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宿り木の下に唇を盗んで


ストーリー Story

 聖夜近づく真冬の夜に、身を寄せ合うようにして歩くふたつの影。
 ひとりはとんがり帽子、もうひとりは毛糸の帽子――ご存じ【メメ・メメル】学園長と教師【コルネ・ワルフルド】だ。
 雪こそ降らねどしんしんと冷え、いまにもちらりちらりと白いものが舞い落ちそうな気配、鈴の音のかわりに聞こえるものは、霜柱踏みしだく足音ばかりである。
「なぁ、コルネた~ん」
 白い息を吐いてメメルはコルネを見上げた。
「お正月の御年酒買ってくれとか言ってもだめですから。ていうか学校の予算を酒代に使わないでくださいっ」
「まだなんも言っとらんだろーが! オレサマが猫なで声だしたらおねだりとか決めつけるでない!」
 えっ、とコルネは意外そうな顔をした。
「じゃあおねだりじゃないんですか?」
「クリスマスのスパークリングワイン買って! ブランデーでもいいけど♪ できれば両方……あはっ☆」
「ぶちますよ」
 こわーい、とメメルは両腕をさするようなポーズをした。けれどコルネは愛想笑いのひとつもしない。
 歳末ゆえどうも予算関係の話はまずいようだ、と悟ったか、
「いや冗談だよジョーダン、酒の話ではないわいな」
 じゃあなんの話で? という目をするコルネに頭上を指して言う。
「見よ。星がきれいだなあ」
「そうですねえ」
 コルネも警戒をといたらしい。毛糸の手袋をはめた手で、マフラーを首元に引き上げ空を眺める。
「頭の上の木が見えるかコルネたん? あの葉っぱのあるやつ」
「クリスマスツリーじゃないですよね」
「そうともあれは宿り木(ヤドリギ)といってな、他の木に寄生して緑の葉を茂らせる。寄生っていっても他の木から養分を吸い取っとるわけじゃないぞ。ちゃんとお日様を浴びて自力ですくすく育っていると言われておるのだ☆」
「そういえばあれはブナの樹ですね。ブナの葉はぜんぶ落ちちゃったのに、くっついてるヤドリギのおかげで上の方は青々としてます♪」
 勉強になりました~、というコルネに、うんうんとメメルはうなずいた。
「ヤドリギにはキュートな伝統があってな。クリスマスの季節に、ヤドリギの下にいる女性はキスを拒むことができないというのだ☆」
「本当にやったらぶちますよ☆」
 にっこりしているがコルネは、手袋の拳をがっちりかためている。
「コルネたんマジこわーい♪」
「これも学園長先生の教育のたまものですよ☆」
 コルネの左フックがシュッと風を切った。

 ★ ★ ★

 あっ、と小さく声を発して【イアン・キタザト】は反転して背を向けた。
「見てませんから!」
「……気にしなくて結構、キタザト先生」
 フルフェイスの兜を持ち上げ、【ネビュラロン・アーミット】はかぶり直す。
 金具を下ろす冷たい音が冴え冴えと響きわたった。
 夜空には銀の月、頭上にはヤドリギの葉、学舎を遠くにのぞむ散歩道だ。他に人影はない。
「眠れなくてつい、散歩していたらですね。ふと姿をお見かけして……」
 ごくりとキタザトは唾を飲みこむ。正直、この人は苦手だ。
 心臓が高鳴る。
 とっさに見てないと口走ったがあれは嘘だった。
 見てしまった。
 ネビュラロンの兜の下を。真夏の海ですらさらさぬ素顔を。
 目撃したのは右側だった。頬にざっくりと深く長い傷跡があった。刀創(かたなきず)だろうか。
 髪は栗色、長く伸ばしており目元は隠れていた。ただ一瞬風が吹き、まぶしそうに歪めたまなざしがちらりとあらわれた気がする。
 美人というよりは可愛い、って感じかな、意外なんだけども――。
 だがこんなこと、片言でも口にすれば即叩き斬られそうな気がする。
 ネビュラロンは無言だ。
 カチッ、と音が立った。
「もう振り向いてもらって結構」
 向き直ったネビュラロンは、全身甲冑に兜、おなじみのあの姿である。
「はい、どうも、こんばんは」
「こんばんは」
「冷えますね。明日あたり雪になりそうだ」
「まったく」
 一応世間話してみようと試みるし相手も応じているとはいえ、
(ヤバい、間が持たない――!)
 もうキタザトはいっぱいいっぱいだった。
 ええい、ままよ!
 いざとなればダッシュで逃げる覚悟で息を吸い込む。
「ごめんなさい先生、僕、ちょっとだけですけどお顔を見ちゃいましたー!!」
「ああ」
 けれどネビュラロンは落ち着いている。
「傷があったでしょう?」
 言いながら彼女は右の手首、手甲(ガントレット)に左手を添えた。
 手甲を外す。右手首から先は何もなかった。
「このとき一緒に失いました」
「どこで?」
 反射的に言ってしまったことをキタザトは激しく後悔した。間違いなく気分を害するだろう。無言で行ってしまうかもしれない。
 だが意外にもネビュラロンは、
「遠い空の彼方で」
 素直に答えて顔を、夜空へと向けたのだった。

 ★ ★ ★

 薄暗い部屋。
 まったく似合わないサンタ帽をかぶって、線香みたいにケーキに立てた細長いロウソクを前にして、そのロウソクにも負けないくらい白い顔をした【ゴドワルド・ゴドリー】先生が、クリスマスソングをソロで歌っている。
 でもケーキ皿はふたつあるのだ。
 あら不思議。

 ★ ★ ★

 星降る雪降る聖なる夜。
 ヤドリギを見上げるは、寄り添うふたつのシルエットだろうか。
 それとも待ちぼうけを食わされているシングルガールか。

 気になるあの人とすごそう。
 一方通行の想いとて、今夜ばかりは伝わるかもしれないから。

 あるいは独りで心の静寂を求めるか。
 それもまた、佳いものなのだから。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 4日 出発日 2020-12-30

難易度 とても簡単 報酬 ほんの少し 完成予定 2021-01-09

登場人物 4/6 Characters
《新入生》ルーシィ・ラスニール
 エリアル Lv14 / 賢者・導師 Rank 1
一見、8歳児位に見えるエルフタイプのエリアル。 いつも眠たそうな半眼。 身長は115cm位で細身。 父譲りの金髪と母譲りの深緑の瞳。 混血のせいか、純血のエルフに比べると短めの耳なので、癖っ毛で隠れることも(それでも人間よりは長い)。 好物はマロングラッセ。 一粒で3分は黙らせることができる。 ◆普段の服装 自身の身体に見合わない位だぼだぼの服を着て、袖や裾を余らせて引き摺ったり、袖を振り回したりしている。 これは、「急に呪いが解けて、服が成長に追い付かず破れたりしないように」とのことらしい。 とらぬ狸のなんとやらである。 ◆行動 おとなしいように見えるが、単に平常時は省エネモードなだけで、思い立ったときの行動力はとんでもない。 世間一般の倫理観よりも、自分がやりたいこと・やるべきと判断したことを優先する傾向がある危険物。 占いや魔法の薬の知識はあるが、それを人の役に立つ方向に使うとは限らない。 占いで、かあちゃんがこの学園に居ると出たので、ついでに探そうと思ってるとか。 ◆口調 ~だべ。 ~でよ。 ~んだ。 等と訛る。 これは、隠れ里の由緒ある古き雅な言葉らしい。
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  
《真心はその先に》マーニー・ジム
 リバイバル Lv18 / 賢者・導師 Rank 1
マーニー・ジムよ。 普通のおばあちゃんとして、孫に看取られて静かに逝ったはずなんだけど…なんの因果か、リバイバルとして蘇ったの。 何故か学生の時の姿だし。 実は、人を探していてね。 もし危ないことをしていたら、止めなければならないの。 生きてる間は諦めてたんだけど…せっかく蘇ったのだから、また探してみるつもりよ。 それに、もうひとつ夢があるの。 私の青春、生涯をかけた行政学のことを、先生として、みんなに伝えること。 これも、生前は叶える前に家庭持っちゃったけど、蘇ったいま、改めて全力で目指してみるわ。 ※マーニーの思い出※ 「僕と一緒に来てくれませんか?」 地方自治の授業の一環でガンダ村に視察に行ったとき、そこの新規採用職員であったリスク・ジムからかけられた言葉だ。 この時点で、その言葉に深い意味はなく、そのときは、農地の手続きの案内で農家を回る手伝いといった用件だった。 「よろしくお願いします。」 これ以降、私たちの間では、このやり取りが幾度となく繰り返されることとなる。 その後、例のやり取りを経て婚約に至る。 しかし、幸せの日々は長くは続かない。 結婚式の前夜、リスクは出奔。著作「事務の危機管理」での訴えが理解されない現状に絶望したとのことだが… 「現状の事務には限界がある。同じことの繰り返しじゃ、世界は滅ぶよ」 結婚前夜の非道な仕打ちよりも、消息を絶つほど思い詰めた彼の支えになれなかったことを今も後悔している。 ※消滅キー※(PL情報) リスク及びリョウに感謝を伝えること 片方に伝えると存在が半分消える(薄くなる) メメ・メメル校長はこのことを把握しているようで、これを逆手にとって消滅を遠ざけてくれたことがある。 (「宿り木の下に唇を盗んで」(桂木京介 GM)参照)
《終わりなき守歌を》ベイキ・ミューズフェス
 ローレライ Lv27 / 教祖・聖職 Rank 1
深い海の色を思わすような、深緑の髪と瞳の彷徨者。 何か深く考えてるようにみえて、さして何も考えてなかったり、案外気楽にやってるのかもしれない。 高価そうな装飾品や華美な服装は好まず、質素で地味なものを好む。 本人曰く、「目立つということは、善きものだけでなく悪しきものの関心も引き付けること」らしい。 地味でありふれたものを好むのは、特異な存在として扱われた頃の反動かもしれない。 神には祈るが、「神がすべてをお救いになる」と盲信はしていない。 すべてが救われるなら、この世界に戦いも悪意もないはずだから。 さすがに口に出すほど罰当たりではないが。 ◆外見 背中位まで髪を伸ばし、スレンダーな体型。 身長は160センチ前半程度。 胸囲はやや控えめBクラスで、あまり脅威的ではない。 が、見かけ通りの歳ではない。 時折、無自覚にやたら古くさいことを言ったりする。 ◆嗜好 甘いものも辛いものもおいしくいただく。 肉よりも魚派。タコやイカにも抵抗はない。むしろウェルカム。 タバコやお酒は匂いが苦手。 魚好きが高じて、最近は空いた時間に魚釣りをして、晩ごはんのおかずを増やそうと画策中。 魚だって捌いちゃう。

解説 Explan

 クリスマス当日、あるいはその前後を舞台としたロマンティックエピソードです。
 複数PCのグループでワイワイすごすもよし、恋人ないし気になる関係のPC同士で素敵な夜をすごしてください。
 思わぬ人物と偶然出会って、なんとなく距離が近くなってもいいでしょう。
 独り静かにケーキをいただくのも素敵ですよ。

 ガイドの場面は一例なので特にみなさんの行動に影響はしません。
 もちろんガイドの場面につづいて、メメル&コルネ組あるいはイアン&ネビュラロン組に挟まれて微妙な体験をするのもオツなものです(?)。


作者コメント Comment
 マスターの桂木京介です。
 ロマンスシナリオとしていますが、ロマンス無関係なコメディなお話でもまったく問題ありません。
 未登録NPCでもだいたい出演可能ですが、学園と敵対関係にあるなど、特殊な理由に該当する場合は出せません。

 それでは次はリザルトノベルで会いましょう! 桂木京介でした!


個人成績表 Report
ルーシィ・ラスニール 個人成績:

獲得経験:21 = 18全体 + 3個別
獲得報酬:504 = 420全体 + 84個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
◆襲撃
かあちゃん(ベイキ)見っけて、はじめてのクリスマスだべ
かあちゃん起こしに部屋に行って、クリスマスプレゼントの蝉の脱け殻見せて、驚かせてやるでよ

◆お手伝い?
かあちゃん学食の厨房さ行くちゅうんで、おらも一緒に行くだ
ご挨拶してたら、お菓子握らされて急に追い出されただよ

◆お出かけ
街さ行って、洋服屋見たり、大道芸人の芸とかみて、街を散策すっぺ
あ、あの白くてふかふかそうなコートええなあ

かあちゃん、揃いで買わねえか

日が傾いて冷えてきたらメシだべ
おらは肉だ!
七面鳥がええでよ!

そんあとは、栗さいっぱい入ったケーキさ食って

かあちゃんに、父ちゃんとの馴れ初めとか、どうやって……おらこさえたか聞いてみるべ

クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:21 = 18全体 + 3個別
獲得報酬:504 = 420全体 + 84個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
メメル学園長とコルネ先生のところに行ってみよう
と言っても、散歩途中に見かけただけなんだが……


……うーむ、近づいたのが運の尽きだったか
適当に流したら解放してもらえないかな……

しかし、まあ、確かに月は綺麗だ
この言葉は遠回しな告白だなんて説がすっかり広まっているが、少なくとも、長く生きてきた中で、そんな使い方をする奴を俺は見たことないな……



(お任せでお願いします)

マーニー・ジム 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:54 = 18全体 + 36個別
獲得報酬:1260 = 420全体 + 840個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
とある課題(「毛糸に想いを込めて、あなたと(ことね桃GM様)」)で消滅一歩手前に陥り
保健室に寝かされていたが抜け出し
ふらふらとヤドリギに辿り着く

教職志望として生徒の噂をチェックしていて拾った
ヤドリギの伝説
どうせ消えるなら、と他愛ない望みが幻視を呼ぶ

現れたのは【リスク・ジム】(経歴参照)
現世の心残りの原因とばかり思っていたが
最近はそうでもないのではと思う
この男の探索は逆に生きる力になっている

幻視が若返り彼の面差しを持つ可愛い孫の姿に
自分は課題に行くけど大人しく寝てるようにと釘をさされたなあ
帰ったら叱られるかなあ

だってセーター編まなきゃ
リバイバルの想いの力で
没収されたはずの毛糸が出現

アドリブA

ベイキ・ミューズフェス 個人成績:

獲得経験:21 = 18全体 + 3個別
獲得報酬:504 = 420全体 + 84個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
◆状況
クリスマスの朝起きたら、枕元にプレゼントの代わりに娘が居ました
母は蝉の脱け殻や団子虫は要りませんよ

せがまれたので、1日一緒に過ごすことに

◆お手伝い?
着替えて、いつも厨房を借りてる学食に行って、食材の下拵えのお手伝い

さあ、サーモン捌くよ!
のはずが……子連れのせいか、おばちゃん達に質問攻めに

◆うろうろ
街を適当にぶらついて、途中の服屋でルーシィに子供向けの服を見繕ったり、せがまれて揃いのコートを買ったり

日が傾いてきたら、ちょっと洒落たレストランで夕食とお喋りでも
互いに、これまでのことや、色々聞きたいことを話したり

あ、私はメインは魚で

こんなクリスマス、随分久しぶりです
散々振り回されて疲れたけど

リザルト Result

 しんしんと冬、月はさやかに星あざやかに。
 雪こそなけれど寒さは厳しい。ひょっとすると明朝あたりから、冷たいものが舞い降るかもしれない。
 それもそのはず聖夜は目前、もっとも寒い季節が始まろうとしているのだ。
 遅くなってしまった。もう真夜中じゃないか。
 生徒の姿はおろか猫の子ひとつとて見かけない。
 林をつききる間道を【クロス・アガツマ】は悠々とゆく。
 リバイバルとして時間はありあまるくらいあるはずだが、やはり師走という季節柄か、どうにも気持ちは急くものだ。今日も突き動かされるように研究に没頭し、気がつけばこんな時間になっている。
 授業の後の居残り学習……これほど楽しいものだとは。
 一般には『残り勉』などと言われ生徒に嫌われがちな自主補講も、クロスにとっては喜びだ。
 知識をたくわえることは『生きる』こと。
 魂霊の身には、いさかさ皮肉な言い回しなれどそう思う。
 かくて心地よく疲れて、夜更けの学舎から戻る途中なのである。かくなれば真夜中の散歩といこう。
 さやさやと草木が揺れた。
 声が聞こえてくる。
「……マジこわーい♪」
 この口調に声色、まちがいあるまい。
「……学園長先生の教育のたまものですよ☆」
 こちらも聞きちがえようがなかった。
 こんな夜更けに物好きな、と思い浮かぶもクロスはひとり苦笑する。深更に歩く酔狂は自分とて同様だ。
 あいさつくらいしておこうか。
 学園長【メメ・メメル】、教師【コルネ・ワルフルド】のご両人に。
 ふたりの居場所はすぐに見つかった。裸になったブナの木の下だ。失われた葉のかわりに、ヤドリギがうすい緑を茂らせている。
「こんばんは、たまたま通りかかりまして」
 クロスはメメル、コルネのふたりに会釈した。
 メメルとコルネは宿敵同士のように向かい合っている。
 さもなくば恋人同士か、口づけを交わす直前の。
 ――妙な想像をしてしまった。言ったら怒られそうだ。
 クロスの登場で緊張状態が解けたか、おう! とメメルは片手を上げた。
「クロスたんではないか☆」
「業務が立て込んでたんだよ。主に予算関係の」
 コルネも表情をやわらげる。けれどもこの仏の顔とて、
「どーして毎年予算で悩むのだ~?」
 わざとらしく指をくわえ、メメルが身をくねらせるまでの短いものでしかなかった。
「原因が誰かの無駄づかいだということを、ここでゆっくり説明してさしあげましょうか……っ」
「その先は聞かんでおきたい♪」
 両者はごく自然に対面状態に戻っている。両サイドからまなじりが上がっていくコルネと、へらり笑いつつもその視線を避けないメメルという図式だ。
 クロスはふたたび、湖面に張る薄い氷の上に立っているような気分がしてきた。
 意外に思ったこともある。
 ふたりがこんな遅くまで居残っていたのは、来年の予算編成などの業務をしていたからだろう。
 コルネが山盛り残業していたことは驚くにあたらない。この人がそういった庶務を背負い込んでいるところは容易に想像がつく。
 だが年中キリギリスみたくしているメメルも、コルネと仕事をしていた様子なのには目を疑った。
 いつもフラフラ遊んでいるように見えて、彼女も見えないところでは学園長らしい業務をしている、というわけか……。
「ところでだなクロスたん☆」
 急に呼びかけられクロスの口から、
「あっ、はい!?」
 彼にしてはめずらしく、やや高いトーンの声が出た。
「ここはヤドリギの下なのだよ」
 言い伝えは知っておろう? とメメルはウインクする。
「存じていますよ。この季節、ヤドリギの下にいる女性にはキスをしてもいいという……」
「なんという偶然! ここに乙女がふたりもおるぞ!」
 乙女ッ!? とまた高い声が出そうになったクロスだが、今度は自制が働いた。危なかった。
「クロスたん、『月が綺麗ですね』――」
 なんですか急に丁寧語で、とトボけるには相手が悪すぎるだろう。
 仕方なくクロスは空咳してから言った。
「まあ、確かに月は綺麗ですね。この言葉は遠回しな告白だなんて説がすっかり広まっていますが、少なくとも俺が長く生きてきた中で、そんな使い方をする人物は見たことないですね……」
「風情のないやつだなあ~」
「ていうか学園長! なに妙なムードをかもしだそうとしているんですか!?」
 やや遅れて意図に気づいたようで、コルネは腕をのばしぐいぐいとメメルの首を絞めた。
「生徒になにさせる気です! あとアタシにも! まじセクハラです~!」
 この手の話には慣れないらしく、コルネは首の下まで紅潮しきっていた。
「ま、まて本当にチューさせたりはせんよ! したかったのはだな、オレサマとコルネたん、キスしていいとしたらどっちを選ぶ? って感じのドキドキトークだ」
「え?」
 ネック・ハンギング・ツリーの要領でメメルをつり上げていたコルネの手が離れた。メメルはどすんと落ちて尻もちをつく。
「おお痛い……これくらいの軽い話題ならいいだろう?」
「まあそれでも~、仕事上がりにする話としては……ねぇ?」
 気恥ずかしげにコルネは爪先で地を蹴った。うつむきつつ上目づかいでクロスを見ている。
 このままおひらきになるかと思いきや、メメルに容赦する気はないらしい。
「で、クロスたんはどっちを選ぶ? 悩んでもよいぞ☆」
「も~ふざけないでくださいよ~。キミは答えなくてもいいからね?」
 だって、とコルネはさらりと言ったのである。
「結果を聞いたらメメル学園長傷つくことになるから~!」
「コルネたんて普段カマトトぶってるわりに言うときは言うよな……」
 メメルはじろりと、険しいまなざしをコルネに向ける。
「で?」
 メメルが、妙に胸を強調するポーズで一歩前進した。
「どっち?」
 コルネも負けてはいない。ぐっと両の拳を握って歩み出る。
「え……言う義務があるんですか……?」
 ノーとは回答しづらいものがあった。
 ……うーむ、近づいたのが運の尽きだったか。適当に流して解放してもうことは……できないかな……。
 窮して見上げれば、無数の星が燦然と輝いていた。
 あの光の美しさに見とれる者を、うらやましく思う。
 皆、きっと想像したこともあるまい。
 もし、星の傍らに広がるあの暗黒のすべてが、空から墜ちてきたならと――。
 けれどもクロスの想いは、
「まだか☆」
 メメルに遠慮なく破られていた。

 ◆□◆□◆□◆

 クリスマスの朝は【ベイキ・ミューズフェス】のもとを、例年より早く訪れた。
「うん……?」
 枕元にはプレゼント――ではなく、
「かあちゃん!」
 太陽みたいに元気な娘、【ルーシィ・ラスニール】の姿があった。ルーシィは両手をベッドサイドにつき、真上からベイキをのぞきこんでいる。ブロンドの髪が垂れてベイキの頬をくすぐっていた。
「メリークリスマス! 略して『めりくり』って言うんだべ! おら知ってるべよ」
 自分と同じ色調の瞳に、ベイキの顔が鏡のように映り込んでいる。
「おはよう。そしてメリークリスマス」
「めりくり!」
「はいはい、めりくり」
 ベイキは腕を伸ばし、娘の頭をぽんぽんと叩いた。猫のごとく腹の上に乗ってこようとする娘を優しく押しのけ身を起こす。あくびまじりに告げた。
「どうしたというのです、外は暗いではありませんか」
 昨夜は遅くまですごしたせいか、眠気が霧のように頭にまとわりついている。
「いんや、かあちゃん遅いべ。とっくに朝だべよ」
 ルーシィはベッドにもぐり込み身をすり寄せた。
「今日は学校休みでしょうに」
「だけんどクリスマスの朝には楽しみなものがあるでよ。ゆっくり朝寝はもったいないべ!」
 部屋に忘れてきたべ! とシーツをはねのけ、ルーシィはベッドから飛び降りた。どさっと着地して寝間着のすそをひきずりながら駆けていき、まもなく同じ調子で戻ってくる。
「はいクリスマスプレゼント! おらの宝物だべ! 夏に見つけてとっといた!」
 ベイキの眼前につきつけた。
 おぼろげな早朝の光を透かす、ブローチ大の琥珀色。思慮深げなその形状は――。
 ふっとベイキは息を吐き出す。
 宝物と言うから、なにを持ってくるのかと思ったら。
「母は蝉のぬけがらは要りませんよ」
「なして!?」
 ルーシィは目を丸くした。生きているみたいに完璧な姿なのだ。欠けている部分はないし左右均等、丸い目は光をあてると宝石みたいだ。こんなステキなものがほしくないなんて!?
「あなたが大事にしまっておきなさい」
「なら団子虫はどうだべ?」
 いいのがあるんだ冬眠してたっぽいやつだけど――とまた飛び出そうとしたルーシィの袖を、すばやくベイキはつかんでいた。
「団子虫も要りません。とっておきなさいな」
「えー」
 ルーシィは不満顔だ。
「選り好みすっと大きくなれねえでよ」
 食べものの好き嫌いをとがめられているような気になりベイキは苦笑する。
「贈り物をするのは気持ちを伝えたいから。あなたの気持ちはじゅうぶん伝わりましたよ」
「ほんとだべか?」
「ええ、嘘は言いません。それと」
 ごめんなさいねとベイキは言った。
「あなたにプレゼントを用意していませんでした」
 ルーシィはベイキの娘、妹のようにしか見えないが実子だ。歴史の陰でベイキが数多く産んできた子のひとりである。だが再会したのがつい最近のせいか、下級生という認識のほうが強いような気がする――。
「いいべそんなこと」
 不平を鳴らすかと思いきやルーシィは平気な様子で、
「でも」
 と、いくらか恥ずかしげに付け加えたのだった。

 脚はブーツ手にレザーグローブ、普段着のローブでしずしずと、水の上でもゆくようなベイキに寄り添い、ちょこまかとした足取りでルーシィも歩く。
「いいんですか? 埋め合わせがこんなことで」
 もちろん! とルーシィはベイキを見上げた。
「学園に来てからはじめてのことだべ」
 自然にのびたベイキの手を、しっかり握って言う。
「かあちゃんと丸一日すごすのは!」
「そういえばそうですね」
 言いながら握ったルーシィの手が温かい。
 学食の厨房にたどり着いた。
 働いているのは女性が多い、その大半は中年以上だ。
 ベイキはほとんどの人と顔見知りなので、挨拶しながら奥へと進む。ルーシィもベイキのまねをして、ぺこりぺこりと頭を下げていく。
 一人の職員の前で足を止めた。彼女はかがんで作業をしている。
「おはようございます」
「……ああ」
 無愛想のサンプルみたいな表情と口調で、【ヒノエ・ゲム】が返事する。彼女は例外的に若い職員だ。炎のような赤毛をたばね、白い三角巾で包んでいる。エプロンも白、いや割烹着というほうが適切か。
「仕事には慣れましたか?」
「一応」
 ヒノエはそれきり顔も上げず、大鍋のタワシがけに戻った。シャッシャと動く手つきがたしかである。ハッピー全開には見えないが、それなりにここの生活にも適応しているようだ。
 ルーシィが小声でベイキに訊いた。
「かあちゃんあの人は?」
 さてどう答えたものでしょう。
 元は禁制品の密輸業者で敵でしたが、色々あって学園で保護することになり、いまは主として学食で働いてもらっている子です――長すぎますね。
 お父さんの借金を返すためにコツコツ勤労している感心なかたで――これも失礼な感じがします。
 なのでベイキはこう伝えた。
「お友達です」
 ふんとヒノエは鼻を鳴らした。聞いていないようで聞いていたらしい。
「そこの小さいのは?」
 ポツンと尋ねてくる。ヒノエの目はルーシィに向けられていた。
「娘です。私の」
「えっ」
 さすがに驚いたようだ。ヒノエはベイキとルーシィをかわるがわる見くらべて、
「養子?」
「いいえ、お腹を痛めて産んだ子ですよ」
 まさか!? ヒノエはがばと立ち上がった。
「お……お、お、お、お、おめェ~ッ、いったい年いくつなんだァ~ッ!?」
 あらヒノエさんってこういう表情もできるんですね――ベイキは愉快になってきた。ぶすっとしているよりこうしているほうが断然かわいいのにと思う。
「いくつでしょう?」
 かろやかに告げると、じゃあお借りしますねとベイキは更衣室に入り、まもなくヒノエ同様の姿になって戻ってきた。
「かあちゃん似合うべさ!」
 やんやとルーシィが手を叩く。まさしく『ザ・おかあちゃん』といったベイキの姿である。
 ベイキを待っていたのはルーシィだけではなかった。ヒノエの声を聞いておばちゃんたちが集まっていたのだ。たちまち質問責めにあう。
「あの子去年入った子だったよね? 本当に娘さん!?」
「そういえば目がそっくり!」
「いつの子?」
 ベイキはふふっと謎めいた微笑でかわし、まな板を手に取った。
「すいませんが少し、あの子の面倒を見てくださいませんか」
 今度はルーシィが取り囲まれる番だった。何歳? ほらほらお菓子をあげるから、といった感じでたくみにベイキから離されてしまう。
「うわわ!? かあちゃん、おらどうしたらええだ?」
「待っててちょうだいね」
「手伝うだよー」
「いいからいいから」
 ベイキは告げて包丁を握った。
 挑む相手は魚だ。それも、ひとかかえもありそうな鮭の丸々一尾である。
「さあ、サーモンさばきますよ!}
 ……と集中したいところだがやっぱり周囲からのベイキへの質問はつづき、なかなか集中できないのだった。
「……なんかお前も色々大変なんだな」
 ぽつりとヒノエが告げた。とげとげしい口調は若干やわらいでいる。

 学食を後にすると、ベイキとルーシィは学園都市レゼントに出た。
 帰省している学生も少なくなかろうに、それでも休日だけあって繁華街は大いににぎわっている。赤緑白のクリスマスカラーと金銀のモール、ベルやヒイラギ、トナカイの飾り付けが華やかだ。ケーキはもちろん、焼き菓子やチョコレートの甘い匂いに満ちている。
「とくに今日は目的もありませんので、うろうろしながらお買い物しましょう」
「おら知ってる! こういうのウインド・ショッピングって言うんだべな」
「ウィンドウ・ショッピングですね。風のショッピングじゃありませんよ」
「そうそれ!」
 小雪がちらついているものの、熱気がたちまち溶かしてしまう。歩く人たちのほとんどが笑顔で、腕を組んで歩むカップルや、サンタ扮装の物売りがひっきりなしに通りすぎていく。
「あっ! あの人すごいだよ! 大道芸人さん!? 皿にケーキ乗せて回してるでよ」
「クリスマス仕様ということですね」
 家族連れも少なくなかった、若い父親が押しているベビーカーには、なんと三つ子の赤ちゃんが入っている。
「そうだ、ルーシィの子ども服」
 ベビーカーが出てきた店にベイキは目を向けた。大型の衣料店だった。
「のぞいてみませんか?」
 恥ずかしがるルーシィに、似合いますよ、これもいいですね、とおだてて色々試着させてみる。暖かそうなもの晴れやかなもの、数点選んだところで、
「あ、あの白くてふかふかそうなコートええなあ」
 ルーシィが指さしたのは品のいいAラインコートだった。ほどよくハリのある生地でベルトもスノーホワイト、ベルト留めは木製のリングというスマートな仕立てだ。裏地もワッフル地で暖かそう。
 意外に大人っぽいものを選びますね。
 ルーシィの好みからすればいくらか背伸びしたコートという印象もあったが、きっと似合うにちがいない。おしゃまな印象というのもかわいい。
 いいですねと棚に近づくと、同じデザインのコートはさまざまなサイズがあるとわかった。
 照れくさくて頬を染めつつ、ルーシィはおずおずと切り出した。
「なあ……かあちゃん、揃いで買わねえか」
 そっくり同じものが、ベイキ向けの丈にもあるのだった。
 親子ペアルック――。
 コートの表面をベイキはなでる。
 そうか、あの子、私と一緒に着たくてこれを選んだんですね。
 買うのをためらう理由はない。

 陽が傾いてきたので、ちょっと洒落たレストランに入った。
 予約席、と書かれたスタンドの乗った窓際のテーブルだ。木のテーブルに向かい合ってつく。
 窓の外はすっかり雪景色である。石造りの建物や針葉樹が白くおおわれていた。
「おらは肉だ! 七面鳥がええでよ!」
「メインはその予定ですよ。それと」
 ベイキが言い終えるよりはやく前菜が運ばれてきた。
 サーモンとアボカドの前菜だ。朝にベイキがさばいたものを配達してもらったのだった。
「飾り切りも私がしたんです。召し上がれ」
「かあちゃん上手だべやー!」
 一通り食事が終わり、ヒイラギの葉でクリスマス仕様に飾り付けられたモンブラン(ルーシィ流に表現すると『栗さいっぱい入ったケーキ』)と紅茶をいただきながら歓談する。
 学校や授業のこと、教師の情報などをしばらく交わしたのち、
「ところで教えてほしいんだけどもー」
「なあに?」
「父ちゃんとの馴れ初めを」
 いいですよ、とベイキはうなずく。
 やっぱり自分の娘だと思った。ちょうどその話をしようと思っていたところだったのだ。
「旅の途中で、ある街の大聖堂でお会いしたんです」
 ルーシィの父に当たる男性は老司祭だった。当時すでに現役を退きアドバイザーのような役目を務めていたと記憶している。
「そのときもうじいさまだったべ?」
「ええ、ヒューマンでいうと七十を超えたくらいかしら」
「で、どうやって? どうやっておらをこさえたべ? じいさまの年で」
 どうやって、って……!?
 さすがにこの質問は予想外だった。ベイキはぎょっとするも、ルーシィは見た目より年を重ねていることを思い出す。本当のことを明かしてもいいだろう。
 それでも言葉を選びながら言った。
「……あの人のお部屋に行ったらお留守で、ベッドの上にちょうど変わった服があったのでつい着てみたんですよ」
「変わった? どんな?」
「ずっと後の話ですがメメル学園長が似たようなものをお持ちでした。なんでも『セーラー服』というそうです。遠い遠い国に由来するファッションだとか」
 意外にもルーシィはセーラー服を知っていた。
「ははあ、かあちゃんに似合いそうだべなあ」
「そしたら、あの人が部屋に入ってきました……ひと目見るなりエキサイトされて……『三十七年ぶりに男の面子が立った』だなんて……」
 意味深な表現だが、つまりそういうことである。ぽっと顔を火照らせる。
「大ハッスルということだったべ?」
 ベイキはうなずくほかない。
「その晩どころか、次の朝まで大変でしたよ」
「おらの父ちゃんはセーラー服見てよみがえったと……はぁ~、てえしたじいさまだなぁ~!」
「それこそ不死鳥のように……って、なにを言わせるんですか」
 でも優しい人でしたよ、とベイキは言い加えておく。これも本当だ。
「じゃあ今度は私から質問です」
「おらのグッとくる服装について?」
「いえいえ、学園に至るまでの物語です」
 ベイキは手を伸ばし、テーブルの上のルーシィの手を握った。
 受け止めよう、どんな過酷な話であっても。
「おらの話か」
 うなずいてルーシィは語りはじめた。
「隠れ里が襲われたあとは、腕のいい冒険者さ助けてもろて――」
 母と娘の語りあいはまだまだ、尽きることがなさそうだ。

 ◆□◆□◆□◆

 お願い、セーターを編ませて。
 あの人に伝えたいことがあるのよ……きっとあの人に会えたら思い出せるはずだから。
 実際に告げることができたか、心の中でリフレインしただけなのか、すでに意識を失った【マーニー・ジム】にはわからない。
 あの人のために編み終えたかった。
 たとえそれが、自身の存在と交換すべきものであったとしても。
 夢うつつの状態だ。堅い寝床に、横たえられる我が身をマーニーは自覚している。保健室のベッドだろう。【シルフィア・リタイナー】がなにか指示を出している声がかすかに聞こえた。

 夜更けすぎ。
 職員室と書かれたドアの、ノッカーを鳴らす音がひびく。
「やっとか~」
 室内の自分専用机にて一心不乱に書き物をしていたメメルは、羽ペンをインク壺に戻して眼鏡を外した。
 もう寝ようかと思ってたとかなんとか、ぶつくさ言いながら人差し指をドアに向け軽く曲げる。
 ドアがばたんと内側に開いた。
 外気が勢いよく吹き込んでくるが奇妙なことに、執務机の両脇に山積みされた書類が飛ぶことはない。ロウソクの炎すらゆるがない。途中で風がやんでしまうのだった。見えない壁でもあるかのように。
「夜分遅く失礼します」
 戸口に姿を見せたのはひとりの老人だ。
 手にはステッキ頭には山高帽、オーダーメイドらしきツイードのスーツとコートは黒だ。髪は真っ白で、ととのったヒゲも同様の枯れ具合だった。老紳士と呼びたくなる。といっても、夜中に訪ねてくる時点で不審ではあるが。
 待ってたぞとメメルは言った。
「ずいぶんかかったなあ……こんな夜中になるとは。あちこちさりげなく誘導してやったというのに☆」
「なんと、急に標識が倒れたり、つむじ風が背中を押してきたりしたのは偶然ではなかったと……!」
「当然だよチミ♪ あと、小鳥の群れなんかも操作したぞ」
 来たまえ、とメメルは手招きする。
「それにしても広い学園ですのう。ずいぶん歩き回りましたわい」
 老人が部屋に入ると同時に扉は閉じた。
「校長先生でいらっしゃいますか」
「いかにも。校長とか学園長とかすーぱーぷりちーとか呼ばれておるメメたんであるぞ☆」
 おおやはり――とひれ伏さんばかりにして老人は述べた。
「【リョウ・ジム】と申しますじゃ。妻が世話になっとると聞きましてのう。妻というのは……」
 リョウを制するようにメメルは手を振る。
「いい、いい。オレサマは当然、全生徒の情報は詳細まで頭に入っとるから。マーニーのハズバンドであるな?」
「さいですじゃ」
 とすると、と言いかけてメメルは口をつぐむ。
 リバイバルであるマーニーにとっての消滅キー、そこに思い至ったようだ。
「まあ座ってくれ」
 指のひとふりで椅子を呼び出すと、メメルは自分のあごに手を当てた。

 マーニーは目を開けた。
 何時間たったのか。外は真っ暗だ。
 ベッド脇にはランタンが灯り、そのかたわらでシルフィアが椅子に座ったまま寝息を立てている。
 行かなくては。
 シルフィアの眠りをさまたげないよう、用心しながら外に出た。
 マーニーの足はブナの大樹へと向かう。
 あそこにヤドリギがあったはずだ。
 どうせ消えるなら――。
 唇に、血の気のない微笑が浮かんだ。
 小半時もせぬうちにマーニーは大樹にたどりついた。
 と同時に彼女はヤドリギの下に、ひとりの男を見出したのである。
 誰あろう、【リスク・ジム】だった。マーニーが結ばれるはずだった男、式の前夜に姿を消した婚約者――最後に見たときそのままの姿で立っている。
 マーニーは自覚している。
 彼の姿は幻視だ。現実ではないと。
「あなたこそが、私にとって現世の心残り……そう思っていました」
 青白い月に照らされて、リスクは黙ってほほえんでいる。
 でも最近は、と言葉を句切ってマーニーはまっすぐ彼を見た。
「そうでもないのではと思っています。なぜって、あなたの探索は逆に、私の生きる力になっているのだから」
 リスクが首を傾げた……ように見えた。
 マーニーはまばたきする。リスクの姿がみるみる若返り、まなざしだけは瓜二つ、けれどずっと心の優しい孫の姿へと変貌したからだ。
 そういえば保健室に伏せっていたとき、マーニーは孫の声を聞いた。
 彼は彼女を気づかい、自分は課題に行くけど大人しく寝てるようにと、何度も繰り返してから旅立った。
 大人しく、ね……さっそく言いつけをやぶっちゃった。
 帰ったら叱られるかなあとマーニーは思う。
 気がつけばもう、孫の姿も消えている。ヤドリギの下は無人だ。
 マーニーは木の幹にもたれかかり、冷たい根の上に腰を下ろした。
「そうだ、つづき……セーター編まないと。あの人にあげるセーター……」
 つぶやいて手に編み棒と毛糸を取った。いずれも実際には没収されている。いわばセーターの霊体にすぎない。しかし本物のように黙々と作業した。
 ひと編みごとにマーニーの姿は、手にしたセーターごと薄れゆく。
 針を通すたびに消えていく。
 結び目を作るたびかすかになる。
 うすく積もった雪が音もなく、溶けて地面に吸われていくように。
 薄れゆく。
 消えていく。
 かすかになる。
 吸われていく。世界に。
「おほっ!」
 頓狂な声が間近で聞こえてマーニーは我に返った。
 ホントにおったわ! と老リョウ・ジムは飛び上がった。メメルに聞いてきたのだ。
『いま、チミの奥さん若くなってるゾ♪ そこを出てずーっとまっすぐいったとこにあるブナの木のもとで待っとる! ヤドリギの下でブッチュだレッツゴー☆』
 という身もフタもない表現で!
 マーニーは手元を見た。セーターはすっかり編み上がっていた。
 手渡すときがきたのだ。
 ありったけの想いを込めて。伝えたかった言葉とともに。
「じいさん、これ。いつもありが……」
 だがリョウのほうに、センチメンタルな要素はまるでなかった。
「うっひょ~本当に若い! ブッチュじゃ」
 杖を投げ捨ててまるで猛牛、恐るべき脚力で飛んでくる!
 うっ――。
 冬空に消滅しかかっていたマーニーの姿が、にわかにくっきりと濃い輪郭を取り戻していた。彼女は、
「最ッ低!」
 反射的に魔法弾を繰りだし拳ごと、
「大ッ嫌い!」
 殴り抜けるように喰らわせた!
 死にゆく白鳥のごとき叫びだけを残し、リョウの体は吹き飛んでいった。セーターも消えた。
 つまり……マーニーの消滅は当面避けられたということである。



課題評価
課題経験:18
課題報酬:420
宿り木の下に唇を盗んで
執筆:桂木京介 GM


《宿り木の下に唇を盗んで》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《新入生》 ルーシィ・ラスニール (No 1) 2020-12-27 10:41:07
おらぁ、賢者・導師コースのルーシィいうだ。よろしく頼むだよ。
さあて、何すっぺか。人いっぱいになりそうなら、ローレライのフィリンおばc……じゃあなかった、先輩さ探して遊んで貰うけんど。

もし、29日になっても空きがあるなら、かあちゃん誘おうかと思うとるんで、誰か誘う予定の者さ居るなら、言って貰えたら調整するでよ。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 2) 2020-12-28 13:07:13
リバイバルのクロス・アガツマだ、よろしく頼む。
NPCの誰かとでも……まだ決まってないが、過ごそうかと思っている。
人数は少ないが、その分、多くの時間を楽しめるかもしれないね。

《真心はその先に》 マーニー・ジム (No 3) 2020-12-28 15:41:40
賢者・導師コース、教職志望のマーニー・ジムです。
よろしくお願いいたします。

実は、大切なことを思い出しそうなの……
だから、クリスマスどころじゃないんだけど……

(という、設定に関わるプランにしようと思いますが、
絡み大歓迎ですし、何か協力出来ることがあれば、プランを調整出来ると思います。)

《終わりなき守歌を》 ベイキ・ミューズフェス (No 4) 2020-12-29 17:43:58
はい、かーちゃんです……じゃなかった、教祖・聖職コースのベイキ・ミューズフェスです。よろしくお願いします。

ルーシィに引っ張られてきましたが、疲れ果てて泥のようになる未来しか見えないのが。
子どもは元気で羨ましいですね。

《新入生》 ルーシィ・ラスニール (No 5) 2020-12-29 22:39:43
かあちゃんもよろしく頼むべ。
さーて、どこさ行くべか。