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アメシスト・オンステージ


ストーリー Story

 新年を迎えた魔法学園『フトゥールム・スクエア』に、一通の手紙が届く。赤い封蠟がベーシックなところ、紫の封蠟で閉じられた手紙は、一枚の依頼書。
 差出人は昨今、若者を中心に業界を賑わせる人気歌手。魔物をも魅了する玲瓏なる歌姫、【アメシスト・ティファニー】。
「馬車を使いたいのだけれど……魔物にお馬さんが襲われて危ないし……この子が暴れても危ないから、ね」
 と、手懐けているデスレイプニールを撫でる彼女の肩に、乗っているのはケットシー。
 アルチェにある彼女の別荘にて、二匹の魔物を従える彼女を、アルチェから目的の街まで護衛するのが今回の仕事。
 だが、徒歩での道のりとなると一日がかりの大移動。近道を使えば半日で到着するものの、狼型のジャバウォックの群れが作る巣の真ん中を突っ切らないといけない。
 魔物を引き寄せる彼女の性質上、通常ルートを通っても魔物や獣との接触は避けられまい。しかしそれでも、ジャバウォックの群れと遭遇するよりはマシと考えてそちらを選ぶか。
 それともジャバウォックの巣を通過してでも、近道を通って早期到着を試みるか。
「危険な旅路になるかもしれないけれど、私、今回どうしても歌いに行きたいの。行かなくちゃ……いけないの。だから、お願いします」
 今回で三度目の依頼だが、何やら今までと違う様子。
 通常ルートか近道か。どちらを選んでも艱難辛苦は変わらぬけれど、それでも歌姫の願いを届け、街に彼女の歌声を届けよ、未来の英雄達!


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 5日 出発日 2021-01-16

難易度 普通 報酬 通常 完成予定 2021-01-26

登場人物 2/6 Characters
《勇者のライセンサー》フィリン・スタンテッド
 ヒューマン Lv33 / 勇者・英雄 Rank 1
「フィリン・スタンテッド、よ……よろしく」 「こういう時、どうすれば……どうすれば、勇者らしい?」 (※追い詰められた時、焦った時) 「黙って言うこと聞け! 殴られたいの!?」 「ぶっ殺してやる! この(お見せできない下劣下品な罵詈雑言)が!!」   ###    代々勇者を輩出してきた貴族スタンテッド家(辺境伯)の令嬢。  一族の歴史と誇りを胸に、自らもまた英雄を目指してフトゥールム・スクエアへと入学する。  愛と平和のために戦う事を支えとする正義感に溢れた性格で、『勇者らしく人々のために行動する』ことを大事にする。  一方で追い詰められると衝動的に罵声や暴力に訴えてしまう未熟な面もあり、自己嫌悪に捕らわれる事も多い。 『彷徨う黄昏に宵夢を』事件で対峙したルガルとの対話から思うところあったのか、頑なな勇者への拘りは少し角がとれたようだ。 ※2022年8月追記 全校集会『魔王の復活』後、昨年クリスマスに結ばれたルガルとの子供を身籠っていた事が判明 (参考シナリオ) 恋はみずいろ L’amour est bleu https://frontierf.com/5th/episode/episode_top.cgi?act=details&epi_seq=649 ◆口調補足 三人称:〇〇さん(敬語では〇〇様) 口調:~かな、~ね? その他:キレた時は『私、アンタ、(名前で呼び捨て)、(言い捨て)』 ◆Twitter Sirius_B_souku
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  

解説 Explan

 今回の依頼内容は、歌姫【アメシスト・ティファニー】の護衛依頼です。
 アルチェから目的の街まで、彼女を送り届ける事がメインの依頼となります。
 街までの経路は二つあり、一つは道のりの長い通常ルート。もう一つは通常ルートのおよそ半分の距離で行ける近道になります。皆様にはどちらかのルートを選んで頂き、進んでいく形となります。
 通常ルートを選ぶと、ゴブリン5匹、ハイゴブリン1匹との遭遇、戦闘になります。魔法攻撃で攻めれば、簡単に対処可能でしょう。
 主なルートと戦場は渓谷になりますので、落石や獣の襲来。川からの漂流物など気を付けるべき点が多いので気を付けて進んでください。
 近道を選ぶと、格2相当のジャバウォックの群れ、総数20との戦闘になります。俊敏性が高く、牙や爪で攻撃して来ますが、俊敏性や攻撃力に対して防御力が低いので、物理も魔法も充分に通用する相手です。
 主なルートと戦場は森になります。群れに囲まれる形で対峙してしまうと厄介なので、周囲への警戒を怠らないようにしましょう。
 NPCのアメシスト・ティファニーはデスレイプニールに乗っており、ケットシーを従えていますが、戦闘には参加しません。また、彼女の性質上、なるべく殺生の場面は見せないよう努めて頂きたく思います。
 無事に街まで彼女を送り届け、彼女の思いと歌を届けましょう!


作者コメント Comment
 こんにちは、こんばんは、七四六明(ななしむめい)です。
 まずは2021年、あけまして、おめでとうございます。今年も戦闘エピソードと言えば! というGMとして、張り切って参りたい所存。何卒よろしくお願い申し上げます。
 さて、知る人ぞ知る歌姫様の護衛依頼も、今回で三回目となりました。
 何やら此度の彼女には人一倍かける思いがあるようです。彼女の思い、願いを聞き届けてあげて下さい! よろしくお願いします!


個人成績表 Report
フィリン・スタンテッド 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:270 = 90全体 + 180個別
獲得報酬:9000 = 3000全体 + 6000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
●作戦と分担
事故に注意し、通常ルートを堅実に

●事前準備
荷物カバン(大)に旅装を準備。
消耗品は特に余裕をもって、時間をかけても安全を確保できるように。

●行動
アメシストを先導し、通常ルートで移動。
テントはアメシストと負傷者用に

落石や漂流物などの危険を『危険察知』で調べ、安全を確認してからを通すように。
(危険域での戦闘に巻き込まないため)
もしティファニーさんが被害を受けそうな場合は『全力防御』でカバー。

戦闘中は不安定な足場では『レイダー』の射程を生かし、先手先手で撃破を。
必殺技『還襲斬星断』も積極的に使用し、数を減らす事優先で短期決戦。

町まで付けたらティファニーさんの公演を応援に行きたいところ。

クロス・アガツマ 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:270 = 90全体 + 180個別
獲得報酬:9000 = 3000全体 + 6000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
通常ルートを選択

動作察知を活かし、茂みや岩の陰、また高所にも気を配りながら進んでいく
危険だと思われる場所や、怪しいと踏んだところはなるべく避けて通る。が、どうしてもそこを通過しなくてはならない場合は俺が先行して安全確認する
危うい時は物体透過で回避。アメシストさんに危険が及ぶような場合にはプチシルトを展開し前に出て盾になろう

夜も暗視順応で常に警戒
必要な場合はテントを設営し、しっかりと休息をとる
俺は夜通し見張りをしよう


アメシストさんには、戦闘中は厚手の布を被り待ってもらうよう説得する
ゴブリンが出現した場合は、アメシストさんからは離れずに魔導書で遠距離攻撃
撃破が必要ならダードとミドガトルで殲滅しよう

リザルト Result

 【アメシスト・ティファニー】。
 学園でも、度々噂は聞いていた。若者を中心に、最近世間でも注目を浴びている玲瓏な歌姫。
 【フィリン・スタンテッド】は、今回初めて彼女と対面したが、何処かスタンテッド家の人達と――さらに言えば、貴族の人達と同じ雰囲気を感じていた。
 デスレイプニールを手懐け、ケットシーを膝に置く彼女の一挙手一投足に貴族に似通った気品を感じて、何処か萎縮してしまう。
 恐ろしいと言う訳ではないのだが、変に緊張させられる部分があった。
 そんなフィリンの様子を見て、【クロス・アガツマ】が先に一礼する。
「初めまして、クロス・アガツマと申します。今回、護衛依頼を引き受けて参りました。よろしくお願いします」
「ふぃ、フィリン・スタンテッドです。よろしくお願いします。ティファニーさんのお噂は、学園でも度々聞いていました」
「そう。ありがとう」
 ちょっとした不意打ちにやられたが、改めて見ても本当に美人だった。貴族の社交界に紛れていても、わからないかもしれない。
 だからこそ、不思議ではあった。何故そんな彼女が、わざわざ危険な旅路に出ようとしているのか。そこまで急ぐ理由も。
「じゃあ、申し訳ないけれど早速行きましょうか」
「渓谷では落石の危険性があります。私が先行しますので、安全を確認出来ましたら進んで頂く形になります」
「えぇ、よろしくお願いね」
 貴族にも近しい雰囲気にフィリンが緊張している隣で、クロスは違う印象を抱いていた。
 玲瓏な声音のせいか、彼女の一言一句を聞いていると、フワフワとした浮遊感を感じる。子守唄を歌われているような、耳元で囁かれているような、温もりをも感じられる。
 魔物を引き寄せる歌姫と聞いて好奇心も混ぜて来たが、対面して数分でわかったような気がした。彼女に撫でられるデスレイプニールや、肩に乗るケットシーの様子を見れば、彼女に惹かれるのも納得出来た気がした。
「では、準備して来ます。少しの間ですけれど、おくつろぎ下さいな」
 と、アメシストは私室らしき奥の部屋へと消えていく。
 くつろいでくれとは言われたものの、先まで彼女が座っていたソファの前に鎮座するデスレイプニールがずっと見ていて、とてもくつろげるような状況ではなかった。
 毒が仕込まれた蹄のついた八本の足。基本的に好戦的で、プライドが高い。そんな魔物が忠犬の如く、警告するかのように見つめて来ているのだから。
「噂以上だったね」
「えぇ。魔物を手懐けている事もだけど、あんな綺麗な人だなんて思わなかった。昔出席させられた、貴族の社交界を思い出して緊張しちゃったわ」
「君も大変だね」
「どうも」

 その後、準備が整ったアメシストと共に二人は出立した。
 およそ一日掛かりの、短いようで長い旅路。人数の問題で一般ルートを通る事にしたものの、だからと言って安全が確立されているわけではない。
 ルートの大半は渓谷であり、すぐ近くを川が流れている。川からの漂流物が飛んでくる危険性も然り、落石や落下物についても注意を払わなければならない。
 何より懸念しなければならないのは、魔物を含めた動物を引き寄せるアメシストの性質だった。
 渡り鳥がアメシストの手に乗って来るのは微笑ましい光景だし、川から魚が飛び出してくるお陰で食料の確保に繋がるのは良かったが、狼や猪などの獣まで呼び寄せてしまうから困った。
 敵としては大したことがないのだが、とにかく数が多い。
 フィリンの危険察知と、クロスの動作察知とで前以て襲撃がわかるのでまだ対応が追いついたが、戦力があと数人欲しいと思ったことは否めなかった。
 実際、索敵と戦闘を二人だけでやっているのだ。常時緊張状態にあり、心身共に休めたものではない。
「……そこの川辺で休憩しましょうか。アメシストさん、よろしいでしょうか」
「えぇ、もちろん」
 クロスが見つけた比較的広い川辺で、一先ず休憩を挟む。
 川辺に転がっていた木材を集めて道中飛び込んできた魚を焼き、軽食にした。
 生憎と塩も何もないが、必要なかった。魚の身から溢れる油に、充分旨味がある。
 奴隷時代の名残か。自分でも気付かぬ程の空腹だったらしく、フィリンは夢中で魚に喰らい付き、骨だけにしていく。
 クロスは最初、呆気に取られていたが、今の自分にも必要だと割り切り、大口を開けて齧り付いた。
「ほら、ケット」
 ほぐした身を掌に乗せ、ケットシーに食べさせるアメシストの側で、鎮座するデスレイプニールは、鋭い眼光を放つ双眸で周囲を見渡し、警戒しているようだった。
 もはや童話にでも描かれるような、お姫様を護るため尽力するナイトの様。フィリンもクロスも実力で劣る事はあるまいが、護るという気迫の一点においては、勝てる気がしなかった。
 そんな魔物の視線に耐え切れなくなったのもあり、クロスは自分の中でずっと浮かび続けていた疑問符をアメシストへと投げかけた。
「アメシストさん。差し支えなければ教えて頂きたい。今回は何故、お急ぎなのでしょう。事前に計画すればもっと護衛も付けられたでしょうし、学園ももう少しは人手を用意出来たでしょう。何故そこまで急がれるのですか」
 すると、今度はアメシストの中に疑問符が浮かんだらしい。
 小首を傾げて、何でそんな事を聞くんだろう、とでも言いたげにさえ見えたが、一拍置いてから答えてくれた。
「歌って。て、お願いされたからよ。大事なファンが、お手紙を送ってくれたの」
 デスレイプニールの背中にたくさん積んである荷物の中から、アメシストは手探りで見つけ出す。赤い封蝋がされた手紙から、ほのかに甘い花のような香りがした。
「知っているかしら。少し前に、疫病が流行した小さな街。一時期は街への行き来も禁止されていたわ」
「えぇ。医療危機を招く程の混乱に陥ったものの、ギリギリの所で治療法が見つかり、今では街への行き来も解放されたと。原因は、生活用水として使用していた川の源泉に沈んでいた、ポイゾネスジャバウォックの死体から流れ出た毒だと聞いていますが」
 フィリンもクロス程ではないが、話は聞いていた。
 学内で医学を学ぶ生徒達が中心となって、あれこれ話し合っている所も見た事がある。
 ポイゾネスジャバウォックの死骸が意図的に置かれていた事、死因となった傷が人の手によるものである可能性の有無など、様々な話が飛び交っていたが、真偽の程は不明らしい。
 とにかく原因がわかった結果、解毒剤が完成。現在は騒ぎも九分九厘収束し、医療の崩壊は免れたと聞く。
「これは、その病気で入院してた子からの手紙。病気が他の人より酷くて、治すためには手術しなきゃいけないんだって。だから、応援の歌を届けに行くの。いつも私を応援してくれているから。お返し」
「……その手術、近いんですか?」
「明後日。だから、早く着いて応援してあげたいの。きっと今も、心細いと思うから」
 アメシストは笑って言うが、道のりの険しさも危険性も、学園に依頼したのだから少なからずわかっていたはずだ。
 急な召集で人数が集まらない事も、おそらくは覚悟の上だっただろう。学園は滅多にしないが、断られる可能性だってあったかもしれない。
 けれど、彼女は断られたとしても、一人と一頭と一匹で行っただろう。
 そんな覚悟が裏打ちされた、決意表明にも近しい笑みを携える彼女はやはり、気品があって美しく、強かだった。
 フィリンは一人、自分を助けるために命を賭して戦ってくれた貴族を思い出す。
 アメシストは彼女のように剣を取って振るう事はないけれど、自分の歌を応援する人に対する姿勢が、かつての彼女と重なった。
 応戦は出来ない。けれど、誰よりも強く応援する。
 出会ってまだ一日も経ってないが、アメシスト・ティファニーという少女の事がわかり始めた気がした。
「必ず、あなたを送り届けます。ティファニーさん」
「えぇ。頼りにしていますよ、可愛い勇者さん」
「……では、早速その期待に応えるとしようか、フィリン君」
「えぇ!」
 アメシストと話していたのでフィリンがコンマ数秒遅れたものの、ほぼ同時に気付いた。
 谷の上から、比較的丸い形の岩が転がされ、落とされる。衝突すれば、アメシストなど一瞬で潰れてしまうような大きさと重量を誇るだろう巨岩だ。
 クロスはその場からミドガトルを放ち、巨岩にぶつける。距離もある上、サイズ的にミドガトルで砕けはしないが、元々砕くつもりはない。わずかな切れ目が出来れば重畳だ。
 すでにフィリンが抜剣した状態で、迫る巨岩に向かって走っている。
「ウィズマ・アーダ……から、の! セイズ・マ・バースト!!!」
 クロスがミドガトルで作った亀裂に向かって的確に刃を突き立て、両断。二つに分かれた岩が左右に分かれたまま転げて、遠くを駆け抜けて川へと落ちていく。
 岩を両断したフィリンが見上げる先から、二匹のゴブリンが見返しており、そそくさと退散していった。
 谷は登れる高さでもなく、登れたとしても追いつけないと判断して、フィリンは剣を収める。
「二匹までしか見えなかったけれど、他、見えた?!」
「いや。俺も二匹しか見えなかった。だけど、今の岩の大きさをゴブリン二匹で転がしたとは思えない。あと二、三匹いると思って良いだろうね」
「えぇ。ティファニーさん、怪我はない?!」
「えぇ、大丈夫よ。ね?」
 答えを求められたケットシーは大きく欠伸し、デスレイプニールはブルリと震える。
 とりあえず無事だった事を確認したフィリンは、アメシストらの後ろで川の流れを半分以上堰き止めている岩を見て、深く溜息を漏らした。
「さすがに、このまま行くわけには行かないわよねぇ……」
「そうだね。アメシストさん、申し訳ないが、少しお待ちいただけますか」
「もちろん」
 最終的にはデスレイプニールに蹴り飛ばして貰いながらも、川を堰き止めていた岩を退け、一行は先へと進む。
 その後も度々、谷の上から見下ろしてくるゴブリンの姿は見られたものの、岩を転がしてくるような妨害行為はなく、ただ存在を見せて緊張感を煽ってくるだけで、結果的に大きく気力を削がれる結果となった。

 そうして緊張感の続く道のりを半分ほど進んだところで、夜の帳が下りる。
 側を流れる川のせせらぎに混じって、唸り声を聞かせる獣や奇声を響かせる魔物が狙うのは、フィリンが持参して張ったテントの奥に籠る歌姫への拝謁か。それとも歌姫の血肉そのものか。
 いずれにしても、川のせせらぎを聞きながら、安らかに眠れるような夜ではなかった。
「俺が見張っているから、君は休んだらどうだい?」
「それはお互い様でしょう? 私が先行したとはいえ、あなただって疲れてるはずじゃない」
「大丈夫。夜更かしなら慣れているさ」
「暗視順応ならさせてるもの、私だって大丈夫よ」
「俺もしてるよ。だからどうだい? 休んだら」
「いいえ、それはフィリン・スタンテッドの名に泥が――」
 お互い、譲り合うあまり譲らない。
 相手を慮っているのは伝わっているのだが、互いに折れる頃合いを見失って引くに引けない状態に陥っているようだった。
 と、そこにデスレイプニールがやって来る。フィリンの襟をくわえると軽々と持ち上げ、トコトコとテントまで運んで行ってしまった。
 おまえはここで守れ、と言われているようだった。
「あら、来て下さったの?」
「えっと、来たって言うか、連れて来られたって言うか……」
「髪、梳かして下さる? こんなこと、勇者様にお願いする事じゃないとは思うのだけれど」
「……えぇ、良いですよ」
 紫色の、綺麗な髪。
 手櫛の指がすぅっ、と通る、きめ細やかなビロードの様。元奴隷の自分にはなくて、あの人ならばあっただろう美しさ。
 少なくとも、フィリン自身はそう感じてしまって、櫛を動かしながらも目は遠い過去を思い返していた。
「はい。じゃあ、交代」
「え、いや、私は」
「せっかくだし、梳かしっこしましょう?」
 流されるまま、されるがままに髪を触られ、梳かされる。
 デスレイプニールやケットシーの毛並みを普段から整えているからか、アメシストは手慣れていた。
「綺麗な髪ね。夕闇に静寂を与えるために下りる、夜の帳みたい」
「ティファニーさん程じゃ――」
「私は私、あなたはあなたよ。よく言うでしょう? 気休めの台詞だと思って、侮っちゃいけないわ。あなたが私みたく歌えなくても、あなたは私よりずっと戦える。ね? 悪くないでしょう?」
 何とも返し難かったが、何処か気持ちは軽くなった気がした。
 大人しく、それこそ猫にでもなった気分で、髪を大人しく梳かれる。後ろから聞こえて来る歌姫の鼻歌なんて贅沢な音楽を聴きながら。
「……君達のご主人様は、素敵な人だね」
 見張りをするクロスの下へ来て、頭を撫でられたケットシーがナァ、と鳴く。
 テントの側で眠るデスレイプニール含め、周囲で呻き、唸り、威嚇していた獣や魔物までもが静まり返り、川のせせらぎとデュエットを組む歌姫の鼻歌に聴き入っているかのように、渓谷の夜に静寂が訪れた。

 顔を覗かせた朝焼けが肌を刺す。
 川の側だからだろうが、差し込んで来る陽光が熱く感じられるくらいに肌寒く、清々しいとさえ感じられた。
 ただし夜中、ほとんど眠らずに番をしていたクロスには、渓谷の上から覗いて来るゴブリンらが邪魔に感じられて、とても清々しいとは思えなかったが。
 きっと、テントから出たフィリンも同じ事を思っただろう事を察しながら、クロスは持参して来た厚手の布を取り出し、テントの中のティファニーに巻き付ける。
「……あら、ありがとう」
「いえ。もうしばらく休んでから出発しましょう。時間になったら起こします」
「えぇ……」
 わかっているようで、わかっていないのか。それともわかっていない振りをしているのか。
 いずれにせよ、やるべき事は一つだけだ。
「見えるかい、フィリン君」
「えぇ。今度はちゃんと……ゴブリンが五匹。そして、ハイが一匹」
「じゃあ、やろうか」
「えぇ、行くわよ……!」
 恐れを知らず、ハイゴブリンが短剣を掲げ、五匹のゴブリンが棍棒を手に渓谷を下ってくる。
 かなりの急勾配にも関わらず下ってくるゴブリンらは、勢いを増した突進力で迫って来た。
 レイダーを抜いたフィリンもまた、彼らに立ち向かって走り出した。
 後方の二匹が脇に逸れてフィリンを避け、テントを目指して来るが、クロスのアン・デ・カースが一匹を拘束。もう一匹にはダードが放たれて、盾にした棍棒を砕き、追撃のミドガトルが炸裂した。
「悪いが、彼女には先約がある。乱暴なお客は、お断りさせて貰うよ」
 先に拘束した一匹にもダードが炸裂し、生じた破片がテントにぶつからぬよう、プチシルトを展開して防ぐ。
 ダードで生じた粉塵の中から抜け出たフィリンの斬撃が流れるような曲線を連続して描き、迫り来るゴブリンを二匹斬り捨て、三匹目の振り下ろした棍棒を粉砕しながら斬り伏せる。
 そのまま勢いを殺す事無く、むしろマアル・ブーストで加速しながら跳躍。迫り来るハイゴブリンへと肉薄し、剣を振り被った。
 人から奪ったのか、振り下ろされた刃毀れの酷い剣を粉砕し、その身に必殺の環襲斬星断を叩き込む。両断したゴブリンの赤い体液を浴びたフィリンは、マアル・ブーストの反動で酷い疲労感を感じて、谷を滑り落ちて来た勢いのまま転げ、体液を落とすために自分から川に落ちた。
「はぁっ……! もう、いないわよね……」
「あぁ、もう大丈夫だ」
「そう……疲れたぁ」
「アメシストさんもまだ寝ているし、もう少し休憩して行こうか」

 その後、一行はフィリンの状態が整ってから先へ進んだ。
 ハイゴブリン率いるゴブリンの群れが最大の山場であったと言わんばかりに、信じられぬ程何も無く到着した時には呆気に取られたものだったが、とにかく無事、アメシストを街へ送り届けられたのである。
 デスレイプニールを下ろし、代わりにケットシーを乗せたアメシストは、軽やかな足取りで真っ直ぐに廊下を歩き、ステップするように階段を上がって、目的の病室の扉を勢いよく開ける。
 前以て話を聞いていた看護師は別だが、病室にいた全員が驚愕の面持ちで振り返り、事態の把握に努めるため硬直する。
 アメシストは病室を見渡すと、自分からカーテンの陰に隠れようとしている少女を見つけて、少女のベッド前へと躍り出た。
 舞台にでも立っているかの如く、一人の観客に対して深々と頭を下げる。
「ハロゥ、レディ。招待状をくれてありがとう。あなたのために、駆け付けたわ」
「あ、あ……」
「明日の手術を控えるあなたのために。どうか、希望となりますように。祈りを籠めて歌うわ」
 少女は泣く。
 シーツを掴んで自分の顔を隠し、シーツを涙で濡らしながら泣きじゃくる。
 シーツを掴む少女の手に、アメシストが己が手を添え、囁くように歌い始めた。
 小さな病室の中で行われた、小さな公演。病室には病院中の医師、看護師、病人らが集まり、入口にいたフィリン、クロスも混じって聴き入った公演は、成功の後に幕を引いた。
 翌日行なわれた少女の手術も成功を聞き届け、無事に歌姫を送り届けた二人は、学園に戻ると紫の封蝋がされた手紙を受け取る。
 手紙にはお礼の文句と、次に予定されている公演のチケットが入っていたが、病室で少女の手を握りながら行われた小さな公演には及ばないだろうなと、二人、同じ事を思って微笑を湛えるのだった。



課題評価
課題経験:90
課題報酬:3000
アメシスト・オンステージ
執筆:七四六明 GM


《アメシスト・オンステージ》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 1) 2021-01-12 21:23:27
勇者・英雄コースのフィリンよ、よろしく。

まずどちらの道を行くか、そのうえでどう守るか、戦うかね。

今回の場合、敵か、未知の険しさ…という感じね。
ティファニーはデスレイプニル乗りだし、森の方が相性いい気はするんだけど
ジャバウォック20体はちょっと厳しいわね…

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 2) 2021-01-15 02:21:21
賢者・導師コースのクロス・アガツマだ、よろしく頼む。
ギリギリの参加で申し訳ないが、とりあえず、これで出発自体は出来るだろうか。

人数的に、やはり渓谷の通常ルートの方がいいだろうか。
その場合、俺は動作察知と暗視順応を持っていって、警護に当たろうと思っている。
こちらはこんな感じで考えているが、フィリン君はどうかな?ルートはどちらが良いだろう?

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 3) 2021-01-15 19:26:08
ありがとう、よろしくクロス。

今の人数なら渓谷ルート、賛成よ。
私も暗視順応は持っていくつもり。
あとは盾系スキルで障害物対策と陣地設営かな。

クロスが見つけて回避、回避無理なら私が防御…って感じで

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 4) 2021-01-15 21:06:06
了解した。こちらもそれで問題ない。
俺もプチシルトは持っていくが、本来一人用だしやはりカバー力に限界がある。
専攻のフィリン君が対処してくれるなら頼もしいよ。
では俺は、危険の早期発見と警戒に勤めよう。