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原始生命理論学【馬と貴族の死生】


ストーリー Story

 夜の教会。
 一人の女が懺悔室で信者の言葉に耳を傾けていた。
 癖のない真紅の長髪、黒いタイトなドレス、翠緑目の美人。名は、【ノエル・アトキンズ】。
 普段はフトゥールム・スクエアにおいて原始生命理論学の講師を勤めているが、仕事の空き時間で時折各地の教会に赴き、何か異変が起きていないか察知するのが日課だった。
 その日、懺悔室に来たのは一人の男だった。
 相手の姿は見えない。だが、鼻についた香水は、非常に高価なものだとすぐに分かった。
「ああ、神よ……どうか我が身をお救いください……」
 そう口にする声は、確かに震えていた。
(……なるほど)
 ノエルは僅かに目を眇めた。
 ここに来れば勇者の卵たちが事件を授業の一環として解決してくれるとの噂を聞いて、中流貴族がトラブルを持ち込む気でいるのだろう。これまでにも、大小様々な雑用を、貴族に持ち込まれたことはあった。
 だが、この震えぶりはなんだろう。
 これまで受けてきた懺悔とはなにか違うものを感じ、ノエルは先を促す。
「何をしたのです」
 男は、待っていたように、ぽつぽつと語り始めた。
「私は、速く走る獣が好きでした。各国から珍しい生き物を取り寄せ、檻の中で駆け比べをさせたこともあります。……興行としても、一部の界隈で、大変人気を博したのです」
 いかにも、中流貴族が上流貴族のお眼鏡にかなうために編み出した策といった響きだ。
 たしかに、一時的に目を引ける娯楽だろう。だが、末永く取り立ててもらうにはまた別の努力が必要となるはずだ。
 ノエルの読みどおり、男の沈痛な言葉は続いた。
「……それで。先日ついに、とある売人から、名馬を買い取ったのです。……とても、立派な馬で、興行でしっかり成績を残せば、軍馬としてとある将軍に献上することができるかもしれない……。願ってもないつながりが得られるかもしれないと、そう考えました」
「それで」
「……売人が連れてきた馬は、デスレイプニールでした」
 ノエルは眉根を寄せた。
 デスレイプニール。
 神様の馬を真似て生成されたと言われる魔物。
 八本の足を持ち、その速度は、水上すらも疾駆するという。
「願ってもない馬だと思いました。神の馬を、献上できるのであれば、きっと……きっと、気に入っていただけるだろうと」
「……そうは、いかなかったのですね」
「はい……」
 貴族は苦々しく呻いた。
「デスレイプニールは、実に好戦的でした。私のことは最初から歯牙にもかけていなかったのですが、将軍のことは、ライバルと認めました。そして、蹄の毒で、将軍に大怪我を追わせ、逃げ去ったのです」
 貴族の声は、震えていた。
「それが、今朝のことです。……デスレイプニールは、まだヴェステラ平原を逃げ続けています。将軍は一命をとりとめましたが、デスレイプニールの殺害を、私に命じました……。ですが、将軍すら叶わなかった馬に、私が叶うはずなどない……。事実上の、死刑宣告です」
 ノエルは静かに言葉を聞いていた。
「……ここは教会です。祈るあなたに与えられるのは、自分の死と向き合う安寧だけでしょう」
 死は、生き様に由来する。
 馬を献上することでより高位の貴族に取り入ろうとした生き方が、彼の死を招こうとしている。
 原始生命理論学の講師としては、手軽な教材として眺めるに値する死の話だった。
 だが、講師である以前に、ノエルは勇者だ。
 救いを求めて震えるものを前に、手を差し伸べないはずがない。
「教会で得られる安寧と死に、耐えられないのなら……」
 そう口にするノエルの声は、希望の光に満ちていた。
「より確かな救いを求めるのであれば、フトゥールム・スクエアへお越しください。貴方を、救済しましょう」
 懺悔室の壁の向こうで、男がはっと息を呑むのが分かった。
「……ありがとうございます……ありがとうございます!」
 男は何度もそう繰り返したかと思うと、慌ただしく駆け出した。
「……さて」
 ノエルは小さく息をついた。
「講義の支度をしなくてはな」

 翌日、ノエルは自らの授業を専攻する生徒たちに対して、デスレイプニールの討伐を課題として課した。
「機動力に優れた名馬だ。人間の足で追いつくことはまず難しいだろう。まずは足留めの策を打ち、確実に動けない状況を作り出すことをお勧めする。また、デスレイプニールが駆け回っているヴェステラ平原は、平原とは名ばかりの、小高い凹凸の多い土地だ。隠れられる程度の小さな横穴もあれば、飛び出しに向いた滑走路じみた坂もある。奇襲には向いた土地だから、地の利を上手く活かせば有利に戦えるはずだ」
 ここまでは通常の討伐と変わらない。
 だが、本講義は『原始生命理論学』だ。これで済むはずがないことを、多くの生徒は理解している。
 なぜ生きるのか。
 それはすなわち、なぜ死ぬのかに直結する。
 死に方はすなわち生き方。死はすべて、それまでの生に起因している。
 それが、原始生命理論学の原理だ。
 ゆえに、本講義では、魔物が死ぬ様を、つぶさに観察し、死と対面することを必須とする。
 そして、すべての死と、死に至るまでの生命へ敬意を払い、送ることを主眼としている。
 そんな『課題活動』の独特さが、コアな人気を誇っている。
 もっとも、課題活動後の一万文字近いレポートもまた、実に悪名高いのだが。
「さて。今回のレポート課題は【馬と貴族の死生】だ。なぜ馬が死ぬのか、なぜ貴族が生きることになるのか。彼らの死生について、一万文字のレポートを課す」
 デスレイプニールの討伐、そしてレポート課題の提出を完了させること。
 この2点が、今回の課題だ。
「諸君らが良き学びを得ることを、期待している」
 そう言って、ノエルはわずかに微笑んだ。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 5日 出発日 2021-05-16

難易度 普通 報酬 通常 完成予定 2021-05-26

登場人物 5/8 Characters
《光と駆ける天狐》シオン・ミカグラ
 ルネサンス Lv14 / 教祖・聖職 Rank 1
「先輩方、ご指導よろしくお願いしますっ」 真面目で素直な印象の少女。 フェネックのルネサンスで、耳が特徴的。 学園生の中では非常に珍しく、得意武器は銃。 知らない事があれば彼女に訊くのが早いというくらい、取り扱いと知識に長けている。 扱いを知らない生徒も多い中で、その力を正しく使わなくてはならないことを、彼女は誰よりも理解している。 シオン自身の過去に基因しているが、詳細は学園長や一部の教員しか知らないことである。 趣味と特技は料理。 なのだが、実は食べるほうが好きで、かなりの大食い。 普段は常識的な量(それでも大盛り)で済ませているが、際限なく食べられる状況になれば、皿の塔が積み上がる。 他の学園生は、基本的に『○○先輩』など、先輩呼び。 勇者の先輩として、尊敬しているらしい。 同期生に対しては基本『さん』付け。  
《奏天の護り姫》レーネ・ブリーズ
 エリアル Lv29 / 芸能・芸術 Rank 1
いろいろなところをあるいてきたエルフタイプのエリアルです。 きれいな虹がよりそっている滝、 松明の炎にきらめく鍾乳石、 海の中でおどる魚たち、 世界にはふしぎなものがいっぱいだから、 わたくしはそれを大切にしたいとおもいます。
《静止時空の探求者》ディートハルト・イェーガー
 カルマ Lv9 / 賢者・導師 Rank 1
僕は、ディートハルト・イェーガー(Diethard・Jäger)と、 申します。よろしくお願い致します。 正式名称があるのですが、一応伏せておけと言われまして… 父さんの亡くなったご子息の名称を名乗らせて頂いてます。 父さん曰く、調査依頼を受けた遺跡の隠し部屋で 休眠中の僕を発見、再起動しました。 父さんはあの通り小さな方なので…起きなかったらどうしようかと思った、と。 再起動したのは2019年5月21日です。 …本来、既に有事以外で再起動しない筈でした。 そして自由意志なぞ、僕にはなかった筈なのですが… …いえ、この様に再起動したからには、父さんのお役に立ちたいと思っております。 ですが、その父さんが2020年2月から調査依頼に出たきり 音沙汰がなくなりまして… 安否確認に来ましたら、何故か入学していました。 表面上は言葉と表情は柔らかく、にこやかに対応する。 いわゆる営業スマイルであり、実際に喜怒哀楽などの感情は持ち合わせていない なので、内面ではどの様に対応すればよいのか、と観察と試行錯誤を繰り返してるのでよく営業スマイルで止まっている。 ヒトって突飛ですね…と、学園長を見て零す日々。 『父さん』 ジークベルト・イェーガーのこと 本人的には義理親子よりも主従関係の方が認識し易いと言うが 異世界遺物の可能性やジークベルトの役に立ちたいという意思と ジークベルトの主人と呼ばれる忌避感から養子縁組で落ち着いた
《ココの大好きな人》アンリ・ミラーヴ
 ルネサンス Lv18 / 教祖・聖職 Rank 1
純種が馬のルネサンス。馬の耳と尻尾を持つ。 身長175cm。体重56kg。 16歳。 性格は温厚。 あまり表情を変えず寡黙。 喋る際は、言葉に短く間を置きながら発していく。 少しのんびりした性格と、言葉を選びながら喋るため。 思考や文章は比較的普通に言葉を紡ぐ。 表現が下手なだけで、年相応に感情は豊か。 好奇心も強く、珍しいものを見つけては、つぶらな瞳を輝かせながら眺めている。 群れで暮らす馬の遺伝により、少し寂しがり屋な面もある。 やや天然で、草原出身の世間知らずも合わさって時折、突拍子の無い発言をする。 好きな食べ物はニンジン。 食べていると美味しそうに目を細めて表情を和らげる。 趣味はランニング。運動自体を好む。 武術だけは、傷付ける行為を好まないため苦手。 入学の目的は、生者を癒し死者を慰める力を身に着ける事。
《枝豆軍人》オルタネイト・グルタメート
 リバイバル Lv15 / 魔王・覇王 Rank 1
■性別■ えだまめ(不明) ■容姿■ 見た目:小柄で中性的 髪:緑のショートヘア 目:深緑色 服:生前の名残で軍服を好む。 あとなぜが眼帯をしてる。 ※眼帯に深い理由はない。 ■性格■ 元気(アホの子) 意気揚揚と突撃するが、結構ビビりなのでびっくりしていることもしばしば。 ■趣味■ 枝豆布教 ■好き■ 枝豆(愛してる) ■苦手■ 辛いもの(枝豆が絡む場合は頑張る) ■サンプルセリフ■ 「ふはっはー!自分は、オルタネイト・グルタメートであります。」 「世界の半分を枝豆に染めるであります!」 「枝豆を食べるであります!おいしいのであります!!怖くないのであります!」 「これでも軍人さんでありますよ。ビビりじゃないであります!」 「食べないで欲しいでありますー!!自分は食べ物ではないであります。」

解説 Explan

課題内容は、デスレイプニールの討伐と、1万文字のレポート作成です。
割合は8:2ぐらいを意識していただけると助かります。

【デスレイプニール討伐】
■デスレイプニール
●概要
蹄に毒を持つ、8本脚で疾走する馬です。
水の上を駆けることもできるほどの脚であり、人の足で追いつくことは困難でしょう。
人語は理解しますが、会話は不可能です。
非常にプライドが高く、やや好戦的で、挑発に乗らずにはいられません。

●得意属性・苦手属性
どちらも無

●主な攻撃
『バリスタ』
 高速疾走からの突撃。
 対象者は1人。
『ポイズン・キック』
 毒の蹄での蹴り。
 蹄で怪我をさせられると毒に侵されてしまう。
 対象者は1人。
『キングズ・ウィニー』
 正面にいる相手を数秒間硬直させるいななき。
 範囲攻撃で、対象は正面のみ。

■ヴェステラ平原
●概要
平原とは名ばかりの、小高い凹凸の多い土地です。
隠れられる程度の小さな横穴もあれば、飛び出しに向いた滑走路じみた坂もあります。
視界に入りづらい思わぬ段差が多いため、奇襲に向いています。
地の利を上手く活かせば有利に戦えるでしょう。

【レポート課題】
「なぜ馬は死ぬことになったのか」
「なぜ死ぬはずだった貴族は生きながらえるのか」
の2つの問に対して、それぞれの答えを出すレポート課題です。
それぞれの問への回答だけでなく、一万文字を書かされる非常にしんどい課題に、各々がどう取り組むのかお伝え下さい。


作者コメント Comment
長らくご無沙汰いたしました。
教祖・聖職コース向きのたてつけではありますが、戦闘をメインとしたアクション多めの課題です。
どなたも奮って、知恵を使ってご参加いただけると幸いです。


個人成績表 Report
シオン・ミカグラ 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:270 = 90全体 + 180個別
獲得報酬:9000 = 3000全体 + 6000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:2
獲得称号:---
事前調査で、まず高低差や地形を予め調べて備えておきましょう
平原に到着したら、デスレイプニールの死角になる場所を位置取り、チャンスを待ちます
警戒を解いた、無防備な状態を狙い、スナイプショットで狙撃しましょう
なるべく負傷によって、デスレイプニールの速度を落とせるように、脚などの効果的なポイントを狙います

交戦状態に突入したら、なるべく敵の正面には立たないように立ち回りつつ、射撃します
デスレイプニールが行動を起こすときはファストショットで妨害して皆さんを援護します


レポートは真面目にコツコツ取り組みます
何故死ぬのか……それは、私達が殺すから
奪うものとしての責任を、私達はきっと背負わなくてはならないんです

レーネ・ブリーズ 個人成績:

獲得経験:135 = 90全体 + 45個別
獲得報酬:4500 = 3000全体 + 1500個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:2
獲得称号:---
準備として「魔法薬生成キット:B」二つを調合しておきます。

そしてがんじょうをたかめて前衛でがんばります。

たたかいはできるのでしたらかくれて奇襲しますね。

攻撃は「シールドスロー」をたたきつけ、
必要でしたら「言の葉の詩:ラブ・キャロル」で味方を回復します。
わたくし自身の回復は「魔法薬生成キット:B」をつかいます。

敵が毒をつかってきたら「福の針」と「備えあれば何とやら」でなおしますね。



レポートについては、「敵だからころした」、「敵ではないからいきてる」
ということを主眼にして対立関係をていねいにまとめていきますね。

ひととなかよくしてるデスレイプニールもいます。
ひとでも山賊とかでしたら敵……ですから。

ディートハルト・イェーガー 個人成績:

獲得経験:108 = 90全体 + 18個別
獲得報酬:3600 = 3000全体 + 600個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:2
獲得称号:---
気配察知と魔力感知を使っておおよその位置を確認したら学園で借りてきたトラバサミを仕掛ける
設置場所の近くに隠れられる横穴や茂みがあればよいが
囮役をされる方がかからない様に囮の方に罠の場所は知らせておく

基本は魔法で攻撃する
…耐衝撃への耐性というなら、僕は高い方と思われるので前に出て戦うのも厭わない
場合によっては庇う

退治が終わったらレポートの作成ですね
がんばりましょう!
僕ですか?いえ、レポートを『作成』することに苦痛など感じませんのでいくらでも書けますよ

アンリ・ミラーヴ 個人成績:

獲得経験:108 = 90全体 + 18個別
獲得報酬:3600 = 3000全体 + 600個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:2
獲得称号:---
ヴェステラ平原でデスレイプニール(以下デスレ)発見後、気付かれないよう平原の凹凸に身を隠しながら近づく。
同行の仲間が奇襲や罠の設置をするなら、準備後、再度隠れながら接近。
事前の調べからデスレの攻撃範囲外と思われる距離ギリギリで自分の姿を見せる。
祖流還りⅡで馬に近い姿へ変身、デスレを威嚇して挑発。
挑発に乗ったら逃げて、仲間の罠や奇襲を備えた場所へ誘う。
途中でデスレが止まったら、また威嚇。
仲間とデスレの戦闘が始まったら、ハウンド・ドッグで戦いつつ、聖鎖陣《魔法防御》を使える隙を伺う。

課題は、馬が死んだ理由を「個として強かったため」、貴族が生きた理由を「個として弱いが強い群れに頼れたため」と答える。

オルタネイト・グルタメート 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:270 = 90全体 + 180個別
獲得報酬:9000 = 3000全体 + 6000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:2
獲得称号:---
心情:引導を渡すであります!

行動:
「事前調査」で罠を仕掛けられそうな位置を探し、「罠設置」で設置
【リ5】【気配察知Ⅰ】で潜み、奇襲を仕掛ける

戦闘になったら、前衛として攻撃を引き受ける
自分自身はなるべく隠れずに目立つように行動
時には挑発する

攻撃は【覇道行進】【絶対王セイッ!】【威圧感】
【リ1】【リ2】【リ4】で防御/回避
相手の正面に立たないよう移動を続ける
あえて、隠れず敵に見つかるように立ち回る

レポート:
枝豆を頬張りながら珍しく真面目に取り組む
自分自身が一度死を経験しているので改めて生と死について考える
また、敵の死に際の様子を書き留める

馬→貴族を仕留めなかったから
貴族→まだやることがあるから

リザルト Result

▼戦は準備が九割であります!
「うーん! 随分広いでありますなぁ!」
 ヴェステラ平原に着いた【オルタネイト・グルタメート】は、額に手を添えて辺りを見渡した。
 平原とは名ばかりの、凹凸の多い土地だ。
 なかなか歩きにくく、足元をよくよく見ていないと、いつ凹凸に足を取られるか分からない。
「オルタネイトさんは、慣れてらっしゃるんですね……」
 後ろをついて歩く【シオン・ミカグラ】は、オルタネイトの踏んだ地面の上を器用になぞっていく。
「自分は軍人であります! 敵地の調査は得意中の得意でありますよ!」
「てっきり無類の枝豆好きとばかり……」
「枝豆は素晴らしいでありますよ! よろしければ、ミカグラ殿も後ほどいかがでありますか!」
「あ、ありがとうございます。……ところで、この地形はどう見ればよいです?」
 シオンに問われ、オルタネイトは改めて辺りを見渡した。
 実践の先輩として、なにか伝えられることはないかと、思案する。
「……確か、ミカグラ殿は、初めての課題でありましたな!」
「は、はい……! 緊張します、けど……がんばります!」
「うんうん、その意気であります!」
 気合に満ちた返事に、オルタネイトは嬉しげに微笑む。
「では、さっそくあたりの土地を見てみるでありますよ! たとえば……そうでありますな……。あそこの、少し土地が膨らんだ辺り、見えるでありますか? あの地形、ミカグラ殿であれば、どんなふうに戦法に活かすであります?」
「うーん……」
 シオンは目を凝らす。
「そう、ですね……。少し膨らんでいますし、このあたりの土地に、そういった地形は多いようですから……例えば、土地の膨らみに見せかけて、トラップを設置して、上から土をかぶせて偽装する……といったような、小技が、無理なく使える地形だな、と、全体を判断するかと思います」
「うむうむ! それも良い着眼点でありますな!」
「他に、何か?」
「そうでありますな。自分もミカグラ殿と同様、広くこの地形を捉えるであります。この平原には、ミカグラ殿の指摘通り、小さな丘がいくつかある。それに加えて、パッと見ただけでは視界に入り切らないような落とし穴も多い」
「なるほど? じゃあ、急に飛び出すような奇策が使える……とか?」
「そうでありますなぁ……。ただ、こういった場所は、一見奇襲向きには違いないのでありますが、こちらの視界も効きづらいのであります。そしてそれは、敵も同じ。見えない中で、どう動くか。見えなくても、知っていれば構わない。思っている以上に、この土地は、情報収集が重要な局面を占めるであります」
 地形を見つめるオルタネイトの視線は、軍人らしい鋭さを帯びていく。
「すなわち、どちらがよりこの平原を『見ていたか』。……それが勝敗を分けると言っても過言ではないのでありますよ、ミカグラ殿。よって、自分はまず、より高い場所からこの丘を見渡せる場所を探すであります。この地形では、人間の目の高さから得られる情報に限りがある。まして今回の敵は、デスレイプニール。草食獣の索敵能力や視野は、決して、侮れるような生易しいものではないのであります」
「……なるほど。……つまり、この土地をどう利用するかの判断を下す前に、まずは、視覚で優位に立てる地点を探す……ってことですか?」
「それだけややこしい土地だ、というのが、自分の判断でありますな。今の視点から見たら良い策であっても、もっと広い視野で盤面全体を眺めれば、別の策が見つかるかも知れない。大切なのは、いま自分の視線の高さからの情報だけではなく、角度を変えたり、高さを変えたりして情報を得ることであります……。なんて、ちょっと先輩風吹かせすぎたでありますかね!」
 照れたように笑うオルタネイトに、シオンはぶんぶんと首を振って見せた。
「そんなことないです! とても……とても、参考になりました!」
「なにか学びになったのであれば、嬉しいであります。……もっとも、これはあくまで自分の見解でありますから、視点次第では他の手段も出てくるかと! それに、ミカグラ殿の罠を設置する作戦も、良いと思うであります!」
「本当です?」
「もちろん! さてさて。それではさっそく、この平原の神の目……視覚的優位に立てる場所がどこなのか、探しに行くでありますよ~!」
 嬉々として足早になるオルタネイトの後ろを、シオンは引き続き、慎重に追っていった。

▼支度を整えるに越したことはありませんから。
 【アンリ・ミラーヴ】と【レーネ・ブリーズ】は、廊下でばったりと出くわした。
「こんにちは、ミラーヴさん。あなたも、課題のご支度を?」
 ぺこりと礼儀正しく頭を下げるレーネの背中には、革製のリュックサックが背負われている。毒への支度をきちんと整えていることは伺えるだろう。
「ああ。書物で、デスレイプニールのことを調べてみたんだ。少し、自分にとっては、親しい存在だからな」
 レーネは相手の姿をじっと見つめる。
 純種を馬に持つルネサンスであるアンリの頭には、たしかに馬の耳が生えている。ズボンからも、しっぽがのぞいていた。
「レーネさんは?」
「わたくしは、念のため毒に備えようと。……用心しすぎることは、ありませんからね」
 にこりと穏やかに微笑むレーネに、アンリも笑みを返す。
「それは頼もしい」
「命あっての物種ともいいますから」
「間違いないな」
 向かう方向が同じだったらしい。雑談がてら、廊下を進んでいく。
「ところで、レポート課題だが、どう切り込む?」
「そうですね。先生のレポートは独特ですから……。しっかりと骨子を組み立てて行こうと思います。シンプルに問いかけに答えるなら、デスレイプニールは『敵だからころした』。そして、貴族の方は『敵ではないからいきてる』。……その二点に尽きるかと」
「ほう。興味深いな」
「ひととなかよくしてるデスレイプニールもいます。それに……ひとでも山賊とかでしたら敵……ですから」
 アンリは納得するように頷いた。
 通常のレポート課題であれば、何を書くつもりかを生徒同士で事前に共有することは殆どない。
 他の生徒からアイディアを奪って書いてしまう事ができるからだ。
 だが一万文字となると、盗作ではまず字数が足りない。
 何より、教員の【ノエル・アトキンズ】がそれを見逃さない。
 盗作だと見抜かれたが最期、精神的になかなかクる責め苦を負うのだという。
 個別対話室で何をされたかはわからないが、以前に剽窃を行った生徒は、それはそれは沈痛な面持ちで、始終通夜のように授業に参加していたという。
「そういうミラーヴさんは、いかがですか?」
 問われ、アンリは顎に手を添えた。
「そうだな。端的に語れば、馬が死ぬのは『個として強かったため』。貴族が生きる理由は『個として弱いが強い群れに頼れたため』だと俺は考える」
「弱肉強食の世界観……でしょうか」
「いや。もう少し社会的な観点から書くつもりだ。そういう意味では、レーネさんのレポートと、近い観点もあるのかもしれない。デスレイプニールは、群れる仲間を持たないほど特殊な存在だった。個としてとても強すぎる故に、強すぎて誰にも頼れなかったことが死因だろう」
「そうですね……。『つながり』に着目するのであれば、論理としての接点はたしかにあるかと」
 こくりとレーネはうなずく。
「あぁ。貴族は社会という人間の群れに生きている。だが個人では弱いため、デスレイプニールの敵とも見なされず、より強い勇者という群れに頼ることで、生き伸びられた。……そういう形で組んでいくつもりだ」
「ふふ。完成したらぜひ読ませてくださいね」
「こちらこそ。……そのためにもまず、安全に討伐を行おう」
「えぇ」
 二人はわずかに笑み合い、それぞれの行く先へ分かれていった。

▼初陣、がんばります!
 オルタネイトとシオンの調査から数日後。
 一行はフトゥールム・スクエアを出発し、ヴェステラ平原に到着していた。
「やはり幾度訪れても広いでありますなー!」
 楽しげにあたりを見渡しながら、オルタネイトは地図を広げる。地図、といっても公的なものではなく、先日のシオンとの下見でめぼしい場所にチェックを入れた簡易のものだ。
 だが、簡易とは言え地図は地図。この地形を制するものが勝負を制すると言っても過言ではない状況においては、大きなリードだろう。
「大したものですね」
 【ディートハルト・イェーガー】は、オルタネイトの後ろからひょいと地図を覗き込んだ。
「これだけ正確なら、僕の持ってきたトラバサミも活躍できそうです」
「トラバサミ?」
「学園から、借りてきたんです」
 にこにこと微笑むディートハルトの手元には、なかなか物騒なフォルムの罠がいくつか持たれている。
「地点はお知らせします。しっかり隠しておきますから、うっかり踏まないように、気をつけてくださいね」
 ディートハルトは、気配察知と魔力感知を併用しながら、オルタネイトたちが用意した地図をもとにトラバサミを設置していく。
 ディートハルトの五感は、魔物の魔力を感知することができる。
 その僅かな気配から、獣の足取りをたどり、縄張りを特定していく。
 オルタネイトも助力しながら、デスレイプニールにとっての死角となりそうな場所へ罠を設置した。
「うっかり踏まないように気をつけてくださいね」
 にこりと微笑むディートハルトの仕草は、戦闘の前とは思えないほど落ち着いていて、礼儀正しかった。
「一緒に設置場所を確認している。うっかりやらかすほど素人の集団でも無いだろう」
 ディートハルトと同じように落ち着き払ったアンリの背後で、レーネもこくりと頷いてみせる。
 そして、少し首を傾げて周囲を見渡した。
「……ところで、ミカグラさんは、どちらに?」
 レーネの問いに、得意げに答えたのはオルタネイトだ。
「彼女には、重大な役目があるであります!」
「重要な役目……ですか?」
 復唱するレーネの隣で、アンリが首を傾げる。
「今回が、初めての出陣だったと記憶しているが。プレッシャーにならないか?」
「だからこそ、自信をつけてもらうでありますよ。良い戦場が良い軍人を生むのであります! 今回は、切り崩しの起点を、彼女に任せたでありますよ」
「オルタネイトさんの案です?」
「とんでもない。彼女がやりたいと自ら伝えてくれたでありますよ。自分は、事前調査の際、今回の作戦に適した場所を見つけたので、彼女をそこへ案内したであります」
「なるほどな」
 アンリが納得したようにうなずく。
 誰もが、自分の初陣を思い起こしていた。
 思い通りの活躍が出来たものも、そうでなかったものも。
 仲間との連携がうまく取れるようになるまでの日々や、魔物と会敵しても恐れなくなった日のことを、思い出さずには居られない。
「……いい課題にしましょうね」
 思わず呟いたレーネに、一同は深く頷いた。
 その時だった。
「……来ます!」
 ディートハルトが、東の方角を指差した。
「魔力感知に成功しました! 向こうの方から、一頭……大きな魔物が、走ってきています」
 素早く動いたのは、オルタネイトだった。
「そっちのほう! 隠れられる場所があるであります!」
 オルタネイトが指差した場所へ、一同は身を隠す。
 やがて、蹄の音が一同の耳に届いた。

▼命尽きるとき
 命が尽きるとき、その理由を知ることができるものは少ない。
 病名だとか、死因だとか。
 そんなものを並べられてもなお『何故死ぬのか』という虚しい疑問は、消えることがない。
 一行に向かって突っ込んできたデスレイプニールの脳裏にあったのは、純粋な怒りだった。
 自分がかつて暮らしていた土地から、無理やり自分を捕らえて、連れ出した人間。
 自分の出世のために他人を利用する貴族のやり方は、気高いデスレイプニールの怒りを一層煽った。
 だからデスレイプニールの胸裏に、後悔はない。
 たとえ自分のせいで貴族が死ぬことになろうとも、自分を御しきれなかった将軍が死ぬことになろうとも、それは各々が招いた死だ。
 ヴェステラ平原の土を蹴る八つの蹄には、未だ貴族に埋め込まれた蹄鉄が残ったままだった。それが一層、腹立たしい。
 デスレイプニールは、敵を探して平原を走り続けていた。

▼獣の心、獣のみぞ、知る。
 デスレイプニールが駆けていく足音は、とっさに身を隠した一行の耳にもはっきり届いていた。
「……思っていたより、ずっと大きな体をしていますね」
 小さく、レーネが呟く。
 八本脚で走る巨躯。それはもはや、馬というより走る災害だった。
 あんなものに怪我をさせられて命があった将軍を流石と思うべきなのか、この化け物の討伐を命じられて死を覚悟した貴族が正しかったと思うべきなのか。
 誰もが、息を殺していた。
 そんな中、アンリが小さく何かを唱えた。
 デスレイプニールの攻撃射程を読み、十分に距離が開いたのを確認して、物陰から躍り出る。
 その背中が、身体が、ビキビキと音でも立てるように、膨張していく。
 まるで全身の血が逆流するかのように、熱がほとばしるのが分かった。
 祖流還りの力で、アンリの身体が祖先のものへと変貌を遂げていた。
 そこにいたのは、屈強な体躯に恵まれた立派な銀の馬だった。
「さすが、ルネサンス……」
 ディートハルトが、称賛するように小さく呟く。
 アンリは、両足を上げ、大きくいなないた。
 その声に、姿に、デスレイプニールの視線が向けられる。
 正面から対峙したアンリは、小さく息を呑んだ。
(……なんて目だ)
 まるで、何者なのかを問われているようだった。
 王者が平民を睨み据えるような威厳。
 自分に堂々たる自信があるからこその怒り。
 己の許可無く目前に立つことを許さない。
 神の馬を模して作られたと言われる魔物である生い立ちがそうさせるのか、これまで負けを知らずに生きてきた日々がそうさせるのか。
 正面に立って臆さずにいられるだけでも十分な素養だろう。
 だが、アンリはその先へ踏み出した。
「来い……!」
 デスレイプニールを正面から睨みつけ、両耳を後ろへ倒し、歯をむき出しにする。
「勝者気取りの、化け物め!」
 それは、王者に対する罵倒にも等しい行為だった。
 デスレイプニールのまとう気配が、警戒から殺意へ変わっていく。
 じりじりと身を焦がされるような怒りを全身に浴びてなお、アンリは引かなかった。
 危険だと、重々承知している。下手を打てば、大怪我では済まないだろう。
 だが、ここで相手の注意を引けなければ、作戦は意味をなさない。勝算のない賭けでもないはずだ。
(お前一匹ごとき、俺は恐れも、隠れもしない――!)
 その挑発は、たしかに功を奏した。
 デスレイプニールは、蹄で数度、神経質に土をえぐった。まるで生意気だとでも言うように、淡々とアンリを睨みつけている。
 かと思った次の瞬間、デスレイプニールが一気に加速した。
(直接、潰すつもりか……!)
 アンリは咄嗟に、罠を仕掛けた方角へ全力で駆けた。
 だが相手は、水面をも渡る魔物の馬だ。
(くっそ……なんて脚力してやがる……)
 段々とこちらへの距離が縮まってくるのが分かった。罠が設置されたポイントまで、あともう少しの距離だ。
(このまま、こっちに引きつけて、少し離れたエリアまで連れていかないと……)
 デスレイプニールが、怒りに任せてまっすぐアンリへ突っ込んでくる。
 すぐ後ろには、先ほどディートハルトが設置した罠がある。
 アンリは体勢を変えてぐるりと振り向き、真正面からデスレイプニールに立ちはだかった。
 挑発するように両足を上げ、もう一度いなないてみせる。
「どうした? 来るのが怖いのか!」
 そう叫ぶと、デスレイプニールはまっすぐにアンリめがけて突っ込んできた。
 正面から二頭の馬が組み合うかに見えた、次の瞬間。
 アンリは素早く身を翻した。
 デスレイプニールは勢いのまま、罠の置かれた場所へ突っ込んで行く。
 ガシャン! と、トラバサミが発動する音がした。
「よし!」
 物陰に居たディートハルトが、素早く魔法を放つ。
 放った魔法は、ヒドガトルだ。ぱっと飛び散った火球が、デスレイプニールの視界を奪う。
 デスレイプニールは、苛立ちに任せて高く吼えた。
 あたりの空気がビリビリと震える。
 だが、まだデスレイプニールの視界は戻っていない。
「今のうちに、機動力を削ぐであります……!」
 オルタネイトが追撃しようと大きく一歩踏み出す。
 だが、デスレイプニールはその足音に反応した。
「くっ」
 危険を察知したオルタネイトが、素早く後ろに下がろうとする。
 次の瞬間。
 遠くから放たれた弾丸が、デスレイプニールの膝を撃ち抜いた。

▼最初の一発
(本当は、敵が警戒してない時を狙うつもりだったんだけど……)
 シオンは、必死に息を殺していた。
 スコープ越しに見るデスレイプニールの巨体は思っていた以上のものだった。遠方から見ているからなおさら、その機動力が文字通り化け物であるとわかる。
 こちらがうかつに動いたら気付かれてしまうのではないか。ありえないと頭で分かっていても、全身が緊張して、こわばっている。
 あれに立ち向かっていったアンリやディートハルト、オルタネイトの心境は、どんなものだったのだろう。
(……私も、なれるかな。魔物を倒して、人々に平和を与えるような、立派なガンマンに……)
 恩人の姿がちらりと脳裏をよぎる。
 深く呼吸を落ち着けて、スコープの向こうに集中する。
(相手が、集中を乱したときだ。……そのときに、必ず、隙ができる……)
 自分の心臓の音が、耳まで聞こえる。
 こんなに緊張したのは、いつ以来だろう。
 自分を信じてこの地点を教えてくれたオルタネイトのこと。今前で戦っている三人のこと。
 色んな思いが、脳裏をよぎっていく。
(大丈夫……。私は、外さない……)
 呼吸を、ピタリと止める。
 世界に、自分と、スコープ越しのデスレイプニールの二人きりになったような錯覚。
 引き金を引く指に、もう迷いはなかった。

▼好機は自分で掴むもの。
「……ッ! ミカグラ殿!!」
 見事なタイミングだと、オルタネイトは目を見開いた。
 まだ、デスレイプニールに自分の攻撃が届く範囲だ。
 そこで、この瞬間に、相手の集中を文字通り断ち切ってくれた。
「感謝するで、ありますよ……ッ!!」
 腹から声を上げ、全身に力を込める。
「『絶対王セイッ!』!」
 ペリドット・サイスを握る手に、力がみなぎった。
 思い切り、大鎌を横へ薙ぐ。デスレイプニールの脚が切れることはなかったが、ぐらりと足元がふらつくのが見えた。
 デスレイプニールが、数歩たたらを踏む。
 その頭が、ぐるりと一同を見渡した。
 凍りつくような殺意は、確かに消えていなかった。
 だが、その火は、着実に弱まっている。
 その時だった。
『貴様ら……』
 一同の脳裏に、そんな言葉が響いた。
『……俺は、貴様らを、決して、許さない』
 あるいはそれは、幻だったのかも知れない。
 デスレイプニールは、人語を話すことの出来ない魔物だ。
 だが、魔物の放つ殺気と怒りは、肌を通じ、目を通じ、たしかに彼らの耳に、そんな言葉を届けていた。
 動けなくなった勇者たちを前に、デスレイプニールはゆったりと背を向けた。
 よろつく脚で、どこかへ帰ろうとしているのは明らかだった。
「……ッ! 待て!」
 アンリが怒鳴った、その時だった。
 ブン、と鈍い音がして、何かが空を裂いた。
 それは、レーネのダイアモンドホープだった。
 真っ直ぐに飛んだ盾は、デスレイプニールの頭蓋を強かに打った。
 魔馬の巨躯が、ぐらりとかしいだ。
「……これで、おしまいです」
 レーネがそう口にしたのと、デスレイプニールが倒れたのは同時だった。
「怒れる王よ。……どうか、安らかに」
 レーネは静かに祈りを捧げ、目を閉じた。

▼お待ちかねの、レポート。
 無事デスレイプニールの討伐を終えた一行は、つかれた身体を引きずって帰路についた。
「このあと、レポートでありますか……。気の遠くなる話でありますなぁ」
 オルタネイトが、深く息をこぼす。
「あまり、無理はなさらないでくださいね」
 一方のレーネは、涼しい表情だ。
「何やら余裕でありますな、ブリーズ殿……」
「私は、ここに来る前にあらかた書き終えているので……。あとは、この実体験で学んだことをもとに加筆修正を行うだけにしてありますよ」
「なんと……! そんな手があったでありますか……!!」
「や、やっておけばよかったです……!」
 驚くオルタネイトの隣で、一行に合流したシオンも目を丸くしている。
「大体の連中はそうしてるものだと思っていたが」
 そう困惑したように言うアンリも、ほとんどの構成を終えている身だった。
「べ、勉強になります……」
 シオンは難しい顔をしながらも深く頷いた。
 今回が初の課題だ。大怪我することなく、大型の魔物を討伐することができただけでも胸を張って然るべきなのだが、そうはいかないのが、原始生命理論学の辛いところだ。
「イェーガー殿も、レポート、書き終えているでありますか?」
 そう尋ねられ、ディートハルトはニコリと微笑んでみせた。
「いえ。ですが、レポートを『作成』することなんて、僕にとっては苦痛でも何でも無いので。いくらでも書けますよ」
 にこにこと笑う姿は、どこか人間離れしていた。彼がカルマなのだと認識を新たにするには、十分だろう。
「……要らぬ心配でありましたな……」
「みたいですね」
 はは、と思わず苦笑を漏らすオルタネイトとシオンに、ディートハルトはやはり礼儀正しい笑みを見せ続けている。
「テーマは、どうするんです?」
 レーネに問われ、ディートハルトは少しの間、言葉を選んだ。
「そうですね……。魔族とヒト。それから、僕自身の理解を深めることが目的でしたから。今回の課題は、社会的食物連鎖に置き換えて書いていくことが可能かと思っています。つまり、より地位のあるものが、下のものを食らう……」
「食物連鎖、ですか」
 思うところがあったのだろう。レーネが一度だけ、テーマを復唱する。
「面白い解釈ですね。社会的繋がりが、今回の課題の要には違いないのですが、それをどう読み替えるかで、随分と解釈が広がるようです」
「ほう」
 ディートハルトは、興味を惹かれたようにレーネを見た。
「貴方は、どんな解釈を?」
「そうですね……。わたくし一人のものを聞くより、ミラーヴさんのものも合わせて聞いたほうが面白いとは思うのですが」
 そう前置きし、レーネは自分とアンリの課題設定と、解釈について手短に説明する。
 敵・味方の範疇という枠で、馬の置かれた社会的繋がりを解釈するレーネ。
 個としての強弱と、群れることの強弱を天秤にかけたアンリ。
「今回の依頼の経緯を見てもそうだ。結局、この馬は、社会的なつながりが生んだ連鎖の中で死ぬことになった……というのが、一つの解釈として有力なのかも知れないな」
「なるほど。……社会的なつながりを、僕のように食物連鎖と捉えるのか、敵・味方のソトとウチの切り分けで捉えるのか、連帯者をどれだけ生むことができるのかというコネクション形成で見ていくのか……。これはなかなか、広がりそうなテーマですね。」
 アンリの要約に、ディートハルトが深くうなずく。
 一方で、シオンは難しそうな顔をしていた。
「なんだか、大変なテーマですね……。私、そんなふうにはまだ、物事捉えられなくて……。もっとしっかり考えられていないと、レポートで落第しちゃったり、するんでしょうか……?」
「そんなことないでありますよ!」
 すかさず口を開いたのは、オルタネイトだ。
「そもそもこれは、自分らしい解釈や考え方を見つけるための講義であります! 大勢と同じ答えが正解の、多数決ゲームではないのでありますよ」
「……そう、ですか?」
「俺も、そう思う」
 アンリが、こくりと頷いてみせる。
「教祖も聖職者も、自分の信念なしには成り立たないものだ。俺は俺の探し求める道を信じて進む。シオンさんも、自分のやり方で、生と死に向き合えばいい」
「そうでありますよ! 自分自身だけの信念や価値観を持って突き進むのを、おすすめするであります」
 シオンは思わず、ニコリと目を細めた。
「……はいっ。おふたりとも、ありがとうございます」
 そして、深く頭を下げたのだった。

▼レポート返却日
 後日。
「では、今回の課題を返却する」
 ノエル・アトキンズの教室に、一行は集っていた。
「各々、しっかりと自分の目で、死生を見据えられていたと評価する。レポートへの評価は各自のものへ書き加えてある。それぞれ目を通し、自身の歩む道を今一度、見つめるように」
「はいっ」
「それから、シオン」
 名前を呼ばれ、シオンは思わずぴょこんと背筋を伸ばした。
「は、ッ、はい!」
「初めての課題だったが、大した怪我もなく何よりだ」
「あっ、……ありがとうございます!」
「それから、レポートの内容についてだが。……前提として、この課題は、ひとりひとりの生徒が自分の目で死生を捉え、言語化することに意味を置く。だから、正解もなければ不正解もない。それぞれが己の信じるものを具現化するための課題であることを、念頭に置いた上で、一言」
「……はい」
 シオンの身体が緊張でこわばる。
 何かしてしまっただろうか。初めての課題で、読み違えていただろうか。そんな不安が、周囲にも伝わる。
「淡々と事実に向き合い、命を奪ったことを受け止めるその姿勢は、宗教家らしいものだと感じられた。……最もこれは、決して楽な道ではない。奪う命の重みを背負い続けるうち、潰れていくものも少なくはない。……が、お前がその生き方から逃げず、向き合い続けていくことに期待する」
 短い言葉だった。
 だが、シオンの耳には、自分の道を肯定してくれる言葉として響いた。
「……ありがとう、ございます! これからも、がんばります……!」
 新たな生徒の旅立ちを祝うように、先輩たちから、惜しみない拍手が送られた。



課題評価
課題経験:90
課題報酬:3000
原始生命理論学【馬と貴族の死生】
執筆:海太郎 GM


《原始生命理論学【馬と貴族の死生】》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《光と駆ける天狐》 シオン・ミカグラ (No 1) 2021-05-11 13:03:39
はじめまして、でしょうか。
教祖・聖職コースのルネサンス、シオン・ミカグラです。よろしくお願いします!
今のところ参加者は私だけですが、出発まで、しっかりと備えておきます。

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 2) 2021-05-12 12:09:35
はじめまして、ですね。
芸能・芸術コースのエルフ、レーネです。

魔物は毒あるみたいですから、毒をなおせるものと、
それを何回でもつかえるようにする技能を準備しますね。
ただ、とどく距離がみじかいのと魔物のいななきには注意するかんじでしょうか。

よろしくおねがいしますね。

《静止時空の探求者》 ディートハルト・イェーガー (No 3) 2021-05-13 23:46:02
賢者・導師コースのディートハルト・イェーガーと申します。
よろしくお願い致します。

現状、前衛職になりうる方がいらっしゃいませんが…
とりあえず、真正面から仕掛けなければどうにかなるでしょうか

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 4) 2021-05-14 07:02:40
勇者・英雄コースや武神・無双コースの方々のようなことは
わたくしにはむりですけど、共通の技能や武装の工夫はできます。
それではとりあえずわたくしが盾とかもってたたかう準備してみますね。
もちろん、ミカグラさんがやってみたい、またはもっと得意な方がいらした、
ということでしたら交代とかはギリギリまで対応します。

《光と駆ける天狐》 シオン・ミカグラ (No 5) 2021-05-14 13:43:59
はい、お二人ともよろしくお願いします。
死角が多いということなので、私はそこからスナイプショットで狙撃してみます。
聖職コースは鈍器などで前衛を務めることも出来るそうですが、私はまだ経験が浅く、それには向かなそうですので……
あとは、なるべく敵の正面に立つのは避けて動きます。いななきだけでなく、突撃の脅威もありますから。

レポートは各自で、ということですが、私はやはり、真面目にコツコツ取り組もうと思います。
死生観という、簡単にはいかない課題ですが、一生懸命に取り組みます。

《ココの大好きな人》 アンリ・ミラーヴ (No 6) 2021-05-15 00:45:27
教祖・聖職コース、アンリ・ミラーヴ。よろしく(尻尾ぶんぶん)
俺も近接戦闘は、苦手。でも祖流還りⅡで、馬に変身して、挑発してみようと思う。
デスレイプニールが、挑発に乗ったら、奇襲を狙う人のところへ、誘導したい。

《枝豆軍人》 オルタネイト・グルタメート (No 7) 2021-05-15 15:55:28
あわわわっ!!まだ間に合うでありますかぁあああああ!!
(会議室のどあばーん!

ぜーぜー…オルタネイト・グルタメート、ここにであります!!
微力ながら、前衛は自分に任せるであります!

正面からいななき食らわないよう、注意するであります。
持ち物には、毒消しを持っていくであります。

《ココの大好きな人》 アンリ・ミラーヴ (No 8) 2021-05-15 16:13:29
レーネさんがデスレと、直接戦うなら、最初はレーネさんにも、身を隠してもらって。
そこへ俺がデスレを誘導出来たら、奇襲してもらうの、どうだろう。
上手く誘導が出来なかったら、俺はそのまま戦うから、その隙を狙ってもらうとか。
あと、みんながデスレと戦ってて、隙があれば、聖鎖陣をしてみる。
可能性は低いけど、麻痺させられたら、有利。

《ココの大好きな人》 アンリ・ミラーヴ (No 9) 2021-05-15 16:14:59
オルタネイトさん、よろしく(尻尾ぶんぶん)

《静止時空の探求者》 ディートハルト・イェーガー (No 10) 2021-05-15 17:05:34
魔物の属性が何かわからないので不安はありますが…とりあえず、ヒドガトルとミドガトルで後ろから攻撃しますね。

奇襲といっても、とても足が速いらしいですし、足止めにトラバサミなんかの罠をしかけて、そこに誘導してもらうとか、でしょうか

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 11) 2021-05-15 21:09:15
ミラーヴさん、オルタネイトさん、よろしくお願いします。
オルタネイトさんが前衛してくださるそうですが、
五人ですし、わたくしも盾もっておてつだいしてますね。
かくれて奇襲はできるようでしたら、やってみますね。

魔物の属性はとくにないみたいです。
まりょくがすくなくてすむマドガトルとかでもいいかもしれませんね。

《枝豆軍人》 オルタネイト・グルタメート (No 12) 2021-05-15 21:12:52
効果があるかはわからないでありますが、威圧感で素早さを下げる努力はするであります。
奇襲については、できそうならやるようにするであります。

ブリーズ殿は、前衛お手伝い感謝であります。
頑張るでありますよ。

《光と駆ける天狐》 シオン・ミカグラ (No 13) 2021-05-15 22:25:48
オルタネイトさんも、ご参加ありがとうございます。
私も、やれることはまだ少ないですが、射撃で皆さんを精一杯援護します!