;
サヴァング戦闘術 基礎講座【拳王祭】


ストーリー Story

サヴァング戦闘術 基礎講座【拳王祭】

 一通の手紙に目を通した【ジョー・ウォーカー】は、小さく溜息を零した。
 黒髪のオールバック、片目には眼帯。
 黒いマントを羽織る姿はどこからどう見ても黒幕そのものだが、主に教鞭を取るのは魔法を使った近接格闘「サヴァング戦闘術」である。
 サヴァング戦闘術は、主に徒手での戦闘を想定した近接格闘術だ。
 手刀や掌底、足技を多用し、技の中にフェイントや防御、ブーストとして魔法を織り交ぜることで、中近距離での攻防において有用性が高い。
 捕縛術としての側面も持つことから、勇者や魔王、武人コースの生徒だけでなく、村人・従者コースの生徒にも護身術として人気の講義だった。
 基礎体力づくりを目的とした生徒から、武道を極めようとする生徒まで、幅広い学生が履修している。
 のだが、それはあくまでフトゥールム・スクエア内での話だ。
 一歩学外に出れば、サヴァング戦闘術は、すでに都市伝説と化した過去の遺物である。
 名前が抒情詩に現れ、物語の中で目にすることはあっても、実際にサヴァング戦闘術を修めることのできる道場の数は片手で足りる。
 ジョーが戦闘術を修めた道場も、今ではすでに廃れていた。
 のだが。
「参ったな……」
 ジョーは、再び手紙に目を落とした。
 差出人は、サヴァング戦闘術の総本山の運営委員だった。
 内容はこうだ。
 昨今、サヴァング戦闘術の名を騙ったエセ流派の動きが盛んである。
 商売をするだけならまだしも、ついに『拳王祭』と称して近接格闘の頂点を決める催しを開催し始めた。
 言語道断である。
 総力を持って叩き潰せ。
 以上。
「……雑なんだよなぁ……」
 淡々とした怒りは伝わってくるものの、実際の手段となるとこちら任せだ。
 だが実際、サヴァング戦闘術の風評被害は、なかなかどうにも頭の痛い問題だ。
 サヴァング戦闘術武者修行の名の下に、強奪だの恐喝だの、やりたい放題の悪党。
 サヴァング戦闘術を学べば誰でも強くなれると謳い、高い入学金と講座料をぼったくる悪徳商法。
 有名なくせに正規の継承者が少ないせいで、悪用の温床となっているのもまた事実だ。
 自分が大切に学んできた戦闘術が穢されることは、ジョーにとっても面白くない。
 とはいえ、ジョーはあくまで教員だ。
 『拳王祭』を叩き潰せと言われて、ハイそうですかと爆弾を仕掛けに行くわけにもいかない。
「どうすっかね……」
 喫煙室でタバコを咥えながら中空を眺め、思案に暮れる。
 そんなジョーの耳に、廊下を走っていく生徒たちの声が聞こえた。
「ったく、無茶苦茶すぎるんだよなこの課外!」
「ほんとに……! レポート書くこっちの身にもなれっての!」
 おそらく、課外活動の準備に追われているんだろう。
 学生は大変だなぁとのんきに考えていたジョーの脳裏に、ぴんとひらめきが舞い降りた。

「というわけで、今度の課外活動は『拳王祭』への殴り込みだ」
 講座を履修している生徒たちは、きょとんとジョーの顔を見た。
「先生?」
「間違えた。『拳王祭』に参加して、優勝してこい」
「殴り込みって言いませんでした?」
「もちろん、戦闘が得意な生徒だけじゃねえと思う。そういう子たちは、ガヤとブーイングでフィールドの雰囲気を変えたり、嘘の情報を流して妨害工作したり、対戦相手の控室に殴り込んでお涙頂戴のイイ話で戦意喪失させたりして、とにかく敵の士気を下げろ。何が何でも本校から優勝者を出せ。いいな?」
「なんかそれ卑怯じゃないですか?」
「バカ言え。正面切って戦うだけが戦闘じゃねえんだよ」
 生徒の中には胡乱げな顔をするものもいれば、頷くものもいる。
「ハイ先生、質問です!」
「はい何だ生徒」
「お祭り、ってことは出店とかありますか?」
「おー。屋台とか色々出てるって話だ。課外しつつある程度は遊べると思うぜ」
 途端、お祭好きの生徒たちの目がキラリと輝いた。
 現金な奴らめ、と思いながら、ジョーは口を開く。
「とにかくだ。自分の実力を試したい戦闘好きも、戦わずに戦意喪失させるトリッキーなジャマーも、お祭り大好きなパリピも。『拳王祭』の頂点が本校の生徒になるよう、上手く協力しあってくれ」
「はーい!」
 生徒たちの返事は、やけに楽しげだった。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 4日 出発日 2021-05-27

難易度 簡単 報酬 通常 完成予定 2021-06-06

登場人物 4/8 Characters
《勇者のライセンサー》フィリン・スタンテッド
 ヒューマン Lv33 / 勇者・英雄 Rank 1
「フィリン・スタンテッド、よ……よろしく」 「こういう時、どうすれば……どうすれば、勇者らしい?」 (※追い詰められた時、焦った時) 「黙って言うこと聞け! 殴られたいの!?」 「ぶっ殺してやる! この(お見せできない下劣下品な罵詈雑言)が!!」   ###    代々勇者を輩出してきた貴族スタンテッド家(辺境伯)の令嬢。  一族の歴史と誇りを胸に、自らもまた英雄を目指してフトゥールム・スクエアへと入学する。  愛と平和のために戦う事を支えとする正義感に溢れた性格で、『勇者らしく人々のために行動する』ことを大事にする。  一方で追い詰められると衝動的に罵声や暴力に訴えてしまう未熟な面もあり、自己嫌悪に捕らわれる事も多い。 『彷徨う黄昏に宵夢を』事件で対峙したルガルとの対話から思うところあったのか、頑なな勇者への拘りは少し角がとれたようだ。 ※2022年8月追記 全校集会『魔王の復活』後、昨年クリスマスに結ばれたルガルとの子供を身籠っていた事が判明 (参考シナリオ) 恋はみずいろ L’amour est bleu https://frontierf.com/5th/episode/episode_top.cgi?act=details&epi_seq=649 ◆口調補足 三人称:〇〇さん(敬語では〇〇様) 口調:~かな、~ね? その他:キレた時は『私、アンタ、(名前で呼び捨て)、(言い捨て)』 ◆Twitter Sirius_B_souku
《光と駆ける天狐》シオン・ミカグラ
 ルネサンス Lv14 / 教祖・聖職 Rank 1
「先輩方、ご指導よろしくお願いしますっ」 真面目で素直な印象の少女。 フェネックのルネサンスで、耳が特徴的。 学園生の中では非常に珍しく、得意武器は銃。 知らない事があれば彼女に訊くのが早いというくらい、取り扱いと知識に長けている。 扱いを知らない生徒も多い中で、その力を正しく使わなくてはならないことを、彼女は誰よりも理解している。 シオン自身の過去に基因しているが、詳細は学園長や一部の教員しか知らないことである。 趣味と特技は料理。 なのだが、実は食べるほうが好きで、かなりの大食い。 普段は常識的な量(それでも大盛り)で済ませているが、際限なく食べられる状況になれば、皿の塔が積み上がる。 他の学園生は、基本的に『○○先輩』など、先輩呼び。 勇者の先輩として、尊敬しているらしい。 同期生に対しては基本『さん』付け。  
《イマジネイター》ナノハ・T・アルエクス
 エリアル Lv23 / 賢者・導師 Rank 1
フェアリータイプのエリアル。 その中でも非常に小柄、本人は可愛いから気に入っている。 明るく元気で優しい性格。天真爛漫で裏表がない。 精神年齢的には外見年齢に近い。 気取らず自然体で誰とでも仲良く接する。 一方で、正義感が強くて勇猛果敢なヒーロー気質。 考えるよりも動いて撃ってブン殴る方が得意。 どんな魔物が相手でもどんな困難があろうと凛として挑む。 戦闘スタイルは、高い機動性を生かして立ち回り、弓や魔法で敵を撃ち抜き、時には近接して攻め立てる。 あまり魔法使いらしくない。自分でもそう思っている。 正直、武神・無双コースに行くかで迷った程。 筋トレやパルクールなどのトレーニングを日課にしている。 実は幼い頃は運動音痴で必要に駆られて始めたことだったが、 いつの間にか半分趣味のような形になっていったらしい。 大食漢でガッツリ食べる。フードファイター並みに食べる。 小さな体のどこに消えていくのかは摩訶不思議。 地元ではブラックホールの異名(と食べ放題出禁)を貰うほど。 肉も野菜も好きだが、やっぱり炭水化物が好き。菓子も好き。 目一杯動いた分は目一杯食べて、目一杯食べた分は目一杯動く。 趣味は魔道具弄りで、ギミック満載の機械的な物が好き。 最近繋がった異世界の技術やデザインには興味津々で、 ヒーローチックなものや未来的でSFチックな物が気に入り、 アニメやロボットいうものにも心魅かれている。 (ついでにメカフェチという性癖も拗らせた模様)
《ココの大好きな人》アンリ・ミラーヴ
 ルネサンス Lv18 / 教祖・聖職 Rank 1
純種が馬のルネサンス。馬の耳と尻尾を持つ。 身長175cm。体重56kg。 16歳。 性格は温厚。 あまり表情を変えず寡黙。 喋る際は、言葉に短く間を置きながら発していく。 少しのんびりした性格と、言葉を選びながら喋るため。 思考や文章は比較的普通に言葉を紡ぐ。 表現が下手なだけで、年相応に感情は豊か。 好奇心も強く、珍しいものを見つけては、つぶらな瞳を輝かせながら眺めている。 群れで暮らす馬の遺伝により、少し寂しがり屋な面もある。 やや天然で、草原出身の世間知らずも合わさって時折、突拍子の無い発言をする。 好きな食べ物はニンジン。 食べていると美味しそうに目を細めて表情を和らげる。 趣味はランニング。運動自体を好む。 武術だけは、傷付ける行為を好まないため苦手。 入学の目的は、生者を癒し死者を慰める力を身に着ける事。

解説 Explan

3つの行動に分かれて『拳王祭』を楽しむ課題です。
以下の行動から、「①」「②」「③」のいずれかを選択してください。
なお、③は①、②との併用が可能です。

① 俺こそ武の頂点! 拳王に、俺はなる!
 トーナメント戦へ出場し、徒手での戦闘に参加します。
 相手はそこそこ強いですが、地方の開催なのでヤバすぎる達人などは出ていないようです。
 自分の使う格闘術や戦闘スタイルがある人はもちろん、戦いに参加してみたい初心者まで大歓迎です。
 ジョーの講義で学んだことを使ってみたい、というテイも大歓迎です。

② 戦わずに勝つ、これこそ真の強者……。
 トーナメント戦へ出場する他選手に対して妨害工作を施します。
 誤った情報を流して混乱させる、話術で陥落させる、お色気作戦を仕掛けるなどなど、思いつく限りの策を弄してください。
 責任はすべて、ジョー・ウォーカーが負います。

③ わーい! 祭りだ祭りだ!!
 ①、②との併用が可能です。
 拳王祭に出店されている、様々な屋台で飲食やミニゲームを楽しむことが出来ます。
 以下のラインナップが目玉のようですが、他にも色々……?

【飲食店】
・ポップナゲット
 一口サイズのナゲットです。サクサクの食感が最高。
・ドライヌードル
 パリパリに揚げた麺と、とろみのあるスープがたまりません。
・シャイニングアイスクリーム
 有名店です。値段は強烈。味は最高。
・ハッピービール
 庶民のお友だちビールです。未成年の飲酒は禁止ですよ。

【ミニゲーム】
・ダーツ
 風船にダーツを当てるゲームです。
 5本中3本以上あてるとぬいぐるみがもらえます。
・くじ引き
 無数の紐の中から一本を引きます。
 大吉が出ると、屋台で使える割引券がもらえます。


作者コメント Comment
ステゴロチャンピオンを決めるお祭り騒ぎです!
楽しくどんちゃんエンジョイしていただければ幸いです!


個人成績表 Report
フィリン・スタンテッド 個人成績:

獲得経験:112 = 75全体 + 37個別
獲得報酬:3000 = 2000全体 + 1000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:1
獲得称号:---
●方針
【1】割と真面目に『拳王祭』へ挑戦

●準備
屋台の売り子に紛れ、出場選手について情報収集
誰が強いか、どういう能力、戦闘傾向なのか『事前調査』して
ペース配分を見極め

●行動
「殴り込み、いいんじゃないですか?」
「嫌いじゃないです、そういうの」

と、乗り気で挑戦。
武人コースではないですが、格闘授業は力入れている方。

試合では『徒手空拳Ⅰ』を主に使用。ひと特有の『がまん増強』、『がんじょう増強』で耐えつつ、足払いや掴みからの指折りなど、泥臭くエグい戦法で粘り強く戦闘。

ダメージが既定値を超えても『九死一生』で一発逆転狙い。
『電結変異』は隠し玉で切り札…強敵と思える相手との試合で使用し、速攻をかける。

シオン・ミカグラ 個人成績:

獲得経験:112 = 75全体 + 37個別
獲得報酬:3000 = 2000全体 + 1000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:1
獲得称号:---
行動は②と③を選択

まずは、色んなお店を見て回りたいです
どれがいいだなんて選べません……ので、端から全部のお店を食べましょう!
あっちもこっちもおいしくて私、幸せです……

は、はい!ちゃんと本題も忘れていません
私は事前調査で出場選手を予め絞り、その方の控室や自由時間中の選手に会いに行ってみます
スープ類やドリンク、あとはやっぱりビールでしょうか。差し入れをしましょう
もちろん、ただプレゼントするわけではありません。腐らせた卵を持ち込み、こっそり差し入れに混ぜておきます

腹痛などで辞退や棄権をしてくれるのが一番理想的ですね
強さを示すならこのような場ではなく、正式な大会にちゃんと出て認められてほしいですから

ナノハ・T・アルエクス 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:225 = 75全体 + 150個別
獲得報酬:6000 = 2000全体 + 4000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:1
獲得称号:---
■目的
①拳王祭に参戦

■行動
僕は足技主体のスピードスタイル。
スピリアを組み合わせた素早い動きで撹乱しつつ、ローキックで攻めるよ。
相手の攻撃は回避優先で、迂闊な攻撃は掴んで関節技でカウンター。
まずは徐々にダメージを与えていくよ。
体格や重量の差は技術で補うんだ!

隙が出来てガードが下がった大技で決める。
集中でガードの隙を見切って狙いを定める。
そして、助走をつけて飛ぶように勢いよく浮かび上がって飛び蹴り、踵落とし、回し蹴りのどれかを叩き込む。
飛べる種族みたいには飛べないけれど、短時間で頭を狙うくらいの高さなら…この翅は飾りじゃない!
食らえ!必殺、アルエクスキィィーーーーックっっっ!!!!!

アンリ・ミラーヴ 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:225 = 75全体 + 150個別
獲得報酬:6000 = 2000全体 + 4000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:1
獲得称号:---
①『拳王祭』に出場する。
大事な武術を悪用する事、見過ごせない。
俺の村も伝統武術『バンエー』があるから。

上半身裸、腰当てだけの姿で挑む。
バンエーの戦いは、寝技や締め伎。
相手を中心に軽くステップして動く。
攻めてきたら、腕や足で防御したり、かわしながら、相手の腕や足を掴む、または腰を掴む、タックルをするなどで、バランスを崩させて倒す。
倒せなければ、掌底で打ち合いながら、倒すチャンスをうかがう。
掴む時、相手の衣服の裾などを握り、逃がさないようにする。
倒した後は相手の関節を決めてギブアップさせるか、裸締めで落とす。

③戦いの後で遊ぶ。
ビール以外の食べ物、全部食べていく。
ダーツのぬいぐるみ、見過ごせない。

リザルト Result

●集合はしてみたが
 その日。
 憎らしいほど晴れやかな空の下、無事『拳王祭』は開幕を告げた。
 否、これは偽物の『拳王祭』と言うべきだろう。
 とはいえ、『祝拳王祭開催』や『史上最強決定!』といった文字が並ぶ横断幕の下、様々な露店が並び、人が集まっている。その様子はいかにも『お祭り』である。
「……さて」
 生徒たちの引率でやってきた【ジョー・ウォーカー】は、そんな景色から振り返り、集まった面々を眺めた。
「布陣としては悪くねえ。お前たちなら、俺の教え子として胸を晴れる戦いをしてくれると信じてる」
「はい!」
 青空のもと、生徒たちの返事が揃う。
「名を騙って、強奪や恐喝やボッタクリ悪徳商法なんて許せないよね! ヒーローとして、見過ごせない!」
 ふんすふんすと鼻息荒くも、真っ直ぐな目をしているのは、エリアルの【ナノハ・T・アルエクス】だ。
 ナノハがサヴァング戦闘術に触れたのは、ジョーの授業がきっかけだ。正式な修行者というわけでもない。
 しかし、体力はそこそこ自信があるつもり。伊達に今まで魔物と戦ってきた訳じゃない。更に曲がったことは大嫌い。
 自他ともに認める(?)ヒーローらしく、真っ向から打ち破ってやるんだ! そんな気概が小さな体から溢れ出ているようだ。
 その隣で、ヒューマンの【フィリン・スタンテッド】もニコリと笑みを浮かべた。
「殴り込み、ですよね。いいんじゃないですか?」
 一見すると辺境伯爵家の令嬢と言うにふさわしい品の良い笑顔だが、見る者が見れば、その奥に秘められた闘争心を見抜いただろう。軽く顎を反らした姿勢からは、ここまでの道中で見せていた礼儀正しさが少し抜けている。
「嫌いじゃないです、そういうの」
 良家の令嬢にしては荒っぽくも聞こえる物言いに、ジョーは軽く肩をすくめた。
「ばぁか。殴り込みじゃねえって言ってんだろ。ただの試合参加だっての」
 そう表向きの口上を述べるも、ジョーの唇は楽しげにつり上がっている。それを見た二人も、朗らかとは言い難い、イイ笑顔で教師を見返している。
 思う存分やってこいと言葉をかけられた二人の少女は、
「ハイ!」
 と元気に返事をした。
 それから、ジョーは、ふと周囲を見渡す。
「……ところで、他の二人はどうした?」
 【シオン・ミカグラ】と【アンリ・ミラーヴ】の姿がない。かたやフェネックの、かたや馬のルネサンスである二人は、一緒にいればそれなりに目立つと思われるのだが……ジョーの視界には見当たらなかった。
 集合に遅れるような二人ではないはずだが、と首を傾げたジョーに対して、
「あ、えぇと……」
 口を開いたのはフィリンだ。先程までの勢いは、ちょっと落ち着いた様子だ。
「シオンさんとアンリさんは、ちょっと調べ物に向かってます」
「調べ物?」
 なんだそれはと言いたげなジョーの様子に、今度はナノハが『は~い』と手をあげて答えてきた。
「敵情視察って言ってました。集合場所までは一緒だったんですけど、気になる人が出てきたので様子を確認してくるって」
「……まぁ来てんなら問題ねぇか」
 腕組みしたジョーと、まだ戻ってこないねと顔を見合わせている二人の少女のすぐそばで、大会運営委員らしい男が声を張り上げた。
「さぁさぁ! 今年の大会参加エントリーはもうすぐ締切だよ! どいつもこいつも! 急いだ急いだ!」
 ナノハとフィリンは、はっと顔を見合わせた。
 その二人の肩を、ぽん、とジョーが叩く。
「行って来い!」
「はい!」
 こうして、フトゥールム・スクエアから『三人』の生徒が参戦することとなった。

●怪しいものは見過ごせない?
 少し時間を遡る。
「うぅん……どれもこれも美味しそうで選べません……」
 そう言いつつも、手近の露店の列に並びながら、シオンは夢見心地にくふくふと笑っていた。
「縁日は、楽しいものだからな……。だが、流石に一人では、危ないだろう」
 シオンの満面の笑顔を見下ろすのは、その背を心配してついてきたアンリだ。
 露店街に入ってからこっち、シオンときたらふらふらと酩酊状態のような歩き方になっている。アンリが気を付けていなければ、他人の背中に突っ込んでいきそうな時もあったほどだ。
 武闘大会の会場というだけあって、辺りには屈強な男が多い。ぶつかっても怪我人が出るとは思えないが、もめ事になっては困る。
 なにしろこの大会の主催者は、ジョーの言葉を信じるのであれば、詐欺まがいの集団なのである。歩いている中にも、その仲間がいるかもしれない。
 そんな中に、シオンのようにやや小柄な少女がひとりでふらふらさまよい歩くのは見過ごせないと思って、アンリはその背を追っていた。馬のルネサンスである彼の耳は、忙しく前後左右に動いている。
 体格は平均的かもしれないが、自分は馬のルネサンスだ。いざとなったらシオンを連れて逃げるぐらいのことはできるだろう。アンリはそんなことも考えていた。
「シオンさん」
「なんですか、アンリ先輩」
「決して浮かれている、わけじゃないんだろうが、今日はあまり目立ちすぎるのは、得策じゃ、なさそうだぞ」
 それに勝負前に色々食べるのも、あまり勧められない。
 そんな言外の言葉もちゃんと伝わったのか、シオンが慌てたようにアンリを振り仰いだ。
「も、もちろんですよ! 本題のこと、忘れてませんから!」
 きりっ、とアンリを見上げるシオンだが、その視線はまたすぐ、屋台に戻っていく。店主が手慣れた仕草で焼いている焼き菓子は、確かに育ち盛りの少年少女を惹きつけるよい香りをしていた、が。
 その二人の視界の先を、ふいと横切った者がいる。
 これだけ人の出入りがある大会だ。人が前を横切る事自体は、まったく珍しくない。
 奇妙だったのは、その男性の歩き方だ。
「……すり足?」
「あぁ。かなり、訓練……されて、いる」
 ほとんど重心がブレること無く、急ぎ足で歩いているにも関わらず頭の位置が動かない。
 その歩き方、身のこなしが一朝一夕では身に付かないことは、教祖・聖職コースの二人であっても、よく知っている。
「……あの、アンリ先輩」
「あぁ」
「あの人のこと、少し偵察してきても良いですか」
「一緒に、行こう」
 あの男性が単なる腕試しの参加者か、それともサヴァング戦闘術を貶める詐欺集団の仲間なのか。
 フトゥールム・スクエアの学生二人が、すれ違っただけで目を引かれた人物だ。どういう立ち位置に居るのかを確かめ、可能なら手の内も探れればよいと、二人は男性の後を追うべく速やかに歩き出した。
 はず、だったが。
「焼き菓子は、必要か?」
「こ、これは……見物客がうろうろしてます~って見えるように!」
 ちょうど行列の順番が来たからと、シオンは焼き菓子が入った袋を抱え込んでいた。すぐに追いかけては、確かに怪しいかもしれないが……これでいいのかと、アンリは少しばかり心配しなくもなかった、けれど。
「美味しそうですよ、野菜クッキー。人参とかぼちゃ、どっちにします?」
「人参」
 別の露店の人ごみに紛れ、周りの人々にあれこれと話を聞いている風のフィリンと、その後ろで麺料理を啜っているナノハに合図をして、シオンとアンリも歩き始めた。
 その姿は、デート中のカップル……と見るには、人参クッキーに夢中になりすぎているかもしれない。

●これは偵察です!?
 参加エントリーが終われば、出場者は一旦大会ルールの説明の為に集められた。対戦相手を決めるくじ引きが終われば、また自由時間があるようだが、そうそう出歩いてばかりもいられまい。
 となれば、ここは自分が頑張るところとシオンは会場周辺で偵察活動を行っていた。
「ふむふむ、これは味付けにハーブが色々使われていますね!」
「おうよ、旨いだろっ」
 露店でさっくさくのナゲットを買い食いしているのは趣……偵察の一環である。店主と味について語り合いつつ、視線は隣の露店でソーセージを売っている男を観察している。
 先程アンリと一緒に尾行した男性が、露店の並びの後ろで合流したのがソーセージ売りの男だ。あまり上質ではないが、種類を多く揃えた屋台に足を止める客が少なくない。
 だがしかし、シオンはすでに知っていた。ソーセージ屋の店主は、この拳王祭の試合の勝敗を賭け事にしている、と。客の半数余りがその賭けに金を払いに来た輩で、大会に参加する者もいた。
 こそこそ隠れてやるからには、更に後ろ暗いところがあるはずだと睨んで、彼女はソーセージ屋を警戒しているところなのだ。
「それで、このハーブをこう細かく刻んで、こちらの塩を混ぜて揚げたてに掛けたら、きっともっと美味しいと思うんですよね」
 いつの間にやらナゲット屋で調理に参加しているのも、その監視の一環で、趣味の延長ではない。
 多分、きっと……そのはず、である。

●拳王祭開幕……した?
 大会に参加者エントリーをしたところ、選手は全部で六十二人もいることが分かった。
「えと、何試合勝てば決勝戦なのかな?」
 予想以上に多いと、ナノハが目をぱちくりさせながら、先程張り出された対戦表を眺めている。
「五試合、勝ち進むと、決勝だな」
「優勝するには六回勝て、ということね」
 一緒に対戦表を見ていたアンリとフィリンが試合数を数え、二人とも渋い表情になった。思っていたより、少々規模が大きいのだ。
 ジョーが事前に入手していた情報でも、サヴァング戦闘術の偽組織はそこまでの人数を抱えてはいなかった。どうやら腕試しの良い機会と集まってきた武術家が相当いるらしい。
「単に武術派集団が開いたお祭りなら、人数が多いのは大歓迎なんだけど~」
 ナノハが言う通り、これがまっとうな大会ならこの規模になったのは喜ばしいことだが、今回は大問題だ。三人のうち一人が優勝するという目的の達成が、少々難しくなってくる。
 これは困ったと、三人が顔を見合わせた時。
「あ、あのアマぁ」
「おい……どこに、行く?」
 対戦表の前をよろよろと横切る男が一人。腹を押さえて、息が荒い。顔も真っ青だ。
 あまりの様子にアンリが手を貸そうと声を掛けたが、男の耳には入っていかない。壁を伝うようにして、不確かな足取りで歩いていく。
「お医者を呼んであげた方がよさそうだね」
「係りの人に、頼んでみましょう」
 不穏当な恨み言を吐き続けている男だが、体調不良は明白だ。これは助けてやらねばと、三人が動き出しかけた時、係員が駆けつけてきた。
「あ、あんたたちはなんともないかい?」
「「「え?」」」
 係員の話によれば、大会参加者が次々とひどい腹痛を訴えているとか。
 しかも、それは武術大会ファンを名乗る女の子からの差し入れを受け取った参加者ばかり。先程の男の恨み言は、その女の子に対するものだろう。
 そんな差し入れのなかった三人は、係員にその旨を正直に申告した。伝え聞いた女の子の外見には覚えがあるが……正直に答えた。
「俺達は、何ももらっていない」
「女の子にも会ってないよね」
「もし来たら、お知らせします」
 大会参加者は、半分近くがダウンしたそうである。

●試合開始!
 結局、優勝までに必要な試合数はだいたい四試合となっていた。不審な少女の出現を警戒して、棄権した者もかなりいたためだ。
 しかし試合数が減っても、楽勝とはいかない。
「くそっ、お上品ぶってんじゃねーぞっ」
「武術の意味を、知らない貴様がっ、悪い」
 最初の試合は危なげなく勝ち進んだフィリンだったが、第二試合ではいささか苦戦していた。舌戦では負けていないが、現状は防戦一方だ。
 相手の拳を避け、すぐに距離を取る。時に彼女から走り寄り、素早い身のこなしで足払いを試みることもあるが、それは相手の手数に比べるとあまりに回数が少なかった。
 おかげで観客の中でも口が悪い輩は、フィリンが弱腰だなどと詰ってくる始末。
 彼女にすれば、第一試合と同様に、習い覚えたサヴァング戦闘術の技を使いつつ、多少のダメージを受けても泥臭く攻撃を積み重ねていきたい。相手の体のどこかに接することが出来れば、適した攻撃を繰り出せる知識と行動力はあるのだ。
 手を掴めれば指を折り、足を払うなら執拗に足首を狙う。そうしたことにためらいは感じない。
 だが。
「審判も、グルか?」
「なんのことか、わかん、ねえなっ!」
 なるほど、名のある武術を悪事に使おうという連中の主催だけあって、選手と審判がグルで八百長を仕組んでいるのだろう。フィリンが確信したのは、相手が拳の中に剃刀を仕込んでいるのに気付いたからだ。
 おかげで思ったように踏み込めず、現在の苦戦がある。
 武術大会で刃物傷が出来たら、観客に怪しまれるとは考えなかったのかと失笑ものの作戦だが、審判も仲間なら誤魔化し方も相談済みなのかもしれない。
 しかし、事前調査で姿も確認した偽サヴァング戦闘術の使い手に、この男はいなかったはず……と思い返したフィリンは、ほんの一瞬だが相手から視線をそらしてしまった。
 奇声を挙げて、男が彼女に突っ込んでくる。握った拳の指の間に、剃刀が二枚見えた。
「この、クズがぁっ!!」
 そう叫び返したフィリンは、そこから流れるような罵詈雑言を吐き始めた。
 向かってきた拳をなんとか避け、腕をひねりあげてだから、相手は耳元でがなり始められたようなもの。挙句に先程までは言葉選びがきついとはいえ、一応は上流階級の話し方だったのに、
「クソ野郎め、アンタなんぞ八百長が、いつまでも通じるかってんだっ。そっちも、肚ぁくくりやがれ!」
 審判にも、とても聞いてはいられないような言葉の数々が投げつけられた。予想外のことに、審判が一瞬呆ける。
 この隙にフィリンは腕を取っていた男の体を、審判目掛けて叩きつけようとしたのだが、
「小娘が、ふ、ざけんなぁ!!」
 それなりに体格の大きな男の力技で、彼女の身体は試合会場とされる囲みの中から大きく弾き出されてしまった。この時点で、場外負けが確定となる。
 しかし。
「へっ、ただやられてたまるか」
 会場がざわついているのは、彼女が負けたからではない。
 弾き出されそうと察したフィリンは、踏み止まるのを諦めて、男の腕を審判へと押しやっていた。
 服の胸元をばっさりと剃刀で切り裂かれた審判が、慌てながらフィリンの負けを宣言したが、観客は突然生じた不審な現象にざわめいている。
「これで運営が、まともな判定をし直してくれると、ありがたいのですが」
 ふうと息を吐いて、いつも通りの口調に戻ったフィリンは、一応判定通りに敗者として退場した。
 勝者よりよほど堂々とした態度に、観客席から少ないながらも拍手が贈られている。

 第三試合。人数の変動で、これが準決勝である。
 本来ならフィリンたちの試合の勝者が入って五人残るはずだったが、勝った男が武器携帯で失格となった。それならフィリンが敗者復活かと思いきや、主催者と無関係の参加者なので黙殺されたらしい。
 ということを、ナノハは試合開始前の審判達の会話から察していた。まったく腹の立つことである。
「人の武術の名前を盗むだけあって、やることが小狡いよね」
 エリアル、それもフェアリータイプとあまりやりあったことがない参加者が多かったらしく、彼女はここまで順調に勝ち上がってきた。もちろん小さい身体を活かした、ナノハ自身の作戦も功を奏している。
 しかし三試合目ともなると、流石に相手も彼女の戦いぶりをある程度は知っている。おかげで、主に足技を使い、相手の足を狙い続けるナノハの作戦は、かなりかわされてしまっていた。
 相手の攻撃もナノハはすべて避けきっているので、観客は二人が目まぐるしく動き回っているのを目で追うのに大変だ。
「ちょこまかと、よく動くな」
「人のこと言えないでしょ」
 参加者の中でも一、二を争えそうな体躯の相手が、こちらもほとんど足技で彼女になんとか一撃を加えようと苦心していた。大柄な体躯の男だが、その足さばきはかなりのものだ。
 しかし、ナノハに手を伸ばそうとすると動きが大きくなりすぎるから、足技しか使えない。一度、ナノハが腕に飛びつこうとしたのを警戒しているのだろう。
 ナノハはサヴァング戦闘術を授業でかじった程度なので、その動きが身に染みついてはいない。ほぼ我流、そこに種族ならではの特性で、風に乗ったかのような回避を展開して、今のところダメージは受けていなかった。
 もしもあの太い足で蹴飛ばされたら、それだけで場外に吹っ飛ばされそうである。ナノハも懸命に避け、隙をついては蹴りや踵落としを食らわせていく。
 ただ、軽く小柄な体は重い一撃とは縁遠く、相手は痛がる素振りも見せなかった。それでも途中で顔をしかめたのは、ナノハの目的を察したからだろう。
「お嬢ちゃん、案外手慣れてるな?」
 幼い顔立ちから、相手はナノハを格闘家として駆け出しだと勝手に思い込んでいたようだ。勘違いした相手に、ナノハはべーっと舌を出す。それに対する舌打ちにはもう反応せず、地面を蹴って相手の足元に飛び込んでいく。
 ひたすらに相手の膝下、同じ位置に攻撃し続けたのを気付かれたので、とびきりの攻撃を加えるためだ。
 いかに軽いダメージでも、同じところに積み重なれば、いつか大きなダメージになる。子供の頃から魔物と戦うことを余儀なくされたナノハが、その小柄さをなんとか活かそうとあがいた経験から編み出した戦法の一つである。
 そうして。
「この翅は、飾りじゃないから、ね!」
 ナノハを捕まえようとまったく避けることなく掴みかかってきた相手の腕を、飛び上がってかいくぐる。更に、その膝を足場にもう一度中空に跳んだ彼女は、前かがみになっていた相手の顔、左目の横に、
「食らえ! 必殺、アルエクスキィィーーーーックっっっ!!!!!」
 渾身の一撃を叩き込んだ。
 体重が軽いので、相手の頭を軽く揺らしただけだったが。
「ちぇ、みっともねぇ」
 目潰しはしなかったナノハの手加減を察した相手が、負けを認めた。
 今の一撃で観客はすっかりナノハに味方する歓声を上げているから、分が悪いと思ったのもあるだろう。
「あぁ、おなかがすいて動けなくなりそう……」
 審判から勝者の宣言を受けつつ、ひたすら動き続けたナノハは、ここで初めて気弱な一言をもらしていた。
 
 準決勝のもう一試合。こちらにはアンリが勝ち残っていた。
 彼が勝ち進んでいけたのは、故郷の伝統武術『バンエー』の使い手だからだ。サヴァング戦闘術の戦い方も呑み込んではいるが、戦うならバンエーの方が慣れている。
 継承者の数が少なくとも、徒手戦闘を想定した近接戦闘術として知られているサヴァング戦闘術と違い、バンエーはほとんど知られていない。アンリがどういう技を使うか、誰も予想が出来ないところが有利に働いたのだった。
 それでも流石に三試合目では手の内がばれてきたのは、ナノハと同じ。
 バンエーにはサヴァング戦闘術ではあまり使われない、寝技が幾つもある。これと絞め技が中心だと言ってもよいくらいだ。アンリはそこに、学園で学んだ打撃も取り入れているが。
 こうした技に持ち込むためには、相手の姿勢を崩すのが早道で、そのための手法はアンリが故郷で磨いてきていた。主にタックル、それから服を掴んで絞め技に持ち込むための絡めとりなどだ。アンリ自身は同じ技を返されないため、上半身は裸、下は腰あてのみと簡素な格好である。
 この姿で、低い姿勢のタックルを掛けられると、相手は衣類を掴んで技に持ち込む事は出来ないから、殴打か蹴りでの応戦か、避けてカウンター狙いか。今回の相手は後者が多いが、避けながらなので、いまだ決定打には至らない。
 アンリが服を掴もうとするとかろうじて逃げるが、踏み込んでの掌底はかわし損ねて、二度ほどたたらを踏んでいる。
 対戦相手はごく平凡なシャツとズボン姿に、掌に布を巻きつけているアンリと同じ年頃の少年だった。主催者の道場の門下生という触れ込みだから、偽のサヴァング戦闘術の使い手となる。
 確かにアンリの知るサヴァング戦闘術に近い動きをするが、妙に小狡い顔つきで自分を見ていたのを彼が気にしていたところ……
「勝てばいい、というものではないだろう?」
「勝たなきゃ、意味ないよね?」
 なるほど、ジョーが言う通りだと、アンリは納得した。少年は、布の下に金属板を仕込んで、見た目より硬い拳を放ってくる。おそらく膝下と肘にも似たような仕込みがあるだろう。蹴りや肘打ちの硬さが不自然だった。
 サヴァング戦闘術では魔法を付与することもあるし、実戦での禁忌は少ないが、今回は武闘大会なので肉弾戦と指定された。ルールのある大会で、ばれなければ何をしてもいいとするふるまいはアンリには受け入れられない。
 実は彼は、武術にはやや苦手意識があった。相手を傷付ける行為に、ためらいが生じるからだ。バンエーも、普段は集落での祭の余興や親睦を深める遊びの要素が強い。
 しかし。
「悪事を当然とする武術が、サヴァングを名乗るのは、許されない」
「は?」
 それまで何度も繰り返されていた、アンリのタックルがまた試みられた。少年もそれを見越していたのだろう。今度はかわすことなく、膝蹴りを顔面に叩き込んでやらんとする態勢を見せた。
 アンリの前かがみになった身体が、更にもう一段低くなる。少年の膝が、さっきまでアンリの顔があった高さを振り抜いて行きかけ、下方から伸ばされた腕につかみ取られた。
 地面に手をつき、ぎりぎりで倒れず姿勢を保ったアンリが、掴んだ膝を下に叩き付ける動作と共に伸びあがった。地面から離れた手が、少年の肘を掴む。
 もつれあって倒れた二人の少年の、その後の組み合いを観客席にいたフィリンとシオンは、
『どこが、どうなっていたのやら』
『ぜーんぜんっ、わかりませんでしたよ!』
 そう、感心しながら話した。
 ためらいを捨てて、相手を短時間で締め落としたアンリが決勝戦行きを決めている。

 この時点で、ジョーの課題であった『拳王祭』に参加して優勝する、は果たされた。
 決勝戦は、ナノハとアンリの学園生同士の対決である。

●ごほうびのお時間
 白熱の決勝戦を終えても、会場周辺の露店はまだまだ営業中だった。
「あー、やっと……やっと、心ゆくまで美味しいものがっ!」
「うん、俺も腹が減った」
 先程までの緊迫感はどこへやら。
 ナノハがようやく露店の食べ物を食べつくせると、足取りも軽く、というか、ぴょこぴょこ跳ね回っている。傍らのアンリも、何を食べようかとあたりを見回していた。
 とてもではないが、二人ともほんの半時間前まで大接戦を繰り広げていたとは思えない。攻めと守りが目まぐるしく入れ替わった対戦は、それまでの試合でのダメージが少なかったナノハが競り勝ち、優勝者となっている。
 だが、今の二人は単なる成長期の少年少女、つまりひとつ食べたそばからまたおなかがすいたと言い出しそうな二人組だった。
「お疲れさまで~す」
 軽やかな声音で、シオンが二人を見付けて歩み寄ってきた。手には『まずは飲み物でしょう』と、冷たいジュースの入ったカップを二つ持っている。
「その帽子、どうしたの?」
「悪党が連れていかれるまでの、変装です」
 大会開始前の騒動に、シオンが関わっていると思っていたナノハとアンリは、『悪党って?』と首を傾げた。
 聞けば、シオンが八百長の一派に『ちょっとした差し入れ』をした後、体調を崩した彼らは最初は被害者だと思われていた。アンリとナノハにもそう見えたが、誰かが八百長の計画と裏で賭け事をしていたのをうっかり口にしたのだそうだ。
「実は、勝者に賭けるのは主催者が向こうでやっていたらしくて、違法だってことになったの」
 それで、八百長の連中がしかるべきところに連れて行かれるまで、シオンは顔を見られないように帽子を被っているわけだ。
 ついでに、主催者の賭け事も違法性があるとかないとかで、取り調べを受ける羽目になったらしい。後ろ暗いところがある連中なので、色々調べられれば良いのである。
 そんな説明の後半を受け持ったフィリンは、手に小袋を手にしていた。
「せっかくですから、これからどんどん食べ歩きましょう!」
 シオンが色々調べておきましたよと、話題のアイスクリーム屋のフレーバーの種類まで克明に描かれたメモを広げた。他にも食べ物から飲み物まで、美味しそうなものがたくさん書かれている。
 ポップナゲットは外せない。試合前に食べた焼き菓子は持ち帰りがしたい。アイスとヌードルはここで食べなきゃだめだ、等々。
 ついでに今更だけどくじ引きと、ダーツもしたい。他に面白そうな出し物もあった、なんて相談していると、心配になるのはお財布の中身だ。
「全部、食べたいし……うさぎ」
「あ、うさぎの焼き串もあったよね。おいしそうだったけど、あれ、ちょっとお高くてね~」
「あれはタレがすごくいい匂いですよねぇ。ダーツのぬいぐるみにもかわいいうさぎがあったかも」
 アンリがダーツのぬいぐるみがほしいと、言葉少なに主張したのに、話は焼き串のことになっていた。まあ、アンリも両方に興味があるので、それは構わない。
 たくさん動いたので、たくさん食べていいのだ理論のナノハと、料理好きを公言するシオンは、すべての屋台の料理を味見する方法を相談している。そこにはもちろんアンリとシオンも戦力に数えられていた。
 すぐに四人で料理を分けて食べれば、胃にも優しいと作戦が成立した。今の四人の胃に優しい必要は、特になさそうだが。
 そして。
「財政の心配も、不要なの」
 フィリンが、持っていた小袋を持ち上げた。中からは、チャリンチャリンといい音がする。
「審判の判定が不自然だったお詫びって、無理やり寄越したから……使っちゃったほうがすっきりするかなって」
 ああいう時に辞退すると変に絡まれそうだったからと、フィリンが取り出した小袋の中身は軍資金には十分なもので。
「欲しいもの、買ったりするのに使えば?」
「そ、そうだよ。僕、ほんとに食べちゃうよ?」
「うさぎは、自分で取ろうと、思う」
 それでも、三人はまずは遠慮した。
 しかしフィリンも、このお金でなにか買うのは気分が良くないと言う。貰った理由が理由なので、それもそうかと三人が納得して。
「じゃ、フィリンのおかげで大豪遊にしゅっぱーつ!」
 ナノハの元気な掛け声と共に、四人は連れ立って居並ぶ露店に突撃していったのだった。



課題評価
課題経験:75
課題報酬:2000
サヴァング戦闘術 基礎講座【拳王祭】
執筆:龍河流 GM


《サヴァング戦闘術 基礎講座【拳王祭】》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 1) 2021-05-20 21:36:04
勇者・英雄コースのフィリンよ、よろしく。

大会は【1】で真面目に挑戦予定。
素手は専門外だけど、実戦じゃあそうもいってられないもんね。

《光と駆ける天狐》 シオン・ミカグラ (No 2) 2021-05-21 21:23:49
教祖・聖職コースのシオン・ミカグラです、よろしくお願いします。

今のところは【2】で、選手の方々に妨害工作を行う予定です。
うまく棄権させたり、出場されても弱体化できるようにしたいですね。
出来れば……その前に屋台も色々と見て回りたいです。

《イマジネイター》 ナノハ・T・アルエクス (No 3) 2021-05-23 21:54:56
賢者・導師コースのイマジネイター、ナノハ・T・アルエクスだよ♪
よろしくね♪

僕は【1】で大会に参加。ヒーローらしく真っ向勝負だ。
いつもは弓や銃ばかりで素手での戦いはあまりしてないけれど、頑張ってみるよ。

《ココの大好きな人》 アンリ・ミラーヴ (No 4) 2021-05-26 23:05:04
教祖・聖職コース、アンリ・ミラーヴ。よろしく(尻尾ぶんぶん)
俺も大会に出場する。悪い奴の邪魔をする。
誰かとトーナメントで当たるかも。その時は気持ちよく、戦えると良いな。