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ゆうしゃのがっこ~!とは

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●鬼の嘆きにおくるもの
 鬼面の咆哮が、荒れ果てた部屋に響き渡る。
 ひび割れた左目からこぼれ落ちる魔力に、感じるものを持つ【タスク・ジム】はなおも鬼面に語りかけた。
「分かるわけないじゃないですか! 教えてもらってないんですから!」
 その言葉がどう届くかどうかは分からない。
 だが、墜悪を操る存在とコンタクトを取れたことに、タスクは手応えを感じていた。
(まさかとは思ったけど……折角繋がったんだ!)
 勇者は全ての命を守る者。
 そう考え、そうある事を強く望むタスクにとって、例え相手がどんな存在であろうとも……。
 手を差し伸べる事に躊躇いはない。
「オオオォォォォォ……!!!」
 だが、鬼面はそんな彼の声をかき消そうとするように、右目から彼を狙い魔力弾を発射する。
「もう、そんなこわぁい顔しちゃ駄目よ?」
 しかしその攻撃は、タスクと鬼面の間に降り立った【シィーラ・ネルエス】のプチシルトによって防がれた。
「お話は楽しくするものでしょう? ほら、笑顔よ? え・が・お?」
 そう言って笑顔を浮かべてみせるシィーラ。
 突然の状況にもこれほどの余裕を見せる彼女の態度は、経験の豊かさのような物を感じさせる。
 それを見た鬼面は魔力弾による攻撃を止めると、先程までと同様大きな一本角を射出した。
「オオオオ!!!」
「その攻撃でしたら、既に見切っておりますわ!」
 次に前へと飛び出したのは、【朱璃・拝】(しゅり・おがみ)だ。
 頬と腕をかすめるようにした一撃を喰らってしまい、先程まで【ウィルナ・ラティエンヌ】の応急手当を受けていた彼女であったが、その間もただ黙っていたわけではない。
「はああっ!」
 彼女は両手の手甲を盾のように構え、真正面から角を受け止める。
 円盤にも見紛う程、角の回転は早く、青銅が擦れる音と共に朱璃の身体にも衝撃が走る。
 だが彼女はその痛みに耐えつつ、じっとタイミングを待ち続けた。
「……ここですわっ!」
 そして回転の勢いが弱まった瞬間、朱璃は腕を振るようにして角を弾き上げると、素早く渾身の連撃を放つ!
「双撃蹴!!」
「オオオォォ……!!?」
 一撃目で角度を調整し、二撃目で勢い良く蹴り出された角は、鬼面の右頬を正確に捉える。
 命中した衝撃で、角の先端や頬の破片が周辺に飛び散り、そこからは更に黒い煙が漏れ出していた。
「オ、オォォォ……!」
 鬼面は大きなダメージを受けつつも、唸り声と共に、再び右目に魔力を集め始める。
「くっ、まだやる気ですの……」
「待って、朱璃さん」
 警戒し、再び構えを取る朱璃であったが、【シキア・エラルド】がそれを制した。
 彼はそっと持ち込んでいたハープを掲げる。
「何がどうしたとか、そんな事俺には分からない。でも今のキミの声は……楽しそうじゃない。
 だからまずは、楽しくなろう! 俺達と一緒に!」
 シキアは鬼面の声にも負けないよう、力強く、それでいて繊細に音を奏で始める。
 その音色は、束縛を逃れ自由を掴みとろうとする想いが生み出す即興曲。
(誰かの操り人形でいるなんて……そんなの、悲しすぎるから)
「ふふっ、シキアの音色はやっぱり良いわね」
「そうだねぇ。後はポールダンスなんかしてくれたら、もっと面白いと思うけど」
 彼の音楽に、シィーラや【プラム・アーヴィング】はそっと笑みを浮かべる。
 だが、彼に突き動かされたのは、2人だけではなかった。
「あ、見て! 鬼面の様子が!?」
 最初に異変に気づいたのは【アムル・アムラ】。
 ウィルナに肩を借りるようにしながら、彼が指さす先では、先程まで右目に溜まっていた魔力が霧散していた。
「オ、オオ……!!」
「タスクさん、今なら!」
「はい!」
 ウィルナの声に、タスクは番傘と鍋蓋の構えを解くと、内ポケットから手帳と羽根ペンを取り出す。
「オオ……」
 鬼面の周辺に溢れる黒い煙は、接近するタスクにまとわりつき、皮膚を仄かに焦がしていく。
 だが、それでもタスクの歩みは止まらない。
 そして彼は、鬼面の真正面に立つと、小さくこう呟いた。
「あなたのお困りごと……僕達にお聞かせいただけませんか?」


●挑むは強敵、臨むは親友(とも)に
「アアアアアアア……」
 喉奥から唸るような怨嗟の声を吐き出しながら、鬼の面をつけた5人組が近寄ってくる。
 仮面を除けば、その見た目はこの学園の生徒そのもの。
 水色のスカーフが、彼らの動きに合わせてふらふら揺れる。
 その様子は、とても時季外れの仮装を楽しんでいるようには見えなかった。
「……皆さん、行きますよ!」
「ええ!」
「はい!」
 【ビアンデ・ムート】のかけ声に、同行していた【エリカ・エルオンタリエ】と【レイヤ・トラスター】が応じる。
 部屋に入ったそのままの形で、ビアンデが先陣を切り、中央に集まっていた3人を同時に後方へと押しやった。
「今のうちに!」
「任せて!」
 ビアンデの動きに素早く反応したエリカは、呪文を唱えると、あぶれた右側の1人を狙って小さな魔力弾を発射、動きを牽制する。
「レイヤさん!」
「承知です!」
 そしてがら空きとなったエリカの背中を守るようにして、レイヤは残る1人と対峙する。
(相手は先輩。ですが、先輩だからこそ……!)
「全身全霊で、お手合わせ願います!!!」
 気合い一喝。
 狭い場所ではあるが、勢いを付けたレイヤは、正面から跳び蹴りを加えようと試みる。
 だが、相手も相手だ。逆に腕を盾のように構えながら距離を詰め、勢いを殺しにきた。
「それなら……!」
 攻撃を防がれたレイヤは、素早くその場に着地すると、今度は低い姿勢で懐に飛び込む。
「アアアア!!!」
 彼の接近に対し相手の鋭い突きが炸裂するが、レイヤは左手を引くようにして上半身をひねり、すんでの所で回避する。
 そしてその勢いのままに、彼は右の拳を突き上げた。
「しっ!!!」
 顎の中心を狙った下からの強襲、アッパーカットだ。
「アア!?」
 咄嗟ながら、その動きに反応し相手も後ろに仰け反ろうとする。
 だが、最初からこれを狙っていたレイヤの動きが僅かに早く、彼の拳が相手の顎先を擦るようにして仮面を剥ぎ取った。
 吹き飛ばされた仮面は空中で魔力となって霧散し、彼に襲いかかってきていた生徒もまた、気を失うようにしてその場に倒れこむのであった。
「やはりこの仮面が剥がせれば! ビアンデさん!」
「私は大丈夫……です! ここから、一歩も、下がりませんからっ……!」
 ゴンと鈍い音が響く度、ビアンデの苦しげな吐息がこぼれる。
 相手はそれぞれ武装をしていないものの、これまでの経験で鍛えられた肉体だ。
 そして操られている故か、後輩且つ、か弱い少女たる彼女を殴りつける事に、何の躊躇いも見せない。
「行かせません!! 私が相手です!」
 たが、ビアンデも譲らない。
 小柄な身体を上手く大鍋に隠しながら、できるだけ直撃を避ける。
 誰かの攻撃にバランスを崩しても、そのまま他の2人の進路に立ち塞がる。
 そうして、レイヤやエリカへ向かおうとする者達を食い止め続けた。
 そう、この3人を足止めする事こそ、彼女が助けに来てくれた仲間達に対しておくる信頼であり、彼女が守ると誓った心の絶対防衛線だ。
 きっと最後の力が枯れるまで、彼女は護り続けるのであろう。
 ならば為すべき事は。
 レイヤはエリカの加勢に加わろうと、視線を向ける。
「きゃっ!」
 しかしそこに映ったのは、吹き飛ばされ、近くの棚にその身を打ち付けたエルフの姿であった。
「エリカさん!?」
 時間をかけすぎた。
 焦るレイヤが駆け出す。
 だが遠い。
「アアア!!!」
 鬼が唸る。
 それでも、彼女の瞳には未だ光が灯っていた。
「……まだよ!」
 エリカは、自身とぶつかって割れた壺からこぼれた砂を掴むと、相手の目元めがけて投げつける。
 トドメを狙う鬼にとって、それは想定外だったらしく、鬼は目を押さえるようにして天を仰いだ。
「レイヤさんの声、良く聞こえて助かるわ」
 微かな呟きと共に杖の先を相手の顎元に添え、エリカはなるべく威力を抑えたプチフドを放つ。
 そうして空を舞う風は、1つの邪悪を払ったのであった。
「エリカさん、すみません……ご無事ですか?」
「ええ、何とかね。だから謝らないで?」
 駆け寄るレイヤに助け起こされたエリカ。
 そこに、敵の強烈な攻撃に後ずさりする形でビアンデも加わる。
「……ふぅ。これで……数の不利は、なくなりましたね!」
「お待たせしてすみませんでした、ビアンデさん。ここからは私が剣になります!」
「あと少し。わたし達で止めましょう!」
 実力の差こそあれど、それを埋めて余りあるほどの、絆の力がそこにはあった。


●ようこそカカオポッドさま!
 【リア・カレット】が、第一校舎を飛び立つ白き翼を目にしたのは、今から少し前の事であった。
 丁度魔法の箒に乗ろうとしていたこともあり、そのまま後を追うことにした彼女。
 だが、相手もかなりの速度で飛行しており、ついていくのが精一杯。
 そうして飛び続けていると、眼下に学園の中でもとりわけ色彩豊かな景色が広がり始めた。
(あれは……植物園?)
 リアは目の前のアークライトが下降するのに合わせ、高度を下げる。
 着陸し、近づいてみれば、その正体は見知った顔であった。
「ウェルカさん? どうしてこのようなところに……それは?」
「ああ、リア様。こちらは、カカオポッド様ですわ。ただ、先を急ぎませんと……」
 そういって立ち上がろうとした【ウェルカ・ラティエンヌ】。
 だが、よろめき倒れかけそうになったところを、咄嗟にリアに支えられる形となってしまう。
「ウェルカさん、見たところ無理をされているようです。良ければ私にもお手伝いさせてください」
「リア様……ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきますわね」
 アークライトの覚醒は、自身に秘められし強大な力を引き出す事ができる。
 だが覚醒が解けてしまえば、身体中から力が抜けてしまい、再度元の状態に戻るまでに長い休息を必要とするのだ。
 道中、リアはウェルカから第一校舎で起きた出来事を聞いた。
「なるほど。その鬼面も、このカカオポッドを狙っていたのですね」
 リアは自身がカカオポッドと遭遇した時の事を思い出す。
 あの時、確かにカカオポッドは怯えていた。
 追いかけ回され、相当なストレスを感じていたに違いない。
 だがウェルカに抱かれたこのカカオポッドは、弱り切っていたものの震えてはいなかった。
(きっとウェルカさんが優しくしていたおかげですね)
 ウェルカは折りを見てはカカオポッドへ、あと少しでカカオが食べられますわ、頑張って下さいませ、と声をかけ続ける。
 カカオポッドに、表情と呼べるようなものはない。
 だが少なくとも。彼女の言葉に、カカオポッドは嬉しそうに目を細めていた。
「ウェルカさん、見えてきましたよ。植物園の入口です」
「やっと辿りつきましたわね。早くカカオポッド様にカカオをお渡ししないと……」
 大きな立て看板を越えて、遂に植物園に辿り着いた2人。
 しかし奇妙な事に、看板から入口、そして植物園内部にかけて、一定の間隔で、転々とカカオの果実が置かれている。
「ーー!!」
 端から見れば怪しい事この上ないが、カカオポッドにはそうした感覚もないのだろう。
 ウェルカの大きな胸を飛び出すと、目の前のカカオを食しつつ、少しずつ奥へ進んでいく。
「きゃっ」
「ウェルカさん、大丈夫ですか?」
「ええ。それより後を追いませんと」
 リアのおかげで少し身体を休めることができたウェルカは、礼を述べると2人でカカオポッドを追う。
 そしてカカオポッドが入口にさしかかろうとした頃、草むらから突如金髪の少女が現れた!
「やっといらっしゃいましたわね! カカオポッドさま、わたくしと一緒に来ていただきますわ!」
 金髪少女の、大の字ブロック! だが、カカオポッドはそれを気にも留めない。
 食事をする程に動きが活発となり、今や『カカオカカオカカオ!』という幻聴が聞こえるほどの勢いで、ノンストップに股下を抜いていく。
「ふああっ!? お、お待ちになって下さいませ~!」
 想定外の出来事に、彼女は尻餅をついてしまう。
「えっと……大丈夫ですか?」
 いたたた、とお尻をさする少女に、手が差し伸べられる。
「私、勇者・英雄コース専攻の、リア・カレットといいます。あなたも学園の生徒ですか?」
「はあああ! ゆ、勇者様!? それに天使様まで?! あ、ありがとうございますですわ!
 わたくしは【アリア・カヴァティーナ】! ここは植物園ですわ! カカオ畑は……あちらですの!」


●『鬼』宿すはいずこなりや
 ペンを持つ勇者を前に、鬼の面はただ震える。
 勇者もまた、ただその時を待つ。
 暫くすると、鬼面の周囲の瘴気が消え始めていった。
『誰か、聞こえるかしら?』
「え、エリカ部長!?」
 鬼面から聞こえてきた予定外の声に、驚きを隠せないタスク。
『その声はタスクさん……という事は、やっぱりここから魔力を送っていたのね』
 エリカは、更正施設で起きた出来事や、自身が見つけた魔法陣に干渉し声を送っている事を伝えた。
「つまり、このお面は、先輩達の魔力を吸い取っていたってこと?」
『恐らくね。それと、先輩の気持ちも……』
 アムルの問いかけに、エリカは少し悲しげな声で応える。
 ビアンデやレイヤの尽力もあり、3人は何とか先輩達を制圧した。
 そして、気絶している間にロープで縛り上げ、真実を彼らに問い詰める。
 仮面を付けられ、操られている間の記憶を失っていた彼らではあったが、その誰もが、学園での成績不振に悩み、自棄となって暴力行為に走りだした事をきっかけに、更正施設に入れられたばかりであったというのだ。
『その心の弱みを狙われたようね』
「では今は……」
「エリカさんの魔力と気持ちで動いているから、襲ってこないという事かしら?」
 ウィルナの言葉をシィーラが引き継ぐ。
『アノコムスメ……ジャマヲシヤガッテ!!』
『くっ……! ええ。もっとも、わたしの力じゃそろそろ限界、みたい!』
 その時、エリカ以外の声が鬼面から響いてくる。
 鬼面の不具合が彼女の妨害にある事に気づいたのであろう。
 少しずつだが、鬼面の震えが大きくなっていく。
『鬼面は、装着者から剥がすか、一本角を折れば止められるはずよ! 皆、急いで!』
「ならここがフィナーレだね! みんな、頑張れ!」
 シキアの曲が、勇壮な曲調へと変化する。
 そしてウィルナもまた、双扇を広げると高らかに宣言する。
「皆さん、エリカさんが抑えてくれる内に、鬼面の無力化を!」
 彼女の王たる資質がその場にいた全員に力を与えた。
「タスクさん!」
 そして背に受けたアムルの声に、タスクも頷いた。
「争うのは、嫌いです。でも、誰かが傷つくのは……もっと嫌です!!!」
 そう言って、番傘の刀を引き抜くと、静かに構えた。
「少しだけ。我慢してくださいね?」
「いきますわよ!」
 タスクの一刀と、祖流還りした朱璃の突撃を皮切りに、一斉攻撃がその角に集中する。
「オオオオオオォォォォ!?」
 脆くなっていた一本角は、その結束の前に音を立てて折れた。
『ヨクモ……ヨクモヨクモヨクモォォ!!!』
 それはまるで断末魔のように。
 何者かの悔しがる声と共に、鬼面の青き顔が溶け出していく。
『ケガラワシイユウシャノタマゴタチ……カナラズヤ、マオウサマノフッカツヲ……!』
 そして完全に青みが抜け落ち、鬼面は当初の赤い二本角の姿へ変化した時。
 黒い魔力の放出と共に鬼面は小さな仮面へと戻り、何者かの声もまた、消えていくのであった……。
「ひゅー。さっすがゆうしゃ様ぁ~。お見事流石って感じ?」
 全てを見届け、いつもながら抑揚のない声で、【チョウザ・コナミ】が拍手を送る。
「ザコちゃんさん!? 今まで一体何を?」
「んー? そりゃあまぁ、本来モブはこういう時、
 ゆーしゃ様達の活躍を見守り拝見するのが仕事だしぃ?」
 同じ村人コースの仲間であるアムルの言葉に、チョウザはけろっとした様子で応える。
 流石に先程のように、目の前で知人がただ襲われるのを傍観する程ではないが、元々この事態にあまり興味をそそられていなかったチョウザとしては、援軍が来たこの状況ならば大丈夫だと踏んで、観察に注力していたのであった。
「ま、とりま解決したわけだし。今は喜び盛り上がりで良いんじゃん?」
 チョウザが言い終わると同時、部屋の扉を塞いでいた瓦礫が破砕される。
「皆さん、遅くなってすみません!」
 先頭に立つは【ルッシュ・アウラ】。続くようにして先生や先輩生徒達も流れ込んでくる。
 これまでの捜索で疲弊し休息を取っていた彼であったが、箒で最上階へ上がった仲間達を心配し、一度様子を見に来ていた。
 そこで、部屋への入口が塞がれてしまっている事に気づいた彼は、一度広場に戻り、救援部隊を集めていたのだ。
 その時、【ドライク・イグナ】が連れてきた先生達とも合流し、今に至るという。
「まずはケガをした皆様を手当します! 順番にあちらへ!」
 ルッシュの示す先には、【オズワルド・アンダーソン】や【ミサオ・ミサオ】が治療の用意をし、【ティー・カップ】が暖かな紅茶を用意して迎えてくれていた。
「良く分かんないけど、終わったんだよね? じゃあ俺は、取りあえず服でも着替えに行こうかな?
 ちょーっとお気に入りのヒールも汚れちゃったしね」
 まず最初にプラムがその場を離れていく。
 彼の言う通り、少なくとも今、脅威と言える存在はこの場から消え去ったのだ。
 一行は1人、また1人と安堵して、各々治療や休息のために駆けだしていく。
(ザコちゃんが気になるとすれば……)
 その中で、チョウザはひっそりと、折れた角を回収していたのであった。


●今はまだ
 カチャカチャカチャ。
 皮鎧と鎖帷子のこすれる鈍い音が、第九校舎を闊歩する。
 鬼面とカカオポッドによる騒動から数日。
 人々の大半は、屋外で行われるという催し物を眺めるために外出しており、その音は妙に響き渡った。
 ただ黙々と鳴り続けた音は、やがて1つの扉の前で静止する。
 コンコンコン。
「俺だ」
「合い言葉はぁ?」
「……」
「ほらほら~。『学園長は合法ロリ』。ザコちゃんが教えたの、お忘れぇ?」
「……俺が言うと思うか?」
「思わないー。けど、言ってくれたら3日は笑えそうだし、ザコちゃん嬉し喜びかもねぇ?」
「入るぞ」
 扉を開き、全身鎧に身を包んだ男、【グレイ・ルシウス】が待ち人に向かい合うようにして席に着く。
 扉に書かれた『闇焼肉クラブ』の文字に相応しい鉄板のテーブルには、熱が通い、何かが置かれるのを心待ちにするかのように、ささやかな煙を立てていた。
「いらっしゃーい、クールな鎧さまぁ。ご注文は?」
「何故モブがこの部屋を占拠しているのか……など思う事がないわけではないが今はいい。本題に入れ」
 ちぇーと悔しそうな言葉をもらすは、グレイからはモブと呼ばれているチョウザだ。
 だが、表情はそれと反するように笑顔である。
「取りあえずお話は焼き物しつつで許してねぇ?」
 チョウザは、清掃される前にくすねていたチョコや鬼面の角を、適当に放り投げると、鉄板で焼き始める。
 チョコがとろける甘い香りが立ちこめる横で、角からはどす黒い煙が漏れ出している。
「喰うのか?」
「もっちろーん。ザコちゃん、興味あることは何でもやってみる主義だし?
 逆に興味ないことはどうしよーもない時しかやりたくないけど。
 ほら、当たって砕けろとか、物事死んでから考えよーとか言うじゃん?」
「少なくとも、後者に関して俺に聞き覚えはないがな」
 事件当時、魔物退治の仕事で外出していたグレイ。
 基本的に魔物に関わる事でなければ関心を示さない彼であったが、鬼面がこの学園に侵入した、という事実には、些か思う事があった。
 そのため、その時現場に居合わせたチョウザに、情報提供を求めたのであった。
「……そして、学園には無事に平和が訪れましたとさ。めでたしめでたし~」
「そうか。魔力を感知されない存在に、操られた先人達。
 黒幕と思わし者が残した、魔王様の復活という言葉。
 ……俺達に全くの無関係という話ではなさそうだな」
「ま、別に良いんじゃん? そーゆーのは偉い人が何とかするでしょ?」
 チョウザは、焼けた角を皿に盛り付けると、持っていた片手棒で粉々に砕き始める。
 そして程良く粉末状にしたところで、とろけたチョコと一緒に牛乳へ流し込む。
「うぇ。なんだろこれ? 土? 木? 仮面の素材そのままみたいな味かなぁ。
 舌がピリピリするのもアクセント的な?
 流石に不味くてザコちゃんビックリー。まぁ思ったよりいけるけど」
「……お前の物好きには関心する」
「ひゅ~。褒められたー」
「褒めたつもりはない」
 チョウザが自身の好奇心を満たす中で、グレイは仕入れた情報を吟味していた。
(エルフの娘が出くわしたという謎の存在。それは痕跡を残さず消えている。
 そして鬼面がどうやって学園に侵入したのか、これも明確な情報がない。
 いくら動けぬ状況とはいえ、あの学園長にも悟られなかったというのか。
 それとも知っていて放置したのか……。ダメだな。どうにも決め手に欠ける)
 所詮はただの仮面であるはずだ。
 だがそれを戦闘兵器と化し、使役する存在がいた。
 もしこれが強力な魔物であったなら?
 精神状態の影響があれど、自分達より鍛錬を積んでいる者が簡単に操られた。
 もしこれが命を奪わねばならぬ程の魔法であったなら?
 常に慎重かつ最悪の事態を想定するよう心がける彼の脳裏には、この状況は楽観視できるものではないように思えた。
 しかし、グレイもやがて思索にふけることを止める。
(脳裏に留める必要はある。だが、今の俺達にどうにかできる問題でないこともまた事実。ならば今は……)
 魔王の復活。それ即ち、魔物の興隆。
 その最悪に太刀打ちできる力を。技術を。
 グレイは立ち上る煙に、そう決意を新たにするのであった。


●満開桜の咲く頃に
 その頃、【メメ・メメル】の呼びかけに、多くの生徒達はとある校庭に集まっていた。
 校庭の外れには石灰で大きく白丸が刻まれており、中心部には拳大程度の小さな穴が掘られている。
「やーやー諸君! 今年もこの時期がやってきたぞー!」
 メメルは喉元に小さな杖を当ててそう言った。
 彼女は今、特設ステージのような場所に立っており、生徒達が集められた場所からでもよく見える。
 そこからはかなりの距離があるはずなのに、思わず耳を塞ぎたくなるほどの声量は、流石というべきであろうか。
「ちょーっち想定外もあったが、無事にこの日を迎えられてオレ様も嬉しく思うぞ!」
 そして杖を外して彼女は後ろを振り返る。
 なぁ、チミ達? そう問いかけられ、この場に集められた一部の新入生達は困惑の表情を浮かべた。
 当然その中には、眠そうにする【マルダー・リリー】や【仁和・貴人】(にわ・たかと)の姿もあった。
(で、これから一体何が始まるんだ?)
 【コウ・エイトクラウド】の言葉に、その場にいた全員が首を横に振る。
「それではー、メメたんの3分クッキング☆ はーじまるよぉー♪」
 彼女が指を鳴らすと、【サラシナ・マイ】と【ルシファー・キンメリー】が大きな魔法釜と、ウェルカとリア、アリアが2体のカカオポッドと共に現れた。
「へっ!? こ、これは一体何ですの!?」
「落ち着いて下さいアリア様。恐らく学園長の転移魔法ですわ」
「なるほど! 流石賢者様! 魔力が違いますわね!」
「そこー! 褒める時はもっと大きな声で言うようにー!」
 ウェルカとアリアに向けてメメルはそう一喝……かは怪しいが。
 そう言うと、再び杖を添え全体に向けて語り始めた。
「諸君も知っていると思うが、今回は新入生たん達のおかげで、無事に成長薬を作れそうだ!
 当初育てたよりもちっこくなってしまったが、チョコモンスター化はしてないし、まぁ大丈夫だな!」
「カカオポッドさん、宜しくお願いしますね?」
 リアの言葉に従って、大きな板チョコのようなカカオポッドが魔法釜へと跳ねていく。
「さぁ……行って下さいませ」
 ウェルカは、胸に抱きしめた小さなカカオのようなカカオポッドにそう囁いた。
 カカオポッドは暫し名残惜しそうにしていたが、やがて意を決したように彼女に背を向けると、彼女の胸元の大きな球体が3つから2つになる。
 そして、2体のカカオポッドは魔法釜を中心に、向かい合うような形で配置についた。
「よーし! いいぞー!」
 メメルの合図にカカオポッド達は、勢いよく飛び跳ねると、魔法釜の上で激しくぶつかり合う。
 カカオポッド達は、双方粉々に砕け、中からは溢れ出したチョコレートがボトボトと音を立てて釜に吸い込まれていった。
「えー!!? そんな風になっちゃうの!?」
「ああ、大丈夫よ」
 アムルの驚く声に、ウィルナが応える。
「妹の読んだ本に書いてあったそうだけど、あれが所謂交尾にあたるらしいわ。ほら」
 ウィルナの言うとおり、釜に入らなかった破片は、手のひらサイズのカカオポッドとなり、元気そうに跳ねていた。
 カカオポッド達は上手く勢いや角度を調整し、栄養価の高い部分を大きな破片に残すようにして、増殖していくらしい。
「カカオポッド生育のコツは、愛情と適度な発散だからな!
 チミ達に渡していたチョコも、カカオポッドから出たチョコだった、という訳だ!」
「へぇー。だからチョコ本体は食べたがらなかったんだ! 共食いみたいになるもんね!」
 アムルはふんふんと頷く。
 また、カカオポッドが体内に生成したり、体表を流れるチョコの出来映えは、カカオポッドの気持ちで変化する。
 ストレスを感じているときは苦く魔力の低い物に、逆ならばまろやかな甘さと魔力の高い物に。
「モンスター化してしまえば、これまで蓄えてきた魔力がチョコから抜け出してしまうみたいね。
 本当に、良く分からない生き物だわ」
 だが、そう述べるウィルナの顔には笑顔が浮かんでいた。
「そしてコイツをあーやってこーやる~!!!」
 メメルの指示で、マイとルシファーが釜を混ぜる。
 既にメメルが成長薬として作っていた液体は、やがてライトブラウンに染まっていく。
 そしてここぞというタイミングで穴に流し込まれると、彼女はポケットから小さな種を取り出した。
「んでもって、これをポーイとすると!」
 種が流し込まれた液体と混じり合ったその刹那。
 メキメキと爆音を立てながら、ステージすらも巻き込んで巨木が天高く生えていく。
 そしてメメルは、舞台上の者達を魔法で地面に下ろし、高らかに宣言する!
「さぁ祝うのだー! 『満開桜』の開花だぞー!」
 時間にして僅か数十秒。そこには穏やかな風に百花繚乱の桜色を散りばめる、美しき木がそびえ立つのであった。
「おおーっ! これは花見酒がはかどりそうでござるなぁ!!!」
「確かに。こういうのにはめっきり縁遠い生活だったけども、おじさんも久しぶりに一献やろうかねぇ」
「それは素敵ですね! あ、でも陣さんは僕と同じで未成年ですよね? まだダメですよお酒は!」
御影・シュン】(みかげ・しゅん)や【七枷・陣】(ななかせ・じん)、ルッシュを筆頭に、多くの新入生がその姿に圧倒される。
「綺麗な桜ですね」
「……はい」
 レイヤの言葉に、ビアンデは俯いたまま小さな声を返す。
「元気がないようだけれど、どうかしたの?」
「いえ、私は結局、お二人を守り切れなかったな、と……」
「そんなことないわよ。ね?」
「ええ! 私達は、もっと大切なものを、護り抜いたと思いますよ! ほら、上を!」
 エリカの、レイヤの言葉に、ビアンデは空を見上げる。
 丁度彼女の目の前に、桜の花びらがひとひら舞い降りた。
 そして彼女は、他の花びらに目を奪われるようにして、周囲を見渡す。
 そこには、先日の戦いでケガを負い、ボロボロながらも笑顔を浮かべるレイヤとエリカ、そして桜を楽しむ多くの仲間達の姿があった。
「……はい!」
 美しい風景を見つめるのは、彼女達だけではない。
「あらあら、今日の報道勇者様は随分物静かなのね?」
「シィーラさん。いえ、少し考え事をしてまして……」
 タスクは、鬼面の頬の欠片を握りしめていた。
「僕は墜悪さんを助けられたんでしょうか?」
「それは分からないわ。でも……」
「邪悪に堕ちた仮面も、今はただの鬼の面。
 少なくとも、悪を払い墜としたのは確かなんじゃないかしら?」
「……そう、ですよね……!」
 タスクもまた、春風を受け空に誓う。
(あの人がここまでして何を成し遂げたかったのか、今の僕には分かりません。
 でもいつか、正しく歩み寄ればわかり合える日が来ると……そう信じさせてくださいね)
 華舞う日々に抱いた想いを、彼は手帳に書き留める。
「みんな! 甘酒持ってきたよ!」
「桜餅もありますわ!」
「皆さん、ゴミはきちんと持ち帰りましょうね!」
 シキアの楽しそうに走り寄る音、朱璃の朗らかな顔、リアの意気込み籠もる声。
(まだ新入生だとばかり思っていたが……頼もしいじゃないか。ありがとうな、皆)
 マイは、そっと笑みを浮かべると、この騒動を治めた勇者達に感謝の想いを捧げるのであった。


 執筆:pnkjynpSD


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