;
王冠――新たな保護要請


ストーリー Story

●エスカレーション
 大理石の床と、柱と、天井。
 四方は壁、窓はない。
 そういう場所に私と私の一族がいる。
 皆正装している。何か重要な集まりらしい。それにしては手持ち無沙汰に立ったままだが。
 お互い無言で、白々しい視線を交わし合っている。
 唐突に若い男が倒れた。首が横に折れ曲がっている。その体がたちまち金貨の塊に変じ、澄んだ音を立て床に広がる。
 ああそうだ、いとこは階段から落ちて死んだのだった。酔っ払ってということだったが、お酒が飲めない人だった。
 女が同じように倒れる。真っ黒に焼け焦げて。
 ああそうだ。おばさんは火事で焼け死んだのだった。夏の暑い日だったのに、どうしてか扉だけではなく、窓にもカギがかかっていたのだった。
 男が倒れる。びしょぬれになって。
 ああそうだ、おじさんはプールで溺れ死んだのだった。泳ぎが得意だったはずだけど。
 小さな女の子と男の子が倒れる。うつぶせになった頭が割れていた。
 そういえば、双子のめいとおいはベランダの下を通るとき、落ちてきた植木鉢に当たって死んだんだった。あの青銅造りの鉢、金具で固定されていたはずだけど。
 どんどん、どんどん、人が金貨に変わって行く。黄金色の光が床を生め尽くしていく。
 残っているのは家族と私だけ。
 なんてきれい。なんて素晴らしい。これはすべて私たちのもの。
 晩餐のテーブルに一同腰掛ける。
 乾杯をしてワインを飲む。
 途端に胸が焼けた。息が出来ず、目の前が真っ暗になり、床に転がってのたうちまわる。
 死んでしまう。皆。
 生きているのは私一人。口の中は苦い味でいっぱい。
 それを洗い流そうと、もう一度ワインを飲むけれど、何の味もしない。水と一緒。
 少しがっかりして回りを見れば。先程以上に金貨が増えていた。
 なんてきれい。なんて素晴らしい。これはすべて私のもの。
 そんなふうに思って私は、自然と口元をほころばせた。
 傍らから声がした。
「お前が最後の勝者か」
「かくなれば、王冠はそなたのもの――」
「最も欲深く、狡く、強運な者よ――お前は祝福を受けるに、相応しい」

●気掛かりなこと
「――!?――」
 【セム・ボルジア】は目を覚ました。
 真っ先に見えたのは、至近距離にある【ラインフラウ】の顔。
「セム、どうしたの? うなされてたみたいだけど」
 自分がどこにいて何をしていたのか、セムは素早く思い出す。馬車の揺れを感じながら。
 先だって行われた、『学園主催・『ホテル・ボルジア』協賛/カサンドラ賞展覧会』。
 そこに出品してきた一人の人間に接触してみようと思ったのだ。別件の商談を終えたついでに。
「いえ、ちょっと変な夢を見てね。多分例の絵の影響でしょうけど」
「ふうん。あの絵、そんなに気になる? 確かに、あれは完全な確信犯だと思うけど。ホテル・ボルジアで開催すると分かっている展覧会に、わざわざ主催者をディスりまくる画題を選んでくるとは、相当なタマよね」
「まあねえ……画題にあれを選んだってだけなら、別にどうとも思わないんですけどね。でも、あの絵に描かれているテーブルの配置、椅子の配置、人間の配置が、実際と完全に同じときては、ねえ……」
 セムの言葉を聞いたラインフラウは考え深そうに眉根を寄せ、細い指を唇に当てる。
「当時あなたの屋敷に勤めてた使用人とかいう線、ない?」
「それはありません。当時うちに勤めていた人は、もうこの世にいませんから。誰も」
「あら――あなた、何かした?」
「いいえ。私は何も。皆病死ですよ……とにかく関係者はもういません。そもそも年齢が合わない。出品者のウルドは11歳の子供だということですから」
「じゃあ、使用人の子供か孫か……そこいらの線かしらねえ」
「と思うでしょ。でも、調べたら全く違いました。ボルジアとは全く接点がない」
「……そりゃあ不審ねえ」
「ええ」
 そこまで言ってセムは、物憂げに口を閉じた。
 馬車は走る。森の近くの街道を。
 ラインフラウはセムに身を寄せ、顔をのぞき込んだ。
「なんだか寒いわねえ」
「もう冬になりますからね」
「温め合わない?」
「ご冗談を」
「愛してるんでしょ? 私のこと」
「愛してますけど――仕事中です」
 突然馬車が停止した。馬がけたたましくいななく。
 セムは素早く窓を開け、御者に聞いた。
「何事ですか?」
 御者は大声で返す。
「火事、火事です!」
 街道の行く手で煙が上がっていた。上り道なので、何が燃えているのかまでは分からない。
 御者に命じてセムは、そのまま馬を走らせる。
 道を上り切ったところで見えてきたのは、燃え尽きて行く一軒の家だった。
 エリアルの老婆が馬車を見て、おろおろと駆け寄ってくる。
「お、おお、助けてください! 中に孫がいるんです! 知らない男たちがいきなり乗り込んできて、うちに火をつけていったんです! 止めようとしてうちの人、殴られて……」
 セムは、ラインフラウに耳打ちした。近くに倒れている老人に目を走らせて。
「ここが、絵を描いて寄越した子の家ですよ、多分」
「あらそう。じゃあ、助けなくちゃあいけないわね? 何も分からないうちに、燃え尽きられても困るし」
 言うなり彼女は杖をふるった。
 空中に水流の渦が生まれた。
 水は勢いよく、焼ける家に降り注ぐ。

●ひとまずは身柄確保
 【アマル・カネグラ】を筆頭とする生徒達は、大急ぎで保護施設に向かった。新しく保護を求める人間を、セムが連れてきたのだ。
 その人間というのは、先日行われた展覧会に絵を出品した【ウルド】という少年――並びにその祖父母。
 理由は定かではないが、家がいきなり暴漢に襲われ焼かれてしまったそうだ。祖父は暴漢に立ち向かおうとして殴られ、大怪我をしている。数日間の静養が必要だろう。
「こんなことになってしまって、ねえ、私たちもうどうしたらいいのか……」
 さめざめと無く老婆を、生徒は懸命に慰めた。
「おばあさん、ここに来たからにはもう大丈夫ですよ。おうちの再建も、可能な限りお手伝いしますから」
 そんな中ウルドは泣くでもなく怒るでも無く、ちょこんと椅子に(祖父母はエルフタイプだが、彼はフェアリータイプのエリアルなのである)座っている。猫背気味に。
 表情は分からない。伸び放題な銀色の前髪に隠れているので。
 生徒の一人が彼を気遣って、声をかけた。
「きみ、大丈夫だったかい?」
 ウルドはたっぷり間を置いた後、聞こえにくいぼそぼそ声で、こんなことを言い始めた。
「……なあ、保護すんの、じいやんとばあやんだけでええわ……俺、帰るわ……」
「えっ。いや、帰るって言ったってそれは出来ないよ。家は焼けちゃったんだろう」
「……洞穴とか木のうろとかそのへんで寝るわ……俺小さいからなんとかなるわ」
 セムが彼に聞いた。
「どうしてそんなに帰りたいんですか?」
 彼女の鋭い眼差しに怖気づいたように、ウルドは口をつぐむ。



エピソード情報 Infomation
タイプ ショート 相談期間 6日 出発日 2021-11-10

難易度 普通 報酬 通常 完成予定 2021-11-20

登場人物 3/8 Characters
《グラヌーゼの羽翼》エリカ・エルオンタリエ
 エリアル Lv33 / 賢者・導師 Rank 1
エルフのエリアル。 向学心・好奇心はとても旺盛。 争い事は好まない平和主義者。(無抵抗主義者ではないのでやられたら反撃はします) 耳が尖っていたり、整ってスレンダーな見るからにエルフっぽい容姿をしているが、エルフ社会での生活の記憶はない。 それでも自然や動物を好み、大切にすることを重んじている。 また、便利さを認めつつも、圧倒的な破壊力を持つ火に対しては慎重な立場を取る事が多い。 真面目だが若干浮世離れしている所があり、自然現象や動植物を相手に話しかけていたり、奇妙な言動をとることも。 学園へ来る前の記憶がないので、知識は図書館での読書などで補っている。
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。
《猫の友》パーシア・セントレジャー
 リバイバル Lv19 / 王様・貴族 Rank 1
かなり古い王朝の王族の娘。 とは言っても、すでに国は滅び、王城は朽ち果てた遺跡と化している上、妾腹の生まれ故に生前は疎まれる存在であったが。 と、学園の研究者から自身の出自を告げられた過去の亡霊。 生前が望まれない存在だったせいか、生き残るために計算高くなったが、己の務めは弁えていた。 美しく長い黒髪は羨望の対象だったが、それ故に妬まれたので、自分の髪の色は好きではない。 一族の他の者は金髪だったせいか、心ない者からは、 「我が王家は黄金の獅子と讃えられる血筋。それなのに、どこぞから不吉な黒猫が紛れ込んだ」 等と揶揄されていた。 身長は150cm後半。 スレンダーな体型でCクラスらしい。 安息日の晩餐とともにいただく、一杯の葡萄酒がささやかな贅沢。 目立たなく生きるのが一番と思っている。

解説 Explan


新しいシリーズ、始まります。
前回の『ミラちゃん家』シリーズと違って、途切れ途切れ、ボチボチの進行になる予定です。
今回皆様にお願いしたいのは、保護したウルドを説得し、施設に留めさせること。
ウルドは家が襲われた理由を察しているみたいなので、そのあたりも可能なら聞き出してください。
ちなみに現場にはずっとセム(+ラインフラウ)がいます。全ての話は彼女に筒抜けになります。

※当エピソードは前々回リザルト『ご自慢の絵を持っといで』に直結するお話です。


※これまでのエピソードやNPCの詳細について気になる方は、GMページをご確認くださいませ。
そういうものが特に気にならない方は、確認の必要はありません。そのままプランを作成し、提出してください。エピソードの内容に反しない限り判定は、有利にも不利にもなりません。







作者コメント Comment
Kです。
初めてエリアルのNPCが入りました。
クセがありそうな子ですが、皆様、仲良くしてあげてください。



個人成績表 Report
エリカ・エルオンタリエ 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
ウルドさんには施設に留まるよう【説得・会話術・博愛主義】

家族が巻き込まれる事を警戒して傍に居られないとの事なら
学園が全力で守るので信じて任せて欲しいと伝える

家に戻るべき事情があれば自分たちが代行すると提案
(回収したい物品や、状況を確認しておきたい物事などがあれば聞いておく)

ウルドさんのプライバシーには可能な限り配慮するが
セムさんにも配慮をお願いし、ウルドさんの不利益にならないように注意する

セムさんもウルドさんがセムさんの絵を描いた事情が知りたいだけで
ウルドさん自身を敵視しているわけではないと思うし
ウルドさんや家族の安全は責任を持って守るという姿勢を見せ
信頼してもらえるように努力する

アドリブ歓迎

朱璃・拝 個人成績:

獲得経験:90 = 60全体 + 30個別
獲得報酬:2250 = 1500全体 + 750個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
先ずはお腹を満たせば元気もでるかも、とウルド様や祖父母様に石焼き芋を提供。それからウルド様とお話してみますわ

「お家を襲った暴漢も捕まっておりませんのに戻られたりしたら、もしまた襲われた時お命にもかかわりますわ。もしご自分が狙われているので祖父母様や私達に迷惑がかかる、と思っておられるなら心配はご無用。こう見えても勇者の卵ですから。それにここは精霊の加護のある施設なんですのよ」

とミラ様にもお出ましいただいて説得と信用を用いお話します。そして、もし絵を描く道具がお入用ならこんなものでよければ、とデッサンセットを取り出しますわ。或いは何か絵を描き続けなければならない事情がおありなのかもしれませんので

パーシア・セントレジャー 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
ウルドさん一家の保護施設での保護

◆方針
保護を拒否しているウルドさんを説得し、保護施設に留まるようにする

◆確認
まずは、なぜ「もと居た場所に戻りたいのか」は聞いておいた方がいいかしら
何か大事なものでもあるのか

それとも……祖父母を巻き込まないようにしたいのか

他に理由があるのか

◆説得
仮にウルドさんが独り立ちするにしても、暴漢に家を襲われた直後だし、今の状況でお祖父様、お祖母様といきなり別れて暮らすのは……お二人に心配をかけるわ
しばらくは、施設でご家族で生活して、それでもウルドさんが独り立ちしたいなら、そのときに独り暮らしを始めてもいいんじゃない?

家を再建するにも引っ越すにも、時間が必要でしょう?

リザルト Result

●引き出せ、言葉
 口をつぐんだ【ウルド】を見て【エリカ・エルオンタリエ】は、【セム・ボルジア】に近づいた。そして小声で注意した。
「セムさん、もう少しこう、表情を柔らかに出来ませんか。ウルドさんが脅えているみたいなので……」
 セムは変わらず鋭い目をウルドに向けている。そこに見え隠れしているのは敵意ではない――今のところ。相手がどちらに属するのか探ろうとしているのだ。自分にとっての利益かそれとも害か。
「おや、私そんなに怖い顔してますかね」
「ええ、少々。ウルドさんの不利益になるようなことは、しないつもりでしょう?」
 セムは間を置いた。それから愛想笑いを浮かべた。ウルドにも聞こえるように、声を大きくして言う。
「もちろん。私はあの子をどうこうしようとは思ってませんよ。ただあの子がどうしてあんな絵を描けたのか、それを知りたいだけなんですよ」
 【朱璃・拝】は厨房へ行き、焼きたての焼き芋をとってきて、ウルドとウルドの祖母に渡す。空腹を満たせば元気が出るかもしれない、と思って。
「よろしければ、どうぞ。ここに避難してくるまでの間、ちゃんとしたものを口に出来ておられませんでしたでしょう?」
 【アマル・カネグラ】も、にこにこしながら言った。
「学園で取れた旬のお芋です。甘くてほくほくで、おいしいですよ」
 ウルドの祖母は恐縮しながら、芋を受け取った。
「まあ、お気遣いありがとうございます」
 ウルドも礼を言い、芋を受け取る。もくもく噛み始める。
「……おおきに」
 そのタイミングを見計らって朱璃は彼に、切々と説いた。
「お家を襲った暴漢も捕まっておりませんのに戻られたりしたら、もしまた襲われた時お命にもかかわりますわ。もしご自分が狙われているので祖父母様や私達に迷惑がかかる、と思っておられるなら心配はご無用。こう見えても勇者の卵ですから。それにここは精霊の加護のある施設なんですのよ」
 彼女の言葉に応じるように【ミラ様】が現れた。
 ミラ様は点滅しながらウルドの周囲を回る。挨拶するみたいに。続けて寝込んでいるウルドの祖父の上に止まり、光の粉を撒く――どうやら癒そうとしているらしい。
 殴られ青黒くなっていた老人の顔色が、たちまち元に戻って行く。
 ウルドの祖母は大変感激した様子だった。涙ぐんでミラ様に手を合わせる。
「まあ、これは精霊様……勿体ないことで」
 その様子を見てウルドも安心したらしい。自身でもミラ様に手を合わせ、礼を言う。
「……あんがとなあ」
 少し彼の心が開いたと見た【パーシア・セントレジャー】は、説得に加わる。
「ウルドさん、なぜあなたはもと居た場所に戻りたいの? 何か、大事なものでも置いてきたの?」
「……そういうわけや、ないんやけど……でも、戻った方がええねんよ……」
「どうして?」
「……俺と一緒におると、じいやんとばあやんが、またやられてまうかもしれんし……俺、一人で暮らした方がええ」
 回答を得たパーシアは、察した。ウルドが今回襲撃された理由について、薄々見当がついているらしいということを。
(……とするならば、襲われた『理由』をなんとか聞き出さないとね……)
 思いながら彼女はウルドに、早まったことをしないように説く。
「仮にウルドさんが独り立ちするにしても、暴漢に家を襲われた直後だし、今の状況でお祖父様、お祖母様といきなり別れて暮らすのは……お二人に心配をかけるわ。しばらくは、施設でご家族で生活して、それでもウルドさんが独り立ちしたいなら、そのときに独り暮らしを始めてもいいんじゃない?」
 ウルドは押し黙った。
 そこでエリカが選手交替する。
「ウルドさん、施設に止まるべきよ。朱璃さんが言ったように、学園は全力であなたたちのことを守るから。信じてちょうだい。もし家に戻って確かめたいことがあるとか、持ってきたいものがあるとかいうことなら、私たちが代行するから」
 かくいう申し出を受けてもウルドは、まだ押し黙っている。
 髪に隠れた彼の視線が【セム・ボルジア】に向いているのを、エリカは感じ取った。どうも彼は、まだ彼女を警戒しているらしい。
「あのね、セムさんはあなたのことを敵視しているわけじゃないの。だから、怖がらなくていいのよ。ただあなたが出品した絵のことについて知りたいだけ。私たちと一緒で、あなたとその家族の安全は責任を持って守るつもりなの」
 ウルドはじいっとエリカを見上げ、ポツリと言った。
「……そやないと思うで。あの人俺に反感持ってはるわ。腹立ててんねん、ごっつう。何描いてくれとんねんアホボケカスって」
 セムは愛想笑いを浮かべたまま、黙って目を細くした。
 エリカは一瞬言葉に詰まったが、引き続き彼の疑念を払拭しようと努めた。
「そ――そんなことないわよ。セムさんの事を信じてあげて。消火活動をして、ウルドさんと家族を助けたのはセムさんたちでしょう?」
「まあ、せやけど……」
 以上のやり取りを聞いていた朱璃は――当初からだったが――彼がなぜああいう絵を描いたのかということが、非常に気になった。セムに対して遺恨があるというわけでは、全然なさそうなのだが。
「ウルド様、貴方はカサンドラ賞展覧会に、セム様をモデルにした絵を出品されましたが……セム様の事を、ご存じでしたのですか?」
 そこで【ラインフラウ】が口を挟む。
「知ってたのよね、もちろん。名前と顔だけじゃなくて、かなり詳しいところまで。じゃないとあんな真に迫った絵、描けないわ。一体誰からそういうことを教えてもらったの?」
 パーシアはふと、ウルドの一族が、セムとは別の流れでノア一族に関わってる可能性があるのではないかと考えた。例えば彼の父母のどちらかがワレン・シュタインの血筋を引いている、とか。
 だがそれは違ったらしい。本人がこう言い出したからには。
「……誰から教えてもろうたいうわけやないねん……俺あの人のこと、名前しか知らへんし」
 ではどういうことなのか、とパーシアは首をひねる。
「……モデルになった他の作品や物語なんかがあるのかしら? それとも……頭のなかに閃いたイメージを、作品として表現したとか?」
 ウルドがぎくっと身を強ばらせた。
 そこで朱璃は彼に、以下の指摘をする。それはウルドの名が過去を司るさる女神の名と同じだ、というところから連想したものだった。
「違っていたら失礼なのですが、もしかして貴方は過去を見る事が出来るのではないですか?」
 結論から言うと彼女は正解を引き当てた。
 ウルドは観念したように話し始める。ぽつりぽつりと。
「……他人の過去が見えるわけやない。ただ、描くだけや。気が付いたら描いてもうてるねん。自分が描いてる絵の意味、自分では分からへんねん」

●望まれない絵
 ウルドが最初に自分の能力に気づいたのは、ごく幼いとき。近所に住んでいる老人の似顔絵を描いてあげたときだ。
 老人は界隈でも知られている好人物で、悪口を言う人なんか一人もいなかった。若いとき離婚してから、ずっと一人で暮らしていた。
 ウルドは張り切って絵を描いてあげた。だけど出来上がってみればそれは、老人の肖像画ではなくなっていた。
 青年がシャベルで地面を掘り、何かを埋めている絵。
 老人は顔色を変え、穴の空くほどウルドを見つめた。その後すぐ体調を崩して、一ヵ月後に死んだ。
 しばらくしてその家が取り壊されたとき、騒ぎが起きた。床下に古い一揃いの衣服が埋まっていたのだ。明らかに人が纏っていたと思える形で。
 年寄り達はひそひそと話し合った。あの服は、昔奥さんがよく着ていた服に似ていないだろうか。そういえば奥さんは、離婚した後一度も姿を見かけなかった。遠くの実家に帰ったと、老人は言っていたが……。
 ――そこまでの話をウルド本人から聞いたエリカは、軽く息を飲んだ。
「……その人、奥さんを殺したの?」
「……俺にはわからへんねん。でも、絵を描かれた人にはわかるんや。自分の事やから……」
 その後もウルドは、似たような体験を何度かしたらしい。
 徐々に周囲の人間は彼を――彼の一家を避け始めた。係わりを持たなくなった。
 当然のことだ。自分が一番いやな、触れられたくない、思い出したくもない過去を突きつけられて喜ぶ人間はいないのだから。
 しかし単に避けていただけでは『自分が隠していることを知られているかも知れない』という思いは消えない。不安になる。
 不安を消すためにはどうすればいいか。
 一番いいのは、不安を引き起こしている対象を消してしまうことだ。
 家にぼや騒ぎが起きたのは、一度二度ではない。暗がりから矢や石が飛んでくることもあったりした。
 彼と彼の両親は身の危険を感じ、それまで住んでいた場所を逃げるように出て行った。母親の両親――今彼が一緒に住んでいる祖父母のところへ世話になろうと考えて。
 だが旅をしているうちに、両親は体を悪くした。祖父母の家に着いた後は二人ともども寝込み、ほどなくして死んでしまった。
 孫の打ち明け話を聞いた祖母は、呆然と立ち尽くす。
「……ウルド、お前、あの絵は、そういうことだったのかい?」
 パーシアは彼女の反応をいぶかしんだ。
「おばあさんは、そのことを知らなかったんですか?」
「ええ、ちっとも……この子からも、娘夫婦からも、そんな経緯は全然聞いてませんでした」
 さもあろう、と朱璃は思う。それを話したら受け入れてもらえなくなるかもしれないと思ったのだ。これまでの経緯からするに。
 ウルズはため息をついて続ける。
「俺、おとんとおかんが死んだとき、もう絵を描くのはやめよう思うたんや。けど結局そう出来んかった。描くまい思ても描いてまうねん。誰のものかもわからん過去を。それなら絵を見せなけりゃええと思って……ずっと家にこもっているようにしたんや」
 そこでセムが疑問を発した。
「じゃあ、何で展覧会に出品したんです? 絵を人目につかせたくなかったんでしょう?」
 確かにその点疑問だ。
 そこでウルドの祖母が、おずおず会話に入ってきた。
「私とうちの人が『そうしたら』とこの子に強く勧めたんです……ああいう絵を描くのを止めさせたくて。こういう絵は、展覧会に出してもきっと落選するだろう。そうしたら、考え直して別の絵を描くか、絵を描くのをやめるかしてくれるんじゃないかと……」
(なるほど、そういうことか。お爺さんとお婆さんに本当のことを言えない以上、絵を出さないで欲しいとも言えなかったということね)
 納得しつつエリカは、改めてウルドに尋ねた。
「襲ってきた相手について、心当たりはある?」
「……つい最近うちに来た人やないかと思う……展覧会の絵を見たちゅうて……実に興味深い内容やから、あの絵について是非話を聞きたい言うてな」
「どこの誰だか、分かる?」
「……トリス・オーク、て言うてはった。シュターニャでなんや商売してはる人とか。俺断ってんけどずかずか入ってきはって、そんで……俺の描いた別の絵見て、すぐ帰りはった」
「……その人、どんな絵を見たの?」
「……確か、人が馬車に轢かれた絵や。その絵を見たとき、顔色変えてはったわ」
 では、きっとその絵は、その人の過去に関する何かなのであろう。
 エリカはセムに顔を向けた。
「今の名前、聞いたことがある?」
 セムの愛想笑いがいよいよ深くなる。
「ありますよ。実に品行方正で立派な方です。主に不動産業を営んでおられてましてね。ただいま当社と、さる土地の売却価格について係争中です――ところでウルドさん、あなた、オークさんが見た絵をもう一度描けますか?」
「描けへん。そういう絵は、一度きりのものやから……」
「そうですか。それは残念」
 言ってセムは煙草を出し、吸い始める。窓のほうに行って。
 朱璃はウルドに重ねて言った。施設にいたほうがよいと。
 それから、【トマシーナ】を呼んだ。
「この子の遊び相手になっていただけると嬉しいのですが」
 トマシーナは紹介されたウルドを一目見て、サイズ的な親近感を持ったようだ。自分から近づいていき、元気に挨拶する。
「はじめまして。わたし、トマシーナ! あなたあたらしくしせつにはいるの?」
「……ああ、うん、ちょっとの間やと思うけど……」
「わあい、うれしい! わたし、このしせつにおじいちゃんおばあちゃんとすんでるの。だから、いろいろおしえてあげるね!」
 やる気をみなぎらせるトマシーナに、押され気味のウルド。
 朱璃は彼にデッサンセットを渡した。
「もし絵を描く道具がお入用なら、こんなものでよければ――使ってください」
「……俺、絵を描かんほうがええと思うんや」
「……でも、描きたいのでしょう? そうだったから、引きこもっても、描き続けたのでしょう?」
 ウルドは沈黙しうつむいた。そうしながらもデッサンセットを受け取った。
 パーシアはくすりと笑む。
(トーマスさんのライバル、登場ね……)

●燃えかす
 火事の現場はまだ焦げ臭かった。
 その中に佇むエリカは顔を険しくしている。
 焼け跡に複数の足跡を見つけたのだ。それから、新しく焼かれたらしい物の残骸も。
 どうやらここを襲った連中は、ウルドたちが学園に避難した後また来て、徹底的に全部の絵を焼いていったらしい……道中聞き込みしたところ、見慣れない馬車が数日前うろついていたとの証言も得た。
「……相当悪質ね」
 呟きながら彼女は周囲を見回した。誰の気配もない、今は。
 留守を頼んだ人々の事を思い浮かべながら、馬車に乗る。
 自分がまたしても大きな何かに巻き込まれていく予感を覚えながら。







課題評価
課題経験:60
課題報酬:1500
王冠――新たな保護要請
執筆:K GM


《王冠――新たな保護要請》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 1) 2021-11-04 00:01:36
賢者・導師コースのエリカ・エルオンタリエよ。よろしくね。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 2) 2021-11-04 00:02:40
武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 3) 2021-11-04 20:45:42
ひとまずウルド様が帰ろうとしている理由はこちらで推測して説得するしかなさそうですが、今の所考えられるのは自分が狙われているのでここにいたら迷惑がかかる、と思っているとか、家は焼けてしまいましたがそこに誰かが、或いは何かが来る、事になっているとか、私が考えつくのはそれくらいでしょうか・・・。

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 4) 2021-11-04 22:53:51
>帰りたい理由
巻き込みを警戒してのことであれば、学園を信じて任せて欲しいと伝えたいし、
何か戻るべき事情があるなら、それはわたしたちで代行できないか提案したいわね。
どちらにしろ、ウルドさんは学園に引き留めておきたいし、しっかり話す必要があるわね。

《猫の友》 パーシア・セントレジャー (No 5) 2021-11-05 06:37:59
王様・貴族コースのパーシア。出発直前だけど、よろしくお願いします。
家が燃えてしまったのなら、画材や家にあった作品も燃えてしまった可能性があるわね。
そんな状況でも戻りたがる……何かが、彼の家に残ってるのかもしれないけど。

だんまりってことは、セムさんには聞かれたくないことかも知れないわねえ。
色々聞きたいけど、聞き出す情報はセムさん達に筒抜けって前提になるのがねえ。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 6) 2021-11-06 19:20:56
特に有効なセム様に対する情報の遮断方法が無い限りは解説にあるようにすべての情報はセム様に筒抜け、と考えてよさそうですわね。

そう考えると何を聞くにせよあまり突っ込んだ話はしない方がよいのでしょうか。そういう訳にもいかないとは思いますが・・・。

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 7) 2021-11-06 23:49:24
セムさんに筒抜けでも、ウルドさんの不利益にならなければいいんじゃないかしら?
セムさんだって、ウルドさんがセムさんの絵をかいて事情が知りたいだけで
ウルドさん事態を敵視しているわけではないと思うし、
ウルドさんや家族の安全は私たちが責任を持って守るという姿勢を見せれば、
ウルドさんもある程度は任せてくれるんじゃないかと思うわ。


《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 8) 2021-11-09 19:27:40
ひとまずプランは提出しましたわ。説得に関してはとりあえず狙われているのは自分、と思っていると仮定して、こう見えても私達は勇者の卵ですので襲われても大丈夫、といった感じで話してみようかと。あとはミラ様といった精霊の加護もありますわ、という事と、トマシーナ様の遊び相手になってほしい、といった所でしょうか。

あとは彼が描いたセム様の絵について一つ気になる事があるのでそれを質問してみようかと。直接家が襲われた理由を聞いている訳ではないのですが、もしかしたら理由に繋がるかもしれないかな、と思いまして。

《猫の友》 パーシア・セントレジャー (No 9) 2021-11-09 21:16:17
何にしろ、なぜ「もと居た場所に戻りたいのか」は聞いておいた方がいいかしら。
ウルドさんの絵については、もしかしたら……彼の一族が、セムさんとは別の流れでノア一族に関わってる可能性があるのかも。とは思ってるけど。

もしかしたら、ウルドさんの父母のどちらかが……ワレン・シュタインの血筋だったりして。
なーんて、さすがに出来すぎよね。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 10) 2021-11-09 22:45:53
>帰りたい理由
それも聞いておいた方がいいと思いますわ。それについては私は書けていませんので、パーシア様が聞いて下さるのでしたら有り難いですわ。

絵に関しては、ウルド様には過去が見えるのではないか?という事を聞いてみようかと。ベイキ様の幻視のような感じで。単にウルド様のお名前から思いついただけなのですが。