「中々の雰囲気を醸しだしているね」
　薄茶色の髪を僅かに掻き上げつつ、【シキア・エラルド】は、問題の廃別荘を見上げた。
　黄昏時ということもあってか、ただならぬ異様な雰囲気を周囲に振りまいているように見えた。
「ここでこうしていても仕方がありませんね。さっさと終わらせるとしましょう」
　少しばかり焦ったような早口で【オズワルド・アンダーソン】は呟き、シキアの手を力強く握った。
　その力の強さに、シキアは僅かに目を見開き、オズワルドを見た。
　オズワルドの青い瞳は、彼の内心の不安を現すように、僅かに揺らいでいた。
「別に怖いわけじゃありませんよ。村の人達への聞き取りに、思いのほか時間がかかりましたからね。早く帰りたいんです」
「そうだね」
　もしかして怖いのだろうかとシキアは思ったが、彼の名誉のためにも、そこに触れるのは止めておいた。

　時間は少し遡る。
　村に到着した二人は、村長の挨拶を受けた後、廃別荘についての情報を求め、手分けをして情報収集にあたった。
　オズワルドが尋ねたのは、今のところ村で唯一といえる、怪異に遭遇した村の若い男女――【フロント】と【サーラ】のところだ。
　廃別荘の一階部分に壁が崩れている箇所があり、二人はそこから侵入したのだという。
「あ、あれは、絶対女の子の亡霊だ！　間違いない！　それに、化物のような唸り声も聞いたんだ！」
　身振り手振りを交えつつ、フロントは捲くし立てた。
「それは災難でしたね。僕達が来たからにはもう大丈夫です。ご安心ください」
　オズワルドは安心させるように笑みを浮かべ、興奮気味のフロントを落ち着かせた。
「それは、別荘のどのあたりですか？　実際に姿は見かけましたか？」
「い、いや。姿は見て無いかな。お前はどうだ？」
「え、えっと……私も見てないわ。ただ……」
「ただ、なんです？」
　オズワルドはサーラに先を促した。
「女の子の声が、楽しそうだったなぁ、って」
「楽しそう？」
「その、私がそう感じただけなんだけど……」
　サーラは自信無さげに目を伏せた。
「では、最後に一つだけ。お二人は、あんな場所で何をしようとしてたんです？」
　そう尋ねたとたん、二人はあからさまに動揺し、視線をさまよわせた。
「た、ただの肝試しだよ！　なぁ？」
「え、ええ。そうですっ！」
　ただの肝試しというのなら、何故そこまで動揺するのだろうか。
　若干疑問に感じたオズワルドだったが、二人に礼を述べるとその場を後にした。

「あの別荘の持ち主の話ですか？　儂の知ってることで良ければ……」
　同じ頃、シキアは村長に別荘の持ち主であったという貴族の一家について尋ねていた。
「ええ、お願いします」
　端正な顔立ちに人好きのする笑顔を浮かべ、シキアは頷いた。
　村長の話は、一家についてのものというよりも、貴族夫婦の娘についてのものだった。
　病弱な少女だったらしいが、都会に比べて空気が良いおかげか、ペットの子猫を連れて、元気に遊ぶ姿をよく目にしたらしい。
「村の子供達ともすぐに仲良くなったんじゃが。少しばかり、悪戯が過ぎる子じゃった」
　悪戯はどれも他愛の無いものだったが、村の悪ガキ共がそれに便乗して騒ぎを大きくする事が多々あったようだ。
　まさか、貴族の娘相手に、村の悪ガキのように拳骨を落とすわけにもいかない。
　唯一村が被った、ささやかだが深刻な被害だったようだ。
「他には何か無かったかな。その一家が何かを集めたり探したりしていなかったかとか」
「娘さんの難病を治すため、方々に手を尽くしていたようですが、それ以外はわかりませんな」
「音楽が好きだったりとかは？」
「は、はあ。そういう趣味があったかどうかまでは……」
「ふむ、なるほど」
　一通りの話を聞き終えたと判断したシキアは、村長に礼を述べると、オズワルドと合流すべく、その場を後にした。
（そういえば、別荘を建てた貴族の一家はヒューマンだったな。もしかして）
　田舎道を歩きながら、シキアの脳裏には、怪異の正体について、ある予測が浮かび上がっていた。
「決めつけるには情報が少ないけど、頭に入れておいたほうが良さそうだ」

　そして、時間は再び冒頭に戻る。
「ああ、ここですよ、シキアさん。例の男女が侵入したのは」
　オズワルドは、壁が崩れ落ちている箇所をランタンで照らした。
「それじゃ、行くとしようか」
　外観からおおよその予測はついていたが、屋内の荒廃はかなりのものだった。
　二人は足元に注意しながら、まずは一階部分の部屋をひとつひとつ調べていった。
　暗所やチェック済みの部屋にキラキラ石を置いて目印を残すことも忘れない。
　一階部分をほぼ調べ終わった時、ちょうど二人の真上あたりから、誰かが走り回るような音が聞こえた。
　振動でわずかに誇りが舞い降りてきた。
「キャハハハハハ……」
　足音に混じって、少女の笑い声も聞こえてくる。
　オズワルドとシキアは思わず顔を見合わせた。
「ウルルルルルルルアオオオオオオオオウウウウ……」
　今度は獣の唸り声のようなものまで聞こえてきた。
　フロントとサーラが語っていたのと全く同じ状況だ。
　二人は顔を見合わせて頷くと、慎重に二階への階段を登って行った。
　もちろん、硬く手を繋いだままで。

　足音を追って辿り着いた先は、二階の一室だった。
　中に踏み入るべきかと視線を交わしていると、軋んだ音を立てながらドアが外側に開いた。
「うにゃ～」
　現れたのは黒猫だった。
　琥珀色の瞳が、二人の顔を見上げている。
「猫……？」
　二人が猫に気を取られた時だった。
「バアアアッ！」
　そんな声と共に、二人の眼前に逆さづりのような態勢でぶら下がる少女が現れた。
　年の頃は10歳くらいの可愛らしい女の子だった。
　よく見ると、身体が若干透けて見える。
「ねえねえ、びっくりした？　びっくりした？」
　屈託なく笑うと、床に降り立った少女は、嬉しそうにオズワルドとシキアの顔を交互に見つめた。
「う、うん。まあ、少し」
　シキアは少女に微笑み返し、そっとオズワルドに耳打ちした。
「彼女、リバイバルだ」
　オズワルドは頷いた。
「と、ところで、あなたは……？」
　悪意は無いようだし、彼女と対話を試みることにした。
「私、【メイ】！　この子は、お友達の【クロノ】！」
　少女――メイは、そう言って先程の黒猫を抱き上げた。
「ところで、いつからここに……？」
「わかんない。気が付いたらここにいたの。パパもママも居なくなって、クロノしかいなかったの」
　それに応えるように、クロノが小さく鳴いた。
「この前来た人達を脅かしたのは何故です？」
「面白いから！」
　オズワルドの問いに対するメイの返答は、明朗だった。
（ああ、そういえば）
　少女が悪戯好きだったという村長の話を、シキアは思い出していた。
「ところで、彼女をどうします？　このままにはしておけません」
「そうだね。どうしようか」
　村の人々は、建物を撤去したがっている。
　しかし、そうなるとメイとクロノの居場所は無くなってしまう。
「なら、お前さん達のところに、お嬢を連れて行ってはくれんかね」
　その声は、少女の抱いた黒猫――クロノから発せられた。
　リバイバルとなった少女に付き添っている猫が、ただの猫では無いと薄々感じてはいたが、ケットシーだったようだ。
　先程の獣のような唸り声も、彼の仕業だったのだろう。
「すごいでしょ？　クロノはおしゃべりも出来るんだよ！」
　どこまでも無邪気なメイの言葉に、オズワルドとシキアは顔を見合わせて笑みを漏らした。
「あなたは、どうしたいですか？　僕達のところに来ますか？」
　オズワルドは、メイと視線を合わせるようにしてしゃがみ込み尋ねた。
「クロノも一緒なら、行く。良い……？」
　上目遣いで見上げるメイに、オズワルドとシキアは『もちろん』と頷いた。

　こうして、リバイバルのメイとケットシーのクロノは、フトゥールム・スクエアへ向かうことになった。
　メイは、廃別荘自体に特に執着は無いらしく、取り壊しは予定通り行われることになり、村人達は胸を撫で下ろしていた。
「フトゥールム・スクエアってどんなところかな。楽しみだね、クロノ」
「にゃー」
　メイは楽しそうにクロノに話しかけていた。
「後の事は、先生達に押し付けていいんじゃないかな。目的は達成したんだしね」
「それもそうですね」
　相槌を打ち、オズワルドとシキアの脳裏には、学園長の顔が浮かんでいた。
　彼女なら、きっと色々とうまいことやってくれるに違いない。
　学園には、様々な理由で身を寄せている様々な種族の者達がいる。
　その中にもう一人増えるぐらい、どうということは無いはずだ。
　オズワルドとシキアも、その一員なのだから。