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王冠――誘惑


ストーリー Story

王冠――誘惑

 真夜中。サーブル城。


●彼女の願いは
 かつてサンルームだった部屋、【赤猫】が取り巻きを集め大騒ぎしていた名残で、空の酒瓶がまだあちこちに転がっているその部屋で、【ラインフラウ】は、ソファに身を沈み込ませていた。
 彼女の手の中には、銀色に光るものがあった。
 それは小さな剣の柄。鍔も刃もついていない。表面にびっしり、華麗な蔦模様が施されている。細かな文字、数字、文様の集合体である蔦模様が。
 ラインフラウは柄を床に置き言った。
「愛してるわ、セム」
 柄の上下から刃が――そんなもの収まるはずがないと思えるほどの長い刃が飛び出してきた。
 飛び出した一瞬間だけ刃は真っすぐだった。でも、すぐ姿を変える。刀身からぎざぎざの返しが飛び出す。先端が鉤型に曲がる。
 これは、なんだろう?
 上下に刃がついた形状の武器というのは古今東西あるが、それにしては、あまりにも持ち手が小さすぎる。攻撃にしても防御にしても、使えたものではない。
 では、暗器か?
 誰かに近づいて、不意打ちをするための。
 なるほど、それならありそう――いや、やっぱりおかしい。上下に刃が出てしまっては、殺そうとしたものもまた死ぬことになりかねない。
 ああ、そうか、これはそのためのものだ。
 相手と自分を同時に殺すためのもの。


 ラインフラウは夢見る。冷たい刃を指でなぞって。
 これでセムの心臓を貫いたらどんな感触がするのだろう。
 彼女は常から死にたくないと言っている。
 だから、きっと、殺そうとする自分を恨む。
 その瞬間彼女は私のことしか考えていない。その目は私しか見ていない。
 そう思うと。
 ラインフラウは泣きたくなるような幸福感に満たされる。

 セムはあがくかもしれない。どうにか刃を引き抜こうと。
 でも駄目だ。見てのとおり、一度刺さった刃は抜こうとすればするほど深く体の中に食い込んでいく。
 彼女の肌は蝋のように青白くなっていくことだろう。あふれてくる赤がその上に彩りを添えることだろう。
 もちろん自分もそうなる。
 お互いがお互いの血に溺れながらこと切れていくのだ。
 なんていう美しい光景。考えただけで、ぞくぞくしてくる。

 ラインフラウは熱望する。願望が現実となることを。
 そうとも、望んでいる。心から。
 わたしたちもそうなることを望んでいる。
 積み重なる死は呪いを強くしていくから。
 わたしたちの望みが満たされるように。

 もし今満たされることがなくても、かまわない。わたしたちは待てる。世々続く限り待てる。これからさらに待ち続けるとしても、その時間はたいしたことはない。わたしたちにとっては。
 種は芽吹き、根を延ばし、枝葉を広げ、既に実は熟している。
 後はもう、落ちるばかり。

●誘導
 【赤猫】がどうにも不審そうな目つきで、じいっと【セム・ボルシア】を見つめている。彼女についていきながら。
 セムはそれに気づかない。散歩でもするような気軽さで、暗い地下通路を下りて行く。
 その地下通路はいつか彼女が、学園の生徒達と探索した場所だ。
 果てなき井戸の奥。サーブル城の底。
 あのときはキラーバットが出てきた、しかし今は何も出てこない。
 物寂しい灯がぽつりぽつり間を置いて続いているだけの、闇。
 常人の視力では先を見通すことなど出来まい。
 なのに彼女の足取りは平静で迷うことがない。かつて知った場所を歩いてでもいるかのように。
 赤猫が不意に足を止めた。それから、ふうっと唸って後方に跳び、座り込む。
 セムは物憂げに振り向き、一人ごちた。なんだか、起きているのに、半分眠っているような目付きだ。
「来ないんですか」
 赤猫はうううっと唸って動こうとしない。
 セムはゆっくり前を向き、赤猫を放っておいて歩きだした。そのまま闇と静寂に包まれた空間を進む。
 タバコに火をつけ吸いながら、会社のことをぼんやり考える。
 会社というのは一つの生き物だ。仮に私がいなくなったとしても、私が進んでいた方角に動き続ける。後に誰が来ようとも、そのようになる。ボルジアの名前は残る。
 それはそう、間違いない。
「どうしてそう言い切れるんです?」
 自分が口から出した問いにセムは、ぎくっと固まった。予期しないタイミングで、他人の言葉を聞いたかのように。
 タバコが石の上にポトリと落ちる。くすぶる火が、じじ、と音を立てた。

 なぜ私はこんなところにいるんだろう、一人で。

 そんな疑問がセムの頭に浮かぶ。
 思わず彼女は、暗い天井を見上げた。
 そこにあるのは歯抜けの櫛となった、分厚い柵状扉の一部。強大な力によって破壊され、天井近くの部分が残っているだけの。
「……」
 見ているうちにそれが、巨大な獣の口に変わる。
 炎を吹き出す獣――巨大な犬の口。牙。
 猛悪な少女の顔――口の周りが血まみれだ。それが飛びついてきて、自分の喉を食い破る。衝撃と熱さ。すべてが一瞬のうちに閃いて過ぎ去る。
 流れ込んできた情報の奔流は、セムに目眩を起こさせた。
 無理もない。ローレライならともかく、彼女はただのヒューマンなのだ。しかも一般人である。幻視を受け止める素養はない。
 壁に寄りかかり大量の空気を吐く。吸い込む。
 喉に手を当てたが、もちろん食い破られてはいない。
「……」
 頭を振って彼女は、落ちていたタバコを拾う。火が消えていることに気づき、胸ポケットから発火石のライターを取り出そうとする。
 ライターでないものが手に触れた。
 取り出してみれば、王冠の指輪。
 セムは指輪を握り締め、芒洋と暗がりを見つめる。またさっきの目付きに……起きているのに眠っているような目付きに戻って。
 足音がした。
 振り向く。
 闇の中から出てくる。人の形が。なまめかしくて優雅な、ローレライの女。
「――ラインフラウ?」
 ラインフラウは青い目をセムに注いだ。子供を諭すような口調で、言った。
「セム。どうしてここに来たの?」
 セムは彼女自身の実感を、そのまま言葉にした。
「……さあ。なんとなく」
「なんとなく、ねえ。それで来られるような場所じゃないけどねえ……ここは」
 次の瞬間セムの体は、刃によって貫かれる。
 ラインフラウの次の言葉と共に。
「愛してるわ、セム」
 大量の血が喉からせりあがってくる。

●そして
 皆は、グラヌーゼに逗留しているセムの様子を見に行った。ラインフラウ同様、どうにも不安定な感じがしてならなかったので。
 しかし、彼女はそこにいなかった。ラインフラウも。
 聞けば、サーブル城に行ったとのことだった。
 こんな真夜中に何の用事で。
 不審に思った訪問者は、自分たちもまたサーブル城に行くことにした。
 尋常でない胸騒ぎに急かされて。底なしの井戸へ。

 しばらく進んだところで、赤猫が一直線に走ってくる。血相を変えて。
 フギァ!
 赤猫は怒ったような鳴き声を上げ、皆のそばを通り抜け、地上へと逃げていく。
 その直後。
 暗闇から悲鳴が聞こえた。
 セムの。
 





エピソード情報 Infomation
タイプ ショート 相談期間 6日 出発日 2022-04-13

難易度 普通 報酬 通常 完成予定 2022-04-23

登場人物 3/8 Characters
《猫の友》パーシア・セントレジャー
 リバイバル Lv19 / 王様・貴族 Rank 1
かなり古い王朝の王族の娘。 とは言っても、すでに国は滅び、王城は朽ち果てた遺跡と化している上、妾腹の生まれ故に生前は疎まれる存在であったが。 と、学園の研究者から自身の出自を告げられた過去の亡霊。 生前が望まれない存在だったせいか、生き残るために計算高くなったが、己の務めは弁えていた。 美しく長い黒髪は羨望の対象だったが、それ故に妬まれたので、自分の髪の色は好きではない。 一族の他の者は金髪だったせいか、心ない者からは、 「我が王家は黄金の獅子と讃えられる血筋。それなのに、どこぞから不吉な黒猫が紛れ込んだ」 等と揶揄されていた。 身長は150cm後半。 スレンダーな体型でCクラスらしい。 安息日の晩餐とともにいただく、一杯の葡萄酒がささやかな贅沢。 目立たなく生きるのが一番と思っている。
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。
《幸便の祈祷師》アルフィオーネ・ブランエトワル
 ドラゴニア Lv23 / 教祖・聖職 Rank 1
異世界からやってきたという、ドラゴニアの少女。 「この世界に存在しうる雛形の中で、本来のわたしに近いもの が選択された・・・ってとこかしらね」 その容姿は幼子そのものだが、どこかしら、大人びた雰囲気を纏っている。  髪は青緑。前髪は山形に切り揃え、両サイドに三つ編み。後ろ髪は大きなバレッタで結い上げ、垂らした髪を二つ分け。リボンで結んでいる。  二重のたれ目で、左目の下に泣きぼくろがある。  古竜族の特徴として、半月型の鶏冠状の角。小振りな、翼と尻尾。後頭部から耳裏、鎖骨の辺りまで、竜の皮膚が覆っている。  争いごとを好まない、優しい性格。しかし、幼少より戦闘教育を受けており、戦うことに躊躇することはない。  普段はたおやかだが、戦闘では苛烈であり、特に”悪”と認めた相手には明確な殺意を持って当たる。 「死んであの世で懺悔なさい!」(認めないとは言っていない) 「悪党に神の慈悲など無用よ?」(ないとは言っていない)  感情の起伏が希薄で、長命の種族であった故に、他者との深い関りは避ける傾向にある。加えて、怜悧であるため、冷たい人間と思われがちだが、その実、世話焼きな、所謂、オカン気質。  お饅頭が大のお気に入り  諸般の事情で偽名 ”力なき人々の力になること” ”悪には屈しないこと” ”あきらめないこと” ”仲間を信じること” ”約束は絶対に守ること” 5つの誓いを胸に、学園での日々を過ごしている

解説 Explan

失礼いたします。
王冠シリーズラスト一歩手前です。
まずは、ものすごく展開をはしょってしまうことになり、まことに、まことに申し訳ございません。
言い訳にもなりませんが、大幅に狂ったスケジュールを立て直すことが出来ませんでして……全て私の力不足でございます(TT)。


今回の話は、前回『王冠――わが道を行く』の直後に起きたこと、という位置づけになります。
タイムラグはせいぜい一日、といったところです。
その前提で、プランを立ててくださいませ。


とりあえず皆様におかれましては、
『セムとラインフラウがここで死ぬのを容認するかしないか』の意思表示をお願い致します。
それによって、このシリーズの結末が変わります。

皆様が発見したとき、二人はすでに虫の息です。
このまま二人が死んだら、ボルジア家にかけられた呪いは終了。カサンドラのときと同様、指輪ともどもきれいに消え去ります。
死ななければセムは、今後とも指輪の呪い+ラインフラウと一緒に生きていくことになります。

地下道への同行はしていませんが、グラヌーゼにはNPC【ドリャエモン】、【ラビーリャ・シェムエリヤ】、【アマル・カネグラ】が滞在していることになっています。
助力が欲しい場合は、お申し付けくださいませ。


※これまでのエピソードやNPCの詳細について気になる方は、GMページをご確認くださいませ。
そういうものが特に気にならない方は、確認の必要はありません。そのままプランを作成し、提出してください。エピソードの内容に反しない限り判定は、有利にも不利にもなりません。




作者コメント Comment
Kです。
王冠シリーズ。続きです。
どうでもこうでも、呪い問題に決着つけたいと思います。
四月が終わるまでに。




個人成績表 Report
パーシア・セントレジャー 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
セムさんとラインフラウさんの救助

◆方針
セムさんの悲鳴を聞き付け、速やかに現場に向かう
発見次第、可能な限りの応急処置等を行う

◆現場へ
暗いようならキラキラ石の光を頼りに、周囲を照らし急いで現場へ向かう
必要なら第六感、魔法感知を活かし二人の所在を探す

それでもダメなら、リ15でオカルト的な天啓に期待ね

◆現場
医学的な見立てはできないけど……深手ね
とりあえず、必要なら、二人を引き離して安静にさせたり、寝酒に持ってた強い酒を吹き掛けて消毒したり、気を失うと危なそうな状況なら、お酒を気付け薬代わりに飲ませてみる

折角、他を廃して生き残ったんでしょ……こんなところで終わったら、あの世の連中に笑われるわよ?

朱璃・拝 個人成績:

獲得経験:90 = 60全体 + 30個別
獲得報酬:2250 = 1500全体 + 750個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
セム様の悲鳴が聞こえた瞬間、即断即決を発動、縮地法で声のした方へ急いで駆け付けます。血を流しているセム様とラインフラウ様を見つけられたら落ち着いて状況を確認

二人とも奇妙なナイフで貫かれているようですし、下手に抜いたり動いたりすると余計出血しかねませんのでアルフィオーネ様が追いつくまでこういう使い方が可能なら絶対服従での威圧を用い大人しくさせ、その間に救急箱の道具でナイフを抜いても大丈夫な処置を

アルフィオーネ様が追いついたら慎重にナイフを抜いて回復魔法をかけていただきます

その後二人を連れて戻り、必要ならアマル様にお願いしたお医者様にも見てもらいますわね。しばらく二人に誰かついておいた方がよいかも

アルフィオーネ・ブランエトワル 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
竜の大翼を用いて、現場に急行。まず生死を確認。死亡していた場合は復活呪文。存命なら、【特級薬草/簡易救急箱/応急処置/医学/リーライブ/大司祭の聖服】を屈指して、治療にあたる。

ラインフラウが、妨害やさらなる自傷行為に出るかもしれないので、その兆候が見えたら慈母抱擁や聖鎖陣で動きを封じる。

この場はしのいでも、ラインフラウが心変わりしなくては、また同じことを試みる可能性が高いので、説得が必要だが、それは基本的に仲間にまかせ、治療に専念する。


治療の優先度はセム>ラインフラウとする。

理由:セムが被害者であること。セムを先に刺していること、高位の術者であるラインフラウの方が肉体が強靭であると推測される

リザルト Result

●現在進行形の惨状
 【セム・ボルジア】と【ラインフラウ】が城に向かったと聞いた【朱璃・拝】と【パーシア・セントレジャー】は、急ぎそちらに向かった。【アルフィオーネ・ブランエトワル】の合流を待たずに。
 道々朱璃は、嫌な予感が拭えなかった。
(先だっての調査の際、パーシア様同様ラインフラウ様も、何かを得たはずですわ)
 それは恐らく当人が望むもの。であればもしかして……。
(……念の為アマル様にお医者の手配をお願いしておきましたけれど……取り越し苦労で終わればいいのですけれど)
 かくいう彼女の願いはしかし、叶えられることはなかった。
 地下道に入ってほどなく、セムの悲鳴が聞こえてくる。
 朱璃は考えるより先に石の床を蹴り、走り出した。
 パーシアもまた走る。キラキラ石をかざして。地下道本来の照明だけでは、どうにも心もとなかったので。
 しばらく行ったところで、二人は急ブレーキをかける。
「え?」
 行く先の道が左右に分かれていた。
 こんなことなかったはず。この道は、ただの一本道だったはず。
 どちらかがまやかしだ、とパーシアは直感した。その直感に従って、正しいと思う方の道に踏み出した。
 その途端もう一つの道が消える。照明が強くまたたいた。ご名答、とでもいうように。
「……びっくりね。こういう仕掛けがあるなんて、全然知らなかったわ」
 これも換気の場合同様、環境の改善で再稼動し始めたシステムの一つなのだろうか?
 しかし今は細かいことを追求している暇は無い。ただ、急ぐのみ。
 濃密な血の匂いがし始める。
 セムとラインフラウが――いた。
 至近距離で向かい合い、うな垂れ、膝をついている。ラインフラウがセムの体を抱きかかえるようにしている。
 お互いの胸を刃が串刺しにしていた。傷口からはもちろん、セムの口からもラインフラウの口からも血がたらたら出続けている。
 状況を一瞥しただけで朱璃もパーシアも、何が起きたか理解した。
 常から言っている『一緒に死にたい』を実行に移したのだ、ラインフラウは。多分本人的には心中のつもりなのだろう。
 朱璃は重いため息をついた。
「馬鹿な事を」
 パーシアはセムたちに駆け寄り、仔細を確認する。
(医学的な見立てはできないけど……深手ね)
 セムは間違いなく深刻な状態にある。顔色は真っ青。目はうつろで、今にも閉じてしまいそう。
 それと比べればラインフラウは、まだ余力がありそうだ。そんなセムをうっとり眺めているのだから。
(まあ、双方が望んでるなら、共に死を選ぶってことも有りかもしれないけど……望んでない相手を巻き込むとなると、個人的にはいい気分はしないわね)
 ひとまずパーシアはセムに、気付けのブランデーを――丁度持ち合わせていたのだ。このところ寝付きが悪かったので――飲ませようとした。意識を保たせておかないと危険だ、と判断したので。
「セムさん、聞こえる?」
 セムの顔を上げさせ、唇にボトルの口を押し付ける。
「折角、他を廃して生き残ったんでしょ……こんなところで終わったら、あの世の連中に笑われるわよ?」
 ブランデーは大半がそのまま下へ流れ落ちたが、多少は喉に入った。
 セムが瞼を持ち上げる。
 苦悶を受かべながら何かを言おうとするが、喉から吹き出す血が邪魔をする。
「無理をしないでくださいませ、セム様」
 朱璃は血止めの応急処置を行いながら、二人の胸に刺さっているものを確認した。
 刃は短い柄の両端から出ている。事実上、ひとつの物体と見てよい。
(このままでは、抜こうにも抜けませんわ)
 彼女は剣の柄に手を伸ばし、折ろうとした。そうすれば除去がしやすくなるから。
 そこでラインフラウが顔を上げた。
 長い髪の毛先が蛇の形に変じる。朱璃の腕に強く絡みつく。
「……人の恋路を邪魔しないでよ……お嬢さん?……」
 こんな状況でこれだけの技が使えるとは、たいしたものだ。
 感心しつつ朱璃は、ラインフラウに威圧の眼差しを向けた。
「……貴方の思いがどうあれ、セム様が望んでいない以上、これは美しい心中等ではなく、ただの醜悪な殺人でしかありません。そして私はいかなる理由があろうとも、決して殺人を認めるわけには参りませんわ」
 蛇の頭を捕まえ、引きはがしにかかる。今は何より、応急処置を施さなければならない。問答している時間が惜しい。
 そこでようやく、アルフィオーネが合流してきた。
 あいさつ抜きで彼女は、ラインフラウに向け、聖鎖陣を発動させる。
 さすがのラインフラウもこれには抗しきれなかった。何しろ彼女も、死の縁をよろめいているのだ。
 髪の蛇が退いたので、朱璃は、改めて剣の柄をへし折った。
 アルフィオーネはセムにリーライブをかけた。ラインフラウはその後に。何と言っても彼女は高位の術者。引き換えセムはただの人間。どちらの緊急性が高いかは明白だ。
 そもそも、セムが被害者であると見て差しつかえない。刺したのは間違いなく、ラインフラウの側だ。
 とにかく朱璃は、セムの背中側に突き出ている剣の先を握り、引き抜こうとした。
 だが、その途端、ぐっと中で突っかかる感触がした。
 セムが体を突っ張らせる。
(これは、内側に食い込んでいますね……)
 全部は取れないかもしれない。そう思いながら、救急箱に備え付けてある鋏で傷口を切開する。少しでも抜きやすいように。
 パーシアはセムの意識が途切れないよう、言葉をかけ続けた。酒瓶を振って、残りがあるのを確かめながら。
「セムさん、一応これで傷回りを消毒しておく?……死ぬほどしみるけど。でも、セムさんだって、何も知らないお嬢さんみたいに……気を失うようなタマじゃないでしょ?」
 セムの血に濡れた口元がねじ上げられた。
「復調したら、これで一杯やる?」
 頷いた。了解ということか。
 パーシアはブランデーを口に含み、朱璃の手元に吹きかける。
 セムはうめき声を上げた。額から脂汗が、目から涙が滲み出る。
 ラインフラウがぎらりと目を光らせる。
「……やめてよ……セムが痛がってるじゃないの……」
 鎖の間を縫って、蛇がパーシアににじり寄る。
 アルフィオーネはその蛇を自らの体で防いだ。
 深く大きい母性を持って、ラインフラウに語りかける。
「……通過される者の悲しみはわからないでもないけど、愛する人に、望まぬ死を与えるべきではないわ」
「……利いた風なことを言わないでよ……お嬢ちゃん」
「わたし、あなたより年上よ?――信じられないかもしれないけれど、わたしはこの世界の住人ではないの、別の世界からやってきた。そして……もう、2万年以上生きている」
 ラインフラウはアルフィオーネの言葉を信じかねるような顔をした。
 アルフィオーネはそれを、笑っていなす。
「数えきれないほど、大切な人たちを見送ってきた。かわいい赤ちゃんだった子が、しばらくして、おもちゃ持って会いに行ったら、立派なおじさまになってて、あ、孫にプレゼントですか? ありがとございますって言われちゃうのよ? 笑えるでしょ?」
「……全く笑えないわ……」
「……どうあっても、同じ時は生きられない。だから、一緒にいる内は、素敵な思い出を作ろう。それを忘れずにいようって思うようになった。あなた、そう考えることは出来ない?」
 ラインフラウの目が潤む。駄々をこねるような金切り声が上がる。
「……私は……セムを思い出にしたくないのよ!……過去にしたくないのよ……!」
 二者が会話をしている間にパーシアは、セムがずっと右手を握りこんでいるのに気づいた。
 何かを持っているようだ。
 もしや火の付いたタバコではあるまいかと懸念し、開かせる。
 そして戦慄く。
 セムが握っていたのは、王冠の指輪だった。はめ込まれたブルーダイヤが冷たく点滅している。命が消え行く様に合わせようとでもしているように。
 パーシアはとっさにセムの手から指輪をもぎ取り、暗闇の奥へと投げ捨てた。
 セムがか細い声を出す。
「……無駄です……」
 パーシアは振り向く。驚愕する。セムの開いた手の中に、今投げた指輪が何食わぬ顔で収まっていたから。
「……戻ってくるんです……何をしても……私のもとに……」
 セムは言葉を途切れさせ、頭をぐらぐらさせた。また意識が途切れそうになっているらしい。
 アルフィオーネは朱璃の作業を手伝うが、はかばかしくない。刃はうまく抜けない。
 最終的に彼女は、以下の決断をした。
「……一気に抜きましょ。あなたはセムのを、わたしはラインフラウのを」
「でも……全ては取りきれそうにありませんのよ」
「そこはまた後で処理したらいいわ。とにかくこの場で下手に時間をかけているほうが危険よ。危篤状態になっても、『大司祭の聖服』で復活させるから大丈夫」
 朱璃は息を呑んでから、口元を引き締めた。
「分かりましたわ」
 セムとラインフラウに刺さった刃が、力ずくで引き抜かれた。
 血が盛大に吹き出す。
 セムがごぼっと大量の血を吐き、倒れこむ。ラインフラウも同じように倒れこむ。双方目の光が失せ呼吸が止まる。
 間髪いれずアルフィオーネは『大司祭の聖服』を発動させた。
 強烈な力が一度は離れたセムとラインフラウの命を、有無を言わせず引き戻す――しかし両者とも、満足な身動きは出来ない。傷口からじくじく血が滲み出し続けている。刃の残りが身のうちを害しているのだ。
 朱璃は二人を軽々かつぎ上げ、駆け出す。
「地上に戻りましょう! 残りはお医者様に取り除いてもらうのですわ!」
 パーシアは術の代償として昏倒したアルフィオーネを負ぶい、後を追う。

●帰還
 朱璃とパーシアは全速力で地下道を引き返す。
 何かに見られている。
 朱璃がそう思った途端、背後からわっと炎が押し寄せてきた。
 巨大な【黒犬】と【赤猫】が追いすがってくる。憎悪と殺意をみなぎらせて。
 彼女は一瞬動揺する。しかしすぐさま、絶対服従の気迫を込め睨みつける。
 炎と魔物の形が弾けとぶように消えた。
 代わって周囲は絢爛な装飾に覆われていく。
 漆黒の馬に引かれた壮麗な馬車が、背後からしずしずと迫ってくる。
 馬車を囲み喜び勇んで併走するのは、バスカビルの群れ。黒犬が先頭だ。
 馬車に乗っているのはノアたちと、シャパリュたち。
 赤猫は馬車の屋根に陣取り、小馬鹿にしたような目でバスカビルたちを見下ろしてる。
 朱璃が一喝した。
「立ち去りなさい、過去の亡霊! あなた達はもう死んでいるのですわ!」
 どこからか声がした。パーシアの耳にはそれが聞こえた。
『いいや、我らは死んでいない。生きてもいないが。我らはあり続ける。いつか再び戻るために』
 セムの右手はいまだしっかり握り込まれている。その中に王冠の指輪があることを思うとパーシアは、ひどく複雑な気持ちに襲われる。
 だけど、この場ではどうすることも出来ない。地上を目指し走り続けるだけだ――。
 ――地上に、出た。
 入ってきたときと同じように真っ暗な空。びょうびょうと風が吹く荒野。
 アマルがそこに待っていた。はあふう息をついている。今し方ここに到着したところらしい。頭に赤猫が張り付いている。どうやらこの獣もセムを心配していたようだ。
「アマル様、病院の手配は出来ておりますか?」
「はい、出来てます。学園領の大病院に、パパから話をつけてもらいまして――」

●ひとまず命は取り留めて
 学園に戻ってきた一同は、そのまま病院にセムたちを担ぎこんだ。
 事前に話がつけられていたから、改めて説明を求められることはなかった。
 運び込まれた患者を一瞥した医者は、すぐさま助手たちに命じる。
「緊急手術の用意をするんだ! 早く!」
 セムとラインフラウは、あわただしく集中治療室に運び込まれていく。
 手術中を示す赤い光がドアの上に灯った。
 この先当事者以外の人間は、待つだけしか出来ない。手術が成功することを祈りながら。
 赤猫は毛づくろいを始め丸くなる。ここまで来たら騒いでも仕方ない。運を天に任せよう、と思ったのかどうか。
 パーシアは昏倒しているアルフィオーネを待合用の長椅子へ横たえ、毛布をかけてやった。『お疲れ様』と囁いて。
 それにつけてもラインフラウの行動が朱璃には認めがたい。
 百歩譲って同意が取れているのならまだしも、それさえない相手を――発見したときの様子を見る限り、セム側は確実に死ぬ気はなかった。生きようとあがいていた――道連れにして死のうとはどういうことか。
 そう言う彼女にアマルは、腕組みし首をかしげる。
「……とは言っても……ラインフラウさんがそういう人だってことは、セムさんも最初から分かってますよね。黒犬たちの呪いを無理やり転化されそうになったとき、そんなこと言ってたような記憶があります」
 確かにそうだったかも、とパーシアは思う。
 加えて言えばセムは、あの時ラインフラウに、一緒に死にたくはない、道連れになって欲しくもないのだと、はっきり言葉に出し伝えていた。
 あれ以降も、彼女を遠ざけることもなく彼女から遠ざかることもなく関係が続いていたとすれば……。
「セムさんはラインフラウさんが『一緒に死にたい』と思うことについて、ある意味容認していたんじゃないかしら……もっとも、黒犬の呪いが消滅したから、もう同じことを企てても無理だろうと思って、油断していただけかもしれないけど」
「どちらにしてもセム様のことを愛していらっしゃるのなら、その思いを少しは顧みることが、あってみてもいいはずですのに。それこそが人を愛するということでございましょう?」
「確かにそのとおりなんだけど……ね。常識が当てはまらない人っていつの時代もいるものだから」
 
 

 



課題評価
課題経験:60
課題報酬:1500
王冠――誘惑
執筆:K GM


《王冠――誘惑》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 1) 2022-04-07 21:47:40
武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 2) 2022-04-09 12:25:21
「セム様とラインフラウ様がここで死ぬのを容認するかしないか」の意思表示をするという事ですが、これは統一した方がやはりよいのか、個別に書いて多い方とかになるかでしょうか?私としてはそもそも死ぬことを望んでおられない方がいるのに容認は出来かねますが・・・。なぜそう思うのかを説得のような形で書いて意思表示すればよいでしょうか。

《猫の友》 パーシア・セントレジャー (No 3) 2022-04-10 22:01:15
ご挨拶が遅れてごめんなさい。王様・貴族コースのパーシア。よろしくお願いします。

死の容認ねえ……まあ、双方が望んでるならば。
でも、望んでない相手を巻き込むのは……個人的にはいい気分はしないわ。

ただ、もし望まないなら、虫の息の二人を生かすための手段も必要になるかも?

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 4) 2022-04-11 19:59:47
>生かす手段
簡易救急箱は持っておりますが、あくまで応急処置ですし・・・それでもしないよりはマシでしょうか。あとはグラヌーゼに滞在しているNPCの助けを借りるとかになりますでしょうか。例えばアマル様なら腕の良い医師を手配できそうですし。

《猫の友》 パーシア・セントレジャー (No 5) 2022-04-11 22:43:23
まあ、いざとなれば、知人呼んで復活呪文とか回復お願いできるけど……「それやったら、ラインフラウさんから何されるかわからない」って渋りそうでもあるのよねえ。

《幸便の祈祷師》 アルフィオーネ・ブランエトワル (No 6) 2022-04-12 05:59:47
教祖・聖職者専攻のアルフィオーネ・ブランエトワルです。どうぞ、よしなに。

二人を生かす方向でいいのね?
あらゆる手管を屈指するわ

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 7) 2022-04-12 19:53:48
ラインフラウ様に関してはもう口八丁手八丁で丸め込むしかないかもしれませんわね・・・。どちらも虫の息という事ですのでこの時点では何もできなさそうではありますが、一応絶対服従を持って行っておきますわ。

アルフィオーネ様が来てくださったので回復はお願いできそうですわね。よろしくお願いいたしますわ。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 8) 2022-04-12 20:26:39
ひとまずプランは提出しましたわ。悲鳴を聞いて、二人がいるところまでどのくらいの距離があるか解りませんがとりあえず縮地法で一刻も早く駆けつけるようにして、回復魔法をかけていただくまでにこれ以上出血しないようにできるだけの処置をしてみますわ。