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最強のスイーツが食べたい。


ストーリー Story

 来る日も来る日も雨続きだった。
「……あーあ。こんなんじゃ気分が上がらないね……」
 退屈そうに溜息をつくのは、学園教師の【ジョニー・ラッセル】だ。
 ひょろっと高い背。丸メガネにくしゃくしゃのくせっ毛。着ている服はひと目で上等と分かるが、ボタンがなくなっていたり、袖がほつれていたりと、あまり大切に着られている様子はない。
「どこの誰だろうね、雨の音は天のハーモニーだなんてほざいたバカは。音感には恵まれなかったんだろうな。ノイズの嵐で僕は気が滅入る」
 彼は教室で音楽を奏でている生徒たちを困ったように見渡した。
 そして、パン、パン、と数度手を叩く。
「やめだよ、やめ、やめ。……やっぱり雨の日は、どの楽器も調子悪いね。例えるなら連日徹夜続きの状態で本番を迎えた最悪のコメディエンヌって感じだ。みんなめいめいに努力は見えるけど、そんな日は楽器を休ませてあげたほうがいい」
 生徒たちは顔を見合わせた。
 だが、こうなったらジョニーは演奏をさせてくれない。
 演奏者と楽器は常に寄り添うべきである、というのがジョニーの持論だ。だからこそ、楽器にいらない負荷をかけるような演奏を、彼は好まない。
「さて……こうも雨天続きじゃ、全然ハッピーになれないよ。僕ら芸術家は人々に喜びを届けるのがその努めだけど、こんな日は、普段と少し趣向を変えてみよう。たとえば、そう。耳からじゃなくて、目から。あるいは舌から、喜びを届けるって具合にさ」
「えぇと、つまりどういうことですか?」
 怪訝そうな生徒に問われ、ジョニーは大げさに両手を広げた。
「要するにさ! 雨の日でも幸せになれて、元気が出るような何かを考えるのをーー……今日の課題にします!」
「今思いつきませんでした?」
「とんでもない! 僕はいつでも、世界をハッピーにすることを考えてるよ!」
 取ってつけたような言葉を胡散臭がる生徒も居たが、そこは、芸能・芸術コース。本質的に、楽しくてワクワクすることを好む生徒は多い。
 結果、あれよあれよと言う間に生徒を主導に、課題の内容が決められていく。
「というわけで! 今日の課題は、最強のスイーツ大会にします!」
 と、生徒の一人が声を高らかに、開幕宣言を行った。
「なにそれ」
 きょとんとするジョニーに、生徒たちは口々に今回のルールを説明する。
 曰く。
 準備期間は一週間後。
 来週のジョニーの授業に、各々が考える最強のスイーツを持ち寄ること。
 チーム戦も可とするものとする。
 勝敗の判定は、見た目を選考基準としたクラスジャッジ、および、味を基準としたジョニージャッジの二つの基準から行うものとする。
 なお、スイーツの条件はあくまで「持ち寄る」ことであり、作者の自他を問わないものとする。
「……なるほどねー」
 ジョニーは楽しそうに笑った。
「面白そう! じゃあ、来週の授業はそれで!」

 こうして、雨期スイーツの頂点を決める戦いの火蓋は、切って落とされたのだった。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 5日 出発日 2021-06-06

難易度 簡単 報酬 ほんの少し 完成予定 2021-06-16

登場人物 2/4 Characters
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  
《イマジネイター》ナノハ・T・アルエクス
 エリアル Lv23 / 賢者・導師 Rank 1
フェアリータイプのエリアル。 その中でも非常に小柄、本人は可愛いから気に入っている。 明るく元気で優しい性格。天真爛漫で裏表がない。 精神年齢的には外見年齢に近い。 気取らず自然体で誰とでも仲良く接する。 一方で、正義感が強くて勇猛果敢なヒーロー気質。 考えるよりも動いて撃ってブン殴る方が得意。 どんな魔物が相手でもどんな困難があろうと凛として挑む。 戦闘スタイルは、高い機動性を生かして立ち回り、弓や魔法で敵を撃ち抜き、時には近接して攻め立てる。 あまり魔法使いらしくない。自分でもそう思っている。 正直、武神・無双コースに行くかで迷った程。 筋トレやパルクールなどのトレーニングを日課にしている。 実は幼い頃は運動音痴で必要に駆られて始めたことだったが、 いつの間にか半分趣味のような形になっていったらしい。 大食漢でガッツリ食べる。フードファイター並みに食べる。 小さな体のどこに消えていくのかは摩訶不思議。 地元ではブラックホールの異名(と食べ放題出禁)を貰うほど。 肉も野菜も好きだが、やっぱり炭水化物が好き。菓子も好き。 目一杯動いた分は目一杯食べて、目一杯食べた分は目一杯動く。 趣味は魔道具弄りで、ギミック満載の機械的な物が好き。 最近繋がった異世界の技術やデザインには興味津々で、 ヒーローチックなものや未来的でSFチックな物が気に入り、 アニメやロボットいうものにも心魅かれている。 (ついでにメカフェチという性癖も拗らせた模様)

解説 Explan

■概要

最強のスイーツを決める戦いです。
授業の枠を使って行われておりますが、完全に遊びの範疇です。
思い切りはっちゃけて楽しみましょう!


■ルール
・準備期間は一週間。
・来週のジョニーの授業に、各々が考える最強のスイーツを持ち寄ること。
 チーム戦も可とするものとする。

・勝敗の判定は、見た目を選考基準としたクラスジャッジ、および、味を基準としたジョニージャッジのニつの基準から行うものとする。
・スイーツの条件はあくまで「持ち寄る」ことであり、作者の自他を問わないものとする。
 ※ただし、本エピソードに参加していないPCおよびNPCから「もらった」などとする設定は不可


■審査基準
スイーツの審査基準は大きく分けて2つです。

1:見た目
 生徒たちによって見た目へ点数が付けられます。
 遊びでも、芸能・芸術コースの授業の一環。
 見たものを惚れ惚れさせるような、美しいスイーツとなることを心がけましょう。

2:味
 やっぱり食べ物なので大切なのは味。
 目隠しをした学園教師のジョニー・ラッセルが、すべてのスイーツを実食します。
 一週間の期限を有効活用し、究極の美味へ至りましょう。
 法にさえ触れなければ、どんな素材を使っても問題ありません!


芸術活動の一環として、個人で挑むもよし!
チーム一丸となって、究極の美味を生み出すもよし!

雨の降る日々を、幸せに彩るスイーツを作りましょう♪


作者コメント Comment
余談ですが、マスターはコンビニアイスが大好きです。


個人成績表 Report
クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:29 = 24全体 + 5個別
獲得報酬:1080 = 900全体 + 180個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:1
獲得称号:---
スイーツ?
とは言ってもね……
リバイバルは、魂と肉体の情報の乖離を防ぐために形式的に食事しているだけで、生命活動的には必要のない行為だ
俺達はあくまでも生前の再現、感覚を失わないための行動に過ぎない

……あー、難しい話をしたが、つまり俺は食事には疎い
だが、ふむ……
俺自身がおすすめしたいもの、というのを持ち寄るのもありかな

ということで、俺は今回、大福をチョイスすることにした
見た目の華やかさも大事だと言っていたので、いちご大福を持っていこう
コーヒーと共に研究のお供として、リバイバルとなった今でも好んで食べている
俺には東方の血も流れているようで、この優しい甘さが体に合うようだ

皆は、どんなスイーツだろうか?

ナノハ・T・アルエクス 個人成績:

獲得経験:37 = 24全体 + 13個別
獲得報酬:1350 = 900全体 + 450個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:1
獲得称号:---
■目的
巨大プリン(約15キログラム)を作る

■行動
まずはプリン液。
牛乳(10リットル)を沸騰直前まで温めて、砂糖(1キログラム)を加えて溶かし、
卵(40個)を卵白を切るようによく溶きほぐしたものを加えて、
固めるためのゼラチン(500グラム)を入れて馴染ませる。
手順は普通だけど量が大変。一気に作れなければ何度かに分けるよ。
プリン液が出来たら、濾しつつ大きな盥に入れて、それを1晩冷やす。

授業当日、みんなの前で最後の仕上げ。
プリンの盥に大きなお皿の乗せて、ひっくり返して皿の上に盛り付け。
大きくプルップルッなプリンが現れたら拍手喝采ってね♪

最後にカラメルソースをかけて…完成だよ♪

リザルト Result

●最強のスイーツ、爆誕?
 芸能・芸術コースは舞踏音楽学の授業時間。
 先週に引き続き、教室からは様々な楽器の音が……聞こえてはいなかった。
「ぎゃーっ!!!」
「誰かっ、支えてぇ!」
「落ち着いて。君、そちらから支えて。そう、しっかりとね」
 なにが原因だか、悲鳴に助けを求める声、それに慌てて対応しているらしい呼びかけと応える数名の声などなど。
 たいそう賑やかだが、そこは間違いなく舞踏音楽学の授業中である。
 今週は、たまたま内容が『最強のスイーツ大会』なだけ、だ。
 それのどこが、芸能・芸術で、舞踏音楽学か? そんなことは訊くだけ野暮というもの。
 なぜなら、担当教師が【ジョニー・ラッセル】なのだから。
 とにもかくにも、教室ではいまだ悲鳴半分の慌ただしい会話が繰り広げられていた。
「い、今、ベコッていわなかった?」
「気のせい、と言いたいが……」
「やっぱりぃ~」
「状況を立て直すのに、一度、バケツを皿に戻すのはどうだろう?」
 悲鳴の主は、主に【ナノハ・T・アルエクス】。フェアリー型のエリアルの彼女は、ただいまその身に余る大きさのバケツに、ほとんど抱き着いているところだった。両足をテーブルの上で踏ん張っているが、下に敷いた誰かのハンカチが今にも足に絡まってしまいそう。
 ナノハの反対側で、やはりバケツに両手を添えているのは【クロス・アガツマ】である。かなり真剣な表情で、がっちりとバケツを掴んでいるが、クロスが実はリバイバルであることを考えたら、いささか妙な光景だろう。
 巨大バケツを支えるフェアリー・エリアルとリバイバル。いったい何があったのかと、今教室に入ってきた学生がいたら、絶対に尋ねたに違いない。
 実は……

●最強なスイーツのその前に
 時間は一週間前に遡る。
「というわけで! 今日の課題は、最強のスイーツ大会にします!」
(中略)
「面白そう! じゃあ、来週の授業はそれで!」
 ジョニーが自由気ままに宣言し、学生が寄り集まって勝手に方向性を決め、それをジョニーが快諾した次週の授業内容は、『最強のスイーツ大会』だった。
 おかげで学生達は『自分が考える最強のスイーツ』を、授業に持参しなくてはならなくなった。
 スイーツなのに最強とは、これいかに?
 なんだか浮かれた雰囲気の教室を後にしてからしばらく、帰り道の途中でクロスは我に返ってしまっていた。
「スイーツ……?」
 別に彼がスイーツとは何かを知らないわけではない。食べたこともある。
 リバイバルとはいえ、飲食はするのだ。生前の経験の再現だろうとは言え、それなりに好みなどもある。
 それは飲食を好むかどうかの個人差はあるにせよ、リバイバル全体に共通することなので、別に種族特性を無視した難題を出されたとは思わないのだが……
「スイーツ、か」
 クロスにとっての飲食とは、生存に必要な行為ではないものだから、はっきり言って執着心は薄い。極度の空腹の際に食べたもので感動したような経験とも縁がなく、『最強の』なんて言われてしまうと、どういうものがいいのかと迷ってしまったのだ。
「確か条件は……」
 授業で決まった審査内容には、まず『見た目』がある。
 一応芸能・芸術コースらしく、見た者の審美眼に訴えかけるような外見や盛り付けを重視しようとなっている。決して、他の教師に見付かった際に、授業中にスイーツパーティーなんてと怒られないための防波堤ではない、たぶん。
 それから『味』。もちろん食べ物だから、これは重要だろう。
 しかし、これがリバイバルたるクロスの苦手分野だった。多くの人が好む味と言われても、流石に自信がない。
 これが、例えば二百年前に巷ではやったスイーツの研究と調理実習などなら、彼はあらゆる資料をあたり、当時のレシピ集も発掘し、更に当時の調理法まで再現するような真似も苦ではない。きっと楽しいだろうと思う。
 だが『自分が考える最強のスイーツ』と言われると、さてどうしたものか。
「とりあえず、図書館でそういう小説でも選んでくるか」
 料理好きの登場人物や宴会シーン、または食材に通じるような動植物などが出てくる小説を読んだら、何かいい案が浮かぶかもしれない。ふとした思い付きだが、なかなかいい考えの気がして、クロスは歩みを速めた。
 ちょっと思い出しただけで、そういう小説でいずれ読もうと思っていたものが何冊か浮かぶ。ついでに植物学や畜産系、色々と興味を持った書籍があったと記憶が蘇ってきた。
「これは、いい機会を貰ったと喜ぶべきかな」
 非常に前向きな気分で図書館への道を急ぐクロスが、手段と目的をはき違えていないか、は誰も知らない。

 そんな悩み多きクロスとは、まったくの正反対に。
「最強のスイーツ……と言ったら、やっぱり見た目のインパクトが大事だよね!」
 かけらも迷うことなく、ナノハは我が道を見出していた。
 なんといっても『最強』である。味も当然だが、見た目が与える影響は大きいはずだ。ちゃんと審査内容にも入っていることだし。
 とはいえ、お題はスイーツ。これがご飯ものなら、爆盛り飯で勝負するところだが、スイーツなのである。
「そうしたら、やっぱり大きさかな?」
 巨大スイーツ。なんて心躍る響きであろうか。
 その単語だけでナノハの表情がへらりと緩んだが、幸いにして口から透明の液体は出ていない。
 ともかくも個人的好みを大量投入して、ナノハは巨大スイーツで最強は何かを考えた。
「うーん、パフェ?」
 山盛りのクリームやアイスの上を飾る果物や様々な味のソース類。見た目のインパクトは十分だが、何かが違う。
 何かがナノハの心の琴線に触れなかった。
「なんとなく、単品でデッカイのが……よくない?」
 自問自答していたナノハの目が、くわと見開かれた。
「よし、まずは調理室だね!」
 『自分が考える最強のスイーツ』を早くも決定した彼女は、学園の施設使用許可をもらうべく、大急ぎで走り出したのであった。

●スイーツ大会まで、あと六日
 ぴょーん、ぴょーん、ぴょーん。
 学園のある通りを、フェアリータイプ・エリアルが弾むように走っていた。
 超ご機嫌なナノハである。
「い~い感じに進んでるよ~!」
 彼女は昨日、学園の施設貸し出しの手続きをして、調理室の一つの使用許可を得た。
 なぜと問うなかれ。
 最強のスイーツづくりの為に決まっている!
 そう。ナノハはパティシエールを目指したことはないし、どちらかと言えばフードファイターなのだが、多少なら菓子作りも出来る。自分で作れば、心ゆくまで食べられるし。
 別に、地元で食べ放題のお店のことごとくから出入り禁止を食らって、自宅で一人食べ放題を実行したから、出来るようになったのではない。
 いや、食べ放題店出入り禁止宣言は貰っちゃっているのだが。
 なにはともあれ、ナノハはその菓子作り経験で、自らの心に浮かんだ『最強スイーツ』を自作することにしたのだった。
 さっそく場所は押さえたので、次は必要なものを順番に買わねばならない。
「バ~ケツ、バケツ。どのくらいの大きさなら足りるかなぁ」
 最終的にナノハが購入したバケツは、彼女がすっぽり入れるくらいの大きさだった。
 持って帰るのが、かなり大変だったらしい。

 ナノハはじめ、『最強のスイーツ』を求める学生達が学内のあちらこちらを行き来していた頃。
「ええと、この続きは……あぁ、ここだったか」
 図書館から借りだした本と、自室の本棚から引っ張りだした本を机の上に十数冊も積み重ね、クロスは授業時間以外は延々と読書に勤しんでいた。
 こういう時に寝食を忘れて没頭しても、すぐには身体に影響が出にくいのがリバイバルである。
 だからといって、クロスは出来るだけ規則正しい生活をするように心掛けてはいるのだが……この日の消灯時間は、いつもより一時間余り遅かった。

●あと五日
 クロスが手にしたのは、植物学から見た香辛料の歴史についての分厚い書籍だ。
 彼は昨日読んだ小説で扱われていた、架空の王朝の饗宴で供された料理に興味を覚え、香辛料に関する本を紐解いていた。
 これが三冊目である。
「肉料理にもスイーツにも使う香辛料か。ふむ」
 新たな知識に魅了されたクロスだが、まだ本来の目的は忘れていない。

 同じ頃のナノハは。
「あれ、計算間違えた? 危なかった、やり直さなきゃ」
 彼女の身体からすると相当大きな書籍を開いて、それを見ながらなにやら計算式を書き散らしていた。

●あと四日
 色々味付けに凝ろうかとレシピ本をひっくり返したが、結局基本に立ち返ることにしたナノハが、食料品店を訪ねていた。
 基本のいいところは、特殊な材料を必要としないこと。彼女が欲しいのは、買おうと思えばいつでも買えるものばかり。
 問題は、その量である。
「えっと、牛乳が十リットルと~」
 いきなり訪ねて行って買い占めを働くわけにはいかないので、今日はまず予約に来たのだ。
 あと、配達も頼んでおかなくては。

 読んだ本を図書館に返却したのに、なぜか一昨日より山が高くなった机の横で、クロスは今日も読書に邁進していた。
「コーヒーでも淹れるか」
 そう呟いたが、いっかな動く気配はない。

●あと三日
 授業から帰る際に、また図書館で本の返却と借り出しを行ったクロスは、本とは別に二つの包みを持っていた。
「これだけあれば、食事には困らないな」
 昨日、うっかりと一食抜いてしまった彼は、過ちを繰り返さないように軽食などを買ってきたのだ。更に、今日は早くもコーヒーを淹れている。
 買ってきたのはサンドイッチと大福。準備万端、今日も読書三昧をするつもりになっていたクロスだが、なにか気付いたことがあるようだ。

 先日買ってきたバケツを抱え、ナノハは調理室の冷蔵機材と見比べている。
「よし、やっと入るようになったね」
 機材の中にあった棚を取っ払い、バケツを入れることに成功した彼女はとても満足そうだ。

●あと二日
 調理室には、ナノハの鼻歌が響いている。
「練習は大事~。だから、大きいの作るよ~」
 作業台の横に椅子を置いて、その上から手を伸ばした彼女がやっているのは、卵の泡立てだった。リズミカルに泡立て器がボウルと触れ合う音がしている。
 コンロには小さな鍋が置かれていて、先程まで温められていた牛乳がうっすら湯気を立てていた。中身は一リットルくらいあるだろうか。
 しばらく後、冷蔵機材の中に大きな丼が一つ、しまわれた。

 その頃の、とある甘味屋では。
「このみかんと言うのは……まさか新作なのか?」
 相変わらず図書館から新たに借り出してきた、今度は推理小説を小脇に抱えたクロスが、店の棚に美しく並べられた商品を前に唸っている。

●明日だ!
 クロスは、悩んでいた。
 この一週間弱、読み漁った本は数知れないが、そこに『最強のスイーツ』はない。そもそも自分で考えるものなので、別に構わない。
 それに、彼はいつもの習慣で読書の供にと買い求めた大福こそ、自分にとっての『最強のスイーツ』ではないかと思い至っていた。
 餅に包まれた餡の優しい甘さは、大変に素晴らしい。それ以外にも、豆大福ならちょっとした歯ごたえも楽しめるなど、種類も豊富で奥が深い。
「見た目も大事だから、いちご大福にするつもりが」
 大福の種類を語り始めると長くなるが、見た目ならいちご大福がよかろうと、クロスは昨日予約にやってきて、新作に出会ってしまったのだ。
 みかん大福。オレンジ色のにくいヤツ。
 商品棚の前で悩んでいる彼は、店員の『両方いかが?』と語りかけてくる目線に、まだ気付いていない。

 牛乳十リットル。
 砂糖は一キロ。
 卵はなんと四十個!
 ゼラチンなんて、五百グラム!!
 更に別枠で砂糖がこれまたどっさり準備されているが、そちらの出番はもうちょっと後だ。
「さぁて、まずは昨日の作品の出来を確認だよ」
 よっこらしょと彼女が取り出したのは、冷蔵機械で一晩冷やされた丼。ナノハの体格からすると、かなりの大物だ。
 その中に、ためらいなくスプーンを突っ込んだ彼女は、底までゆっくり探るようにスプーンを動かし……満足の表情で頷いた。
 試作品の出来は上々。あとは本番の作業に挑むだけだ。
 その前に、当然だが味見もしなくてはならない。味見は大事。
 ついでにこれからの作業に必要な英気も、これで養うのだ。
 大きな丼を前にしつつ、ちょっと足りないとか思ったのは、ここだけの話である。

●ぼくの、わたしの最強スイーツ!
 そうして、授業当日。
 集まった舞踏音楽学の受講生達は、固唾を飲んでいた。
「ひゃ~、ひっくり返すだけで一苦労だったね。手伝ってくれて、ありがとう」
 机の一つには、皆が持ち寄ったスイーツ類が展示よろしく並べられている。
 いちご大福とみかん大福、様々なケーキやジャンクなスナックなどなど……
 甘いもの好きならその光景だけで嬉しくなってしまう、スイーツ三昧、一部しょっぱいもの混入の現場で、もっとも皆の視線を集めたのはナノハが持ってきた巨大バケツだった。
 正確には、『常軌を逸した大きさのバケツプリン』である。
「ふっふっふっ、なんと、僕より重いプリンだからね。食べ応えもたっぷりだよ!」
 最初の難関、バケツを皿の上に逆さに乗せるをクリアしたナノハは、安心したのか饒舌になっていた。
 あまりの重さと、それを裏切るようなプルプルっぷりにナノハ一人では太刀打ちできず、教室に持ち込まれたバケツをひっくり返したのは居合わせた男子学生三名である。それでも、けっこう危なかった。
 ついでに言うなら、教室までの移動を手伝ったのは、クロスである。教室へ向かう途中で、台車を苦労しながら押しているナノハを見て、手助けしたのだ。
 おかげで、ジョニーに合作かと間違われたが、そこはすでに説明済み。この段階で、すでに見た目審査はナノハの一人勝ちだろうと、居合わせた全員が思っていた。
 なんといっても、インパクトが強烈である。ナノハの作戦通りだ。
 さて、ここからはバケツプリンの最大の見せ場、バケツを取り去るシーンへと向かうわけだが………………

………………
…………
……

「中まで固まってるはずなんだけどぉ」
 バケツを持ち上げる途中で、ベコッと妙な音がしたせいで、ナノハはちょっと涙目になっている。
 さっきまでの勢いはどこへやら、バケツによりかかるように姿勢が崩れてしまっていたが、
「つめたっ」
 しっかり冷やされたバケツの冷たさで、我に返ったらしい。
 一緒にバケツを押さえているクロスを見上げて、開き直ったと思しき清々しい表情でこうのたまった。
「崩れたって、食べられるし!!」
「そうだな。食べる時にはどうせ崩すのだから、順番を少し先取りしただけだと思えばいい」
 それに、そうなったらその時には飾りつけしようと、クロスは持参の籠を示した。
 彼が大福を買った甘味屋が、事情を聞いて『宣伝ありがとう』と持たせてくれたフルーツが、籠には大量に入っている。これだけあれば、この巨大プリンだってうまい具合に飾り付けが出来るだろう。
 他に、自作派の学生達が生クリームならすぐ泡立てるとか、フルーツの飾り切りなら得意だとか色々言い出した。
 さっきまでの悲鳴交じりの会話が一転明るくなり、もはや教室は調理実習中としか思えない雰囲気に変わっている。
「よしっ! じゃあ、みんな、行っくよー!!」
 ナノハが威勢の良い掛け声をかけ、合わせてクロス達バケツを支えていた学生が同時に腕に力を入れる。
 次に上がったのは、さっきの悲鳴とは全く異なる、大歓声だった。



課題評価
課題経験:24
課題報酬:900
最強のスイーツが食べたい。
執筆:龍河流 GM


《最強のスイーツが食べたい。》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!