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慈雨の奏でる鎮魂歌


ストーリー Story

 自称、世界屈指の剣豪。
 世界最強の座に至れぬまま死んだ悔しさをバネに、地獄の番犬を斬り殺し、不死鳥が浴びる炎を浴びて蘇った男――【色神・斬羅】(しきがみ きるら)。
 学園に通う四人の生徒を含め、数えきれない数の弟子を世に放ちながら、未だ多くの弟子を抱え続ける蘇った伝説(自称)。
 そんな男に、英雄の卵達は滅多にない機会だとばかりに問う。
「何? 強さの秘密? 俺の? 驟雨とか言う怪物の……あぁ、そう」
 目の前に広がる満漢全席を誰よりも貪り喰らい、痩躯の中に納めながら考える。と言っても、時間にして一分にも満たない、ほんのわずかな時間であった。
「前にも言ったが、あれは殺された時の記憶を持っている。俺達リバイバルと違って、過ぎるほど鮮明に。つまり、自分を殺した術をも憶えているわけだ。そして、あれはそういった死の記憶が幾つも集まった集合体。中には俺みたいな達人に殺された個体もあっただろう。そういった自らを死に貶めた術技の全てを、模倣しているとしたら?」
 わかるだろ、と包帯の下の鋭い眼光に理解を促される。
 実際、そこまで難しい話ではなく、理解する事自体は難しくはなかった。理解し難かったのは、自分を殺した術技を模倣し、再現してでも復讐を果たさんとする、怨念の抱く狂気の底であった。
「皮肉な事に、この世で最も鋭い刃は、勇者の抜く聖剣でもなければ怪物の振る魔剣でも、名匠が鍛えて出来てしまった偶然の産物たる妖刀でもない。殺気――殺意の籠った刃だ。斬ってやる。斬り殺してやると言う気持ちこそ、握る刃を鋭利に研ぐ。そう、ただ斬るだけなら、そこの包丁一つでさえ済むわけだ。だからこそ、おまえ達の言うところの化け物が生まれた」
 人が襲われる事件が起きていたから駆除した。
 自分達が襲われたから迎え撃った。
 危険な存在であるが故に、起こり得る未来を見越して討伐した。
 どのような正当な理由があろうとも、知性ある者達の都合など、魔物にとっては知った事ではない。
 本能故の襲撃だろうと、空腹故の襲撃だろうとも。
 体内にどれだけ強き毒を持つ個体だとしても、どれだけ気性が荒く、闘争心の強い個体だとしても、関係ない。
 魔法で殺される筋合いも、拳に殴り殺される筋合いも、剣に殺される筋合いもない。
 故に応戦する。こちらも殺す。喰らって、潰して、斬り殺す。生きるために――。
「皮肉だな。誰かを護るため磨き上げて来た技術が呪われる。真似され、護りたかったはずのものが傷付けられる。殺される。共に理解し合えない。理解し合わない暴力同士の衝突の後、残るのは勝者だけだ。それこそ敗者は、怨念くらいしか残せない」
 だが、彼は言った。
 そうした敗者の――殺された魔物の怨念の集合体が、かの怪物であると。
 集まった怨念の持つ記憶と体験から、自身を殺した術技を体現し、復讐を果たさんとする怪物が、殺された魔物達の遺した怨念と呪いから生まれたと。
 だから皮肉なんだと、彼は肉についた骨を噛み砕く口で言う。
「そいつをまた倒すのに、特別な武器も何も要らねぇが……二度と出て来ねぇようにしてぇなら、倒しちゃいけねぇ。今まで磨き上げて来た術技でただ倒したんじゃあ、また、より強くなって戻って来るだけだからな」
 確かに皮肉だ。
 誰かを護るべき研鑽され、実績を上げた術技の結集が怪物の力の源で、倒したとしてもまた、より深き怨念と恩讐で以て現れ、より多くの被害を齎すと言うのだから。
 誰かを護るため、もしくはより強くなるため磨かれた技が、自分も知らぬ場所で、誰かの大切な何かを壊しているかもしれないのだから。
「だからこそ、すでに奴が知ってる物。奴の核としてすでに成立している術技でなら、奴が胸の奥に刻み付け、憎む程嫌ってる痛みなら、奴を消し去れる。つまるところはそれだけの話だ。だが、それだけの話が難しい。何せこちらはまず、その奴が抱える痛みとやらを、理解しなければならねぇんだからなぁ……じゃあどうすればいいんだ、って顔してるな。本来長い時間を掛けてやるべきだろうが、手っ取り早い方法がある。おまえらが用意した刀……それの浄化をしな」

 そうして学園に帰って来て、彼の話をそのまま学園長に話してから、一週間。
 再度二人の間でやり取りがあって、斬雨の念を理解し、恩讐を祓うための魔法が学園長の手で完成したらしい。
 刀に生徒らの念を送り込んでの、刀の恩讐そのものとの直接対決。
 ただし、編み出されたばかりかつ高度な魔法なので、送れるのは少数。更にほんの一端とはいえ、相手はあの怪物、驟雨の力だ。
 激戦は必至。
 だがこれは、殺すための戦いではなく、倒すための戦いではない。
 驟雨の知る痛み。驟雨の抱える痛み。驟雨の恨む痛みを知るための戦いである。
 と、ここで自称最強の剣士様から、本人曰くありがたいお言葉――。
「あいつとの戦いは戦闘じゃねぇ。いわば鎮魂だ。将来勇者になりてぇと宣うのなら、鎮魂歌の一つでも歌ってやりな。あ? ちょっと待て? じゃあいつになったら準備が整うんだ? 愚図共め」
 最後の一言は、要らないと思う。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 6日 出発日 2021-07-07

難易度 とても難しい 報酬 通常 完成予定 2021-07-17

登場人物 4/4 Characters
《グラヌーゼの羽翼》エリカ・エルオンタリエ
 エリアル Lv33 / 賢者・導師 Rank 1
エルフのエリアル。 向学心・好奇心はとても旺盛。 争い事は好まない平和主義者。(無抵抗主義者ではないのでやられたら反撃はします) 耳が尖っていたり、整ってスレンダーな見るからにエルフっぽい容姿をしているが、エルフ社会での生活の記憶はない。 それでも自然や動物を好み、大切にすることを重んじている。 また、便利さを認めつつも、圧倒的な破壊力を持つ火に対しては慎重な立場を取る事が多い。 真面目だが若干浮世離れしている所があり、自然現象や動植物を相手に話しかけていたり、奇妙な言動をとることも。 学園へ来る前の記憶がないので、知識は図書館での読書などで補っている。
《マルティナの恋人》タスク・ジム
 ヒューマン Lv36 / 勇者・英雄 Rank 1
村で普通に暮らしていましたが、勇者に憧れていました。 ここで学んで一人前の勇者になって、村に恩返しをするのが夢です。 面白いもので、役所勤めの父の仕事を横で見聞きしたことが、学園の勉強とつながり、日々発見があります。 (技能はそういう方針で取得していきます) また「勇者は全ての命を守るもの、その中には自分の命も含まれる」と仲間に教えられ、モットーとしています。 ※アドリブ大歓迎です! ※家族について デスク・ジム 村役場職員。縁の下の力持ち。【事務机】 (※PL情報 リスクの子) ツィマー・ジム おおらかな肝っ玉母さん。 【事務室・妻】 シオリ・ジム まじめできっちりな妹 【事務処理】 チェン・ジム のんびりマイペースな弟 【事務遅延】 ヒナ・ジム 可愛い末っ子 【事務雛型】 リョウ・ジム 頑固な祖父 【事務量】 マーニー・ジム 優しい祖母。故人 【事務マニュアル】 タックス・ジム 太った叔父。【税務事務】 (※PL情報 リョウの子) リスク・ジム マーニーの元婚約者でリョウの兄。故人【事務リスク】 ルピア・ジム 決まった動作を繰り返すのが大好きなグリフォン。【RPA事務】 ※ご先祖について アスク・ジム 始祖。呼吸するように質問し、膨大なメモを残す。【事務質問】 「あなたのお困りごと、お聞かせいただけませんか?」 セシオ・ジム 中興の祖。学園設立に向けて、土地や制度等に絡む諸手続きに貢献。【事務折衝】 「先祖の約束を今こそ果たす時。例え何徹してもやり遂げる!」
《幸便の祈祷師》アルフィオーネ・ブランエトワル
 ドラゴニア Lv23 / 教祖・聖職 Rank 1
異世界からやってきたという、ドラゴニアの少女。 「この世界に存在しうる雛形の中で、本来のわたしに近いもの が選択された・・・ってとこかしらね」 その容姿は幼子そのものだが、どこかしら、大人びた雰囲気を纏っている。  髪は青緑。前髪は山形に切り揃え、両サイドに三つ編み。後ろ髪は大きなバレッタで結い上げ、垂らした髪を二つ分け。リボンで結んでいる。  二重のたれ目で、左目の下に泣きぼくろがある。  古竜族の特徴として、半月型の鶏冠状の角。小振りな、翼と尻尾。後頭部から耳裏、鎖骨の辺りまで、竜の皮膚が覆っている。  争いごとを好まない、優しい性格。しかし、幼少より戦闘教育を受けており、戦うことに躊躇することはない。  普段はたおやかだが、戦闘では苛烈であり、特に”悪”と認めた相手には明確な殺意を持って当たる。 「死んであの世で懺悔なさい!」(認めないとは言っていない) 「悪党に神の慈悲など無用よ?」(ないとは言っていない)  感情の起伏が希薄で、長命の種族であった故に、他者との深い関りは避ける傾向にある。加えて、怜悧であるため、冷たい人間と思われがちだが、その実、世話焼きな、所謂、オカン気質。  お饅頭が大のお気に入り  諸般の事情で偽名 ”力なき人々の力になること” ”悪には屈しないこと” ”あきらめないこと” ”仲間を信じること” ”約束は絶対に守ること” 5つの誓いを胸に、学園での日々を過ごしている
《1期生》アケルナー・エリダヌス
 ローレライ Lv20 / 勇者・英雄 Rank 1
目元を仮面で隠したローレライの旅人。 自分のことはあまり喋りたがらない。適当にはぐらかす。 ふとした仕草や立ち居振舞いをみる限りでは、貴族の礼儀作法を叩き込まれてるようにもみえる。 ショートヘアーで普段は男物の服を纏い、戦いでは槍や剣を用いることが多い。 他人の前では、基本的に仮面を外すことはなかったが、魔王との戦いのあとは、仮面が壊れてしまったせいか、仮面を被ることはほとんどなくなったとか。 身長は160cm後半で、細身ながらも驚異のF。 さすがに男装はきつくなってきたと、思ったり思わなかったり。 まれに女装して、別人になりすましているかも? ◆口調補足 先輩、教職員には○○先輩、○○先生と敬称付け。 同級生には○○君。 女装時は「~です。~ですね。」と女性的な口調に戻る。

解説 Explan

 学園長の魔法によって、妖刀・斬雨(きりさめ)の恩讐との直接対決が実現となりました。
 自称、最強剣士曰く、この戦いは討伐ではなく鎮魂であり、倒すための戦いではなく、理解するための戦いです。
 恩讐はヒューマンの平均サイズの人型ですが、獣が如く両手両足を突き、這う形で動きます。口に斬雨を咥えており、主な攻撃は咥えている刀による斬撃で、他には手で引っ掻く。蹴るなどの攻撃をします。魔法攻撃は使いませんが、人と獣を掛け合わせたような怪力の持ち主です。
 戦場は基本的に平野ですが、常に雨が降っており、くるぶしが浸かる程度の水が溜まっています。
 恩讐に対しては魔法攻撃よりも、直接攻撃の方が効果があります。
 攻撃魔法は誘導に使い、補助の魔法で直接攻撃する仲間を助けながら、時に回復魔法も掛けてやる、と言うのが最善の戦略になるかもしれません。
 恩讐と一度に対敵出来る人数に制限があるので、途中、援軍や援助は望めません。集まった皆様で相談し合い、やられてしまわないための作戦を立てましょう。
 恩讐は言語を操りはしませんが、言語理解能力はあります。
 挑発や誘導も可能ですが、彼の苦痛、死に対する恐怖を理解した事を伝えるために使っていただければなと思います。


作者コメント Comment
 お疲れ様です。
 戦闘エピソードで御馴染み、ちょっと有名な無名作家、七四六明(ななし むめい)です。
 前回のエピソードに続きまして、ハードな戦闘EXを用意させて頂きました。数で押す戦略の取れない難しい環境、手ごわい相手に苦戦するかと思いますが、皆さまなら必ずや達成出来ると信じております!
 募集枠は少ないですが、雨の怪物との決戦に向けて、是非ご参加頂ければと思います。


個人成績表 Report
エリカ・エルオンタリエ 個人成績:

獲得経験:207 = 172全体 + 35個別
獲得報酬:7200 = 6000全体 + 1200個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
鎮魂を成し遂げ、共に歩む力となってもらう

今まで戦ったり見てきた魔物を思い出し、彼らが生きるために全力で戦ってきた姿勢、強い意志、鋭い牙や爪、それを振るう怪力や猛烈なスピード、狩りの技術や、飛行、泳ぎ、走行、各種特殊能力、などを善悪は置いておいて、その凄さは素直に認めて評価する

まず防御拠点で前衛の周囲に防御フィールドを張る

負傷したものへは生命の息吹
必要に応じリーソルで回復

エーデンユートで毎ターン属性を変えた通常攻撃の魔法弾を放ち、最も効果的な物を見つけて以後、その属性攻撃を継続使用する
身体への直接攻撃の効果が薄い場合は、足元などを狙って体勢を崩す

自分への攻撃は妖精の踊りや身代わりうさぎで対応する

タスク・ジム 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:517 = 172全体 + 345個別
獲得報酬:18000 = 6000全体 + 12000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
金剛大先輩の教えどおりに
恩讐さんの攻撃を全て受け止め
その思いに同調する気持ちで剣を合わせる
【肉体言語】
【流水の構え】
【博愛主義】

斬れ、切れ、キレ――禍々しき呪いが自分を穢すのに応じて
「斬れ。それは、斬られたくないからだね
斬られて、痛かったからだね」

自分は初めてオークを目にした恐怖を想起
「僕もあの時怖かった…
斬られることは、そして斬ることは
こんなにも怖いことなんだね…」

<力を御し切るより前に、揮う力の強大さを理解しろ!恐ろしさを理解しろ!>
大先輩の教え
それが妖刀を動かすと信じて
「でも大丈夫一緒に受け止めよう
妖刀さん、力を貸してくれないか
怖いことには変わりないけど
僕と君、手を取り合えば、きっと…」



アルフィオーネ・ブランエトワル 個人成績:

獲得経験:207 = 172全体 + 35個別
獲得報酬:7200 = 6000全体 + 1200個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
前衛2,中衛1、後衛1のY字陣形


タスク・ジム、アケルナー・エリダヌスの後ろにつき、体力、気力、魔力の管理をする

【リーライブ/癒しの言葉/リーマナス/特級薬草】

エリカ・エルオンタリエの前につき、護衛。支援行動を阻害されないように努める。

自分はカカオポッドで回復


最初の内は攻撃せず、恩讐に十分に怨嗟を吐き出させる。回避はせず、部分硬質化を用いて、しっかり受け止める。

攻勢に転じるまでは、龍翼演舞・花で頑丈を上げ、攻勢に転じるときは強さを上げる。

前衛の剣士二人が、勝負を決めに行きそうなら、聖鎖陣や緋炎の閃光で、敵に動きを妨害し、確実に決められるよう支援。


「まぁ、一応、聖職者だから、鎮魂は得意分野よ?」

アケルナー・エリダヌス 個人成績:

獲得経験:258 = 172全体 + 86個別
獲得報酬:9000 = 6000全体 + 3000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
妖刀・斬雨の恩讐との交戦を通じ、恩讐を鎮魂・理解する

◆布陣
タスク君と私が前衛、その後ろにアルフィオーネ君、最後尾にエリカ君を配するY字型布陣で臨み、後衛へ敵の攻撃が届かないように動く

◆応戦
盾を構え敵の攻撃を受け流し、味方が付け入る隙を作るように耐え凌ぐ
基本は防護魔力を掛けた盾で攻撃を受け止め、後衛含む複数の者が巻き込まれそうな攻撃には、高貴たる行いで全体の損害を減らすように

後衛、ピンチの仲間が狙われそうなら我が身を盾にで庇い、誰も倒れさせない
敵の踏み込みが甘い攻撃なんかには、隙をみてシールドバッシュで反撃

板子一枚下は地獄
悔やんでも零れたミルクは戻らない

それでも……私はまだ、生きているんだ

リザルト Result

 鉛色の寒空から、冷え切った雨が落ちて来る。
 地平線と呼ぶべきか、水平線と呼ぶべきか。足首まで水の溜まった地面が限り無く、果てしなく続く世界に、遮る物は何も無い。
 本当にこの風景がかの妖刀の中なのだとしたら、何と寂しく、納得出来てしまえるほど悲しい事か、表現するために必要な語彙が見当たらない。
 強いて言うなら、目の前で唸る人型の獣の咆哮が、どこまでも響き渡りそうな虚無の空間。決して満たされる事のない、空の心。
「タスクさん、しっかりして下さい」
「鎮魂してやるために来たんでしょ?」
「……はい」
「やるよ」
 【エリカ・エルオンタリエ】と【アルフィオーネ・ブランエトワル】の言葉に鼓舞され、隣に立つ【アケルナー・エリダヌス】に肩を叩かれる。
 降り頻る雨の中、【タスク・ジム】は番傘を広げる事なくゆっくりと持ち手を握り締めて、精錬かつ鋭利な刃を抜いた。
「皆さん、ご協力をお願いします」
 一歩、獣が歩を進める。
 タスクとアケルナーが並び立つ後ろにアルフィオーネ。更に後衛にエリカのY字陣形。
 本来ならばエリカの魔法攻撃や、アルフィオーネらの支援を警戒し、早めにそちらを叩くべきだろうが、獣にそんな深い考察が出来る程の思考回路はなく、さらに言えば、前に出て来ない相手になど興味さえなかった。
 虚空へと繋がる穴の如くぽっかり空いた二つの丸が、一本の刃を見つけた瞬間、体勢を低く保ったまま、四足で駆け出した。
 口に銜(くわ)えた妖刀が、冠した名の通りに雨を斬りながら迫る。
 応じて前に出た二人のうち、刀を握るタスクへと真っ直ぐ向かって行った獣の一撃を、アケルナーが盾で防ぐ。
 盾を足蹴に高く跳躍した獣が、側面よりタスクを狙って迫る。
 が、炎へと属性を変えたエリカの魔法弾が目の前に着弾。高い水飛沫と水蒸気を上げて、獣の視界を塞ぐ。
 だが獣は、すぐさま水蒸気を切り裂いて来た剣撃に反応し、己が剣で防いでみせた。
 自分の剣を弾いて跳び上がる獣の虚ろに見入られながら、タスクは走る。
 跳んで跳ねて走って回って、自在に振るわれる獣の剣撃を、タスクは完全とはいかずとも、ほぼ見切れていた。
 首、手首、心臓、横腹――的確かつ執拗に、急所を狙う剣は先が読みやすい。
 膂力の違いに押されそうになるが、真正面から受け切って、受け止める。
 圧し掛かる剣の重さが、かつて獣を斬った剣の重さ。
 腕を走る痺れの数倍の痛みを伴い、乱される呼吸で締め付けられる肺の数倍に及ぶだろう苦しさを味わいながら死んで逝った、恩讐の塊。その一部が、剣を銜えて襲って来る哀しき皮肉。
(力を御し切るより前に、揮う力の強大さを理解しろ! 恐ろしさを理解しろ! 泣け! 喚け! 震えろ! 臆せ! しかし拒むな、理解しろ!)
 かつてまともな武器も持たぬ頃、未だ勇者として駆け出しでさえなかった頃、巨大なオークと対峙した。
 巨大な体で、巨大な戦斧を振り回す怪物は恐ろしかった。街の人達を守るため、一生懸命に立ち回ったけれど、戦える力を持つ人達に憧れて、怪物を倒した人達を羨みさえした。
 月夜の試験では、風を纏う刺突にて、あらゆる敵を貫き穿つ、先輩の技に憧れ、真似た。
 結果、オークに立ち向かう事さえ出来なかった少年は、タスク・ジムと言う、一人の力有する者へと成長を遂げた。
 しかし同時、その手にはより強力な獣、魔物を屠り、滅する力が握られていた。
 立ち向かう勇気を持てるようになりながら、勇気の根源たる自分の力に怯えるなんて、指摘されなければ気付けない。
 故にタスク含め、誰もが強くなっていく自分の力に対しての感動や感傷を希薄にしていった者達を責める事は出来ないし、必要もない。
 自分達が強くなる事で、守れた命や財産、貴い何かがあったはずなのだから。
 故に今、タスクが対峙するのは本来対敵する事のない裏の側面。
 守るべき貴き何かのため、屠った邪悪が遺した怨念と恩讐の化身。ほんの一部分でも、対峙すれば充分に伝わって来る殺気には、恐怖以上に悲しさがあった。
「タスク! 何をボーっとしているの?!」
 アルフィオーネの言葉で意識が覚める。
 恩讐から悔恨の呪いでも掛けられたのか、意識が薄まっていたところに迫り来る獣を、横から入ったアケルナーの盾が突き飛ばした。
「どんな大義名分を掲げようと、命を奪う行いを正当化なんて出来ない! けれどわたし達は、今まで力のない人々の命を、未来を、守ってきた! 戦ってきた! 為すべきことをしてきた! わたしはそう信じてる! だから怒りだろうと、憎しみだろうとぶつけられても耐えられる! あなただってそうでしょう! だから立ち上がりなさい! しっかり剣を持って、受け止めなさい! そのために来たのでしょう?!」
 アルフィオーネの言葉に殴られて思い出し、気付く。
 自分が今、目の前の獣に同情していた事に。
 痛かっただろう、苦しかっただろう、辛かっただろうと同情し、緩んでいた涙腺を頬を叩いて締めて、溢れる前の雫を拭う。
「タスクさん」
 タスクを呼んだエリカは、何も言わない。ただ無言で見つめるだけだ。
 人も獣も魔物も同じ。生まれた以上、生きたいと願うは自然な事。自然の摂理に従えば、弱き者が食われ、強き者が残るのもまた摂理。
 しかし同じ命である以上、弱者だろうと強者だろうと、如何なる理由があろうとも、命を奪われれば悲しみや怒りが生まれ、死に逝く命は怨念、遺恨を残していくのもわかる。
 ただ自分達には、戦わねばならない理由があった。彼らを蹴散らしてでも、進まねばならぬ理由があった。自分達は、守るために多くを犠牲にしなければいけない生き物であった。
 だから――。
「……同情するな、同調しろ! 受け入れ拒むな、理解しろ! タスク・ジム! わたし達は、払った犠牲を無駄にしてはならない! 払った犠牲に対して、恥じない戦いをしなければならない! それがわたし達の責任だ!」
 らしからぬ口調。らしからぬ言葉。
 しかし聞き覚えがある。つい最近、受けた言葉だ。彼女はその場にはいなかったはずなのに、演じるわけでもなく、再現するでもなく、言の葉の詩に乗せて力強く訴えてくる。
 そうした言葉を投げかけてくる彼女の目にも、溢れる物を感じたが、生憎と雨の中ではわからない。
 が、誰かの威を借りて発せられたエリカの言葉は、降り頻る雨粒の冷たさよりも深く体の芯を穿ち、乱れ荒れかかっていたタスクの胸の内を、凪の水面が如く穏やかにさせた。
「いけるか、タスクくん」
「……はい。さっきはありがとうございました、アケルナーさん」
「構わないさ。私もあれに、何も感じないでもないからね」
 もう大丈夫、と後方の二人にも一瞥程度に微笑を配って、タスクはアケルナーと共に獣に向き合う。
 盾に突き飛ばされた衝撃で混沌としていた意識を覚醒させた様子の獣は、ゆっくりと自分に切っ先を向ける刃に対して、黒い瘴気じみた物を放ちながら、二足で立ち上がって咆哮した。
「行きます!」
「あぁ!」
「……揮う力の強大さを理解しろ! 恐ろしさを理解しろ! その理解が、刀に籠る念をも動かす! 動かしなさい! かの刀の怨念を!」
 強者の威を借り、より力強さを増した言葉が、二人の背中を押すように突き動かす。
 雨を斬って跳び掛かって来る横殴りの一撃をアケルナーの盾が受けると、弾かれた勢いで舞い上がりながらアケルナーの背後へと着地した刃を、間に入ったタスクが受けた。
 後ろに跳んだ獣の周囲を囲うよう、エリカの魔法弾が足元に被弾。高い水飛沫を上げ、一瞬だが視界を遮る障壁を張る。
 直後、障壁を突き破って迫る雷属性の魔法弾を獣が両断。背後からアケルナーが盾で突進し、吹き飛ばす。
 弾かれ、飛ばされた獣はそのままの勢いで邪魔な魔法弾から消してやらんと、エリカに向けて走り始める。
 より一層の禍々しさを帯びて、触れる水面を両断しながら走る妖刀の前に、部分硬質化で腕を固めたアルフィオーネが、龍翼演舞・花にて躍り出た。
 刀と鱗とが衝突し、一瞬だが二人の間で雨が弾け、足元の水が波紋を広げる。
 だが両手の爪でアルフィオーネを押さえ、体を側転させて打ち込んだ執拗な一撃が、硬質化したアルフィオーネの腕にわずかながら入った。
 が、アルフィオーネはより腕を固くして、追撃の刀を受ける。
「どうしたの? まさかその程度? もっと来なさい、吐き出しなさい。あなたの怒り、憎しみ、恨み辛み全部!」
「月下、白刃――!!!」
 更なる追撃のために振りかぶった一瞬を、タスクが突く。
 水面を幾度も後ろに転がりながら、水の底に爪を突き立てて止まった獣へと、間髪入れずにタスクが攻める。
 獣の空洞が周囲に一瞥を配り、薬草を食べるアルフィオーネをエリカが診て、二人への攻撃が来ないようアケルナーが盾を構えて守っているのを確認すると、獣の体は狂喜乱舞とばかりに舞い上がった。
 今ここに邪魔者なし。
 猛る心が胸中にて躍る。流れる血潮が激昂で沸き立つ。
 切る、斬る、殺(キル)――今こそ此の怨、恩讐を斬り払わん。
 獣の心と繋がっているかのように、雨脚が増す。風を纏いて暴雨と化し、獣は、妖刀に暴雨を纏わせ駆け抜ける。
 吹き抜ける横殴りの暴雨に対し、タスクは流水の構えで迎えた。
 爪と蹴りとを繰り出しつつ、出来た大きな隙間目掛けて妖刀を振る。耳元を通れば風切り音が聞こえてくる爪と蹴りを受け流しながら、妖刀による一撃は露払う剣にて受ける。
 両の爪を鋭く伸ばした獣が片脚で立ち、コマのように回転。爪と刀が織りなす回転のこぎりの攻撃を、タスクは両脚に全力を込めて踏ん張り、幾度か押されながらも受け、回転を止めた。
「晴天灰陣……月下、白刃――!!!」
 攻撃を止められ、無防備に空いた懐をタスクが突く。
 鉛の空に風穴を開けんと繰り出された刺突が獣を突き飛ばしたが、着地した両手で高く跳ねた獣は両脚でしかと踏ん張り、飛ばされた先ですぐさま態勢を立て直してきた。
 ほんのわずか、一瞬の交錯。
 タスクが仕留めるより前に、間一髪で妖刀が攻撃を受けたのである。
 より一層の恩讐と憤怒を暴雨に変え、駆け抜ける獣が再び仕掛ける。斬撃を受けたタスクの籠手を掴みながら、頭の上を跳び超えて引き倒す。
 背中から倒されて半分沈んだ鼓膜が絶叫を捉えた直後、両断すべく振り下ろされた妖刀を転げて躱し、追撃の刺突を刀で受けるが、刺突の勢いのまま頭突きされて、尻餅をつく。
 間髪入れずに上から圧すように繰り返し出される剣撃を、耐えたタスクは自ら仰向けに倒れた勢いで脚を上げ、水を蹴り上げて獣に掛け、一瞬出来た空白で距離を取った。
 直後、エリカのフムスが獣に圧し掛かり、アケルナーが盾で突進し、吹き飛ばした先にいたアルフィオーネの硬化した拳が殴り飛ばす。
 高い水飛沫を上げて落ちた獣には一切の硬直無く、雨足共に速度を増して迫り来る。
 くるぶし程度しか浸っていない水の高さは変わっていないのに、獣が疾走した余波が揺れ重なって、次第に大きな波となって追って来た。
「任せてくれ」
 輝ける盾を深々と突き立て、魔力を流す。
 アクラ、アクエラの要領で水流を操作。同じ規模の波を作り上げ、真っ向からぶつけて相殺した。
「昔あるところに、政争に巻き込まれて育ての親を喪った令嬢がいた。いずれは誰しもが死という結末を辿るのに、抗えない力に組み伏せられた未練、恐怖、絶望……そう言ったものが怨念とやらに化けるなら、彼女も共に果てていれば、君と同じになっただろうか」
 高く上る水飛沫を両断。迫る刃を受け止めて、弾き返す。
 弾かれた獣は低く唸り、弾いた男装の麗人は、面の奥にある双眸を悲し気に細める。
 生者と亡者、その境界は一体どこで、何なのか。その差は些細なものなのか、天と地ほども離れた雲泥の差なのか。
 ただ確かな事は、亡者の未練を果たし、報いられるのは生者のみ。ならば――。
「すべて受け止め、受け返し……押し通る!」
 それが、今を生きる者の責務。
「龍翼演舞・鳥!」
 水面ギリギリを滑空し、鉛色の空へと飛翔するアルフィオーネの舞いを背に、アケルナーは自ら攻めに出た。
 盾を突き出す形で突進。刀で受け止められると盾を押し出しながら自分は下がり、両手を水へ。浸した手を伝った魔力が水流を生み出し、盾を押し退ける獣へと鎌首をもたげて伸びる。
 攻撃を回避しながらも隙を見つけ、斬りかかって来た獣の一撃に掠められながらも、拾い上げた盾で致命傷は避けつつ、追撃のためにターンして来た獣にわざと背を向け、誘う。
 絶好の的を見つけた獣の空洞の端がそれを捉え、逡巡した事で生まれたわずかな隙を突いたタスクの斬撃が、ついに獣の体を確実に捉えた。
 斬られた獣の体が、二手に水を分けながら転げて回る。自ら跳び上がって腕から着地。血の代わりに粘着質な黒いヘドロのような物が切り口から垂れて、流れ落ちた箇所から侵蝕するように水を濁らせていく。
 憤り震える体は熱を持ち、激しい豪雨の中で刀を銜える獣の口から、白い熱気が噴かれた。
 直後、獣が跳ぶ。
 水面と平行に滑空するように跳んで、タスクへと肉薄。ガードするため繰り出された刀を押し退け、弾き、タスクより深い傷を刻み込む。
 甲冑のお陰で致命傷にこそ届かないものの、斬られた衝撃で一瞬ながら硬直したタスクの全身を、舞う様に繰り出された斬撃の応酬が斬りつけた。
 籠手、鎧、足甲と、妖刀に斬られる度に防具としての役目を果たせなくなって、傷付き、出血して体力を減らしていくタスクにとっての重しに変わっていく。
 すかさずアケルナーが横から盾で入ったが、さすがの獣も幾度も喰らえば学習はする。盾での突撃を翻って躱しつつ、回転しながら、鎧の隙間を的確に斬りつけ、振り返ったアケルナーの顔を斬り上げる。
 目を守った面が斬り落とされ、縦一閃された傷が顔を縦断。倒れるアケルナーへと追撃する獣の側面からエリカのフドが直撃。吹き飛ばされた獣が上げた視界を放たれた魔法弾が上げる水の壁が遮った直後、アルフィオーネの額から放たれる緋炎の閃光が壁を貫き、妖刀で受けた獣を吹き飛ばした。
「しっかりしなさい、あなた達!」
「すみません」
「助かるよ」
 駆け付けたエリカがリーソルで、アルフィオーネがリーライブで、タスクとアケルナーを回復させる。
 両断された面を一度は拾いながらも放り捨てたアケルナーは、憤怒に震えて瘴気を燃やす獣へと向き直りながら、盾を杖代わりに立ち上がった。
「段々と、私達の動きを学習し始めたな。時間が経てば経つほど、こちらが不利だ。鎮魂どころではなくなる」
「最悪撤退する事になっても、ここは精神世界……殺される事はないでしょうけれど、あれが驟雨と同じなら、次回以降は学習した経験を吸収して、ますます強くなっているはずです」
「なら、ここで確実に決めるわよ。そうでしょ、タスク」
「えぇ。もちろんです」
 傷は消えた。痛みも和らいだ。
 が、獣は未だ、タスクの与えた傷を痛がり、黒いヘドロ状の体液を流している。
 差し伸べられる手も無く、駆け付けてくれる友も仲間も無く、助けも回復の術も無い獣が怒りに震え、恩讐を剥き出しにする姿が、体を蝕む痛みを忘却するために見えて来た時、タスクは、一つの決心を固めた。
「……エリカ部長。アルフィオーネさん。アケルナーさん。僕の我儘を、聞いて頂けませんか」
 雨足が増す。
 風を巻き込み、鉛色の雲を絡め取り、一粒一粒が大きさと重量を増す。
 雨粒一つに重さも大きさもあったものではないが、無限と表現してさえ支障のないだろう強さの雨の中では、重なり合った雨が服を濡らして、体に絡み付くようにして重量を感じさせていた。
 ただ一人――いや一匹、獣だけは雨の質量などまるで無関心で、目の前に広がる光景そのものに気付いてすらいない。
 刀、刀、刀。
 ひたすらに、虚ろの空洞は怨敵にして我が身たる刀だけを見ている。己が口で銜えて握り、体に深々と刻み込まれた刀。
 忌まわしき刃。憎むべき刃。
 自分を殺した刃。自分ではない何者かを殺した刃。誰もが当然のように持ち、命を奪うために振るわれる刃――怨。永劫、怨敵にして宿敵也。
 腹立たしい。忌々しい。憎ましい。
 此の身、此の腕、此の脚、この刃――仮ながらも存在する五臓六腑の幻影が、憎しみと憤怒とで満ちている事で生じる多大なる不快感。
 極まりない不愉快が体を痙攣させ、熱を帯びさせ、白い息を吐かせる。
 刃(てき)は、回復したか。
 ならば、次は首だ。頭だ。心臓だ。自分達を殺して来た刃、刀、剣を殺し返す。
 来るか行くか。来ないなら行く。来るなら迎える。
 斬って、切って、きって、斬って切ってきって斬って切ってきって斬って切ってきって斬って切ってきって斬って切ってきって斬って切ってきって斬って切ってきって――絶つ。
 刃を振るう腕、命を奪ってきた腕、追いかけて来る足、逃げる足、向かって来る心、それらの根源たる命を絶って、終わらせる。
 それでも心に平穏無く、満たされる事も無い。
 空はいつまでも晴れ渡る事無く、水は満ちる事も乾く事も無く、湧き上がる殺意と憤怒のままに動き、戦い、斬る事しか頭にない。
 斬る、切る、殺(キル)。
 いくら殺そうとも、殺したりぬ。
「メ・クァラフォ……」
 魔力の収束を確認。両手を突いて低く構える。
「スィガディル!!!」
 眼前に収束した白き閃光が、低く身構えた獣の頭上を抜けて、後方で爆ぜる。
 光線で牽制したアルフィオーネは印を結び、足元に魔法陣を生成。現出した金色の鎖が、荒ぶるように天へと伸びて、折り返して落ちる。
 鎖の隙間を掻い潜り、駆け抜ける獣を捕まえんと追いかける鎖を足蹴にして跳んだ獣を、エリカのフムスが上から圧す形で捉え、鎖が獣の脚に結ばれる。
 アルフィオーネは鎖を操作。高く持ち上げてから振り回し、生まれた遠心力で以て投げ飛ばして、叩き付けた。
 叩き付けられた獣の周囲に魔法弾が炸裂。高く上がった水飛沫が、意思を持ったかのように渦巻き、獣が落ちた場所を中心として水が退く。
 うねる水飛沫が天蓋となり、ドームが完成すると、水を操るアケルナーの側で、疲労困憊と言った様子のエリカが尻餅をついた。
「大丈夫かい」
「はは……さすがに、魔力がもう限界ギリギリ。だから、後は託すわ」
「ほら、あなたも人の心配してないで、ドームの維持に集中しなさい。あなたがしくじったら、精神世界とはいえタスクが溺死するでしょう?」
「……あぁ、わかっているさ」
 癒しの言葉とは思えないちょっとした脅迫とありったけのリーマナスを受けて、アケルナーはアクラとアクエラの維持に徹する。
 渦巻く水流は強固な障壁と化し、獣の脱出を許さない。
 そんな獣と共にドームの中に立つ、剣士一匹。
 開かれた赤き番傘の下、異色の双眸が送る視線が獣を振り返らせる。
 床に爪を突き立てて唸る獣に対し、閉じた番傘を捨てて雨に濡れる刀剣を晒して立つ男は、悲し気に微笑んだ。
「もう、終わりにしよう。これ以上は、君が辛い」
 言い切ったタスクを断ち切って、命絶とうと獣が吠える。
 降り頻る雨斬る妖刀振り被り、命をば寄越せと見得を切るが如く、虚ろの眼を見開き睨む。
 対峙するタスクは刀で横一閃に振り払い、下から空を衝かんと斬り上げて、自分と周囲にわずかばかり残した水気を切る。
 二色の双眸が細められて、鋭く絞られた眼光が怨、祓わんと光る。
 前髪にほんのわずか残った水滴が目蓋に垂れて、涙のように頬を伝うが、タスクは一切拭おうとしない。
 今ここで拭うは、視界を遮る水滴ではないからだ。
「フトゥールム・スクエア、タスク・ジム! いざ!」
 仕掛けたのは同時だった。
 払った一撃はぶつかり合い、囲う水の壁に波紋を刻む。
 刃同士が擦れ、軋むように鳴くが、両者共に退こうとしない。
 やがて獣の爪が防御力をほとんど失った籠手を掴み、腕に突き刺さって骨が軋む。
 咄嗟に脚を繰り出して蹴り飛ばし、距離を取らせたが、直前に開いた距離で振られた妖刀による斬撃が、追撃となって爪を突き立てられた腕を斬り裂いた。
「痛いな……やっぱり、斬られるのは――!」
 獣が迫る。
 刀の大振りで距離を取らせながら、一挙に距離を詰めて来て、爪の攻撃による応酬で隙を奪いに来る。
「激しいな。でもそれは、斬られたくないからなんだよね。わかるよ! ――斬られたら、痛いものね」
 薙ぎ払った剣撃が、十指全ての爪を一度に割り砕く。刀を銜える口を苦痛に歪ませた獣へと距離を詰めたタスクの斬り上げを後ろに跳んで躱した獣は、追い来る剣を躱してまた、今度はより距離を離すように跳んだ。
「僕も怖かったんだ。怖かったはずなんだ。だけど忘れてた。とても単純で、簡単な事なのに……斬られる事は、斬る事は、怖い事なんだって」
 何を今更。
 獣は、そんな顔をしていた。
 だが同時、タスクに対する評価を改めていた。
 無論、良い印象など皆無だ。純粋に敵として、強さのランクを改めねばと思っただけの事。
 一対一になって、仲間に配慮する必要が無くなったからか。責任の全てを己が剣に全て賭けたための、背水の陣たる覚悟故か。
 何にせよ、一対一になってから、タスクの剣筋一つ一つのキレが増した。攻撃は見切られ、反撃された挙句、攻撃の術を奪われた。
 だが、それこそ何を今更。
 敵が斬り返して来る事など当たり前。気持ちの切り替えで劣勢を優勢に引っ繰り返し、返り討ちにしてくるのも珍しい事ではないと、獣を構築する恩讐の数々が訴える。
 そう、今更なのだ。何もかもが。
「――!」
 禍々しく、怪しい青で輝く妖刀が風を切る。
 振り払って繰り出された斬撃が水の塊と化して、タスクへと飛んだ。躱したタスクの後ろで、ぶつかった水の壁に一瞬だが穴が空く。
 が、動揺したのはほんの一瞬。次の瞬間には、タスクは右へ左へ動き回りながら、獣へと肉薄し始めていた。
 獣は近付けさせまいと、更には仕留めた一瞬で斬り伏せようと、幾度となく刀を振って水飛沫を放つ。
 動く的には当て難いと考えているのなら、数で押すだけの事――そう考えていた獣の予想と予測を超え、タスクは更に加速。ウィズマ・アーダとセイズ・マ・バーストを掛け合わせて作り上げた巨大かつ鋭利な斬撃が、肉薄していった勢いそのままに獣の片腕を奪い取ったのである。
 作戦も何もあったものではない。
 不屈の心と晴天灰陣とで、ただ耐えるだけ。必要最小限とはいえ、ダメージを受ける事前提の突貫攻撃。
 死にたがり、蛮勇と揶揄されても仕方のない覚悟と無謀の二律背反を成立させた一撃は、盾や防具で身を守り、武器を手に襲い来る人間を知る獣からすれば、完全に不意を突かれた一撃であった。
「こんなものじゃ、ないんだよね……君達が受けた傷は、君達を、殺したんだ……だけど、痛かったよね。怖かったよね……ううん。怖いんだよね、今も、ずっと、怖いんだ。痛いんだ。だから怒ってるんだ。やっと、理解出来て来た気がするよ」
 だが、そのために消耗し過ぎた。
 外の様子は確認出来ないが、アケルナーももう限界が近いだろう。
 自分のためにも、仲間のためにも、短期決戦で一気に決める。
 そして獣も、片腕を奪われた事で短期決戦を強いられる。
 口から刀を落とした獣はもう片方の手で握り締め、体勢は低く、重心を前に傾けて攻撃の態勢に入った。
「晴天灰燼月下白刃……いや!」
 晴天灰陣で耐えられるだけの余力も無いし、カウンターで仕留められなければ終わりだ。
 かと言って、あの人の技が真似出来る訳でもない。が、かつてただカッコいいからと真似た昔とは違う。偉大なる敬意と尊敬で以て、叫ぶ。
「心刀(しんとう)、滅却(めっきゃく)……!!!」
 目の前の獣にだけ意識を集中。
 獣が繰り出す乱雑な斬撃に応じ、タスクも一歩も退かず連撃で応じる。
 互いに斬り、斬られ、弾き、弾かれ、打ち、打たれ、それでも絶対に退きはしない。
 どちらが先に崩れるかの耐久戦。意地と意地のぶつかり合いに発展していったが、長く続かない事もわかっている。故に、獣が仕掛けた。
 タスクの斬撃をわざと受けて捕まえると、改めて口で銜えた妖刀で斬り上げ、タスクの体に縦一閃の傷を刻み、赤い閃光を弾かせる。
 ついに一歩、タスクがよろめく形で下がった。
「タスクさん!」
「タスク!」
「タスク君!」
 引いた一歩を前に出し、獣に頭突きを喰らわせる。
 心頭滅却。頭突きによってほんのわずかの間だけ覚醒した頭が、獣の手から刀を奪い取り、構えさせた。
「心、刀、滅、却!!!」
 袈裟斬り。斬り上げ。唐竹。一文字。そして、刺突。
 全ての剣撃を一息の中で繰り出し、打ち込む。剣撃はすべて峰打ちだったが、鉄の棒で殴打されているのと変わりは無く、頭突きの衝撃も合わさって、獣の口からついに、刀が落ちた。
 それでも踏ん張り、倒れまいとする獣。
 しかし、反撃する余力などあるはずもなく、立っているだけで精一杯。次の瞬間には、とどめの一撃が振り下ろされる光景が想像出来てしまえて、ほんのわずかに残った余力で、悔しく歯を食いしばる事くらいしか出来なかった。
「これで、終わりだね」
 怨。
 許さぬ。決して、決して許さぬ。
 怨。
 人よ。愚かしくも強い者達よ。恩讐は果てぬ。怨念は潰えぬ。ここで獣倒れても、次の機会あらば、新たな恩讐、怨念が現れ、抗い、殺すだけ。
 故に、人よ喜べ。おまえ達の勝ちだ。だからあれに殺されて、死ね――。
「――」
 獣は――獣を構築する恩讐と怨念が、一瞬だが思考、行動共に停止した。
 振り下ろされるはずの留めとなる一撃は来ず、代わりに刀を捨てたタスクが、力強く抱き締めて来たのである。
 刀は落としているし、爪も砕けた。蹴るだけの余力も無い獣は、そのまま抱き締められる。
と同時、二人を囲っていた水のドームが風船のように弾けて、激しい水飛沫が降り注ぎ、足元に遮られていた水がなだれ込んで、ますます動けなくなってしまった。
「……痛かったよね。怖かったよね。僕も怖いんだ。痛いんだ。みんな、君の痛みを知ってるよ。でも、ごめんね。僕達には守りたい物がある。守りたい人達がいる。君達にとっては理不尽だろうけれど、僕らもこの理不尽を受け入れる。君達の犠牲は、君達の死は、決して忘れない」
 馬鹿にするのも、大概にしろ。
 決して忘れない。そう宣った今を、忘れない保証があるものか。
 仮に忘れなかったとして、他の奴らが同様の志を抱く保証などあるものか。
 怨念は知っている。恩讐は知っている。嬉々として自分達を斬る者達がいる事を。わざわざ自分達を狩りに来る者達がいる事を。だから自分達が生まれた事を。
 だが、知っている。
 今、己が虚ろの空洞を埋めんと溢れ、濡らす雫の正体を。
 かつて流したような気もするし、すでに枯れたと思っていたが、未だ残っていた大粒の涙が、雨を受けて大粒になり、頬を伝って流れ落ちる。
 獣は両膝を突き、顎を震わせながら涙する。その顎でタスクの首筋に噛み付く事も出来たはずなのに、そんな事など忘れて泣く。
「大丈夫。僕らが一緒に受け止める。だから、残った君の怨念も、一緒に受け止めよう。そのための力を貸して欲しい。君にしか、頼めないんだ」
 エリカは祈っていた。
 アケルナーは、肩で息をしながら見守っていた。
 アルフィオーネは、鎮魂の祝詞を捧げていた。
 降り頻る雨は止む事無く、鉛の空が晴れる様子はない。光が垣間見える瞬間さえ無く、冷え切った水の空間からは、四人の姿しかなかった。
 気付けば、タスクが抱き締めていた獣の姿は無く、代わりに獣の変わり身である刀身が、深々とタスクの前で突き立って、雨に濡れる刀身でタスクの姿を映していた。
「鎮魂、出来たの……?」
「さぁ。わたし、一応は聖職者だから祈ったけれど、わからないわ」
「だけど、一つだけ確かなのは……私達、いや、タスク君が勝ったという事だ」
 妖刀、斬雨を掴み取り、立ち上がったタスクは雨空を仰ぐ。
 みんなと同じで、彼が納得してくれたのか、力を貸してくれるのか、確証は得られていない。
 ただ、つい直前まで抱き締めていた刀を取った今、痛みでも苦しみでもない感情が、溢れて来る。
「タスクさん。大丈夫ですか?」
「エリカ部長……はい。幸い、そこまで大きな怪我は――」
「いえ、そうでは、なくて……」
「あぁ。そう、ですね……これは、雨ですよ。はい、雨です」
 学園長の魔法が解除され、四人の意識は現実の世界へと帰っていく。
 徐々に離れていく世界からは、冷たく静かな雨音がずっと、ずっと、鼓膜にこびり付くくらいに聞こえていた。



課題評価
課題経験:172
課題報酬:6000
慈雨の奏でる鎮魂歌
執筆:七四六明 GM


《慈雨の奏でる鎮魂歌》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 1) 2021-07-01 16:46:53
賢者・導師コースのエリカ・エルオンタリエよ。よろしくね。
戦闘についてはサポートメインになると思うわ。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 2) 2021-07-02 08:22:04
勇者・英雄コースのタスク・ジムです!
よろしくお願いします!

妖刀との精神戦をどう制すか、まずは己の心の在り様をどうするか・・・
と、小難しいことを考えてたのが吹き飛ぶような意外な展開ですね!
校長先生の魔術はすごいです!!

とはいえ、「鎮魂」と明示されているからには、
倒すよりも先に、相手の「恩讐」を受け止め、共感することでしょうね。
大先輩のお言葉「同情ではなく同調」というのもヒントになります。

具体的には、まずは、恩讐さんの攻撃を全部受けきること。
そっから先をどう展開するかが、悩みどころです・・・

部長さんがついてて下さる(私信:今回もよろしくお願いします!)
とはいえ、剣士一人では不安です~~~どなたか参戦を~~~!!

《1期生》 アケルナー・エリダヌス (No 3) 2021-07-02 23:36:57
やあ。私は勇者・英雄コースのアケルナー。よろしく頼むよ。
同調か……まあ、両手盾か片手盾で守りを固めて、後衛に攻撃が及ばないようにしたいね。

《幸便の祈祷師》 アルフィオーネ・ブランエトワル (No 4) 2021-07-03 02:15:32
教祖・聖職専攻のアルフィオーネ・ブランエトワルです。どうぞ、よしなに

剣士が二名揃ったので、わたしも後ろに下がりますね。まぁまぁ丈夫な法なので

Y字陣形を提案しますが、いかがでしょうか?


1 2
 3
 4 


《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 5) 2021-07-03 08:07:56
アケルナーさん、アルフィオーネさん、よろしくお願いします!
お二人が来てくださって心強いです。良かった~~(安堵)

前線が僕だけでは、部長さんを守り切れないかもしれないので!
(↑唐突に始まる部活の先輩後輩ロールプレイ)

陣形は、アルフィオーネさんの案に賛成です。
アケルナーさんが盾での防御を固めて下さるなら、
僕は、拳で・・・もとい、「剣で」恩讐さんと語り合うことに
専念してみることにしましょう!

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 6) 2021-07-03 08:15:08
今、個人レベルで考えている作戦は・・・

ゴホン。ちょっぴり、メタ失礼しま~す

前回の金剛大先輩の「鎮魂、弔い、同調」に関するセリフをなぞる形で
アクションを形成することで、
そのような意図を理解したうえで戦闘に臨んでいることを
GM様にもアピールしつつ、
同GM様の過去エピでタスクが死にかけたようなやつを引き合いに出して

「辛かったね…僕もあの時辛かった…
斬られることは、そして斬ることは、こんなにも怖いことなんだね…
でも大丈夫一緒に受け止めよう、妖刀さん、力を貸してくれないか
怖いことには変わりないけど、僕と君、手を取り合えば、きっと…」

みたいな流れを考えています。

皆さまからも、何か有効だったり斬新だったりするアイデアがあれば
教えていただけたら助かります!

《1期生》 アケルナー・エリダヌス (No 7) 2021-07-06 13:03:52
発言に間が空いて申し訳ないね。
布陣については、メンバー構成も考えるとY字型がよさそうだね。賛成するよ。

作戦と言うか、戦闘に臨む際の考えと言うかは微妙だけど。
数年前、あるところに、政争に巻き込まれて……育ての親を喪ったお嬢さんが居たそうだ。
彼女も一緒に倒れてたら……怨念の側に居るのかもしれないね。

何が生者と亡者との境を分けるのか。
それは些細なものかもしれないけど……結果には雲泥の差がある。

結局は、いずれは誰しもが、死という結末に行き着くのにね。

抗えない力に組伏せられた未練、恐怖、絶望様々な感情の坩堝が……怨念とやらに化けるのやら。
残念ながら、私は未経験なんでわからないがね。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 8) 2021-07-06 19:23:03
皆さん、出発直前に大変恐縮なんですが、ご相談です。

僕のプランは、以前書き込んだとおり、本日完成させたのですが、
かいつまんで言いますと

【事前調査】鎮魂の心構えを学び、自分の精神を内観
【流水の構え】攻撃はひたすら受け流す
【肉体言語】【博愛主義】でひたすら共感・同調
→「恩讐さん」の戦意喪失まで粘る

上記内容で600文字使い切っています。
そう、つまり、「攻撃」について、一言も書いていません。
(必殺技や種族特技に攻撃技があるので、全く攻撃できないわけでは
ないとは思いますが、プランには書いていない、という状態です)

僕は、前回の流れと今回のプロローグから、今回はこれだと判断してますが、
皆さん、どう思いますか?

随分悩みましたが、一緒に戦う以上、相談はすべきと思い、
恥ずかしながらご意見伺います。

皆さん3人中、お二人以上から「攻撃のプランを入れるべき」という趣旨の
ご意見をいただいた場合、プランを調整してそのようにしよう、と考えています。

また、Y字陣形やその他の作戦行動についても何も記載できなかったので、
たいへん申し訳ないですが、書ける方で書いていただけると助かります。

《幸便の祈祷師》 アルフィオーネ・ブランエトワル (No 9) 2021-07-06 20:09:05
陣形については、記載したけど、ここはやはり、最後は”勇者”に決めてもらおうって思っているわ。

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 10) 2021-07-06 21:11:23
夕日の河原の決闘みたいに、拳で熱い思いを相手に叩きつけることで
相互理解を深めるプロセスを経て、その後の共存を得る必要があるのではないかという仮説に基づくと、
最後は全力のクロスカウンターを放つ必要があるんじゃないかと思うので、
全く攻撃しないのはさすがにまずいんじゃない?
一方的に殴られて立ってられなくなりそうな気がするわ。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 11) 2021-07-06 21:38:19
なるほど、夕日の決闘でクロスカウンターですか!

では、その方向で調整してみましょう!

《1期生》 アケルナー・エリダヌス (No 12) 2021-07-06 22:46:13
そうだね。打たれるばかりでは芸がないだろうし、向こうも反撃しない相手では……案山子でも相手してるようなものだろうから、チャンスがあれば一撃くれてやる方がいいんじゃないかな。

ちなみに、私は今回は両手盾装備で、攻撃にはシールドバッシュを用意してるよ。