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王冠――埋まらない空白


ストーリー Story



●あなたを呼ぶ声
 グラヌーゼ。
 荒れ地は一月の寒気のもと、常以上に閑散とした様相を呈している。空は曇り。けれど雲には切れ目があって、そこから時折薄日が、梯子のように降りてくる。
 サーブル城の上にその光が、さっと差しかかった。
 その瞬間城は輝いて見えた。往年の生気を取り戻したかのように。だけどそれは錯覚だ。日が途切れると同時にまたもとの、寂れ果てた姿へと戻る。

 コートのポケットに手を入れて、遠くのサーブル城を眺めていた【セム・ボルジア】はほんの瞬きのくらっとするような感覚を覚えた。その間に幻覚を見た。多分幻覚だろう。実際にはそういうことは起きなかったのだから。
 崩れていた城壁もガーゴイルも屋根も窓にはめられたガラスも庭の花壇も、何もかもが一瞬にして元通りになっている。
 空堀には水が満たされ、城の周辺は緑の芝が広がっている。その回りは黄金に染まる麦畑だ。 平原を突っ切って白い舗装道。城へ真っすぐに伸びている。城の住人であり主人である人々が出て行くための道……。
『違う違う。戻ってくるための道だ。王冠を持つお前はそれを知っている』
 ひゅっと息を吸ってセムは、瞬きをした。それから額を手で擦った。少し汗ばんでいる。この寒いのに。
「……何ですかね、今のは」
 一人ごちるその声に、傍らにいる【ラインフラウ】が反応する。
「どうしたの、セム」
「……白昼夢ですかね。そういうものを見まして。今。何か声も聞いたような」
 どこか身の入っていない声色。心配そうにラインフラウは、セムの顔をのぞき込む。患者を診る医者のように顔をしかめて。
「……ローレライでもないのに?」
「ええ」
「どんな幻?」
「城が元通りになっていたんですよ。周辺もきちんと整備されててね。過去の光景なんでしょうかね、あれは。それとも未来の――」
 セムはまだ何か続けようとしたが、ラインフラウが不意に抱き着いて、それを遮った。
「それは多分、ノアの呪いが見せているのねえ。ねえセム、私あなたを死なせないわよ? 少なくとも一緒に死ぬ手筈が整っていないうちはね」
「……その話、諦めてないんですか?」
「当然」
「それはまた、どうも」
「学園、行くの?」
「ええ。ウルドさんがまた、興味深い絵を描いたみたいですから」

●不祥事の後始末
「――と言うことで、私が代理に来させていただきました」
 【トリス・オーク】の秘書を名乗る男は、黒い革カバンから真新しい書類――『念書』の束を出す。
 そこには小難しい法律用語で『この度のことには、遺憾の意を表明する』『道義的責任から生活支援のための援助金をお渡しするのでぜひ受け取ってほしい』『あなたがたの家に放火した当事業所の下請け臨時従業員については依然行方が知れないが、彼らが学園領内のあなたがたの生活に支障が出ないように手配し、取り計らう』という旨が書かれていた。
「内容にご承知いただけますなら、サインの程をお願い致します」
 馬鹿丁寧に両手を添え万年筆を渡してくる相手を、【ウルド】の祖父は、半眼で眺める。
「オーク氏はどうして来られんのじゃな」
「お仕事の方がご多忙で、時間が取れないのです。何とか都合をつけようとなされたのですが……ストップしていた再開発計画がまた進み始めまして……いずれ都合がつけばまた日を改めて、是非直接お話ししたいとのことではございましたので、はい」
 【アマル・カネグラ】はこっそり思った。いつまでたっても『都合』とやらはつかないだろうなと。なにしろこちらへ本人が赴いた時点で、事件への関与(彼が命令したことではないにしても、だ)が確定してしまうのだ。これから選挙にも出ようかという人間が、そんな危険は犯すまい。誠意があれば別だが、多分そんなものないだろうし。
「ひとまず援助金の方は、こちらに」
 秘書が別の鞄を開いた。
 中にはぎっしり紙幣が詰まっている。
 そんなものこれまで一度も目にしたことがない老夫妻は、目を白黒させた。
 【ラビーリャ・シェムエリヤ】は法律上の手続きに疎い彼らが、不利益を被らないよう、秘書にこう申し出た。
「……書類の方、私にも見せていただけますね?」
「かまいませんよ、どうぞ」
 確認したところ、ひとまず書類上の不備はなかった。一切の責任が所在不明とされている人々に帰せられているのは、いかがなものかと思うが。
「……この念書は学園が保管することになりますが、それでかまいませんね?」
「はい。それはもう、ご随意に」
 アマルは特に断りなく札束を手に取り、勘定をし始める。ちゃんと書面に記載された分の金額を持ってきているかどうか確認するために。

●欠落
 祖父母らがオークの使者に応対している間、【ウルド】はおずおずとセムに、『新作』の絵を見せた。

 絵にはセムが描かれていた。この前の絵と同じ姿。小瓶を手にしてワインの入ったワイングラスに、何か液体を注いでいる。彼女だけではない。彼女の家族も同様のことをしている。
 どう見ても不穏極まりない光景だ。
 その後ろに、前の絵にあった宴席がしつらえられている……。

 セムは絵を見た瞬間、何とも言いがたい感じに表情を歪めた。笑いと言えばそうともとれるが、それにしてはあまりに苦すぎる。
 続けて彼女は椅子に座り込み、黙り込む。頭を下げ手で額を支えて。
 結構長い間そうしているものだから、ウルドは、もしかして彼女が泣いているのではないかと思ってしまった。
 けど違った。持ち上げた顔には涙など一滴も流れていない。激情が吹き荒れているかのように、灰色の目が底光りしている。怖いくらいに。
「……ウルドさん、他に何か描いた絵はありますか? 私に関して」
「い、いや、あらへん。今のところは」
「……今のところは、ですか」
 鉄の沈黙。
 緊張感に耐え切れなくなってきたウルドは、場にいた【ドリャエモン】に救いを求める。目で。
 ドリャエモンはそれに応じた。
「……セム、お主、ウルドがこういう絵を描くことは、承知しておったではないか。今更それを責めてもせんないことではないか」
 セムは答えた。押し潰したような声で。
「責めてるんじゃありませんよ。別に。ただ、ここまで来たならもっと細かいところを描いてくれればいいのにと思っただけでして……」
「それは、どういうことだの」
「……例の晩餐について前後の記憶がすこぶる曖昧でしてね、私。これを見るにどうやら、私を含めた家族全員が毒を盛ったようですが――経緯が全然思い出せなくてね」
 彼女は息を深く吸って、絵の中の自分を指差す。
「……可能なら思い出したいんですよ。そこのところ。そうしないとどうも、すっきりしなくて。まあ、思い出したとしても、どうということはないでしょうけど。私だけがやったにせよ、家族全員がやったにせよ、もう時効ですし……」



エピソード情報 Infomation
タイプ ショート 相談期間 6日 出発日 2022-01-24

難易度 普通 報酬 通常 完成予定 2022-02-03

登場人物 3/8 Characters
《勇者のライセンサー》フィリン・スタンテッド
 ヒューマン Lv33 / 勇者・英雄 Rank 1
「フィリン・スタンテッド、よ……よろしく」 「こういう時、どうすれば……どうすれば、勇者らしい?」 (※追い詰められた時、焦った時) 「黙って言うこと聞け! 殴られたいの!?」 「ぶっ殺してやる! この(お見せできない下劣下品な罵詈雑言)が!!」   ###    代々勇者を輩出してきた貴族スタンテッド家(辺境伯)の令嬢。  一族の歴史と誇りを胸に、自らもまた英雄を目指してフトゥールム・スクエアへと入学する。  愛と平和のために戦う事を支えとする正義感に溢れた性格で、『勇者らしく人々のために行動する』ことを大事にする。  一方で追い詰められると衝動的に罵声や暴力に訴えてしまう未熟な面もあり、自己嫌悪に捕らわれる事も多い。 『彷徨う黄昏に宵夢を』事件で対峙したルガルとの対話から思うところあったのか、頑なな勇者への拘りは少し角がとれたようだ。 ※2022年8月追記 全校集会『魔王の復活』後、昨年クリスマスに結ばれたルガルとの子供を身籠っていた事が判明 (参考シナリオ) 恋はみずいろ L’amour est bleu https://frontierf.com/5th/episode/episode_top.cgi?act=details&epi_seq=649 ◆口調補足 三人称:〇〇さん(敬語では〇〇様) 口調:~かな、~ね? その他:キレた時は『私、アンタ、(名前で呼び捨て)、(言い捨て)』 ◆Twitter Sirius_B_souku
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。
《猫の友》パーシア・セントレジャー
 リバイバル Lv19 / 王様・貴族 Rank 1
かなり古い王朝の王族の娘。 とは言っても、すでに国は滅び、王城は朽ち果てた遺跡と化している上、妾腹の生まれ故に生前は疎まれる存在であったが。 と、学園の研究者から自身の出自を告げられた過去の亡霊。 生前が望まれない存在だったせいか、生き残るために計算高くなったが、己の務めは弁えていた。 美しく長い黒髪は羨望の対象だったが、それ故に妬まれたので、自分の髪の色は好きではない。 一族の他の者は金髪だったせいか、心ない者からは、 「我が王家は黄金の獅子と讃えられる血筋。それなのに、どこぞから不吉な黒猫が紛れ込んだ」 等と揶揄されていた。 身長は150cm後半。 スレンダーな体型でCクラスらしい。 安息日の晩餐とともにいただく、一杯の葡萄酒がささやかな贅沢。 目立たなく生きるのが一番と思っている。

解説 Explan


今回は、前回の後始末の回です。
そしてセムの過去にちょっと触れる回。
参加されます方はまず、ウルドの祖父母とオーク秘書の会談に同席してください。あれこれごまかされることがないように。
その後で、セムに話を聞きたい方は、聞いてください。
一家全滅の際の記憶が彼女にないというのは、本当のこと。
それは毒の副作用かもしれないし、そうでないかもしれない。
気持ち的にはそこのところの経過をはっきりさせたいと、セム自身は考えている模様。

ウルド方面に関しては、とりあえず賠償金が手に入りましたので、次回以降新居についての話を進めたいと思います。


※これまでのエピソードやNPCの詳細について気になる方は、GMページをご確認くださいませ。
そういうものが特に気にならない方は、確認の必要はありません。そのままプランを作成し、提出してください。エピソードの内容に反しない限り判定は、有利にも不利にもなりません。






作者コメント Comment



新年いかがお過ごしでしょうか。
王冠シリーズ第三弾です。
放火の賠償金が、無事もたらされました。




個人成績表 Report
フィリン・スタンテッド 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
●方針
途中参加になってしまったので、これまでの経緯について確認しつつ。
毒について焦点をおいて調べてみる。
そういった毒物はありうるのか、なかったとしたら記憶喪失に先例は?

●事前調査
オーク氏の素行、経歴について『事前調査』

●行動
会談についてはオーク氏側の言い分を確認しつつ、同意ととられる行動についてはそれとなく制して牽制
(金銭・物品の授受、サインなど)

その後、セムに詳しい話を確認。
記憶がどこで途切れたか、前後に何があったかカウンセリングのように問いかけ、情報を精査。
毒か、それ以外の理由はないかの二つまで絞る
(問いかけは「○○はなかった?」「味は変じゃない?」など具体的かつ○×で回答しやすいように)

朱璃・拝 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
書類の不備等については私は解らないので、秘書様が何かごまかしたり不審な動きをしたりしないか視覚強化で観察。それと何かの役に立つかもしれませんので嗅覚強化で念書に残った匂いを覚えておきますわね

お金に関しては一先ずアマル様に管理していただきますか?お爺様達も持ちつけない大金を抱えるのは不安でしょうし。金銭面に関してはアマル様を信用しておりますから

新居のデザインや内装については先日提案した芸術コースの課題になるよう、改めて先生方にお願いしますわ

その後でウルド様の所へ参りますわ。お正月の出来事を聞いたので落ち込んでいないかと思い。気晴らしに貴方も自分の新居のデザインをしてみませんかとお誘いしてみますわ

パーシア・セントレジャー 個人成績:

獲得経験:90 = 60全体 + 30個別
獲得報酬:2250 = 1500全体 + 750個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
ウルドさんの祖父母とオーク氏の秘書の会談に同席し、文書や会談の内容等に問題ないか見届ける

◆会談
会談内容にウルドさん一家に不都合がないかチェックしつつ、最後に取り交わされる文書の内容にも目を通して、問題があればその場での訂正等を求める

そのうえで、署名等を交わすようにウルドさんの祖父母にアドバイス

◆会談後
セムさん達と一緒に、ウルドさんの作品を見せて貰いましょ
新しい作品を描いてたようだし

そう言えば、オーク氏って再開発族議員派閥で出馬するのかしら

ウルドさんの家を焼いた連中、本当に行方知れずなのかしらね
実は、汚れ仕事担当で……ほとぼりが覚めるまで、身を隠してるとか
まあ、使い捨てなのかもしれないけど

リザルト Result

●念書の件で
「では、改めてご署名をいただけますでしょうか?」
 秘書がウルドの祖父と祖母に万年筆を差し出す。
「ちょっと待って――私達にも内容の確認をとらせてください」
 その間に割って入るようにして【フィリン・スタンテッド】並びに【パーシア・セントレジャー】は、念書の再確認を要求する。
 秘書はこれに応じた。
「――ええ、どうぞ」
(念書とお金は約束通り、ですが……やはりオーク氏本人は来られませんか)
 予想通りの展開に【朱璃・拝】は渋い顔をする。そしてパーシアたちが、念書を机の上に並べていくのを眺める。
(こういう作業には、私向いていませんわねえ)
 思いながら彼女は、秘書の挙動を観察する。ごまかしや不審な動きは――今のところ、ない。パーシアたちを煙たそうに見てはいるが。
 念書からは匂いがしている。専ら、目の前にいる秘書の匂い。ついで【トリス・オーク】の匂い。後は数人のものが少しだけ。
(どうやらこの文書、ごく内輪で作られたもののようですわね)
 パーシアは注意深く字を追う。特に気をつけているのは、文章が複数ページに跨っている箇所。
(たまにあるのよね……交渉では都合のいいこと言って、いざ、交わす文書では……カンマ、ピリオドの位置を変えて、全く逆の内容になったりしてることが……)
 【ウルド】一家の家を焼いた連中が本当に行方知れずなのかどうか、彼女は激しく疑っている。
 彼らはオーク専属の汚れ仕事担当員ではないのか? 単にほとぼりが冷めるまで身を隠しているだけではないのか? 遠国へ行ってしまえば、シュターニャの法の支配も届かないわけだし。
(まあ、そのへんのチンピラあたりを臨時使い捨て要員として使ったのかもしれないけどね)
 字を追う。追う。見つける。不審な部分を。

『――よって本契約は、締結される、
(次ページ)
被害回復給付金制度に則って、運用される。――』

 パーシアはフィリンに目配せした。
 フィリンもまた、不自然な一文に疑念を抱く。
 『締結される』の後にピリオドでなくカンマをつける意味は、締結の対象を『本契約』でなく『被害回復給付金制度』にもって行くためだろう。
 ではその『被害回復給付金制度』とは何か。
 もちろんフィリンは知っている。事前に調べたから。
 パーシアはもっと知っている。なにしろシュターニャへ直に行って調査してきたのだから。
 これは新都市開発でさんざ問題点を指摘されている、不合理極まりないあの給付金制度のことだ。
 パーシアは秘書に、鋭い眼差しを向ける。
「確認を取りたいのですが、オーク社長は、ウルドさんのご一家に、援助金をお渡しする意志があるんですよね?」
「ええ、もちろんです」
 それでしたら、と彼女は続ける。例の箇所を指さして。
「浄書事務担当の誤りでしょうか。代理人の権限で訂正ください。この文章のままですと、今回交わされる念書が申請書ともとれてしまう恐れがありますので」
 秘書は悪びれもせず言った。
「その必要はないと思いますが……これはシュターニャの行政書類には付き物の定例文でして、形式的なものですよ。お金は確かにお渡ししますので、ご安心を」
 渡された後でまた『支給対象として不適格だった。返せ』とか言い出すんじゃないのか、おい。
 と思いつつもフィリンは、穏便な言葉を運ぶ。
「そうですか。だとしても消しておいていただけませんか。そもそもこれは行政文書ではないでしょう。ウルドさんたちはシュターニャ市と交渉しているわけではありません。そうではないですか?」
 秘書は若干煩わしそうな表情になった。
「しかしですねえ、そうなりますとまた新しく書類を作成しなければなりません。日を改めて再訪ということになりますが……それでよろしいでしょうか?」
 秘書はちらっちらっと紙幣の束に目をやり、鞄にしまおうかとするような動きを見せる。
 動揺を誘っているらしい。
 フィリンはずいっと身を乗り出す。相手の動きを遮って。
「今日は会談ですよね? まず話をしませんか。これは事務処理の誤りなんでしょう? でしたらその箇所だけ訂正してくだされば、それでいいんです」
 パーシアも強い調子で言う。
「訂正だけしてください。オーク社長はご多忙な方、こちらとしてもこれ以上、お手を煩わせたくありませんので」
 秘書はすこぶる煩わしそうな顔になったが、ここであまり揉めるのは得策でないと踏んだようだ。最終的に問題の箇所へ赤線を引き、その上に彼自身のサインを加えた。
 パーシアはウルドの祖父母に向かって、表情を和らげる。
「サインして大丈夫です」
 朱璃の脳裏にふと、疑いが生じる。
(もしかしてオーク様は、今後この件を、この秘書ごとなかったことにする腹積もりでいる……という可能性はないですかしら)
 その実例はすでにある。シュターニャにおいて。

『辞職した中堅官僚。交通事故により死亡』
『法廷証言叶わず』
『早朝の惨事。記者に追われた揚げ句の衝突事故。轢いたのは工事用の砂利運搬馬車』

 【ロンダル・オーク】の姿がちらちら頭を掠める。
 どうにも黙っていられなくて、朱璃は、秘書に忠告した。
「オーク氏には今後身を慎むようお伝えください。彼の為に言っているのではありませんわ。彼のせいで何も知らないお身内が不幸にならないよう――あなたも切り捨てられないよう気をつけて」
 秘書はこれに失笑を漏らした。何を馬鹿な、と言いたげに。
「何の事やらですな」
 パーシアは確信する。彼が、自分が切り捨てられると思っていないということを。
(往々にしてそういう人が泥被せられたりするのだけどね……そういえば、オーク氏って再開発族議員派閥で出馬するのかしら)
 かくして場に残ったのは、大金と念書だけ。
「……あなた、こんなにたくさんのお金は、どこかにしまっておいた方がいいんではないでしょうかねえ」
「うむ、そうだのう……とはいっても、わしらの家のタンスも何も焼けてしもうたからな。しまう場所がないのう」
「じゃあ、とりあえず、布で包んでおきましょうか」
 もちつけない大金をどう扱っていいか分からず、夫婦揃って右往左往している。
 これではかえって彼らの不安材料が増すばかりだ。
 そう思った朱璃は【アマル・カネグラ】にこう頼んだ。
「アマル様、よろしければウルド様たちのお金を管理していただけませんか? お金の扱いに慣れている方が保管していただいたほうが、大事無いと思いますので」
 アマルはもちろん、快くこの頼みを受けた。女性の頼みは断らない男なのだ。
「いいですよー。僕ん家が懇意にしてる銀行に、口座を作ってもらいましょう。ただ置いておくよりも利子が付いて、経済的ですし――それでいいでしょうか、おじいさん、おばあさん」
「うむ、そうだのう。まあ、ようわからんけどお願いしようかのう」
「よろしく頼みますね」
 かくしてお金については一件落着。
 続けて朱璃は【ラビーリャ・シェムエリヤ】にもお願いをする。
「先生、ウルド様ご一家の新居について、機会があれば課題にしてくださいませんでしょうか?」
「……分かった。あの人たちの新居が確定すれば、ね。そうするよ」

 会談が片付いた後一同は、ウルドに会いに行くとした。筆頭は、朱璃である。正月に起きた『絵』による騒動を小耳に挟んでいたので、彼が今どうしているかとても気掛かりだったのだ。
 しかし行ってみれば、セムがいた。
 どういうことなのかと場にいた【ドリャエモン】に事情を聞いた一同は、新たな『絵』が描かれたこと、それによってまたひと悶着が起きていることを知った。
 ウルドが気詰まりそうにしているのを察した朱璃は、彼を、一旦場から出て行かせることにする。以下の理由をつけて。
「ウルド様、まだ少し早いかもしれませんが、お祖父様、お祖母様とお住まいになる新居のデザインをしてみませんか?」
「え。建物のデザインなんか俺、したことないし……やり方分からへん」
「ラビーリャ先生が教えてくださいます。建築に関しての知識をたくさんお持ちですから。この機会に、色々聞かれてみてはいかがですか?」
 ドリャエモンが気を利かせ、ウルドの背を押し連れ出して行く。
「それはいい案だ。早速行こうかの、ウルド」

●過去の件で
 パーシア、フィリン、朱璃はウルドが描いた絵を見た――晩餐を前に杯へ毒を注ぐ、家族の肖像。
 まず始めに口を開いたのは、フィリン。
「私は初めてのことなので、順を追って聞いていいでしょうか?」
 セムは背もたれへ身を預けたまま、答えた。だるそうに。
「ええ、どうぞ」
「記憶は、どこから抜け落ちているんですか?」
「晩餐があった日の朝から、晩餐が始まった時点までです」
「始まってからのことは覚えてるの?」
「ええ。食前酒を飲んで倒れるまではね」
「何か家族の間で会話とか、なかった?」
「なかったですね。大体晩餐の席で会話が始まるのは、食事をし始めてからですから。ただ、やたらと気持ちがはしゃいでいたような気はします。私含めて皆」
「変な味がする食べ物は、なかった?」
「何も食べてませんよ。食前酒を飲んだ直後に、晩餐は強制終了したんですから」
 フィリンは根気強く質問を繰り返すことで、確かめようとしていた。晩餐の席でセム一家が全滅したのが、本当に毒だけのせいなのかどうか。
「あなたは、家族が毒で死んだと思ってる?」
「ええ――あなたはそうではないと思っていらっしゃるんですか、フィリンさん?」
「ええ。ひょっとして違うこともあるんじゃないかと……多少は『魔法薬学』の知識もありますので……」
「そうですか。私とは意見が違いますね」
 鋏で切り取ったような断定口調に、フィリンは、はっとした表情になる。
「……もしかしてあなたは、家族を殺したかもしれない毒について、見当がついているんですか?」
「ええ。ある程度は」
 セムは声もなく笑った。よくやる愛想笑いではなくて、倦怠感と疲労感の滲む笑いだった。
 とにかくここまで言い切るからには、家族全滅の原因が毒というのは、間違いないようだ。
「一体それは何という毒なんですか?」
「それはここでは申せませんね。なにしろボルジア一族の秘匿事項ですから」
 これ以上は聞いても答えてくれそうにない。
 そう判断したフィリンは、話題を変えた。
「あなたはどうして、この事件のことについて知りたいと思うの? 家族が全滅したのが悔やまれるから?」
「……いいえ、別に家族がいなくなった事を悔やんでいるわけじゃないんです。でも、そこだけ記憶が飛んでいるというのが――どうもね、個人的に気持ち悪くて」
 言いながらセムは煙草を取り出した。了解を取ってから窓辺へ行き、吸い始める。
 パーシアが彼女の背に、言葉を投げかけた。
「セムさん、あなたの一族、本当に殺し合いをしていたの?」
「ええ。そこは確かですよ。私が生まれたときはもう大分数を減らしていましたから、死んでいくのも一人ずつでしたけど、数世代前にはかなり大規模にやってましたね。十数人一度ということもざらで。もっとも、全部事故と処理されていますが」
「……そんな状態で、よく一族がばらばらにならなかったわね」
「全くね。でもまあ、ボルジア家というのは、そういうものなんですよ。だから、私はいつも気をつけてましたね。不用意に間合いに入らないように」
「間合いって?」
「殺されるのに格好の『時』『場所』『状況』です。具体的には何か重いものが落ちてきそうな場所に長居するとか、人目のないところに一人で行くとか、寝室の錠のチェックを怠るとか――そういった行動を避けるということですね」
 セムの話を聞いて、朱璃は、とても寂しい気持ちになってきた。同時に理解が及んできた。セムが家族を失ってもさほど悲しんでいない理由について。
 ボルジアの人々にとって、セムにとって、家族とは警戒するべき相手以外の何者でもなかったのだ。
 それにしてもかの一族のあり方は異様である。身内殺しという異常事態が、日常の一部と化してしまっている。
 悪趣味なゲームのようだ。
 最後に残った駒が勝ち。勝者には優勝商品として、莫大な富の独り占め。
 ――しばし黙して考え込んでいたフィリンが、再びセムに尋ねる。
「一族の誰かが『間合い』に入っていたのを見たとき、あなたはどうしたの?」
 セムが振り向いた。
 目は底光りし、唇は上へ捻じ曲がっている。
「もちろん殺せるかどうか考えましたよ。その場で完全に息の根を止められそうにないなら、ひとまず止めておく――そんな感じでしたね」
 煙草を消す。席に戻ってくる。横顔にはなんとも言えない寒々しさが漂っていた。
 朱璃は思った。セムは、彼女自身が思っているほど悪人ではないのではないか、と。根拠はないが。
 宣誓するように胸へ手を当て、彼女に、こう申し出る。
「誰かが言っていました。事実と真実は違うと。例え辛い物でも真実がなければ前へ進めない人もいますし、貴方が真実を知りたいというのであれば私もできる限りのお手伝いはいたしますわ」 
 セムはたっぷり間を置いて返答した。
「……それはありがたいことです」
 パーシアが、彼女に聞く。
「セムさん、亡くなった中堅官僚のことを知ってる? 例の、再開発にからむ問題の……」
「ええ、知ってますよ」
「そのひと、元々悪党だったのか、それとも……弱みでも誰かに握られてたのか。どっちか知ってる?」
「さて……分かりかねますね。ただ」
「ただ?」
「言いたいことはたくさんおありだったようで。わざわざ法廷に出廷して、証言しようとなさってたんですからね」



課題評価
課題経験:60
課題報酬:1500
王冠――埋まらない空白
執筆:K GM


《王冠――埋まらない空白》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 1) 2022-01-18 21:11:09
武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

さて、どういたしましょうか・・・。

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 2) 2022-01-18 21:48:17
勇者・英雄コースのフィリンよ。よろしく

とりあえず続きで来てはみたけど、何をすればいいのか、セムはどうしたいのか、なんとも漠然としてるわね。
とりあえず毒の真相を追いかけてみる感じで考えようと思うけど…

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 3) 2022-01-19 19:42:09
秘書様との話に関しては書類に関しては私が見ても専門用語だらけで煙に巻かれそうですわね。ただオーク氏本人が来られない事に関しては、いざというとき秘書が勝手にやったという事にならないようにしたいですわね。秘書様もその点は馬鹿でなければ考えてはいるでしょうけれど。

セム様に関しては、彼女がそれがどんなものであれ真実を知りたいというのであれば何かお手伝いできればとは思いますが・・・具体的に何をどうすればいいのかは五里霧中ですわね。

ウルド様一家の新居に関しては次回以降という事ですが、前に芸術コースの課題にしてはと提案していますので、そのことについて何か言うかもしれませんわ。

《猫の友》 パーシア・セントレジャー (No 4) 2022-01-20 05:23:27
ご挨拶が遅れてごめんなさい。王様・貴族コースのパーシア。よろしくお願いします。

とりあえず、会談で交わされる文書の内容について、目を通させて貰おうかと思ってるわ。
こういう文書って、結構抜け穴があるから。

セムさんは自分の考えを周囲に漏らすタイプじゃないから、行動やらで彼女の反応をみる位しかないのよねえ……。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 5) 2022-01-23 09:00:03
ひとまず、何もしないとは思いますが秘書様が何かごまかしをしたりしないよう視覚強化で見ていようと思いますわ。それと何かの役に立つかもしれないので嗅覚強化で書類等に残った匂いを覚えておきますわ

あとは、受け取ったお金に関しては一先ずアマル様に管理していただこうかと。お爺様達も持ちつけない大金を抱えるのは不安でしょうし。