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真っ赤な格好の辻斬りさんは


ストーリー Story

 ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る。
 今日も明日も明後日も、もはやその日に関係なく、この時期ずっとクリスマス。
 毎日毎日、楽しい楽しいクリスマス。
 いつか来るかな来ないかな。いい子にしてればきっと来る。赤い服に白いおひげ。大きな袋を持ったサンタクロースが――。

「ねぇねぇおにぃさん。ずっとここで何してるの?」
 男は、ベンチに座っていた。
 公園の一角にあるベンチで、ただ座っているだけだった。何もしていなかった。だから好奇心旺盛な子供に声を掛けられて困る。
 何もしていないのだから、何をしているのと聞かれても返す言葉がない。
 何処とも言えない空の彼方に一瞥を配って考え、深く、深く溜息をついた。
「……待ってるんだ」
「そっか! おにぃさんも、サンタさんを待ってるんだ! もしかして、サンタさんのおともだち?!」
 どうしてそうなる。
 子供の方程式はよくわからない。またどう返していいのかわからなくて、空の彼方の誰でもない何者かに助けを乞う様に、一瞥を配る。
「そうだな。袋を持った老人とは、よく話す」
 主に家から物を持ち出す類の人間と、最期の挨拶を――なんて、現実は言えない。
「やっぱり! おにぃさんも赤いもんね! おにぃさんも、いつかサンタさんになるの?!」
「いや、俺の髪は地毛で、服は……」
 空に一瞥。
「……あぁ、そうだ。俺はここで子供達を観察し、どんなプレゼントを欲しているのかを見極める訓練をしている。が、今はまだ出来ない」
「そっか……ぼくはね、弟がほしいんだ。友達に弟がいて、すっごく仲が良くて、うらやましくて……だから……」
「そうか。善処するように伝えておく」
「うん! ありがとう、おにぃさん!」
 それからその子の親が来て、子供は帰って行った。
 我ながら、馬鹿げた事を言ったと思う。
 サンタクロースも、多分だけど万能ではないし、弟を与えるのは無理だろう。仮に本物のサンタクロースにはそんな力があったとしても、自分には出来ないと男は断言出来た。
 何せこの身は、世間では緋色の辻斬りなどと呼ばれ、恐れられる斬り裂き魔なのだから。
「子供の扱いが上手いとは意外だな。おまえは殺す事しか能がないと思っていたよ、【荒野・式】(あらや しき)」
「……要件は」
 ベンチの裏に生えている木の更に後ろ。式には見えない背後の陰から話しかける声は酷く濁って聞こえて来る。
 人物特定を避けたガスを作っての隠ぺい工作。
 式からすれば、真正面からやり合えない弱者の稚拙な悪足掻き。幾ら声色を変えたところで、声の癖ないし口調ないし、探る方法は幾らでもあるのだから。
「消して欲しい奴がいる。盗賊の一団を任せていたんだが、牛の角を取る仕事しくじって、任せてた一団を潰された挙句、一人逃げた奴だ」
「……口封じ、か」
「我々と面識のある奴は消しておく必要があるからな。そいつは剣の腕に多少自信があった。おまえの退屈を凌げるかどうかは知らないが……」
「……そうか。わかった」

 同時刻、魔法学園(フトゥールム・スクエア)。
「【ヴィンレスト・リーガン】。前に護衛依頼を受けた牛さんを襲った、盗賊団のボスだったヲトコ……そいつを、こっちで捕まえるわ」
 魔法学園学園長室。
 学園長【メメ・メメル】と、生徒【紫波・璃桜】(しば りおう)の対談は、璃桜の連れるシルキーを除き、他の誰もいない状況で行なわれていた。
 静寂の夜。紅茶の甘い香りに、鼻孔の奥を突く様にくすぐられる。
「そうだねぇ♪ 彼は君が探ってた大規模組織の中でも、数少ない幹部クラスだったし? このままじゃあ口封じされちゃうものね♪」
「えぇ。そして数日後、彼が表に出て来るの。どうやら、新しい雇用先を見つけたいみたい」
「なるほどなるほど? それまでに人を集めて欲しい訳だ☆ わかった♪ 掲示板に出しておくから、楽しみにしておいてくれ給え♪」
「えぇ、お願いします学園長。出来れば精鋭が好ましいですね。あの男も相当の手練れですが、組織が送り込むのはおそらく……彼が追われるきっかけとなった事件にもいた、あの辻斬り本人か、同格の刺客でしょうから」
「荒野式、かぁ……君にとっても、因縁ある相手だね。璃桜たん♪」
「まぁ、弟弟子を可愛がってくれたもの? 姉弟子として、ヲンナとして、返さなきゃいけないものはちゃんと返さないと。ただ、それだけの話ですよ」
 メメには濁して伝えたが、情報はしかと掴んでいる。
 口封じに来るのは緋色の辻斬り、荒野式で間違いない。弟弟子【灰原・焔】(はいばら ほむら)を追い詰めた二刀流薙刀使い。
 相手にとって不足なし。寧ろ遠慮をしようと配慮をしようと、手を抜こうものならこちらが死ぬ。
 そんな相手と、あろう事か街中でやり合わなければいけない。しかも常時より人だかりの多い、この時期に。
 重ね重ね、こちらには不利が続く。が、手が多ければやりようはある。そう、まだ手さえあれば――。
「なんて、弱気になってちゃダメよねぇ? まったく……」
 ふと、窓の外を見る。
 本番と同じ時間帯。夕日が沈んで暗くなった空の下、明るく照らされた街並に、多くの人々が行き交い、声と歌と言葉が通う。
 そんな中に、奴が来る。
 斬り裂き浴びた返り血に濡れに濡れ、赤く染まった辻斬りが。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 6日 出発日 2021-12-27

難易度 難しい 報酬 多い 完成予定 2022-01-06

登場人物 2/6 Characters
《マルティナの恋人》タスク・ジム
 ヒューマン Lv36 / 勇者・英雄 Rank 1
村で普通に暮らしていましたが、勇者に憧れていました。 ここで学んで一人前の勇者になって、村に恩返しをするのが夢です。 面白いもので、役所勤めの父の仕事を横で見聞きしたことが、学園の勉強とつながり、日々発見があります。 (技能はそういう方針で取得していきます) また「勇者は全ての命を守るもの、その中には自分の命も含まれる」と仲間に教えられ、モットーとしています。 ※アドリブ大歓迎です! ※家族について デスク・ジム 村役場職員。縁の下の力持ち。【事務机】 (※PL情報 リスクの子) ツィマー・ジム おおらかな肝っ玉母さん。 【事務室・妻】 シオリ・ジム まじめできっちりな妹 【事務処理】 チェン・ジム のんびりマイペースな弟 【事務遅延】 ヒナ・ジム 可愛い末っ子 【事務雛型】 リョウ・ジム 頑固な祖父 【事務量】 マーニー・ジム 優しい祖母。故人 【事務マニュアル】 タックス・ジム 太った叔父。【税務事務】 (※PL情報 リョウの子) リスク・ジム マーニーの元婚約者でリョウの兄。故人【事務リスク】 ルピア・ジム 決まった動作を繰り返すのが大好きなグリフォン。【RPA事務】 ※ご先祖について アスク・ジム 始祖。呼吸するように質問し、膨大なメモを残す。【事務質問】 「あなたのお困りごと、お聞かせいただけませんか?」 セシオ・ジム 中興の祖。学園設立に向けて、土地や制度等に絡む諸手続きに貢献。【事務折衝】 「先祖の約束を今こそ果たす時。例え何徹してもやり遂げる!」
《新入生》キィ・トリークル
 ヒューマン Lv8 / 賢者・導師 Rank 1
「困ったことがあれば、ウチに相談するといいのだ!」 ■容姿■ 見た目:幼女 髪:ショートヘア ■性格■ ・長所 元気で明るい性格。好奇心旺盛。 人懐っこく、誰とでもすぐ打ち明けられる。 大人の知識をさらっと当たり前の様に語る。 ・短所 承認欲求が強く、 自分が必要とされない事を何よりも恐れる。 自分で自分の価値が分からない他者準拠な悲しい性格。 年相応の子供っぽいところ。 ■口調 ちょっと片言の様な幼い口調で話す。 話し方は偉い人であっても基本変わらない。 ~なのだ(口癖) 二人称:名前、お前(敵に対して) ■サンプルセリフ ・ウチはお腹が空いたのだ ・これが本末転倒というやつだな ・これ、知ってるか? ・気分いいな!

解説 Explan

 真っ赤な御鼻のトナカイさんは、サンタクロースとプレゼントを配りに来ますが、今回やって来たのは真っ赤な返り血を浴びた緋色の辻斬り、【荒野・式】(あらや しき)。
 彼と同じ標的――盗賊のボスを狙い、彼の口封じより先にボスを捕縛するのが今回の依頼内容となります。
 街中での戦闘になりますので、周囲の人達を戦場から逃がして安全を確保する役。辻斬りの相手をする役。ボスの相手をする役の三つに分かれられると理想的ですね。
 敵情報、【ヴィンレスト・リーガン】……元盗賊団のボス。牛のルネサンス誘拐の際、学園生徒に盗賊団を壊滅させられた事で、学生らに恨みがある。両手に三本ずつの短剣を握り、爪のように繰り出して使う。速力と機動力が高く、口も達者。挑発スキルが高い。
 敵情報2、【荒野・式】……緋色の辻斬りと恐れられる二刀流薙刀使い。長さの異なる薙刀を操り、あらゆる間合いの中にいる敵を斬り裂く。基本的には誰が相手だろうと興味は希薄だが、強敵と認定すると周囲を一蹴して一対一に持ち込もうとして来る。
 味方NPC【紫波・璃桜】(しば りおう)……自称、蛇使い座のヲンナ。猛毒を滴らせるレイピア使い。ブーツに仕込んだ隠し刃にも毒が塗ってある。直接的な戦闘より搦め手の方が上手。
 味方NPCの扱いは、参加してくだった皆様にお任せします。避難誘導。対、辻斬り。対、標的。NPCとも連携し、標的の確保に努めて下さい!
 頑張れ! 未来の勇者たち!


作者コメント Comment
 皆様こんにちは、こんばんは。
 お久し振りになりました、七四六明(ななしむめい)です。
 久方振りに頑張って、戦闘エピソードをご用意させて頂きました。真っ赤な御鼻のトナカイでも真っ赤な格好のサンタクロースでもない真っ赤で緋色の辻斬りが登場する今回、皆様で協力し合って、相談し合って解決へと導いて頂けたら嬉しいです。
 NPCとも協力し、全力を賭して事態の解決に努めて頂ければと思います。
 何卒、よろしくお願い申し上げます!


個人成績表 Report
タスク・ジム 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:486 = 162全体 + 324個別
獲得報酬:14400 = 4800全体 + 9600個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
事前準備
現場周辺の地理を確認し、荒野式をおびき寄せて一騎打ちに持ち込めるような人気のないポイントを設定しておく

璃桜先輩は元ボスを確実に抑えてほしい、
自分は命を懸けて式を引き留める
と打ち合わせる

仲間にはサポート依頼
初課題なら緊張ほぐすように接する

式を見つけ次第
勇者原則、挑発で自分に引付け、設定した戦場に誘導する

そのために、普段なら絶対口にしないセリフを吐く

「そんな盗賊崩れなんて止めといた方がいいです
僕の方が…楽しめますよ!約束します!…担保は。この命!」

これまで数度交戦した中で、自分なりに理解した式の性格をトレースした結果
彼の興味を自分に向ける精一杯の演技であり
絶対負けないという不滅の希望である

キィ・トリークル 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:486 = 162全体 + 324個別
獲得報酬:14400 = 4800全体 + 9600個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
周囲の人達を戦場から逃がして安全を確保する役

◆方針
サンタとして登場し注目させ、人々を安全な街に移動させる

◆用意
サンタになる為の衣装

◆説得
メリークリスマス!
今日はクリスマスだからみんなに素敵なプレゼントを
配ってあげるよ!ほしい人は僕についてきてね~!

リザルト Result

 何やら街が騒がしい。
 世間は年末。今宵に至っては聖夜だったか。
「メリークリスマス! 今日はみんなに、素敵なプレゼントを配ってあげるよ! ほしい人は僕についてきてね~!」
 周囲の子供達とそう見た目も変わらなさそうな少女がサンタ服を着て、シルキーと共にプレゼントを配り歩いている。
 プレゼントに引き寄せられる子供達と一緒にその親、見物客までもが率いられて、まるで街そのものが移動しているかのよう。
 だが一人、小さなサンタ【キィ・トリークル】に誘われる事無く、晴天の日に番傘を持った青年が自分へと歩いて来る。
 が、特別な警戒はせぬまま、興味もないままに横を通り過ぎようとした時に囁かれて、緋色の辻斬り【荒野・式】(あらや しき)は、サンタの率いる街の住民とも本来の目的である盗賊の首魁とも別方向の、人目から外れた裏路地へと誘い込まれた。
「誘いに乗って下さって、ありがとうございます。あなたと全力でやり合うのに、野次馬がいては邪魔でしたので」
「……どうでも、いい。だけど、君は保証出来る? 楽しませられるって、保証、出来る?」
「えぇ、楽しませられますよ。盗賊崩れなんかより、ずっと。担保はこの、【タスク・ジム】の命です!」
「安い命、取ったところでつまりはしない」

 取引現場、喫茶店前。
 店の窓ガラスが割れ、両手に短刀を握り締めた【ヴィンレスト・リーガン】が飛び出して来る。
 腕に付けられた傷から血を吸いだしてその場に吐き出すと、赤い唾液から蒸気が生じ始めた。
「毒使いか……」
「中らずとも遠からず。私は、そうよ? 蛇使い座のヲンナ。牽牛様の件では、後輩や弟弟子がお世話になったわね。ヴィンレスト・リーガン。お礼にこの【紫波・璃桜】(しば りおう)が、あなたを毒に沈めてあ、げ、る」
「やれるものなら……やってみなぁ!」

 宙に向けてヒドガトルを放ち、空で弾ける小さな花火を上げる。
 はしゃぐ子供達に、サンタクロースの扮装をした璃桜のシルキーが、プレゼントを配る。
「さぁさぁ、寄って行くのだ見て行くのだぁ。良い子にしていた子供達に、サンタさんからプレゼントなのだぁ」
 プレゼントと花火にはしゃぎ、寄って集る子供達。
 必然的にその子の親たちも集まり、微笑ましい光景に他の人々も足を止める。
 シルキーも手伝ってくれているとはいえ、街の一か所に人々を集めるのはなかなかに大変だ。プレゼントにも限りがあるし、子供達だっていつまでも留まってくれはしない。
(タスク! 璃桜! 早々に決着を付けて欲しいのだぁ……!)

 大振り一掃。
 横に払われた薙刀の下を潜り抜け、繰り出した刺突が短い方の薙刀に弾かれ、連続の刺突にて詰め寄られる。
 距離を取れば再び、柄の長い方が薙ぎ、振り払い、詰めさせまいとして暴れ回る。
 だがタスクは臆する事無く払われた薙刀を押されながらも受け止め、柄に刃を滑らせながら、果敢に距離を詰めていく。
 そのまま大きく振り被り、落とした剣撃は受け止められ、足を払われたが、体勢を崩されて後退させられながらも落とされた斬撃を受け止め、繰り出された足を後転して回避。すかさず払われた薙刀を四つん這いの状態で跳ねて避け、両脚で着地。帰って来た薙刀を止めた。
 そのまま距離を詰め、斬撃の応酬。
 が、受ける事無く見切られる斬撃は空しく空振り。空を裂く刺突は高く跳躍され、頭を足蹴に跳び超えられる。
 振り被ったタスク目掛けて距離を詰めていた式へと刀を振るが、直前で停止して躱され、踏み込んだ足を払って前に崩された体を薙刀で掬われて倒された。
 後頭部と背中に鈍痛を感じながら空を仰ぐタスクを見下ろす式の目が、深々と吐息する。
「……もう、終わり?」
「……そんなわけ、ないでしょうっ!」
 足を高く上げ、振り下ろす勢いと腹筋とで起き上がりつつ、式の額に頭突きする。
 よろめいた式へと剣を払い、押し付けるように、圧し込むように叩く。叩く。叩く。ガードを叩き割る勢いで繰り出す剣速が徐々に加速し始め、先に繰り出した応酬をずっと超える速度での応酬が、式を攻め立てる。
 振って、返す。払って、帰る。落として、上がる。
 さながら宙に絵画でも描くかの如く、タスクの剣が様々な方向へと流れて、止まる事無く攻め続ける。ここに誰もいない事が惜しい事で、その自由自在な剣筋は、彼が目指す白髪の剣士の面影を思わせた。
 が、絶えず攻め続けると言うのは疲労が蓄積するもので、この時のタスクも例外ではない。
 息が乱れ、剣に乱れが生じた一瞬。式の薙刀が剣を打ち払い、鼻頭と鼻頭が付きそうになるほど近付かれて、下腹部に膝を入れられた。
 後転に後転を続け、家の壁に衝突。痛がる暇もなく、飛び掛かって来た式の薙刀に串刺しにされるのを回避して、受け身を取りつつ立ち上がり、襲い来る追撃を辛うじて受ける。
 二度、三度、繰り出される度に速度と重量を伴って、剣撃はタスクを翻弄する。
 が、速度こそあれど重量はあの雨の怪物ほどはない。振り下ろされた斬撃に対し、タスクは負けじと剣を振り上げ、真っ向から衝突した。
 その後も幾度か剣撃で張り合い、衝突。若干速度で劣るものの、剣撃そのものでは拮抗し、互角に渡り合っていた。
「速くて重い斬撃……だけど、驟雨ほどじゃあない……!」
「驟雨? 誰だそれは」
「あなたよりずっと強かった怪物、です!」
「ふぅん……」
 若干興味を示した様子で、姿勢が変わる。
 寝ぼけ眼で気怠そうだったのが、前傾姿勢で眼光が鋭く光り出す。
 一度退いて振り回した薙刀がぶぉんぶぉんと空を裂いて、周囲の建物の壁や床を斬り裂いた。
「じゃあ、君は……その、怪物より、強いん、だよ、ね? 楽しませて……くれるのか、な?」
「だから、保証すると言ったでしょう」
「……あぁ、そんな事も、言われた気がする」

 同時刻。大広場の噴水へと、人影が投げ込まれる。
 振り払ったレイピアの先から、血と毒とが混じった水滴を垂らす璃桜は、短くなった横髪を払って頬に付けられた傷を指の腹で拭っていた。
「あんたには神経毒を打ち込んだわ。直に体が言う事を聞かなくなる。その前に、潔く降参したら如何かしら。あんたはもう、あの子達に負けてるのよ」
 派手な水飛沫を上げ、ヴィンレストが立ち上がる。
 わずかに赤く染まった噴水の中、怒りの色一色に染まった眼光を光らせて睨んでいた。
「っ、っ、っ、毒を打ち込んだ程度で勝ったつもりか?」
 短刀が投擲され、咄嗟に弾く。
 先に投げられた短刀の陰に隠れて投擲された二本目を辛うじて躱すと、跳び込んで来たヴィンレストの斬撃がレイピアの上から圧し込み、璃桜の体に獣が爪で掻いたような傷を付けた。
 抉れた肩から血が噴き出し、振られたレイピアを躱したヴィンレストは、短刀を濡らす赤い体液を、わざとらしく舐め取ってみせる。
「こんな毒、もう抗体は出来てるぜ。この程度で浮足立つたぁ、大したことねぇなぁ、フトゥールム・スクエア」
「……はっ。あまり、強い言葉を使わないで頂戴。負けた時の言い訳がもぉっと惨めになるわよ?」
「余計なお世話だよぉ!」

「サンタしゃん! あぃがとぉ!」
「うんうん! 来年も良い子にしているのだぞ?」
 さて。
 用意して来たプレゼントに、そろそろ底が見え始めて来た。
 他にも風船。シャボン玉等用意して来たが、さすがにもう限界が近い。子供達はもちろん、周囲の大人まで止めるのは難しくなってきた。
 が、弱音なんて吐いている場合ではない。
 サンタはいつだって、笑顔でいなければいけないのだから。
「さぁ、おまえは何が欲しいのだ? サンタさんに言ってみるがいい!」
 キィ・サンタさんの戦いも、まだ続く。

 同時、タスクと式の戦いもより激しさを増して、剣撃は火花を散らしていた。
 野良のケットシーや街の住人相手に悪戯しに来ていたピクシー等が、剣戟に荒らされる風と飛び散る火花から逃げ出していく。
 床を抉り斬りながら壁を伝い、円を描く長い方の薙刀で間合いを制し、短い方で攻め立てる。
 何度も間合いを変え、速力を変え、自在の刃を操る式に対して、タスクは自由な軌道を描く剣で挑む。
 変幻自在と自由自在。異なる自在が、剣となって走る。
 短い方の薙刀が投擲。弾いたタイミングで高く跳躍した辻斬りが宙で回転し、その勢いを利用した大振りの斬り落としを、最高速になるより前に跳躍し、剣で受ける。
 そのまま地面に叩き付けられたが、斬撃の勢いを殺したことですぐに抜け出せ、本来間に合わなかっただろう追撃の回避が、身代わりウサギのお蔭もあって間に合った。
 粉雪が如く、切り裂かれた綿が舞い散る中で、二人の剣が再び衝突。綿に引火せんばかりの、激しい火花を散らす。
 刺突を繰り出しながら直進。タスクが受け流すと、直進した先で投擲した薙刀を拾い、受けながらバク宙。その場で勢いを殺し、振り返ると同時に叩き込まれる剣に応じて受ける。
 薙刀を斜めに傾けてわざと落ちるように滑らせると、追い付いて来た斬り上げを踏み付けて、長い方の薙刀で首を払い飛ばそうとした。
 が、タスクは籠手で受ける。
 若干ヒビは入ったが、傷はない。そのまま踏み付けられた剣を捨て、隠し持っていたもう一つを抜刀。式の薙刀から逃れ、後方に回転跳躍させ、距離を取らせた――。
 だけならまだ、今までの式と変わらなかった。
 緋色の前髪がはらり、と落ちて、額に小さな一文字の傷がつかなければ。垂れる赤い体液が、式の目の前で輝かなければ。
「やっと……届きました。ですがもうそろそろ、璃桜先輩も対象を捕縛している頃合い。こちらも早急に、終わらせましょう」
「……早急に、終わらせる」
 跳ねるように疼く鼓動。加速する血脈。跳ね上がる体温が、滴る汗が、式の脳内から大量の興奮物質を分泌させる。
「早急に、終わらせる……それは、困った。今、これから、楽しくなって来たのにさぁ!!!」
 式の体から、魔力が爆ぜる。
 溢れ出た魔力が大気を震動させ、タスクへと吹き付ける風と変わった時、魔力を帯びた式の薙刀が、腹の底に跫音を響かせながら襲い来た。
 咄嗟に突き出したタスクの剣に耳を斬られながら、上から圧し潰す勢いで振り下ろす。
 後ろに跳び退いた肩を掠め斬り、追撃の刺突が鎧の中央に風穴を開ける。深々と全身を走った衝撃に痺れて、タスクは込み上げて来た物を嘔吐した。
 しかしそんな事など構い無しに、緋色の辻斬りの猛攻が続く。
「いい! 良い! 善い!」
 興奮冷めやらぬどころか、更に興奮を増していく。
 長い方の薙刀を突き立てると柄にブーツを掛け、垂直に跳び上がりながら回転。地面を抉りながら回る薙刀と共に回転した式の斬撃が、全方向を一閃した。
 長さの違う薙刀を竹馬さながらに乗りこなし、間合い、高さ、速度を変えながら進みつつ攻める。
 それに負けじと、タスクは先に出したダイアモンドホープを突き立てて、足蹴にして跳躍。薙刀を振る直前の式を仰け反らせ、後方に重心を崩して下ろす。
 先に地面に着いた式へと振り被った刀を下ろし、全体重を乗せた一撃で以て、薙刀の柄を叩き斬り、胸元に浅い縦一閃の傷を付けた。
 が、式は止まらない。
 長さがほぼ一緒になった事で、間合いこそほとんど変わらなくなったものの、振りやすくなった薙刀での応酬が先までの倍速で繰り出される。
 全身に纏った装備の上から掠め斬られ、突き斬られ、抉り斬られながらも受けて、致命傷を避けるタスクは、式の斬撃が重ねて上から来るとわかった瞬間に、深く腰を据えた。
「晴天灰陣……」
 受け止めた斬撃の重量が、体の中を巡って熱に変わる。
 血液が体内を巡る様に、腕から腰、また腕へと戻って来た衝撃と熱とが薙刀を弾かせ、抱いた熱が刀へと伝わり、渦巻く風を纏って、タスク渾身の一撃が放たれる。
「月下白刃――!」

(タスク、本気だな……そしてウチも、本気を出さねばならないのだな、うん)
「ママぁ」
「あぁわわわ……誰かこの子のお母さんを知らないかぁ?!」
 人気になり過ぎてしまったキィサンタさん。
 プレゼントを配り終えてしまってどうしようかと思っていたら、彼女に夢中で親とはぐれてしまった迷子があちらこちら。
 置いて行く訳にもいかないので、二つの戦場を遠ざけながら親を探す。
 片方は元よりどこにいるかわかっていたし、もう一方は度々ドンパチやっているので、どこにいるのか何となくわかる。
 どちらが優勢かはわからないけれど、それだけは祈るばかりだ。
「ぐしゅ……ママぁ……」
「だ、誰かぁ! この子のお母さんはどこなのだぁ!?」
 キィサンタさんと、シルキートナカイの奮闘も、続く。

 渾身の一撃。
 今までで一番高い精度で繰り出せた。
 あの雨の怪物――驟雨に通じたかどうかはわからないけれど、少なくとも今このとき、荒野式に片膝を突かせるだけの威力は出せたので問題はない。
 が、敢えて言うならば、今の一撃で戦闘不能に出来なかった事だけは、良くなかったのかもしれない。特に今、興奮状態に陥っている式相手には。
「我流・七色剣(ななしょくけん)――赤……!」
 生じた魔力を帯びて、刀刃が赤く光る。
 興奮状態は変わらないものの、がむしゃらにただ力を出していただけの時とは違って、薙刀の刃に魔力が集中し、鋭利に尖れているのがわかったタスクは、晴天灰陣の構えで待った。
「どけぇ!」
 が、来たのは双方にとって招かざる客。
 璃桜との戦いで消耗し、撤退しているのだろうヴィンレストが、あろう事かこちらに向かって走って来るではないか。
 後から璃桜も追って来ているが、確実に、先にタスクらと接触する。
 後にも退けないヴィンレストは、このまま特攻の構えだ。
「てめぇら、退かねぇんなら――」
「退かない、な、ら……?」
「どうなると?」
 晴天灰陣の構えであった事も要因だろうが、明らか攻撃的な特攻に反応してしまった部分もあるかもしれない。
 片手に握られた三本の短刀が繰り出す刺突に、タスクも式もつい、反応してしまった。
「晴天灰陣――月下、白刃!!!」
「赤十刃(せきとば)――!!!」
 短刀を受けてから繰り出す、反撃の刺突。
 短刀の攻撃諸共、縦横に断ち斬る烈火の斬撃。
 二つの剣がヴィンレストを仕留め、その場に倒す。
 砕け散り、転げ広がる短剣の残骸が止まり、タスクはすぐ飛び退く。
 今の今まで対峙していた相手と、ましてや緋色の辻斬りと呼ばれる男と、一瞬でも同じ方向を向いて剣を振った事に、今更ながら驚いていた。
 そして違和感を持ったのはタスクだけではないようで、先まで興奮し、嬉々として輝いていた双眸も平静を取り戻して、今までに何度も見たつん、とした態度に戻っていた。
 空に向かって一瞥を配る仕草から、もう彼の中では終わってしまったのだな、と悟る。
「乱入……興覚め、した。もういいや。どうせ、そいつを捕まえるのが、目的、でしょ? なら、もういいや」
「……そう、ですか」
 惜しい、と思ってしまったのは、多分いけない事だ。
 彼の言う通り、目的は達成した。だからここで優劣をつける事は重要ではない。
 ないのだけれど、決着を付けられなかったのは、やっぱり惜しいと思ってしまった。
 だけどやっぱりお終いだ。周囲の人の気配が多くなって来た。キィの足止めも、もう限界という事だろう。何にせよ、ここまでであった。
「それは、好きにすればいい。もう戦えない人に、興味、ないから。だから……次は君、ね。今度は、こっちも刀、持って来るから、さ」
「の、望むところです」
「楽しみ、だね」
 と、ちょっとフレンドリーな感じで、手を振って帰っていく。
 拾っていくのは柄が斬られた薙刀で、体中赤い体液で濡れていたけれど、飄々とした様子で戻って行く姿は、とても今の今まで殺し合いにも等しい戦いをしていたとは思えなかった。
 ちょっと強がって見せたけれど、屈託のない笑顔で微笑まれて、タスクは返しに困る。
 何とも言えない気味の悪さで、背筋に冷や汗を垂らしていると、その背を強く、息も絶え絶えに切らしていたキィに叩かれた。
「お、終わった! 終わったのだな?!」
「う、うん。終わった……よ?」
「よ、よくやった……も、もうウチは、ウチはぁぁ……」
 ぐでえ、と疲れ切った様子で伸びる。
 一日で五人の迷子を送り届けると言う役目を全うしたキィもまた、タスクとは違う形で今回の仕事に貢献した事には違いない。
 それまでにもサンタとして子供達の相手をして、溶けそうになっている小さな体を脇に抱えて、璃桜はタスクに笑ってみせた。
「お疲れ様。あんた達のお陰で、何とか捕まえられたわ」
「璃桜先輩。ヴィンレストは……」
「ここからは、学園長とあたしに任せなさい。持ってる情報は全部吐かせる。そんでもし、こいつが近々開かれるはずの盗賊団の集まりに関する情報があったなら、次は決着の時かもね」
 決着。
 シルキーの肩に力無く担がれる男を見ながら、その二文字が頭にこびり付く。
 次は剣でと言っていた彼の言葉。負け惜しみと捉えるには、彼の様子はとても飄々としていて。
 荒野式――雨の怪物のような寂しさは皆無。鎮魂とは程遠い緋色の辻斬り。
 だがきっと、彼とは怪物と違う形で、決着を付けねばならぬのだろう。
 そのいつかを、楽しみに待つ事は出来ないけれど、絶対に来るいつかに向けて、腕を磨き続ける事を、タスクは一人、胸に誓う。



課題評価
課題経験:162
課題報酬:4800
真っ赤な格好の辻斬りさんは
執筆:七四六明 GM


《真っ赤な格好の辻斬りさんは》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《新入生》 キィ・トリークル (No 1) 2021-12-26 22:51:50
こんばんはなのだ!

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 2) 2021-12-26 23:42:49
参戦ありがとうございます!
勇者・英雄コースのタスク・ジムです。よろしくお願いいたします。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 3) 2021-12-26 23:50:11
お恥ずかしいことに、完全に一人のつもりで、先ほどまでプランを書いていたもので、参戦に気付かず、申し訳ありませんでした。

「仲間と連携する」という一文を入れましたので、あとはGM様の裁定に期待しようと思います。

独りじゃなくてほっとしました。
激戦が予想されますが、ともに頑張りましょう!