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【想刻】悲哀の鏡銀


ストーリー Story

●君の手助けがしたいんだ
 この春突如学園に現れた、記憶喪失のドラゴニア【カズラ・ナカノト】。
 他生徒たちと様々な交流をしたことによって、彼も、すっかり学園生活に馴染んできた。最初に比べて『うれしい』、『楽しい』という感情を多く示すようになった。呼びかけに対する短い応答、仕草、表情などを通じて。
 ……とはいえ、そうではあっても、大体の時間ぼーっとしている。話しかければ応えてくれるが、そうじゃないときはずっと、ぼーっとしている。時折蝶にたかられながら。
 それについて皆は、記憶喪失のせいで、周囲との関わりがうまく出来ないからではないかと考えていた。彼が記憶を取り戻せる可能性があるなら、その手伝いをしたいとも。
 カズラは話下手かもしれないが、とてもいい奴なのだ。だからどうしても、力になってやりたいのだ。

 食堂。しゃけおにぎりを黙々食べるカズラに、集まった生徒の1人がこう切り出した。
「あのさ、カズラ、自分がどこからどうやってここまで来たか、知りたいと思わないか?」
 カズラはおにぎりをゆっくり咀嚼した。じいっと考えて考えて考えて、それから困ったように首を傾ける。
「……どうやって……」
「そう、どうやって来たのか、どうして来たのか」
「どうして……」
「なあカズラ。カズラの家族が、今この瞬間にもカズラのこと探してるかも知んないんだぜ?」
「……かぞ、く?」
「そう、家族。きっとさ、心配してるよ。カズラがどこに行ったかわかんなくて……もしかして死んじゃったりしてたらどうしようって」
 カズラは数秒間を置いて、再度呟いた。独り言のように。
「……かぞくって……どんなだろう」
 皆はその声の響きの中に、好奇心というか、興味というか、そういうものが芽生えたのを感じとった。
 なので更に熱をいれ、こう畳み掛ける。
「なあ、カズラ。探してみようよ、自分自身のこと」
「僕たち、手伝うからさ」
 カズラは忙しげにこくこく頷いた。 
 彼は、周囲の盛り上がりに流されやすい性分なのだ。まして今は、自分自身でも大分その気になっている。
「ようっし、じゃあ、まずは家族探し一緒に頑張ろうな!」
「あのさ、思うんだ、カズラって、なんかこう、特別なんじゃないかって。もしかして、ドラゴニアの王子さまかもしんねーって」
「おーじ……? なんで……?」
「だってさ、他のドラゴニアにもないようなもの、すげーもの持ってるじゃん!」
 カズラはゆるゆる自分の体を見回した。半袖にしたコート、その辺の村などで一般に見かけるような色と形のシャツ、黒いスキニーパンツ、2本のベルト、ぶかぶかボロボロな茶色のブーツ、使い古した感のあるマフラー。
 王子的要素はどこにもない。
「……なにも、もってないけど……」
「何言ってんだよ、持ってるじゃん。左の目、銀色でピカピカして、すごいじゃん!」
 それを聞くなりカズラは、深緑の前髪に見え隠れしている左目を、両手で覆った。他人に見られたくない恥部を隠そうとするかのように。
「……この目、すきじゃ、ない……」
「え? な、なんで? そんなにきれいなのに」
「……光りすぎるから……」

●ひとかけらの光明?
 皆は、カズラが学園に来た経緯と身体的特徴を書いた張り紙を作成した。そしてそれを、学園のいたるところに貼り付けた。『もし彼についてお心当たりのある方は、どうぞご連絡ください』との一文を添えて。
 学園には数限りない人間がいる。そのうちの誰か一人くらい、彼と彼の家族の手がかりになるようなことを知っているのではないかと期待したのだ。
 だがアテは完全に外れた。どんなに待ってみても連絡は来ない。
 困った一同は、学園長にこの結果を報告すると共に、今後についての相談をしてみることにした。
 性格に難点があったとしても彼女は、学園随一の知恵者なのだ。頼りにならないということは無いだろう。

「んー、一件も連絡なしかー。カズラたんかなり目立つ外見してるから、誰でも一度会ったら忘れないと思うんだけど、こんだけ誰もが心当たり皆無ってことは……よっっっぽど草深い田舎から出てきたとしか思えんなー」
 【メメ・メメル】は腕組みをした状態で、鎮座する宙にふわふわ浮いた椅子と共にくるくる回転する。そして、後ろにいたどすこいドラゴニア教師(御年70)【ドリャエモン】に話しかける。
「なー、ドリャたん、この子に思い当たるふしないかー? 同種族だろー」
 ドリャエモンは髭に劣らずふさふさした眉毛を八の字にし、考え込んだ。表情には幾らか当惑が浮かんでいる。
「思い当たるふし、のう……カズラ、もそっとこっちに来てくれんか」
 言われたとおりカズラは、ドリャエモンに歩み寄った。
 ドリャエモンは彼の銀色に光る左目をつくづくと眺め、言う。
「この子個人について思い当たるふしは残念ながら無いのだが……この子の目と同じ目を見たことはある。若い頃、一度だけな。かれこれ50年前のことになるか……」
「おお、賞味期限が切れてそうだけどグッドニュースじゃん☆ で、どこで見たんだドリャたん」
「オミノ・ヴルカ付近だ。そこでわしは、純種ドラゴニアの方々が飛んでいくのを目にしたことがある。その方々の瞳は確か、このような色であった……ような気がする」
 ドラゴニアの純種とくれば、とてつもなくレアと言われる存在。カズラがそれに関係しているかも知れないとなれば、生徒たちもテンションが上がってくる。
「やっぱり! カズラは断然特別なんだよ!」
「そのドラゴニアたち絶対カズラの関係者だよ!」
 しかしカズラ本人は、いっこうにそうなる様子がない。ぼんやり戸惑っているだけだ。
 まあ、ともあれこれで、手がかりになりそうな情報が得られた。
 皆は早速これからの計画を立てる。
 まず『オミノ・ヴルカ』に最も近い町『トルミン』に宿を取り、そこで更にドラゴニア純種の情報を収集。それから本格的な火山探索に向かうのだ――。

●価値のあるもの
 子豚ルネサンス少年【アマル・カネグラ】はカズラについての張り紙を、カネグラ家専属の美術商(兼詐欺師)であるローレライの【ルサールカ】に見せた。
「こういうことがあるんだけど、ルサールカは何か知らない?」
「……何故私に聞くのですか、アマル坊ちゃん」
「だってルサールカ、ドラゴニアのお舅さんがいるじゃない。そこ関連で情報ないかなあと思って」
 ルサールカの端正な顔が多少引きつった。
 彼はこれまで、美術品への情熱を原動力とした精力的な詐欺活動を行ってきた。
 その一環として、代々伝わる骨董品を持ち出させるため、旧家、貴族の娘たちを数多くたぶらかしてきた。
 結果そのうちの1人(種族・エリアル)に子供が出来てしまった。
 かくして現在、給金のほぼ全額を養育費として彼女に送金させられているのだ。舅(種族・ドラゴニア)の地獄のように燃え盛る強制力によって。
「止めてください。生めとも言っていないのに子を生んだ女に送金するとき以外、あの火吹獣のことは頭から追い出すように努めてるんですから」
 忌々しそうに吐き捨てた後ルサールカは、常のキザな表情に戻る。
「まあ、それはそれとして、私このカズラ様については、何事も全く存じあげません」
「あ、そう」
 それから狡そうにほくそ笑む。
「しかし、興味深い話ですね。もしこのカズラ様の左目が、本当にここに書かれている通りのものだとすれば、それはもう、とんでもなく――」


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 8日 出発日 2020-08-02

難易度 普通 報酬 通常 完成予定 2020-08-12

登場人物 3/8 Characters
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。
《ゆうがく2年生》ヒューズ・トゥエルプ
 ヒューマン Lv21 / 黒幕・暗躍 Rank 1
(未設定)

解説 Explan

皆様いかがお過ごしでしょうか、Kです。
このたび【想刻】シリーズ第二弾を受け持つことになりました。
今回皆様におかれましてはカズラの出生の秘密を探るため、オミノ・ヴルカへの小旅行に出かけていただきたく存じます。
流れとしては

トルミンへ、情報収集をかねて温泉慕情ぶらり旅。
オミノ・ヴルカ付近に住まうドラゴニアたちについての情報を街で聞き込み。

情報を手に、活火山オミノ・ヴルカへ向かおう。
道などあまり整備されていないはずなので、山登りの装備をお忘れなく。野宿のための準備もしていた方がいいかも。
純種ドラゴニアを求めて、頑張れフトゥ-ルム登山部。


という感じになります。
トルミンで情報を集め、火山にいるドラゴニアを発見する事ができれば、話しかけることが出来ます。
カズラの記憶を取り戻すヒントを得られないか、質問をしてみましょう。
純種ドラゴニアは話しかければ応えてくれます。
しかし古より続く高貴なる血筋の方々なので、無礼は禁物。多分冗談もあまり通じないので、おふざけはなるたけ抑制したほうが賢明でしょう。

エピソードには出てますが、ドリャエモン、アマル、ルサールカは今回の旅に同行しません。もちろん学園長もついてきません。
皆さんと一緒にトルミン~オミノ・ヴルカまで行くのは、カズラだけです。


作者コメント Comment
じょ~しゃGMからバトンを貰いまして、戦々恐々第二走者のKであります。
オミノ・ヴルカパートはかなりシリアスになりそうですが、トルミンパートまでならそれほどでもありません。カズラと温泉町めぐりをし、楽しんでください。




個人成績表 Report
クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:126 = 105全体 + 21個別
獲得報酬:4800 = 4000全体 + 800個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
トルミンでの情報収集はこの街に長く住む方々の元を訪ねる
効能を求めて温泉に通う老人達もいるだろう。そういった施設を回ってみるよ
それ以外にも、ローレライやリバイバルを見つけたら声をかけよう
知っている人がいたら注意点等があるのかも確認する

野宿が必要になったらテントを広げて設営
俺はリバイバルだから、テントはカズラ君に使わせてあげよう

純種ドラゴニアに出会えたら、カズラ君の素性は隠したまま話をする
カズラ君は以前、銀の瞳のドラゴニアに救われた。恩返しをしたくて探している……と、そんな設定でね
害意がないと確証が持てたら、記憶喪失であると正直に話し協力を仰いでみよう
それと、カズラ君のマフラー……これも訊ねてみる

朱璃・拝 個人成績:

獲得経験:126 = 105全体 + 21個別
獲得報酬:4800 = 4000全体 + 800個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
先ずはトルミンで情報収集を。私は子供親和を用いて子供達に話を聞いてみますわ。意外と大人より物を知ってる事もありますので。その際純種ドラゴニアの方々について行動上のタブーがないかも聞いておきますね

山登りの際は嗅覚強化や危険察知で危険な物を避けて進むようにしますわ。私は山育ちで慣れてますがカズラ様が心配ですし。野宿の際は調理器具セットと持ち込んだお肉、野草が摂れればそれも使ってシチューでも作りましょうか

無事純種の方に会えたらきちんと礼を尽くしたご挨拶の後お話を伺いますわ。一応カズラ様の事は大丈夫と確信できるまで素性は伏せた上でお話を。彼らのタブーとなる行動もなるべく避け機嫌を損ねないよう注意します

ヒューズ・トゥエルプ 個人成績:

獲得経験:126 = 105全体 + 21個別
獲得報酬:4800 = 4000全体 + 800個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
カズラ君、ね。何だか他人とは思えねぇよな。…前髪の感じとか。

『登山』
【危険察知】で哨戒
崖などを登るなら【忍縄】を使用
状況次第では、跳躍、二段ジャンプやグロリアスブースター等も使う

『聞き込み』
自警団と接触し、目撃情報を聞く。
めぼしい情報が無ければ、トルミンを取り仕切っている馬場一族か
情報を知っていそうな人物の心当たりを聞く。

『野営』
道中もしくは朱璃さんの調理してる間に、夜営用に枯れ枝や落ちた葉っぱを集めておく。

『ドラゴニア謁見時』
銀目のドラゴニアについての心当たりを聞いたり、堀ったり。

リザルト Result

●続く言葉は
「しかし、興味深い話ですね。もしこのカズラ様の左目が、本当にここに書かれている通りのものだとすれば、それはもう、とんでもなく――」
「とんでもなく、何?」
 【ルサ-ルカ】は、ピンク色した豚耳をパタパタさせる【アマル・カネグラ】に言った。やや悪趣味なほど浮かれ調子に。
「とんでもなく美術的価値がございます――この方自身に、という意味ではございません。その銀に輝くという左目に、という意味でございます。いやはや全く、オークションにかけたなら一体いかほどになることか」


●トルミン夏模様
 大温泉郷ギンザーンの東側にある、トルミン商店街。
 空はこの季節に相応しく、一点の曇りもない夏空。
 甍の波の向こうには、木造五階建ての堂々たる木造建築物『馬閣楼』が、きつい日差しを浴びそびえ立っている。
 街角に設置してある巨大温度計を見やれば、目盛りが40度に到達していた。
 ほとんど無風状態。地面から陽炎が立ち上っている。
 しかし酷暑などなんのその、町はおおいに賑わっている。
 通りには人目を引くのぼり旗が、所狭しと乱立状態。視覚による営業をガンガンかけている。
『当店のカキ氷は、マルカス・デガラス源泉水を一流の魔法使いが急速冷凍して作った氷を使っています』
『暑気、乱れがちなお肌と体に効く、冷凍フルーツジュースをご提供』
『肉でスタミナ作りキャンペーン。高級トルミン牛AAAサーロインステーキを、今だけ100g2000Gでご提供!!』
『暑い夏こそギョーザが一番! ご飯お代わり、何杯でも無料。今月のお進めは辛子味噌ダレギョーザ』
『温泉水で育てた極太養殖ウナギ。脂ののりが違います』
『アイスクリームならここ一番。脅威の300フレーバー。あなたの好きな味がきっと見つかる』

 【クロス・アガツマ】【朱璃・拝】【ヒューズ・トゥエルプ】は、少々困っていた。
 トルミンに到着し、さあこれから聞き込みを始めようというのだが、肝心の【カズラ・ナカノト】が、いっこうに落ち着かないのである。
 あちらの店、こちらの店を物珍しげに眺め回り、最終的にフライドチキン専門店の客寄せ人形に釘付け。ぺたぺた触り始める。
 その行いを見た朱璃は思った。
(カズラ様、なんだか子供みたいですわね)
 とはいえ、彼は子供ではない。少なくとも外見上はいい年をした大人だ。だから、そんなことをしていると目立つ。店から店員が、不審そうな顔をして出てきた。
「もしもし? 何か御用ですか?」
 クロスは急いで間に入り、弁明を行う。
「あ、すいません、なんでもないんです。彼は今日田舎から出てきたばかりで、町のものが色々珍しいようで……ほら、カズラ君、もう行きましょう。お店の人が困ってますよ」
 ヒューズもまた、カズラをせかす。
「よー、カズラ君、早く行こうぜー」
 カズラはいくらか名残惜しそうにしながらも、素直に二人の言うことを聞き、場を後にした。
 やや離れたところまで移動した一行は、改めてカズラをどうしようかと考えた。そして『とりあえず彼を一人には出来そうにない』という結論に達した。
 クロスが彼の引率役として、名乗りを上げる。理由は以下だ。
「俺はこの中で一番年齢が上に見えるから、カズラ君を引率していても、そう不自然に思われないはずだ」
「分かりましたわ。それではクロス様、カズラ様のこと、お願い致します」
「集合場所は馬閣楼でいいんだよな?」
「ああ。成果があってもなくても、所定の時間に全員、ラウンジに集まるということで」

●朱璃が聞いた話
(自分の事が何も解らないというのはやはり不安な物だと思いますわ。少しでも何か掴めるよう私もしっかり協力しなくては)
 決意を固めて朱璃は、早速聞き込みを始めた。
 彼女が主の聞き込みの対象に選んだのは子供だ。子供は、意外と大人より物を知っていることがある。加えて大人より、知っていることをすらすら話してくれる確率が高い。まだ世間体やら何やらに縛られることが少ないから。
(さて、肝心の子供たちはどのあたりにいますでしょうねえ。こう暑いのですから、やはり影が多く出来そうなところに集まっているのではないかしら)
 と目測をつけ、緑おいしげる公園に行ってみる。
 読みは当たった。そこでは一群の少年たちが、暑さにもめげることなく遊んでいた。噴水を水源にして水鉄砲合戦。あるいは、水風船合戦。びしょびしょになって大声で笑いあい、何と楽しそうなこと。
 朱璃は早速近づき、話しかける。
「こんにちは――あなたたちは、この近くに住んでいるんですか?」
 彼らは初見で、褐色の肌と銀の髪のお姉さんに好感を持った。口々に話しかけてくる。
「そーだよ」
「俺たちここに住んでるんだ」
「何か用?」
 直後朱璃は野生の勘によって何かを感じた。さっと体を右にそらした。
 彼女のすぐ脇を勢いつけた水風船が通り過ぎ、目の前にいた少年の顔に当たる。
「ぶへっ! なんだよ俺に当てんなよ!」
 振り向けば木の陰にいた麦藁帽子の少年が、ぎくりとした顔で固まっている。
「やべ」
 朱璃は狼の耳を寝かせ、口元に牙を覗かせた。
「あーら、今のはどういうことですかしらー?」
 逃げようとした相手を難無く捕まえ脇にかかえこみ、先程話しかけた少年たちのところに戻ってくる。
「あなたたち、今私をハメようとなさりましたでしょう? 見ず知らずの人に水風船をぶつけようとするなんて、あんまりよい行いではありませんわね?」
 少年たちは頭をかいて、照れ笑いを浮かべた。
「すいませーん」
「ごめんなさーい」
「分かればよろしい」
 彼らは朱璃が卓越した運動神経をもっていると知り、尊敬の念と親近感を増したらしい。先にもまして話しかけて来る。
「おねーさん、どっから来たの?」
「フトゥールム・スクエアからですわ」
「えっ、じゃあ勇者? すげー」
「何か、近くのどっかで魔物とか出たの?」
「いいえ。そういう用事で来たのではありませんのよ――よかったらお山に住むドラゴニアの方について教えてくれませんか?」
 と言って朱璃は、かなたに見えるオミノ・ヴルカを指さす。
「純種ドラゴニアの方が、おられると聞きましたが」
 少年たちは顔を見合わせた。
「え? 純種はあそこに住んでないよ。この季節にだけたまーに渡ってくるんだ。人種のほうは一年通してずっといるけど」
「え? 人種の方が、お山に住まわれているのですか?」
「うん。なんかそんな話聞いたことがある」
「その方たち、町に降りて来られることがありますか?」
「ううん。ほとんど山の中から出てこない。賑やかなところが好きじゃないんじゃないかな」
「そうなのですか……純種ドラゴニアの方々は、何をされたら怒るか知っていますか?」
「んー、わかんね」
「俺たち会ったことないし」
「ああ、でも、うちのばーちゃんは『もし龍に会ったら丁寧に挨拶して、すぐ、静かに離れなさい。あの方々は人に近づかれるのが好きではないのだから』って言ってたかな」

●クロスが聞いた話
 クロスはカズラを連れて、年期が入った小ぶりな温泉施設を巡っていた。ターゲットは、この街に長く住んでいる人々。亀の甲より年の功、老人ならこの手の情報を多く持っているのではないかと期待したのだ。
 しかしその期待は肩透かしに終わった。
「オミノ・ヴルカの純種ドラゴニア、のう。話には聞くが、ワシらは見たことがないのう」
「数年か、数十年かおきに、オミノ・ヴルカに渡ってきているそうだが」
「純種ドラゴニアなんて、来たとしてもふもとに下りてくることは一切ないで……わしらもわざわざあそこまで行くことはないし」
「なんも用事がないし、危険だでなあ」
 だがそれしきのことでクロスは落胆したりしない。聞き込みターゲットを、より寿命が長そうなリバイバルとローレライに切り替える。その種族を目にするたび、片端から捕まえ話を聞く。
 大抵はハズレだったが、辛抱強く作業を繰り返しているうちに、ようやく当たりを捕まえた。
 それは女のローレライだった。見た目こそ若げな女を象っているが、話振り、物腰から、相当年期をへていそうだということが分かる。本人いわく、町の住人ではなく、たまたま観光でこの地を訪れていたとのこと。
「ドラゴニアの純種はさ、どの土地の奴も基本同族以外と没交渉なのよ――ああ、同族っていうのは、あくまでも純種のことだからね?」
 そこまで言って女は、少し笑った。カズラの方を見て。
「他種族なんか言わずもがなだけど、人種も同族のうちに入れてないからね? 純種全体がそういうスタンス……というか、ドラゴニアってそういうものなのよ、基本」
 刺のある言い方から察するにどうやらこのローレライ、ドラゴニア全般を嫌っているらしい。
 そんなことを思いながらクロスは、眼鏡の鼻当てを押し上げる。
「とすると……俺達が訪ねても門前払いを食うということで?」
「いや、そうでもないんじゃない? 普通ならそうだけどさ。もし全く人に関わりたくないんだったら、人が住まう地域の火山に渡って来るなんて奇怪なことしないもの。会話くらいは出来るよ。多分。保証はしないけど。まあとりあえず話す際は、最初から最後まで敬語を使っときなさい。ドラゴニア様の機嫌を損ねないために」

●ヒューズが聞いた話
(カズラ君、ね。何だか他人とは思えねぇよな。……前髪の感じとか)
 目の上に垂れ下がる金色の前髪をいじりながら、ヒューズは、そんなことを思った。
 自分自身複雑な過去を持つ彼は、似たような境遇を持つカズラに、強く感情移入しているのだ。
「なんとかしてやんなくちゃなんねーよなあ」
 で、考える。このくそ暑い中、なるべく自己の負担を減らして聞き込みをするには、どうしたらいいものかと。
 そして、彼なりの最適解にたどり着く。
「助けてーギルッチ団ー」
 なんの感情もこもらない棒読み台詞だったが、常に何かを捜し求めているギルッチ団は確実に反応してくれた。
 血気盛んな人々が徒党を組み、ヒューズのもとへ駆け寄ってくる。
「俺たちギルッチ団!」
「早速ですがどうしましたか!」
「スリですか、置き引きですか、ケンカですか!」
 心底便利なシステムだと思いながらヒューズは、簡単に用件を伝える。
「あのさー、この中で誰か、オミノ・ヴルカに住む純種ドラゴニアを見たことある人いねぇ? 僕これからそいつらに会いに行こうと思ってるから、なるたけ事前情報欲しくてさ」
 要請を受けてギルッチ団は、話し合いを開始した。
「おい、誰か純種ドラゴニア見たことあるか?」
「いや、私はない」
「俺もないなあ……」
 結果、誰もめぼしい情報を持っていないことが判明した。
 しかしここで終わらせないのがギルッチ団。助力を求めてきた人間に対しては、誠心誠意アフターフォローを尽くす。
「ちょっと待っていてください、団長に聞いてきます」
「あ、うん。サンキュ」
 そのまま待つこと十数分。彼らは再び帰ってきて、こう言った。
「団長もよくは知らないそうです。ですが、【馬場・カチョリーヌ】様ならあるいは知ってるかもしれないということでした」
「あ、そうなんだ。じゃあ、えーと、そのカチョリーヌさんは今どこにいるんだ?」
「うーん……神出鬼没な方ですから。でも、大体『馬閣楼』あたりにおられるかと」
 かくしてヒューズは仲間の誰よりも早く馬閣楼へ向かう。
 しかし、カチョリーヌは留守だった。受付に聞けば、町の見回りをしているとか。
「多分、後二時間くらいで戻ってこられるのではと」
 なら待つか。
 さっさと決めてヒューズは、ラウンジで存分に涼む。
 しばらくしてそこに、クロスとカズラ、朱璃がやってきた。

●温泉宿での一幕
 おのおのが聞いてきた話をクロスは、簡単にまとめた。
「ふむ……とりあえず純種と話すときは『敬語が必須』『不用意に近づかない』を守ればいいわけですね。そしてもし人種の方に会ったら、『純種についての質問はしない』ということで」
 ヒューズが歯を見せ、軽口を叩く。
「簡単そうでよかったぜ。合言葉が必要とかなんとか言われたら、どうしようかと思ってた」
 朱璃が肩越しに振り向いた。
 その視線の先には、屋内庭園の池に泳ぐ錦鯉を、しげしげ眺めているカズラがいる。
 これまで得た情報では、彼の存在が純種にとってどういうものであるのか、まるで見当がつかない。そうでないことを極力望むが、もしか万一、当人が場にいることで話が進まなくなる可能性もなくはないのでは……。
「……カズラ様のことは、始めは先方にお話ししない方がよろしいでしょうか……クロス様、どう思われますか?」
「……そうだな。多分、その方がいいだろう。まず相手に探りを入れて、大丈夫と分かったところでカズラ君のことを明かした方が、スムーズにいくかもしれない」
「あ、俺もそれ同意見。純種の性格ってのがまだいまいちわかんねーからさあ、用心だけはしておいた方がいいと思う」
 ところでカチョリーヌが宿まで帰ってくるまで、まだ一時間はある。この時間を手持ち無沙汰に過ごすのは勿体ない。
 ということでクロスは、皆にこんな提案をした。
「どうせ学園が負担してくれているなら、折角なので温泉に入っていかないか?」
「いいですわね。暑い中歩き回ってきて、汗もかいていますし」
「せっかく温泉郷に来てるのに、ひと風呂も浴びないって法はないよな。なあ、カズラ君」
 水を向けられたカズラは、間を置いてから真剣に聞いてきた。
「……温泉って、何?」
 念のため言っておくと、馬閣楼の浴場は混浴ではない。
 もしそうだとしたら、クロスも気軽にこんな提案は出来なかっただろう。女性に対してすこぶる耐性がない人柄であるから。

 龍の石像が絶え間なく湯を吐き続ける大浴場。
 湯気が立ち込める中人々は、体を洗ったり髪を洗ったり談笑したり。湯桶の音が、コーン。コーン。と響いてくる。
 湯船に浸かったヒューズは手ぬぐいで顔を拭い、うーんと伸びをした。
「いやああ、いい湯だ。生き返るぜ」
 彼の側にはカズラとクロスが、同じように湯に浸かっている。
 初めて体験する温泉を満喫しているらしい。濡れ手ぬぐいを頭に乗せたカズラは、気持ち良さげに目を細めている。
 クロスはというと、その彼の肩甲骨辺りを、食い入るように見つめている。
 それに気づいたヒューズが不審そうに言った。
「……クロスさん、カズラ君の体見過ぎじゃねえ? ヤバイ人みたいだぜ?」
 クロスは慌てて弁明する。やましい気持ちで見ていたのではないのだ、と。
「いや、同性でないとこうして凝視はできないからつい、ね。異性が苦手なんだ……単純にドラゴニアの肉体への興味があってね。角はどこから生えているのかとか、鱗と皮膚の境界はどうなっているのかとか、一番には、何でこの翼の構造で飛べるのかとか――本当はその眼もよく見せてくれると嬉しいんだが」
 カズラは手ぬぐいをさっと左眼の上へ降ろした。その要求は受け入れがたいということらしい。
 ヒューズはそういえば、と彼に尋ねる。
「カズラって、名字はナカノトだよな?」
「……うん」
「カズラ……ナカノト……良い名前だな。誰につけて貰ったんだ?」
 カズラは虚を突かれたような顔になった。考え込んだあげく、首を振る。
「……さあ……名前は覚えてた、けど。誰から……付けてもらったかまでは、分からない」
 名前をつけたのが誰であるにせよ、純種ドラゴニアであるまい、ヒューズは思った。それにしてはあまりにも、ヒトの臭いが強い名前だ。姓名とも響きからするに、東方の色彩が濃い――ように思われる。だから、あるいはそこでつけられたものなのかもしれない。
「そっか。じゃあ、そこも分かるといいな、これから」
 ほどなくして男湯から出た三人は、浴場入り口に設置してある大型送風機――大浴場に引き込んである源泉の水力を利用し、巨大団扇を動かすという代物。ちなみに団扇には、扇げば冷風が出るよう魔法処理を施してある――の前で涼む。
 そこへ、先に女湯から出ていたとおぼしき朱璃が、慌てた様子で駆けてきた。トルミンの陰の実力者、カチョリーヌと一緒に。
「皆さん、大変ですわよ! 今カチョリーヌ様からお聞きしたのですが――」
 朱璃の言葉を途中で引ったくってカチョリーヌが、矢継ぎ早にまくし立てる。
「あんたたち、オミノ・ヴルカの純種ドラゴニアに会いに行くなら呑気に風呂なんか入ってる場合じゃないよ! あの方たちはもうそろそろ、この地を離れる頃合なんだから!」
 一行は馬閣楼を、大急ぎで出立することになった。

●旅路
 切り立った尾根の道。右も崖、左も崖。踏みしめる地面は岩の連なり。動植物の姿はほとんど見当たらない。
 丸一日ほぼぶっ通しでそこを歩き通した末、クロス、朱璃、ヒューズ、カズラは、ようやく、オミノ・ヴルカの雄姿を間近にすることが出来た。
 カチョリーヌの話によれば純種は出立の前、オミノ・ウルカの噴火口に集合するらしい。加えて旅立ちは必ず朝に行われるとか。
 ヒューズは汗を拭いながら、薄い噴煙をたなびかせる噴火口を見上げた。
「純種、頼むからまだいてくれよー。ここまで来て空振りとかなったら、ほんと洒落になんねえからな」
 標高が高いおかげで吹いてくる風は涼しい。
 ごつごつした山脈の向こうに日が落ちていこうとしている。
 朱璃は皆に呼びかけた。
「ここで一旦休憩しましょう。目的地までもうあと少し、ここまで来たら、焦ることはありませんわ――カズラ様、大丈夫ですか?」
 気遣う彼女にカズラは、こくりと頷いた。
「……うん、大丈夫」
 彼は意外と山上りに慣れている様子だった。少なくとも朱璃が最初心配したほどには参る様子がない。むしろ、楽しそうにしている。
 ヒューズは手をぱんぱん叩き、よしっと気合を入れる。
「じゃあ僕は、燃料集めてくるとするか。カズラも一緒に行こうぜ」
 同行中に心理的距離が縮まったのか、彼はいつの間にかカズラに対し『君』付けするのをやめていた。
 カズラもまたそれを、自然に受け取っている様子だった。背中の羽を羽ばたかせ、忍縄を使って絶壁を降下するヒューズにくっついていく――火のたねとなりそうな草や潅木は、崖の斜面の窪みや亀裂の中にしか生えていないのだ。
 彼らが戻ってくるまでの間に朱璃は即席のカマドを組みナベをしかける。
 水はそこここの岩の凹みにあるものを使用した。恐らく雨水が自然と蓄えられたものだろう。どれもよどむことなく澄みきっている。その代わり、草や苔といった命の姿もない。
「不思議ですわね。岩自体の性質によるものでしょうか」
 彼女の作業の手伝いをしながらクロスは、研究者らしい推察を述べる。
「オミノ・ヴルカの火山活動が活発だった頃、周辺地帯は大量の灰を被ったと言うからな。あるいは、それが原因かもしれん」
 炊事の準備が終わった後クロスは、持参してきたテントを設営した――リバイバルでも難なく触れられるよう、特殊な魔法処理が施してある品だ。
 それがすんでから改めて、荒涼とした風景を眺め下ろす。
 刻一刻暗さを増す山塊の裾に、針で突いたように小さな光が点在している――恐らくあれらの一つ一つが、ドラゴニア人種の住む集落なのだろう。
(彼らへの挨拶なしに、山へ足を踏み入れてしまったな)
 よかったんだろうか、という思いがふっと心に浮かぶ。だが、そうはいってせんないことだ。純種がいつ旅立ってしまうかもしれないときに、周辺の村々へ一々挨拶して回っている余裕はない。肝心の相手と話をする機会を逸してしまう。
(まあ、後でまた改めて、事情を説明しに行けばいいか)
 ヒューズとカズラが戻ってきた。収穫は刺のある潅木の枯れ枝と、刺のないサボテンのような多肉草。
「おーい、燃えそうなもの、いっぱいとってきたぞ。あっ、いてってっ」
「……これ、食べられそう?」
 朱璃は枯れ枝で火をつけた後多肉草の匂いを嗅ぎ、ちょっと齧ってみた。
「――多分、大丈夫です。持ってきたお肉と併せて、シチューにしましょう」
 朱璃の料理の腕と空腹とがあいまって、シチューはとびきりおいしかった。
 目的地までもうすぐだという安心感が作用したのだろう、腹が落ち着くと同時に、眠気が増してくる。
 クロスはカズラに、自分が作ったテントを使うよう勧める。
「……クロス、いいの?」
 心配そうな目をして言う彼に、軽く返した。
「構わない、そのテントも生きた人間に使われる方が幸せだ」
 そう言って彼は、近場の岩を背もたれにし目を閉じた。うっすら透けたその体を通して、夜空が見えた。
 カズラは困ったように朱璃とヒューズの方を見る。彼らもまた、岩陰に身をもたせかけ仮眠を取ろうとしているところだった。
「……テント、いらない?」
 二人はカズラが気を遣わなくてすむように、こう言ってやった。
「いいえ、私こちらの方が慣れておりますから。今日は、雨も降っておりませんしね」 
「帰る時に使わせてくれよ、な」

●龍との邂逅
 仮眠の後一同はこれまで以上に先を急ぐことになった。疲れていたのか、皆予定より長く寝てしまったのだ。目を開けてみればすでに、東の空がほのぼのと白んできていた。
「やばいぞー、これはやばい!」
 噴火口に近づくにつれいよいよ道は険しく、角度は急になってくる。ヒューズは惜しみ無く跳躍、二段ジャンプ、グロリアスブースターを使用し、段差を越える仲間の手伝いをした。
 飛ぶことが出来るカズラも同様に、仲間の登攀の手助けをする。先回りして丁度いい足場を見つけたり、必要なところでは手を引いたり。
 そこで、ばさりと大きな羽音が聞こえた。
 振り向けば大きな翼龍がホバリングしている――ドラゴニアの純種だ。力強くも流麗な姿は、神々しいと表現して差しつかえない。
「お前達は何者か? ここは我が領域であるぞよ」
 ヒューズは思わず息を飲んだ。翼龍がカズラと同じ眼を持っていたからだ。色は銀でなく琥珀色であるが、宝石のような輝きは、まさしく彼と同一のもの。
「お前達は、よもや我らに仇をなさんとして来た者たちではあるまいな? なれば我も容赦はせぬぞ」
 何か疑われているらしい。それを察した朱璃は不安定な場でなんとか姿勢をただし、弁解する。
「いいえ、まさか、そのようなことは毛頭考えておりません。私どもはただ、あなた方にお聞きしたいことがあるだけなのです」
 クロスも言う。
「あなたがたに不埒をしようなどとは、けして思っておりません。信じてください」
 カズラは何も言わない。左目がより目立たなくなるよう、顔を伏せている。
 翼龍は輝く眼で一人一人を見回した。
 そして……一応あやしいものではないと認めてくれたらしい。このように言った。
「……ふむ。その目――欲に眩んではおらぬ。といって、臆するでもなし。どうやら多少は利口な者達のようだ」
 続けて皆はその翼龍から、純種のみが持つ眼は邪な輩の間で、純度の高い宝石として珍重されているのだということを聞かされた。それを力づくでも手に入れようという人間が時たま現れるので、彼らは日ごろから、外部者に重々注意しているらしい。
「まあ、来たとしても我が炎の餌食になるだけのことだが」
 少々自慢げに話を締めくくった後翼龍は、崖に取り付き、改めて訪問者達に聞いた。
「して、何用か」
 クロスは狭い足場の上で姿勢を正し、嘆願した。
「実は、純種の皆様にぜひ、お聞きしたいことがありまして。旅立ちの時期でお忙しいとは存じますが、よろしければ、少しだけお時間をいただけませんでしょうか?」
 翼龍は瞼を上下から閉め、目を細める。
「……皆様と言われても、今ここには我しかおらぬぞ?」
 ヒューズが、えっと声を上げた。
「ここにいるの、あんた一人だけ!?」
「さよう」
 自分達より劣る(と認識している)相手からのフランクな物言いを看過してくれるあたり、この翼龍、純種にしては相当気さくな人柄だと言えるだろう。
「今、この地におるのは我一人。そして、我は今からこの地を去るところだ。しかしまあ、日が上るまでにはまだ少しだけ時間がある。なんぞ聞きたきことがあるなら、申せ。答えてやろう」
「まことにありがとうございます。本日は宜しくお願い致します」
 改めて翼龍に挨拶した朱璃は、カズラが左目を隠しているのを確認してから、こう続けた。
「左目が光るドラゴニアの方に心当たりはありませんか? その方は人種なのですが、あなたたちと同じ目を持っているようなのです」
 それを継ぐ形でクロスが話す。
「ここにいるカズラと申します者が、以前、銀の瞳のドラゴニアに命を救われたのです。その恩返しをしたくて、長年探しているそうで。私たちは友人として、その手伝いをしていますところで」
 ヒューズがさらに続ける。
「つい最近、ここに住んでいる純種が、彼の話すドラゴニアと同じ銀色の目を持っていると聞きました。ですから、もしかしてあなたがたならその人のことを何かご存じなのではないかと思いまして、お訪ねしました次第で……」
 翼龍は間を置き、おごそかな声で、訪問者たちを諭した。
「……お前達は今、作り事を申しているな? 真に知りたきことをのみ述べよ。我らは誇り高き者。小さきものを害するようなことはせぬ。隠し立ては無用であるぞ」
 ヒューズは居心地の悪さを感じる。
(……なんか俺はあまり好きじゃあないな、こういうタイプの連中)
 これは早いところ真実を言ってしまった方がいい。そのように切り替えたクロスは、翼龍に対し頭を垂れる。
「慧眼、まことに恐れ入ります、失礼致しました」
 それから、気後れしたように身を縮めているカズラに声をかけた。
「カズラ君、その目をこの人に見せてあげてくれないか」
 カズラは気が進まなさそうにもじもじしていたが、意を決し、左眼を覆っていた髪を上げる。
 クロスは改めて聞いた。
「彼は、記憶喪失になっているのです。自己の来歴について少しでも手掛かりを得られればと、ここまで訪ねてきたのです。彼の出生について、及びこのマフラーについても、何かお知りであれば、お聞かせ願いたいのですが……」
 翼龍は静かに言った。
「……我はこの者のことを直には知らぬ。だがこの瞳は紛れもなく、我ら純種の眼。そこは疑いもなきこと」
 ヒューズは思わず手を打ち、カズラの背を叩いた。
「よかったな、やっぱりカズラ、ここの人たちと繋がりがあるんだよ!」
 カズラはうっすら頬を緩めた。やはり、自分のことが知れるというのがうれしかったらしい。
 朱璃もここまで来た甲斐があった、と思った。
 しかしそこから先翼龍の話は、予想していなかった方向へ展開して行く。
「いや、我らとこの者の間に繋がりはない。この者は結局人種だ。人種は人種の間からしか生まれてはこぬ」
 一拍置いてクロスは、話を整理する。
「え、えーと……そうしたらカズラ君は、人種の間で生まれたけど、純種の目を持っているという――ことですか?」
 翼龍は全く変わらぬ声のトーンで答えた。
「そのはずだが……今お前達の話を聞いたところから考えるに、その者、生まれた群れに受け入れられなんだようだな。その者が身につけているものは、マフラーとやらも含め、明らかにドラゴニア人種のものではない」
 クロスが尋ねる。極力感情を出さずに。
「なぜ彼が、人種の間で受け入れられなかったと思うのですか?」
 朝日が差してきた。
 光を受け翼龍の鱗が輝く。
「その者は人種であるが、我らの眼を持っている。恐らくそれが、その者が受け入れられなかった原因であろう」
 翼が大きく広がった。
「恐らく何らかの要因で、生まれ落ちる際、古き龍の血の名残が現れたものと思われるが」
 風が巻き起こり、ふわりと巨体が浮く。
「人種の多くは、我ら龍の力の一端を持つ。しかして真の龍には成りえず。ゆえに彼らは我らを疎む。龍の眼を持つものを、仲間とは受け入れがたかったのだろう」
 最後に彼は、呆然としているカズラに言った。
「その眼はお前にとって重荷かも知れぬ。しかしそれは紛れもなくお前の一部。切り離すことあたわず」
 その言葉を最後に飛んで行く。朝焼けでバラ色に染まる雲のまにまに。
 朱璃は小さくなっていく背に向け頭を下げた。問いに答えてくれたことへの感謝を示すために。
 向こうはもうこちらを見ていないと、分かっていたけれど。

●次の一手
 行きと同じ時間をかけ馬閣楼へ戻ってきた一行は、カチョリーヌに出迎えられた。
 多分、彼らの意気の上がらなさから、首尾について色々察したのだろう。
「まあ、皆風呂にお入り」
 と促した後、次のような話をしてくれた。
「あんたたちが山に行っている間、あたしも色々調べてみたんだよ。そしたら、二十年ばかり前バグシュタット王国で、多種族の子供を売りさばいている奴隷商人を目撃したという情報にヒットしてね。その子供の中にどうやら、銀色の眼をしたドラゴニアの子がいたそうなんだよ」
 銀色の眼をしたドラゴニアの子供。
 それは、もしかして――いいや、恐らく――間違いなく――カズラではないのか?
 思いながらヒューズはその国の名を、鸚鵡返しに呟く。
「バグシュタット王国……」
 朱璃は沈みがちになっていた気持ちを奮い起こし、真っ直ぐ前へ眼を据えた。
「次の目的地が決まりましたわね」
 クロスが頷く。
「カズラの家族の事も一緒に探してやらないとな。カチョさん、東方風の名前について調べたいんだが、何か良い案ないか?」
「それなら『幻灯』にでも行ってみるといい。あそこにゃ東方文化が根付いている。その子の記憶を取り戻すキッカケになるかも知れないよ」
 カズラはただ、銀の輝きを地に向けている。記憶を導く新たなる鍵と不吉な予兆を前に。
 ヒューズがそんな彼の肩を抱き、励ます。半分は自分に言い聞かせるように。
「くよくよすんなよカズラ。過去を探す旅は、まだ始まったばかりじゃないか。今この段階で何かを決めてしまうのは、気が早すぎるってもんだぜ!」



課題評価
課題経験:105
課題報酬:4000
【想刻】悲哀の鏡銀
執筆:K GM


《【想刻】悲哀の鏡銀》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 1) 2020-07-25 09:45:31
武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 2) 2020-07-26 02:01:37
リバイバルの賢者・導師コース、クロス・アガツマだ、よろしく頼む。

カズラ君のこと、それに純種ドラゴニアのことを調べたくて参加したが……
仮に火山まで進んで噂のドラゴニアに会えたとして、彼のことをそのまま前に出していいものだろうか……
ひょっとして彼の素性は、出来れば隠しながら進めた方がいいのかもと思ったんだ。
この辺りは意見を聞いて決めたいかなと。
街での情報収集は、今のところ街に長く住んでいる方々に聞き込んでみようかと考えているよ。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 3) 2020-07-26 16:16:55
>カズラ様
どうして記憶を失ったのかも不明ですので、素性を隠すのも手ではありますわね。その場合一応フード等を被ってもらっておいた方がよいかもですが・・・純種ドラゴニアの方々に無礼だと思われるかもですし悩みますわね。

>聞き込み
それでは私は子供達に話を聞いてみますわ。

《ゆうがく2年生》 ヒューズ・トゥエルプ (No 4) 2020-07-27 01:46:23
黒幕・暗躍コースのヒューズだ。よろしく頼むぜ。
カズラ…だっけ、殆ど聞き齧りだが
コミュニティから追放されちまって流れて来たんだったよな。
逆説的に言えば、殺生は無いと見て良いんだろうがどうだろう。
カズラを見て純ドラゴニアさんの気分を損ねちまって、情報も引き出せなくなるってんなら、伏せた方が良いのかも知れないな。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 5) 2020-07-28 19:27:15
とりあえずカズラ様の素性は伏せて純種の方とお話して、大丈夫そうなら明かしてみますか?

あと野宿の準備も必要なようですわね。調理器具セットは持って行っておきますわ。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 6) 2020-08-01 13:40:49
中々顔を出せず申し訳ない。大丈夫そうなら明かすのには俺も賛成だ。
では俺はその方向で話を聞いてみようと思う。
野宿はそうだな……ならテントを持っていくよ。俺は必要ではないが、カズラ君のことも考えてということで。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 7) 2020-08-01 14:48:05
ひとまずプランは提出しましたわ。ギリギリまで大丈夫ですので何かあればなるべく対応するようにしますわね。