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野良犬達と秋の空


ストーリー Story

●彼、生存中
 短い夏が過ぎ、秋の気配が早くも忍び寄り始めた、グラヌーゼの荒れ野。放牧の季節もそろそろ終わる頃合。
 ひょろひょろした木の下に羊飼いが二人いる。
 サーブル城を遠目にしながら、世間話をしている。石に腰掛け、ぷかぷかキセルをふかしながら。

「サーブル城にいた魔物が、退治されたらしいな」
「ああ。学園から来た勇者が、やっつけたちゅうことだ」
「入れるようになったちゅうことか?」
「いや、魔物はそいつ以外にもたくさん住み着いとるちゅうことでな。やっぱり近づかん方がええそうだ。ノア一族の呪いなんちゅうのも、あるそうでな」
「そりゃあ恐ろしい話だべなあ……」
 城の後ろに広がる森は、端々から黄色に染まっていっている。もうじき赤が追いつき、秋の華やぎを見せることだろう。ほんの短い期間だけど。
「ところでお前、聞いたか。学園がのう、迷い犬を――」
 会話の途中で二人の羊飼いは立ち上がった。
 牧羊犬たちが騒ぎだしたのだ。
「おい、何か来てるだぞ」
「狐だべか」
 けたたましい犬の悲鳴が上がった。吹き上がる別のうなり声と一緒に。
 二人は一目散にそちらへ駆けつける。護身用の硬い杖を手にして。
 するとそこには、散々噛み付かれ血だらけになった牧羊犬たちと、噛み殺された羊を咥え引きずって行く野犬たちの姿があった。
 羊の持ち主である羊飼いは怒った。杖をぶんぶん振り回して、野犬たちに向かって行く。
 もう一人の羊飼いもそれに加勢した。
 打たれた野犬は悲鳴を上げ逃げ出す。
 しかしそこに、すこぶる大きな黒いマスチフが現れた。
 そいつは羊の持ち主である羊飼いを突き飛ばし、倒す。襟首を咥え引きずり回す。
「うーわあああ! たたた助けてくれ!」
 もう片方の羊飼いが仲間を助けようと、杖で黒犬を滅多打ちした
「この畜生めが! 放さんかい!」
 閉口したのか黒犬は口を離し、クルリと向きを変え、逃げ出していく。
 足があまりに早いので、羊飼いたちはまるで追いつけない。
 で、気づいたら他の野犬たちが、羊を一匹引きずって持って行ってしまっていた。
 羊の持ち主である羊飼いはもう、かんかんだ。
「あの野良犬ども、生かしちゃおけねえだ! 集落の皆を集めて山狩りすんべ、一匹残らずぶっ殺してやる!」
 もう一人はそれに、まあまあと待ったをかけた。
「さっきおらが言いかけただろ、学園が迷い犬を探してるってよ」
 彼は懐からくしゃくしゃになったポスターを取り出した。聞けば、行きつけの小料理屋から貰ってきたものらしい。
「見てみ、ほれ。そっくりだべ?」
 なるほどそこに描かれている絵は、先程逃げて行った犬に瓜二つ。
 全身真っ黒で、黄色い目をした、屈強そのものといったマスチフ……。
 絵の下にはこう書いてある。
『情報提供者には礼金をお出しします。
 性質が獰猛で危険な可能性もありますので、見つけたらなるべく近寄らないでください。連絡を下されば、当学園が捕獲いたします。」

●再会
 【黒犬】発見の一報を受けた施設関係者たちは、急いでグラヌーゼの某所へ向かった――【トーマス・マン】もその中にいる。どうしてもと頼み込んで連れて来てもらったのだ。
 彼は、会えるものなら黒犬にもう一度会いたいと、ずっと思っていた。たとえ力を失っていても、喋れなくなったとしても、自分のことが分からなくなっていたとしても。
 現場に着いてみれば、羊飼い二人が待っていた。
 彼らは事細かに羊を捕られた顛末を語った。そして、(羊を捕られた方が)憤懣やる方ない調子で言った。
「いち早く取っ捕まえてくだせえよ。羊を襲うような連中を、放っておくことは出来ねえでな。あんたたちが捕まえられねえなら、山狩りでも何でもして始末するだで」
 黒犬はもはやただの犬である。
 相変わらず強いが、知恵と武器を使えば、普通の人間でも始末することが可能な存在だ。
 トーマスは必死になって、羊飼いたちをなだめた。
「ま、待って。そんなことはしないでください。僕ら絶対にちゃんと捕まえるから」
 【アマル・カネグラ】が財布から紙幣の束を出した。
「野犬にとられた羊の代金は、お支払いいたしますんで。ここは一つ全面的に、僕らにお任せください」

●お久しぶり
 荒れ野。
 群れを引き連れ移動していた黒犬は、はたと足を止めた。
 鼻を空に突き上げくんくん匂いを嗅ぐ。仲間に向け、唸る。
 内容を人間言葉に変換すれば、こんな感じだ。
「カギナレナイニンゲン、コッチムカッテル。キヲツケロ」
 仲間の犬は同じく犬語で返す。
「キヲツケル」
「ツケル」
「ツケール」
 彼らは黒犬が魔物のときからくっついてきている連中だ。
 理由はよく分からないが、最近ボスが急に物分かりがよくなり、かつ面倒見も良くなったことを、皆歓迎している。大きくならず、火も噴かなくなったけれど。
 人間が近づいてきた。
 子供だ。
 黒犬が唸って脅すと足を止めたが、しきりと呼びかけている。
「黒犬、僕だよ。トーマスだよ」
 その後から、別の人間達が来た。
 何かこいつら見たことがあるなあ、と群れの犬たちはぼんやり思う。そして成り行きを見守る。







エピソード情報 Infomation
タイプ ショート 相談期間 6日 出発日 2021-09-26

難易度 簡単 報酬 通常 完成予定 2021-10-06

登場人物 4/8 Characters
《グラヌーゼの羽翼》エリカ・エルオンタリエ
 エリアル Lv33 / 賢者・導師 Rank 1
エルフのエリアル。 向学心・好奇心はとても旺盛。 争い事は好まない平和主義者。(無抵抗主義者ではないのでやられたら反撃はします) 耳が尖っていたり、整ってスレンダーな見るからにエルフっぽい容姿をしているが、エルフ社会での生活の記憶はない。 それでも自然や動物を好み、大切にすることを重んじている。 また、便利さを認めつつも、圧倒的な破壊力を持つ火に対しては慎重な立場を取る事が多い。 真面目だが若干浮世離れしている所があり、自然現象や動植物を相手に話しかけていたり、奇妙な言動をとることも。 学園へ来る前の記憶がないので、知識は図書館での読書などで補っている。
《終わりなき守歌を》ベイキ・ミューズフェス
 ローレライ Lv27 / 教祖・聖職 Rank 1
深い海の色を思わすような、深緑の髪と瞳の彷徨者。 何か深く考えてるようにみえて、さして何も考えてなかったり、案外気楽にやってるのかもしれない。 高価そうな装飾品や華美な服装は好まず、質素で地味なものを好む。 本人曰く、「目立つということは、善きものだけでなく悪しきものの関心も引き付けること」らしい。 地味でありふれたものを好むのは、特異な存在として扱われた頃の反動かもしれない。 神には祈るが、「神がすべてをお救いになる」と盲信はしていない。 すべてが救われるなら、この世界に戦いも悪意もないはずだから。 さすがに口に出すほど罰当たりではないが。 ◆外見 背中位まで髪を伸ばし、スレンダーな体型。 身長は160センチ前半程度。 胸囲はやや控えめBクラスで、あまり脅威的ではない。 が、見かけ通りの歳ではない。 時折、無自覚にやたら古くさいことを言ったりする。 ◆嗜好 甘いものも辛いものもおいしくいただく。 肉よりも魚派。タコやイカにも抵抗はない。むしろウェルカム。 タバコやお酒は匂いが苦手。 魚好きが高じて、最近は空いた時間に魚釣りをして、晩ごはんのおかずを増やそうと画策中。 魚だって捌いちゃう。
《マルティナの恋人》タスク・ジム
 ヒューマン Lv36 / 勇者・英雄 Rank 1
村で普通に暮らしていましたが、勇者に憧れていました。 ここで学んで一人前の勇者になって、村に恩返しをするのが夢です。 面白いもので、役所勤めの父の仕事を横で見聞きしたことが、学園の勉強とつながり、日々発見があります。 (技能はそういう方針で取得していきます) また「勇者は全ての命を守るもの、その中には自分の命も含まれる」と仲間に教えられ、モットーとしています。 ※アドリブ大歓迎です! ※家族について デスク・ジム 村役場職員。縁の下の力持ち。【事務机】 (※PL情報 リスクの子) ツィマー・ジム おおらかな肝っ玉母さん。 【事務室・妻】 シオリ・ジム まじめできっちりな妹 【事務処理】 チェン・ジム のんびりマイペースな弟 【事務遅延】 ヒナ・ジム 可愛い末っ子 【事務雛型】 リョウ・ジム 頑固な祖父 【事務量】 マーニー・ジム 優しい祖母。故人 【事務マニュアル】 タックス・ジム 太った叔父。【税務事務】 (※PL情報 リョウの子) リスク・ジム マーニーの元婚約者でリョウの兄。故人【事務リスク】 ルピア・ジム 決まった動作を繰り返すのが大好きなグリフォン。【RPA事務】 ※ご先祖について アスク・ジム 始祖。呼吸するように質問し、膨大なメモを残す。【事務質問】 「あなたのお困りごと、お聞かせいただけませんか?」 セシオ・ジム 中興の祖。学園設立に向けて、土地や制度等に絡む諸手続きに貢献。【事務折衝】 「先祖の約束を今こそ果たす時。例え何徹してもやり遂げる!」
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。

解説 Explan


『ミラちゃん家』シリーズの後日談です。
今回の課題は、「地域を荒らしている野犬の群れを、どうにかすること」
群れのリーダーは以前魔物で今はただの犬となった【黒犬】です。
彼はどうも、トーマスのことを覚えていない様子。
でもトーマスは、出来れば黒犬を施設に引き取りたいと思っています。黒犬はもうただの犬なので、学園内に入れたとしても、危険はありません。
特にPCから提案がない限り、話の流れはそういう方向に進みます。

今回PCに同行するNPCは
【トーマス・マン】【アマル・カネグラ】
の2名です。



※これまでのエピソードやNPCの詳細について気になる方は、GMページをご確認くださいませ。
そういうものが特に気にならない方は、確認の必要はありません。そのままプランを作成し、提出してください。エピソードの内容に反しない限り判定は、有利にも不利にもなりません。


作者コメント Comment
Kです。
おひさしぶり(と言うほど昔でもないですが)の黒犬です。
赤猫は自分にとって都合がいい居場所をさっさと見つけましたが、彼はまだである様子。
この先なるべく幸せな第二の犬生を歩むための指標を、示してあげてくださいませ。このままだと駆除されそうですので。
可能なら彼にくっついてきている忠実な部下7、8匹とともに。




個人成績表 Report
エリカ・エルオンタリエ 個人成績:

獲得経験:66 = 55全体 + 11個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
目的:野犬の群れを保護し、学園で面倒を見る。

黒犬は獣の知性になったとはいえ、魔物としての攻撃性や凶暴性はなりを潜めている様子。
ならば普通の犬、人と共に生きるパートナーとしての適性は高いはず。

トーマス君に思いを伝えてもらう事を優先しながら、
記憶は戻らなくても、新しい絆を結べるように裏方として力を尽くす。


【自然友愛】【説得】【会話術】羊飼いや村人には、学園によ犬の保護を説明し、攻撃したり捕まえたりして刺激しないように頼んでおく。
また、犬たちと遭遇した時には【高級なお肉】を【料理】した美味しいハムを差し出して、落ち着かせ、穏やかに学園へ来てもらう。
状況により【ロープ】で繋ぐ。(苦しくないように配慮)

ベイキ・ミューズフェス 個人成績:

獲得経験:66 = 55全体 + 11個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
黒犬と配下の野犬達の保護
保護が無理でも、捕獲等して、野犬達が羊飼い達に被害を与えないようにする

◆方針
まずは、黒犬と配下の野犬達を見つけ出し、肉等の餌で釣って、大人しくなるように試みる

◆行動
お肉を切り分けて、調理道具の焼き網でお肉を焼いて、その匂いで黒犬達を誘ってみます
焼いた方が、より匂いが立つでしょうし

寄ってきたら、お肉をお皿に盛って犬達に差し出してみる
食べるようなら、犬達が食べやすいように地面にお皿を置いて

お代わりの催促があれば、トングでお肉を追加

落ち着いて甘えてくるようなら、撫でたりして敵意がないことを伝えて

◆犬達の処遇
保護施設や、それ以外の学園施設に、番犬として置けたらと思ってます

タスク・ジム 個人成績:

獲得経験:66 = 55全体 + 11個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
黒犬には色々と因縁はありますが、
トーマスくんのため、一肌脱ぐといたしましょう!

彼らは今や本能で動いているに過ぎないので、
ご飯をあり得ないくらい用意して、たーんと食べさせれば
大人しくなるのではないかと思うんです。

あとは、トーマス君には酷だけれど、トーマス君との記憶はないのでしょう。
ですが、例えば、トーマス君自身が積極的に餌付けをするなら、人と犬としてあるべき、そしてトーマス君が望む関係をゼロから築けるのではないでしょうか。

そして、黒犬は保護施設の番犬として、ドリャ先生預かりとするなら、
必然、トーマス君も面倒を見ることでしょう。

ほかの犬は、黒犬から離れても大丈夫そうなら、他施設にあっせんします。

朱璃・拝 個人成績:

獲得経験:82 = 55全体 + 27個別
獲得報酬:2250 = 1500全体 + 750個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
先ずは餌で釣ってみるようですので、私も高級なお肉を提供いたしますわ。その際黒犬や子分達が餌を受け入れやすくなるかもしれませんので魅惑の尻尾を使って向こうの気持ちを静めてみますわね

それと、施設での生活について黒犬や子分達に良いように伝えてもらえる事を期待して、タロを一緒に連れていきますわ。可能なら肉体言語で事前にタロに皆を説得するよう頼んでおき、生感心通で黒犬達の心の動きを把握して脈がありそうならそこでタロの出番ですわね

最悪黒犬が逃げ出そうとした時は縮地法を使っておいかけ捕まえますわ。ただの犬になっていますから力加減には気をつけなるべく怪我をさせないように。トーマス様を悲しませたくはありませんし

リザルト Result

●探しに行くよ
【アマル・カネグラ】に続いて【タスク・ジム】も、八千ゴールド袋を差し出した。【トーマス・マン】の説得に口添えする形で。
「お金で済む問題ではないでしょうが……ぜひお納めください。是非村の皆さんで使っていただければと」
 2者の補償は、獲られた羊を補って余りある額だった。
 これから冬を迎えるに当たって、何かと物入りになる――ということで羊飼いたちの態度は、大幅に軟化した。
「ん、まあ、そういうことなら……ええですけんど」
「とにかく、あの犬どもは一匹残らず捕獲してくだせえよ。今のところ荒れ地をうろついとるだけだが、村にまで来るようになったら危険だで。小さい子供や年寄りなんかは特に」
 彼らの念押しに【エリカ・エルオンタリエ】は、もちろん、と頷く。そうしてから、以下のことを頼む。
「もし犬たちを見かけても、手を出さずそのままにしておいて、こちらにご連絡ください。石を投げたり、棒を振り回したり……大声を上げたりして刺激しないでください――人馴れしていないだけに過剰反応する可能性がありますから」
 そう言いつつも彼女は、今回の捕獲作業について、そこそこ楽観的な見通しを持っている。
 聞いた限り【黒犬】は羊飼いを直接噛んだりしていない。杖で叩かれても反撃せず逃げ出している。
(以前の彼なら間違いなく、この人たちを殺していたはず――魔物でなくなって減じたのは、知性だけではないんだわ。攻撃性や凶暴性も同じように減じている……であればこの先普通の犬として……人間のパートナーとして共に生きて行くことも、可能なはずよ)
 羊飼いたちは顔を見合わせ、エリカの要求を呑んだ。
「ま、よかんべ」
「皆にそう言うとくでな」
 ワン、と大きな鳴き声。
 【朱璃・拝】が連れてきた施設犬タロが、長いやり取りにしびれを切らしたのだ。広い場所を駆け回りたくてうずうずしているのが、その飛び跳ねぶりから分かる。
 朱璃は落ち着きがないタロの頭を撫で、肉体言語を交えながら言い聞かせた。
「よいですか、タロ。黒犬たちに出会えたら、私たちが危ない人間ではないと伝えてくださいね。施設に来ればきちんと食事がでるので危険を冒す必要はないし、他の獣等に怯えて夜を過ごす事もない、とも――」
 トーマスもまたタロに言った。
「施設はいいところだから、一緒に暮らそうって言うんだよ。誰も黒犬に意地悪しないからって」
 犬の知性であっても、朱璃とトーマスが言いたいことは、ある程度察したらしい。タロは尻尾を振って景気よく吠える。
 そこで【ベイキ・ミューズフェス】が、皆を促した。
「さあ、早く探しに行きましょう。群れで移動しているのなら、一匹だけよりずっと見つけやすいはずですから」
 彼女はその背に焼き網をしょっている。黒犬たちを見つけたらこれで肉を焼いて、興味を引き付けようという作戦だ。
 ……ちなみにほかのメンバーも全員、肉かそれに類するものを持ってきている。相手が獣であるならば、餌付け作戦こそが一番効果があるだろう、ということで。

●見つけたよ
 エリカが呼び出した風の精霊が、告げた。
『ムコウニタクサン、イル、イヌ』
 その言葉にしたがって足を進めた一同は、なんなく黒犬たちの群れを見つけることが出来た。
 彼らは急に現れた人間たちのことを警戒しているようだ。距離を詰めず、様子を窺っている。
 トーマスが近づいて行こうとしたら黒犬は、うー、と唸って威嚇した。
「黒犬、僕だよ、トーマスだよ」
 と呼びかけても、態度を変えず。
 どうやら彼を覚えていないようだった。他の人間についても。
 後ろの方にいる手下7、8匹は舌を出し、ことの成り行きを見つめている。
 ベイキはトーマスの腕を軽く引いた。
「向こうからこっちへ近寄って来るのを待ちましょう。警戒しているところへ無理に近づくと、逆効果です」
 トーマスは逸る気持ちを抑え、彼女の言うとおりにした。
(トーマス様のためにも、黒犬がこれ以上何かする、そして何かされる前に、無事に捕獲したいですわ)
 決意を胸に秘めた朱璃は、魅惑の尻尾と高級なお肉、そして語りかけにより、犬たちの懐柔を図る。
「黒犬様、お久しぶりですね。私たちのこと、覚えておいでではないですか? お元気そうで何よりですわ。私たち……特にトーマス様は、あなたのことをずっと気にかけておられましたのよ。一体どこで、どうしているだろうと――もうじき冬が来ますからね」
 手下の犬はもちろんだが、もはやただの犬である黒犬も、彼女の言葉が分からない。だが尻尾の動きには魅了される。
 黒犬はとりあえず唸るのをやめてみる。
 けど、近づきはしない。
 タロが加勢に入った。
 彼は勢いよく尾を振って、ボスである黒犬に近づき、挨拶する。
 黒犬は人間のことは忘れても、同類のことは覚えていた。ゆっくり尾を振って応じ、匂いを嗅ぎあう。
 ほかの手下も寄ってきて、タロを取り囲む。匂いを嗅いで挨拶しあう。
 朱璃はそこに肉を投げた。
 黒犬以下は激しく反応を示した。
 すぐさま近寄ってきて匂いを嗅ぐ――黒犬がずいと前に出てきてたので場を明け渡す。
 黒犬もまた、肉の匂いを嗅いだ。しかし食べようとはしない。
「大丈夫、毒など入っておりませんわ。遠慮なく召し上がれ」
 そのように促されても躊躇している。
 再びタロの加勢。
 彼は何のためらいもなく肉にぱくっと食いつく。一口千切って咀嚼する。そして後は黒犬に譲る。
 黒犬はようやく信用する気になったか、肉を一口噛み千切った。残りを咥え後方に下がり、手下に投げる。
 手下達はわっと食いついた。取り合いで軽くケンカが起きたが、黒犬が唸ったので収まった。
 一連の流れを見たタスクは、よし、とこぶしを握る。
(『警戒を弱める』という第一段階はクリアだ)
 彼は荷物カバンを降ろし、詰めてきた『犬まっしぐらのスペシャルお食事』を全部地面にぶちまけた。
 それからトーマスに目配せした。
「トーマス、餌を手からやってみてごらん。今の様子なら、多分取りに来ると思うから」
 トーマスは餌を手のひらに乗せた。そうして、黒犬に呼びかけた。
「黒犬、おいでよ。怖くないよ、おいしいよ」
 黒犬は人間に近づくということに、強い抵抗があるようだった。場に立ち止まったままで、動き出そうとしない。
 エリカは呼び水のつもりで、ハムを地面にまいた。
「ねえ黒犬、私たち、あなたを保護しに来たのよ。あなたの群れと一緒に保護施設に……学園に来ない? サーブル城ほど立派じゃないけど、あなたにとっては、ずっといいところよ? 少なくともそこでなら、あなたは、わたし達ヒトのパートナーでいられるわ」
 黒犬はハムに近づく。パクリと食べる。結果トーマスに、数歩接近する。
 それにつられるようにしてほかの犬も、前方に移動する。ボスが行くなら大丈夫だろう、と。
 ベイキのバーベキューが始まった。
 簡易コンロで焼かれる肉の匂いが、野犬たちのすきっ腹をいやおうなく刺激する。
 どの犬の口からも、盛大によだれがたれ始めた。
 ベイキは彼らが火傷しないよう、いったん肉を冷ましてから、それぞれ犬用の皿に盛り地面に置く。水入れと一緒に。
「さあ、どうぞ皆さん。お水もありますからね」
 黒犬は相変わらず動こうとしない。人間のすること全てを疑わしそうに眺めている。
 が、心は相当に揺れ始めた。尻尾がゆらゆら右に左に動き始めたのが、何よりの証拠である。
 手下犬たちはといえば、もうすっかり歓待に心奪われてしまっていた。キューン、フーン、クーンと黒犬へ向かって、訴えかけるように鳴き始める。
 タロが踊るような足取りで黒犬の周囲を回った。そうしてトーマスのもとへ行き、その手から餌を食べてみせた。
 それで黒犬も、ようやく心が決まったようだ。太い声でウォンと吠え、意を決したようにトーマスの近くへ行く。たるんだ唇をややひきつけながら、彼の手から餌を取る。
 トーマスは顔を輝かせた。早口で黒犬に話しかける。
「黒犬、もっと食べなよ。いっぱいあるんだよ」
 お許しが出た。
 ということで、手下の犬達は、わっとベイキの出した肉に群がる。あっという間に空にする。ついで彼女の回りをうろうろし、お代わりをせがむ。
「はいはい、少し待ってくださいね。すぐに焼けますからね」
 ベイキは、犬たちを観察した。
 大きさは中型~大型。といったところか。黒犬が魔物だったときには小さいのも何匹かいたような気がするのだが……恐らく野犬としての生活に耐えられなくなり、離脱したのだろう。
 軽い傷を負っているのもいる。
(狩りをするとき、ついたのでしょうかね)
 具合を確かめるためベイキは、犬の体に軽く触れた。
 すると犬は、すっと離れてしまった。でも、噛んでくるということはない。
 まだ、人間から触れられるのに慣れていないのだろう。
 思いつつベイキは怪我をしている個体に、リーライブをかけた。
 傷が癒えた犬はびっくりしたような顔をした後、ベイキに向かって尾を振った。彼女が自分にいいことをしてくれた、と理解したようだ。
 生物学に詳しいタスクが言った。
「この分なら馴らすことも、そこまで難しく無さそうですね。人間と親しむことも、すぐに覚えますよ」
 エリカもその見立てに賛成する。
「そうね」

●一緒に行こう
 しかしさあ、これだけの数の犬、どうやって連れ帰ろう。
「一番早いのは全部まとめて檻に詰めて、馬車か何かで学園まで輸送することですけど……」
 という【アマル・カネグラ】の意見に、エリカは首を振った。
「そんなことをしたら、せっかく築いた信頼関係が壊れてしまうわよ。そもそも檻を見せた瞬間、怪しんで逃げてしまいかねないわ」
「じゃあ、どうしましょう」
「首輪を着けて引いて行くのが、一番だと思うけど」
 犬たちはお腹が一杯になったので満足しているのか、腹ばいになったり座り込んだりして休んでいる。
 その中でトーマスは一生懸命、黒犬に話しかけていた。大きな体を撫でながら。
「黒犬、僕らと一緒に行こう。ここにいたら、野犬狩りにあっちゃうんだ。羊飼いの人たち、すごく怒ってるんだよ。黒犬たちが、羊を獲ったから」
 黒犬は彼の言葉を、分からないなりに聞いていた。太い首を傾けて。
 エリカはトーマスに近づき、ロープを渡す。
「黒犬もだいぶ慣れてきたみたいだから、ちょっと試しに首へロープをかけてみてくれる? 連れて帰るにはどうしても、繋いでおかなきゃいけないし……」
 ロープを見た黒犬は、ちょっと疑わしそうにぐるりと目を動かした。
 トーマスは思案した後、ロープの端と端とを繋ぎ、大きな輪っかを作る。そしてそれを、黒犬の頭からかける。これだけ輪がゆるければ黒犬も、繋がれたという感じを持たないだろうと。
 読みは当たった。黒犬は騒ぎだすことなく、おとなしくしている。
 トーマスは輪っかの反対側を持ち、引っ張った。
 黒犬にかかったロープは前に動いたが、黒犬は座り込んで動かない。体を引き気味に腰を据えている。うるさいな、といいたげに。
 朱璃はもう一度魅惑の尻尾を使おうかと思った。
 が、その前にトーマスが動いた。
 黒犬に近づき、話しかける。いかつい首に両腕を回し、背中を軽く叩いて。
「ねえ黒犬、僕たち、今度は友達になれないかな。僕はそうしたいんだ。君は魔物じゃなくなって、力がなくなっちゃったけど、大きくもならないし、人にもならないし、喋れなくなっちゃったけど……でも、やっぱり仲良くしたいんだ。君が僕を助けてくれたようにさ、僕が君を助けたいんだ……」
 最後の方は明らかな涙声だった。
 ベイキは事態を静観する。手下犬たちを撫でながら。
 エリカも、タスクも、割って入ることはしなかった。ただ黙って見守る。
 黒犬は困惑したように顔のしわを深め、泣き出したトーマスを眺めていた。
 やがて大きな鼻を彼の顔に、軽く押し付けた。それから、立ち上がった。
 トーマスが泣くのをやめて、尋ねる。
「黒犬、一緒に来てくれる?」
 黒犬は返事しなかった。出来なかった。なんと言っても犬だから。
 その代わり彼がロープを引くのに合わせ、歩きだした。ぶらぶらと、あまり気乗りしない様子ながら。
 ボスが行くなら大丈夫と思った手下たちは、ぞろぞろそれについていく。
 その光景を前にタスクは、感慨深かった。これまで黒犬とは、本当に、色々あったから。
 これからまた新しく、色々あるんだろう。でもそれは前のように悲しいことでも、苦しいことでもない。楽しいこと、うれしいことのはずだ。
 心からそう願いつつ、彼は、トーマスと並んで歩く。
「保護施設に、うってつけの番犬が出来たね。トーマス、彼にも、ほかの犬たちにも、人間といるのが楽しくてうれしいことだって、これからたくさん教えてあげよう」
「うん!」

●大団円
 保護施設の庭先。
「さあ、黒犬。これが君の新しい家だよ」
 トーマスに示された小屋の周囲をぐるりと巡った黒犬は、フンっと偉そうに鼻を鳴らし、中に入っていく。満足げに尾を振って。
 ベイキは、朱璃に言う。
「随分気に入ったみたいですね」
「そうですわね。トーマス様と私が腕に寄りをかけ、作ったかいがありましたわ。結構大変でしたのよ、正面の飾り板を切り抜くのは」
 だろうなあ、とエリカは思う。何せその飾り板、サーブル城を模しているのだ。
(サーブル城から離れて初めて、一国一城の主になれたってことね。また魔族の影響が出るってことは、ないと思うけど……一応経過観察しておきますか)
 黒犬は魔物としての記憶を留めていない。だが長年染み付いた指向というか習性というのは、あまり変わらないものと見える。
「ほかの犬たち、学園内で引き取り手が決まったそうね」
「ええ。女子寮など――防犯にはうってつけだということで、とても喜んでおられましたわ。後は植物園なども、害獣対策に重宝するからと仰っておられて。でも、残り一匹だけまだ行き先が決まらないのですわ」
 群れでひとまとめに引き取られたことが功を奏したのだろう。手下犬達も最初懸念していたほど、人慣れの訓練に反発しなかった。今では皆、最低限飼い犬としてのマナーを身につけている。
 と、アマルがやって来た。手を振りながら。
「皆さーん! 残っていた手下一匹ですけど『おいらのカレー』店が引き取ってくださるそうです!」

 校舎のどこか。
 芸能・芸術コース教員である【ラビーリャ・シェムエリヤ】は、タスクに言った。
「……トーマスの絵描きになりたいという夢をかなえさせるためには、どうしたらいいか、ねえ……そうだね、とりあえずまずは、正式に学園入学させることじゃあないかな?」
「入学ですか」
「……うん。出来ないことじゃないと思うよ。これまでネックになってた黒犬との関係は、いわば、終わった物になったわけだから。勇者になるについて、もう誰に遠慮することもない…入学すれば正式な教育を受けることが出来る。貴方が言う将来的コネの獲得や進路探しもしやすくなる……と思うよ」
 話を聞き終わったタスクは、頭を下げる。
「ご意見ありがとうございます先生。たいへん参考になりました――」






課題評価
課題経験:55
課題報酬:1500
野良犬達と秋の空
執筆:K GM


《野良犬達と秋の空》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 1) 2021-09-20 00:11:18
賢者・導師コースのエリカ・エルオンタリエよ。よろしくね。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 2) 2021-09-20 22:06:50
勇者・英雄コースのタスク・ジムです。
よろしくお願いいたします!

黒犬には色々と因縁はありますが、
トーマスくんのため、一肌脱ぐといたしましょう!

《終わりなき守歌を》 ベイキ・ミューズフェス (No 3) 2021-09-20 23:38:29
教祖・聖職コースのベイキ・ミューズフェスです。よろしくお願いします。
普通の犬になったと言っても、7、8匹の犬を引き連れた黒犬はそれなりに厄介そうです。

まずは、餌で釣って捕獲なりの流れが定石でしょうかね。
大人しく捕まる相手ではないでしょうし、うまく怪我させずに捕まえる手を考えた方がいいですかね。

あと、黒犬と配下の野犬達は、保護施設の番犬や、保護施設以外で番犬を欲しがってる学園施設に、番犬として置けたらいいなと思ってます。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 4) 2021-09-22 18:06:07
ベイキさん、エサで釣ること、番犬という就職先(?)、
ともに賛成です。

彼らは今や本能で動いているに過ぎないので、
ご飯をあり得ないくらい用意して、たーんと食べさせれば
大人しくなるのではないかと思うんです。

あとは、トーマス君には酷だけれど、トーマス君との記憶はないのでしょう。
ですが、例えば、トーマス君自身が積極的に餌付けをするなら、人と犬としてあるべき、そしてトーマス君が望む関係をゼロから築けるのではないでしょうか。

そして、黒犬は保護施設の番犬として、ドリャ先生預かりとするなら、
必然、トーマス君も面倒を見ることになりますから、万々歳ですね。

ほかの犬は、黒犬から離れても大丈夫そうなら、他施設にあっせんしてもいいですし、
せいぜい7、8匹なら・・・群れのまま施設にいさせるのも、アリ寄りのありかもしれません。
強そうな番犬を複数置ければ安心だし、優しい子や可愛い子は癒し担当で。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 5) 2021-09-24 19:19:10
よかった、間に合いましたわ。武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

捕獲後については番犬等にする事に異論はありませんわ。先ずは餌で釣るのも了解です。ただ普通の犬に戻ったとはいえ黒犬は騙されないかもしれませんから、逃げた時に追いつけるよう縮地法は活性化しておきますわね。

あと上手く話しができるかどうか解りませんが、現在保護施設の犬になっているタロを連れて行って話をさせる、という事はできないだろうか?とも思っておりますわ。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 6) 2021-09-25 17:28:25
いよいよ今夜出発ですね!
タロくんを連れていく案はいいと思います!

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 7) 2021-09-25 19:32:41
ひとまずプランは提出しましたわ。餌で釣る際少しでも向こうの気持ちを落ちる蹴る事ができればと思い、魅惑の尻尾を使ってみようかと。あとはできればタロに施設にくれば餌はきちんと出るので危険を冒す必要はないし、夜など他の獣に怯える事もない、といったような事を伝えてもらえればと思いますわ。まぁこれあくまで可能なら、ですけれど

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 8) 2021-09-25 23:32:37
いよいよ出発ですね!

報告になりますが、今回は餌付けと餌の描写について力を入れてみました!
具体的にはこんな感じです!

餌付けのために
【生物学】で犬の味覚が好むように【料理】で味付けした高級なお肉をメインとした
犬まっしぐらのスペシャルお食事を
荷物カバン一杯に詰め込んで準備

仲間と連携して餌付けに務める
どうしてもその場で餌付けが難しいくらい反抗する場合
【コツンと一撃】で気絶させ保護施設に連行
首輪などて動きを制限しての長期的な餌付け懐柔を目指す

どうか、うまくいきますように!

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 9) 2021-09-25 23:33:05