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雷光斬火


ストーリー Story

 某月某日、魔法学園(フトゥールム・スクエア)に一通の手紙が届く。

・拝啓――。
 何て堅っ苦しい挨拶は抜きにする。【鶯・鳶】(うぐいす とび)だ。先刻の森の化け物退治では、随分と世話になったな。
 前置きは無しで、本題に入る。
 昨今魔物の活動が活発になってやがる。てめぇらが魔族と呼ぶような薄気味悪い連中の影も、チラホラ見えて来たと聞く。
 今後、おまえらが戦ったって言う【驟雨】(しゅうう)や、俺達が森でやり合ったあいつ、【ダンデ・ラ・フォレ】みてぇな怪物が出て来る事も少なくねぇだろう。
 そしてその時、毎回精鋭が揃うなんて事もねぇと思う。これだけ魔物が活発に活動してるんだ。手は幾らあっても足りねぇだろう。
 そこでだ。お節介だとは思ったが、俺の知るきょうだい弟子連中に、学園への協力を頼む便りを寄越した。全員が全員応えてくれるかは知らねぇが、応じてくれる奴は、学園(そっち)に手紙をくれるはずだ。
 まぁ、良くも悪くも癖の強い連中だ。何なら、腕試しくらいして来るかもしれねぇが、そこは祭りだと思って存分に暴れやがれや。
 無論、俺も協力出来るならしよう。ただ正直、俺は村を守らなきゃならねぇから、きょうだい弟子が助けてくれるなら、そっちを頼ってくれると助かる。
 これからもてめぇらの上げる派手な花火が、人々の笑顔と安寧に繋がる事を祈るぜ――鶯・鳶。

 鳶の手紙から五日後。再び学園に手紙が届く。ただし手紙と言うにはあまりにも仰々しい、果たし状のような大きな紙で。

・弟弟子から手紙を預かった。シュターニャの傭兵組合、シュッツェンで【黄泉夜・涼鶴】(よみや りょうかく)の名を出せ。力を見る。

 シュターニャ付近の広原にて、男は風に吹かれていた。
「涼鶴」
 筋骨隆々。晒す半身、筋肉の塊。
 自身の広い肩幅まで足を広げて立つ姿は、文字通りの仁王立ち。
 純粋なヒューマンながら、両腕に施した龍の鱗を思わせる刺青と、生まれ持った鋭い牙のような歯。そして二メートルを超える背丈のせいで、今まで何度、ドラゴニアとの血縁だと間違われた事か。
 師曰く、色の弟子の中でも五指の一つ。今までで一、二を争う問題児。
 大らかで和やかな黄色を与えられながら、血沸く闘争心に駆られ続ける戦闘狂戦士。
「来たかぁ」
 広原にて、狩りで仕留めた獲物に群がり喰らうのけもの達。
 群れのボスは先に喰らい終え、周囲を警戒しているが、それは、彼の警戒さえ掻い潜って、瞬足を謳われる速度でも逃げ切れぬ速度で襲い来た。
 地中から現れたそれの口に、噛み殺されたボスが垂れ下がる。鎌首をもたげて上を向いた口から、流れるように巨体が丸呑みにされて、丸々と肥え太った腹に収まった。
 他ののけものも逃げようとしたが、逃げ遅れた子供の存在がその場に留め、次々と、広原の狩人たる猟獣を喰い殺していくそれは、巨大な蛇だった。
 もたげる鎌首は三つ。のけものの群れ一つを呑み込む腹は一つ。
 槍の矛先のような形をした尻尾を鞭のように叩き付け、振り回して進む。
 稀に振り返って見せる三つの顔に、一つの目玉も無し。空虚の面相を舐め啜る。
「あれが、弟弟子の言っていた、恩讐の、怪物……」
「ふふふははは! 良いぞ! スクエアの小僧共が来る前に、俺が狩るか!」
「落ち着く。それじゃあ、元も子も、ない」
「なら味見だ! おい【レドラッド】! 俺の得物寄越せ!」
「昂るのは、わかる。が、ケンタウロスより、我慢できない……まぁ、だから一緒に行く。決めたん、だけど」
「おいレドラッド! 早く寄越せ!」
「まるで、子供……」
 ケンタウロスのレドラッドが、背中に背負った布に包まれた鉾を取る。
 布を剥ぎ取り、異形に作られた切っ先を晒した涼鶴は、単身跳び込んで行った。
 三つの顔が一斉に向く。目玉のない面相が迎えるのは、嬉々として顔を歪ませる狂戦士。溢れんばかりの殺意(えみ)で笑う男の巨躯を丸呑みにせんと、三つ首の蛇は牙を剥く。
 電光石火。
 のけものが戦場とする速度の領域で戦う両者の速度は、最早、石を擦り切り火を起こす程度に留まらない。さながら、岩を斬り砕き燃え上がる雷霆。
「雷光斬火(らいこうざんか)!!!」
 雷光炸裂。吐かれる毒霧を薙ぎ斬って、硬い鱗に叩き付ける。
 雷撃に焼け焦がされながら、斬撃を受けた鱗は鎧の如く弾いて、蛇は尾の先で薙ぎ払う。
 鉾同士の衝突が周囲を巻き込み、両者の周囲に生える草花を焼き斬る。周囲が見る影もなく破壊されていく光景を見て、騒ぐケンタウロスの血を収めるレドラッドは、血風荒ぶ空を仰ぐ。
 恩讐、疾駆。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 7日 出発日 2022-04-16

難易度 難しい 報酬 多い 完成予定 2022-04-26

登場人物 3/8 Characters
《マルティナの恋人》タスク・ジム
 ヒューマン Lv36 / 勇者・英雄 Rank 1
村で普通に暮らしていましたが、勇者に憧れていました。 ここで学んで一人前の勇者になって、村に恩返しをするのが夢です。 面白いもので、役所勤めの父の仕事を横で見聞きしたことが、学園の勉強とつながり、日々発見があります。 (技能はそういう方針で取得していきます) また「勇者は全ての命を守るもの、その中には自分の命も含まれる」と仲間に教えられ、モットーとしています。 ※アドリブ大歓迎です! ※家族について デスク・ジム 村役場職員。縁の下の力持ち。【事務机】 (※PL情報 リスクの子) ツィマー・ジム おおらかな肝っ玉母さん。 【事務室・妻】 シオリ・ジム まじめできっちりな妹 【事務処理】 チェン・ジム のんびりマイペースな弟 【事務遅延】 ヒナ・ジム 可愛い末っ子 【事務雛型】 リョウ・ジム 頑固な祖父 【事務量】 マーニー・ジム 優しい祖母。故人 【事務マニュアル】 タックス・ジム 太った叔父。【税務事務】 (※PL情報 リョウの子) リスク・ジム マーニーの元婚約者でリョウの兄。故人【事務リスク】 ルピア・ジム 決まった動作を繰り返すのが大好きなグリフォン。【RPA事務】 ※ご先祖について アスク・ジム 始祖。呼吸するように質問し、膨大なメモを残す。【事務質問】 「あなたのお困りごと、お聞かせいただけませんか?」 セシオ・ジム 中興の祖。学園設立に向けて、土地や制度等に絡む諸手続きに貢献。【事務折衝】 「先祖の約束を今こそ果たす時。例え何徹してもやり遂げる!」
《奏天の護り姫》レーネ・ブリーズ
 エリアル Lv29 / 芸能・芸術 Rank 1
いろいろなところをあるいてきたエルフタイプのエリアルです。 きれいな虹がよりそっている滝、 松明の炎にきらめく鍾乳石、 海の中でおどる魚たち、 世界にはふしぎなものがいっぱいだから、 わたくしはそれを大切にしたいとおもいます。
《グラヌーゼの羽翼》エリカ・エルオンタリエ
 エリアル Lv33 / 賢者・導師 Rank 1
エルフのエリアル。 向学心・好奇心はとても旺盛。 争い事は好まない平和主義者。(無抵抗主義者ではないのでやられたら反撃はします) 耳が尖っていたり、整ってスレンダーな見るからにエルフっぽい容姿をしているが、エルフ社会での生活の記憶はない。 それでも自然や動物を好み、大切にすることを重んじている。 また、便利さを認めつつも、圧倒的な破壊力を持つ火に対しては慎重な立場を取る事が多い。 真面目だが若干浮世離れしている所があり、自然現象や動植物を相手に話しかけていたり、奇妙な言動をとることも。 学園へ来る前の記憶がないので、知識は図書館での読書などで補っている。

解説 Explan

 疾く、疾く、疾く参れ。
 英雄達よ、呼び掛けに応えよ。
 戦場は広原。肉食の獣のみを丸呑みに喰らう、虚ろの顔を三つ持つ大蛇。溶解の毒霧を吐き、体躯を丸呑みにするため広がる顎。尻尾の先は鉾の如き蛇の名を、学園は【トライデント・ハイドラ】と名付けた。
 英雄よ、疾く参れ。広原の暴食者。三つ首の怪蛇。怨念の化身たる怪物を倒し、その魂を鎮めるために……。

 と、言う訳で、攻略対象NPC【トライデント・ハイドラ】については以下の通りです。
【格】4
【生態】肉食獣を主食に喰らう。魔物によって喰い殺された獣の、自然の摂理では片付けられない恩讐の塊と考えられる。三つの頭には鼻と口しかないが、三つ又の舌で周囲を察知する。蛇同様に顎を自在に外せ、巨大な獣さえ丸呑みにする。硬い鱗は鎧となり、落下する岩の直撃でさえ砕けない。
【本能】肉食獣の群れ一つを丸呑みにする大食漢。喰っても忽ち飢えるため、生態系を崩す危険性を持つ。獲物を捕食する際の気配遮断から攻撃に移る瞬発力然り、速度に関する能力値が高い。人語理解能力の有無は不明。
【属性得意/苦手】水/雷
【得意地形】広原、地中
【戦闘スタイル】それぞれの頭が三つ又の舌で標的の位置を把握し、物を溶かす毒霧を吐く。霧を吐かずとも尻尾の先端の鉾で相手を両断、貫通する。瞬発力を含めた速度が武器。速度のみに限定すれば、あらゆる獣の頂点に位置する――かもしれない。
【状態異常】毒

 毒霧は雷魔法での分解が可能ですし、罠を仕掛けるなどして動きを封じられれば、決して超えられない防御力ではありません。
 味方NPCと協力、連携して鎮魂しましょう。


作者コメント Comment
 皆様こんにちは、こんばんは。七四六明(ななしむめい)が久し振りに、鎮魂エピソードを用意させて頂きました。
 新たな恩讐。新たな色と共に、恩讐に駆られし魂を鎮めましょう。今回は倒すと、新しい武器が……そこから先は、参加して下さる皆様次第。
 下記の味方NPCが皆様を待っています。協力、連携して鎮魂しましょう。

【黄泉夜・涼鶴】(よみや りょうかく)……師曰く、歴代一、二を争う問題児。戦闘狂と揶揄される程の戦闘愛好家。戦うのが好き過ぎてケンタウロスと仲良くなってしまった。稲妻を模した形の刃の鉾を操る。搦め手、罠、魔法を知らない猪突猛進愚直馬鹿。
【レドラッド】……涼鶴と行動を共にするケンタウロス。ケンタウロスの中では希少かつ稀有な大人しい性格だと自称するが、過去、種族の本能に従って涼鶴と戦い、分かり合った友。自分より好戦的な涼鶴といる事で、平静を保っているような状態。ケンタウロスながら、弓と同時に剣も使う。


個人成績表 Report
タスク・ジム 個人成績:

獲得経験:194 = 162全体 + 32個別
獲得報酬:5760 = 4800全体 + 960個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
事前調査・勇者司書で学園にトライデント・ハイドラの資料貸出を申請し
魔物学、推測で移動中に把握し仲間と共有

現場に到着し涼鶴先輩とレドラッドに挨拶(信用)
手短な会話術で両者の性格を把握

先輩には肉体言語、勇者原則で強者の雰囲気を出し
自分に興味を持たせたい
「これが終わったらお手合わせ願えますか」

苦労人らしいレドには共感を示し
「教える側に回ってみよう」(春夏秋冬GM様)のケンタウロスとの交流を生かし
円滑な交流を図り連携を約束

ハイドラに相対したら先輩とレドと連携して壁役と物理攻撃
先輩には競い合いを演出して結果的に連携を誘う

仲間の援護で大きな隙が出来た時
先輩とレドに最大の力で自分と同時攻撃するようお願いする

レーネ・ブリーズ 個人成績:

獲得経験:194 = 162全体 + 32個別
獲得報酬:5760 = 4800全体 + 960個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
エルオンタリエさんの「エンチャライズ・ボンズ」に協力し、
ふれあえる位置でよりそいます。
そして「虹彩の鐘」の「演奏」と「風の旋律」を合わせる二重奏で範囲回復します。
「絶対音感Ⅰ」と「調律」でさらに効果を高めますね。

敵の毒霧はプチラドで分解します。
また、「福の針」と「備えあれば何とやら」の組み合わせで状態異常の解除もします。
範囲回復がとどかない味方には種族特性「言の葉の詩:ラブ・キャロル」での回復もしますね。

鼻と口しかない敵は、舌で周囲を察知する。
でしたら周辺の空気を対象に種族特性の「フムス」を
タイミングよくつかってふきとばし、EX品の石灰をまいたりして
匂いとかをたどりにくくしてみますね。

エリカ・エルオンタリエ 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:486 = 162全体 + 324個別
獲得報酬:14400 = 4800全体 + 9600個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
事前調査
戦場の地形を調べておき、隠れたり遮蔽・待ち伏せを行う
また、高低差や地割れ、穴、川や水辺など足場の悪い所に誘導して行動を阻害

初手エ27で味方を加速

基本攻撃はエ26

エンチャライズ・ボンズ
レーネさんと手を繋ぎ、回復・攻撃魔法をブースト

基本杖術Ⅴ
混沌魔道使用時に底上げ

混沌魔導
味方に合図して、気絶をとどめの大技のチャンスとする

妖精の踊り
回避

生命の息吹
回復

毒消し草
毒からの回復

深淵の杖
味方のちからを1.5倍

自然・生き物を愛するエルフなので
魔物もまた世界を構成する仲間・家族
全ての生き物が生を全うできる世界になるよう努力する旨を伝え
彼が成仏し、再び生まれ、今度こそ豊かな生を送れることを祈る

アドリブ大歓迎

リザルト Result

「あぁ、【黄泉夜・涼鶴】(よみや りょうかく)さん、ですか……」

 手紙にあった通り、シュターニャの傭兵組合シュッツェンの受付で名前を出すと、凄い渋い顔を返されながらも教えて貰った草原にて、涼鶴は腕を組んで仁王立ちしていた。
「初めまして、涼鶴先輩。【エリカ・エルオンタリエ】と申します。こちらの【タスク・ジム】、【レーネ・ブリーズ】と共に、尽力させて頂きます」
 返答はない。
 代わりに答えたのは涼鶴と共にいるケンタウロスの【レドラッド】だった。
「すまない。涼鶴、敵に集中、してる。それに、基本、無口」
 草原の中でも比較的小高くなっている場所にて、両腕を組んで獲物を待つ涼鶴。
 自分より一回り以上大きな体の隣に並び立ったタスクは、刀の鯉口を切って見せた。
「終わったら、お手合わせ願えますか」
「涼鶴、手加減、知らない……」
「大丈夫ですよ。僕もそれなりに強いつもり――」
「それなりでは足りん。それなりでない事を、ここで示せ」
「ジムさん!」
 レーネが先んじて気付く。
 風の淀み。呑み込まれる悲鳴。毒の侵食が大気を伝って、草原の一部を食い尽くす。
 地中から姿を現した三つ又の怪蛇は、仕留めたばかりの獲物を呑み込んで毒霧と共にげっぷを吐き出した。
 今までの恩讐と同じ気配に構えるタスクの横から、涼鶴は歩き出した。
 構えなし。ノーガード。
 レドラッドから受け取った鉾を持ったまま、助走を付けて走り出す。
「行かないのか?」
「ぼ、僕達も行きましょう!」
 あまりにも自然と行くものだから、思わず呆けてしまった。
 レドラッドに問われてハッとなった三人も、涼鶴に続く。
 計五人の接近を舌の器官で感じ取ったトライデント・ハイドラは、虚ろの面相を一斉に向けて、牙から毒を滴らせながら唸り始めた。
(先輩、凄い速い……!)
 出遅れたとはいえ、全く追い付けない。巨体に似合わぬ速度で突き放される。
 基礎的な速力はさておいて、装備による付与も含めると一番遅いタスクは、桜吹雪を構えながら必死に走っていた。
 と、横から蹄鉄が地面を抉る音が聞こえ、手を差し伸べられる。
「涼鶴、せっかち。乗る方が、速い」
「ありがとうございます!」
 掴み取った腕を引かれ、背中に騎乗。
 タスクを乗せたレドラッドが放った弓が頭の一つにぶつかり、意識を反らした一瞬で、涼鶴は一番槍として辿り着いた。
 電光石火――石を擦り切り、火花を起こす雷光の速度で以て、全身に斬撃を叩き込みながら疾駆する。
 が、硬い鱗は天然の防具。浅く斬り付けた程度では、傷の一つも付きはしない。
 目の前で止まった涼鶴に対し、ハイドラは三つの顎を外して毒霧を振りかけるように撒き散らし始めた。
 追い付く寸前だったエリカとレーネは方向を変え、霧が広がらない風上の方で待機。タスクを乗せたレドラッドも、広がる霧を回るようにしながら涼鶴を探す。
「先輩!」
 颶風旋回。鉾を回転させて起こした風が竜巻を生じさせ、文字通り霧散。雷の魔力が毒霧を分解し、焼け焦げた臭いが周囲に満ちた。
「凄い……」
「凄いけれど、滅茶苦茶だわ。避けもせずに毒霧の中にいるだなんて」
 エリカの言う事も尤もだった。
 霧の中にいた涼鶴の体の至る箇所が毒々しい紫に変色。見るからに毒に侵された姿の涼鶴は、弱弱しくなるどころか力強い斬り上げで、ハイドラの胴を斬り裂く。更に薙ぎ払われた横一閃が、ハイドラの体に十字の傷を焼き付けた。
「良いぞ。これくらいのハンデがないと面白くない」
 口角を歪ませ、犬歯を剥き出しにし、狂気的かつ猟奇的な笑みを浮かべる。
 毒の有無など最早些事。強敵との戦いに心躍らせる涼鶴の腕に刻まれた刺青の逆鱗に、レーネが投擲した福の針が刺さる。
「その……無理は、なさらないで下さい……!」
 無言。何も返さない。
 が、レーネの方に振り返っていた涼鶴の隙を突いて大口を開けて迫り来た頭の一つをレドラッドの前足が蹴飛ばし、背中から飛び上がったタスクの斬撃が側頭部の鱗に亀裂を入れる。
「先に行かないで下さいよ。僕達の力、まだ見せてないんですから」
「スピリア・トワレム!」
 タスクとレドラッドと同じ加速の付与。
 涼鶴をエリカの視線は真っ直ぐと、鋭い涼鶴の眼光を返していた。
「これはただの戦いではありません。恩讐を鎮める鎮魂です。命を否定し倒すのではなく、命を尊重し成仏させるための戦いです。そのために、協力をお願いします」
 師曰く、一、二を争う問題児。
 戦いに悦を見出し、戦いに生を見出した男には何とも理解し難い話。
 手紙を貰った時も、単に面白い相手と戦えると思っただけで、恩讐だの鎮魂だのなんて話は意にも介さなかった。
 だが、それではダメだと言う。
 ではどうすればいいのか。猶予も余裕もない中で考えた結果、高速回転した頭は簡潔な結論を導き出す。
「なるほど……つまり、全力で殺せと言う意味だな」
(違う……!)
 と言いたかったが、論争している場合ではないと堪えるエリカとは別に、タスクは別の捉え方をしていた。
 ただ戦って殺すのではなく、全力で殺す。つまりは相手を認め、尊重した上で自身の全力全霊を賭して戦う心の在り方。
 鎮魂とはまた違うのかもしれないが、戦う相手に敬意を表し、全力を賭して戦うのは戦士として最高の礼儀。そう考えると、この人ならばいいのかもしれない。こんな形の鎮魂があっても、いいのかもしれない。
 現に全力で殺すと宣った涼鶴へと、ハイドラの三つの頭が意識を向けた。
「良いぞ。来い!」
「じ、ジムさん! ジムさん!」
 レーネに呼ばれ、固まっていた事に気付く。つい、隣に立つ剣士の大きさに見入っていた。
「僕らだっているんです。忘れないで下さい、先輩!」
「なら……ついて来い。電光石火より、更に速く!」
 ハイドラが霧を吐き、纏う。
 エリカのスピリア・トワレムを見て学習し、模倣したか。元々見合わぬ速度で動く巨体が、霧の上を滑って更に速く動く。
 三つの首が囲むより速く、その場から脱したタスクと涼鶴は左右から迫り、エリカと手を繋いだレーネのフドが、回避のために巨体を動かす。
 高く跳ねた巨体が滑るように回り込み、涼鶴を追い詰めようとする最中、反対側から回り込んで逆に背後を取ったタスクが剣を構える。
 が、首の一つがタスクに気付いて、繰り出した剣撃を牙で止められた。質量の差を押し返せず、力負けして弾かれる。
 全身を巡る風によって地面に激突する直前で浮いた瞬間に体勢を立て直し、地面に着地とほぼ同時に肉薄。レドラッドの矢とレーネのフド、そして涼鶴とにそれぞれの頭を出されているハイドラは、切り札とも呼べる尾の槍でタスクを迎え撃った。
 並の冒険者ないし戦士なら、魔物の癖にと翻弄されただろう槍の応酬。
 だが皮肉かな、タスクは更にやり手の薙刀使いを知っており、魔物ながらに剣を揮った恩讐を知っている。故に驚きはあっても、油断どころか慢心もない。
 一瞥を配って合図。エリカのフドーガに作って貰った隙間を潜り、巨体に刃を突き付けながら駆け抜け、鱗を剝ぎながら走破する。
 鎧の役を担う鱗が砕かれ、さすがのハイドラも無視出来なかったか、頭の一つが顎を外して突っ込んで来る。
 牙の突進を止めたタスクが押し込まれ、口内の奥底から毒霧が解き放たれようとした時、エリカのフドーガが側面から頭を吹き飛ばし、霧の放出を防いだ。
 タスクとエリカ、そして彼女と手を繋ぐレーネの三人へと意識が向いた時、全身全霊、全速力の雷霆が落とされる。
「黄電蛇満夜(おうでんたみちよ)!!!」
 石突を持って振り下ろされた槍が、空より蛇を招く。
 蛇の如く太い胴に噛み付いた雷電が弾け、タスクら全員に態勢を立て直す時間を作った。
「ついて、来れるか」
「もちろんです!」
 間髪入れずにタスクが返す。
 エリカ、レーネは無言だったが、強い眼差しで以て返すと、涼鶴は今まで以上に口角を歪ませて笑ってみせた。
「良いぞ。おまえら良いぞ」
 吠えるハイドラに対し、涼鶴も吠える。
 さながら、自然界の頂点に立つ二種の獣が向かい合い、共鳴させるように上げる咆哮は、言の葉が紡ぐ魔力のように、タスクらの心身に力を齎した。
 曰く、涼鶴のボルテージが最高潮に達した時。彼の咆哮は言の葉のフォルテのように、自身を含む味方の能力値を無意識下で底上げする。
 レドラッドが付けた名は、轟(とどろき)。
 涼鶴は無意識で発現しているので意図はないが、主に速度の能力値が飛躍的に向上する。
「行くぞ!」
 体が軽い。エリカのサポートもあって、タスクの体は疾風の如く草原を駆ける。
 が、追いかけて来るハイドラも負けやしない。見た目に似合わぬ速度で、接近するタスクと涼鶴、レドラッドに牙を剥いて迫る。
「黄泉夜さん!」
 背負っていたカバンを下ろし、両腕で大きく振り被って涼鶴へと投げる。
 ハイドラの攻撃を躱しながら中身を確認した涼鶴は宙に抛り、石突で中央を突いて中身の石灰をばら撒いた。
 タイミングを見計らって繰り出されたレーネのフムスが、石灰を空中で圧縮してから圧し付ける。嗅覚を封じるために撒かれた石灰は、ハイドラの動きを鈍くした。
 石灰の中で呼吸をする訳にはいかないと、寸前で息を止めていたタスクが迫る。
 桜吹雪が舞い散るように、繰り出される剣撃の応酬が頭の一つを集中的に攻撃する。右へ左へ上へ下へ、あらゆる方向に向けられる頭の鱗が砕け、生じた亀裂の隙間から飛び散る血飛沫を浴びながら、タスクは攻撃の手を止めずに攻め続けた。
 反撃の牙が襲い来るが、晴天灰陣(せいてんはいじん)で受け止め、弾き飛ばしてから月下白刃(げっかはくじん)で突き飛ばす。
 が、突かれた下顎をわざと外して衝撃を緩和。舌を収めたハイドラもまた最小限の呼吸に留めて、風を切る速度で突進。晴天灰陣で構えていたタスクを、防御ごと突き飛ばした。
「タスクさん!」
「ジムさん!」
「乗れ」
 駆け付けたレドラッドの背に二人で乗る。
 地面を数度跳ねて転げたタスクの下へ向かって走ると、頭の一つが地表スレスレを浮くように正面から、大口を開けて迫って来た。
「風、貸せ」
「はい!」
 いつぞやの夜を思い出す。
 その時はタスクの剣で、ただの模倣だった。けれど今は違う。
 レドラッドの放つ矢をエリカのフドーガが後押しして加速。ハイドラは躱そうとしたが躱し切れず、首に矢を受けて吹き飛ばされ、頭の一つが地を転げた。
「矢と、合わせる。やった事、あった?」
「いえ。剣の突きとなら、何度か!」
 ちょっとどや顔になったエリカはレーネを連れ、大の字で倒れていたタスクへと駆け付ける。
 レーネの振る鐘の音が傷を癒し、体力を回復させて、タスクを起き上がらせた。
「ジムさん、行けますか」
「えぇ、もちろん!」
 涼鶴の体を丸呑みにせんと、顎を外して飛び掛かる頭を躱し、タスクらを狙おうとしている頭の首に刃を突き立てて駆け上がる。
 頭頂部を足蹴にして跳び上がった涼鶴は、全体重をかけて鉾を振る。
「落雷断(らくらいのたち)!」
 振り下ろされた鉾の一撃と共に、落雷が光る。
 が、ハイドラは蜷局を巻くようにして攻撃を躱し、上から覆い被さるようにして大口を開けて来る頭の一つを足蹴に跳んだ涼鶴は、一度距離を取り、魔力から生じた雷電を纏う。
「雷光斬火(らいこうざんか)――!!!」
 蛇に向かって龍が飛ぶ。
 石を擦り切り火花を散らす電光を超え、雷光の速度で疾駆。石より硬い鱗を砕き割り、鱗の内側に隠れた肉を抉り斬り、焼き裂く。
 全身を斬り付けながら駆け抜ける涼鶴を三つの頭が追うが、首が絡まりそうになって上手く動けず、捉え切れない。
 ハイドラを含めた爬虫類蛇科の獣ないし魔物には、ピット器官と呼ばれる赤外線感知器官が備わっている。場所は主に口の周囲。鱗と鱗の隙間部分。
 暗闇の中でも獲物を捕捉出来、目のないハイドラの場合はこの器官に頼り切っていると言ってもいい。
 故に石灰が舞い、舌を封じられた中でも、ハイドラには皆の位置がわかっていた。
 が、捕捉出来ているかどうかと、捕らえられるかどうかは別の話。
 位置を把握しても、把握した瞬間にはもう別の場所。その際に一度以上斬られ、少しずつだが確実に、ダメージを蓄積させられる。
 右へ左へ上へ下へ、翻弄する形で動く涼鶴を捕まえられず、ハイドラは苛立ちを積もらせる。
 そうして涼鶴へと三つ全ての頭が意識を向けた瞬間、駆け抜けるケンタウロスの背に乗るタスクの剣が、うねる蛇の胴に噛み付いた。
 突き抜けた風の衝撃が、倍以上ある巨体を揺らす。
 が、蛇の体は全身筋肉の塊。刺した刀が筋肉に捕まり、離れない。レドラッドも前足で蹴り飛ばすが、全く離す様子がない。
「おまえ、跳べ。早く」
「そんな、レド一人を置いてなんて――」
 言い合っている隙に、ハイドラが大口を開けて迫る。
 レーネとエリカの魔法も、間に合わない。
 何とか毒はベア・デトルで耐えて、牙は――。
「刀を伸ばせ!」
 不意に言われて、考えるより先に体が動く。
 握る刀の切っ先をウィズマ・アーダで伸ばし、刀を捕まえる筋肉を斬って抜ける。
 レドラッドが走る方向へと毒霧が放たれたが、駆け付けた涼鶴の雷撃によって分解。牙による追撃を受け止め、大きく背を反って鼻の頭に頭突きした。
 裂けた額から噴き出した血で、頭の一つに備わったピット器官を封じる。ただ封じられたのは結果的で、両手足が出せなかったから頭突きしただけの事。怪我した結果、敵の感覚器官の一つを封じられたのは、偶然以外の何でもなかった。
 すぐさまレーネが鐘を鳴らす。
「黄泉夜さん! 無茶はなさらないでと……!」
「良いぞ。おまえ、良いな!」
 レーネの忠告届かず。
 涼鶴の頭の中は今、戦いを楽しむことでいっぱいだ。
 レドラッドが普段どんな苦労をしているのか、わかった気がする。
「今は出来る事をしましょう」
「そう、ですね」
 エリカに言われて気を取り直す。
 今もそうだったが、この戦いは敵だけでなく味方まで速い。常に最速でいなければ、追い付けない。攻撃はもちろん、サポートもそうだ。
 最速で最適な魔法ないし術技が常に求められる。風の民として常に気を配らねば、出遅れる。その分だけ敵に隙を与えてしまう。なかなかに神経のいる作業だ。
 タスクや涼鶴らほど派手ではないが、こちらの戦いも決して楽ではない。
 更に言うなら、エンチャライズ・ポンズで支援するエリカの精神的疲労は、レーネのそれを超えている。
 常時継続で魔力を繋げていては無駄遣い。魔法発動の時に集中して魔力を結束すれば、魔力の節約にもなるし、能力の向上にも繋がりやすいが、秒毎に変わる戦況でタイミングを合わせるのは至極困難。魔力より先に、精神力が削られていく。
 何より問題なのは涼鶴だ。
 自爆も自滅も考えていないが、力任せの無茶苦茶な戦い方。自信の表れなのか、倒れる自分を想像した事がないのか、常に真っ直ぐ向かって行く戦い方は勇敢にも見えるが、雑にも見える。
 そうした彼の一挙手一投足に気を向けねばいけないから疲れる。
 同じ苦悩を分ちあっているからこそ、エリカに言われてしまったら、レーネはもう文句なんて言っていられなかった。再度、前線の三人に集中する。
「涼鶴先輩! 二人のサポートがあるとはいえ……!」
「遅くなってどうする。敵は、更に速くなってるぞ」
 涼鶴に言われて、タスクは気付く。
 ハイドラの反応速度が上がっている。
 エリカの魔法を真似た加速も徐々に形になりつつあるし、何なら本家とも言えるエリカの魔法に追い付いてさえ来た。
 驟雨(しゅうう)やダンデ・ラ・フォレもそうだったが、ハイドラも例に漏れず知能が高い。この戦いの中ですでに、タスクらの手を読み始めている。
 そんな頭が三つ。追い付かれるのだって時間の問題。涼鶴の言う事は、実に的を得ていた。
「だから、これ以上遅れるな。遅れたら、置いて行く……!」
「……僕だって、負けません!」
「焚きつけて、どうする。涼鶴」
 涼鶴は問いに答えない。
 が、レドラッドからしてみれば、涼鶴の背中に大きく書いてあった。
 いいから邪魔をするな、と。
(涼鶴、楽しい。強い敵、戦うも。弟弟子、一緒に戦うも)
 轟。
 牙を剥いて吠えるハイドラに立ち向かいながら、涼鶴も吠える。
 タスクら全員の力を再び上げながら更に増した速力で以て、雷光の速度を疑似的に再現。全身で大気を裂き、風と感じる速度で駆ける。
 風と風の摩擦によって雷が生じるのであれば、風の加護を受けるタスクらとて、不可能ではない。
 エリカの風と、涼鶴二度の轟によって、それは半ば実現した。
「雷霆蹄鉄(らいていのあし)!」
 タスクまで雷電を帯びて、電光石火を超える速度で肉薄。
 馬脚が蹄鉄を鳴らすが如く、雷電が大きく跫音を鳴らしてハイドラへと迫る。
 雷電にこそ達しないものの、風を纏ったハイドラもまた、三つの頭で三人を追う。
 ゴウゴウとうねり、呻く嵐へと跳び込んだタスクは、鞭のように襲い来る首の一撃を躱しながら、鎧の如き鱗に刃を叩き付ける。
 先までと違って、刃を受ける筋肉を限界まで圧縮、凝縮させたハイドラの体はなかなか傷付かず、鱗は引き締まって斬り裂けない。
 故に狙うは、筋肉の収縮が行なわれていない部位。タスクらの攻撃が先を取るか、ハイドラの防御が追い付くかの勝負。
 そして同時、ハイドラの攻撃がタスクらを仕留めるか。タスクらの回避が間に合うか。エリカ、レーネのサポートが間に合うかの勝負。
 速度対速度――否、嵐対台風の縮図が如き戦いが、草原の一角で繰り広げられる。
「月下白刃――!」
 ウィズマ・アーダで切っ先を伸ばしつつ、渾身の刺突を見出した隙に繰り出す。
 が、ハイドラの尾にある三叉の槍に防がれ、鞭の如くしなって繰り出された高速の薙ぎに払い飛ばされる。
 刀を地面に突き立てて止まったタスク目掛け、迫る追撃の三叉槍。
 受け止め、弾き、跳んだタスクは空中で前転。尾の肉部分と槍部分との堺に刃を突き立て、大きく振り回されながら喰らい付く。肉を収縮させても刃を阻めなかったハイドラは、主にピット器官を封じられた頭が、尾に神経と意識とを向けていた。
 その隙に、涼鶴とレドラッドが肉薄。
 剣を抜いたレドラッドが剣撃を叩き付けた瞬間、反対方向から涼鶴が斬り付ける。
 肉を圧縮した部位の反対側は拡張されており、一撃が叩き込まれている間はそちら側を収縮する事は出来ない。
 よってまともに斬撃を受けた鱗は砕け、血肉が掻き分けられる。
 弾けた血飛沫を浴びながら刃を突き立てる涼鶴の腕から、雷電が体の内側を駆け巡って弾け、首の一つから毒液と共に血を吐き出させ、虫の息になるまで追い込んだ。
 それだけの魔力を発した涼鶴の体も黒く焼け焦げ、エリカの助力で回復力を増したレーネの鐘の音が、涼鶴を治した。
 もう、滅茶苦茶な戦い方に関して言う事はしない。
 それが涼鶴にとっての鎮魂すべき恩讐への向き合い方ならば、止める理由は無いのだから。
「涼鶴さん! 離れて!」
 二つの頭が顎を外し、天を仰ぐ。
 毒霧を吐く態勢に入ったと見たエリカは、周囲の大気を掻き集める。
「タスクさん!」
 放たれる毒霧をエアルで吹き払い、空いた穴に入ったタスクが走る。
 風の精霊王アリアモーレに背を押されるかの如く、自らの体に切り傷を刻み付けながら駆け抜けたタスクは、眩く輝ける白銀の刀身を、力強く突き出した。
「颶風一貫(ぐふういっかん)――!!!」
 繰り出される槍を抜け、大きく開いた口の中へ突っ込む。
 圧縮された毒霧の中を呼吸を止めて駆け抜け、唸る喉を貫いた。断末魔を上げながら落ちる首から広がった毒液が揮発し、紫の煙が上がる。
「先に仕留めましたよ、先輩!」
 毒に侵されながらも、満面の笑みで笑ってみせる。
 頭の一つと追いかけ合いを繰り広げる涼鶴は、タスクに対して犬歯を見せる笑顔を返した。
「良いぞ。おまえ良いな」
 一つ死んだ頭が重しとなって、ハイドラの速度が著しく落ちる。
 横たえる頭の上に乗った涼鶴は大きく踏み締め、揺らぐ頭に飛び掛かる。
「雷光斬火・黄雷一閃(おうらいいっせん)!」
 大地より龍が飛翔する。
 目の前に遮る物あれば鋭い牙を揃えた顎で喰い千切り、二つに断つ。
 超が付く速度まで加速した涼鶴の一閃はハイドラの牙を割り、頭蓋を縦に両断。左右に分かれる頭の間を抜けた涼鶴の鉾を躱したもう一つの頭は、潰された二つ目の頭の惨状に絶句している様だった。
 地面を転げ、受け身を取る形で着地した体から大量の汗を流しながら、絶句する最後の頭に歪んだ笑みを向ける。
「次ぃ」
 吠えたハイドラが回る、回る。
 獲物を捕らえたワニの如く、体をゴロゴロと転がすように回ったハイドラが嵐を生み出す。
 レーネとエリカは吹き飛ばされ、レドラッドが抱き留めて蹲る。タスクと涼鶴の二人は刀と槍を地面に突き立て、必死に耐え続けた。
 そうして回転したハイドラの死に絶えた首が二つ、荒れ狂う風に吹かれて千切れ、大きな距離を吹き飛んで行く。
 自ら死に絶えた体の一部を吹き飛ばしたハイドラの、最後に残った頭が吠える。
 発声器官の発達していない蛇とは思えぬ咆哮を響かせると、巨躯を回転させて地中に潜った。
 直後、地中から尾だけが出て来て、尾の槍で周囲を薙ぎ払いながら、地面に刃を突き立てていたタスクと涼鶴とを回避させた。
 その後も何度も潜っては、地中から尾だけが出て来る展開が続く。
 尾の先端。槍の如く鋭利な部位は鱗よりも固く、首より細いため動きは更に速い。攻撃は薙ぎ払い一辺倒だが、質量も考えれば回避が妥当。受けて止めようなどと考えれば、一秒と持たずに吹き飛ばされる。
「このまま出て来ない気満々ですよ! どうします?!」
 最悪なのは、このまま手も足も出ずに逃走されるケースだ。
 今の奴は気が立っている。
 そんな状態で、もしも他の冒険者らに遭遇してしまったら――最悪な状況が頭を過って、それだけはいけないと打開策を考えるため、頭をフル回転させた。
 が、何も思い浮かばない。
 一番先に思い付き、真っ先に行動したのは、タスクでもレーネでもエリカでもなく、この場における最速の男、涼鶴であった。
「一度だけ、一瞬だけ止める。迷わず突け」
『はい!』
 三人の返事が、意図せずして揃う。
「良いぞ。良い返事だ」
「わたくしが探知しますので――」
「私がフムスで示します!」
「任せたぞ」
 相手は地中。しかも高速。
 風を使って辿るのは容易ではない。けれど、無理ではない。
 涼鶴の鎮魂が相手に敬意を表して全力で討つ事ならば、今回はその形に準じて応える。
 穴へと入り込む空気の流れ。穴を循環する空気の流れ。ハイドラの呼吸。感じられる空気、風に全神経を集中させ、捉える。
「あそこです!」
「はい!」
 気取られるといけない。
 敢えて少量の魔力のみで構成したフムスで地面を突く。
 その直後、出て来た尾がまた薙ぎ払い、両足を地面に埋めた涼鶴が受けた。
 一秒持ったか持たないか。一瞬の攻防を繰り広げた涼鶴の体が天高く舞い上がり、払い除けられる。が、確かにその時その一瞬。尾は止まっていた。
「心刀、滅却……!」
 大気震動。
 全身から放出する魔力が、周囲の大気を焼き焦がす。
 涼鶴の轟による影響か。さながら雷を纏ったかの如く、タスクの体が眩く輝いていた。
「マアル・ブースト……セイズ・マ・バースト……全力、解放っ!」
 地表付近の付け根部分より、尾の先にある槍の付け根――尾と槍とを繋ぐ関節部位の、比較的細い部分。そこが確実に、他より脆い。
 突進込みの刺突攻撃を構え、天を仰ぐ槍へと跳ぶ。
「月下(げっか)! 白雷電刃(はくらいでんじん)!!!」
 電光石火を超えた速度を実現し、光を纏ったタスクが跳ぶ。
 地上より飛び立った稲妻が振り被られた尾に衝突。自ら敵を穿つ空弾と化して、折れた三叉槍が宙を舞い、地面に突き刺さった。
 着地直後、振り返ったタスクは地面から飛び出して来たハイドラ本体と向かい合う。
 大口を開けて跳び込んで来たハイドラのすぐ横を通り過ぎ、背後を取ったタスクは最後の魔力を解き放つ。
「疾く、疾く、疾く駆けよ……より速く、鋭く、強く……!」
「全身全霊、全力を賭して、恩讐に満ちた魂にぶつかり給う……!」
 レーネの言の葉・フォルテに紡がれし想いと、エリカの握る魔杖による力の増強が、限界まで施される。それこそ全身全霊、全力を賭した一撃のために。
「行くぞ。全力だ」
「はい!」
 人馬一体――否、龍馬合体とでも言うべきか。
 先ほどの一撃で脚が折れたらしく、レドラッドに騎乗した涼鶴が雷電を発す。
 纏った魔力が雷電へと転じて、龍の体に馬の四脚で駆ける幻獣じみた形へと成形された黄金の魔力が、天を劈く咆哮で吠える。
 尾の槍まで失い、攻撃手段が減らされたハイドラは高く跳躍。体を回転させ、顎を外して開けた大口から毒霧を放ちながら、鋭利な牙を剥いて跳び込んでくる。
 噴き出した毒霧の中に突っ込んだ涼鶴はわずかに体を蝕まれながらも、纏った雷で霧を分解。霧散して、全霊の一撃を振るう。
 龍馬合体。涼鶴とレドラッドの刃が、一点に交わる。
 名を――雷光斬火・黄麒麟(おうきりん)颶風刃雷(ぐふうじんらい)。
 幻獣の顎(あぎと)が噛み喰らう。
 衝撃で砕けた鱗が砕け、亀裂から入った雷電が肉を焼いて意識を狩る。全身から血を噴き出して狂い飛ぶ巨体が跳ねた先で、タスクは構えていた。
 自然の摂理。食物連鎖に抗い切れずに食われた弱者の恩讐。
 狩られる側から狩る側へと回って、恩讐の核となった霊魂は何を思っただろう。復讐を果たして獲物を喰らった時、何を思っただろう。
 わからない。理解するのは難しい。が――。
「せめて、安らかに……心、刀、滅却っ!!!」
 地面、大気を足蹴に、二段跳び。
 底上げされ、強制的に開放した魔力を纏って天を衝く。
 その時タスク自身を含め、他の誰も気付けなかったが、ハイドラだけは見た。
 タスクの纏う魔力の後背に、四腕の武者が眼光を光らせ、大太刀を握る幻影を。
「月下颶風一貫(げっかぐふういっかん)・黄天霹靂断(おうてんへきれきのたち)!!!」
 繰り出された刺突が、ハイドラの巨体を貫く。
 雷電と刺突の衝撃とが体の内側から膨れ上がり、爆散。
 太い体躯は灰燼と帰して、唯一の残った頭が地面を抉りながら滑る。
 襲い掛かる余力などあろうはずもないハイドラの体は、黒く小さな魔力の粒となって、消え始めていた。
 そこへ、レーネとエリカとが手を添える。
 目のない恩讐はわずかに残った嗅覚とピット器官とで、二人の熱――温かな手の温もりを、感じ取っていた。
「あなたが恩讐になった経緯を、わたくし達は推察するしかありません」
「けれど、怖かったんだなって思う。それだけ悔しかったんだって、思う。自然の摂理かもしれないけれど、そうだと納得し切れないまま死んで逝ったから、あなたは恩讐として生まれ変わったのだと思うから」
 涙を流す瞳はない。が、すすり泣く様に唸る。
 死に逝く体から熱が消えていく。力が抜けていく。恩讐が薄まっていく。
「でももう、あなたの悔しさも慟哭も恐怖も、全部、全部受け止めました。だからもう、安らかに眠っていいのです。怖がる必要はありません。何も、怖がらなくて大丈夫」
「私達がずっと憶えてる。あなたの悔しさも、痛みも、無念も全部。ね? ほら……ゆっくり、お休み」

「やる」
 シュターニャに戻った一行は、涼鶴から何か投げ渡された。
 巻いてある布を恐る恐る取って見ると、中にはあの恩讐の忘れ形見――タスクが先に折った、尾の先端の三叉槍だった。
「供養の仕方は任せる。魔力を集めるのにも適してそうだから、武具にするのも良い。俺はいらないからいい」
「そんな物持ったら、涼鶴また無理する。今も両脚、折れてるのに」
「るせぇレドラッド。終わったことをいつまでも言ってるな」
 両脚が折れているが、涼鶴は元気だ。
 タスク含めた三人にも、レドラッドにも大きな傷はない。
 戦いは、鎮魂は何とか無事、終える事が出来たようだった。
「で? やるか、手合わせ」
「い、いえ……さすがに、今の先輩を相手には――」
 この状況でまだやる気なのだから、恐ろしい人だとタスクは思った。
 無論負ける気などないのだけれど、脚が折れていなかったら本気で相手されていそうで怖い。それこそ全身全霊で、一切の手加減なく。
「なんだ。さっきのおまえ、良かったのにな」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあやるか!」
「それは遠慮します!」
 曰く、一、二を争う問題児。何だか、納得出来てしまえた。
 でもだからこそ気になる。そんな男の下す評価が。
「それで、涼鶴先輩。今後僕らに助力は……」
「あぁ、する。おまえ達といると、またあんなのとやれるんだろ? 退屈し無さそうでいい」
 わかっているのか、いないのか。
 尖った犬歯をむき出しにして笑う涼鶴の助力はありがたいのだが、一言で言い表せない複雑な心配が入り交じっている事を、三人は否定出来なかった。



課題評価
課題経験:162
課題報酬:4800
雷光斬火
執筆:七四六明 GM


《雷光斬火》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 1) 2022-04-13 23:36:41
遅刻帰国~!
勇者・英雄コースのタスク・ジムです。よろしくお願いいたします!

レーネさんご参加ありがとうございます~!
一人でどうしようとあわあわしていたところ、大変助かります。

出発まであと少しありますから、落ち着いて作戦を練りましょう。

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 2) 2022-04-14 00:50:59
賢者・導師コースのエリカ・エルオンタリエよ。よろしくね。

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 3) 2022-04-14 01:31:27
わたしは主に魔法攻撃、レーネさんが回復やサポート、タスクさんが物理攻撃の担当になりそうね。

エンチャライズ・ボンズを装備していくので、回復や攻撃のタイミングで
同属性のレーネさんと手をつなぐことでプラン値を上昇させたいと思うわ。

混沌魔導を習得したので、気絶させた時にタスクさんが大技を叩きこむとか
一気に畳みかければ、勝算もかなり出てくるかしらね?

毒対策には毒気し草を持って行くわ。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 4) 2022-04-14 08:20:12
ぶ、部長さん~!来てくれたんですね~!
(涙じわり、慌ててごしごし)

よ~し!秘密情報部三役揃えば
絶!対!無!敵!、というところを見せてあげましょうね!

(急にカメラ目線になり)
もちろん、引き続き、皆様のご参加を熱血大募集中です!

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 5) 2022-04-14 12:12:08
芸能・芸術コースのエルフ、レーネです。
すばやい敵だそうですからプラン値をすごくあげて命中させやすくしてくれる「エンチャライズ・ボンズ」はとってもいいとおもいます。
エルオンタリエさんによりそいますね。
わたくしは「虹彩の鐘」でのたいりょくとまりょくの回復、「福の針」と「備えあれば何とやら」を組み合わせた毒の回復、
「プチラド」での毒霧対処と「言の葉の詩:ラブ・キャロル」での回復をかんがえてます。

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 6) 2022-04-15 08:27:49
あと、敵は「三つの頭には鼻と口しかないが、三つ又の舌で周囲を察知する」ということですから刺激物でもある石灰をまいて察知を妨害しようとおもいます。EX品でもってますから。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 7) 2022-04-15 12:07:20
取り急ぎ、現時点の方針をお伝えしますね。
物理攻撃、壁役、内観による鎮魂の他、
バトルジャンキーなセンパイと【肉体言語】で交流を計り、協力体勢を築いてみるつもりです。
エピソード開始時点で早速ターゲットと交戦状態と思われるため、肉体言語の交流は戦闘に支障ないよう工夫するつもりです。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 8) 2022-04-15 23:24:47
今回はご一緒いただきありがとうございました。
学園最後の日が刻々と近づいていく中、秘密情報部三役そろい踏みで
タフな戦闘エピソードを飾れるということで、
とてもいい思い出になりそうで、ワクワクしています。

お互い、ご武運を!
そして、リザルトを楽しみに待ちましょう!