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【想刻】悪計の敵意


ストーリー Story

●外出許可と特別課題
 刺すような日差しを煌々と校舎を照らし、開け放たれた窓から転がり込む風がいくらかその暑さを和らげている。
「……なので、外出の許可を頂きたくて」
 職員に外出許可を貰おうとやってきた【咲良・佐久良】は、申請書を手渡そうとして……、何者かに奪われた。
「ふーん? 出かけるのか、王国に」
 隅から隅までそれを読んで、ニヤリと笑った犯人……【メメ・メメル】はその羊皮紙を摘んだままペラペラと宙に踊らせた。
「ちょうどいいや、王国に行くならチミに特別な任務を与えよう」
 ――頼りにしているよ、“先輩”。
 いつものような無理難題ではないため安堵する反面、何処か不穏な空気を感じていた。

●王国内『恩賜市場(グロリア・マーケット)』にて
「わぁ……」
 感嘆とともにため息が漏れる。
 物資、人脈、情報。その全てが集まる王国『バグシュタット』の市場は今日も人々の活気に満ちていた。
 先日『オミノ・ヴルカ』で相見えることとなった琥珀色の眼をした純種ドラゴニアから得た意見と【馬場・カチョリーヌ】からの有力な情報を得てこの場所にやってきたのだが、その圧倒的な人の量に【カズラ・ナカノト】は落ち着かない様子で視線をあちこち彷徨わせていた。
「大丈夫ですか?」
 お兄さん、と声をかけたのは咲良で、その手には沢山の花を抱えていた。
「あ、……えっと、だいじょう、ぶ」
 カズラの返答を聞いてにこりと微笑んだ咲良は、荷物を置いてから貴方たちに向かう。
「さて、今日は忙しい先生方の代わりに僕がお兄さん、お姉さん方の引率をさせていただくことになりました」
 あきらかにそれだけが理由ではないだろう、何を教員に――おそらく学園長に――言われたのか、想像にたやすい。
「王国は明るい街です。しかし光が明るければ明るいほどその足元に落ちる影は黒く、暗いものです」
 故に今回の調査にはいくつかの約束事……ルールを守ってもらう必要がある。
 一つ、制限時間は太陽が山の稜線に半分隠れるまで。
 一つ、迷子になったら市場に戻ってくること。
 一つ、昏い場所に立ち入ってはいけない。
「くらいばしょ、って?」
 市場に積み上げられた木箱の上で足をぶらぶらと遊ばせながら【フィーカ・ラファール】が首を傾げた。
「いわゆるスラム……、ならず者が集まる場所があるんですが、そういうところですね。確かに情報は集まりやすいですが、その分危険度は上がっていきますので……」
 言いながら咲良は目を伏せる。
 引率を任せられた手前、後輩たちを危険な目に合わせたくないのだろう。
「お兄さん、お姉さんが足を踏み入れなくても、闇はいつの間にか背後に忍び寄っているものです。……どうか、お気を付けて」
 今の時刻はまだ昼前。これから世界が動き出していく時。
 集合場所の確認を行った上で、あなたたちは王国の各所へと繰り出していった。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 5日 出発日 2020-08-28

難易度 普通 報酬 少し 完成予定 2020-09-07

登場人物 4/8 Characters
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。
《ゆうがく2年生》ヒューズ・トゥエルプ
 ヒューマン Lv21 / 黒幕・暗躍 Rank 1
(未設定)
《模範生》プラム・アーヴィング
 ヒューマン Lv23 / 賢者・導師 Rank 1
「俺はプラム・アーヴィング。ラム肉を導く修道士だ。…そうは見えない?そりゃそうだ、真面目にヤる気ないからな。ま、お互い楽しく適当によろしくヤろうぜ。ハハハハ!」                                       ■身体 178cm/85kg ■人格 身に降り注ぐ事象、感情の機微の全てを[快楽]として享受する特異体質持ち。 良心の欠如が見られ、飽き性で欲望に忠実、貞操観念が無い腐れ修道士。 しかし、異常性を自覚している為、持ち前の対人スキルで上手く取り繕い社会に馴染み、円滑に対人関係を構築する。 最近は交友関係を構築したお陰か、(犬と親友と恋人限定で)人間らしい側面が見られるように。 現在、課題にて連れ帰った大型犬を7匹飼っている。 味覚はあるが、食える食えないの範囲がガバく悪食も好む。 ■口調 修道士の皮を被り丁寧な口調の場合もあるが、普段は男口調を軸に雑で適当な口調・文章構成で喋る。 「一年の頃の容姿が良かっただァ?ハッ、言ってろ。俺は常に今が至高で完成されてんだよ。」 「やだ~~も~~~梅雨ってマジ髪がキマらないやんけ~~無理~~~二度寝決めちゃお~~~!おやすみんみ!」 「一応これでも修道士の端くれ。迷えるラム肉を導くのが私の使命ですから、安心してその身をゆだねると良いでしょう。フフ…。」 ■好き イヌ(特に大型) ファッション 極端な味付けの料理 ヤバい料理 RAP アルバリ ヘルムート(弟) ■嫌い 教会/制約 価値観の押し付け
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  

解説 Explan

 このエピソードは公式NPC カズラ・ナカノトの出生の秘密に迫る【想刻】シリーズの第三弾です。
 このエピソードで出来ることは下記のとおりです。
 ●王国各所で『奴隷商人』の情報を集める
 ●王国をプチ観光する

【情報収集】
 情報収集できる場所は、プロローグに出てきた『恩賜市場』『住宅街』『昏い場所』です。
 ●恩賜市場
 グロリア・マーケットと呼ばれる王国で指折りの賑わいを見せる市場です。
 咲良がここで実家の花屋の手伝いのため出店しており、皆さんの活動拠点になります。
 疲れたり、迷子になったらここに戻ってくると良いでしょう。
 ●住宅街
 石造りの長屋が立ち並ぶ、王国近郊で仕事を持つ者やその家族たちの住宅街です。
 街の中身には噴水広場があり、憩いの場所となっています。
 昔から暮らしている住民たちもいるので、過去の出来事も聞くことができるでしょう。
 ●昏い場所
 貧しい人たちが集まって出来た貧困街です。
 ここで暮らす人々は心を開いてくれるのに相当な労力を要しますが、代わりに有力な情報を得ることができるかもしれません。
 ※重要※
  皆さんの情報収集の成果によっては奴隷商人に話が聞けるかもしれません。
  商人に聞きたいことがあればウィッシュプランに記入をお願いいたします。
  ただし、商人は逃走する恐れもあります。

【観光】
 時間が余ったら観光や買い物をすることができます。
 ※ただし、購入したものをアイテムとして入手できません。
【NPC】
 今回のシナリオには、『咲良・佐久良』が同行しますが、情報収集には参加しません。
(会話をすることは可能です)
『カズラ・ナカノト』『フィーカ・ラファール』については皆さんと同じように情報収集を行います。
 また、『昏い場所』についてNPCは立ち入りを制限する行動はしません。




作者コメント Comment
おはこんばんにちは、スパゲッティと書いて樹志岐と読みます、樹志岐です。
KGMは執筆お疲れ様でした。バトン確かに受けとりました。

学園生のお兄さん、お姉さんたちはどんな行動を取るのでしょうか?
皆様の活躍を、生き生きとしたプランをお待ちしています!


個人成績表 Report
朱璃・拝 個人成績:

獲得経験:100 = 84全体 + 16個別
獲得報酬:3840 = 3200全体 + 640個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
私は住宅街へ行って聞き込みをしてみますわ。とはいえお宅を一軒一軒聞いて回るのも手間ですし、と考え一先ず噴水広場へ行ってみますわね

そしてそこで遊ぶ子供達の注意を先ず惹こうと、なるべく派手で見栄えのする拳法の型をパフォーマンスとして演武します。子供達が満足してくれたら、貴方方のご両親や祖父母の方でこの街の古い事や奴隷商人についてよくご存じの方はおられませんか?と尋ねます

紹介してもらえたら、記憶を無くした友人がいて、彼は20年程前この街の奴隷商人に売られた可能性がある事。人種ではあるが竜の眼を持っている事を隠さず打ち明け何かご存じの事はないか尋ねます。変に隠し事をせず信用して話していただきたいですし


ヒューズ・トゥエルプ 個人成績:

獲得経験:100 = 84全体 + 16個別
獲得報酬:3840 = 3200全体 + 640個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
今回も懲りずに裏っぽいとこで情報収集ってね。
ま、黒幕・暗躍コースの本分ってなもんで。

【目標】
身寄りのない子供を装い、奴隷商人に売られたい。
【行動】
スラムでうろうろしとく。
(奴隷商人の所在を炙り出すため。)
逃亡防止のため身分は明かさない。
逃亡しようとした際は確保。
判明した際は前回の【想刻】で得た情報を頼りに
奴隷商人から【精神分析】【空気察知】【ハッタリ】で情報を引き出す。

プラム・アーヴィング 個人成績:

獲得経験:100 = 84全体 + 16個別
獲得報酬:3840 = 3200全体 + 640個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
前回の【想刻】での情報、【事前調査】である程度の土地柄と奴隷の扱い(歴史)を把握した状態で、ヒューズと手分けして昏い場所での情報収集や交渉を【説得/信用/ハッタリ/会話術/演技/心理学/人心掌握学】や【果実酒】を用いて行っていく。
可能であれば、仲間から他エリアの情報を得た上で昏い場所に挑みたい。

主に収集したい情報は、件の奴隷商人の接近と交渉に有用な情報、目撃場所と利害。
それらを【推測】しつつ交渉カードとして用い、奴隷商人へ接触を試みる際【変装】【化粧品セット】【手枷】でヒューズを奴隷に仕立て、自身は【(真)浴衣「羽衣」】【フェイスシール:翡翠】で奴隷を購入する裕福層の人間を装う。


クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:100 = 84全体 + 16個別
獲得報酬:3840 = 3200全体 + 640個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
いいところだ、故郷を思い出すよ
ん?まあ、今日は俺の話はいいじゃないか

俺は恩賜市場にて情報収集
いくらか花をもらって、歩き売りをしてみるよ
そうして市場を探索して聞き込んでみよう

それと……フィーカ君のことも見守っていようかな
彼には気づかれぬ程度の距離で監視する
別にフィーカ君が怪しいわけじゃない。彼に近づいてくる人々に、目ぼしい者が現れるかもしれないからだ

観光客というものは周辺の知識や地理に疎い故に狙われやすい
特に彼のように好奇心旺盛で、それも子供とくれば……

もし張り込みで怪しい人物が接触しに来たら立体機動も駆使し掴まえよう
そういう輩ほど、一般人の知らないような情報を持っていたりするかもしれない

リザルト Result

 さて、貴方たちがそれぞれ、めぼしい場所に聞き込みに行こうと一歩足を踏み出すと、後ろから『あっ』という小さな声聞こえた。
 それは他ならぬ咲良の声である。何か伝達不足だったのだろうか、重要なことだったら聞き逃してはならない。
 一同に緊張が走る。そんな重い空気の中、彼が発した言葉は……、
「もしお手隙でしたら僕の手伝いをしてくださってもかまいませんよ」
「……、いこ、っか」
 カズラの声に一同は頷いて、再度目的の場所へと足を進めることにした。
●住宅街
 市場を一言で表すと『動』であるならば、住宅街は『静』という言葉がふさわしいだろう。
 勿論、動きが全くないわけではない。所々置かれたベンチでは老人たちが談笑をし、その合間を縫うように駆け回る子供たちは楽しげだった。
(絵に描いたような平和、ですわね)
 そんな様子を眺めながら【朱璃・拝】は重たい荷物を噴水の側によいしょ、と置いて一息吐いた。
 聞いた話ではここは商人の街らしい。“真っ当な”商売を行う上で必要なものは良質な品物と、誠実さと、それから……。
(情報ですわね)
 はてさて、有力な情報は得られるだろうか。
「おねえちゃん、だれ? なにするの?」
 朱里に声をかける子供は不思議そうな顔でカバンと顔を交互に見やる。
「んー……、見てのお楽しみ、ですけれど。そうですね」
 ――お姉さんがカッコイイ演武をするの、みたくないですか?
 悪戯っぽく笑う彼女に、子供は目を輝かせる。
 この作戦がうまくいくかどうか。
 その行末は自分が……、自分がこれから行うソレにかかっていた。

 ――これより始まるは一世一代の大舞台。
 一子相伝の秘術にして奥義。
 幼少期から今の自分に至るまで、積み重ねてきた人生の具現化。
 さぁ、その伸ばした腕の先に、髪の一本に、息の一つに己を込めて。
「……フッ」
 短く吐いた息。それと同時に繰り出される鋭い拳は空気を切り裂く音を伴って、周囲の視線を一瞬にして釘付けにした。
「す……、っげぇ!」
 殊に演舞を喜んで見てくれた観客は先ほどまで住宅街に“動”を運んでいた子供たち。
 時に猛々しく、時に可憐に。華やかに舞い踊っているようでいて、確実に命を、戦意を奪い取るそれは彼らには初めて見る物であった。
「ねーちゃんすげぇな! 俺にも教えてくれよ!」
「えぇ、構いませんよ。でもタダでは教えられませんわ」
 ならどうすればいいのか。そう尋ねた子供に朱璃は少し考えるようなそぶりを見せてからこう切り出した。
「貴方たちの身内に奴隷商人についてご存知の方はいらっしゃいますか?」
 子供にその言葉の意味はわからなかったようで、うーんと首を傾げた後に小さく声を上げた。
「じっさまならわかるかも」
「じっさま?」
「うん、すごく物知りなんだ。待っててね、呼んでくる!」
 子供はパタパタと走り去っていく。
 ややあって、手を引かれやってきたのは立派な髭を蓄えたヒューマンの老人。
 下垂した瞼からその老人が今何を考えているかまではわからないが、朱璃はどこか確信めいた気配を感じ取っていた。
(今、私は試されている……)
 老人が図っているのが、何かまでは解らないが。
「……奴隷を扱う商人について、聞きたいとな?」
 長く重い静寂を裂いたのはそんな問いかけだった。
「えぇ、私の友人に20年前にこの街の商人に売られた、かも、という境遇の方がいまして。もし、何かご存知ならば」
「大前提として」
 情報を教えて欲しい。そう続くはずだった言葉は、大きく透る声に遮られ、行き場を失った。
「我々『陽だまりの商人』たちの中には、奴隷を扱うものはおらん。生活がどれほど苦しくとも、そのようなものを商品として認めず、扱わず。それが王国の商人達の誇りなのだ」
 わざわざ『陽だまりの』とつけたのは二人が赴いた、昏い場所との違いを主張しているのだろうか。
「その上で伝えよう、勇者の卵である少女よ。確かに王国の市場の……、ほんの僅かな場所ではあるが、奴隷を扱う商人は今も存在している」
 それは大通りを一本路地に入った先だったり、なんの変哲もない宿屋の二階だったり、人気のない夜の広場だったり。
 場所や方法は様々であれど、20年前も今も奴隷という『商品』は確かに扱われているのだ。
「先に言った通り、我々はそれを売ることはない。必然的にそれを扱う商人たちの情報など伝え聞の伝え聞、根も葉もない噂話に成り果てたものばかりだ。だが」
 ゴクリと息を飲む。背筋がピンと張り、耳や尾がそば立つような感覚を覚えた。
「だが、そうだな。そう言った者どもは結束力が強い。何かあればすぐに知れ渡ることだろう」
 老人が朱璃の方へ……否、朱璃の背後、建物の間の僅かな隙間を見遣る。
 まるで睨みつけるように、真実へ至る探偵が犯人へ通ずる手がかりを見つけたように。
「……!」
 慌てて振り返るも、そこには住宅街の長閑な日常が流れていて、一見すると何もないように見える。
 しかし朱璃は確かに感じたのだ。他ならぬ内通者の存在を。
 もし、もしも。今の一連の会話が聞かれていたなら。――
「急ぎなさい、勇者の卵たる君よ。君の友人にとって我々の売った情報が良き知らせになることを願っている」
 背中を押すように語る老人へ、深々と礼をした後に朱里璃は来た道を引き返して行った。

●昏い場所
 日の当たらない路地に踏み込んで、ゆっくりと深呼吸をする。
 道端に生えた苔の匂い。今にも風化しそうな酸化した血の香り。四方八方から感じる異物を見るような視線。
 あぁ、いつだってこう言った場所はジメジメとしていて、ドロドロとしていて。
「最っ低(サイコウ)だぜ。なぁ?」
 振り返りながら奴隷……、否、奴隷に扮した【ヒューズ・トゥエルプ】に語りかけたのは同じく普段と違う装いになった【プラム・アーヴィング】である。
 二人とも自分(といっても主にプラムの私物によるものだが)の持てる全てを駆使して、それらに成り切っている。
 プラムは数多の財を持ち、贅の限りを尽くす富裕層の青年に。ヒューズは人としての権利も自由も奪われ、奪われ、奪われ尽くしてなお奪われる哀れな奴隷に。
「最高でもなんでもいいけどさ、もう少し大人しくしたほうがいいんじゃないか」
 なにせ今のプラムは目立ちすぎる。そんな彼が、取り繕わない『素のまま』でいることは不信感を抱くには十分な理由になってしまうだろう。
「わーぁってるよ、それくらい。……『私にかかればこの通り、造作もありません』」
 柔らかく微笑むプラムをちらりと見てから、短く息を吐く。
 ヒューズは彼の事を“似た者同士”だと常日頃から感じている。故に彼とつるんで、一緒にこんなところへ赴いたのだ。
「まぁそれはそれでサブイボもんなんだけどな」
 さて 、と。ずっしりと存在を主張している手首につけられた素敵な腕輪を態とらしく鳴らしながら顔がわからぬように布を目深に被る。
「よし、じゃあ……」
「参りましょうか」
 奥へ、奥へ。陽の当たらないソコへ二人は消えていった。

 湿気を帯びた空気、四角い空、そこかしこにこびりついた赤褐色。
 ここでの暮らしは最低で最高だ。『ルール』なんてものに縛られず、好きに生きていい。
 その分生きるための手段は多くはないが、さしたる問題ではないのだ、そんなことは。
 薄ら笑いを浮かべて、乾いた唇に舌舐めずりで潤いを与える。
 ――さぁ今日も楽しい楽しい『仕事』を始めよう。

「もし、そこのダンナ?」
 歩くたびに揺れる鎖をわざとらしく鳴らしながら歩く、見慣れぬ男の姿は異様な世界の中で異彩を放っていた。
 そんな彼らに話しかける者はおらず。
 ようやく背後からかけられた声にゆっくりと振り返れば、そのあたりに住んでいる者にしたら身なりが整っているように見えた初老の男だった。
 人当たりの良さそうな笑みを向けながら、その心の内で値踏みするように上から下からこちらを……プラムを見ているのを感じた。
 隠しもしない不信感をぶつけられ苦く笑うが、それでも自分で決めた配役を演じ続ける。
「何かご用ですか?」
「『用』、ね。そりゃぁ、こっちのセリフだ。ダンナ、あんた何者だ?」
 中々に警戒されている様だ。まぁ当然と言えば当然だが。
 クスリ、と笑ってから何事もないといった風にヒューズ手枷から伸びた鎖を引く。
「なぁに、ただの散歩ですよ。“コレ”にも適度な運動は必要だと思いまして」
 わずかにズレた布の隙間から覗く、『ヒト型の哀れな道具』の視線が男と交わる。
「なるほど、いい御主人様に巡り会えてコイツも幸せでしょうな」
 ニヤリと笑った男は本心がまるで読み取れない。
 ならば少し距離を縮めてから揺さぶってみようか。
「ところでお伺いしたい事があるのですが、よろしいですか? 生憎、今手持ちはないのでコレしかお渡しできませんが」
 言いながら懐から取り出したのは小型のボトルで、その蓋を開ければ甘酸っぱい果実とスッとした鼻に抜ける香りの液体――酒、であった。
「あんた、そんな得体の知れないもんを受け取ると思うか?」
「ははは、おっしゃる通りで。なら私がこの場で飲んでご覧に入れましょう」
 ボトルの口を開けほんの少し傾ける。本当に口の中に流し込んで、その芳醇な香りと味を楽しめないのが残念だが、男の懸念――毒が入っていないことはわかるだろうか。
「ははぁ、どうやら危ないものじゃなさそうだな」
「そりゃもちろん。私はあなたとお近づきになりたいのですから。……そろそろ新しい“コレ”も欲しかったのです」
 プラムが言うと、男の目が僅かに細くなった。
 この目をプラムは知っている。過去に見たことがある。
 多分、きっと、この男は。
「へぇ、それなら俺が“売り”ましょうか」
 ――奴隷商人だ。
「ありがたい。ちょうど今、探しているものがありまして……、ぜひ手に入れたいのですが情報があまりに少ないので困っていたのです」
「へェ、どんなんで? もしかしたら俺じゃなくても仲間の連中が知ってるかも知れませんぜ」
(仲間がいるのか……)
 やはり、というかなんというか。もしやこのやりとりも聞かれているかも知れない。
 ヒューズは視線だけで周囲を見渡す。一先ず何もないようだが。
「では……」
 20年前、ドラゴニア、奴隷、そして。――
「宝石のような瞳」
 ガチリ。男の笑みが強張った。
「さて、ちぃっと心当たりがねぇなぁ」
 嘘だ。視線を逸さなかったのはさすが、商人といったところだがその場の空気が確かに変わったのを二人は感じていた。
「なるほど、知らないのですね」
「あぁ、知らない。あんな厄介者、俺が知ってるわけないだろう!?」
「……厄介者?」
 ヒューズが反復するように聞き返すと、男の表情は同様しているように見えた。
「ち、違う! 俺は知らない、そういった奴を風の噂で聞いただけで!」
「もういいよ、アンタ」
 長くため息を吐いて、整えた髪をぐしゃりとかき乱す。
 嘘はつけばつくほど、綻びが多くなっていく。化けの皮が剥げていく。
 きっとこの男は気付いていないのだろう、しかしプラムは一瞬にして男を守っていたものが崩れていく音を確かに聞いた。
「アンタ、ボロが出てんだよ。知ってることは洗いざらい吐いちまった方がラクにイけるぜ?」
 ペロリと舌舐めずりをして、着ていた服の胸元をはだけさせて。
 とっておきの一瞬を。チョコレートのような甘い口づけで酔わせ、狂わせ、全て語ってもらおう。
 ――刹那。
「プラム!」
 男ににじり寄っていくプラムの背後から、棒のようなものを振り下ろす何者がいた。
 間一髪、躱している間にその何者かが男に叫ぶ。
「お前の事を嗅ぎ回っているヤツがいる。逃げろ!」
「あ、あぁ!」
 土をえぐるように駆け出す。一心不乱に、死ぬ物狂いに。
「ヒューズ!」
 手枷の鍵を素早く外し、声を上げる。
 行け。追え。
 応える代わりに軽く手を上げ、疾風のように彼は駆け出していった。

 その場に残ったプラムはコキリと首を鳴らす。
 “真っ当なニンゲン”のフリは、もう終わりだ。全く慣れないことをすると肩が凝る。
「追わなくてもいいのか?」
 背後から襲い掛かった者が余裕綽々といった風に語りかける。
 その笑みは在りし日の自分にどこか似ていて、不思議な感覚だ。
 それは決していい印象ではなく、どちらかと言えば同族嫌悪にも似たものだった。
「俺のシンユウは優秀だからな。あんなおっさん、すぐに追いつくさ」
 それよりも、なぁ?
「アンタの知ってること教えろよ」
「は、仲間の情報をそう簡単に吐くかよ」
 どうやら教えてはくれないようだ。
 素直に話してくれるならそれに越したことはないのだが、素直に教えてくれなくても構わない。
 なぜ? そんなの分かり切っているだろう?
 方法なんていくらでもあるのだから。

●市場にて
 市場を行き交う人々の流れは学園とはまた違った空気感で、非常にたのしい。
 彼、フィーカの感じているわくわく感は耳や尻尾を見れば一目瞭然だった。
 あれはなんだろう。それはどんなものなのだろう。
 次から次へと『たのしそうなもの』を見つけてはカズラの手を引いてそれを見に行くフィーカ……と、それを少し離れたところから見守っているのは【クロス・アガツマ】だ。
 咲良が持ち込んだ花をいくつか手にして、売り歩きながら情報を集め、かつフィーカたちを影から見守る彼は中々に忙しい役回りかもしれない。
(あまり危ないところに行かなければいいんだが……)
 小さな村の出身だと言っていた彼は王国に来ることは早々ない……むしろ初めてに近いだろう。
 そんなフィーカはきっと“悪い人”からしてみたら格好の餌食になってしまう。
 大人として、学園の先輩として、それは避けなければならない。
 それにしても。
 フィーカたちを“悪い人”から守る為、気付かれぬよう監視する為に借りてきた花だったが、思いの外声をかけられることが多かった。
 無下に扱うわけにも行かない。声をかけられれば売り、世間話をして、その間も常に、視界の端にフィーカたちを見逃さないようにして。
 彼の一挙手一投足がどこかハラハラさせる。
 なんだか父親にでもなった気分だ。自分に子供がいたとか、そういった話は思い出せないけれど。
「おや?」
 ふと彼らが視界から消えていることに気付く。どこに行ったのだろう。最後に彼が興味を示していたのは……、たしかそこの、甘い焼き菓子を売っている屋台だったか。
「もし。先程までこれくらいの背丈のルネサンスの少年と、ドラゴニアの青年が居ませんでしたか?」
 店主に話しかけると、あぁ、と小さく声を上げる。
「落ち着いて座れるところを教えてあげたんだよ。食べ歩きはよくないからね。あっちの方さ」
 あっち、と指差された先は建物同士の隙間。そこを通り抜けると少し開けた場所になっていて、ゆっくり座れる。らしい。
 なるほど、店主の優しさだったようだ。礼を言えば人懐こい笑みを浮かべ、『おう、坊ちゃんらによろしくな』と返された。
 何か勘違いされている気がしないでもないが、気にしないでおこう。

 四方を石作りの建物に囲まれたそこは、罪人を閉じ込めておく檻のような迫力だった。
 すごい。けど、こわい。
 知らず知らずのうちに握り込んだ拳が爪の痛みを主張してフィーカを現実へ引き戻す。
「……?」
 ふと、カズラがここへ至る道の一つ……その中で一番暗い場所をじっと見つめる。
「どうしたー?」
「……あ、いや……」
 今、一瞬『悪意のある何か』に見られた気がしたのだが……。
「たぶん、気のせい」
 その答えにフィーカはただただ首を傾げるだけだった。

 暗がりにて。二人の男が見える。
 男は男を捕らえ、背後から口を塞いでいる。男は男から逃れようとするが、男の力に敵わないようだ。
「静かにしてくれないか、フィーカ君に気付かれてしまうだろう?」
 声を潜め、男が――クロスが穏やかに、脅すように伝える。
 コクリと頷いたのを確認し、ほんの少し力を緩めてやれば、それを好機と思ってか一気に拘束は解かれてしまった。 
 まぁ、仕方ない。逆にやりやすくなったと思うことにして、クロスは男に尋ねる。
「今、彼を……ドラゴニアの方を狙おうとしていたね? 何故だい?」
 その質問に男は答えない。
「答えてくれないのかい? それは悲しいことだ」
 一歩、歩み寄るとその分男は後退る。男との距離は永遠に縮まることはないのだろう。
 悲しいといっておきながら、そんな感情は一切抱いていない。“悪い人”のためにそんな風に思ってあげられるほど自分は優しい人間ではないのだ。
「君にも譲れないことがあるのだろう? それは仕方ないことさ。ただ、こちらにも事情があってね」
 また一歩。男に歩み寄れば、今度は二歩下がっていく。
 まるでいたちごっこだね。ずっとこのままでもいいけれど、ラチがあかない。
「ごめんね」
 その言葉が男の耳に届いたのと、顔面に強い衝撃を感じたのは同じタイミングだった。
 なんだ、今のは。自分はなにをされた?
 理解が追いつかないままよろめきながら立ち上がろうとすると、追い討ちとばかりに今度は腹部に衝撃を受ける。
 べしゃりと地面に崩れ落ちて、ヒュウヒュウと息が抜けるような呼吸を繰り返す男の襟首を掴んで無理やり立ち上がらせれば、男は小さく『ヒッ!』と怯えたような声を上げた。
「こ、殺さないでくれ……!」
「おや、君は口の聞き方を知らないのかな? 殺さないでくれ、ではなく『殺さないでください』だろう?」
 指先に魔力を込め、再び一発と同じそれを放とうとすると、男は慌てたように訂正する。
「殺さないでく……ださい」
 男が訂正すると、クロスはにこりと微笑む。
 それほどまでに頼まれては、叶えてやらないこともない。しかし、それでこちらになんのメリットがある?
「……へ?」
「すべての物事はギブアンドテイクだ。君を殺さないであげる代わりに、君の知っている事を全て答えろ」
 なにせこちらは仲間を襲われそうになっているのだ。それくらいの対価は求めて当然だろう。
「わか、った」
 よかった。比較的平和に解決ができそうだ。
「さて、では教えてくれ。君は『銀色の瞳のドラゴニアの奴隷』を知っているかい?」
 ピクリと男は反応を示す。これは確実に知っている反応だ。
「……だいぶ前にそれを取り扱っていた商人がいたはずだ、名前は確か……シュリヒ」
 フルネームを【シュリヒ・ドレッドリ】。売れるものなら何でも扱う、生粋の商人だという。
「あまりにも痩せ細くて、誰も買いたがらなかったらしいが……結局どうなったんだろうな」
 そこまで言うと男の視線が泳いだ。
 嘘をついていないようだが、少なからず罪悪感を感じているようだった。
 それで、クロスはさらに尋ねた。
「そのシュリヒはどこに?」
「あいつは……、時期によって商売する場所変えているからな。この時期はバグシュダットから『グラヌーゼ』方面に移動を開始するころじゃないか」
 グラヌーゼ。かつては金色に色づいた麦とそれが風にそよぐ風景が美しい土地だったと記憶している。
 しかし今はほとんど荒れた土地ばかりで、若者は街へ出稼ぎに出たりして生活している、規模としてはあまり大きくない土地。
 そんなところになんの用なのだろうか。不思議には思うがすぐにその答えは得られるだろう。
 協力に感謝を述べつつ、走り去る男の背中を見送る。
 さて、フィーカ達を迎えに行って……、一度集合場所に戻ろうか。


 一陣の風が駆け抜けていく。
 否、それは風ではない。風には違いないが、それは自然発生したものではなく、ある一人の男が市場の人混みを縫うように走ることで巻き上がったものだった。
「おや?」
「チッ、気を付けろボケクソナス!」
 男がフィーカをつれたクロスにぶつかりかけるが、足を止めることなく悪態をついてその場を走り去る。
 一体なんなのだろう。全く、マナーのなっていない人物達がこの辺りは多いように感じる。
「クロスさん!」
 そのやや後方から聞こえる聞き覚えのある声は、ヒューズだ。どうやらこの男を追いかけているようだ。
「やれやれ、手伝った方が良さそうだ」
 ちらりとフィーカ達をみやり、彼らにこう告げる。
「フィーカ君たちは咲良君と一緒にあとから来るように。場所はわかるね?」
「うん、グラヌーゼのほうでしょ?」
 いい子だ。軽く頭をなでて、クロスは追いかけっこに加わった。

 男は息を上げながらもなお走る。
 貧困街を抜け、市場を駆け、住宅街へと至る。
 それでも男は、シュリヒは足を止めない。止めることが出来ないから。
 心臓が身体中に空気を送り込む。大きく早く動くそれは張り裂けそうだ。
「見ィーつけた」
 林道に入り追手が見えなくなった頃。もたれながら息を整えていた木の影から聞こえたのは、先程王国の……昏い場所で出会った裕福層風の男の声。
 ヤバい、見つかった。
 はやく、はやく。逃げなくては。
 あぁでも足がもう動かない……。
「全く、突然グラヌーゼに行くなんて言うから、何事かと思いましたわ」
 頭上からルネサンスの少女が降りてきた。話し方から察するに知り合いか。
 背後から一人、頭上に伸びる木の枝から一人、遠くから走ってくる2人分の足音。
 4対1。彼らのやり取りを聞いている限りもう少し居るかもしれない。
 ここまでか。天を仰ぎ、深く長い息を吐く。
 いや、まだだ。まだ終わらない。
 そう簡単に諦めては今までの自分に、自分を信用してくれる商売仲間に申し訳ない。
「くそ、クソクソクソッ! こうなりゃヤケだ!」
 懐から取り出したウィップを振るう。空気を切り裂く音は、聞くものが聞けば――きっと、彼が扱う商品が聞けば、身を縮こまらせることだろう。
「かかってこいよ、ガキども。人生の先輩が直々に教えてやらァ!」
 生きることの重さを、辛さを、苦しさを。

 シュリヒの扱うウィップはまるで意志を持って生きているように振るわれ、一同を戸惑わせた。
 ある時はそれを振るい、それを木に巻き付け攻撃を躱し、そのままあなた達を空中から蹴り上げる。
 しかし――、
「動くな」
 背後からヒューズが羽交い締めにし、それを三方から取り囲む。
 少しでも――もしかすると呼吸で上下する肩ですら――動いたら片手に魔力を込めた鋭い爪を、魔力を込めた弾丸を放たれる。そしてその先にたどり着く終着点は……。
「……わかった、俺の負けだよ」
 諦めたように手を空中にひらめかせ、降参の意思を示す。
 解放された腕を確かめるように何度か上下させ、そのまま地べたへと腰を下ろした。
「それで……あれか? お前らは宝石みたいな瞳の奴隷について知りたいのか?」
「そうだ。知ってンだろ、アンタ」
 確認するようにシュリヒが尋ね、プラムが答える。
 取り繕わなくなったプラムと、ヒューズの姿にシュリヒはニヤリと笑う。
「いいな、あんたら。そうしてる方がよっぽど『らしい』ぜ」
 そうしている方が信用できる。信用できる相手になら情報くらいいくらでも売ろう。
「銀の眼のドラゴニアなら、確かに扱ったさ。ガリガリに痩せてて、労働力にはならなそうだったから中々買い手がつかなかったがな」
 元々半ば無理やり押しつけられる形で手に入れたものだったが、断るわけにもいかず引き取ったと記憶している。
 銀の眼は綺麗であった為ある程度の付加価値は期待していたのだが、当てが外れて残念、と、語るシュリヒはふと貴方たちではない、遠くの方を凝視するように見た。
 パタパタと駆けてきたのはフィーカだ。後ろから咲良がそれを追い、さらにその後ろからやってきたのは……。
「まさか、あの時の……」
 人種ドラゴニア。深い深い森の緑を思わせる前髪が風に凪いで揺れると、その特徴的な瞳が現れた。
「なるほど、運命ってのは面白いもんだな」
 かつて扱った商品。忘れたくとも忘れられない唯一無二の存在が、今、時を経て再び目の前に現れた。
「よぉ、元気か? あん時よりも顔色よくなりやがって。……だが、今なら前よりはマシかもな」
 どうだ? 今からでもそいつを俺に売り渡す気はないか?
 そういった言葉が投げ掛けられるよりも早く、ヒューズの放った矢がシュヒリの頬を掠めていく。
 そんな状態すらも彼は楽しんでいるようで、喉の奥からクツクツと声を上げて『冗談だ』と笑った。
 あぁ、これほど愉快なことはない。
 愉快ついでにもうひとつ情報を教えてやろう。
「純種ドラゴニアの瞳が、宝石商の間で噂になった時期があったな。十数年前の建国記念日に、女王サマが演説した時に付けてたネックレスにキレーな宝石があしらわれててな。『あれはなんだ!?』ってな感じで話題騒然よ」
 後に宝石商の間では、あのネックレスに使われていたのは純種ドラゴニアの瞳を加工してできたもの、という説が生まれた。
 その噂は奴隷商人たちの耳にも届いたが、宝石の類いは専門外であったため、単なる噂話でおわってしまったのだ。
「しかしまぁ、今にして思えば勿体ないことをしたよ。あんたたちの話から察するに、そいつの眼は純種ドラゴニアの眼なんだろ?」
 純種ドラゴニアの眼はずっと昔から高価なものだとは知っていた。が、まさかカズラの眼がそうだとは気づけず、二束三文で売ってしまった。商人人生最大の大損だ。
 しかしこうして縁ができてしまった以上、気になるのはこの先。
「あの頃よりも価値があるシロモノだと誰もが知っている状態だ。俺がどうこうしなくても他の奴らがお前を狙ってくると思うがな」
 奴隷商人の中には裏で犯罪組織と繋がっている者もいる。
 もしカズラのような……純種ドラゴニアの瞳を持った者がうろついている、なんて情報が流れたらいつ襲われても不思議じゃない。
「そんなわけだ。気を付けろよ、少年少女」
 あらかた情報は全て話尽くした。重たい腰を上げて衣服についた土ぼこりを払い、立ち去ろうとするシュリヒを朱璃が呼び止める。
「待って。貴方がカズラ様を売った相手をまだ聞いてませんわ」
 それに対して足を止め、めんどくさそうに振り返る。
「あぁ? そんなの覚えて……いや、確かよくわからねぇ奴だったよ。大体奴隷を買う奴ってのは威圧的だったり自己顕示欲の塊みたいな奴なんだが、あいつからはそんな感じが一切しなかった」
 きっと見るに耐えない状態だったカズラを不憫に思ったのだろう。
 そんな常識的な倫理観を持ち、かつ奴隷を買えるような資産を持つ人間は珍しかった。
 あぁ、話しているうちに段々思い出してきた。そういえば、そいつも目利きの商人だったような気がする。
「今はもう跡形もないが、グラヌーゼ近くに村があったんだ。『リストニアルタ』って小ィせぇ村だったな。確か買った商人はそこのお偉いさんで、名前は……オスカー、つったか」

●不穏の影
 シュリヒが去ったあと、貴方たちは情報の整理を行った。
 シュリヒがカズラと出会った経緯、カズラを買った『リストニアルタ』の商人『オスカー』、そして背後で暗躍しているかもしれない犯罪組織の存在。
「大丈夫かい?」
 クロスがカズラに声をかける。おそらく無意識だったのだろうが、その手は爪が食い込むほど強く握られていた。
「……ぁ、だいじょ、うぶ」
「本当に? これから知ることが、カズラにとって幸せなことばかりじゃないかもしれないぜ?」
 真実を知ることはとても勇気がいることだ。
 カズラの感情を貯める桶が、全てを知ることで溢れてしまうかもしれない。
 カズラには無理をしてほしくない。これは仲間として。そして友人として。
「……全部、知る、と、みんなを、きずつける、かもしれない」
 それは、ずっと彼が悩み考えていたこと。
 まだその憂いは完全には晴れない。それでも。
「でも、みんなが傷つくのは……もっと、いや、だから」
 自分自身に向き合ってみようと思う。
 そんな道を示してくれた、仲間(みんな)の為に。
「あぁ、それが“この間”の答えか」
 ヒューズがいえば、こくりと首を振るだけで肯定を返した。
 ならば最後まで、カズラの気が済むまで付き合おうじゃないか。
 俺たちは大切な、一期一会の仲間なのだから。
「……ところで」
 朱璃がフィーカを見る。シュリヒの言葉を聞いてから、明らかに様子がおかしい。
「おいおいおい、どーしたよ?」
 彼なりの心配だろう。プラムが強めに背中を叩くのに合わせて、フィーカの口から言葉がこぼれる。
「リストニアルタ……、オスカー……。オスカーって……」
 ――おれの、とうさんのなまえだ。



課題評価
課題経験:84
課題報酬:3200
【想刻】悪計の敵意
執筆:樹 志岐 GM


《【想刻】悪計の敵意》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 1) 2020-08-23 10:32:20
武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

《模範生》 プラム・アーヴィング (No 2) 2020-08-23 16:05:51
元奴隷としちゃ、やっぱ奴隷商人は興味あるよなァ?
俺はそういうわけで、アングラな場所を探索するとするわ。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 3) 2020-08-24 18:41:25
そうですわね、私は住宅街で聞き込みをしてみようかと思いますわ。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 4) 2020-08-25 22:00:57
賢者・導師コースのリバイバル、クロス・アガツマだ、よろしく頼むよ。

プラム君と朱璃君がそちらに向かうなら、俺は市場に向かうとしようか。
あとは、観光客……というものは往々にして狙われやすくもある、十分注意は払っておこう。
しかし奴隷商人か…… そいつに人を売るような人間も、どこかに居るのだろうね……

《ゆうがく2年生》 ヒューズ・トゥエルプ (No 5) 2020-08-27 00:17:25
それじゃあ懲りずに裏っぽいところに行きますか。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 6) 2020-08-27 19:49:07
ひとまずプランは提出しましたわ。何か解ればよいのですけれど。