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御霊を還す炎が揺れし夏の海



ストーリー Story

●海の向こうに皆がいるから
「……キャンドル流しのお手伝い、ですか」
 リバイバルの聖職見習い【メルティ・リリン】は課題の案内板を見ると『ほう』とため息を吐いた。
 アルチェのとある一地域では夏に死者の魂が海の向こうから戻ってくると信じられており、秋に魂が迷わず元の居場所に帰還できるよう導き手として花の形をしたキャンドルを海へ流す行事が行われているらしい。
 しかしそのキャンドルが今年は数が足りないらしく、街で手配した商品を運ぶ護衛をしてほしい……とのこと。
「この手の催しは季節関係なくどの地域でもやるものよねー。歌や踊りで死者を慰めるとか、慰霊碑を浄めるとか……。アルチェの場合は見た目が華やかだから観光客も訪れるみたいだけど」
「アルチェのはそんなに人気があるんですか?」
「まぁね。色とりどりの花が海を彩り、地域の住民が民謡を歌って踊って美味しいものを食べる。ご先祖様に自分達はまだまだ元気だから心配しないでって伝えるためにね。要はちょっとしたお祭りなのよ」
「へぇ……」
 メルティはなるほど、と頷いて『この課題を受けてみたい』と教師に告げた。
「私、リバイバルですけど……先に行ってしまった仲間達に伝えたいことがあるんです。魂だけになっても今度は大切なものを守るために頑張るよって。もちろん護衛も頑張ります、しっかりやり遂げます」
「……それはいいことね」
 教師はふっと微笑むとメルティの頭を撫でた。もうこれ以上彼女を支える必要はないだろうと。

●アルチェの海を臨んで
 キャンドル運搬の護衛は特にこれといった事件に脅かされることなく終了した。
 時は夕暮れ――街では露店が並び、華やかな衣装を着た女性達が小舟にキャンドルを乗せていく。
 そんな中、アルチェの商人が学生たちの馬車を見るや頬を緩ませる。
「ああ、ああ。助かりました……これで今年も無事に先祖の魂を送ることができます」
 早速子供達にキャンドルを配り、学生たちに一礼する商人。
 続けて彼はいくつかのキャンドルを手に取ると『あなた達にも』と差し出した。
「この地域では海の果てに魂の国があると信じております。皆様のご先祖や大切な方があちらにいらっしゃると信じてくださるのであれば……よろしければ」
 その言葉にメルティは『ありがとうございます』と精一杯の笑顔で応じた。
 かつて守れなかった仲間達のために祈りと言葉を捧げる場が欲しかったから。
 一方で街は日が暮れた頃から一層華やかに賑わい出す。
 ふんだんに海の幸を使った食べ物、海沿いにたわわに実った果実を用いたジュースやデザート。
 そして多くの人が舞い歌う広場。
 さて、あなたはどのようにこの日を過ごすのだろうか。
 もっとも、しめやかに死者を悼むも。
 アルチェの観光地域を満喫するも。
 どちらでも死者の魂を癒し、見送ることに変わりはないのだけれども。


エピソード情報 Infomation
タイプ ショート 相談期間 5日 出発日 2020-09-02

難易度 とても簡単 報酬 ほんの少し 完成予定 2020-09-12

登場人物 4/8 Characters
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  
《新入生》クルト・ウィスタニア
 ヒューマン Lv9 / 勇者・英雄 Rank 1
「まったく……彼女はどこに行ったんだ!」 「俺は魔法はさっぱりだけど……入ったからには、頑張ってみるさ」 「もう、だれも傷つけたくない。傷つけさせない。そのための力が欲しい」 [略歴]  以前はとある国で、騎士として活躍していた。  しかし、とある出来事をきっかけに国を離れ、パートナーと共に各地を旅していた。  その道中、事件に巻き込まれパートナーとはぐれてしまう。  人の集まる魔法学園でなら、パートナーの行方の手がかりがつかめるかもしれないと考え、入学を決めた。 [性格]  元騎士らしく、任務に忠実で真面目。常識人っぷりが仇となり、若干苦労人気質。 [容姿] ・髪色…黒。 ・瞳……淡い紫。 ・体格…細マッチョ。ちゃんと鍛えてる。 ・服装…学園の制服を着ている。が、若干イタイんじゃないかと心配もしている(年齢的に)。 [口調補足] ・一人称…俺。改まった場では「私」も使う。 ・二人称…君、名前呼び捨て。目上の人には「さん」「様」をつける。 ・語尾…~だ。~だろう。目上の人には敬語。 [戦闘] ・剣を扱う。 ・「もっと守る力が欲しい」。  そう思い、最近は魔法と剣を融合させた剣技を習得したいと考えている。
《新入生》ヒナ・ジム
 アークライト Lv11 / 勇者・英雄 Rank 1
ヒナ・ジムです!【事務雛型】 ひよこがだいすきです! おすとめすはみたらわかります! ひよこがすきすぎて、はねがはえちゃいましたあ! そしたら、にぃにが、がっこうにつれてきてくれました。 かっこいいおにいさん、かわいいおねいさんがいっぱい…! みんな、なかよくしてね! *** ガンダ村の事務職の家系であるジム家の末っ子。 ひよこを愛する普通の子であったが、村の学校で飼っていたひよこをいじめた男子にたいする怒りをきっかけに、アークライトに覚醒! 知らせを受け慌ててタスクの発案により、学園に入学することとなった。 アークライトとしての力と生き方を学び、そして外の世界を知るために…。 ひよこが大好きで、好きすぎて羽根が生えたという本人談もあながち間違いではない経緯ではある。 ひよこのオスメスの区別がつき、人間の顔と同じ精度で個体識別できる。 鶏に対する気持ちは普通で、ひよこの時から可愛がっている個体に対してはその愛着を維持する。 覚醒時のほかにも、夜店のひよこを全員脱走させ親が全額弁償などひよこに関する逸話に事欠かない。 また、覚醒前から同年代にあり得ない怪力で、祖父のお下がりのバトルアックスの素振りが日課である。 とにかく甘えん坊。誰彼構わず甘え、兄タスクをやきもきさせる。 【勇者原則】決め台詞 通常時「ヒナ、負けないもん!」 覚醒時「○○ちゃんを虐める悪い子は、絶ぇっ対に許さない!」
《ゆう×ドラ》アレイシア・ドゥラメトリー
 リバイバル Lv11 / 村人・従者 Rank 1
「あたしはアレイシア、あなたは?」 姉妹の片割れ、妹 思考を重ね、最善を探す 奥底に、消えない炎を抱えながら 容姿 ・淡い薄紫のミディアムウェーブ、色は紫色寄り ・目は姉よりやや釣り目、同じくやや水色がかった銀色 ・眼鏡着用、目が悪いというわけではない。つまるところ伊達眼鏡 性格 ・妹と対照的に、考えで動くタイプ。人当たりは良く、社交的 ・好奇心旺盛、知りたいことはたくさんあるの! ・重度のシスコン、姉の為ならなんだってする ・結構子供っぽい所も、地は激情家 ・なぜか炎を見るとテンションが上がるらしい、熱いのが好き、というわけではない模様 姉について ・姉が全て、基本的に姉・自分・それ以外 ・人当たり良くして姉の居場所を増やしたい 好きなもの 姉、本 二人称:基本は「あなた」 先輩生徒「センパイ」 初対面には基本敬語

解説 Explan

●目的
 アルチェの魂送りの行事を満喫する

●場所
 アルチェの一地域。海に面した広場と砂浜。
 魔物の気配は一切ないので警戒する必要はありません。
 広場には露店が所狭しと並び、楽しい催しと美食で観光客を歓待中。
 砂浜では火の灯されたキャンドルが静かに沖へ向かっていきます。少しだけしんみり。

●登場NPC
 メルティ・リリン
 リバイバルの少女。最近先輩とともに戦いを潜り抜け少しずつ成長している模様。
 今回は生前守れなかった旅芸人一座の仲間を弔うために参加。
 花のキャンドルを海に流した後は海の果てをずっと見つめている予定ですが、
 声をかけていただけましたら行事に参加することも可能です。

●備考
 基本的にフリーアタックシナリオです。
 しんみりしても元気いっぱい遊んでも大丈夫、月が高く上がる前まで自由にお過ごしください。
 カップルでのデートや家族サービスなども大歓迎です。


作者コメント Comment
いつも大変お世話になっております、ことね桃です。

今回は初めての日常ものとなります。
内容的には……お盆とお彼岸を重ねたような行事でしょうか。
メルティはちょっとしんみりしている感じですが……どんな形でも祈りは届くはず。
どなたにとっても大切なことは『今、自分がしっかりと生きていること』なのですから。

皆様のご参加を楽しみにお待ちしています。


個人成績表 Report
クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:16 = 13全体 + 3個別
獲得報酬:432 = 360全体 + 72個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
キャンドルを海に流し、俺も死者を供養しよう
その後は、流れていく先を眺めているよ

黄昏刻か……
実に美しい光景だ

この世界にはあらゆるものに魔力が宿っているとされる
ならば、これはいわば、夕暮れの魔力に魅せられたのか……少しだけ自分のことを語ろう

俺には……クロス・アガツマには、弔う者はいない
これから先も、居ないことを願っている

数えきれないほどの死を見てきた、数えきれぬ年月をかけて
この世界に勇者は実在する。今も、何人も存在している
だけれど、零れることを止めきれない
どれだけ経ても、誰も

だからいつかはこの世界を、今より良い世界にしたいんだ
……何て、言っても栓なきことか

しばらくは海を眺めていよう
星が見えるはずだ

クルト・ウィスタニア 個人成績:

獲得経験:16 = 13全体 + 3個別
獲得報酬:432 = 360全体 + 72個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
アドリブ:A

たまには静かに一人で過ごすのもいいかもしれないな。
と思いつつ、露店で酒を買って海を眺めつつ晩酌する。

思いを馳せるような死者はいないが、知り合いの少女(プロフィール記載のパートナー)のことをどうしても思い出してしまう。

あの時俺が傍にいれば…危険は分かっていたというのに。
今さら悔やんでも仕方がないことだが、ついそう思ってしまう。


彼女の手がかりはつかめておらず、生死も不明な状態。
もし彼女が死んでしまっていたら、という考えに至ってしまい、恐怖を感じる。

が、きっと無事だとも信じているので、自分の目的のために改めて決意を固める。

そのあとは賑やかな場所に戻り、住民や他のPCと楽しく過ごす。

ヒナ・ジム 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:40 = 13全体 + 27個別
獲得報酬:1080 = 360全体 + 720個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
護衛任務ということで張り切って参加。
護衛対象、メルティ、同行の仲間をひっくるめて
「みんなをいじめるわるいこは、ヒナ、ゆるさないんだから!」
体より大きい祖父のお下がりの戦斧を
意外と堂にいった仕草で構え
警戒する

何事もなく護衛が済んだら、涙目になり
「おわったぁ…ヒナ、きんちょうしたよぅ…」

その後は、祭りを楽しみ、メルティや仲間に構い、
アークライトの運命に、子供なりに思いを馳せる

「ヒナ、きえちゃうんだって
にぃにや、ママ、パパとも、メルティちゃんとも、おわかれ?
そんなの、いやだよう!」

メルティと、【語り】タグを記載の仲間と
死や消滅、別れについて、色々聞いたり、語り合ったりして
しんみりと過ごす

アドリブA

アレイシア・ドゥラメトリー 個人成績:

獲得経験:16 = 13全体 + 3個別
獲得報酬:432 = 360全体 + 72個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
あら、久しぶりね。メルティさん
どう?あの後調子は……その様子だと、悪くないみたいね
先祖の魂 大切な人……ね

弔いには特に参加せず 強いて言うなら眺めるだけ
アタシの家族は姉さんだけ
それでいい アタシにとって 姉さんこそが全てだ

って そんなこと考えに来たんじゃないの
折角だから観光に来たの、メルティさんもどう?
屋台巡りでご飯やスイーツを堪能
海の幸がたっぷりの焼きそばなんか美味しそうだけど
ご飯は食べれてる?アタシは……まぁ。普通?
姉さんが偏食なのよ アタシも食べないと姉さんも食べないし
メルティさんも好き嫌いある?
気づけば何かとあれやこれやと話しかけ
…うざかったらごめん
何か、姉さん以外の同年代の子と
こうするの 初めてで

リザルト Result

●課題のご褒美
「よしよし、ここまでよく働いてくれたわね。夜に迎えに来るからしっかり休んで頂戴」
 ここはアルチェの街外れ。【アレイシア・ドゥラメトリー】は課題に同行した馬を厩舎に預けるなり笑みをこぼした。何事もなく旅を終えられたのだから。
 その傍らで泣き笑いを浮かべるのは【ヒナ・ジム】だ。
「おわったぁ……。ヒナ、きんちょうしたよぅ……」
「ああ、ヒナさんは初めての依頼だったんですね。お疲れ様、重い斧はここに預けてしばらくのんびりされたら?」
「うん、そうする……」
 今回の旅はヒナにとって初めての課題。
 彼女は祖父譲りの巨大な戦斧を担ぎ、長い道程を慎重に警戒し続けていたのだから疲労は当然の結果だろう。
『みんなをいじめるわるいこは、ヒナ、ゆるさないんだから!』
 小さな体に大きな志を秘めたヒナの宣言。それはアルチェの街に到着するまでずっと守り続けてきたことでもある。
 その時【クロス・アガツマ】が厩舎を訪れ、小さな籠をヒナとアレイシアに手渡した。
「浜辺に挨拶に行ったら子供達からお礼にと渡されてね。夏にだけ採れる果実を使った飴だそうだ」
 籠一杯に盛られた小さな紙包みから漂う甘い香りにヒナの疲れもどこへやら。愛らしい顔がぱっと輝く。
「わぁ、すっごくおいしそうなの。ありがとう、クロスちゃん!」
 一方でアレイシアは『……海、か』と呟くとクロスに感謝しつつ問いかけた。
「ところでクロスさんはこれからどうするの? アタシは街を観光するつもりだけど」
 するとクロスはジャケットから淡い青の花蝋燭を取り出した。
「俺は生前の縁が途切れて久しいが、それでもなお記憶の中に彼らはいるからな。黄昏の海で想いに耽るのもたまには良いだろう」
「……そっか。そういうのも大切なことだよね。心を傾けられる相手がいるって……大切なことよ」
 眼鏡の奥の瞳に憂いを帯びさせるアレイシア。
 しかし彼女は軽く首を横に振ると『それにしても今日は雲ひとつない空で良かったわよね。きっと最高の夕日が見られるはずよ』と明るく笑った。
 ――そうだ、今は悲しむことなんてない。生きていた頃よりずっと幸せなんだから、と胸に秘めながら――。

●華やかに、厳かに、祈りを
 【クルト・ウィスタニア】は浜辺に降りると、露店で購入した酒を片手に座り込んだ。
「……たまには静かに一人で過ごすのもいいかもしれないな」
 ぽつりと呟き、マグを傾ける。
 辛口の酒は熱を帯びながら喉へ流れるも、海風が頬を撫でるごとに火照りが和らいでいく。
 それを彼は心地よく感じていた。
(『彼女』はきっと生きている。だからこの蝋燭は……この世界から消えてしまった人達のために贈ろう)
 ちゃぷん。
 水面をゆっくりと揺蕩う橙色の小花。
 その儚さは、彼が生まれて初めて命をかけて守りたいと思った『少女』の面影を彷彿とさせた。
(あの時俺が傍にいれば……危険は分かっていたというのに。……今さら悔やんでも仕方がないことだが、ついそう思ってしまう)
 ――かつてクルトが騎士だった頃、貴族出身の少女と出会い心を通わせていた。
 しかし少女はある事情により命を狙われる身。
 やむを得ずふたりは身分を捨て逃亡生活を送るも、互いに心が繋がり合う人が隣にいればいいと信じていた。
 だがそんな幸せな日常の中で。
 彼女は突如姿を消した。
 どうやら人攫いに遭ったようだと件の街の人々は話していたが……クルトは黙したまま思考を巡らせる。
(件の組織なら彼女を逃さないよう真っ先に手をかけるはずだ。それに犯行が奴らではないとするなら彼女を殺害することにさして利がない。きっと彼女は生きている……俺を待ってくれている。だからまずは己を鍛えながら、情報を集める。そのために学園に入学したんだ。この瞬間も……無駄にはしない)
 彼は改めて心に誓うと淡い紫色を帯びてきた空へ手を伸ばす。
 今はまだ何もこの掌中に収まっておらずとも、必ずあの子を救うと。
 そこに【メルティ・リリン】とヒナが花蝋燭を手に『お隣、いいですか?』と小首を傾げた。彼は慌てて手を下ろし、笑みを作る。
「ああ、メルティもヒナも魂送りをするんだな? 構わないよ、この辺は人が少ないから祈るには最適だろう」
「ありがとう、クルトさん」
 そう言ってメルティとヒナは共に海へ花蝋燭を流す。水面をゆったり流れていく桜色の花。メルティは丁寧な作法で祈りを捧げる。
 ヒナもまた、稚いながらも何か思うことがあるのだろう。淡黄色の花へ指を組んでそっと目を閉じた。
 静かな場所を求めた末にそこへ居合わせたクロスも『俺も共に祈らせてもらうよ』と告げ、青の花を海に浮かべる。
 ――夕焼けの海は何とも眩く、美しい。
 誰もが無言になる、ほんの僅かな時間に色を変えていく幽玄の輝き。
 それに魅入られたようにクロスは目を細めた。
「黄昏刻か……実に美しい光景だ。この世界にはあらゆるものに魔力が宿っているとされる。ならば、これはいわば、夕暮れの魔力に魅せられたのか……少しだけ自分のことを語ろう」
「クロスさんの、こと?」
 今振り返ると、クロスは常に周りに気を配っていた。
 それは彼が成熟した『大人』だからと単純にメルティは思っていたが、同時に自身を律している証なのだと皆が得心する。
 その中でクロスは『……まぁ、たまにはな』と苦笑し、続けた。
「俺には……クロス・アガツマには、弔う者はいない。これから先も、居ないことを願っている」
 それはあまりにも長すぎる時を経て辿り着いた願い。
 彼はにわかに腰を落とすと、大きな手で砂を掴んだ。
 しかし砂はあまりに細かく、指の間からほろほろと落ちていく。
 その散り様にクロスは静かに目を伏せた。
「数えきれないほどの死を見てきた、数えきれぬ年月をかけて。この世界に勇者は実在する。今も、何人も存在している。だけれど、零れることを止めきれない。どれだけ経ても、誰も」
 そう。誰しも死の宿命から逃れることはできない。死を超越したリバイバルでさえ体を構成する魔力が尽きれば消滅する。
 その重い言葉にクルトが大きく頷いた。
「死はいつか必ず訪れるもの。そう分かっていても、いざ別れの時のことを考えると怖くなってしまうな。もし俺が死ぬ時は……残された人が悲しまないように、笑って死にたい」
 できることならあの少女の手に触れて、彼女が最期まで幸せであるようにと願えたら。クルトは蝋燭の灯りを見つめながら想う。
 そこにアレイシアが菓子袋を小脇に抱え、立ち寄った。
 彼女はどうも悼むべき人がいないらしく、花蝋燭を手にはしていなかった。
「弔いの花……か。そういえばアタシ……死んだ時のことは覚えてないのよね。ただ、それを聞くと姉さんは悲しそうな顔をする。だからきっと、ろくな死に方じゃなかったのよ」
 それはどうしようもないやるせなさを含んだ声。それは姉の悲しみを拭えぬ痛みだ。
「アタシの姉さんはアークライトでね。だからそんなに長くはいられない。アタシはもう死んだけど、次に死ぬとしたら……姉さんが、死ぬ時……と決めているの」
 姉妹の余りにも激しく切ない宿命。それを耳にしたヒナは肩を震わせ、涙をこぼす。
「あのねっ、ヒナもアークライトなの……にぃににおしえてもらったの。ヒナもいつかきえちゃうんだよって……。それってにぃにや、ママ、パパとも、メルティちゃんやみんなとも、おわかれ? そんなの、いやだよう!」
 おそらくヒナの兄は妹にできるかぎりやさしく説明したのだろう。それでも幼い命には未来がぷつりと途絶えるという事実が何より恐ろしい。
 その言葉にクロスは顔を俯かせた。消滅ばかりは学園の教師達にも救済できないのだ。だから彼は言葉をひとつずつ選んでいく。
「ヒナ君、アークライトの命の問題は確かに未解決だ。だからこそ研究が日々進められているんだ。いつかは君達の力と命の原理が解明されるかもしれない。それがどんなものかは今の俺達にはわからないが……いずれにせよ毎日を大切に生きてほしいと俺は思うよ」
「でも……ヒナ、みんなといっぱいぼうけんしたい。あたらしいことたくさんみつけたり、こまってるひとをたすけたい。にぃにみたいなすてきなひとにもあってみたい。ママにもなりたい……」
 落陽を自分に重ねたのか、ぐすぐすと小さな手で両目を擦るヒナ。
 その悲しみを突然、雲のような何かが包み込んだ。
「メルティ、ちゃん……?」
 それはメルティの細い腕。彼女はヒナの頭にそっと頬を寄せると目を瞑った。
「ヒナちゃん、あなたにとって大切なものはなぁに?」
「それは……にぃにとおうちのみんな、がくえんのおともだちに……だいすきなもの、いっぱい」
「そう……『大好き』がいっぱいいてくれることは素敵ね。でもその大好きさんがヒナちゃんの悲しみを知ったら……きっとあなたと一緒に泣いてしまうわ」
「……ん。みんな、やさしいもん」
「だから大好きな皆のためにも笑って、ヒナちゃんらしく元気に生きて。クロスさんが言ったようにいつかアークライトの力の秘密がわかったら、新しい道が開けるかもしれない。それにクルトさんが言ってたでしょ、最後は皆に哀しみが残らないように笑いたいって。アレイシアさんにも大切な人を最後まで守りたいって願いが心の根っこにあるのよ。ヒナちゃんも皆に幸せと笑顔を届けようよ。私も手伝うから……ね?」
 その言葉にクロスが頷き、クルトが照れくさそうに頭を掻いた。
 クロスは薄闇に包まれつつある沖でちらちらと波間に揺れる炎を眺めながら言葉を紡ぐ。
「いつか魔物がいなくなれば誰もが自由に世界を行き来し、自由に生きられる時代が来るかもしれない。だからいつかはこの世界を、今より良い世界にしたいんだ。……なんて、言っても栓なきことか」
 最後の一言は冗談めかしたように苦笑して。しかし、世界を良くしたいと語る彼の瞳はまるでそれが本当に出来ると信じて疑わないように純粋だった。
 そのまっすぐなまなざしをヒナがメルティの腕の間から見つめた瞬間、ようやく涙を堪えられた。
「ありがとう。ヒナ、やさしいゆうしゃになる。みんなとちからをあわせて、みんなでわらって、さいごまでげんきにいきる……!」
 ヒナの笑顔は涙で濡れていたけれど、それでもなお本来の明るさを取り戻し、どこか大人びた強さも感じさせるものに変わっていた。
 それに安堵したメルティは腕をほどき『それでは、私は街に少し行ってみますね。ヒナちゃん、お腹空いたでしょう? 皆さんもリクエストあります?』と声を弾ませた。
「あ、それなら俺も行く。丁度マグを返さなきゃいけないし……小腹も空いてきたしな」
「アタシも行くわ。まだ見ていない露店、たくさんあるもの」
 たった一夜の祭典ならば楽しまねば勿体ない。
 メルティとクルト、そしてアレイシアは足取り軽く雑踏に紛れていく。
 その背を見送るクロスは『もう大丈夫だな』と安堵し、砂浜に腰を下ろした。
 空は既に群青色に染まっている。
「しばらくは海を眺めていよう。……星が見えるはずだ」
「うん。クロスちゃん、よるっておほしさまのほうせきばこみたいよね」
「そうだな。それに夜は今日の『さよなら』だが、必ず明日を連れてきてくれる。一番暗い時こそ朝日が輝き始めるのだから……大切な時間だ」
 その言葉にヒナは頷くと、早速一番星を見つけて満面の笑みを浮かべた。

●思い出になる味
 アレイシアは広場に向かうとメルティと談笑しながら露店巡りを満喫していた。
「メルティさん、そういえば……最近はどう? ……その様子だと、悪くないみたいね」
「はい、課題はもちろん座学でも……その、医学で血を見る機会が増えたので……」
 恥じらうメルティにアレイシアは『そうなんだ、医学は実習があるものねぇ……今が頑張り時か』と返し、紙袋から小さな揚げパンを差し出す。
「これは?」
「この街の銘菓。柑橘ジャムの包み揚げですって。少し買いすぎたから食べるの手伝ってくれる?」
 本当は買い過ぎてなどいないのだけれど、それは彼女なりの心遣い。そこでふたりは露店の間に座り――ぱくり。『おいしい!』と声を重ねて笑い合った。
「ありがとう、アレイシアさん。私、こういう場所に来るの久しぶりだから緊張して……昔はこういう場所で仕事をしていたのに変ですよね」
「そんなことないわよ。アタシだって……癖のあるとこで育ったから何かと新鮮に感じることがあるわ」
 そう言うなりどこか遠い目で舞台を眺めるアレイシア。
(弔い……か。アタシには悼むべき人などいない。アタシの家族は姉さんだけ。それでいい。アタシにとって……姉さんこそが全てだ)
 彼女はかつて閉鎖的な村で生まれ、魔法の才覚があったゆえに姉とは対称的な扱いを受けてきた。
 同じ血の流れる姉は理不尽に疎外され、自分は村の希望の星と期待される――そんな歪みに満ちた狭い世界。
 もっともその地は魔物によって既に消されたけれど。
 そんな過酷な過去を背負っても自分を拒絶せず、慈しんでくれた姉にアレイシアは深く感謝し、今なお敬愛しているのだ。
 ――その時、ふいに香ばしい匂いが漂ってきた。
 露店で海の幸を豪快に混ぜた麺料理が大皿に盛られていく様を彼女は嬉しそうに眺める。
「あ、あれ美味しそうね。メルティさん、よかったらあれも食べてみない? ……ってゆーか、ご飯は食べれてる? アタシは……まぁ。普通なんだけど」
「ええ、毎日なんとか自炊してます」
「そっかー、いいなぁ……。うちは姉さんが偏食なのよ。アタシが食べないと姉さんも食べないし。メルティさんも好き嫌いある?」
「ええと……好きなものはお茶にできる香草かな。集めるのが楽しくて。逆に……大味なお肉だけ苦手かもです。熊とか、猪とか」
「あぁ、それは山の幸あるあるだわ。滋養があるけど工夫しないと癖があるのよね。……それならさっきのご飯、買ってくる。海のものだったら大丈夫でしょ?」
 にっこり笑い、早速麺料理を購入するアレイシア。
 すぐさま大盛の皿をふたりの膝の上に乗せ、揃ってフォークを握る。
「……ん、おいし。魚醤ってゆーの? あれが少し入ってる感じがするけどハーブで塩気と匂いが和らいでる」
「ですね。貝柱の食感も面白いし、きっとこの街の名物になるでしょうね。ありがとう、アレイシアさん」
 舌鼓を打ちながら笑い合うふたり。
 しかしある瞬間、アレイシアのフォークがぴたりと止まり。彼女は整った顔を赤く染めた。
「あの……話しすぎたかな。もしうざかったらごめん。何か、姉さん以外の同年代の子とこうするの……初めてで」
「あっ! 全然そんなことないです! 私は戦うアレイシアさんしか知らなかったから、こうしてお話しができて……素敵なお友達ができたようで……嬉しい」
 メルティの思いがけない反応にアレイシアはどうしたものか逡巡し、小さく笑うと『そう思ってくれたならアタシも嬉しいよ』と返した。
 そしてふたりは空になった皿を膝から下ろし、海を眺める。
 既に光の花は沖の向こうに消え、柔らかな月あかりだけが海を静かに照らしていた。



課題評価
課題経験:13
課題報酬:360
御霊を還す炎が揺れし夏の海
執筆:ことね桃 GM


《御霊を還す炎が揺れし夏の海》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《新入生》 クルト・ウィスタニア (No 1) 2020-08-29 01:42:01
クルト・ウィスタニアだ。
ちょっとまだ何をするかは考え中だが…
たまには静かに酒でも飲みつつ海でも眺めようかな。

俺にはまだ思いを馳せるような死者はいないが、知り合いのこともあるし自分の考えを整理するにはいいかもしれない。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 2) 2020-08-29 15:44:50
おや、一人だと思っていたが来たみたいだ。
俺はクロス・アガツマ、直接的な絡みはないかもしれないけど、よろしく頼むよ。

《新入生》 ヒナ・ジム (No 3) 2020-08-31 05:44:51
ヒナ・ジムです!ひよこが好きです。
ちっちゃいけど、「ごえい」?がんばるっ!
うみ、楽しみだね!

【PL】
登録ほやほやのキャラですが、よろしくお願いいたします。

もし良ければのご提案なのですが、死や別れについて、少しでも
参加の皆様で語るシーンが作れたら嬉しいと思っています。

もし、字数に余裕があり、気が向いてくださった場合は、
プランに【語り】タグを書いていただき、死や別れについての何らかの
見解や感傷などを書いていただくと、とても嬉しいです。

こちらのプランには、以下のように記載してみました。

↓↓↓

メルティと、【語り】タグを記載の仲間と
死や消滅、別れについて、色々聞いたり、語り合ったりして
しんみりと過ごす

《新入生》 クルト・ウィスタニア (No 4) 2020-08-31 22:06:58
ヒナか。よろしく頼む。
うみ、楽しみだな。

【語り】は興味深いテーマだな。
俺も少し考えてみたよ。
もし祭りの会場で会えたら、なにか話せるといいな。

(PLより)
ウィッシュに記載させていただきました。
プラン採用されなかったらすみません…!

《新入生》 ヒナ・ジム (No 5) 2020-09-01 12:20:53
くるとちゃん、ありがとう!
いっしょにはなしてくれて、ヒナうれしいっ!

【PL】ウィッシュへの記載本当にありがとうございます!
リザルトを楽しみに待ちましょう!

《ゆう×ドラ》 アレイシア・ドゥラメトリー (No 6) 2020-09-01 19:54:33
ギリギリですが、アレイシア・ドゥラメトリーです
よろしく……するような内容ではないかもしれないけど、よろしくお願いしますね

《新入生》 ヒナ・ジム (No 7) 2020-09-01 23:59:54
アレイシアちゃん、ヒナ・ジムです。よろしくね!

いよいよしゅっぱつだね!
たのしみたのしみ♪