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Trick or Blood?


ストーリー Story

 人々が仮装に身を包み、先祖の霊と共に練り歩く秋の祭典は幕を閉じ、例の合言葉も聞かれなくなった頃、とある街裏を染め上げる夕闇の陰にて、とある二択を迫られる。
「Trick or Blood?」
 悪戯か、血か。
 そんな物騒な二択を迫られた人々が、次々と襲われる怪事件。
 どちらを選ぼうとも、どちらとも選ばずに逃げ出そうとも、結末は同じ。襲われ、斬られ、繰り広げられる血の惨劇。多くの犠牲者と被害者を出していると聞いた学園はすぐさま三人の生徒を派遣し、本体が合流するまでの時間稼ぎ。あわよくば、捕縛の命令を出した。
 だが、噂を聞く限りはこの通り魔。只者ではないらしい。
 漆黒かつ巨大な刃のついた大鎌を振り、緋色の髪を揺らして迫るその様は、まさしく――緋色の辻斬り。
「――などと聞き及び、兄弟子が不覚を取り、泥酔した姉弟子を退けた辻斬りの実力をいざこの手で試してやらんと、自ら望んで来たわけなのだが……おまえが、緋色の辻斬りだと?」
 【黒崎・華凛】(くろさき かりん)の前に立ち尽くす黒衣。フードの下はジャック・オー・ランタンの目、鼻、口が彫られているだけの鉄仮面で隠され、素顔は見えない。噂通りの巨大な大鎌と合わせて見ると、ハロウィンに出遅れて役目を失った可哀想な死神に見えた。
 噂通りの緋色の髪はフードの下か。今のところまだ見えない。いずれにせよ、そうして顔を隠し姿を隠すような身なりをしている時点で、華凛が学園の同輩や兄弟子らから聞く辻斬りの印象からはずっと離れていた。
「Trick or Blood?」
 不意に現れてそんな二択を迫られては、混乱は必至。恐怖に狩られるも無理からぬだろうが、こちらは元よりその問い掛けをするそちらに用があるのだから、混乱も無ければ恐怖も無い。
 質問への返答の代わりに、腰の左右に差した愛刀を抜く。
「Trick or Blood?」
「どちらを選ぼうと斬りかかってくる癖をして、いつまでも祭り気分の抜けぬ阿呆か――!」
 遠距離狙撃を任せた天使が痺れを切らし、合図も待たずに放たれた矢が飛んで来る。払い除けた鎌とぶつかった矢が爆ぜて黒煙を上げたが、辻斬りは黒煙をも鎌で斬り裂き、無傷の姿を晒して現れた。
 派手な陽動から死角を取った華凛が、不意を突いて斬りかかる。
 だが腕に籠手を巻き、腹には防具まで着ているのか、切れたのは全身を覆っている黒衣だけで、辻斬りの肌には届かなかった。
 剣撃を弾いた辻斬りは一歩引いてから大振りで鎌を振り、自身の間合いにまで置いてから攻め立てる。
 風を切る漆黒の速度は速く、影の中に溶け込んで時折見失って、防御に手を回さざるを得ず、反撃に至れない。わざわざ影の色濃い場所に出没している理由は、これのためだろう。
 ならば夜に仕掛ければいいものを、夜では自分も同じデメリットを負わされる可能性があるからか。
「やはりおまえ、緋色の辻斬りではないな」
 兄弟子と戦った緋色の辻斬りは、腕に籠手こそ巻いていたものの、ほとんど頼る事もなく攻撃こそ最大の防御とばかりに防御らしい防御もしなかったという。
 そんな人間が、まるで防具に頼り切った防御でやり過ごす事など考えられない。面や黒衣で正体を隠したりと、とても聞いていた印象と違い過ぎる。
「おまえは臆病過ぎる。面と黒衣で隠した正体、剥がさせて貰おうか」
「Trick or Blood……Blood、Blood!!!」
 再び、遠方から放たれた矢の雨が強襲。ただし今度は直撃させず、周囲に放って逃げ場を奪いつつ、爆ぜた矢が煙を上げて視界を封じる。
 側面から迫って来た刃を弾き飛ばしたが、飛び込んできたのは刀だけで、華凛は正面からもう一刀で以て斬りかかる。
 籠手で受けつつ鎌で払い除け、距離を取ろうとした辻斬りは視界から華凛の姿を見失う。やや遅れて鎌に重さを感じて振り返ると、鎌の上に乗った華凛が先に弾き上げられた刀を掴み取り、鉄仮面を斬り捨てんと振り被っていた。
「離れろぉぉぉっ!!!」
 振り落とすべく、鎌を強く振り下ろして、地面を叩き割る。
 しかしすでに華凛の姿はなく、上を見上げてもいない。では背後――にもいない。
 下だった。
 鎌が振り下ろされる直前に飛び退いた華凛は、辻斬りの足下で片膝を突き、構えていた。
 と、華凛に気を取られている隙に三度目の矢が時雨の如く強襲。今度は全弾、狙いは辻斬り。
 すかさず回避しようとしたが、咄嗟に片脚に重みを感じて見下ろすと華凛が脚を掴んでおり、直後に足を刀で貫かれて地面に固定され、全弾命中した。
 が、脱げた黒衣の下にいたのは身代わりのうさぎのぬいぐるみ。本体は防具と籠手を巻いた死神らしからぬ姿を晒し、ずっと後方に離れていた。足を貫いた刀を引き抜くために力尽くで蹴り上げられて、華凛は堪え切れずに尻餅をつく。
 華凛の体勢が崩れたのを見た辻斬りは今だとばかりに撤退。狙撃を振り切るためだろう、人通りの多い表通りの方へと逃げてしまった。
「ここまで、か」
「治療ですね。すぐさま治療しますので、動かないように」
 建物の陰に隠れ、いざとなれば参戦するつもりでいた【クオリア・ナティアラール】が飛び出し、尻餅を突いていた華凛を起こす。
「いや、私は怪我など……」
「言い訳は結構。大丈夫、ほど信頼出来ない言葉もありませんので。無暗に多用している人ほど、早死にしますので、大人しく治療を受けて下さい。でないと、本当に死にますよ」
「わかった、わかった……」
 多くの依頼に奔走している【シルフォンス・ファミリア】が、いつも無傷で帰って来る理由が、彼女の存在で理解出来る。ずっとこんな調子では、傷など残したくとも残せまい。
 尻餅をついた際に擦った手に、クオリアは消毒を行い始める。
「辻斬りは」
「ご心配なく。彼が追っているはずですから。それにあの辻斬り、緋色のではないでしょう。あれだけ臆病な性格で、堂々と表で人を襲う事はないでしょうし……まぁ、あれだけの防具があれば怪我の心配が減るので、褒めるべき点はそこだけですか」
「君には敵わないな……」
 クオリアの言う通り、あれが表で人を襲う事はないだろう。
 しかし裏通りの、こうした表から隠れた陰で人を襲い続けるに違いない。早期解決に越した事はなく、そのために早急に動くことに異論はない。
 が、流石に人手不足か。相手は闘争よりも、逃走のプロと見るべきだ。三人では詰め切れない。
「処置が完了しました。他に怪我はありませんね? 毒の類もありませんね?」
「あぁ、すまない。応援が来るまで、私達は奴が出没するだろう場所を片っ端から確認しておこう。これより先、一人も犠牲者を出さないためにも」
「賛成です。では、二手に分かれて行きましょう」
 以上の経緯で以て、現在、ジャック・オー・ランタンの鉄仮面を被った謎の死神を追跡中である。
 これ以上のTrickもBloodも出さないためにも、全力を賭して掛かるべき案件だ。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 6日 出発日 2020-11-26

難易度 難しい 報酬 通常 完成予定 2020-12-06

登場人物 3/8 Characters
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  
《幸便の祈祷師》アルフィオーネ・ブランエトワル
 ドラゴニア Lv23 / 教祖・聖職 Rank 1
異世界からやってきたという、ドラゴニアの少女。 「この世界に存在しうる雛形の中で、本来のわたしに近いもの が選択された・・・ってとこかしらね」 その容姿は幼子そのものだが、どこかしら、大人びた雰囲気を纏っている。  髪は青緑。前髪は山形に切り揃え、両サイドに三つ編み。後ろ髪は大きなバレッタで結い上げ、垂らした髪を二つ分け。リボンで結んでいる。  二重のたれ目で、左目の下に泣きぼくろがある。  古竜族の特徴として、半月型の鶏冠状の角。小振りな、翼と尻尾。後頭部から耳裏、鎖骨の辺りまで、竜の皮膚が覆っている。  争いごとを好まない、優しい性格。しかし、幼少より戦闘教育を受けており、戦うことに躊躇することはない。  普段はたおやかだが、戦闘では苛烈であり、特に”悪”と認めた相手には明確な殺意を持って当たる。 「死んであの世で懺悔なさい!」(認めないとは言っていない) 「悪党に神の慈悲など無用よ?」(ないとは言っていない)  感情の起伏が希薄で、長命の種族であった故に、他者との深い関りは避ける傾向にある。加えて、怜悧であるため、冷たい人間と思われがちだが、その実、世話焼きな、所謂、オカン気質。  お饅頭が大のお気に入り  諸般の事情で偽名 ”力なき人々の力になること” ”悪には屈しないこと” ”あきらめないこと” ”仲間を信じること” ”約束は絶対に守ること” 5つの誓いを胸に、学園での日々を過ごしている
《マルティナの恋人》タスク・ジム
 ヒューマン Lv36 / 勇者・英雄 Rank 1
村で普通に暮らしていましたが、勇者に憧れていました。 ここで学んで一人前の勇者になって、村に恩返しをするのが夢です。 面白いもので、役所勤めの父の仕事を横で見聞きしたことが、学園の勉強とつながり、日々発見があります。 (技能はそういう方針で取得していきます) また「勇者は全ての命を守るもの、その中には自分の命も含まれる」と仲間に教えられ、モットーとしています。 ※アドリブ大歓迎です! ※家族について デスク・ジム 村役場職員。縁の下の力持ち。【事務机】 (※PL情報 リスクの子) ツィマー・ジム おおらかな肝っ玉母さん。 【事務室・妻】 シオリ・ジム まじめできっちりな妹 【事務処理】 チェン・ジム のんびりマイペースな弟 【事務遅延】 ヒナ・ジム 可愛い末っ子 【事務雛型】 リョウ・ジム 頑固な祖父 【事務量】 マーニー・ジム 優しい祖母。故人 【事務マニュアル】 タックス・ジム 太った叔父。【税務事務】 (※PL情報 リョウの子) リスク・ジム マーニーの元婚約者でリョウの兄。故人【事務リスク】 ルピア・ジム 決まった動作を繰り返すのが大好きなグリフォン。【RPA事務】 ※ご先祖について アスク・ジム 始祖。呼吸するように質問し、膨大なメモを残す。【事務質問】 「あなたのお困りごと、お聞かせいただけませんか?」 セシオ・ジム 中興の祖。学園設立に向けて、土地や制度等に絡む諸手続きに貢献。【事務折衝】 「先祖の約束を今こそ果たす時。例え何徹してもやり遂げる!」

解説 Explan

 今回の依頼は、街に出た時季外れのハロウィンの死神、辻斬りを止める事です。
 ジャック・オー・ランタンの顔が彫られた鉄仮面。両腕に籠手、胴に防具を巻いた黒衣の死神衣装を来た、黒い大鎌の使い手です。
 身代わりうさぎを使用し、最大で二度、攻撃を回避します。
 他、発煙筒で煙幕を張っての奇襲をして来ます。こちらは最大で三回と考えて下さい。
 多勢に無勢ではまず逃げの一手なので、数で圧倒する場合は逃げられない場所に追い込む必要があるでしょう。相手は人の多い場所で交戦する事はないですが、街の人達に被害が及んでは大変です。追い込む場所に関しては、要相談です。

 先に辻斬りと交戦した【黒崎・華凛】、【クオリア・ナティアラール】の調査の結果、辻斬りは以下の三か所に出没する可能性が高いと判断されました。

【1】酒場の倉庫裏……大量の酒樽が置かれている倉庫の裏。左奥へ突っ切ったところに行き止まりがあるが、住宅地故、住民を巻き込む危険性がある。
【2】水路だった陸橋の下……水路を埋め立てた場所のため、非常に入り組んでいて追い込むのが難しい。表に出る道が限られているので、封じれば表に出るのだけは防ぐ事が出来る。
【3】鍛冶工房跡……鍛冶場だった工房が丸々残っている。中は広いので戦うにも丁度いいが、扉や窓がないため逃がす可能性が高く、煙幕の影響を受けやすい。ただし、人の多い場所には遠い。

 以上の三か所に散らばって見張るも良し、一か所に限定して出て来るまで粘るも良し、人数次第でやり方もあるかと思うので、ご相談ください。

 プロローグに登場した三人の先輩NPCの参加は自由です。直接参加させても良し、間接的に参加させる形でも、参加させない形でも良し。相談の上、決めて頂ければと思います。参加の形はプランにてご記入下さい。

 ただ、選択次第では思わぬ参戦者が現れるかも……。

 皆様で協力し合って、危険な辻斬りから街の人々を護りましょう。


作者コメント Comment
 こんにちは。こんばんは。お疲れ様です。
 戦闘と言えばこの人、というか戦闘ばっか書いてるなこの人、でお馴染みかもしれない無名作家、七四六明(ななしむめい)です。
 今回もゴリッゴリの戦闘エピソードをEXでご用意させて頂きました。是非挙って参加頂けたら嬉しいです。
 個人的にかなり複雑な条件にしたので、かなり難しいかと思われますが、参加して下さっている皆様で相談し合って、危険な辻斬りから人々を護りましょう。
 ただ、皆様の選択次第では解説にあります思わぬ参戦者が……(って、大体察しが付きますかね)あるかもしれませんが、とにかく皆様で力を合わせて、この難題を乗り切って下さい!


個人成績表 Report
クロス・アガツマ 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:405 = 135全体 + 270個別
獲得報酬:12000 = 4000全体 + 8000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
【2】で辻斬りの待ち伏せをしよう
先輩の方々には出現まで目立たぬようにしてもらい、辻斬りと接触したら逃げ道を塞いでもらうよ

俺は他の仲間が標的にされるのを身を隠しながら待ち、辻斬りが獲物を追いかけようとしているその時に姿を表し、逃がさぬよう逆に追い込む

立体機動を駆使しながら木染の書で戦い、その最中でも敵の退路に注意する
少しずつ、悟れぬくらいに、だんだんと辻斬りの戦える間合いを削って追い詰めていこう

仲間の攻撃時はアン・デ・カースで動きを封じて支援しよう
また、仲間が危機の際はプチシルトで防ぐよ

煙幕の時は分霊術を立たせ、俺はその陰から、襲ってきたところにカウンターでヒドガトルを食らわせる。容赦はなしだ

アルフィオーネ・ブランエトワル 個人成績:

獲得経験:162 = 135全体 + 27個別
獲得報酬:4800 = 4000全体 + 800個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
【2】
理由:せまい水路では、大鎌は振り回し辛く、動きまわりづらい。奇襲の効果も薄いと思われる
先輩方には出入り口を封鎖してもらい、退路をたつ

戦闘
大鎌のリーチを殺すため、密着して戦う。防具の無い、二の腕や、大腿を狙い、ウィークアタック、ダークバタフライでの蹴撃

間合いをとってきたら、白麗の閃光で牽制

攻撃に対し、龍の翼の飛行で回避

パーティーのHPは50%以上を保つよう、適宜リーライブで回復

基本的に、身代わりウサギを切らせるまでは、技能は温存

煙幕の奇襲には千代古令糖の守りで対応

浴衣の効果発動時は反撃

敵が逃げたら、ヒドで追撃

ぴよっとハンマーの効果で敵が混乱したなら、その隙を突き、龍爪撃

アドリブ・絡み、歓迎

タスク・ジム 個人成績:

獲得経験:162 = 135全体 + 27個別
獲得報酬:4800 = 4000全体 + 800個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
先輩の情報から敵の動きを【推測】
【2】に陣取り迎え撃つ
敵のみがわりうさぎ使用を聞いて
「何匹持ってようと
全部削りきりますよ!」

標的は多勢相手だと逃げてしまうので
【2】の入り組んだ地形を逆に利用し
こちらを集団に見せないよう
代わる代わる攻撃する

この方針のもと
自分は標的の注意を引き付け続け
仲間が敵の背後をついたり不意を打ちやすいように動く

【勇者原則】【挑発】
「これ以上血を流すわけにいかないが
イタズラなら僕がいくらでも付き合いましょう!かかってきなさい!」
「ほらほら、あなたのトリックはそんなものですか?」

初手から全力
【精密行動】で鎧の隙間を狙って【月下白刃】
たまにヒ10を混ぜて距離感を狂わせる

アドリブA


リザルト Result

 並び歩く雲が橙色に、空が鮮血の如き赤に染まる夕刻。
 陸橋の下。水路を埋め立てて作った裏道が、夕闇に包まれる。
 人の目が触れぬ漆黒の闇の中から溶け出たような死神衣装をまとった辻斬りが、一人立ち尽くす【タスク・ジム】の前に現れ、鉄仮面の下で曇った声で、求める結末は同じ二択を迫られる。
「Trick or Blood?」
「……では、トリックで。これ以上血を流させるわけにもいきませんので、とことんあなたの悪戯に付き合いましょう」
 抜刀したタスクへと、辻斬りは大振りで鎌を振るう。
 盾で受け流しながら身を捻り、辻斬りの懐へと体を捻じ込んだタスクの突きが風を切る。最早体に染み込んだ動きの中、放たれた突きが辻斬りの体を突き飛ばした。
 石畳に鎌を突き立てて止まった辻斬りは、仮面の下で浅く咳き込む。
 突きが打ち込まれた胴に一瞥を落とすと、横に薙ぎ払った鎌の風圧でタスクの髪を撫で、次は首を狙ってやらんと飛び掛かった。
「かかって来なさい!」
 襲い来る鎌の連撃を弾き、最後に繰り出された大振りの一撃を弾いて鎌を打ち上げる。
 武器を失った辻斬りの防具の隙間目掛け、突きを繰り出そうとしたタスクの下顎を蹴り上げた辻斬りは落ちて来た鎌を受け止め、顎を蹴られた衝撃で脳の揺らぐタスクへ鎌を振る。
 そのとき、一筋の閃光がタスクの後方より飛来。
 のけ反って躱した勢いのまま、後方へ倒立回転を繰り返して距離を取った辻斬りの側面より、放たれたダードが炸裂した。
「Trick or Blood?」
 躱し切れないと悟って籠手で受けた辻斬りが、晴れた黒煙の中から問いかける。
 闇の中から現れた【クロス・アガツマ】は眼鏡を押さえ、魔導書を開いて応じた。
「答えはBloodだ。尤も、俺に血は流れていないのでね。流すのは、君の方だ」
 辻斬りの狙いがクロスへ向くと、【アルフィオーネ・ブランエトワル】は仰向けに倒れていたタスクへと駆け寄って上半身を起こし、ちゃんとしなさいと後頭部を手刀で叩いた。
 脳の震動が徐々に収まり始めたタスクは首を振り、近くに落ちていた剣を取る。
「すみません……不覚を取りました」
「ホント、お礼に今度奢りなさい」
「わかりました。ただ、その……お酒以外で」
「あ、あなた! わたしを子供扱いしてないでしょうね!?」
「し、してません! してません!」
 とてつもない酒乱と聞いているので飲ませられない、なんて言えない。要らない一言を付け加えた事を、タスクは激しく後悔した。
「まぁいいわ……とにかく約束よ! 後で忘れたなんて言ったら承知しないから!」
「は、はい」
 もはや、頷く事しか出来ず。
 辻斬りを倒しても修羅場になりそうな予感を感じながら駆けつけた先で、クロスが立体機動を駆使して死神の鎌を躱しつつ、ダードにて応戦していた。
 繰り出したダードを斬り伏せた鎌を躱し、振り返った先にあった壁を蹴って跳び上がって辻斬りを跳び超え、着地と同時に再びダードを放つ。
 完全なる不意打ちながら、突き立てた鎌を支えに真上へ跳んで躱し、発煙筒を落として煙を撒き散らす。着地と同時に動き回る影目掛けて振り払い、首を両断した。
 鉄仮面の下から、愉悦に満ちた声が漏れる。
 だが斬り裂いた煙幕と共に影も掻き消え、何も残っていない事に気付いたときには、背後に回っていたクロスの手が背中に触れていた。
 ゼロ距離で放たれるヒドガトルが辻斬りを吹き飛ばし、まとっている黒衣を燃やす。
 が、燃え盛る黒衣の下から現れたのは辻斬りではなく、物言わぬウサギのぬいぐるみだった。
「身代わりか」
「クロスさん!」
「すまない、逃げられてしまった――」
 少し離れた先から、爆音が聞こえて来た。
 屋根を伝って逃げようとした辻斬りを、【シルフォンス・ファミリア】が狙撃したのだろう。そして、彼と同じ上からの視線を獲得するため屋根へと飛んだアルフィオーネが、すでに辻斬りの下へと向かっていた。
「クロスさん、僕達も」
「あぁ、行こう」

 シルフォンスの狙撃で撃ち落とされた辻斬りへと、アルフィオーネはハンマーを振り被って飛び掛かる。
 ぴよっ! という音が似合わない重量感のある一撃を鎌で受け止めた辻斬りに蹴飛ばされたアルフィオーネは、空中で反転。左目より、星の光をまとったような輝ける白麗の閃光を放ち、鎌で受けた辻斬りを吹き飛ばした。
 翼を広げて羽ばたき、壁にぶつかる寸前で止まったアルフィオーネは、ハンマーを構えて辻斬りと対峙する。
 光景だけ見れば、おもちゃのハンマーを持って大の大人と勇者ごっこする子供のようであったが、実際にそのようなほのぼのとした背景はない。
 片や蹴られた際に口を切って出血し、片や白き光線にて熱を持った袖を引き千切る。
「Trick or Blood?」
「あなたに、選択権などない」
 幼女のような見た目からは想像のしようもない迫力が、魔力と共に解き放たれる。
 遥か太古に生まれたドラゴニアの魔力が、辻斬りの全身を撫で回す熱風へと変わり、小さな体の少女を純種のそれと見紛う程の気迫に変わって威圧する。
 蛇に睨まれた蛙が如く、凄まじい威圧に気圧されて動けなくなっている辻斬りへと、アルフィオーネは一歩、歩を進めた。
「ここで……殲滅する!」
 進んだ一歩で踏み込んで、一挙に肉薄。
 再び可愛らしい音が似合わない鈍い衝撃の走る一撃を叩き込み、石畳を砕く。
 一撃を受け止めた鎌で払われると翼を広げて飛翔。一度後方へ飛び、着地と同時に真っ直ぐ飛び込む。
 鈍重な一撃を連打で叩き込み、鎌で受ける辻斬りを振り回すと、追いつけなくなったタイミングで脚に切り替え、ハイヒールに仕込んだ毒針で切り込んだ。
 が、籠手の巻かれた腕に止められ、針が折れる。直後、鎌を落とした辻斬りの拳が、咄嗟に繰り出したガードの上からアルフィオーネを殴り飛ばし、壁に叩き付けた。
 が、ダメージを受けたのはむしろ辻斬りの方。
 千代古令糖の守りの上から殴った拳を押さえ、鉄仮面の下で小さく呻く。籠手や防具まで着こみながら、鎌を操るために手はグローブ一枚だけの薄い装備だったことが裏目に出た。
「気分はどう? 狩られる側の立場になった気分は」
 吹き飛ばした先にアルフィオーネがいない。
 視線を落とすと、片腕にまとった魔力を龍の爪に変えて、目の前で構えるアルフィオーネがいた。
「どうかと、聞いているの!」
 拾い上げた鎌で龍の爪を受ける。
 小さな体から繰り出されたと思えない膂力に突き飛ばされ、先程のお返しとばかりに壁に叩き付けられた。
 再び詰め寄ったアルフィオーネは、叩き潰さんとハンマーを持ち上げて見せる。
「あなたが命を奪った人たちの味わった恐怖を、苦しみを、存分に味わうといいわ。死んであの世で懺悔なさい」
「アルフィオーネ君」
 丁度、クロスとタスクの二人が到着する。
 念のため、タスクは表通りへと繋がる道の角から覗いていたが、後一手まで追い詰めているのを見て安心して出て来た。
「あら遅かったわね。結局、ほとんどわたし一人で終わらせちゃったわ」
「申し訳ない。俺のミスを尻拭いさせる形になってしまったね」
「じゃ、二人で奢りね」
「あぁ、構わないよ。ただ、お酒は遠慮してくれると助かるのだけれど」
「何でお願いする前から却下されるわけ!?」
「いや、それは……」
 相当な酒乱と聞いているから、とは言えない。
 タスクと同じ状況、同じ理由で戸惑っていたクロスへと視線を向けていたアルフィオーネの隙を窺い、落としていた鎌を拾い上げようとした辻斬りの前にタスクが立ち、拾い上げるのを阻止した。
「あなたの負けです」
「観念しなさい」
 辻斬りの頭目掛けて、アルフィオーネがハンマーを振り被った時だった。
 不意に鉄仮面に掘られた口から何かが飛び出して、咄嗟に彼女を庇ったタスクの手に刺さる。
 いつの間に拾い上げ、口の中に入れたのか。先程の攻防の最中、アルフィオーネが繰り出し、籠手に阻まれて折られたブーツに仕込んでいた毒針だった。
「タスク!」
 タスクを受け止めたアルフィオーネの脚を払って二人をまとめて倒した辻斬りは、鎌を拾い上げて走り去っていく。
 追いかけようと立ち上がりかけて、毒が巡り始めたタスクの荒い息を感じたアルフィオーネは、小さくなっていく辻斬りとタスクとを何度も見並べて、苦渋の選択を迫られた。
「クロスさん、追って!」
「……わかった。タスク君を頼んだよ!」
 辻斬りを追って走るクロスの背も暗闇に紛れて見えなくなると、アルフィオーネはリーライブをタスクに掛ける。解毒の効力こそないが、少しは楽に出来るはずだ。
「何で庇ったの。わたしは皮膚を硬化して防げたのに……」
「それでも、庇わないわけには……いきま、せんから……」
「馬鹿よ、あなた……でも、ありがと」
 らしくもなく泣きそうになりながら、治癒の光を当ててくれている少女をこれ以上困惑させまいと、タスクは剣を取って立ち上がろうとする。
 だが力めば力むほどに毒がより速く体を巡り、意識をより遠い位置へ持っていかれる。
 アルフィオーネが追い詰めていたのを見て油断してしまったこと。
 剣か盾で防げばよかったこと、防げるよう構えておくべきだったこと。
 悔やむべき点が多過ぎて、猛省を繰り返す。
 同時、このままじゃ終われないと己を奮い立たせんとする。腕に脚に力を籠め、立ち上がらんとする。
 立ち上がれ、タスク・ジム。このままではまた犠牲者が出る。
 彼女のように、涙を流す人が出る。
 戦え。戦え。戦え。
 何のためにここに来た。何のために剣を取った。戦うため、立ち上がらずして何とする。奮い立たずに何とする。
 だから立ち上がれ、戦え、タスク・ジム。
 尊敬を抱くあの人なら、こんなところで倒れはしない――。
「あまり力まないように。毒の巡りが早まりますので」
 辻斬りの追跡を優先し、信号弾も何も送っていなかった――いや、そもそも送る手段さえなかったはず。
 シルフォンスが伝えてくれたのか。それとも直感が働いたのか。
 いずれにせよ、さも獲物を見つけた猟犬が如く、毒物という獲物を見つけた看護師志望のカルマ【クオリア・ナティアラール】が、スカートの中が丸見えになる事など気にも留めず、颯爽と屋根から飛び降りて来た。
「クオリア先輩!」
「はい、クオリア・ナティアラールですが何か? そんな事よりも、解毒処置を行いますので手伝ってください。辻斬りを、追うのでしょう?」
「……はい!」
「では、緊急治療を始めます。痛くても喚かないように。あまりうるさいと、黙らせますので」
 白衣を着た天使は聞いた事があるが、タスクにはこの時のクオリアが、自身が毒に冒されている事もあって、まったく天使には見えなかった。
 正直に言って、先の辻斬りよりも余程恐ろしい死神に見えない事もなかった。

(毒針から女を庇って戦線離脱、か――状況的に褒められたもんじゃねぇが、褒めてやるよタスク・ジム。少なくともおまえの尊敬するあいつと俺は、てめぇを褒めてやる)
 赤色の空に向けて放たれた矢は放物線を描き、脱出経路を探る辻斬りへと飛来。そうして辻斬りとクロスが再度接触するまで時間稼ぎをしていたシルフォンスだったが、さすがに矢の数が心許なくなって来た。
 何より街中という環境が、シルフォンス曰く向いていない。
 周囲への配慮から規模の広い大技は出せず、仕留めずに足止めするとなるとどうしても数を要する。
 矢を回収する暇もないのはもちろん。間違っても街の人を射抜くわけにいかぬ状況故、常に最高度の正確さを求められる。
 集中力と精神力に関しても、大幅に削られるわけだ。
 故に、こういう状況下で相対したくなかった。万全の状況でも負けるのだから、疲弊し切った状態でなんて確実に負けるし、最悪、殺される。
 ただ丁度良くクロスが追い付いたので、援護射撃は一度切り上げ、嫌々背後を振り返る。
 自分のため、そして最悪の状況を回避するためとはいえ、こんな危ない賭けに出たくはなかった。
「よぉ。面白い提案があるんだ。俺よりよっぽど歯ごたえのある奴が、向こうにいるぜ」

 ここはダメだ。囲まれている。何とか脱しなければ。
 さすがにここまで追撃と狙撃が続けば、辻斬りとで勘付きもする。
 早く表通りへと抜け出し、人に紛れて逃げたかったが、建物を挟んだ向こう側で待ち構えている人影が見える。
 何とか振り切って逃げようと試みるが、相手の方が速い事を悟った辻斬りは逆方面に逃げようとする。
 だがそこで追いついたクロスが真正面に回り込み、本日三度目の会敵となった。
「Blood……Blood……Blood……!」
「何故そこまで固執するのか、俺にはわからないよ」
 鎌を振り被って斬りかかる辻斬りの死角より、夕刻の闇に舞う漆黒蝶が飛び掛かる。咄嗟に軌道を変えて振られた鎌の一撃を受け流した勢いで回転し、繰り出した後ろ回し蹴りにて鉄仮面を蹴り飛ばした。
「イっ……いかんな。つい足が出てしまった。姉弟子に足癖が悪いと言われるわけだ」
 さすがに鉄仮面を蹴ったのは痛かったようだが、言う程痛がっている様子はない。
 先程まで逃走経路を潰す事に専念し、建物一つを挟む形で辻斬りと並走していた【黒崎・華凛】(くろさき かりん)の姿を明白に確認した辻斬りは、蹴られた鉄仮面を押さえながら一歩引いた。
「おや、私にあの問いかけはなしか? ならば代わりに私が問おう。名乗って斬られるか、名乗らずして死ぬか――選べ」
「黒崎先輩」
「おまえは退路を断て。出来れば距離を詰め……」
 華凛の視線が自分の手に落とされている事に気付いたクロスは無言で頷き、一度距離を取って魔導書を開いた。
「では、行こうか」
 日が更に傾き、黒さを増した夕闇の中、漆黒の蝶が舞う。
 辻斬りの振るう鎌の内側に跳び込んだ足で柄を踏んで止め、そのまま足蹴にして高く跳び上がると、壁に足が付いた瞬間にまた跳んで後方から迫る。
 そうして止まることなく斬撃と跳躍、肉薄を幾度も繰り返し、速度を増していく華凛の斬撃が、必殺技へと昇華されて辻斬りに襲い掛かる。
 鎌が追い付かなくなって籠手や防具で受ける辻斬りが追い付かない速度で背や肩、脚などの防具が届かない場所を斬りつける華凛から逃げようと発煙筒を投げつけた辻斬りだったが、煙幕に紛れて逃げようと走った先で、強く肩を掴まれた。
「どこへ行くんだい」
 逢魔抱擁。肩を掴んだ手より、力を吸い取る。
 危機感を感じて振り払われた鎌をすり抜けたクロスの魔導書が輝くと、肩を掴んでいた手が顔へと伸びて、ヒドガトルを浴びせて吹き飛ばした。
 と、咄嗟にプチシルトを辻斬りが吹き飛んだ先に展開。本来は防御のための障壁だが、逃げ場を奪うための障害として展開されて、立ち上がった辻斬りの移動先を華凛のいる方へと限定した。
「……く、も……よ、くも……やって、くれた、ナァ……」
「何だ、喋れるのか。てっきり二択しか出来ないのかと思ってたよ」
 至近距離で何発もヒドの乱射を受けた鉄仮面が半分砕け、鼻から下を晒していた。
 口の中を切ったのか、細く赤い筋が口の端から漏れている。鎌を振り回して展開されていたプチシルトを砕き割った辻斬りは、先程までと明らかに雰囲気が変わっていた。
 先のようにまた高速で跳び込む姿勢だった華凛も、考えを改めて一度、様子見に回る。
「血だ……血だ……血が、流れている。俺が、私が、血を流している。あぁ……ダメだ、これではあのお方に、【荒野・式】(あらや しき)様に辿り着けない……!」
「緋色の辻斬りを豪く買っているんだね。何か理由でも、あるのかい?」
「理由……? そんなの、決まってる。あの方が、格好いいからだ……!」
 これ以上なく単純な理由。逆に単純過ぎて、理解が追い付かない。
 タスクが一人の先輩に抱く敬愛と等しくも、辻斬りという肩書が理解からずっと遠くする。
「一度だけ、あの方の戦いを見た事が、ある……! たった一人で酒場に屯していた盗賊一つを壊滅させたんだ。傷一つ付けられる事無く、凄い懸賞金が付いているようなボスもあっという間に……! 格好良かった、格好良かった。俺もあの方のようになりたい。あの方の隣に並んで戦えるようになりたいと思い、あの方について調べに調べた……! あの方の槍術。あの方の経歴まで全部、全部、調べて分かることは調べ尽くした……!」
 知的好奇心。
 好きなものに対する情熱という点では、クロスも理解出来ないわけではない。しかし、やはり彼の行動は理解から遠いところにあり、頷く事は出来なかった。
 頷くわけには、いかなかった。
「その後はひたすら実戦訓練さぁ……すべてはあの方の隣に辿り着くため……おまえ達もその足掛かりだぁ」
「理解に苦しむよ……辻斬りに憧れ、調べたまでは敢えて頷こう。しかしだからと言って自分まで辻斬りに落ちるのかい? 誰かのため、より多くの人のために尽くそうと、調べ上げた知識を、鍛え上げた腕を使おうとは――」
「思わぬ……! 俺の世界はあの方だけだ! 私はあの方のためにだけ強くなる!」
「クロス! 問答など無用だ! それで済むなら、当に辻斬りなどに堕ちてはない!」
「堕ちたのではない……俺は、私は、昇華されていくのさぁ……あのお方、式様の右腕として!」
 華凛が飛び込み、クロスが魔法でサポートしようとした直後、辻斬りは足元に発煙筒を叩き付け、より濃い煙幕を張って広げる。
 飛び込んだ華凛が刀を振った先に辻斬りの姿はなく、気配を感じて振り返った先にもいない。斬ったのは、辻斬りから放たれた殺気の幻影。
「――!?」
 死角から襲い掛かって来た斬撃を辛うじて受け止めるが、わずかに届いていた刃の先が肩に刺さって、深く抉られる。
 直後、足元に現れた陣から鎖が伸び、その場を離脱した辻斬りを捕まえようと伸びる。
 が、煙幕の流れから動きを読まれ、位置を把握されたクロス目掛けて辻斬りが斬撃の応酬を受け、全身に切り傷を受けた。
 反撃を試みるが下腹部を蹴られ、壁に叩き付けられる。
 晴れつつある煙の中から飛び出して来た辻斬りの側面から斬りかかる華凛の喉を石突で突き飛ばし、数度転げて倒れた彼女へと、辻斬りはわざとらしく鎌を引きずりながらゆっくりと迫っていく。
「ま、待て!」
 急激に能力値が飛躍した。
 速度もパワーも、先程までとは段違いだ。
 辻斬りとて、今までのダメージと疲労が蓄積しているはずなのに、それらをまるで感じさせないどころか、むしろ凄まじい圧と気迫を感じられる。
 攻撃を受けた際、生気喪失で力を奪ったはずなのに、むしろ力が増したかのような――。
「まさか――」
 暗闇の中、黒髪の中に隠れていたので髪の一部だと思っていた。
 だがよくよく見てみれば、ローブの下に隠され、さらに長く伸びた黒髪の中に隠れているのは、獣の耳ではないか。
「ルネサンス、だったのか……!」
 耳の形を見る限り猫科のルネサンスと思われるが、たった今見せた驚異的な俊敏性。猫は猫でも山猫か。
「油断、したなぁ?」
「油だ、ん? ……おまえ、こそ、肩を刺した程度でもう勝った気になってはないだろうな……舐めて、くれるなよ。ルネサンスとわかれば、そう弁えた上で対処するだけの、事だ……!」
 啖呵こそ切ってみせたものの、直後に咳き込む華凛は、喉をやられていた。
 声が出なくなりつつあるのはまだいいとして、息をする度、喉が焼けるように痛む。
 肩からの流血と合わせ、低下した体力を戻す術は、辻斬りと違って華凛にはない。このまま戦えば、とりあえず無事では済まないだろう。
「Triiiiiiiiick……or……Bloooooooooooooooooooood?!」
 一か八か。必殺の漆黒蝶・十六夜天舞で最後の抵抗を見せようとした華凛であったが、咄嗟に前のめりに倒れ伏した。
 繰り出された鎌の斬撃を躱すためもあったが、何より、巻き込まれないためであった。
「そは生命のたぎり、そは魂のぬくもり。星の火よ――はじまりの時に産み落ちし、始原の猛き焔を顕現せよ!!!」
 火の精霊王の加護を帯びた灼け付く息吹が、鎌を空振りした辻斬りを吹き飛ばす。
 熱を持った衣服の一部に火種を作り、辻斬りの体を火だるまにしながら遠くへと転がして行った。
「黒崎先輩!」
「すま、ない……たすがっ……」
「喋らないでください。緊急治療を開始します」
 駆けつけたクオリアとアルフィオーネで華凛の手当てに当たる。
 自分も立ち上がらねばと片膝を立てたところで、脚の傷が痛んで揺らいだクロスを、タスクが支えた。
「ごめんなさい、遅れました」
「解毒は無事に済んだみたいだね。よかった」
 二人揃って、吹き飛ばされた辻斬りの方へと視線を配る。
 完全に炭化した黒衣の下、身代わりウサギが焦げた姿を現す。その上で、壁に突き刺した鎌の上に乗った辻斬りが自ら仮面を外し、初めて素顔を見せて嘲笑で見下ろしていた。
 脳から分泌されるアドレナリンでハイになっているのか、今までと違って逃げる様子がない。
 祖流還りの影響か、満身創痍の面々を改めて見下ろして思い直したのかはわからないが、腹を括ったわけでも自暴自棄になったわけでもなさそうな顔だった。
「どうやら、ここからが本番の様だね」
「そうですね――」
「タスク君?」
 遅れて、クロスもタスクと同じ方を見上げる。
 辻斬りの奥に架かる陸橋の手摺りの上。夜の帳を迎えんとする深紅の空を背景に立ち尽くし、吹き抜ける風に長く伸びた――緋色の髪を遊ばせる人がいた。
「シルフォンス先輩、ではないですよね」
 アルフィオーネの問いかけに、治療に専念するクオリアは答えない。
 誰よりも先に答えたのは、陸橋より鋭い視線を向けられて振り返った辻斬りだった。
「し、しし、し! 式様!」
「あれが、本物の……」
 タスクは二度目だが、アルフィオーネを含めた全員が初見で理解した。
 格が違う。今自分達が相手していた辻斬りとは、次元が違い過ぎる。彼を知っていれば、誰もが言うだろう。とても間違うはずがない、と。
「……困った」
 式は遠くを見つめる。
 空に見え始めた一等星か、それとももっと遠くか。いずれにしても、その場にある何かを見つめている感じには見えなかった。
「こっちに面白い奴がいると、聞いて、来たのに……誰が面白いのか、わからない。とりあえず、全員、ヤる?」
 絶対にごめんだ。
 こんな弱気な事は言いたくないが、今ここで彼も一緒に相手にするのはキツい。せめてもう一人戦力がいれば、と思って、シルフォンスの存在を思い出した。
 まさか――。
「式様!」
 最悪の展開が皆の脳裏をよぎったとき、辻斬りが声を掛ける。
 憧れの存在が目の前にいるのだから当たり前だろうが、かなり興奮している様子だ。
「面白い奴は私でございます! 今からそれを証明しましょう! ここにいる全員を血祭りにあげて、あなた様のお気に召してご覧に入れます!」
 何言ってんだこいつ、みたいな目で見下ろしていた式だったが、どうやら面倒になった様子で、二本の薙刀を抱え込んでその場で座り込んだ。
「じゃあ、見せて……」
「はい!」
「させっ――!」
「動かない」
 華凛は唇を噛み締め、悔しさから強く拳を握る。
 すると華凛の前に彼が立った。剣を握り締め、構える姿が彼の敬愛する剣士の姿と重なって、華凛はふと、微笑を湛えた。
(段々と、似て来たな……)
「先輩には指一本触れさせやしません! 絶対、守ります!」
「同感だ。これ以上、好きになんてさせない」
「――わたしだって!」
 クロス、アルフィオーネがタスクに並ぶ。
 自分を乗せる鎌の柄を掴み、獣と同じ低い声で唸る辻斬りを真っ直ぐに見上げて、三人は揃えずとも同時に構えた。
「フトゥールム・スクエア、タスク・ジム! 推して、参る!」
 奇声を上げながら辻斬りが跳ぶ。
 上から降り掛かった勢いで振り下ろした一撃を受け止めたタスクの左右に跳んだクロスとアルフィオーネから、繰り出されたダードとヒドを躱した辻斬りへと自ら肉薄したタスクは、勢いそのままに風を切る突きを繰り出す。
 辻斬りが籠手を繰り出して弾くと剣を翻して腕に捻じ込み、留め具のあるベルトを斬り裂いて籠手を外す。
 動揺した辻斬りが距離を離すために振った鎌を、横入りしたアルフィオーネが千代古令糖の守りで固めた腕で弾き、龍の翼を広げて空中で翻る。肩と大腿を振り被ったハンマーで打ち抜き、黒のハイヒールで顔を蹴り飛ばした。
 が、今度は壁まで飛んで行かない。
 遠く飛ばされた勢いを利用して、反撃されることを見越したクロスの展開したアン・デ・カースが辻斬りを絡め取り、飛びそうになる体を止めていた。
「こぉぉっ――!?」
 ぴよっ!
 軽快な音とは裏腹に、鈍重な一撃が頭を打ち抜く。
 脳が揺らされ、まともに焦点さえ合わせられなくなった辻斬りの体に、タスクの剣が縦に一筋の斬撃を叩き込み、防具の隙間を風を切って突く。
 血が噴き出し、倒れそうになった辻斬りは寸前で堪えるとタスクを蹴り飛ばし、後方で飛んでいたアルフィオーネへとぶつけて、力尽くで鎖を引き千切り始めた。
(もう祖流還りは効いてないはずなのに――なんて執念……!?)
 傷が疼き、クロスの意識が削がれた一瞬で脱した辻斬りは、タスクとアルフィオーネをまとめて両断してやらんと鎌を振り被って肉薄する。
 が、最後に踏ん張りを見せたクロスの鎖に片足を引かれ、失速した。
 直後、辻斬りは見る。
 白み始めた月明かりの下、灼けつく息吹をまとって走る純白の剣。太陽の光を反射して光る月の如く、龍の灼熱を受けて焼けるように輝く剣が、一直線に走ってくる。
「月下白刃――!!!」
 文字通り、渾身の突き技が辻斬りの体を突き飛ばす。
 鎖が消え、抑止力を失った体は転がり続け、陸橋を支える石柱へと衝突した。
 倒れた辻斬りは血反吐を吐きながら、貫かれた腹部を防具の上から押さえる。落とした鎌を手探りで見つけて拾い、立ち上がろうと試みるが、大量の出血に祖流還りの反動。さらにクロスによる生気喪失とが重なり、起き上がる事さえ出来なかった。
「ま、まだ……まあ……! わだ、わだじ……わだっ、おれ、れば……!」
「もういい」
 それが、彼なりの慈悲だったのかはわからない。
 ただ単に見苦しく感じたからかもしれないが、式が落とした薙刀が辻斬りへと落ちて、胸に深々と突き刺さって沈黙させた。
 直後、颯爽と降りて来た式が落とした薙刀を拾い上げ、血を振り払う。
「ヤる?」
 タスク、クロス、アルフィオーネの三人が応じたのを見て、式が三人に向き直ったそのとき、上空より飛来した矢の雨が式へと降り注ぎ、炸裂した。
 薙刀ですべて斬り伏せ、爆煙を払った式と三人の間に、シルフォンスが降り立つ。
「シル先輩! 無事だったんですね!」
「勝手に殺すなぁ、タスク・ジム。矢の回収に手間取って、遅れただけだっての」
 裏切られた、と言いたげに見つめる式に対して、嘘はついてねぇよと言いたげに睨み返す。
 双方暫くの沈黙の後、式が溜息を吐いて切り出した。
「帰る」
 まさかの展開。皆が呆気にとられる中、シルフォンス一人が帰れと手を振って促していた。
「今、まともに斬り合える人いなさそうだし。疲れてる人はつまらないし。君、いると邪魔して来そうだし」
「うっせぇ、いいからとっとと帰れ。今日のところは見逃してやるって言ってんだ、ありがたく思いやがれ」
 軽やかな身のこなしで陸橋まで跳び、そのまま本当に去っていく。
 それでも不意打ちを警戒して固まったままでいると、シルフォンスが三人の肩、眉間、頭を順に小突いて動かした。
「ようし、よくやったおまえら。後処理は俺とクオリアでやるから、おまえらは黒崎連れて、とっとと帰れ」
「で、ですがシル先輩、式が――」
「欲張るな。本来の目的は達成出来たんだ、充分だろ。それにあれは、最初に俺のところに来たから、最悪あいつにやらせようと思って行かせた――だが結果はおまえ達が仕留め、あれは満身創痍でなけりゃ戦いたい敵として、おまえ達を見た。充分だ。本来の目的を達成した時点で、満足する事を覚えろ」
「――要約すると、よくやったおまえ達。悔しいのはわかるがおまえ達も手当てが必要だ。今日はもう休みなさい、と言う事です」
「勝手に要約すんな! クオリア!」
 クロスは魔導書を閉じ、タスクは剣を収める。
 アルフィオーネはすぐさま華凛の下へ駆け寄り、残りの魔力すべてを注ぎ込んだリーライブにて回復を促した。
「黒崎先輩!」
「大丈夫よ。もう落ち着いたみたい」
 華凛の寝息が聞こえると、タスクはその場で尻餅を突く。
 ずっと続いていた緊張状態が解け、華凛も無事だった事で完全に気が抜け、足腰から力が抜けてしまっただけなのだが、クオリアが口を開いて覗き込んできた。
「まだ毒が残っているようですね。吐き気はありますか。目眩は? 熱は?」
「え、嘘。タスク大丈夫?」
「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから!」
 遠目で見ていたクロスも、華凛とタスクが無事と知って安堵する。
 力が抜けて下がった肩に、シルフォンスがわざとぶつかって来た。
「今回の最優秀賞はおまえだな。おまえの補助がなけりゃあ、キツかっただろ」
「そんな、実際に決着を付けたのはタスク君とアルフィオーネ君です。俺は何も――シルフォンス先輩って、意外とみんなの事見てるんですね」
「逆だ、逆。危なっかしくて見てられねぇんだよ。さっさと成長して、見てないところで勝手に活躍してやがれ」
 不器用な人だ。だが乱暴な言動の中にも、秘めた優しさが感じられる。
 だが彼は――何故辻斬りなど、通り魔などやっている。そんな事をしたところで、斬って死ぬだけの結末しかないと言うのに。
 そんな彼に憧れた此度の辻斬り然り、人の心が段々と不安定になりつつあるのは、何か不吉の予兆なのか否か。
 今回の騒動も、何かの前触れでしかないのだとしたら。
 悪戯か、惨劇か――Trick or Blood。
 いつしかそんな二択を、本物の死神に迫られるような日が来るのだとしたら、更なる成長を求められるのは必然だと、クロスは緩んでいたネクタイを締め直すのだった。



課題評価
課題経験:135
課題報酬:4000
Trick or Blood?
執筆:七四六明 GM


《Trick or Blood?》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《幸便の祈祷師》 アルフィオーネ・ブランエトワル (No 1) 2020-11-25 01:43:57
わたしはアルフィオーネ・ブランエトワル。教祖・聖職専攻。
どうぞ、よしなに。

個人的にはこちらが少人数なら【2】、先輩方に表に通ずる道を封鎖してもらう

大人数なら、【3】先輩方にバックアップをお願いしたうえで、包囲陣形

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 2) 2020-11-25 19:18:18
賢者・導師コースのリバイバル、クロス・アガツマだ、よろしく頼む。
正直、流れるかと思っていたが……こうなった以上はきっちり役目を果たさなくてはね。

場所について要相談とあるが、もう半日もないか……うーむ……
なら【2】の水路で、出るまで待つ……というのでどうかな。現れたら、先輩方を動かして道を塞いでもらうという形で。
しかし、二人でいけるものかね。出来るどうこうでなく、必ずやらなくてはならないことだが。
俺も工夫しながら戦えるよう色々行動を練っておくよ。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 3) 2020-11-25 21:33:04
遅刻帰国、大遅刻~!
勇者・英雄コースのタスク・ジムです。よろしくお願いいたします!
大変ギリギリの参加になりすみません!

今のところ、皆さんにあわせて【2】に陣取り、
とにかく攻撃極振りの装備と特技で、初手から全力で
2回のみがわりうさぎを削り取ろうかと。

あとは、ウイッシュにお二人や先輩がたと連携、という風に書いて、
GM様の描写に期待する、という作戦もあります(それは作戦ではない)

出発ギリギリまで調整するつもりですので、
何かありましたらご相談くださいね!

《幸便の祈祷師》 アルフィオーネ・ブランエトワル (No 4) 2020-11-25 22:44:53
【2】で先輩方に道をふさいでもらうと、言うことで行きますね

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 5) 2020-11-25 22:52:56
ああ、タスク君か。人員が増えるのはありがたい、よろしく頼むよ。
一応、行き先と先輩方への指示はこちらのプランに書いている。心配なら自分で書いても構わないし、個人的な頼みがあるならそれもまあ大丈夫だろう。
さて、うまくいってくれるといいんだがね……

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 6) 2020-11-25 22:55:33
ざっくりした案としては、
標的が逃げないように僕が【勇者原則】【挑発】で引き付けますので、
アルフィオーネさんとクロスさんは、ハンマーやブレスや魔法でダメージを与えていただいたらどうかな、と思います。

シルフォンス先輩とクオリア先輩には、
アルフィオーネさんの案のとおり、表への道を封鎖してもらいつつ、
シルフォンス先輩には狙撃、クオリア先輩には回復をお願いし、
黒崎先輩には遊撃をお願いするのはどうでしょうか。

標的は多勢相手だと逃げてしまいますので、
【2】で戦うなら、入り組んだ地形を逆に利用して
こちらを集団に見せないよう、代わる代わる攻撃するのが良いでしょうね。

僕はそれを意識して、自分に注意を引き付け続け、
お二人が不意を打ちやすいように動けたら、と思っています。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 7) 2020-11-25 23:00:50
アルフィオーネさんとクロスさんから、指示を出していただいてるんですね。
ありがとうございます!

それでは、自分のプランは主に標的の引き付けに集中することにしますね!

別件ですが、クロスさん、先日は妹のヒナがお世話になりました(一礼)

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 8) 2020-11-25 23:26:18
細かくて恐縮ですが一応報告です。

引き付けをする関係で、壁役も兼ねることになるため、
装備は片手剣と盾にし、特技も防御系を積みました。