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時の奇術師 ~美術館の亜空結界~


ストーリー Story

「ニル、お兄ちゃん、気を付けて。術が発動するまで魔力を全く感知できなかった。こいつ相当の手練れだよ」
「瑞理が罠を感知し損ねるなんてね。確かに相当厄介な相手だという事は間違いないようだね」
 【ニルバルディ・アロンダマークォル】、【稲葉・一矢】、【稲葉・瑞理】の三人は学園の依頼で遺跡調査に向かう道中の森の中、唐突に襲撃を受けた。
 三人が見上げる木の枝の上には、頬に歯車の意匠が施された銀色の仮面をつけた男が立っている。
「まんまと俺達を罠に嵌めたつもりだろうがな、すぐにでもぶち抜いて――」
 一矢は大剣を振りかぶり、自分たちを囲う結界の壁に叩きつけようとする。
 だがそれを振り下ろすことなく、一矢は大きく飛びすさっていた。
 瞬きの間もなく、さっきまで木の枝の上にいたはずの仮面の男が死角から彼に斬りかかったためだ。
 すかさずニルバルディが援護の攻撃を入れるもすでにそこに仮面の男の姿はなかった。
「今のは転移なのか?」
「多分この空間内だと自由に転移を繰り返せるんだと思う。相当入念に術式を組まないとこんな真似出来ない筈だけれど……ひっ!?」
 そう呟く瑞理の足元に一矢が大剣を突き立てた。
 今まさに瑞理の足の筋を狙った攻撃を未然に防いだのだ。
 仮面の男は地面に埋まっていた。
「考えるのは後だ! とにかくこの空間から脱出するぞ!」
「そうだね。悔しいけどこの空間内じゃ僕達は手も足も出ない。まずは脱出に専念しよう」
 ニルバルディは自らへの頭上からの攻撃を双剣でいなしながら応じた。
「瑞理、俺の傍から離れるなよ」
「うん!」
 一人仮面の男の動きに反応できない瑞理は一矢に庇われながら結界の壁へと向かう。
 そして全力の魔力を乗せた大剣を振りかぶり、結界へと叩きつけた。
 結界の壁が大きく揺らぎ、やがて空間が消失する。
「どうだ! これでもう妙な転移はでき……!」
 一矢が再び木の上に上がった仮面の男へと振り返った時、
「は、離して!」
 瑞理が仮面の男の腕の中に捕らえられているのを見た。
「結界は解いたはず。いつの間に!?」
「気をつけるんだ一矢。転移がなくとも相当な手練れだよ、彼は」
 瑞理が必死に仮面の男の腕から逃れようとするも、びくともしない。
 枝を斬りおとすべく飛び上がった一矢の大剣と無造作に引き抜かれた仮面の男のレイピアが激突する。
 一矢の手に火花と共にまるで鉄塊を叩きつけたかのような重さと衝撃が返ってくる。
 その細身の剣から返された手応えは防御魔術ではなく、剣技ですらもない。
 単なる純粋な膂力によって押し返されたものだった。
 細腕と細い刀身ではあり得ない、壁を叩いたかのような手応え。
 すかさず背後の死角から斬りつけた攻撃も空振りする。
 そして仮面の男は瑞理を抱えたまま飛び上がっていた。
「瑞理!」
「お兄……!」
 こちらへと伸ばされる手。
 一矢も必死に手を伸ばすが、それが届く前に瑞理の腕が掻き消える。
 仮面の男は懐から箱を取り出すと、その中へと瑞理を吸い込んでしまったのだ。


「……ニル、帰ってたのか」
「ただいま一矢、随分とうなされていたようだけれど大丈夫かい?」
「問題ねえよ。それよりお前はここ数日、どこに出かけてたんだ?」
 ニルバルディの気配に目を覚ました一矢はソファから起き上がった。
「手掛かりを掴んだよ。出先で偶然例の仮面の男を見つけてね、あいつの靴裏に上手く針を仕込むことに成功した。行先はエーデルワイス美術館だ」
「エーデルワイス? まさかこの国の王都にある美術館か?」
「そう。まさしくこの国一二を争う美しい美術品が揃ったあの美術館だね。経営者はレートン伯爵だ。美しいものに目がないと有名な人物だね」
「そういや数年前に娘を亡くしてそれからさらに美術品収集にのめり込んだって聞いてるな」
 この国では知らない者はいない程に有名過ぎる美術館の名前に一矢は目を白黒させる。
「そこまでは間違いない。ただそこで反応が消えた。こっちの探知に気づいたみたいだ」
「明らかに罠だな。美術館には多くの魔術具も展示されている。展示物兼警備装置になっているってのも有名な話だろ」
「確かに。それらを罠として大規模な魔術を発動されたらと考えるとぞっとしない。そして悪いことに探知に気づくまでは無防備だったと僕は踏んでいる。あの美術館……レートン伯爵と仮面の男が無関係とは思えないね」
「そうなると、あそこがヤツの本拠地、もしかしたら瑞理も……!」
 そう言いながら立ち上がる一矢をニルバルディが止める。
「まさかと思うけど、美術品を全部叩き壊すとか言い出さないよね?」
「さすがにんな真似しねえよ。お尋ね者にはなりたくねえからな。それじゃあ瑞理と再会できても一緒に暮らせねえだろ」
「君って人は……」
 ニルバルディは呆れて言葉も出ない。
 この男は瑞理が結婚してもずっと一緒に暮らすつもりなのだろうか?
 こんなだから『剛剣のシスコン番長』だとか言われるのだと本人は気づていないのだろうか?
 素で口にする一矢に本気で不安になってくる。
「あの結界をまた使われる可能性もある。あれに捕らわれたら僕らでも防戦一方、まず勝ち目はない」
「本格的に俺達を潰しに来たなら好都合だ。叩き斬るまで」
「まあまあ。策を練らないと間違いなく返り討ちだよ。あの男を生け捕りにする必要があるからね……そこでだ」
 ニルバルディは一矢に提案する。
「勇者達の力を借りよう」
「またあいつらの力を借りるのか?」
「君もちゃんと彼らをよく見ておくといい。彼らは紛れもなく『勇者』だよ。僕らの世代とは比べ物にならない程力をつけている。もしかしたら……」
 そこまで口にしてニルバルディは口をつぐんだ。
 まだ結論を出すには早いだろう。
 彼らをもっと見極めないといけない。
「……わかった。手続きは任せる」
「うおっ――なんだい、この重さは!?」
 すると一矢はソファの傍らに置かれた皮袋を無造作に投げ寄越した。
 その中には銀貨がぎっしりと詰まっている。
 金に糸目をつけないという意思表示だろうが、それにしてもこの重みはいかがなものか。
「一体どれだけの魔物を狩ったんだい?」
 驚きを通り越して呆れた声を上げるニルバルディ。
「さあな。けど大量の魔物は助かった。これで当面活動資金には困らねえしな。ナソーグって奴には感謝だ」
 対して一矢はさして興味無さそうに言う。
 先日、霊玉を狙って島を襲撃したという【ナソーグ・ベルジ】。
 彼の率いた魔物達の残党が海岸線の村々を襲ったのだ。
「いやいや世界を揺るがす悪の根源だよ、その人。間違っても感謝していい対象じゃないからね」
「いいんだよ、俺はもう勇者じゃねえ。ただの賞金稼ぎなんだからな」
 一矢はふんと鼻を鳴らす。
 瑞理を追うと決め、学園を中退した。
 世界の安定よりも妹の命を選んだ。
 その時からもう自分は『勇者』ではなくなったのだ。
「仮面の男は僕達を罠にかけるまで姿を見せないだろうね。けど罠にはまった後じゃ対処は困難、あの時と同じ、いやそれ以上に最悪の結果になりかねない。今回は大規模な術を発動させるための材料が数多い。剣で叩ききれるなんて思わない方がいい」
「とはいえ手をこまねいる訳にもいかねえ。捕らえられる事を前提に作戦を立てて奴の裏をかく。そういう方針でいいんだな?」
「うん。学園の勇者達の動きがカギだ。なんとしても瑞理の手掛かりを得よう」


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 7日 出発日 2021-09-03

難易度 とても難しい 報酬 多い 完成予定 2021-09-13

登場人物 4/8 Characters
《勇者のライセンサー》フィリン・スタンテッド
 ヒューマン Lv33 / 勇者・英雄 Rank 1
「フィリン・スタンテッド、よ……よろしく」 「こういう時、どうすれば……どうすれば、勇者らしい?」 (※追い詰められた時、焦った時) 「黙って言うこと聞け! 殴られたいの!?」 「ぶっ殺してやる! この(お見せできない下劣下品な罵詈雑言)が!!」   ###    代々勇者を輩出してきた貴族スタンテッド家(辺境伯)の令嬢。  一族の歴史と誇りを胸に、自らもまた英雄を目指してフトゥールム・スクエアへと入学する。  愛と平和のために戦う事を支えとする正義感に溢れた性格で、『勇者らしく人々のために行動する』ことを大事にする。  一方で追い詰められると衝動的に罵声や暴力に訴えてしまう未熟な面もあり、自己嫌悪に捕らわれる事も多い。 『彷徨う黄昏に宵夢を』事件で対峙したルガルとの対話から思うところあったのか、頑なな勇者への拘りは少し角がとれたようだ。 ※2022年8月追記 全校集会『魔王の復活』後、昨年クリスマスに結ばれたルガルとの子供を身籠っていた事が判明 (参考シナリオ) 恋はみずいろ L’amour est bleu https://frontierf.com/5th/episode/episode_top.cgi?act=details&epi_seq=649 ◆口調補足 三人称:〇〇さん(敬語では〇〇様) 口調:~かな、~ね? その他:キレた時は『私、アンタ、(名前で呼び捨て)、(言い捨て)』 ◆Twitter Sirius_B_souku
《虎児虎穴の追跡者》シャノン・ライキューム
 エリアル Lv11 / 教祖・聖職 Rank 1
エルフタイプのエリアル。 性格は控え目で、あまり声を荒げたりすることはない。 胸囲も控え目だが、華奢で儚げな外見のせいか、人目を惹きやすい。 本人は目立つことを嫌うので、服装は質素で地味なものを好む。 身長は160センチほど。 学園に来る前は、叡智を司る神の神殿で神職見習いをしていた。 叡智神の花嫁と言われる位に、叡智神の加護を受けていると言われていたが、何故か、 「その白磁の肌を打って、朱く染めたい」だの、 「汚物を見るような目で罵って下さい!」だのと言われたり、 孤児院の子供達から、流れるようなジェットストリームスカートめくりをされたりと、結構散々な目に遭っている。 最近では、叡智神ではなく「えぃち」ななにかに魅入られたのではと疑い始めたのは秘密。 学園に腹違いの妹が居るらしい。
《奏天の護り姫》レーネ・ブリーズ
 エリアル Lv29 / 芸能・芸術 Rank 1
いろいろなところをあるいてきたエルフタイプのエリアルです。 きれいな虹がよりそっている滝、 松明の炎にきらめく鍾乳石、 海の中でおどる魚たち、 世界にはふしぎなものがいっぱいだから、 わたくしはそれを大切にしたいとおもいます。
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  

解説 Explan

【称号】虎児虎穴の追跡者
※リザルトによる変更あり

人さらい『仮面の男』の捕縛が目的です。
仮面の男の活動拠点と見られる『エーデルワイス美術館』へ閉館時間に乗り込み、展示スペース、保管庫を調査します。

美術館には数多くの魔術具が展示されており、大規模術式での結界罠による迎撃が予想されます。
学園が入手している情報として、美術館の警備システムについて情報が入っています。
作動すると魔術具による増幅・強化による強力な壁が発生して美術館全体が封鎖され、外部との行き来が完全に遮断されます。解除には館長の承認が必要となります。
今回は一度だけ、任意に発動できるよう使い捨ての魔法石が1つ用意されました。

展示スペースの展示品は触れようとすると罠が作動し、麻痺毒で動けなくなります。
保管庫には魔剣などの強力な魔術具がそれぞれ木箱の中に厳重に封印されており、正しい手順を踏まないと取り出せないようになっています。
重さは中身の重さ+箱の重さです。大きさは中身に合わせて様々なサイズがあります。

仮面の男本人の力量は未知数です。
以前、ニルバルディと一矢が遭遇した時は罠空間内の自在の転移に加えて、不自然なまでの身体能力を持っていました。
罠フィールド内で正面から戦ってもまず勝ち目はありません。

『結界罠』にかけるまで仮面の男は現れず、おびき出してからいかにして仮面の男の裏をかき、有利な状況を作り出すかが依頼達成のポイントとなります。


作者コメント Comment
皆さま、ごきげんよう。SHUKAです。

お待たせしました。
時の奇術師の続きを公開いたします。

今回は美術館を舞台に戦いが繰り広げられます。
仮面の男との化かし合いを楽しみましょう。


今回からEXとさせていただきました。
いつも文字数不足でしたので、しっかりと皆様のリザルトを描きたいと思います。


個人成績表 Report
フィリン・スタンテッド 個人成績:

獲得経験:237 = 198全体 + 39個別
獲得報酬:7200 = 6000全体 + 1200個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:虎児虎穴の追跡者
●作戦
仮面の男の捕縛作戦のため、シャノンの囮作戦に連携

●事前準備
ニルバルディたちを含む全員と作戦共有。
美術館内は事前にわかる範囲で間取を確認

●行動
シャノンが囮役を務めるため、仮面の男がかかったところで結界を壊し突撃。
『隠れ身』を駆使してギリギリで待機しつつ、事件発生後は『聞き耳』でシャノンの位置を調べ突入。
麻痺毒は種族特性『ベア・デトル』で解毒、『危険察知』で不意討ちに備え、シャノンたちには隙を見て『麻痺消し草』を(ただし最優先は仮面の男)

戦闘では『グロリアスブースター』を駆使して三次元機動しつつ、レイダーで間合いを外して攻撃。
罠にかけても追いきれないなら『電結変異』と『正義一迅』で勝負を。

シャノン・ライキューム 個人成績:

獲得経験:297 = 198全体 + 99個別
獲得報酬:9000 = 6000全体 + 3000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:虎児虎穴の追跡者
◆目的
エーデルワイス美術館へ閉館時間に乗り込み、仮面の男を誘い出し捕らえる

◆方針
囮役が仮面の男を誘い出し、結界を張ったところで、他の仲間が外部から結界を破り、全員で仮面の男を捕縛する

◆役割
私は、剣や盾をもって勇者・英雄コースの無謀な新入生が、身の程を知らずに単独で待ち受けてたような感じで振る舞って、仮面の男を誘い出す囮役として行動

◆誘い出し
キラキラ石を光源にし、価値が高く仮面の男が興味を持ちそうな美術品がある展示室、保管庫を回って、仮面の男を誘い出す

出てきたら、剣と盾を構え挑発
盾を構え衝撃享受で攻撃を耐え凌ぎ、仲間が結界を破るまで通常反撃しつつ時間稼ぎ

仲間と合流後は後方に下がり、祈祷で回復を

レーネ・ブリーズ 個人成績:

獲得経験:237 = 198全体 + 39個別
獲得報酬:7200 = 6000全体 + 1200個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:虎児虎穴の追跡者
職業技能「危険察知Ⅰ」で警戒します。
音を聞き分けるために「絶対音感Ⅰ」もつかいますね。
フクロウのティムさんにもおてつだいしてもらいます。

そして仮面の男への警戒よりもさらにきにかけるのは
さらわれちゃってる稲葉・瑞理さんのこと。
もちろんたすけてあげたいというきもちもあります。
ですけど、それ以上に、わたくしたちの戦力をふやしたい、
そして情報をつかみたいという気持ちもあります。

わたくしの服、ビルガメスローブは魔法による状態異常をうけなくしてくれます。
だから、それで魔法の幻惑もふせげるとおもいますからね。

みつけてあげられたらだいじょうぶかにおたずねします。
そして、仮面の男について聞き取りをしますね。


クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:237 = 198全体 + 39個別
獲得報酬:7200 = 6000全体 + 1200個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:虎児虎穴の追跡者
作戦は他の仲間に合わせる

交戦開始時は、立体機動を活かして動き回る
当然、展示品には触れないように注意し、不測の事態の際でも物体透過を使い回避
まずは動きを止めず、相手の出方を窺い観察するのが肝要だ

転移などを仮面の男が使ってくることを観測できたら重力思念で妨害を試みる
効力は未知だが精度や術自体を阻害はできるはずだ

仮面の男が他の仲間に気を取られていたりする隙があれば、幽体化の透明で身を隠し、こちらへ逃れてくる瞬間を待つ
すぐそばまで近づいたところで、不意打ちを仕掛け仮面の男を止めよう

仲間がもし麻痺状態になってしまったら、デトルで癒す
また、仲間が仮面の男に肉薄する場合は魔導書の効果で身体能力を強化させ支援

リザルト Result

 小国ホワイトベルが誇る国立エーデルワイス美術館。
 純白の建造物も閉館時間を大きく過ぎた宵闇の中、眠るように静かに横たわっている。
 その美術館の展示スペースを【シャノン・ライキューム】は一人で歩いていた。
「さあ悪党、出てきなさい! この私、勇者シャノン・ライキュームが相手よ!」
 腰に手をやり、剣の切っ先を高らかに掲げる。
 そしてシャノンはずんずんと美術館の中を歩き始めた。
 カタカタと音を立てる鎧はサイズが少し合っていないように見える。
 新調されたばかりの武具には傷一つなく、端から見れば世間知らずのどこかの貴族令嬢が身分を隠して粋がっているようにしか見えない光景だ。
 恐らく武器もまともに扱ったことが無いに違いない。
 だが一見そんな素人に見えて目線の動きだけは油断なく、少し武芸をかじった者であれば明らかに実力を隠しているというのがわかるというものだった。
 あえて囮を囮と誇示することで、かえって襲撃者を警戒させる絶妙な演技である。
『ううっ、鎮まり返った夜の美術館ってこんなにも不気味なところだったのですね。お願いだから早く出てきてください』
 ……本人としてはただただ必死なだけだったりするのだが。
 そんな願いが通じたからか、その襲撃は訪れた。
 展示スペースを一回りして保管庫へと差し掛かろうとした時、突如としてナイフが飛んできたのだ。
 シャノンはそれを剣で弾き返す。
「ふん、あんたが最近美術館に忍び込んでる怪しい奴ね!」
 頬の片方に歯車の意匠が掘られた仮面を被り、腰にレイピアを携えた男。
 その相手は【ニルバルディ】や【稲葉・一矢】から聞いたとおりの特徴だった。
「そんな仮面被って閉館時間に忍び込むなんて怪しいわね! あんた何者かしら!?」
「お前に恨みはないが、娘のためだ――すまないがお前には『糧』となってもらおう」
「娘? 糧? それは詳しく聞きたいところね。その気味悪い仮面、剥ぎ取って洗いざらい吐かせてやるわ!」
 シャノンと仮面の男が切り結ぶ。
 が、レイピアによる鋭く速い斬撃の連続に、早くもシャノンは押され始める。
 慣れない武器と近接戦を強いられたシャノンは防戦一方となってしまう。
 急所を守るのに手いっぱいで体中あちらこちらに切り傷を負っていた。
「はぁ、はぁ……じわじわいたぶって、服をボロボロにするなんて、とんだ変態仮面野郎ね!」
 肩で息をしながらもシャノンは強気の演技を止めない。
 体力は削られても、その強い意志は瞳から消える事はなかった。
「頃合いだな」
 そんなシャノンの前で仮面の男が懐から宝石箱を取り出す。
 それは瑞理をさらったときに使ったという魔術具。
 あれに当てられれば恐らく中に閉じ込められてしまうのだろう。
 剣を構えて最大限に警戒するシャノン。
 しかし次の瞬間、振り抜いたレイピアに剣が弾かれる。
 握力に限界を迎えていたシャノンの剣はいとも簡単に打ち払われてしまう。
 そしてがら空きとなったシャノンに向かい、宝石を持った手が……。
「ぬっ――!?」
 手首にナイフが刺さり、仮面の男は宝石を取り落とした。
 間髪入れず、ニルバルディの双剣が背後から仮面の男を襲う。
 完全なる死角、シャノンを捕えようと垣間見せたほんの僅かな油断を見逃さない必殺の瞬間――。
 だがまるで時間が引き延ばされたかのように、急速に加速した仮面の男はニルバルディの攻撃に反応した。
「やっぱり、その力にはからくりがあったんだね。そしてリスクも」
 双剣とレイピアの鍔迫り合い。
 それは先程までとは比較にならない速度と力の籠った拮抗だった。
 ニルバルディの蹴りをかわし、仮面の男が間合いを開く。
「シャノン君、大丈夫かい?」
「ゆ、勇者がこのくらいでへこたれる訳ないでしょ!」
「いや、もう演技はいいから。君って案外ノリいいんだね。なんだか親近感湧くなあ」
 ニルバルディはにっこりと笑いつつも油断なく双剣を構え直す。
 シャノンは少しばかり赤面しつつ、剣を拾い直す。
「シャノン君下がっていて。あとは僕がやるから……って、やっぱそうはさせてくれないか」
 男が仮面に手を当てた直後、周囲に結界が張られた。
「これが例の……」
「どうやら敵さんは各個撃破を目論んでいるみたいだね。シャノン君、決して僕から離れないでね」
「はい、援護に徹しますね」
 そう答えるとシャノンは周囲に風の流れを生み出す。
 双剣とレイピアがぶつかり合う。
「うん、上々だ。これならお兄さん、もう少し頑張れそう」
 シャノン、そして【レーネ・ブリーズ】、二人のエリアルが生み出す微細な魔力を含んだ風が美術館内部を巡回している。
 そのお陰でニルバルディは仮面の男を視界外の死角でも瞬時に知覚できていた。
「結界の大きさはあの時と同じ、か……」
「全員が巻き込まれなくてよかったですね」
 そう言葉を交わした時、結界に激震が奔る。
 一矢が外部から大剣で叩き込んだのだ。
 周囲に警報が鳴り響く。
「ひいいっ!?」
 大地が引き裂かれるかのような轟音と衝撃にシャノンは思わず悲鳴を上げる。
「あれでも壊れないか。ってか周囲に麻痺毒が散布されてるし」
 周囲一帯の美術品の警備装置が発動した状況を見て、ニルバルディは苦笑する。
 これだけの衝撃にも拘わらず、美術品が無事なのが奇跡と言っていいだろう。

「やれやれ、話には聞いていたが無茶苦茶にも程があるな、これは」
 【クロス・アガツマ】は頭上で起こった衝撃の大きさに眉を潜めた。
 彼は今地下の保管庫にいる。
「前々から保管庫の美術品には興味があったからね。この機会は存分に活用させてもらおうと思っていたが……」
 滅多にお披露目されない国宝級の魔術具の数々に知識欲を刺激され、任務も忘れて夢中になって解析をしていたのだが、さすがにこの衝撃には我に返る。
 どうやら上階では戦闘が始まったらしい。
 そして目の前には話に聞いていた結界の下部がある。
 どうやらこちらの存在には気づいておらず、姿を見せる様子はない。
「本当に現れてしまったか。このまま何事もなければ一晩中調べられたものを」
 クロスは苛立ちに表情を歪める。
 とはいえそこは彼も勇者である。
 次の瞬間にはすでに気持ちの切り替えは終わっていた。
 そして予め仕掛けていた探知用の魔術網に反応があることを確認する。
「……根幹の魔術具を見つけてしまった。こんな力業が本当に通じるとはな」
 クロスは頭痛を堪えながら魔術具の入った箱の一つへと視線を送る。
 一矢が魔力を込めた渾身の一撃を叩きこんだ時、確かにこの魔術具は魔力の揺らぎを示した。
 魔力を叩きつけて結界に干渉する魔術具を特定する。
 理論上は可能であるものの、それを実際に体現してしまう一矢の膨大な魔力には辟易とさせられる。
「ではさっさと解除して、仕事を終わらせておくとしよう」
 至福の時間を奪った仮面の男に報いを。
 そんな怨嗟を込めて、クロスは魔術具の解析に入るのだった。

「守られているだけじゃありません!」
 ニルバルディと仮面の男の戦いを見守っていたシャノンはここぞとばかりに駈け出した。
 その隙を見逃さず、転移でシャノンの頭上に現れる。
 伸ばされる宝石を持った腕――しかしそれが届く前にシャノンは床へと飛び込んでいた。
 空を切る腕をニルバルディの双剣が切り裂く。
「――ぬうっ!?」
 仮面の男の腕から血が吹いた。
「やるね。ほんとその頼もしさにお兄さん、感涙!」
 肩で大きく息をしていたニルバルディに僅かな余裕が生まれる。
 間断なく続いた攻撃に切り刻まれたニルバルディは体力の限界を迎えていた。
 斬りつけたことで間合いを嫌った仮面の男が離れたお陰で、ようやく一つ大きく息をついて体内に酸素を取り入れられる。
「無茶だとは言わないでくださいね?」
「言わないよ。それどころか命の恩人じゃないか」
「ふふっ、わかっているならいいのです」
 一見無謀な飛び込みのようで、理に叶った動きだった。
 しっかりとこちらの戦力をあてにした上で躊躇ない最善の行動をとれている。
 そこに遠慮も気負いも一切感じない。
 ――そう、この世代の勇者達は皆そうなのだ。
 世界を巻き込んだ困難な戦いを共に切り抜け、仲間との連携を骨身に叩きこまれている。
 それが連帯感から来るのか、はたまた競争心から来るのかは分からない。
 いや、それは人それぞれなのかもしれない。
 だがいずれにしてもそれはニルバルディ達の世代の勇者にはない新たな強さだった。
 と、周囲の結界が解除される。
「馬鹿な! 結界を解除しただと!?」
 想定外の事態だったのだろう。
 狼狽える仮面の男の隙を突き、ニルバルディはシャノンを抱えて大きく飛びすさる。
「見つけたぞおおおおおおおお――っ!!」
 それと入れ替わるように耳をつんざくような怒声が仮面の男に叩きつけられる。
 真正面から飛び込み、最短の軌道で振りかぶられる大剣での斬撃。
 その力はレイピアで受け止める仮面の男の足元にクレーターを作り出した。
 それと同時に別方向から迫る影が一つ。
 宝剣レイダーを突き立てる【フィリン・スタンテッド】だ。
 麻痺毒をベア・デトルで回復した彼女は『電結変異』で肉体の反射速度を高め、『正義一迅』による最速の攻撃を叩き込む。
 一矢の攻撃に押し潰され、動きが封じられたこの瞬間こそが勝機――。
 だが突如として一矢の大剣が押し返される。
 再び時間が引き延ばされたかのように動きが加速し、ギリギリのところで回避されてしまう。
「――そんな!?」
「いや、それでいい」
 フィリンは会心の攻撃が外れて動揺するが、一矢の一声で事前の打ち合わせを思い出す。
 不自然な力には必ずなんらかのリスクが伴う。
 その力に頼るというならとことんそれを使わせればいい、と。
 こちらは相手を逃がしさえしなければいいのだ。
 すでに警報装置を起動させて、外部への隔壁は作動させている。
「なら、力尽きるまでこっちは全力を尽くすまでね」
「そうだ、いくぜ!」

「だいじょうぶですか?」
「正直お兄さんたち限界なんだ。回復頼める?」
「まかせてください。いま治します」
 シャノンを下ろすと膝を折るニルバルディ、そこへ物陰に隠れていたレーネが駆け寄った。
 レーネはラッパ『天使の歌』を手に風の旋律を呼び起こす。
 レーネの意思に呼応した風が天使の歌を吹き鳴らし、その名に恥じない歌声のような美しい音色を奏で始める。
 音色は癒しとなり、シャノンとニルバルディの体力を回復させていく。
「ありがとう、レーネさん。結界の解除、うまくいったね」
 シャノンは気が抜けたのか、その場にへたり込みながらレーネにお礼を言う。
「どうやら結界の核は地下のほうだったみたいです」
 レーネが地上の展示スペースを、クロスが地下の保管庫を監視し、一矢の一撃をもとに魔術結界の起点を見つけ出したのである。
 クロスが核を揺るがせた後、レーネが地上の結界の弱い部分を『フムス』で穴を空け、結界を維持不能にした。
「それにしてもフィリンさん大丈夫かな?」
 戦いを見守っていたレーネが心配げな声を上げる。
 豪快に大剣を振り回す一矢と並んで戦い続けているフィリン。
 見ようによっては二人が戦っているかのようだ。
 あの大剣に巻き込まれたらひとたまりもないに違いない。
「大丈夫だよ。お菓子作りをしていた調理室で毎日のように学園長と殴り合いをしていたからね」
「えっ? お菓子づくり、殴りあい?」
 聞き間違いだろうか?
「お茶会の最中でも全力で殴り合ってたんだ。間違っても味方を巻き込んだりはしないさ」
「ええと……お茶会ってなにかのぶじゅつ大会ですか?」
 それが信頼できる言葉なのかどうか以前に意味がわからない。
 そんなレーネにさらなる混乱がもたらされる。
「膂力だけなら学園長にも肉薄するからね」
「ええと、メメル学園長は賢者様ですよね? 学園長もあんなにつよいのですか?」
「うん、結局一度も勝てなかったね」
 楽しそうに語るニルバルディを見てレーネは目を回しそうになる。
 と、突然壁の向こう側から二本の腕がぬうっと伸びてきた。
 クロスが仮面の男に組み付き、その動きを封じる。
「もらった! ――なにっ!?」
「ふんっ!」
 だが仮面の男は不自然に筋肉を膨張させると強引にそれを振りほどき、ギリギリのところでフィリンの攻撃を回避した。
「それでいい! どんどんあいつに力を使わせろ!」
 一矢の激と共にクロスも戦いに参加する。
「わかっている。援護は任せて頂こう」
 魔導書『ピケセ・イ・ヌム』をパラパラとはためかせながら応じてみせる。
「クロス君って魔導士に見えて実は意外とアグレッシブなんだよね」
 立体軌道を描いた動きはよく計算されている。
 計画性だけでなく瞬時の判断力も相当に高いらしい。
 常に最適な位置へと移動し、牽制によって仮面の男の動きに制限をかけている。
 裏工房の時も騎士に扮して観察していたが、優雅に振るまっていてその実行動は活発だった。
 魔導士でありながら『必要』と判断すれば、迷わず飛び込める決断力は稀有な才能だろう。
「はああああ――っ! くたばれ、歯車野郎っ!!」
 フィリンの渾身のレイダーの一閃がかわされる。
 だがその背後を大剣が通り過ぎ、隙はカバーされた。
 フィリンは不思議な感覚だった。
 今日初めて並んで戦う即席のコンビであるはずなのに、しっくりとくる。
 まるで社交ダンスを踊っているかのようにぴったりと寄り添ってくるパートナー。
 戦っているうちに目線や筋肉の動きに自分の体が反応しているのがわかってくるのだ。
 自分が全力で剣を振るえるようにお膳立てされている。
 だからフィリンは踏み込んでみた。
 それまではただエスコートされていただけだった自分が、少しずつリードを覚えていく。
 フィリンの速度と一矢のパワーが噛み合っていくのが分かる。
 テンポを上げ、その勢いは増していく。
 ――そして決着の瞬間が訪れる。
 勝負どころと見たクロスがピケセ・イ・ヌムに大量の魔力を込めて、フィリンと一矢の身体能力を大幅に強化した。
「――ぬうっ!?」
 今回も逃げを打つ仮面の男――だがその背後から、さらなる伏兵が姿を現したのである。
 しかも人が隠れられるような美術品もない小さな物陰から唐突に。
 ここにきての意識外からの伏兵の登場に動揺し、わずかに仮面に力を籠めるのが送れる。
 だがその一瞬をフィリンは逃さない。
 ――正義一迅。
 初撃を遥かに上回る速度で放たれた突きは、仮面の男の胸を引き裂き、血飛沫を咲かせる。
「これで終わりだああああっ!」
 そこへ叩き込まれる一矢の大剣による渾身の一撃。
 だがそれは三年前と同じ、レイピアで受け止められてしまった。
 この期に及んで、仮面の男の強化が間に合ったのである。
 だが――。
「おらああっ!」
「――ぐあっ!?」
 一矢は仮面に頭突きを入れると、二段ジャンプを仕掛ける。
 その勢いのままに仮面の男を道連れに真下へと飛んだ。
 そのまま戦士の像を模した美術品の真上へと落下。
 仮面の男が背中から貫かれた。
 直後、防犯装置の麻痺毒により仮面の男の動きは封じられる。
「意識を向けた部分以外はそれ程強化されないということね」
 一連の動きを見ていたフィリンが言った。
「ああ、レイピアに全力を傾けたせいで背中はがら空きだったみてえだな」
 と、一羽のフクロウがレーネのもとへと舞い降りた。
「お疲れ様。お手柄だったね、ティム」
 レーネはそれを笑顔で迎え入れ、撫でまわしながら褒める。
 人が隠れられない程狭い空間から突如として現れた影の正体はレーネのペット『ティム』だった。
 布を掴ませ飛び立つと同時に広げることで、等身大の人間が飛び出したように見せかけたのである。
 フィリンと一矢が仮面の男を誘導し、レーネが合図を出したのであった。
「さて、顔を見せてもらうぜ」
 一矢は仮面に手をかけるがはぎ取れない。
「一体化してる?」
 力を籠めるが一矢の怪力をもってしてもびくともしなかった。
「なぜお前は人攫いをしている?」
「ううっ、ラミ……リア」
 意識が朦朧としているのか、うわごとが口から洩れている。
「瑞理はどこだ? どこへ連れ去った!?」
「よせ、ひとまず拘束してから手当てだ。このままだと死んでしまう」
 剣で腹を貫かれたまま串刺しになっている。
 とても尋問できる状態ではないだろう。
 拘束が完了すると、傷口が広がらないよう気をつけながら全員でそっと身体を床へと下ろした。
「愛する、我が……娘よ……」
「娘? ラミリア?」
「三年前、馬車の事故で亡くなったこの領地の伯爵家のご令嬢の名前だね。確か当時は八歳だったはずだ。だが……」
 一矢の疑問にニルバルディは眉を潜めながら答える。
「じゃあこいつはその父親……伯爵なのか?」
「いや、そのとき彼女の両親も同乗していて一緒に亡くなっていたはず……」
「あの……」
 そこにレーネがおずおずと進み出てくる。
「おそらくこのからだ、死体だとおもいます。いのちの息吹をかんじません」
「「――!!」」
 レーネの気づきにこの場の全員が硬直する。
「くうう――っ!! ラ……ミ……」
 そんな全員の目の前で、突然仮面の男が苦しみだす。
 そして肉体が溶けだし、仮面へと吸い込まれていく。
 やがて仮面も溶けだすと、そこには一つの黒い石だけが残った。
「これは魔石なの!?」
「ひ、人が魔石に!?」
 フィリンは驚愕に目を見開き、シャノンはわなわなと震えだす。
「なんて純度だ……あり得ない」
 一方でクロスは違う意味で驚愕に目を剥いた。
「この魔石には不純物がない。これは賢者の石にも匹敵する――ぜひとも」
 そこまで言いかけたところで、そっとニルバルディがクロスの肩に手を置く。
 どうやら手に嵌めている指ぬきグローブに微量の魔力を込めたらしい。
 リバイバルである自らの肩に触れられた驚きにクロスは我に返った。
「……すまない、つい興奮してしまった。死者への冒涜だったな」
「それ程のものなのか?」
 だがそれを気にする様子もなく、一矢がクロスに尋ねる。
「詳しくはわからないが不用意に触れるのは危険な程の物ではある。慎重に扱うべき代物だ」
「わかった。これは僕の方から学園に届けよう。解析を依頼するよ」
 ニルバルディはそう言うと魔力を遮断する特殊な革袋に魔石を入れる。
「人攫いのための宝石、そして伯爵、ね……」
「私に向かって計画の糧とも言っていました」
 フィリンの呟きにシャノンが補足を加える。
「「……」」
 全員が魔石の入った革袋を見る。
 誰もがその続きを口にしない。
 それでも考えているのは同じ事だろう。
 瑞理もすでに魔石にされているかもしれない、と。
 その周囲の気遣いが伝わるからこそ、ニルバルディも一矢も口を固く閉ざしたままでいる。
「ここは伯爵の所有する美術館なのよね? なら他にも色々と手掛かりが見つかるかもしれない」
 話題を変えるようにフィリンが口を開く。
「そうですよ! ここなら瑞理さんにつながる手がかりもみつかるかもしれません!」
 続いてレーネが明るい声を上げた。
「そうね、まだ時間もあることだし保管庫を調べてみましょう」
 シャノンの呼びかけに皆が頷き返す。
 
「それじゃあ三組に分かれて調査しようか」
 ニルバルディの提案で三組に分かれて行動する事となった。
 組み合わせはフィリンと一矢、レーネとニルバルディ、クロスとシャノンである。
 フィリンと一矢は美術品の数々の前で立ち尽くしていた。
 お互い専門知識があるわけでなく、通路を歩いているだけでは手掛かりを見つけられそうにない。
「どうやって手掛かりを探しましょうか?」
「考えるな、感じるんだ」
「いえ、ちゃんと考えてください。眺めていたって何もわかりませんよ」
「……そうだな、ごめんなさい」
 ピシャっとフィリンに言い切られ、一矢は閉口する。
 魔術具の名札や注意書きをチェックし始めるフィリンを見て、一矢も黙々と作業を開始する。
 そうしてしばらく魔術具とにらめっこを続けていた一矢がフィリンに呼びかける。
「……少しいいか?」
「何か見つかりましたか?」
「いや、そうじゃなくて、そこに立って俺と向かい合ってくれ」
「はい?」
 言われるがままにフィリンは一矢と向かい合う。
 それはちょうど二人が剣を構えて立ち合うであろう間合いの距離だった。
 フィリンは不思議な感覚に包まれる。
 お互い一歩も動いていない筈なのに、イメージの中の自分を動かすと、それに呼応するようにイメージの中の一矢も動いた。
 互いに剣を構える。
 斬って斬られて互いに次々とイメージを上書きしていく。
 やがて互いを斬り合っていたイメージが重なり合い、互いに剣を切り結び、戦うイメージが浮かんできた。
 その速度はみるみるうちに速くなり、最早全力での殺し合いにまで発展する。
「なるほど、確かに強いな。初めてでここまでやるとは」
「はぁ、はぁ……なにこれ?」
 フィリンは目を白黒させる。
 いつの間にか全身に脂汗をかき、息を切らしていた。
 これが達人同士の『見合い』というものなのだろうか?
 まるで本当の命のやりとりをしたかのように、心臓が早鐘を打っている。
「二人いる?」
「――!!」
「お前、今も誰かに護られてるな。……よし、少し休憩にするか」

 レーネとニルバルディは魔術具の箱の中身を一つ一つ確認する。。
「ごめんね、傷が思ったより深くてね」
「いえ、だいじょうぶですか?」
 申し訳なさそうなニルバルディにレーネは優しく微笑み返す。
 今もレーネは天使の歌を風の旋律で吹き鳴らし続けている。
「歩き回る分には問題ないよ」
「どこがですか? 立っているどころか、意識があることじたいがふしぎです。わたくしが調査をしますので、ニルバルディさんはすこしやすんでいてください」
「ううん、平気平気。せっかくの可愛い娘との美術館デートなのに、休んでいるなんてもったいないよ」
 レーネの申し出をニルバルディは笑いながらはぐらかしてしまう。
 仕方がないのでレーネはニルバルディの気が紛れるよう、会話をすることにした。
「証拠ならもうじゅうぶん手にはいっています。ここより伯爵のやしきをしらべたほうがいいとおもいます」
「そうだね。だけど伯爵が黒幕として、よほどの証拠がない限りそれは難しいよ。学園と国家の間に衝突を招くわけにはいかないからね」
 伯爵ともなれば王族の血縁である可能性が高い。
 そんな人物を相手に、いくら勇者であろうとも横暴は許されないだろう。
 昨今の世界情勢で戦争なんて引き起こしたら目も当てられない。
 慎重に動かなければいけないのだ。
「ありましたね、宝石」
 レーネが戸棚から仮面の男が使ったものと同じ宝石を見つけ出す。
「うん、やっぱりここが拠点の一つであると考えて間違いないね」
「さらわれたひともここにいるのでしょうか?」
「隠し部屋があればあるいは、だけど……」
「風でさぐっていますがそういうものの存在はかんじませんね。それよりもそろそろ休憩してください」
「わかったわかった、そんなに睨まないで。綺麗な顔が台無しだよ」
 根負けしたニルバルディは降参とばかりに諸手を上げる。
 二人は資料閲覧用のテーブル席に座ると一息ついた。
「どうしてそんなに無茶をするのですか?」
「そりゃあまあ、大切な仲間をこれ以上失いたくないからね」
 ニルバルディはまた歯が浮くようなセリフをさらりと言ってのける。
 だがそれまでのお調子者の表情が、少しだけ優しいものになったのをレーネは感じた。
 そう、一矢が戦いで見せた激情の中の冷静さとは対照的に、ニルバルディには冷静さの中の激情が潜んでいる。
 それがボロボロになっても最後までシャノンを守り抜いた力の源なのだろう。

 クロスとシャノンは保管庫を歩く。
「おおっ、これは素晴らしい……!」
 これで何度目だろうか。
 クロスは魔術具を手に取ると、目を輝かせながらいろんな角度から観察を始める。
 どうやらいまいち調査に集中出来ていないようである。
 美術館に保管されている魔術具なのだから学術的に凄いものに間違いはないのだろう。
 研究者のクロスにとってここがどれ程の価値がある場所なのか。
「はあ……」
 シャノンは小さく溜息を吐くと気持ちを切り替える。
 きっとクロスは自分よりも多くの情報を持ち帰ってくれるだろう。
 ならば私自身がなにかを見つけてそれをクロスに確認してもらえばいいのではないか。
「あっ、これ可愛い!」
 そんなシャノンの目の前に、リボンがふんだんにあしらわれたくまのぬいぐるみが置いてあるのを見つける。
 シャノンはつい無造作にお買い物の感覚でそれを手に取り、
「あっ! それに不用意に触れはならん!」
 クロスが慌ててこちらへと駆けだした。
「えっ……きゃああああっ!?」
「どうした!?」
 シャノンの悲鳴を聞きつけ皆が集まってくる。
「ち、違う! これは事故だ!」
 そこには慌てふためくクロスの姿があった。
 顔を真っ赤にする彼にはいつもの冷静さの欠片も感じない。
 そこにはリボンで縛り上げられ吊るされているシャノンと、同じくリボンで固定され間近でそのお尻をがん見する形になったクロスの姿があった。
 シャノンの装備が辺りに転がり、ボロボロの衣服とその下の肌が露わになっている。 
 フィリンとレーネの冷ややかな視線がクロスへと注がれる。
「これは制裁が必要かしらね? ふふっ」
「クロスさんは紳士ではなかったのですね、とてもざんねんです」
 フィリンの青筋を立てた笑みとレーネの憐憫の瞳にクロスはさらに慌てだす。
 どうやら唐突なハプニングにはとことん弱いらしい。
「互いの外見が外見だけにどう見ても事案だね、これは」
「ああ、貴族のお戯れって構図だな」
 三十の紳士男性と美少女の組み合わせ。
 ニルバルディと一矢は意地悪な笑みを浮かべつつもさりげなくシャノンに外套を被せる。
「とにかく解除だな」
 一矢がくまのぬいぐるみの額にデコピンをすると、中から魔力が弾き出される。
 すると二人の拘束が解けて元の形状に戻った。
「デ、デコピン!? 一体どんな魔力コントロールをすればそれで中の魔力を吹き飛ばせるのだ……」
 クロスは驚愕に顔を引き攣らせる。
 本来なら知恵の輪を解くように絶妙な魔力コントロール作業が必要なのに、やってることはがさつそのもの。
 理解できない生物が目の前にいる。
「人って意外な一面があるものね」
「はい、とてもかわいいとおもいました」
 クロスの慌てぶりを一通り堪能したフィリンとレーネは互いに目を合わせて笑い合う。
 もちろんクロスがそんな事をするとは誰も思っていない。
 ただ思わぬ慌てぶりをついつい面白がってしまったのである。
「はあ……」
 そんな和やかな空気にシャノンも溜息を吐いた。
「なにかの加護に守られていたね。でなきゃ拘束程度じゃ済まなかった筈だよ」
 魔術具の説明書きをそっと伏せながらニルバルディが言う。
 そのにこやかな笑みがかえって怖い。
 いったいこの魔術具は何だったのだろうか? いや、考えないようにしよう。
「加護……私の加護は本当に叡智の加護なのでしょうか? 最近これは呪いなんじゃないかとふと思うことがあります」
 だがニルバルディはそれを力強く否定する。
「間違いなく加護だよ。専門でない僕にでもわかるくらいシャノン君からは清らかな力の流れを感じるよ。今はまだ力に振り回されている側面が大いにあるみたいだけれども」
 ニルバルディの見立てに一矢も同意する。
「まあなんだ。昔から神様や英霊ってのはそういうものなんだ。戦って倒すとえぃちの詰まった秘蔵の本をくれるような存在だからな、まあ多少の茶目っ気は許してやれ。強くなれば自然とどうにかなっていくだろうぜ」
「そうなのですね。お蔭で自信が湧いてきました……あれ、神様を倒す?」
 ニルバルディの言葉はともかく一矢の言っている言葉の意味がよく分からない。というよりも今、神様を倒すとか言わなかっただろうか?
「とにかくこれからする事は戦利品の解析だな。くれぐれも先走って伯爵の屋敷に一人で乗り込まないように」
 ニルバルディは魔石の入った革袋を掲げると一矢に向かって言った。
「さすがにしねえよ。ただ周辺を調べるだけだ」
「行く気満々じゃないですか」
 フィリンが呆れたように言う。
「せっかくだ。一緒に学園に行かないか? メメたんも一矢に会いたがっていたよ」
「いや、俺は……はあ、分かったよ」
 一矢は目を伏せる。
 だがニルバルディの意味ありげな目線を見た一矢は軽く首を振ると大きく溜息を吐いた。
「俺、凄え戻りづらいの分かってるか?」
「まあまあ、今の勇者達は強いよ。というか一矢、ここにいるフィリン君にも勝てないんじゃないかな?」
「えっ、それはちょっと……」
 フィリンが思わず声を上げる。
 あの理不尽なパワーを見て、どうしてそう思えるのだろうか?
 だが否定しようとしても確かに自分は一矢を恐れていない、脅威に感じない。
 それは味方だから云々の話ではない。
 勝算は決してゼロでないと、自分の中の何かが訴えている。
 実際イメージの中の自分は一矢と互角に戦っていたのだ。
 自分はもっともっと強くなれる。
 勇者として、そして新たな『フィリン・スタンテッド』として。
「……わかった、学園には行ってやる。その方が早く情報も手に入りそうだからな」
「そうこなくっちゃ! それじゃあ早速向かおうか」
 こうして勇者たちは一路、学園に向かって歩きだしたのだった。



課題評価
課題経験:198
課題報酬:6000
時の奇術師 ~美術館の亜空結界~
執筆:SHUKA GM


《時の奇術師 ~美術館の亜空結界~》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 1) 2021-08-27 08:57:54
勇者・英雄コースのフィリンよ、よろしく。

けっこう複雑な条件だけど…仮面の男を結界罠にかけておびき出して
何とか作戦で弱体化させて捕縛する、という流れでいいのかな。

真っ向勝負は不利となると罠が頼りだけど…うまく展示物の罠にかけられれば優位に戦えるって感じ?

《虎児虎穴の追跡者》 シャノン・ライキューム (No 2) 2021-08-28 23:34:24
エリアルの教祖・聖職コースのシャノンです。よろしくお願いします。

美術館のなかでの戦いになるようですが、敵は罠を利用したり転移したりと、こちらを翻弄するだけでなく実力もかなりのもののようです。
こちらも罠をうまく利用して、敵に追い込まれたように見せつつ、逆に罠にはめるような立ち回りがひつようになりそうですね。

《虎児虎穴の追跡者》 シャノン・ライキューム (No 3) 2021-08-29 23:49:25
ひとつ考えたのですが、敵は罠である結界内で転移できるんですっけ。
ならば、囮とそれ以外にわかれて、囮役が結界に取り込まれたら、他のメンバーで外部から結界を破壊して、敵の転移を封じる……なんてことはできるかも。

と言っても、これはある程度、メンバーが居ないと効果が期待できないかもしれませんが。
人数が少ないと、結界を壊すだけでも一苦労でしょうし。
その隙に、敵に逃げられる可能性も否めませんから。

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 4) 2021-08-30 06:15:03
芸能・芸術コースのエルフ、レーネです。
ひとでぶそくみたいですので、おてつだいにきました。
職業技能「備えあれば何とやら」と装備の「福の針」を準備してます。
よろしくおねがいします。

《虎児虎穴の追跡者》 シャノン・ライキューム (No 5) 2021-08-30 08:12:58
ブリーズ先輩よろしくお願いします。
麻痺対策については、私もデトルを用意しますので、対処は大丈夫そうですね。

問題は、少人数で如何にして、仮面の男を捕らえるかでしょうか。
追い詰めても、再度結界を張られて逃げられたらいけませんし、結界もしくは転移の手段を封じられれば理想ですが……そこは、応戦しながら見極めるしかないでしょうか。

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 6) 2021-08-31 05:33:04
魔法の状態異常を受けなくなる服をきて、
おはなしなさってた「囮」をしてもいいです。
ただ、わたくしはこの服のこと、
ひみつにしてるわけじゃないですから二段構えにして、
「囮をみやぶったとおもいこんでわたくしを襲う敵」
をさらにほかのひとに攻撃していただくとかが必要そうですから、
やっぱりひとがたりないですね。
むずかしいです。

《虎児虎穴の追跡者》 シャノン・ライキューム (No 7) 2021-09-01 05:45:52
この人数で、うまく敵を誘い出したうえで、どうやって捕らえるかとなると……なかなか妙案が浮かばないですね。
仮面の男自身も、かなりの強敵みたいですし。

この人員で囮で誘う方向でいくとしても、ブリーズ先輩、スタンテッド先輩には主戦力として動いていただかないと、仮面の男を捕らえるのは難しいと思ってます。

そうなると、囮役は消去法で私くらいしか居なかったり。

ただ、後衛の教祖・聖職コースの学生ひとりだと、あからさまに囮に見えそうですし、もし、私が囮になるなら、剣や盾をもって勇者・英雄コースの無謀な新入生が、身の程を知らずに単独で待ち受けてたような感じで振る舞ってみようかと。

《虎児虎穴の追跡者》 シャノン・ライキューム (No 8) 2021-09-01 06:07:57
とりあえず、購買で手頃な武具を調達して、演技、変装の一般技能を習得してみました。
スタンテッド先輩、ブリーズ先輩のご同意があれば、囮役で動こうかと思ってます。ただし、そうなるとデトルの用意ができなくなるのが辛いところですが……背に腹は代えられぬと言いますし、やむを得ないですね。

《奏天の護り姫》 レーネ・ブリーズ (No 9) 2021-09-02 05:41:23
ライキュームさん、囮、ありがとうございます。
わたくしはもちろん異存ありません。
ただ、きをつけてくださいね。

ニルバルディ・アロンダマークォルさんと稲葉・一矢さんも同行してくれてるみたいですから、わたくしは楽器の天使の歌でたいりょく回復のフォローしますね。

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 10) 2021-09-02 19:12:16
ごめん、ちょっと出遅れてて…方針確認したわ。
シャノンが囮でOKよ。
デトルに関しては私が『ベア・デトル』で自分は守れるから
回復アイテムを用意してできる限り守れるようしてみるわ

《虎児虎穴の追跡者》 シャノン・ライキューム (No 11) 2021-09-02 22:39:53
では、ゆうしゃっぽい装備で囮やってみますので、結界張られたら助けに来てくださいね。
一応、祈祷は持っていくので、結界破ったあとで動けそうなら、回復に回っておきますね。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 12) 2021-09-02 22:46:26
滑り込みだが、少しでも人手が必要そうだし参加させてもらおう。
賢者・導師コースのリバイバル、クロス・アガツマだ。
ギリギリで申し訳ないが、よろしく頼む。

俺も魔導書を得意としている。シャノン君の代わりにデトルを用意しておこう。
それと、透明化で仮面の男の意表をうまく突けないかも試みてみるよ。
それにピケセ・イ・ヌムで皆を強化すれば、素早さも上げることができる。とにかく、俺にやれることをやって皆の助けになろう。