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桂木京介 GM 

 マスターの桂木京介です。

 とうとう最終エピソードのリザルトノベルが納品されました。
 長いようで短かった学園生活、いかがだったでしょうか。
 物語はこれで終わりますが、生命のやどったキャラクターたちは、これからも長く人々の、もちろん私の記憶に残ることでしょう。

 最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

担当NPC


《先輩》サラシナ・マイ
  Lv74 / Rank 1
見た目と口調でほぼ100%間違えられるが、れっきとした女の子である。 入学以前の村での生活において、容姿と性別の不一致から いじめを受ける事があり、いじめに負けない自分を手に入れるため、学園に入学を志願した。 入学当初も、上記の理由から先輩などに喧嘩を売られる事が多くあったが、売られた喧嘩は全て買い、どんどん成長。 負けず嫌いな性格も相まって、最後には喧嘩相手に対して必ず勝利を収めるまでに強くなった。 上記の関連で3年ほどプリズン・スクエアで生活していた時期があり、そこでも何かと揉め事に絡まれては解決してきた。その時の経験を学園長に買われ、今では監督学生として、週に6日間はプリズン・スクエアで生活している。
《学園教師》ネビュラロン・アーミット
  Lv90 / Rank 1
「剣術教師ネビュラロン・アーミットだ。以上」    フトゥールム・スクエア教師。  常に剣を腰に提げている。  白金(プラチナ)の全身甲冑を着込み、白いマントを肩から提げた姿。  甲冑の表面に彫り込まれた金飾りの意匠が、美しくも好戦的な印象を与える。  常にフルフェイスのヘルメットをかぶっていたが、異世界人であると明かしてからは素顔をさらしていることが多い。  基本的に無口で、話すときも簡潔な物言いをする。  ジッセン教育がモットーとのことだが、この『ジッセン』は『実践』なのか『実戦』なのか不明である。  右手は手首から先がない。右頬には深い刀傷がある。  ■公認NPC □担当GM:桂木京介  規約上、以下のことはできませんのでご了承下さい。 ・フレンド申請(受けることは可能です) ・公式クラブ以外への参加と発言
《学園教師》ゴドワルド・ゴドリー
  Lv87 / Rank 1
「……初級魔法術の教師、ゴドワルド・ゴドリーだ……。用がないなら帰らせてもらうぞ。脳内妻が待っているのでな……」    フトゥールム・スクエア教師。  櫛を入れていない長髪に、いい加減に剃ったと思しき無精ひげがトレードマーク。  青白い顔色で、目の下には深い隈がある。  常に体調の悪そうな声色でポソポソしゃべるが、実はそれなりに健康らしい。  一応ハンサムの部類に入るが、髪型とか陰気な雰囲気のせいで色々台無しである。  ところどころに黄金の意匠をほどこした黒いコートを着ている。  右手に、赤い石をはめた樫の杖を握っていることが多い。  根が暗そうに見えることを気にしているようで、ときどき突拍子もない冗談を言ってみたりする。だが、たいがいセンスが激しくずれているのでまるきり笑えない。  見た目からは想像がつかないが料理が得意。  脳内妻がいると言い張っている。  本当に結婚しているのをこう表現しているのか、想像上の結婚をしているだけなのかは謎である。 ■公認NPC □担当GM:桂木京介  規約上、以下のことはできませんのでご了承下さい。 ・フレンド申請(受けることは可能です) ・公式クラブ以外への参加と発言
《学園教師》イアン・キタザト
  Lv85 / Rank 1
「やあ! 僕は僕はイアン・キタザト、錬金術の教師なんだよ。え? 教師に見えない、って? やだなー僕これでもわりとおっさんなんだから」    フトゥールム・スクエア教師。  すっきりした顔立ちで柔和そうなタレ目、くすんだ金髪。いわゆる鼻眼鏡をちょんとかけている。  学生にしか見えない幼さだが、れっきとした教師であり、同じく教師のゴドワルド・ゴドリーと同い年である。  そして、なにかというとゴドリー(イアンは彼を『ゴドー』と呼ぶ)を頼りにする。  夏以外はワイシャツ、ネクタイの上に明るい色の上着という扮装を好む。夏場はノータイのシャツだけが基本スタイル。  好奇心は強いようで、触ってはいけないものに悪気なく手を伸ばしたり、突拍子もない探検に出かけ周囲を巻き込んだりしがちである。  少年にしか見えないがバツイチ(離婚歴あり)だったりする。 ■公認NPC □担当GM:桂木京介  規約上、以下のことはできませんのでご了承下さい。 ・フレンド申請(受けることは可能です) ・公式クラブ以外への参加と発言

メッセージ


◇リザルトノベル公開中!
『さよならは、言わない』
 最終エピソードです。
 一人称、NPC、過去も未来も可能という特別中の特別エピソードでした。こちらの予想を大きく超えるバラエティ豊かなアクションプランの数々に胸を熱くしたものです。
 皆さんどうかお元気で!

作品一覧


はじめての魔法使い (ショート)
桂木京介 GM
 さんさんと陽光ふりそそぐ学園内にあって、この一角はまるで異空間だ。  まだお昼前、ずっと青空だったはずなのに、木々に覆われて空は陰り、どこからきたのか瘴気のようなもやがたちこめている。木の枝に乗った数え切れないほどのカラスが、ギャアギャアとせせら笑うように鳴く。なかば土に戻った枯葉だらけの地面が、踏むたびにみしりと湿った音を立てた。 「……よく来た」  暗がりからぬっと現れた人影に、驚いて叫んでしまう新入生もいた。 「どうした……私の生徒なのだろう……?」  低い声である。薄ら笑いを浮かべている。  死人のような顔色をした、背の高い男だった。  ところどころに黄金の意匠をほどこした黒いコートを着ている。右手に、赤い石をはめた樫の杖を握っていた。  まだ若い……のだと思われる。といっても、目に浮かぶ表情は老人のような印象も与えた。  目の下にある隈は深く、眼球は充血していて三日くらい寝ていないように見えた。闇のように黒い髪を長く伸ばし、頬にも黒い無精ヒゲをちらほら生やしている。  しかし顔立ちは整っているので、ちゃんとした格好をして身なりを整えれば女子に人気が出るかも――と余計なことを考える生徒もいた。 「おはよう……初級魔法術の教師、【ゴドワルド・ゴドリー】だ」  皆、恐る恐る「おはようございます……」と返すほかない。  この男に似合うあいさつは、どう考えても「こんばんは」ではなかろうか。  でなければ「おやすみ」、あるいは「ご冥福をお祈りします」……? 「魔法の授業は、この『センジュの森』中央付近で行う。森の奥にトーテムが立つ広場があるはずだ。制限時間内に広場まで来るように」  制限時間? いきなりトーテム(木彫りの柱)とか言われても……? ざわつく生徒たちをゴドリーは冷ややかに一瞥した。  声を荒げたわけでもないのに、それだけで皆は水を打ったように静まる。 「私は先に行ってそこで待っている。ただし! 日没を過ぎればタイムオーバーだ。帰らせてもらうよ。脳内妻が夕食を作って待っているのでね……」  いま『脳内』って言わなかったか!? でも誰も聞き返せなかった。 「……ちゃんとひとかたまりになって移動したほうがいいぞ。はぐれて遭難でもすれば、次に見つかったときは白骨やもしれん……。それに、少々だが原生動物もいるようなのでな……肉食の……」  その言い方はなんだか楽しそうに聞こえた。 「せっかくだ。覚えたての魔法なり技術なりを試しながら来るといい。小さな怪物は追い払えばいいし、大きな怪物は……ま、自分たちで考えるんだな……」  そこまで言っておいてあとは独り言のように、 「そういえばこの森には、どこかから逃げ込んだ【餓鬼】の集団がいると聞いたな……あいつら若い女の太股にかじりつくのが大好きらしい……もちろん、『死んだ』若い女のな」  と呟いたりする。 「だが連中は火に弱いという話だ。一匹一匹は弱小だが、数で来られると面倒というもの。近づけさせないのがまず大事だろう……」  それに、とゴドリーはなぜかクワと両腕を振り上げ威嚇するようなポーズを取った。 「……あと、これが出る」  カパッと口を開く。大真面目な表情のまま。  このジェスチャーがなにを意味しているのか不明だ。  生徒たちが凍り付いたように反応しないのを見ると、 「……形態模写……モノマネだ」  ポツリと彼は言った。そうしてさらに、 「笑え」  と付け加える。  あははははは、と生徒たちは引きつった声を上げるほかない。もしかして彼、自分ではお茶目だとか思っていないか……? 「【ジャバウォック】、知ってるか? いま私がやったようなポーズのやつだ。熊がよりおっかなくなったようなモンスター、とでも思えばいいか。長い腕をしており、強力な両手の爪、それに顎をもつ。熊よりずっと好戦的で、いつも腹を空かせているようだな」  ポーズをやめてゴドリーは続けた。 「頭は悪いが恐れも知らない。弱点らしい弱点はないので、得意の爪攻撃を活かせない地形を選んで戦うべきだろう。ま、戦うとしたら、の話だが……いきなり背後からガブリとされたら防ぎようがないからな」  以上、説明は終わりだ、とゴドリーは杖を握り直した。 「せっかくだ。道中、魔法の授業の予行演習でもするがいい」  では待っているぞと言い残すと、どこに隠していたのか、ひらりとグリフォンに彼はまたがったのである。 「グリフォンを使うなどのズルは禁止だ。歩いて来い。急げば日没までには間に合う。間に合わなかったら……まあ、翌朝まで生き延びるんだな……」  そうして姿を消してしまった。  こっちは初心者なのに! と不満を言うなかれ。これがゴドリー流の授業なのである。  仕方がない。君たちは、恐る恐る森に足を踏み入れる。
参加人数
8 / 8 名
公開 2019-01-22
完成 2019-02-07
ゆうしゃのじゅぎょ~!★新入生、荒ぶる! (ショート)
桂木京介 GM
 金属と金属が擦れ合う耳障りな音。  そして、冷ややかに鉄の扉がきしむ音。 「入れ」  奥から声が聞こえた。若い女性の声だ。  どこか、くぐもった声だった。  館内は真っ暗だった。  だが唐突に、ぱっと白みを帯びた明かりが灯った。  新入生たち――つまり君たちだ――は、驚いて周囲を見回す。  広い。  体育館と聞いていたからそれなりのものをイメージしていたのだが明らかに違っていた。室内型陸上競技場といったほうがいいかもしれない。もっといえばコロッセウムか。  アリーナ席に囲まれた中央に、砂が敷かれた広いグランドがある。  ドーム状で、天井や柱には無数の明かりが吊されている。魔法で一斉に点火したものらしい。  普段、このグランドあるいはアリーナは球技や陸上競技に使われるのだろうと想像できた。けれども今日は無人だ。趣(おもむき)がちがうようだ。  アリーナに金属製の箱のようなものがいくつも、うず高く積み上げられていた。  塗装が施されていたり編み目が細かかったりして、いずれも外から内部は見えない。  ひとつひとつが住居にできるほど大きい。それがピラミッドみたいにいくつも積み上げられていた。頂点に位置する鉄の箱は、天井すれすれの位置にある。  しかし君たちの視線を釘付けにしたのは、『体育館』の広大さでもなく、客席やアリーナという設備でもなく、積み上げられた金属製の箱ですらなかった。  ピラミッド状の構造物の前でただ一人、すっくと立つ甲冑の人物に異様な存在感があるのだった。  殺意というのか。  端的にいえば、凄みだ。  下手に近づけば、一刀のもとに叩き切られそうな気迫が伝わってくる。  白い。  白いとしか言いようがない。  その人物は白金(プラチナ)の甲冑を着込み、白いマントを肩から提げていた。  甲冑の表面に彫り込まれた金飾りの意匠が、美しくも好戦的な印象を与えていた。  フルフェイスのヘルメットゆえ顔は見えない。  もちろん年格好すらわかりようがない。  このときふたたび、尖塔型のヘルメットの奥から声が轟いた。 「教師の【ネビュラロン・アーミット】だ」  無人の客席に名乗りが反響する。女の声だ。 「幸運と思うがいいぞ、諸君。このネビュラロンの授業に参加できるとはな!」  ヘルメットはすっぽりと頭部を覆っており、目の部分が格子状になっているだけなので彼女の表情をうかがい知ることはできない。 「座学は好かん。私の授業は常にジッセンだ」  実践、と聞こえたのだがもしかしたら『実戦』かもしれない。  彼女はこう告げたからである。 「これは、私が『檻』と呼んでいる訓練設備だ。今日の授業ではこの『檻』に入り、内部を探索してもらう」  物騒な名前だ。  彼女は続けた。 「それぞれの『檻』は接続してあり、内部に梯子や階段も用意している。といっても、複数のルートから選択する場面も多かろう。上下のみならず左右の移動も、行き止まりもある。立体型のダンジョンだと思えばいい。ゴールは頂点だ」  ネビュラロンは腰からロングソードを鞘ごと外した。  間髪入れず左手で、これを手近なコンテナに叩きつける。強く。   すると『檻』のほうぼうから、低く唸るような声が聞こえたのである。 「気付いたようだな。ただのアスレチックではないぞ。いくつかの檻には『アーラブル』が収めてある。倒すかかわすかして進んでいかねばなるまい」  少し沈黙すると、そうか、とネビュラロンは察したように言う。 「アーラブルを実際に見た者はおらんか。獣型の魔物だ。角の生えた牛に似ているが、『猛牛』と呼ばれるたぐいの牛より、もっと気性が激しく凶暴だ。この学校でも訓練用に飼っている。野生のものよりはずっとマシだろうが、毎年アーラブルによる生徒の事故は絶えんな」  アーラブルを怒らせるなよ、と彼女は続けた。 「毒のたぐいはないとはいえ、角で腹部を貫かれようものなら痛いではすまんだろう。連中は大きな音が嫌いだ」  するとネビュラロンはこともあろうに、 「特に、こういう音がな!」  両手でソードを握るやガンガンと力任せに『檻』を連打したのである。  またたくまにあちこちから、アーラブルの咆える声が聞こえてきた。先ほどより激しいし数も多い! あきらかに怒っているではないか。  サディスト――! と君が思ったとしたら、たぶんそれは間違いではない。 「規定時間より早く終われば報奨金も出してやる。ほら、ここが入り口だ」  と言って否応なく、ネビュラロンは君たちを『檻』のひとつに向かわせた。口ごたえでもしようものなら剣の鞘でひっぱたかれるのではないか、と思った君たちは牧羊犬に追われる山羊のように従う。 「言うのを忘れていたが、ところどころ戯れで罠をしかけてあるから気をつけるように」  どんな罠かは教える気がないらしい。やっぱりサディストなのだろう。 「ギブアップしたいなら火の手を上げろ。……まあ、私が救いに行くより先に、アーラブルが突進してくるかもしれんが」  などと物騒な言葉とともに、ネビュラロンは『檻』の出入り口を閉めてしまったのである。  閂(かんぬき)の下りる冷たく重い音が響いた。  檻の内部は広い。三人くらいなら並んで歩けそうである。薄明かりも用意されている。錆混じりの鉄の匂いが鼻をついた。  さっそく行く手に二つの梯子が見えた。  奥か手前か、登る梯子を選ぶがいい。  授業開始だ。    荒ぶるのはアーラブルか。  それとも君たち新入生か。
参加人数
8 / 8 名
公開 2019-02-09
完成 2019-02-24
春のハイクはダンジョンで (ショート)
桂木京介 GM
 引率はゴドリー先生――と聞いた瞬間、げっ、とか、しまった! とかいう声がいくつか上がった。  その名を知らない生徒は、なんで? という顔をしている。  いずれにせよ、あまりふさわしい反応ではないだろう。  だってここは、『たのしい春のハイキング』の集合場所のはずなのだから。  広大な学園の敷地内、まだ新入生たちが足を踏み入れたことのない一角。  岩ばかりで殺風景な場所ではあったが、これからさぞや風光明媚なところへ移動するのだろうと誰もが思っていたのだ。最初は。  『きたる春の好日、たのしいハイキングを開催します。お弁当不要! お菓子も不要! ぜ~んぶ学校が用意しちゃうゾ☆ 通常装備で来てね♪』  と、いうのが募集時のポスターに書かれていた文字だった。  だから大半の参加者は、わくわく気分でありこそすれ、不安とか戸惑いとかとは無縁のはずだった。  しかし不安や戸惑いは、もやっとした予兆からカチっとした確信へと変わった。 「……どうやら歓迎されてない様子だが、待たせたな」   ぬっと岩陰から、どうにも不景気な様相の男性教師が現れたからである。  それなりにハンサムではある。しかしそれは彼が、伸び放題の無精髭を剃って不揃いの黒い長髪を切り、充血しっぱなしの目と目の下の隈をどうにかしたうえ、さわやかな笑みのひとつでも浮かべた場合に限られよう。 「おはよう……初級魔法術の教師、【ゴドワルド・ゴドリー】だ」  ニヤリという幻聴が聞こえるくらいゴドリーは唇を歪めた。  皆、恐る恐る、おはようございます……と返すほかない。  でもこの男に似合うあいさつは、『このたびはご愁傷様でした』ではなかろうか。毎度授業と称しては、厳しい難関に生徒たちを放り込む自称実践主義教師が彼なのだ。 「これからハイキング場に引率する。ついてこい」  と言うなり、ところどころに黄金の意匠をほどこした黒いコートをひきずるようにしてゴドリーは歩き出す。生徒たちは、カルガモの赤ちゃんのように一列になって彼に従った。そうするほかなかった。  ゴドリーの名を告げた用務員は、ひらひらと手を振って見送っている。  行軍は十分ほどで終わった。 「ここだ」  数人が乗れそうな大きな岩のところまで来ると、ゴドリーは突然立ち止まり、右手にもった樫の杖を無造作に振った。  杖の先に着いた赤い石が警告灯のように鋭くと光った。  すると岩が真横に動き、その下から地下へと降る石の階段が姿を見せたのである。 「今日のハイキングはこの階段を下りた先で行う。もとは洞窟を改造したものだから……一種の自然公園だな。自然光も入るし、深いところなら光る苔がむしている。ちょっとした迷路になっているが、アトラクションと思えば楽しかろう」  いえそれ自然公園じゃなくて『ダンジョン』じゃないですか――と異論が上がったがゴドリーは無視した。 「迷路ばかりで退屈しないように、土塊(つちくれ)で作った『ご当地キャラ』にうろうろしてもらっている。一緒に遊んでもらうといい」  ご当地キャラ? という声に、 「……まあ、ダンジョンのご当地キャラだから、『ゴーレム』と言ったほうが適切かもしれん」  平然とゴドリーは答えた。ていうか早々に『自然公園』という嘘を放棄している! 「ゴーレムどもの数は忘れた。動きは鈍いし頭も鈍い、力もこの類いでは弱いほうだ。ただし集団行動が好きで、大声を出して仲間を呼ぶ習性があるので倒すときはスピード重視だな。あと、土でできているから風属性の魔法が効きやすい」  一旦ここで言葉を切って、おっと、と声を出してゴドリーは続ける。 「言い忘れるところだった。一体だけ石のゴーレムがいるぞ。あれはそれなりに強敵だ。なんとかしてしのぐように」  私の引率はここまでだ、とゴドリーは当たり前のように言った。 「一足先に出口で待っているから、慌てず騒がず春のハイクを楽しんでくるがいい。運が良ければ半日ほどで出てこれるだろう」  このとき生徒の一人が大急ぎで、あの募集メッセージを書いたのは誰ですか? と訊いた。  するとゴドリーはにこりともせず、 「あれか? 書いたのは私の脳内妻だ。かわいいメッセージだったろう?」  と言い切ったのだ。  脳内? と訊き返す勇気のある生徒はいない。  かわりに皆、口を揃えて、か、かわいい……と引きつった反応を返すのだった。  数メートルの階段を全員が下りたところで、入り口の穴の上にゴドリーは顔をのぞかせた。 「入り口を閉じる前に、希望者には短冊を渡す。俳句を詠むといい。私が預かっておこう」  俳句? と問う声に、 「わからんか? 辞世の句、ってやつだ」  全然ありがたくないお言葉である。……まさかハイキングの略『ハイク』とかけたのではあるまいな。  ひょっとして彼、自分ではお茶目だとか思っていないか――?  間もなく岩が動き、ぴったりと入り口は閉ざされてしまった。
参加人数
8 / 8 名
公開 2019-03-11
完成 2019-03-28
ドキドキ☆春の個人面談っ! (EX)
桂木京介 GM
 オレンジ色の夕陽が射し込んでいる。  中途半端に引かれたカーテンが、春風に吹かれクラゲのように揺れている。  君はいま教室の中央で、向かいあわせに設置された机のひとつについていた。  教室は無人だ。君と、【コルネ・ワルフルド】先生以外は……! 「んっと~☆」  先生がペラペラとめくっている手元のボードには、君に関する情報が集められているようだ。入学願書とかここまでの成績表とか、面談前に書くよう手渡された簡単なアンケートとか、そういったもろもろだろう。付箋がやたらペタペタ張り付けられているあたりが、ちょっと気になるところではある。  すこし難しい顔をしていたコルネ先生が、資料をめくる手を止めて顔を上げた。 「じゃあ……」  ぐいと先生は前のめりになった。 「君のこと聞いちゃおっかな~☆」  はい、と思わず君も前のめりになる。  なんだか、いい匂いがした。  ◆ ◆ ◆  君はなにを語るのだろう。  授業に対する現状や不満? 学園生活の悩みごと? はたまた学生寮の不備についてだろうか。  ここまでの生い立ちや好きな教科、クラブ活動の状況や希望、これからの進路や将来の夢など、話題はたくさんあるだろう。  先生のほうに逆質問したって、まったくもって構わない。むしろ質問責めにして、先生を困らせてしまおうか?  君の面談を受け持つのは誰だろう。  コルネ先生はもちろんのこと、いつもマイペースな【メメ・メメル】校長、授業で出会った印象的な教師、憧れの先輩生徒だって話をしてくれる。  なんとまさかの【ツリーフォレストマン】も出てくるらしい。ツリーとなにを話せと!?  面談といっても、教室で向かい合うという形式だけじゃない。ここは自由な学園フトゥールム・スクエアなのだ。  喫茶店で軽食を楽しみながらとか、アウトドアで釣り糸を垂れながらとか、ジョギングで息を切らしながらとか、ありとあらゆる面談スタイルがあると思う。  期待に胸を膨らませよう。  ちょっと緊張しても大丈夫。  ドキドキな春の個人面談が、さあ、はじまる!
参加人数
8 / 8 名
公開 2019-04-04
完成 2019-04-21
天井裏より愛を込めて (ショート)
桂木京介 GM
「ゴドー!」  ワイシャツ、ネクタイの上にオレンジ色のダッフルコートを着た姿が、こちらに向けて片手を振っている。  これを見るや教師【ゴドワルド・ゴドリー】は、通常の三倍増しの早足になり彼の眼前五十センチ前後まで歩み寄って、 「……言ったはずだろう。学校内では『ゴドワルド先生』と呼べ……!」  元旦のおみくじで三回連続『凶』の卦が出たような顔を見せ、ささやくような口調で、しかし深みとコクのある声(ドスが効いているともいう)でスゴんだのだった。たぶん生徒たちに聞かせたくなかったからこその小声だったのだろうが、ちょうど風がやんだところだったこともあり丸聞こえだったりする。 「ごめん。『ゴドワルド先生』、新入生をたくさん連れてきてくれたんだね。嬉しいよ」  よろしく、とその教師は集まった面々に告げた。玩具付きチョコレート菓子をもらったばかりの少年みたいな笑顔だ。  すっきりした顔立ちで柔和そうなタレ目、くすんだ金髪。いわゆる鼻眼鏡をちょんとかけている。ゴドワルドよりいくらか背が低い。 「僕は【イアン・キタザト】、錬金術の教師だよ」  と、キタザトは隣に立つゴドワルドを見上げて、 「彼、ゴドー……」 「ゴドワルド」  間髪をいれずボソッとゴドリーは注意喚起する。 「ゴドー……ワルド先生とは幼馴染なんだ」  ニコニコとキタザトはいうのだが、ゴドリーの考えは違うらしい。 「キタザト先生その情報は、今日の話にはまったく関係がないと思いますが」  冷たいけれども丁寧に言った。もともと三白眼気味の目を、ますます白面積多めにしてキタザトに向けている。  幼馴染、という言葉に内心、驚く生徒も少なくなかった。猫背気味、不健康そうな蓬髪に無精髭、いつも徹夜明けみたいに青白い顔色をしたゴドワルドと、童顔でつやつやして育ちが良さそうな、もっというとゴールデンレトリバーの子犬のようなキタザトが、同じ文化のもとで育ったようとは思えない。年だってキタザトのほうが五歳は下に見えた。  けれどもキタザトは、ゴドリーの反応にはまるで頓着していないようだ。 「それで今日は、僕からの依頼なんだけどね」  やっぱりニコニコと、けれども、困ってるんだと彼は言う。  魔法学園フトゥールム・スクエアには複数の校舎がある。複数、というより、かなり沢山と言ったほうがいいかもしれない。  そんな校舎のひとつに、『旧実験棟』と通称される古い建物があるのだ。木造で、しかもかなりの年月を経てたきたらしく、内部には古木とワックスの匂いがしみついていた。 「旧実験棟は最近ではほとんど使われてないんだ。廃屋みたいなものだよ」  その旧実験棟に骸骨怪物(スケルトン)が現れるという。歩く人型の白骨だ。汚れた歯みたいな黄ばんだ色をして、同じく骨製の剣や盾で武装しているらしい。出現時間は夕方から夜にかけて、いわゆる逢魔が時というやつだろう。 「このスケルトン、おばけとかそういうたぐいじゃなくって、どうも古い時代の魔法実験の残留物かなにかみたいなんだよね……」  首をかしげながらキタザトは言うのだ。そもそも『リバイバル』という立派な(?)霊体種族が存在するこの界隈では、『おばけ』のほうがよほどリアリティがあるのだった。 「つまり、その正体をつきとめて退治してほしい――ということですね」  ゴドリーが締めくくる。一応、教師らしくするためキタザトには敬語で話しているのだが、キタザトのほうは全然配慮していなかった。 「そういうこと! さすがゴド、ワルド先生。冴えてるね」 「冴えてるもなにも、この流れからしたらそれ以外の内容は思いつかんだろうが……ですね、キタザト先生」  ゴドリーの口調は微妙になりつつある。 「旧実験棟は四階建てなんだ。途中、封鎖されている階段や通行止めがあるから回避しつつ進んでね。骸骨怪物の出所は天井裏が怪しいと僕はにらんでいるんだ」  なにせ廃屋寸前の建物だ。床板が抜けたり壁が崩れてきたりと、建物自体が障害になることだろう。天井裏とくればなおさらだ。  そんな足場の悪い状況での探検と戦闘も、きっと貴重な体験になるに違いない! 「頑張ってね。無事に戻れたら、今夜はゴドワルド先生が手料理を振る舞ってくれるそうだよ」 「そんな話聞いてないぞ!」  やめんか! とゴドリーは威嚇するようなポーズを取った。  しかし、 「ところで脳内奥さんはお元気?」  とキタザトに訊かれた瞬間、 「……ノーコメントだ」  ぷいと背中を向けてしまう。  どうもゴドリーも、彼が相手だと調子が狂うらしい。    かくて君たちは、ニコニコ顔のキタザトと背を向けるゴドリーと、傾きかけた太陽に見送られつつ旧実験棟に踏み込むのだった。
参加人数
8 / 8 名
公開 2019-04-13
完成 2019-04-24
ゆうしゃのじゅぎょ~★春の嵐だ! 合宿だ! (EX)
桂木京介 GM
「集合」  くぐもった声が聞こえる。フルフェイスの兜の内側から。  その人物は、重そうな白金(プラチナ)の甲冑を着込み、白いマントを肩から提げていた。  兜もやはり白く尖塔型、目の部分だけ切れ込みがあるものの、その奥は影がさし、素顔はおろか瞳の色すらうかがうことができない。  甲冑の人物は教師の【ネビュラロン・アーミット】、女性だ。声からすれば、おそらく若い。  左利きなのか右腰にソードを佩いている。凜として立つその姿は、比較的小柄にもかかわらず殺意というか圧というか、毒蛇のそれに似た凄みがあった。 「指定した用意は、すべて整っているな」  集まった新入生たちの脇に積まれているのは、テントや寝袋など野営具一式と食料、それに大量の薪だった。  もうじき陽が沈む。  甲冑の表面に彫り込まれた金飾りの意匠に、あかあかと炎が照りかえしている。ネビュラロンはかがり火を手にしているのだった。  魔法学園フトゥールム・スクエアはとにかく広いので、敷地内には山も川もある。ここはそんな小川のひとつだ。浅く透明度の高い水が、さやさやと流れている。水辺独特の苔のような香りがしていた。  一行がいるこの場所は、ぐるりと水に囲まれた中州だった。  広さはせいぜい二十メートル四方といったところだろう。足場は主として、丸石の詰まった砂利だ。 「本日もジッセン授業となる」  ネビュラロンのいう『ジッセン』は、『実践』か『実戦』なのかわからない。 「あらかじめ伝えておいたように合宿形式とする。陽が沈みきった時点で開始、明日また、日没が終わった時点で終了だ」  ここまでは聞いていた通りだから、生徒たちはうなずくだけだった。  問題は、この合宿で何をするのか、まだ知らされていないことである。  空はペールブルーに染まっていた。太陽は山の彼方に消えつつある。  ネビュラロンは中州の中央付近に薪をいくらか積み、そこにかがり火の火を近づけた。たちまち乾いた木に火が付き、焚火特有の煙がたちこめる。  黙ったままネビュラロンは足で、地面に軽い盛り土をつくった。  そうして、だしぬけに。  何か拾い上げたかと思いきや、これを盛り土の頂点に突き立てたのである。  丸まっていた布が風に翻る。  一本の旗だった。  地面から突きだしているのは二メートル程度、旗の面積も横一メートル半に縦一メートル程度だろう。白地に描かれているのはフトゥールム・スクエアの校章だ。 「明日(みょうにち)の日没までこの旗を倒さないこと。それが今回のミッションだ。一度も倒さず守り切ることができれば成功とする」  旗が抜けたり倒れたりすればすぐにわかる、とネビュラロンは言った。 「旗には魔法がかけてある。異変があれば即座に、耳を塞ぎたくなるほどの強烈な音と花火のような火柱が立つ」  そうなったら即失格ということだ。 「土塀や木材、荷を積み上げるなどの手段で旗の周囲を覆うことは禁止だ。必ず現状のように、四方から見える状態にしておくこと」  禁を破れば、旗が倒れたときと同じ結果になるという話だった。 「今夜から明け方にかけては晴天が予想されている。雨の心配はない。現状、風も穏やかだ。野営しながら交代で見張れば自然に倒れることはあるまい」  ほっとしたものが新入生一同の間に流れた。鬼教師として名高いネビュラロンのことだからどんな無理難題をふっかけられるかと思いきや、なにやらレクリエーション的な話ではないか。  本日、日中は汗ばむ陽気だったがその分夜は過ごしやすくなると思われる。食料も豊富だし、小川に囲まれた中州というロケーションもいい。この辺りならきっと、美しい星空を楽しめるだろう。  守る対象にしたって、ロウソクのか細い炎などであればともかく、ちゃんと立っている旗なのだ。存分に薪のたくわえもあるし、交代で張り番をすればまさかの事態はないだろう。  この合宿で生徒同士の親睦を深めろ、という話なのだろうか――と思ったとしたら少々甘い判断だったというほかない。 「明日までの二十四時間で、この旗を狙う数度の襲撃を用意している」  穏やかな話ではない。当たり前のように『襲撃』なんていうあたりはやはりネビュラロンだ。 「少なくともその一つは空からだ。のんびり星空を楽しんでいる時間はないぞ」  それと――と、どことなく愉しげにネビュラロンは付け加える。 「天気が味方するのは明日朝までだ。明日午後に入る頃は荒天となる見込みだ」  土砂降り、あるいは大風、はたまたその両方か。雷を伴わないことを祈ろう。  ネビュラロンはきっと、そんな天候を見越してこの授業を組んだのだ。最悪、豪雨と大風の嵐のなかで、襲撃者を剣を交えるという状況もありえる!  サディスト――! と君が思ったとしたら、たぶんそれは間違いではない。 「以上だ。質問は……」  新入生の一人がおそるおそる手を挙げようとしたのだが、 「聞かん。健闘を祈る」  すっぱりと断ち切って、ネビュラロンは回れ右をして薄闇に消えていった。  ぼやぼやしている時間はなさそうだ。もう陽が沈んだのだから。  授業開始だ。  まずは大急ぎでテントを設営せねばなるまい。  襲撃は空から。  しかし地からもあると思ったほうがいい。  さらに思わぬ来訪者もあるかもしれない。  そして最大の敵、天候もたちはだかることだろう。  この厳しい条件下でも君たちは守り切れるか……フトゥールム・スクエアの旗を!?
参加人数
8 / 8 名
公開 2019-05-04
完成 2019-05-22
【夏コレ!】水着を買いに行こう! (EX)
桂木京介 GM
「夏、だなっ☆」  と【メメ・メメル】校長が君に話しかけてきた。わりと突然に。  それは、あなたが学食でカレーを食べているときだったかもしれず、友達とわいわい校門を出たときだったかもしれず、はたまた、授業中に居眠りして廊下に立たされている最中だったかもしれない。  ともかくメメル校長は凶器サイズの胸を揺らしながら君の眼前に飛び出してきて呼びかけてきたのである。 「夏だな!」  と。  いえまだ間があるような――と、君は冷静に返しただろうか。  イエス! と腕まくりして答えただろうか。  それとも、近くで見るとますますデカいな、とわりと無関係な感想を抱き生唾を飲み込んだろうか……ッ。  いずれにせよこちらのリアクションになどお構いなしにメメルは続ける。 「毎日毎日カクジツに暑くなっており、もう気分は夏なのだ。少なくともオレサマ的には☆」  というわけで、と言ったのだ。 「夏といえば海にプールに川に……とにかくスイミングなのだ。だから水着を買いに行こうぜ! なんならオレサマが選んであげよう☆ むしろ選ばせろ、みたいな♪」  やる気まんまんのメメルに導かれ、君は学園都市のショッピングモール『クイドクアム』に連れて行かれるのであった。  かぎりなく『連行』に近い形で。  さあ、クイドクアムに水着を買いに行こう!    ◇ ◇ ◇ 「水着を買いにいくの~? え~、どうしようかなぁ」  もじもじした様子で【キキ・モンロ】はかたわらの【サラシナ・マイ】に訊く。 「マイは行く~? キキはね、帰りにごはんごちそうしてくれるなら行ってもいいの~」 「お前いつもそれだよな。ある意味ブレないというか」  キキはもう行く気でいっぱいのようだが、マイは乗り気ではなさそうだ。 「オレはあんま興味ないな。わざわざクイドクアムまで出なくても、『アボット』(※制服専門店)で学園指定だか推薦だかの水着買う程度で構わねえし」  え~っ、とキキはイヤイヤをするように左右に揺れる。 「マイも行こうよ。せっかくだもん。おなかもいっぱいになるよ」 「せっかくってったってなぁ。ていうかなぜ食うことが前提になってんだよオイ」  とはいえキキにお願いされるとマイは弱い。 「しょうがねえなあ……」  というわけで首尾良く、君たちの誘いにキキとマイは乗ったのだった。  クイドクアムに水着を買いに行こう!  ついでにご飯もお忘れなく。  ◇ ◇ ◇ 「水着を買いに行くのかい? いやあ、どうしようかなあ」  あっはっは、と錬金術教師【イアン・キタザト】はかたわらの【ゴドワルド・ゴドリー】に訊く。 「ゴドーは行……」 「行くわけないだろ。お前の水着は褌(ふんどし)で十分だ」  ゴドリーは、とりつく島もない様子である。  君たちは一体どうしてしまったのか。気の迷いかそれとも、トリップする魔法薬の匂いでも嗅いでしまったのか。キタザトとゴドリーという、おっさん教師二人組に水着を買いに行こうと呼びかけるなんて! (※キタザトは少年みたいに見えるがゴドリーと同い年である) 「じゃあ褌でいいからゴドーも付き合ってね」 「冗談はよせ」 「だったら褌で泳ぐのと、今から水着を買いに行くの、どっちがいい?」 「そ、それは水着を買いに行くほうが……おい待て」  なぜその二択なんだとゴドリーは言うのだが、いつの間にかキタザトに丸め込まれて、君たちに同行することになってしまうのだった。  クイドクアムに水着を買いに行こう!    なお、フル甲冑を着込んだ素顔不明の教師【ネビュラロン・アーミット】に声をかけた君は、 「…………」  無言の彼女から、ヘルメット越しの凍てつくような視線を浴びる羽目になった。   ◇ ◇ ◇  クイドクアムに水着を買いに行こう!  買いに行こう!  だってもうすぐ夏だから! 理由なんてそれで十分じゃないか。
参加人数
8 / 8 名
公開 2019-06-14
完成 2019-06-25
デート日和のセプテンバー (EX)
桂木京介 GM
 瞳は澄んだ菫色。水気を帯びた眼差しは、見つめる者自身の姿を鏡のように映し出す。  現在、そこに映り込んでいるのはこの学校の学園長、【メメ・メメル】だ。  「ラビーリャたんよ」  はい、と【ラビーリャ・シェムエリヤ】は抑揚を欠いた口調で答える。褐色の肌、銀色の髪、均整の取れたスレンダーな体躯、人形めいた印象を与える少女だ。 「学園生活には慣れたかえ?」 「慣れたといえば、慣れたような」  青い鳥でも探すように、しばらく視線を天井にさまよわせてから続ける。 「……でも慣れていないといえば、慣れていませんね」 「いやどっちやねんっ! っと、一応ツッコんではみたものの、どーもラビーリャたん相手だと勝手がわからんなぁ」 「すいません」  ラビーリャは頭を下げた。やっぱり調子狂うなァ、とメメルは口を『へ』の字型にしてしまう。 「いやいいんだよ、いいんだけど~、その、慣れたような慣れてないような、と思うのはなぜなのか教えてくれんかね、チミィ」  ここは学長室、豪奢な革張りのソファに向かい合って座り、メメルは定例の職員面談をしているのだった。いつも遊びほうけているように見えるメメルだが、代表者らしい仕事もするのだ。たまには。 「私は……用務員ですから……ふだん、あまり生徒に接することがないから、かもしれません」 「それだ!」  ぴょんとメメルは立ち上がった。急に立つとメメルの胸にはもれなく、わさっと揺れるというエフェクトがかかる。 「ラビーリャたん、チミに足りないのは生徒との交流だったんだよ!」 「交流……ですか。直流と交流……?」 「そういうボケいいから、マジでマジで。ともかくなラビーリャたん、資金はオレサマが太っ腹に出してやるから、男子生徒いや女子でもいいけれどもと、デートのひとつでもしてくるのだ!」  そうだそれがいい、となぜか満足そうなメメルなのである。 「デート? ……『日付』ですか?」 「だからそういうボケはいいって、話進まなくなるから! あー、デートというのはアレだよ、ふたりきりで手をつないで歩いたりして」 「はい」 「盛り上がったらチュッチュしちゃったりして♪」 「そうですか」 「イヤ~ンバカ~ンとかしたりもするかも☆」 「急に具体性がなくなりましたね」 「だー! そんなことオレサマに言わせんな! 具体的にアレしろコレしろというのはないけど、要はふたりで買い物なり遊びなりしてこい、ってことだっつーの! いまや夏の暑さも終わって、いいアンバイにおデートが盛り上がるセプテンバーの到来、行くならこのとき! ってやつなのだよ☆」  なんだか勝手に決められているように見えるだろうが、特に疑問をいだくこともなくラビーリャは従うことにした。  ところで、とラビーリャは言った。 「誰と行けばいいんです?」 「ま、誰かいい相手を見つくろっとくよ、オレサマが。誰と出かけるかは待ち合わせ場所までわからんことにしておこう」  当日をお楽しみにっ♪ となにやら嬉しげなメメルなのである。  こういうのを世間では『ブラインドデート』と言うとか、言わないとか。    ★ ★ ★  どうもこのブラインドデートという発想が気に入ったらしい。その後もメメルは、この話を次々と職員や学園上級生に持っていくのだった。 「私が学生と? それ問題になったりしません? 校長公認って……いいんですか? え、隠密指令?」  隠密指令と言われて、【ユリ・ネオネ】は満更でもなさそうな顔をした。 「オレがデート? 校長それマジっすか?」 「マジなのだ。マイたんにはなー、よき先輩として下級生を導く義務があると思うんだよオレサマは☆ な、頼むよ新入生のためだと思って」  当惑した様子ながら、メメルに新入生のためと言われ【サラシナ・マイ】は断りづらそうにしている。 「ヤローと遊んだりするのはいつもやってんだけど……」 「だったら女の子ちゃんとデートするがよい☆」 「オレ女の喜びそうな場所とか知らないんすよ、いやマジで! いや自分も女っすけど……」 「……校長、私は結婚しています」 「脳内で、じゃろ」  痛いところを突かれたらしく、【ゴドワルド・ゴドリー】はくるり振り向いて壁に頭をもたれさせた。 「お~ほっほっほ、どんと来いですわ!」  わたくしにかしずきたい者はどんどん来るといいですことよ、となぜか【ミレーヌ・エンブリッシュ】は自信満々である。  なお、箱入り娘だったミレーヌは生まれてこの方デートらしいデートをしたことがない。 「ごはんおごってくれるならどこでもいくの~! レストランとか」  どこでも、と言いながらレストランと言っているあたり、さすがの【キキ・モンロ】といえよう。 「……」  無言だ。全身甲冑の戦士【ネビュラロン・アーミット】は。 「いや~ん、ネビュラロンたん黙っててこわーい☆」 「そろそろアタシのところに来るって思ってましたっ」  腕組みして【コルネ・ワルフルド】はメメルを待ち受けていた。 「いーですけどアタシは健康的なチョイスにしますからねっ! マラソンとかクロスカントリーとか!」 「それデートか……?」    ★ ★ ★  ころはセプテンバー、涼しくなってきた季節。  メメルの思いつきによるブラインドデートがはじまろうとしている。  どこへ行くかはあなたの自由だ。街で買い物か観光地でピクニックか、まさかまさかのクロスカントリーか!?  お前もブラインドデートにしてやろうか……。  お前もブラインドデートにしてやろうか!! 
参加人数
8 / 8 名
公開 2019-09-16
完成 2019-10-01
BLACKOUT (EX)
桂木京介 GM
 赤ん坊が泣いている。  いまにも殺されそうといった勢いで、爆発的に泣いている。  かまどの前に立った母親らしき女性はなにもせず、立ち尽くしているだけだ。  火にかけられた大鍋が煮えている。  煮えているなどといった穏やかなものではない。シチューは吹きこぼれる寸前だ。表面には泡がたえず泡が浮かび、破裂してはまた新しいのが生まれている。  赤ん坊は毛布を蹴りのけ、籐編みの籠から飛び出してしまいそうだ。  鍋はもう、軽く手で押しさえすれば溶岩のような中身をぶちまけるのではないか。  それなのに、女は口を半開きにしたままぼんやりとしている。 「ここは……」  まるで寝言のように、ぽつりと女はつぶやいた。  家の戸口には男が立っている。開いたドアを黙って見つめ、こわごわと中をのぞいて、室内に入りかけたものの体を戻した。赤ん坊の泣き声が気になるのだが、自分が行くことにはためらいがあるようだった。 「おうい」  男は間の抜けた声で呼びかけた。 「おうい、なんとかしたほうがいいぞ、あんた」 「え……?」  女は蝋が溶けるように鈍くまばたきすると、周囲を見渡して誰もこの赤ん坊を抱くものがないと知った様子だ。仕方なくこわごわと、手負いの獣に触れるようにして赤ん坊を抱き上げた。  男は首だけのばしその様子を見て、じりじりと後ずさっていった。  ここはどこなのだろうか。  自分は、誰なのだろうか。  あの女は? 赤ん坊は?  あの建物は?  仕事を終えた村人が妻子の待つ自宅に戻ってきた光景――だったのだ。ほんの少し前までは。  村人の背が見知らぬ姿にぶつかった。いやこのとき男にとっては、自分を含むすべてが『見知らぬ』存在であったのだが。  振り向いて、村人は彫像のように身を固くした。  先頭にいるのはヒューマンらしい。襟元までしっかり締めた、濃い紫色のフロックコート、ぴったり七三に撫でつけた髪も紫で、ふくよかな、というより小太りといったほうがいい体型をしている。つま先がとがった緑のブーツを履き、左手には象牙色のステッキを握っている。背はやけに低く、鏡のようにぴかぴかした銀縁の眼鏡をかけていた。年齢不詳だ。年寄りのようでもあるが少年のようにも見える。  強い印象を与えるのは、男に浮かぶニヤニヤ笑いだった。口元からのぞく、荒目のノコギリのような歯が恐ろしい。ヒューマン種のようだからあれは牙ではなく入れ歯だろう。さもなくば自分で削ったというのか。 「あの……あんた様、もしかすっとオラのこと、知りませんか?」 「知らんね」  ダッフルコートの男は、どんと右手で村人を突き飛ばした。小さいのにすごい力だ。村人はたまらず尻餅をついてしまう。  男は歩き出す。  村人はそのまま言葉を失った。  ダッフルコートの男につづいて、幽鬼のような集団が続いていたからだ。十人はいるだろうか。そろって同じ扮装。全身が黒。背はひょろりと高く、手足がまたアンバランスなまでに長い。目にあたる部分にハンカチほどの白い布が垂れ下がっている以外は黒づくめだ。影が地面から立ち上がって歩き始めたかと錯覚してしまう。  もうひとつ村人を怯えさせたものは、影のうち二体が、引きずるようにして、ひとりの男を運んでいることだった。狼ルネサンスの男らしい。ひどく傷つき、顔にも紫のアザがある。これほど血と土で汚れていなければ、耳の毛はきっと銀色に見えただろう。 「つまらんなあ」  ダッフルコートの男――【ガスペロ・シュターゼ】は振り返った。 「そう思わないか?」  振り返った拍子に、ステッキの尖端にぶら下げられたランタンの灯が揺れた。 「一般的な村人の記憶などたかがしれている。奪っても得られる力は微弱だ」  引きずられていた男が、首だけ上げて片目を開けた。 「だったらフトゥールム・スクエアでも襲ったらどうだ? さぞや濃い記憶が集まるだろうぜ」 「知ってるだろう? ルガル君、私はそういう無謀をしないのだよ。『彼』の持っていたものに比べれば、これなんてまだ玩具(オモチャ)さ。実用に耐えるものにするためにはもっと使い込まないとね」 「てめぇには過ぎた玩具だよ、ブタ野郎」  ガスペロは黙って、【ルガル・ラッセル】に近づくとその頬を張った。やはりすごい力だ。鞭で打たれたようにルガルの首は真横を向く。 「立場の違いを考えたまえ、ルガル君」 「……ジャックの小間使いだったてめぇが、いっぱしの悪党気取りか」  しかしルガルには、憎まれ口をやめる気はないらしい。 「こそこそしやがって。しょせん小間使いは小間使いだってことかよ」  ふん、とガスペロは鼻を鳴らした。 「目立っちゃいけないんだ。私はね。殺しや火付けをするわけじゃない。大事件のかげで静かに動く。動いて少しずつ力を蓄える。まあ、しばらくの辛抱だ」 「なら、さっさと俺の記憶を吸い取って力に変えやがれよ」  それができたら、とガスペロは言った。 「とっくにそうしてる」  まだ、夜と呼ぶには早い時間帯だ。夕方にしたって明るすぎる。  なのにガスペロがもつ杖、そこに吊されたランタンには紫色の炎が宿っている。  ◆ ◆ ◆ 「不穏な話があるのだよ」  と【メメ・メメル】は腕組みして言った。  教室の一角、集まった生徒たちを前に、メメルは彼女にしてはめずらしい曇り顔を見せていた。 「チミら覚えとるか? ハロウィンの夜、【ジャック・ワンダー】を筆頭にした一派がリーバメントの町を襲い、巨大な魔法陣でなにかを呼び出そうとしていたことを」  ジャックは、大鎌の先にランタンをぶら下げていた。ランタンから発する炎は、これを浴びた者の記憶を奪う力を有する。  ジャックはフトゥールム・スクエアに倒され、カンテラも魔法陣も破壊された。ジャックの部下【ジョン・ドゥ】も消滅した。唯一、一味のルガル・ラッセルというルネサンスだけが逃れたが、以後目立った行動はしていないようだ。 「それなのにな」  最近、ジャックの力を彷彿とさせる事件が三度、立て続けに起こったというのだ。  いずれも舞台は、辺境の小さな集落だ。ある一日を境に、集落の住民全員が記憶をなくしてしまったという。住民はせいぜい十数人で、村と呼ぶにしても小さい規模だが、集落丸ごと記憶喪失となれば話は穏やかではない。  二度目の事件のおり、偶然村の外にいた住民が下手人とおぼしき集団を目にしている。リーダーらしき人物は紫色の服を着た小男、それ以外は影のような姿だという。 「死傷者が出たというわけではないのだな。物盗りもない……といってもなぁ~、ほっぽっておくわけにはいかんよコレは。記憶泥棒ってのは、金品の泥棒よりある意味ずっとたちが悪いからな!」  集団が訪れていたのはともに、リーバメントよりずっと小さい規模の集落だ。 「小さな集落しか襲う力がないのか。大事件にならんよーにしているのか。んー、しかしとっちめるほかないな、と思うわけだオレサマは!」  一計を案じた、とメメルは言った。 「連中の移動ルートから予測できる地点に、住民が見捨てて廃村となっていた地域があるのだ。ここに罠を張る! つまり村人の振りをして、記憶ボードロを待ち構え返り討ちにするってえ寸法よお☆」  ボードロ? と生徒のひとりが聞いた。 「ギョーカイ用語だよギョーカイ用語♪ 泥棒のことな☆」  なんの業界だ。  メメルの作戦は短絡的だが、案外こういう単純な仕掛けのほうが成功したりするものだ。 「ところで集団が来なかったら?」  また別の生徒が訊いた。 「一週間くらい村人ライフを堪能して帰っといで♪」  オイ。
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-03-03
完成 2020-03-22
【心愛】どっきん! 学園バレンタインっ! (EX)
桂木京介 GM
「あっ、いいところに!」  声をかけられて君は足を止める、目の前にあるのは長い長い行列だ。喫茶店のようなところにつづいているようだが……。  その行列のなかほどにあって、おーいおーいと手を振るは、ご存じ『学園のアイドル』こと【エミリー・ルイーズム】ではないか。 「チョコレートサンデー食べない?」  突然のお誘いである。  チョコレートサンデー、勝手に略してチョコサンとは、背の高いグラスに山盛りのチョコアイスを詰め、生クリームやらフルーツやらウエハースやらをずんずん積み重ねてグラスからあふれんばかりにする究極の甘味のことである。 「時間制限つきだけどお代わり自由の食べ放題なんだって!」  チョコサンって、そんなに山盛り食べたいものだろうか。 「バレンタインデーの時期だからね~」  ところでなぜ自分に声をかけたのか、と尋ねると、 「一緒に予約してた子が、急に来られなくなって」  とのことだった。  予約?  ではなぜ並んでいるのかと当然の質問をしたところ、エミリーはごく平然と言い放ったのである。 「予約してても並ぶでしょ?」  そうなの!? 「イベントだものっ!」  並ぶところからもう、イベントははじまっているのだ!  ☆ ☆ ☆  神出鬼没どこにでも登場。学園の廊下、校庭、あるいは教室まで。  登場、【メメ・メメル】が登場! ガラッとドアを開けて!  見るに見かねた様子で、【コルネ・ワルフルド】は言ったのである。 「校長……みっともないからやめてください」 「え? なんのこと? オレサマただお散歩をしているだけだゾ☆」  きらきらと目を輝かせメメルは振り向いた。その首から下に、紐がけした大きな箱を吊り下げている。箱には『義理チョコ☆大募集中!』という露骨すぎるメッセージが殴り書きされていた。  それ、とコルネは箱を指さした。 「あからさますぎます。あと、今は授業中なんですけど」 「コルネたんもくれ♪」 「いやです。ていうかもう、義理チョコという文化はすたれたのでは……?」 「フトゥールム・スクエアでは花盛りの文化ぞよ☆」 「お引き取り下さい」  なにが『ぞよ☆』ですか――と言いながらコルネはメメルを教室から追い出した。  ☆ ☆ ☆  芝生に面したベンチに、【パルシェ・ドルティーナ】と【ルシファー・キンメリー】が並んで腰を下ろしている。 「どうしたのパルシェ? こんなところによびだして」 「うん……実はね、今日はルシファーにプレゼントしたいものがあって……友チョコっていう……あれ?」 「これ?」  すでにルシファーの手には、パルシェが用意していた包みがあった。 「わっ、いつの間にっ!?」  その質問にルシファーは答えない。だってもう開封して食べはじめていたから。大きな板チョコだ。パルシェの手作りらしくルシファーらしき顔が描いてある。 「おいしいな」 「わーっ! だいなしだよ~!」  チョコの上のルシファーの顔はたちまち半分になった。 「いいじゃない、てまはぶけるし」  四分の一になった。と思ったらゼロになった。 「わーん、風情もなにもないよ~」  チョコで口元をべったりと汚したまま、ルシファーはニコリとしたのである。 「あはは、パルシェ、そんなかおしないでよ」  ほら、とルシファーは真新しい包みを取り出したのである。 「アタシからもあるからさ、ともチョコ♪ わらってわらって」  ☆ ☆ ☆  といった感じで、学園のバレンタインが幕を開けた。  あなたのバレンタインデー、あるいはその前後でもいい、どんな一日なのか、それを教えてほしいのだ。
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-02-16
完成 2020-03-05
おいでませ勇者様:春の個人MEN DANG (EX)
桂木京介 GM
 ドアをノックする。ちょうど2回。  きみの、握った手が軽く震えている。 「どーぞー☆」  たいへんお気楽な声が返ってくるけれど、きみのほうはそうもいかない。失礼します、と言ったものの、舌はいくらかもつれている。  入る。  イスを引いて座る。  殺風景な小部屋だ。正面の席、ななめがけに座っているのは、フトゥールム・スクエアの学園長【メメ・メメル】だった。春の午後ゆえ眠いのか、まぶたが半分おりている。 「よろしくお願いし……」 「あーはいはい」  さえぎってメメルは言った。 「面接試験といってもだなぁ、はっきしいって形式的なもんだから。普段どーり答えるがヨロシ。むしろ素のチミが見たいので自然に自然に、な♪」 「はい」  きみは少しリラックスした。といっても、メメル校長ほど露骨にリラックスはできないけれど。  じゃあまぁはじめるか、と言ってメメルは眼鏡(老眼鏡? ダテ眼鏡?)をかけて手元の書類に目を落とす。 「えー、まずは『本校を志望した理由』と、『本校に入学したら何をしたいか』について教えてくれたまい☆」 「……志望動機、ですか?」 「そういうこと♪」  困った。きみの胃はきりきりと痛み、額には汗が浮かびはじめた。膝までふるえはじめる。さすがメメル校長、というべきだろうか。まさかこんな質問が来るとは思ってもみなかった。 「あ、あの僕……」 「なんじゃあ? もちっと大きい声で話してくれいや」 「僕、在学生なんですけどっ!!」   えっ、とメメルは眼鏡をかけなおして手元の資料を見た。 「あれ? 今日は学年末の個人面談だったな。オレサマ違う書類もってきちゃった♪ てへっ、メンゴ☆」  ぺろりと舌を出して、進級おめでとうとメメルは言った。 「じゃあ、この一年で学んだことを教えてくれりんこ☆」  ……学んだこと、それは『メメル校長の行動は予測不可能だということ』と、きみは言おうと決めた。  ☆ ☆ ☆  真昼のグラウンド……の一角に設けられた障害物競争のコース。 「はーいじゃあ、その網をくぐってロープに飛びついて~」  首からホイッスルをぶらさげた状態で【コルネ・ワルフルド】先生は言う。 「で、ロープを上まで昇りきったら、壁を乗り越えてジャンプして着地、そこから丸太の橋をダッシュで渡って飛び石に乗る。リズミカルに石を踏んでいって最後は、小麦粉の海に隠されたアメを手を使わずに取るよ~」  簡単でしょ? とコルネは言うが、網は有刺鉄線みたいだし吊り下げられたロープの長さは身長の五倍はあるし、泥沼にかけられた丸太の橋は奈落みたいな高さに設置されているではないか。飛び石の下にいたっては剣山だ。最後の小麦粉の海だって、プールくらいあったりするという過剰なおもてなし精神が発揮されているのである。  ぐっと拳を握ってコルネは勇気づけてくれる。 「大丈夫っ、キミならやれるよ!」  やれるのか? 「アタシも併走するから、面談もついでにやっちゃうよ!」  マジデスカ?  もちろんマジらしい。入学早々すごいことになりそうだ。  ……あと、コルネ先生の交代要員だという、あそこに控えている白い全身甲冑の人がやたらとおっかないのですが。  ☆ ☆ ☆  男は、どかっとカウンター席に陣取る。  真昼の酒場、客はまばらだ。それでも、アウトローや賞金稼ぎ風の連中、傭兵らしき姿がちらほらとうかがえる。  そのすべてが、男と目線を合わさないように顔をそむけた。  それほどまでに、このルネサンスの男に黒い威圧感があったからだ。魔物でも背負っているかのような。  痩せぎすの体。汚れた服。くすんだ銀色の髪に狼の耳。眼光はまるで、研ぎ澄ませた匕首だ。  男はカウンターに何枚かの硬貨を並べた。 「これで提供できるだけの食い物をくれ。あと、水だ」  男の目の前にショットグラスが置かれた。テキーラが注がれる。 「酒はいらん。そこまでの金はねぇ」  しかしバーテンは震え声で、あちらのお客様からです、と告げた。 「……良い子の学園生がこんなとこ来ていいのか」  視線を滑らせ片眉を上げて、面白くもなさそうに男は言う。 「てめぇらとは休戦中だ。飯くらい食わせろ」  礼も言わずに【ルガル・ラッセル】はグラスをあおった。 「話がしたいだと? なら、もう一杯だ」  ☆ ☆ ☆  きみの肩に手が、ぽん、と置かれた。 「……教えて」  平板なその口調は【ラビーリャ・シェムエリヤ】のものだった。  放課後の帰路、出し抜けに背後を取られたので、きみの心臓はバクバクだ。  しかも、 「作り方、教えて……」  などと彼女は言う。きみの頭はさらに、無数のクエスチョンマークで埋められてゆく。  何を? ときみは問い返した。 「こども」  子ども!? 「の、好きそうな料理の、作り方……」   そういうことか。  でも、ときみは考えざるを得ない。  なぜ自分に?  ★ ★ ★  波乱の初年度を経た二年生たちよ。  たくさんの期待といくらかの不安を抱いている新入生たちよ。  春だ。面談の時間だ。  教師、上級生、市井の人たちあるいは旧敵……?  きみと差し向かいで話したい、あるいはきみから語りかけた相手との、一対一の面談がはじまる。  相手はきみに質問するのか、それとも逆か。  丁々発止のやりとりか、暴投連発&命がけのキャッチボールか、きみの過去が明かされる一幕となるのか。  などと考えても仕方ないかもしれない。  なぜってその相手はもう、きみの目の前にいるのだから!
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-04-10
完成 2020-04-27
【新歓】決斗★知恵か勇気かアピールか!? (マルチ)
桂木京介 GM
 一瞬、耳がおかしくなったかと疑ったかもしれない。  分厚い鉄の扉が左右に開かれるやいな、髪が逆立ち服がビリビリ震えるほどの野太い音の塊に圧倒されたのだから!  雷鳴のごとき銅鑼の音。  下腹に響く大太鼓のリズム。  びっしり埋まった観客が刻む荒波のような手拍子。  これにトランペットの嵐まで加わったのだから凄絶だ。校章が描かれた巨大な旗が、右へ左へ龍のようになびいていた。  これは、なんだ。  詳しい説明もないまま君たちは、このまっただ中に放り込まれていた。  熱気で気温が上昇している。満場の注目が痛いほどに集まっている。  コロシアムの中央、拳を左の胸に当て、甲冑の騎士が立っていた。色はプラチナ、金の縁取り、プレートメイルにガントレット、ブーツ、それにヘルメットまで同じ色彩で統一している。たなびくマントも白金だ。 「刮目(かつもく)!」  騎士が突然声を上げたので、きみたちも慌ててこれにならった。すなわち、左右のかかとを揃えた直立の姿勢で、右手を握って胸に当てたのだ。騎士に相対する格好で、横一列に整列する。  音楽が止まった。銅鑼はもちろん、太鼓も金管楽器も。  場内は水を打ったように静まりかえる。  もしかして騎士は、これより公開処刑を行うとでも言い出すのではないか――そんな不安を抱いたとしてもいたしかたなかろう。  されど心配は無用、やがて満場の拍手とともに、学園長【メメ・メメル】が登場したのである。 「あい、あい☆ よしなに、よしなに♪」  女王様もかくやといった優雅さで手を振りつつ、メメルは客席の間を抜けた。そして騎士にして教師【ネビュラロン・アーミット】の隣に立つ。  ちょこんと立つメメルを一見しただけで、この人が学園長だと思う人はいないのではないか。ベイビィフェイスだし胸は風船みたいだし、帽子を斜めがけしてけらけら笑っているしで、どうにも威厳というものがない。  しかし間もなく気がつくだろう。メメルは片手だけでこの大観衆をコントロールしており、何千何万という注目を集めてもけろりとしているということに。全身甲冑のネビュラロンでさえも、メメルの前では小さく見えた。  ようこそと、きみたちに向き直ってメメルは言った。 「ここが学園の誇る屋内型コロシアム『ブラーヴ・オブリージュ』だ! まー、オレサマなんかは『体育館』なんて呼んだりもするけどな☆」  今日はほうぼうから観客を招待したが、ふだんはもっと静かだゾ――などといったことを一通り述べてメメルは続けた。 「ここで新入生のお手並みと、二年目に入った在校生の学習成果を拝見すべく、オレサマはちょっとした趣向を用意した」  だが実際は、『ちょっとした』などと言う穏やかなものではなさそうだ。  メメルが言い終えるやすぐに、きみたちが入ってきたのとは反対側の鉄扉が重々しく左右に開かれたのである。  ズズンと地面が揺れた。客席から悲鳴とも歓声ともつかぬものが上がった  太鼓と銅鑼、そしてファンファーレがカオスに興を添える。  現れた。巨大なものが。  ゴーレムというのであろうか。  身長は成人男性の三倍少々、二足歩行の人型ではあれど人には似ず、顔にあるのは目と口を摸した丸い穴が三つ開いただけ、腕も足もセコイアの木のような巨塊だった。引き締まった体つきだがいささか前屈み、両腕をだらりと前につきだしている。  しかもこの超重量級は三体もいるのだ。 「これはな、ソーセージだ☆」  ソーセージ? 「そう、ビーフ、ポーク、チキンの三種類! ソーセージから作ったゴーレムなのだよ。削いで火を通したら食えるぞ」  そういえばなんとも香ばしい。燻製のような香り、空腹を刺激する匂いがする。 「この三種がチミらの相手をすることになる♪ さっき言った順番で力が強く速度は遅い。つまりチキンが最速ということだな。逆に、ビーフはパワフルということになるわけだなあ」  ソーセージゴーレムと戦えという話なのである。もちろんゴーレムとして強化してあるから、ソーセージそのものの柔らかさではないようだが。 「ここから先はネビュラロンたんから説明がある。闘いが終わったら焼きソーセージでランチといこうじゃないか~」  では♪ などと言ってメメルは客席へと上がっていってしまう。  咳払いして甲冑の騎士が述べた。 「ルールの話もしておく」  最初は気付かなかったが、よく聞くと騎士の声は若い女性のものだ。 「時間は無制限、ゴーレム三体をすべて倒せば勝利、半数以上の学生が戦闘不能に追い込まれるか、この敷地内から逃亡すれば敗北だ。スタジアムは」  とネビュラロンは周囲を示した。広いグラウンドはすべて地続きだが、いくつかのエリアにわかれている。 「中央付近は砂地、移動速度は落ちる一方、砂がクッションになるため叩きつけられたり落下してもダメージは低い」  ネビュラロンは右を向く。 「西のグラウンドは石切場から大理石の柱を組み合わせて櫓(やぐら)状にしてある。敏捷に動ける者には有利な地形だ。ただしゴーレムは容赦なく櫓を破壊するからいつまでも優位は保てまい。落下しようものなら足元は石だ。その先は想像したくないな」  さらに、とネビュラロンは左エリアを指した。 「東には腰までの深さの泥沼地帯を作った。速度は殺されるが落下時のダメージは最小となるだろう。ただ数カ所、トラップとして底なし沼を設けてあることを言い加えておく」  三体同時に全員で相手にするか、二または三グループに分かれて各個撃破するか。戦うとしたらどのロケーションを選ぶか……いささか検討する必要があるだろう。 「学園長の趣味でゴーレムには、歓声に応えて強弱が変化する機構が組み込まれている」  声援が増えれば増えるほどゴーレムの動きは弱体化するという。逆に、聴衆が静まりかえったり、ブーイングが高まればそれだけゴーレムは強力になるというのだ。 「チミらの声は集音の魔法でよく通るようにしておいたからなぁ♪」  こんな風に、と客席からメメルが手を振っている。わざわざスタジアムの端まで移動したらしい。  遠くぽつんと見えるだけなのに、ちゃんと声は間近で聞いているようによく通っていた。多少エコーがかかっているのは仕様なのかメメルのサービスなのか。 「だから格好いい決め台詞や必殺技のボイスがあると、きっと喜ばれるぞ☆ あとポーズな! ヒーローっぽいやつ!」  シャキンとか言いながらメメルはポーズを取ったが、ひいき目に見ても前衛芸術ないし腰痛に効くヨガのたぐいとしか映らなかった。  無茶を言う――ときみが思ったとしたらそれはまぎれもなく正解だ。メメ・メメルというのは基本、無茶を言う人なのである。  そのメメルが立っているのが、銅鑼の前だということに気付いただろうか。両手に、ハンマーみたいなバチを握っているということにも。 「校長の話によればゴーレムは、活火山ほどに歓声を高めてようやく勝てるレベルに設定してあるらしい」  素っ気なく告げると、健闘を祈るとだけ告げてネビュラロンは背を向けた。  ものものしい金属音が立った。ゴーレム三体の足にはめられていた鎖が一斉に解けたのだった。獅子のそれを百倍少々したくらいの声で、三体がうなるのが聞こえた。  そして轟いたのだ。学園長の声が。 「試合、開始ーっ☆」  ほりゃーと振りかぶってフルスイング!  メメルは銅鑼を、思いっきり鳴らした!    決斗(けっとう)の幕が上がる。
参加人数
16 / 16 名
公開 2020-04-28
完成 2020-05-12
霎雨(しょうう) (EX)
桂木京介 GM
 霎の字はこの一文字で『小雨』『通り雨』を意味し、転じて、『ごく短い時間』『またたくま』を指すこともある。  小雨の意味に限定するなら、『霎雨(しょうう)』とあらわすこともできる。  外はまさしく霎雨だった。  さっと降って、もうやみつつある。  けれど空は薄曇りのままだ。  もう一度、降るのだろうか。晴れ間は見えるのだろうか。 「そうか」  腰に回した両手を結んで、【メメ・メメル】は窓の外を見つめている。 「生後まもなくか……あまり聞かない話だが、古来、例がないわけではない」 「ええ、以来、ほとんど外の世界に出されることなく育てられました」  メメルは窓に背を向けると、【メアリ・レイン】をもう一度見た。  白に近いプラチナの髪、整った――いささか整いすぎた容姿、頭上には金の輪。そして、背の翼。  精霊から祝福と呪いの両方を与えられた存在、アークライトであることは明白だ。  メアリは微笑を浮かべている。その笑みはあまりに無垢で、人を疑うことを知らないかのようだ。育ちがよかったのだろうと想像がつく。  けれど、現在メメルが学園長室に飾っているハエトリグサの鉢植えの横に立っていると、ひどく不釣り合いに見えた。  その鉢植えが小玉スイカほどの大きさで、両手の指全部を合わせたよりたくさんあるだけに、なおさら。 「相次いで両親が亡くなったことをきっかけに私は家を出ることにしました。そして、憧れていたフトゥールム・スクエアへの願書を出したんです」 「そんなイイもんじゃないぞ。訓練の名目で、猛牛怪物が襲ってくる鉄の檻に放り込まれたりするし」 「楽しみですわ」 「ハイキングといっては、カビ臭い地下迷宮に閉じ込められたりもする」 「望むところです」 「泥沼に腰までつかった状態で、ソーセージをかためて作った巨大ゴーレムと殴り合いをさせられたりもするぞ」  「ぜひ私も挑戦させてください、その泥沼とゴーレムの試練に!」  メアリは胸の前で両手を握りあわせている。目がきらきらしていた。  そうか、とため息をつくようにメメルは言った。 「ならば……入学を認める」 「ありがとうございます!」 「学園でやってみたいことを教えてくれ」 「訓練ですね。うんと厳しく鍛えていただきたいです。勉強もいっぱいやりたい。掃除などの奉仕活動もがんばります」  ためこんでいた想いがあるのだろう。メアリは勢いこんで続けた。 「広大な学園内の施設も探索したいです。学食でご飯も食べたい、名高き図書館『ワイズ・クレバー』にも行ってみたいです」 「そうか、うん」 「私、お屋敷育ちだったので同年代の知り合いがいないんです。学園でお友だちをいっぱい作りたい。寮の部屋に集まっておしゃべりしたり、お酒を飲んだり……」  もちろん、勇者のつとめも忘れていません、とメアリは言う。 「ジャバウォックを追い払うとか、ゴブリンの襲撃から橋を守るとか……力なき人たちの力になるような依頼も積極的に受けてみたいと思います」 「そうだな。学園におれば、いずれ全部体験できるだろうよ」  だがな、とメメルの口調が重くなった。 「チミは一歳にならんうちにアークライトになったという、つまり……」 「わかっています」  これまで前のめり気味に話していたメアリは、静かに深呼吸した。にこりとほほえんで口を開く。 「現在わたしは二十歳、もう長くありません」  アークライトはヒューマンの変異種である。多数派の人類、とりたてて特長のない種であるヒューマンが、光の輪と白い二枚の翼を授かってアークライトへと姿を変える。一度変化してしまうと、二度と元には戻らない。  この変異は、なんの予告もなく訪れるという。予知夢を見たとか、お告げを聞いたとかいう話もないではないが、大多数にとっては突然のものだ。地域性や家系的なものがあるわけでもない。双子の姉妹であっても、妹だけが覚醒したという例もある。  一種の運命と言えよう。この運命をアークライトは受け入れるほかはない。  アークライトはヒューマンを超えた存在だ。精霊の力を解放することで、一般的なヒューマンとは比較にならない能力を発揮する。長時間ではないが空を飛ぶことも可能だ。これが、アークライトへの変異が祝福と言われるゆえんである。  しかし同時に、アークライトは呪いでもある。  ほとんどのアークライトは、変異してから二十年前後で寿命を迎える。アークライトへの変異は、緩慢だが確実な死の宣告なのだ。 「もってあと一年、長くても二年は残されていないはずです。残り短い人生を、私は学園生活でしめくくりたいのです」  新品の制服を受け取ると、メアリはこれを抱きしめるようにして言った。 「勉強したい。鍛えたい。楽しい思い出を作りたい。誰かの役に立ちたい……これが私の最後の望みです」  それに、と言葉に詰まったものの、うっすらと頬を赤らめてメアリは続けたのである。 「できることなら……素敵な殿方とふたりで、どこかに……デ、デートに行きたく……経験がないので……」 「うむ、わかった。寮の部屋に行くがいいぞ。何人かに、新入生が来たと声をかけておく。みんな協力してくれるよ」  メメルはまた窓を振り返った。 「晴れてきたな」  メメ・メメルは、この地上の誰よりも多くアークライトを見てきた。  だから気付いている。常人ではわからない徴(しるし)に。  ――メアリ・レインは、あと数日で天に召される。  どこがどうと明確に指摘できるわけではない。ひらたく言えば予感でしかない。  けれどメメルの予感は当たるのだ。  こういうときは特に。悲しいくらいに。
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-05-19
完成 2020-06-01
大図書館の休日~地獄の蔵書点検 (ショート)
桂木京介 GM
「あー、諸君、図書館は人類の英知の結晶と言われておる。英知な、エッチの結晶ではないぞ☆」 「学園長、駄洒落は求めていません」  ブ~、と【メメ・メメル】はたちまち渋い顔をした。 「エミたん、あのな、そういうときはだな、たとえ面白くなくても『ちゃうやろー!』とかツッコんでおくのが礼儀だぞ」 「そうですか」 「『赤ちゃんのことですか?』とか高度なツッコミを入れるのもアリ☆」 「意味がわかりません」  いつも通りのメメル学園長に決して乗らないこの女性は、エルフタイプのエリアルで、名を【エミ・バナーマン】という。  おそらくこの世界最高峰ともいえるエッ、もとい、英知の結晶、それがこの場所、フトゥールム・スクエアが誇る大図書館『ワイズ・クレバー』である。君たちはそのエントランスホールに集まっている。  図書館はあまりに大きく、その書庫ともなれば並大抵のダンジョン以上の広大さだ。噂では内部には川が流れ谷があり、行方不明になった学生たちが、共同生活している集落まであるといわれている。  当然これほどの規模の図書館だから司書は何人もいる。そのひとりがエミなのだ。  エミの特徴はそのメガネにあるだろう。フレームが大きく、蝶みたいにつり上がった独特の形状をしている。暗い桃色の髪で、前髪の一部を縛ってヘアバンドで巻いていた。一部では『バタフライメガネ』とあだ名されているらしい。 「えー、エミたんが冷たいのでそろそろ本題に入るが、実は今日、わざわざ図書館の閉館日にみなに集まってもらったのはだナ、今日が年に何度かある蔵書点検の日だからなのだよ。ストレートに言うと点検の手伝いをしてくれという話だ」  君たちは『臨時休館日』という札のさがっている図書館に呼び出されたのである。エミとメメルは司書カウンターの向こう側にいる。 「といっても、毎回全部の書籍を点検しているわけではありません。今回は、都市近郊に出没する初級モンスター関連の書籍です」  エミは君たちにリストを配った。 「ここに掲載されている書籍をチェックしていって下さい」  リストの紙束は、えっ! というくらい分厚い。点検対象は図書館の本すべてではなく、モンスター関連の蔵書だけ、しかも都市近郊かつ初級に限られている。それなのにこれだけの人数が必要なのだ。 「見つかったものにはリスト横の四角覧にチェック(『〆』みたいな印)を、ないものにはバツ(『×』)をつけます。簡単ですね」  なるほど、と君たちはうなずいた。アルバイトとしては楽なほうかもしれない。 「バツ印が13個たまるたびに、その本に関連したモンスターが襲ってきます」  なるほど、と君たちはうなず……くはずがない! 「安心してください。本物ではなく、長年図書館に蓄積した紙の精がイタズラをしているだけです。強さは本物と同程度ですが倒せば消えます」  安心できるかー! と声が上がったがエミは無視している。 「中級や上級じゃなかっただけ良いではありませんか」  良くないし! 「大丈夫です。死んだ人はいません。私がここに就職してからは」  最後のそれ付け加える必要ある!?  「本来図書館では大声での会話、食事、戦闘は御法度です。しかし点検日はそれが許されるのです。大いにどうぞ。ただし、他の書籍を傷つけたり書架を倒したり本を燃やしたりはしないでくださいね。それではよろしくお願いします」  それだけ言うとエミは歩き出したのである。 「ついてきて下さい。書庫の該当部に案内しますので」  エミと、問答無用気味に連れて行かれる生徒たちの背を見送ってメメルはしみじみとつぶやいた。 「毎度思うが……あの子には勝てんなあ……」
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-05-24
完成 2020-06-07
【体験】Keep On Runnin’ (マルチ)
桂木京介 GM
 まだ眠たげな太陽が、ぐずぐずと頭の先を見せはじめていた。  夜の黒はグレーに、ついで群青色から淡いブルーへ、いちいちもったいぶるみたいにじわじわと変化していく。  大地に突き立てた剣、その柄に両手を重ね、白いマントの騎士が立っている。  全身白銀の甲冑だ。ブーツも、ガントレットも、ヘルメットにいたるまで。バイザーとマスクに覆われた顔はうかがうことができない。  一瞬、置物かと疑ってしまうほど微動だにせず、教師【ネビュラロン・アーミット】が待っていたのだった。 「よく来た」  背に旭日を浴び、ネビュラロンは静かに告げた。  まるで張りつめた弦、その凜然たる響きに生徒たちは思わず居住まいをただす。  どちらかといえば小柄な女性教師なのに、ネビュラロンの放つ威圧感たるやすさまじい。抜き身の剣を喉元に突きつけられているように感じた者もいたことだろう。 「本日の授業の目的、それは体力作りである」  来た――目配せしあう生徒たちがいた。数日前から告知されていたのだ。まさかとかマジかとか言いたい。  これから暑くなるというのに、よりによって……! 「先日予告したはずだな。体力作りとして、『マ』ではじまり『ン』で終わるハードなジッセン授業を行うと」  ここで出た『ジッセン』はネビュラロンがよく用いる表現だ。『実践』と考えるのが常道だろう。新入生だったらきっとそう考える。  しかし在校生ならこう考える。『実戦』だと。毎回とんでもない授業を行ってきたネビュラロンだからありえる話だ。  それにしても、『マ』ではじまり『ン』で終わるハードな訓練とは――。そんなの『マラソン』以外思いつかないじゃないか! 「あ……『マンドリン』とか?」 「マンドリンか、マンドリンはハードだよなー」  と小粋な会話を交わした生徒たちがいるが、ネビュラロンにはまるきり無視された。 「フルマラソンの距離を走破してもらう。だがジッセンだからな、ただ走るだけではない」  早々に『マラソン』と言っているあたり全然隠す気はないらしい。かく告げてネビュラロンは振り返った。 「では……キタザト先生」 「はい~」  すると草葉の陰からよろよろと、やはり教師の【イアン・キタザト】がまろび出たのである。  彼は小柄な童顔の教師で、しばしば生徒と間違われるルックスである。  といっても、それは通常時であればの話だ。  なぜならこのときキタザトは、ネビュラロンそっくりの鎧とヘルメットを着込んでいたからだ。ヘルメットの顔は開いており、肩から手、膝から下の装甲はない。それでもネビュラロンによく似ている。 「どうですか先生、着心地は」 「まったく良くないよう……」  イアンは半泣きである。 「走れそうですか」 「これすごい重いんだもんこんなの無理……いや、まあ関節だけはよく動くんで移動はできるけど……」 「申し訳ない、キタザト先生、こんな扮装までしていただいて」  言葉こそ丁寧だが、ネビュラロンの口調は氷のように冷ややかである。  は、は、は、と乾いた声でキタザトは笑った。 「いやあ、ネビュラロン先生のためなら、たとえ火の中水の中、ですよう」  などと言っているがこちらも、まったくもって声に気持ちがこもっていないのは丸わかりだ。どうも『言わされている』印象である。  さて、とネビュラロンは生徒たちのほうに向き直った。 「一人一着用意している」  何を? などと野暮を言う生徒はいない。 「コースも三つ用意した」  コースって? と生徒の気持ちを代弁するようにキタザトが言った。 「山、川、森」  ということらしい。  山は、急勾配を登っていく道のりだ。登りと下りを繰り返す構造であり、登攀(はん)路はこの世のものとも思えぬほど苦しい。ただし下りになればかなり楽だということだ。  川は容易に想像がつくだろう。急流や滝、ゆるやかな小川などが交互に現れる水辺の道だ。川に入って進むことも可能だが足元がおぼつかない。ただし涼しいことは間違いないだろう。  そして森、これは鬱蒼と茂る木々を抜けながら走るコースということになる。体力回復する果実も得られたりするが、木々が邪魔である上に倒木なども進路を妨害する。 「おのおの好きなコースを選ぶといい。せっかくなのでコースごとにチームとなり、対抗戦をするものとしよう。最初にゴールにたどりついたチームには栄誉が与えられる。ただし、同じチームの全員が走破できたときだけだ」  迷惑なことに各コースには敵も生息するらしい。  山にはアーラブル、突進攻撃を主とする猛牛のような野生の獣が出る。バイソンをずっと大きく凶暴にした動物を想像するといいだろう。直線攻撃しかしてこないが、その突進力はすさまじい。  川にはアスピレイトランプレイの生息地がある。ヤツメウナギに似ているがずっと大きな怪物で、体にからみつき精気を吸い取ってくる。妙にいやらしい絡み方をしがちだそうだが……幸か不幸か鎧が役立つだろう。  森は怪異の巣窟だ。餓鬼、ケットシー、リザードマンなど、そこまで強力ではないが数が厄介なモンスターが次々と襲ってくる。多少知能がはたらくモンスターなら、罠をしかけてくるかもしれない。 「それってマラソンなのかなぁ……クロスカントリーとかトライアスロンに近いような気も……」  キタザトの疑念ももっともであろう。 「困難ばかりではない。各コース途中にいずれも一人、諸君の訓練を助ける助っ人が待っている」  頼もしいことだ。お助けキャラがいるということなのだから。  山コースには教師【コルネ・ワルフルド】が待っている。近道のヒントをくれたり、栄養ドリンクを出してくれたり、傷ついた生徒には簡易の治療をほどこしてくれるという話だ。きっと助けになるだろう。  川コースでは学園長【メメ・メメル】が遊んでいる。メメルは自分本位で気まぐれなため、役に立ってくれるかどうかはわからない。むしろイタズラを仕掛けてくるかもしれない。お助けキャラの定義とは一体……。  森コースにいるのは用務員【ラビーリャ・シェムエリヤ】だ。何をすれば助けになるのか彼女はいまいち理解していないようだが、うまく意思が通じれば近道や安全なルートを教えてくれるかもしれない。 「いずれのお助け役にも、あのルール……えっと、なんでしたっけ先生?」 「『マ』ではじまり『ン』で終わる言葉、そのキーワードにあてはまる援助に応じてもらえるよう頼んでいる」  まさかここでまたこのキーワードが出るとは! 「糖分補給に『マカロン』を出してとか頼むとか……いやいや、『マイルストーン』(道標)を示してほしいと頼むとか……うーん」  キタザトは腕を組んで考え込んでいる様子だ。こうして見ると、ネビュラロン風鎧を着込んでいても、それなりに動けるということはわかる。  ざわめく生徒たちをよそに、ネビュラロンはやはり静かに問いかける。 「コースは選んだか。ぐずぐずしていると陽が高くなる。その分道中は厳しくなるぞ」  こうしてはいられない! 急いでコースを選び、山または川ないし森、同じチームの仲間と力を合わせて他のチームより先に栄光を目指すのだ! ……あんなアーマーとヘルムを着込んだ上で。  走れ! 走り続けろ! Keep On Runnin’ だ!
参加人数
15 / 16 名
公開 2020-06-12
完成 2020-06-28
いきなり! 素敵 (ショート)
桂木京介 GM
 学食片隅、本来は一人がけであろう狭いテーブルに男性教師ふたりが向かい合って座っている。 「……狭いんだが」  自作手作り弁当を【ゴドワルド・ゴドリー】はぐいと押し出した。静かに食事していたところに押しかけられ迷惑している、と表情で示している。  あきらかに『あっち行け』というメッセージだというのに、【イアン・キタザト】たるやどこ吹く風で、 「そう? 僕は狭くないよ」  自分の皿を中央に寄せたのだった。ハンバーグと唐揚げがこれでもかという勢いで乗せられたカレーだ。ぼこぼこにビーフが入った肉々しい作りだが、野菜の姿はまるで確認できない。強いて言うならつけあわせのコーンくらいだろうか。 「よくそんな子どもみたいなものが食べられるな」  ゴドリーの弁当はとてつもなく地味だった。じゃことごぼうのまぜごはんのおにぎり、ひじきとツナのトマト煮、さらにピーマンの焼きびたし、申し訳程度に入っている魚もイカナゴのくぎ煮だったりする。全体的に茶色い。でもカロリー低めで栄養価は高めだ。 「いいじゃん、僕子どもだし」 「……同い年だろ」 「パルシェくん(※【パルシェ・ドルティーナ】)と? 僕そこまで若くないよ」 「俺と! 同い年だろ!」  これは事実だ。おなじヒューマンだというのに、どこかくたびれた姿で歳相応、いやへたすると実年齢以上の容貌のゴドリーと、学生それも入りたてにしか見えないキタザトの間には大きな隔たりがある。 「やだぁ、ゴドーったらめずらしく『俺』なんて言っちゃって♪ こわーい♪」 「……もういい。少し黙っててくれ」  あと、『ゴドリー先生』と呼べ、とゴドリーは一言つけくわえた。 「ところでさぁ、あのうわさ聞いた?」 「聞いてない」 「即答だねぇ。で、学園777不思議のひとつなんだけど、昔ね、演劇部だかファッションショー部だかが使っていた小さな野外劇場跡があってね。裏山のほうに」  私が興味あるかどうかは無視なのか……と、ぼやくゴドリーをよそにキタザトは続ける。 「そのステージのランウェイ……あ、ランウェイっていうのは、舞台中央に設置されてる、客席にせり出すようになった幅が狭い部分ね」 「……それくらい知ってる」  無視するつもりだったのについ、ゴドリーも話に引き込まれている。 「で、満月の晩そのランウェイを歩くと、どこからともなく『いきなり!』って呼び声がかかるらしいんだ」 「お前それ真面目に言っているのか」 「そこで求められるのは何かを披露すること! それこそ一芸であろうとギャグであろうと、自分の夢を語ることであろうと、好みの女性について熱く叫ぶことであろうと……なにか魂を震えさせるような自分だけの表現を繰り出すんだ」 「意味がわからんのだが」 「最高の栄誉は『素敵』、これを得た人にはこんがり焼いた分厚い牛ヒレ肉にありつけるみたいだね。『素敵』だけにステー……」  駄洒落にしてもベタすぎる、とゴドリーは頭を抱えた。 「それに『素敵』の評価を得られれば、どんな願いもかなうと言うよ」  くだらん、と弁当を平らげてゴドリーは立ち上がった。 「えー、でもゴドー、語ってみたらどう? ほら、脳内奥さんのこととか……ひょっとすると願いだって……」  その話はここまでだ、とぴしゃりとゴドーは言って去る。 「……そもそも『学園777不思議』てなんだ。初耳だぞ」  翌日。やはり学食。 「どしたのゴドー、元気ないね?」  ゴドリー先生だ、とつぶやくように言うゴドリーは、いつもに増して顔色が白く、いつもに増して疲れているように見えた。 「……『いきなり!』につづいて『無駄なあがき』などと言われたぞ……おまけに干し柿が飛んできた……干し柿だと……」  死んだような目でゴドリーは弁当箱のふたを開けた。  少々焦げたトーストが一枚きり入っているだけだった。今朝は弁当を作る時間がなかったのだろう。
参加人数
8 / 8 名
公開 2020-06-10
完成 2020-06-18
怪奇! 枕おとこ (ショート)
桂木京介 GM
「抱き枕?」  と教師【ゴドワルド・ゴドリー】は言った。 「普通に使うぞ。あれは腰痛にいい」  なぜか得意げに腕組みする。生徒たちがヒソヒソと、先生の脳内嫁っていうのはまさか……! とささやきを交わしていることには気付いていないようだ。  放課後、たいていの生徒が下校して、ガランとした教室に夕日が差しこんでいる。  教卓のところにゴドリー、最前列にわずかな生徒たちというのが現在の図式だ。  五十人は入る広い教室なだけに物寂しいものがあった。  赤葡萄のような太陽を浴びながらゴドリーは軽く咳払いした。 「脱線してすまん。枕の話だったな。話のまくらではない。枕が本題だ。枕は枕でも枕にまつわる怪奇現象だ」  このときゴドリーは『怪奇』の部分にアクセントを置いていた。 「フトゥールム・スクエアの敷地内に、使われなくなって久しい合宿所がある。『カブト虫荘』という。炊事場なども付属しているがメインは畳敷きの広い部屋ひとつだ。中央がふすまで仕切られており、外せばちょうどこの教室ほどになる」  それなりに広く、設備のととのった場所のようだ。なぜ使われなくなったのだろうか。 「使われなくなった理由か? 簡単だ。建物の周囲に何もないからだな。グランドは遠くトレーニング設備もない。校舎から遠いわりに風光明媚でもないし夏は蚊が多い」  つまり利用価値がないということだろう。 「ゆえに教職員の一部以外には忘れられた場所だったのだが、このところカブト虫荘に妙な噂が立つようになった」  一拍おいて、ゴドリーは声をひそめて告げた。 「……出る、らしい」 「カブトムシがですか?」  という生徒の回答に、おいおい、とゴドリーは言ってゼスチャーまじりに告げた。 「これだ、これ」  こういう場合のポージングは、肘を曲げ、両手を揃えてたらりと垂らし手の甲を見せるというものになりがちなのだが、この人は両手をパーにして左右のこめかみに親指を当てるという、オリジナルならぬ俺ジナル感強めの姿勢であった。 「変質者が出るという話ですか」 「いや見ればわかるだろう! おばけだ、おばけ! 怪異現象! ホラー!」  いないいないばあっ、ってやってるようにしか見えないが、これがゴドリー流なのだろう。つっこんではいけない。 「どうもなこのカブト虫荘には、リアルが充実しているやつ、つまりリア充を許せないという怨念がうずまいているらしく、宿泊者が夜中、リアリア充充的な行動をしていると怪奇現象が襲ってくるというのだ」 「質問、リア充的行動ってなんですか?」  すかさず飛んできた質問に、うぐっ、と一瞬ゴドリーは固まったがやがて言った。 「男子ならほら……す、好きな女子の話とかするんだろ? 寝床で」  皆まで言わせんな、とでも言いたげなうつむき加減だった。頬が赤いように見える。黒いロン毛に青白い肌、鋭い眼光のゴドリーの照れ――イチゴをシチューに入れるような不気味さがあった。  じゃあ女子なら、という質問には、うってかわって即答だ。 「好きなアイスクリームの種類の話でもすればいいんじゃないかな」  それリア充ですか? という疑念を投げかける勇気のある者はいなかった。  怪異現象はふすまがすべて消失することからはじまる。  つづいて押し入れががらりと開き、大量の枕がこぼれ出てくるというのだ。 「西側の押し入れが諸君サイドだとすれば反対の東側が怪異サイドだ。東側からは枕だけではなく、温泉旅館の浴衣を着た怪物たちがぞろぞろが出てくる。ぜんぶ人間大だが頭だけは甲虫だ。しかも口々に『おのれリア充』『成敗してくれる』などとわめきながら枕を投げてくる」  どうやら全部オスらしいな、とゴドリーは言う。 「さしづめ『枕おとこ』とでも呼ぼうか。こちらも枕を投げて対抗するのだ」  怪奇とか恐怖とかいうより楽しそうなのだけど……と言う生徒がいたが、遊びではないぞ、とゴドリーはたしなめるのである。 「怪異現象を鎮めるのがお前たちの使命だ。ゆめ、あなどるなかれ。武器や魔法を使うのも自由でありそれを躊躇しないなら簡単だが、相手が枕でくる以上、こちらも枕で対抗したいものだな」  たくさん枕を受けるとカブト虫は気絶してしまう。特に顔面へのヒットはダメージが大きいらしい。なおこの条件はこちらも同じだ。 「最後まで立っていた側が勝利だ。枕おとこたちを見事倒してみせろ」  なお朝日が差すとタイムオーバーで強制終了となる。その場合は失敗とみなされるだろう。  くわと鋭い眼光でゴドリーは言う。 「なんにせよ疲れることだろう。枕だけにピロー(疲労)というわけだな!」  これがギャグだと伝わるのに、何秒か必要だった。  伝わったところで受けるわけでもなかった。
参加人数
4 / 8 名
公開 2020-09-17
完成 2020-10-01
contraband (ショート)
桂木京介 GM
 木の根にでも乗り上げたか、馬車は縦に大きく跳ねた。  幌車の内も無事では済まない。積み上げられた木箱がかしぎ、ひとつが【ルガル・ラッセル】の足元に落ちている。  この世のあらゆるものを罵る言葉を短くつぶやくと、ルガルは額の脂汗をぬぐった。  ますます効きが悪くなってきやがった。  少しでも気を抜けば一気に戻ってしまいそうだ。  ――獣(けだもの)の姿に。  手を伸ばせば届く場所に例の仮面はある。白く、穏やかな表情をした聖女をかたどったものだ。あれを顔につけ数呼吸もすればたちまち、この苦しみから解放されることをルガルは知っている。  だが仮面に頼りたくはなかった。  かつて仮面の効果は高く、一度かぶれば数日は穏やかな気持ちでいられた。なのに現在ではもって半日、下手をすれば数時間せぬうちに新たな発作が襲ってくる。  少しずつ、少しずつ仮面に異存せざるを得なくなっているのだ。  待ち構えている運命はおそらく二つしかない。  獣か。  隷従か。  燃えさかる石炭の上を素足で歩くがごとく、破壊衝動に灼かれつづける獣人に逆戻りするか。  人の姿ではあれど仮面――それはとりもなおさず仮面の作り手【ナソーグ・ペルジ】とイコールである――に隷従するか。  いずれかを選ぶしかないのだろう。  吐き気を抑えるようにしてこらえる。仮面に伸びそうになる右手首を左手でつかむ。汗がしたたり落ちた。いましばらくだ。いましばらくこらえれば衝動は消える、そう信じながら。 「ルガル」  音もなく幌をめくり、小男が馬車に這い入ってきた。  御者台から器用につたってきたようだがルガルはとくに何も言わない。 「顔色が悪いな。大丈夫か」 「……じき収まる」 「そうは言われてもな」  小男は片目をすがめた。  小男はヒューマンだ。中年というより初老、頭はまことに髪が少なく山芋のようにこぶだらけ、目ばかりぎょろついていて歯並びもひどい。ずいぶんな悪相だ。着ているものも麻の粗衣で風体のあがらぬことこのうえなかった。しかしどことなく愛嬌があるのも事実だった。 「肝心なところで役に立たないようじゃ困るぜ」   男――【アーチー・ゲム】は言うも、ルガルは無造作に手を振る。 「給金に見合う働きはする」  ようやく発作が鎮まりはじめた。ごろりと横たわってつづけた。 「蛟(ミズチ)が数体と言ったな。その程度なら案ずるには及ばん」 「けどよ……」  不審顔のゲムを片手を挙げて制し、ルガルは言った。 「ずいぶんあるな」  背後の木箱を眼で示す。ぎっしりと積み上げられたものだ。これを輸送することが旅の目的である。 「中身は薬草だぜ」 「よく言うぜこの悪党が」  苦み走っていたルガルの顔に皮肉な笑みが浮かんだ。 「ただの薬草運びにこんな危ねぇルートを使うやつがいるかよ。しかも俺みたいな男を用心棒に雇って」  禁制品だろうが、と断じるもそれ以上ルガルは追求しなかった。破格の報奨金に口止め料も含まれていることは百も承知だ。 「悪党? 俺は商人、求められて荷を運んでるだけだ。需要あるところに供給ありさね」  ゲムもクックと喉の奥で笑って、 「それに薬草って言ったのはある意味嘘じゃない。常用性はねぇが痛みや憂さを晴らしてくれる。どうだルガル先生よ、ご所望ならひとつ、格安で譲ってもいいが」 「いらん」 「病気なんだろ? 少しはマシにしてくれるぜ」 「俺の『病気』には効かねえ」  そんなものでごまかせるのであれば苦労しねーよ、と言いながら無意識のうちに、枕代わりにしているザックに手が伸びている自分にルガルは気付いた。  舌打ちして手を引っ込める。  仮面を取り出そうとしていたのだ。  またひとつ、大きく馬車が跳ねた。  しかも斜めに傾いて制止する。 「ちっ……!」  なんだ、と立ち上がろうとしたゲムにルガルは鋭い一瞥をくれた。  人差し指を立て唇に当てる。 「父様(とうさま)!」  ばっと幌がはためき少女が飛び込んできた。剽悍(ひょうかん)と表現したくなる鋭い目つきに赤い髪、よく日焼けしている。右手には弓、背に矢筒があった。 「罠です。車輪が沼に……包囲されています!」 「包囲!?」  娘を押しのけてゲムは幌をはね上げて首を突き出し、すぐに首を戻した。 「マジかよ……やつら、待ち伏せしてやがった」  おい、とゲムが目を向けたときにはすでに、ルガルは片膝立ちの姿勢となっていた。腰の剣も払っている。 「ゲム、てめぇ言ったよな。蛟が出る地域をかすめるかも、って。……なにがかすめるだ馬鹿野郎! 生息地のど真ん中じゃねーか!」 「早く着くにはこれしかなかった」  ゲムは蒼白だ。ルガルは返事を待たずゲムの娘に言った。 「小娘、やつらは何匹だ」 「小娘ではない。あたしには【ヒノエ】って名がある」 「うるせぇ! 何匹だ!」 「三十……はいる。もっとかも」  蛟(ミズチ)は爬虫類から派生したと思しきモンスターだ。顔はトカゲそのもので鱗に覆われ、鋭い牙、そして長い爪を有する。沼沢部に生息し二足歩行し身長は150センチ程度、黒ずんだ灰色でずんぐりとしており、亀のような甲羅を背負っている。  ゴブリンよりは知性があるがコミュニケーションを取るのは不可能に近く、性質はきわめて残忍とされている。  五、六体の小規模集団で行動するのが常だというが、今回ばかりは例外のようだ。複数の部隊が待つところに飛び込んだだけかもしれないが。  ひゅ、と音がして馬車の車体に何かが突き立った。矢だ。 「相手が多すぎる。しかも馬車は動かねぇと来たか」  厄日だな、とつぶやいてルガルは幌に手を掛けた。 「娘、てめえはオヤジを守れ。俺が突破口を切りひらく。そこを抜けて走るんだ」 「積み荷は」  ゲムが口を挟んだ。ルガルは即答する。 「あきらめるんだな」 「やつらを追い払おう! あたしも戦える!」  ヒノエが意気込むもルガルは大喝した。 「くたばる気か! 相手の数を考えろ!」  わかったな! と言って車外へ飛び出さんとしたルガルだが、幌から半身を出したところで身を強張らせた。  ミズチたちが動揺している。一角では戦闘が始まっていた。  見覚えのある制服姿。きらめく刃と魔法。 「フトゥールム・スクエアかよ……積み荷を追ってきたのか」  疫病神め、とルガルは毒づくとゲムに顔を向けた。 「雇い主はお前だ。選べ」 「選べ?」  そうだ、とルガルは言った。 「先に蛟を始末するか、亀どもに乗じてフトゥールム・スクエアを始末するか」
参加人数
6 / 8 名
公開 2020-10-21
完成 2020-11-07
怪獣王女☆出現 (ショート)
桂木京介 GM
 このおじいさんに名前はなくても話は進むのだけども、なければないで語りにくいので仮に、【ガリクソンさん】(80)としておこう。  ガリクソンさんは行商人である。両天秤状のかごをかついでえいほえいほ、峠の中腹まできたところでいつものように一休みした。  あつらえたような位置にある平らな岩に腰を下ろし、これまたいつものようにキセルをとりだして口にする。  といってもこのキセル、中身は空なのである。ガリクソンさんが禁煙してもう長い。慣習として一服しているだけなのだった。ガリクソンさんがタバコをやめるまでの物語も波瀾万丈だったりするわけだが、本編にはまったく関係ないので割愛する。  空気を吸って空気を吐きだすだけ、それでもプカーとやるとそれなりに落ち着くのだから不思議だ。  しかし老人の平穏はにわかに破れた。 「ヘイボーイ!」  舌っ足らずな声がして、茂みかきわけがさがさと、妙な格好の女の子がガリクソンの前に飛び出したからだ。 「コズミックエッグよこすのじゃ!」  十歳はたぶん超えていない。ぶあつい桃色のガウン、襟と袖のところは白くモコモコしていて、バラのような派手な襟飾りもついている。ベルトは金色でむやみに太く、ブーツもやはり金ぴかだ。金といえば髪もゆたかな巻き髪のブロンド、てっぺんに王冠をいただいている。  仮装がどうのという時期はもう終わったと思うが。  ガリクソンさんはあっけにとられた。そうするしかなかった。  しかし少女は許さない。豊かな髪から飛び出したトカゲっぽい耳をひくひくさせてもう一度言った。 「コズミックエッグよこすのじゃ!」  目がくりっと大きくて口が小さく、びっくりするくらいの美少女だ。なんか歩くたびに『きゃるん』とか音が立ちそうな。  ゆえにわけのわからさなさも倍増である。なんのことだろう。そんなコズミックなもの(?)の心当たりは当然ない。老人は首をかしげるしかなかった。  かごの内側がちらりとのぞいた。  卵がたくさん入ってる。ガリクソンさんのあきないの中心を占めるものだ。 「よこすのじゃ!」  得たりとばかりに少女は近づいてくる。  物盗りか? 素直に頼めばひとつくらいあげてもいいが、そういう平和的な雰囲気ではないとみた。そもそも少女からは、ただ者ならぬ闘気(バトルオーラ)が立ちのぼっているのである。 「ふぬう……さすればこのガリクソン、腕に多少の覚えあり」  ガリクソンさん八十歳は上半身をはだけた。大小さまざま無数の戦傷(いくさきず)、肉は落ちたが引き締まった骨格はなお健在、天秤棒をからりと外せば、たちまち六尺棒に早変わり。  ひゅんと棒を回してぴたりと止める。構える。攻防一体、人呼んで豹の構えだ。  これで逃げてくれればいいがと老闘士は思った。  生涯独身、孫はもちろん子も持ったことのないガリクソン(若い頃のあだ名は『棒術の鬼』)だが慈愛の情に厚い。子ども相手に蛮勇はふるいたくなかった。  しかし少女は恐れない。 「やる気のようじゃの!」  と言って、お人形さんみたいな顔にニヤリとした笑みを浮かべた。 「わちきは怪獣王女☆ 邪魔だてするなら容赦しないのじゃ!!」  少女は、長手袋をはめた両手を交差させガウンの内側につっこんだ。  * * * 「……それで、すべて奪われたということらしい」  商売道具を、と言ったのはフトゥールム・スクエア教師【ゴドワルド・ゴドリー】だ。 「怪獣王女と名乗った謎の少女は、桃色の卵をいくつもふところから出した。投げるとそこから桃色の怪獣が出てきたという」  見た目が恐ろしいモンスターではなかった。むしろ逆だということだった。特に似たモンスターはなくしいて言えば二足歩行のドラゴンといった形状だが、白みがかったピンクでぷにぷにとした、つぶらな瞳の『どらごん』というのが適切だろう。このお風呂のおもちゃみたいなのが何体もあらわれキュウキュウと鳴きながら迫ってきたという。 「で、キュウキュウと鳴きながらガリクソン氏を血祭りに……」  見た目とちがって凶暴らしい。注意したい。  ガリクソンさんは無事ですかと生徒の一人が聞いた。 「氏は『どらごん』のあまりの可愛さに抵抗できずボコボコにされたそうだが」  入院はしたものの元気にはしているようだ、とゴドリーは言った。  どらごん(仮称)は一応竜らしく火も吹くそうだ。温度は種火くらいのものらしいがもちろん食らえば熱い。 「コズミックエッグとかいうものについては、ざっと当たってみたが該当するものは見つからなかった……一体なんのことやら。とりあえずこの怪獣王女というのをおびき寄せ、奪われたガリクソン氏の荷物と六尺棒を取り戻すことが使命だ」  健闘を祈る、と普通に言えばいいのにゴドリーはここでどうしてもひとボケしたかったらしい。 「健康を祈る!」
参加人数
6 / 8 名
公開 2020-11-10
完成 2020-11-28
ヒノエ・イン・ザ・シティ (ショート)
桂木京介 GM
 きらびやかな盛り場もひとつ角を曲がろうものなら、たちまちのうちに黒と灰色の二色に沈む。  夜の黒。  石畳の灰色。  路地裏の色だ。  ときたま駆け抜けていくネズミとて、その二色のいずれかである。  チーズのかけらでも見つけたか、足を止めたネズミが泡を食って壁の穴に飛び込んだ。  漏れる薄明かりに照らされて、赤い姿が歩みきたる。  少女だ。真紅のドレス、炎のような赤毛、履いているヒールすら太陽の舌のよう。不器用ながらメイクをしている。どうやら年齢以上に見せようとしているようだが、その試みは成功しているとは言いがたい。十代、それもせいぜいなかば頃だろう。  「うむ」  少女――【ヒノエ・ゲム】は腕組みする。  そろそろやるか。  空腹で目まいがしそうな気分だが、気力で忘れることにする。  それにしても左腰が寂しい。背中もだ。弓と矢筒、それに矢まで残らず質屋に出したのは失敗だった。森で食料を調達するのもままならない。まあこんな都市(まち)の近辺で、まともな獲物がとれるか疑問ではあるが。  さっと前髪を直してきっと視線をただし、できるだけ内股で歩き出す。レディーというのはそういうものだと父親に聞いたことがある。  建物と建物のあいだから観察して、手頃な相手を物色した。  間もなく見つかった。単独の男、酒に酔っている。  毎回ここでためらう。知らない男に声をかけることにヒノエは慣れていない。ましてや弓も矢もない丸腰では。  それでもおもむろに歩み寄り、 「あー、時間は、あるか。お前」  唐突にもほどがある口上を男に述べた。 「私はいま、とても暇だ。よかったら、あー、遊ばないか?」  視線が平泳ぎからクロールへと転身を遂げる。我ながらアホかと思う言葉だが、これが案外効果があるらしい。  男は、ちょっと一杯引っかけて帰るところといった風体だ。あまり頭髪は豊かではない。腹も出ている。激安っぽいジャケットが悲しいくらいよく似合っていた。 「うんぁ?」  男は湿り気のある視線でヒノエを見た。ニワトリの品定めをするような視線だ。  なんだガキじゃねぇか、という気持ちがないわけではなかった。きゅっとした猫目、眉は長い。鼻は低いものの顔はまあまあ可愛いほうだろう。でも衣装は全然似合っていない。野育ちといった感じでどうにも垢抜けない。  しかし――だがそれがいい、という気持ちのほうが勝った。男の鼻の下がにょきにょきと伸びた。  田舎うまれの家出小娘が背伸びしているのだろう。もしかしたら今夜の宿もないのかもしれない。連れ込んであれやこれや……想像がむくむくと育っていった。 「よし、おじさんが遊んであげよう」 「そうか。こっちだ」  ヒノエが先導し男を裏道に連れ込んだ。  数分せぬうちにグエという声がした。  ヒノエは男を見おろし、手にした財布を調べている。男は白目をむいており、麻の紐で丁寧に縛られ転がっていた。 「これだけか!?」  機嫌の悪い牛みたいにヒノエはうなった。男の所持金はあきれるほど少ないのだった。これでは借金返済など千里の先だ。今夜の食費だってまかなえるかどうか。 「こんなのでよく……」  あきれ果てる。  この街に来てわかったのは、男というのはどうしようもなく馬鹿だということだった。ちょっと誘えばホイホイついてくる。どう考えても怪しいというのに、まるで疑ってもみないらしい。男は後先を考えることができないのだろうか。  もっとも父様は別だが――とは言い切れないか。  彼女の父親は事業に失敗し、さる筋にかなりの借金を作ってしまったのだ。絶対成功すると信じて大きく借りすぎたのがまずかった。なんとか猶予はしてもらえたものの、現在父は某所にて監視下にある。ストレートに言えば人質だ。  無計画すぎたんだ。  事業の失敗は一種の事故によるものだったが、悔やんだところで仕方がない。  それでもヒノエにとって父は唯一の肉親である。助け出すつもりだ。絶対に。  待ってて、父様。  あと二三人物色してみよう――ヒノエは黒と灰色のなかに姿を消した。  えへえへと愛想笑いする男に、【ルガル・ラッセル】は本能的な嫌悪感を抱いている。  どうも好かない、この手の手合いは。  男はいわゆる優男だ。女にはもてるだろう。もっとも、頭に包帯を巻き右目に青あざを作っていなければ、という話になるが。 「それでですね先生」  揉み手しながら優男【ジェリー・バームクーヘン】は言った。 「凶悪な小娘でしてね。おぼこい見た目ながらとんだ美人局(つつもたせ)だ。男を誘っておいていきなりこれですよ」  目と頭の傷を示した。 「ということはお前、小娘にのされたってのか」 「え……? 違う違う、これはきっと、そう、共犯者でさ。後ろからバキっとやられたんですよ。そうでないとこのジェリー・バームクーヘン、おいそれとやられはしません」  どうも疑わしい。けれどルガルは追求はやめておいた。 「わかった。で、その娘と共犯者か? そいつらをブチのめせばいいんだな」  そういうことです、とジェリーはニヤニヤと笑った。 「前金はこちらです。あとは成功報酬ということで」  かなりの額だった。  無造作に受け取って、ルガルは手を左右に払った。 「わかったからテメエは消えろ。終わったら娘を連れて行く」 「任せましたよ」 「カネの分はやってやるさ」 「加減なしでお願いしますよ」  返事の代わりにルガルはジェリーに視線を向けた。  炎であぶられた刃のような目つきだ。ジェリーは肝を冷やして退散した。  ジェリーがいなくなると、ルガルは壁に背中をあずけて荒い息を吐き出した。心臓が早鐘のように打っている。必死で隠してきたがもう限界だ。  白い聖女の仮面を貌に押し当て、ルガルは深く深呼吸した。
参加人数
4 / 4 名
公開 2020-12-17
完成 2020-12-31
怪獣王女☆見参! (ショート)
桂木京介 GM
 ものすごい顔をして【メメ・メメル】学園長は男にとびつき、両手を彼の肩に乗せて前後に激しくゆさぶった。 「マジでか!?」 「……本当なのよォ~」  小柄な男だ。小柄だがまんまるだ。平らな頭頂ぷくぷくボディ、前後に貼り出していて足も大きい。なにかに似ている。そうだ樽に似ている。ワイン樽のような体型なのだ。整ったあごひげが生え口ひげは豆のつるみたくカールしており、髪まで謎のカールをしているところは、トランプのキングのカードを思わせる。  顔がキングのワイン樽男、彼は名を【マグナム・ワイナリー】という。  このマグナム氏がK(キング)顔を泣き顔にして言うのは、 「メメちゃん助けてェ~」  救援依頼だったりする。 「このままだと今年の新酒、持って来れないのよォ~」 「ノォォォ!」  メメルは銅版画みたいな形相で天を仰いだ。 「よくぞ集まった我が精鋭たちよ☆」  集結した君たちを眺めメメルはマグナムを、ワイン醸造所の事業主だと紹介した。 「氏は広大な葡萄畑と、これまた特大のワイン醸造所を有しておってな。ここで作られるワインが最高なのだよ♪ オレサマのおすすめは白! 豊潤な味わいながら適度なすっきり感、どんな料理にもあいグイグイ飲めるのに後味も最高なのだ。けれど赤ワインも良い! 力強い滋味にパンチの効いたアルコール分、こいつでステーキとか焼肉とかやりだしたらついつい飲み過ぎてしまってなぁ……マグナムのところの赤で酔うとオレサマ、セクシーな気分になっちゃうんだよなぁ……☆」   語りが止まらなくなりヨダレを垂らしそうな表情になってゆくメメルを止めるべく、隣に立つ教師【ゴドワルド・ゴドリー】が軽く咳払いした。 「あー学園長、お話が脱線しておりますが」 「オホン、失礼した。マグナムブランドのワイン新酒は一般的なものよりやや遅くてこの時期でな、毎年オレサマはできたてのボトルを届けてもらっておるのだ♪ 多少だがな」 「多少、って昨年も10ケースほど購入していた気がします。コルネ先生が嘆いていた記憶が……」  ゴドリーの言葉を、メメルはさらりと聞き流す。 「ところがだな諸君! 昨日突然、マグナム・ワイナリー醸造所が正体不明の敵の襲撃をうけ占領されてしまったというのだ! これはゆゆしき事態だぞオイ!」 「そうなのよ~困ったの~」  妙にねちっこい口調でK顔マグナムがなげいた。口調のせいかあんまり困っているように聞こえないが、実際のところ大変困っているらしい。 「なんかねぇ、ちいさい女の子ちゃんがやってきたのよぅ。もこもこのガウン着た子が。10歳くらいかしら?」  こんなことを言ったわ、とマグナムは少女の口まねをして告げた。 「ヘイボーイ! わちきは【怪獣王女】☆ コズミックエッグよこすのじゃ!」  怪獣王女? コズミックエッグ? なんのことかしらぁ? とマグナムが優しく問い返したとたん王女は牙をむいたという。 「なんかねー、卵をたっくさんばらまいたのよう。そこからムクムクって紫色の蛇が出てきて~」  蛇といってもリアルな大蛇ではなかった。なんかぷにぷにしており、つぶらな瞳をもつぬいぐるみのような蛇だったという。大きさは大人一人ぶんくらいだが愛嬌はあった。  で、これがたくさんいた。 「許しがたいことにな! こいつらワイン樽をこじあけてワインを飲みおるという!」  本当に怒っているらしくメメルは顔を真っ赤にしていた。 「酒飲む蛇、要するにうわばみということになるのか!? くっそー! やつらのためのワインじゃないぞ! オレサマのためのものだ!」  白熱するメメルをさえぎるように、黒衣白顔のゴドリー先生が前に出る。 「使命は単純だな。この『うわばみ』たちを倒し怪獣王女なる怪人物を追い払うことが主旨だ。醸造所内は樽が大量に置かれており、鉄製の醸造機器も連なってジャングルのようになっている。敷地面積は8ヘクタールというからかなりのものだろう」 「ウチではワインの付け合わせ用のチーズとかピクルスも作ってるの~。ワインはもちろんのこと、付け合わせの製造場もできるだけ守ってくれたら嬉しいわぁ」 「どうやらその怪人物は『コズミックエッグ』なるものをワイン醸造所に求めているようだが。コズミックエッグとはなんなのか……やはり卵なのか? 見当もつかんな」  ゴドリーは首をかしげマグナムを見る。トランプ風の紳士も首をすくめた。(もっとも、彼は首が短くほとんどないのだが) 「そうなのよ~、ウチは養鶏所じゃないし、ぜんぜん思いつかないわぁ。メメちゃんはわかるぅ?」  マグナムが水を向けるも、メメルは『さっぱり』とお手上げポーズを取っただけである。 「ところで学園長、怪獣王女というこの人物に心当たりはありませんか」 「ないぞ☆」 「学園長のお知り合いだという気がするのですが、なんとなく」 「えーそんなヘンチクリンな子オレサマ知らなーい☆ マジでマジで~」  本当なのかトボけているだけなのか、ひょっとして忘れているだけなのか、そこらあたりは定かではない。 「ともかくだなチミたち! ワインや付け合わせの被害は最小限に! 怪獣ナンチャラとかいう娘にはキツ~いお灸をすえてやってくれたまい☆」  最後にっ、とメメルは力強く言った。 「ゴドリーたん締めの一言を頼むぞ! できるだけ場を和ませるようなのをなっ!」 「いきなりですか! えー……勝利のあかつきにはワイナリーでお祝いナリー!」  しばしの沈黙の後、ハックションとマグナム氏がくしゃみをした。冷えたようだった。
参加人数
5 / 6 名
公開 2020-12-19
完成 2021-01-06
宿り木の下に唇を盗んで (EX)
桂木京介 GM
 聖夜近づく真冬の夜に、身を寄せ合うようにして歩くふたつの影。  ひとりはとんがり帽子、もうひとりは毛糸の帽子――ご存じ【メメ・メメル】学園長と教師【コルネ・ワルフルド】だ。  雪こそ降らねどしんしんと冷え、いまにもちらりちらりと白いものが舞い落ちそうな気配、鈴の音のかわりに聞こえるものは、霜柱踏みしだく足音ばかりである。 「なぁ、コルネた~ん」  白い息を吐いてメメルはコルネを見上げた。 「お正月の御年酒買ってくれとか言ってもだめですから。ていうか学校の予算を酒代に使わないでくださいっ」 「まだなんも言っとらんだろーが! オレサマが猫なで声だしたらおねだりとか決めつけるでない!」  えっ、とコルネは意外そうな顔をした。 「じゃあおねだりじゃないんですか?」 「クリスマスのスパークリングワイン買って! ブランデーでもいいけど♪ できれば両方……あはっ☆」 「ぶちますよ」  こわーい、とメメルは両腕をさするようなポーズをした。けれどコルネは愛想笑いのひとつもしない。  歳末ゆえどうも予算関係の話はまずいようだ、と悟ったか、 「いや冗談だよジョーダン、酒の話ではないわいな」  じゃあなんの話で? という目をするコルネに頭上を指して言う。 「見よ。星がきれいだなあ」 「そうですねえ」  コルネも警戒をといたらしい。毛糸の手袋をはめた手で、マフラーを首元に引き上げ空を眺める。 「頭の上の木が見えるかコルネたん? あの葉っぱのあるやつ」 「クリスマスツリーじゃないですよね」 「そうともあれは宿り木(ヤドリギ)といってな、他の木に寄生して緑の葉を茂らせる。寄生っていっても他の木から養分を吸い取っとるわけじゃないぞ。ちゃんとお日様を浴びて自力ですくすく育っていると言われておるのだ☆」 「そういえばあれはブナの樹ですね。ブナの葉はぜんぶ落ちちゃったのに、くっついてるヤドリギのおかげで上の方は青々としてます♪」  勉強になりました~、というコルネに、うんうんとメメルはうなずいた。 「ヤドリギにはキュートな伝統があってな。クリスマスの季節に、ヤドリギの下にいる女性はキスを拒むことができないというのだ☆」 「本当にやったらぶちますよ☆」  にっこりしているがコルネは、手袋の拳をがっちりかためている。 「コルネたんマジこわーい♪」 「これも学園長先生の教育のたまものですよ☆」  コルネの左フックがシュッと風を切った。  ★ ★ ★  あっ、と小さく声を発して【イアン・キタザト】は反転して背を向けた。 「見てませんから!」 「……気にしなくて結構、キタザト先生」  フルフェイスの兜を持ち上げ、【ネビュラロン・アーミット】はかぶり直す。  金具を下ろす冷たい音が冴え冴えと響きわたった。  夜空には銀の月、頭上にはヤドリギの葉、学舎を遠くにのぞむ散歩道だ。他に人影はない。 「眠れなくてつい、散歩していたらですね。ふと姿をお見かけして……」  ごくりとキタザトは唾を飲みこむ。正直、この人は苦手だ。  心臓が高鳴る。  とっさに見てないと口走ったがあれは嘘だった。  見てしまった。  ネビュラロンの兜の下を。真夏の海ですらさらさぬ素顔を。  目撃したのは右側だった。頬にざっくりと深く長い傷跡があった。刀創(かたなきず)だろうか。  髪は栗色、長く伸ばしており目元は隠れていた。ただ一瞬風が吹き、まぶしそうに歪めたまなざしがちらりとあらわれた気がする。  美人というよりは可愛い、って感じかな、意外なんだけども――。  だがこんなこと、片言でも口にすれば即叩き斬られそうな気がする。  ネビュラロンは無言だ。  カチッ、と音が立った。 「もう振り向いてもらって結構」  向き直ったネビュラロンは、全身甲冑に兜、おなじみのあの姿である。 「はい、どうも、こんばんは」 「こんばんは」 「冷えますね。明日あたり雪になりそうだ」 「まったく」  一応世間話してみようと試みるし相手も応じているとはいえ、 (ヤバい、間が持たない――!)  もうキタザトはいっぱいいっぱいだった。  ええい、ままよ!  いざとなればダッシュで逃げる覚悟で息を吸い込む。 「ごめんなさい先生、僕、ちょっとだけですけどお顔を見ちゃいましたー!!」 「ああ」  けれどネビュラロンは落ち着いている。 「傷があったでしょう?」  言いながら彼女は右の手首、手甲(ガントレット)に左手を添えた。  手甲を外す。右手首から先は何もなかった。 「このとき一緒に失いました」 「どこで?」  反射的に言ってしまったことをキタザトは激しく後悔した。間違いなく気分を害するだろう。無言で行ってしまうかもしれない。  だが意外にもネビュラロンは、 「遠い空の彼方で」  素直に答えて顔を、夜空へと向けたのだった。  ★ ★ ★  薄暗い部屋。  まったく似合わないサンタ帽をかぶって、線香みたいにケーキに立てた細長いロウソクを前にして、そのロウソクにも負けないくらい白い顔をした【ゴドワルド・ゴドリー】先生が、クリスマスソングをソロで歌っている。  でもケーキ皿はふたつあるのだ。  あら不思議。  ★ ★ ★  星降る雪降る聖なる夜。  ヤドリギを見上げるは、寄り添うふたつのシルエットだろうか。  それとも待ちぼうけを食わされているシングルガールか。  気になるあの人とすごそう。  一方通行の想いとて、今夜ばかりは伝わるかもしれないから。  あるいは独りで心の静寂を求めるか。  それもまた、佳いものなのだから。
参加人数
4 / 6 名
公開 2020-12-23
完成 2021-01-09
迷宮探索競技☆Dungeon&Damn (EX)
桂木京介 GM
 空は藍色、黎明の刻、ブルーアワーと呼ばれる時間帯だ。  ごつごつした岩山だった。岩肌は、賄賂の金みたいにすすけた黄土色、青白い光に照らされて鈍く光っている。  山の中腹に、ぽっかりと開いた孔(あな)があった。前にバリケードが設けられているが少女は器用だ。ふれることなくくぐり抜けて孔の前に立つ。  早晩はまだ冷える頃だというのに、少女は身ひとつ、帯びているものといえば頭に巻いた白い布と、やはり薄手の白い服のみ。よく見れば頭の布は三角巾で、服は割烹着だとわかる。割烹着の下に、赤革のチュニックをしているようだ。  赤いといえば彼女の髪だ。燃えさかる炎のような赤毛なのだった。  少女――【ヒノエ・ゲム】は腰のものに手をやる。 「いささか心もとないが……」  厨房からかっぱらってきた包丁の大小が、無造作にベルトに挿してあるのだった。  禁制品の密輸業者だったヒノエが、いろいろあってフトゥールム・スクエアで働くようになってふた月ほど経つ。  現在ヒノエは学食の厨房で炊事係をしていた。とことん無愛想な接客でいつも不機嫌そうにしているのだが、逆に一部学生には人気があるという。  事情あってヒノエは多額の借金を抱えている。学園の仕事でコツコツ返していては、完済まで何年かかるかわからない。  だから彼女はここにきた。  この場所が発見されたのはつい最近のことだ。大雨で山崩れが発生し、隠されていた孔が陽のもとに姿をあらわしたのだった。  洞窟は下り斜面となっており、広大な地下迷宮へと続いている。  迷宮は遺跡であり、物騒な怪物が徘徊しているようだ。最深部にはなんらかのアイテムが置かれているかもしれない。  ダンジョンだ。  学園長【メメ・メメル】の発案により、授業の一環としてこの地を舞台とした未踏破ダンジョンの探索競技が開始された。クジで選ばれたチームが一組ずつ探索に降りていく。遺跡の奥部まで到達して踏破のあかしを持ち帰る、もしくは地図を完成させることが目標だ。  成功チームには賞金が出る。これがなかなかの金額なのだ。自分以外のことにはケチなメメルらしからぬ大盤振る舞いである。  これまで学園の数組が挑んだが、いずれも途中でリタイア、あるいは、三日と定められた制限時間に達してしまった。  自然洞窟は隘路(あいろ)で体力の消耗がはげしく、地下水が噴き出している地点もある。迷宮は入り組んでおりモンスターはもちろん、意地悪なトラップまであってゆくてを阻む。  正式に志願しなくても、とヒノエは考えている。  要は、さっさと踏破してしまったやつの勝ちなんだろう?  本日もまた一組、選抜パーティがダンジョンに挑む予定なのである。  待ち伏せて連中を出し抜く、あるいは鼻先でアイテムなり地図なりをかっさらう――。  ほめられた手段でないのは承知の上だ。  カンテラを腰にくくりつけると、ヒノエ・ゲムは洞窟に足をふみいれた。  苔だろうか、カビくさい匂いがする。  ◆ ◆ ◆  巻き毛ブロンドの少女が、岩陰からひょっこりと顔を出す。  にやりと笑った。  それにしても奇妙ないでたちだ。布団を巻いているような分厚いガウン、頭にはクラウン状のティアラ、耳はウロコに覆われており爬虫類のそれに近い。ルネサンス族なのだ。  やれやれ、と【怪獣王女】こと【ドーラメイア・アレクサンドラ・デイルライト・ゴーリキ】は息を吐いた。 「やっとこれたわえ」  ダンジョンに秘宝、というのは王道の流れじゃからのう。  秘宝といえば、もうこうれはコズミックエッグとしか考えられぬ!  怪獣王女によればコズミックエッグとは、魔王復活の鍵となる重要アイテムなのだという。エッグ求めて東へ西へ、あちこち探ってあちこち騒動を起こしていたこの怪人物も、導かれるようにしていましがた、ヒノエが姿を消した孔に到達していたのだった。  邪魔がこぬうちにさっさと入ってしまおう。  ◆ ◆ ◆  数時間後。 「お~っすおす、よくぞ集まったわが精鋭たちよ☆」  準備はいいか? とメメルは言った。 「ぴっかぴかの未踏破ダンジョン探索競技! 本日でえ~、何日目だったかな? ともかく! クジ引きでようやく諸君の番となったわけだ。さいわいまだ踏破成功チームは出ておらん。がっつり踏破してしっかり賞金をゲットするがいいぞ♪」  では、と言ってメメルは視線を【イアン・キタザト】に転じた。 「説明はイアンたんに任せる」 「はあ、僕にですか?」  イアンは雲の上を歩くような調子で君たちの前に立った。 「えー、おおまかな目的は道々語った通りで、ダンジョンの最深部まで行き着き、そこまでの地図を完成させるか、たどり着いた証拠を持ち帰ることなんだよね。証拠っていってもねえ……まあ、なんかあるんじゃない? 遺跡だし」  なんとも当てずっぽうなことを言う。 「これまでギブアップしてきたチームのおかげで、ある程度のことはわかってるんだ。山の内部を降りていく洞窟は急勾配になってるから滑らないよう注意してね。そうそう、なんか水がどっと出てくる地点もあるみたい。あと、途中からは岩オオアリの巣になってるそうだよ」 「もうちっと具体的なアドバイスはないのかえ?」 「うーん、まあアリさんたちのエサにならないようにね」 「オレサマもたいがいだが、イアンたんのアドバイスは大雑把すぎるな……♪」  メメルのツッコミを軽やかにスルーして、それでダンジョンだけど、とイアンはつづけた。 「洞窟は四、五人並べるくらいの幅だけど、ダンジョンになると道幅は狭くて三人ならぶのがせいぜいだよ。イライラするくらい緻密な迷路で、もうほとんど嫌がらせのために作られたとしか思えないよね。落とし穴や飛び出し槍なんていうオーソドックスな罠があっちこっちにあるんだ」 「よっぽど性格に問題があるやつが作ったようだな☆」  自分のことは棚に上げてメメルが言った。 「だけどそれだけ、大事なものが隠してあるのかもしれないね」  石造りの兵士、アメーバ状になったカビの塊のようなものが襲ってくるらしい。 「どういう原理か知らないけど、カビモンスターに触られると布や革の装備品は朽ちてこぼれおちちゃうそうだよ。僕ならかかわりたくないな」 「生徒送り出す側がそれを言うか……」 「まあ触らなければいいと思うし、あと、金属製品なら無事だから」  イアンは君たちに赤い液体の入った小瓶を手渡した。 「ギブアップを決めたら栓を抜いて」  コルク栓を抜けば不思議なガスに包まれ、君たちは一瞬のうちにダンジョンの入り口に戻されるという。  制限時間は二十四時間だ。丸一日経てば、栓を抜かなくても瓶は割れ、自動的にガスの効果があらわれるという。 「瓶の扱いには気をつけろよ☆ 昨日挑戦した連中は、まちがえて途上で瓶を割ってしまい強制リタイアとなったからなあ~」  じゃあ行っておいで、とメメルは手を振った。  君たちは洞窟の入り口までイアンに案内された。  メメルの目を盗んで、イアンは君たちのひとりに耳打ちする。 「僕はね、君たちに勝利してもらいたいからヒントを言うよ。迷路にたどりついたらとにかく北を目指すんだ。どうやら北方向が奥部につながってるみたい。右手法とかダンジョン攻略のセオリーだけど、まともにやっていたら絶対タイムアップになると思うよ」  この助言にしたがえば、迷宮攻略は多少楽になるだろう。  しかし君たちは知らない。ヒノエと怪獣王女がすでに、同じ目的でダンジョンに向かっているということを。  待ち受けるは栄光か敗北か、迷宮探索競技が幕を開けた!
参加人数
5 / 5 名
公開 2021-03-10
完成 2021-03-30
春、うららかなれど風高く (EX)
桂木京介 GM
 すうっと立った紅色の傘が、同じ色の敷物にやわらかな影を投げかけている。  風炉に籠もる火はコトコトと、鉄瓶の湯を沸かしていた。  しゃくしゃくと茶筅(ちゃせん)をめぐらせ碗を手にすると、 「春よのう」  着物姿の【メメ・メメル】は楚々とした微笑を浮かべた。着物の柄は、菖蒲に金魚という華やかだが派手すぎない組み合わせ。髪も珍しく結いあげている。ワインボトル片手に大口あけて居眠りしているような姿との落差がすごい。陶器の碗をあなたに手渡し、抹茶を飲むようにうながした。  どうもとかなんとか言って受け取り口にした。  苦い、ようでいて甘い。クリーミーに泡立っていて口当たりも悪くない。緑色の薫りに包まれるような感覚があった。  ただ問題は正座の姿勢だ。そろそろ、いや、もうとっくに足がしびれている。下手に立ちあがろうものなら感電したように動けなくなりそうだ。  足のことはさておき、なんともうららかな春の午後だった。  本日は『教養』の特別授業ということで、こうして屋外でのお茶会――野点(のだて)なるものにあなたたちは参加しているのだった。はるか異国の風習だという。風雅とは、こういう状況を言うにちがいない。 「――あ、言うのを忘れていたが」  新たな茶を点てながらメメルは言った。 「膝は崩していいぞ♪ 正座のままじゃきつかろう☆」  なんだー、とか、うわーと安堵する者あり、それでも平然と正座のままの者あり。  茶菓子も行き渡りしばし歓談ののち、 「話は変わるがな」  メメルは胸元を直しながら言った。(たぶん苦しいのだと思われる) 「怪獣王女とかいう者がいたろう?」  あっ! とすぐにわかる生徒も少なくなかった。  フルネームは長いので略して【ドーラ・ゴーリキ】、別名【怪獣王女】とは、魔王復活の鍵となるというアイテム『コズミックエッグ』なるものを求めほうぼうで小さな騒ぎを起こしてきた怪人物だ。といっても十歳前後の少女、ピンクのガウンに王冠という珍妙な服装をのぞけばそれなりにかわいらしいトカゲのルネサンス族である。  先日、ダンジョンで怪獣王女と遭遇した数人の学園生たちが、意外な展開によって彼女とともにゴールするという結果を迎えた。 「色々あって、あの者とは一時停戦状態に入った。オレサマの政治力がなした偉業だゾ、褒め称えるがいい♪」  どうせたいした手段じゃないでしょう……と思った生徒も少なくなかったが口にはしなかった。 「あの怪獣王女がな、学園都市レゼントを案内しろとか申しているらしい。まだコズミックエッグだかなんだかを探す気のようだな。誰ぞ案内してやるがいい」  要は、上京したて(?)の世間知らず王女様の観光ガイドだ。 「忘れるな、停戦したとはいえ怪獣王女はまだ、魔王復活という考えにとりつかれとる。だが……これまで学園に立ちふさがってきた真に邪悪な連中とはかかわりがないようだ。むしろ、邪悪な者たちが接触をはかり敵側にまわってしまうほうが不安だ。なぜに魔王復活にこだわるのか聞き出すことができれば一番だが、とりあえずフトゥールム・スクエアへの敵対心だけでも減らせればいいと思っている。できるか? まあ正式な依頼ではないから、志願者だけやってくれればいいぞ☆」  これまでの言動から推測すると、怪獣王女は魔王と結婚するなどと考えているようだ。そんなの夢物語だとわかってもらう、もっと格好いい僕に惚れるがいいと誘導する、そもそも魔王のことわかってる? と聞き出すなど、工夫が必要だがやりようはあるだろう。 「それと、先日の元・未踏破ダンジョンな」  やはり足が限界だったらしく、メメルも膝を崩していた。 「最奥部へのルートは確保できたが、まだまだ不明瞭の部分が残っとる。とりわけ南方面な! なんか若返りの泉があるとかいう碑文だけ見つかった。こっちの道は平坦で前ほど危険じゃなかろうが、もし本当に若返りの泉だとしたらすごいぞ☆ 誰ぞ調べに行かんか♪」  こちらは何度も探索されたので危険はかなり減じている。ダンジョンに下りるまでの斜面は、もう岩オオアリよけルートが確保されているのであとはダンジョンをしらみつぶしに調べていくだけだ。 「若返りの泉なぁ……どうにも眉唾だしオレサマのようなヤングには必要ないが」  ヤング……。  ちなみに探索メンバーには【ヒノエ・ゲム】がいちはやくエントリーしているそうだ。ダンジョンの最奥部は判明したので賞金額はずいぶんと減ったものの、ヒノエは単身でも挑むつもりらしい。 「あの娘どうも危なっかしいからな、手の空いている者は手伝ってやるがいい」  あと、とメメルは続けた。 「これも正式な依頼ではないが――ラビーリャたんから伝言が入っとる。オレサマが頼まれたのだがちょっと所用があってな……」  ゲホゲホと妙な咳をしてメメルは言った。 「かわりに行ってくれる人がいれば嬉しいなあ♪」  ◆ ◆ ◆  カウンター席の【ラビーリャ・シェムエリヤ】の前に、湯気を上げるボウルが置かれた。  いや、『ボウル』という表現は似合わないだろう。陶の食器であり、オリエンタルな装飾のほどこされた丼なのである。  盛られているのはヌードルの入ったスープ、いわゆるラーメンというものだった。豚の骨からとった白いスープだ。わかりやすくいえば豚骨ラーメンだった。スライスした焼き豚、刻みネギ、ジンジャーの酢漬けを刻んだものも入っている。  レゼントにある創作料理店『くたびれたウサギ亭』はその名に反して気鋭の食堂であり、ラーメンのような珍しい料理、とにかくひたすら辛いカレーなどエクストリームなメニュー、カエルの唐揚げやサーモンの臓物パイといった、あまり店にならばないたぐいの皿などが出る色々挑戦的な店だ。ただ、おしなべて低価格ではある。  店主の【ラビット・ウー】は前頭部を剃り上げ、残った髪を長く伸ばし三つ編みに編んだ大男である。たしかにウサギのルネサンスではあった。 「……今日もかい?」  緊張の面持ちでラビットはラビーリャに尋ねる。 「うん……やって」  額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐい、ラビットは小皿を取り出す。小皿にはデザートのプリンが載っている。カラメルもきれいにかぶされており、ぷるぷると震えて甘そうだ。  ラビットは、そのプリンを滑らせて丼の中にそっと落とした。 「ありがとう……いただきます」  ラビーリャは箸を取ってプリンをぐるぐるとかき混ぜる。  ラーメンのプリントッピング、別名『プリンラーメン』。『くたびれたウサギ亭』が最近導入した新メニューだ。甘さとしょっぱさの究極の融合、相反するのか両立するのか。その味は謎である。  黙ってつるつるとラビーリャはラーメンを食べている。  このメニューを出すのはレゼントの街でもウサギ亭だけだ。なお、ラビーリャが注文するのはこれで三度目である。 「どうだい? おいしいかい?」  ポジティブな返答をラビットは期待したのだが、 「……わからない。私、味音痴、だから……」  抑揚のない口調でラビーリャが回答したので肩を落とした。 「じゃ、じゃあ誰か友達を誘ってきてくれないか」  自信メニューなんだよ、とラビットは言う。この至高の(とラビットが信じている)メニューを試してくれた客はいまのところラビーリャひとりきりなのだ。なお、単体の豚骨ラーメンは人気である。 「でも私、友達、いない……から……」  上司ならいるけど、とラビーリャは甘い香りの湯気を見上げた。  最初にラビーリャが思い浮かべたのはメメルの顔だった。
参加人数
5 / 5 名
公開 2021-04-29
完成 2021-05-17
【メイルストラムの終焉】Blue (EX)
桂木京介 GM
 鳥のさえずりがきこえる。クラリネットに似ている。ツバメかそれともエナガの声か。  あれほど荒れ狂った嵐もすでに嘘のように立ち去っており、窓の外からは初夏のあかりがさしている。  本日取り立てて急ぎの用件はない。もちろん立場上目を通すべき書類、片付けておくべき交渉事など、引き出しなりファイルキャビネットなりを開ければいくらでも出てくるわけだが、それでもこの時間帯からウサギのようにダッシュする必要はないのだった。カメのごとく着実に進めていけばこと足りよう。  時刻は午後一時ごろ、たいていの生徒は授業中で教師も同様、ちょっとサボるには最適の頃合いである。  けれども学園長【メメ・メメル】は、グラス片手に優雅な昼酒とはいかなかった。  じつはほんの少し前まではそのつもりだった。執務デスクの上には、よく冷えた白ワインのボトルと金魚鉢みたいな大きなグラスが置かれている。  けれども手はつけていない。  ボトルは表面に水滴を浮かせ、グラスに影をさすばかりだ。  メメルは机に突っ伏しているのだった。かといって寝息をたてているわけではない。むしろ正反対で息は不規則で苦しげだ。額には脂汗が浮いていた。 「またこんな昼前に……クソッ」  メメルは短く毒づいた。  数分ほどそうしていただろうか。  ずっと水中にいた人間が浮き上がったときのような呼吸とともにメメルは身を起こした。 「……いつまで隠しておけるか」  木綿のハンカチで顔をぬぐう。飲酒する気分ではなくなったのか、ボトルとグラスを背後の棚にそろえてしまった。棚からは真冬の屋外のような冷気が一瞬だけもれた。  かわりに別の棚から、メメルは鏡を取り出して自身の顔を映したのである。  顔色が青白い。  だろうな、とつぶやくとメメルは机の隅から便箋を取ったのである。鵞鳥の羽根飾りがついたペンを握ると、インク壺にペン先をひたしてさらさらと書きはじめた。  ――表題は、『遺言状』。 「縁起でもない!」  すぐに便箋を破りとってくしゃくしゃに丸め、部屋の隅の屑籠に投げる。狙いは外れた。 「……しゃーない、真面目に仕事でもしてやるとするか」  ふんと鼻を鳴らすとメメルはファイルキャビネットに手をのばした。  メメルにしてはめずらしいことだが、仕事に集中していたため彼女は、学園長室のドアがノックされる音にしばらく気がつかなかった。  学園長室の扉の前に立ち、あなたは返事を待っている。  メメルはどうしたのだろう? もう一度ノックしようかとあなたは思う。  ◆ ◆ ◆  呼吸を整え、【サラシナ・マイ】はサンドバッグに向き合う。  右の拳で体重の乗ったストレートを見舞った。つづいて左、さらに右、勢いにまかせて蹴りもはなつ。右左右右左、拳をあびせて最後は膝。  トレーニング室は無人だ。石壁にも天井にも、重く間断のない打撃の音がしみわたる。 「……あの野郎」  マイの脳裏にはかつての優等生、メメルのおぼえもめでたき【ディンス・レイカー】の姿が浮かんでいる。  ディンスは優秀な生徒だった。さわやかで高潔、いささか頑固で融通のきかない部分もあったが、誰にもわけへだてなく接する公明正大な男でもあった。  なにかと世間を斜に見て、すぐに腹を立て孤立しがちだった当時の自分とは、正反対な人間だったとマイは思っている。  そんなディンスがどうして――!  マイの拳がサンドバッグにめり込む。  セントリアの事件で、マイはディンス・レイカーと再会した。  ディンスの出奔以来となったその姿は、マイの知る彼とは似ても似つかなかった。何十歳も経たように老けこみ、病んだ目を輝かせマイからすれば異常ともいうべき心情を口にし、おまけに、 『さあ……誰であったか……?』  マイのことを覚えていなかった。  もともと、視界の片隅にも入っていなかったというだけのことかもしれない。 「畜生!」  マイは自分の拳に歯をあてて立ちつくしている。  サンドバッグは破れてしまっていた。砂がざらざらとこぼれ落ちている。  ふいに名を呼ばれマイは振り返った。  マイに声をかけたのがあなただ。  ◆ ◆ ◆  我々に、と【ネビュラロン・アーミット】は言った。 「暴動行為、暴力や破壊活動に直接加わっていなかった者まで裁く権利はない」  きらりと光るものをネビュラロンが投げてよこした。小さな鍵だった。  鍵をキャッチしたのはあなただ。 「町外れで拘束を解いてやれ。セントリアや学園には永遠に近づくなと警告しておくことを忘れないように」  この鍵が、【ピーチ・ロロン】の両手にはまる手錠を解くものであることはすぐに理解できた。  ピーチは、研究都市セントリアを襲った『霞団』なるテロ集団の一員だった。霞団は首領ディンス・レイカーを失って瓦解消滅している。ほとんどのメンバーは拘束された。殺人や破壊活動に直接参加したメンバーはこれから裁きを受けることになるが、ピーチのような末端構成員は釈放することになったのである。  ピーチ・ロロンはまだ十代半ばの少女だ。明るい桃色の髪をツインテールにくくっている。前途洋々たる年齢のはずなのだがまなざしは暗い。目の下には黒い隈があった。神のようにあがめていたディンスが死んだと知らされてから、黒みはまずます濃くなっていた。  今だってピーチは、ネビュラロンを見るでもなくあなたに視線を移すでもなく、ただ呆然と、なかば口を開けて空を見上げているだけである。 「ディンス様……」  ネビュラロンとあなたの会話だって、まるで聞いていない様子だ。  あなたはピーチを連れていく役割を志願するか。  それともこの場にとどまり、素顔をさらして久しいネビュラロンと話をするほうを選ぶか。
参加人数
6 / 6 名
公開 2021-07-14
完成 2021-07-30
【メイルストラムの終焉】Red (EX)
桂木京介 GM
 汚れた雑巾のような空色、潮風は生ぬるく、饐(す)えたような匂いが混じっている。波打ちぎわは流木や船の残骸などで埋まり、潮溜まりには青白い海洋生物の死骸が浮き沈みしていた。  ひどく場ちがいな姿が砂を踏んでいた。  少女だ。歳のほどは十四、五か。切れ長の目にやどるのは透きとおった碧い瞳、鼻梁はまっすぐで唇のかたちも小さくととのっている。長い髪は紫がかったプラチナだ。  頭頂にはほぼ三角形の、白くピンと尖った一対の耳が見える。白狐のルネサンスなのだ。ただし普通の狐ではない。尾が九本もある。  服は両肩をさらす真っ赤なドレスである。牡丹が咲き乱れ鶴が舞い、血のような炎とせめぎあっているという異形の図柄だった。針のような高いヒール履きながら颯爽と歩んでいる。  目当てのものをみつけ、ドレスの少女は浜にかがみこんだ。 「ああナソーグ様!」  叫んでひろいあげたのは黒真珠のような丸い宝石である。光を飲み干したかのように照り返しがない。 「こんなお姿になられて……! エスメめは涙の海に溺れてしまいそうです……!」  身をよじり額に手をあて、彼女は半身を弓なりにのけぞらせた。 「エスメラルダ様」  彼女の背後から呼びかける者があった。 「どうかして?」  ポーズをくずすことなく彼女は問いかえす。 「悲劇のヒロインを演じられているところまことに恐縮ですが、残念なおしらせがございます」 「早くおっしゃい。この姿勢、とりつづけるのは楽ではなくてよ」 「現在のナソーグ様は、何も見えず聞こえておりませぬ」  なーんだ、と舌打して【エスメ・アロスティア】は元の姿勢にもどった。 「ナソーグのキモ野郎こんなんなっちまいやんの! ザマーミロだな」 「大変品のあるご発言です。ナソーグ様もさぞ、草葉の陰でお喜びでしょう」 「生きてんだろぉ!?」 「言葉のあやです。驚いていただけたのであれば無上の喜びです」 「おめーのギャグは笑えねえんだよ!」  九本の尾がそれぞれ別方向にわさわさと動いた。 「持っとけ」  エスメは背後に宝石――闇の霊玉を投げる。  受け取ったのは白い手袋をはめた手だ。  いや、手だろうか。  手袋は存在する。  服もある。いわゆる燕尾服、ワイシャツにネクタイも、スラックスも。  だが手袋と、服の袖のあいだに肉体がない。衣装のみぽっかりと浮いている。しかし服も手袋も内側から膨らんでいた。黒いブーツもそろっている。  顔もあるが肌は見えない。頭部は溶接工がつかうような鉄仮面だった。後頭部も覆われた逆三角錐にちかい。そしてやはり、首にあたる部分には何もなかった。顔とシャツの間を風が吹き抜けていったところからして、透明人間というわけではなくそもそも肉体がないものと思われた。  マスクの窓には分厚いガラスがはめこまれているが、くすんでおり中身は見えない。  マスクにはもうひとつ異常な特徴があった。底部から、象の鼻のような蛇腹状の管が長くのびているのである。尖端には漏斗(ろうと)らしきものが取り付けられている。鼻(?)は浮かんでおり背後に垂らされていた。  異形の男はエスメにつかえる執事である。名を【スチュワート・ヌル】という。 「スチュワート」 「ご命令を。聡明でお美しいエスメラルダ様」 「霊玉はシュバルツのところへ運べ。仮面は作り直すしかねーだろうな」 「うけたまわりました。聡明でお美しくて尾籠なエスメラルダ様」 「……なんか悪口言ったか」 「滅相もございません」  真っ赤なドレスをひるがえしエスメは海岸を戻っていく。  黒い流木も砂も、彼女の赤に汚れひとつつけない。  ■ ■ ■   重く濃く、肌にねばりつくような霧をかきわけ森をゆく。いよいよ行き止まりかと思った矢先、ぱっと視界がひろがる場所がある。落雷や倒木により、自然発生的に生じた円形の空間だ。  その一隅には樹齢数百年とおぼしき大木が佇立している。幹に太い縄がかけられていた。鋼を仕込んだ縄だ。幾重にも巻き付けられている。  大木にひとりの男を縛りつけているのだった。  男は瀕死だった。髪は伸び放題で髭も同様、身なりもひどい。 「……!」  男の目に光がやどった。  マジかよ、と男――【ルガル・ラッセル】はつぶやく。  衝動がやんだのだ。彼の内側からルガルを責めたてつづけた破壊と怒りの呪いが。  ルガルは足元に目を落とす。  仮面の残骸があった。聖女をかたどった白い仮面だ。陶器のように砕けちらばっている。  仮面は【ナソーグ・ベルジ】がくれたものだ。仮面をつければルガルの衝動は一時的に収まる。だがその代償として彼は、ナソーグに依存し隷従しなくてはならない。誰かの支配下として生きることがルガルには耐えられなかった。  だからルガルは仮面を砕いた。あり金をはたいてならず者たちを雇い、猟師も近づかぬ森の奥深くに我が身を縛(いまし)めたのである。  呪いとの勝負には勝った。だがルガルの体はほとんど動かない。四肢に食い込んだ縄がこすれ、傷口がまた破れただけだった。 「……それ、自分で縛らせたんだろう……なのに……」  声がした。つぶやくような口調、言葉も不明瞭だ。  「縄を解ところまで……考えてなかったってわけか……アホ?」  ルガルの正面に、ひょろりと手足の長い姿がいつのまにか出現していた。  腰まである長い黒髪、膝より下までのやはり長い白衣、ひどい猫背で前髪が垂れている。 「……アホなの?」  「好きに呼べよ」  かすれ声でルガルは告げた。 「あんた、誰か知らんが縄を切ってくれ」  はぁ……? と白衣黒髪猫背の人物は肩をすくめた。 「切れ? このヒョロい体でできるとでも……?」  次の瞬間、バサリと音がしてロープが切断された。ルガルは木の根元に滑り落ちる。 「……まあ、できるけど」  白衣の人物がにじりよってきた。  女だ。まだ若い。  目には真っ黒な隈、肌はきわめて血色が悪い。唇は赤く、泣きぼくろのせいもあってか異様ななまめかしさがあった。白衣の下はタンクトップとショートパンツだ。胸が大きい。ずっと前屈みだからその特徴がきわだつ。 「切り刻むほうがお好みかい……?」 「結構だ。礼を言う」 「感謝は言葉じゃなく態度で示せ。ルガル・ラッセル」  女が自分の名前を知っていたことにルガルは驚かない。どう見ても尋常の者ではなかったから。 「……お前が呪いから解放されたのは、ナソーグが敗北しその支配力が弱まったからだよ」 「ナソーグが?」 「……信じられないだろうが事実だ。フトゥールム・スクエアがなしとげた」 「あいつらならできるかもしれねぇな。見上げたやつらだ」  どこか誇らしげに言うとルガルは唇をゆがめる。  女は目を細めた。 「だがナソーグは滅びきってはいない。やがて元に戻るだろう……お前の呪いも含めて……」 「で、俺にどうしろと」 「……火の霊玉を取ってくるんだ」  女はニタリとする。 「ナソーグの本体は闇の霊玉と一体化している……対抗する光の霊玉は手の届かない場所にあるが火のほうは手つかずだ……光の霊玉ほどの役には立たないが、少なくともナソーグの再活性化は防げる」  ゆえあって闇の霊玉は手にしている、と女は言った。 「……火の霊玉をよこせばナソーグを押さえておいて……あげるよ。いい取引だろう?」 「そんな与太話、俺が信用するとでも?」 「信じなくてもいい。あの苦しみにまた遭いたいのなら」 「あんたの名を聞かせてもらおうか」 「ドクトラ(博士)だ……【ドクトラ・シュバルツ】」  シュバルツによれば、火の霊玉は【怪獣王女】と名乗る人物の手に落ちようとしているという。
参加人数
8 / 8 名
公開 2021-08-17
完成 2021-09-08
【泡麗】rivalizar - 始動篇 (ショート)
桂木京介 GM
 どうにも、とつぶやいて【メメ・メメル】は壮麗な大門をくぐった。  門は大理石や木材製ではなく、ましてや土や骨でできているものでもない。  水だ。たえず噴き上がる蒼い水柱が城門を形成しているのだ。高さはメメルの十倍はあろうか。水の壁がさっと左右にわかれ、大広間への道を空けたのだった。  足元は石材、しかし左右はたえまなく流れる水柱、霧のごとく吹きつける飛沫(しぶき)をものともせず、メメルはマントをひるがえし場内に立ち入る。  背後で門が閉じた。  百人は優に収容できそうな広間だ。天井は貝殻、それも空前の大きさのものが一枚あるきりで、これを珊瑚からなる太い四本の柱が支えている。それ以外の壁はすべて水流である。  外とことなり宮殿内は閑(しず)かだった。針の一本を落とす音ですら響きわたりそうなほどに。水もかからない。特殊な結界にでも包まれているものと思われた。 「どうにも……なんですか?」  唯一メメルにつき添うのは【コルネ・ワルフルド】だ。静まりかえっているからか、ささやくような声でメメルに話しかける。 「なんじゃね」 「さっき宮殿の門をくぐるとき学園長言ったじゃないですか、『どうにも』って」  ああそれか、とメメルは面倒そうに答えた。 「どうにも辛気くさくなったな、と思っただけだ」  コルネよりはるかに大きな声だった。この場にいる者たちに聞こえるように言ったものと思われた。  宮殿の奥、玉座に座る人物はメメルに冷ややかな視線を向けている。 「辛気くさくなった、とはご挨拶であるな。メメ・メメル学園長」  ふんとメメルは鼻で笑った。 「率直な感想を言ったまでだが? チミの父王【クラルテ・シーネフォス】がまだその玉座に座っておったとしたら、オレサマたちにこんな冷たいもてなしをしたりはせんかったろう。酒のひとつでも用意してな♪」 「代が変われば世が変わる、と申す」 「承前啓後という言葉もあるぞ☆ いいものは引きつぎ発展させよという意味だ。クラルテは自分にも他人にも厳しい男だったが、それでも客をもてなす礼儀は知っておったな」 「ちょっと学園長……!」  コルネはハラハラしながらメメルの肩に手を置いた。  宮殿で待っていたのは玉座の人物だけではなかった。武装した兵士が数十人、玉座の左右に控え兜の奥から目を光らせているのである。  玉座にあるのは、黄金の髪をしたローレライの青年だ。流水の髪が泡立っている。女性と見まがうような玲瓏な顔立ち、濃い橙色の瞳がとりわけ美しい。ただ、細い眉は鋭くつり上がっており、排他的な性格と意思の強さを感じさせた。  名は【アントニオ・シーネフォス】、海洋国家リーベラントの王クラルテ・シーネフォスの嫡男で、病に倒れた父王にかわり玉座についている。正式な継承がおこなわれていないためまだ王太子という扱いで、名乗るとしても『代王』でしかない。だが事実上のリーベラント君主であり、古来の習慣にしたがえばローレライ族の代表者でもあった。  傲然とアントニオは告げた。 「王の前では脱帽するのが礼儀であろう」 「父親に聞いとらんのか? このオレサマ、フトゥールム・スクエア学園長メメ・メメルには、そういったつまらん儀礼を無視できる特権がある」  そもそも、とメメルは腕組みするのである。 「席くらい出さんか小僧。オレサマはチミの同盟者であって臣下ではない!」  金属のこすれあう音が立った。兵士が一斉に槍を構えたのだ。兵はみな長い髪を兜からのぞかせている。流体の髪質からして、全員ローレライなのは瞭然だ。 「あーもう! 学園長はどうしてケンカ売るような言いかたしかできないんですかっ!」  コルネも構えざるをえない。無傷でここを出るのは難しい、と覚悟していた。  だがアントニオは黙って手をふった。兵士らは警戒姿勢を解き直立する。 「誰ぞ、学園長と侍従殿に席を」  簡素ながら席が運ばれてくる。 「失礼した、メメル学園長」  口調こそ謝辞だが、アントニオの表情は怒りをこらえているように見えた。  海洋国家リーベラントは広大な国土をもつローレライの国家である。  歴史は古く、九人の勇者が魔王を封じたときよりつづいている。リーベラント王が代々、ローレライ族の代表をつとめていることからもそれは明らかだろう。  だが強国とは言いがたい。国民が少ないのだ。領土のほとんどは無人地帯なのである。  理由は単純だ。ごく少数の例外をのぞき、ローレライ族にしか国籍を認めない方針をとっているからだった。ローレライは繁殖力にたけた種族ではない。この方針をいとい出ていく若者も少なくなかった。ゆっくりと、しかし着実にリーベラントは衰亡の途上にあった。  現在の王は前述のようにクラルテで、魔王を封印した九勇者の直系子孫だ。しかしクラルテは最近病に倒れ、現在は王太子アントニオが政(まつりごと)をとりおこなっている。  一席と小卓を与えられ、また飲み物も運ばれてきた。メメルはグラスを取ると一息で飲み干した。  なんだ水か、ジンくらい出せよなと不平を言ってから、 「……で、オレサマを呼び出した理由を聞こうか」  片肘をテーブルにのせて首をかたむける。 「まず、申し上げておこう」  アントニオは目を怒らせた。 「ありていに言って我らはもう、あなたたちを信頼していないということを」 「ふーん」  知っとるよ、と言わんばかりにメメルは薄笑みを浮かべる。 「そっちの親子も同意見かい?」  視線の先には、アークライトの代表者【テオス・アンテリオ】と娘の【セオドラ・アンテリオ】の姿がある。  コルネは代王アントニオ、そしてアークライトの二代表の様子をうかがい、メメルに視線を戻した。  相変わらず学園長は不敵な笑顔のままだ。口には出さねど『かかってこい』とでも思っているのか。  これはただではすまないね――コルネは心のなかでつぶやいた。  フトゥールム・スクエア弱し! ローレライ代表アントニオは断じ、アークライトの代表者たちもこれに応じた。  火の霊玉を目の前で奪われた学園に、他の霊玉を守護する力はないと彼らは口を揃える。そればかりかローレライ、アークライトのそれぞれが、自分たちこそ守護者たらんと名乗りをあげたのだ。  三つ巴の競争がはじまろうとしている。  学園が受けた依頼に、ローレライやアークライトの勢力が横槍を入れはじめるだろう。  このまま手をこまねいていては、メメルの学園長の辞任要求を起こされ、学園を実効支配されかねない……!  ◆ ◆ ◆  徒歩にして数日は東に下った地点へと場面は移る。  リーベラントで発生している事情などついぞ知らぬまま、あなたたちは作戦行動に入ろうとしていた。  陽が沈んで久しい。水塞までもうじきという距離にいる。  水塞と書けばものものしいが、要は川を背にした砦だ。水門に木の櫓を足して拠点にしたものだった。  かつて悪漢どもがたてこもっていたこともある。だが現在は駆逐されてしまい、もっと厄介なものが水塞の主におさまっている。  蛟(ミズチ)というモンスターだ。二足歩行するが身長は低い、好戦的かつ凶暴で、集団になるとことさらに厄介な相手である。蛟たちが水塞にこもり、付近を通りかかる人間を襲うようになったという。数は二十近い。  あなたたちの使命は蛟の排除と水塞の占領である。  弱敵ではないが蛟には知恵がない。進入路を発見し内部に突入、火でもかければたちまち蛟は混乱に陥るはずだ。楽勝とまではいかずとも、着実にかかればまず勝てる戦いだと思われた。  実際に作戦がはじまるまでは。
参加人数
6 / 6 名
公開 2021-09-27
完成 2021-10-15
【泡麗】誘惑の吐息 (EX)
桂木京介 GM
 またこいつか、と【ヒノエ・ゲム】は左腰にこぶしを当てた。 「……で、注文は?」  さっさと決めろよな、と無愛想そのものの表情で右手のフライ返しを左右にふる。  ローレライはアハハと笑った。 「あいかわらず接客をしようという姿勢すら見せないね。すごいな」  うっとりしたような口調だ。  しかし返すヒノエの対応ときたら、コップ一杯の冷や水をぶっかけるかのごとく冷たい。 「アホか。これのどこが誉められた態度だ」 「そこがいいんじゃないか。素敵だよ」 「す……」  面食らったらしくヒノエはしばし言葉を失ったがようやく、 「……素敵って何だよ」   ぼそっと小声で告げ、「じゃあA定食な!」と一方的に注文を決めてしまって、揚げ物だのポテトサラダだのを乱暴にトレーに載せていく。そんな彼女の様子を、ローレライの少年は目を細め楽しげに眺めるのである。  じろっと三白眼でヒノエはトレーを突き出したが、少年は満面の笑みで受け取った。 「僕、お姉さんのこと気に入っちゃったな」 「うるさい。とっとと席につけ。後がつかえてる」  行列には誰も並んでいないのに、ヒノエは荒々しく声を立てた。  ――変なヤツ!  ヒノエは元密輸商人だ。禁制品の運搬にかかわっていたが、学園に懲らしめられて引退。多額の借金を背負った父親のために、現在は学生兼調理配膳係としてフトゥールム・スクエア内の学食で働いている。  仏頂面で愛想のひとつも言わず、いつも不機嫌な猫みたいな目で仕事をしているヒノエに、このところよく声をかけてくる学生がいた。【ミゲル・アミーチ】と名乗るローレライで、ヒノエよりずっと年少に見えた。  このミゲル少年がしばしば、というかこのところ毎日、それもつねに食堂がガラガラになる時間帯にばかりやってきては何かと話しかけてくるのである。  ミゲルは澄んだ水色の髪、おなじ色の瞳、あどけない風貌のいわゆる美少年というやつだ。だがあいにくとヒノエの好みは年上、そうでなくてもせめて同年齢(タメ)だ。こういうお子様には興味がない。……自分だって十四歳だったりするのだがそれはさておき。  なのに、 「明日も来るからね」  などとミゲルが言って去ると、そう悪い気はしなかったりもする。 (何やってんだ、私――)  ガシャガシャ音を立て食器を洗いながら思う。 (寂しいのかな)  絶対に認めたくないが、そういう気持ちもあるのかもしれない。  ヒノエには、このところあまりいいことがない。それどころかいら立つことばかりだったりする。借金の金額たるや気が遠くなるほどだし、嫌々参加している授業とくに座学は退屈だし、日々は単調だし……それなりに親しくしている学園生ともこのところ交流がなかった。なんだかうるおいに欠けている気がするのだ。  だからかもしれない。  お姉さんのこと気に入っちゃったな、か――。  妙にこの言葉が、ヒノエの心に残ったのは。 (平然と言いやがって。クソッ)  なんだか胸がこそばゆい。  ★ ★ ★ 「平然と言うのが肝心だよ」  ミゲルは唇を斜めにつりあげた。ヒノエに相対しているときには決して表にしない表情だった。 「ああいうおぼこい娘は直球の態度に弱い。あと一押しといったところか」  さすがミゲル様、見習いたいものです、と口々に称賛が起こる。  学食の裏、ちょうど木立になっていて陽が射さない場所だ。ミゲルを囲むように数人の若者が立っている。  若者の男女比は半々くらいだろうか。だが種族という意味では偏りがあった。全員ローレライなのだ。黄金、白、濃いブルー、髪は色こそ多様だが、いずれも水のような流体であることからもあきらかだろう。 「ヒノエと言いましたか? あの娘がそれほど重要とは思えませんが……」  知的な風貌の女性ローレライが言った。真新しいフトゥールム・スクエアの制服を着ている。 「そうか、リリィは知らなかったか」  作戦に参加して間もないからな、とミゲルは言った。 「あの娘はああ見えて、学園主力メンバーとのつながりがある。メメルの覚えもめでたいようだ。それでいて自我が弱い。だから」 「引き抜きにはもってこい、というわけですか」  ミゲルは鷹揚にうなずいた。 「ヒノエが裏切れば学園長メメルも動揺するだろうな。かなりな」  なお、ミゲルが名乗る『アミーチ』なる姓は偽名だ。彼は本名を【ミゲル・シーネフォス】と言い、ローレライ代表リーベラント王国の王族である。具体的には現在の代王【アントニオ・シーネフォス】の実弟にあたる。ついでにいえば、外見こそ十三歳くらいに見えるが実年齢ははるかに上だった。 「ヒノエは私に任せろ。お前たちは総勢であと三、四人はヘッドハントするのだ。相手は学生でも職員でも構わん。学園の連中を骨抜きにしてやれ」  手段は各自に任せる、とミゲルは言った。 「色じかけ、金銀、あるいは知識や将来の特別待遇、何でもいい! 連中が食いつきそうなものは王弟の名において許す」  足元に置いた学食のトレーをミゲルは蹴倒した。手つかずの料理が四散し土にまみれる。 「こんなまずいものを食わされている連中だ。さぞや誘惑には弱いことだろうよ」  あざ笑うように言った。さすがにこの所業には表情を曇らせたローレライもあったようだが、声を上げられる者はなかった。 「たとえ『勇者』を目指していようと、我々のリーベラントへの忠誠心にはおよばぬものだ。信念にとぼしそうな学園生、心の弱そうな学園生を標的に定めよ。目標は一人一殺だ。では解散!」  ミゲルが号令するや、学園生に化けた、あるいは旅人の風体をしたローレライたちはぱっと四方に駆け出した。
参加人数
4 / 4 名
公開 2021-10-11
完成 2021-10-27
【泡麗】バザールで御座る (EX)
桂木京介 GM
「こんにちは!」  フトゥールム・スクエア教師【イアン・キタザト】はぴょんと手をあげ元気にあいさつした。声は通常より半オクターブほど高めだ。こういう場面では元気が一番というのはたぶん、時代場所に関係なき不変の法則だろう。目尻をさげてにっこにこの笑顔になる。別に意図していなくても、イアンはたいてい笑顔なのだが。 「どうぞ見てってください。まとめて買ってくれるならお安くしますよ!」  いいイメージを作っていきたい。  商品のほうはけっしていいイメージではないから。  そればかりかむしろ、反対方向に強烈なベクトルがかかっているものばかりだから。  リアルな蛇レリーフが巻き付くごつごつした杖、腐った果物みたいな色をした髑髏の置物、握りの部分がトゲトゲで使いづらい血の色のゴブレットに、誰だか不明の幽鬼みたいな女性が描かれた肖像画なんてものもある。お世辞にも趣味がいいとは言えまい。というか全部、持っているだけで呪われそうな気持がする。怖い。  これらはすべて【メメ・メメル】学園長がこころよく寄付してくれた不用品だ。『どれも珍品コレクター垂涎だよチミィ☆』というのが善意の提供者の弁であり、強気の価格設定を提案されたのだが、イアンは『楽しみですね』と愛想笑いだけして、メメルのアドバイスをまるきり無視した二束三文の値札を貼っていた。  だからといって飛ぶように売れるわけではない。それどころか朝からひとつも売れない。もっといえば、足を止めた人があっても逃げていく。  青息吐息のイアンの頭上には、『フトゥールム・スクエア主催☆被災地支援チャリティーバザー』なる横断幕がおどっている。  先日、ズェスカという地域で魔王軍とフトゥールム・スクエアの武力衝突が発生した。霊玉の争奪戦である。同地に湧く温泉の水源は炎の霊玉だったのだ。だが残念ながら霊玉は消失した。魔王軍の手に渡ったのかどうかは不明だが、いずれにせよ奪われてしまったのである。同時にズェスカ地方は、唯一の観光資源を失った。  もともと辺境にあったということもあり、ズェスカはそれほど観光地として隆盛していたわけではない。むしろすでに凋落しきっていて、多くの住民は出ていっており、残る数世帯も移住を考えていたと言われている。着実に沈みゆく難破船の船底に穴があいたようなものだった。  だからといって、それはお気の毒様、ですませられる話ではないだろう。  残る住民の移住費用を捻出するため、学園近郊の都市シュターニャにて、フトゥールム・スクエア主催のチャリティーバザーがひらかれたのである。 「……売れないな」  というか来客がないな、と同じく学園教師【ゴドワルド・ゴドリー】が沈んだ声で言った。ゴドワルドの前には『健康グッズ』として青竹踏みだの肩のツボ押しだの、学園生が作ったイージーなヘルスサポート商品がならんでいるわけだが、売っている張本人が青白い顔色にジトッとした長髪、目の下にクマまでこさえた不健康そのもののルックスゆえ、立ち寄る者は皆無なのであった。 「なんの、バザーはまだはじまったばかりだよ! これからこれから!」  たとえ空元気であろうとも、イアンは前向きになりたかった。けれどゴドワルドはなかば諦め気味で、もともと暗い顔をいとど暗くしてつぶやくのである。 「しかし明日は、もうちょっと商品を増やしたほうがよさそうだな」 「そうだね、学園生からもっと商品の提供をうけたいな!」 「『肩たたき券』とか……」 「誰が肩たたくの?」 「……私だろうな」 「僕だったらその券買わないと思う」 「なら『肩もみ券』にするか」 「そういう問題じゃないよね?」  不毛なやりとりが中断されたのは、どこからともなくぞろぞろと人が集まってきたからだ。老若男女さまざまで、小さな子どもまでやってくる。彼らは、 「バザーだって?」 「楽しみ」  などと口々に言っているではないか。イアンは小躍りして声を上げた。 「ほらゴドー見て! お客さんお客さん! やったよ!」  いらっしゃいませー! と瞳をダイヤモンド・アイにするイアンであったが、世の中そう甘いものではないのである。 「……?」  人々はいずれもイアンとゴドワルドの前を素通りし、その数十メートル先まで歩いて行く。 「……いつの間に!?」  彼らを追ってイアンは絶望的な光景を目にした。  題して『リーベラント主催★被災地支援チャリティーバザー』だ。光沢のある赤い鎧や法衣にみをつつむ見目麗しきローレライの男女がそろって、盛大なバザーを繰り広げているのである。 「そこのお兄さん、リーベラント名産、珊瑚の装飾品はいかが?」   金髪のグラマラスな美女がウインクする。  軽やかな音がした。濃いブルーの髪をなびかせた美青年が、竹笛でメロディを奏でたのだ。 「この竹笛はいい音色だよ。え? 僕が吹いた笛がほしい? 困ったなあ」  他にも珍しい書籍、種類も豊富な武器、炊き出しまであって豪勢なことこのうえない。来客は来客をよび、たちまちリーベラント側のバザーは熱気につつまれた。 「ちょ、ちょっと! バザーをやりはじめたのは僕らが先だよ」  イアンは青年につっかかった。 「なにをおっしゃいます?」  青年――【パオロ・パスクヮーレ】と名乗った――はさわやかな笑みを見せた。 「僕たちはフトゥールム・スクエアの邪魔をしに来たのではありません。ズェスカの状況に心を痛めているのは同じ。むしろフトゥールム・スクエアの趣旨に賛同し、協力したいという気持ちでここにいるわけで」 「でもこれじゃ、うちの存在感なんてかき消されちゃうよ! あてつけみたいに隣で開催するなんて――」 「待て」  とゴドワルドがイアンの肩に手を置いた。 「それ以上言えば、我々のイメージが悪くなるだけだぞ」 「でも」 「私にアイデアがある」  では失礼、とパオロに会釈して、ゴドワルドはイアンを引きずるようにして自分たちのバザー会場に引き戻した。 「で、アイデアって何なのさ」 「実は……リーベラントの手前強がっただけで、特にない」 「ええー!」  大丈夫だ、とゴドワルドは言うのである。 「我々には優秀な生徒たちがいるではないか。彼らに任せよう」 「って生徒任せかーい! ……まあ同感だよ。僕にもアイデアないもの」 「ところでイアン、バザーの語源を知っているか?」  知らない、と言うイアンにゴドワルドは告げた。 「『bazaar』(バザール)だ。古(いにしえ)の言葉だ。『バザーをやるぞ』を昔の人間風に言えば『バザールで御座る』ということになるな」 「うん。それで?」 「……今のはギャグだ」 「え?」 「笑え」 「え?」    チャリティーバザーは明日も開催だ。  むしろ休日の明日こそが本番といっていいだろう。  不要品を集めて売る、それだけのことではあるが、どんなものを売るか、どのように売るかは君たちの手にゆだねられている。飲食の屋台を出してもいいかもしれない。  チャリティーの売り上げを競うというのは不毛かもしれないが、そもそもチャリティーをやりはじめたのは学園、ここで存在感を示しておかなければリーベラントの発言力は増し、学園は今後の活動に支障をきたすおそれがある。  ゆえに諸君よ、いまこそバザーの虎となれ! バザーを制すのだ! バザールで御座れ!
参加人数
5 / 5 名
公開 2021-11-02
完成 2021-11-20
【泡麗】Red,Black and Red (EX)
桂木京介 GM
 指を交差させパチンと鳴らす。  執務机の隅においやられていた酒瓶が、氷上をすべるように移動した。 「うむ」  酒瓶がぴたりとおさまった場所、それは【メメ・メメル】の手のなかである。メメルは片手でコルク栓を抜き、ウイスキーをとくとくとグラスに注いで、 「ちょっと!」  その手を【コルネ・ワルフルド】に止められた。 「仕事中ですよ!」 「休憩時間だ☆」 「だとしても勤務時間内でしょうがっ!」  コルネはメメルの手からウイスキーをひったくる。 「……オレサマは年中無休の二十四時間勤務みたいなものだがなァ」  ぶつぶつ言いながらもメメルは、グラスに残った琥珀色の液体を愛おしげになめていた。 「このところますます酒量が増えてますよ。もっとお体のことを……」 「知っとるだろ」 「はい?」 「オレサマの『お体』のことなら知っとるだろ? 酒でごまかすしかないんだよ」 「ですが……」  最近急激にメメルが衰え、日に一、二度のペースで発作を起こしていることをコルネも熟知している。魔王軍の動きが活発化してからはじまった現象だ。  発作は一時的な行動不能である。時間は短くて数十秒、長くても数分でしかない。幸いにして公的な場所で発生したことはないため、この事実は教職員にしか知られていないはずだ。  しかもこの発作の頻度が増えつつあり、時間もすこしずつ長くなっているようにコルネは思う。それも、先日リーベラントを訪問し、ローレライとアークライト、両種族の代表と会談を終えてから加速しているような気がしてならない。  メメルの発作にコルネは何度も遭遇した。そのたびに学園長が、二度と動かなくなるのではないかという不安に駆られてもいた。大丈夫だとメメルは言う。でも無邪気に信じる気にはなれなかった。 「それで、午後は出席されるんですよね?」 「何に?」  あきれた、と言うかわりにコルネは、腰の左右に拳をあてた。 「ご自身が呼びかけた芋煮会じゃないですか。先月から言ってたでしょう」  芋煮会というのは、ひらたくいえば屋外で行う鍋パーティだ。サトイモをつかった鍋が一般的なのでこのように呼ばれているが、実際には鍋限定ではなく、バーベキューと同時開催のことも多い。紅葉を楽しみつつの、秋バージョンの花見というおもむきもある。 「本来はもう少し早い時期にすべきが、今年は学園の紅葉が遅れとかなんとかで……」 「そうだったそうだった! つまりおおっぴらに飲めるわけだな、酒が♪」 「学園長はお酒のことしか考えてないんですか!」 「まさか」  おだやかにメメルは言ったのである。 「オレサマがいつも、一番に考えとるのは生徒たちのことだよ。この身よりもな」  メメルは笑顔だったが。いつもの自信満々なスマイルではなく、どことなく愁いのある笑みだった。 「学園長」 「なんだね」 「……ちょっと、感動しました」  コルネの目が、水面に映る月のようにうるんでいる。 「教育者として当たり前のことを言ったにすぎん、いちいちカンドーなんぞしなくてよいぞ♪」  目をごしごしとぬぐって、 「会場は川沿いに準備してます。ではまたあとで」  と学園長室を出ていきかけたコルネだったが、 「でもこれは没収ということで」  ウイスキーのボトルを持っていくことも忘れなかった。 「あー!」 「どうせ芋煮会でたらふく呑むんでしょうがっ!」  ドアがバタンと閉じる。やれやれ昼まで我慢か、と首をすくめていたメメルだが、 「なーんてな♪」  引き出しを開け、新しいウイスキー瓶を取り出したのである。 「まさかもう一本あるとは思わんかったようだな☆」  がっはっはと独り言(ご)ちて封を切ったところで、ドアが内側にカチリと開いた。ウヒャ! タンチョウヅルのような声を漏らしメメルはボトルを隠す。 「こ、これは酒ではなくて薬でな、般若湯と呼ばれてお……うん?」 「あら~?」  闖入者はコルネではなかった。ひょいと伸ばした首はコルネ同様ルネサンス、しかし黒猫のルネサンスだった。二十歳前の少女に見えた。  少女はするりと入ってきて、好奇心に満ちた目で室内をキョロキョロと見回す。  彼女は耳も、長い尾もつやつやした黒い毛並みに覆われていた。肌もチョコレート色である。ビビッドな赤いコートを着ている。 「学園長さんのお部屋って、ここで合(お)うとります?」  羊から狼へ。メメルの目つきは瞬時にして鋭いものへと変わった。 「どうやって入ってきた?」 「学園長さんで? お邪魔します~」 「質問に答えろ!」  メメルが声を荒げると同時に、少女の背後でドアが力強く閉じた。けれど少女は驚くそぶりも見せない。なぞなぞの答でも考えるような顔をするばかりだ。 「どうやって、って……ドアからですけど?」  気分を害した風はなく、ひたすらに戸惑っているような口調だった。 「そのドアにはな、学園関係者以外は開けられないよう魔法をかけてある」 「あっ、それはすんませんでした」  この口調――メメルは見極められない。演技なのか本当なのか。 「どうもごあいさつにうかがいました。えーと、うち、いや私は」 「知っとるよ。リーベラント第一公女【マルティナ・シーネフォス】だろ。というか会ったこともあるわい。十何年か前だけどな」 「でしたっけ?」 「すくなくともオレサマは覚えとる。まあ、チミはずいぶんおチビちゃんだったから、記憶になくても仕方がないが」  それで、とメメルはすこし緊張を解いた口調で述べた。 「公然と学園に敵対宣言を出したリーベラントの王族がなんの用かな?」  どうしても言葉がトゲをおびるのは仕方がないだろう。 「それは」  と言いかけたもののマルティナは硬直する。 「……こんなときに……ッ!」  うめき声をあげメメルが胸を押さえて机に突っ伏したからだ。顔色は蒼白、額には脂汗が浮いている。 「学園長はん大丈夫ですか!?」  回答のかわりにメメルは右手を突き上げた。 「知ったな……! 知った、からには……」  空中から輝く輪が数個たてつづけに降り、マルティナの身を拘束する。 「無事でここを出て行けると思うな……っ!」  通常の相手なら、いや、少々腕におぼえがあっても、ここで完全に身動きがとれなくなっただろう。たとえ発作の最中であったとしても、メメ・メメルの魔法を破れる者は滅多にない。  ところが、 「いやホンマ大丈夫ですのん!? 誰か呼びましょか?」  輪がチリ紙でできていたかのようにあっさりと拘束をやぶり、マルティナはメメルに駆け寄り背をさすった。  学園長の発作が収束したのは十数秒後だった。  あまり上品ではない言葉でしばらく毒づいてから、メメルはいまいましそうに事情を明かした。 「いい土産話ができたろう、チミの兄貴たちに」 「そんなことしまへんて」  だってうち、とマルティナは満面の笑みを浮かべたのである。 「友達つくりにきましてん。学園生の!」  炊煙がゆらぎ鍋が煮え、肉の焼ける香りがただよう。  広大な学園敷地の一角、さらさらと流れる小川のほとりで芋煮会が開催されている。  受付席、と書かれた簡易デスクの向こう側から、 「学外参加のかたは、こちらにご記名をお願いします」  薄手の台帳をとりだし、【ラビーリャ・シェムエリヤ】は羽ペンとともに差し出す。 「こんなもの前はなかったと思うがねえ」  女は露骨に嫌な顔をしたが、ラビーリャはいささかも表情を変えずに言った。 「警備上の措置です」  面倒だねぇとぼやきながら、女はミミズののたくったような字で【シャ・ノワール】と書き入れた。
参加人数
5 / 5 名
公開 2021-11-23
完成 2021-12-11
リリィ・リッカルダの冒険 (ショート)
桂木京介 GM
 冬の初めと思えぬほどの、生暖かい午後は雨とともに終わった。  年寄りの忍び泣きのような小糠(こぬか)雨だ。針先のように冷たい。鎧の隙間から肌を濡らし、眼鏡の表面をしずくで覆う。  吐く息でレンズが曇り、【リリィ・リッカルダ】は懐から出した布で眼鏡をぬぐった。といってもその布もすでに水びたしなのだった。レンズには虫の翅(はね)みたいな油膜が張っており、せいぜい気休めにしかならない。  リリィ・リッカルダはローレライである。うっすら桃色をおびた乳白色の髪は、この種族特有の半液状だ。  決してすべてのローレライがそうではないが、彼ら種族は液状の髪に制限を課さず、流れるがままにすることを好む傾向がある。しかしリリィの髪は、縄目のような三つ編みに編まれていた。  見た目こそローティーンだが、光沢のある赤い鎧はリーベラント国の正支給品で、左胸に刻まれた紋様は、彼女が魔法戦士であることを示している。腰に佩くのはレイピアだ。  リリィは単身、雨をものともせずに歩みつづけていた。葉もまばらなものばかりとはいえ、林のなかを進んでいるのだ。適当な木を選んで雨宿りすることもできようが、歩み止める気はなかった。  もうすぐ。  もうすぐ、特異点にたどり着ける。  特異点とは、この世界と平行して存在する異世界に通じる門のことである。現在、正式に確認されている特異点はセントリアという小都市に存在するものただひとつであり、フトゥールム・スクエアが厳重に管理している。セントリアでは異世界人【メフィスト】の協力のもと、責任者【ハイド・ミラージュ】を中心とした研究者たちが少しずつ特異点の解明をすすめている最中だ。いつか異世界と自由に行き来できる日がくるかもしれない。  しかし異世界との往来が、すべてセントリア経由でおこなわれたものではないとも考えられている。実際、フトゥールム・スクエア学園生に顕著な異世界人たちも、セントリアなど知りもしない者が大半だった。この世界には他にも特異点があるのではないか、そう考えるのは当然のなりゆきであろう。  もうすぐ。  もうすぐで。  震える指先をこすりあわせ唇をかみ、リリィは地図を開いた。  地図の中央付近には、赤いインクで『×』の印が書きこまれている。 「あっ」  にわかに突風が吹き、地図を彼女の手から奪い取ったのだった。  地図は風に舞ったのもつかのま、籠を飛び出した小鳥のように、たちまちリリィの視野から消えた。 「リーベラントに帰れって言うの!」  リリィは悲鳴のような声をあげたが、歯を食いしばるようにして口をつぐんだ。  ちがう。  もう戻らない。戻れない。  リリィにとって故郷は、いや、この世界すべては生きづらい場所だった。芸術的なものや華美なもの、社交界あるいは肉体美を好むリーベラント人のあいだにあって、絵を描けず音楽を奏でられず、やせっぽちで地味な容姿に生まれついたリリィはいつも路傍の石以下の存在だった。好きなものは書籍で、ひたすらに本に埋もれ知識の習得につとめてきたが、詩や文学の才があればまだしも、ただ学ぶだけという生き方はリーベラントではよく言って変わり者、もうすこし具体的に言えば偏屈としかみなされない。  両親を早くに亡くし、王宮の慈善事業として養育され王に仕える身分も与えられたが、飼い殺しのような状態からようやく与えられた仕事が『フトゥールム・スクエア学園生を誘惑し引き抜け』というまずリリィ向けの使命ではなかったことからも、彼女の存在がほとんど重要視されていなかったことがわかろう。(もちろん使命は完全に失敗した)  異世界、それこそがリリィがいだく唯一の希望だ。  どこか別の世界なら、自分のような人間を受け入れてくれる場所があるはず。  ふとしたきっかけで、セントリア以外の特異点についてリリィは情報を得た。この山林のどこか、セントリアよりずっと不安定だが、異世界に通じる門があるという。民間伝承の域を出ぬ真偽の怪しい内容だったものの、これを知るや矢も楯もたまらず、装備をととのえてリリィはリーベラントを脱走した。それが数日前のことだ。  低位とはいえ近衛隊からの逃亡だ。捕まれば罪を問われずにはおれまい。身分剥奪はもちろん、収監や極刑もありえる。  戻らない。戻れない。   自分の居場所は、自分で見つける。  だから私は――異世界に行く!  頬を雨粒がすべり落ちていく。いささか乱暴に雨粒をぬぐうと、リリィ・リッカルダはまた歩き出す。  こうもり傘の表面に、びたっと茶色い紙がへばりついた。  白い絹の手袋で丁寧にはがす。  地図らしい。 「ふむ」  奇妙な男は手をあごにあてた。  いやしかしそれは手であろうか。  それに、『あご』といえるのか。  手袋はある。しかし手袋と燕尾服のあいだの空間にあるべきものがない。肉体がないのだ。雨も通り抜けていく。にもかかわらず服にも手袋にも、身が詰まっているようにも見える。  顔はマスクである。異世界人ならガスマスクと呼ぶかもしれない。溶接工がはめるような鉄の顔、両目とも黒い窓に隠れている。口にあたる場所からは、蛇腹状の管が伸びていた。  燕尾服の紳士、しかし服と服のあいだは無の空間で、顔もマスクの怪人物、その名も【スチュワート・ヌル】は、黒のボーラーハットのつばをちょいと指先ではじいた。  どうやら、自分以外にも祠(ほこら)を目指している者があるようだ。
参加人数
8 / 8 名
公開 2021-12-09
完成 2021-12-24
シングル・ベルを鳴らさないで (EX)
桂木京介 GM
「ピスタチオ食うか?」  学園長室と表現されるときもあれば学長室とされるときもある。もちろん校長室だっていい。いずれにせよここがフトゥールム・スクエア創立者にして代表者の執務室であり、彼女が一日のかなりの時間をすごす部屋であることだけは事実だ。  ドア正面の壁に大きな窓。三方を囲むのはアンティーク調の本棚や薬品棚、あるいは背の高いファイルキャビネット。重厚な執務机に肘をのせ薄笑みうかべ、窓を背にしてその人は座っている。  もちろん彼女こそ、学園長【メメ・メメル】だ。  もう一度書く。 「ピスタチオ食うか?」  その日、呼び出され夕暮れ前に【ネビュラロン・アーミット】が、最初に聞いたメメルの言葉がこれだったのである。  マホガニー材と思わしき重厚な執務机、その中央にメメルは木皿をツーッと押し出す。皿には、よくローストされたピスタチオがこんもりと盛られていた。  木皿と同じ速度で音もなく、ネビュラロンの目の前に椅子が滑ってくる。彼女は座った。  ネビュラロンはしばらく無言で皿を見つめていたが、さすがに押し黙っているのも居心地が悪くなったらしく口をひらく。 「豆、ですか」 「豆ではないぞ。ナッツの一種だ。うちの学園には豆にこだわりのある生徒もおるでな、そこらへんの区別はしっかりとつけておきたい♪」 「そうですか」  見ず知らずの他人の噂話でも聞いているように、ネビュラロンは平板な口調で応じる。  だがメメルの視線を得て、ネビュラロンは気のすすまない様子で左の手甲(ガントレット)を外し、ピスタチオをつまんだのである。 「いただきます」  全身甲冑の教師、それがネビュラロンの基本イメージだ。しかしこのところ彼女は、ヘルメットを外して生活することが多くなった。多くなったというよりは、基本、授業中以外は外しているようだ。ときとして鎧すら着ないときもある。だが手甲だけは別だ。たとえ礼装であろうと、最低でも右手首から先だけは銀の装甲で覆っている。  本日学長室にあらわれたネビュラロンは、やはり頭部以外は鋼で覆っていた。  ガントレットの右手でナッツをささえ、左手で殻をはがす。  ポリポリと音が立った。  二粒だけ豆、もといピスタチオを咀嚼して、ネビュラロンは皿を押し戻した。 「ごちそうさまでした」 「義手、具合が悪いかね?」 「いえ、別に。ピスタチオの殻を取るような細かな作業は無理ですが、だいたいのことならできます」 「そうか。困ったことがあれば言ってくれ」 「はい」  学園教師ネビュラロン・アーミットは異世界人である。  元いた世界で、彼女は右手首から先を失った。右目の横から顎にかけ、ざっくりと残る深い刀傷も同じときにできたものだ。万事反応の薄い彼女だが、落魄の身を引き受け、魔法の義手すら与えてくれたメメルには感謝の念を抱いており、そのことはメメルも承知している。互いに気心は知れているつもりだ。  だからといって、会話がはずむわけでもない。  乾いた綿でくるんだような沈黙の時間が流れた。 「えーと……」  メメルは会話の糸口をさがすように、視線をさまよわせ頬をかく。  ネビュラロンは黙して待つ。その気になれば一ヶ月でも無言の行ができるネビュラロンである。  もう何秒かしてようやく、メメルは咳払いして告げた。 「……ピスタチオを食べると、酒がほしくなるのう」 「かもしれません」 「一杯やっていいかね?」  メメルは机の下から、大瓶を引っ張り出してごとりと置いた。透明の液体が四割くらい入っている。 「ご随意に」  これが【コルネ・ワルフルド】だったら、「いま仕事中でしょ!」とか「アルコール依存症になりますよ! ていうかもうなりかけ!」とか怒鳴って酒瓶をひったくるところであろう。やりやすいなあ、とメメルは内心つぶやいた。  メメルは戸棚からショットグラスをふたつ出す。 「ネビュラロンたんも飲(や)るかい?」 「いえ自分は」  と彼女が返事するに先んじて、早くもメメルはふたつの盃を満たしている。 「乾杯」 「……どうも」  ため息してネビュラロンは杯を手にして一口アルコールを口に含み、 「!」  振り子のごとく全身を仰け反らせ前に倒した。 「なんですか、これは!?」  ネビュラロンらしからぬ反応である。メメルはニヤニヤして、 「ウオッカだが?」  早くも二杯目を手酌し、愛おしそうに香りを嗅いでいる。 「まるで劇薬です」  ネビュラロンはグラスを執務机に置き手を触れようとしない。頬が赤いのは驚いたせいばかりではないだろう。 「それで、お話というのは」 「もうすぐクリスマスだな☆」  言いながらもう、三杯目にとりかかろうとするメメルである。 「そのようですが」 「独り身(シングル)にはこたえる季節と思わんか」 「思いません」 「ジングル・ベルならぬ『シ』ングル・ベルなんつって」 「上手いこと言った、みたいな顔をしないでください」  やけに冷ややかに聞こえた。  それで、とメメルは前のめりになる。 「聖夜に先駆けて、独身者お見合いパーティーをしようと思ってな」 「もう帰っていいですか」 「それも今夜」 「今夜は急用が」 「悪いがもうエントリーしておる。ネビュラロンたんも☆」 「どんだけ聞いてないんですか人の話」  私と、とネビュラロンは一拍おいてつづけた。 「見合いだのパーティだのしたい人がいるとは思えません」  ネビュラロンにしては饒舌なのは、アルコールのせいかもしれない。 「よいではないか。皆でいい衣装(おべべ)着てメイクして♪」 「……で、そのさらし者になるのは他に誰がいるんですか?」  さらし者とはキビしい言い方よなあ、とボヤいてメメルは指折りしてつづける。 「たくさんおるぞ。もちコルネたんもな。そもそもはコルネたんへの罰ゲー……イベントとして考えたものであるし。教師陣に学生たちにそれに……」 「学園長は?」 「オレサマはホレ、主催者だから高みの見物するだけであるぞ」  しれっと告げたあたりからして、どうやらメメルの本心らしかった。  いいでしょう、と言ってネビュラロンはショットグラスに手を伸ばす。 「学園長もさらし者になってくださるのであれば、参加します」 「マジ!?」  ボンと爆発音がしそうなほど一気にメメルは赤面したのである。 「オ、オレサマ超恥ずかしいんですけど! ていうか平均年齢あげまくりになりそうだし泥酔できんし困るんだが……」  ネビュラロンは無言でグラスを傾け、冷たい炎のような液体を喉に流しこんだ。
参加人数
4 / 4 名
公開 2021-12-21
完成 2021-12-30
燃え上がれ、燃え上がれ、燃え上がれ元ッ旦 (EX)
桂木京介 GM
 本日の【コルネ・ワルフルド】は振袖姿、白地に踊るは牡丹と蝶で、帯も金色のあざやかな装いだ。結った髪にかんざし挿して、やや内股で前に出る。  ええと、と頬をかいてコルネは言った。 「明けましておめでとうございます。体調不良の学園長に代わってー……代行で乾杯の音頭をとりますワルフルドです。旧年中はお世話になりました。えー、今年もよろしくお願い申し上げますっ。星マーク!」  星マーク? と怪訝な顔をする列席者たちを見てうろたえ気味に、コルネは手元の紙に視線を落とした。 「先生、思うんですが」  かたわらの【イアン・キタザト】が耳打ちする。 「その星マークは、『元気に読め』っていう意味ではないかと」 「あっ」  合点がいったような顔で、ふたたびコルネは宣言した。 「今年もよろしくお願い申し上げますっ☆ では乾杯!」  乾杯の声が唱和する。コルネはグラスを掲げると、泡立つ大ジョッキに口を付けた。白い陶器製、自分の顔ほどもあるメガジョッキである。持ち上げるだけで難渋しそうな逸物であるにもかかわらず途中で息つくこともなく、咳止めシロップみたいに軽く空けてしまった。  ぷはぁと口をぬぐうコルネに、イアンはいささかあきれ顔だ。 「先生いきなり飲みすぎでしょー」 「いやぁ、急に挨拶の代理まかされたもんで、緊張してノド乾いちゃって♪」 「お酒はほどほどに、ですよ。先生、お見合いパーティでも痛い目にあったみたいですけどー」 「あー……あれは、失敗でした。なので今日は、これ一杯ですませますんで」  その一杯がデカすぎるよね? と思った様子だがイアンは特にコメントせず、自分のグラスを手にする。  改装したばかりの学園内講堂は、床も天井もぴかぴかだ。せっかくなのでということで、今年の教職員新年会はこの場所での立食パーティとあいなったのである。これまで学食や、こぢんまりした山小屋で行っていたものと比べると規模が段違いだった。 「学園長の思いつきで、雪ふってるのに屋外開催ってこともありましたよねー。雪のうえにゴザ敷いて」  あれは寒かったとコルネは首をすくめたが、はからずも出てしまった名前に、数秒間会話は絶えることになった。  ようやく、イアンが言った。 「……学園長、大丈夫なんでしょうか?」  のほほんとしていた表情が曇っている。 「うん、まあ、大丈夫って言ってますけど。本人は」  毎年恒例の教職員新年会は、【メメ・メメル】がはりきって幕を切るところからスタートしていた。  ところが今年はそのメメルが欠席しているのである。あえてコルネに訊く者はないが、メメルの体調不良が原因であることはすでにあきらかだった。 「オレサマはたしかにフトゥールム・スクエアの創立者であり代表者でもあるが、学園そのものではない」  今朝、例の発作にうめきながらメメルがコルネに告げた言葉だ。 「だから行事はいつも通り進めてくれ。会場でオレサマが急に倒れたりすれば、おめでたいムードに水を差すからな……」  いつもいる人がいるべき場所にいないのだ。火が消えたようとまでは言わなくとも、一抹の寂しさがあることは否めない。  でも、お葬式みたいに悄然としろとメメルは言っただろうか? いや、大いに騒いでくれと言ったではないか。だからコルネは、うんと明るい声を出すのだ。 「でも今年はその分、教職員だけじゃなく学生も入れたパーティですからねっ♪」   会場を見わたす。例年、教職員に限っていた新年会だったが、今年は講堂という大きな会場を使うということもあり、帰省していない生徒、そもそも帰省先がない生徒も招いたのだった。なので会場はたくさんの姿で賑わっている。  コルネ同様振袖で【フィリン・アクアバイア】が華を振りまいている。薄いブルーの絹が美しい。  どこで仕立てたの? と訊きたくなるほどゴージャスなロイヤルレッドのドレスで高笑いしているのは【ミレーヌ・エンブリッシュ】だ。ミレーヌは宝石がじゃらじゃらついた扇子を手にしてしきりに扇いでいる。周囲がいささか引き気味なのも彼女らしい。  いつもの服装と大差ないが、胸元に白百合のコサージュを足しているのが【キキ・モンロ】の『おめかし』のようだ。例によってキキは色気より食い気、ガツガツ音がたつほど旺盛な食欲を発揮していた。  キキよりもっといつも通りなのは【サラシナ・マイ】で、まるっきり普段着で談笑している。相手の【エミリー・ルイーズム】がきっちりイブニングドレスを着ているのとは対称的だった。  チーズフォンデュにおっかなびっくり手を伸ばしている(食べたことがないらしい)のは【フィーカ・ラファール】で、壁際のチェアで早くもうたた寝をはじめているのは【テス・ルベラミエ】である。【パルシェ・ドルティーナ】と【ルシファー・キンメリー】は仲良く一枚のピザを分け合っていた。(ただし割合は2:8くらいだが)  珍しい組み合わせもあった。【ラビーリャ・シェムエリヤ】と【ネビュラロン・アーミット】だ。そもそも無口なふたりなので、テーブルを挟んで向かい合ったまま特に何も話していない。ただ、ふたりの間には丼に入った奇妙な食べ物が湯気を上げているだけである。豚骨ラーメンだった。しかし、麺の上に大きなプリンが乗っている。チャレンジ精神旺盛なメニュー『甘旨豚骨ラーメン(プリンラーメン)』というものらしい。 「……」  無言でラビーリャは丼を押し出した。 「……」  無言でネビュラロンは受け取った。  そうこうしている間にイアンは、【ゴドワルド・ゴドリー】を見つけ絡みに行ってしまった。ゴドワルドは迷惑そうだが、イアンは至って楽しげだ。  会場を眺めふと思い出したように、 「そういえば、リーベラントのほうはどうなってるかなあ……」  ぽつりとコルネはつぶやいた。  たまたま通りかかった【リリィ・リッカルダ】が、それこそ子ウサギのようにビクッと反応する。 「私! ……の話ですか……?」 「あ、いやいやいやキミの話をしてるわけじゃないからね! ひとりごとひとりごと~」  今日は、ローレライ国家リーベラントでもニュー・イヤー・パーティが行われているのである。  幾度かの衝突と交流を経て、ようやくリーベラントとは雪解けムードが形成されつつあった。公女【マルティナ・シーネフォス】から『非公式かつ友人として』招待を受け、修好のため学園代表としてリーベラントにおもむいた生徒もいるはずだ。  謹賀新年!!  魔王が滅びて2022年目の年が明けた。熱く燃え上がるような一年になるだろうか!?  君のお正月をおしえてほしい。  学園の新年会に参加し、友人や教職員と交流を深めているのだろうか?  帰省して地元でくつろいでいるのだろうか?  リーベラントの新年会に招待され、緊張しつつ学園代表の任を務めているのだろうか?  それとも、自己鍛錬に精を出しているのだろうか?  正義の怒りをぶつけろ、元旦!(唐突に)
参加人数
8 / 6 名
公開 2022-01-06
完成 2022-01-25
【領地戦】特異点の彼方へ - セントリア防衛 (マルチ)
桂木京介 GM
 膝が体を支えきれなくなり両手を地につける。  バランスを崩し【ネビュラロン・アーミット】は顔面から地面に激突した。死にかけた黄金虫のようにもがく。  駆け寄り彼女を助け起こした学園生は自分の目を疑った。  ネビュラロンの顔にあったのは――恐怖だった。 「先生、しっかりしてください!」  声をかける。だが返ってきたのは言葉にならない、けだもののような吼え声だけだった。  抱き起こされた姿勢のまま、ネビュラロンは両手で顔を覆った。いや、覆おうとした。しかし右手首から先がない。 「先生、気を確かに! どうしたんですか!?」  力強く揺さぶると、ようやくネビュラロンは学園生に応じた。 「……ここは」 「ここは、どこなんです?」 「ここは私が、生まれた世界だ」  途切れ途切れに告げると、ネビュラロンは薨(こう)じるかのように気を失った。  * * *   異世界への門『特異点』を中心とした研究都市がセントリアだ。  現在、特異点は『異世界転移門(トランスゲート)』という形で実用段階に移行しつつある。先日も短い試用が行われたばかりだ。  この日、セントリア付近に魔王の軍勢が集結していた。  有象無象からなる魔王の先兵が黒い群れを成している。猛獣と猛獣使いの組み合わせもあれば、半獣半人のようなジャバウォックも唸り声をあげている。わずかな食料と引き換えにかり出されたゴブリンたちは、退屈したのか仲間同士で小競り合いをはじめている。うち一匹が目の前を横切ったのを、邪魔だと言わんばかりにトロールが蹴り飛ばす。学園では移動手段として好まれるグリフォンの亜種が、猫のような目を細め爪で地面をひっかいている。沼沢地からかり出された蛟(ミズチ)の集団は、貸与された真新しい盾と槍を構えているものの不服そうな表情は隠せていない。  混成、それも無理にかき集めたような様相だ。ただし数は多い。千とは言わずとも、兵士数百に匹敵する規模といえよう。  この一団の先頭にあって、 「ふむ」  あごに手を当て、奇妙な紳士はつぶやいた。  いやしかしそれは『手』であろうか。  それに、『あご』といえるのか。  紳士風ではある。少なくとも服装は。ひろげれば雨傘にもなる長いステッキ、蝶ネクタイに燕尾服、靴も光沢のある本革だ。高級感のあるボーラーハットも頭に乗せている。  しかしやはり奇妙だ。  紳士には肉体がないのだから。  手袋、燕尾服にスラックス、靴、いずれも中身はあるように見えるが、袖口と手袋の間、あるいはシャツと顔の間、いずれの空間も無なのである。  顔にしたって、溶接工が被るような鉄面なのだ。フルフェイスで両眼は黒い窓、口の部分から蛇腹状の管が垂れている。  彼は【スチュワート・ヌル】と名乗っている。 「数は揃いましたな」  ヌルのつぶやきに対し、ケッ、と唾棄するような口調で応じた者がある。  まっすぐ立てばきっと長身、ヌルに並ぶほどの背丈があるだろう。  けれど彼女【ドクトラ・シュバルツ】は極度の猫背なので実際のところはわからない。目鼻立ちは美しいほうに入るはずだが、五日も寝ていない人のような目の隈、病人のような顔色とあいまって不気味な印象しなかった。なのに唇ばかりはやけに赤い。 「こんなモンが戦力になるもんかね。烏合の衆さ」 「ふむ」  ヌルは否定しない。 「しかれどひと月も前であれば、この半分を集めるのにも苦労したことでしょう。勢いは急速に増しているのです。わが魔王軍の」 「……『わが』?」  シュバルツは片眉を上げた。 「失敬、『われらが』でしたな」  返事のかわりにシュバルツは鼻息して、手に持ったチキンの丸焼きをバリッと食いちぎった。生焼けもいいところで血液すらしたたっているが、まったく気にしていないらしい。  食えない奴だね――とヌルに言う代わりにシュバルツは白衣で口元を拭った。タイミングが違えば、『わが』とうっかり口にしたのは彼女のほうだったかもしれない。 「口を慎め!」  ヌルの顔面が吹き飛んだ。地面にマスクが落ちる。体(といっても服と手袋、靴だが)はワンテンポ遅れてマスクを追った。  丸々と太った長髪の男が、眼鏡の位置を直しつつヌルを見おろしていた。 「『わが』でも『われらが』でもないのだよ、ヌル君。『偉大なる魔王様の』魔王軍だろう?」 「手厳しいですな、ガスペロ殿」  頬を押さえつつヌルは男を見上げる。  男は【ガスペロ・シュターゼ】という。現在は髪を長く伸ばした中年男の姿をとっているが、実体はガスのような気体であり、人間に寄生してその肉体を仮の肉体として用いる。 「もちろん、シュバルツ君もな」  シュバルツは返事をせず、腕をさすって肩をすくめた。 「さて諸君!」   ガスペロはニタリと頬を緩めた。 「連中のくだらない企みを粉砕する必要があることは理解しているだろう? この世界の住民を異世界に一時避難させ、魔王様の力の源である『恐怖』の供給を止めようというのだからね。とんだ法螺話に聞こえるが、たしかに卓越した発想ではある。異世界転移門は破壊しなくてはなるまい!」  御意とヌルは答え、シュバルツは黙ってチキンの残りを口にほうり込んだ。  ガスペロは言う。 「軍を二手に分けよう。一方はヌル君、一方はシュバルツ君が指揮を執る。どちらが先に異世界転移門を破壊するか見物だね」  * * *   この規模の魔王軍がセントリアへ侵攻をかけたのである。  無論、規模が規模だけに奇襲とはいかなかった。  フトゥールム・スクエアを中心とする対魔王陣営は一団となって横合いから攻撃をしかけ、魔物の群れに少なからぬ打撃を与えた。  しかしセントリアは平地の街であり守るには適さない。残念ながら攻撃を防ぎきれず、ヌル、シュバルツはいずれも少数の精鋭を率いて研究施設に侵入、特異点に迫ったのである。  先に異世界転移門へたどり着いたのはヌルだった。  門を守る最後の壁たるべく、学園生たちはヌルに立ちはだかった。その中には、教師ネビュラロンの姿もあった。  肉体を持たぬ紳士はこれを目の前にしても動じず、悠然と上着のポケットに手を入れた。 「私は先日、古代の祠(ほこら)で素敵なものを見つけましてね」  キラリと輝くものを、ヌルは手袋でつまみ上げる。 「見えますか? 鏡の破片のようですね。どうやら特異点のかけら、あるいはキーではないかと……」  言いかけたところでヌルの姿は消えてしまった。  ネビュラロンも。  学園生たちも。  異世界転移門が突如として目を覚ましたのだ。  異世界転移門を中心として、まばゆい光が場に満ちた。  光に包まれた者は、一秒の千分の一に満たぬ時間で世界の壁を乗り越えた。  * * *   君は今、気を失ったネビュラロンを介抱しているのだろうか。  それとも、この不思議な世界を呆然と眺めているのだろうか。  まったく見覚えがない光景だ。都市部のようである。高い建物が佇立している。建物は大量の窓に陽光を反射し、きらきらと燐光を放っている。気味が悪いくらい清潔だ。人の気配はない。  やがて君は知るだろう。ここは地上ではなく巨大な船の上だと。  しかもこの船は空を飛んでいるのだと!   あるいは君は、魔王軍を蹴散らし異世界転移門に駆けつけたところかもしれない。  一瞬の光が見えた。  しかし異世界転移門に到着しても、そこにはすでに誰の姿もなかった。  石柱が円環状に建ち並び、沈黙をたたえている。  この場所には数人の学園生が護衛として残っていたはずだ。彼らはどこへ消えたのか?  探している時間はなさそうだ。魔王軍の新手が、この場所に迫りつつあったのだから。
参加人数
12 / 12 名
公開 2022-01-18
完成 2022-02-07
【泡麗】rivalizar - 完結篇 (EX)
桂木京介 GM
 無茶しおって――と言ったまま【メメ・メメル】は、継ぐべき句を見失った。  ベッドの縁に顔を近づけ、怒鳴らずとも静かな怒りと、涙こぼさずとも痛いほどの悲しみをこめて言う。 「クラルテ! チミは病人だろうに! 病人ならじっとしておれ。用向きがあるならオレサマがリーベラントに出向いたのだ」  メメルの言葉は厳しいが、目にはぬぐいきれぬ寂寞がある。メメルにとって数少ない友、そのひとりにはもう、時間がほとんど残されていないことは明白だった。 「それは違うぞメメル殿」  かすかに唇をゆがめた。それが現在、リーベラント国王【クラルテ・シーネフォス】のできる精一杯の笑みのようだった。  痩せ衰えた体、肌はくすんで生気がなく、瞳孔の色すら薄らいでいる。ローレライ族の特徴たる流体の髪も、涸れた用水路のように干からびていた。かすれ声でクラルテは言う。 「依頼とは、頼む側がおもむくもの。一国の代表であればなおさらだ」 「この期におよんで堅苦しいことを」  だがクラルテらしい、とメメルも眉をしかめ苦笑するほかなかった。  病身をおしてクラルテは、わずかな随臣とともにフトゥールム・スクエアを訪れたのだった。  グリフォンを使おうとも短い距離ではない。途上昏倒すること二度、それでもクラルテは学園にたどり着き、学長室の門を叩いた。しかしもう立つことすらかなわぬ状態だった。簡易の寝台が用意されている。国王は横たわったままメメルと対話するにいたったのである。  海洋国リーベラント、その人口の九割近くはローレライである。リーベラントは事実上、ローレライ勢力の代表といっていい。  クラルテは国王だが病のため引退状態にあり、現在はその息子【アントニオ・シーネフォス】が代王として王座にあった。  先日、代王アントニオは対魔王陣営の主導権をとると表明、フトゥールム・スクエアに敵対宣言を出した。  最初は威勢がよかった。学園に対し、何度か工作をはかったものである。しかし身の丈にあわぬ虚勢をはった重圧からか心を病み、代王の職務を弟の【ミゲル・シーネフォス】に任せアントニオは表舞台から姿を消した。  ミゲルもアントニオに同調し、反フトゥールム・スクエアの旗幟を鮮明にしていた。だが自身学園生と接触し、妹の【マルティナ・シーネフォス】の口添えもあってミゲルは考えを改めた。一気に方針を転換し、学園を中心とした対魔王同盟を復活させようと動いたのである。  学園とリーベラントの対立は解消されつつあったのだ。雨降って地固まるのたとえのように、むしろ以前より強固になる望みもあった。  しかし、クラルテのもたらした報はこの動きとは正反対の内容だった。 「我が子アントニオが一党を率い、タラントにたてこもった……!」  タラントはリーベラント南の果て、魔王大戦以前からつづく巨大城塞だ。反フトゥールム・スクエアの一党を率いたアントニオは、『我こそ正統なるリーベラント王である。学園に惑わされた弟ミゲルを誅し、対魔王軍の盟主たらん』と告げ反旗をひるがえしたという。 「今さらそんなことをしてどうする!? なんつうアナクロニズムだアホウめっ!」  メメルは唇を噛んだ。言い過ぎたと思ったのかもしれない。病人クラルテに向かって、その息子をののしったのだから。  だがクラルテは力なくつぶやくだけだった。 「すまぬメメル殿……これすべて我が不徳の致すところ。余は親としてあまりにも、愚かであった」   リーベラント兵同士が争えばそれすなわち内乱である。内乱だけは避けたいとクラルテは言い、目に熱いものを浮かべた。  わかった、と短くメメルは回答した。  ◆  昨年末ごろより代王アントニオはふさぎがちになり、自害すらほのめかすような状態におちいった。学園に対抗の動きに出たものの、ことごとく失敗し心が折れたため――とは巷間の噂だが、実際の原因はわからない。  アントニオが退位を表明し、療養のため王都を離れたのは事実である。  その彼が突然、付近の反フトゥールム・スクエア勢を糾合しタラントに籠城したのはどういうわけか。  リーベラント王宮、学園生たちを前にして、 「ありえん!」  マルティナは断言した。 「アントニオ兄はんとうちはそない親しなかった。けど、そんなうちかて、あん人がそないなことする人やとはどうしても思えん」 「だとすれば」  学園生の一人は言いかけて黙った。それ以上の言葉は必要なかった。  この状況を望む勢力があるとすれば、ただひとつだ。  ◆  タラント城塞は規模巨大であり、多数の兵を駐屯させることができる。  しかしいかんせん古すぎる。なかば破棄された場所なのだった。魔王大戦前から使っている城壁にはほころびがあり、修築するにも長い時間を必要とする。現在アントニオの元に参じた兵数はけっして多いとはいえず、兵站という意味でも、長期の籠城はまず不可能だろう。  だがリーベラントの世論はなお二割、多く見積もって三割はアントニオの主張を支持しているという。同じ考えの者がタラントに集結すれば一大軍勢になることは必定だ。そうなればもう、内戦を避けることはできない。  タラント。夜――。  各地からの支援、リーベラント本国の動向など報告を受けたアントニオは黙って席を立った。顔色は蝋のように蒼白、足取りも幽鬼に似て、周囲の者たちを不安がらせた。  しっかりしてほしいという本音を押し殺し、味方勢を鼓舞する言葉を、と求めた配下もいたが、 「下がれ」  一言、アントニオに拒絶されている。  アントニオは仮の寝所へと入った。 「何者か」  灯をいれるより先に、アントニオは目を凝らして奥の間を見つめた。 「【マグダ・マヌエーラ】にございます」  マグダは膝をつき最敬礼の姿勢をとった。月光に照らされる蜂蜜色の髪、妖しいまでに美しき容貌。夜陰にまぎれ潜入したのだろう。黒装束に身をつつんでいる。 「陛下による突然の行動に、クラルテ陛下、ミゲル、マルティナの両殿下……いずれも惑うことしきり、一度兵をおさめ会談をもちたいとのお話です。どうか……」 「無駄だよ」  せせら笑う声が右側面から聞こえた。瞬時にしてマグダは立ち腰の剣を鞘走らせる。 「アントニオちゃんはもう、私の傀儡(操り人形)だからね」  ――いつの間に!  マグダもリーベラントでは名の知れた剣士である。そのマグダの真横、数歩の位置に女が立っていたのだ。気配はまるでなかった。  かなり若い。切れ長の目に碧い瞳、長い髪は紫がかったプラチナだ。頭頂にはほぼ三角形の、ピンと尖った一対の耳が見える。白狐のルネサンスなのだ。尾は九本もある。牡丹と炎柄の真っ赤なドレスを着ていた。ヒール履きだ。 「ハロー、私はエスメラルダ、略してエスメでいいよ」  魔族【エスメ・アロスティア】はうふふと笑った。 「魔王軍か! アントニオ陛下をたぶらかし……」  マグダの言葉は途切れた。  マグダは両膝をつく。信じられないという表情で、自身の腹部に視線を落とす。  鋭利な刃物が突き刺さっていた。いや、それはエスメと名乗った女の尾だった。蜘蛛の長い脚のように伸び、マグダを貫いたのだった。  マグダは全力で体を引き尾を抜いた。喀血する。すさまじい痛みが走ったがうめき声ひとつ漏らさず、 「その首、死に土産にいただく!」  叫び床を蹴った。  これがマグダの、人生最後の跳躍となった。  エスメの尾は放射線状にしなりマグダを襲った。  マグダの右胸に刃が突き刺さる。続いて腰。  そして額。  窓が破れ、マグダの体は城塞外の闇へと落ちていった。
参加人数
6 / 6 名
公開 2022-02-05
完成 2022-02-24
春遠からじ~個人面談ファイナルシーズン (EX)
桂木京介 GM
 毎朝毎夕寒いのだ。とても。  教室にはストーブが入っている。両手をかざして火にあたっているのは【コルネ・ワルフルド】だ。 「おっとと☆」  ドアがスライドする音に驚いて、コルネは椅子ごと一八〇度回転して向き直った。 「は……早い登場だねっ!?」  コルネは机の上の資料入れを手にして慌ててペラペラとめくった。探しているのだ。きみの名前とプロフィールを。  きみはいささか恐縮しつつコルネに答えた。うっかりして、と言ったかもしれないし、楽しみなあまりつい、と言ったかもしれない。あるいはもっと別のセリフかも。  いずれにしてもコルネはうんうんと聞いて、資料をめくる手を止めた。 「じゃ、はじめるとしようか♪」  笑顔で告げるのである。 「個人面談を!」  魔王軍の動きが気になる今日このごろだが、フトゥールム・スクエアは学校、例年の個人面談はちゃんとある。  コルネはぐいと身を乗り出す。きみとの距離は机一枚をはさんだだけだ。  なんだか、いい匂いがした。  ◇ ◇ ◇  きみはトレーを持って学食の列にならんでいる。  ローレライ国家リーベラントからの敵対宣言、おなじくアークライト集団との対立は、いずれも望ましい結末に収まった。ベストな解決ではなかったかもしれない、課題も残った。それでも、ベターな幕引きと言っていいのではないか。  以上にとどまらない。異世界、霊玉、魔王軍、学園長【メメ・メメル】の不調……ここ数ヶ月、フトゥールム・スクエアをとりまく状況は本当に目まぐるしい。  それでも学園生活はつづいており、授業もあれば空腹にもなる。当然、ランチタイムもある。  だからきみはこうして、午前中の授業を終えて学食の列にならんでいる。変わらない日常だが、その変わらなさにこそ落ち着く。  カレーにしようか定食がいいか、そんなことをぼんやりと考えていたとき、 「ここのオススメて何やのん?」  背後から呼びかけられ、きみはふりむいてギョッとする。 「来てもた」  はにかみ笑いを浮かべているのは、畏れ多くも(と、あえて書く)リーベラント公女【マルティナ・シーネフォス】ではないか。トレーを手にしてきみのまうしろにいた。 「こういうとこ一度来てみたかってん。なあ、一緒にご飯にせえへんか?」  屈託なくマルティナは言うのだが、きみにとってはなかなかの課題だ。  果たしてきみは、彼女を無事エスコートできるだろうか。  ◇ ◇ ◇  冬来たりなば、と世に言う。春遠からじと。  たとえ極寒の季節であっても、かならず春はやってくるというたとえだ。  フトゥールム・スクエアをとりまく状況は楽ではないかもしれない。けれど打開の未来はあるはずだし、今このときにだって、希望の萌芽は見えているのかもしれない。  個人面談の時間だ。きみと、その人の。  願わくば、春の気配があるものにしたい。  さしむかいで話したい相手は誰だろう。  教師である必要はない。上級生でも、後輩でも。異国からの客人でも。  その人と語り合おう。  あるいはきみの胸の内をあかそう。
参加人数
8 / 8 名
公開 2022-02-26
完成 2022-03-15
さようなら怪獣王女~霊玉のゆくえ (EX)
桂木京介 GM
 老人の名を、仮に【ガリクソン】(八十歳)としておこう。  ガリクソンは行商人である。両天秤のかごをかつぎ毎日のように、峠を越えて荷を運ぶ。杉の古木のような細い体だが、身は鉄芯がはいっているようにまっすぐで靱(つよ)い。腰は曲がるどころか若者よりしゃんとしており、よくしなる鞭のようにきびきびと歩む。けれどさすがにこのごろは一息での山越えはきつくなった。なのでガリクソンは途中でいつも、見晴らしの良い中腹にて小休止をとることにしている。  今日も通例通りお気に入りの平らな岩に腰を落ち着けたところで、ガリクソンの顔に笑みがこぼれた。 「いつぞやの嬢ちゃんか」  彼の眼前の茂みから、小さな人影がまろび出たのだった。  十歳くらいの童女(わらわめ)だ。桃色のガウンに金のベルト、やはりゴールドのまぶしいブーツ、頭には王冠が載っている。  ガリクソンは知っている。【怪獣王女】というのだそうだ。本名は略して【ドーラ・ゴーリキ】らしい。  前回彼が遭遇したときとは、まるで様子が異なっていた。前はもっと、大胆不敵の勢いだった。けれども今日の怪獣王女は、塩もみした水菜のようではないか。 「この前は……すまなんだ」  申し訳なさげに王女は言った。以前少女はガリクソンに対し、言いがかりをつけ狼藉をはたらいたことがあった。 「気にせんでいい」  寛大にも老人はそう答えた。 「事情は聞いた。それより探し物は見つかったのかい?」  あるにはあったと王女は言う。 「あのときは本当に、暴れてすまなんだ」  ふたたび深々とドーラは頭を下げたのである。  老人はふおふおと笑った。 「わしも若い時分は荒(あら)くれておったものじゃ。怒ってはおらんよ」  どうして今になって、とガリクソン老人はたずねた。 「パパ上の教えを思い出したのじゃ。自分のあやまちを認めることができるかどうか、それが人間の価値を決めると」 「そうかね」  老人はうなずいたが、今度は笑ってはいなかった。 「……お嬢ちゃん、ひょっとするとあんた、早まったことをするつもりじゃないのか。たとえば、この世からおさらばするとか」  目が光る。老人はドーラの口調からただならぬものを感じ取ったのである。  ドーラが身をこわばらせるのがわかった。 「理由は、後で聞く。相談にも乗ろう」  老人は立ち上がるともろ肌脱ぎ、筋骨隆々たる肉体をさらす。 「じゃがまず、愚行を止めねばなるまい」  ガリクソンの眼前に炎の柱があがった。天に届かんばかりの高さだ。爆発的な熱風にガリクソンは吹き飛ばされ、錐揉みしながら宙を舞う、たっっぷり一秒ののち彼は、十数歩先の地に背をしたたかに打ち付けたのである。 「近づかんでくれ」  ドーラは小さな卵を、何気なく放っただけだった。 「わちきは自分でかたをつける」  老人は彼我の実力差を悟った。無念だが自分にあのお嬢を止めることはできまい。  今自分にできるのは、危機を勇者の学校――フトゥールム・スクエアに知らせることだけだろう。 「嬢よ爺に聞かせよ! 何処(いずく)に向かう!?」 「……ズェスカ」  ドーラは背を向けた。炎のむこうに遠ざかっていく。 ●  店先にさがる提灯(ちょうちん)には、『そば』の文字が筆でしたためられていた。  提灯はやぶれ、あんぐりと口をあけた物の怪のようになっている。  戸を開けたところで内部は無人である。テーブルには灰色のホコリがたまり、丸椅子とのあいだには網のように蜘蛛の巣が張っている。  半人半獣、そう呼ぶしかない男がよろめきながら店に入った。怪異は右半身にとりわけ顕著だ。腕や首は銀色の毛皮におおわれ、右目は狼のそれである。伸び放題の頬ひげが体毛と一体化していた。  男は椅子につまづき、大きな木のテーブルに倒れこむ。  うつろな目で天井を見上げたまま、【ルガル・ラッセル】はかすれ声でうめく。 「このまんまケダモノになっちまうくらいなら」  くたばっちまうほうが、と言いかけて目を閉じる。  長らく食事を取っていない。飢えと体の痛みが、かろうじてルガルに理性をとどめていた。  記憶が定かではない。わからない。どうやってこの地――ズェスカにまでたどりつくことができたのか。  ズェスカはかつての観光地だ。乾燥地帯にあるにもかかわらず天然の温泉が湧き、観光客むけの宿がつらなって小さな街を形成していた。それなりに賑わっていた時期もあった。  しかし時代がすすむにつれ、地道な調査や掘削によって世界各地に温泉地は増えた。ズェスカは都会から遠く、同じ温泉地でもトルミンのような歴史もなく、そもそも温泉以外の目玉にとぼしいこともあって近年は急速に寂れつつあった。  数ヶ月前、その温泉が枯れたことにより街は完全に息の根をたたれた。街の住民はすべて土地を離れ、廃墟だけが残されたのである。  怪獣王女ドーラ・ゴーリキが火の霊玉を入手したのはズェスカの地だ。現在、闇の呪いで獣化のすすむルガルには、どうしても火の霊玉が必要だ。呪いを中和し消し去るためには、無限とも言われる霊玉の魔力を受けなくてはならない。  バグシュタット、トロメイア、フトゥールム・スクエア周辺からレゼント、アルチェにグラヌーゼ……ルガルはドーラの足取りを追った。だがいつも見当ちがいだったり、近づくことができたとしても、すんでのところで追いつくことができなかった。  しかし今度こそ望みはある。ドーラらしき少女がズェスカ近郊で目撃されたのだ。  ここはすべてのはじまりの地だ。ひとめぐりして元に戻ったとも言える。  奪う。  娘から火の霊玉を奪う。  生きるためだ。ことによればひきずり出さねばならないだろう。生温かな血にまみれた心臓を。  自分にそれができるか、まだルガルにはわからない。 ●  最初に言っておく、と【ガスペロ・シュターゼ】は言った。 「私は君を信用していない。エスメラルダ・アロスティア」 「あーら」  魔族【エスメ・アロスティア】はうふふふと笑った。 「結構ですことよ、おばさま」  扇子を口元にあてニヤニヤした表情を隠す。扇子は孔雀柄だがエスメ自身も、クジャクのように派手な身なりである。牡丹と炎柄の真っ赤なドレス、拳ふたつ分ほども高さのあるヒール履き。長い髪はプラチナで、ところどころオレンジのアクセントを入れている。狐のルネサンスだが異様な部分があった。尾が九本あるのだ。 「おば……!」  ガスペロが怒りのこもった目をむけるも、エスメは悠然とこれを受け流した。 「無礼な呼び方はやめてもらおう」 「事実ですことよ」 「無礼だ」 「じ・じ・つっ」  ガスペロは拳をにぎりしめるも、内輪もめする愚を悟ってか行使は控えた。  紫のローブを着たガスペロは、でっぷりと肥った中年女性の姿をしていた。ガスペロの本体は黒い霧のような気体であり、力をふるうためには依代(よりしろ)となる人間の体を乗っ取らねばならない。だが適性のある相手でなければ定着できず、すぐに抜け落ちてしまうのだ。セントリアでの敗北後ようやく見つけた適性のある肉体が、辻占い師をしていたこの女性だったのである。 「……究極の目標は異なるだろう。だが魔王様の復活を目指しているのは同じだ。それまでは、協力しあう必要があると思わないかね?」 「同意しますわ」  強い風が吹いている。黄色い砂ぼこりが舞い、薄黒い廃墟の表面をなでている。    エスメは鼻を動かし、かたむいた家のひとつに視線をすべらせた。戸口が開け放たれている。  軒先に破れた提灯がかけてあった。『そば』と書かれている。
参加人数
6 / 6 名
公開 2022-03-16
完成 2022-04-06
どこへもかえらない(メメルの旅路) (EX)
桂木京介 GM
 どうぞー、と言ってドアを開けたのはヒゲの紳士だ。  紳士といっていいだろう。いささか珍妙な紳士ではあるが。  ヒゲといっても頬やあごはつるつるで、生えているのは鼻の下のみ、ところがこれが立派というか立派すぎるというか、細く長く左右に伸びて、バンザイするみたいに斜め上方に飛びあがっているのだ。顔からはみ出ているあたりが実にストレンジである。先日ヒゲは左右に伸びてカールしていた。本日はバンザイスタイルだ。くわえて彼は髪をオールバックにしており、後ろ髪がライオンみたいになびいていた。服はスーツにネクタイである。  この紳士【メフィスト】は、異世界からやってきた貴人にして奇人、しかし飄々としているが、異世界転移門の開発にたずさわり、複数の異世界とこちらの世界の橋渡し役をつとめるなど、最近の情勢をかたるうえで不可欠の存在である。  きみたちが驚いたのは、学園長室の扉のむこうにメフィストがいたことではなかった。  驚いたのはドアの開き方だった。  平常なら『ほれ』だの『入れ』だの、おおよそエレガントとは言えぬ部屋の主からの呼びかけとともに、ドアが内側にすうっとひらくのが基本だった。ノックしようとしたところでドアが急に開いたり、ノックした手からとりこまれて部屋向こうに投げこまれたり、といったイタズラにあった者も少なくない。いずれにせよドアが手動で、しかも部屋の主ならぬ人物の手によって開いた記憶はあまりなかった。  さもあろう。  その人は現在、意識を失った状態で寝かされていたのだから。  執務机は脇に動かしてあり、かわりに大きなベッドが設置されている。  ベッドに横たわる彼女は、微動だにせず人形のようだ。  シーツのように白い長衣で、膝の下まで覆われていた。  両手を組んで胸のうえに置いている。無帽だ。  肌には血の気がない。死んでいるのではと疑いそうになるも、耳を澄ませればかすかな呼吸音が聞こえた。  フトゥールム・スクエア学園長【メメ・メメル】である。 「声を出して大丈夫だよ。学園長はいま、ちょっとやそっとじゃ起きない状態だから」  きみたちの様子に気がつき、【コルネ・ワルフルド】がうなずいてみせた。コルネは笑みを浮かべているが、無理に気丈を装っているようにも見えた。 「メメルさんはいよいよー、初期化技術を受けることになったのですー」 「だからって……」  妙に間延びしたメフィストの口調にいら立ったか、きみたちの一人は彼に詰め寄る。 「オレたちに知らせずに始めなくたっていいだろう!」  ごく単純化して説明すれば、初期化技術とはメメルの能力を引き下げることである。世界最強クラスの魔法使いである彼女を、昨日入学したばかりの新入生同様にリセットしてしまうのだ。言いかえれば、希代の大魔法使いを常人に戻す技術ということである。  魔王復活は自明のことになりつつある。魔王の能力が、世界に存在する魔法力に左右されるのだとすれば、メメルから魔法力を取り去ることは魔王の力を削ぐという意味で有効だ。そればかりではない。ここ数ヶ月のメメルの体調不良は、魔王復活が近づいていることの副作用なのである。死からメメルを遠ざけるにはどうしても必要な処置だった。  だがこの技術は危険をともなう。失敗すれば死、あるいは呪わしき運命がメメルを待ち構えているという。  メフィストに声を荒げたのは彼だけではない。 「私たちは、もう学園長に会えないかもしれない。それなのに……これじゃお別れも言えない!」 「これきり今生の別れになったとしたら、どうしてくれるんですか」 「そ、それはー、ですねー」  眉を八の字にしてメフィストはコルネを見る。  ごめんね、とコルネがきみたちに説明した。 「黙っていたのは、これが学園長の意志だったから。ぎりぎりまで普段通りの学園生活をつづけてほしい、っていうのがあの人の――学園長の考えだったんだ。アタシたちは学園長にしたがっただけ」 「お別れ、なんて寂しいことを言わないでください」  白いローブ姿の魔導師が奥から姿を見せた。かがやく黄金の髪、優雅なアンダーリムの眼鏡、紅茶色の瞳で一同を見回す。【シトリ・イエライ】、魔法の専任教諭である。 「むしろ皆さんは、メメル学園長にお会いいただくことになるかと思います。それも、いますぐ」 「集まってもらったのはそのためだ」  白い顔がぬっとあらわれた。シトリとは対称的に暗い髪色、ローブも炭のように黒い。ずっとそこにいたはずなのに、気配がしなかったため誰もが存在に気がついていなかった。魔法教諭の【ゴドワルド・ゴドリー】だ。  咳払いしてゴドワルドは言う。 「初期化技術の成功率は低い。メフィスト氏の推測では二割程度の成功可能性しかないらしい。私とイエライ先生はメフィスト氏と協力して、これを成功に導く方策を探した」 「問題の原因は被術者――学園長自身の心理的抵抗です。たとえ学園長が技術を受け入れるお考えでも、無意識のうちに学園長はご自分の魔力を守るべく心に壁をつくってしまうでしょう」 「ですのでー」  人差し指を立てるメフィストのかわりに、半歩踏みだしたのはコルネだ。 「アタシから……いいですか?」 「どーぞー」  メフィストはうやうやしく一礼した。コルネが言う。 「そのブロックをなくす、あるいは少なくとも削るため、みんなには今から旅をしてほしいんだ。行き先は、学園長の心にある過去の世界!」 「いきなりの話です。面食らったとしても当然でしょう」  シトリが補足する。 「学園長は現在、ご自身に催眠暗示をかけ過去の回想に入っています。おそらくは幼少期から、勇者のひとりとして魔王を封印したのちフトゥールム・スクエアを創設した時代、それから約二千年の学園運営……」  ゴドリーが引き継いだ。 「ワルフルド先生が加入した時期や、みなが入学した頃もあるかもしれない。ひょっとしたらつい先日の記憶もな。いずれにしても本当の過去ではない。学園長の記憶、『こんな風だった』と覚えておられる過去なのだ。諸君にはそれぞれ、特定の時代の学園長に接触介入して暗示をかけてほしい」 「メッセージだよ。学園長ひとりが重荷を背負う必要はない、優秀な生徒がいるから、ってね☆」 「学園長はんの心に入るため、うちも協力させてもろとる」  意外な声にきみたちはまた驚くことになった。リーベラント公女【マルティナ・シーネフォス】ではないか。 「うちは潜在的に魔法力を打ち消す力があるねん。それも、メメルはんとはむちゃくちゃ相性がいいみたいや。……いや、悪い? ともかく、うちがおったらメメルはんの心に入るためのガードはうんと下がるんや」  メメルの心に入るためには、試す者がマルティナと手をつなぐ。そしてマルティナがメメルにふれれば、一瞬でメメルの回想に入りこむことができるという。  コルネは拳をかためる。 「本当の過去じゃないから、多少の矛盾は大丈夫。でも複数の時代におなじ人が出てきちゃうと、驚いて学園長が目覚めてしまうかもしれないから、一人が選べるのはひとつの時代だけだよ」  きみたちは手分けしてメメルの半生を追体験し、各時代のメメルに同じメッセージを投げかけることになる。メメルが目覚めたとき、心の障壁は消え去っているだろうか。  シトリが言う。 「心の旅、ということになりますね」 「ボン・ボヤージュだな」  なぜかキメ顔でゴドリーが告げた。 「あ、そのセリフちょっと言いたかったですー」  メフィストはちょっと、うらやましげだ。
参加人数
8 / 8 名
公開 2022-04-09
完成 2022-04-26
はじまりの唄 (EX)
桂木京介 GM
 夜が明けた。  ふだんと変わらぬ朝であっても、いや、ふだんと変わらぬがゆえに、胸に響く朝がある。  世界は魔王の復活をまのあたりにし、それでもこの大厄を乗り越えることができた。  それも、いささか意外なかたちで。    魔王は学園長【メメ・メメル】の双子の兄、二千年以上過去に失われた【ルル・メメル】の姿をとって復活した。  同時に魔王軍は進軍を開始、フトゥールム・スクエアにも魔の手はおよんだ。  魔王は、あらゆる生命がもつ『恐怖』の感情を原動力とする存在である。魔王の復活は恐怖を生み恐怖は世界中に伝播して指数関数的に急増、これが魔王をますます活気づけてついに世界は魔王に屈し滅亡にいたる――これは誰にでも容易に想像のつくストーリーだったろう。  しかし筋書き通りにはいかなかった。  魔王と対峙するものは先手を打って、世界に息づくものたちの大半を異世界に退避させ、魔王から力の源を奪ったのである。  このため魔王は本領を発揮できず、魔王軍先遣隊も、学園を狙った部隊も、そしてついに魔王自身も、魔王に対峙するものたち、つまり君たちの前に敗れ去ったのだった。  だが決着は、一方が一方を滅ぼして凱歌をあげるという結果にはならなかった。  完全ではないかもしれない。しかし戦いは和解と融和に終わったということは書いておきたい。  その象徴が魔王の肉体、すなわちルルその人だ。ルルは赤子にもどり、学園の庇護を受けるにいたった。未来をになう小さな命に。  戦いがもたらしたのは終わりではない。はじまりなのだ。  この掌篇では、魔王復活につづく『その後』を語りたい。  君は戦いを終え、どのような気持ちで日常へと戻っていったのか。  学園生活でつちかった友情や恋を、どのように結実させるのか。  あるいは、どのように新たな旅立ちへと向かったのか。  教えてほしい。
参加人数
6 / 6 名
公開 2022-06-17
完成 2022-07-04
恋はみずいろ L’amour est bleu (EX)
桂木京介 GM
 学園つづきの商業施設、クイドクアムにて彼を待つ。  具体的にはその中央、噴水の公園にたたずんで待つ。  彼とまたこうして逢えるのは、決戦が終わり魔王との、解決をみることができたから。  転がる石の戦いは、どうにか穏当に落ち着いた。  けれども恋の駆け引きは、まだこれからといったところか。  彼を待つ。精一杯のおしゃれ着で、背伸び気味にして待つ。   待つ。  ていうか遅いんですけど……!  ごめんごめんと言いながら、すっ転びそうな足取りで彼が来た。 「今度遅れたらブッ殺す」  彼女は言う。にっこり笑顔で。  ===  雨降って地固まるのたとえのように、フトゥールム・スクエアとリーベラント国の同盟関係は強固にしてゆるぎないものとなった。かつてリーベラントが学園に公然と敵対宣言を出し、自分たちが対魔王戦の主導権を握ると主張していた日々が嘘のようである。  互いをよく知らなかったこと、これが原因だったのではないかと現国王【ミゲル・シーネフォス】は語った。 「もちろん対立は良くなかった。我々がフトゥールム・スクエアに妨害工作をしたことも恥ずべき過ちだった。しかしそれがあったからこそ、我々は学園にじかに接し、彼らと個人的に知り合って真の友人同士になることができたのだ。終わり良ければ、とはよく言うが、まさしくそうした結果になったな」  御意と回答したのは美青年【パオロ・パスクヮーレ】である。濃いブルーの頭をうやうやしく下げて言う。 「僕、いえ、私にもそうした出逢いがありました。学園との交流で生まれた大切な出逢いが」  心なしかパオロの頬は染まっているように見えた。  さもあろう、とミゲルはからかうように言う。 「ゆえにこそ学園への留学生を募る話が出るや、貴公は真っ先に志願したのだろう?」 「陛下、それは……」  たちまちパオロは言い淀む。ますます血色がよくなった様子だ。 「お兄はん、あんまりパオロはんをいじめたらあかんで」  助け船を出したのは国王の妹【マルティナ・シーネフォス】だった。つやつやした小麦色の肌、ちらりとのぞく八重歯と大きな瞳が特徴的で、頭には黒い猫の耳があった。マルティナはルネサンスでありミゲル国王との血のつながりはないが、孤児として先王に引き取られ、現在は法的にも妹、身分的には公女の立場にある。 「そういう兄はんかて似た者同士やん? 今日かてこれから……」 「うむ……ま、それはそれ、だな」  しらじらしくミゲルは空咳する。なんやそれー、とマルティナは笑った。この兄妹もかつては不仲だった。正確にいえば、ミゲルが彼女から遠ざかっておりよそよそしい関係であった。だがフトゥールム・スクエアとかかわるうちそうした雰囲気は雪解けし、本当の意味で兄妹らしくなったのである。 「ともかく、パオロを無事に送り出してやってくれ。丁重にな。余の代理として特使の任をマルティナに任せる」  本来は私も行きたいくらいだが――と惜しげなミゲルとは対称的なくらいに、 「任しとき!」  元気に胸を叩いてマルティナは請け負うのである。 「そういえば」  何か思い出したらしくミゲルは玉座から身を乗り出した。 「聞いたぞマルティナ、貴公も余のことが言えた立場か? 貴公にも誰やら懸想している学園生がいるそうではないか」  たちまち恥じ入るマルティナをミゲルは期待した。さりげなくパオロも期待していた。  ところがマルティナは、いささか寂しげな表情で笑ったのである。 「ああ……うん、その話は……な……」  苦い水でも飲みこんだような笑みだった。  先頭はマルティナ、その隣には数年間フトゥールム・スクエア学園生となるパオロ、つづく供の数名という一行がリーベラント王宮を辞した。水の大門を抜けて学園へむかう。
参加人数
4 / 4 名
公開 2022-07-14
完成 2022-07-31
Don’t ask me why. (EX)
桂木京介 GM
「本気で言ってるんですか?」  これが、衝撃と当惑と混乱を経てようやくしぼりだした【コルネ・ワルフルド】の回答だった。 「おいおい」  うなじのあたりに手をやって、【メメ・メメル】はあきれたように言う。 「さすがのオレサマでもジョークでこんなこと言うかよ~」  「じゃあ思いつきで……?」 「どんだけ信用ないんだオレサマは!」  ……まあ、そう思われても仕方ないくらいのテキトー具合だったこともあるけどなぁ、と苦笑いして、メメルは手にした三角帽子を指先でくるくると回した。  フトゥールム・スクエア学園長室にして校長室、残暑の西日がやけにきついが、メメルはカーテンを引いていない。とうに授業は終わって放課後だ。  いつものように椅子に浅くこしかけるメメルと、その正面に立つコルネ、いわば日常の光景といえよう。しかし会話の内容はあまり日常的ではないらしく、コルネは刀でも呑んだような表情、いっぽうでメメルのほうは、いささか疲れたような顔をしている。 「酔ってないですよね?」 「酔ってない。っつーか、初期化以来オレサマ昔ほど呑めんよーになったんだ。ワインなんてボトル半分を超えると気持ち悪くなるぞ。なもんで基本的には酒はやめとる。毎日飲んだくれるなんてもう、やろうとも思わんしやりたくても体のほうが無理のムリムリだ」  気づいとらんかったのか、とメメルはため息をついた。 「そういえば、アタシが入室したときに慌ててボトルを隠す姿を見ていないですね、最近」  それはそうとして、とコルネはふたたび険しい表情にもどった。 「せっかくのお話ですけどアタシには……」 「他に誰がおるというんだ」 「でも」 「見ろ」  メメルは立って真横を向いた。帽子を頭に乗せ、ひらいた手の左右を合わせる。しばしの集中ののち、ハアッと髪が逆立つほどの気合いを入れた。  泡のような魔法弾の粒が、ふわっと散ってたちまち消えた。 「……今のオレサマができる最大限の魔法だ。これでも努力したんだからな。先週はいくらやっても粉チーズみたいなのしか出んかった。その前にいたってはゼロだ。こんな……」  と言ってコルネを見るメメルの目には、いまにも泣き出しそうなアメジストの光がやどっている。 「こんなオレサマが、『勇者』を指導する学園長なんぞできるかよ。かけだし以下の学園長でござい、ってか?」  どすんと音を立て椅子に戻るとメメルは、まっすぐにコルネを見すえた。 「だから受けてくれ、コルネ・ワルフルド。もう理由なんて訊くな。オレサマに代わってフトゥールム・スクエア二代目学園長になってくれ……!」  ◆ ◆ ◆  眠っていた。  開きかけの本に手をかけたまま、頬杖ついて【ネビュラロン・アーミット】は眠っていた。  右頬にはざっくりと深い傷跡、目覚めているときはそれこそ雌獅子というか、射るような眼光の持ち主である彼女も、こうしていれば丸まった猫のように穏やかである。  しかしネビュラロンの眠りは唐突に途切れた。目は閉じたままだが左手をかすかに、音も立てずに腰の剣に置いている。  ネビュラロンの脳裏に、部屋にしみ入ってくる影のようなイメージが走ったのだった。すでに彼女の筋肉は、非常態勢に即応できる状態だ。  「さすがは――」  声がした。 「気配は完全に消したつもりでしたが」  ため息をついてネビュラロンは手を剣からはなした。 「……試すようなまねはやめてもらえませんか、ネオネ先生」  そんな意図はなかったのだけど、と【ユリ・ネオネ】は肩をすくめる。 「ごめんなさいね。隠密家業が長いもので、つい」  それで、といささか不機嫌そうにネビュラロンは座り直した。 「なにかご用ですか」  ここは学園の一角、正門にほど近い宿直室だ。放課後ではあれどまだ陽の高い午後、ネビュラロンともあろうものがつい油断してうたた寝してしまったのは、魔王との決戦が終わったがゆえの油断だったろうか。 「急を要す事態となりました。すぐ連絡のつく数名で構いません。学園生の招集が必要です」  ネビュラロンの表情が険しくなる。 「うかがいましょう」 「アーミット先生は、魔王軍幹部【ドクトラ・シュバルツ】を覚えておいでですね?」  ドクトラ・シュバルツ――折り曲げた案山子(かかし)のような体躯、ととのった顔立ちではあるが常に狂気を宿したような笑みを浮かべ、黒いタンクトップにミニスカート、白衣を羽織るという異形の人物である。弱肉強食の理想に凝り固まり、魔王すら理想実現のための手段と言い切った。  当然でしょう、といった表情がネビュラロンの顔に浮かんだ。 「魔王決戦のおりに一度刃を交えました。たしかに恐るべき敵でした。……しかし彼女は敗死した。私はこの目で見たのです。まちがいはない」  もちろんです、とうなずいてユリは言ったのである。 「ですがこのほどシュバルツに忘れ形見……まだ幼い娘がいることが判明しました」  ネビュラロンは言葉を失った。 「それも、シュバルツにとっては因縁浅からぬ地、アルチェからさほど遠くない魔族の集落にです。魔王軍敗退の流れを受けて集落は解散、住民の大半は立ち去りましたが彼女――【ブロンシュ・シュバルツ】は少ない世話人とともに残ることを選びました」  すでにネビュラロンは立ち上がっている。  魔王決戦のおりアルチェを攻める途中で、シュバルツは村をひとつ滅ぼした。子どもですら許さぬ鏖殺(みなごろし)であったという。  もし惨劇のおり偶然村を離れており、生き延びた者たちがいたとしたら。  そうでなくとも、シュバルツの娘を売ろうと思う者たちがいたとしたら。  恐怖に駆られた人間が、どれほど残酷になれるかをネビュラロンは知っている。  ◆ ◆ ◆  野良作業を終えてひと息をつく間もなかった。  火がついたように泣き出す赤子を抱え、【ピーチ・ロロン】は木陰に入り息をついた。乳房を出すと【レミール】にくわえさせる。さすがに暑さに参ったか、盛夏の時期はいささか元気のなかった彼だが、涼しくなりはじめたおかげか、ここ数日はピーチが痛みを感じるほど元気よく吸うようになった。 「きれいな夕陽……」  沈みゆくブラッドオレンジに染まる彼女には、かつての面影はない。黒づくめの衣装と厚底ブーツに身を包み、青白い顔で病んだ笑みを見せていたあの頃――わずか一年ほど前のことなのに、十年は前の記憶のようだ。  あのころピーチが我が身と心を捧げ、求められるなら命だってきっと捧げた男は、不実が服を着ているような人間だった。口では世直しと理想を語りながら、実質は魔王打倒より、いかに自分の影響力を高めるかばかりを考えていた。あの男にとってピーチは、一時の欲望を解消するためだけの道具、それも、たくさんある道具のひとつでしかなかった。  そんなことわかってた。でも、それでもいい、って思ってたよね、私――。  でも今は、  今はちが……う……。  ピーチは目を見張った。 「やあ……探したよ」  ピーチの眼前にボロボロのサンダルが止まった。同じくらいひどい状態の粗衣、枝を折っただけの杖。  かくまってほしい、と【ディンス・レイカー】は媚びるような笑みを見せた。
参加人数
5 / 5 名
公開 2022-09-15
完成 2022-09-30
シェリーに口づけ (EX)
桂木京介 GM
 華燭の典と書けば大仰だが、ようは結婚式である。  長い歴史を持つフトゥールム・スクエアで、婚礼が行われるのはこれが初めてではない。  といっても、舞踏会も開催できる格調高き講堂や、野外パーティにもってこいの風光明媚な湖畔、あるいは霊樹前に即席のチャペルを設け厳粛に……というスタイルではなく、普段づかいの学食を会場にするというのは学園史上初ではなかろうか。  ここは日夜とりわけ昼食どきには、喧騒が支配し料理が競り市のように飛びかい、食事と団らん、おしゃべりにも討論にも満ちる一種の戦場だ。ときに決闘沙汰ときに恋愛、決起集会や悪だくみ(=【メメ・メメル】のいたずら)が醸成されることもある。よそ行きの化粧をほどこした学園名所ではなく、いわばスッピンの日常生活拠点、それが学食なのだ。  柱は油汚れでテカテカ、床には変なシミができておりテーブルは落書きや彫り物だらけ、扉の蝶番もキイキイ鳴る。もちろん祝宴を迎えるにあたり掃除はしたけれど、口が裂けてもゴージャスな結婚式場とはいえまい。  でもこれがいいのだと花嫁――【ヒノエ・ゲム】は言う。 「だってここが、 あたしの職場なんだからね!」  ウェディングドレスとて学園有志による手縫い、真っ赤な髪に純白のベールを重ね、花嫁ヒノエはその父【アーチー・ゲム】にエスコートされ入場する。会場も衣装も質素だけれど、それでも目が覚めるような晴れ姿だ。コブだらけ眇(すがめ)にして禿頭という悪人づらのアーチーだが、今日ばかりはお仕着せながらタキシードを着て、娘の門出に感極まった様相(というかすでに半泣き!)ゆえか、それなりに人のよさげな親父に見えた。  祭壇、といっても普段はキッチンカウンターとして使われる場所にしつらえた即席のものにて彼女を待つ花婿は、リーベラントからの留学生【パオロ・パスクヮーレ】だ。白いタキシードだがフトゥールム・スクエアの学園章を胸にあしらい、やはり学園カラーのネイビー、さらにはリーベラント国を象徴するパールレッドをアクセントラインとして配しているのは、学園とリーベラントの永き結びつきを体現したいという意味だろうか。もともと貴公子然としたパオロだが、今日はいちだんと輝いて見えた。  本日は大切な席ということで、今年いっぱいで学園長を退くメメ・メメル、二代目学園長就任予定の【コルネ・ワルフルド】はもちろんのこと、リーベラント王【ミゲル・シーネフォス】、その兄にして王を補弼(ほひつ)する【アントニオ・シーネフォス】、前王の養女だが今では王家の一員として溶けこんだ公女【マルティナ・シーネフォス】も列席していた。  もちろんおヒゲのダンディ【メフィスト】も異世界交流代表としてかしこまっているし、最近では『大ドーラ』と呼ばれることも多い【ドーラ・ゴーリキ】(怪獣王女)も、魔族と学園の両方に籍を置く身としてこの場にいた。なお大ドーラの呼び名は、本人もけっこう気に入っているそうだ。  つつがなく式が進みそのまま披露宴、すなわち立食パーティへと移るやすぐに、マルティナは貴賓席から降りて、 「みーつけたっ」  ある学園生の袖を引っ張るのである。 「ちょい抜け出さへん? うちな……胸キュンの式を見てたらなんか暑うなって」  外の空気にあたろうとマルティナは誘う。  同じころやはり、ふたりの女性に左右の袖を引かれている学園生もいる。なぜなのだろう左右の女性いずれとも、図書館でよく見る顔だ。  外はもう夜だ。 「はあぁ~」  日ごろは屋内が満席のときにつかう屋外テラスも、いまは披露宴会場の一部と化しており、ほうぼうで飲めや唄えやのいいアンバイとなっているが、離れた席ならまだ静かだ。屋外テラスのもっとも暗い席、テーブルに突っ伏してコルネは尻尾で床をこすっている。 「疲れる~」  もうギブアップしたいと弱音をはくと、慣れる慣れると言ってメメルが笑った。  コルネは次期学園長と決まった身の上、結婚式ではコチコチに緊張しながらスピーチをして、大量の汗を額と背にかいた。スピーチライターなんて便利なものはないから、当然文面も何時間もかけ自分で書いたものである。おかげで今日は寝不足でフラフラだ。なのにリーベラントの王族はもちろん、その他諸国からの代表もこの式に訪れたものだから、その一人一人に会ってあいさつをして、苦手なよもやま話までした。いっぽうで学園生たちからも次期学園長の意気ごみを聞かれたりするものだから、茹ですぎたスパゲッティ並にくたくたなのだった。 「学園長、よくこんな大変な役目ずっとやってましたねぇ……」 「オレサマの偉大さがわかったろう? ま、さっきも言ったがいずれ慣れるさ」 「慣れませんよぅ……アタシ、そんなに器用じゃないモン」 「だったら器用なパートナーに頼ったらよかろーて☆」 「……えっ?」  コルネが顔を上げたとき、すでにメメルの姿は席になかった。  この日の結婚式がきっかけであったかのように、学園にロマンスの花が咲きはじめた。  つのる想いを打ち明けるとき、唐突にやってきた一目惚れ、すれちがいや散る恋だってあるだろう。秋を彩る恋模様だ。  けれどハートフルの波はただ、恋愛にだけとどまるものではない。  別種の切ない感情が降ることもある。  ある人は、旧友の墓をたずねるかもしれないし、  ある人は、長く絶縁関係だった親元を訪(おとな)うかもしれない。  あなたに訪れた心の変化を、映し出す物語になるだろうか。
参加人数
6 / 6 名
公開 2022-10-18
完成 2022-11-04
この空の下のどこかに (EX)
桂木京介 GM
 後の時代の歴史書にはこう記されることだろう。  勇者歴2022年の魔王決戦において、魔王軍には四大幹部が存在したと。  顔ぶれについては基本、以下に落ち着くと思われる。  仮面道化師【ナソーグ・ベルジ】。  禁忌研究者【ドクトラ・シュバルツ】。  非実体怪紳士【スチュワート・ヌル】。  九尾の扇動者【エスメ・アロスティア】。  無論これが正解と断定はできない。あれが入っていてこれが入っていないのはおかしいとか、【シメール】や【怪獣王女】、はたまた【ガスペロ・シュターゼ】も入れるべきだとか、いっそ五大なり六大なりにしろだとか諸説が競い合うことになろう。八大幹部説をとなえる歴史学者も出るかもしれないし、逆に、ナソーグ以外は幹部ではなかったと主張する学者も出るかもしれない。  定義の正当性はさておき、上記四大幹部のその後については知られている通りだ。  ナソーグは仮面を砕かれ、かろうじて本体――闇の霊玉として生きながらえた。しかし最終的には魔王復活の原動力として消費された。  シュバルツは魔王決戦で戦死した。  エスメは魔王本体に取り込まれたが、初期化技術をうけ赤ん坊の姿へと還った。  しかしヌルのみは、魔王決戦を迎える前に学園と和平し異世界へと移住したのである。大地を持たぬ世界だ。地面のかわりに巨大飛空挺が存在するという。ヌルが譲渡を受けたのはかの地で、『無可有郷(ユートピア)』と名付けられた無人の飛空挺だった。戦いを望まぬ多数の魔族も、ヌルの引率をうけ無可有郷へ移民した。  ヌルとの別れは友好的なものではあった。『人族と魔族が結んだこの盟約が、今後も末永く続きますように』と学園生に呼びかけられたヌルが『ええ。私も望みます』と回答したことも事実だ。  だというのになぜヌルは舞い戻ったのか。  そしてなぜ、次期学園長【コルネ・ワルフルド】とむかいあっているのか。 (なんでだよ~!)  内心半ベソのコルネだったが憶したところを見せるわけにはいかない。突然来訪したヌルを、平然と迎えた。  不気味とコルネが感じたのもいたしかたないだろう。ガスマスクの頭部、オーケストラ指揮者のようなタキシードに白手袋、そしてエナメルの靴、これがヌルのほぼすべてなのだ。首があるべきところも手首があるところも、足首があるところすらも虚空なのである。透明ではなく存在しないのだ。それでいて服の内側には肉体があるように見える。だがもしヌルが袖口をまくって見せたら、やはり虚空が顔を見せるにちがいない。  慣れぬ学園長席だが慣れねばなるまい。ふかふかの椅子に座ったままコルネはヌルを迎えた。 「次期学園長のコルネです。本日は代理をつとめます」  お噂はかねがね、とヌルのマスクの奥から笑い声めいたものが聞こえた。 「ヌルと申します。本日はお話があって参りました」 「話し合い……ですよね?」 「もちろんです」 (助かったー!)  コルネは心の声を懸命にこらえた。ここはフトゥールム・スクエア学園長室、いわば本拠地中の本拠地である。いざとなれば一騎当千の学園生がいくらでもいる。なので負ける気はしないが、でも平和的に解決したい。  怪紳士は言う。 「ご相談したいのですよ。我々の……あなたたちの仮称『飛空挺団世界』との時間調整を。そして、二次移民の受付と、そちらへの帰還希望者の受け入れを」  ところで現学園長はどうしました? とヌルは尋ねた。 「……風邪で伏せっています」  初期化した【メメ・メメル】はもはや、『オレサマがかかる病気は二日酔いだけ!』といえるスーパー健康体を失っているのであった。 ◆  ローレライは半液体の美しい髪が特徴だ。彼らは髪をあまり束ねたりくくったりせず、長く伸ばすことを好む傾向にある。  ゆえにローレライなのに髪をまとめウィッグ(かつら)で隠している彼らは異様な印象を与える。しかもそのウィッグがそろって、不自然にカールした白髪なのだからなおさらだ。  だがリーベラントにおいてこのウィッグは、貴族院議員の象徴である。 「王妃陛下、公女の国婿、いずれもそのような身分の者は認められませんな」  代表は鷲鼻の横にしわを寄せ小馬鹿にしたように言った。むろん肩書きは白カツラ愛好団長ではなく貴族院議長だ。名を【アルバ・アロンソ】という。男性の老人だ。 「なんだと……!」  反対は予想していたが【ミゲル・シーネフォス】王も不快感をあらわにせずにはいられなかった。仮にも議会の代表が審議もせずに即却下とは!  リーベラントは王制ではあるが専制君主の国ではない。世襲制の貴族院議会、選挙を経て平民代表がつく国民議会、そして国王、この三者によって国家運営がなされているのだ。国王は方針を定め両議会にはかり、ときには議決に対し拒否権を発動する。  といっても貴族院は老人ばかりはびこって新陳代謝が進まず有名無実化しつつあり、大抵は国王提言後に国民議会承認、あるいは国民議会提案後に国王承認のかたちで政権運営がなされていた。かつて国民議会と国王が対立する時代もあったとはいえ、先王クラルテの代からはおおむね良好な関係がつづいている。  ところがミゲル国王とその妹【マルティナ・シーネフォス】公女の配偶者に限っては、貴族議会が口をだしてきた。もともと貴族院は自分たちが配偶者を決めると主張していたのだ。 「前代王にして兄上、アントニオ公については譲歩しましょう。ジルヴェストロ伯爵令嬢であれば家柄もいい。まあ、世襲伯ではないのが気がかりですが」  アルバは嫌味たっぷりにそう言ったものだ。【アントニオ・シーネフォス】と【ジルダ・ジルヴェストロ】の婚礼についてである。世襲伯うんぬんというのは、三代以上つづいた家でないかぎり真の名門ではない、といういかにも名門貴族の言いそうな言葉だった。(※ジルヴェストロ家は先日伯爵に昇格したばかりだ)  はらわたが煮えくり返りそうだがミゲルはこらえた。こんなに腹が立つのは、と考える。 (自分も一年ほど前までは、ああした世襲貴族的な考え方を持っていたからだろう)  だからこそミゲルは目を覚まさせてくれたフトゥールム・スクエア、そして愛する彼女にはいくら感謝してもしたりない気持ちだった。アントニオもそうだと思う。  「余はともかく、マルティナのことまで口出しする権利があるのか」  ミゲルもいまなら、亡き父王の考えがわかる。父は非ローレライ(ルネサンス族)の孤児マルティナを養女として王家に入れ、国民統合の象徴としようとしたのだ。しかしマルティナを利用しようとしたのではなかった。愛情を受けて育ったゆえか彼女は公正で立派な女性へと成長した。一時は反目し合っていた父と自分たち兄弟を融和に導いたのもマルティナだった。せめて妹だけは因襲から救いたかった。  だがアルバは譲らない。 「あります。王家の配偶者については、両議会の承認が必要と法にもありますからな」  マルティナは国民人気が高い。リーベラントとフトゥールム・スクエアの友好ムードも進んでいる。配偶者がフトゥールム・スクエアの勇者とあれば、国民議会はほぼ満場一致でマルティナの婚姻を承認するはずだ。  そうかとミゲルは思った。 「王妃がフトゥールム・スクエア出身なら国民は歓迎しよう。貴族院は国民の支持を無視するのか」  ところがこれこそ、アルバが待っていた言葉だったのだ。自信たっぷりに議長は言った。 「ですから我々は、王妃候補として学園生【フィリン・アクアバイア】嬢を推すのです!」
参加人数
6 / 6 名
公開 2022-11-05
完成 2022-11-24
さよならは、言わない (EX)
桂木京介 GM
◆現在◆ 「学園長!」  ドアごと蹴倒す勢いで部屋に飛びこんできたのは【コルネ・ワルフルド】だ。 「……なんだね?」  執務机で書物をひろげていた【メメ・メメル】は顔を上げ、大儀そうに首をかたむけ肩をもむ。なんとなく仕草がフクロウっぽい。眼鏡をかけているせいだろうか。 「ご覧の通りオレサマ仕事中なもんでな、手短に頼むぞ」 「留学生アルバさんがですね……」 「あー」  またかとメメルはため息をついた。【アルバ・アロンソ】、押しかけ同然にリーベラントからやってきた留学生である。留学生といっても若者ではなく、むしろはっきり老人と言える風貌かつ年齢の者だ。リーベラント名門貴族の長で、かの国では貴族院議長という立派な肩書きも持っている。  リーベラント王族の結婚相手がふさわしい者か見きわめる! と息巻いて、先日アルバはフトゥールム・スクエアに乗りこんできたのだった。リーベラント国王ならびに王妹が婚約中の相手はともに学園生なのである。だが同時に彼は、学生としての身分も忘れていない。従者もつけず単身、似合わないのに学園制服まできっちり着ているところにはメメルも舌を巻いた。  見きわめミッションは早々に終わった模様だが、アルバはいまなお学園にとどまって慣れぬ学生生活に不平ばかり並べている。文句が多い割に立ち去る様子がなく授業も熱心に受けているあたり、もしかしたら彼なりに学園ライフをエンジョイしているのかもしれないが。 「今度は何だね」 「いつまでたっても学食で、ウェイターが注文を取りに来ないことにご立腹のようで……」 「セルフサービスという言葉を知らんのかあのじーさん」  まあ知らんだろうなとメメルは苦笑いする。勇者元年の時点で十四才だったメメルは、当然『あのじーさん』より実年齢は上なのだがそこは言うまい。 「用が済んだらとっととリーベラントに帰ればいいのになぁ……」  と言ってメメルは腕組みした。 「まーテキトウに相手してやってくれ。その程度のことでオレサマの仕事の邪魔をするでない」 「でも議長ってばアタシの話聞いてくれないんですー」  蜂にでも刺されたような顔をするコルネだ。相当手を焼いているのだろう。 「しっかりせいよコルネたん、もうあと一ヶ月もせんうちに学園長交代だろうが」  まったく、と腕組みするメメルの肩に、シャボン玉のようなものがふんよりと乗った。 「……なんです、それ?」  コルネは片眉をあげ顔を寄せる。手のひらサイズ、ふるふるとした透明の半球体だ。内側に黒い煙のようなものがただよっている。 「わ!」  球体の表面に大きく丸い目がふたつ、ついていることにコルネは気づいたのだった。まばたきしたのである。にわかには信じがたいが生物らしい。 「これか? ガスペロだよ」 「ガスペロ? ……ガスペロ……って!」  コルネの髪が逆立った。目を吊り上げて牙を剥く。 「あの【ガスペロ・シュターゼ】ですかっ!?」  魔王軍幹部ガスペロは実体を持たぬガスのような存在だった。人間の体を乗っ取っては、魔王軍に邪悪な命令を下していたものだ。 「そうとも♪」  メメルは楽しげである。 「魔王決戦の舞台、おぼえとるか? 最近また西方浄土に行って見つけたのだ。こやつ、滅びたと思いきや魔王の一部になって生き延びていたようだな。魔王の下で恐怖とかネガティブな感情を吸いつづけて邪悪な存在になっておったが、初期化された現在ではこの通りだ。もともと、こういう無害な魔法生物だったのだよ☆」  ふっとメメルが息を吹きかけると、小鳥のような声で魔法生物は鳴いた。ふわふわと宙に浮かんで、今度はコルネに近づいてくる。 「そ、そうなんですか……といっても……ねえ」  浮かぶガスペロをコルネは手で扇いだ。重さは限りなくゼロに近いのか、魔法生物は上下逆になってまたふよふよと飛ぶのである。 ------ ◆過去(一人称)◆  最初、【ネビュラロン・アーミット】という名前には馴染めなかった。  ……そもそも、この世界にも馴染むことすらできなかった。  片腕を切り落とされ虚無(アビス)へと落下した私が、なんの因果か新たな生を得てこの地に転生し、メメ・メメルなる人物の庇護を受けることになった。  メメルは私に、自分が運営する学園の教師をやれと言った。それが私にとって、拾った命を役立てる道だというのだ。  単なる思いつきなのだろうか。ここに来た当初のように、私が自暴自棄にならないよう手元に置いて見張る意図なのかもしれない。そもそも、利き腕を失った私に何が教えられるというのか。  それでも私はメメルと過ごすうち、この人物が世間的に見せている顔とは異なり深い洞察力の持ち主であると気づくに至った。いつもふざけているようで、彼女の選択が誤っていたことはない。  もしかしたら――。  ふと思った。  もしかしたら、いつの間にか私はメメルの術中にはまっているのだろうか。  しかし、 「で、考えは決まったかい? 【リン・ワーズワース】」  その日、メメルに問われた私は首を縦に振った。 「お引き受けします」  いいだろう。  なら術中にはまるとしよう。どうせ一度は失(な)くした命だ。  メメ・メメル、私はあなたの策(て)に乗ろう。 ------ ◆未来◆ 「ああ、ここですか……!」  少年は目を輝かせる。ずっと憧れていた場所、伝説の場所、フトゥールム・スクエアに自分がいるという事実が、まだにわかには理解できないでいる。  真新しい制服に身を包み、少年がまっさきに訪れたのは学園の片隅にある資料館、通称『メメ・メメル記念館』だった。本当はれっきとした名前があるのだが、初代学園長の名を取ってこう呼ばれることが多い。  百五十と数年前、勇者歴2022年の魔王決戦と、それに至る数年の黄金期を今の世に伝えるものがこの資料館である。この時代にあった冒険や戦いの記録、勇者たちの肖像画、所持品や獲得した宝物などがところ狭しと収められているという。  現在ではもうメメルも、その後を継いだコルネも世にない。ごく一部の例外はあれ、記念館に姿をとどめる勇者たちもすでに歴史上の人物だ。けれども彼らのありし日の姿を、しのぶすべならこの場所にある。それも大量に。 「僕は――」   受付で名を聞かれ、少年はいくらか照れくさそうに、けれども胸を張って名乗ったのである。 「あの人の子孫です」    彼のまなざしは、入口そばにならぶ肖像画のひとつに向けられている。
参加人数
7 / 7 名
公開 2022-12-10
完成 2022-12-30

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