コノー村のゴブリン退治
(ショート)
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RGD GM
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冬も近いというのに、その日のコノー村の天気は珍しく快晴だった。
いつもならば、こんな天気のいい日は普段ならば冬場中々外で遊べない子供たちがはしゃぎ回る姿が見られるものだが、今日に限っては子供の姿が見られない。
どこかに出かけている、という訳ではない。皆母親から外に出ないように言いつけられているのだ。
「ねー、おかあさーん。お外で遊びたいよ」
「そうね、遊びたいね。でも今はゴブリンが村の周りで悪さしてるの。お母さんはあなたに怪我してほしくないのよ。
ちょっと今いるゴブリンたちはずる賢いみたいなの。この前ゴブリンを追い払うって出かけて行った隣のお兄さん達も怪我して戻ってきたでしょう?」
「うん……じゃあもう外で遊んじゃいけないの?」
「もうちょっとだけ我慢してね」
しゅんと肩を落とす男の子と目線を合わせ、彼の母親は笑みを見せた。
「もうすぐ、勇者の人たちがゴブリンをやっつけにきてくれるんだって」
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「ようこそ、勇者の卵たち! 世界はキミたちを待ち望んでいる!」
魔法学園【フトゥールム・スクエア】、その一室。
近隣の村からゴブリン退治の依頼が出ていると聞いて集まった学生達を出迎えたのは、年若い女教師だ。
まだあどけなさの残る顔立ちからそう学生達とも年が離れている訳では無いだろう。最初こそ意識して凛々し気な表情を作っていたようだが、すぐにその表情は学生の中にいても違和感の無いような、人懐っこい笑みへと変わった。
「なんて、ね。そう肩肘張らなくても良いけど、ひとまず席についてもらえるかな。ここに来たってことはゴブリン退治のために集まってくれたってことでしょ?」
促されるままに着席した学生たちを前に、女性は一つ頷いて。
「まず集まってくれてありがとうね。もう聞いてるだろうけれど、今回皆にお願いしたいのは、コノー村って村で最近暴れてるゴブリン退治だよ」
知ってるかな。学園から馬車でそう遠くない場所にある、のどかな村なんだけれどね」
教師の話を要約するとこうなる。
どうも近頃、コノー村の近隣にゴブリンがねぐらを構えたらしい。
一年の終わりも近いこの時期、年越しのための食料が村に豊富にあることをゴブリンたちは知っているようで、毎年この時期はゴブリンの襲撃が活発である。
それでもいつもの年ならば村の男衆が追い払うくらいのことは出来ていたのだが、今年に限っては妙にゴブリンたちが手ごわいそうで、家畜や麦が奪われることも何回か起きてしまっているらしい。
近くの洞窟が連中のねぐらであるという所までは村で突き止められたそうだが、追い払うために洞窟へと押し入った村人たちは予想外に手痛い反撃を受け逃げ帰ってきたという話だ。
洞窟へ入った者からの話を聞くと、物陰に身を潜めて後ろから襲い掛かる、松明を持っている者へ投石し明りを落とす、等々ゴブリンが採るのは中々珍しい手立てを使って来たらしい。
「話を聞くに、ちょっと賢い奴がボスをやってるんじゃないかなって思うんだよ。ゴブリンにしては珍しいよね」
そこまでを話し終え、女教師は顎に手を当ててひとりごちるようにそう呟いた。
本来知能が低く、本能のままに動くとされているゴブリン。村人からの話で浮かんできた相手の作戦にしても警戒さえすればそう脅威ではないはずだが、ゴブリンがそれを行ってきたというのは少し珍しい。
まあでもさ、と、彼女は学生達の方を見て笑ってみせた。
「そこでビビっちゃ勇者が廃るってもんだよね。で、改めてなんだけれど、皆にはこのゴブリンたちを退治してほしいんだ。
現地につき次第ねぐらだっていう洞窟に向かって貰って、中のゴブリンをやっつけちゃう感じかな。
相手の住処に入るのもスマートじゃないんだけれども、村の人たちの不安も考えると次に村を襲ってくるのを待つよりはこっちから打って出て欲しいんだよね」
洞窟内は光の届かぬ闇の中らしい。そのため学園の方で明りとなる松明をいくつか用意していくが、先の話にもあった通り、松明を落とさせて光源を奪おうとするような動きもするらしいので、誰が明りを持つかは少し考えた方が良いだろう。
「勿論一網打尽にできれば言うことないけれど、最悪ボスだと思われる個体だけ倒せればいいよ。
こういう群れは大体ボスを倒せば後は烏合の衆だろうから、そこさえ押さえてもらえれば後は村の人たちだけでも何とかなると思うしね」
説明は以上だよ、と言葉を結ぶとともに、女教師は一度教卓を強く叩いた。部屋に響く鋭い音に視線が彼女へ集まる。
「あなたたちにとってこれは数ある授業の内の一つでしかありません。仮に誰もこの依頼を解決せずともあなたたちは別の授業を受けることで勇者になれるでしょう。
けれど、村の人たちにとってはそうではありません。彼らにとって、あなた達への依頼は代わりの利かないもの。そのことを、忘れないでください」
一拍。真剣だった女教師の表情に再び人懐っこい笑みが戻る。
「だから、頑張ってね。ゴブリンだからって油断しないこと、怪我しないようにね」
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参加人数
8 / 8 名
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公開 2019-01-22
完成 2019-02-09
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祖父は覚えていた
(ショート)
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RGD GM
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『じいちゃーん! 早く早くー! 俺もう頂上着いたよー!』
『アーカシ、もうちょっとゆっくり歩いてくれんか……爺ちゃんもう疲れたよ』
『だらしないなー。じゃ、ちょっと待っててよ。山ミカン取ってきてあげるから!』
『おいおいアーカシ。お前じゃまだ樹には登れないだろう。お前が怪我でもしたら爺ちゃんが婆ちゃんに殴られるよ』
『えー』
『じゃあ、もっとアーカシが大きくなったら、その時は山ミカンを採ってきてもらおうかな。出来るか? アーカシ』
『うん!』
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フクロウ便が知らせてきた祖父が危篤状態にあるという報に、【アーカシ】という青年が生まれ故郷の村に戻ってきたのは5年ぶりの事だった。
村を出た時と何も変わっていない周囲の光景にしばし懐かしげに目を細めていたが、目的を思い出したかすぐに実家へと駆け戻る。
バン、と勢いよく扉を開ける。お茶を飲んでいた祖母が驚いたような表情でこちらを出迎えた。
「アーカシ! 早かったねえ。お前の父さんと馬で来るだろうから爺ちゃんの顔はもう見せられないだろうって言ってた所だよ」
「友達が運送の仕事してて、こっちに行くグリフォンに途中まで乗せて貰って来たんだよ。まだ、生きてるんだよね?」
「ああ、話は難しいだろうけど、まだ身体も光になってないよ。さ、お前の顔を爺ちゃんに見せてやっておくれ」
人は完全に死ぬと光の粒子と化し、骨すら残らず世界に融けて消えてしまう。その前にたどり着けたということはグリフォンの相乗りを許してくれた友人に今度酒でも奢らねばなるまい。
そんなことを思いつつ、焦る気持ちを抑えて祖父の寝室へと移動する。
「ほらあんた。アーカシだよ。あんたが危ないって連絡したら、駆けつけてくれたんだ。ありがたいねえ」
「……ァ、…………」
「爺ちゃん……」
ベッドに横たわる祖父の痩せこけた手を握り、それ以上の言葉が出せない。
最早物を満足に食べることもままならないのだろう。頬はこけ、横たわる身体は記憶よりも一回り小さい。
何かを喋ろうと祖父が口を動かしても、声にならない空気の流れがわずかに部屋の中を動かすのみだ。何かを伝えたいのは分かるのに、それを解する手段が無いことがもどかしくてたまらない。
一目でわかる、もう手の施しようがない老衰だ。むしろ立派に生きたと胸を張って良いくらいだろう。
「なあ、爺ちゃん。何か食べたいものとか無いのか? 俺、買ってくるよ」
買っても食べられないだろうことは分かる。だが、まだ生きている祖父に何かをしてやりたい一心で、アーカシは祖父の耳元でゆっくりと聞かせるように問いかけた。
けれど返ってくるのは、言葉として理解できない吐息だけだった。もどかしさと無力さに、息が詰まる。
「それなんだがな、アーカシ」
声のした背後を振り返る。自分が戻ってきたという報を聞いて来たのだろう、父親が母親を伴って立っていた。
「お前、今からフトゥールム・スクエアへ行ってもらえないか?」
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フトゥールム・スクエアと村はそこまで距離が離れていないのが幸いし、その日のうちにアーカシの依頼は教室に張り出されることとなった。
「勇者の皆さん、お集まりいただいてありがとうございます。アーカシって言います。今回お願いしたいのは、俺の村の近くにある、スィーデって山の頂上までの護衛です」
「スィーデって、15、6年くらい前だったかな。魔物が住み着いたって山?」
教師の問いかけにアーカシは「ええ」と頷いて、
「厳密には山頂付近に住み着いた、ですね。当時も討伐するかどうかでちょっと話し合いがあったらしいです。結局は山頂に行く用事も殆ど無いし、向こうも麓に降りてきてこっちを襲うようなことも無いから放っておこうってことになったって聞いてます」
「で、その山にどういう用事なの?」
「俺の祖父がちょっと危ない状況なんですね。正直、明日光になって消えてもおかしくない感じです。でも、まだ喋れるだけの元気があった頃に、山オレンジが食べたいと言っていたそうなんです」
そこまで喋ってから、アーカシは数秒の間を置いて息を整えた。
「『山オレンジ』ってのはスィーデの山頂の樹になる、オレンジみたいな実のことです。村での俗称なんですけどね。俺もまだ魔物が出てこなかった頃、連れてって貰って食べたことあったりしました」
「成程。つまり、それを採りに山頂まで行きたいけれど、魔物がいて危ないから護衛が欲しい、ってことだね」
そういうことです、と頷いたアーカシに頷き返すと、教師は勇者候補生の方へと視線を向けた。
「ここからは私がちょっと補足しようかな。スィーデに住み着いてる魔物って基本的には手出しされない限り襲ってこないタイプが多いんだけど、一種類だけ暴れん坊がいるんだよね。レインボウモンキーって言って、火とか水とかの属性を個体ごとに持った猿みたいな魔物だね。どの属性持ちなのかは体色で判別できると思うよ」
黒板にデフォルメされた猿を描きながら、教師は付け足すように再び口を開いた。
「ああ、ちなみに猿っぽいからってバナナで釣ろうとか考えちゃだめだよ。人間から餌が出ると分かったら人を襲い始める危険があるからね」
ちょっとおさらいしようか、と教師が黒板に白墨で文字を書き連ねる。
世界のありとあらゆるものには魔力が宿っており、その魔力には『属性』と呼ばれる性質が秘められている。
属性間には相性が存在しており、相性のいい属性を持つ者に攻撃するならその威力は上がるだろうし、相性の悪い者が相手なら逆に威力は弱まってしまう。
「この辺は各々授業の内容を思い出しておくこと。今日はもう遅いから明日の朝から山に向かって貰うことになる。夜の山は危険だからね、どんなに急いでいようとも許可できない。アーカシさんもそれでいいね?」
「はい。護衛を受けて頂けるだけでもありがたいですから。皆さん、改めてよろしくお願いします」
勇者候補生に向けて、アーカシは深く頭を下げた。
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翌日、勇者候補生たちはアーカシを伴いスィーデの山道を進んでいた。
スィーデという山は標高自体はそれほど高い訳ではない上、子供でも数時間あれば頂上までたどり着ける程度に傾斜もなだらかな山だ。
魔物が出てこなかった頃は村人たちの憩いの場として親しまれていたのだろうが、今となってはかつての山道にも草が生い茂り、周囲の木々からは枝が道を塞ぐように伸びているため中々登りにくい。
「そういえば、山ミカンなんですけどね。あれすっげえ酸っぱいんですよ」
何度目かの休憩の最中、ふとアーカシがそんなことを言い出した。
「野生の物だから栄養も日当たりもそんな良くないし、当然なんですけどね。でも、なんで爺ちゃんはそんな物食べたいなんて言い出したんでしょうね。俺が出稼ぎに出ないといけない程度に貧しい村ですけど、果物食いたきゃもっと美味い物だってある筈なんですよ」
そこまで呟いた時だった。不意に周囲の鳥が一斉にその場を飛び去った。
続いて登山道の奥から興奮気味にこちらへ近づいてくる猿が三体。それぞれ体色は赤・黄・黒。火、雷、闇属性持ちのレインボウモンキーだろう。
「もしかしたら魔物に合わないで済むかもって思ってたけど、無理でしたね……すみません、皆さん。よろしくお願いします。あいつらを追っ払えれば頂上はすぐです」
言葉を託し、アーカシは邪魔にならないようにと退く。
それを見計らったかのように、三匹の猿が勇者候補生目がけて襲い掛かってきた。
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参加人数
6 / 8 名
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公開 2019-04-01
完成 2019-04-19
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故に彼女はめえと鳴く
(ショート)
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RGD GM
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【メッチェ・スピッティ】は羊のルネサンスであり、学園の客員教授であり、眠りと魔法の研究の第一人者であり、学園の保健室では対処しきれないような怪我人に対する切り札といえる存在である。美術室に足を運ぶと毎回入口で顔を合わせるような気もするが、本業は間違いなく研究者である。
どのような分野であれ、この道の第一人者、と言われるような人間である以上相応の実績があり、やろうと思えば研究以外の業務もしなければならない学園ではなく、もっと良い環境に身を置くことだってできるはずだ。なのにそんな彼女が何故学園に身を置いているのか――という話は、よくよく考えると不思議な話である。
ここよりはるか東の国では『いのち』を意味する文字は『命』であり、それは『めい』と読むらしい。
めいとめえは似ているから自分は学園で復活担当をしているんだめえ――ってメメたんのいとこの母親の旦那さんの奥様の娘のいとこが聞いたって言っとった! 故に彼女はめえと鳴くのでござる!!! とは学園長の言なのでうっかり信じて公衆の場でそんなこと言ってみようものなら指さして笑われること請け合いなので注意が必要である。
とはいえ、座学で眠くなるといった弊害こそあれど、その独特のしゃべり方には人気があることは確かであり、彼女の存在が学園にとってなくてはならないものであることはまた事実であろう。
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どんな職種にだって繁忙期というものは存在する。その日はメッチェにとってそういう日だった。ことのあらましを一言で表せばそうなる。
朝には調子に乗ったルーキーが魔の森に足を踏み入れた結果デュラハンに袋叩きにされて消滅しかけの状態で戻ってきて、昼には火山でトロルと取っ組み合いを演じた結果親指立てながらトロルと共に火山口に沈んでいったという卒業間近の学生たちが担ぎ込まれ、それが終わったと思えば薬草を調合していたはずなのにとんでもない猛毒が生まれてしまいあろうことかそれを合コンのノリで一気飲みしたという馬鹿が運ばれてきた。その合間合間にも保健室では捌ききれない怪我をした学生が運ばれてきたり手伝いもしない学園長が遊びに来たりするものだからたまったものではない。
『たいりょく』が尽きて行動不能になったり重傷を負ったような学生を処置できるほどの技術があるとはいえ、メッチェ自身の魔力を無尽蔵というには少々無理がある。嵐のような時間が過ぎ去りようやく落ち着いてきた、と思えるようになってきた頃には既に彼女は満身創痍といってもいい状態であった。
「メェぇぇぇぇ……」
艶を失った足にも届くような長髪を投げだし、地獄の底から湧いてくる亡者もかくやのうめき声と共に研究室のテーブルに突っ伏す様はちょっとしたホラーである。
ともあれ、忙しさの波は去った。去ったのだ。座学を一つ休講にしてしまった申し訳なさもあるが、それ以上に一段落着いた達成感や安堵の色が今のメッチェの心には強い。
今日はもうこのまま眠ってしまおう。そうでもしないと身体が持たない。せめて備え付けのベッドに、とか、このままでは流石に女として、とか、そういった思慮は全て疲労がどこかへ蹴りだしてしまった。身体中に絡みつく錘のような疲労に逆らうことなく目を閉じて、息を吸って、吐いて、まどろみが訪れて。
「せんせー!!! たたた大変なんですー!!!」
全部終わったら好きなだけ甘い物を食べよう――そんな決意を支えに顔を上げる。【パルシェ・ドルティーナ】をはじめとする学生の一団が扉を蹴破らんばかりの勢いで部屋に押し入ってきた。
学生たちはホラーの現場かと思わんばかりのメッチェの容貌に一瞬たじろいだ様子だったが、それでもパルシェが真っ先に立ち直り、抱えていた血まみれの学生をメッチェへ見せた。
「じゅ、重傷です! 依頼先でゴーレムの一撃をモロに受けちゃって……保健室だけじゃ処置しきれないそうなんです」
「そこに寝かせてあげて……今、行く、メェ……」
絞り出すような声と共に普段寝床にしているベッドを指し示し、一度目を閉じ一秒、二秒、三秒で意識を切替えて立ち上がる。この調子だと日付が変わるくらいまでは安息は訪れないだろう。そんな確信めいた予感に溜息一つ。景気づけにと机の隅にある、水属性の魔法で低温が維持された箱の中に手を伸ばす。
……無い。手探りではなく実際に視線を箱へとやり、箱の中を確かめる。どれだけ目を凝らしてみてもお目当ての代物がそこには存在しない。
「先生?」
「パルシェはここで手伝って貰いたくて……おまえさまたち、怪我人を運んできた面倒ついでに、一つ頼まれてほしいんだメェ~」
怪訝そうな表情を浮かべているパルシェをはじめとした学生たちに向けて、メッチェはもう一度溜息一つ、そんな風に切り出した。
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「成程、確かにメッチェ先生の依頼状だね」
場所は変わって『リリー・ミーツ・ローズ』と称される植物園。そこで管理業務をしている職員は、学生たちの持ってきた書状を確かめ、一つ頷いた。
メッチェにとって、こういった忙しさはこれまで遭遇したことが無いようなものではない。休む間もなく働かなければならないような時、彼女は滋養強壮に良い特性のポーションを飲みつつ誤魔化し誤魔化し何とか乗り切ってきている。
が、今日に限ってお供のポーションが切れていた。植物園で調合しているそのポーションを貰ってきてほしい、というのが彼女の依頼であった。
「先生の依頼なら是も非も無く、と言いたい所なんだけれど、今そのポーション切らしちゃってるんだよね」
頭をかいて職員は申し訳なさそうに呟いた。最近妙に件のポーションの需要が高まっており、在庫を切らしてしまっているのだという。
「君たち、お使いのお使いで悪いんだけれど、今から栽培所まで行って、マンドラゴラを採ってきてもらえないかな。その間に僕は薬の調合準備をしておくよ」
マンドラゴラ? と一同が首を傾げる。
「そ、マンドラゴラ。聞いた事くらいあるんじゃないかな。引き抜いた時凄い叫び声上げる植物。色んな薬に使えるんだよ。ああ、勿論養殖物だから天然物ほどの危険はないよ。ちょっと魔力とか精神力とかに来る叫びが厄介だとは思うんだけれど、学園生なら何とかなると思うんだ」
よろしく頼むよ、と頭を下げる職員。ここまで来たら乗り掛かった舟という奴である。学生たちは職員に向けて頷き返した。
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栽培所、と呼ばれる場所は植物園の中にはいくつかあり、今回向かうように指示された場所もそんな区画の一つであった。
養殖とは言えマンドラゴラは動き回るからね、と職員が注意していたのを思い出す。植物という括りに反して動きはかなり機敏だというのだから注意が必要だろう。
外部の影響が及ばないように、あるいは内部の影響を外に出さないように、四方を壁で覆われている栽培所の一つ。その扉をおそるおそる開ける。
「――ッッ!!」
途端、視線の先、10mほど離れた距離にある土の中から何かが3つ、耳をつんざくような奇声と共に這い出してきた。枯れ切った人参に手足と目を付けた。そんな風に言えば伝わるだろうか。マンドラゴラだ。
マンドラゴラたちは収穫のために学生たちがこの場を訪れたのだということを本能で察したのか、一同から逃げるように退き始めている。
メッチェ先生の、ひいては重傷を負った者達のためにも逃がす訳にはいかない。
学生たちは、じりじりとマンドラゴラへ迫るのであった。
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参加人数
2 / 8 名
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公開 2019-11-09
完成 2019-11-27
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隣の黒猫
(ショート)
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RGD GM
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吾輩は猫である。名前はもうない。
村の人間どもは吾輩の毛並みが黒いからクロであるとか身体が少しばかり大きいからデブであるとか好き勝手言っているようだが、そんな名前が吾輩の物であるはずがない。というか前者はともかく後者は失礼だと思わぬのだろうか。
だが、良いのだ。それに吾輩が反応することこそないが、今更吾輩の名を誰かが呼ぶことなど期待してはおらぬ。吾輩の名を呼ぶ主はもういない。数年前にもう光となってこの世から消えてしまった。吾輩は立ち会うことは出来なかったが、看取った者たちは皆大往生だと口にしていた。ならば吾輩としては何も言うべきこともない。
吾輩もそれなりに老いた猫である。すぐに主の後を追えるかと思っていたが、身体に溜め込んでいた栄養は主がいなくなって数年経った今も吾輩をこの世に繋いでいる。こればかりは少し肉付きの良い体が恨めしいが仕方のない事であろう。
それに、主を失ってから今に至るまでの時間もそれほど悪いものではない。村の誇る香木で作られた、主の名が刻まれた墓標の下で日を浴びながらまどろむ時間は中々に心地が良い。風の一つも吹けば主の膝の上でブラシをかけてもらいながら眠っていた頃を思い出すことが出来る。
こうやってかつてを振り返りながら主との再会を待つだけの日々を退屈だと思わなくもないが、主は喧噪よりも静寂を愛する人だった。光と融けた存在を眠ると評すのはおかしな話なのかもしれないが、眠る主を無暗に邪魔するのも忍びない。
故に。この不埒な輩は除かねばならぬ。どうも主の墓標を餌と見たらしいが吾輩の猫目が黒い内はそれは叶わぬとこの辺りにいるならば理解すべきであったのだ。
相手は普段いたぶるネズミに比べれば随分と大きく力強いようだが、何、問題はない。
吾輩は猫である。猫は誇りに生きるモノ故、退くことなど出来ぬのであるから。
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そのアリ型の魔物は『ノッソ』という村の周辺に生息しているため、『ノッソアント』と呼ばれている。
種族としては図鑑にも載るような有名なアリの魔物に似通っているのだが、その中にノッソ村の周辺に住み着いている一派がおり、好物の違いなどから有名所とは別種として扱われているらしい。
好物の違い――とはすなわち、ノッソ村特産の香木を好むか否か、という一点を指す。
ノッソ村の周辺ではとても良い香りのする木が採取できる。村の人々はそれをお香などに加工し名産品として扱っているのであるが、ノッソアントはその木を何故か気に入ってしまい定住してしまった過去があるようだ。
名産として扱う材木を好んで食べる魔物となれば当然村の住民との衝突も古くから発生している。特にこの時期は繁殖期のノッソアントが餌を求めて人里近くまでやってくるため、『フトゥールム・スクエア』にも討伐依頼が舞い込んでくることが多い。
「と、いうことで君たちには数日ノッソの村に滞在してもらい、村周辺を捜索したり迷い込んできた奴を倒したり、ノッソアントへの対応をお願いしたいんだ。毎年の依頼だから村の方も皆に色々協力してくれると思う」
出発前に依頼を受けた勇者候補生たちへ説明を行うべく、学園の教師は黒板に描かれたアリのようなイラストをこつんと拳で小突いた。
「ノッソアントは風属性。動きはそれほど素早い訳ではないけれど、身体は中々頑丈だし噛みつかれると結構痛いよ。香木が好物ではあるけれど雑食みたいで、肉にかじりつくのに遠慮はないみたいだね。もう一つ注意してほしいんだけれど、このアリ、たまに酸を吐いてくるんだよ。ダメージが大きいってのもそうだけれど、酸が防具に触れちゃうとちょっと脆くなっちゃうんだよね。防具が劣化しちゃっても学園に戻れば修理できるから破損の心配はしなくていいけれど、戦闘中に防具が劣化して、そこを食い破られて大怪我したってケースが過去に何回かあったから気を付けてね」
それじゃあよろしくね、と教師の声を背に朝方学園を出発し、馬車がノッソの村に到着したのが昼頃の話である。
教師の言っていた通り村人たちは学園から応援を呼んでの対処にはもう慣れっこのようで、やってきた勇者候補生たちを歓迎してくれた。
それだけ学園への期待値が大きいのだろうし、襲撃の頻度も高いのだろう。その証拠に簡単な自己紹介と打ち合わせを終え、村周辺の地理の把握を兼ねて軽く巡回を始めたと思ったらすぐに村人からノッソアントが共同墓地の方へと向かっていくのを見かけた、という報告を受ける。
向けられた期待に応えるのが勇者のあるべき姿である。今いる場所から墓地へ向かう道を確認し、勇者候補生たちは一斉に走り出した。
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村の墓地にたどり着いた勇者候補生たちの目に映ったのは、少しばかり意外な光景であった。
巨大なアリ――おそらくノッソアントと、黒猫が争い合っている姿だ。争い合っている、と言ってもノッソアントの方が体長も能力も勝っているのは一目瞭然で、黒猫はすでに痛々しいくらいに傷だらけである。
それでも猫とは思えぬほど恐ろしい威嚇の声を上げてノッソアントへ飛び掛かる黒猫を前にして、一瞬だけ周辺の確認に時間を使う。黒猫の後方に木で作られていると思わしき墓標がいくつも建てられているのが見える以上、黒猫と対峙しているのは村人が報告してきた墓地へ向かったノッソアントで間違いないだろう。村の香木が好物であるというならば、墓標を餌と定めたのだと考えられる。
だとすれば、猫さえ引き離せば墓標にかじりつくまで様子を見て、食事の瞬間の隙をつくことは出来るかもしれない。
けれど。全身に傷を負いながらなお退く姿勢を見せぬ猫はまるで、墓標を守っているようで。その気持ちを汲んでやることも勇者には必要ではないかとも思うのである。
猫と、墓標と、倒すべき魔物。どう動くべきか、各々の武器を構えながら勇者候補生たちは思考する。
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参加人数
7 / 8 名
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公開 2020-07-17
完成 2020-08-03
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