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はじまりの唄


ストーリー Story

 夜が明けた。
 ふだんと変わらぬ朝であっても、いや、ふだんと変わらぬがゆえに、胸に響く朝がある。
 世界は魔王の復活をまのあたりにし、それでもこの大厄を乗り越えることができた。
 それも、いささか意外なかたちで。
 
 魔王は学園長【メメ・メメル】の双子の兄、二千年以上過去に失われた【ルル・メメル】の姿をとって復活した。
 同時に魔王軍は進軍を開始、フトゥールム・スクエアにも魔の手はおよんだ。
 魔王は、あらゆる生命がもつ『恐怖』の感情を原動力とする存在である。魔王の復活は恐怖を生み恐怖は世界中に伝播して指数関数的に急増、これが魔王をますます活気づけてついに世界は魔王に屈し滅亡にいたる――これは誰にでも容易に想像のつくストーリーだったろう。
 しかし筋書き通りにはいかなかった。
 魔王と対峙するものは先手を打って、世界に息づくものたちの大半を異世界に退避させ、魔王から力の源を奪ったのである。
 このため魔王は本領を発揮できず、魔王軍先遣隊も、学園を狙った部隊も、そしてついに魔王自身も、魔王に対峙するものたち、つまり君たちの前に敗れ去ったのだった。
 だが決着は、一方が一方を滅ぼして凱歌をあげるという結果にはならなかった。
 完全ではないかもしれない。しかし戦いは和解と融和に終わったということは書いておきたい。
 その象徴が魔王の肉体、すなわちルルその人だ。ルルは赤子にもどり、学園の庇護を受けるにいたった。未来をになう小さな命に。
 戦いがもたらしたのは終わりではない。はじまりなのだ。

 この掌篇では、魔王復活につづく『その後』を語りたい。
 君は戦いを終え、どのような気持ちで日常へと戻っていったのか。
 学園生活でつちかった友情や恋を、どのように結実させるのか。
 あるいは、どのように新たな旅立ちへと向かったのか。
 教えてほしい。


エピソード情報 Infomation
タイプ EX 相談期間 4日 出発日 2022-06-24

難易度 簡単 報酬 ほんの少し 完成予定 2022-07-04

登場人物 6/6 Characters
《グラヌーゼの羽翼》エリカ・エルオンタリエ
 エリアル Lv33 / 賢者・導師 Rank 1
エルフのエリアル。 向学心・好奇心はとても旺盛。 争い事は好まない平和主義者。(無抵抗主義者ではないのでやられたら反撃はします) 耳が尖っていたり、整ってスレンダーな見るからにエルフっぽい容姿をしているが、エルフ社会での生活の記憶はない。 それでも自然や動物を好み、大切にすることを重んじている。 また、便利さを認めつつも、圧倒的な破壊力を持つ火に対しては慎重な立場を取る事が多い。 真面目だが若干浮世離れしている所があり、自然現象や動植物を相手に話しかけていたり、奇妙な言動をとることも。 学園へ来る前の記憶がないので、知識は図書館での読書などで補っている。
《人たらし》七枷・陣
 ヒューマン Lv18 / 賢者・導師 Rank 1
異世界:情報旅団テストピアという所に住んでいたが、とある仕事の最中に、この世界に強制転移してしまった。 普段は一人称おじさん。真面目、シリアスな場合はオレ。 本来は50手前のアラフィフおじさんだが、何故か30歳以上若返ってしまった。強制転移した経緯が原因と思われるが真偽は不明。 普段はいかに自分の得意分野だけで楽出来ないかを考えているダメ親父的な人間。 自分や同行する仲間が危機に陥ると気合いを入れて打開しようと真面目モードに。 厄介事に巻き込まれるのは嫌い。お金にならない厄介事はもっと嫌い。でも一度関わってしまったら何だかんだ文句言いながら根気よく取り組む。 やれば出来る人。でも基本ダメ人間。 恋愛事は興味をあまり示さない枯れ気味な人。超若返っても現状は変わらず。 どうにかして元の世界へ戻る為、フトゥールム・スクエアに入学。 転送、転移関係の魔法や装置を徹底的に調べる事が目下の目標。 魔法系の適性があったらしいので、雷系を集中的に伸ばしたいと思っている。自前で転移装置の電源を確保出来るようにしたいのと、未成熟な体躯のフォローとして反応速度メインの自己強化が主な理由。理想は人間ダイナモ。 転移直前まで一緒にいた仲間の女性3名(マナ、マリア、マルタ)の安否を心配している。 「はぁ~…どうしてこんな事になったんだ?…おじさん、ちゃんと元の世界に戻れるんだろうか…こんな厄介事は前代未聞だよ…トホホ」
《甲冑マラソン覇者》朱璃・拝
 ルネサンス Lv29 / 武神・無双 Rank 1
皆様こんにちは。拝朱璃(おがみ・しゅり)と申します。どうぞお見知りおきを。 私の夢はこの拳で全てを打ち砕く最強の拳士となる事。その為にこの学び舎で経験と鍛錬を積んでいきたいと思っておりますの。 それと、その、私甘い食べ物が大好きで私の知らないお料理やお菓子を教えて頂ければ嬉しいですわ。 それでは、これからよろしくお願いいたしますわね。
《1期生》アケルナー・エリダヌス
 ローレライ Lv20 / 勇者・英雄 Rank 1
目元を仮面で隠したローレライの旅人。 自分のことはあまり喋りたがらない。適当にはぐらかす。 ふとした仕草や立ち居振舞いをみる限りでは、貴族の礼儀作法を叩き込まれてるようにもみえる。 ショートヘアーで普段は男物の服を纏い、戦いでは槍や剣を用いることが多い。 他人の前では、基本的に仮面を外すことはなかったが、魔王との戦いのあとは、仮面が壊れてしまったせいか、仮面を被ることはほとんどなくなったとか。 身長は160cm後半で、細身ながらも驚異のF。 さすがに男装はきつくなってきたと、思ったり思わなかったり。 まれに女装して、別人になりすましているかも? ◆口調補足 先輩、教職員には○○先輩、○○先生と敬称付け。 同級生には○○君。 女装時は「~です。~ですね。」と女性的な口調に戻る。
《マルティナの恋人》タスク・ジム
 ヒューマン Lv36 / 勇者・英雄 Rank 1
村で普通に暮らしていましたが、勇者に憧れていました。 ここで学んで一人前の勇者になって、村に恩返しをするのが夢です。 面白いもので、役所勤めの父の仕事を横で見聞きしたことが、学園の勉強とつながり、日々発見があります。 (技能はそういう方針で取得していきます) また「勇者は全ての命を守るもの、その中には自分の命も含まれる」と仲間に教えられ、モットーとしています。 ※アドリブ大歓迎です! ※家族について デスク・ジム 村役場職員。縁の下の力持ち。【事務机】 (※PL情報 リスクの子) ツィマー・ジム おおらかな肝っ玉母さん。 【事務室・妻】 シオリ・ジム まじめできっちりな妹 【事務処理】 チェン・ジム のんびりマイペースな弟 【事務遅延】 ヒナ・ジム 可愛い末っ子 【事務雛型】 リョウ・ジム 頑固な祖父 【事務量】 マーニー・ジム 優しい祖母。故人 【事務マニュアル】 タックス・ジム 太った叔父。【税務事務】 (※PL情報 リョウの子) リスク・ジム マーニーの元婚約者でリョウの兄。故人【事務リスク】 ルピア・ジム 決まった動作を繰り返すのが大好きなグリフォン。【RPA事務】 ※ご先祖について アスク・ジム 始祖。呼吸するように質問し、膨大なメモを残す。【事務質問】 「あなたのお困りごと、お聞かせいただけませんか?」 セシオ・ジム 中興の祖。学園設立に向けて、土地や制度等に絡む諸手続きに貢献。【事務折衝】 「先祖の約束を今こそ果たす時。例え何徹してもやり遂げる!」
《運命選択者》クロス・アガツマ
 リバイバル Lv26 / 賢者・導師 Rank 1
「やあ、何か調べ物かい?俺に分かることなら良いんだが」 大人びた雰囲気を帯びたリバイバルの男性。魔術師であり研究者。主に新しい魔術の開発や科学を併用した魔法である魔科学、伝承などにある秘術などを研究している。 また、伝説の生物や物質に関しても興味を示し、その探求心は健やかな人間とは比べ物にならないほど。 ただ、長年リバイバルとして生きてきたらしく自分をコントロールする術は持っている。その為、目的のために迂闊な行動をとったりはせず、常に平静を心掛けている。 不思議に色のついた髪は生前の実験などで変色したものらしい。 眼鏡も生前に研究へ没頭し低下した視力のために着けていた。リバイバルとなった今もはや必要ないが、自分のアイデンティティーのひとつとして今でも形となって残っている。 趣味は読書や研究。 本は魔術の文献から推理小説まで幅広く好んでいる。 弱点は女性。刺激が強すぎる格好やハプニングに耐性がない。 慌てふためき、霊体でなければ鼻血を噴いていたところだろう。 また、魔物や世界の脅威などにも特に強い関心を持っている。表面にはあまり出さねど、静かな憎悪を内に秘めているようだ。 口調は紳士的で、しかし時折妙な危険性も感じさせる。 敬語は自分より地位と年齢などが上であろう人物によく使う。 メメル学園長などには敬語で接している。 現在はリバイバルから新たな種族『リコレクター』に変化。 肉体を得て、大切な人と同じ時間を歩む。  

解説 Explan

 最終全校集会『魔王の復活』直後から数日、長くても十日後あたりをイメージしたシナリオです。
 本作は全校集会のエピローグと言ってもいいでしょう。

 傷を癒やすお話もあるでしょう。
 異世界退避した人々の帰還を手伝うというお話もあるでしょう。
 少なからず被害を受けた学園再建を、どうはかるかというお話もあるでしょう。
 戦いの終了を、世話になった知人や仲間たちと祝い、よろこびをわかちあうというお話も素敵です。
 決着のつかなかった気持ちの整理をする時間もとれるかもしれません。
 何ヶ月後とか何年後とかいうエピソードは、また別に用意する予定です。まず本作では、魔王戦の終わりから、あらたな人生のはじまりを描きたいと思います。

 時間軸が参加キャラクター様によって異なるので、本作は原則、個別描写とする考えです。


作者コメント Comment
 お疲れさまです、桂木京介です!
 本作では自由に、あなたにとっての『魔王の復活』エピローグを描きたいと思います。
 もちろん『魔王の復活』に参加していないキャラクターのご参加も歓迎です。魔王復活当時はこうしていた、今はこうしている――という裏話的なエピソードも面白いではないですか。表には出なかったけどばっちり活躍してたぜ! という外伝ストーリーも面白いと思います。

 本作は桂木京介の最終エピソードではありません。まだつむぎたい物語はあるのですから。
 ゆうしゃのがっこ~!は、もうちっとだけ続きます。

 それではリザルトノベルでまた会いましょう! 桂木京介でした。


個人成績表 Report
エリカ・エルオンタリエ 個人成績:

獲得経験:29 = 24全体 + 5個別
獲得報酬:1080 = 900全体 + 180個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
自分は人としての姿をなくした、人の目には見えない存在として行動
直接会話をしたり触れ合ったりすることはできないが
エリアルであったことから、風を仲介してささやかに世界に関わる

自分と縁のあった人々や土地のその後を見て回る
復興や再生、新たな世に生きていく姿に未来や希望を見出したい

悲しみや悩みを持つ人々には穏やかな風で涙を拭ったり、髪を撫でて励ましたり応援する


●ピーチさん
これからは穏やかな生活ができるように
レミール君(赤ん坊)も心身共に健やかに育つよう風でご機嫌を取る

●ドーラさん
魔族とヒトの共存も簡単ではないだろう
お互いに傷つけあった記憶もある
だけど、それを乗り越えて新しい友人や家族を手に入れて欲しい

七枷・陣 個人成績:

獲得経験:29 = 24全体 + 5個別
獲得報酬:1080 = 900全体 + 180個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
【目的】
自分の居た世界へ戻る為の方策を探る日々を変わらず送る

【行動】
大きな脅威は去った
となれば、また目的達成の為の日々を再開するだけだ
ワイズクレバーでの書物漁りに加え、研究都市のセントリアへも
頻繁に通う日々を過ごす
異世界転移門に帰還の活路があるはずだ
研究者の面々とも意見を交わして自分の居た時代へ飛べる方法を模索しよう
なので学園とセントリアでの滞在比率は2:8…いや3:7…よ、4:6くらいで良いかな今は
後始末云々で混乱してるし人手もいるだろうし?
もっと落ち着いてからセントリアへの比重を置く方が良いだろう、うん

朱璃・拝 個人成績:
成績優秀者

獲得経験:74 = 24全体 + 50個別
獲得報酬:2700 = 900全体 + 1800個別
獲得友情:1000
獲得努力:200
獲得希望:20

獲得単位:0
獲得称号:---
コルネ先生の姿を探し、見つけたら抱拳礼で挨拶しつつ私と立ち会って欲しい、と試合のお願いを致します。受けていただけたら、我が全身全霊を持って挑みますわ

先生の攻撃は見切り、緊急回避、やせーの勘を用いてまともに喰らわないようなんとか凌いでみますわ。僅かでも打ち込む隙を見いだせたら波涛拳乱舞で攻撃。けれど先生がこれくらいの攻撃で倒れる筈はありませんわね

(ここにきてまだ後の事を考えていた。全てを出さねばこの人には勝てない)

覚悟を決めると命の輝き、荒ぶる魂でその身を削り、祖流覚醒を使い必殺技、無影拳を使用、一瞬でも隙をつくれたら続いて天人五衰をしかけます

例え負けても気を失わず最後まで気力で立ち続けますわ




アケルナー・エリダヌス 個人成績:

獲得経験:29 = 24全体 + 5個別
獲得報酬:1080 = 900全体 + 180個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
◆目的
学園都市に戻り、魔王との戦いで壊れた仮面の修復若しくは買い替え

◆行動
……の筈だったが、学園周辺の損害を目の当たりにし、まずは住む家を喪った者や食べ物に事欠くような者達の支援に着手

学園の教師や取引のある商人等にも協力を仰ぎ、まずは簡易テント等で雨露を凌げる場所を確保
その際は、避難してきた男手の協力も得て対応

併せて、教師、商人の助力を得て炊き出しや食料の配給の手配を
炊き出しでは、避難してきた女性達の手も借りて

この状況だと、治安悪化も懸念されるので、学生有志や協力的な友好勢力、傭兵等にも協力を仰ぎ、当面の間の自警団を編成

等々、人々のことを最優先で、学園都市周辺の復興と治安維持に努めるように

タスク・ジム 個人成績:

獲得経験:29 = 24全体 + 5個別
獲得報酬:1080 = 900全体 + 180個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
異世界との衝突や魔族との和解など諸課題を
【事前調査】【勇者司書】で調査
【信用】で交渉や協議など日々こつこつと下準備を進める

喫緊の課題として
魔王決戦で初期化された子たちを正しく育てるという使命がある
ルルもエスメもしっかり育てたい
その上別の戦場からテイも加わった

シメール子犬ちゃんは保護施設(KGM様「保護施設シリーズ」)で飼育出来ないか打診

【事前調査】【勇者司書】【子供親和】フル活用で
育児について研究

学園生や教師に【信用】で積極的に協力を求める
【育児】タグの記載がある学園生は一緒に行動描写を希望

この機会に長期的な育児支援策も見据え
妹ヒナや子供好きの学園生達に可能性を見出し
【勇者保育士】構想を温める


クロス・アガツマ 個人成績:

獲得経験:29 = 24全体 + 5個別
獲得報酬:1080 = 900全体 + 180個別
獲得友情:500
獲得努力:100
獲得希望:10

獲得単位:0
獲得称号:---
【時間】
魔王との決戦後、学園に帰還したときから、数日の間


無事に学園に帰ってきた時に、コルネ先生に一言、ただいまと言いたい

それから落ち着いたら、今後のことをコルネ先生と話し合いたい
魔王は打倒された。つまり、世界の脅威は取り除かれた。リバイバルとしての俺の心残りは、なくなったということだ
理屈の上ではいつ消えてもおかしくない。彼女にそのことをきちんと伝えよう

マガツはもういない。あの戦いの中で、灰と共に眠った
これからは嘘偽りなく、クロス・アガツマだ
あなたの知る俺で在りたい

……狡いな、あなたにそう言われたら断れないよ
俺も、あなたのとなりで生きたい

リザルト Result

 突き抜けるような快晴ではないが、それがかえってありがたい。
 暑すぎないし寒すぎない。ちょうどいい加減だから。
 手でちぎれそうな綿雲、雲間からのぞくのは澄んだ水色の空で、そよぐ風は涼しい。
(こんな光景、もう見られないかもって思ったもんな、一時は、ホントに)
 両腕をのばし伸びをして、【七枷・陣】は胸に息を吸いこんだ。
 大海原のようになびく草原に影を落とし、グリフォンはのびのびと翼をひろげていた。空飛ぶ獣の背で陣は目を細める。学舎や学生寮、コロシアム状の屋内運動場、それに居住区域レゼントの町並みが見えてくる。
 陣の故郷は異世界にある。けれどいまや彼にとってフトゥールム・スクエアは、まちがいなくもうひとつの居場所、第二の故郷だった。
 グリフォンは大図書館ワイズ・クレバーの真上あたりで旋回飛行に入り、渦をまくようにしてゆっくりと高度を落としはじめた。行き先を指示しなくても、陣が学園のどの場所に行きたいのか知っているのだ。
「サンキュ」
 羽毛をつたって背から滑り降り、陣はグリフォンの首筋をかるく叩いた。獅子ほどもある姿に似合わず、ヒヨコみたいにピイとひと声あげてグリフォンは巣(グリフォン便乗り場)へ羽ばたいていった。
「またなー」
 手を振る間にもう、グリフォンはぐんぐんと上昇し小さくなった。もうひと声ピイと聞こえたのは、また明日、という意味だろうか。
 ああ見えてまだ子どものグリフォンなのである。だから運搬用ゴンドラを吊り下げず、陣のみ背に乗せて運んでくれたのだった。乗り心地という意味では成獣のゴンドラには負けるが、取り回しがいいので単身のときはよく頼む。 
 大きな脅威は去り、陣は日常に戻っていた。
(斯くして魔王復活の災厄は乗り切り、平穏は訪れる……と。善哉善哉)
 しかしめでたしめでたし、ではないのだ。陣にとっては。
(だっておじさん個人の問題はまーったく解決してないんだからね!)
 元いた世界への帰還、これぞ陣にとっての大問題なのだ。
 このところ陣はワイズ・クレバーでの書物漁りに加え、研究都市のセントリアへも日参している。もちろん、異世界転移門の研究調査のためだ。
 元いた世界に還る道筋は整いつつあった。転移門は作動し、陣は実際に一度はかの地を踏んだのである。問題は時代だ。あちらの時間とこちらの時間にはずれがあるのだ。自分が生まれる前に行くわけにはいかないし、はるか先の未来でも困る。陣が転生するにいたったあの直後に帰還したい。
 研究はまだ手探りの状態だった。もし可能と判明しても、生命をたもったまま戻れるという保証もないだろう。だが陣は希望を捨ててはいなかった。
 帰還の活路はあるはずだ。魔王復活という危機だって乗り越えたのだから。
 動乱が終わるや、これまで以上の熱意をもって陣は自分のいた時代へ飛べる方法を模索している。セントリアでは研究者の面々と活発に意見を交わし、許可を得て禁書扱いだった書物の数々にも挑んでいた。
 今日も研究の一日だ。これから図書館で資料集めをはじめるのである。
 セントリアで手にした(元)禁書はあまりに難解で、資料がなければ一節とても読み通せないのだった。専門用語や古語の辞典がなければまるきり歯が立たない。いわば素手で岩を砕こうとするようなものだった。陣にはツルハシが必要だ。あるいはドリルとか掘削機が。
 図書館の扉をくぐったところで、
「よー♪」
 陣は声をかけられた。見上げれば返却図書の棚の一番上に、腰を下ろし両脚をぶらぶらやっている不届き者がいる。
 その不届き者が、学園長【メメ・メメル】であることは言うまでもない。
「魔王の件以来あんまり見かけんよーになったから、どうしたのかと思っておったぞ☆」
 微妙にメメルの下着が見えそうだったので、陣はとっさに目をそらす。
「ここのところセントリアに行ってることが多いですからね。学園とセントリアでの滞在比率は二対八……いや三対七……うーん、正確には四対六くらいかな、今は」
「ふーん。で、女房はどうした?」
「にょっ……!? マナはそういうのじゃありませんからっ」
 ひひひ、と意味ありげにメメルは歯を見せた。
「そのマナたんはどこよ?」
「ボランティアで、倒壊した建物の後始末に行ってます。『力仕事はお任せを。マスターは研究にご専念ください』って」
「マナたんらしい言いようだのー♪ で、愛人のほうは?」
 誰のことですかっ! と陣は叫びそうになった。もしかしたらリーベラントからの編入生【リリィ・リッカルダ】のことか。たしかに魔王戦でもかかわることが多かったし、妙になつかれている気がしないでもないが、リリィが興味を持っているのは異世界研究であって七枷陣個人ではないだろうにと思う。
 激しく抗議したい陣だが実際には自制した。図書館で大声を出したりすれば、この場所の守護神ともいうべき人物が鬼の形相で飛び出してくるはずだから。
「ひゃ!」
 声を上げたのはメメルのほうだった。
「ご、ごめんなすって!」
 ひらり棚から飛び降り脱兎のごとく扉から出ていった。
 その『守護神』が書架の影から姿を見せたからだ。ほっそりしたエルフの図書館司書、【エミ・バナーマン】女史だった。暗い桃色の髪をセミロングにして一部縛っているあたりは同じだが、どこか雰囲気が変わったように陣は思った。
(そうか、眼鏡とワンピースが)
 彼女は吊り上がった眼鏡ではなく裸眼で、暑苦しく見える紺色のワンピースでもなくレース袖の白いブラウスを着ている。スカートも明るいブルーだ。
 バーバリアンと化しメメルを追うかと思われたバナーマン女史だが、案に反してその場にとどまり、
「お久しぶりです。七枷さん」
 なぜかはにかみながら告げた。
「どうも」
 調子狂うなーとは思うが落ち着いて陣は返す。そういえば彼女と会うのは魔王の復活以来である。
「今日も異世界転移のご研究ですか」
「うん。静かにするよ」
「どうして七枷さんはそんなに、元いたところに執着するんです?」
 そういえば話したことはなかったね、と陣は言った。この世界に飛ばされた経緯を簡単に説明して、
「むこうにおじさんの家族……マリアとマルタが取り残されてるからだよ」
 多分だけどね、と苦笑いした。
「おじさんが飛ばされた経緯からして絶対とは言い切れないからさ。一緒に光に呑まれたっぽいし。……でも、離れ離れなままってのは、心にクるんだよね」
「私……」
「はい」
「……私じゃ、駄目ですか? その人たちの代わりに」
「はいっ!?」
 両手を胸の前で結び彼女は陣に駆け寄る。
「だって私っ、愛人なんでしょう? 七枷さんが、いえ、陣さんがそんな風に私を想っていてくれたなんて……!」
「ええー!?」
「二号でいいんです! 私、陣さんのそばにいられるだけで」
 なんと不用意な発言をしたことかあの学園長は! 久々のSSM(※『そこまでにしておけよメメたん』の略)事案発生だ!
 ガタッと扉のところで音がした。メメルが戻ってきたのかと思いきや、
「そんな……! 二号は私じゃなかったんですか……!」
 手にしたカバンを取り落とし、驚愕の表情をうかべて立っていたのはリリィ・リッカルダだったのである。
 もしかしたら、と陣は期待したことがあった。マリアとマルタがすぽーんとこの世界に転移してきてテヘペロ☆ となったりはしないかと。しかしまさかのこの展開、夢であったらどんなによかったか。
(ところがどっこい夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……!)
 どうしよう。


 時間を戻し、魔王決戦の直後に場面を移そう。
 勝利、魔王軍を含めて人的損害を最小限にし、滅亡ではなく和解と融和という結末に終わったこの決戦は、史書に記録されこの先何百年も、千年を超えても語りつがれることだろう。
 その象徴が、赤子として生まれ変わった魔王の依代(よりしろ)【ルル・メメル】であることも特筆すべき事実ではないか。魔王軍幹部【エスメ・アロスティア】もまた、嬰児として再誕するにいたったことも忘れてはならない。
 だが一方で魔王決戦、あるいは学園防衛戦、世界退避の場においても、名が見られなかった人物もいる。
「……ええ、共鳴魔法石(ウーツル)で確認しているわ。みんなには、がんばったねと伝えて」
 フトゥールム・スクエア第一校舎奥部、学園長室にて【コルネ・ワルフルド】は通信魔法石(テール)を耳に当てていた。
 話している相手は教師の【ユリ・ネオネ】らしい。コルネはしきりにうなずいては、声を詰まらせることなく目を拭っている。泣いていると悟られたくないのだ。戦いは望む帰結に落ち着いたとはいえ、異世界に転移した住民の帰還、霊樹防衛の戦いで被害をうけた学園の再建など、指示すべきことは山のようにある。ここでコルネが気を抜くわけにはいかないのだ。
 大きな机だ。どっしりとしたマホガニー製、平素はメメルが鎮座しているこの場所に、コルネは主の代理としてついているのだった。
 通信を切るとコルネは共鳴魔法石に目を移し、水晶球にも似た大きく透明な球体を凝視し意識を集中した。
「なかなか学園長のようにはいかないね」
 ため息をついてコルネはなおも石に集中する。初期化するより前、魔法石にはメメルがうんと魔法をたくわえておいてくれたはずだ。あとはコルネ次第である。
 甲斐あってかやがて共鳴石に映る像は、人々が退避しきって空白となった都市部へと切り替わった。
 コルネは通信魔法石を手に取り指示を送りはじめた。
 どれくらいの時間作業に没頭しただろうか。やがて、
「はぁあ……」
 コルネは執務机に突っ伏した。大がかりな帰還作業が軌道にのったのだった。あとは現場に任せればいい。だがこれはまだ端緒にすぎない。コルネからの指示を待っている地域はそれこそ数え切れないほどある。
 学園長室のドアにノックの音がひびいた。
「どうぞー」
 伏せたまま気の抜けた声で告げ、顔を上げてコルネは来訪者を見た。
「ただいま」
 笑みを浮かべているのは【クロス・アガツマ】だ。
「こちらにいらっしゃったのですね、コルネ先生」
「クロスくん……」
 ほっとしたせいかコルネはまた机に伏せりそうになった。それでも肘で体を支え笑顔を見せる。
「お疲れさま。終わったね、魔王との戦い。ゆっくり休んでよ」
「先生こそ休んでください」
 部屋に立ち入ってクロスは理解した。コルネはここですべての作戦を把握し、各所に指揮を出していたのだ。西方浄土を摸したミニチュアがあった。学園を摸した積み木も、防衛網を組むために必要だったのだろう。壁に貼られた世界地図には大量の書き込みが見受けられた。
「つまりコルネ先生は学園長の代理として――」
「そう。司令部ってのをやってたわけ。普段はお気楽な姿ばかり見せてる学園長も、いざとなればこーんなに大変な作業をひとりでこなしてたんだね。しかも白ワインなんかを片手に」
 アタシにはそんな余裕はなかったよー、とコルネは力なく笑った。
「先生、少し寝てください。雑務なら俺がやりますから」
「クロスくんこそ疲れてるでしょ? 大丈夫こんなのちょっと休めば平気へーき……」
 などとは言うがコルネの目の下には、炭を塗ったような黒い隈ができているのだった。
「どう見ても限界じゃないですか。信用してください。俺を」
 さあ、とクロスはコルネに手を貸し、立ち上がらせようとするのである。その手をとりかけたコルネだが、触れる寸前で身をこわばらせた。
「待って。キミって?」
「どうしました?」
「クロスくん、だよね?」
 ふうっとクロスは息を吐き出した。苦笑してしまう。
「もー! なんで笑うの!」
「失礼しました。先生、あなたはもしかして疑っているんですか? 俺が、まだ【マガツ・クローズベルク】ではないのかと?」
 コルネは答えない。だが瞬間的に、彼女の瞳に火花のようなものが走ったのをクロスは見逃さなかった。
「マガツじゃありませんよ、コルネ先生」
 クロスのまなざしから意をくみとったのだろう。コルネは肩の力を抜いてクロスの手に自身の手を添えた。
「コルネでいいよ。言葉も、そんな他人行儀なのはやめて。ふたりきりのときは、教師と生徒ってこと、忘れたい」
「わかった。コルネさん」
「『さん』も邪魔」
「コルネ。マガツはもういない。あの戦いの中で、灰と共に眠った。これからは嘘偽りなく、クロス・アガツマだ。あなたの知る俺でありたい」
 うん、と告げてコルネは、手早くクロスの唇に口づけたのである。
「おかえり、アタシのクロスくん……」

 ベッドにコルネは入った。初期化技術のおり、メメルが眠っていた寝台だ。
 じゃあ少しだけ、との言葉の通りほんの一時間程度で目を覚ます。部屋の空気が全部入れ換わるくらいの大あくびをしてコルネは笑った。ずいぶんと血色がよくなっている。
「うーん、ずいぶん疲れが取れたなぁ☆」
「いいのかい? それだけで」
「超がつくほどいい睡眠だったよ。状況は?」
 クロスから情報を確認すると、じゃあもう少し休めるねとコルネは言う。けれどまた臥(ふ)す気はないようで、
「これからの話、しない? 今の間に」
「これからの?」
「アタシとキミとの」
 言ってコルネは目で、クロスに隣に座るよう告げた。
 ベッドでご婦人にならぶのは不調法だが――いささか迷ったが、クロスは従うことにした。
「……知っておきたいんだ。クロスくんって、ズバリこれからどうなるの?」
 いきなりだねと笑ったが、そこがコルネの魅力だと思いつつクロスはこたえるのである。
「魔王は打倒された。つまり、世界の脅威は取り除かれた。リバイバルとしての俺の心残りはなくなったということだ」
 だから、と一度言葉をきって、どうしても言わねばならぬことをクロスは明かした。
「理屈の上では、いつ消えてもおかしくない」
「何よそれ!」
 はじかれたようにコルネがベッドから立った。クロスを突き飛ばしそうな勢いだ。
「だったら消えちゃうっての!? アタシを置いて!」
 本気で怒っている。その証拠にコルネの目尻には、涙までにじんでいるではないか。
「……ないとは言えない」
 嘘は言いたくなかった。ところがうつむき加減のクロスの顔を、コルネはかがんで見上げたのである。
「なら、これからはアタシのために生きてよ!」
 コルネの顔は真っ赤だ。だがもう怒ってはいないようだ。
「心残りがなくなった!? だったらアタシを未練にすればいいじゃない!」
 紅潮しているのは怒っているからではなく、照れているからだとクロスにはわかった。
「アタシを未練にして……ずっとそばにいてほしい」 
「コルネ、それってもしかして……プロポーズ、かい?」
「どうとでも解釈したらいいと思うよ!」
 ぷいとコルネはクロスに背を向けた。
 彼女の頭から湯気が出ているようにクロスには思えた。
 もしかしたら今、自分も同様かもしれないが。
「……狡(ずる)いな、あなたにそう言われたら断れないよ」
 クロスは腕をコルネに回す。背中から抱きしめるようにして、彼女の耳にささやきかけた。
「俺も、あなたのとなりで生きたい」


 よく磨いた盾のごとき晴天だ。快晴、雲らしい雲はない。
 頭からすっぽりとフードをかぶっている。目深に、顔に濃い影がかかるように。
 突き刺すような夏の陽射しを避けるため――そう周囲の目には映っていることだろう。
 しかし真実はちがった。【アケルナー・エリダヌス】の扮装は、周囲の視線から素顔を隠すためのものだった。
 魔王決戦においてアケルナーは、寝室でしか外さぬ半仮面を砕かれてしまった。手当が早かったこともあり肉体的なダメージは癒え、痛みもほとんど残っていない。だが仮面のほうはそうもいかなかった。ほとんど粉々になったのである。継ぎ合わせ修復するのはまず無理だった。
 顔をさらして歩く覚悟、ないし勇気はまだアケルナーにはない。なので疲労が抜けるや急ぎ足で、寮から出て学園都市レゼントを訪れたのだった。
「これは……」
 アケルナーはレゼントの現状を目の当たりにして、しばし呆然と立ちつくした。
 魔王決戦からまだ二日と経過していない。控え目に言っても酷い有様だった。魔王軍の爪跡は街中にあふれていた。
 押しつぶされた門、倒壊した建築物、破れた窓に焼けた家屋、歩むほどに痛ましい光景が目に飛びこんできた。同時に、魔王軍が学園への強行軍を主としていたことも明らかになった。略奪をうけた痕跡がほとんどなかったからだ。欲望に忠実な者なら放っておかないはずの宝石店も、軍の進路から外れていたせいかほとんど手つかずで残っている。魔王軍からすれば街は学園にむかうための障害である。破壊と渾沌を引き起こそうという意図はなく、ただ邪魔だから壊して進んだというのが実情だろうか。
(【シメール】という名だったはず……学園攻撃の首魁は……)
 魔王が最初に創ったという魔物それがシメールだ。破壊の権現というイメージもあったが、実際のシメールは大量の魔王軍をよく統率できていたようだ。リーダーとしては適任だったということだろうか。
(それでも……)
 住民の受けたダメージは少なくないだろう。
 魔王軍襲来時すでにレゼントの住民避難は完了していたから死傷者はないことだけは事実だ。されど異世界から戻った住民たちは故郷が踏み荒らされたのを知ったのである。その心情たるやいかばかりか。
 住む家を失って途方にくれている人々も少なくない。簡易のテントがいくつか設営されているものの、屋根のない人たちすべてには足りていないことは明白だ。どれほど不自由があるだろう。容赦のない酷暑なのだからなおさらだ。治安上の不安もある。
 どこかから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。その突き刺さるような響きが、アケルナーの目を揺り覚ました。
 仮面のことは後回しとアケルナーは即断した。
 勇者のひとりとして、どうしてこの状況を看過できよう。 
「手伝います!」
 アケルナーはフードをはらいのけた。
 テントの支柱を立てるべく、数人の男性が大きな木の柱を押している。ところが柱は右往左往するばかりで持ち上がらない。相当に重いのだろう。めいめいがバラバラに持ち上げようとしているせいもあろう。ゆえにかアケルナーが駆け寄って、
「任せてください」
 単身で肩を当てて押すと、丸太の柱はゆらぎながらも垂直に立ったのである。
 周囲から声が上がった。驚くのも当然だろう。数人がかりで動かなかった柱を、細身の女性ひとりがやすやすと立ち上げたのだから。
 注目が集まったのを意識しつつ、
「提案があります。テントの設置位置ですが」
 アケルナーは切り出した。避難テントを設営するのはいいのだが、あまりにデタラメな配置をしているように彼女の目には映ったのだった。テントとテントがぶつかりあっていたり、救援物資を運ぶ道路をふさいでしまっていたりする。その救援物資にしたって、もっとも必要としている人たちに届いていないようにも見えた。
「ここに二カ所設営します。あの一カ所は、半壊の建物すぐそばなので危険です。東に移動しましょう。そして……」
 アケルナーは手短に支援計画の提案をした。賛同をえるとすぐに活動を開始する。住民の命がかかっているのだ。自身陣頭に立ち、灼熱の太陽に焼かれながらも土埃にまみれた。
 やがてアケルナーは請われて指揮役にまわることになった。彼女の指示は適切にして効率的だ。かくして半日ほどのうちに、穴だらけの対処療法でしかなかったレゼントの住民保護は、最低限ながら適切な応急処置へと姿を変えたのである。支援物資も流通しはじめた。もちろんまだまだ不足は多いが、道筋だけは見えたといっていい。
(こんなところで帝王学、法律、それに経済の知識が役立つのも皮肉だね)
 途中、うれしい援軍もあった。
「やにわに活気づいたと思ったら、中心にマルグダ様がいらっしゃったとは」
 いやはやと笑い【カストル・ラストノート】は左手で、禿げかかった自身の頭をなでたのである。
「だが驚きはしませんぜ。マルグダ様の能力とカリスマなら、これくらいたやすいことでしょう」
「カストル、あまりおだてないで。こう見えて無我夢中だったのですから」
「ははは、だとしても常人にはできないことだ。さあ、片っぽしかないとはいえ、猫の手よりは少々役立つ手を運んできたつもりです。存分にお使いください」
 隻腕のカストルはアケルナー、すなわち【マルグダ・ミルダール】にとって剣の師である。剣の道は引退して、いまは『片翼の隼亭』というカフェを運営する身の上だが、なおも胸板は厚く眼光も鋭い。最近のアケルナーであっても、彼と試合をして一本をとるのは容易ではなかろう。
 魔王決戦の日も、カストルは万が一を考えてレゼントに残ったという。おかげで彼の店とその周囲は魔王軍の蹂躙をまぬがれた。現在は臨時の避難所として解放しているらしい。
「簡易テントや食料の手配は俺がやります。なぁに、ウチには日ごろツケで飲み食いしてる情報屋が何人もいる。この機会にせいぜい恩返ししてもらいますよ。傭兵だの暗殺者だのにも事欠かないんで、治安維持の警らもさせましょう」
 なので、と彼はアケルナーに学園との橋渡しを依頼したのである。
「マルグダ様、いや、ここは……勇者アケルナー様ですかね? あなたひとりいるだけでも百人力だが、もっとたくさんの勇者がいれば、それだけ復興は早まりますからな」
「わかりました」
 アケルナーは学園に戻り、レゼント復興のためのボランティアスタッフの参加を呼びかけたのである。それまでバラバラに参加していた学園生もいたが、アケルナーの呼びかけで活動は一本化し、目に見えて復興速度は上昇したのだった。
「アケルナーさん、お似合いですわよ」
 微笑したのは【ミレーヌ・エンブリッシュ】だ。ミレーヌはいち早くアケルナーの募集に応じ、動きやすい服装で炊き出しの支援に参加していた。すでに夜だが、炊き出しの火が消えることは当分なさそうだ。
「そうやって陣頭指揮に立ち、人々の希望の灯火となっているお姿が」
「い、いえ私なんてとても……」
 頬が熱い。こんな風に褒められることにアケルナーは慣れていなかった。
 照れ隠しすべく顔に手をやり、そこに仮面がないことをようやくアケルナーは思い出した。
「あ、そうだ、新しい仮面を作らなければ」
「仮面なんてもういらんでしょう」
 横合いから笑いかけたのはカストルである。
 え? と訊き返したアケルナーに、カストルは誇らしげに言った。
「もう、顔が売れすぎてますぜ」
「……それは、想定外でした」
 アケルナーはますます赤くなった。


 魔王との決戦は終わった。学園もレゼントも当初こそひどい状態だったが、勇者たちの活動もあって再建の途上にある。学園では授業も再開されている。すっかり元通りとまではいえなくとも、平和は戻ったと断言してもいいのではないか。
 しかれどすべての問題が解決したわけではない。
 ここにもひとり難題を抱える学園生がいる。【朱璃・拝】だ。もやもやと絡みあう藻のようなものが、朱璃の胸の内で渦巻いていた。
 その日の放課後、朱璃はついに覚悟を定め、手はじめに【タスク・ジム】の元を訪れた。彼の居場所ならわかっている。
 タスク様、と呼びかけるより先に朱璃はこう呼びかけた。
「ルル様、ごきげんよう」
 朱璃が声をかけたのはタスクの背だった。そこにもひとりの学園生が鎮座ましましているからだ。まだオムツをはいており、首だってすわったばかりという史上最年少の学園生だ。
 ルル・メメル――メメルの双子の兄である。二千年前は伝説の勇者、ほんの数日前までは魔王、決戦と初期化を経て現在は、勇者であり魔王であった存在として、学園で育てられる赤ちゃんだ。
「朱璃さん?」
 数冊の本を手にタスクが振り向いた。いずれも育児書だった。古めかしいものあり、最新のものもあり、ベビーフードのレシピ本もあった。
「いかかがです? 『ご研究』のほうは」
「難しいですね。じつに困難です」
 言いながらもタスクは楽しげだ。
「なにしろ初めてのものですから……それだけにやりがいもありますが」
 責任も重大ですしね、と言い加える。
 魔王決戦後、学園はふたりの赤子をさずかった。ルルのみならず、魔王軍幹部エスメもまた、赤ちゃんの姿になったためだ。いわば学園生すべてがルルとエスメの母親であり父親なのだが、育児にひときわ情熱をかたむけている学園生のひとりがタスクであることはまちがいない。タスクはここワイズ・クレバーにて育児本を読みあさり、育児の知恵を祖母マーニーに求めていた。昼寝につきそい、乳母車も自作しているところだという。授業がないときはこうして、赤ちゃんのどちらかを背負っていることが彼の日常となりつつある。
「当世風に言えば『イクメン』ですかしら」
 朱璃はルルの側にまわる。するとメメルによく似た青い眼で、ルルは朱璃の動きを追うのだ。朱璃が指をのばすと、小さな両手でつかもうとする。口をぱくぱくさせているのは、届かないよ、と抗議しているように見えた。
「はは、どうも。でもそんな言葉はなくなったほうがいいですね。子育てする男性がめずらしい、ってことの裏返しですから」
「まったくですわね」
「そういえば最近、実家ガンダ村の母に手紙でアドバイスをあおいだんですよ。育児の」
「経験者に訊こうということで?」
「ええ。そしたら大いに誤解されてしまって……『嫁さん連れてきなさい』とかなんとか返事に書いてあってげんなりしました」
 タスクは冗談めかして笑い飛ばそうとしたのだが、声がうわずっているのは隠しようがなかった。
 朱璃もただ笑うしかない。何か気の利いたことを言おうとも、彼を傷つけるだけだとわかっていた。
(タスク様……お心は癒えていないのですわね……)
 当然ですわねと朱璃は思う。朱璃にしたってまだ、【エリカ・エルオンタリエ】の消失について、気持ちの整理は終わっていないのだ。
 朱璃はルルと向き合っているためタスクの表情は見えない。そのことがありがたかった。
 話題を変えよう、そう決めて朱璃は言った。
「ところで今日、これから私は、宿願に挑むつもりですの」
 彼女がおしまいまで口にせずとも、すぐにタスクは朱璃の意を汲んだ。
「わかりました。ルルくんに見届けていただきましょう。およばずながらこの僕も同席させてください」
 この時期はまだ髪が生えそろっていない子もすくなくないが、ルルはすでに、もっさりと言っていいくらい髪がある。プラチナの髪を揺らし、ルルはきょとんとした表情で朱璃を見上げた。まだ言葉はわからないはずだが、何やら重大なことになりそうだと察したのかもしれない。 
 朱璃はルルに呼びかける。
「ルル様、貴方の弟子は今から、その努力の成果を確かめに参りますわ」

 図書館を出て朱璃はその人の姿を探した。
 うんと日の長くなった夕刻を足早に歩く。真っ赤な長衣の裾をひるがえし、銀の髪をなびかせて。
 やがて朱璃は彼女の背中を見つけた。すらりとした長身、しっかりと伸びた背筋、リラックスしている様子だが隙らしい隙はみあたらない。
「コルネ先生!」
 呼びかけて追いつく。
 偶然だが霊樹の下だった。フトゥールム・スクエアを象徴するような場所だ。周囲は芝、頭上の枝もまぶしいほどの緑であふれている。
「どうかした?」
 折良くコルネはひとりだった。このごろ正式に交際を始めたというクロスの姿はない。話しやすい状況だ。
「先生、今、お時間はありますか?」
「大丈夫だけど?」
 どうしたのと言うコルネの眼前で一歩下がり、ぱんっ、と朱璃は手を鳴らした。
「お忙しいところ失礼します。コルネ先生、私と立ち合ってください!」
 直立して右手の拳を左の手のひらでつつむ構え、抱拳礼だ。
「先生は私にとって目標であり、超えるべき壁です。まだまだ足りないかもしれませんが、私に壁を超える機会を与えていただけませんか?」
「なるほど」
 コルネは力強く抱拳礼を返す。以前とちがって左右逆ではなかった。
「そういうことなら、喜んで」
「立会人を連れてきました」
 水を差さぬよう気をつけながら、タスクが大股でふたりに歩み寄った。
「ルルくんです。お邪魔でなければ、僕も」
 おんぶ紐を胸に回して、タスクはルルを前抱きしている。顔がたてにならんでふたつ、有袋類の親子みたいでなごむ見た目だが、タスクのまなざしは真剣だ。ルルもまっすぐ前を向いている。
 コルネはうなずく。
「最初の勇者にして最後の魔王が立会人ってことね。異存はないわ。タスクくんもしっかりと見守ってほしいな」
「ルル様のこと、よろしくお願いいたしますわね」
 と言うも朱璃は表情をゆるめない。視線もコルネを見すえたままだ。
 視線を動かさないのではない。動かせないのだ。
 コルネは立ったままだ。構えをとってすらいない。にもかかわらず全身から、目に見えるほど濃くぶ厚い闘気を噴き出している。一瞬でも気を抜こうものなら、たちまち吹き飛ばされてしまうほどの勢いで。
(やはり……コルネ先生は凄い)
 朱璃の肌が粟立った。天つく峰のふもとに立った心境だ。
 しかしどんな山であっても、頂(いただき)にいたるためには登らねばならない。
「いざ」
 霊樹の葉陰のもと、朱璃は腰を落として右足を踏みだし、流れるような動きで上半身を整えた。もっとも基本的な構えだ。
 だがコルネは自然体だった。廊下を歩くとき同様に歩みだす。近づいてくる。
「参ります!」
 朱璃は稲妻のごとき正拳を繰り出した。象であっても気絶させられそうな一撃だ。
 だがコルネは受けない。回避もしない。流木に飛び乗るようにして、ふわりと浮きあがると右手を朱璃の手の甲に置いたのである。片手だけで逆立ちになった格好、しかも支点は朱璃の拳だ。
「『今から殴ります』と、宣言して攻撃するものじゃないよ☆」
 えっ、と朱璃が問い返す間すらなかった。宙で姿勢を転じたコルネは左右の足で朱璃の横面を薙いだのだ。前に出ようとした己の力の反作用もあり朱璃はたやすく数歩の距離を飛ばされている。だが頭から落ちることはなく受け身をとりバネ仕掛けのように立ち上がる。けれど立ちくらみした。痛みが襲ってきたのはその後だ。張り裂けるように痛む。
 本能が朱璃を救った。
 反射的に身を引き朱璃は紙一重でコルネの拳をかわした。拳闘でいうところのフック、蹴りを喰らい視界が狭まった朱璃の、死角から狙うというえげつない攻撃。これが眼前をかすめたのだ。だが避けられることはコルネも予想していたにちがいない。間髪入れず左右交互のラッシュを繰り出した。撃撃撃、撃、撃撃、息もつかせぬ。まさに戦鬼、攻撃こそ最大の防御ということか。朱璃は防ぐので精一杯だ。極力回避するも数発は肘に喰らった。
 ――ッ!
 肘がしびれガードが下がったところに飛ぶ、体重を乗せたコルネの蹴り。
 自身の肋骨が数本、メキッと音を立てたのを朱璃は聞いた。たまらず仰向けに倒れたところに、豹のごとくコルネが飛びかかる。
 野獣のごとき叫びを朱璃は上げていた。心が折れたからではない。つけいる隙を見つけたからだ。
 無防備に飛んだのはコルネの油断か。大地に寝たまま右膝を跳ね上げ、朱璃はコルネを迎撃した。
 まともに入った。
 膝はコルネの水月のあたりにめり込んでいる。鋼鉄のハンマーを撲(う)ちこまれたような衝撃だろう。
(やった!)
 タスクは手に汗を握った。朱璃が反撃に転じたのだ。
「君も昔、大切な妹のために、こんな風に戦ったんだよ」
 タスクはルルにささやきかけた。
 勢いのまま立ち上がったとき、すでに朱璃の筋肉は臨戦態勢にあった。朱璃はただ倒れたのではなかった。呼吸を整える時間をとったのだ。そこから突き、蹴り、拳、拳、足払い、踊るがごとく波濤のごとく、連続攻撃をコルネに浴びせた。鞭打つような音が鳴り渡り、気迫が霊樹の枝葉を揺らす。
 コルネはとびすさり距離を開けた。
 朱璃は肩で息をしている。
(けれど先生がこれくらいの攻撃で倒れる筈はありませんわね――)
 朱璃は冷静だった。しばし一方的に圧(お)したように見えるが、その実、決定打は与えていないと悟っている。
 手応えが語っていた。攻められながらもコルネはわずかずつ体をスライドさせ、真芯をとらえるようなダメージは回避したのだと。
(ここにきてまだ後のことを考えていた。すべてを出さねばこの人には勝てない) 
 覚悟を決めるときだ。たとえここで息絶えようと、後悔だけはしたくない。
 朱璃は状況を忘れた。ここがどこなのか。なぜ戦っているのかすら忘れた。それでもただ、目の前にコルネがいることだけは忘れなかった。
 魂が荒ぶる。祖先から受け継いできたものが血管のなかをぐんぐんと流れる。開いた口からは牙がのぞき、朱璃の腕が獣のそれへと変化をはじめる。
 祖流覚醒、朱璃の肉体は闘争本能の権化へと帰した。
「なんて……なんて……凄まじい……!」
 と言ったきりタスクは言葉を忘れた。コルネもまた、目に獰猛な光を宿らせていると知ったから。
 ついにコルネが構えを取った。空手でいう組手立ちの姿勢。右腕は脇を締めて手のひらは上、左は手刀を切っている。踏みだした左足はつま先立ちに近く、踵(かかと)はしかと浮いていた。
 両者は二匹の竜のごとく向き合う。一足一刀の距離、呼吸音だけが流れている。
 空間が歪んでいく。熱した飴のごとくぐにゃぐにゃになる。錯覚だとタスクは知っているが、意識は晴れなかった。
 タスクの頬に、ぺたりとルルが手をふれた。落ち着こう、と言っているのかもとタスクは思った。
 その瞬間である。
 先に動いたのは朱璃、踏みこんでの一撃。片足を引いた構えから一転、腰をひねり広背筋を寄せ、肘を絞り突きを放ったのだ。動きが先、音が後に来た。常人の目には補足できない。影すら見せぬ拳だった。
 ずんと手応えがあった。だが『まさか』と朱璃は思った。
 コルネはみずから進み出て、朱璃の無影拳に当たりにきたのだった。防禦はしなかった。もちろん無事ではすむまいが、下手に回避しようとするよりはずっとましだろう。拳が伸びきるまえに受けたのだから、威力は半減しているはずだ。
 しかも同時に、コルネは絶好の間合いを取ったことになる。
 空手の構えは見せかけだったのだ。コルネが放ったのは、瀧が逆流するがごとき怒濤のアッパーカットだった。
 まともに浴びた。
(さすが先生……かなわない……!)
 朱璃の目が裏返った。視界が暗転する。脳が激しく振動したのだ。
 このとき朱璃の腕を動かしたのは、彼女の意識ではなかった。いうなれば鍛えに鍛えつづけた最後の力――気力だった。
 朱璃の掌底がコルネの鳩尾に入った。とうに朱璃は目の光を失っているというのに。
 コルネの肉体は浮きあがった。追い打ちは朱璃の前蹴り。
 浮いたコルネの体を追い飛翔した朱璃はかかと落としを与え地面に叩きつけ、さらに空中へ膝蹴りし、落下したコルネにロメロスペシャル、別名吊り天井固めを極めた。
 一秒、二秒……そのまま動かない。
 白目を剥いている人間ができる動きではない。
 だがまちがいなく現実だった。
 バギッとものすごい音がした。コルネが肩の関節を外し、強引に極め技から抜けたのだ。言葉にならぬ絶叫をあげてコルネは肘打ちを朱璃の顔面に見舞った。
 これが最後の力だったらしい。コルネは横倒れになって地に這った。
 朱璃はすでに動かない。とうに意識はなくなっている様子だ。
「勝者――」
 タスクはコルネの腕を取ろうとした。
 だがコルネは首を振る。彼女は半身だけ起こし、朱璃の手をもち上げたのである。ほんの数尺ではあったが。
「アタシはギブアップしようとした……タップする手がなかったからああしただけだよ」
 ならば、とタスクはコルネと朱璃、両者の手を取った。
「ダブルノックアウト! この試合、ドローとする!」
 万歳するみたいにルルが両手を上げたのは、単なる反射だったかもしれない。
 けれどもタスクは、ルルもこの判定に同意したものと解釈した。
 タスクの宣言が朱璃の意識を覚ました。
「……先生」
 朱璃は、腫れ上がった顔でコルネにほほえみかけた。コルネも同じくらいひどい状態だが、やはり笑みを浮かべていた。
「先生がいたから私はここまで努力できました。これからも私の壁でいてくださいませんか?」
 もちろん、と言うかわりにコルネはウインクしたのである。

 すごい戦いだった。立会人を務められたことも光栄に思っている。今も胸が熱い。
 コルネと朱璃を医務室に運び終え、タスクはルルを次の担当者にあずけて『ばいばい』を告げた。
(あとは、シメール子犬ちゃんの様子を見なくっちゃ)
 歩みを早める。
 初期化されたシメールは子犬になっていた。まだ母乳が必要な段階だから、学園生が交代でミルクをあげている。今のところとくに猛々しいこともなく、人にはよくなついている。たくさんの愛情を受けて、きっといい子に育つだろう。
 タスクはつとめて忙しくするようにしていた。ルルやエスメの育児に積極参加することはもちろん、シメールを保護施設で飼育してもらえるよう交渉もはじめている。保護施設といえば、この機に拡充も必要だろうと考えて寄付を集めているところだ。
 ゆくゆくは、学園内にも孤児や保護動物の施設を設立したいとも考えているのだ。レゼントや学園で働く親のための保育園としても機能するようにしたい。もうすでにタスクは動きはじめており、教師や学園生から多くの協力者を見出している。妹ヒナも協力者のひとりだ。
 タスクは忙しい。やることは山積みだ。山積みでないと困る。
 忙しさで心を埋めていなければ、たちまち悲しみが入りこんでくるから。


 炭火で焼かれるような烈日だ。でも農作業を休むわけにはいかない。
 トマトの赤い実をもぐ。雑草をむしる。雨天は当分望めないので、井戸から水を汲んでは散水する。合間にはニワトリの餌もある。真夏日に行う厳しさはいかばかりか。
 だが【ピーチ・ロロン】は、楽しげに作業に従事しているのだった。毎晩くたくたになって眠るし、すっかり日焼けしてしまった。害虫や蛇など、望まぬ客に肝を冷やすことも数限りない。それでもかつて、大きな街の暗い部屋で還らぬ人を待ちつづける日々に比べれば、ずっといいと思っている。
 首にかけたタオルでピーチは額の汗をぬぐった。腰の水筒を開けごくごくと水を飲み、生き返ったように息をついた。
 籐編みの籠から、力強く自分を呼ぶ声をピーチは聞いた。
「待っててね」
 木陰に置いた籠には、最愛の我が子【レミール】が入っている。空腹で目覚めたらしい。抱き上げて乳を含ませる。モガモガと言いながらレミールは勢いよく乳を吸った。
 ピーチは目を細め、木に背中をあずけた。レミールのさせるにまかせて息をつく。
 涼しい。
 風がふいてきたのだ。柑橘類のようにかぐわしい風が。ひんやりと気持ちがいい。
 目を開けているつもりだったが、いつしかピーチのまぶたはなかばまで下りていた。
《どう? 最近?》
 ピーチは、聞き覚えのある声を聞いた。
「……充実しています。たぶん、これまでの人生、なかったほどに」
 ピーチはもぐもぐと口を動かした。
《よかった》
 風が言った。そう、話しているのは風なのだった。
《これからは穏やかな生活ができるといいわね》
「私、やっていけそうです。避難のため異世界にも行きました。戻ってきたら、魔王の脅威はなくなっていました。あとは、この子と生きていくだけです」
《だとしたら嬉しいわ。レミール君も、心身ともに健やかに育つよう祈ってるから》
「ありがとうございます。エリカさん……」
 はっとしてピーチは目を開けた。
「私、どうして」
 風にエリカと呼びかけたのだろうと思う。もちろん、見回してもエリカの姿などない。夢だったのか。
 もう一度涼しい風が吹き、汗ではりついたレミールの前髪を額からはがした。
 ピーチの乳首から口をはなすと、くすぐったそうにレミールは笑った。

 魔族の集落を訪れた【ドーラ・ゴーリキ】は、おおむね好意的に迎えられたことに安堵していた。
 救援物資を大量に運び込んだこともよかったのかもしれない。さらに、
「今日はフトゥールム・スクエアの入学案内も持ってきた。興味がある者は取りに来るがよい」
 と呼びかけると、子どもやその親など、少なくない数が応じてきたことにも気をよくする。
 魔族といっても、その実体は遠い過去、魔王軍にくみした人々の子孫というだけである。魔王決戦になっても動かなかった者が大半だった。エスメや【ドクトラ・シュバルツ】のもとに馳せ参じた魔族も、戦いが終わるや放免となり、今では一般人として生活しているものばかりだ。魔王決戦がほとんど死傷者を出さず、最後は魔王軍・対魔王軍の垣根を越えた協力による平和的な解決を見たということもあって、反感を持つ者は少ないようだった。
 それでも、すべての魔族が割り切れているわけではない。あからさまに悪態をつく声はあった。ドーラから目をそらせようとする姿も。
 けれどドーラはくじけない。なるだけ大きな声で、しかも明るく告げた。
「学園はどんな者でも受け入れるぞ。わちきが保証する!」
 ドーラは魔族として、そして学園生として、魔族とそれ以外の種族の融和につとめていた。親善大使的な役割を買ってでたのだった。
 かつてドーラは怪獣王女を名乗り、フトゥールム・スクエアの前にたちはだかった。それも一度や二度ではなく。ドーラは魔王復活だけを目標としており、魔族を代表するという考え方はなかったのだが、それでもひそかに彼女を応援している魔族は少なくなかったようだ。
 それだけに、魔王決戦にいたって考えを改め、学園にくわわった彼女を好意的に見ていない者は少なくなかった。裏切り者とののしる者も少なくない。このときも、
「これでもくらいな!」
 どこかから声がして、ドーラの頭に生卵がぶつけられた。
 投げつけた犯人は逃げていったが、ドーラは追わんとする者をとめた。
「なんの、卵には慣れておるわえ。なにせわちきは怪獣王女じゃからの」
 笑って水場まで歩き洗顔していたとき、ドーラに呼びかける声があった。
《共存への道は簡単ではないでしょう。お互いに傷つけあった記憶もあるし》
 だけど、と風の声は言った。
《それを乗り越えて新しい友人や家族を手に入れてほしい》
「……かたじけない。忠告、ありがたく聞こう」
 ドーラは風に向かって告げる。
「わちきがここまで来れたのは、お主のおかげでもあるからの」
 これからも見守っていてくれ、とドーラは呼びかける。
「頼んだぞ、エリカ」
 エリカが姿を消したことをドーラは知っている。はじめはドーラも衝撃を受けた。行方を捜し求めもした。
 しかしやがてドーラは、エリカがいなくなったわけではなく、ただ姿を変えただけなのだと理解したのだった。
「お主は元々異世界人だったよな……この世界で体を得たのも偶然にすぎん。それが肉体を必要としなくなっただけ……そうわちきは思っておるわえ」
 じゃろう? とエリカは風に問いかけた。
 風――エリカ・エルオンタリエは何も答えなかった。ただつむじ風がひとつ、ドーラの足元に渦巻いただけだった。
「それでもなあ……わちきは、わちきはとても寂しいよ」
 聞いとるか、とドーラはたずねた。返事はなかった。
 つむじ風は消えていた。

 とうとう、本日やることがなくなってしまった。
 嫌だったがもう、あとは明日まで無為にすごすしかない。タスクは膝をかかえるようにして座りこんでいる。
 がらんとしたフトゥールム秘密情報部の部室だ。自室には帰りたくなかった。
 少しでも、エリカの思い出が残る場所にいたかった。
「部長……」
 こらえきれなくなり涙をこぼす。エリカを欠いた喪失感は薄れるどころか、日々大きくなるばかりだ。
 悔やまれて仕方がない。どうして自分はあの日、エリカ部長と一緒に帰ろうとしなかったのか。さよならという背に声をかけなかったのか。
 あれが別れだったなんて、あれきり逢えなくなるなんて。
「そんなのって、残酷すぎますよ……エリカ部長……」
 初期化が発動する瞬間、一番魔王の近くにいたのだ。エリカは、初期化技術の影響を受けたのだとタスクは思う。なんらかの理由で実体を失ってしまったのではないか。
 だが消滅したとは考えていない。あれ以来ときどき、タスクは彼女の気配を感じることがあるからだ。彼女がいるつもりで会話してハッと我に返ったこともあった。
 今だって――。
 どこからか風が吹きこんできた。暑いさなかにもかかわらず、とても心地よい風が。
「部長!?」
 タスクはがばと立ち上がる。ドアに飛びついた。力強く開く。
 そこにエリカがいると信じていたから。
「遅いお帰りで……もう僕、待ちくたびれちゃいました!」
 涙を隠せないままドアノブを引いて、タスクは気まずそうに笑った。だが、
「ごめん、堪忍な……どないしてるかなー、って思って」
 やはり気まずそうに笑ったのは【マルティナ・シーネフォス】だった。
「まだなん?」
「まだ……です」
 なあ、とマルティナは言う。
「少し、一緒に待たせてもろてええ? うち、知りたいねん。エリカはんのこと。タスクが、好きな人のこと……」
 ドアが動いた。



課題評価
課題経験:24
課題報酬:900
はじまりの唄
執筆:桂木京介 GM


《はじまりの唄》 会議室 MeetingRoom

コルネ・ワルフルド
課題に関する意見交換は、ここでできるよ!
まずは挨拶をして、一緒に課題に挑戦する仲間とコミュニケーションを取るのがオススメだよ!
課題のやり方は1つじゃないから、互いの意見を尊重しつつ、達成できるように頑張ってみてね!

《グラヌーゼの羽翼》 エリカ・エルオンタリエ (No 1) 2022-06-20 00:02:56
(そこには誰の姿もなく、ただ風が吹いている)

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 2) 2022-06-20 00:39:49
遅刻帰国~!・・・あれ、一番乗り??
・・・じゃ、ないみたいですね・・・(風を感じて涙ぐむ)

(PL というロールプレイをやらざるを得ないのゴホービです!!)

はい!
勇者・英雄コースのタスク・ジムです。よろしくお願いいたします。

魔王戦本当にお疲れさまでした!
真の平和のためにはやること山積みですが、一つ一つ確実に頑張ります。

さしあたっては、ルルくんとエスメちゃん(テイくんとシメールちゃんも?)を育てる行動として
【育児】タグを提唱します。
タグを記載された方は一緒に行動するようプランに記載してみますので、
もし、面白そうと思われたら、是非乗っていただけると嬉しいです!

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 3) 2022-06-20 20:22:21
武神・無双コースのルネサンス、朱璃・拝と申します。どうぞよろしくお願いしますね。

ここから先へ進むためにやっておきたい事がありまして、それをさせていただこうかと。それはすなわちコルネ先生との立ち合いですわ。2年進級時に個人面談で一度拳で語り合ったのですが、その時はほとんど何もできませんでしたわ。今も勝てるとは思いませんがあれから私が少しでも前へ進めているのか、それを確かめたく思います。先生は私の目標であり、超えるべき壁ですから。

その事に関して、【育児】タグは使わないかと思いますが事前にルル様や一緒におられるだろうタスク様に声掛けするかとは思いますわ。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 4) 2022-06-22 12:47:41
朱璃さん、すごく良いと思います。
決戦後の行動、想いとして、最も朱璃さんらしい感じがします!
そのことを、僕達に声をかけてくれるのも、嬉しいことです。

せっかく声をかけて下さったので、
もし字数に余裕があれば、ルルくんおんぶして応援に行くかもしれません。

「君もむかし、大切な妹のために、こんな風に戦ったんだよ」
みたいに、関連づけてみたりして。

《甲冑マラソン覇者》 朱璃・拝 (No 5) 2022-06-22 20:04:27
>タスク様
ありがとうございます。もし応援に来て下さるのでしたら猶更気合を入れないといけませんわね♪

《運命選択者》 クロス・アガツマ (No 6) 2022-06-22 21:28:03
賢者・導師コースのクロス・アガツマだ、よろしく頼む。
折角だが、今回はやりたいことを優先させようと思っているので、申し訳ないがタグは不参加だ。
だがまだ別の機会がありそうだし、その時にやりたいことが合致するなら検討してみるよ。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 7) 2022-06-23 08:13:39
クロスさん、了解しました!お知らせいただきありがとうございます!

クロスさん、そして皆さんのやりたいことを、応援しています!
文字数によっては協力出来るかもしれないので、何かあればご相談くださいね!

さて、いよいよ今日いっぱいで出発ですね!
悔いのないよう、プランを磨いていきたいものです!

《1期生》 アケルナー・エリダヌス (No 8) 2022-06-23 19:36:31
ご挨拶が遅れて申し訳ない。私は勇者・英雄コースのアケルナー。よろしく頼むよ(マントのフードを目深に被って)。

私は多分……馴染みの道具屋に行ってると思うよ(壊れた仮面の修理に行く筈が、大きな損害を被った学園周辺の様子を見て、復興作業に回ってると思われます)。

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 9) 2022-06-23 23:11:07
アケルナーさん、よろしくお願いいたします。
記載されている展開、すごくドラマチックだし、アケルナーさんらしくもあると思います!

朱璃さん、ルルくんをおんぶして応援に行く件、無事プランに書けましたよ~!

こちらのプランのメインは、ルル君たちを育てることを通して
長期的な育児支援策を突き詰め始める、という内容がメインです。
一人の力では限界があるので、正直に「周囲に協力を求める」と書いちゃいましたが
(育てに育てた【信用】も惜しみなくつぎ込む構え)

そして、エリカ部長さんがいなくなって寂しい気持ちをこれでもかというくらい書きました(><)

皆さんのリザルトも楽しみにしております。
今回はご一緒いただきありがとうございました!

《マルティナの恋人》 タスク・ジム (No 10) 2022-06-23 23:11:16