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呼び声


ストーリー Story

 気がつけば、【白南風・荊都(しらはえ・けいと)】の前に奇妙なモノが浮いていた。
 色は無く、不定形。4対の翼を持つ硝子玉。しげしげと見た荊都が、ニヤと笑む。
「おやまあ、『無彩の混沌』でありんすか? ぬし様にはまだ手は出してない筈でありんすが?」
 ――わざとらしい態度はするんじゃないよ。女狐――。
 聞こえた声に、荊都の顔から笑みが消える。
「……『渾沌(こんとん)』大君でございますか。『三凶』の御一人が、やつがれの様な木っ端に何用でございましょう?」
――『饕餮(とうてつ)』を起こすよ――。
 眼鏡の奥の双眸が、妖しく光る。
「『滅尽覇道』の御方を? これまた、御怖いお話で。さて、どの様なご都合でしょう?」
――魔王が起きる――。
 答えは、簡潔。
――『アレ』は顕界の理にそぐわぬモノだ。鯨が田んぼで跳ね回っては、吹いた潮で稲が死ぬ――。
「滅尽の御方様も、似た様なモノでは? 起こしたは良いですが、事の後に腹ごしらえで軒並みペロリとやられては、他の方々もたまったモノではないでしょうに」
――知ったこっちゃない――。
 揶揄に返った答えは、話の流れとは酷い矛盾。けどまあ、コレが『彼ら』の通常運転。魔王を敵視するのも、『自分達以外の輩が世界(玩具)で遊ぶのが面白くない』程度の認識なのだ。
――良い子ぶるんじゃないよ――。
 荊都の意を読む様に、渾沌とやらが哂う。
――お前とて、ボク達と同類だろう? 何せ……――。

 ――『八彩災華(はちさいさいか)』を弄ろうとしてたんだから――。

 歪に歪む、荊都の口。
――残り六彩、手早く処理しておくれ。打ち釘が抜ければ、饕餮は勝手に這い出るから――。
「さて、どの様に……?」
――今まで通りにやれば良いよ――。
 答え。言われるが前提。そのつもりが前提。
「おやおや、それではまた『学校』の生徒さん方に頼みますか。この大事に、申し訳の無い事で……」
――気に病む事はないよ。あいつらも、饕餮の力は必須なんだから。と言うか――。
 ゲラゲラと、空気が揺れる。
――悪いなんて、これっぽっちも思ってないくせに――。
 嘲る声に、笑みを返す。
「畏まりました。それでは、易々と済ませましょう」
――待ちなよ――。
 立ち去ろうとした荊都の背に、もう一声。
「何でございましょう?」
――饕餮が起きるのは良いけど、あの通り意地の汚いヤツだ。口寂しい時の『オヤツ』がいる――。
「其れは、三凶(あなた方)のお役目では?」
――いい加減、付き合ってられないよ。戦になれば、ボク達だってなんなりと動かなきゃならない。駄々っ子の御守は別にいる――。
「お心当たりでも?」
――目は付けてたよ。生粋の巫女気質。贄の才。既に品定めは終わってる。脆弱だけど、心と魔力は十分に強い。良い『噛み煙草』になるだろうさ――。
 何かを含む声。邪ましい、音。
――連れて来ておくれ。丁度、『其処』にいるから――。
 しばし考えた荊都が、またニヤと。
「なぁるほど。それはそれは……」
 外す眼鏡。異形の彩が、妖しく光る。
「まっこと、哀れでありんすなぁ……」
 酷く酷く、愉しそう。

 ◆

 とても、星の綺麗な夜だった。学園の屋上。佇む人影が一つ。
 『チセ・エトピリカ』。見上げる先に、散らばる星々と青い月。
「……こんな、夜でしたね……」
 思い出す、いつかの夜。
 それは怖く。
 悍ましく。
 けれど、とても大切な記憶。
 荒ぶ祟り神の供物と成る筈だった自分を、こちらの世界へと引き戻してくれた人達。
 かけてくれた声。握ってくれた温もり。そのどれもが、代えがたい。
 その中でも、一際大きく輝く光。
 暖かくて。
 優しくて。
 初めて、傍にいたいと思った人。
 けれど、彼は今此処にはいない。
 聞こえてくる、巨大な魔の鼓動。蠢き始めてる、眷属達の気配。世界のあちこちで、小さな戦火が上がり始め。
 学園の有志達を集めた義勇隊。遠い旅路に向かうその中に、彼は名を連ねた。
 自分は、医者を志す者だから。
 きっと、行く意味があるからと。
 ついて行きたかった。連れて行ってと、駄々をこねたかった。
 けれど、ソレを通すには自分はあまりに未熟で。無力で。
 立ち尽くすしか出来ない自分の手を、彼は強く握って。
 ――帰ってきたら、伝えたい事が――と。
 だから、待つ。
 その日を待って。
 その時を信じて。
 けど、聞こえる災禍は日々勢いを増していく。
 苦痛の声が。
 悲しみの嘆きが。
 絶望の叫びが。
 怖い。
 怖い。
 いつその叫喚の中に、彼の声が混じるのか。
 在り得ないと思いたい。
 けれど、否定する根拠がない。
 不安は悪夢となり。
 悪夢は幻想となり。
 ただただ、心を蝕んでいく。
 何かをしたい。
 彼の為に、何かを。
 けれど、出来る事は何も無く。
 抑える事も構わず、零れる雫。
 せめても拭おうと手を上げた、その時。
 響く轟音。ハッと前を向けば、遠くの方で上がる火の手。最も近場の街。何かが。
 凝らした視線の先で、風が舞う。
 黒い。黒い。影の様な風の群れ。
 幾重も。幾条も。幾匹も。
 朱染めの夜天に、咆哮が。

 ◆

「んふふふふ。イイ感じに染まってきんしたね」
 壊され、火を上げる建物。逃げ惑う人々。そんな人々に、風に乗って襲い掛かる異形の黒犬達。
 火の熱と血の匂いに満ちていく大気を愛しげに吸うと、荊都は座した塔の上から月を仰ぐ。
「さあ、舞台は整いんしたよ?」
 手にした煙管を、スゥと飲む。
「おいでなんし。そいで、存分に吹き荒れなんし」
 招く様に、天に向かって白煙を吹く。
「御用の在る方々は、すぐに来んすから」
 登る煙が、月に消える。
「思う存分、お愉しみを」
 瞬間、一面の星空が。月が。黒一色に。
 雲ではない。其れは風。漆黒の暴風。
 竜巻となって雪崩落ち、万物を吹き壊す。黒の中、妖しく猛る血色の眼孔。平伏し、崇める様に集う黒犬達。
 嵐鳴纏い、響く咆哮。

 その者、八つの災いその一つ。
 『八彩災華・風の災』
 『黒風の黒眚(しい)』、統べる『王』。
 かつての屈辱晴らさんと、飢える魔群を引き連れて。
 黒き災いが、月に舞う。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 8日 出発日 2022-01-30

難易度 普通 報酬 通常 完成予定 2022-02-09

登場人物 4/6 Characters
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  
《ゆうがく2年生》樫谷・スズネ
 ヒューマン Lv14 / 勇者・英雄 Rank 1
「ただしいことのために、今の生がある」 「……そう、思っていたんだけどなぁ」 読み方…カシヤ・スズネ 正義感の強い、孤児院生まれの女性 困っている人には手を差し伸べるお人好し 「ただしいこと」にちょっぴり執着してる基本的にはいい人 容姿 ・こげ茶色のロングヘアに青色の瞳、目は吊り目 ・同年代と比べると身長はやや高め ・常に空色のペンダントを身に着けており、同じ色のヘアピンをしていることも多くなった 性格 ・困っている人はほっとけない、隣人には手を差し伸べる、絵にかいたようなお人好し ・「ただしいことをすれば幸せになれる」という考えの元に日々善行に励んでいる(と、本人は思ってる) ・孤児院の中ではお姉さんの立場だったので、面倒見はいい方 好きなこと おいしいごはん、みんなのえがお、先生 二人称:キミ、~さん 慣れた相手は呼び捨て、お前 敵対者:お前、(激昂時)貴様
《熱華の麗鳥》シキア・エラルド
 ヒューマン Lv25 / 芸能・芸術 Rank 1
音楽と踊りが好きなヒューマンの青年 近況 自我の境界線が時々あやふやになる みっともない姿はさらしたくないんだけどなぁ 容姿 ・薄茶色の髪は腰の長さまで伸びた、今は緩く一つの三つ編みにしている ・翡翠色の瞳 ・ピアスが好きで沢山つけてる、つけるものはその日の気分でころころ変える 性格 ・音楽と踊りが大好きな自由人 ・好奇心>正義感。好き嫌いがハッキリしてきた ・「自分自身であること」に強いこだわりを持っており、自分の姿に他者を見出されることをひどく嫌う ・自分の容姿に自信を持っており、ナルシストな言動も。美しさを追及するためなら女装もする。 好きなもの 音楽、踊り、ともだち 苦手なもの ■■■■、理想を押し付けられること 自己犠牲 二人称:キミ、(気に入らない相手)あんた 初対面は名前+さん、仲良くなると呼び捨て
《終わりなき守歌を》ベイキ・ミューズフェス
 ローレライ Lv27 / 教祖・聖職 Rank 1
深い海の色を思わすような、深緑の髪と瞳の彷徨者。 何か深く考えてるようにみえて、さして何も考えてなかったり、案外気楽にやってるのかもしれない。 高価そうな装飾品や華美な服装は好まず、質素で地味なものを好む。 本人曰く、「目立つということは、善きものだけでなく悪しきものの関心も引き付けること」らしい。 地味でありふれたものを好むのは、特異な存在として扱われた頃の反動かもしれない。 神には祈るが、「神がすべてをお救いになる」と盲信はしていない。 すべてが救われるなら、この世界に戦いも悪意もないはずだから。 さすがに口に出すほど罰当たりではないが。 ◆外見 背中位まで髪を伸ばし、スレンダーな体型。 身長は160センチ前半程度。 胸囲はやや控えめBクラスで、あまり脅威的ではない。 が、見かけ通りの歳ではない。 時折、無自覚にやたら古くさいことを言ったりする。 ◆嗜好 甘いものも辛いものもおいしくいただく。 肉よりも魚派。タコやイカにも抵抗はない。むしろウェルカム。 タバコやお酒は匂いが苦手。 魚好きが高じて、最近は空いた時間に魚釣りをして、晩ごはんのおかずを増やそうと画策中。 魚だって捌いちゃう。

解説 Explan

【目的】
 街に出現した怪異・『黒風の黒眚』の全討伐。

【エネミー情報】
『黒風の黒眚(しい)』×10(固定)
 格:3
 生態:黒い大型犬の様な姿。風に乗り、高速で動く。極めて凶暴。
 本能:機械的かつ組織的。行動原理は、蟻や蜂に近い。
 属性得意/苦手:風/火 物理攻撃は本来の半分のダメージになる。
 得意地形:虚空
 戦闘スタイル:近接戦闘型。噛み付き。爪での引き裂き。物理的防御能力はない。回避が極めて高い。
 特殊設定:上限10匹の群れで行動。『王』が健在である限り、倒しても追加される。

『王』×1
 格:5
 生態:九頭九尾の巨大な黒狼。風そのものに変化出来る。捕食欲・破壊欲の権化。
 本能:永き飢餓により、狂戦士状態。
 属性得意/苦手:風/火 風化すると物理攻撃が無効となる。
 得意地形:虚空
 戦闘スタイル:オールレンジ型。旋風となり、空間全域を鎌鼬で蹂躙する。九頭の狼に分離し、全方位攻撃を行う。物理的防御力はない。基本、回避もしない。
 倒すと眷属の黒眚達も全て消滅する

【NPC情報】
『チセ・エトピリカ』
 学園生徒。黒眚討伐に追随。
 彼女から10マス以内の範囲にいる限り『まりょく』が減少せず、また減ったまりょくが減少値の半分まで回復する。
 エネミーの攻撃対象にはならない。

『白南風・荊都(しらはえ・けいと)』
 謎のヴィランにして悪質なトリックスター。
 エピソード『黒風は、清き乙女と月世に踊る』において封印された黒眚の王を呼び覚まし、街まで誘導した。
 今回の立ち位置は完全に見物人。戦闘には全く介入しない。攻撃しても、全て無効化される。会話は可能。普通に嫌な人。


作者コメント Comment
 お久しぶりです。土斑猫です。
 今回から少し、連続エピソードを担当させていただきます。
 どうぞよしなに。


個人成績表 Report
クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:108 = 90全体 + 18個別
獲得報酬:3600 = 3000全体 + 600個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
基本はチセ君の近くで行動し、魔法で攻撃
逃げ遅れた人がいたらスピット・レシールで守り逃がす
ヒドガトルで黒風の黒眚の群集を崩し、散らしていこう
そして、数が減らないというのならやり方を変えるまで。重力思念とシーソルブで力を直接削ぎ優勢な状況を作っていくよ

王の鎌鼬による全方位攻撃が来たら、ボイニテッドの加護で再度スピット・レシールを使い仲間を護る防壁となろう
そして攻撃の間を縫って、アン・デ・フィアによる魔法の拘束術で束縛する

パクス・ア・ニミで自身を神聖状態に変え、そこにチセ君の力を活かして大賢者のローブの力で強化したヒドガトルをぶつける。容赦はしない
その黒が灰に染まるまで、何度でも灼き尽くすだけだ

樫谷・スズネ 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:270 = 90全体 + 180個別
獲得報酬:9000 = 3000全体 + 6000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
合間見えるのは二度目か
どちらにせよ、いつかは対峙しなければならなかった相手だ
それが少し早まっただけのこと!

・行動指針
盾として二人を守る
敵の攻撃を『全力防御』で出来るだけ防ぎながら、カウンターとして『ウィズマ・アーダ』
王へは積極的に『グリフォン返し』と『マド』
鎌鼬発動時に前兆がないか確認
(姿が消えたり音が変われば特に警戒)
向こうも何も学習してない訳がないだろうな
乙女の血とやらはまだ欲しているのか?悪趣味な獣が!!

攻撃優先は基本的に王>自身に最も接近している黒眚
「挑発」も交え、出来るだけ味方への注意を自分に逸らせる

シキア・エラルド 個人成績:

獲得経験:108 = 90全体 + 18個別
獲得報酬:3600 = 3000全体 + 600個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
虫の次は犬?どいつもこいつもお腹空いてるね
悪いけど、チセさんの顔に傷をつけるわけにはいかないんだよね!
心友にも頼まれちゃったしさ!
チセさんお久しぶりー、元気してる?

・行動方針
攻撃がメインの支援を
『演奏』で常に味方の射程を引き上げながら『マド』
敵接近時に『シスイノシ』で妨害
「煩い犬だなぁ…『黙れ』」
攻撃はなるべく「緊急回避」で避けるが、防御の際は首を最優先で守る
王が鎌鼬発動後を狙って『スプリーム・クラッシュ』
なるべくチセで援護を行う
前線にいるスズネに攻撃が集中するようなら彼女の防御タイミングに合わせて『シルト』
で、いつまで俺の心友狙ってくれてるわけ?
『いいから動くな』!!

ベイキ・ミューズフェス 個人成績:

獲得経験:108 = 90全体 + 18個別
獲得報酬:3600 = 3000全体 + 600個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
街に出現した黒眚と王の全討伐

◆用意
キラキラ石を光源にし、視界を確保

◆役割
チセさんの10マス以内に位置取り、仲間の回復・支援を軸に応戦

◆応戦
リーライブ、ロ16、デトル、ロ19での回復・BS解除で戦線を支えると共に、第六感を活かし戦況をみつつ、仲間への不意討ち等に警戒

特に被害が大きい方や強敵に狙われてる方を優先し回復・BS解除
回復の必要がなければ、ロ18で仲間を狙う敵を攻撃したり、王に聖鎖陣を仕掛ける等し  牽制

味方全体がピンチで、損害が激しく全滅の可能性が高ければ、大司祭の聖服の力を借り味方全回復

第六感や幻視で危機の気配や他の敵意等、何か見えたりしたら、必要なら仲間に伝達
事後は負傷者に応急処置

リザルト Result

 辿り着いた皆を待っていたのは、破壊された家々と逃げ惑う人々。そして、其れを嘲笑うかの様に蹂躙する漆黒の風の群れだった。
「……相まみえるのは二度目か」
 舞い踊る魔性の黒犬達を目で追いながら、【樫谷・スズネ】は呟く。
「どちらにせよ、いつかは対峙しなければならなかった相手だ。それが少し、早まっただけのこと!」
 思い出すのは、いつかの戦い。未熟故、刈り取り切れなかった災いの根。成長した。力を得た。だから、今度こそ。

「……ああ、相変わらず躾のなってないワンコロどもですね……」
 破壊と血臭に狂う黒犬達を見て、【ベイキ・ミューズフェス】は不快げに吐き捨てる。
「コレが『黒眚(しい)』か……。魔物、というよりはまるで災害だな……」
 広がる惨状を見つめ、目を細める【クロス・アガツマ】。
「処女好き……い、や、まあ気持ちが分か、らん訳でも、ない気もしたりするが……」
 得た情報の中で、有用とも下世話とも言い難い下りの扱いには些か。悩む彼を、隣の旅守りの加護がジロリと睨む。
「あいつら、同志オンナスキーのなかでも格下」
 夜闇を更に深く染める漆黒。視界を確保する為のキラキラ石を灯しながら、『生かしておくだけ、空気の無駄』と剣呑に宣うベイキ。以前の戦いより、募る呪いはまあ色々と。
「ショジョスキーですから、今回はスズネさん人気者ですね」
 彼らの思考がかの時のままであれば、その行動は容易く読めよう。などと思いつつ、チラリと自分を見てるクロスを見やる。
「何で私が狙われないか? って、このタイミングで聞いたりします?」
「あ、いや。そんな事は……」
 慌てて取り繕う様に、『チラリとは思ったなこの野郎』とか思いながら、まあ実際にはその点についてはそう拘っている訳でもなく。
「ま、子どもが居る処女なんて……聖母様位ですよ?」
 ただ、ソレを成したる呪い。因果を負ったのが、生まれた子らであった事が許せない。
 思いを読んだかの様に、掠めて飛んだ黒眚達がゲラゲラ嗤う。
「ああ、気分が悪いですね」
 ギロリと睨み、手の中に浮かべるブリジラの冷気。
「さっさと、駆除してしまいましょう。貴方も、しっかりしてくださいね?」
 言って、向けた視線の先。そこには、ズタズタに傷付いた少女を抱き止めるクロスの姿。
「……ああ、分かっているさ」
 呟いて、震える少女の髪を撫でる。
「チセ君」
 呼びかけに答えて、同行していた『チセ・エトピリカ』が駆け寄ってくる。
「この子を、頼む」
「はい」
 チセと少女にスピット・レシールをかけると、改めて黒眚達に向き直る。
「……良いお顔になりましたね」
「ええ、流石に……ね」
 感心した様なベイキの言葉にそう頷くと、彼女に倣う様に手に魔力を灯す。
「確かに、躾がなっていない様だ」
 逃げる人々に咬みかかろうとした一頭にヒドガトルをぶつけ、静かな声で威圧する。
「少々、お仕置きが必要だね」
 黒い風が、ゲタゲタと嗤う。『やってみろ』と言う様に。

「大丈夫ですか?」
 クロスに託された少女を、一先ず戦線から外れた場所に避難させるチセ。ズタズタに咬み裂かれた身体を見て、唇を噛む。
 これだけの傷を負わせながら仕留めなかったのは、明らかに遊んだが故。あからさまな残虐性と狂暴性に、恐怖と共に怒りが溢れる。
 せめても血を止めようと治癒の魔法を起動した時、少女の顔が恐怖に強張る。
「!」
 見開いた視線の先は、背後。振り向いた先には、周囲の瓦礫を巻き上げながら疾走してくる漆黒の風。黒の中で、真っ赤な双眸が狂喜に輝く。
 咄嗟に攻撃を放つも、彼女の非力な魔力は易々と弾かれる。
「くっ!」
 せめても牙が届かぬ様にと、少女を胸に抱き込み背を向ける。押し寄せる生温かい風の圧力。血生臭い呼気を感じた瞬間。
「煩い犬だなぁ……。『黙れ』」
 静かに響く声。言霊に宿る魔力が、黒眚を縛る。追う様に放たれたマドが、唸る鼻先を弾く。
「虫の次は犬? どいつもこいつもお腹空いてるね」
 燃える炎の影から現れた青年が、次の魔光を灯しながら笑う。
 酷く、冷たく。
 見定めた黒眚が、彼に向かって飛びかかる。それでも彼は、また笑う。
「悪いけど、チセさんの顔に傷をつけるわけにはいかないんだよね!」
 立て続けに放たれるマド。集中砲火を受けた哀れな黒風が、霧散する。
「チセさんお久しぶりー、元気してる?」
「シキア様……」
 笑いながら歩み寄って来た【シキア・エラルド】に、チセは『ありがとうございます』と頭を下げる。
「いいって。今更、そう言う仲じゃないよね? それよりも、怪我はない?」
「はい。御陰様で……」
 しげしげと見て、その言葉に嘘がない事を確認する。
「よし、なら安全な場所まで下がってて。その子と一緒に」
「でも……」
「大丈夫、戦闘は俺達に任せて。チセちゃんは、怪我人の救助をお願い」
「……はい」
 決して我儘を言う事はなく、けれど歯痒そうに。少女を連れて離れていく彼女の姿を肩越しに見つめる。
「心友にも、頼まれちゃったしさ」
 思い出すのは、今は此処にいない友の願い。
 彼が帰る、その日まで。

 悔しいな。
 悔しいな。
 守りたいのに。
 助けたいのに。
 届かない。
 及ばない。
 皆を。
 仲間を。
 友達を。
 『あの人』を。
 ああ。
 ああ。
 どうして自分は。
 こんなにも。

 堰き止めようとする想いを嘲笑う様に、一筋の雫が頬を伝う。
 落ちた雫が、抱き締める少女の顔に落ちる。
 流れるソレをペロリと舐めて。
 幼い顔が、ニヤリと歪む。

 ◆

 昏い空に風が舞う。黒い黒い、漆黒の嵐。ビョウビョウと鳴きながら。ゲラゲラゲラと嗤い立て。カシリカシリと、痛く痛く血を啜る。

「乙女の血とやらはまだ欲しているのか? 悪趣味な獣が!!」
 明らかに自分を集中して狙う黒眚達の動き。全力防御で弾きながら、スズネは確信する。
「とは言え……」
 ただ血に狂っていた先の戦いとは違い、その動きには明らかに思考が。
 注がれる視線。耳元を掠める牙鳴り。伝わるのは、『楽に殺しはせぬ』と言う明確な憎悪。
「……一度戦った相手。しかも学習するならば、私の事を覚えているだろうか?」
 先の戦いで顕現した黒眚達は残らず滅ぼした。今此処にいる黒眚達は、間違いなく別の個体。けれど、スズネは覚えている。黒眚の群れは、その全てが一つの意志に統率されている。なれば、この個体群もいつかの記憶を保持しているは道理。
「狙っていろ、死ぬつもりはないけどな!!」
 それなら、それで良い。風の化身たる黒眚は素早く、捉えるが困難。多少なりとも動きが予測出来るのは有り難い。
「というか、鬱陶しい!!」
 そう毒づき、群れてる黒眚に花火ぶん投げた。

「ぐっ……」
「しっかり。すぐに止血しますから」
 すれ違いざまに肩を裂かれたクロスに、ベイキがすかさず希雨の恵みで治癒をかける。
「すまない」
「お気になさらずに。支援や回復は任せて、わんコロ共に集中を」
「頼む」
 ベイキに援護を任せると、クロスは戦術を変える。それまではヒドガトルで黒眚の群集を崩し、散らす事を目指していた。けれど数は一向に減らず、崩れる事も散り散りになる事もない。聞いていた通り、群が個として動いているのだ。
「それなら……」
 重力思念を展開。さらにシーソルブを加えて、黒眚達の群の力を直接削ぎにかかる。
「……地の利、盗らせてもらうよ……」
 けれど、狡猾な黒眚達が易々とこっちの都合を通す道理もなく。当然至極に妨害に入る連中相手に、ベイキもまた忙殺される。
(チセさんがいるのは、助かりますね)
 チセ・エトピリカ。
 以前、怪異に滅ぼされた少数民族の生き残り。惨劇の痛みを二度と学園に入学した彼女は、伸び悩んでいた。
 戦闘には明らかに不向きで、かと言って支援・回復と言った後衛能力に秀でる訳でもなく。
 ただ、幾つかの実習によって確かな特性は見出されていた。
 それは、内包する魔力の量。個人としては異常とも言える規模の魔力を内蔵し、尚且つ生成が続く。
 許容範囲を超えた魔力は彼女から溢れ出し、周囲にいる人々の不足した魔力を補填していく。
 その特異な能力に、学園は期待を寄せた。制御出来る様になれば、間違いなく世の助けになり得るモノと。
 自身の限界を感じていたチセ自身も、その可能性に託していた。ただ、時は其れを許さず。術が確立する前に魔王の災禍が目覚め始めてしまった。その事を、彼女は悔やむ。
 役に立てぬ、己の身を。
 自己評価が低過ぎる、と思う。
 実際、彼女がいてくれるだけで自分達はこうして周囲の憂いなく戦う事が出来ている。完璧な存在なんてありはしない。足りないモノを補い合い、強い所を高め合う。勇者と呼ばれる力の本質であり、真理。
 けど、ソレが人に言われてなぞるモノではない事もまた真理。
 だから、皆願っている。彼女自身が、早くソレに気づく日を。
(最も、今のままでも十分……)
 生まれが生まれ故、緊急時の危機対応はしっかり心得ているチセ。こう言った被災地での働きには信頼がおけたりする。
 と、此処まで考えて違和感を感じた。
 先の様に、チセ自身の戦闘能力は乏しい。防御とて、そう得手ではない。だから、彼女と縁が強いシキアやクロスは勿論、ベイキ達も救助要員である彼女が黒眚達の標的にならない様気を向けていた。
 だが、実際には先にシキアが防いだ一匹が最後。黒眚達が彼女に手を出す気配がない。
 自分達が、戦いに専念出来ている事が何よりの証拠。
(はて、このわんコロ共が手を出さない理由と言えば……。ありませんわねぇ、あの娘に限っては)
 ソレはまあ、例の下卑た嗜好に関する話で。あの純朴無垢を形にした様な娘がそう言う事『済み』とは思えないし。一応、お相手の心当たりもあるがあっちだってそう言う所律儀そうだし。
 そもそも、その件に関してもコイツ等にとっては『優先順位が下がる』程度の些事。
(……何か、嫌な感じですわね)
 だからと言って、ソレが何かは分からないけど。
「ベイキ君!」
「おっと」
 クロスの声に、我に返る。躍りかかって来た黒眚をブリジラで弾く。押し寄せる敵を捌く為、思考はソチラに。幾匹かの黒眚が、ニヤリと笑んだ。

「いつまで俺の心友狙ってくれてる訳?」
 スズネに肉薄した個体をシルトで防いだシキアが、彼女の隣りに並ぶ。
「すまない」
「珍しく真面目な顔してると思えば、因縁の相手なんだ?」
「まあ、碌な縁ではないがな」
 答えながら、全力防御で防いだ一匹をウィズマ・アーダのカウンターで落とす。けれど、またすぐに次が。
「……数が減らないな」
「……私に集中している事もあるだろうが……確かにな」
 戦いが始まってからそれなりに経つのに加え、スズネは彼らの手の内を知っている。決して易い相手ではないが、穴はある。故に、落とした黒眚の数も相応。けれど、空を舞う黒風の密度は一向に減らない。
 違うのだ。
 あの時とは、何かが。
「何が……」
 呟いた瞬間、空気が変わった。
 散々に荒ぶっていた風が止む。
 まるで、何かに道を空ける様に。
 まるで、何かに傅く様に。
 全て全ての風が止み。
 そして――。
「――――!!!」
 場に居る、全員が息を飲んだ。
 押し寄せてきたのは、嵐。
 燃える炎を霧散させ。
 詰み上がる瓦礫を巻き狂い。
 大気と大地を抉り取り、咆哮を上げるソレは正しく。

 風鎌の進軍。その猛禍。

 シキアのシルトごと、暴風に巻き上げられる。四方八方から嚙みかかる、無数数多の鎌鼬。一瞬でズタズタにされ、叩き落されるメンバー。ここぞとばかりに、『好物』のスズネに殺到する黒眚。
「こんの!!」
 ベイキが腕の裂傷を無理矢理に爪で開く。激痛を食い縛り、迸る鮮血をスズネに向かって飛ばす。先の戦いでの証左。美酒の蠱惑を濁された黒眚達が、忌々しそうにたたらを踏んだ所をシキアとクロスが追い払う。
「ああ、全く。嫌な連中」
 言って、後ろを振り向く。
 見下ろすのは、鮮血に燃える18の眼孔。吹き下ろす血臭の呼気が、チリチリと不快に肌を焼く。
「……アレ、貴方のペットでしょう? 放し飼いにするのなら、もう少し躾をしっかりしてくださらない?」
 口元の血を拭いながら、皮肉るベイキをカチカチと鳴る歯牙が嘲笑う。
「ああ、成程。雑魚共が減らないのはお前のせいか」
 よろよろと身を起こすスズネも、不敵に笑う。
「あの時は此方の用意が伴わず、失礼をしたな。ならば、今度こそ決着をつけようではないか……」
 霞む眼差しにキッと力を込めて、かのモノを見上げる。
 其は、真なる異形。
 身の丈5mはあろう、漆黒の巨躯。血色の眼差し。幾重の牙を湛える狂貌、九つ。針の様な剛毛が満たす大尾も九本。
 異形威容の、大山神。
 数多の風の妖犬を従え傅かす存在。其は正しく。

 ――黒眚の『王』――。

「成程……こいつが王か……」
 立ち上がったクロスが、大きく息を吐いて力を込める。
 見下ろす王。九つの首が、互い違いに小首を傾げる。足掻く小蟲の所作を、細やか余興と愉しむ様に。
「皆、少し下がっているといい。今日は火力の調節が難しそうだ……」
 応じる漢の目にも、使命の炎はまだ絶えず。

「……封印が解かれたって事は、この王とやらがぶち破ったか、誰かが解いたかの2択だよね?」
「……そうなるな」
 スズネの答えに、薄笑みを浮かべるシキア。
「いつかの虫もそうだったけど、案外近くで見てるかもね……」
 面白そうに言う声は、酷く酷く乾いていた。

 ◆

「ああ、良いお顔でありんすねぇ」
 甘い。酷く甘い声が響く。
 燃える家々の、焦げて崩れる灰の匂い。辺りに流れ溜まった鮮血の、えづく様な鉄錆の臭い。
 その全てを溶かす様に、満ちて流れる香の香り。ともすれば溶け落ちそうになる意識を食い縛りながら、チセは『彼女』を見ていた。
「そんなよろしい顔が見れるなら、趣向を凝らした甲斐があるとおっしゃるもんでありす」
 そう言ってケタケタと笑う女性は、たった今まで胸に抱き締めていた少女だった者。理解の及ばない恐怖に戦慄くチセを見て、女性はまた笑う。
「貴女は……」
「おや、此れは失礼をいたしんした。此方、『白南風・荊都』と申しんす」
 そう言って、恭しく頭を垂れる。
「…………!」
「そう怖がりんせんでくんなましな。わっちは、敵ではありんせん」
 警戒の体勢を取るチセに、優しく甘く語り掛ける。
「では、誰だというのですか……?」
「『滅尽』の御方様の使い、と言えば分かりんすかね?」
「!」
 『滅尽』。
 『滅尽覇道』。
 覇王六種、最後の一柱。
 ――『饕餮』――。
「ああ、ご存じでありんすね 。結構な事でありんすぇ」
 嬉しそうに哂う荊都。想定通りの反応と言わんばかり。
「……覇王のお使いの方が、何の御用でしょうか? まして、こんな……」
 非常時に。
「なぁに、問題ありんせん」
 艶珠の朱を塗った唇が煙管を吸い、煙を吐く。朱塗りの煙管が、『向こう』を示して。
「『黒眚(アレ)』を起こして導いたのは、わっちでありんすから」
 瞬間、短刀を抜いたチセが荊都に向かって走る。けれど。
 突然荊都の肩が盛り上がり、突き出した蜘蛛の脚がチセを薙ぎ倒した。
「まあまあ、お話を聞いてくんなましな」
 地べたに転がり、苦悶するチセに笑いながら近づく。
「これはまっこと、仕方のない事でありんして。滅尽の御方様のお目覚めの為には、どうにも必要な儀式なんでありんす」
 腰を屈め、覗き込む。
「『こな事をする奴の助けなんていりんせん』と、おっしゃるのは、無しでありんすよ?」
 睨むチセを、そう言って嘲る。
「どう頑張っても、ぬし方だけの力では魔王さんには勝てんせん。ソレは、絶対の真理でありんす」
 そう。ソレは血の魔族の王、アーカード始め他の覇王達の存在が物語っている。
「でありんすからね? 力を合わせんしょう ? 他の六種の方々とも、そう言う話でございんしょう? ただ……」
 困った様に、小首を傾げる。酷く、業とらしく。
「アーカードさんから聞いていんすでありんしょうが、滅尽の御方様は些か難儀な性質(たち)の方でございまして。何と仰るかまあ、意地汚い」
 やれやれと、呆れた素振り。
「それで、ちゃんと働いてくださるには口寂しいのを紛らわす『噛み煙草』が必要な訳なんでありんすが ……さて」
 白い手が、ツと伸びる。
「貴女様は、皆々様のお役に立ちたいそうで……なれば」
 掴んでクイと上げるのは、チセの顔。
「とぉっても、いいお役目がありんすよ……?」
 彼女の瞳を映す眼鏡の奥で、歪む眼差しが妖しく光る。
「もう、失くすのは嫌でありんしょう?」
 紅い唇が、白煙を吹く。
「居場所も」
 甘い。
「お優しい御友方も」
 甘い。
「愛しい愛しい」
 悍ましい程に甘い。
「あの方も」
 香の香り。

 ◆

 黒天高く響く咆哮。王の身体がビョウと騒めき、瞬間九つの狼影と化して四方へ走る。
「皆、来たぞ!」
「出鱈目やってくれますわね、このデカワンコ!!」
「シキア! せめて首は守れよ!」
「分かってるさ!」
 襲い掛かる無数の牙を、個人の技と互いの連携でしのぐ。渋く鮮血の香りを嗅ぎ、散った血糊を舐め上げて。王は恍惚の歓喜に身を震わせる。
「全く、ペットがアレなら飼い主もソレですね!」
 皆のダメージが大きいと見たベイキが、大司祭の聖服の加護を発動する。
「……チセさんの補助があるとは言え……いい加減、こっちの身が持ちませんよ……」
 加護発動による大量の魔力消費。流石にチセの補給も間に合わず、朦朧とする彼女を皆が下がらせる。
「承知している! 幸い、奴は自身の無効能力に大層自信がある。こちらの攻撃を避ける気がない。機さえあれば、余裕でぶち込める!」
 マドで牽制を続けながら、答えるスズネ。
「肝心の『機』がいつか、だけど……」
「もう、気づいてるんじゃないのかい?」
「そっちも、同じ見解? なら、間違いないかな」
 頷くクロスに笑いかけると、シキアは王に向き直る。
「という訳だから、もう少し付き合って貰うよ! 脳筋の御犬様!」
 あからさまな挑発は、けれど狂乱の王を喜ばせるだけ。響き渡る戦いと殺戮への渇望を叫ぶ。呼応する様に狩り立てる黒眚達とぶつかるシキア。
「君ら、処女が好きなんだって? なら、チセさんも危ないんだよね? 困るんだよねぇ、今彼女は人生エンジョイしてるんだからさ!!」
 大切な者達との絆でもある彼女。ソレを戦いの場で頼らねばならぬもどかしさを、シキアは苛立ちの高揚と共に黒眚に向ける。
(……チセさんの事を知っていると聞いたので同行をお願いしたが……)
 舞踏を踏む様に戦う友人を見ながら、スズネは思う。
(最近のあいつはどこかおかしい気もするけど……少なくとも、同行した人の為に動けるならまだ大丈夫か……?)
 この死線の狭間ですら、溢れる軽口。ソレが、妙な不安を誘う。

「おや、あちらも佳境の様でありんすねぇ」
「……お願いが、あります……」
「さて、何でございんしょう?」
「せめて……この戦いが終わるまでは……皆の、傍に……」
「ええ、ええ。勿論」
 その様を、酷く愉しそうに。
「御心残りの、ない様に」
 甘い毒を、また一吹き。

 再び響く雄叫び。王の身体が、騒めく様にぶれる。
「来るよ!」
「執念場だ! 皆、踏み止まれ!!」
「承知!」
「全く……綱渡りも良い所です」
 皆が意思疎通した瞬間、王の身体が弾けた。
 鎌鼬。無慈悲なる、全方位攻撃。
 合わせる様に、クロスがボイニテッドの加護を解放。スピット・レシールを再度展開。皆を護る、防壁となる。
 ぶつかる、鎌鼬。続く様に雪崩れ込む、黒眚の群れ。
 血濡れた牙と、真空の刃の蹂躙。皆が、全霊を持って耐える。
 一秒。
 二秒。
 満ちる血の匂い。耳朶を覆う悪意の哄笑。永遠とも思える、苦痛の時間。
 けれど、どんな地獄の責め苦であれど必ず終わりの時は来る。
 生きてさえいれば。
 三秒。
 四秒。
 そして――。
「切れた!」
 詰めた息を吐きながら、スズネが叫ぶ。
 疾風と化していた王の姿が、再び実像を結ぶ。幻想が現実へと戻るその一瞬。
 それこそが、待ち続けた『勝機』。
 最後の力を振り絞ったベイキが聖鎖陣を。クロスがアン・デ・フィアを展開。二重の束縛が、隙を突かれた王を縛る。
 雄叫びを上げる王。従う黒眚達が、不遜の鎖を噛み砕こうと牙を向く。
「いいから動くな!」
 荒ぶ風を、シキアのシスイノシが凪ぐ。
「ワンコロ共は任せて……ガンガンいっちゃってくださいな……」
 第六感や幻視を全開して黒眚達を読み続けるベイキ。邪魔はさせない。
「さあ、もうひと踏ん張りいくとしようか!」
 開いたパクス・ア・ニミが輝く。自身を神聖状態に変えたクロスに、流れ込む大量の魔力。チセの、魔力供給。
「有り難い!」
 充填された魔力を大賢者のローブに装填。変換する術式は、ヒドガトル。
「容赦はしない!」
 爆発的に威力を増した火球の礫が、流星群の様に炸裂する。爆炎に包まれながら、叫ぶ王。その声は苦悶の様にも。悦楽の様にも。
「ほら、コレもやるよ!」
 休む間も与えずに、シキアがスプリーム・クラッシュを叩き付ける。ついに揺らぐ、王の巨体。
「今です!!」
 ベイキの声に、スズネが飛び出す。
「これで……」
 手の中に込める、ありったけの魔力。
「終わりだぁあああ!!!」
 渾身の力を収束させたマド。基本の基本。だからこそ、純粋な魂の力足り得る魔砲が虚空の王を穿つ。
 響く絶叫は、紛れもない断末魔。崩壊していく王の身体。付き従う様に、他の黒眚達も朽ち堕ちていく。
「そうだ……。還れ。そして、二度と帰ってくるんじゃない……」
 見送るスズネの視線が、溶けていく王のソレと合う。
 嗤っていた。
 滅びの苦しみの中にあって尚、その目は喜びに満ちていた。
 まるで、本当の復讐が。己達の愉悦が何たるかを知っているかの様に。
 例え様も無い怖気にスズネが震えたその時、堕ちていく黒眚達が一斉に嗤い始めた。
 ゲラゲラと。
 ケタケタと。
 まるで、愉しくてしかたないと言う様に。
 皆が呆然と佇む中、最後の一匹が消えるまで。悍ましい哄笑の帳は延々と続いた。

 ◆

 しばし呆然としていたシキアが、ふと我に返る。
「そうだ。チセさんは……」
 無事な筈と思いながら振り返ろうとしたその時。
 どこからともなく聞こえて来たのは、軽いノリの拍手。皆が、驚いて向いた先。
 見た事のない女性が、ニコニコと笑いながら手を打っていた。
「いやあ、お見事でありんすね。こなたの人数で黒眚の王を調伏するとは。いや、まったくもって大したモノ」
 心からの賞賛か。それとも揶揄なのか。霞の様にはっきりしない気配。ただ、不穏。
「……どなたです? 一般人……ではありませんね。こんな場所で……」
 無傷など。
 明らかに異常。警戒する皆を見て、女性――荊都は尚更可笑しそうに笑う。
「あははは、皆様もチセ様と同じでありんすねぇ。いえいえ、結構でありんす。そう易々と知らぬ輩を信用する様な甘ちゃんだと、此方もなかなか共闘はしんどいでありんすからねぇ」
 共闘とか信用とか、引っかかる言葉はあれど。皆が反応したのは、たった一つ。
「……あんた、チセさんに何かしたのか?」
 険の籠ったシキアの問い。荊都はニコリと笑むと、着ていた長羽織を開ける。
 その中で、サラリと流れる長い黒髪。シキアが、皆が目を見開く。
「チセさん……?」
 そこにいたのは、チセだった。けれど、学園で見慣れた姿ではない。長く伸びた黒髪。身に着けた、純白の巫女服。そう、その姿はあの時の。

 『土蜘蛛』の贄と選ばれた、あの時の――。

「――――っ!」
「来ないで!」
 咄嗟に駆け寄ろうとしたシキアを、チセの声が止める。
「チセさん?」
「良いんです。これが、わたしの出来る事……わたしの、在る意味なんです……。だから……」
「何を、言ってるんだ……?」
 戸惑うシキアの後ろから進み出たクロス達が、荊都に問う。
「貴女は何者だ……? チセ君を、どうする気だ?」
「ふ~む。先と同じ事を繰り返すのは、ちょいと手数でありんすね。なれば……」
 持っていた煙管を、ツイと吸う。吐き出す煙は、妖しの伝達術。甘い香が皆の肺に満ち、そして全ての下りを脳へと溶かす。
 見る見る強張る、皆の顔。
「滅尽覇道……饕餮……!」
「チセ君を、生贄にだと……!」
「貴様!」
 飛び出したスズネとシキア。けれど、荊都の足元から吹き上がった青い炎が行く手を阻む。
「この炎は……!?」
 覚えのあるソレに、息を飲むクロス。炎の壁の向こうから、聞こえる嘲り。
「アハハハハ、元気のいい事でありんすねぇ。誠、結構な事で」
「黙れ! チセさんを返せ!!」
「チセさん、戻って来るんだ! 君は、もう……」
「駄目でありんすよぉ」
 蒼火の向こうから、愉しげな声が響く。
「此れはこなたの方自身が選んだ事。望んだ事でありんすぇ。世の為、人の為、そいで、想う方々の為。此の方は選んだのでありんすよ。勇者でもない。賢者でもない。まして、覇王でもない」

――『贄』と言う、お役目を――。

 息を飲む皆の前で、何かが開く音が聞こえる。蒼い炎の向こう、大きく広がる悪魔の如き翼のシルエット。
「さて、こなたの方はわっちが責任を持ってお連れしんしょう。ぬし方は、どうぞ残りの打ち釘五本、八彩災華のお始末を。何、お手数はかけんせん。舞台の仕立ては此方でしっかりと。何の憂いなく、お済ましくんなまし。努々……」

――お友達の決意を、無駄になぞ為さらぬ様に――。

 羽ばたく音。シキアが歯噛みしたその時。
「シキア様……」
 囁く様な声。ハッと顔を上げる。
「あの方に、お伝えください。わたしは、わたしの役目を果たします。どうか、御憂いなさらぬ様にと。そして……」
 少しの間。後、ポツリと。

――会えて、幸せでした、と――。

 閃く黒羽。炎を蹴散らし、黒い影が夜の空へと駆け上がる。ベイキが聖鎖を、クロスがアン・デ・フィアを放つが届かない。影は見る見る遠ざかり、月の果てへと消えた。
 呆然と見送る皆。やがて、シキアが震える唇を開く。
「……そうじゃないだろ……」
 向ける怒りは、かの女か。彼女か。自分か。それとも……。
「そうじゃないだろぉ!!!」
 ただ、虚しい慟哭が闇色の空に溶けて消えた。



課題評価
課題経験:90
課題報酬:3000
呼び声
執筆:土斑猫 GM


《呼び声》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《ゆうがく2年生》 樫谷・スズネ (No 1) 2022-01-22 21:03:27
………(難しい顔で依頼内容を読んでいる)
…む、すまない。少し考え事をしていた。
勇者・英雄コースのスズネだ。よろしく頼む。

かつて封じた敵が相手だ、情報はあるが……向こうも、一筋縄ではいかないだろうな。
黒眚だけでも苦戦したのは記憶に新しいが、王も加わるとは…

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 2) 2022-01-23 19:27:14
賢者・導師コースのクロス・アガツマだ、よろしく。
どうやらスズネ君は以前にも交戦経験があるようだね、頼りにしているよ。

俺は魔法が得意だから思う存分攻撃しよう。
他にも重力思念やシーソルブを使えば力も削げるかもしれない、以前より使える技も多いからね。
それと、王とやらの鎌鼬もスピットレシールを使えばみんなのことをかくまうシェルターになれるはずだ。必要に合わせて戦術を決めていこう。

《ゆうがく2年生》 樫谷・スズネ (No 3) 2022-01-29 22:14:23
…そうか…出発は今日(明日)だったか
すまない、完全に出発日を見落としていた

私は逆にそこまで魔法が得意というわけではないから、盾として動くつもりだ
物理攻撃自体は全く効かない訳ではないから、カウンターを狙ってみる。
とはいえ、正直前回も中々辛酸を舐めさせられたな…どちらかというと引き付けがメインになる

………そういえば、あいつは彼女と顔見知りだったか…?

《熱華の麗鳥》 シキア・エラルド (No 4) 2022-01-29 22:25:35
ギリギリの参加になってごめんねー?
芸能コースのシキア、よろしく頼むよ
俺の心友が珍しく真剣にお願い事してきたかと思えば…
このクソ大変な時にやばい奴が出たと、しかもチセさんも出るんだって?
OK、よく分からない犬もどきはともかく…チセさんに傷付けるわけにはいかないからね、あの人のためにもさ

とりあえずザッと状況は把握したよ
俺はいつもの「青嵐」で射程伸ばして援護、効果が出てる間はひたすら「マド」撃っとく
風だから勢いにのって『シスイノシ』がいい感じに効けばいいなー、なんて淡い期待を抱きながら随時発動していくよ
ま、イラついて注意が散漫になればそれでよしってことで

《終わりなき守歌を》 ベイキ・ミューズフェス (No 5) 2022-01-29 22:34:28
なんとか時間取れたので駆け込みで。教祖・聖職コースのベイキ・ミューズフェスです。よろしくお願いします。

……ああ、あの躾のなってないワンコロどもですか。
あいつら、同志オンナスキーのなかでも格下。ショジョスキーですから、今回はスズネさん人気者ですね。

チセさんから一定以上離れなければ、魔力が減らないってのは……うまく使うとゆうりですね。
と、こちらは回復メインで動きますんで。

《終わりなき守歌を》 ベイキ・ミューズフェス (No 6) 2022-01-29 23:28:08
そういや、設定やら確認しようとシチュノベ見ようと思ったら、なんか見れなくなってますね。
うん、相談と関係なくて激しく申し訳ないですが。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 7) 2022-01-29 23:50:42
シキア君にベイキ君か、ありがとう、来てくれてとても心強いよ。

こちらは、魔力が減らないのを活用して大賢者のローブの力を大いに使っていこう。
燃えカスにするまで徹底的にね。

シチュノベは、リザルトかな?こちらは普通に読める状態だったが……