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神に仕える人形少女


ストーリー Story

 八色の街、トロメイア。
 精霊が住むとされる高山、アルマレス山の麓に広がる信仰の街より依頼を受けて、学園生らは比較的小さな教会へと向かう。
 扉を開ければ広大な礼拝堂。
 待ち受けていたかのように奏でられているパイプオルガンの旋律に出迎えられて、最奥の精霊の像に祈りを捧げていたシスターがこちらに気付き、深々と頭を下げる。
「魔法学園(フトゥールム・スクエア)の皆様ですね。ようこそお越し頂きました。ワタクシがここの管理を任されている、マザーの【アグネス・ティムス】と申します。どうぞ気軽に、マザーとお呼びください」
 と、マザーが自己紹介を終えたのと同時、修道服に身を包んだ銀髪の少女が現れる。
 そのときは気付かなかったが、演奏が止んでいたために生まれた静寂が彼女を異質に見せた。
 何せ彼女の後に遅れて来た他の修道女やマザーと違って、彼女だけがウィンプル――修道女用の頭巾を被らずにいたから、煌めく銀髪を強く印象付けて見せる。
 だが右手の甲に魔法陣を見たとき、少女に対する印象はまた変わった。
「それでは、立ち話もなんですからどうぞこちらへ。【ピノー】、皆様を食堂へご案内して」
「では皆様、どーぞこちらへ」
 修道女ピノーに連れられて食堂へ。
 その途中、修道女らと遊んでいる子供達で賑わう部屋を通り過ぎた。初めて見る人達の来訪に怯えるどころか、元気に手を振ってくるので、こちらも手を振り返す。
「このきょーかいは、孤児院としての役割も兼ねております。種族も年も関係なく、マザーは身寄りのない子供達を引き取り、育てているのです。カルマのピノーも、その一人です」
 やはりカルマ。
 学園にも何人かいるのでもう見慣れたものだが、このような場所で、しかも修道服を着たカルマと会うとは思わなかった。
 だが彼女の言う通り、この教会には全種族――とは言わないが、種族問わず受け入れているようだ。修道女にも数名、ヒューマン以外にもいる様子。
 ただしカルマは、ピノーと呼ばれているこの子以外に、いないようだが。
「今回あなた方にご依頼したいのは、墓を荒らす悪魔の退治です」
 悪魔――聞きなれない単語であるが、この教会では怪物か何かを差して使う言葉か。話を聞く周囲のシスター、語るマザーの顔色から、そう見て取れた。
「この教会の裏には小さい墓地があるのですが、最近夜中になると墓荒らしが墓を掘り、悍ましいことに、供養した亡骸を――」
 喰らう、そうだ。なるほど確かに悍ましい怪物。マザーが語る悪魔とやらの所業であるのだろう。
 要はそれを退治して欲しいとのことだったが、『悪魔』というだけでは情報が少な過ぎて対処も難しい。それを目撃したらしい修道女らの話から、特徴をまとめた。
 細い体躯に一対二枚の巨翼。
 鋭い爪を持った四足で立ち、唸る口からは冷気を放つ単眼の悪魔――。
 情報は、ドラゴニア純種の一種と酷似している。
 ドラゴニア純種の一種の中に、単眼の肉食龍がいるとドラゴニアの先輩から聞いたことがある。
 ただ先輩の話で聞いたものと、今回の悪魔と呼ばれているそれは、大きさにかなり違いがある。そして何より、死体を喰らうなどという話は聞いていない。
 もし先輩から聞いた肉食龍そのものであれば、親からはぐれた子供の可能性があるが。もしそうでないのなら、その肉食龍を元に作られた魔物の一種か。
 どちらにせよ、油断は禁物。相手が龍の純種であろうと魔物であろうと、出来る限りの対処をして、挑まなくてはならないだろう。
「こちらがだんせー、こちらがじょせーのお部屋になります。どーぞ、お好きに使ってくださいとのことです。今から一時間後に食事になりますので、先程のしょくどーまで、お越しください」
 とりあえず休憩をと、マザーが部屋を用意してくれていた。ただ案内してくれたカルマのピノーは少し黙ると、部屋に通すより前に自分達に向き直って。
「ピノーからも……ピノーからも、お願いします。墓荒らしのしょーたいが何かはわからないけれど、ピノーは怖いです。子供達が襲われないか、いつも、心配です。怖いです。だから、お願いします。悪魔から、子供達を、護ってあげて、ください。ピノーから、せーいっぱいの、お願い、です」
 肉食龍には、人さえ喰う種類もいる。話からして、魔物も同じだろう。
 大人が食われる事件だって、珍しくない。今回のそれはまだ死体だけを喰らっているようだが、仮に人の子供の味を覚えれば、今後はそれを狙って襲うだろう。
 未だ正体に関しては判断し兼ねる部分はあるが、概ね先輩から聞いた話だと、魔物の方だと思っていいかもしれない。
 重ねて言うが、断言はしない。
 しないものの、もしかしたらそれより恐ろしい相手かもしれないし、まったく見当違いの相手である可能性もある。
 どんな相手であれ、子供達が食い殺されていく、だなんて展開になどさせてはならない。
 カルマの修道女からの切なる願いも受けて、まず食事までの一時間、魔物である場合の呼称を『アイバーン』として、作戦会議を開始した。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 7日 出発日 2020-03-24

難易度 普通 報酬 少し 完成予定 2020-04-03

登場人物 5/8 Characters
《勇者のライセンサー》フィリン・スタンテッド
 ヒューマン Lv33 / 勇者・英雄 Rank 1
「フィリン・スタンテッド、よ……よろしく」 「こういう時、どうすれば……どうすれば、勇者らしい?」 (※追い詰められた時、焦った時) 「黙って言うこと聞け! 殴られたいの!?」 「ぶっ殺してやる! この(お見せできない下劣下品な罵詈雑言)が!!」   ###    代々勇者を輩出してきた貴族スタンテッド家(辺境伯)の令嬢。  一族の歴史と誇りを胸に、自らもまた英雄を目指してフトゥールム・スクエアへと入学する。  愛と平和のために戦う事を支えとする正義感に溢れた性格で、『勇者らしく人々のために行動する』ことを大事にする。  一方で追い詰められると衝動的に罵声や暴力に訴えてしまう未熟な面もあり、自己嫌悪に捕らわれる事も多い。 『彷徨う黄昏に宵夢を』事件で対峙したルガルとの対話から思うところあったのか、頑なな勇者への拘りは少し角がとれたようだ。 ※2022年8月追記 全校集会『魔王の復活』後、昨年クリスマスに結ばれたルガルとの子供を身籠っていた事が判明 (参考シナリオ) 恋はみずいろ L’amour est bleu https://frontierf.com/5th/episode/episode_top.cgi?act=details&epi_seq=649 ◆口調補足 三人称:〇〇さん(敬語では〇〇様) 口調:~かな、~ね? その他:キレた時は『私、アンタ、(名前で呼び捨て)、(言い捨て)』 ◆Twitter Sirius_B_souku
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  
《奏天の護り姫》レーネ・ブリーズ
 エリアル Lv29 / 芸能・芸術 Rank 1
いろいろなところをあるいてきたエルフタイプのエリアルです。 きれいな虹がよりそっている滝、 松明の炎にきらめく鍾乳石、 海の中でおどる魚たち、 世界にはふしぎなものがいっぱいだから、 わたくしはそれを大切にしたいとおもいます。
《模範生》プラム・アーヴィング
 ヒューマン Lv23 / 賢者・導師 Rank 1
「俺はプラム・アーヴィング。ラム肉を導く修道士だ。…そうは見えない?そりゃそうだ、真面目にヤる気ないからな。ま、お互い楽しく適当によろしくヤろうぜ。ハハハハ!」                                       ■身体 178cm/85kg ■人格 身に降り注ぐ事象、感情の機微の全てを[快楽]として享受する特異体質持ち。 良心の欠如が見られ、飽き性で欲望に忠実、貞操観念が無い腐れ修道士。 しかし、異常性を自覚している為、持ち前の対人スキルで上手く取り繕い社会に馴染み、円滑に対人関係を構築する。 最近は交友関係を構築したお陰か、(犬と親友と恋人限定で)人間らしい側面が見られるように。 現在、課題にて連れ帰った大型犬を7匹飼っている。 味覚はあるが、食える食えないの範囲がガバく悪食も好む。 ■口調 修道士の皮を被り丁寧な口調の場合もあるが、普段は男口調を軸に雑で適当な口調・文章構成で喋る。 「一年の頃の容姿が良かっただァ?ハッ、言ってろ。俺は常に今が至高で完成されてんだよ。」 「やだ~~も~~~梅雨ってマジ髪がキマらないやんけ~~無理~~~二度寝決めちゃお~~~!おやすみんみ!」 「一応これでも修道士の端くれ。迷えるラム肉を導くのが私の使命ですから、安心してその身をゆだねると良いでしょう。フフ…。」 ■好き イヌ(特に大型) ファッション 極端な味付けの料理 ヤバい料理 RAP アルバリ ヘルムート(弟) ■嫌い 教会/制約 価値観の押し付け

解説 Explan

 此度の課題は墓荒らし、アイバーンの退治です。
 アイバーンは空を飛び、素早い敏捷性と鋭い爪と牙とで襲い掛かります。
 また冷気を吐き、相手を凍り付かせて身動きを封じてきます。
 接近戦に持ち込むためにはアイバーンの翼を封じ、撃ち落とすことが必須となるでしょう。硬い鱗があるので、斬撃よりも打撃の方が効果的です。
 また、アイバーンは水属性の魔物なので、雷属性の攻撃が弱点です。
 戦場は教会裏の墓地なので、広範囲攻撃は、周囲の被害を加味して避けましょう。また、戦いは夜中に行われるので、光源を確保しておくことも大事になるかと思います。(突如光を繰り出し、相手の目を眩ませる、という戦い方もできますね)
 子供とはいえ強敵ですが、皆様の協力プレイで子供達を護り、カルマの修道女の願いを叶えてあげてください。


作者コメント Comment
 どうも皆様、無名の作家、七四六明(ななしむめい)です。
 此度は初のEXエピソードの執筆ということで、いつも以上に手に汗握る戦いを書きたいと思っております。初めてということもあって緊張しておりますが、皆様の期待に応えられるよう頑張りますので、皆様もカルマの修道女の祈りに応えてあげてください!
 何卒、よろしくお願い申し上げます!


個人成績表 Report
フィリン・スタンテッド 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:234 = 78全体 + 156個別
獲得報酬:9600 = 3200全体 + 6400個別
獲得友情:5
獲得努力:5
獲得希望:5

獲得単位:0
獲得称号:---
◆方針
アイバーンを地上に墜として撃退

◆事前準備
習性を分析し、よく荒らされる地域に罠を準備。
皆の肉は薪などを芯に巻き付け死体っぽく加工。
更にロープを肉周囲に土などで隠し、拘束罠を『罠設置』
食いついたら足を引っかけて拘束できるように。

◆行動
奇襲のため、自分で灯りは持たず『暗視順応』で行動。
アイバーンが囮にかかったらロープの罠、無視・脱出されたら『二段ジャンプ』『グロリアスブースター』で飛び乗って翼を叩く二段構え作戦。
攻撃は『プチラド』中心だが、皮膜を切るなど斬撃が必要なら『クリスタルブレイブ』を使用。

飛び乗れたら範囲ブレスは首を引っ張るなど逸らすよう努力。
地上で墓地が壊されそうなら『防護魔力』受け

朱璃・拝 個人成績:

獲得経験:93 = 78全体 + 15個別
獲得報酬:3840 = 3200全体 + 640個別
獲得友情:3
獲得努力:3
獲得希望:3

獲得単位:0
獲得称号:---
アイバーンを地上へ降ろす囮を事前に作りますわ。人型に形作った物にボロボロの服を着せ、化粧セットで顔の部分に死者のようなメイクを施し墓場に設置、その陰にお肉をおいて肉の匂いもさせますわね。そして物陰に隠れアイバーンを待ちます

暗視で警戒しつつ、うまくアイバーンが囮にかかれば物陰から奇襲攻撃を使って躍り出て魔牙でその羽を切り裂き飛べなくしてみますわ。もし失敗して空を飛ばれたらドドを使い羽を攻撃

冷気攻撃はやせーの勘や危険察知で先読みして緊急回避で躱しますわ。当たった時は新陳代謝で対処。祖流還りで相手の速度に対抗しつつ真中正拳突きで打撃攻撃を与えていきますわ

無事退治出来たら犠牲になった死者の為祈りますわ


クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:117 = 78全体 + 39個別
獲得報酬:4800 = 3200全体 + 1600個別
獲得友情:5
獲得努力:5
獲得希望:5

獲得単位:0
獲得称号:---
先に教会の皆には外に出ないように言っておこう、巻き込みたくないからね

夜の墓場で墓石に身を隠しながら悪魔とやらを待とう

翼を確実に狙うなら最初の一発が最も効果的だ
現れたら自然友愛で精霊の召喚を促しながら、漁るために下へと降りてきて動きが止まる時、プチラドで翼を狙いながら物陰から奇襲しよう
冷気は攻撃で相殺を狙いつつ、流れが裂かれて最も勢いが衰えた場所に逆に飛び込むことで凍結を回避する
爪や牙の攻撃は立ち回りや幽体化で避けつつ、生気喪失で消耗させていこう
しかし人気のない墓場を荒らす程度に頭はある相手だ、プチラドも警戒されるだろう
だがそうなれば夜の闇に紛れてプチダードを放ち、意表を突いてやろうじゃないか

レーネ・ブリーズ 個人成績:

獲得経験:93 = 78全体 + 15個別
獲得報酬:3840 = 3200全体 + 640個別
獲得友情:3
獲得努力:3
獲得希望:3

獲得単位:0
獲得称号:---
あかりとしてキラキラ石を用意しますが、まちぶせのときは
袋にいれたままにしておきます。

ほかのひとの攻撃にあわせてキラキラ石の光をつきつけて、
アイバーンをまどわします。

たたかいでは楽器「天使の歌」を「演奏」の技能でつかって
なかまのひとたちを回復していきます。

楽器効果:射程内の自分を除く味方全員のたいりょくを30回復する。

ただ、アイバーンがとんでいるなら射程が5の種族特性「フド」で
そのつばさを攻撃します。

また、こおりつかせてくる冷気をアイバーンがはなったら
「とても暖かい」ボディ装備の「もこもこーと」を
着てふせぎます。

プラム・アーヴィング 個人成績:

獲得経験:93 = 78全体 + 15個別
獲得報酬:3840 = 3200全体 + 640個別
獲得友情:3
獲得努力:3
獲得希望:3

獲得単位:0
獲得称号:---
敵が疑似餌に喰いついたら【キラキラ石】と【プチコード】を使ってレーネさんと目くらまし。
石にプチコードの光源が乱反射して効果倍増すりゃ僥倖。
散らばった石は光源として有用だろ。おう完璧。

隙が出来たら先ずは片翼を皆で集中砲火で潰した方が良いんじゃないか?
と思うので、作戦に移る前に皆に進言しとく。

戦闘開始後は、孤児院に悪魔が向かわないよう【プチラド】で【精密行動】【集中】で目を狙ってダメージとヘイトを稼ぎ、教会での評価も稼ぐ。
身を挺してどうちゃらこうちゃらの素晴らしい修道士サマ的なアレ。

組織に所属してると大変なんだよなァ…。

子守は不本意ながら年長者の仕事で得意だし、ここでも点数稼いどくか…。

リザルト Result

 静寂に包まれた闇夜。
 教会裏の墓地にて、悪寒を誘う咀嚼音が響く。
 真白に凍る息を吐きながら墓を荒し、死者を喰らう悪魔の姿を、【フィリン・スタンテッド】と【朱璃・拝】(しゅり おがみ)は比較的大きな墓石の裏から観察していた。
 死体を模した罠を仕掛けることにはしたものの、まずは敵の正体を知らねばならぬだろうと言うことで、罠を担当する二人が敵の正体を確認することになったのである。
 闇夜の中、唯一の光源たる月光を反射する固そうな鱗に覆われた体。鋭利な爪と牙。細い体躯に釣り合わぬ巨翼。
 そして闇夜を見通すため発達したのだろう、目蓋のない巨大な単眼。
 ドラゴニアの純種――いや、先輩らから聞いていたものとは似て非なる異形の存在。
 強大な覇気と魔力を放つそれは、悪魔と呼ばれても過言ではない姿をしていた。
「おそらく、ドラゴニア純種を元に作った魔物の類だね」
 翌日、二人の話から【クロス・アガツマ】は推察する。
 断定はできないけれどと付け加えるも、彼の中では、ある程度の仮説が立てられているようだった。
「魔物は、魔王が魔力を元に生物に模して作った使い魔とされているからね。強い魔力はそういうことだろう。肉食のドラゴニアは俺も聞いたことがあるけど、死体を喰らうなんて悪趣味な奴は、魔物以外に俺は知らない」
「あの大きさだと、まだ子供なんだと思いますわ。仲間や親から与えられて、味を覚えさせられたのでしょうね」
「どっちにしても許せない! 今すぐにでも、あの野郎の目ん玉くり抜いて――こほん。とにかく、早めに対処しないとね」
「そ、そうですね。魔物というのなら容赦はありません」
 時折豹変するフィリンの言動に驚きつつ、【レーネ・ブリーズ】は強く頷く。
 悪魔の正体がただお腹を空かせたドラゴニアの子供であったなら保護さえ考えていたが、相手が魔物なら悩む必要はない。やっつけるだけだ。
 と、レーネは【プラム・アーヴィング】がいないことに気付いた。
「あれ。アーヴィングさんは?」
「散歩してくるって出て行ったけれど、もうすぐ戻ってくるんじゃないかな」

(だぁるぅ……)
 近くの公園で晴天を泳ぐ雲の群れを仰ぐプラムは、ただいま現実逃避の真っ最中。
 所属する教会の出動要請を受けて来たものの、教会という場所はやはり好きになれない。
 教会の面子を汚すと面倒だから仕事はちゃんとするし、自分も教会孤児院で育ったから、同情するわけではないけれど、教会の子供達を見殺しになんてするつもりもない。
 ただ、教会という場所は孤児院時代の束縛だらけだった息苦しい生活とか、当時抱いていた色んな感情を思い出して、なんか居心地が悪くなってくるから、早々に決着を着けて帰りたい気持ちでいっぱいであった。
「……ん――おわっ!」
 いつの間にやら、教会のカルマ修道女――【ピノー】に見下ろされているのに気付いて、プラムは驚きと共に跳ね起きる。
 ボーっとしていたとはいえ、近付いて来ていたことにさえ気付けなかったことにも驚いたが、声も掛けられず見つめられていたことに驚いてしまった。
「ビックリした……驚かさないでよ、カルマシスター」
「ピノーはピノーです。まもなくちょーしょくの時間ですので、きょーかいにお戻りください。子供達が食べ盛りなので、余ってると取り合いになってしまいます」
「そう。ありがとう、すぐ戻るよ」
 わざわざ探しに来たのだろうか。
 特別何かを持っている様子はない。外出の途中で偶然、というわけでもなさそうだ。
 カルマは自分の居場所を決めるとそこに居続け、主人の命令を忠実に遂行しようとすると聞くけれど、これもその延長線上か。
「カルマシスター」
「ピノーはピノーです」
「わかったよ。ピノーはさ、息苦しいとか感じたことない? 教会って、あれこれ規則が厳しいだろ?」
 息苦しいという感覚が難しいのか、ピノーは小首を傾げる。
 カルマは命令に忠実だ。規則も命令なら、苦しいとさえ感じにくいのかもしれない。
 すべてのカルマが、命令に対して何も感じないなんてことはないだろうけれど、ここまでの短いやり取りで感じられるだけでも、ピノーと言うカルマは、命令に忠実な部分が強い気がした。
「あぁ、わかった。ごめんよ、変なことを聞いて。早く戻ろうか」
 我ながら変な質問をしたなと、さっさと教会に戻ろうとした。けれど後で思えば質問したこともそうだが、二人で一緒に戻って来たのは軽率だった。

「お兄ちゃんがね、ピノーを口説いてたの! 本当だよ!」
 どの場面を見て――いや、そもそもどこで見たのかも知らないが、子供達の間でプラムがピノーを誘ったことになっているようで、学園メンバーにも伝わっている様子だった。
「プラム様?」
「あなた、散歩とか言っておいて……」
「なんもしてないって! ちょっと話をしてただけだから!」
「はい。話をしただけです。教会にいて息苦しくはないかと、心配して頂きました」
「ちょ――!?」
 フォローを求める視線に気付いてはくれた。
 ただ今のだと、無垢な少女をたぶらかすナンパ文句のようにも聞こえて、フィリンと朱璃の眼差しはさらに冷たくなり、子供達は逆に盛り上がる。
 出された助け舟は、マザー【アグネス・ティムス】の大きく響く拍手だった。
「さぁみんな、朝食の時間です。手を洗って、食堂へ。お姉さん達を手伝ってあげてくださいね。ピノー、あなたも手伝って」
「はい。それでは、また」
 何故か言い寄ったのに断られたみたいな感じになって、レーネとクロスには慰められる感じで笑みを向けられ、フィリンと朱璃からは睨まれる。
 あとで問い詰められることを思うと、プラムは頭が痛くなった。

「ねぇねぇ、お兄ちゃんは悪魔と戦うの?!」
「あぁ。だから悪魔祓いの間、君達は教会の中にいてくれよ?」
「えぇ?! 私達、お兄ちゃん達が戦ってるところ見たいぃ!」
「そっか、困ったな。君達にお願いしたいことがあったんだけれど」
 小首を傾げる子供達に、クロスは空の食器を片付ける修道女らを指して向ける。
「お姉さん達は悪魔がとっても怖いんだ。だから君達で、お姉さん達を護ってあげて欲しいんだけど、出来るかな?」
「……わかった! 僕達がお姉ちゃん達を護る!」
「護るぅ!」
 修道女らが恐れる悪魔――五人の間で『アイバーン』と仮称を付けたドラゴニアの魔物は、子供達が護れる相手ではないだろう。
 子供達の持つ探求心と好奇心は、危ないから、の一言で収まるようなものでないことは、研究者であるクロスにはよくわかる。
 脅威を知ることも必要だが、そのために誰かが傷付き、ましてや自分に限らぬ誰かの死という代償を支払う必要は、今の彼らにはない。
 それに悪魔の正体がドラゴニアに似た魔物だと知ったら、ドラゴニアの子供達は複雑な気持ちになるだろう。
 だからまだ、この子達にとっての悪魔は悪魔のままでいい。まだ、知らなくていい。
「よし、いい子だ」
 どうかうまく行きますように。この子達を護れますようにと、祈る気持ちで子供達の肩を叩いた。
 
 戦場と化す前の墓地にて、女子三人は悪魔を仕留めるための罠をせっせと作る。
「こうやって、こうして……こんな感じで、引っ張られるとロープが絡むって仕掛けよ」
「へぇ……凄いです、スタンテッドさん。こんなにも手際よく」
「見よう見まねよ」
(ホントは盗賊団にいた頃、覚えさせられたんだけどね……)
 だけど覚えさせられた技術が、今は子供達を護るためになるからわからないものだ。
 今度は、自分が助け出す番。フィリンは強い決意と共に、ロープを結ぶ。
「出来ましたわ!」
 同時、背後では罠の要である囮の人形が、朱璃の手によって作られていた。
 ブランド肉、トルミン牛。生の状態ながら、嗅ぎつけて来たルネサンスの子供達が無言で見つめ、欲しがってきたほど人気の肉だ。
 子供達の眼差しを振り切るのは心苦しかったが、これだけの肉があれば、悪魔も他の墓を荒そうなどとは思わないはず。
 魔物が食い散らかした犠牲者の衣服の切れ端を繋ぎ合わせたもので包み、人型に作った人形トラップ。入念に顔に化粧まで施した力作である。
 これに食いつけば、フィリンの仕掛けた罠が作動して悪魔を捕まえる算段だ。
「拝さんもお疲れ様でした」
「じゃあそれ、ロープと繋いじゃうわね」
「お願いしますわ、フィリン様。私は……」
 視線の先に略奪者の影。
 肉を貰えなかったルネサンスの子供達が、肉を狙うべく隠れているのを先に見つける。
 視線が合い、雲の子を散らすように逃げ出した子供達に合わせて、朱璃は横取り防止兼、追いかけっこを始めた。
「こらぁ、待ちなさぁい!」
 わざとらしく大声を出しながら、子供達に合わせて捕まるか否かという絶妙な間隔を保ちながら追いかける。
 ちょっと自分も混ざろうかな、と思ったレーネであったが、子供と言えどルネサンス。傍から見ていると結構速くて、自分では付いていける自信がなく、躊躇していた。
 そのときふと、近くで走り回る子供達の様子を窺っているピノーを見つける。
「あの……先ほどは、その、学園の生徒がご迷惑をお掛けしたみたいで……」
 多分誤解なんだろうなぁ、とは思いつつ、一応謝っておこうと声を掛ける。
 ピノーが疑問符を浮かべる様子で小首を傾げるので、今朝のプラムとのやり取りだと補足すると、ピノーは少し間を置いてあぁ、と短い返事で返した。
「ピノーは気にしてません。だいじょーぶ、です」
「そ、そうですか。あの、ちなみに彼はなんと」
「……きょーかいにいて、息苦しくはないか、と」
「それだけ、ですか?」
「それだけです」
 他意があった様子もない。やっぱり誤解だったようだ。
 子供達が余りにも騒ぐものだから、疑心がを掻き立てられた形だが、失礼ながら、プラムは時折邪な視線を誰かしらに向けている節があるので、普段の行いのせい、とも言えなくはない。
 もっともピノーにとっては、些事にもならない様子だったが。
「子供が好きなのね」
 罠の設置が完了したフィリンの問いに、ピノーはまた返事が遅れる。
「悪魔が怖い?」
「子供達は好きです。子供達を襲うかもしれない悪魔は、怖いです」
 重ねた質問に対して、ピノーもまた重ねて返す。このとき初めて、彼女は質疑応答に間を置かなかった。
「ピノーも、マザーに拾われました。拾われるまでずっと一人で、たくさんの獣から逃げました。だから、獣が怖いと知ってます。獣は大人も殺せます。きっと悪魔は、獣よりも怖いです。だから、ピノーは怖いです……ピノーは、マザーみたいに助けられないから……ピノーは、神様に祈ることしか、できませんから……」
「ピノーさん……大丈夫です。わたくし達が、必ず悪魔を退治して見せますから」
 レーネが励ます隣で、フィリンは思い出していた。
 人狩りに攫われ、長い奴隷生活。そこから文字通り、命を賭して救い出してくれた恩人の勇姿。
 フィリンにとっての恩人がピノーにとってのマザーで、彼女が自分の苦い経験を子供達にさせたくない気持ちは理解できる。
 そうしたときの無力が、当人にとってどれだけ辛いかということも。
「ピノー。私達が護ってみせるわ。スタンテッド家の名にかけて、必ずね。だから、大丈夫よ」
「……ありがとぉ、ございます」
 俯く少女の手を取り、慰める二人。
 こういう場面を子供達が見つけて騒ぎにならないことに、窓越しに見るプラムは理不尽に思っていた。
 同時、自分が子供達に予想以上に好かれていることも、解せないでいた。
「プラムぅ、抱っこぉ」
(神様は様付けで俺は呼び捨てかい)
 朝食後のお祈りの時間、聖書を朗読していた子供達を思い出しながら、内心で悪態をつく。
 教会所属の修道士であるプラムからしてみれば、聖書を読む子供達の姿は修道女らの真似をしているだけで、聖書の内容を理解しているようには思えない。
 なのに助けもしない聖書の神とやらは様付けで、これから戦う自分が呼び捨てられるのはなんか腑に落ちないというか、妙に気分を逆撫でられる。
 せめて子供達の尻を拭くくらいしてから様付けされろ、だなんて考えながらも、慣れた手は軽々と子供を抱き上げてしまうから、より複雑な気分である。
「プラム。悪魔、倒せる?」
「なんだ、不安なのかい?」
「……ピノーがね? またケガしちゃうから。ピノー、私達に飛び掛かって来た犬さん追い払おうとして、いっぱいケガしたことあるの。私達が風邪を引いたときも、寝ないで看病して倒れちゃうし、心配なの」
「……そっか。任せな。悪魔なんて、兄ちゃん達がやっつけてやる」
「ホント、本当?」
「あぁ、約束するよ」
 マザーか、他の修道女が命令したからかも――だなんて、言うのはやめた。
 彼女が陰で悪く言われている様子はないし、無垢な子供に、そんな醜い部分をわざわざ教えることもないだろう。
 孤児院時代の規則に縛られた生活は嫌いだが、子供が嫌いなわけでもない。まぁ、子供がいつまでも無垢でいられるものでないことも知ってるので、大好きでもないが。
 それでも、子供達がずっと泣くような光景を見るよりは、ずっといい。
「随分と懐かれたね、プラム君」
(作戦の最終確認、かな)
 面倒だが、仕事はやらねばならない。それに、たった今したばかりの約束を無下にするのも、後味が悪い。
「プラム、行くの?」
「約束は守る。だからおまえらも、クロス兄ちゃんの言うことをちゃんと護るんだ。約束だぞ?」
「……うん! 約束!」
「頑張れプラムぅ!」
「頑張れ、クロス兄ちゃん!」
(クロスさんも呼び捨てじゃないのかい……)
 だがそれも信頼の証と受け取り、声援に手を振って応えたプラムはクロスと共に、作戦の最終確認に向かう。
 嫌々受けた仕事だったが、自然と気合が入ったのだろう。集結して、ちょっと提案があるんだけど、と一番に発言したことには、プラム自身驚かされた。

 温もりを抱いた風が吹き抜ける春の闇夜。凍える冷気が墓地に満ちる。
 鋭い眼光放つ単眼にて、今晩の食事を探しに来た悪魔――ドラゴニアの魔物、アイバーンが飛来。低く唸りながら蛇の如く細長い体をしならせ、鋭い爪を突き立てながら、眼光を光らせて嗅ぎつけた臭いを辿る。
 今までになく食欲を刺激される臭いに釣られ、大量の唾液を滴らせる魔物は、なんの躊躇もなく食らい付き、直後、足にロープを絡め取られた。
 異変に気付いてすぐさま飛び立とうとするが、絡まったロープに繋がれた大木に引かれ、バランスを崩す。
「今だ! 右翼!」
 バランスを崩し、傾いた右翼にプチラドとフドが炸裂。衝撃で落ちた右翼に、フィリンと朱璃の二人が奇襲を仕掛ける。
(って、かったっ……!)
 羽を破ってやるつもりだったが、予想以上に硬くて破れない。直後、敵を認識した魔物が激昂し、咆哮を轟かせた。
「レーネさん行くよ!」
「はい!」
『いっせぇのぉ、せっ!』
 奇襲した二人が下がると同時、レーネとプラムが輝石を投げる。
 散らばる輝石にプラムの放つプチコードがぶつかって、乱反射する光が単眼を眩ませる。
 視覚を奪われながらも敵意を感じ取っている魔物は、闇雲に攻撃し始めた。
「あれが悪魔、ね。やってることは路頭のカラスだとか思ってたけど、なるほど悪魔的な暴れっぷりだ。が、そのためにこちらも用意してきた作戦があるんだ。朱璃君!」
「えぇ!」
 朱璃が真っ直ぐ突っ込む。
 どれだけ爪や牙が鋭くても、闇雲に繰り出されている攻撃を掻い潜ることは朱璃にとって難しくない。暗闇に慣れさせていた目で的確に見切り、光に眩む単眼の前へと踊り出る。
 大きく振りかぶった渾身の一撃が顔面を捉え、下顎を地面に叩き付けた。
「これ以上、死者への冒涜は許しませんわ!」
 声を張り上げた朱璃目掛け、魔物は鋭利な牙の揃った顎を大きく開ける。
 だが同時、狙撃手の如く放ったクロスのプチダードが溶け込んだ闇の中で炸裂。首の付け根部分に命中し、未だ視覚が効かない魔物により近い位置に敵がいると錯覚させた。
 錯覚したのは一瞬だけだが、クロスの狙いはその一瞬。朱璃の身体能力なら、ギリギリながら確実に間に合う。
「お願いします、拝さん!」
 レーネが紡ぐ言の葉に背中を押され、鋭利に伸びた魔牙にて、硬かった右翼を切り裂いた。
「ナイスよ、朱璃! そのまま交代!」
 勢い余った朱璃は着地の際に転げて、そのまま転げた方に走る。
 直後にフィリン、プラム、クロスが同時に放ったプチラドが炸裂。朱璃が裂いた羽の傷跡をさらに広げる。
「――ロープが!」
 先ほど抛った輝石に照らされ、魔物の足に絡まっていたロープが切れていることにレーネが気付く。
 暴れている最中に切れたのだろう。そして魔物もこのとき視界を取り戻し、切れているロープを見て咆哮し、飛び上がった。
「問題ない! そのために最初、全員で片翼だけに集中攻撃をしたんだからね!」
 最後の作戦会議で提案したプラムの言う通り、飛行は叶わず跳躍した程度。だがそれでも、二段ジャンプしてギリギリ届くか否かという高さまで跳ぶから脅威的だ。
 結果的に跳躍で五人から距離を取って、改めて単眼を動かして状況を把握。大口を開けて咆哮し、天を仰ぐ。
「――全員、墓石を盾に!」
 クロスが叫んだ直後、魔物から凄まじい量の冷気が放たれる。
 墓石を盾にするというのは申し訳ない気もしたが、そんなことは言ってられなかった。
「さ、寒いででで、ですわ……」
「ちょ、直撃したら……ヤバい、わね……」
 隣り合う墓石に隠れた朱璃とフィリンは肌をさする。
 冷気を受けた墓石は凍り付き、触れると肌に吸い付いて噛み付いてくる。吐き出す息は白く凍って、震えが止まらない。
 コートを被るレーネ含め、全員対策はしていたものの、そうすぐには動けない。
 それでもまだ動けると、未だ立ち込める冷気の中、クロスは動いた。
 本来は上空から放つ冷気を地上で放ち、自らの冷気で視界を遮られて動けずにいた魔物目掛けて、魔力温存のため、拾い上げた石を投げる。
 当てたところでダメージはないが、注意を引くには充分。
 長く伸びる尾が鞭のようにしなり、風を切る速度で叩き込まれたものの、幽体化ですり抜けて躱す。さらに繰り出された爪も紙一重で躱し、墓石の陰に飛び込んだ。
 魔物は墓石を踏み砕いて追撃するが、クロスの姿が見当たらない。探そうとした直後、不意に単眼をコートに覆われ、混乱。また闇雲に暴れ始めた。
 爪と尻尾を掻い潜り、避け切れなかった一撃を幽体化にてすり抜け、懐に入り込んだクロスのプチラドがゼロ距離で炸裂した。
 が、直後に振り向きざまの尻尾の一撃が迫る。幽体化が間に合わず、まともに受けたクロスの体が払い飛ばされた。
 墓石にぶつかったクロスに大口を開け、食らい付こうと突進する魔物目掛け、撃ち出された魔法の如く、朱璃とフィリンが真横から激突。押し倒した。
 その隙にプラムがクロスの両脇を抱え、レーネのいる後方まで下がる。
「アガツマさん! 大丈夫ですか?!」
「あぁ、なんとかね」
「頑張り過ぎだって。まぁお陰で、こっちも体勢を整えられたけれどね」
「今、回復させます」
「ありがとう。けれど、最低限で構わない。君の演奏は、この後も必要になるかもしれないからね」
「は、はい!」
 麻手袋に包まれた細い指と、力強く吹き込まれる息とが、冷気の立ち込める闇夜の墓場に温もりの籠った音色を響かせる。
 心地のいい音色を断ち切る咆哮を上げ、立ち上がる魔物と対峙する朱璃とフィリンは、魔物が再び冷気を放とうとした瞬間に左右に跳び、放たれるより前に同時に首を突いた。
「アイバーン! これ以上死者を愚弄すること、仲間を傷付けること、この拳が許しませんわ!」
「私は約束したの。神様に祈るしかできないって怯えてた女の子と! フィリン・スタンテッドの名にかけて、あんたを討つと!」
 咆哮轟かせる魔物の爪が、戦斧の如く振り下ろされる。
 二人がまた左右に跳ぶとその場で回転し、突撃を警戒して尻尾で薙ぎ払う。咄嗟にしゃがんだフィリンの頭上を通過し、墓石を木っ端微塵に粉砕した。
 朱璃は前傾姿勢で跳び込む。再び振り下ろされた爪の一撃を躱し、眼前に降りて来た単眼へと拳を振り被った。
「貴方に食べられた死者、その遺族の怒りと哀しみ、思い知りなさい!」
 わずかに顔を反らされたものの、繰り出した正拳が顔面を捉え、魔物の牙を一本折る。
 牙を折られた激痛に悶え、空を仰ぐ形で硬直した魔物へと跳んだフィリンの渾身の追撃が横から殴り倒したとき、クロスの回復が丁度完了した。
「ありがとう、レーネ君」
「だけどクロスさんが出る必要ないかもよ? あの二人が凄い張り切ってるし――」
「アーヴィングさん?」
 教会の方に一瞥を配ったプラムが固まって、レーネが問いかけようとしたとき、レーネの問いかけを含めた一切の音を圧し潰す咆哮が、五人の鼓膜を激しく揺らす。
 直後繰り出された二度目の冷気が、咄嗟に魔力の壁を張ったフィリンを吹き飛ばした。
「フィリン様――!」
 朱璃目掛け、魔物が大口を開けて朱璃へと肉薄。回避する間もなく閉じられた。
「ひゃっ――!」
 食べられた――と思ったレーネが短い悲鳴を発する。
 が、朱瑠は祖流還りにて呼び起こした力で口を開き、耐えていた。冷気を発する魔物の口の中、新陳代謝を上げた体が熱を放って湯気を出しているのが見える。
 ドラゴニアの顎の力が元々凄いのだろうが、祖流還り自体長くは持たない。
 朱璃は一瞬だけ力を抜き、引いた片腕に伸ばした魔牙にて上顎を殴る。
 さすがに口内に爪を突き立てられたのは痛かったか、魔物は痛みに耐えきれず彼女を吐き出す。
 祖流還りが解けた直後で大きく体力を消耗し、立てない朱璃へと魔物が向かうより前に、プラムが走った。彼女を見つけた単眼にプチラドを命中させ、自分へと意識を向けさせる。
「クロスさん、朱璃さんを!」
「あぁ! レーネ君、彼女をフィリン君のところまで俺が運ぶ。二人を回復させてやってくれ!」
「……は、はい!」
 泣きそうだったが、レーネは堪える。
 今ここで泣きじゃくって、自分が動けないようでは助けられる人も助けられない。
 それこそたった今、朱璃が魔物に食べられたと思ったときの恐怖をまた味わうことになるし、味わわせることになってしまう。
 だから泣かない。
 自分は前線で戦うことはないけれど、大事な役目を担っている。それを果たして守れるものがあるのなら、全力を賭してまっとうする。
 朱璃を負ぶって走るクロスとレーネを追った魔物の目に、再度プチラドが炸裂する。
「あぁあ。ここまでやる気はなかったのになぁ。でもまぁ、教会のために命張る修道士ってのも、見栄えがいいか。これで教会も鼻が高いだろうし」
 人語理解能力のない魔物に、プラムの言ってる意味など理解できない。だが、ただの餌が歯向かってくるという事実が、魔物の戦意を掻き立てる。
 爪の攻撃も尾の攻撃も牙での噛み付きも、すべて紙一重。
 正直に言って、もう魔法を繰り出せるだけの魔力がほとんどない。我ながら調子に乗り過ぎたと、後悔さえしている。
 だがそれだけ撃ち込まれた魔物も疲弊し、最初より動けてない。魔法を使わずとも、教会から――窓の向こうで必死に祈る人形少女から、遠ざけることくらいできる。
 ただし本当に紙一重であったから、クロスのように幽体化できるわけでもないし、いつかは当たるだろうなと思っていた。
 振り下ろされた爪と爪の間に捕まり、押さえつけられる。魔物が開けた大口の奥に、大量の魔力と冷気が溜まっていくのが見えた。
「自分の手ごととか、無茶苦茶だな。確かに悪魔っぽいわ……けど、いいのか? そのまま吐いて」
 忠告など、理解できないのだから意味はない。だからこそ、魔物は怯んだ。
 朱璃によってつけられた口内の傷が冷気に刺激され、激痛が走ったからである。
「悪いけど、離れて貰おっか」
 唯一出ていた手が投げつけたのは、逃げ回っている最中拾い上げた輝石。単眼にぶつかって、視界を一瞬だけだが眩ませる。
 口内に単眼、折れた牙。顔面に痛みが集中し、取り乱した悪魔は逃げようと飛び上がる。が、飛べない。顔面に集中した攻撃のせいで、始めに片翼の機能を奪われていたことを忘却していた。
 しかしそれでも、教会の屋根に上れるだけの高さは跳べるはずだった。が、ギリギリ届かない。力が、湧いてこない。その姿を見て、クロスはほくそ笑んだ。
「やっと、俺の生気喪失が効いたか」
「朱璃!」
「いつでも行けますわ!」
 朱璃は構えた。助走をつけ、フィリンが強く組まれた彼女の手に飛び乗る。
 回復したばかりの力も合わせ、残りの力すべてを注ぎ、朱璃はフィリンを打ち上げた。
 プラムの陽動が稼いだ時間で、レーネが回復させた朱璃が、フィリンを打ち上げる。
 フィリンもレーネの回復と、逃走を警戒して持っていたグロリアスブースターで強化した跳躍力にて、皆の攻撃と、クロスの生気喪失で消耗した魔物の頭上を取った。
「スタンテッドさん、どうか! 無垢な彼女の願いのために!」
 高い位置からの落下速度。言の葉の加護。残っている力のすべて。冷気は出せず、爪も届かない。浮力を失い、落ちるだけの首を伸ばし、食らい付こうと牙を剥いた魔物の単眼へと、渾身の一撃に籠めて振り下ろす。
「落ちろ! あいばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!!」
 堕天。
 悪魔と呼ばれた単眼のドラゴニア――アイバーンは空より叩き落される。
 体を打ち付け、両翼を墓石に貫かれる。最後の一撃で頭蓋を砕かれた悪魔は、吐息程度に冷気を漏らし、完全に沈黙した。
 遅れてフィリンが落ちた腹部は比較的柔らかく、クッションになって受け止められる。
「やりました! スタンテッドさん!」
 フィリンはその場で親指を立てる。
 レーネと朱璃は親指を立てて応え、プラムはクロスの手を借りて立ち上がる。
 墓を荒し、死者を喰らう、悪魔アイバーンの討伐はこれにて完了。だが五人は、もうひと踏ん張りしなければならなかった――。

「本当に、悪魔を退治したの、ですか?」」
 滅茶苦茶になった墓地を見渡しながら不安そうに訊くマザーに、クロスは微笑む。
「えぇ、もう大丈夫です。ただご覧の惨状ですから、片付けも手伝います。学園の方にも要請し、力自慢の方々が来てくれる手筈になっておりますので」
 マザー含め、修道女らもまだ少し不安そうだ。
 真夜中の激闘は度々起こる震動と、悪魔の咆哮とでしか認識出来ておらず、見えるのは崩壊した墓地だけで、倒された悪魔の姿はない。
 そこに、今まで見せなかった修道士の顔を作って、プラムが歩み寄る。
「悪魔は滅しました。かの魂は神罰を受け、蘇ることはないでしょう」
 本当は魔物の死骸を見せたくないから、神罰なんて程遠い汗臭い力仕事で、五人でせっせと解体したのだが、修道女に修道士がする説明としては実にそれっぽい形。子供達への説明にも使えるだろう。
 ただでさえ息苦しい孤児院生活。さらに心苦しい思いまでする必要はない。
 それは、カルマの修道女も同じ。
「ピノー」
 フィリンとレーネが歩み寄ると、ピノーは二人の手を取って、そっと握り締めた。
「ありがとぉ……ありがとぉ……」
 子供達を護って欲しいと願っていた少女は、その実、自分自身が恐怖していた。
 だが責めるようなことではない。彼女とて怖かったのだ。自分自身が襲われること、子供達が襲われること。そうならないようにと、祈ることしかできなかった間もずっと。
 だから恐怖から解放された今、決壊した涙腺から涙が溢れて止まらないのは、当たり前のことだ。
「あれ、そういえば朱璃君は?」
「ホラ、一度悪魔の口の中に入っちゃったから」
「あぁ、シャワーか。俺も浴びたいな」
「それは、いいですねぇ」
 プラムの邪な目が光る。だがその背を、ピノーの細い指がつついた。
「プラム、さん……ピノー、プラムさんの言う通り、でした。息苦しかった、です。だから、ありがとぉ、ございました」
(そういう意味じゃなかったんだけどな)
 だが、それも些事。
「あぁ、楽になれたならよかったよ」
 ずっと無表情だったピノーの微笑。
 教会の面子のためではなく、子供達と彼女の笑顔のためだったなら、頑張った甲斐もあると思えるものだ。

 翌日、学園から来た力自慢の生徒らと共に墓地を修繕。
 三日ほど要したが無事に修復を終えて、死者の冥福を皆で祈り、別れの時が来た。
「ぷらむぅ」
「泣くなって。また会えるだろうからさ」
(役職柄、ね)
「しゅりねーちゃん、れーねぇちゃんげんきでね」
「また追いかけっこしましょうね」
「みんな、元気でね」
 子供達にもすっかり懐かれ、別れにも寂しさが生じる。
 フィリンとクロスもマザーや修道女らの感謝を握手で受けていたが、ピノーとの握手の際には、寂しさを感じざるを得なかった。
「ほんとーに、ありがとぉ、ございました」
「また何かあったら、いつでも連絡頂戴。スタンテッド家の名にかけて、必ず駆けつけるわ」
 握手するフィリンの手をさらに包む。
 魔力で構成された手でありながら、魔物と違って温かい。
「どう、か……皆様に、これから、も、神様の、ご加護が、あらんことを」
「ありがとう。ピノー君も、元気で」
 今回は最小限の被害で止められたが、子供達が脅かされたのも事実。
 いつしかそんな脅威のない平和な世界の訪れを、無垢な少女の祈りが神に届くときを、願わざるを得ない。
 もしくはその願いを叶えるために、これからもより勉強と鍛錬を積まなければ。
 神様だなんて大層なものの代わりにはなれないけれど、それでも世界を平和へと近付けるよう努力することは、誰にでも出来るのだから。



課題評価
課題経験:78
課題報酬:3200
神に仕える人形少女
執筆:七四六明 GM


《神に仕える人形少女》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 1) 2020-03-17 00:17:53
武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 2) 2020-03-17 14:32:06
芸能・芸術コースのエルフ、レーネです。よろしくおねがいします。

まもののはねをどうするか、からでしょうか。
打撃か雷の攻撃をどうぶつけるかになるとおもいます。
部位破壊の技能とかもつかえるでしょぅか。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 3) 2020-03-17 21:35:47
そうですわね、動きが素早いようですし、闇雲に狙っても翼には当たらないかもしれませんわね。死体以外でも食べるのなら何かお肉をおいておいて、食べようとした所を隠れていた場所から狙うとか・・・確実性には欠けますけれど。羽さえどうにかできれば、あとは殴るのは得意分野ですのでどんどん殴りつけられますけれど。

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 4) 2020-03-17 21:37:09
勇者・英雄コースのフィリンよ。よろしく。

飛べて、硬くて、死角がないわね…まともに攻めるなら射撃か魔法だけど、
うまく低空に誘き寄せられたら二段ジャンプとかで飛びつけないかしら?

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 5) 2020-03-18 00:10:05
賢者・導師コースのクロス・アガツマだ、よろしく頼む。

夜の墓地での戦いだ、少々罰当たりかもしれないが闇に紛れて墓標に身を隠せば不意討ちも可能だろう。
説明にあるように、突然明かりで照らすことで目眩ましすれば撃ち落とすチャンスも生まれるはずだ。
それに必ずしも遠距離攻撃をする必要はない、爪と牙で襲ってくるタイミングなら近接攻撃の機会もあるだろう。

今のところ、俺はディスエレメンティを習得して有利な属性に変化させたプチダートで狙うといった感じだ。
凍結の対策が必要ならプチヒドを覚えることもできるけれど、費用的にどちらか一方になるかな。

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 6) 2020-03-18 06:24:38
おりてきたところをふいうちやめくらまし、二段ジャンプすればとどきそうですね。
つめたさ対策には購買部のカイロ(1700G)や防寒着とかがいいかもしれません。
お肉とかもよさそうですけどポケットの数がむずかしいです。

ディスエレメンティは自身の属性を変化させるものみたいです。

闇属性の方が闇属性魔法をつかう→闇属性攻撃(命中+1)
雷属性の方が闇属性魔法をつかう→闇属性攻撃

雷属性攻撃でしたらプチラドとかがよさそうです。

闇属性の方が雷属性魔法をつかう→雷属性攻撃(ダメージ1.5倍)

こんなかんじになるとおもいます。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 7) 2020-03-19 21:01:33
とりあえずお肉は私が一つ持って行っておきますわ。つられるかは解りませんが。或いは誰かが死体の振りをするとか・・・?降りてこなさそうならドドで狙ってみる感じになりますかしら。土属性なのでそれ程有効ではなさそうですけれど

殴る際は真中正拳突きを喰らわせますわね。

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 8) 2020-03-20 14:44:17
死んだフリは効いても効かなくても、ちょっとリスキーじゃないかな…本物は論外として、私も肉が一番いいかと思うわ。
薪とかを芯にして人形っぽく表面に張り付ければ(ケバブとかみたいに)割と遺体っぽくなるんじゃないかしら。

攻撃は…どうしよう?
剣は効きにくいみたいだし、プチラド主体で杖装備にする?

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 9) 2020-03-20 19:11:55
>死体の振り
人形でも大丈夫かと思いますわ。お肉の他にそれでは化粧セットを持って行って、それっぽく化粧をしておきましょうか。その傍にお肉も置いておく、と。

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 10) 2020-03-21 23:46:54
わたくしも攻撃はフドになりますが、風属性ですね。
あかりとしてキラキラ石を用意しましたから、
みなさんの攻撃にあわせて光をつきつけて
まものを混乱させようかなっておもってます。

そのあとはみなさんのおけがをなおしていく予定です。

《模範生》 プラム・アーヴィング (No 11) 2020-03-22 23:09:06
初めましておひさしー
教会案件で無理やり駆り出されたのでやって来たプラムですよろしこ

精密行動とプチラドで攻撃要員として行動したほうが良さげ、だけど…

囮や目くらましのに加えてロープとかその辺りで何ターンかくらいは飛行できなくさせれねぇかな。
あと、流石に目は柔らかいし攻撃通りそう。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 12) 2020-03-23 21:01:47
すまない、今ようやく帰ってきたところだ……
ではプチラドの方にしておこう、戦術もそれに合わせたものをプランに記載しておく。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 13) 2020-03-23 21:24:10
プランは提出しましたわ。灯りは用意して下さるるのですね。よろしくお願いいたしますわ。

一応囮人形とお肉を設置しますので、罠にかかるまでは灯りを出せないかと思いますので暗視順応を持って行っておきますわ。あとメインの攻撃は先述の通り真中正拳突きでの打撃、サブでドドと魔牙を使いますわ

《模範生》 プラム・アーヴィング (No 14) 2020-03-23 22:12:32
オーケー

レーネ サンと協力してキラキラ石とプチコードで目くらまし狙ってみる。
で、普通に片翼を潰せば飛べなくなると思うのでそんな感じでみんなと攻撃したさあるみたいなプラン書いとく。

あとはプチラドで適当に攻撃するんでよろシコ