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シングル・ベルを鳴らさないで


ストーリー Story

「ピスタチオ食うか?」
 学園長室と表現されるときもあれば学長室とされるときもある。もちろん校長室だっていい。いずれにせよここがフトゥールム・スクエア創立者にして代表者の執務室であり、彼女が一日のかなりの時間をすごす部屋であることだけは事実だ。
 ドア正面の壁に大きな窓。三方を囲むのはアンティーク調の本棚や薬品棚、あるいは背の高いファイルキャビネット。重厚な執務机に肘をのせ薄笑みうかべ、窓を背にしてその人は座っている。
 もちろん彼女こそ、学園長【メメ・メメル】だ。
 もう一度書く。
「ピスタチオ食うか?」
 その日、呼び出され夕暮れ前に【ネビュラロン・アーミット】が、最初に聞いたメメルの言葉がこれだったのである。
 マホガニー材と思わしき重厚な執務机、その中央にメメルは木皿をツーッと押し出す。皿には、よくローストされたピスタチオがこんもりと盛られていた。
 木皿と同じ速度で音もなく、ネビュラロンの目の前に椅子が滑ってくる。彼女は座った。
 ネビュラロンはしばらく無言で皿を見つめていたが、さすがに押し黙っているのも居心地が悪くなったらしく口をひらく。
「豆、ですか」
「豆ではないぞ。ナッツの一種だ。うちの学園には豆にこだわりのある生徒もおるでな、そこらへんの区別はしっかりとつけておきたい♪」
「そうですか」
 見ず知らずの他人の噂話でも聞いているように、ネビュラロンは平板な口調で応じる。
 だがメメルの視線を得て、ネビュラロンは気のすすまない様子で左の手甲(ガントレット)を外し、ピスタチオをつまんだのである。
「いただきます」
 全身甲冑の教師、それがネビュラロンの基本イメージだ。しかしこのところ彼女は、ヘルメットを外して生活することが多くなった。多くなったというよりは、基本、授業中以外は外しているようだ。ときとして鎧すら着ないときもある。だが手甲だけは別だ。たとえ礼装であろうと、最低でも右手首から先だけは銀の装甲で覆っている。
 本日学長室にあらわれたネビュラロンは、やはり頭部以外は鋼で覆っていた。
 ガントレットの右手でナッツをささえ、左手で殻をはがす。
 ポリポリと音が立った。
 二粒だけ豆、もといピスタチオを咀嚼して、ネビュラロンは皿を押し戻した。
「ごちそうさまでした」
「義手、具合が悪いかね?」
「いえ、別に。ピスタチオの殻を取るような細かな作業は無理ですが、だいたいのことならできます」
「そうか。困ったことがあれば言ってくれ」
「はい」
 学園教師ネビュラロン・アーミットは異世界人である。
 元いた世界で、彼女は右手首から先を失った。右目の横から顎にかけ、ざっくりと残る深い刀傷も同じときにできたものだ。万事反応の薄い彼女だが、落魄の身を引き受け、魔法の義手すら与えてくれたメメルには感謝の念を抱いており、そのことはメメルも承知している。互いに気心は知れているつもりだ。
 だからといって、会話がはずむわけでもない。
 乾いた綿でくるんだような沈黙の時間が流れた。
「えーと……」
 メメルは会話の糸口をさがすように、視線をさまよわせ頬をかく。
 ネビュラロンは黙して待つ。その気になれば一ヶ月でも無言の行ができるネビュラロンである。
 もう何秒かしてようやく、メメルは咳払いして告げた。
「……ピスタチオを食べると、酒がほしくなるのう」
「かもしれません」
「一杯やっていいかね?」
 メメルは机の下から、大瓶を引っ張り出してごとりと置いた。透明の液体が四割くらい入っている。
「ご随意に」
 これが【コルネ・ワルフルド】だったら、「いま仕事中でしょ!」とか「アルコール依存症になりますよ! ていうかもうなりかけ!」とか怒鳴って酒瓶をひったくるところであろう。やりやすいなあ、とメメルは内心つぶやいた。
 メメルは戸棚からショットグラスをふたつ出す。
「ネビュラロンたんも飲(や)るかい?」
「いえ自分は」
 と彼女が返事するに先んじて、早くもメメルはふたつの盃を満たしている。
「乾杯」
「……どうも」
 ため息してネビュラロンは杯を手にして一口アルコールを口に含み、
「!」
 振り子のごとく全身を仰け反らせ前に倒した。
「なんですか、これは!?」
 ネビュラロンらしからぬ反応である。メメルはニヤニヤして、
「ウオッカだが?」
 早くも二杯目を手酌し、愛おしそうに香りを嗅いでいる。
「まるで劇薬です」
 ネビュラロンはグラスを執務机に置き手を触れようとしない。頬が赤いのは驚いたせいばかりではないだろう。
「それで、お話というのは」
「もうすぐクリスマスだな☆」
 言いながらもう、三杯目にとりかかろうとするメメルである。
「そのようですが」
「独り身(シングル)にはこたえる季節と思わんか」
「思いません」
「ジングル・ベルならぬ『シ』ングル・ベルなんつって」
「上手いこと言った、みたいな顔をしないでください」
 やけに冷ややかに聞こえた。
 それで、とメメルは前のめりになる。
「聖夜に先駆けて、独身者お見合いパーティーをしようと思ってな」
「もう帰っていいですか」
「それも今夜」
「今夜は急用が」
「悪いがもうエントリーしておる。ネビュラロンたんも☆」
「どんだけ聞いてないんですか人の話」
 私と、とネビュラロンは一拍おいてつづけた。
「見合いだのパーティだのしたい人がいるとは思えません」
 ネビュラロンにしては饒舌なのは、アルコールのせいかもしれない。
「よいではないか。皆でいい衣装(おべべ)着てメイクして♪」
「……で、そのさらし者になるのは他に誰がいるんですか?」
 さらし者とはキビしい言い方よなあ、とボヤいてメメルは指折りしてつづける。
「たくさんおるぞ。もちコルネたんもな。そもそもはコルネたんへの罰ゲー……イベントとして考えたものであるし。教師陣に学生たちにそれに……」
「学園長は?」
「オレサマはホレ、主催者だから高みの見物するだけであるぞ」
 しれっと告げたあたりからして、どうやらメメルの本心らしかった。
 いいでしょう、と言ってネビュラロンはショットグラスに手を伸ばす。
「学園長もさらし者になってくださるのであれば、参加します」
「マジ!?」
 ボンと爆発音がしそうなほど一気にメメルは赤面したのである。
「オ、オレサマ超恥ずかしいんですけど! ていうか平均年齢あげまくりになりそうだし泥酔できんし困るんだが……」
 ネビュラロンは無言でグラスを傾け、冷たい炎のような液体を喉に流しこんだ。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 2日 出発日 2021-12-26

難易度 とても簡単 報酬 少し 完成予定 2022-01-05

登場人物 4/4 Characters
《勇者のライセンサー》フィリン・スタンテッド
 ヒューマン Lv33 / 勇者・英雄 Rank 1
「フィリン・スタンテッド、よ……よろしく」 「こういう時、どうすれば……どうすれば、勇者らしい?」 (※追い詰められた時、焦った時) 「黙って言うこと聞け! 殴られたいの!?」 「ぶっ殺してやる! この(お見せできない下劣下品な罵詈雑言)が!!」   ###    代々勇者を輩出してきた貴族スタンテッド家(辺境伯)の令嬢。  一族の歴史と誇りを胸に、自らもまた英雄を目指してフトゥールム・スクエアへと入学する。  愛と平和のために戦う事を支えとする正義感に溢れた性格で、『勇者らしく人々のために行動する』ことを大事にする。  一方で追い詰められると衝動的に罵声や暴力に訴えてしまう未熟な面もあり、自己嫌悪に捕らわれる事も多い。 『彷徨う黄昏に宵夢を』事件で対峙したルガルとの対話から思うところあったのか、頑なな勇者への拘りは少し角がとれたようだ。 ※2022年8月追記 全校集会『魔王の復活』後、昨年クリスマスに結ばれたルガルとの子供を身籠っていた事が判明 (参考シナリオ) 恋はみずいろ L’amour est bleu https://frontierf.com/5th/episode/episode_top.cgi?act=details&epi_seq=649 ◆口調補足 三人称:〇〇さん(敬語では〇〇様) 口調:~かな、~ね? その他:キレた時は『私、アンタ、(名前で呼び捨て)、(言い捨て)』 ◆Twitter Sirius_B_souku
《終わりなき守歌を》ベイキ・ミューズフェス
 ローレライ Lv27 / 教祖・聖職 Rank 1
深い海の色を思わすような、深緑の髪と瞳の彷徨者。 何か深く考えてるようにみえて、さして何も考えてなかったり、案外気楽にやってるのかもしれない。 高価そうな装飾品や華美な服装は好まず、質素で地味なものを好む。 本人曰く、「目立つということは、善きものだけでなく悪しきものの関心も引き付けること」らしい。 地味でありふれたものを好むのは、特異な存在として扱われた頃の反動かもしれない。 神には祈るが、「神がすべてをお救いになる」と盲信はしていない。 すべてが救われるなら、この世界に戦いも悪意もないはずだから。 さすがに口に出すほど罰当たりではないが。 ◆外見 背中位まで髪を伸ばし、スレンダーな体型。 身長は160センチ前半程度。 胸囲はやや控えめBクラスで、あまり脅威的ではない。 が、見かけ通りの歳ではない。 時折、無自覚にやたら古くさいことを言ったりする。 ◆嗜好 甘いものも辛いものもおいしくいただく。 肉よりも魚派。タコやイカにも抵抗はない。むしろウェルカム。 タバコやお酒は匂いが苦手。 魚好きが高じて、最近は空いた時間に魚釣りをして、晩ごはんのおかずを増やそうと画策中。 魚だって捌いちゃう。
《メメルの婚約者☆》仁和・貴人
 ヒューマン Lv33 / 魔王・覇王 Rank 1
「面倒にならないくらいにヨロシクたのむ」                                                                                                                                                 名前の読みは ニワ・タカト 身長:160㎝(本当は158cm位) 体重:45kg前後 好きなもの:自分の言う事を聞いてくれるもの、自分の所有物、メメたん 苦手もの:必要以上にうるさい奴 嫌いなもの:必要以上の労働、必要以上の説教 趣味:料理・・・だが後かたづけは嫌い    魔王っぽく振る舞っている    此方の世界の常識に疎い所がある キャラとしてはすぐぶれる 物理と科学の世界からやってきた異邦人だが、かの世界でも世界間を移動する技術はなくなぜここに来れたのかは不明。 この世界で生きていこうと覚悟を決めた。 普通を装っているが実際はゲスで腹黒で悪い意味でテキトー。 だが、大きな悪事には手を染める気はない。 保護されてる身分なので。 楽に生きていくために配下を持つため魔王・覇王科を専攻することにした。 物欲の塊でもある。なお、彼の思想的には配下も所有物である。 服装は魔王っぽいといえば黒。との事で主に黒いもので固めていて仮面は自分が童顔なのを気にして魔王ぽくないとの事でつけている。 なお、プライベート時は付けない時もある 色々と決め台詞があるらしい 「さぁ、おやすみなさいの時間だ」 「お前が・・・欲しい」 アドリブについて A  大・大・大歓迎でございます 背後的に誤字脱字多めなので気にしないでください 友人設定もどうぞお気軽に
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  

解説 Explan

 ロマンティックエピソードです。
 学園の講堂が今宵はボールルーム(舞踏室)へと一変、真夜中までつづく華麗なるカクテルパーティがひらかれます。お題目はズバリ『独身者お見合いパーティー』、ド直球の会場はドレスコードありですので、カクテルドレスないしジャケット+ネクタイが必須となります。(ただし性別の定めはありません)

◆会場について
 お見合いと銘打っておりますが、恋人を見つけることを主眼にしなくても大丈夫です。話したことのない相手と交流を深めたり、友達同士にぎやかにすごすのもありでしょう。
 別室には静かなバーカウンターがあります(かなりの頻度でメメルはここにいます)。
 会場外に相手を連れ出し月夜の散歩を楽しむ、部屋に案内されるなんていう展開もありえるでしょう。

◆アクションプランについて
 特定のキャラクターとの交流が希望の場合、以下4点をご記入下さい。
 (1)親しくなりたいキャラクター
 (2)どの程度まで親しくなりたいか(希望)
 (3)話すきっかけ、話題
 (4)決め台詞!
 実際の記入は『(1)サラシナ・マイ(2)友達として(3)冬の予定を訊く(4)「君にバトルを申し込む!」』といった簡単な概要で大丈夫です。もちろん詳しく書いて下さっても!
 複数キャラを対象にしても、特にキャラクターを指定しなくてもOKです。

◆NPCについて
 公式・公認の区別なく、現存しているあらゆるNPCが登場可能です。
 話の展開上難しいのでは、というキャラ(【ドクトラ・シュバルツ】とか)も指定してもらえれば……なんとか頑張って登場できる理屈を考えます。
 相手あってのことですので、必ずしも希望通りの展開にもっていけるかはわかりません。

 相談期間を短めに設定しているのはフィーリングだけで飛びこんでいただくことを想定しているからです。頭に浮かんだばかりのその勢いで行っちゃいましょう! アクションプランが楽しみです!


作者コメント Comment
 お世話になっております。桂木京介です。

 じっくりアクションプランを練り上げるパターンのエピソードも大好きですが、あえて今回は逆で、思ったままの行動を求めたいと思います。必ずしもロマンティックにならなくたって、あなたらしければそれが一番なのです。お待ち申し上げております。

 では次はリザルトノベルで会いましょう。桂木京介でした。


個人成績表 Report
フィリン・スタンテッド 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:4224 = 3520全体 + 704個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
(1)親しくなりたいキャラ
ルガル・ラッセル(NPC)

(2)どの程度まで親しくなりたいか(希望)
共闘…までは無理でも、異性として意識させられれば
(フィリンの願望が「襲ってほしい」なので)

(3)話題
近況と煽り合い。初対面の気概は何処にいったのかしら?
うまくいってない?紐付きの自由でお笑いだわ!

(4)決め台詞
「自由自由って一人で背負ってんじゃないわよ!」
「頭使いなさいよ!家柄だけはいいアバズレが好きにしろっていってんのよ…!」

◆行動
出会いはお任せ。
自分一人の婚姻ですまない家柄(辺境伯令嬢)なので、お見合いパーティは形だけの出席で退屈そう。
責任感は負いつつも、誰かさらってくれないかなとボヤく位の興味

ベイキ・ミューズフェス 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:180 = 60全体 + 120個別
獲得報酬:10560 = 3520全体 + 7040個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
ピスタチオおいしいですよね
水飴を絡めた煮干しとか一緒だと、止まらなくなります

独身者……まあ、今は独身ですが
一度は結婚して、婚約した相手は両手では足りないほど居たような女が、居ていいような集まりなんですか?

◆衣装
ボーッとしてたら、何か着せられた(お任せ

◆出会い
(1)ミゲル・アミーチ氏
(2)PC的には、できるだけ友好的関係を目指す
(3)いきなり声掛けられて、「うげっ」とか言いそう
(4)まずは、先日のこと……ヒノエさんに謝っていただけますか?

お酒は飲めないので、炭酸水片手に魚のマリネとか摘まんで
もし、ミゲル氏がその場で、学園長に身を明かし退学を申し出たりしたら……無期限休学で手を打てないか口添えを

仁和・貴人 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:4224 = 3520全体 + 704個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
メメたんと一緒にさらし者に

会場はドレスコードありとのことなのでビシッと決めていこう!
……こういう格好は慣れないんだけどオレの場合制服の延長だと思えばなんとか?

会場に入ったらお目当ての人を探して会場をうろうろしようか
その際、知り合いがいたら挨拶とか、軽く雑談していこう
二人の雰囲気出してたらお邪魔はしない様にするけど踏みきれてないなーと感じたペアがいたら雑談ついでにそっと背中を押していく

メメたん見つけたら話しかけに行こう
普段はいろいろ忙しいしねぎらいもかねてね
メメたんとってのは決めてるんだけどこういう場には慣れてないんだよな…
移動する場所とかこの後の行動とか流れに任せてみよう


アドリブA 絡み大歓迎

クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:72 = 60全体 + 12個別
獲得報酬:4224 = 3520全体 + 704個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
(1)親しくなりたいキャラクター
コルネ・ワルフルド

(2)どの程度まで親しくなりたいか
できる限り。(正直、どこまでいいのかラインがわからないので……このようにしました
一応、こちらにNGはありません

(3)話すきっかけ、話題
普段のコルネ先生とは違う姿だろうから、それを褒めてみよう
実際のところ、俺もあのタンクトップ姿だと直視し難い……ドレスコードがあって感謝だな

話題はそれから以前の課題のことを。猫になった先生の話、それに去年のクリスマスにも今日と似たようなことがあったこととか
それと先生は自分の事を話すことが少ないので、この機会に来歴などを聞いてみよう


(4)決め台詞!
あの日の答え、それは……あなたです

リザルト Result

 古い長椅子が雑然と並び、ワックスの匂いがするだけの学園講堂が、今宵は様相を一変させていた。
 椅子は撤去されている。新品の床板はまるで鏡だ。柱や天井に至るまで、磨かれ光沢を帯びているではないか。
 広い間隔で並ぶのは背の高い立食テーブル、コットン地のテーブルクロスで覆われている。布は深みのある赤紫で、ジャカード織の模様が美しい。ピアノ奏者と管弦楽団もおり、流麗な音楽を奏でている。
 多数の出席者は淑女に紳士いずれも正装だ。ホールで踊るカップルもいれば、テーブルで談笑する組み合わせも見られた。けれどまだ開場から間もないせいか、大半は皿を手にビッフェに列し、料理に注目している風を装いながらも、誰に話しかけようかどうやって近づこうかと、気もそぞろの様子である。
 見違えたな。
 煌々としたシャンデリアを見上げ、【仁和・貴人】は無意識のうちに前髪に手をやった。でも、あるべき位置に触感がない。
 そうだった。
 見違えた、という表現は貴人自身にもあてはまるかもしれない。現在の彼はヘアをオールバックに固め、ダブルのスーツに袖を通しているのである。スーツはダークブラック、シャツは白に近い水色だ。ネクタイは無地の紫紺を選んだ。
 こういうビシッとした格好は慣れないんだけどな。
 いささか気恥ずかしい。服に『着られている』印象になっていないか気にもなる。それでも息苦しいとまでは感じないのは、貴人の場合はこの格好も、制服の延長になるからだろうか。
「顔はそのままなのか」
 不意に声をかけられ貴人は振り向いた。
「相変わらずのカカシ面だな」
 ああ、と貴人は【ヒノエ・ゲム】に返事する。顔の仮面に指をかけ苦笑した。
「これは……あれだ。オレの皮膚の一部みたいなもんだからな」
「そうか。けど服は似合ってるぞ」
「ヒノエくんこそ」
 彼女もめかし込んでいる。赤い髪に似合うグリーンのドレスだった。
「こういう場、オレ場違いじゃないかな?」
「私だって初めてだ。なんとなく周囲に合わせてる」
「カクテルパーティといっても未成年だし」
「ノンアルコールカクテルというのもあるぞ」
 ほら、とヒノエは片手のグラスを持ち上げた。
「シャーリー・テンプルというそうだ。割といける。異世界由来で、子役女優の名からとったものらしい」
 手近なテーブルをヒノエは目で示す。
「少しだけ付き合え。ダンスに誘えとまでは言わないからさ。メシが豪華なんだよな。といっても、昼間に私が作ったものもあるけどな」
 学食の仕事で、ということだ。
「うん。じゃあ少しな」
 言いながら貴人は、軽く視線を泳がせた。
 心配すんなとヒノエは言う。
「貴人のお目当ての人なら別室のバーだ。あとで行けよ。邪魔はしない」

 まるで黄金のトーチだ。【ベイキ・ミューズフェス】が歩むたび周囲の視線が動く。ダンスしていた青年が、パートナーを忘れてベイキに見とれている。楽団のチェロ奏者もベイキに目を奪われ、Am7のコードをCに弾き間違えた。
 オフブラックのドレス、レース飾りは控え目で、胸元と背中がひらいているが光り物はしていなかった。貸衣装屋に行って指定もせずボーッとしていたら、むこうで選んでくれた服である。装飾がない分むしろ、ベイキの美を燦然と目立たせる効果があった。
 ベイキは足を止めた。
 立食テーブルのひとつに【ネビュラロン・アーミット】の姿をみかけたのだ。ヘルメットがないのはもちろん、薄黄色のドレス姿という珍しい扮装でぽつねんとたたずんでいる。テーブルにあるのはワイングラスと、山盛りになったピスタチオだけだ。義手の右手で支え、黙々と左手で殻を剥いていた。
「先生」
 声をかけベイキはテーブルについた。
「ピスタチオおいしいですよね。水飴を絡めた煮干しとか一緒だと、止まらなくなります」
「……通好みのつまみだな」
「まさか」
 ベイキは笑い、
「お酒はぜんぜん飲めないんです、私」
 片手をあげて給仕を呼ぶと炭酸水を注文した。
「意外でしたか」
「少し」
 冷えた炭酸水が運ばれてきた。シャンパングラスに注がれているところが心憎い。
「先生はパートナーを探しに?」
「色恋には興味がない。これは何かの手違いだ」
 ネビュラロンの言う『手違い』というのは、着ているドレスのことらしい。学園長に押しつけられたものと思われた。
「ベイキこそどうなんだ」
 ベイキは肩をすくめる。
「私こそ手違いかもしれません。独身者パーティ……まあ今は独身ですが、一度は結婚して、婚約した相手なら両手では足りないほどいたような女が、出席していい集まりなのかという気もします」
 ネビュラロンはピスタチオを取りこぼした。
「驚きましたか」
「ああ。人は見かけによらぬと言うが……」
「男を死地に送り込む死神だの、英雄の精を奪い殺す毒婦だの、散々言われましたっけ」
「自分の意図せぬ評価がひとり歩きするということはある」
 ネビュラロンは多くを語らないが、前にいた世界で、そのような経験があるのだと思われた。
「気にしないことだ。自分らしくあれ。――メメル学園長が言いそうなことを言っているな、私は」
 忘れてくれ、とネビュラロンは頭をかいた。この人がこういう表情をできることを、ベイキははじめて知った気がする。
「いえ、心に留め置きます」
 一礼すると、ベイキは魚のマリネを取るべくビッフェに向かった。

 緊張する。
 ボウタイ(蝶ネクタイ)を締めた襟元を、【クロス・アガツマ】はもう一度指先で直した。
 しかし愚図愚図してはいられないな。参加すると自分で決めたのだから。
 黒いテールコートに対しシャツは白、ベストはもちろんのこと、左胸のポケットチーフも白だ。ボウタイも純白なのは夜の正礼装を意識したから。コートをクロークに預け悠然と会場入りする仕草は、お忍びの青年伯爵と見まがうほどだ。
 クロスは心に決めていた。今夜は堂々としようと。
 ただ――。
 鼓動が速まることだけは自分に許したい。たとえそれが生理的なものではなく、精神的な心拍だとしても。
 会場は盛況だ。普段着とはまるで違う先輩や同級生、気合いが入りすぎて空回り気味の教師も見えた。何人かと言葉を交わしたのち、クロスは図書館司書の【エミ・バナーマン】女史と出会って世間話程度の談笑をする。
 イブニングドレスを着たバナーマンは印象を変えていた。解いた髪、薄化粧、控え目にいっても魅力的だ。
「アガツマさんは、ダンスはお得意?」
 さらりとバナーマンが口にした。ダンスに誘ってほしいと言っている、それくらいわからないクロスではない。けれども。
 ダンスか。困った。
 わからない、というか、できない。
 宮廷教養のひとつである。知識がないわけではないが、経験としては豊潤とは言えないクロスであった。
 こう見えて、彼女いない歴数百年を超える身なのだ。
 出会いの場たるパーティ会場、今夜クロスは度胸を据えて来たのできっと、その道なら百戦錬磨という印象を与えていることだろう。だが常足(なみあし)から速歩(はやあし)程度だったクロスの脈拍は、今や駈歩(かけあし)を刻みはじめていた。
 これにて失礼と言いそうになり、とっさにクロスは表現を変えた。
「もう少し会場を回りたいので」
 挨拶したい相手もいますから、と切り上げバナーマン女史のそばを離れた。
 なのに一難去ってまた一難、まもなくクロスの前に新たな敵(?)が現れる。
「会いたかったわ、イケメンさん」
 蜂蜜色の髪を夜会巻にし、ほとんど半裸みたいな銀のドレスを着た【マグダ・マヌエーラ】である。胸元には大きくカットが入り、素材もところどころシースルーになっている。
 レベル高すぎないか。
 当然視線を定められないクロスだ。一計を案じて試す。
「あっ、あそこにマルティナ公女殿下が」
「そういう古典的な手にはひっかからなくってよ」
 マグダは舌を出して笑った。大人の女性、しかも艶然とした格好をしているのに、こういう茶目っ気があるあたりが彼女らしい。
「公女殿下は今夜はお留守番、でも――」
 とマグダが言いかけたところで、ピアニストがスローテンポのイントロを弾き始めた。弦楽器がつづく。ワルツ楽曲だ。
「どう一曲?」
「いや俺は」
「踊れないんでしょう? さっきの彼女とのやりとり、見てたから」
 大丈夫、とクロスの手を取りマグダは彼をフロアに連れ出す。
「私がリードしてあげるから。合わせて」
「しかし」
「ここで覚えて、次は本命の彼女を誘ってあげなさいな」
 マグダはウインクした。
 お見通しだったというわけか。
 肩の力が抜けた。クロスは音楽と、マグダのステップに身を任せる。

 なぜパーティに参加することになったのか、細かい経緯は覚えていない。
 されど【フィリン・スタンテッド】は名門スタンテッド家の一人娘、こうした催しには通暁している。
 少なくとも、そういう設定になっている。
 実際には『名門スタンテッド家の一人娘』、という言葉は太い引用符(コーテーションマーク)でくくられよう。宮廷礼儀の知識教養にしたって、『フィリン』を演じるようになってからの付け焼き刃でしかない。
 サイズの定められた金型に肉を押しこんだようなものだ。今、フィリンのウェストはコルセットできつく締められているが、心の枷(かせ)はこれを上まわる。
 けれど幸か不幸かフィリンの躰は、金型に綺麗に収まった。原型を凌駕するほどに。
 肘まであるロンググローブ、目の覚めるような蒼のフレアドレス、髪飾りも氷の結晶のごときブルーの薔薇だ。しずしずと歩むフィリンの通った途(みち)は、涼やかな光芒が流れていくような印象を残す。
 当然、人目を惹いた。とりわけ男性の目を。
 幾人もの男性がダンスやひとときの会話をフィリンに求め近寄るが、フィリンは笑顔で丁寧に、しかしとりつく島もないほど体よく彼らを追い払った。
 つまらない。
 フィリンはあくびをかみ殺している。
 お見合いパーティといっても結局のところ、『つがい』を見つける取引市場、自分のタネを残すため生殖相手を探すイベントではないか。エレガントな箔押しをした生存競争だ。
 だったらもっとガツガツすればいい。
 力ずくでモノにする気概を見せてくれるのであれば、話くらいしてやってもいい。ところがフィリンに近づく男たちときたら、骨なしチキンもいいところ、袖にされれば恐縮し、あっさりと引き下がるヤワばかりなのである。実につまらない。
 楽しみといっても食事くらいというのに、無慈悲なコルセットがせき止める。
 招待された義理があるのでほどほどに座を温め、中座という名の逃亡をはかろうか。
 ところがここにまたひとり、フィリンに近づく討ち死に志願者が登場した。
 迷わずまっすぐに来る。多少は気骨がありそうだ。
「仕事を終えて早馬で来たよ。正しくは早グリフォンだけどね」
 濃いブルーの髪をした青年はフィリンの前にひざまずき、片手をとって甲に口づけた。
 青年が、リーベラントの【パオロ・パスクヮーレ】であることは言うまでもない。
「フィリン、僕と踊ってくれないか」
 パオロは純粋な瞳でフィリンを見あげる。
 綺麗な目ね。でも、もっと薄汚れているほうが私の好み。
 彼はきっとこのことを、一生理解できないだろうけど。
「嫌と言ったら?」
 今宵誘ってきた相手に口にした、どの言葉よりも厳しい表現をフィリンは使った。
 パオロも慣れたものだ。笑顔で応じた。
「それでも君を諦めない。今夜は」
 立ち上がりフィリンの両手を握る。

 ラムレーズン入りのミルクカクテルは、ぱっと見はタピオカミルクティーに似ている。
 けれどベースはハードリカー、甘く見たら痛い目に遭う。
「まるでアタシみたいよね~、ふっふーん♪」
 ぐいと傾け【コルネ・ワルフルド】はグラスをどしんと卓に置いた。
「先生飲み過ぎですよ~」
 さっきまでダンスの相手をしていた【イアン・キタザト】は困り顔だ。
「何よバツイチ、結婚経験者は黙っといてください」
「『結婚経験者』ってパワーワードはじめて聞きましたよ」
「ヘーンだ、モテるって意味ですよーだ」
 コルネは悪酔いしているらしい。
「ほらイアン先生、さっきから周囲の女の子が何人も、先生と踊りたそうにしてたですよ。行ってきなさいよ」
「まあそうなんですが」
 否定はしないイアンである。
「コルネ先生荒れてるし、放置できないというか……」
「だったら俺が替わりますよ」
 同じテーブルに顔を出したのはクロスだった。クロスが二の句を継ぐより早く、
「いいの? じゃ任せたー」
 跳ねるようにイアンは姿を消した。
「あらクロスくん? やってる?」
 怪しい口調で、空のグラスをコルネは掲げた。
「いいお召しものですね」
 今夜のコルネは髪をアップにしているしメイクもしている。ドレスを着ることに抵抗があったのか、シックなパンツスーツ姿だ。暑くなったらしくシャツの前ボタンは大きく開けており、赤いショートタイも丸めて胸ポケットに入れていた。シャツの合間から胸元がのぞいていることに気付き、クロスは意識して目をそらした。
 それでも、全方位で目のやり場に困る普段のタンクトップ姿からすれば楽である。ドレスコードがあって感謝だな、とクロスは思った。
「ありがと。キミも格好いいじゃない☆」
 肌はほんのり紅潮してつやがあり、目は潤んで見えた。
「ご冗談を」
「ホントよ」
 クロスが水の入ったグラスを手渡すと、コルネはおいしそうに一息で飲んだ。
「アタシ、学園長にさらし者にされるのが嫌で突っ張ってスーツで来たけど、そしたらすっかり壁の花で。お義理でイアン先生が踊ってくれたけどそれだけ、お酒ばっかすすんじゃった♪」
 笑ってはいるが自嘲の笑いだ。
「壁の花? そんなことはありません」
 ずっと温めてきた想いをクロスは言葉にする。
「俺にとってはコルネ先生こそが、今夜この場所で一番美しい花です」
「まさかnoseのほうのハナ?」
「flowerのほうです」
「もう~酔っ払いをからかってんだよね?」
 イエスともノーとも言わず、クロスは逆に質問した。
「覚えてますか先生? 猫になった日のことを」
「マタタビモドキに当たったんだったね。『にゃー』とかなっちゃって。あのときは参った参った……」
「俺が先生を意識するようになったのは、あの出来事がきっかけです」
 クロスが次の一言を口にするには、ありったけの勇気をかき集める必要があった。
「憧れの女性として」
「……『にゃー』の人が?」
「活き活きとしているあなたが」
 コルネの目から酔いが消えていった。
「先生はいつだって魅力的です。俺にとって理想の」
「待って待って! もしかして罰ゲーム? 学園長に言わされてる!?」
 言いながらもコルネの頬には紅がさしている。もちろんアルコールのせいではない。
「去年この時期に学園長が俺に質問しました。自分とコルネ先生、キスしていいとしたらどっちを選ぶ? と」
 視界をコルネの顔で埋めてクロスは言った。
「あの日の答え、それは……あなたです」
「……本気、なの?」
「はい」
 コルネは両手で、クロスの頬をつつんだ。
「信じちゃって、いい……?」
 クロスはうなずく。もう言葉はいらない。
 胸の鼓動はとっくに、駈歩を超えて全速力、ギャロップの域に達していた。
 コルネは目を閉じた。
 そっと唇でクロスにふれようとして、直前で止めて、
「ごめん、飲み過ぎた。キモチワルい」
 青ざめた顔で言った。
「もしかして俺のせいですか」
「とんでもない! 物理的な話だよ……ダム決壊寸前!」
 この続きは今度改めて! と叫ぶとコルネは口を押さえトイレに飛燕のごとく馳せていったのである。
 もっと話がしたかった。あなたの来歴とか――。
 クロスは見送るほかない。でも、
『続きは今度改めて』
 この言葉を、最高のクリスマスプレゼントとして受け取っておくことにする。

 別室への扉をめざし会場を横切る途上で、貴人は何組かの恋模様を目にした。
 フィリンはパオロに連れられ踊りの輪に加わった。
 クロスとコルネがテーブルを挟んで向かいあっている。
 ベイキの前にあらわれたあの人物は……?
 興味はあるがお邪魔はするまい。今一歩踏み切れないペアがいたら、雑談ついでにそっと背中を押していこうかとも思っていたが、どうやらみなそれぞれロマンスに励んでいるらしい。月下氷人の出番はなさそうだ。
 ここかな、と会場の隅の扉で貴人は足を止めた。
 薄暗い一角である。扉は重厚そうな革張りだ。
 こんなドアあったっけ?
 講堂なら何度も訪れているが、扉には見覚えがない。
 いきなり開けるのはまずいかな。
 ガーゴイルの顔が付いたノッカーに手をかけようとしたところ、
「何者だ」
 ノッカーが口を開けた。
 恐っ! 首筋を氷で撫でられた気分だ。
 ノッカーは眼球を動かして貴人の姿を頭から爪先まで眺める。
「この向こうはバーだ。子どもの入れる場所ではないぞ」
「メメた……校長がここにいるって聞いて。いやその、お酒じゃなくて話を少々ね」
 なおもノッカーは何か言おうとしたがその前に、
「おう、入室を許可する」
 扉から声がした。ドアを通すというよりは、ドア全体をスピーカーのように震わせて音声を伝えたのだ。
 不承不承という顔をしてノッカーは目を閉じる。
 カチリと音がたち戸が開いた。
「入りまーす」
 びくびくしながら貴人は入室する。
 薄暗い。
 会議室程度の狭い部屋だ。バーカウンターがあり、背の高いスツールがふたつだけ並んでいる。
「貴人たんか」
 うちひとつに座っているのが【メメ・メメル】だった。振り返り片手を挙げる。
 メメルはいつもの格好ではない。襟ぐりの大きく開いた緋色のドレスでネックレスもしている。胸元にはコサージュ、菱形のイヤリングが両耳に光っていた。もちろん無帽だ。
「座ってくれ」
「ども」
 貴人はメメルの隣の席をひいた。
 目が慣れてきて部屋の様子がわかってきた。壁は煉瓦だ。灯は頭上の間接照明と、暖炉に燃える炎だけ。カウンターの奥にはたくさんの酒瓶が並んでいる。カウンターは木製、すべすべした手ざわりだ。
「バーテンダー、いないんですね?」
 というかメメルと自分以外誰もいないのだが。
「必要なかろう。ほれ」
 メメルがちょいと指先で空中に輪を描くと、ブランデーのボトルが浮游してきてメメルのグラスに琥珀の液体を注いだ。さらに彼女が指を鳴らすと、空中から氷の粒が落ちてきてグラスに収まる。
「なんか飲むか? カクテルとか」
「じゃあシャーリー・テンプルで」
 カクテルの名前とか、さらっといえるとカッコいいよねと思いこう続ける。
「異世界由来のカクテルで、元は子役女優の名前だったらしいですね」
 ぷっとメメルが吹きだした。
「貴人たんそれヒノエたんの受け売りだろ♪ 何を隠そう今日、オレサマが教えてやったばかりだ」
「……面目ない」
「何を謝る必要がある? オレサマに良い格好したかったんだろう☆ 嬉しいよ」
 すぐにメメルが、さっきの要領でノンアルのカクテルを作った。オレンジスライスは手ずからトールグラスの縁に挿してくれる。
「じゃあ乾杯☆」
「どもです」
 アダルトな雰囲気に最初貴人は気後れしていたが、メメルの仕事をねぎらったり他愛もない日常の話をしているうちにくつろいでいった。声を上げて笑ったりもしている。
「ところで今日」
「おう」
「メメたん大人しいですね? てっきりのぞき見しに行くんじゃないかと思ってました」
「ばっきゃろ、見てみれ今のオレサマを」
 メメルは貴人に向け両腕をひろげてみせた。
「どこのご令嬢かって感じのこーんな格好させられとんじゃい。オレサマ恥ずかしくて会場行けないっつーの!」
 なのにコルネたんスーツで来おって……ダマされたっつーの、とぶつくさ言っている。衣装はコルネが選んだものらしい。
「ということは、もしかして」
「貴人たんだけ、じゃからな……オレサマのこの恥ずかしい格好見せたの」
 照れ隠しのように、メメルは横を向きグラスを一気に空けた。
 かわいい……!
 貴人は心臓を貫かれたような気がした。はにかむメメルが、愛おしい。
 言ってしまおう。
「オレ、メメたんのこと好きって言ったよね?」
「…………言った」
 さらに何か言いかけるメメルをさえぎる。
「答は、今じゃなくたっていいんだ。魔王の件が片付いてからでも。だからメメたんお願いだから」
 一呼吸してから貴人は仮面を取った。
「オレに返事するそのときまで、生きていてくれ。無茶をしないでほしい」
「そうだな……そうしよう」
 メメルはトントンと二度、カウンターを指で叩いた。
 ふっと間接照明が消えた。
「これは約束の、指切りのかわりだ」
 暖炉の炎を背景に、メメルは貴人の頬に口づけた。

 ベイキは自分の背に向けられる視線を感じた。異性の好色な眼差しではない、同性の嫉妬の眼差しでもない。熱のこもった眼差し――。
「うげっ」
 口にしたアサリが腐っていたかのような声をベイキは上げた。視線の主を認識したからである。
 それでも敵意を顔に出したりはせず、社交辞令の笑みを浮かべる。
「来ていらっしゃったんですか」
 退学したかと思っていました、とやや皮肉な調子で続けた。
「新入生の【ミゲル・アミーチ】さん。それとも、本名のシーネフォス姓でお呼びしたほうがいいですか?」
「ベイキ……いや、ベイキ殿」
 ブレザー姿の少年がベイキの前の前に進み出た。天使のような美少年だ。
「学籍は抜いていない。学園生ミゲル・アミーチで願いたい」
 ミゲルはまだティーンエイジャーにも達していないように見える。しかし実際はずっと年長だ。彼の秘密は年齢に限らない。ミゲルはリーベラント国王の第二王子で、病床の父にかわり代王を務める【アントニオ・シーネフォス】の弟なのだった。
「お見合いパーティにかこつけて、学園生をたぶらかしリーベラントに引き抜こうというおつもりで?」
「違う。聞いてくれ……聞いてください」
 ミゲルは土下座せんばかりの表情をする。
「あの日、ベイキ殿に叱られて私は反省した。部下の前ゆえ傲然と返すほかなかったが、声の震えは隠せなかったと思います」
「丁寧語、使い慣れていないようですから平常通りで結構ですよ。なんだか口調がぎこちない」
 すまないとミゲルは頭を下げた。プライドの高いこの人のことですし、とベイキは思う。
 頭を下げたのは本心と見ていいでしょう。
「特に響いたのは、ベイキ殿の『食べ物粗末にすんな』の一喝だった。私の過ちだった。詫びてすむことではないが謝罪する」
「なぜ急にそのようなお考えに?」
「私は、父に叱られたことがない。兄もだ」
 赦しを請う口調のまま、とうとうとミゲルは過去を語った。ミゲルを産んですぐ母は世を去った。兄弟の父クラルテは有能な統治者だったが、王の職務に謹厳なあまり息子たちを顧みることはなかった。教育はすべて臣下に一任していたという。
 父には褒められた経験もないとミゲルは言った。
「我々がフトゥールム・スクエアに敵対宣言を出し対魔王陣営の主導権を握ろうとしたのは、父の偉業を超え父に評価されたかったからかもしれない。……兄は認めぬであろうが」
「なんと小さい志(こころざし)でしょう。あれだけ世を揺るがして」
 ベイキは嘆息した。国家規模の事件や争いも、原因をつきつめれば小さな私情であることはままあるものだ。
「かつての教育係や現在の臣下たちも同じだ。直言してくれる者はない。兄と私をたしなめてくれるのは義妹のマルティナくらいだ。はっきり叱ってくれるとなるともう、乳母……ばあやくらいだったろう。ばあやはもう亡いが」
 泣きそうな顔でミゲルは訴える。
「悪い噂を流す者もいるが、父の病は真実だ。我々兄弟とて父に毒を盛るほど悪辣ではない。身の丈に合わぬ虚勢をはったせいか、兄は心の病にかかり、近く代王から退位する決意を固めた」
「それは初耳です」
「我々が邪悪ではないという話か。信じられないかもしれないが……」
「違います! アントニオ陛下が退位するという話です」
 ミゲルが次の代王、さらにはリーベラント君主となるのだろう。だが自信がないとミゲルは頭を抱えた。
「我が国には問題がある。問題を解決するには強い君主が必要だ。ベイキ殿、あなたと私の子なら、迷える我が国の舵を取れると思うのだ」
「もしかしてそれ、プロポーズなんですか?」
 あまりの急展開に、ベイキの理解は追いつかない。
「ベイキ殿は私がはじめて、心から惹かれた女性だ。頼む! 受け入れてくれるのであれば、泥土にまみれたA定食も喜んで平らげよう」
「そんなことをする必要はありません」
 ただし、とベイキは言った。
「まずは先日のこと……ヒノエさんに謝っていただけますか?」
 会場を出て、月夜の庭でミゲルは待っている。雪の降る中、悄然とうなだれた姿勢で。
 ヒノエがベイキに連れられ、ミゲルの前にやってきた。
 ヒノエは不機嫌そうに腕組みしたままミゲルの謝罪を聞いた。
「……で、こいつのこと許してやれって?」
「許す許さないはヒノエさんの自由です。平手打ちのひとつくらい差し上げてもいいかもしれません」
「甘んじて受ける」
 と言ったままミゲルは身を『く』の字型に折り、雪中に横たわった。
 ヒノエが彼の鳩尾に、強烈な拳を叩きこんだからだった。ミゲルは額に脂汗を浮かべているが、うめき声は必死でこらえている様子だ。
「顔が自慢なんだろ? ボディで勘弁してやるよ」
 ヒノエは大股で歩み去った。
 ビンタよりこちらのほうが厳しそうですね、とベイキは苦笑する。
 そしてかがみ込み、ミゲルの耳元にささやいたのである。
「ではお友達からはじめましょ」

 会場にいる間に降ったらしい。
 積雪といってもくるぶしにも届かぬほどだが、それでも見わたす限り銀世界だ。
 講堂から寮へとつづく小高い丘は、純白に覆われていた。
 フィリンは傘もささず、急傾斜に足跡をつけていく。街道をゆくより近道だから。
 パオロとは一曲だけ付き合った。踊りながらパオロはフィリンがどれほどすばらしいか、自分がどれほどフィリンに惹かれているかを語った。言葉だけではなく視線と、手から手に伝わる体温で。
 わかってないわね。
 凍えた両手に息を吹きかけフィリンは思う。
 私が求めているのは愛より罰、称賛より罵倒。
 自分がいかにちっぽけな人間か思い知らせてもらうこと。痛みを伴っても。
 さようなら、パオロ。幸せになってね、あなたの与えたいものを受け入れてくれる女(ひと)と――。
 パオロが飲み物を取りに行っている隙に、フィリンはコートを羽織って会場から姿を消したのだった。
 急いで出たので灯火の用意はない。しかし月が出ており、雪もあるので問題はない。
 じき丘の頂上という地点で、
「!」
 心臓が止まるかと思った。
 丘の頂、月を背負って黒い姿が立っている。落ちくぼんだ眼窩、ギラギラと輝く双眸、死人のような顔色をして、刃のごとき殺意を放っている。
「ここに来れば見つかると思った……」
 男は言った。【ルガル・ラッセル】の声で。骸骨のように痩せているが、姿も、匂いも彼のものだ。
 私を探しに? と一瞬思ったがフィリンは気がついた。ルガルの目は自分を見ていない。
「そこの女、ドーラとかいうガキを知らないか。八つ裂きにされたくなかったら話せ」
「ルガル、ルガルでしょう!? 私よ! フィリンよ!」
 わからないのと叫んで駆け寄るも、フィリンは激しい力で跳ね飛ばされた。とっさに受け身をとったがコートは吹き飛び、ドレスも右脇と膝が破けた。
「俺に近づくな! マジで殺しかねん」
 ルガルの口から粘り気のある液体がしたたり落ちた。ブツブツとつぶやく。
「霊玉……火の霊玉が要るんだ……畜生め、ドクトラの情報が正しかったとはな。魔王軍が真実を言うなんざ世も末だ……」
 ルガルはよろめきながら丘を下りはじめた。雪明りの中に出る。
 膝立ちの姿勢のまま、フィリンはひとつの事実を認めるほかなかった。
「戻り……かけてる」
 ルガルに、銀の体毛が生えつつあるのだ。顎などびっしりと覆われている部分もあれば、腕などまばらな部分もあった。人の姿になれぬ獣人、理性なきケダモノ、ルガルは今、自身が忌み嫌っていた姿に復そうとしている。栄養をとらず我が身を痛めつけ、必死で人間の状態に踏みとどまっているのだとフィリンは理解した。
 雪を蹴散らしフィリンは走る。走りながらドレスの内側に手を突っ込み、窮屈なコルセットを引きちぎった。肩からルガルに体当たりして、 
「しっかりしろ狼野郎!」
 雪中に倒して組み伏せる。悲しいほど軽い肉体だった。
「狼じゃない……俺は人間だ、自由でいたいだけの……」
 言葉が通じた!
 だが力を緩めるやいなや、フィリンはルガルにはねのけられた。ふたりはもつれあいながら丘を転がる。整地されていない丘だ。尖った石がフィリンの青いドレスをズタズタにした。
 喉元にのばされたルガルの腕を振り払い、フィリンはふたたび、男を雪と土のまじった中に組み伏せた。
「ルガル!」
 大声を上げてルガルの頬を叩く。二度、三度、さらにもう一度。 
「自由自由って一人で背負ってんじゃないわよ!」
「お前に何がわかる!」
「『お前』だ!? フィリンって呼べって言ってるだろうが!」
「フィリン……? だったらなおさら逃げろ、今すぐだ」
「逃げてたまるかあっ!」
 叫んだフィリンの頬に、ルガルの拳がめり込んだ。
 横倒しになったがフィリンは逃げない。ドレスの裾を破り捨て飛びかかった。
「逃げてるのはアンタだ! ルガル!」
「内側から衝動が湧きはじめた。今の俺はお前を食い殺しかねん、マジだ……」
 繰り返す。フィリンは、逃げない。
 ほとんど下着だけの姿でルガルにのしかかる。
「やれるものならやってみろ! 衝動? 獣としてか? 男としてか? だったら頭使いなさいよ! 家柄だけはいいアバズレが好きにしろって言ってんのよ……!」
「クソッタレが! もうどうなっても知らんぞ!」
 ルガルはフィリンを地面に押し倒した。
 フィリンを守る最後の布を破り捨てる。
 そして彼女の身に覆いかぶさった。 

 パーティを抜け、月夜の丘に出た者が他にあれば、二頭の獣の咆哮を聞いたであろう。
 やがてうち一頭が甲高い声をあげ、黒い風のように学園敷地から走り去るのも見たであろう。
 だが逃げ走る獣に思えたものは、たしかに二本脚だったと認識したであろう。

 



課題評価
課題経験:60
課題報酬:3520
シングル・ベルを鳴らさないで
執筆:桂木京介 GM


《シングル・ベルを鳴らさないで》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《勇者のライセンサー》 フィリン・スタンテッド (No 1) 2021-12-24 08:02:39
勇者・英雄コースのフィリンよ、よろしく。
かなりの無茶振りになると思うけど、せっかくだしダメもとでやってみようかな…

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 2) 2021-12-25 13:35:54
そうか、もうだったか……
賢者・導師コースのクロス・アガツマだ、よろしく頼む。
うーむ、参加しておきながら、どうするべきなのか決めかねて……

《メメルの婚約者☆》 仁和・貴人 (No 3) 2021-12-25 15:46:26
魔王・覇王コースの仁和だ。
うん、皆の想像通りいつもの人狙いなんだ……

それはそうとして今日いっぱいで出発になるから気を付けないとな

《終わりなき守歌を》 ベイキ・ミューズフェス (No 4) 2021-12-25 22:45:05
教祖・聖職コースのベイキ・ミューズフェスです。よろしくお願いします。
私は……逆に「こいつとは会わないだろう」と、誰もが思う方と会ってみることができちゃうような気が……つい、「うげっ」って言っちゃいそうな。