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雨の夜の歌い手


ストーリー Story

 ーー人はいくつもの仮面でいくつもの舞台を演じ。
 ーー無数の音色で無数の旋律を奏で。
 ーーひとつだけの糸を紡いでいく。
 ーーけれど、この手にあるのは。
 ーーはじめから割れた仮面。声に出せない音色。怯えるこころ。
 ーーわたしを紡いでゆけるところは、どこ。誰か、教えて。

 梅雨時、雨模様。
 真夜中。
 まばらに木々が並ぶ林の、少し開けた小川のほとり。
 流行歌とは趣の違う詞の、ゆったりとしたテンポで……しかし強い感情が込められた歌。
 どこかコロリとして可愛らしい印象を覚える、けれども伸びやかにどこまでも通っていくような芯の通った女声。それがカエルと虫とのコーラスと川のせせらぎ、そしてぽつぽつと落ちる雨音を背景にして、力強く響いていた。
 暗闇の中、歌に魅了されているかのように群れ飛ぶホタルの光だけが、声の持ち主を淡く照らし姿を映し出している。
 顔と表情とは、黒い傘に遮られうかがい知ることは出来ない。声とは雰囲気をいささか異にする長身を足下まで覆う、やはり黒いまといはローブだろうか雨具だろうか。
 歌声の感情がますます強くなり、高く高く突き抜けていこうとしていた最中……ガサリと鳴った草の音にそれは中断された。
 歌声の主は、はっとして音が鳴ったほうへ目をやったように見えた。だがそれは一瞬のこと、身をひるがえし反対側へ脱兎のごとく駆け出した。
「……気付かれた?!」
 草木に紛れ様子をじっと隠れ見ていた青年は、こちらもあわてて飛び出し黒い人影を追う。
 しかし声の主はその長身から想像し難い、ちょこちょことしたすばしっこい動きで真っ暗闇の木々の中をくぐり抜けていく。反対に青年は木の幹にぶつかり根に足を取られ、どんどんと距離を離されていく。
 やがて完全に見えなくなってしまった人影を、それでも追いすがろうと青年は何度も転がりかけながら走る。
 唐突にその眼前が開けた。林を抜けたのだ。
 追いかけていた影は……どこにも見当たらない。
「はぁ、はぁ、どこへ……消えた?」
 辺りに物陰は無い、近くの建物まで逃げられた? 森に戻った? それとも、走る以外の手段……箒?
 考えを巡らせるが、見失ってしまった事実に変わりはない。
 青年は肩を落とすと、先に見える建物……彼の職場、民宿のほうへと歩き始めた。

 シュターニャの町外れ、ノルド川に注ぐ小さな支流の岸辺に散在する林。その近くに数件の民宿が立ち並ぶささやかな宿泊街は、中心街とは趣の異なる静かな環境を求める宿泊客に好まれてきた。
 近頃そこにささいな、しかし深刻な事件が起きていた。
『毎夜毎夜、どこか遠くから女の歌が聞こえてくる』
 ある客は薄気味悪がり、ある客は不快な音と感じ。何にせよ心地よい眠りを妨げるそれをよく思う宿泊客は、いるはずもなかった。
 賑わう商業都市にゴシップが広まるのは早い。
 実際、客足には悪い影響が出始めている。更には興味本位で林に入り込む者も出始めているらしい。
 このままでは、客も静けさもますます遠のいてしまう。
 危機感を覚えたそれぞれの宿の主人たちは話し合い、まずは声の正体を突き止めようと数人の従業員を使い、深夜に辺り一面を捜索させていた。そのうちのひとりの青年が、数日かけてようやく現場を突き止めたのだが。
「しかしなあ……顔はちゃんと見えなかったけど、ここらで見かける感じの女性じゃなかったよな……」
 長身。可愛らしさのある声。兼ね備えた人物は思い当たらなかった。
 どこから来たのか、ましてや何の目的で夜中に歌っているのか。皆目見当がつかない。
 それに今しがた見たあの身のこなし。仮に彼女をまた見つけることができたとしても、そこから先の対処は素人の自分たちの手に負えるものとは思えなかった。
「こうなるって半分わかってたから、最初から学園へ話を持っていこうって言ったのに。旦那さんたちは体面ばかり気にして、まったく」
 とはいえ、今日自分が体験した話を持ち帰れば上の方針も変わるだろう。
 冷える腕をさすりつつ、青年は帰路を急ぎ、裏口から民宿へ戻った。

 青年がそれに気付かなかったのは、仕方のないことかもしれない。
 自分自身が雨と汗とで、ぐっしょりと濡れていたからだ。
 しかし彼が入る前に裏口の床には……いくら雨天とはいえ……深夜の出入りの頻度ではあり得ないほど大量のしずくが、確かにこぼれ落ちていた。


エピソード情報 Infomation
タイプ ショート 相談期間 4日 出発日 2021-06-04

難易度 簡単 報酬 通常 完成予定 2021-06-14

登場人物 4/4 Characters
《1期生》アケルナー・エリダヌス
 ローレライ Lv20 / 勇者・英雄 Rank 1
目元を仮面で隠したローレライの旅人。 自分のことはあまり喋りたがらない。適当にはぐらかす。 ふとした仕草や立ち居振舞いをみる限りでは、貴族の礼儀作法を叩き込まれてるようにもみえる。 ショートヘアーで普段は男物の服を纏い、戦いでは槍や剣を用いることが多い。 他人の前では、基本的に仮面を外すことはなかったが、魔王との戦いのあとは、仮面が壊れてしまったせいか、仮面を被ることはほとんどなくなったとか。 身長は160cm後半で、細身ながらも驚異のF。 さすがに男装はきつくなってきたと、思ったり思わなかったり。 まれに女装して、別人になりすましているかも? ◆口調補足 先輩、教職員には○○先輩、○○先生と敬称付け。 同級生には○○君。 女装時は「~です。~ですね。」と女性的な口調に戻る。
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  
《ココの大好きな人》アンリ・ミラーヴ
 ルネサンス Lv18 / 教祖・聖職 Rank 1
純種が馬のルネサンス。馬の耳と尻尾を持つ。 身長175cm。体重56kg。 16歳。 性格は温厚。 あまり表情を変えず寡黙。 喋る際は、言葉に短く間を置きながら発していく。 少しのんびりした性格と、言葉を選びながら喋るため。 思考や文章は比較的普通に言葉を紡ぐ。 表現が下手なだけで、年相応に感情は豊か。 好奇心も強く、珍しいものを見つけては、つぶらな瞳を輝かせながら眺めている。 群れで暮らす馬の遺伝により、少し寂しがり屋な面もある。 やや天然で、草原出身の世間知らずも合わさって時折、突拍子の無い発言をする。 好きな食べ物はニンジン。 食べていると美味しそうに目を細めて表情を和らげる。 趣味はランニング。運動自体を好む。 武術だけは、傷付ける行為を好まないため苦手。 入学の目的は、生者を癒し死者を慰める力を身に着ける事。
《メメルの婚約者☆》仁和・貴人
 ヒューマン Lv33 / 魔王・覇王 Rank 1
「面倒にならないくらいにヨロシクたのむ」                                                                                                                                                 名前の読みは ニワ・タカト 身長:160㎝(本当は158cm位) 体重:45kg前後 好きなもの:自分の言う事を聞いてくれるもの、自分の所有物、メメたん 苦手もの:必要以上にうるさい奴 嫌いなもの:必要以上の労働、必要以上の説教 趣味:料理・・・だが後かたづけは嫌い    魔王っぽく振る舞っている    此方の世界の常識に疎い所がある キャラとしてはすぐぶれる 物理と科学の世界からやってきた異邦人だが、かの世界でも世界間を移動する技術はなくなぜここに来れたのかは不明。 この世界で生きていこうと覚悟を決めた。 普通を装っているが実際はゲスで腹黒で悪い意味でテキトー。 だが、大きな悪事には手を染める気はない。 保護されてる身分なので。 楽に生きていくために配下を持つため魔王・覇王科を専攻することにした。 物欲の塊でもある。なお、彼の思想的には配下も所有物である。 服装は魔王っぽいといえば黒。との事で主に黒いもので固めていて仮面は自分が童顔なのを気にして魔王ぽくないとの事でつけている。 なお、プライベート時は付けない時もある 色々と決め台詞があるらしい 「さぁ、おやすみなさいの時間だ」 「お前が・・・欲しい」 アドリブについて A  大・大・大歓迎でございます 背後的に誤字脱字多めなので気にしないでください 友人設定もどうぞお気軽に

解説 Explan

●課題の目的
『宿泊街の近くに毎夜現れ歌をうたう人物の行為を止めてほしい』
 という、なかなかにざっくりとした内容の、外部からの課題が舞い込んできました。
『問題解決の手段はおまかせ』
『ただし、過度の暴力、過度の破壊行為は厳禁』
 とのことです。別の悪い噂の種になりかねないからでしょう。

 要望通り、歌を止めることができれば課題成功です。
 ……ところで、【歌い手】はなぜ夜にひっそり歌うことを始めたのでしょうね?

●留意事項
・深夜、また雨天の可能性が高い屋外での行動に備えて準備してください。
・まばらとはいえ、暗闇での林の木々は行動の大きな障害になります。

●歌い手について
・発見・接触できても、すぐに逃走する可能性が高いでしょう。
・歌い手は逃走を最優先としていることや、地形・天候の条件などに注意して行動してください。
・足を止める程度の荒事であれば、民宿の側は問題にはしません。
・もし歌い手の心情に寄り添うのならば、歌詞などにその手がかりがあるかもしれませんね。


作者コメント Comment
はじめまして。
今回初めてゲームマスターを担当させていただく、しばてん子です。

梅雨時のはっきりしない空模様、ぼんやりとした空気。
そんな雰囲気のシンプルなエピソードを、まずは用意してみました。
しっとりと進むのか、からっと晴れ上がるのか。それとも?

皆さまのプランを楽しみにお待ちしておりますね。


個人成績表 Report
アケルナー・エリダヌス 個人成績:

獲得経験:82 = 55全体 + 27個別
獲得報酬:2250 = 1500全体 + 750個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
夜の宿泊街に響く謎の歌声を、なるべく荒事にせずに止める

◆事前調査
まずは日中のうちに街の宿屋等で聞き込みを行い、歌声の主と思われる者の目撃情報や歌の内容を確認

ある程度調査できたら、夜中の行動に備え仮眠等の休息を

◆現地へ
必要ならキラキラ石を光源にして、歌声の主に気付かれないように注意し現地へ
歌声の主の近くに着いたら、キラキラ石を懐中に入れる等して光源を隠し、物陰に潜んで様子を伺う

歌声の主の歌のあとに、アンリ君が演奏をして歌声の主の気を引いてみるらしい
その曲のあと等に、私も歌ってみて歌声の主が逃げないようにしたいね

逃げないでくれて、話を聞いてくれそうなら、歌う理由を聞いて、街人の願いを伝えよう

クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:66 = 55全体 + 11個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
事前調査で、川と林、宿の周辺の地理を調べておく
以前の目撃情報を元に、追いかける際にどう林を抜けていくか、木々を避けられるルートや先回りできる道がないかをまとめ上げる
手帳に記しておき、得た情報は仲間と共有してより優位に進めよう

どうかな、人語を理解する魔物かもしれない
そうでなくても特殊な存在なら学園で保護する必要性も出てくるだろう


時間になったら隠れ身で木陰に潜みながら目撃された付近で待機
現れたら皆とは別ルートで追跡し、歌っていた人物を追い込もう
暗視順応と立体機動を駆使して木々を避けて進もう

もしも見失ったら、電結変異で急いで宿に戻ってみる
現れるのはこの付近だけ……案外、近くに何かがあるのかもしれない

アンリ・ミラーヴ 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:165 = 55全体 + 110個別
獲得報酬:4500 = 1500全体 + 3000個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
毎夜歌う人物を止める。
今は悪意の有無がわからないから、出来るだけ穏便に、説得して止めたい。
まず昼間に、その人物が現れる林を調べに行く。
(事前調査。女性を見つけた青年の情報も基に。出来れば青年も同行してもらい、当時の事を教えてもらう)
深夜、林へ行くときはラベイカが湿らないよう厚手の布で包んでおく。
隠れ身で草木に隠れ、忍び歩きを続け、相手に気配を悟られないよう注意しつつ、聞き耳を立てて歌声を探す。
歌声が聞こえたら慎重に接近。同行の仲間が準備を終え、主の歌も終わったら、ラベイカで穏やかな曲を弾き始める。
「素敵な歌をありがとう。何か悩みがあれば教えて。力になりたい」と歌う。
もし主が逃げたら、追跡する。

仁和・貴人 個人成績:

獲得経験:66 = 55全体 + 11個別
獲得報酬:1800 = 1500全体 + 300個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
謎の歌い手の捕獲か・・・
捕獲ではなく、会話をして双方ともに納得して欲しいものだな
今までの被害として気味が悪く、売りが破壊されそうってことだからな

なので、夜の探索と追跡、捕獲、会話に力を入れさせてもらおうか

まず夜の闇対策には暗視順応、オーパーツ・レンズ
山道対策には立体機動、しっかりとした足甲だと思われるC・de・S
雨対策は満月の天幕、雨に伴う体温の低下対策としてエンジュワカイロ

対象を見つけられtらまずはミラーヴくんの手伝いだな

逃げるようならまずは会話がしたいだけだと叫びながら追いかけよう

捕まえたり追いついたり会話ができるようなら相手の望みを聞いてかなえられないか考えてみよう

アドリブA、絡み大歓迎

リザルト Result

 商売の街、シュターニャの外れにある宿。
 事件解決のために訪れた4人の生徒にあてがわれた部屋は、オーソドックスなしつらえの2人部屋が2室。
 そのうちの1室に、それぞれ情報収集を済ませてきた生徒たちが集まっていた。
「じゃあ、まず俺から発言しよう。この周辺の地形を調査してきた。【歌い手】が逃走したときの追跡に役立つはずだから、みんなに情報をしっかり共有しておきたい」
 そう言いながら、ベッドに腰を下ろしていた、長身で一際大人びた雰囲気の男子生徒――リバイバルの【クロス・アガツマ】は、懐から取り出した『おもいで手帳』をパラパラとめくる。そこには事件の当事者たる歌い手が目撃された近辺の川岸と林、そこから宿に至るまでの地図や地形が事細かに記されていた。
「これを見ての通り、林はさほど広くはない。木も考えていた以上にまばらだったから、地形をしっかり把握しておけば追跡に問題はなさそうだ。ただ歌い手が前回と同じ場所に現れるかどうかはわからないから、実際に発見してからその場で追跡ルートを決めた方がいいと思う」
「クロスさんの提案に賛成だな。だけどちょっと気になることがある」
 ベッドの隣に座っていた【アンリ・ミラーヴ】、馬の耳としっぽとが目を引くルネサンスの少年が軽く手を挙げる。
「俺は歌い手を目撃した人に現場まで来てもらって、新しい手がかりがないか調べてきた。まあ結局、最初に聞いていた以上の情報は出て来なかったんだけど……」
 アンリは一旦説明を切ると、やや厳しい表情で語句をつないだ。
「林を出たときに歌い手を見失っていたのは間違い無くても、歌い手がどこへ消えたのかって実ははっきりしていないんだ」
「なるほど。林とここの宿泊街との間には空き地があるが、これをそのまま抜けていったとは限らないということか」
 手帳に書かれた地図を指し示しながら思案するクロスに、アンリが応える。
「ああ。林の中に一旦身を潜めて、どこか別の場所に移動した可能性もあるってことだ」
「ふむ……」
 アンリの意見を聞いてクロスは考え込んだ。歌い手の逃走先が絞り込めなくては、追跡ルートの設定も当然難しい。
「ちょっといいかな。歌い手の逃げた先については、確証……とまでは行かないけれど、有力な情報があるよ」
 そう声を発したのは椅子に深くたおやかに腰掛けている仮面のローレライ、【アケルナー・エリダヌス】だった。
「私は宿泊街で聞き込みをしてきたよ。こちらも目新しい情報は無かったけれど、当日同じように歌い手の捜索をしていた別の宿の従業員から、気になることを聞いたんだ。いわく、私たちが今いる宿の裏口を出入りする人影を2人見た、とね。でもその日この宿から捜索に出ていた従業員は、1人だけだったそうなんだよ。なら、もう1人は……」
「それが歌い手……すると、従業員か宿泊客の中に歌い手がいるということになるわけだな?」
 最も重要な情報、美味しい場面を待ち構えていたかのように、もう一つのベッドからそう口を挟んだのはこちらも仮面の生徒。しかし黒づくめの衣装に身を包んだ【仁和・貴人】(にわ たかと)だ。
 アケルナーは意に介せず続ける。
「その可能性もあるってだけだよ。宿を抜けて別の場所へ行方をくらませたのかもしれない。この宿泊街の従業員と宿泊客にも聞き込みをしたけれど良い情報は得られなかったし、長身と可愛い声という歌い手の特徴に合うような人は見当たらなかったからね」
「けれどもその目撃情報が確かなら、歌い手は林を抜けたあと空き地を突っ切って宿泊街のほうに逃げたとみていい、ということか」
 クロスの言葉に、アケルナーはこくりとうなずいてみせる。
「なら、歌い手は今回も宿泊街方面に逃走を図るという前提で考えよう。出現しそうな地点はいくつかに絞り込める。隊を2つに分けて、俺はみんなとは別のルートを使うという方向で計画を立ててみる」
 クロスはそう言うと、手帳に描いた地図と格闘を始めた。
 歌い手の歌がただのそれならば、よし。
 しかし歌い続けることで精神に作用する呪いの類もある。また学園においても、音楽で何らかの力を引き出していた生徒をクロスは何人も見てきていた。
 誰もが安心できるように。その思いがクロスの表情ににじみ出ていた。
「とはいえ、歌い手には逃げずに会話に応じてほしいものだがな。宿屋が、平穏な環境という売りを破壊されずに済めばいいことだしな」
 そう話す貴人に、アンリが声をかける。
「作戦はきっちり立ててきただろ? 協力して歌い手を説得するための。みんな、あらためてよろしく頼む」
 その言葉に全員が視線を合わせ、うなずき合った。
 歌い手の悪意の有無はわからない。だができるなら穏便に説得で行動を止めたいという考えは全員に一致するところだ。
 事前にアンリはそのために有効と考えられるユニークなアイディアを提案し、ここにいる全員がそれに賛同していた。もちろん歌い手の逃走にも対策は必要だが、それはあくまで次善の策としてだ。
 会議が煮詰まると、アケルナーは椅子からおもむろに腰を上げた。
「さて、私はちょっと宿屋の主人のところに行ってくるよ。今夜に備えて仮眠をとっておきたいけれど、ひとりじゃないと落ち着かないんだ」
「もう1つ部屋を借りられるか交渉してくるのか? まあ構わないが」
 そう話す貴人はアケルナーと相部屋の予定だった。自分もひとりで部屋を占拠できるようになるのだから、反対する理由は特に無い。アケルナーには、男性と同室したくない別の理由があるわけだが。
 だがそれが許されそうなほどに宿は閑古鳥。もし潰れるようなことになれば数十人が露頭に迷うことになる。課された責務は小さくはない。
 万全の状態で今夜に臨むべく、生徒たちはそれぞれに休息を取った。

 夜半過ぎ。
 厚い雲に覆われ小雨を降らせる空に明かりはなく、人気の無い林は暗闇と虫の音に包まれている。
 その中をぼうっとした光がゆっくりと進んでいく。
 生徒たち4人。彼らは気配を殺し、クロスが設定した、探索に最適と考えられるルートを慎重に進んでいた。
 先頭には『隠れ身』と『忍び歩き』、そして『聞き耳』を得意とするアンリが、馬の耳をくるくるさせ辺りを探りながら。その後ろを『キラキラ石』で灯りを確保するアケルナー。少し離れて、夜目の利く貴人とクロスが警戒しながらついて行く。
 全員、雨に対する装備も万全……でもなかった。
 出発前、雨具代わりに『満月の天幕』を羽織ろうとしていた貴人をほかの生徒たちが慌てて止めていたのだ。華やかなジャガード生地で織られた妖しげな衣装は、暗闇でも灯りに照り返されれば目立つことこの上ない。結局、貴人は宿の従業員に借りた外套を羽織っていた。
(生地は粗末だし黒くもない……まあ貸すと言うものはありがたく借りてやらねばな)
 一行は静かに歩みを進めていたが、はたとアンリが足を止めた。ほかの生徒もそれに倣う。
「……聴こえた。みんな、用意を」
 視線と耳とを一方向に向けささやくアンリの声で、一行は隊列を変更する。
 先頭に回った貴人が『オーパーツ・レンズ』と『暗視順応』で暗い周囲を確認しつつ進み、アンリが引き続き『聞き耳』で案内する。クロスは『隠れ身』で木陰から木陰へ身を隠しつつ、いざというときの別行動に備える。アケルナーは『キラキラ石』を懐にしまい、やや離れて続く。
 果たして。
 開けた視界に入ってきたほのかな光。虫の音に混じるカエルのコーラス。雨音と川のせせらぎ。そして。
――人はいくつもの仮面で、いくつもの舞台を演じ……
 可愛らしくものびやかな声、ホタルの群れの光に淡く浮かび上がる黒いローブと傘、長身の姿。何よりも、歌詞。
 前回目撃された場所ではないが、川辺にいる人物の特徴全てが情報と一致していた。
(あれが、歌い手か)
 アンリは確信しつつ、背負っていた荷を慎重に下ろし、中の品を濡らさぬよう包んでいた厚手の布を解いていく。
 歌い手に、周囲の気配に気付く様子は無い。むしろ、ただただ歌うことのみに集中しているようだ。密かに準備を整える生徒たちには好都合と言えた。
 それにしても。
(歌声をまともに聴いたらどうなのかと思っていたが……悪くないどころか、聴き惚れそうにさえなってしまうな)
 貴人は自身の予想よりずっと魅力ある声と歌とに、感銘を受けていた。
 一方で、クロスは歌い手への警戒を解くことなく木陰に身を潜め続けていた。
(歌い手の正体はここからではわからない……魔物の可能性もある。油断は出来ない)
(まあ、私たちがやることはもう決めている。まずはそれを済ませよう)
 別の場所でやはり木陰に潜り雨をしのいでいるアケルナーは、静かに覚悟を決めていた。
 そこへアンリが視線を送ってくる。作戦の先陣を切るアンリと貴人、それぞれの用意が整ったようだ。
――……私を紡いでゆけるところは、どこ。誰か、教えて。
 時をほぼ同じくして、歌い手はひとつの歌を終える。
 生徒たち4人は目配せする。
 作戦、決行。
――キュッ……!
 突如あたりに響き渡る、美しく滑らかな弦の響き。
 続いてそれに合わせ奏でられる、澄んだ笛の音。
 歌い手は驚いたように音のしたほうへと振り向く。だが。
(動かない……?)
 じっと様子を見守り続けるクロスの目には、歌い手があっけに取られているようにも見えた。
 川辺に響き続ける、ふたつの楽器が織りなす穏やかな旋律。曲の進行に合わせるように陰から姿を現すのは、ヴァイオリンを弾き鳴らすアンリと横笛を吹く貴人。
 歌い手を刺激せぬよう伏せていた視線をアンリはゆっくりと上げ、優しげな表情を浮かべ演奏に声を乗せ歌い始めた。
――素敵な歌をありがとう。
――何か悩みがあれば教えて。
――力になりたい。
 素朴だがそれゆえに力強く心に響く詞。歌い手への想い、回答。
 アンリのアイディア。それは、歌での会話を試みることだった。突拍子もないと受け取られかねないその提案に、だが一同は乗った。
 アンリの弾くヴァイオリン『ラベイカ』には動きを鈍らせる魔力が込められている。逃走に備えてのささやかな保険だったが、歌い手は動こうとしないままだ。俯いているのは、演奏に耳を傾けているからか。
 そこへ。
――演じる仮面なくとも、舞台の幕は待たない。
 演奏に合わせ、別の場所から別の声が歌い始める。
 歌い手がゆっくりと頭を向けた先には、木陰から出てきたアケルナーの姿があった。
――握りしめし運命の糸、繋がる未来は見えない。
――先見えぬ夜の帳、月が照らさずとも。
――道はただそこにある。
――踏み出すかはあなた次第。
――そのままの、素顔のあなた。
 そのもうひとつのアンサーソングの終わりとともに、アンリと貴人の演奏もゆっくりと終奏へと向かい……あたりには虫とカエルとの音とが残された。
「……やれやれ、仮面の不審者の歌じゃないね。即興お粗末さま」
 少し自重気味にアケルナーがつぶやく。
 生徒たちが見守る中、歌い手は傘を差したまま動かず再び俯き、あれほど豊かに聴こえた声も一言も発しない。
 場を支配する沈黙を打破するように、アンリが口を開いた。
「君は」
 歌い手が反応し、頭を上げる。
「ホタルのエリアルなんじゃないか?」
「へぇっ?」
 先程までの歌声からは想像できない、素っ頓狂な声が歌い手から飛び出した。
「いやいやいや、ちょっと待て。エリアルは昆虫とは全く関係無いぞ」
 クロスは思わず木陰から出て来てアンリにツッコミを入れる。
「え? いや、ホタルの時期だから最近になって生まれたのかなって」
「だから待て、昆虫と関連する八種族はいない。君のようなルネサンスもそうだろう?」
「……あれ? 俺、何か勘違いしてた?」
 ここまで作戦を引っ張ってきたアンリの天然な発言にクロスは首を横に振り、貴人は片手で頭を抱え、アケルナーは軽く肩をすくめ。
 そして歌い手は脱力し、手に持つ傘を下ろしていた。そして初めて、歌以外の声を発する。
「ははっ、なんだか気が抜けちゃった……。君たちになら、明かしてもいいのかな」
 長身から発せられる、やはりころっと可愛らしい声、付け加えてさっぱりとした口調。
「君は一体……?」
 困惑するクロスを歌い手は手を挙げて制する。そしてそのまま両手をローブのフードにかけた。
「僕のこと、笑わないでくれよ」
 歌い手の顔を隠していたフードが自身の手で下される。首を振り汗と雨とを払い除けるその顔を見て、一同は驚きを隠せなかった。
 そして誰もが……言葉に詰まる。
「君たちからは言いにくい、だろうね。この通り、僕は男さ」
 そう話す歌い手の顔は整っており、しかし骨張った輪郭は確かに男性のものに見えた。
「声変わりしなかったんだ。だからこの声なのさ」
「それが君の悩み……ありがとう、教えてくれて。歌い手さん」
「【クスター】でいいよ。エリアルのクスター。行くあてのない旅人さ」
 アンリの感謝に歌い手、クスターが応える。その表情に緊張の色はなく、しかしどこか寂しげだった。
「その顔は覚えているよ。私たちと同じ宿に客として泊まっていた。やはり、夜中に宿の裏口を出入りしていたのは君だったのかい?」
 自ら性別を偽るアケルナーは、複雑な心境を抱きつつ問いかけた。
 首肯するクスター。仮面の生徒は少し悔しげに続ける。
「昼間の聞き込みで会話もしたのに、君が歌い手と見抜けなかったとはね」
「僕は人前で声を出さない。必要なときも、できるだけ低い声で短く話すだけ。そうやって自分を隠すのには慣れているのさ。そして、ときどきこうして人目を避けて本当の声で歌う……けれど、今回は迷惑をかけてしまった」
「噂になっていることは知っていたか……なぜ歌い続けた?」
 もう一人の仮面の生徒、貴人が問いかける。
「小さいときから歌うことが大好きだったんだ。何もかも忘れて夢中になってしまうくらい。だから、止められなかった」
「クスターくん。その声と歌はとても魅力的だ。しかるべき舞台……例えば劇場などに立てば、活躍できるだけの才があると思うが」
 貴人の提案に、しかし乗り気に見えないクスターは再び傘を広げ、そのまま踵を返そうとする。
「人前に出る勇気は無いよ。僕には」
「――『道はただそこにある。踏み出すかはあなた次第』」
 クスターは、はっとして振り向いた。声をかけたアケルナーは言葉を続ける。
「決めるにしろ決めないにしろ、人は自分が居る場所で生きるしかないさ」
「……踏み出すかはあなた次第、か」
 静かに言葉をなぞるクスターの表情は少し晴れた、だろうか。
「あてのない旅じゃなく、自分の居場所を探す……みんな、ありがとう。踏み出してみるよ」

 雨の夜の歌声は何処へともなく去り、噂話は喧騒にかき消され、宿泊街には静けさが戻った。
 自分の往く道を探し始めた旅人が果たしてどこへ向かったのか。何かの便りが学園に届くとしても、それはしばらく先のことになるのだろう。
 確かなのは。生徒たちが救ったのは宿泊街の窮状だけではなく、もうひとつある……ということだ。



課題評価
課題経験:55
課題報酬:1500
雨の夜の歌い手
執筆:しばてん子 GM


《雨の夜の歌い手》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 1) 2021-05-31 14:12:05
賢者・導師コースのクロス・アガツマだ、よろしく頼むよ。

とりあえず、事前調査で林の地理は把握しておこうかと思っている。プランの方には、それを共有する旨も書いておこう。
うまく逃走ルートを絞り込むことができればいいんだが。
歌の理由はまだ読み解けていないが……うーむ、そちらは調査で判明できるように動くつもりだ。

《1期生》 アケルナー・エリダヌス (No 2) 2021-06-01 20:18:53
やあ。私は勇者・英雄コースのアケルナー。よろしく頼むよ。
深夜で雨天、林もある。逃げる側にとって有利な状況だね。

追跡や捕縛を試みるならば、雨を凌いだり視野を確保するための用意が必要だろうね。

《ココの大好きな人》 アンリ・ミラーヴ (No 3) 2021-06-02 01:07:38
教祖・聖職コース、アンリ・ミラーヴ。よろしく(尻尾ぶんぶん)
走るのは好き。追跡しよう。でも姿を隠されたら、困る。相手の種族は何だろう
追いついたら、説得する?
視界、GOゴーグルだったら雨の中でも見やすいかな。

《ココの大好きな人》 アンリ・ミラーヴ (No 4) 2021-06-02 22:57:30
歌で会話は、できないかな。
相手の歌の内容を聞いてから、より詳しく尋ねるように。
こちから、即興の歌で話が、できたらなぁ。
もともと、ラベイカを聴かせて、足を遅くしようと、考えたんだ。
だから、こっちが歌っている時、ラベイカで演奏もする。
順番は、相手の歌を聴く→歌詞を確認する→ラベイカで相手の歌に合う演奏をする
→こちらから歌って会話を試みる→もし逃げられたら追跡…というのは、どうかな。

《ココの大好きな人》 アンリ・ミラーヴ (No 5) 2021-06-02 23:40:03
もし演奏や歌を始めるなら、タイミングは、相手が歌い終えた後を、考えてる。
でも、そこで何もせずに、相手の様子を観察して、正体を探るのも、あるよね。

《1期生》 アケルナー・エリダヌス (No 6) 2021-06-03 07:40:45
そうだね。演奏や歌になら、対象がつい反応してしまうってことはありそうだよね。
問題は、歌唱や演奏できる人員の確保かもしれないけど。

私は楽器を持ち合わせてないから、さっき歌唱を修得してきたけど、付け焼き刃程度かもしれないね。

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 7) 2021-06-03 16:19:17
うーむ、俺は歌に関しては門外漢なので、一緒にというのは難しいな……
だがいい考えではあると思う。相手が歌という手段を使っているなら、こちらもそれに倣えば何かしらのリアクションはあるかもしれない。
相手は逃走を最優先とあるので、俺は追跡を優先しよう。アンリくん達が気を惹きつけてくれたら、それだけ追いつく成功度も高まると思う。

《ココの大好きな人》 アンリ・ミラーヴ (No 8) 2021-06-03 21:58:14
俺は演奏しながら歌うつもり。
相手が驚いて、逃げてしまうのは、やっぱり可能性高い。
せめてラベイカの音色で、逃げ足が少しでも、遅くなってくれれば、と思う。
逃げだしたら、俺も追いかける。