート)
K GM
●明るい日だまりで  サーブル城の片隅には、ガラス張りの部屋がある。ノアが健在だった頃、サンルームとして使われていたものだ。  次第次第寒さも和らいできた昨今、天気のいい日には【赤猫】も取り巻きたちも暖炉の部屋からそちらへ移動し、惰眠をむさぼっている。パチパチ燃える火の暖かさもいいが、太陽の温もりとなるとこれはまた格別だからだ。  長い年月放置されたガラスはすっかり曇り、向こう側を見通すことも出来なくなっているが、光線と暖かさを得る分には全く問題ない。  あちこちぶつけ倒しながら運んできたソファーに寝そべり、赤猫はぐるぐる喉を鳴らす。手が届く場所に、地下のワインセラーから運んできたワインを山積みにして。 「――黒犬と人間は、指輪を探してるんだってさ。無駄なことよねえ。本で呪いの解き方を見たとして、読んだとして、まともに思い出せるわけがない――何しろ本自体に呪いがかかってんだから――」  うだうだ仲間に話しかけながら、時折耳をすます。城の奥から発している物音を聞き取るために。その物音は、【ラインフラウ】が立てているものだ。彼女は現在、呪いが行われた場所について詳細を調べているのである。  ひとまず赤猫はラインフラウが城の中で動き回ることを容認している。彼女が提案してきた『呪いの転移』という話に、一定の説得力を感じたからだ。  『解除』とは呪いそのものに手を突っ込むことを意味する。その場合、自分にとって有害な作用が引き起こされる懸念がある。しかし『転移』となれば話は別だ。呪い自体はそのままによそへ動かすだけということだから。  試みがうまくいってもいかなくても、自分はさほど損をしない。それはとても魅力的なことだ。引き受けた相手はただではすむまいが、それは知ったことではない。  といって赤猫は、ラインフラウを信用しているわけではない。利用出来るなら利用しようとしているだけだ。こちらの不利益になるようなことをするのなら引き裂いてやろうと、同時に考えてもいる。 ●会談の前の意見交換  【カサンドラ】は【トーマス・マン】【トマシーナ・マン】を除く施設関係者を前に、こう言った。 「――ノアの指輪の情報は、黒犬に与えます。それがあれば呪いを解くことが出来るかもしれないということも教えます。加えてこう言うつもりです。私たちはこれから指輪を探すけれども、あなたもそれに協力してくれないだろうかと」  本当なら指輪は、自分たちだけで独自に探し確保する方が望ましい。黒犬たちの危険性を考慮するなら。だけどそれは到底出来ないだろう、とカサンドラは続ける。  ノアが指輪を持っていたのは、昔も昔、大昔の話である。本同様、城のどこかに隠されているならいいが、それ以外の場所に行ってしまっている可能性も、十二分に考えられる。  世界はとてつもなく広い。そこから小さな指輪一個を捜し出すなど、雲をつかむような話ではある。ひょっとしたら大海原、千尋の底に沈んでしまっているなんて顛末さえあり得なくないのだ――万一そうなっていたとしたら、完全にお手上げである。 「私もこの先、どこまでちゃんと呪いの解除法を思い出せるか分かりませんが……指輪が全てのカギを握っている以上、まず第一にそれを確保しないことには、どうにも……」  物思いに沈んだ調子で、カサンドラは話し終えた。  【アマル・カネグラ】が手を挙げ、【ドリャエモン】に尋ねる。 「ドリャエモン先生、指輪の場所ですけど、精霊たちに聞いたらなんとかなりませんか? 僕らよりずっと長く生きているんだから、指輪のことも知っているひともいるかも」  ドリャエモンは静かに首を振った。 「精霊は、わしらと同じ目で世界を見てはおられぬ。そう言った瑣末事は最初から認知されておるまいて」 「ええー。瑣末事なんですか、これ。結構大きい問題だと思うんですけど」 「わしらにとってはな。しかし、精霊にとってはそうではない」  【ラビーリャ・シェムエリヤ】が言った。 「……なんにしても、指輪は早く見つけた方がいいね。呪いを解いてやる云々は別としても、それだけの大きな力を持ったもの、野放しにしておくのは危険だと思う……アマル、出入りの美術商にこの指輪のこと、聞いていたそうだね?」 「はい」 「何か情報は得られた?」  アマルは残念そうな顔で首を振る。 「いいえ。今のところは。そういった指輪が出回っているっていう話もとんと聞かないみたいで」  ラビーリャは安堵の息を漏らした。人から人の手に渡っていないのなら、まだましだと思われたのだ。無関係の人間がよからぬとばっちりを受けないためには。  ドリャエモンが太い首をねじり、窓の外を見る。今日はいい天気だ。春の先触れである強風が吹いているが。 「しかし……赤猫の話についてはどうするかの」  先に生徒達が【セム・ボルジア】と会談しかなりの情報を得てきている。その中には、『呪いが複雑で解除が容易ではない』『赤猫はそれを知っているから、呪いの解除に危険性を感じている』『だから呪いを解除しようとしている黒犬を煙たがっている』というものが含まれている。  それらを黒犬へ伝えるべきかどうか。  カサンドラは考えた末、NOの立場を示した。 「そもそも黒犬が知りたいと思っている情報ではないでしょうし」  アマルも彼女同様、知らせる必要なしと見なす。 「赤猫の名前を出すとより興奮するだけなんじゃないかとも思えます。何しろ仲が悪いですから」  ドリャエモンはそれらに対し、ちょっと違う意見を出した。 「そうではあろうが呪いの解明を進めて行く以上、この先全く赤猫と関わらずにおれる保障はない……一言二言くらい、向こうが何を考えているのか教えておいた方がよくないかと思うのじゃが」 「でも先生、そういうことしたら、黒犬が『なんだと!』とか言ってまた城へ突入して大ゲンカって可能性ないでしょうか。なにしろ怒りっぽいし」  そこでラビーリャが口を開いた。私は黒犬も赤猫も直には知らないから、もしかしたら的外れなことを言ってるかもしれないけど、と念を押して。 「……その判断は留保ってことでいいんじゃないかな。黒犬が呪いの効果のことでウソをついていないと確認出来たのなら、伝える。さもなくば、伝えない。ケンカにせよなんにせよ赤猫と接触させることは、余計な情報を与えることになりかねないから、あまりよくないと思うよ……」 ●呪いの話をしよう 【黒犬】は期待していた。新しく情報が手に入ることについて。  子分たちを引き連れて、アジトからグラヌーゼへと移動する。  会談の場所は第一回と同じく、グラヌーゼにある『いのちの花園』の西方。どこに所属しているとも言い難い空白地帯に隣接する場所。  最初の時と違い雨は降っていない。空を覆う雲もほとんどない――実は昨晩は降っていたのだが、朝方になって急に止んでしまったのだ。  春が近づいてきている証しとして、水仙やスミレ、タンポポといった野の花が咲き初めている。淡い温もりを宿す風がその上を撫でて行く。  そのどれもこれもが、黒犬に気を揉ませる。 (ちっ。よりにもよって晴れやがって。赤猫が浮かれ出てきたらどうしてくれる)  恨めしげに空を眺め、遠吠え。手下どもによくよくこう言い付ける。 「いいか、猫の匂いがしたら真っ先に知らせろ。吠えろ。噛め。追い払え。気を抜くなよ」  指定場所に近づいたところで、遠目に相手を確認する。  カサンドラは……ちゃんと来ている。トーマスもいる。  トーマスは何か絵を持っている。 「あ、黒犬!」  手を振ってトーマスは、その絵を見せてきた。  ノアの男女が描かれたものだ。例の、自分が取ってきた絵と瓜二つ。 「なんだ、これは」  近づいて不審そうに尋ねる超大型マスチフに、意気揚々と説明を始める。 「黒犬が送ってくれた絵の複製だよ。僕が描いたんだ。あのね、この絵の中に、黒犬の呪いを解くものが描き込まれてることが分かったんだよ」
参加人数
4 / 8 名
公開 2021-02-26
完成 2021-03-10
ミラちゃん家――プチ・リフォーム+α (ショート)
K GM
●嘘つきな彼女  サーブル城から帰ってきた【ラインフラウ】は【セム・ボルジア】に、【赤猫】との交渉内容を伝えた。 「――それで私、猫ちゃんに言ったのよ。調べたところこの呪いを転化するには、黒犬の存在が必要だ。呪いはひと繋がりになっているものだから、片方からだけ引っこ抜くことは出来ない。転化する相手も一人じゃなくて、二人入り用だって。でないとうまく呪いが移らず、跳ね返ってきてしまいかねないから」 「その話について、赤猫は信じていますか?」 「ええ、そうよ。全面的にじゃないだろうけど、あり得なくもない話だとは思っているわ」 「それはよかった。あなたの手腕に感謝しますよ、ラインフラウ」 「どういたしまして。あなたに褒められるって、うれしいわ……ねえセム、ついでに言ってよ。私と結婚するって」 「ご冗談を」 「またそうやってはぐらかすのね、あなた。たまにはノリで『いいですよ』くらい言えないもの?」 「ノリでも言えません」 「どうして」 「第一に、私は仕事にしか興味が持てない人間だから。第二に、あなたがローレライでとても長命だから。鼠と象ほど生きる時間が違いますよ、私とあなたは。結婚とか言われても、ナンセンスだとしか思えません」 「……あなた、本当につれないわ。でも好きよ、そういうの。より燃えてきちゃうわ」 ●今日は朝からDIY  転用建屋第17倉庫。ミラちゃん家こと保護施設は、この度諸事情によって、プチリフォームを行うことになった。  狼ルネサンス3兄弟、黒目黒髪の【ガブ】、灰目灰髪の【ガル】、茶目茶髪の【ガオ】が、なにがし山の山道を上って行く。建材を積んだ大八車を引きながら。 「またリフォーム課題かよ」 「直すようなところってまだあったっけ?」 「さあ。思い当たらないけどな」 「あ、あれじゃねーの? 赤猫とか黒犬とかそういう関係の対策で、結界を強化するとかそういうのじゃねーの」 「おお、あり得そうだなそれ」 「じゃあ、また柱新しく作らなきゃいけねーのか? あれ面倒臭かったんだよなー」  道を上り切った先にあるのは、彼らにとって馴染みとなった建物――保護施設。  このところの暖かさで、茶色かった庭が彩りを帯びていた。  ハーブの小さな芽が地面から顔を出している。  シンボルツリーであるリンゴの若木もふっくらと花芽を膨らませ、開く瞬間を待ち侘びている。この分だと今年は、昨年に増してたくさんの実が取れそうだ。  建物入り口のところに【トーマス・マン】がいた。ガブたちの姿を見て、駆け出す。 「あ、ガブ兄ちゃん! ガオ兄ちゃんもガル兄ちゃんも来たんだ!」  トーマスにとって彼らは、緊張感抜きで付き合える存在だ。言うこともやることも単純そのものなので、裏があるのではと勘ぐらずに済むのである。 「おー、トーマス! 結構久しぶりだな」 「元気そうじゃねーか」  一方ガルたちもトーマスには親しみを持っている。もともと兄弟が多い環境で育ったため、年下の存在に慣れていることもあるが、自分たち同様利かん気な部分に近しいものを感じるのだ。 「チビはどこ行ったんだ?」 「トマシーナなら、ドリャエモン先生と犬の散歩に行ったよ」 「何ーッ! あのジジイ俺らに荷物運ばせといて散歩とか、マジふざけてやがる……待てよ。ここに犬いたか?」 「うん、いるよ。飼ってるってわけじゃないけど、それに近い感じのが。まだ正式な名前は付けてないんだけど……」  噂をすれば、ワン、と鳴き声が聞こえてきた。  首を向ければ門のところに、犬用ベストを着た貧相な風貌の犬と、【ドリャエモン】と、ドリャエモンの肩に乗せてもらっている【トマシーナ・マン】。  タイミングよく今、散歩から戻って来たようだ。  ガブたちの姿を見るやドリャエモンは、満足そうに二重顎を揺らした。 「おっ。お前達、ようやくちゃんと時間通りに出席して来るようになったか。感心感心」  からかわれたようで、ガブたちとしては面白くない。『ふざけんなジジイ!』と吠える。  何を勘違いしたか、犬がそれに応じて吠える。  そこで施設二階の窓が開いた。  【ラビーリャ・シェムエリヤ】が顔を出す。 「……ああ、来たね。早速入って。作業の手順を説明するから」  その狼ズは、【アマル・カネグラ】がこの作業に参加していないことを知り、おおいにぶんむくれた。 「なんだなんだ、あのブタ堂々とサボリかよ!」 「どういうことだよ!」 「なんで俺らだけこき使われるんだよ! 納得いかねー!」  とはいえ『そんなら自分たちもサボろう』という風に話を持って行くことはしなかった。そのあたり彼らも、以前より成長している。  なお念のために言うと、アマルはサボっているのではない。別の仕事をしていたのである。 ●今日は朝から捜し物  【カサンドラ】は、ワイズ・クレバーの個別閲覧室にこもっていた。『指輪』の行方について、少しでも何か手掛かりを掴もうと――施設のリフォーム工事が終わるまで場にはいないほうが、皆に気を遣わせないだろうとの配慮もあったが。  調べるのはグラヌーゼの歴史や風土、ノア一族についてではない。それはこれまでに仲間が調べてくれている。いまさら同じものを探っても新しい情報が出てくる確率は低い。  なので違う視点からアプローチを仕掛ける。その視点とは『美術』だ。これまでに作られたあまたの宝飾品、それにまつわる伝説、逸話。そういったものを探って行けば、少しは何か出てくるかも知れないではないか。  もちろん一人で行えるような作業ではない。だから彼女は【ルサールカ】とアマルに助力を頼んだ。  前者は画商であるだけに、美術全般に詳しい。  それには及ばないが後者も、一般以上に詳しい。資産家の息子として、高額美術品が溢れる環境にいるだけに。 「――魔族や魔王、純種のドラゴンといったものを肩書にした品は、世の中にあまたありますがね」  言いながらルサールカは、図鑑を繰る。白い手袋をはめた手で。 「古いものほどそういう傾向はありますが、まあ、十中八九単なる箔づけと思った方がよろしいかと」  アマルは真ん丸い顔を大きな本の間に突っ込むようにして、言葉を返す。 「でも、中には本物が含まれているんだよね?」 「もちろんですアマル坊ちゃん。そうでなければ、今私たちがやっていることはまるきり意味がないことになります」  カサンドラは疲れてきたのか目をこすり、ルサールカに尋ねた。 「ルサールカさんは、実際にそういうものを見たことがあるのですか?」 「ええ、ええ、もちろんですとも。中でも忘れられないのは、魔王の宮殿で使われていたという文鎮ですかね。そりゃあ美しいものでしたよ。赤と青の対になっていまして。光を浴びると内側から、焔が灯ったようになりましてね」 「へえー。それ、何で出来てたの?」  ルサールカはくっくと喉を鳴らし、夢見るように目を細めた。 「純種ドラゴニアの瞳ですよ。言い伝えによると、魔王が一匹の龍から取った左右の瞳だそうで――とあるドラゴニアの一族が総力挙げてそれを奪還し、家宝としていましてね」 「頼んで見せてもらったの?」 「まさか。頼んだくらいで見せてくれるような輩じゃありませんよ。その一族のとある娘に頼んで、持ち出してきてもらったんです」 「……それってもしかして、ルサールカの奥さんのこと?」 「ははは。お戯れをアマル坊ちゃん。私には妻なぞおりません。いるのは頼みもしないのに、勝手に子を産んだ女です」
参加人数
8 / 8 名
公開 2021-03-13
完成 2021-03-30
春とくれば、お花見 (ショート)
K GM
 空は白みを帯びてかすみ、水はぬるみ、野に花は咲き――本格的な春がやってきた。  この季節にはどうしても、人間浮かれ調子になる。外に出て、楽しいことがしたくなる。  学園においてもそれは例外ではない。  『リリー・ミーツ・ローズ』の一角にある桜の園では今、大規模なお花見が行われている。  参加しているのは学園関係者+外部から来た人間多数。『あらゆる方面からの飛び入り参加歓迎』がコンセプトなのだ。  楽しみ方は人それぞれ。飲めや歌えをわいわいやりたい、花より団子をたらふくやりたい、好きな人とこの機に乗じて親睦を深めたい、一人で春の美しさを愛でたい――いずれも行えるだけのスペースが、桜の園には十分確保されている。 ●学生達はにぎやかに  花見会場の中でも最も賑やかな一角。来場客を当て込んだ飲食屋台がずらり乱立している場所。  花より団子派に属する【アマル・カネグラ】は、鯛焼きがはちきれんばかりに詰まった紙袋を持参し、場に来ている。  彼の周囲には結構な数の生徒達がいた。  ぱっと見て圧倒的に女性が多い。多分本人が、そちらに重点を絞って声をかけたのだろう。 「わー。桜満開。きれーい」 「アマルくん、ほんとになんでもおごってくれるの?」 「うん、いいよ。皆思う存分楽しんで行ってよ」 「きゃー、ふとっぱらー♪」 「ありがとー♪」 「やっぱり育ちがいい子は違うわねー♪ 体中から余裕が滲み出てるわ♪」 「今度こういう機会があったらまた声をかけてよね♪」  抜け目なき行動力を備えた女性の幾人かは、アマルへボディータッチを乱発した。アマルの鼻の下の伸びること伸びること。ピンク色の垂れ耳をぱたぱた、くるりん巻いた尻尾をふりふり。 「うん、絶対声をかけるよ♪」  そんな光景を苦々しげに見ている人(おおむねモテない男子)達もいないではないではないが、誰もアマルにちょっかいをかけようとしない。理由はアマルが、外見に全く相応しくない豪腕の持ち主だから。  本人に聞こえぬよう舌打ちしまくるのが、せいぜいといったところ。 「チッ。なにが『余裕が滲み出てる』だよ。滲み出てるのは脂肪だろ」 「なあ。金があるからってよくあんなチビデブにくっついて行く気になれるよな」 「ろくな女どもじゃねえよ、あそこにいるのは」 「俺たちはあんな腐った女願い下げだよな。もっと性格のいい、男を外見や財力じゃなくて、中身で評価してくれる子がいいよな」   ●おじいちゃんとピクニック  【ドリャエモン】は花見へ、【トーマス・マン】と【トマシーナ・マン】を連れ出した。呪いや黒犬といった不穏な問題から一時離れさせ、のんびり過ごさせてやろうと。  何と言っても両者まだ子供なのだ。施設へ来るに至った経緯を考えれば、そういう機会は、なるべく多く作ってやりたい。  家族連れらしき姿の人々が多く見受けられる一角。  トマシーナは咲き誇る様々な品種の桜を見上げ気もそぞろ。どうかすると一人先走って進もうとする。  ドリャエモンとトーマスは、それを止めるのに忙しい。 「トマシーナや、あまり離れてはいかんぞ」 「はーい、おじいちゃん」 「トマシーナ、勝手にどこかへ行っちゃ駄目だ。人が多いんだから迷っちゃうよ」 「はーい」  そうこうしながら三人は、特別大きな枝垂れ桜の所まで来た。  木の根方に敷いてある花ゴザに、恰幅のいい着物姿の夫人が座っている。  外見年齢は初老。種族はドラゴニア――何を隠そう彼女は、ドリャエモンの妻だ。その名は【ドリャコ】と言う。 「あなた、こっちですよ」 「おお、もう来ておったか」 「ええ。場所を取られてはいけませんもの。その子たちが、トーマスと、トマシーナですか?」 「そうじゃ。トーマス。トマシーナ、この人がわしの奥さんじゃ。お前達にとっては義母となる――わしが『おじいちゃん』じゃから、『おばあちゃん』と呼べばよかろう」  トーマスはドリャエモンと同じぐらい大きさと横幅のある相手に、しゃっちょこばって頭を下げる。 「始めまして、ドリャコ――さん」  彼もいささか照れが入る年頃。初対面の相手をいきなり『おばあちゃん』とまでは呼べなかった。  しかしトマシーナは全然てらいがない。 「はじめまして、おばあちゃん! わたし、とましーな!」  力いっぱい友好を宣言し、頼もしきお腹に飛びつく。  ドリャコは一ミリも動じず、ほほほと上品に笑った。 「こちらこそ初めまして。これからよろしくね、トマシーナちゃん。トーマスくん。さあさ、何はともあれ皆座って頂戴。お弁当を作ってきてますからね。一緒に食べましょう。桜餅もあるのよ」 「それはありがたいのう。トーマス、トマシーナ、おばあちゃんはとても料理上手なんじゃぞ」 ●ほんのちょっとの立ち話  【ガブ】【ガル】【ガオ】は花見に出かける道中で、【セム・ボルジア】に呼び止められた。聞けば、学園長と少し話があったので、学園に立ち寄っていたのだとのこと。  あなたたちに会えたのは真に都合が良かった。そんなことを言って彼女は、こう続ける。 「そのうちまた依頼をしたいと思うのですが、かまいませんか?」  三兄弟は心なし不安そうに顔を見合わせ、セムに聞いた。なるべく自分たちがびびっていると見えないように。 「そりゃいいけどよ」 「望むところだけどよ」 「それ、赤猫関係か?」  セムは気さくな様子で『ええ』と答え、軽い調子で続けた。 「あの後私、独自に調査しましてね。その結果赤猫は、接し方さえ間違えなければ対応可能な相手だと結論づけました」  結論づけましたと言われても……な表情をするガブたちへ苦笑を示し、ここだけの打ち明け話をするみたいに声を潜める。 「大丈夫、あなたたちには危険がないようにしますよ。可能な限りね」 ●今日はお留守番  ドリャエモンがトーマスとトマシーナを連れ出したので、本日保護施設には【カサンドラ】と【ミラ様】しかいない。  カサンドラは窓辺に座り、所在なげに庭を行き来するミラ様を眺めている。そして、ぽつりと呟く。 「静かねえ……」  庭に植わっているリンゴの花は、蕾は丸く膨らんでいる。もうそろそろ開きそうだ。
参加人数
6 / 8 名
公開 2021-03-28
完成 2021-04-12
ミラちゃん家――指輪はいずこ (ショート)
K GM
●あなたがわたしについた嘘  【カサンドラ】はアトリエで一人考えていた。【黒犬】は今、どこで指輪を捜しているのだろうと。  多分、グラヌーゼより遠くには行かない。黒犬は指輪に関する情報を、そんなに持っていないはずだから。  口では色々言っているが赤猫と比較した場合、知識の差は雲泥の差……とまではいかずとも、相当なものなのではあるまいか。であれば、自分の見知った場所から手をつけるのが、当然の流れだろう。 (見つけないと……黒犬よりも先にあの指輪を、早く見つけないと。黒犬は、信用出来ない。信用してはいけない。力を取り戻させるわけにはいかない)  カサンドラは下唇を噛む。目つきがひどく険しかった。膨れ上がる不信感が、普段の彼女とは別人のような表情を作らせているのだ。  黒犬は呪いを解除した際、自身の力が戻ることを隠している――そこはもう思い出せているし、実証されている。  しかし、それだけだったろうか。なんだかまだ、あったような気がする。彼が自分に対してついた嘘は。  ……そもそも、自分は、どこでどうして黒犬と知り合ったのだっけ?  ……一番最初にはどんな言葉を交わしたのだっけ? ●密談  少女の姿をした【赤猫】は緑色の目を光らせ鳴いた。 『わーお』  ここはサーブル城にある豪奢な地下通路。その突き当たりにある部屋。かつて【カサンドラ】も訪れたことがある、呪いの『本』の隠し場所。ノアが赤猫と黒犬へ呪いをかけた場所。  はるか昔ノアがいなくなってから、そして、赤猫が数ヶ月前足を踏み入れてからも放置されっぱなしだったそこは 今、すっかり整理されている。  ドーム型の天井、壁、床から永の年月つもり積もっていた水垢や苔が拭い去られ、もともとそこにあったものが見えるようになっている。  それは何重にも重なり合った魔方陣だ。眩暈がするほど細かな文字、数字、文様が渾然一体となっている。  床に倒れていた魔王の像は、再び台座の上へはめ直されている。  その像に寄りかかっている【ラインフラウ】が、自慢げに言った。 「どう、猫ちゃん? きれいになったでしょ」  赤猫はちっちと舌打ちする。くしゅくしゅ鼻を擦り上げる。悪臭を嗅いでいるかのように。 「きれいになると、やな感じ。ムカつくノアのつがいの匂いが、浮き出てくる」 「あら、そんなものがまだ残ってるの? 彼らがいなくなってから、優に千年以上はたっているはずでしょう?」 「魔族は強い。色んなものが長持ちする。人間とは違う。まあ人間も、色々あるけど。命だけで言うなら、かなり長持ちする種類もいる。一番駄目なのが、ヒューマン。力もないし、すぐに死ぬ。消え損なっても、やっぱり長持ちしない」  ラインフラウは一瞬、軽い痛みを覚えたかのように眉を潜めた。そして、小さく呟いた。 「そうね。でも、好きなのよ」  それを聞いた赤猫は、訝しげにラインフラウを見る。 「何の話してるの、お前?」 「いわゆる恋の話――ねえ猫ちゃん。前にも言ったように呪いを転化させるについては、黒犬の存在が必要なわけよ。だから彼をここにおびき寄せないといけないわ。そろそろその段取りについて話し合いましょ。この通り、舞台は整ったわけだから」  赤猫はラインフラウに、半開きの横目を向けた。 「そりゃ、いいけど。でも、肝心の転化させる相手について、目処はたってるの?」 「それはもちろんよ。最初から決めてあるの。転化させる相手は、私――」   ●縁は異なもの  呪いの要となる指輪の在処について施設関係者は、ワイズ・クレバーにて、調査を行った。  その結果、以下の情報を見つけた。 『――グラヌーゼに従軍せし騎士は、燃えくすぶる地にて美しい指輪を拾い、妻への土産にした。  妻は喜んで指輪を受け取り身につけた。  その数日後突如姿を消した。  騎士は八方手を尽くし探した。  彼女は、グラヌーゼの焼け跡にいた。騎士がかつて指輪を拾った場所に座り込んでいた。正気を失った有様で。  騎士は異変の原因が指輪であると見て、それを外そうとした。  だが引けば引くほど指輪は締まる。  その挙句妻の指は、とうとう千切れ落ちた。  指輪はそのまま地に沈み込み、消えた――』 『――かくして我が先祖は、グラヌーゼよりこの指輪を持ち帰られた。その際、次の逸話あり。祖は、この指輪とともにもう一つ、指輪を持ち帰られた。その指輪には文様もまた宝石もなかったが、見目麗しき輝きに満ちていた。しかしてその指輪は、当家に災いをもたらした。わが祖は忌まわしきものとして、その指輪をかの地に打ち捨てた――』  【ドリャエモン】は膝に手を置き、【アマル・カネグラ】の調話に耳を傾ける。 「――その二つの話に出てくる『先祖』と『騎士』は恐らく同一人物です。ならその子孫を探せば、もっと詳しい話を聞ける可能性があるんじゃないか。そう思って引き続き調べたんですが……その家、今から200年ほど前に廃絶しちゃってまして。近隣との勢力争いに負けて。今ではもう影も形もなく」 「左様か……うまくいかぬものよな」 「ですね。だけど」  アマルは不自然に言葉を途切れさせた。両手を後ろに回し、宙を飛ぶハエでも追いかけるように視線を泳がせる。  かなり長いこと彼がそうしていたので、ドリャエモンは不審がった。 「どうしたのだアマル。なんぞ言い足りないことがあるのなら、言うてみい」 「……えーと、そのう、あのですね先生、調べているうちに分かったんですけど……その騎士が持ち帰った方の指輪を、意外と近くにいる人が持っていることが判明しまして」 「なに。それは誰だの?」 「……セムさんです」 ●シュターニャ・『ホテル・ボルジア』本社 「皆さんお揃いで、遠いところまでよくお越しくださいました。いや、ちょうどよかったです。私はちょうどこれから、また出かけるところでしたから」  【セム・ボルジア】はさもうれしげに訪問者達を出迎え、椅子にかけるよう勧めた。ラインフラウは、場にいない。どこかへ行っているらしい。  自身も腰掛けた彼女は、単刀直入に切り出した。あなたがたが私に会いに来る理由はこれしかない、と言わんばかりに。 「呪いの件について、何か新しい展開がありましたか?」  鋭い印象の顔立ちに笑みが浮かぶ。  どうも心を見透かされているみたいで、聞かれた側は落ち着かない。 「まだ分からないんです。でも、うまくいけば、少しはそれに近づけるかも知れなくて。そのために、セムさんにお尋ねしたいことがありまして」 「いいですよ。なんなりとお聞きください」 「……もしかしてボルジア家には、ノアにまつわる指輪とか伝わっていますか?」 「ええ、ありますよ。何代も前にさる騎士の家から、ボルジア家に譲られたものです。多額の融資と引き換えに。もっともその騎士の家、その後すぐ廃絶してしまいましたけど。貸し付けた資金も返さずじまいでね。当方にとっては、損な取引でしたよ」  あっさり認めた。  それに勢いを得てアマルは、さらに尋ねる。 「その指輪、騎士がどこで手に入れたものか分かります?」 「グラヌーゼに従軍した際、戦利品として手に入れたそうですよ。グラヌーゼの悲劇が行われた前後ですかね」  ……そういえば資料の記述には『燃えくすぶる地にて』という一文があった。  そんなことを考える皆に、今度はセムが尋ねた。 「この情報は、呪いの指輪の所在に関係があるんですね?」  灰色の瞳に狡知が見え隠れしている。
参加人数
4 / 8 名
公開 2021-04-12
完成 2021-04-27
ミラちゃん家――指輪を探せ (ショート)
K GM
●いつか、彼女が思ったこと  ああ、わたしはいきたい、いきたい、ながいきしたい。  みんなとおなじくらいのねんげつ、いきられないなんて、いやだ。  ああ、わたしはげんきになりたい。  みんなとおなじようにはしって、おどって、うたって、いろんなたのしいこと、したい。  そうするほうほうは、ないの?  このよのどこにも、ないの?  ●肖像 「先生たちも指輪、探しに行くの?」  【トーマス・マン】の質問に【カサンドラ】は、絵筆の手を止めず答えた。 「ええ。黒犬一人だけには任せておけないから……」  【黒犬】への協力を鮮明に打ち出した言葉に、トーマスは勇気づけられた。  呪いの解除については様々な懸念があるが、やはり指輪は早く発見されたほうがいい。それが黒犬本人にとって望ましいことだ、と彼は思っている。 「あの、カサンドラ先生、それなら僕も一緒に行っていい? 指輪を探すの、手伝いたいんだ」  そわそわしながら聞いてくるトーマスに返ってきたのは、NOの言葉だった。 「ごめんなさい、それは出来ないわ――あなたには、ここで留守番をしていて欲しいの。私たちがいない間に、タロが黒犬の手紙を持って来ることもあるかもしれないから」  トーマスは軽く落胆する。  しかし単なる拒否ではなく、納得出来る理由がついていたので、なおも『行く』と言い張ることはしなかった。 「手紙が来たら、ちゃんと受け取っておいてね」 「うん――分かった」  短く答えてトーマスは、カサンドラが描いている絵を見る。心なし首を傾げて。  絵には、花園に立つ女性が描かれていた。まとったドレスが散る花びらと一緒になって、風になびいている。  そのモデルが誰なのかトーマスは知っている。何度かここを訪れたことがあるリバイバルの女性だ。  だけど、どうしたことだろう。カサンドラが筆を加えるごとに、印象が変わってきているようでならない。  あの女性は、優しげな感じだった。でもこの絵の中の人は、ひりつくような鋭い空気をまとっている……。 ●グラヌーゼ北部  人どころか獣の影さえない、荒れ地の夜。  薄雲に覆われた月はおぼろげな光を地上に投げ落とす。  巨大な穴が地面に空いている。まるでクレーターのように。  もしあなたがその縁に立ち見下ろしてみれば、穴の底に、体高2メートルはあろうかという黒いマスチフ犬を見るだろう。  【黒犬】は剥き出しの地面にべたりと腹をつけ座り込んでいた。手下の犬たちは随分疲れているらしい。彼の周囲で眠り込んでいる。 「くそっ、外れか……」  黒犬は罵りと一緒に炎を吐き出した。  地中から掘り出されたものが、闇にくっきり浮かび上がる。至るところ陥没したモザイク模様の石畳、崩れ果てた壁、ヒビが入った柱の列。  それらはここにあった、ノアの別邸の名残だ。  ノアたちはここに来る際、大勢のバスカビルを必ずお供に連れ出した。楽しみの一つである、狩りに参加させるために(この一点においてバスカビルは、シャパリュに対し大きな優越感を抱いていた。なにしろシャパリュはそういうことをさせてもらえなかったから――実際には『したいのにさせてもらえなかった』ではなく『面倒臭がってやらなかった』のだが、その辺の細かい事実関係について彼らは、あまり意識していない)。  バスカビルが狩るものは、ノア一族が用意してくれた。  多種多様な猛獣、魔物、それから――人間。  人間を相手にするときバスカビルは、たいてい体を小さくしていた。そうでないとすぐさま終わってしまい物足りなかったから。ノアたちもまた、勝負がすぐついては面白くないものだから、放つ人間を複数にしたり、わざと武器を持たせたり、一定距離を逃げるまではバスカビルを放たず待ってやったりなど、色々工夫していた。  駆けて駆けて獲物に追いつく、噛み付く、振り回す、食い破る。倒した獲物の肉は全部褒美として与えられるので、バスカビルたちはこの遊びに、一段と熱を入れた。その様をノアは優雅に、談笑しながら見ていたものだ。  まあそれはさておき、ここには指輪はなかった。自分のみならず手下たちにも散々嗅ぎ回らせたが、なかった。 (とすると、どこか別の場所にあるということだな)  黒犬は頭から、グラヌーゼ以外の場所を探す気はない。『ノアのものはノアのいた場所にある』と考えていたのだ。特にこれといった根拠があるわけではないが、なんとなくの勘で。  最も可能性が濃厚なのはサーブル城だと思ってもいたが、そこは後回しにしておきたかった。理由は言うまでもなく、赤猫がいるからである。いずれ確かめなければいけなかろうが。 (明日は、幻惑の森へ行ってみるか)  それにしてもあの女、勇者どもの話によれば最近、あれと何かの取引をしている人間がいるらしい。  奴が人間の言いなりになるはずもない。  が、しかし指輪は別として、城の品を勝手に人間へ渡すことはあり得なくはないかも知れぬ。何しろそれらを日々ぶち壊し、平然としているのだから。  無節操で無軌道で無責任で、シャパリュというのはどいつもこいつもろくでなしだ……。 ●咲き誇る花の下には何かがあるかもしれない  グラヌーゼ、『いのちの花畑』。  風はまだ肌寒いし、空は灰色だが、花畑は常に変わらず咲き誇っている。  【ドリャエモン】はモサモサの髭をしごき、東西南北を見回した。  至る所、花、花、花。戦いの犠牲者を悼む碑『セルラ・ビエラ』のほか、目印となるものは何もない。  生徒達が【セム・ボルジア】から得た情報によれば、指輪を拾ったかの騎士は、どうやらこのあたりにそれを放棄したらしい。  以降指輪は、地に潜ったままなのだろう。でなければ、すでに誰かが発見しているはずだ。グラヌーゼの人々は死者を悼むため、毎年ここを訪れているのだから。 「とりあえず始めるとするかの」  一行は学園から借りてきた品を手にした。  直角に曲がった一対の金属棒、それから、鎖のついた小さな三角錐。  一般に水脈や金脈などを探す『ダウジング』に使われるグッズだが、これは特別版。水でも金でもなく『強い魔力を帯びた品物』を感知する。  これらの器具を駆使ししらみつぶしに探して行けば、必ず何かしら反応が返って来る……はずである。指輪がここにあるのなら。 「まあ、気長にやりましょう。指輪は動いて逃げたりしな――」  言いかけて【アマル・カネグラ】は、カサンドラが近くにいないことに気づいた。  もう早、先に進んでしまっていたのだ。目を皿のようにして、声をかけづらいくらい真剣な様子。 (そういえばカサンドラさん、黒犬より先に指輪を見つけなければいけないんだって、ずっと言っていたっけ。でもちょっと、力が入りすぎだなあ……あれじゃあすぐ疲れちゃいそうだ)  取りこぼしを防ぐため、それから、本人の体調を観察するため、アマルはそれとなく、後ろからついて行くことにする。  他のメンバーも、思い思いに探索を進める。 「ところで……反応があったらどうします?」 「ひとまず、目印を立てときましょう。現地の人に許可をもらってから、後日改めて掘ってみるってことで」 「花を駄目にしちゃうみたいで、なんだか悪いですね」
参加人数
7 / 8 名
公開 2021-04-27
完成 2021-05-12
月夜に泳ぐ鯉のぼり (ショート)
K GM
●コウモリ軍団やってきた  学園から遠くもなく近くもないところにある、某村。  そこは今大変困っていた。  最近、夜ごとコウモリの大群が押し寄せてくるようになったのである。  それもただのコウモリではない。大きさこそ普通のコウモリだが、赤く光る目を持ち、異様に発達した爪と牙を有している……どうやら、ジャバウォックの一種らしい。  ジャバウォック・コウモリはとにかく気が荒い。目が合っただけで威嚇し襲ってくる。一匹一匹が野猿程度の攻撃力を有しているので、一般人にはなかなか手に負えるものではない。  そんなわけで老いも若きも男も女も夜、外を出歩けなくなってしまった。  それをいいことにコウモリたちは農作物を食い荒らし、鶏小屋を襲い、羊や牛を噛みとやりたい放題。  果敢に立ち向かった番犬は束になって襲われ、半死半生になる始末。  困り果てた村人たちは、学園に助けを求めることにした。  学園は直ちにそれを受け入れた。 ●事前協議  ジャバウォック・コウモリ退治依頼を受けた【ガブ】【ガル】【ガオ】達生徒は、ひとまず、どうやってこの問題を解決すべきか話し合った。  最も確かな対処法は、ジャバウォック・コウモリ一匹残らず物理的に消滅させることだが……。 「それはなかなか難しいんじゃないかな。コウモリたちは村に居着いてるわけじゃないらしいし」 「本拠地探して、叩けばいいんじゃねーか」 「どうやって探す。相手は飛べるよ」 「何匹か捕まえて目印をつけて、後を追いかけんのはどうだ。蜂の子を取るときみてえに」 「今回はそこまでする時間、無さそうだなあ……とにかく今来ているコウモリを、村から追い出すことを先に考えよう」  現れたジャバウォック・コウモリを一匹一匹叩いていくのも非効率的である。敵は大群。村は広い。そして言ってはなんだが味方は少数。いかに八面六臂走り回って奮闘しても、全滅させるのは難しいだろう。  自分たちが村に常駐出来るならいいが、現実にはそうもいかない。  残ったコウモリたちが機を見て再来する恐れは十二分にある。  とすると……。 「村人たちが、コウモリを脅せる手立てを作れないもんかなあ。そうしたら、私たちが引き上げた後またコウモリが来ても、対処出来るだろう?」 「まあ、ねえ……」  しばらく皆で頭を悩ませていたところ、一人が『そうだ!』と手を打った。 「あのさ、こんなのはどうかな? この前先生から聞いたんだけどさ、東方ではこの季節に――」 ●迎撃開始  満月煌々と冴え渡る、明るい夜。  いつも通り村へ飛来してきたジャバウォック・コウモリの群れは、驚いた。  昨日まではいなかった大魚の一団が、村の上をふわふわ飛んでいたのである。  大きな丸い目、大きな丸い口。変にぺらぺらした体。  コウモリたちは怪しみ警戒し、ホバリングして様子を窺った。  そこで大魚が急に身をひるがえし、突進してきた。  コウモリたちはびっくり仰天し、逃げ回る。  生徒達は夜空を見上げながら、手元の糸を操り、空に浮かぶ鯉のぼりを自在に操る。  この鯉のぼりは学園芸能・美術コースの先生方に協力を仰ぎ、製作してもらった特注品。  一匹の大きさは全長4メートル。  畳んだ状態から広げれば、風がなくとも浮き上がることが出来る。そして繋がった糸(最大500メートルまで伸びる)を操ることにより、前後左右上下自在に動かすことが可能。糸にも鯉自身にも魔法加工がしてあるので別の糸と絡まったり別の鯉と衝突したりすることはない。  付け加えれば糸も鯉を作っている布も、ちょっとやそっと以上の力を加えても切れたり破けたりしないほど丈夫だ。  ――真剣な依頼ではあるが、なんだか皆楽しそうである。特にガブガルガオの三兄弟。 「あ、そっちに飛んで行ったぞ、回り込め!」 「下に逃げる、高度下げろ!」 「ばかやろ、違う違う、右右! 右だっての!」
参加人数
3 / 8 名
公開 2021-05-12
完成 2021-05-26
ミラちゃん家――呪われてあれ (ショート)
K GM
●総括と現状確認  現在保護施設『ミラちゃん家』には、ノア一族にまつわる二つの指輪が一時保管されている。  一つは生徒達が実業家【セム・ボルジア】から預かっている指輪。  もう一つは生徒達がグラヌーゼにある『いのちの花畑』で見つけてきた指輪。  どちらの指輪も保護施設関係者が抱えている問題に関連するものである。  その問題とは、魔物【黒犬】【赤猫】にかけられているノアの呪いだ。  この二匹は互いに相手を嫌い抜いているのだが、ノアに呪いをかけられ命を結び付けられてしまっている。片方が死んだら、もう片方も死ぬように。  黒犬も赤猫も呪いを快く思っていない。特に黒犬は、一刻も早く呪いを解除したいと思っている。現在施設に保護されている【トーマス・マン】を通じ、【カサンドラ】並びに施設関係者へ、協力への働きかけを行なっている。  生徒達がグラヌーゼで見つけてきた指輪(以下、呪いの指輪と呼ぶ)は、呪いの要である。呪いの解除のためには、その存在が欠かせない――生徒達が先にそれを『いのちの花畑』で見つけたことを、黒犬はまだ知らない。  呪いの指輪は、グラヌーゼの戦いの際、ワレン・シュタインという騎士に拾われその妻の手に渡った。  直後妻は狂気に陥り失踪。グラヌーゼにて発見される。その際指輪は妻の指を千切り、地に沈み消えた。  セムが所有する指輪は、同騎士が同時期にグラヌーゼの別の場所で手に入れたものである。ボルジア家は何代か前、融資と引き換えにその指輪をシュタイン家から譲り受けた。  黒犬たちの呪いとは直接関係ないかもしれないが、同じノアが作ったものであれば、呪いの指輪の仕組みを探る手掛かりになるかもしれない。そのように考えて生徒達は、セムからそれを借り受けてきたとのことである。  シュタイン家はボルジア家に指輪を譲渡した後廃絶している。  ボルジア家は現在、セムを除いた全員が故人となっている。  赤猫は呪いを解除することに危険を感じている。罠が必ず含まれていると考えるからだ。  セムの側近【ラインフラウ】は彼女に『他者へ呪いを肩代わりさせること』を提案しているようだ。赤猫はそれに協力的であると思われる……。 「と、ゆー感じなんだよな? こーゆー雰囲気の理解でいいんだよな、現状?」  手の中で万年筆を回す学園長【メメ・メメル】に、ドラゴニア老教師【ドリャエモン】は頷いた。彼女が単語と落書きで一杯にしたチラシ裏を見下ろしながら。 「おおむねそういうところだろう、とわしらは思っておる」 「はっきりしねーなー……まあ、しょうがないか。関係者が総じて、こっちに情報出し惜しみしまくってるしな」  カルマ教師【ラビーリャ・シェムエリヤ】は、表情を変えないまま本題に入った。 「……生徒達から聞いた話では、この指輪を所有していたボルジア家は、現在の当主セムを残し、皆故人となっているそうですね……ちまたの一部では彼女が毒殺したのではないかという噂もあるとか」 「うん。でもセムたんは、『事実と違う』って言ってた」 「……どう思われます?」 「オレ様の勘として、セムたんの言葉にウソはねーと思うぞ? 家族が一時に死んだというのは事実のよーだが」 「……具体的に何があったのか、聞けませんか?」 「難しいなー、本人にそこまで突っ込むのは……外部の記録を当たってみるしかないだろ」 ●月夜の零れ話  サーブル城に猫たちが群れ集う。今宵は満月。浮かれ騒ぐに最適な夜。 「――ああ、カサンドラのことなら、知ってる」  赤猫ははすかいにラインフラウを見た。泥酔者特有のどろんとした目。奥に緑色の火花が燃えている。 「あら、それは初耳ね。どんな人だったの?」 「食べるところもないくらい、がりがりの、死にかけ。それで、とびきり、馬鹿。黒犬の適当なフカシを信じるくらいだから、そりゃもう、馬鹿」 「それって、どんなフカシ?」 「黒犬のやつ、あの死にかけに、魔物にしてやるって言ったのよ。そしたら死にかけも直るって。そんな力、ハナから持っていやしないくせに」 「へえ、それは悪質。でもあなた、なんでそのことを知ってるの?」 「本人から聞いた。生きてる時に。いつだったかあの女、この近くの野原をうろうろしてたから、捕まえてみた」 「黒犬がウソをついていることを、あなた、わざわざ教えてあげたの?」 「うん、そう。あんまり馬鹿みたいで面白かったから、ついでに」 「どういう反応だったの?」 「そんなことない、うそだってむきになって言ってきた。半泣きになって」  赤猫はよっぽどおかしかったのか、くくくと小さく喉を鳴らした。  周囲の猫たちがそれに呼応するように、同じく喉を鳴らす。 ●彼女が思うこと  カサンドラの心の中にはふつふつと、黒犬に対する怒りが煮え立っていた。  サーブル城に潜入する前、荒れ地で、赤猫と出会ったことを彼女は思い出している。  あれは満月の夜だった。赤猫は上機嫌に踊っていた。  驚き急ぎ立ち去ろうとしていたこちらを見つけ、追いかけてきた。大きな猫の姿になって。  ネズミのように前足で押さえ付けられたとき感じた恐怖は、忘れられない。  しかしそれよりもっと忘れられないのは、笑い声を交え発された言葉だ。 『黒犬には、人間を魔物にする力なんか、ありゃしないわ。あいつに出来るのは吠えて、噛み付いて、火を吐くことだけよ』 『あのポンコツで、間抜けで、脳たりんな、ワン公に騙されるなんて、お前、本当に馬鹿ね。馬鹿な人間』  その場では相手の言葉を完全に信じたわけじゃなかった。黒犬から聞かされていたのだ。赤猫は言うことなすこと全てにおいて信用おけない相手だと。  でも、そのことを改めて聞いても黒犬は、うるさいと言って、まともに答えてくれないのだ。  疑いは、日々膨らんでいった。  それが確信に変わったのは、サーブル城でノアが記した資料を見たときだ。  そこには黒犬と赤猫にかけられた呪いのことに加えて、黒犬と赤猫自身の能力についても事細かく記してあった……。  もしかしたらと思ってすがった言葉は、全くのデタラメだった。 (私は、なんて馬鹿だったんだろう……)  半透明な自分の手を見下ろし、彼女は、唇を噛む。  頭を過るのはトーマスのことだ。  彼は黒犬を信じている。昔の自分のように。であればこの先、自分と同じ道を歩まないとも限らない。 (私は、もう手遅れだわ。だけどあの子はまだ、取り返しがつく)  今後の指輪の扱いに関し、カサンドラは心を決めていた。 (黒犬には指輪を渡さない)  呪いの解き方を思い出したとしても教えない――もしそれが黒犬を解放するものであるならば。  しかし呪いを解くことが黒犬にとって致命的な結果をもたらすならば――教えてもいい。  彼も、自分のように、死ねばいい。 ●どうかお話を一つ  学園生徒たちは指輪が持つ力や作用について調査するため、指輪を所有していたシュタイン家の元領地を訪れた。彼らの痕跡を探れば、知れることがあるかもしれないと。  だがそこには、何も残っていなかった。一面の荒蕪地が広がるだけで。 「所領争いに負けた後、目ぼしいもの全部近隣諸侯にとられちゃったのかな」  であれば、取った側は何か知っているかもしれない。  と言うことでそちらへ話を聞きに向かう。  相手は貴族だ。一般人の訪問にすんなり応じてくれるとは限らない。  でもまあ、学園の権威を盾にすればどうにかなるだろう。少なくとも会って話はしてくれるはずだ。  この後行く予定である、シュターニャの当局にしても……。
参加人数
4 / 8 名
公開 2021-05-28
完成 2021-06-12
ミラちゃん家――予期せぬ発火 (ショート)
K GM
 呪いよ、呪い。  与えるふりをして、奪え。 ●齟齬  指輪の呪いについて手掛かりを得た施設関係者たちは、ひとまず幻惑の森にいる【黒犬】の様子を見に行くこととなった。【トーマス・マン】も連れて。  あまり長いこと続報を待たせていると、こちらのことを怪しみ始めるかも知れないからだ。  先に自分達が指輪を手に入れていることは、当然言わない。ならこっちによこせと言ってくるのは確実だからだ。  ひとまずのところ誰も、そうしようとは思っていない。特に【カサンドラ】は。  明日、また黒犬に会える。  そう思いながらうきうきしていたトーマスにカサンドラは、暗い目を向け、言う。 「……トーマス、黒犬についてのことなんだけどね」 「うん」 「私は、呪いはもうこのままでいいと考えてるのよ。彼にはこの先もずっと、赤猫に繋がっていてもらう」 「……え?……ど……どうして? 呪いを解いたら黒犬に何か、災難が起きるの? それが分かったの?」 「それは分からないわ……でも、そうであろうがなかろうが、呪いは解かない方がいい。彼に、いいえ、彼らに力を戻すのは危険すぎる。そんなことをしても、私たちには何一ついいことは起きない。分かっているの」 「な、なんで。先生おかしいよ。ずっと言ってたじゃない、黒犬に協力するんだって。呪いを解く手伝いをするんだって。ここまで来て、それをなかったことにするなんて、ひどいよ」  カサンドラの青白い眉間に暗いしわが生まれた。  口元は強く引き結ばれている。奥歯を噛み締めているのだ。 「……トーマス、あなた、黒犬に助けられたと思っているのでしょう? だから、黒犬の望むことをしてあげたいと思っているのでしょう?」 「思っている、じゃないよ。実際黒犬は助けてくれたんだ。僕のこと、村の連中から守ってくれたんだ。黒犬がいなかったら、僕死んでたよ」 「そう……そうね。でもね、黒犬は人間のこと何かどうでもいいのよ。あなたを助けたのはあなたがかわいそうだったからじゃない。あなたが使えると思ったから、それだけよ……だから、平気でウソをついてくるわ。結果あなたが窮地に陥ろうがどうしようが、知らんぷりして見捨てるわ……」   断定的な言葉に、トーマスは猛反発した。敬語を使うことも忘れ、叫ぶ。 「黒犬の悪口言うな! さっきから先生が言ってるの、全部、想像じゃないか!」 「想像ではないわ……黒犬は私に出来もしないことを出来ると嘘をついた……その嘘を信じて彼に協力した結果が、この通りよ…………トーマス、このままだとあなた、私と同じ轍を踏まむようになるわ! 彼を信じることは危険なの、してはいけないの!」  トーマスはこれまで黒犬から、直接被害を受けたことがない。だから、カサンドラの忠告を素直に受け取ることなど出来なかった。 「……それは、それは、先生が最初に黒犬に嘘をついたからだ! だから黒犬も先生に嘘をついたんだよ! 絶対そうに決まってる、黒犬はいい奴だもん!」  そこでアトリエの扉が開いた。  二人の声を聞き付けた【ドリャエモン】が、あわてて入ってきたのだ。 「どうしたのだ、二人とも。何があったのだ?」  トーマスはそれに答えず、乱暴に床を蹴って部屋を出て行った。  それを見送ったドリャエモンは、黙然と佇んでいるカサンドラに声をかける。 「……どうしたのだ?」  カサンドラは苦しげに首を振り、椅子に腰掛けた。 「……黒犬が危険だと、あの子にどう言ったら伝わるのか……私はきっと、人を教えるのに向いていないたちなんです。あの子を苛立たせるだけになってしまって……」  ドリャエモンは深く息を吐き、カサンドラを慰める。 「そういうことは、誰しもよくある。焦るでない。こういうことには、時間が必要なのだ」 ●一人だけの王冠  各方面での調査によって施設関係者たちは、【セム・ボルジア】が所有している指輪について、多くのことを知った。  その中には、いまだ推測の域を出ないものもある。  だが、以下のことだけは確実視していい。 『王冠の指輪は、所有している一族に富をもたらす。  しかし富の蓄積と反比例するように、指輪所有者の一族は、その数を減らしていく。  富の蓄積と一族の減少スピードは、代を重ねるごとに加速している。  呪いは時間の経過と共に強化される』  【アマル・カネグラ】は【セム・ボルジア】に、彼女の指輪が入った宝石箱を渡した。 「――呪いについての調査結果は以上です。こちらはお返しいたします」  セムは特別おびえる様子もなく、鷹揚に相槌をうつ。 「なるほどなるほど。調べ物ご苦労様です」  その反応がアマルには、なんだか物足りないように思えた。彼女は、家族が全滅する一因になっただろう呪いが、それをまとった指輪が、恐ろしくはないのだろうか?  「セムさん、その指輪、これからも所有されていくんですか?」 「それはそうですよ。私が唯一の当主ですもの」 「持っていると、あんまりいいことないと思うんですけど……」  その言葉にセムは、ふっと笑った。 「所有者に富をもたらす――それは、いいことではありませんか? 手放したところで、死んだ家族が生き返るわけでなし」 「まあ、そういう考えもあるかも知れませんけど、でも……やっぱりやめたほうがいいと思うなあ」 「どうしてですか?」 「それがある限り、新しく家族を作れないでしょう。また誰か、死んじゃうかもしれないですし。場合によってはセムさんが」 「私、誰とも結婚するつもりはありませんよ?」 「知ってます。でも、これから気が変わることもあるかもしれませんでしょ?」 「いやあ、ないですねそれは……きっと」 ●怒りよ呪いとなれ  早朝と夜中の間にある時間。  俗に言う丑三つ時。  カサンドラは不意に目を覚まし、黙然と、トーマスが以前描いた絵を眺める。  そこにある黒犬の姿をぼんやりと見つめる。  不意に、突き抜けるほどの怒りが沸き上がってきた。 「……!」  己を押さえようと胸の前で手を握り合わせる。  だがそれでも感情が収まらない。  口から小さな呟きが零れた。 「呪われろ……」  その瞬間左の薬指が熱くなった。  我に返り恐る恐るそちらに目を向ける。そして、小さな悲鳴を上げる。  指には、あの乳白色の指輪がはまっていた。学園の保管庫へ預けてあるはずの指輪が。 「ど、どうし……」  台詞が途絶え、一瞬の陥落。  カサンドラの動揺はたちまち凪いだ。  彼女は手袋をはめた。指輪がはまった指を隠すように。  そして、部屋を出る。  階段を下りて行く。  数時間後、施設関係者たちはカサンドラが姿を消していることに気づく。  彼女が皆に先んじて、『幻惑の森』に向かったらしいことも。 ●点火  『幻惑の森』を嗅ぎ回っていた黒犬は、大きな頭を持ち上げた。  木々の間から現れたカサンドラの姿に、にやりと笑む。 「何だ、今日はお前だけか。お前、ノアの匂いがするな。何だ、見つけたのか、指輪を」  期待に自然と尻尾が揺れる。  カサンドラは彼に、嘲るような眼差しを向けた。手袋を外し指輪を見せる。そして言う。 「……ええ。この通り見つけたわ。でも、お前になんか渡さない。誰がそんなことをしてやるもんか」 「……なんだと?」 「お前なんか、そのままずっと、ずっと、ノアに呪われていろ! じゃなければ、苦しんで死ね! 赤猫ともども地獄に落ちろ! それがお前たちにはお似合いな結末だ!」  怒りで黒犬の目は、たちまち血走った。  上唇がめくれ上がり、牙が剥き出しになる。
参加人数
6 / 8 名
公開 2021-06-13
完成 2021-06-29
ミラちゃん家――駒を動かせ (ショート)
K GM
●シュターニャ近郊  時刻は夜。  【セム・ボルジア】は一人丘の上。シュターニャの町明かりを見下ろしている。  視線は最初照明に煌々と照らされた『ホテル・ボルジア』本社に向けられていたが、やがてそこからそれ、ひっそり暗がりに沈むボルジア家の大邸宅に注がれる。窓には一つも明かりがついていない――誰もいないのだから、当然だ。  セムはゆっくりした動作で煙草を胸ポケットから引き出し、火をつける。白い煙を吹かす。  その横顔を【ラインフラウ】が、うっとり見つめている。 「何を考えてるの、セム?」 「私の家のこととか、指輪のこととか、グラヌーゼのこととか――ラインフラウ、呪いの移し変えの話は進んでいますか?」 「ええ」 「赤猫が、話の信憑性について疑っている素振りはありませんか?」 「いいえ。全面的にこっちを信用しているわよ。信頼はしてないけどね」 「それはもう、お互い様ですね」  小さくセムは笑い、声を低める。自分の髪を撫でるラインフラウの手をそのままにして。 「……学園の生徒さんたち、呪いの指輪を見つけたかも知れません」 「あら、本当? 間違いなく?」 「断言は出来ません。でも彼らがここ数カ月の間、何度かグラヌーゼへ行ったことは確実なんです。道中の姿を見た人がいますから」 「あなたの情報網、大したものね、セム。悪役まっしぐらなとこ、ほんと好き」  甘く囁いてラインフラウは、セムの額に口づけする。  セムはそれに対し特別反応を示さなかった――示さないようにしていた。 「ラインフラウ。あなたの側も、何か情報を掴んでいるでしょう?」 「ふふ、ご名答。赤猫も、あれで意外と地獄耳でね。黒犬が何度もグラヌーゼに出入りしたことを知ってたわ……直近には『幻惑の森』で騒いでいたみたいだって。どうも学園の子たちと争ったようね」  セムの口元が上向きのカーブを描いた。会心の笑み、といった具合の表情である。 「生徒さんたち、黒犬と揉めたんですね」 「揉める理由があるとすれば、呪い一択よね」 「ええ……生徒さんたちが黒犬に対する態度を一変させたとすれば、呪いにかかわる新しい『何か』を見つけた可能性が高い」 「……『何か』って、呪いの指輪かしら?」 「ええ。付け加えると、その指輪が黒犬に渡った可能性もなくはない。それだけ激しくやりあったのならば――ラインフラウ、ついてきてくれます?」 「どこに?」 「グラヌーゼです。赤猫と話をしたくてね」 「あなたが行かなくても、私が代わりに話をしておくわよ?」 「そういうわけにはいきません。直に見たいですし。相手の反応を」  呆れた、というふうにラインフラウが天を仰ぎ、両手を広げる。 「好きねえ、渦中に飛び込むのが。あなたいつもそうだわ。私を心配させてばかり」 ●グラヌーゼ。サーブル城。  薄寒い雨の日。城の奥。暖炉の前。  赤猫はいつも通り、少女の姿で飲んだくれている。取り巻きの猫たちは思い思いにくつろいでいる。訪問者たちに横目を向けながら。 「黒犬が指輪を?」 「そう。手に入れたかもしれないのよ」  ラインフラウからそう言われた赤猫は、にやにや顔でこう言った。 「それが本当ならあいつ、間違いなく今頃キレまくってる」  セムは親しげな口ぶりで、目の前にいる魔物に問う。 「どうしてそんなことが分かるんです?」 「だって、指輪を手にいれたところで、絶対に何にも出来ないから。あいつ呪いがどういうものなのか、理解出来る脳みそ持ってないし」  赤猫の喉がぐるると鳴った。眠そうな、それでいて隙のない猫の眼差し。 「私、一刻も早く呪いをうっちゃりたい。だから、お前、黒犬を捜して、城に来るようにさせてよ。移し替えのためにはどうしても、あいつがいないといけないし」 「……あなたが自分で彼を捜し出すという選択肢はないのですか?」  当然の反問に赤猫は、派手なあくびで返す。鋭く尖った歯が丸見えになった。 「なーんで私がそんな面倒くさいことしなきゃなんないのー。このところ雨ばーっかり。外に出たくなーい」  セムはニヤリと笑って、手を広げた。 「分かりました。いいでしょう。黒犬がここに来るよう仕向ければいいんですね?」  彼女は後ろにいるラインフラウが赤猫と意味ありげな視線を交わしあったことに、気づいていなかった。 ●そして、一歩踏み出す  狼ルネサンス3兄弟【ガブ】【ガル】【ガオ】は、首を傾げていた。  彼らの前には閉じられた保護施設の門がある。 「あれ、門が閉まってるな」 「留守なのか?」 「んなわけねーだろ」  そんなことをわやわや言い合っているうちに、施設の扉が開いた。  多分窓から彼らの姿を認めたのだろう。【トーマス・マン】が飛び出し、門に駆け寄ってくる。 「ガブにいちゃん、ガオにいちゃん、ガルにいちゃん!」 「おー、トーマス!」 「なんだ、いるじゃねえか!」 「元気だったか!」  トーマスはその問に、うん、と頷いた。  しかし表情や語調にも、陰りがある。言葉通りの状態ではないことは、明らかだ。  ガブたちは心配し、聞く。 「どうしたんだ」 「じじいにどやされたか?」 「ケンカで負けたか?」  トーマスは、頬を押さえて茶を濁した。 「ううん、違うんだ。あのね、その、歯がちょっと痛いんだ」  嘘である。  彼が沈んでいる本当の理由は、先の黒犬との会談で【カサンドラ】が負傷し、まだ意識を取り戻さないからだ。  門が閉められているのは、彼女に対する万一の襲撃を警戒してのこと。黒犬も相当な負傷をしていたので、恐らく学園まで攻め込んではこないものと思われるが、用心はし過ぎるくらいが丁度いい。 「歯かー」 「そりゃいけねえな」 「歯医者ってやだよなー」  でもそんな事実をトーマスは、ガブたちに告げるわけにはいかなかった。何故なら彼らは、施設にとっての部外者だから。呪いの件についても、また。 「あ、そうだ。トーマスよう、ドリャエモン先生いるか?」 「話があるんだけどよ」 「あ、うん、いるよ。ちょっと待ってて」  トーマスはきびすを返し、施設の中へ入って行った。  しばらくして【ドリャエモン】が出てくる。 「なんじゃ、お前達。わしに話とは珍しいではないか」 「んー、まあな」 「別に俺たちも来たくなかったんだけどよ」 「仕事の依頼主が、一応担任に、依頼内容を事前報告してきてくれっていうからな」 「ほう、依頼。それはよいことだ。して依頼主は、どこの方なのだ?」  ドリャエモンの顔は、以下の名前を聞いてちょっと曇った。 「セム・ボルジアだ」  依頼内容を聞いてますます曇った。 「例の黒犬って魔物を探しに行くんだと。赤猫からの伝言があるんだってさ」 「でその、護衛を頼まれたんだ」 「あの社長、ラインフラウも一緒だからそんなに危険はないって」  これは……自分もついて行くべきではあるまいか。  そんなことを思うドリャエモンの傍らで、トーマスが、急に声を上げた。 「僕も――僕もグラヌーゼに、一緒に行きたい」
参加人数
8 / 8 名
公開 2021-06-29
完成 2021-07-14
ミラちゃん家――ある晴れた日に (ショート)
K GM
 呪いが離れた。  彼女を地上に繋ぎとめていたくびきが外れた。  魂よ、自由になれ。  羽ばたいていけ。 ●このよき朝に  時刻は朝。  場所はなにがし山の保護施設。  目を覚ました【カサンドラ】はベッドから降り、窓際に歩み寄る。  空が青かった。  雲は白かった。  紫色の朝顔が咲いている。  山々の向こうには、フトゥールム・スクエアの校舎群。自分が通っていたころと少しも変わらない姿でそびえている。  カサンドラは、なんだか長い夢から覚めた心地がした。  随分と体が軽い。まるでそう、雲にでもなったよう。  目の前に手をやってみる。  それは、これまでにないほど透けて見えた。  ああ、と息を吐く。来るべきものが来たのだと悟って。  自分はここから去らなければならない。 (……長く持ったものね……)  リバイバルになる前も、なった後も、死ぬことをあれだけ恐れていたのに、どうしてだろう、今はちっとも怖くない。  描きかけの絵を残して行くのは心残りだけれど。トーマスや、皆と別れなければならないのは、寂しいけれど。  でも、明るい。見えるものなにもかもが。 (世界がこんなにきれいなものだということを、私は、今の今までどうして忘れていたんだろう)  物思いに耽った後、カサンドラは顔を上げる。  いつのまにか【ミラ様】が近くに来ていた。  精霊はその思いを彼女の心へ、直に伝える。 「……ええ……そうですね。私は……なくなってしまうわけじゃない。風に、光に、溶け込んでいくだけ……」  私はもうすぐ、ここからいなくなる。  でもその前に、伝えておかなければならない。黒犬と赤猫にかけられた呪いを、どうすれば解くことが出来るのかを。 「ミラ様、皆を呼んできてくださいますか……」 ●行く人、残る人  カサンドラは、これまでいっぺんもなかったほど健康そうだった。  痩せこけていた顔は肉付き血色がよい、褪せていた髪の色も目の色も、鮮やかに色づいている。  ――だけどその輪郭は、極度に薄らいでいる。  彼女がもうすぐいなくなるのだと直感した【トーマス・マン】は、泣きたいような気持ちになった。  【トマシーナ・マン】は顔をクシャクシャにして、カサンドラに取りすがる。 「先生、消えちゃだめよう。いなくなっちゃだめよう」  だけどカサンドラの体はもう触れる状態ではなくなっていた。空気をつかむように、小さな手が擦り抜ける。  そのことがショックで、トマシーナは泣いた。  カサンドラはそれを慰める。 「泣かなくていいのよ、トマシーナちゃん。私は今、とてもいい気分なの。これまでで一番ね。なんだか、空も飛べそうな気がするのよ」  アマルはそのやり取りを、口をへの字にして見ていた。  共に時を過ごした相手がいなくなるというのは、彼にとっても寂しいことだった。つぶらな丸い瞳に涙が溜まっている。  【ドリャエモン】が太く落ち着いた声で、カサンドラに尋ねた。哀惜を込めて。 「カサンドラよ、思い出したのか?」 「ええ。そうです――だから、話せるうちに急いで話しておかなければと思いまして……呪いの解除法を……」 ●黒犬と、赤猫と、指輪と、それから――  壊そうとしても壊れない指輪。  見ているほどに腹が立ってしょうがない。  だが捨てるわけにはいかない。絶対に。そんなことをしたら、二度と手に入らないかもしれないのだから。 「くそっ、くそっ」  唸りながら黒犬は、地面に置かれた指輪の回りをぐるぐる巡る。  彼は頭の中で、何度となく反復させる。見知らぬ人間共が、赤猫からと称し伝えてきた言葉を。 『指輪を手にいれたとしても、何も出来ない。壊せない。自分から手放すことも出来ない。仮に捨てたって戻ってくる。お前の頭を狂わせる。サーブル城の、あのムカツクつがいが住んでた部屋の、宝石箱の中へ戻さない限り。最もお前は、狂うほどの上等な頭なんて、もともと持ってないから、その点は心配要らないね』  赤猫の言葉は信用出来ない、というか、信用したくもない。  だがこのまま睨んでいたところで、何も進展しないのは確実だ。指輪がひとりでに壊れるなんてことはあり得ないのだ。ただただノアに対する憎悪をかき立てられ、疲労感が蓄積していくばかり。 (……サーブル城の……ノアのつがいが住んでいた部屋……)  その場所を黒犬は知っている。何しろ飼い主の部屋なのだから。 「――くそおっ!!」  黒犬は指輪を咥え走りだした。サーブル城へ向かって。  たどり着いてみれば城はいつものように、陰気にそびえ立っていた。  不審そうに集まってくる猫を炎と怒声で追い散らし、堂々と正門から侵入を図る。  もし赤猫が出てきて邪魔したらこの前のお返しをしてやろうと、堅く心に誓いながら。  しかし、城内に足を踏み入れた瞬間、ガコンと床が抜けた。  黒犬はとっさに本来の姿に戻る。四つ足を踏ん張り、着地する。  足裏がちくちくした。  打ち付けてあった鉄の杭が触れたのだ。  人間なら串刺しになって終わるところだが、鋼のような巨体にかかっては、杉葉を踏んだ程度の刺激しかもたらさない。  ひゅー、と口笛が聞こえた。  大嫌いな酒臭い匂い。大嫌いな声。 「久しぶりね、ポンコツ――おっと。私、今日はあんたとケンカするつもりはないの。教えたいことがあるのよ」  黒犬は赤猫の後ろに、女のローレライがいるのに気づく。 「まずね、呪いの指輪と宝石箱関連の話はぜーんぶ、う・そ。騙された? だったらあんた、やっぱり馬鹿だわ」  唸り声を前にローレライを親指でさし、赤猫が言う。 「でも、呪いをどうにか出来るかもしんないのは本当――この人間、私たちにかかった呪いが欲しいって、言ってんの」  無作法にけらけら笑いながら。 「それを自分と、セムって奴に、移し替えたいんだってさ! 愛して愛して、愛してるから、自分から逃げられないようにしたいんだって!」
参加人数
8 / 8 名
公開 2021-07-15
完成 2021-07-31
ミラちゃん家――もう一度指輪を (ショート)
K GM
●教師たちの会話  【カサンドラ】は生徒達に教えた。  指輪の中にある『言葉』が隠されていることを。その『言葉』を使えば【黒犬】と【赤猫】にかけられた呪いが解けることを。  そうして、消えていった。 「可能なら、黒犬に指輪が奪われる前にそのことを知れたらよかったな。そうしたら、いち早く言葉を見つけることが出来ただろうし――まあ、言っても詮無いことか。すべてのことは、起きるに相応しい時に起きるんだってゆーしな」  【メメ・メメル】は軽く嘆息してから、傍らに立つ【ラビーリャ・シェムエリヤ】に問う。 「生徒諸君は、これからどうするつもりなんだ?」 「まずは、指輪を黒犬から取り返すつもりのようです」 「まあ、当然そうなるよな……探すあてはあんのか?」 「ひとまずグラヌーゼ――サーブル城近くを探ってみようかと言っていました。赤猫にあれだけ煽られたなら、無反応ではいないんじゃないかと」 「そうか」 ●何が起きた  グラヌーゼ。夏の長い夕ぐれ。この地では珍しくもない曇り空。  曇り空には、夏草生い茂る荒れ野。  荒れ野の中に、草で覆った急ごしらえの見張り小屋が数件。 「あれだけのこと言われて、無反応でいるわけないと思うんだよね。黒犬の性格からして」  一人呟きながら【アマル・カネグラ】は、高倍率の望遠鏡を覗いた。  彼は今、仲間とともにサーブル城を見張っている。何か動きがないものかと。  城が見えるギリギリの距離に見張り小屋を幾つか作り、その中に隠れ、張り込む。  このやり方は効率が悪いし見落としも多い。もっと近づいて直に調べるのが一番いいのは分かっている。しかし、そうすると赤猫が興味をもって出てきてしまうかもしれない。そこは避けたい。  幸い離れていても、仲間たちとの連絡は取れる。【ドリャエモン】が学園から、人数分のテールを貸し出してくれている。 「……お腹空いたなあ」  ぼやきつつアマルは、大きなポシェットを探る。そこにはエネルギー補給のためのタイヤキが入れてあるのだ。 「いただきまーす」  一気に数匹口に入れ、咀嚼する。  その時同行生徒の声が、テールから響いた。 『出てきました! 黒犬――え!? 赤猫も――一緒に!?』  アマルは慌てて望遠鏡に視線を戻す。  巨大な【赤猫】と【黒犬】の姿が一瞬だけ黙視出来た。  彼らは疾風のように駆け出し、たちまち姿を消してしまう。 「え、な、なんであの二匹が一緒に?」  理由は分からないが、ただならぬ事態が起きているようだ。  しかし、それはさておき。  二匹揃って出て行ったのなら、今あの城には誰もいないということに――なる。 ●シュターニャ  ボルジア家。からっぽの大邸宅。  手入れの行き届いた庭を逍遥しながら、【セム・ボルジア】は頭の中を整理している。【ラインフラウ】を相手にして。 「赤猫は黒犬に、何と言ったんです?」 「『呪いの転移をするから、協力しろって』」 「喧嘩にはならなかった、と」 「ええ」 「黒犬はその話を信じたんですか?」 「さあーねー、半信半疑ってところかしら。でも、彼、正直他に打つ手がないしね」 「指輪は、まだ黒犬が持っているんですか?」 「ええ、一応」  その指輪、可能なら学園側に戻した方がいいかもしれないとセムは考え始めている。  保護施設関係者らは、この先呪いの解除法を突き止める――あるいは既に突き止めている可能性が高い。ということは、解除を回避する方法――黒犬と赤猫を確実に死に至らしめる方法を知っているということだ。  そういう情報は、是非とも共有しておきたい。 「……ラインフラウ、呪いの転移に関して、指輪が必要だとは言っていないですよね?」 「ええ。『あなたと黒犬と、それから移し変えの対象がいればそれだけで可能だ』って言っているわよ?」 「ならあの指輪、こちらへ寄越すように説得することも出来ますかね」  そのように言うセムをラインフラウは、優しく熱っぽい目で見つめた。 「それ、可能なことかしら?」 「やれなくはないんじゃないですかね。黒犬は、赤猫より察しが悪いですから」 「確かに彼は、察しが悪いわね」  くすくすやりながら、セムにしなだれかかる。 「でも、セムも結構、そういうところがあるわよ? あなた欲得が絡む話にはすごーく勘が働くのに、色恋沙汰にはとんと鈍いのよねえ……いえ、避けてるって言うほうが近いかしら。どうして?」  いつも通り彼女の求愛を流そうとしたセムは、はっとした。強烈なアルコール臭さと次の声で。 「どーうしてかーしらー?」  赤猫がすぐ近くの木の下闇から、するりと出てきた。普通サイズの猫の姿で。  続けて黒犬も出てきた。天使の彫像の後ろから。軽く唸りながら。  両者、今の話を聞いていたのは間違いない。  さしものセムも一瞬息を飲んだが、すぐとラインフラウにきつい視線を向けた。 「どういう次第ですか、ラインフラウ?」  ラインフラウが答える前に赤猫は、ぱっとセムとの間合いを詰めた。少女の姿に変じ、セムを下から睨めあげる。  眼光の圧力がセムの動きを止めた。  赤猫はラインフラウを指し示した。 「この女が、お前を指名したのよ。私の呪いを引き受ける対象として、自分と、お前を使いたいんだってさあ。お前と結びつきたいんだって。お前が好きで好きでたまんないからそうしたいんだって。私にはさっぱりわかんない話だけど」  そう言ってから、猫が顔を洗う仕草をする。  視線が外れたのでセムは動けるようになった。  顔をラインフラウに向ける。 「ごめんねセム。私、これまであなたに言ってきたでしょう。『呪いの移し変えは出来ない』って。あれね、ウソ。本当は出来ちゃうのよ。もっとも、私ほどの腕があって初めて可能なことだけど」  セムのまなじりがいよいよ険しくなった。  目の奥に動揺が見受けられる。声にいつにない揺らぎがある。 「ラインフラウ――自分が何をしているか分かっていますか?」 「分かっているわよ、もちろん。私の命を、あなたの命と繋げるの。あなたが死ぬときには私、一緒に死ぬの」 「いい加減にしてください! 一体いつ、誰がそんなことをしてくれと頼みましたか!」  怒声にもラインフラウは動じない。 「あのねセム、私、ずっと考えてたのよ。あなたとの生きる時間の差をどうしたらいいのか。ほら、あなたはどうしても、私より先に死んでしまうじゃない? ヒューマンなんて、どんなに頑張っても100年がせいぜいだし」  赤猫がそこで、わーあーあーと猫の鳴き声を上げた。笑い顔で。 「100年なんて、ほんのちょっと。ヒューマン、お前が死んだらこの女も死ぬ、そこで呪いは、終わる。呪いが、消える。私、自由になれる。万々歳。ポンコツまでもがそうなるのはムカつくけど」  ラインフラウはそれに頓着せず、一人、言葉を続ける。 「あなたがいなくなった時のことを思うと、私――」  青い瞳の奥に、ぬめりを帯びた炎が燃えていた。 「――頭がおかしくなりそうよ」  相手の底知れぬ本気度を感じ取ったセムは、とっさに身を引こうとした。  次の瞬間黒犬が人間の姿に変じ、彼女のみぞおちあたりに拳をたたき込む。  セムは、もちろん即座に昏倒した。血を吐いて。 「ちょっと、セムになにするのよ!」  ラインフラウはセムを抱き寄せ抗議し、回復魔法を施す。  黒犬はうるさそうに首を振った。 「殺しはしてない」  赤猫がたんたん足を踏み鳴らす。 「――さあ、そいつをつれて、早く城にかーえろ」
参加人数
5 / 8 名
公開 2021-07-31
完成 2021-08-13
ミラちゃん家――選択 (ショート)
K GM
●変更なし 「――勇者、私たちがいない間に城に入ってきて、指輪を取って行ったみたい」  取り巻きたちから話を聞いた【赤猫】は、しゅっと鋭い息を吐き、【ラインフラウ】に横目を向ける。 「別に指輪がなくても、移し替えは出来るのよね?」  ラインフラウは自信満々に答える。 「もちろん。呪いの中身に手をつけるわけじゃないんだから、指輪の存在は必須ではないわ」  それを聞いて赤猫は納得したらしい。にーっと、口の両端を吊り上げる。 「なら、いい」  このやり取りを聞いていた黒犬は、疑い深い目をラインフラウに向ける。 「お前、それは本当だろうな」 「もちろん本当よ。私はねえ、あなたたちの呪いが欲しいの。それを私とセムのものにしたいの――失礼するわね、セムの様子を見てくるから。かわいそうに、誰かさんのせいであばらを折っちゃって」  黒犬にちくりと嫌みを言って、ラインフラウが退室する。  残ったのは黒犬と、赤猫だけ。  黒犬は耳の先から尻尾の先までいけ好かない相手に、改めて尋ねた。 「あの女信用出来るのか」  赤猫は鼻先で、ふふんと笑う。 「お前、馬鹿。馬鹿は知恵がないから、何が本当のことか分からない。結果全部疑う」 「何だと」  鼻にしわを寄せ唸りつける黒犬相手に、口笛を吹く。 「あの女はいかれてる。いかれてるから、信用出来る。移し変えさえすめば、忌々しい呪いはぜーんぶあいつらのもの。後は寝て待つだけでいい。呪いが消えていくのを」  そこまで言って赤猫は、くっと窓のほうを見た。黒犬もそうした。 「勇者、戻ってきた」 「そのようだな」 ●城で何かが起きている  指輪の『言葉』を手に入れた勇者たちは、サーブル城に戻ってきた。どんな形にせよ、ノアの呪いに決着をつけるために。  【アマル・カネグラ】は呪い解除についての情報を、黒犬たちに与えないほうがいい、という意見だ。 「呪いはなくなる、力は戻る。その場合、あの二匹が大人しくしているとは思えないんですよね。今の状態でも世間一般にとって、十分脅威なわけですし……だから、呪いの解除方法については、『もしそうしたら命がなくなることが分かった』と言っておけば、現状維持以外に手がないんだと思って、黒犬もこれ以上この件にこだわるのを諦めるでしょう。それから……何かあったら僕らだけで『言葉』を唱えることも、選択肢の一つとして考えておいたほうがいいんじゃないでしょうか?」  【ドリャエモン】の意見は、それとは違う。彼は黒犬達に呪いの解除方法を秘匿しておこうとは思わなかった。 「意図して事実を曲げ伝え、都合よく相手を動かそうとする。それは黒犬がカサンドラやトーマス相手にやったことと、全く同じではないかの? わしらがそれを真似る必要はない」  遠目に見えるサーブル城は夜の闇に沈んでいる。  どの窓にも、明かりひとつ灯っていない。 「黒犬と赤猫、まだちゃんといるでしょうか」 「そう願いたいところだの」  一同身構え、注意しながら近づく。  そのとき草むぐらの中から、ずわっと魔物の気配があふれ出てきた。  険悪な顔をした黒犬が姿を現す。黄色い目を光らせ、開口一番脅しをかけてくる。 「何だ、貴様ら。とっとと帰れ。帰らんと焼くぞ」  アマルがそれに反論する。 「いや、待ってよ。僕たち呪いについての新しい情報を、教えに来てあげたんだ――」  黒犬は火を吹き出した。  あわてて避ける勇者たちに、半笑いの言葉をぶつける。 「ほうそうか。そんなものはもう、どうでもいい。もうお前らに用はない。呪いは他の奴に、肩代わりさせることにした」  仰天の発言に、アマルは瞬きを忘れた。 「か、肩代わり!? そんなこと出来ないでしょ!?」  そこに猫の声。  振り向けば赤猫だ。上機嫌に目を細めている。 「出来ーる。ノアはよく、それをやってたー」  ドリャエモンは息を呑み、声を低める。 「お前たちは、そのやり方を知っているのか?」 「知らなーい。けど、知ってる奴がいる。ラインフラウっていうやつ。そいつ、呪いをくれと言った。だから、喜んでくれてやる。呪いの話はそっちにしたらいい。私たちにはもう、関係ない」  言うなり赤猫は強力な雷光を発し、一同の目を眩ませた。  皆が動けないでいる間に、黒犬ともども姿を消した。 「あの二匹、どこに……」  アマルが目をしぱしぱさせ呟く。  そのとき、指輪が急に点滅し始めた。握られている手の中で、動き始める。 ●カウントダウン  豪奢極まる地下通路の、奥。  そこは、めまいがするような空間だ。ドーム型の天井、壁、床全てが、細かな文字、数字、文様が渾然一体となった魔方陣に埋め尽くされている。  魔王の像が部屋にいる人間達を見下ろしている。 「セム、気分はどう?」  【セム・ボルジア】は流麗な細工が施された椅子に腰掛けていた――いや、腰掛けさせられていた。両手は背板の後ろに回され、縛り付けられている。  彼女は寄り添ってくるラインフラウに、灰色の目を向ける。 「……最悪です」 「そう。黒犬ったら、無茶したものね。あなたはただのヒューマンなのに、あんなに殴りつけるなんて、かわいそうに」  口を尖らせラインフラウは、セムの胸に手を置いた。  セムはラインフラウを説得しようとする。焦りが滲む早口で。 「ラインフラウ、私は、あなたと命を繋げる気はないです」 「そう。でも、私はあなたと命を繋げたいの」 「ラインフラウ、ラインフラウ、よく考えてみてください、私が死んだらあなたも死ぬんですよ。あなた、まだ千年――あるいはもっと、生きられるでしょう」 「ええ。ローレライだからね。まあ、万年は無理だろうけど」 「なんでそれを、自分から投げ出すようなことをするんですか。後悔しますよ、必ず。こんなことをしなきゃよかったって。あなたが私に抱いてるのは、一時の感情ですよ。そんなものに命を懸けるなんて、馬鹿げてます。大体、私も、あなたの巻き添えになって死にたくない。もし万が一そうなろうものなら、私、あなたを絶対に恨みますから」 「必死ね、セム。そんなあなたの姿もまたいいわー。こっちが何を言っても、いつもしらっとしてたから、物足りなかったのよねー。恨む? 望むところだわ。そうされた方がずっといいわよ。無関心を装われるよりはね。私の存在を、正面から意識せずにはいられなくなるってことだから――」  相手の態度が頑として揺るがないことに、セムは、動揺を隠し切れなくなった。息を弾ませ叫ぶ。 「考え直してくださいラインフラウ――やめてください、お願いだから!」 「いいわよ、止めても。あなたが私と結婚してくれるなら」  セムは奥歯を噛んだ。絞り出すような声を上げた。 「……ラインフラウ、あなた、私の家に付いて回っている呪いのことは知っているでしょう……」 「ええ。最後の一人になるまで、殺し合いをしてしまうのよね。やるまいと思っていても、やってしまうのよね」 「そうです、だから私はあなたと結婚したくないんです! あなたと殺し合いなんかしたくないんですよ!」  ラインフラウは、ああ、と甘い溜息を漏らした。感極まったようにセムに抱きつく。 「私のこと、愛してくれてるのね、セム。だから、ひとりぼっちのままで死んでいこうとしてるのね。でも大丈夫。そうさせないわ。絶対にね」 「――ラインフラウ!」  無数の魔方陣が車輪のように回転し始めた。 「準備はでーきた?」  赤猫と黒犬がやってきた。
参加人数
5 / 8 名
公開 2021-08-16
完成 2021-08-31
夏の終わりに、海へ (ショート)
K GM
●描きたいもの  【トーマス・マン】は自分が描いた【カサンドラ】の肖像画を見やりながら。考えていた。彼女から譲り受けた画材を使って、今は亡き彼女に、絵の贈り物がしたいと。  何を描くのかはもう決まっている。海だ。海を描くのだ。カサンドラが残して行った絵のうちには、それを描いたものが一枚もないから。  あれだけさまざまな風景画を残した人が、海という画題にだけ関心がなかったとは思えない。きっと、いつか描く気だったのだ。でも、そうする時間も機会がなかったのだ。生きているときも、リバイバルになってからも、ずっと。 「……カサンドラ先生、海を見たこと、あったのかな?」  生きているうちにもっと色々聞いておけばよかったな、とトーマスは悔いる。人間が一人いなくなることについての喪失感を、改めて心に染み入らせながら。  幸いなことに、彼が海を描く機会はすぐに来た。  養父である【ドリャエモン】が、彼とその妹【トマシーナ・マン】にこう言ってきたのだ。 「二人とも、皆と海へ遊びに行かんか? 少し時期は遅れたが、まだ十分泳げるでな」 ●海に来たぞ   白い砂浜。水着姿の若人達が弾ける場所。  引き締まった体に競泳パンツを羽織ったイケメンボイスのイケメン精霊(でも顔はスイカ)、スイカマンは、今年も勝手にライフセーバーとして海岸を見回っていた。 「うむ。この炎天下に無帽でいる迂闊な人はいないようだな。よいことだ」  かつて不審な魔物と間違われたこともある彼は、いまやこの海岸の名物になっている。 「わーい、スイカマンだー」 「スイカマーン、こっち向いてー」  この海岸で学園生徒を相手にひと騒ぎ起こして以降、『見た目がとてもあやしいが、とにかく精霊である』という認識が世間一般に広まったためである。  彼はいまや、老若男女の人気者だ。 「はっはっは、元気だね、お嬢さんたち。私の顔を食べるかい?」 「あ、いえそれは……」 「私たちマンゴージュース飲んでますんで、またの機会に……」  とはいえ彼のこの、自分の頭を食べさせるという習性には、一歩退く相手が多い。 「そうかい。ではまたの機会にね――はっ。あそこに離岸流に攫われそうな子供が! 待っていろ、今助けるからな!」  海浜はお客で賑わっている。  毎年恒例『おいらのカレー・夏季出張店』も、引きも切らぬ大繁盛。  アイス、ジュース、かき氷、焼きそば、焼きもろこし、焼きいか、焼き鳥、フランクフルトにハンバーガー……もろもろの屋台が連なる向こうでは、バーベキューなんかしている一団も。  チャルメラを吹き吹き砂浜を走り回っているのは、ピクシーの【ピク太郎】だ。  彼は『おいらのカレー・夏季出張店』の客引きバイトに勤しんでいるのだ。愛するミミックの【ミミ子】に小銭を貢ぐために。  ファミリー向けの一帯では、生まれて初めて海を見に来た【トマシーナ・マン】が、潮溜まりに見入っている。  そこには、鮮やかな色をした魚の子供たちが泳ぎ回っているのだ。ウミウシもいる、ウニもいる。半透明なエビが鋏を持ち上げ、しきりと威嚇のポーズをとっている。  学園の犬となったタロは岩陰のヤドカリに興味津々。  前足でちょっかいを出しているうちに、ハサミで鼻を挟まれ、大騒ぎとなる運び。  彼女達の見守りとして近くにいた【ラビーリャ・シェムエリヤ】が近づいて、タロからヤドカリを離してやる。  彼女は水着ではなく、いつもの服装――水着と変わらないけど。 「……トマシーナ、見慣れない生き物に触っちゃいけないよ。毒があるかもしれないからね」 「うん」  注意を終えたラビーリャは、砂の城を作り始める。相当に手の込んだのを。  ばっしゃーんと水しぶきが上がった。  【ガブ】【ガオ】【ガル】の3兄弟が、岩場から高飛び込みをやらかしているのだ。 「ぶはー! おい、オレの飛び込みが一番だよな!」 「いーや、オレの方がイカシてた! 何しろ一番飛沫が上がったんだからな!」 「ウソ言えー、飛沫が一番高かったのは俺だよ!」 「けっ、ウソ言ってら!」  兄弟で張り合っているそこに、一際高い水しぶきが上がった――【アマル・カネグラ】が飛び込んできたのだ。水から顔を出した彼は、指を一本掲げ高らかに宣言する。 「僕がいちばーん!」  確かにその通りだったなと、近くで見ていたドリャエモンは思った。  トーマスは喧噪から離れた辺りにいる。  クチバシみたいに突き出た岩場の陰にイーゼルを据える。  目の前に広がるのは、どこまでも青い海。  湾曲した砂浜の向こうに、海を楽しむ人々の姿が小さく見えた。 「あれも、絵に入れたほうがいいよね」  一人ごちて彼は、真っ白なキャンバスへ線を描き込んで行く。
参加人数
7 / 8 名
公開 2021-09-01
完成 2021-09-16
野良犬達と秋の空 (ショート)
K GM
●彼、生存中  短い夏が過ぎ、秋の気配が早くも忍び寄り始めた、グラヌーゼの荒れ野。放牧の季節もそろそろ終わる頃合。  ひょろひょろした木の下に羊飼いが二人いる。  サーブル城を遠目にしながら、世間話をしている。石に腰掛け、ぷかぷかキセルをふかしながら。 「サーブル城にいた魔物が、退治されたらしいな」 「ああ。学園から来た勇者が、やっつけたちゅうことだ」 「入れるようになったちゅうことか?」 「いや、魔物はそいつ以外にもたくさん住み着いとるちゅうことでな。やっぱり近づかん方がええそうだ。ノア一族の呪いなんちゅうのも、あるそうでな」 「そりゃあ恐ろしい話だべなあ……」  城の後ろに広がる森は、端々から黄色に染まっていっている。もうじき赤が追いつき、秋の華やぎを見せることだろう。ほんの短い期間だけど。 「ところでお前、聞いたか。学園がのう、迷い犬を――」  会話の途中で二人の羊飼いは立ち上がった。  牧羊犬たちが騒ぎだしたのだ。 「おい、何か来てるだぞ」 「狐だべか」  けたたましい犬の悲鳴が上がった。吹き上がる別のうなり声と一緒に。  二人は一目散にそちらへ駆けつける。護身用の硬い杖を手にして。  するとそこには、散々噛み付かれ血だらけになった牧羊犬たちと、噛み殺された羊を咥え引きずって行く野犬たちの姿があった。  羊の持ち主である羊飼いは怒った。杖をぶんぶん振り回して、野犬たちに向かって行く。  もう一人の羊飼いもそれに加勢した。  打たれた野犬は悲鳴を上げ逃げ出す。  しかしそこに、すこぶる大きな黒いマスチフが現れた。  そいつは羊の持ち主である羊飼いを突き飛ばし、倒す。襟首を咥え引きずり回す。 「うーわあああ! たたた助けてくれ!」  もう片方の羊飼いが仲間を助けようと、杖で黒犬を滅多打ちした 「この畜生めが! 放さんかい!」  閉口したのか黒犬は口を離し、クルリと向きを変え、逃げ出していく。  足があまりに早いので、羊飼いたちはまるで追いつけない。  で、気づいたら他の野犬たちが、羊を一匹引きずって持って行ってしまっていた。  羊の持ち主である羊飼いはもう、かんかんだ。 「あの野良犬ども、生かしちゃおけねえだ! 集落の皆を集めて山狩りすんべ、一匹残らずぶっ殺してやる!」  もう一人はそれに、まあまあと待ったをかけた。 「さっきおらが言いかけただろ、学園が迷い犬を探してるってよ」  彼は懐からくしゃくしゃになったポスターを取り出した。聞けば、行きつけの小料理屋から貰ってきたものらしい。 「見てみ、ほれ。そっくりだべ?」  なるほどそこに描かれている絵は、先程逃げて行った犬に瓜二つ。  全身真っ黒で、黄色い目をした、屈強そのものといったマスチフ……。  絵の下にはこう書いてある。 『情報提供者には礼金をお出しします。  性質が獰猛で危険な可能性もありますので、見つけたらなるべく近寄らないでください。連絡を下されば、当学園が捕獲いたします。」 ●再会  【黒犬】発見の一報を受けた施設関係者たちは、急いでグラヌーゼの某所へ向かった――【トーマス・マン】もその中にいる。どうしてもと頼み込んで連れて来てもらったのだ。  彼は、会えるものなら黒犬にもう一度会いたいと、ずっと思っていた。たとえ力を失っていても、喋れなくなったとしても、自分のことが分からなくなっていたとしても。  現場に着いてみれば、羊飼い二人が待っていた。  彼らは事細かに羊を捕られた顛末を語った。そして、(羊を捕られた方が)憤懣やる方ない調子で言った。 「いち早く取っ捕まえてくだせえよ。羊を襲うような連中を、放っておくことは出来ねえでな。あんたたちが捕まえられねえなら、山狩りでも何でもして始末するだで」  黒犬はもはやただの犬である。  相変わらず強いが、知恵と武器を使えば、普通の人間でも始末することが可能な存在だ。  トーマスは必死になって、羊飼いたちをなだめた。 「ま、待って。そんなことはしないでください。僕ら絶対にちゃんと捕まえるから」  【アマル・カネグラ】が財布から紙幣の束を出した。 「野犬にとられた羊の代金は、お支払いいたしますんで。ここは一つ全面的に、僕らにお任せください」 ●お久しぶり  荒れ野。  群れを引き連れ移動していた黒犬は、はたと足を止めた。  鼻を空に突き上げくんくん匂いを嗅ぐ。仲間に向け、唸る。  内容を人間言葉に変換すれば、こんな感じだ。 「カギナレナイニンゲン、コッチムカッテル。キヲツケロ」  仲間の犬は同じく犬語で返す。 「キヲツケル」 「ツケル」 「ツケール」  彼らは黒犬が魔物のときからくっついてきている連中だ。  理由はよく分からないが、最近ボスが急に物分かりがよくなり、かつ面倒見も良くなったことを、皆歓迎している。大きくならず、火も噴かなくなったけれど。  人間が近づいてきた。  子供だ。  黒犬が唸って脅すと足を止めたが、しきりと呼びかけている。 「黒犬、僕だよ。トーマスだよ」  その後から、別の人間達が来た。  何かこいつら見たことがあるなあ、と群れの犬たちはぼんやり思う。そして成り行きを見守る。
参加人数
4 / 8 名
公開 2021-09-17
完成 2021-10-01
ご自慢の絵を持っといで (ショート)
K GM
●新たな試み始まる 「発案者は私じゃなくて、あなたのところの生徒さんです」  そう前置きして【セム・ボルジア】は、学園長【メメ・メメル】に、とある企画書を手渡した。  メメルはそれを読み、ほほう、と楽しげな声を上げる。 「アマチュア限定の美術展覧会……なかなか面白い試みだな。いいんでないの? まだ名もなき芸術家たちに、日の目を見るチャンスが増えるわけだから。しかし、参加出品料結構な額じゃの」 「そうですか? 安いものだと思いますがね。まだ何者にもなっていない人間の作品を、一流ホテルのイベントホールに展示してあげようというのですから。これはボランティアじゃありませんからね。経費もろもろ差し引いて、黒字とは言わないまでも赤字にならないだけの利益は確保しませんと」 「根っから商売人だなセムたん。で、その展覧会を、わがフトゥールム・スクエアとの共同開催にしたいとな?」 「ええ。今言いましたけど、これはそもそも学園の生徒さんが提案してきたことですし……あなた方の名前をメインにすれば、参加者の方々も安心出来るかと思いましてね」  セムは、タバコの火を灰皿に押し付ける。ずるそうに口元を吊り上げて。 「可能なら、芸能・芸術コースの生徒さんにも出品していただきたい。それなら、一定水準のクオリティは保証されていますからね……その旨、学園内で告知していただけますか? 集団参加ということでしたら、出品料を幾らか割り引きしてもよろしいですよ?」 「んー、ま、よかろ。ところで出品内容についての規定はないのか? 著しく公序良俗に反するもの、明らかにパクリと思えるものは展示致しかねます、とか」 「特にありませんが」 「した方がいいと思うぞー。愉快犯みたいな連中、世の中たくさんおるからなー。キワキワどころか完全アウトな代物わざとこさえてくる可能性もないとは言えん」 「そういう手合いのは一カ所にまとめて、隔離しておけばいいんですよ。この先問題のある作品が展示されていますと銘打って、成人以外立ち入り禁止。作者の名前と作品内容は、入り口に掲示しておきましょう。そうしたら嫌な人は、見なくてすむでしょう?」 「……そうだな、そういうやり方もあるな。つーか、その方がいいな。怖いもの見たさの客を引き付けること、間違いなしだ。セムたんの悪評がまたひとつ増えそうな感じはするが」 「そのくらいは容認しますよ。名より実を取るのが私のやり方でね」 ●世にごまんといる、知る人も知らないアーティスト――のうちの一人 「こっ、これは……」  魔法学園と『ホテル・ボルジア』のコラボによるアマチュア展覧会の話を耳にした貧乏画家は、わなわな震えた。 「と、とうとうわしの絵が日の目を見るときが来たか……!」  苦節数十年、描けども描けどもちっとも売れず――それでも描き続けた。  稼がなくては生きて行けないので、致し方なく港湾の警備人としての職につき、糊口をしのぎ――描き続けた。  あげく妻子に愛想を尽かされ逃げられてしまったが――描き続けた。  出品料はかかるようだが、手の出ない額ではない。一カ月食うものを半減させればどうにかなる。『ホテル・ボルジア』と言えばその名も知らぬ人間はない一流ホテル。そこに展示されれば、たくさんの人が見てくれる。中には自分の芸術を理解してくれる人もいるはずだ。というか、いてくれ。頼む。  必死の願いを胸に秘めた画家は、これまで描いた絵のうちで一番の傑作を持ち出す。受付会場へ向かう。  そして……自分と境遇の似通った人間が、世の中には思った以上に多く存在していることを知る。 ●生徒さんたちお手伝い  本日【アマル・カネグラ】は、他の生徒達とともに展示会のお手伝い。  イベントホールに移動式のついたてを並べ、通路を作る。  床に絨毯を敷いたり、案内板を置いたり。入り口にパンフレットを並べたり。やることはたくさんある。  中でも一番大事な仕事が、絵の仕分け。  自費出展とあって、ちまたのコンクールなどで見られないような変わった題材や描き方をしたものが次々運び込まれてくるのだ。公序良俗に反する者はゾーニングせねばなるまい。  ところで中には、これが絵だろうかと首を傾げたくなるものもある。  目下アマルが手にしているのが、まさにそれだ。 「うーん……こうかな? いや、こうかな?」  彼はキャンバスをクルクル回す。それというのもどっちが上でどっちが下なのか、さっぱり分からないからだ。  絵のタイトルは『華麗なるシュターニャの遠景』。  だが実際に描かれているのは、無数に交錯する多色の直線――ただそれだけ。 「……どのへんがシュターニャなのかなあ……?」  どっちにしても分からなかったので、気に入った方を下にして掲げることとする。  続いての絵は……どうにもこうにもあられのない女性の絵としか表現出来ないもの。  アマルは鼻の下を延ばしつつ、その絵を、隔離ゾーンに持って行く。 「これは間違いなくこっちだね」  そのとき頭の上に、暖かいものがポンと飛びのってきた。  何かと思えば、猫――【赤猫】である。 「こら、降りろ」  そう言われても赤猫は知らん顔。頭の上からどかない。ばかりか、絵にちょっかいを出そうとする。あえて人が嫌がることをしようとするあたり、魔物のときからの性格は変わっていないらしい。 「こら、駄目だって。傷をつけたら! これは展示が終わったら持ち主に返すんだから!」  アマルは丸い体で絵を抱き込みガード。  そこに、声。 「こら、邪魔しちゃだめよ猫ちゃん」  赤猫はアマルの上からポンと飛び降り、声の方に――【ラインフラウ】のほうに向かう。甘えた声を出し、抱き上げてもらう。どうやら、彼女によくなついているらしい。  続けて【セム】がやってきた。憮然とした顔で。 「ここにいたんですか。全く、手に負えませんねこのけだものは」  赤猫はわあーおと鳴いてラインフラウの腕から抜け出す。  セム自身はかまおうとしないのだが、そんなことはおかまいなし。彼女の足を八の字に回り、存分匂いつけをする。察するに、一定の好意を持っているようだ。
参加人数
5 / 8 名
公開 2021-10-01
完成 2021-10-17
未来へ向けて、第一歩 (ショート)
K GM
●芸能・芸術コース志望【トーマス・マン】。進路を前に、悩む  トーマスは学園の入学願書を前に考え込んでいた。  教員【ラビーリャ・シェムエリヤ】からかけられた言葉を思い起こしながら。 『周りの人からもう、それらしいことは聞かされてると思うけど――トーマス、絵かきになりたいなら学園に入学するべきだと、私は思うよ。貴方がカサンドラから受けた教育は、すばらしいものだったと思う。だけどそれは、やっぱり個人のものでしかない。このまま自己流の研鑽を続けて行くだけでは、彼女の亜流になってしまう恐れがある。そうならないようにするには、多種多様な教授から教えを受けなくちゃいけない。加えて絵画以外のことも、たくさん学ばないといけない……貴方の可能性を開くために。カサンドラもそうやって、自分だけの絵を見つけていったんだよ』  トーマスはもう、『勇者』の卵となることをためらっていない。その理由であった【黒犬】との関係が、おおいに変化したから。  もとより彼は、正規の教育を受けたいという願望を持っている。読み書き等の基礎的な学力は、保護される前から身につけているのだ。父母が生きていた間、民間の教育施設に通っていたから。  その父母は常から、息子にこう教えていた。 『トーマス、勉強しないといけないよ。字が読めなかったり、計算が出来なかったりすると、大きくなったとき、自由に仕事を選ぶことが出来なくなる。どんなに真面目に一生懸命働いても、着るものや、住むところや、食べるものに困るなんてことにもなりかねないんだよ』  親の言い分についてトーマスは、確かにその通りだと思っていた。だから叔父の家に引き取られた際、叔父の『人間真面目に働いていさえすればそれでいいのだ』という教育方針にどうにも納得出来ず、反発と摩擦の悪循環を生むことになったのである。  ――とにかくトーマスは入学すること自体に、拒否感はない。  ただ妹【トマシーナ・マン】のことを思うと、ためらいが生じる。  入学したなら自分は保護施設から出なければいけない。そして、学園の寮に入らなければならない。そうなるとトマシーナは、一人で保護施設での生活を送らなければならなくなる。それが原因で彼女が、体調を崩したりしないだろうか――と。  なにしろトマシーナはこれまで、トーマスと離れて生活した経験がないのだ。父母の家でも、叔父の家でも、この施設でもずっと一緒。  寮から施設へ様子見に訪れることは出来るが、それでもやっぱり、同じ屋根の下にいるのとは全然違うだろう。 「施設から学校に通うって、出来ないのかな……」  本音を言うとトーマス自身、施設から出ることに躊躇いを覚えている。  なにしろ、もう一年以上もここに住んでいるのだ。半ば『わが家』のようなものである。  カサンドラが使っていた部屋はすっかり片付けられてしまって、からっぽになってしまったけど――思い出は、別にそこだけにあるわけではない。施設の様々な場所に残っている。彼女の声が、姿が、仕草が。  ここで遊んだ、勉強した。いいことばかりではなく、いやなこともあった。意見が合わなくて言い争いもした、彼女を困らせた。それらは胸の中で、小さな棘となって残っている。恐らくこれからも、ずっと消えずにあるのだろう。 「……先生に、もっと親切に出来たら、よかったんだけどな……」  黒犬は施設にいる。タロも。  彼らに繁く会えなくなるのも、トーマスにとってはやっぱり……寂しい。 ●どうしましょうかね  トーマスから相談を受けた施設関係者と学園運営は、顔つきあわせ話し合っていた。 「僕はトマシーナちゃん、ドリャエモン先生の家に行くのがいいかなーって思います。で、黒犬とタロのどっちかと一緒に。施設の番犬は、一匹だけでもいいですし」 「トーマスくんは、別に施設にいてもいいんじゃないですかね? 現時点で、施設職員見習いという肩書があるんでしょう?」 「いや、でもそれ、施設の趣旨としてはどうですかねえ。あそこはあくまでも、一時的な避難場所です。これから先の長期的な展望が開けて、居場所も見つかったのなら、退所してもらうのが一番いいのでは? 施設にはこれからも、保護を求める人が来るでしょうし」 「トマシーナちゃんも学園入学してもらって、トーマス君と一緒に寮に入るってのはどうでしょう?」 「それは、難しいんじゃないかなあ。トマシーナちゃんはまだ、ええと、3歳か4歳でしょう? 就学するには幼すぎます」 「そうかなあ。似たような年頃の学生、見かけませんか?」 「それはあくまでも外見年齢がそうだっていうだけの話。皆さん本当に幼児ってわけじゃないの」 「この際学園にも幼児コースを作ってみたらいいんじゃないか」 「話が大きくなり過ぎるわよ。そんなことしようものなら、これまでのカリキュラム全面改定しないといけなくなるじゃないの。学園長が許可――したらおおごとだから、その方向で話を進めることは全面反対ね」 「そもそも入学させたところで、寮に一緒には入れないわよ。トーマスくんは男だし、トマシーナちゃんは女だから」 「あー、そういえば男子寮女子寮別々よねえ……うちは」 「そこは柔軟に対応してよくないですか? 兄妹ですよ。一緒にいても全然問題ないでしょう」 「……いや、問題が起きた事例がなんかあったような気がする。百年ほど前に。当時の日誌にそんな意味のような記述があったようななかったような」 「エッ、マジデスカ」 「そんなの特殊中の特殊な例でしょー」  あれこれあれこれ額突き合わせやり合った末、関係者たちは、選択肢を2つに絞り込む。 1:特例として、このまま兄妹とも施設で生活してもらう。 2:規則通りトーマスは入寮。トマシーナはそのまま施設に残留。もしくは養父である【ドリャエモン】の家に行く。(黒犬またはタロも一緒に)
参加人数
7 / 8 名
公開 2021-10-17
完成 2021-10-31
王冠――新たな保護要請 (ショート)
K GM
●エスカレーション  大理石の床と、柱と、天井。  四方は壁、窓はない。  そういう場所に私と私の一族がいる。  皆正装している。何か重要な集まりらしい。それにしては手持ち無沙汰に立ったままだが。  お互い無言で、白々しい視線を交わし合っている。  唐突に若い男が倒れた。首が横に折れ曲がっている。その体がたちまち金貨の塊に変じ、澄んだ音を立て床に広がる。  ああそうだ、いとこは階段から落ちて死んだのだった。酔っ払ってということだったが、お酒が飲めない人だった。  女が同じように倒れる。真っ黒に焼け焦げて。  ああそうだ。おばさんは火事で焼け死んだのだった。夏の暑い日だったのに、どうしてか扉だけではなく、窓にもカギがかかっていたのだった。  男が倒れる。びしょぬれになって。  ああそうだ、おじさんはプールで溺れ死んだのだった。泳ぎが得意だったはずだけど。  小さな女の子と男の子が倒れる。うつぶせになった頭が割れていた。  そういえば、双子のめいとおいはベランダの下を通るとき、落ちてきた植木鉢に当たって死んだんだった。あの青銅造りの鉢、金具で固定されていたはずだけど。  どんどん、どんどん、人が金貨に変わって行く。黄金色の光が床を生め尽くしていく。  残っているのは家族と私だけ。  なんてきれい。なんて素晴らしい。これはすべて私たちのもの。  晩餐のテーブルに一同腰掛ける。  乾杯をしてワインを飲む。  途端に胸が焼けた。息が出来ず、目の前が真っ暗になり、床に転がってのたうちまわる。  死んでしまう。皆。  生きているのは私一人。口の中は苦い味でいっぱい。  それを洗い流そうと、もう一度ワインを飲むけれど、何の味もしない。水と一緒。  少しがっかりして回りを見れば。先程以上に金貨が増えていた。  なんてきれい。なんて素晴らしい。これはすべて私のもの。  そんなふうに思って私は、自然と口元をほころばせた。  傍らから声がした。 「お前が最後の勝者か」 「かくなれば、王冠はそなたのもの――」 「最も欲深く、狡く、強運な者よ――お前は祝福を受けるに、相応しい」 ●気掛かりなこと 「――!?――」  【セム・ボルジア】は目を覚ました。  真っ先に見えたのは、至近距離にある【ラインフラウ】の顔。 「セム、どうしたの? うなされてたみたいだけど」  自分がどこにいて何をしていたのか、セムは素早く思い出す。馬車の揺れを感じながら。  先だって行われた、『学園主催・『ホテル・ボルジア』協賛/カサンドラ賞展覧会』。  そこに出品してきた一人の人間に接触してみようと思ったのだ。別件の商談を終えたついでに。 「いえ、ちょっと変な夢を見てね。多分例の絵の影響でしょうけど」 「ふうん。あの絵、そんなに気になる? 確かに、あれは完全な確信犯だと思うけど。ホテル・ボルジアで開催すると分かっている展覧会に、わざわざ主催者をディスりまくる画題を選んでくるとは、相当なタマよね」 「まあねえ……画題にあれを選んだってだけなら、別にどうとも思わないんですけどね。でも、あの絵に描かれているテーブルの配置、椅子の配置、人間の配置が、実際と完全に同じときては、ねえ……」  セムの言葉を聞いたラインフラウは考え深そうに眉根を寄せ、細い指を唇に当てる。 「当時あなたの屋敷に勤めてた使用人とかいう線、ない?」 「それはありません。当時うちに勤めていた人は、もうこの世にいませんから。誰も」 「あら――あなた、何かした?」 「いいえ。私は何も。皆病死ですよ……とにかく関係者はもういません。そもそも年齢が合わない。出品者のウルドは11歳の子供だということですから」 「じゃあ、使用人の子供か孫か……そこいらの線かしらねえ」 「と思うでしょ。でも、調べたら全く違いました。ボルジアとは全く接点がない」 「……そりゃあ不審ねえ」 「ええ」  そこまで言ってセムは、物憂げに口を閉じた。  馬車は走る。森の近くの街道を。  ラインフラウはセムに身を寄せ、顔をのぞき込んだ。 「なんだか寒いわねえ」 「もう冬になりますからね」 「温め合わない?」 「ご冗談を」 「愛してるんでしょ? 私のこと」 「愛してますけど――仕事中です」  突然馬車が停止した。馬がけたたましくいななく。  セムは素早く窓を開け、御者に聞いた。 「何事ですか?」  御者は大声で返す。 「火事、火事です!」  街道の行く手で煙が上がっていた。上り道なので、何が燃えているのかまでは分からない。  御者に命じてセムは、そのまま馬を走らせる。  道を上り切ったところで見えてきたのは、燃え尽きて行く一軒の家だった。  エリアルの老婆が馬車を見て、おろおろと駆け寄ってくる。 「お、おお、助けてください! 中に孫がいるんです! 知らない男たちがいきなり乗り込んできて、うちに火をつけていったんです! 止めようとしてうちの人、殴られて……」  セムは、ラインフラウに耳打ちした。近くに倒れている老人に目を走らせて。 「ここが、絵を描いて寄越した子の家ですよ、多分」 「あらそう。じゃあ、助けなくちゃあいけないわね? 何も分からないうちに、燃え尽きられても困るし」  言うなり彼女は杖をふるった。  空中に水流の渦が生まれた。  水は勢いよく、焼ける家に降り注ぐ。 ●ひとまずは身柄確保  【アマル・カネグラ】を筆頭とする生徒達は、大急ぎで保護施設に向かった。新しく保護を求める人間を、セムが連れてきたのだ。  その人間というのは、先日行われた展覧会に絵を出品した【ウルド】という少年――並びにその祖父母。  理由は定かではないが、家がいきなり暴漢に襲われ焼かれてしまったそうだ。祖父は暴漢に立ち向かおうとして殴られ、大怪我をしている。数日間の静養が必要だろう。 「こんなことになってしまって、ねえ、私たちもうどうしたらいいのか……」  さめざめと無く老婆を、生徒は懸命に慰めた。 「おばあさん、ここに来たからにはもう大丈夫ですよ。おうちの再建も、可能な限りお手伝いしますから」  そんな中ウルドは泣くでもなく怒るでも無く、ちょこんと椅子に(祖父母はエルフタイプだが、彼はフェアリータイプのエリアルなのである)座っている。猫背気味に。  表情は分からない。伸び放題な銀色の前髪に隠れているので。  生徒の一人が彼を気遣って、声をかけた。 「きみ、大丈夫だったかい?」  ウルドはたっぷり間を置いた後、聞こえにくいぼそぼそ声で、こんなことを言い始めた。 「……なあ、保護すんの、じいやんとばあやんだけでええわ……俺、帰るわ……」 「えっ。いや、帰るって言ったってそれは出来ないよ。家は焼けちゃったんだろう」 「……洞穴とか木のうろとかそのへんで寝るわ……俺小さいからなんとかなるわ」  セムが彼に聞いた。 「どうしてそんなに帰りたいんですか?」  彼女の鋭い眼差しに怖気づいたように、ウルドは口をつぐむ。
参加人数
3 / 8 名
公開 2021-11-01
完成 2021-11-17
沖合一本勝負! (ショート)
K GM
●嵐の夜に。  とある漁村。  男たちは明かりを手に外へ出る。  叩きつけてくる雨粒で目の前がよく見えない。雨合羽が風をはらみ、ばたばた大きな音を立てる。 「ひどいしけだな」 「ああ。こりゃあ、今晩いっぱい続きそうだ」  港には漁船が繋いである。何かあったら大きな損害だ。波にさらわれないように、もやい綱をきっちり結び直しておこう。  そんなことを考えながら彼らは、通い慣れた道を走って行く。  秋も終わりの雨は冷たく、骨に染みてくる。体から白い湯気が上がる。  港が見えてきた。  ……何やら大きな塊が浮いている。  暗いので詳細が分からないが、毬のように膨らんで丸い。そして黒い。 「おい、なんだえ、ありゃあ――」  それは波にもまれるままに、右へ左へ揺れ動いている。その様子から見るに、どうも生きていないようだが……。 「おい、船にぶつかっちょるぞ」 「いかんな。なんとか港の外に出せんか」  男たちは長い棒を手に手に持ってきて、なるべく船に近寄らせまいと、苦心惨憺頑張った。 「えいくそ、向こうに行け!」 「こっちに来るな!」  しかし風も波もあまりにも強い。  おまけに黒い物はぶよぶよぬるぬるしていて、突いた棒がするりと外れてしまう。  そして……なんだか臭い。  そこに至って皆は、これはもしかして大きな魚か、トドか、セイウチか、そういったものの死骸ではないかと思い始めた。 「なにもここへ流れつかんでよさそうなものをなあ」 「えいくそ、どうしたらええだ」  口々に言い合っていたそのとき、誰かが名案を思いついた。 「ひとまず固定してしまうというのはどうじゃろ? 縄をつけたモリをあれにぶっさしてよ、そのへんの岩や木に端をくくりつけておけば、とりあえず船にぶつからんように出来るんじゃないか?」  なるほど。それはかなり有効そうだ。  ということで皆は家に引っ返し、モリと縄を取ってくる。  黒い塊目がけてそれを投げ付ける。  モリの幾つかが、黒い塊にずぶりと刺さった。 「よーし、うまくいったぞ!」 「引け引け!」  刺さったモリの綱を皆で引く。端をがっちり陸に繋ぎとめる。 「やれやれ、これで何とか、嵐が去るまで持つじゃろ」 「波が収まったら、改めて沖合へ捨てに行くことにしようじゃないか」 「そうだの。こんなものが港にあっては邪魔だし、第一匂いがひどいでな……」 ●翌朝。台風一過。  子供たちは昨晩親達から聞いた話を思い返しつつ、港へ駆けて行く。  いち早く問題の代物――黒くて丸い何か――を見たかったのだ。 「あ、あった!」 「うわあ、ほんとにくっせえなあ」 「なんだろ、これ……」 「でっかい魚が腐ったのだってよ」 「ほら、ヒレみたいなのがある」 「あ、ほんとだ」 「目はどこかな」  皆でわいわいやっているところへ、父親たちが来る。 「こりゃ、お前達離れい。これから捨てにいくのじゃから」  子供たちは散り散りに離れて行く。  といっても興味があるから、よそへ行ったりはしない。怒られないよう距離を取りつつ成り行きを見守る。  父親たちは塊を結び付けた綱を解き、それぞれの船の尻に結び直す。港の外へ引っ張って行くために。 「それにしても、ほんに臭いのう」 「鼻が曲がりそうじゃわ」 「何の魚かね」 「何でもいいさ。こんだけ痛んでたら、食えやしねえんだもの」  やいのやいの言いながら順調に事を進めていたそのとき――突然丸いものがクルッと動いた。  黒い体の両側についていた切れ込みが開く。  散々黄色く濁った魚の目。それが確かに動いた。自分の周りにいる人間を見た。  次の瞬間猛スピードで沖へ出て行く。繋がった小船を引き連れて。 「わ、わ、わ!?」 「大変だ、とっちゃんたち連れて行かれたー!」 「村に知らせないと!」  子供たちは全速力で来た道を戻って行く。助けを呼ぶために。  知らせを受けた村人たちは、これはただならぬ事と、学園へ救援要請を行った。 ●追いかけて。  【ガブ】、【ガル】、【ガオ】及び生徒達は、漁村の人々が仕立ててくれた小船に乗り、沖合に出ていた。正体不明な何かに連れ去られた人々を救助するために。  どこだ、どこだ、どこだ……。 「――おい、あれじゃないのか!」  見つけた。  大きな黒い魚がものすごい勢いで、小さな円を描き泳ぎ回っている。  くっついている4、5隻の船は当然のことながらもみくちゃ。乗っている人間は、今にも振り落とされそうだ。  ガブは首を傾げる。 「何してやがんだ、あいつ?」  それに対して別の生徒が言った。正確なところを。 「もしかして、人間を振り落とそうとしてるんじゃないか?」 「何のためにだよ」 「そりゃ……食うためじゃないか?」  ガブたちはもう一度黒い魚を見た。  腐敗して相当に色が変わっているが……なんだかようく見たら、あの生き物はもしかして……。 「オイ、あれフラッシャーじゃないか!? 腐り過ぎて真ん丸になってるけど!」  その指摘は確かに当たっていたようだ。なぜかと言うに黒い魚が、宙に浮いたから。  漁師が粘るので業を煮やしたらしい。今度は浮いてぐるぐるスピンし始める。何か飛びちった――どうやら腐った肉体の一部らしい。  これにはさすがに持ちこたえられず、6人ばかりの乗員がいっせいに船から弾き飛ばされた。
参加人数
3 / 8 名
公開 2021-11-16
完成 2021-11-30
ある日ある時、食堂前でのひと騒ぎ。 (ショート)
K GM
●芸術コース授業風景。  初等科の生徒達は胸像を囲んでイーゼルを構え、一心不乱に手を動かす。  誰も喋るものはいない。紙の上を鉛筆が滑る音だけが響いている。  ――授業終了のベルが響き渡った。  鹿のルネサンスである監督教師が言う。 「――はい、皆、それまで。手を置きなさい」  呼びかけ通り素直に手を置くもの、最後に数本急いで線を書き加えるもの、逆に消すもの、それぞれだ。  教師は生徒の間を巡回しつつ、一人一人にアドバイスをかけて行く。修正のための赤鉛筆を片手に。 「うーん、もう少し全体を見て。こうやって中心線を引くと分かるが、左右バランスが崩れているよ」 「うん、いい。形は完全だ。でも、影の付け方がいい加減だ。雰囲気で描いては駄目だ」 「ここだけ光の当たりが逆になっているね。もっとよく対象を見て」  この秋フトゥールム・スクエアに入学した新入生【トーマス・マン】のところまで来て教師は、ほう、と片方の眉を上げる。 「なかなかよく描けているね。形も影も正確だ。細部がやや、食い足りない感じもするが――どこかで絵を習ってきたことがあるのかい?」  トーマスは、やや緊張しながら答えた。 「はい、あの、少しだけ教えてもらった事があるんです。画家の人から……」  近くの子が彼の絵をのぞき込み、感嘆の声を上げる。 「本当にうまいや」  それに引き続き、後ろの方で数人のひそひそ声が交わされる。 「あの子、この間開催してた展覧会で、賞をとった子だよ」 「ああ、道理で……わたしも見に行ったんだ、あの展覧会」 「出品した?」 「ううん、わたしはしてないけど。ほかの展覧会に出す絵に集中したかったし。でも、そうした子は何人かいるよ……」  そのうちの一人がちらと、とある生徒に視線を走らせた。  その生徒はクラスの中で、一番年かさのようだ。12、13というところか。  数人の友達と何事か話し合いながら、トーマスの方を忌ま忌ましそうに見ている。 ●喧嘩の売り買い  お昼。  トーマスは食堂に向かっていた。入学してまだ日も浅いながら、早速友達になった子たちと一緒に。 「すごいなトーマスくん、チップス先生から褒められるなんて」 「滅多にないことだよね」 「そうなの?」 「うん、そうさ。あの先生すごく厳しいんだ」  とそこに、声をかけてきた者がいる。先程トーマスを見ていた同クラスの生徒【ロンダル・オーク】とその仲間数人だ。  公平に見て彼らは、最初からトーマスに対し喧嘩腰だった。 「おいお前、ぽっと入ってきて、あまりいい気になるなよ」  トーマスも相手が敵意を持っていることを感じ取る。自然、反応が荒くなる。 「いい気って何。僕は何もしてないよ」  ロンダルは仲間に対し、トーマスが言ったことをおうむ返しにしてみせた。 「『何もしてないよ』だってよ」  それを聞いて彼の仲間が笑う。  間髪入れずトーマスが言った。 「なに笑ってんの。その人、僕の下手な口真似しただけなのにさ。面白くもなんともないじゃない」  空気が一瞬固まる。  トーマスと一緒にいた子たちは彼の袖を引っ張り、先に行かせようとするが、トーマスは頑としてその場から動かない。ロンダルを睨む。ロンダルもまた睨み返す。 「お前、カサンドラ賞展覧会とかいう昨日今日出来た催しに出品して賞取ったからって、勘違いするなよ。あんなもの、ただのホテルの客寄せ、素人展覧会だからな。キワものばかりで、描く方も選ぶ方もずぶの素人だろ。そこで選ばれたからって、ここじゃあ、三文の値打ちもないんだよ」 「キワ物があったのは確かだけど、ほとんどはそうじゃない作品だったよ。見に行ったならそういうことが分かると思うんだけど。そもそもカサンドラ賞のみならずほかの賞の審査も、学園の先生たちが多数当たってたよ。先生たちは絵に関して素人なの?」  トーマスの言うことの方が正しいので、ロンダルは、まっこうから彼の言い分を否定することが出来なかった。だもので、意図的に話をずらしてくる。 「そもそもな、カサンドラなんてたいした作家じゃないよ。少なくとも俺は好かないね。やたら感傷的で、テーマも似たり寄ったりで。まあ、ああいうのが好きな人間もいるから、そこはしょうがないけど、早世したってことで不必要に評価を上げられ過ぎなんだよ。もっと長生きしてたら、絶対飽きられてたさ」  その言葉は、カサンドラがどのような思いを持ってリバイバルになったか、またどうやって第二の死を遂げたか知っているトーマスには、到底受け入れられないものだった。  眉間にしわを寄せ、きつい言葉を言い放つ。 「へえ、そう。じゃあ君も早世してみたら? そしたら評価が今より上がるよ。多分ね」  ロンダルはカっときた。自分が売った喧嘩ながら、こうもはっきりした形で強烈に返されるとは思っていなかったのだ。 「なんだとお前、もういっぺん言ってみろよ」 「耳が遠いの? 早世してみたらって言ったんだよ」  ロンダルの手が先に出た。  トーマスの手が直後に出た。 ●まずは引き分け 「うおーい、喧嘩だ喧嘩だ!」 「食堂の近くで喧嘩だぞー!」 「ほんと、どこの生徒?」 「芸能・芸術コースの奴だってよ!」 「へえー、あそこの連中が暴れるのは珍しいな」 「戦神・無双コースか、魔王・覇王コースなら珍しくもないけどな」  テンプラ蕎麦をすすっていた【ラビーリャ・シェムエリヤ】はその声を聞いて即座に立ち上がり、現場に向かった。  ついてみればそこには、ほかの生徒に押さえられたロンダルとトーマスがいた。  二人とも相当にやり合ったらしい。髪も服も乱れているし、顔は打ち跡で赤くなっている。 「あ、先生。ちょうどいいところに。この二人がもう、激しくぶちあってまして……」  トーマスを押さえている【アマル・カネグラ】の言葉を手で制したラビーリャは、当事者たちを問いただす。 「……二人とも、一体何がどうしたの?」  ロンダルもトーマスも答えなかった。黙ってお互いを睨み合っている。  ラビーリャは厳しい顔で腕組みをし、彼らに言った。 「言えないような理由なの?」  そこで、トーマスとロンダルの連れが口を開いた。 「あの……」 「それが……」  彼らから喧嘩の理由を聞いたラビーリャは、はあ、と息をつく。 「……二人とも、ちょっと職員室までおいで。そこで改めて話をするから……」
参加人数
5 / 8 名
公開 2021-12-01
完成 2021-12-16
王冠――クリスマスを控えて (ショート)
K GM
●提案と妥協  『ホテル・ボルジア』本社。  来るべきクリスマスの飾り付けが進行中である大ホール。  【セム・ボルジア】は不動産会社『オーク』社長【トリス・オーク】に対し、いかにも親しげな表情を作った。 「これはこれは。よくいらっしゃいましたオークさん。こうして直にお会いするのは――二カ月ぶりですかね?」  トリスはほんの一瞬躊躇したが、彼女が差し出した手を捨て置くことなく、握手した。 「そうだね。それくらいになるか。不義理をお許し願いたい。何しろこちらも、忙しかったものでね」 「分かりますよ。裁判というのは実に煩瑣で、面倒なものですからね。貴重なお金と時間を食うばかりで。もっと手続きが簡略化されていいと思いませんか?」  トリスの口元が一瞬憎々しげに歪んだ。髭が生えているのでうまく隠されたが。 「そうですな。全く同意見です」  握手を終えた二人はそのまましばらく黙る。飾り付けの作業を見るふりをして。 「……そういえばボルジアさん。あなたのホテルで最近、展覧会が開かれたそうですね」 「ええ。学園の方から話を持ちかけられましてね。よろしければ、と場所を提供した次第です」 「ほう。学園と随分親しいようですな。うわさでは、グラヌーゼで事業展開をしようとしているとか」 「ええ」 「あんな場所にホテルを建てて、集客が見込めるものですかな?」 「見込めますよ、もちろん。今すぐにということでないのは確かですが――まあ、私が生きているうちには。あそこにはそれだけの潜在力がある」  トリスは紳士らしく、優雅に頷いた。そして先程のお返しとばかり、刺のある言葉を吐き出した。 「あなたがそこまで言うのなら、そうなんでしょうな。実に商売のうまい方ですから。その若さで莫大な富を手にしておられる。ともに祝うご家族が一人もご存命でないというのは、寂しいことでしょう」  セムがトリスに横目を向ける。蛇のように鋭く。  トリスは手にした杖でこつこつ床を叩く。 「いや……そうでもありませんかな。ご家族の死はあなたが望んだものだから。ああそういえば、そういう趣旨の絵が応募されてきたそうで」  沈黙。からの反問。 「ええ、応募されてきましたとも。ところでオークさん。どなたやらの轢死は、あなたが望んだことですか?」  トリスの瞳孔が丸くなった。白目から浮き上がるように。 「一体何のことですかな?」 「さあ。私にはいまいち分かりません。でも、あなた自身は分かってらっしゃるんでしょう。多分」  セムは体を斜めに向けた。トリスと相対する形になるように。  顔は笑っているが、目は笑っていない。お互いに。 「展覧会に私の絵を応募してきた子ですがね、学園に保護されましたよ。ああなるともう、誰にも手出しが出来ませんね」 「なぜ私にそんな話をするのですかな? 関係のないことではないですか。むしろそれで残念に思っているのはあなたではないですかな?」 「私が? どうして」 「面白からず思っているでしょう。ああいう絵を描いてきた相手について」 「そりゃあね、気持ちのいいものではありませんね。しかし、あなたは私以上にそうでしょう。私と違って非常に世間の評判がよろしい方ですから、醜聞は命取りになりかねない。今度のシュターニャ市会議員選に立候補されるんでしょう。そんなタイミングで後ろ暗いプライバシーに踏み込んでこられるのは、困りますよねえ」  沈黙。 「何を要求している」 「私たちの間の係争案件、あなたの側から取り下げていただけますか? そうしたら私は、あなたのお考えを、先方へお伝えしますよ」  トリスは顎を突っ張らせた。奥歯を噛みこんだのだ。セムの申し出を飲まなければいけないと悟って。  【ラインフラウ】は社長室の窓から、立ち去っていく馬車を見送る。それから軽やかに身を翻す。椅子に座っているセムに抱きつく。はしゃぐ様に。 「お手並み鮮やかねえセム。ウルドの件をこういう風に利用するなんて、悪知恵のよく働くこと――で、これから学園に行くの?」 「もちろん」 「さて、皆納得してくれるかしら?」 「してもらわないと、困ります。ウルドさん本人のためにもね」 ●お祭り近づく学園町角  【ウルド】は、通りに飾られているクリスマスツリーを前に羽を止め、呟いた。 「……きれいやなあ」  そのままぼうっと数秒見とれる。 「おーい、ウルドよ」 「うるどちゃん、こっちよ」  【ドリャエモン】と【トマシーナ・マン】が呼ぶので、そちらへ急いで飛んで行く。小さな買い物カゴをぶらさげて。 「次はどこに行くんや」 「おにくやさん。プディングにつかうこまにくをかうのよ」  クリスマスのための買出しは、まだしばらく続きそうだ。 ●等価交換  保護施設を訪れたセムは、施設関係者の面々、並びにウルドの祖父母を前にこう言った(ウルド本人とトマシーナ、ドリャエモンは場にいない。買出しに行っているので)。 「単刀直入に申しますと、ウルドさんの家を焼いた犯人はオークさんで間違いないです。けれどもその件については、これ以上追求しない方がよろしいかと」  【アマル・カネグラ】は戸惑った顔で聞き返す。 「なんでですか?」 「オークさんがおっしゃったのですよ。『そうしてくれるなら、内々に賠償金を支払ってもいい』と」  【ラビーリャ・シェムエリヤ】はセムが、相手側と何か取引したらしきことを察した。普段にない厳しい顔つきで、彼女を詰問する。 「……どういうこと、セム。一体向こうに何を話したの」 「あの子が学園にいることを伝えただけです。そうしましたらあの方は、今回のことを不問に付してくれるなら、以降けしてウルドさんに関わることはしないと明言されました」  ウルドの祖父が憤懣やるかたなしの声を上げる。 「そんな勝手な話があるか! わしら、家を焼かれて死ぬところだったのじゃぞ!」 「オークさんはそこまでするつもりはなかったということでした。全て現場の暴走だそうです。彼は『穏便に、全ての絵の買取をして来い』と言っただけだそうで」  アマルがまん丸な顔を傾げて、うーん、と唸った。そしてウルドの祖父に聞いた。 「不審者が来たとき、お金の話、してました?」 「そんなものは知らん! 連中、ただ何も言わんと押し入ってきただけじゃ!」  アマルは無言でセムに目を向ける。  軽く肩をすくめたセムは、言葉と言葉の間にゆっくりと間を置いて、続けた。 「家を襲った人たちは、全員所在が知れません。オークさんが襲撃を命令したという証拠はありません。この件を正面から訴え出ても、勝ち目はないです。オークさんはおっしゃいましたよ。『法廷に持ち込むなら、私は私の名誉のために、断固として戦う』と」 「あのう、それって脅しでは」  アマルの突込みに対しセムは、肯定も否定もしなかった。 「私思うのですが、ウルドさん、並びにお爺様お婆様は、この先学園領内に定住すべきではないですか。学園ならば、ウルドさんの能力を受け入れる土壌がありますから。お家についても、いったん手放されてはいかがですか。私が引き受けてもよいのですよ」  ウルドの祖母はとんでもない、というように首を振る。 「そんなことを言われても、あそこは先祖代々の土地です。売るなんて、とんでもない」 「お気持ちはよく分かります。とは言いましても、ウルドさんの能力が消えない限り、この先ああいうことがまた起きますよ。いくらでも」
参加人数
2 / 8 名
公開 2021-12-16
完成 2021-12-30
新年あけましておめでとうございます。 (ショート)
K GM
●年始のシュターニャ  ボルジア邸。  【赤猫】は、豪華な居間の椅子の上。丸くなって、のんびり寝ている。  【セム・ボルジア】並びに【ラインフラウ】は本社へ行っているから、邸の中は空っぽ(もっとも、いつもほとんどそんな感じだ)ここにいるのは彼女一人。  うううや。  やややあ。  声が聞こえたので目を開けると、数匹の猫が寒そうに窓から覗いていた。  うーや。  返事をした赤猫は伸びをし起き上がり、部屋を出て行く。野良友達を家の中に入れてやるために。 ●年始の学園  【ラビーリャ・シェムエリヤ】は教員住宅で一人、お雑煮を食ている。 「……静かだねえ……」  確かにこの時期学園は、常になく静かだ。多くの生徒、並びに教員が帰省するからである。 (今、誰と誰が学園から離れてるかなあ……)  つれづれなるままにラビーリャは、指折り数える。 (アマル・カネグラは帰省……ガブ、ガオ、ガルも帰省……トーマスとトマシーナは、ドリャエモン先生が実家へ連れて行ったっけ……後、ロンダル・オークも帰省したね……それから――)  一通り名前を連ね確認した後、今度は、まだ学園にいる存在について思いやる。 (ウルドはずっと保護施設にいるね。おじいさんおばあさんと一緒ではあるけど……)  年始の挨拶がてら様子を見に行ってみようか。  そう思って彼女は、お雑煮を食べ終えた後、保護施設に向かう。手土産の菓子折りなど買ってから。 ●年始の田舎  【ドリャエモン】の故郷は、火山地帯に程近いのどかな田舎だった。  雪が降る中、あちこちから湯気が上がっている。  見える家は皆石作りだ。壁はもちろんそうだが、屋根も、薄く切った石片で葺かれている。でも、全体的に丸っこい作りであるし、土を塗って凹凸が目立たないようにしてあるしで、いかつい感じはしない。  集落の真ん中には広場がある。広場には、火山岩で出来た粗削りな噴水が作られている。噴出しているのは、水ではなくお湯。  おかみさんらがその周囲に集い、山積みにされた服を洗っている。 「さあ、ついた」  【トーマス・マン】と【トマシーナ・マン】は、物珍しい光景に目を見張る。  ドリャエモンたちの姿を目に留めるや彼女らは、気さくに声をかけてきた。 「ありゃ、ドリャエモン様。お帰りなされましたか」 「おおこれはババ殿。お久しぶりでございます。洗濯ですかな?」 「そうさ、なにしろ新年一番のアカ落としをしなきゃならないからね」  大掃除といえば大体年末にするものだが、ここでは年始にやるものらしい。  【ドリャコ】が朗らかに言った。 「すぐ私も、洗い物をもって来なければいけませんね」 「ああ、そうしなそうしな。土産話などたくさん聞かせておくれよ。あんたたちからそれを聞くのを、皆、楽しみにしていたんでね」 「はいな」  ドリャエモンの家がある。彼らの息子たち、並びにその妻子が出迎えに出てきた。皆親によくにてかっぷくがいい、その子供たちもいる。 「父上、母上、よくお戻りなされた。これが新しく迎えた、我々の弟と妹ですかな?」  見知らぬ大きなドラゴニアたちに囲まれて、トーマスとトマシーナはちょっと緊張気味だ。  ドリャコはそんな彼らの背を押して、安心させる。 「大丈夫よ、トーマス、トマシーナ。皆、仲良くしてあげてね」  孫、ひ孫たちは、揃ってはあいと声を上げる。そして遊びに誘う。 「トマシーナちゃん、一緒にたこあげしよ」 「こま回しと、羽子板もあるよ」  同じ年頃の子供たちの申し出に、トマシーナは気を取り直した。元気よく頷く。  トーマスにもまた、同じ年頃の子供たちが声をかける。 「トーマス、一緒にお供えの餅をつこう。それが新年の男のお勤めだ」 「う、うん……」  と答えはしたものの、正直トーマスには餅つきというものがなんだか分からない。  こそっとドリャエモンに聞いた。 「おじいちゃん、餅ってなあに?」  餅つきの準備として袖をまくり上げていたドリャエモンは、おや、と声を上げる。 「トーマスは、餅を見たことはなかったかの?」 「うん……」 「餅というのはな、食べ物だ。もち米という米を蒸し、ついてこねて、形を整えて――」  説明している間に手際よく、準備がなされていく。米を蒸すための大きなカマド、せいろ、それから大きな石臼、杵。餅を丸め冷やすためのすのこ。交ぜ込むための黒豆やヨモギ……。 ●年始の保護施設  【黒犬】は寒いのなんかへっちゃらとばかり小屋の外へ出て、寝そべっている。  人の気配がしたので顔を上げる。  それがラビーリャだと分かった時点で再び顎を落とす。 「新年あけましておめでとう、黒犬」  と言われても、尻尾を軽く一振りするだけ。実に無愛想。  でもその数秒後には、もっと奮発して勢いよく尻尾を振った。彼女が大きな骨をよこしてきたので。 「はい、お年玉」  黒犬が喜び勇んで骨をかじり出すのを尻目に、ラビーリャは、玄関のチャイムを鳴らす。 「失礼します。ラビーリャです――あけましておめでとうございます」  一番先に出てきたのは、施設に住まう光の精霊【ミラ様】。  次に出てきたのは、【ウルド】。 「あ、先生。あけましておめでとうさんでございます」  三番目に祖母が出てきた。 「まあまあ、よくいらっしゃいました。わざわざご挨拶すみません」 「いいえ。あ、これ、つまらないものですがお納めください」 「まあま、こんなによいものをいただきまして……どうぞおあがりになってくださいませ。お茶くらいはお出しいたしますので」  最後に祖父が出てきた。 「おや、これはこれは。新年おめでとうございます」 「これはこれは――」  型通りのあいさつを一通り終えたラビーリャは、奥へ入って行く。ささやかな新年祝いをするために。
参加人数
3 / 8 名
公開 2021-12-31
完成 2022-01-15
王冠――埋まらない空白 (ショート)
K GM
●あなたを呼ぶ声  グラヌーゼ。  荒れ地は一月の寒気のもと、常以上に閑散とした様相を呈している。空は曇り。けれど雲には切れ目があって、そこから時折薄日が、梯子のように降りてくる。  サーブル城の上にその光が、さっと差しかかった。  その瞬間城は輝いて見えた。往年の生気を取り戻したかのように。だけどそれは錯覚だ。日が途切れると同時にまたもとの、寂れ果てた姿へと戻る。  コートのポケットに手を入れて、遠くのサーブル城を眺めていた【セム・ボルジア】はほんの瞬きのくらっとするような感覚を覚えた。その間に幻覚を見た。多分幻覚だろう。実際にはそういうことは起きなかったのだから。  崩れていた城壁もガーゴイルも屋根も窓にはめられたガラスも庭の花壇も、何もかもが一瞬にして元通りになっている。  空堀には水が満たされ、城の周辺は緑の芝が広がっている。その回りは黄金に染まる麦畑だ。 平原を突っ切って白い舗装道。城へ真っすぐに伸びている。城の住人であり主人である人々が出て行くための道……。 『違う違う。戻ってくるための道だ。王冠を持つお前はそれを知っている』  ひゅっと息を吸ってセムは、瞬きをした。それから額を手で擦った。少し汗ばんでいる。この寒いのに。 「……何ですかね、今のは」  一人ごちるその声に、傍らにいる【ラインフラウ】が反応する。 「どうしたの、セム」 「……白昼夢ですかね。そういうものを見まして。今。何か声も聞いたような」  どこか身の入っていない声色。心配そうにラインフラウは、セムの顔をのぞき込む。患者を診る医者のように顔をしかめて。 「……ローレライでもないのに?」 「ええ」 「どんな幻?」 「城が元通りになっていたんですよ。周辺もきちんと整備されててね。過去の光景なんでしょうかね、あれは。それとも未来の――」  セムはまだ何か続けようとしたが、ラインフラウが不意に抱き着いて、それを遮った。 「それは多分、ノアの呪いが見せているのねえ。ねえセム、私あなたを死なせないわよ? 少なくとも一緒に死ぬ手筈が整っていないうちはね」 「……その話、諦めてないんですか?」 「当然」 「それはまた、どうも」 「学園、行くの?」 「ええ。ウルドさんがまた、興味深い絵を描いたみたいですから」 ●不祥事の後始末 「――と言うことで、私が代理に来させていただきました」  【トリス・オーク】の秘書を名乗る男は、黒い革カバンから真新しい書類――『念書』の束を出す。  そこには小難しい法律用語で『この度のことには、遺憾の意を表明する』『道義的責任から生活支援のための援助金をお渡しするのでぜひ受け取ってほしい』『あなたがたの家に放火した当事業所の下請け臨時従業員については依然行方が知れないが、彼らが学園領内のあなたがたの生活に支障が出ないように手配し、取り計らう』という旨が書かれていた。 「内容にご承知いただけますなら、サインの程をお願い致します」  馬鹿丁寧に両手を添え万年筆を渡してくる相手を、【ウルド】の祖父は、半眼で眺める。 「オーク氏はどうして来られんのじゃな」 「お仕事の方がご多忙で、時間が取れないのです。何とか都合をつけようとなされたのですが……ストップしていた再開発計画がまた進み始めまして……いずれ都合がつけばまた日を改めて、是非直接お話ししたいとのことではございましたので、はい」  【アマル・カネグラ】はこっそり思った。いつまでたっても『都合』とやらはつかないだろうなと。なにしろこちらへ本人が赴いた時点で、事件への関与(彼が命令したことではないにしても、だ)が確定してしまうのだ。これから選挙にも出ようかという人間が、そんな危険は犯すまい。誠意があれば別だが、多分そんなものないだろうし。 「ひとまず援助金の方は、こちらに」  秘書が別の鞄を開いた。  中にはぎっしり紙幣が詰まっている。  そんなものこれまで一度も目にしたことがない老夫妻は、目を白黒させた。  【ラビーリャ・シェムエリヤ】は法律上の手続きに疎い彼らが、不利益を被らないよう、秘書にこう申し出た。 「……書類の方、私にも見せていただけますね?」 「かまいませんよ、どうぞ」  確認したところ、ひとまず書類上の不備はなかった。一切の責任が所在不明とされている人々に帰せられているのは、いかがなものかと思うが。 「……この念書は学園が保管することになりますが、それでかまいませんね?」 「はい。それはもう、ご随意に」  アマルは特に断りなく札束を手に取り、勘定をし始める。ちゃんと書面に記載された分の金額を持ってきているかどうか確認するために。 ●欠落  祖父母らがオークの使者に応対している間、【ウルド】はおずおずとセムに、『新作』の絵を見せた。  絵にはセムが描かれていた。この前の絵と同じ姿。小瓶を手にしてワインの入ったワイングラスに、何か液体を注いでいる。彼女だけではない。彼女の家族も同様のことをしている。  どう見ても不穏極まりない光景だ。  その後ろに、前の絵にあった宴席がしつらえられている……。  セムは絵を見た瞬間、何とも言いがたい感じに表情を歪めた。笑いと言えばそうともとれるが、それにしてはあまりに苦すぎる。  続けて彼女は椅子に座り込み、黙り込む。頭を下げ手で額を支えて。  結構長い間そうしているものだから、ウルドは、もしかして彼女が泣いているのではないかと思ってしまった。  けど違った。持ち上げた顔には涙など一滴も流れていない。激情が吹き荒れているかのように、灰色の目が底光りしている。怖いくらいに。 「……ウルドさん、他に何か描いた絵はありますか? 私に関して」 「い、いや、あらへん。今のところは」 「……今のところは、ですか」  鉄の沈黙。  緊張感に耐え切れなくなってきたウルドは、場にいた【ドリャエモン】に救いを求める。目で。  ドリャエモンはそれに応じた。 「……セム、お主、ウルドがこういう絵を描くことは、承知しておったではないか。今更それを責めてもせんないことではないか」  セムは答えた。押し潰したような声で。 「責めてるんじゃありませんよ。別に。ただ、ここまで来たならもっと細かいところを描いてくれればいいのにと思っただけでして……」 「それは、どういうことだの」 「……例の晩餐について前後の記憶がすこぶる曖昧でしてね、私。これを見るにどうやら、私を含めた家族全員が毒を盛ったようですが――経緯が全然思い出せなくてね」  彼女は息を深く吸って、絵の中の自分を指差す。 「……可能なら思い出したいんですよ。そこのところ。そうしないとどうも、すっきりしなくて。まあ、思い出したとしても、どうということはないでしょうけど。私だけがやったにせよ、家族全員がやったにせよ、もう時効ですし……」
参加人数
3 / 8 名
公開 2022-01-15
完成 2022-01-29
シルキー付きの喫茶店 (ショート)
K GM
●歩こう歩こう  保護施設に住まう小さな女の子【トマシーナ・マン】は、学園に通うお兄ちゃん【トーマス・マン】と、施設の番犬たちをお散歩に連れて行くところ。  番犬は二匹。黒マスチフの【黒犬】といかにも雑種という中型犬タロ。前者を引いて行くのがトーマス、後者を引いて行くのがトマシーナ。何しろ小さな子には、大型犬はちょっと危ない。軽々と引きずられてしまう。  タロは待ち切れないように目をキラキラさせ尻尾を振っているが、黒犬はいまひとつ浮かない顔。それというのもトマシーナお手製の大きなリボンが尻尾にくくりつけられているからだ。見た目が怖い黒犬を少しでもかわいくしてやろうという彼女なりの心遣いなのだが、彼にとっては迷惑千万である。 「トマシーナ、犬のうんちの始末袋とスコップはちゃんと持った?」 「うん、ちゃんともってるわ」 「よし。じゃあ行こうか」 ●いわくありげな売り出し物件  ここは学園領、某所。  学園生徒達は、山沿いの旧街道に来ていた。  街道の傍には可愛らしい三角屋根の家。壁が白、屋根は赤。風見鶏がついている。  そして扉のところには、『本物件売約済』という張り紙。 「あれえ? 人が住んでいなかった割には随分きれいだね」 「本当だ。ガラスなんかぴかぴか。中のレースカーテンは、ちょっと日焼けしちゃってるけど」 「身内の人が来て、掃除しておいたのかなあ」  何を隠そうこの三角屋根の家は、喫茶店。街道沿いということもあってもともとはそれなりに繁盛していたのだが、十何年か前アクセスのいい新街道が出来上がってからは、客足が年々減少。経営者の女性が生きている間はそれでも細々続いていたが、先年老衰でお亡くなりになられた。残された女性の家族はこの商売に興味がなかったため、早々物件を売りに出した。それを学園が買った。ついで生徒達に、お片付けの課題を出した――とこういう流れ。 「しかし、なんでこんな物買ったんですかねえ」 「なんでも学園長が気まぐれに視察して、『うおお、内装でらめっさかわいーじゃん! オレサマ引き取る予算お願いっ♪』って言ったそうで」 「はあ、なるほどねえ」  とりあえず預かった鍵で扉を開け、中に入る。  するとそこには『街道沿いの喫茶店』と言うワードから程遠い光景が広がっていた。  壁、床ともにオールピンク。虹や星や花やお菓子といった模様が乱舞。  テーブルや椅子はパステルカラー。全部ロココな猫足仕様。  天井は全然見えない。所狭しとカラフルなフリルパラソル、風船、ぬいぐるみが吊り下げられているために。 「……なかなかキッチュな趣味の店主だったんだな」 「……これ、かわいいか?」 「うーん、一つ一つの要素は間違ってないんだけど、全部が主張し過ぎて落ち着かないっていうか、そんな感じだよね」 「えー、そう? かわいいと思うけど。むしろこれくらいしないと、印象に残らないよね」 「うん。こういう方が映えるー」  感想はいろいろだが、とにもかくにもこのメルヘンワールドをいったん整理しなくてはならない。 「何から始める?」 「えーと、まずテーブル、椅子あたりから外に出すか」 「しかし天井のデコレーション、相当な量だよね」 「ま、ひとつひとつ片付けていくしかないさ。とりあえず三脚がいるな、三脚。誰か持ってきてたっけ?」  そんな会話を生徒達が交わしていたところ、ウウウと唸り声がした。  何事かと皆、声がした方――カウンターを見る。  いつのまにかそこには、小さな子供くらいの大きさの生き物がいた。  体にちょうどぴったりなメイド服を身につけ、箒を手にしている。  全身柔らかそうな毛に覆われて、目は大きくて真っ黒で、口先がちょっと尖っている。猿とリスを足して二で割った、という具合。ちょこちょこした動きがなんとも愛らしい。 「……なんだあれ」  とりあえず邪悪なものでは無さそうだが――これはなんであろうか。  そんなことを思いながら皆が見ていると、小さなものは箒を振りかざし彼らを威嚇してきた。次のような言葉を添えて。 「デテイケ、ドロボウ! 【チャーリー】、ミセノモノ、ヒトツモヌスマセナイ!」  どうやら人間の言葉が喋れるようだ。そして名前はチャーリーらしい。  しかし泥棒とは何事か。 「ええ? ちょっと待ってよ。私たち、泥棒じゃないわよ。このお店をお掃除に来ただけよ」 「オソウジ、イラナイ! ゼンブチャーリーガヤッテル! オバーサンニマカサレテル! チャーリー、コノミセマモル!」  なにやら話がややこしくなってきたな、と誰しもが思った。 「ねえ、どういうことなの? こんなのがいるなんて聞かされてないわよ」 「うーん……困ったなあ」  相談した結果一同は、この話を持ってきた学園長に事情説明を求めた。テールで。  すると学園長は、明るく笑ってこう言った。 『すまんすまん、言うのを忘れてた☆ あのなー、その喫茶店、元店主に懐いてたシルキーが住み着いてるんだ。と言うことでそっちの処理もよろしく頼む』 「えっ、いや、よろしくって……どうすればいいんですか。シルキーって相当強力な魔物ですよね」 『ああ。でも、性質は大人しい――逆鱗にさえ触れなければ、攻撃してくることはない。言葉も通じるから、説得だって可能だ。追い出すか、それとも協力関係を得るか。どうするかは、ちみたちの自由裁量に任せるぞい!』  勝手なことを言って、学園長はテールを切った。  生徒達は困惑の視線を交わし合う。  散歩の途中トーマスとトマシーナは、ずっと閉まっていた三角屋根の店の扉が開いているのを見つけた。  なにやら、たくさん人が集まっている。  トマシーナは俄然興味をわかせて、兄にこうせがんだ。 「にいたん、みにいきましょう。あそこのおみせ、しんそうかいてんしたのかも」  困惑の視線を交わし合っていた生徒達は、入り口に顔を向けた。トマシーナがこう言いながら、入ってきたので。 「こんにちわあ」  直後トマシーナが連れていたタロが尻尾を振り、吠えた。 「キャアッ」  その途端チャーリーが縮み上がり、カウンターの下に隠れた。  どうやら彼(彼女?)、犬が苦手な性分らしい。
参加人数
3 / 8 名
公開 2022-01-31
完成 2022-02-16
王冠――restoration (ショート)
K GM
 わたしたちはいつかまた  ここにもどってこよう  そのために  わたしたちのしろを  はききよめ  でむかえるものを  よういしよう ●その日、【セム・ボルジア】はグラヌーゼに。  【ガブ】【ガル】【ガオ】はグラヌーゼに来ていた。サーブル城周辺で行われている測量作業の護衛に、バイトとして参加しているのだ。数名の傭兵と一緒に。  その話を彼らに持ってきたのは、セムである。ちょっとしたお手伝いをしていただけませんか。腕に覚えのあるあなたたちになら簡単なことですから、と言ってきたのだ。おだてられるとすぐ乗っちゃう。それが三兄弟の悪い癖だ。  さて、そのセムは今、測量隊と話をしている。寒風にコートの襟をはためかせながら。例によって例のごとく、現場に顔を出してきているのだ。報告を待つ時間が惜しいと言わんばかりに。 「進み具合はどうですか」 「今のところ大体、こんな感じです」  セムは渡されたバインダーを開き、綴じ込まれた周辺の略図と、そこに書き込まれた計測の値を眺めた。 「やはり、街道の痕跡がありましたか」 「ええ。城門から真っ直ぐ、荒地を横切るようにして。長い時間がたっていますので、見た目は分からなくなっていますが、そこだけ明らかに土質が違います」 「加えて陥没跡もある、と」 「ええ。グラヌーゼ南部における新規貯水池の作られたことによって、この周辺の地下に溜まっていた水が引き込まれ、抜けてしまったことが原因であるようで」 「そのことが、本来あった城の排水機構も機能不全にさせた、と――これは修復しておきませんとね」  その言葉を聞いてガオは、多少疑問を抱かないでもなかった。  修復して流れを元に戻したら、今度は貯水池に水が行かなくなるのでは? と思ったのだ。  対してセムは、このように言った。 「ああ、その心配はないですよ。向こうに流れ込んでいる水脈には手をつけませんから。私が修復したいのは、あくまでも排水機構です。城の地下部分は、長い年月水に浸っていただけあって、まだかなりじめついていますからね」  彼女はバインダーを閉じる。測量隊に戻す。遠くにある城に視線を向ける。 「乾かしておかないと、快適ではないでしょう? 入る際に」  ガブは、たまげた顔をした。セムが城を観光地にしようと目論んでいるのは無論知っていたが、曰くつきだらけな地下部分までそうしようとしているとは、想像していなかったので。  確かあそこには、魔王の像とか呪いの本とかそういうやばそうな代物が、あったのではなかったろうか。よく知らないけど。 「地下にも客を入れるつもりかよ?」  その質問にセムは、城を見ながら答えた。 「いいえ」  その表情にガブは違和感を覚える。なにやら変に優しげで、懐かしげなのだ。実に彼女らしくない。 「あそこに入るのは、客ではなくて、あの人達」 「え? 誰だよ『あの人達』って」  直後セムが怪訝な目を彼に向けた。ずるくて抜け目無さそうな、いつもの顔に戻って。 「何です? 『あの人達』って」 「いや、何ですって……あんた今自分でそう言ったろ」 「? いいえ。私は何も言っていませんよ」  訳が分からなくなったガブは、近くにいたガオとガルに聞く。 「お前も、今何か聞いたろ?」  ガオとガルは顔を見合わせ、首を振る。 「いや、さあ……」 「俺ら今、話してたし」 ●その日、【ウルド】は郊外に。  新居は、可能なら静かなところがよい。森や林が近い方がよい。  そんなウルド一家の望みを叶えるため施設関係者は、あちこちの不動産屋を当たってみた。  そして、彼らの希望にかなうであろう物件にめぐり合った。  郊外の中古一軒家。小ぶりながら庭がついている。屋根や床の一部に痛みが見られるが、基礎はしっかりしている。  必要なだけの手直しをすれば後百年は余裕で持つであろう――とは【ラビーリャ・シェムエリヤ】の見立てだ。  ウルドは生徒達に案内されつつ、祖父母と一緒に、新居物件の確認へ赴いた。 「おお、これかいな」  平屋の古民家。屋根は草葺き。小ぶりであるが納屋つき。  入ってみれば床の一部が黒く変色し、踏むとぼやぼやした感触。  ウルドの祖父は眉をひそめる。 「どうも床板が腐っているようだの。取り替えねばなるまいて」  天井を見上げると、そこもまた黒ずんでいた。どうやら雨漏りがしているらしい。 「屋根も早く葺き替えなければいかんのう。放っておくと、全体が腐ってしまうでな」  とはいえ屋根を葺き替えるほどの材料は、すぐには集められない。  であるからして生徒達は、急遽、応急処置をすることにした。  大きな防水布を持ってきて、屋根全体に覆いかぶせる。止め具をつける。布の端々にロープを取り付け引っ張り、地面に打ち込んだペグに結び付ける。  その合間にウルドは、古屋のスケッチを始めた。今後リフォーム作業を行う際、参考に出来るかと思って。 ●その日、【ラインフラウ】は保護施設に。 「――あら、皆お出かけしているの。タイミングが悪かったわね」  と【ラインフラウ】はぼやいた。  それから施設留守役をしている【ドリャエモン】に聞いた。 「エリアルの坊やは、その後何も新しい絵を描いていない?」  「おらぬ」と彼が答えると、彼女は、ちょっと残念そうな顔になった。 「あらそう。もう少し手掛かりが増えているかなあと期待したんだけど……」 「その手掛かりというのは、セム一家の全滅事件のことかの?」 「当たり。セムがここのところ随分気にしてるのよね、そのこと」 「おぬし、セムに頼まれたのかの? 新しい情報があるかどうか、確認してきてくれと」 「いいえ。直接そう言われたわけではないの。だけどまあ、忖度ってやつ? 最近セムったら、忙しくてね。前にも増してシュターニャとグラヌーゼの間を、行ったり来たりしてるわ」  ドリャエモンの脳裏にサーブル城の姿が浮かぶ。  思えばすべてが、あそこから始まっている。【黒犬】と【赤猫】の呪いはもちろん、セムの指輪にまつわる呪いも。災厄の連鎖も。 「そうかの。そういえば、シュターニャの再開発計画は進んでおるのか」 「順調ね。経済界重鎮二名の手打ちが終わったから――」  ラインフラウは面白がるような一瞥をドリャエモンにくれてから、こんなことを言い出した。 「よろしければ、学園で保管しているノア一族の遺品を、見せていただけないかしら? かなり前サーブル城の地下で見つけた、例のあれ。赤猫が引き裂いたノアの所有物。甲冑と剣の残骸――宝飾品もあったかしら?」 「……なぜ今更そんなものを見たいのだ?」 「もしかしたら、何か幻視出来るかもしれないなあ、と思ってね。私も私なりに調べてるのよ。セムの呪いが、何のためのものなのかについて」  
参加人数
4 / 8 名
公開 2022-02-16
完成 2022-03-06
わたしたちの学園はこんなところです (ショート)
K GM
●情報更新の時期です  学園のお膝元に位置するレゼントの入り口には、町案内の看板がある。  看板は、だいぶ古びている。色は薄らぎ字は霞み、支えにも一部腐食が見られる。  商店街の店主たちは定期会合で、そのことについて話し合った。 「どうだろう、そろそろあれも作り替えたら。もう出来てから十年、いや二十年はたつだろう?」 「そうだなあ。看板にはない新しい店や場所も、出来てきているわけだし」 「閉店したり、店の名称も変わっていたりとかなあ」  ああだこうだ意見を交わし全会一致で、看板は更新することに決定。  であれば次は、誰にその仕事を頼もうと言う話になる。 「それはもちろん、看板屋に頼めばいいんじゃないか」 「そうしたら間違いはないなあ」 「いや、でも待て。確かあの看板は、学園生徒の製作なんじゃなかったか? いつだったか、親父からその話を聞いたことがあるぞ」 「そうだったのか? なら……続けて学園に頼んだ方がいいか」 「だな。ひとまず話はしてみよう。受けてくれるかどうかは分からないが」  学園はもちろんこの要請を受けてくれた。格好の実習課題になるだろうということで。 ●さあ、みんなでやってみよう  学園。芸能・芸術コース教室。 「……と言うことで、皆には町案内の看板製作をしてもらおうと思う。質問のある子は手を挙げて」  【ラビーリャ・シェムエリヤ】の言葉を受けて生徒達は、はい、はい、と手を挙げる。 「看板はどのくらいの大きさですか」 「ざっと縦2メートル×横4メートル。足がつくから全体的にはもう少し大きいように見えるだろうね」 「素材は?」 「木材だよ」 「画材は?」 「ペンキだね。でも、何か別のものを使った方がいいと思うなら、そうしてくれてかまわない」 「先生、絵を描き込むって出来ますか? 絵をつけた方が分かりやすくなるものもあるかと思うんですけど」 「もちろん出来るよ。そこは皆で工夫してくれたらいい。ただ、あまりごちゃごちゃしないように。情報を簡潔かつ正確に伝えるというのが、案内看板の存在意義だから。町のことをまだ知らない人向けに作られるものだっていうことを、忘れずにね」  生徒達はひとまずレゼントの商店街へ行った。  古い看板を引き取ると共に、組合が作成した更新用資料を受け取る。  それから再び教室に戻り、下書きを始める。 「このお店は、こっちに引っ越したんだって」 「この、旧街道にある『ボーノ』っていう喫茶店は?」 「そこは最近、託児所になったんだよ。もとの店主は亡くなって、今はシルキーが店を守ってるんだ」  看板というキャンバスの広さは有限だ。町にあるものすべての情報を書き込むことは、到底出来ない。だからどうしても省かざるを得ないものが出てくる。その省くものをどれにするかで、悶着が起きる。 「『おいらのカレー』」のお薦めメニューなんて、載せる必要ある?」 「あるよー。お店の看板商品って、重要な情報でしょう」 「だめだめ、そんなのいつ変わるか分からないもの。創業年月日を載せる方が断然いいよ」 「お店にテールが備え付けてあるかどうか、結構重要だと思うんだけど。利便性とか考えたらさあ」  どうもなかなかまとまらない。  そこでこんな意見が出てきた。 「ねえ、どうせなら、初心者向けのガイドブックを作ったらどうかな。案内板に書き込めない分の情報は、全部そっちに回すってことにしたら……」  すると反対意見が出た。 「やだよ。そんなもの作るってなったら。また一から別に準備しなきゃいけないじゃないか。看板製作だけで手一杯なのにさ」  激論が起こりそうになったそのとき、偶然教室の前を、上級生たちが通りがかった。  彼らは中に入って下級生に、ことの次第を聞く。何やらもめている風情であったため。 「へえ、町案内の看板製作ねえ……」 「そういえば、この学校に入学したとき見たことがあったなあ……あれからもう何年になるかなあ」 「その時点で結構古くはなってたよな、確かに」  上級生たちは我と我が身の来し方を思い出し、感慨に耽った。そうして下級生たちに、こんな提案をした。 「じゃあ、私たちがガイドブック作成を請け負おうか?」 「え、いいんですか。これは先輩たちの課題じゃありませんけど……」 「いいんだいいんだ。ラビーリャ先生にはこれから、断りを入れてくるから」  かくして先輩方は下級生たちから、惜しくも掲載から除外された資料を受け取り、図書室へ行く。そこがこういう作業には、打ってつけの場所だから。  「町だけじゃなくて、学園についても色々紹介したいね」 「コラムみたいなのも作ろうか。その場にまつわるうんちくとか、エピソードとか入れ込んでさ」 「いいね、それ」  ガイドブックのタイトルはどうしよう。そうだ、『ゆうしゃのがっこ~ハンドブック』とか、いいのではないだろうか。  学園に入ってからたくさんの出会いがあった。各場所に、忘れ難い思い出が満ちている。  まだ学園を知らない人に、それを伝える手伝いをするというのは、なかなか乙なものだろう。
参加人数
2 / 8 名
公開 2022-03-03
完成 2022-03-18
王冠――わが道を行く (ショート)
K GM
●ふたり  サーブル城の間近。  【セム・ボルジア】はタバコをくゆらせ崩れたガーゴイルを見上げている。  これはただの人間である彼女にとって危険な行為だ。城には魔物がいるのだから。  こんなことをしようなんて、彼女自身思わなかったはずだ。少し前まで――【赤猫】と【黒犬】がこの界隈をうろついていた時分には。  だけど今は何の対策も取らず、ここにやってきている。魔物が自分に手を出せないと思っているかのように――いや、彼女自身はそこまで考えていないはずだ。ただ、感じているのだろう。無意識の奥深いところで。魔物は自分がしようとしていることを邪魔出来ないのだと。  明らかに変化が起き始めている。もとい、起きた上で進行している。  そのことを思いながら【ラインフラウ】は、愛しい彼女に声をかけた。 「セム、あなたの呪いにことなんだけどね。少し分かったことがあるの。聞きたい?」  セムはラインフラウに顔を向ける。  鋭くて、ずるくて、抜け目のない、孤独な眼差し。 「ええ、それはもちろん興味がありますね。教えてくださいラインフラウ」 「呪いはね、セム、ノアが協力的な人間を――もっと言えば復活を手助けする人間を得るためのものよ。そう考えれば、これまでのこと、納得いくと思わない? ボルジア家が破格の富を築いたことも、富を分かち合う血族を持たないことも、あなたがグラヌーゼにこだわっていることも」  セムは少し考えた。そうして苦い顔をした。 「私の考えは、ノアに操られたものだということですか?」  ラインフラウは静かに首を振る。 「いいえ、違うわ。グラヌーゼを発展させたいという考え、サーブル城を観光地化したいという考え。どちらもあなた自身から出てきたもの。あなたの生来の資質と、育ってきた環境から導き出されたもの。もっともその両方が、ノアの呪いによって育まれたものだけど。ノアの願いがあなたの願いを呼び覚ましたのか、あなたの願いがノアの願いを呼び覚ましたのか。卵が先か鶏が先かって所ね。どこまで辿っても堂々巡りで、切り離せないの。あなたと呪いは一体よ、セム。どちらか一つに切り離そうとしても、切り離せるものじゃない」  セムはまた黙った。灰色の目が自分自身を探る。  舌打ちしたいような気分だがそれは出来なかった。タバコを咥えているので。 「……そうですか。どっちにしても切り離したいとは思いませんがね」 「そう。どうして?」 「第一に、私、そうしたら死にますでしょう? 違いますか?」  ラインフラウは切なげにセムを見やる。 「違わないわ。その場合ボルジア家は、第二のシュタイン家となる。血族も富もすべてご破算。それが、途中棄権した者へのペナルティ」  セムは遠くを見やった。虚空にヒュウヒュウ風が吹き抜けている。 「私は死にたくないですよ。特に惜しまれる命でもありませんがね。少なくとも、グラヌーゼの事業にメドが立つまでは死にたくないですね」  やだあ、とラインフラウが言った。だだをこねる子供みたいに。 「そういう寂しいこと言わないでよ、セム。あなたが死んだら私も死ぬわよ?」  抱き着いてくる彼女をセムは、特に制止しなかった。少し苦しそうに目を伏せただけだ。 「あなた、すぐそういうことを言う」 「言うだけじゃないわよ。やるわよ」 「そうですね。あなたならやりますね、きっと。私によく似て、目的のためならなんでもやりますから」  ラインフラウはセムに教えなかった。自分がすでに、新たな手段を見つけていることを。  セムと一緒に死ぬ手段。そして久しくともにあれる手段――ノアはそれを成し遂げている。  呪いという形で。 ●道を戻す  グラヌーゼに新たな遺跡――街道の痕跡――が見つかったというニュースが、学園にも伝わってきた。『ホテル・ボルジア』が一帯の調査をしているさい見つけたらしい。きっかけは、学園のいち生徒だったらしいが。荒れ地を歩いているとき、偶然土から露出していたそれにつまづいたとか。  場所が場所だけに聞き流すことが出来なかった学園は、向こうの要請もあったので、早速生徒を派遣した。課題という名目で。  その際教師も派遣した。かねてよりこの問題に長くかかわっている二人、【ラビーリャ・シェムエリヤ】と【ドリャエモン】が指名された。 「……これは、街道の石畳。古いですね、とにかく――千年以上はたってそうです。サーブル城とどっこいどっこいなんじゃないでしょうか」  ラビーリャは一部掘り出された遺跡を見て、即断した。彼女は建築のことに、ことのほか詳しい。だからその見立ては間違いないだろう。 「こんなところに似つかわしくないくらい、立派なものです……これなら、四頭立の馬車だって楽々通れる」  似つかわしくない、という言葉を受けドリャエモンは、茫々たる荒れ地を見回した。 「確かにの。で、この道はどこに続いておると思うかの」  ラビーリャはすっと腕を上げ、サーブル城を指さした。それから荒れ地のかなた――今は穀倉地帯へと続いている場所を指さした。 「城から町の中心へ、繋がっていたんだと思います。もしかしたら複線みたいなのもあるかもしれないですが……ここを通ってノアは、領内を行ったり来たりしていたんじゃないでしょうか」 「領主の専用道路ということかの」 「多分……彼らの治世のやり方を調べた限りでは、領民に開放したとも思えませんし。まあ、城の関係者くらいは通してくれたかもしれないですけど。後は、税を納めるときなんか」  ラビーリャは目を細めて、布を張り巡らした一角を眺める。そこでは発掘作業が続いているのだ。  遠くには別の工事が行われている。陥没箇所の修復、らしいが。  彼女は近くに立っているセムに聞いた。 「あなた、街道を全部掘り出すつもり?」 「ええ。まだ使えそうですから。新しく作るより安上がりですし――そうすることに、問題はありそうですか?」 「……さあ。今のところはそういうものは見いだせないけど、でも、あまり感心しないね。そういうことをするのは。どういう仕掛けが隠されているのか分からないのだし」 「それを見つけるためにも、まずはある程度掘り出してみませんと。もし何かまずいことが起きそうなら、また埋めますよ」  そう言い残してセムは、場から離れて行く。ラインフラウと一緒に。  ラビーリャが聞く。 「どこに行くの」 「地下の湿気が取れたかどうか、確かめに行くんです。一緒に来ますか?」
参加人数
2 / 8 名
公開 2022-03-18
完成 2022-04-03
王冠――誘惑 (ショート)
K GM
王冠――誘惑  真夜中。サーブル城。 ●彼女の願いは  かつてサンルームだった部屋、【赤猫】が取り巻きを集め大騒ぎしていた名残で、空の酒瓶がまだあちこちに転がっているその部屋で、【ラインフラウ】は、ソファに身を沈み込ませていた。  彼女の手の中には、銀色に光るものがあった。  それは小さな剣の柄。鍔も刃もついていない。表面にびっしり、華麗な蔦模様が施されている。細かな文字、数字、文様の集合体である蔦模様が。  ラインフラウは柄を床に置き言った。 「愛してるわ、セム」  柄の上下から刃が――そんなもの収まるはずがないと思えるほどの長い刃が飛び出してきた。  飛び出した一瞬間だけ刃は真っすぐだった。でも、すぐ姿を変える。刀身からぎざぎざの返しが飛び出す。先端が鉤型に曲がる。  これは、なんだろう?  上下に刃がついた形状の武器というのは古今東西あるが、それにしては、あまりにも持ち手が小さすぎる。攻撃にしても防御にしても、使えたものではない。  では、暗器か?  誰かに近づいて、不意打ちをするための。  なるほど、それならありそう――いや、やっぱりおかしい。上下に刃が出てしまっては、殺そうとしたものもまた死ぬことになりかねない。  ああ、そうか、これはそのためのものだ。  相手と自分を同時に殺すためのもの。  ラインフラウは夢見る。冷たい刃を指でなぞって。  これでセムの心臓を貫いたらどんな感触がするのだろう。  彼女は常から死にたくないと言っている。  だから、きっと、殺そうとする自分を恨む。  その瞬間彼女は私のことしか考えていない。その目は私しか見ていない。  そう思うと。  ラインフラウは泣きたくなるような幸福感に満たされる。  セムはあがくかもしれない。どうにか刃を引き抜こうと。  でも駄目だ。見てのとおり、一度刺さった刃は抜こうとすればするほど深く体の中に食い込んでいく。  彼女の肌は蝋のように青白くなっていくことだろう。あふれてくる赤がその上に彩りを添えることだろう。  もちろん自分もそうなる。  お互いがお互いの血に溺れながらこと切れていくのだ。  なんていう美しい光景。考えただけで、ぞくぞくしてくる。  ラインフラウは熱望する。願望が現実となることを。  そうとも、望んでいる。心から。  わたしたちもそうなることを望んでいる。  積み重なる死は呪いを強くしていくから。  わたしたちの望みが満たされるように。  もし今満たされることがなくても、かまわない。わたしたちは待てる。世々続く限り待てる。これからさらに待ち続けるとしても、その時間はたいしたことはない。わたしたちにとっては。  種は芽吹き、根を延ばし、枝葉を広げ、既に実は熟している。  後はもう、落ちるばかり。 ●誘導  【赤猫】がどうにも不審そうな目つきで、じいっと【セム・ボルシア】を見つめている。彼女についていきながら。  セムはそれに気づかない。散歩でもするような気軽さで、暗い地下通路を下りて行く。  その地下通路はいつか彼女が、学園の生徒達と探索した場所だ。  果てなき井戸の奥。サーブル城の底。  あのときはキラーバットが出てきた、しかし今は何も出てこない。  物寂しい灯がぽつりぽつり間を置いて続いているだけの、闇。  常人の視力では先を見通すことなど出来まい。  なのに彼女の足取りは平静で迷うことがない。かつて知った場所を歩いてでもいるかのように。  赤猫が不意に足を止めた。それから、ふうっと唸って後方に跳び、座り込む。  セムは物憂げに振り向き、一人ごちた。なんだか、起きているのに、半分眠っているような目付きだ。 「来ないんですか」  赤猫はうううっと唸って動こうとしない。  セムはゆっくり前を向き、赤猫を放っておいて歩きだした。そのまま闇と静寂に包まれた空間を進む。  タバコに火をつけ吸いながら、会社のことをぼんやり考える。  会社というのは一つの生き物だ。仮に私がいなくなったとしても、私が進んでいた方角に動き続ける。後に誰が来ようとも、そのようになる。ボルジアの名前は残る。  それはそう、間違いない。 「どうしてそう言い切れるんです?」  自分が口から出した問いにセムは、ぎくっと固まった。予期しないタイミングで、他人の言葉を聞いたかのように。  タバコが石の上にポトリと落ちる。くすぶる火が、じじ、と音を立てた。  なぜ私はこんなところにいるんだろう、一人で。  そんな疑問がセムの頭に浮かぶ。  思わず彼女は、暗い天井を見上げた。  そこにあるのは歯抜けの櫛となった、分厚い柵状扉の一部。強大な力によって破壊され、天井近くの部分が残っているだけの。 「……」  見ているうちにそれが、巨大な獣の口に変わる。  炎を吹き出す獣――巨大な犬の口。牙。  猛悪な少女の顔――口の周りが血まみれだ。それが飛びついてきて、自分の喉を食い破る。衝撃と熱さ。すべてが一瞬のうちに閃いて過ぎ去る。  流れ込んできた情報の奔流は、セムに目眩を起こさせた。  無理もない。ローレライならともかく、彼女はただのヒューマンなのだ。しかも一般人である。幻視を受け止める素養はない。  壁に寄りかかり大量の空気を吐く。吸い込む。  喉に手を当てたが、もちろん食い破られてはいない。 「……」  頭を振って彼女は、落ちていたタバコを拾う。火が消えていることに気づき、胸ポケットから発火石のライターを取り出そうとする。  ライターでないものが手に触れた。  取り出してみれば、王冠の指輪。  セムは指輪を握り締め、芒洋と暗がりを見つめる。またさっきの目付きに……起きているのに眠っているような目付きに戻って。  足音がした。  振り向く。  闇の中から出てくる。人の形が。なまめかしくて優雅な、ローレライの女。 「――ラインフラウ?」  ラインフラウは青い目をセムに注いだ。子供を諭すような口調で、言った。 「セム。どうしてここに来たの?」  セムは彼女自身の実感を、そのまま言葉にした。 「……さあ。なんとなく」 「なんとなく、ねえ。それで来られるような場所じゃないけどねえ……ここは」  次の瞬間セムの体は、刃によって貫かれる。  ラインフラウの次の言葉と共に。 「愛してるわ、セム」  大量の血が喉からせりあがってくる。 ●そして  皆は、グラヌーゼに逗留しているセムの様子を見に行った。ラインフラウ同様、どうにも不安定な感じがしてならなかったので。  しかし、彼女はそこにいなかった。ラインフラウも。  聞けば、サーブル城に行ったとのことだった。  こんな真夜中に何の用事で。  不審に思った訪問者は、自分たちもまたサーブル城に行くことにした。  尋常でない胸騒ぎに急かされて。底なしの井戸へ。  しばらく進んだところで、赤猫が一直線に走ってくる。血相を変えて。  フギァ!  赤猫は怒ったような鳴き声を上げ、皆のそばを通り抜け、地上へと逃げていく。  その直後。  暗闇から悲鳴が聞こえた。  セムの。  
参加人数
3 / 8 名
公開 2022-04-04
完成 2022-04-20
王冠――それから…… (ショート)
K GM
●呪うものと呪われたものとの対話  自分がどこにいるのか【セム・ボルジア】には分からなかった。  ただ『誰か』が近くにいるのは感じる。  その『誰か』が自分に話しかけてくる。 『お前はこれからも生きていこうと思うか。我らとしてはどちらでもいいが』  突き放すような物言いはセムにとって、親しみを感じるものだった。今初めて聞く声なのに。 「生きていこうと思います。私にはどうしても、やりたいことがあるのだから」 『生きている限り呪いは消えぬぞ』 「かまいませんよ。ノアにとってそれが望むことなのかどうかは知りませんがね」  忍び笑いが聞こえた。 『先にも言ったが、我らはどちらでもいいのだ。いずれ呪いは成就する。あるのは早いか、遅いかの違いだけだ。我らは待てる。いつまでも』  随分気の長いことだ。とセムは思った。 「一体あなたがたは、いつまで生きているのですか」 『我らはいついつまでもある。世が続く限り。人の欲望が、思いが、この世に満ちている限り』 「壮大な話ですね。私はただの人だから、とてもそこまで悠長に構えていられない」 『そうであろう。命あるものは皆そうだ。長命と言われる種族もいつかは死ぬ。ただ早いか遅いかだけ』  その言葉はセムの脳裏に、【ラインフラウ】の姿を蘇らせた。 「……ラインフラウはどうしましたか。とんだ無茶をしてくれましたけど――死んでしまったのですか?」 『いいや、あの女は生きている。何故なら、お前が生きているから。お前が生きているのに自分だけが死ぬなど御免だと、あの女は言ったのだ。我らに。死ぬなら同時がいい。それが出来ないなら――まだ出来ないなら、今ここで死にたくはないと』 「……彼女らしい。実に勝手だ。私はそうして欲しいなんて頼んだことないのに」 『だがお前はあの女を遠ざける気はないのだろう。もしそんな気があるのなら。とうの昔にやっているはずだ』 「ええ、そうです。おっしゃるとおり」 『であれば、この先も似たような事が起きるであろうな』 「でしょうね。ラインフラウってそういう人ですから。それでも、私は彼女が嫌いになれない。どうかしているとしか思えないですけどね、自分でも……もう戻ってもいいですかね。こんなところでいつまでも、ぐずぐず話し込んでいる暇は無いんです」 『ああ、かまわない。行くがいい。そして命ある限り、私たちの城を掃き清めるがいい。私たちの城の番人よ』  遠ざかっていく『誰か』に、セムは鋭く言い返す。 「あれはあなたたちの城ではない。私の城です」  また忍び笑いが聞こえた。 『まあ、よかろう。お前がどう考えようと、それが私たちの望む結果を生み出すことは変わらないのだから。では、城に戻るがよい、番人。お前の城に。麗しきサーブル城に』 ●帰還  【アマル・カネグラ】はせかせかした動きで壁時計を見上げた。  時刻は既に正午を過ぎている。セムとラインフラウを城の地下で発見したのが真夜中だから、もう半日以上はたっている計算だ。それなのに、集中治療室の扉は開かない。  城の地下で見つけたとき、二人とも虫の息であった。なんだかよく分からない武器にお互い胸を貫かれて。  発見者全員で可及的速やかに応急処置を施し、本格的な治療のできる場所に運んだ次第。  セムの会社にはこの件を、まだ連絡していない。するべきではないと思うのだ。必ずや大騒ぎになるだろうから。彼女は、シュターニャにおいて知らぬもののない存在だから。事の次第が知れれば新聞や雑誌がそれっとばかりに書き立てるに違いない。それは、きっと、彼女が望んでいないことだ。自分たちとしても。 「一体どうしてあんなことになっちゃったのかなあ……やっぱりこれも、セムさんの持つ指輪の呪いなんでしょうか、ラビーリャ先生」 【ラビーリャ・シェムエリヤ】はアマルの問いかけに否定的な見解を示す。長い沈黙を挟んだ後で。 「……いいや、そうじゃないと思う。ここでセムを死なせたところで、ノアが得することはない……彼女が死んだら、城の再建を指揮する人間がいなくなるわけだし……ラインフラウの感情的暴走なんじゃないかな……」  ラビーリャは心ひそかに考える。  呪いは確かにノアによって作り出されたものであるが、時を経るにつれ、内容が変質してきているのかもしれない、と。呪いによって倒れた人々の意志や、呪いを求める人々の意志によって……。  ――扉が開いた。  医者が出てくる。  アマルはすぐさま首尾を聞いた。相手のまとっている雰囲気から、どうやら手術は成功したようだと察しはしたが、きちんと確認をとりたくて。 「どうですか、先生。セムさんと、ラインフラウさんの容体は」 「ひとまず峠は越しましたよ。異物は全部取り去りましたのでね。いやいや、何とも大変な手術でしたよ、何しろ至るところに食い込んでましてね」  医者は助手に、患者の体内から取り出したものを持ってこさせた。  それを見てアマルは顔を引きつらせる。  どっぷり血に濡れた刃の至るところに、曲がった刺がついていた。体の内側を食い荒らそうとでもいうように。 「よくこれで死なずにすんだものですよ。特にセムさんの方は、相当危ないと思っていましたけど。なにしろ一般人ですので。でも、たいした運のよさです」 ●それはそれとして別の場所では  【ウルド】一家の住宅リフォームが始まったというので、【トマシーナ・マン】は、手作りのお弁当を携え見学に来た。おじいちゃんである【ドリャエモン】、そして番犬である【黒犬】タロと一緒に。  後で【トーマス・マン】も来てくれるとのことだった。  木の生い茂る郊外。のどかにカッコウが囀る声に合わせ、カンカンクギを打つ音が響いてくる。  彼女は大声を張り上げた。 「うるどたん、あそびにきたのよー!」
参加人数
2 / 8 名
公開 2022-04-20
完成 2022-05-04
それから、これから (ショート)
K GM
●つかの間のお別れ  初夏の日差しの中、精霊の【ミラ様】はふわりと保護施設の庭に出た。  懐かしい人間が訪れて来た気配を感じたのだ。  その人間はかつて、保護施設にいた。【カサンドラ】と皆から呼ばれていた。  ちょっと前にこの世のくびきから解き放たれ、新しい生に向け旅立った……はずだった。  一体どうしたのかと尋ねるミラ様に、カサンドラは言った。 『少し猶予が貰えましたので、生きているときに行けなかった場所や見られなかったものを見て回っていたんです。ここが最後の訪問先でして……これが終わったら、新しく生まれてこようと思います。どこに生まれるかは分かりませんが、今度は元気に健康に生まれてこられるということでしたので、とても楽しみにしてるんです』  そして、保護施設を見上げた。  建物は彼女が生きていたときと、全く変わっていなかった。でも中からは、そのときにはなかった賑やかな話し声が聞こえる。 『新しい人達が入っているのでしょうか、ミラ様』  その質問にミラ様は、そうだ、と答える。随分ここに入る人も増えたのだと。 『それはよかったです。リフォームを手伝った甲斐がありました……私が生きているときお世話になった方々は、皆様お元気でしょうか?』  もちろん元気だ、とミラ様は答える。皆この保護施設にせわしく出入りしているとも。  それを聞いてカサンドラは大いに安心する。最も気になっている【トーマス・マン】、【トマシーナ・マン】の近況について尋ねる。 『あの二人は、どうしていますか?』  ミラ様は彼女に、リアルタイムな二人の姿を『視せて』やった。  トーマスは、芸能・芸術コースの教室で絵を描いていた。年上の少年――【ロンダル・オーク】と何か言い合いながら。 『よかった、あの子、友達が出来たんですね。気難しい子だから、ちょっと心配してたんです。前と比べて顔付きが穏やかになりましたね、うんと』  トマシーナは、王様・貴族コースの幼年クラスで算数を習っていた。授業参観の日なのか、【ドリャコ】が教室の後ろで多数父兄に交じり、彼女を見守っている。  続けてミラ様はカサンドラに、施設関係者たちの現状を『視せて』やる。  【アマル・カネグラ】は、相変わらず鯛焼きをどっさり買い込んで小道を散歩。学園に入ってきた時と比べて。少し背が伸びたようだ。  【ガブ】【ガル】【ガオ】の3兄弟は、新入生にからんでいる不良たちをいさめている。 「おい止めろお前ら」 「弱いの相手にイキっても格好悪いぜ」 「ケンカがしたいなら、俺たちが買ってやんぞ」 『まあ、あの子達。変われば変わるものですねえ』  カサンドラはおかしそうに笑った。そして、確実に時が流れていることを実感した。  ミラ様は彼女に言う。外に見たいものがあるか? と。  カサンドラはこう答えた。 『見たいものはたくさんなのですけど、もうそろそろ時間ですので』  ミラ様はカサンドラの気配が遠くに去っていくのを感じた。  行ってらっしゃいと餞の言葉を贈る。新しく生まれたら、またここにおいで。待っているから。とも。  カサンドラは大きく頷いた。 『ええ、間違いなくまた、学園にお世話になりたいと思います』  この場所が、いやこの世界が幾久しく平和であるようにと願いながら。 ●一年後……  世界の片隅、グラヌーゼの一角に新しい命が誕生した。冬のさなか、冷たい空気が満天の星をきらきら光らせる夜に。  若い夫婦とその家族は、うれしそうに嬰児の顔を見下ろしている。 「まあまあ元気な女の子ねえ。なんて大きな泣き声かしら」 「本当だ。これはおてんばになりそうだなあ」 「名前は何にしましょう」 「そうだなあ……カサンドラってどうかな? この地方出身の、有名な画家の名前だよ」
参加人数
6 / 8 名
公開 2022-05-07
完成 2022-05-22

リンク


サンプル


 桜色の髪をしたエリアルの令嬢【ソリン・アスク】は、大きな姿見をのぞき込んだ。
 若葉色の瞳は夢見るようにぼうっと潤み、白い頬には赤みが差している。指でひっきりなしにいじりまわしているせいで、髪の毛先にカールがついてしまっているが、彼女本人はそんなこと全く気づいていなかった。
 現在ソリンの頭の中は、一人の男でいっぱいなのだ。
 その男というのはローレライ。名前は【ギンナル】。澄んだ水のような青い髪と青い瞳を持ち、すこぶる整った風貌の青年。
 一月前、川辺で出会った瞬間から彼女はもう、彼に恋しているのである。お熱なのである。
(すてきな人……あんな人、これまで会ったことがないわ……顔はきれいだし、服の趣味も洗練されてるし、言葉遣いは丁寧だし、それに何より、楽しくお話ししてくれる。このあたりにいる男連中とは、全くもう、天と地ほどの段違い……)
 そんなことを考えながら甘いため息をついていた彼女は、エリアルの特徴である尖った耳をぴくりと動かした。どすどすという足音が聞こえてきたのだ。
控えめなノックの音。同時に、太い声。
「ソリン、ソリン、おるかのう」
 興をそがれた顔付きになったソリンは、声のトーンを下げて返事した。
「なーに、お父様。何のご用事」
 扉が開く。
 顔を見せたのは、彼女の父親たるドラゴニア【ファグニル・アスク】。
 人間種ながら純種に近い部分を多く残す部族の出身で、顔かたちが少々人間離れしている。
 体の色は黒に近い褐色、目の色は金色。湾曲した角、顔の半分ほどを覆う鱗。巨大な翼、といかにも恐ろしげな容姿だ。
 しかしてその実体は、心配性なパパなのである。
「いや、ぜひお前に会わせたい者がいてな」
 切り出された一言目ではや、相手が何を言わんとしているか察するソリンは、間髪いれずに返した。
「いい、会いたくない。どうせまたそのへんの『将来有望そうな青年』を捕まえてきたんでしょう。前も言ったじゃない、私、まだお見合いなんかする気はないって」
「いやいやいや、そう深刻に受け止めずともいいのだソリン。わしも見合いとまでは考えておらぬ。お前はまだまだ若いのだから。ただな、将来のことを考えて、今からいろんな相手に会っておくのは大切なことだと思ってな。ゆくゆくはそのうちから、一番いいと思うのを選べばよろしい」
 ああ、またか。そう思ってソリンは、眉間を狭めた。本当にこれで何回目だろう。どうせまた全然自分の好みじゃない相手を連れて来たのだ。お父様は。
「実質お見合いじゃないの……あのねお父様、そういうのもう本当にいらないから」
「そんなことを言うものではないソリン。確かにお前は見合いするには早いくらい若い。しかし、自分の将来について考え始めねばならん年頃ではあるのだぞ。実はもう庭先まで足を運んでもらっておるでの、とにかく一目、一目見るだけでもいいのだ。お前も気に入るだろう。実にいい若者だぞ」
 なんとか娘の関心を呼び起こそうと、父親は長々、己が眼鏡にかなう相手の美点について説き聞かせる。
「健康でたくましく、誠実で勇敢な若者だ。体術にも剣術にもよく通じておる。これまでに屠った魔物はおよそ50……」
 しかしそうやって説けば説くほど、娘の気持ちは冷めていく。これまでの経験から、いやというほど知っているのだ、父親が「いい若者」だと押してくる相手が、自分にとってそうだった試しがないということを。
 誰も彼も無骨で、戦い以外に興味がなくて、退屈な人間ばかり。自分が嬉しくなったり楽しくなったり面白くなったり出来るような気の聞いた台詞、一言だって言えやしない。そんな相手と結婚なんて考えられない。私が好きなのは、もっと全然別なタイプの人だ。何故お父様はそれを分かってくれないのか……。
「とにもかくにも会うだけはしなさい。ソリン。ちらっとだけでもいいから」
 かようなことを娘が考えているとも知らず父親は、根気よく自分と一緒に来るように説き続けた。
 そこに、彼の強力な味方が遣ってくる。ソリンの母親であり彼の妻である【リト・アスク】だ。娘同様エルフ型のエリアル。つややかな若葉色の髪と瞳をした美しいご婦人だ。
「ソリン、お父様を困らせるものではありません。とにかく、会うだけは会いなさい。お客様は、遠いところから足を運んできてくれたのですよ……それなのにあなたの顔も見せずに返すなんて、礼儀から考えて、出来た話ではありません」
 と言っている母の後ろからぬうっと、ファグニルに良く似た姿かたちの若者が顔を出す。ソリンの兄、【スケグル・アスク】だ。父同様困った顔をして、妹にこう言ってくる。
「ソリン、お客様は庭で、お前のことをずっと待っておられるぞ。そうやって意地悪をするものではない。気の毒ではないか」
 父のみならず母、おまけに兄からまでそう言われると、ソリンもさすがに無視できない。渋々鏡の前から神輿を上げ、庭に出て行く。言い忘れたが彼女の家は、それはもう立派なものだ。火山岩を組んで作られた、まさしく難攻不落の城砦である。庭というのもだだっ広い。その気になれば一連隊の閲兵式を行うことだって出来るくらいだ。
 何を隠そうアスク家は、広大な火山連山一帯に名を轟かせる豪族なのだ。魔王との戦において勇者達から『火炎の翼』と称された一ドラゴニアが始祖とされる。
 その始祖が残した家訓『質実剛健』『謹厳廉直』を一族郎党は、二千年この方ずっと守り続けている。外から嫁や婿をとる場合も、その基準に適うものしか駄目、という方針でやってきた――とくると、必然的に『結婚相手はドラゴニアしか認められない』という流れになってしまうし事実そうだったのだが、この数百年外部との交流が進められたこともあって、ようやく意識が『結婚相手はドラゴニアでなくとも、ドラゴニアの子が成せる相手ならばよい。ただし質実剛健で謹厳廉直な人間に限る。』というところまで変化してきている。
 その象徴が、現当主ファグニルの妻、および息子、娘の存在だ。
 ファグニルは若い頃武者修行として、大陸各地を転々と渡り歩いたことがある。
 それにより彼は、様々な経験をした。ヒューマンが信念を貫きえること、エリアルが勇壮でありえること、ルネサンスが深い知恵を持ちえること、ローレライが信義を重んじえることを知った。自分がこれまで信じてきた世界の形は、ただ一方向から見えたものに過ぎないことを深く悟った。
 そしてエリアルの女を愛するに至り――結婚したのだ。
 その結婚に眉を潜める一族は、当時多かった。なにもわざわざ当主が異種族の女を娶らずともいいではないかと。弱い子が出来てしまう、と。
 しかしそういった言葉はリトがアスク家に来てから、すぐ立ち消えた。なんとなれば彼女が見た目に反し、超剛健なことが分かったからである。
 実のところリトは、周辺の森一帯に名を轟かせる女戦士だったのだ。最低限自分と同格かそれ以上の腕を持つ男と添いたいと常より思っていたが、条件にかなう相手が周辺になかなか見つからずいたところ、ファグニルと出会い意気投合。進んで嫁入りした次第。
 ――とはいえそんな昔話、ソリンにとってはどうでもいい。
 庭に出ていった彼女を待っていたのは、予想通りな容貌のドラゴニア青年だった。肩幅広く逞しく、顔かたちも無骨で、絵に描いたような質実剛健振り。
 ソリンの可憐さを目の当たりに上がってしまったのか、話し振りもどもりどもり。
「せ、拙者クロニア連山を納めるガリアーシュ家の嫡男、ドラーギアでござる。このたびは名高いソリン姫に、僭越ながらご挨拶に参りました次第……姫様は実に、実にご機嫌麗しくそのうあのう」
 ソリンはもう退屈でしょうがない。良家の子女らしくお客を無視するようなことはせず、微笑を浮かべ適当に相槌を打ったりするのであるが、その実ほとんど相手の話を聞いていない。